カテゴリー「中国の報道機関」の記事

2013年1月 9日 (水)

「南方周末」の「中国の夢、憲政の夢」の日本語訳

 中国広東省広州の週刊紙「南方周末」(日本語式に表記すれば「南方週末」)の2013年新年号(1月3日号)に掲載予定だった社説が、共産党宣伝部の指導で書き換えられた件については、日本でも報道されています。

 私が北京に駐在していた2007~2009年頃、「南方周末」は1部3元(約45円)で、北京の地元日刊紙「新京報」の1部1元に比べて高い感じでしたが、北京の新聞スタンドでも売っていました。広州で発行された新聞を北京に運賃を掛けて輸送して売っている、ということは、売れてるからでしょう。面白い記事が多かったので、私も愛読していました。私が北京にいた2007年4月~2009年7月の期間やその後の出張時に買った「南方周末」に載った記事には次のようなものがありました。

○対談記事:ロシアの改革に比べて中国は成功したと言えるのか(2008年7月10日号)

○民主法制を提唱し、封建主義に反対する~葉剣英の30年前の講話を再び考える~(2008年10月2日号1面トップ記事)

○「経済のため? 国防のため? それとも中華復興のため?」中国有人宇宙プロジェクトの意義(2008年9月25日号の評論)
※解説:中国の有人宇宙飛行成功に沸く中国国内にあって、冷静に「国際宇宙ステーション計画に参加するのもひとつの選択」と論じた論説

○三鹿(メラミン粉ミルク事件)発覚までの隠された10か月(2009年1月8日号1面トップ記事)
※解説:2008年に発生した河北省石家庄市に本社を置く三鹿乳業のメラミン入り粉ミルク事件は、2007年12月には消費者から疑義が出され、2008年8月2日に三鹿乳業が調査結果を河北省石家庄市政府に報告したものの、北京オリンピック開幕直前だったため、北京オリンピック終了後の9月13日まで公表が延ばされたいきさつについて書かれた記事

○記者会見がどうして一人芝居になってしまうのか(2009年3月19日号の評論)
※解説:地方政府が行う記者会見では、地方政府側が「官製メディア」ばかりを指名して、記者との問答が「用意されたもの」に見えることを批判した評論

○異なる意見に寛容になることこそ、揺れ動く状況を安定させることになる(2010年4月29日号の評論)

 2013年1月3日号に掲載予定だったという社説「中国の夢、憲政の夢」は、書いた記者たちがネットに掲載した、とのことですが、既に当局によって削除されているようです。ただし、次から次へと転載されているので、検索サイトで「南方周末」で検索すると、多くは削除されたものですが、削除されていないものも見ることができます(1月8日夜現在)。転載なので、「本物」かどうかは私には確認できないのですが、複数のサイトに同一文章が載っていたので、「たぶん本物だろう」と思われる文章を私は入手しました。下記にポイントとなる一部分を和訳してみましょう。

 内容は、非常に文学的な(つまり婉曲な)表現になっており、日本で報道されているような「憲政を求める」「民主化を求める」といったストレートな表現にはなっていません。

 例えば、次のような表現になっています。

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「今日では、既に夢をみることができるようになった中国は、既に夢を実現できる時代になっている。憲政が失われていた『文革』の悪夢の時代を経て、我々は三十数年の時間を費やして、徐々に常識的な物の見方、一般的な人情を回復してきている。」

「我々は、ついに厚く積もった歴史の塵の中から顔を上げ、煩わしい日常生活の中から頭を上げ、先輩たちが歩んだ憲政の長い道のりを再び歩み、先輩たちの抱いた偉大な夢を再び温めよう。」

「今日、我々は断じて物質的な豊かさのみを夢見ることに留まってはならず、精神的な豊かさを希望する。我々は、国力の増強のみを夢見ることに留まってはならず、国民が自尊心を持つことを希望する。新しい国民と新しい国を滅亡から救い啓蒙することについては、誰とても誰からも離れては考えられない、誰とても誰をも圧倒することもできない。憲政こそ、これらいっさいの美しい夢の根本なのだ。」

「憲政を実現することによってこそ、権力を限定し、権力を分散させ、国民は大声を出して公権力を批判することができ、各個々人は心の中の信ずるところに従って自由な生活を送ることができ、我々は自由で強大な国家を建設することができるのだ。」

「傑出した者だけが夢を見られるのではない。夢を見る者だけが傑出するのだ。」

「あなたは天から与えられた権利として、夢を見ることができ、その夢を実現することができるのだ!」

「(アヘン戦争から)170年の縷々転々、美しい夢は何と難しいことか。170年後、人は依然として良識の新しい芽が出ることを渇望し、天命がいわんとするところを反芻(はんすう)している。人は依然として、ひとつひとつ落ちてしまった権利を要求し続けており、政治を正しく復活させ、公の正義が自在に流れることを要求している。」

「憲政の夢を実現するためには、当然ながら、世界の経験を吸収しなければならない。即ち、ギリシャの民主主義を考え、ローマの法治主義を検討し、イギリス・アメリカの憲政を借りて、現代の科学技術文明を追わなければならない。しかし、これは、西洋文明が優等生であると言っているのではなく、西洋人には西洋人がたどってきた軌跡があるのだから、我々はこれらのいっさいを直接我々に適用させる必要はない。」

「我々は、我々がいる大地の上に立脚して、各国人民とともに、古きものと新しいものを融合させた新しい生活を見いだし、一種の中国と西洋が融合した新文明を導き出さなければならない。古今東西の激動の中において、人類共通の価値を尊重し、はばかることなく自らの新しい夢を作らなければならない。」

「中国人は、もともと自由人である。であるから、中国の夢は、もとから憲政の夢でなければならない。」

「万物は速く朽ちてしまう。しかし、夢は永遠である。万物は生まれる。なぜなら夢は不滅だからである。夢は生き続ける。もし、あなたが100回失敗しても、101回目にはあなたの心の中にある決して死なない希望が実現されるだろう。」

「ひとつの真実の話は、世界よりも重い。ひとつの夢は、生命から光を発散させるだろう!」

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 上は全文訳ではなく一部のポイントの訳だし、私が持っている中国語の文章も「本物」かどうかの確信はありません。しかも、表現自体がものすごく難解な「文学的表現」なので、誤訳している部分もあるかもしれません。だけど、おそらくは、上の表現からも、書いた人の「熱意」が感じられるのではないかと思います。まぁ、私の感覚から言っても、今の中国共産党宣伝部ならば上の表現を新聞に載せようとすればならば削除するだろうなぁ、という表現だと思いますが、こういった「文学的表現」ですら許されない、という中国の現状を示す意味で、ポイントを紹介してみました。

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2010年12月26日 (日)

改めて「『氷点』停刊の舞台裏」を読む

 最近、「『氷点』停刊の舞台裏」(李大同著。三潴正道監訳、而立会訳;日本僑報社)を読みました。この本は、日中対訳本で、「氷点週刊」停刊事件が起きた2006年の6月に出版された本ですが、中国国内(大陸部)では「発禁本」なので、私は北京駐在をしていた期間中は、読みたいとは思っていましたが読むのは控えていました。中国国内でこういう本を持ち歩いているのが見つかったらあまりよろしくない、と思ったからです。

 「『氷点週刊』停刊事件」(2006年1月)については、このブログの中にある「中国現代史概説」に第4章第2部第7節として、ひとつの節を起こして書きましたのでご覧ください(このページの左側に「中国現代史概説の目次」があります)。

(参考URL)「中国現代史概説」第4章第2部第7節「『氷点週刊』停刊事件」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/05/post-0bd3.html

 この本では、中山大学の袁偉時教授による「現代化と歴史教科書」という論文を掲載されたことにより、中国青年報の中の週刊特集である「氷点週刊」が停刊となり、編集長を解任された李大同氏が、この停刊と自らの解任について、法律や中国共産党規約に違反し、中国公民の「言論の自由」を保障している中華人民共和国憲法に違反している、と指摘しています。李大同氏は、この本の中で、そうした自分の主張を掲げるとともに、この停刊事件によって李大同氏のもとに送られてきた多くの激励の手紙やメール(人民日報などにいた言論界の元幹部からのものも含む)を紹介しています。おそらく李大同氏は、自分の考えを主張したかったのと同時に、こうした数多くの人々の激励文を「歴史の証言」として記録して後世に伝える義務が自分にはある、と感じて、この本を出版したものと思われます。

 「『氷点』停刊の舞台裏」は、2006年1月に起きた停刊事件の前後の状況をまとめて、2006年6月に日本において急きょ出版されたものです。日本において出版されたとはいいながら、「日中対訳」になっており、当局からの指示文書や多くの人々からの激励文などは全て中国語の原文が掲載されており、李大同氏がこの主の本を大陸で出版できない状況の中で、貴重な「歴史の記録」として、中国の人々自身に読んで欲しいと思ってこの本を出版したことは明らかです。重要な点は、国外での出版とは言え、こういった本が現実に出版することが可能だった点です。

 そもそも「氷点週刊」停刊事件が起きた際、李大同氏は、メールで国内外の関係者に状況を報告し、外国の報道陣からの質問に対してもメールで返事を出しています。李大同氏が書いていたブログはすぐに当局によって閉鎖されてしまいましたが、これだけネットが発達している現代においては、自分の意見をネットによって外部に伝える方法はいくらでもあるため、当局もすれらを全て封鎖することはできなかったのです。

 また、李大同氏がこの本で「最高指導者」の指示により、袁偉時教授の論文に反論する論文を掲載することを条件に、「氷点週刊」が2006年3月1日を持って復刊することが決定したことを紹介しています。「最高指導者」とは、前後の文脈からすれば胡錦濤総書記・国家主席であることは明らかです(胡錦濤氏は、「氷点週刊」を掲載している「中国青年報」の発行母体である中国共産党青年団の出身)。李大同氏が、外国での出版、という形であったにせよ、このような形で「ことの顛末(てんまつ)」の詳細を本として出版できたのは、中国共産党指導部の中にも李大同氏を支持する勢力がかなりの強さで存在していることを意味していると思われます。

 このブログの前回の発言(2010年12月19日付け)で、劉暁波氏のノーベル平和賞受賞を圧殺しようとしている中国共産党指導部のやり方を批判すると思われるような「南方都市報」の「空椅子と鶴の写真」の話を書きました。従前だったら、こうした中国共産党の方針にあからさまに反発していることがミエミエの記事を掲載した場合、編集長の解任や当該新聞停刊の措置が執られるのですが、「南方都市報」に関しては、現在のところ「おとがめなし」のようです。おそらくは、中国指導部の中にも、人々の反発の高まりを考えると、新聞メディアを力で抑え付けるのは得策ではなく、一定の報道の自由は認めるべきだ、という考えを持った人々がおり、例えば「南方都市報」を停刊にしたり編集長を解任したりすれば、そうした「報道の自由擁護派」の人々の支持の下、「『氷点週刊』停刊の舞台裏」のように停刊や解任を強要する中国共産党宣伝部の動きの詳細について、世界に発表されてしまう、という懸念が中国共産党内部にもあるものと推測されます。

 最近、中国の動きを見ていると、「強硬な面」と「柔軟な面」の両方があり、その間を揺れ動いているように見えます。「強硬な面」は、尖閣諸島問題における日本に対する態度や劉暁波氏のノーベル平和賞受賞に対する国際社会への態度の中に見えます。12月18日に起きた韓国の排他的経済水域における中国漁船による韓国海洋警備船への衝突事件において、中国が韓国に損害賠償を請求した件などは、中国の「強硬な面」を端的に表した事件でした。一方、北朝鮮の韓国ヨンピョン島への砲撃事件(11月23日)に対する中国の外交努力は、国際社会の中で中国としても最大限の努力をしていることを見せたい、という「柔軟な面」を示していると思います。これらの動きは、中国国内における「強硬派」(国際的には自国の権益を主張し、国内においては報道の自由を強権を持って抑圧しようと考えている勢力)と「柔軟派」(国際社会の中での調和を重視し、国内においては人民の不満は鬱(うっ)積させないように新聞報道にある程度の自由度を与えるべきと考えている勢力)が拮抗している証拠であると思われます。

 こういった二つの勢力の拮抗は、個別具体的な政策の実施の中にも影響を与えます。

 報道によれば、12月23日、北京市当局は、増え続ける北京市内の自動車台数を制限するため、ナンバープレートの提供を抽選制によって3分の1に制限するという政策を発表しました。この政策は翌24日から実施され、23日中に購入した車には適用されない、とのことだったので、23日の夜、北京市内の自動車販売店には「駆け込み購入」を求める市民が殺到したとのことです。中国では、人々の権利や義務に密接に関連する政策も議会(全人代)ではなく行政府(国務院や地方政府)に委任されています。そのため、人々の生活を直接縛る政策が突然発表され、準備する間もなくすぐに実行されてしまう、ということがよくあります。

 普通の民主主義の国では、国民の権利や義務に関する規定は、議会が決める法律や条例によって決められる(行政府は勝手に決められない)ので、議会での議論がなされている期間中は、多くの人々はその政策に対する準備をすることができます。多くの人々がその議論されている政策に反対しているならば、報道機関がそれを論評して、政策を批判します。議会の議員は、次の選挙で落選しては困るので、人々が反対しているような政策には賛成しません。

 民主主義におけるこういった政策決定プロセスは、時として時間が掛かり、「まどろっこしい」のですが、こういった民主的な議論のプロセスは、その政策の影響を受ける人々が政策を受け入れるための「納得のプロセス」であり、議会で多数決で決まった政策については、人々は「議論して決まった結論ならば従わざるを得ない」と「納得する」のです。ところが、中国では、こういった「納得のプロセス」なしで政策決定が行われるので、迅速な政策決定ができる反面、大きな影響を受ける人々の側はその政策について全く納得しておらず、そういった政策を強行することに対する不満を鬱積させる結果となります。多くの人々が決まった政策に納得してないので、表面上は決まった政策に従ったフリをしているが実際はウラで抜け道を使って政策を守らない、という事態が発生してしまうのです。

 中国経済は、輸出依存から国内市場依存へと転換しつつあります。国内市場依存が強まると、国内市場の消費者、即ち、中国の一般人民の動向が中国経済の行方を左右することになります。そういった経済状況になれば、中国の経済施策は中国の一般人民の意向を無視して決めることはできなくなります。つまり、経済の国内市場依存度の高まりは、政治プロセスにおける民意の反映、即ち、政治の民主化が必然的に求められることになります。

 現在、中国指導部の中にある「強硬派」と「柔軟派」の勢力争いは、経済面における国内市場依存傾向の高まりの中で、次第に「柔軟派」が力を持たざるを得ないことになるでしょう。多くの人民の意向を無視した経済政策は、国内市場において経済政策として成功しないからです。「強硬派」のバックには軍がいますが、来年(2011年)は「強硬派」と「柔軟派」の勢力争いが、平和的な形で決着がつく方向へ向かうことを願いたいと思います。

以上

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2010年12月19日 (日)

「南方都市報」の「空椅子」と「鶴」の写真

 先週、12月14日付けの朝日新聞ほかの日本の新聞で、12月12日付けの広東省の日刊紙「南方都市報」の1面についての記事が報道されました。12月12日付けの「南方都市報」の一面トップの見出しは「今夜、アジア大会パラリンピック開幕」という文字ですが、その背景にある写真には、「空席の椅子」と「鶴」が写っている写真でした。朝日新聞の記事では、この写真について「見出しとは全く関係のない写真」と紹介していましたが、ほかの報道によれば、広州アジア大会パラリンピックの開会式では、ツルを使った場面があり、この写真は、開会式のリハーサルの写真だということです。「空席の椅子」は、関係者以外の立ち入り禁止を示すテープを張るために置かれていただけで、「南方都市報」の関係者は、「単なるリハーサルの一場面を写した報道写真であり、変な『深読み』はしないで欲しい。」と言っているそうです。

 しかし、「空席のイス」は、受賞者の劉暁波氏が出席できなかった12月10日のノーベル平和賞の授賞式を意味しているのは明らかです。朝日新聞の記事では、「鶴」と同じ一面に載っている「平らな台」と「手のひら」を組み合わせると、中国語の「ノーベル賞」と同じ発音になると解説しています。一方で、日本のほかの報道では「鶴」(he)が「賀」(he)と同じ発音であることから、この写真は、「空席の椅子」と「鶴」の組み合わせで、「劉暁波氏のノーベル平和賞を祝賀する」という意味である、とする見方も紹介されています。

 「南方都市報」の関係者が「深読みはしないで欲しい」と言っていますが、開会式のリハーサルの中の鶴の場面だけを1面に掲載する必然性はなく、「南方都市報」が劉暁波氏のノーベル平和賞受賞を批判する党中央の方針を皮肉ったことは明らかでしょう。中国の新聞がこれほど直接的に党中央の意向に反する紙面を出すことは画期的だと思います。

 以前、私が北京駐在時代の2008年7月24日、北京の新聞「新京報」は、元AP通信記者の Liu Xiangcheng (劉香成)氏(中国生まれ:米国籍)のインタビュー記事を載せ、このカメラマンが過去に賞を獲った写真として「傷者」というタイトルの写真とソ連のゴルバチョフ氏がソ連解体の書類にサインする場面の写真とを掲載しました。「傷者」の写真は、紙面には説明書きはありませんでしたが、1989年6月の「第二次天安門事件」の時、怪我した学生を仲間が自転車三輪車の荷台に載せて大急ぎで運ぶ場面の写真で、当時の報道では有名な写真だったので、説明書きなしでも、当時を知る人には何の場面の写真かわかるものでした。1989年6月4日の「第二次事天安門事件(六四天安門事件)」は、現在の中国では触れることすら「タブー」です。しかも、それを「ソ連解体の書類に署名するゴルバチョフ書記長」の写真と同じ紙面で掲載することは、見方によっては、中国共産党に対する強烈な批判を意味します。日本での報道によれば、この日の「新京報」は、発売後、直ちに回収措置が執られたとのことです。当時、北京に駐在していた私は「『新京報』の『擦辺球』(エッジ・ボール)」というタイトルで知人にこの件を知らせしたことを覚えています。

 「擦辺球」(エッジ・ボール)とは、卓球用語で、ボールがテーブルのエッジに当たって角度が変わるボールのことで、「違反ギリギリの行為」という意味で中国ではよく使われます。これに比べれば、今回の「南方都市報」の1面の写真は、劉暁波氏のノーベル平和賞を非難する党中央の方針に真っ向から反対を表明するもので、もはや「エッジ・ボール」ではなく、完全にラインの内側を意図的に狙った「ストレート・スマッシュ」だと思います。実際にこの写真が広州アジア大会パラリンピック開会式のリハーサルの写真であるならば、検閲を行う当局もこれを削除することは不可能であり、「南方都市報」の意図は完全に成功したものと思います。現にこの写真は紙面掲載1週間後の現在でも「南方都市報」のホームページにおいて閲覧可能であり、「『南方都市報』よくやった!」といった読者のコメントも見ることができます。

(参考URL)「南方都市報」電子版2010年12月12日付け1面
http://epaper.oeeee.com/A/html/2010-12/12/node_523.htm

※なぜかこのページは Internet Explore でしか閲覧できないようです。

 私は「南方都市報」の編集長の解任、あるいは「南方都市報」の停刊命令等が出る可能性があると思ったのですが、1週間後の今日になってもインターネット上の写真が削除されずに残っているので、たぶん大丈夫でしょう。

 私が、1986~88年の一回目の北京駐在と、2007~09年の二回目の北京駐在とで、最も異なると感じているのは、ひとつはインターネットの存在であり、もうひとつは様々な「縛り」の中で賢明に取材し記事を書こうとする新聞ジャーナリズムの存在です。「南方都市報」は、私が北京にいたときに愛読していた週刊紙「南方周末」(日本語表記では「南方週末」)やNHKが「激流中国」の中で検閲当局と苦闘する状況を描いた雑誌「南風窓」と同じグループに属する新聞です。重要なのは、こういった「検閲の縛りの中でもギリギリの主張をする新聞」がよく売れている、つまり共感する読者が大勢いる、ということです。

 今回の「南方都市報」の「ストレート・スマッシュ」は、「中国は本当に変わるかもしれない」ということを予感させるものだと私は思います。

以上

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2010年11月21日 (日)

上海での高層マンション火災と地方政府批判

 去る11月15日(月)、上海にある28階建てのマンションがほぼ全焼し、現在までに58名の死亡が確認され、なお56名が行方不明だとのことです。この火災の原因は、外壁工事をしていた作業員の安全管理が不十分であったことだとされ、作業関係者8名が拘束されて取り調べを受けているとのことです。

 この火災については、5時間にわたって燃え続け、10階付近が出火場所だったにもかかわらず、28階建てのビルが全焼してしまったことに対して、消火・救出作業が遅かった、と中国国内でも非難が出ているようです。

 高層ビル全体が全焼してしまう、という火災は諸外国ではあまり例がないのですが、中国には前例があります。2009年2月9日にあった供用開始前だった北京の中央電視台新社屋北配楼の火災がそれです。今回の上海の高層マンション火災の延焼の経緯は今後の調査を待つ必要がありますが、2009年2月の中央電視台新社屋北配楼の火災については、その後の調査で、出火原因と延焼の経過がほぼ明らかになっています。

 中央電視台新社屋北配楼の火災は、旧暦1月15日の「小正月」だったこの日、中央電視台の職員が新しくできた社屋ビルを背景にして花火を打ち上げ、それを映像に撮影しようとしていたところ、花火の一部がビルの屋上に落下し、着火した、というものです。屋上に着いた火がビル全体に燃え広がってしまった経緯については、次のように考えられています。このビルは、外観をよくするためにアルミ系の金属化粧板が取り付けられていました。また、このビルの外壁にはある種の断熱材が取り付けられていました。金属化粧板は、融点が低く、通常の火災で溶けてしまう程度のものだったのだそうです。また、断熱材は燃えやすい素材で、その発火点(火が点く温度)は金属化粧板の融点より低い温度だったのだそうです。屋上に着火した火は、金属化粧板を溶かし、溶けた金属が下の階に流れ落ち、その温度が階下の断熱材の発火点より高かったことから断熱材が燃え出し、周囲の金属化粧板を溶かし、それがさらに下の階に流れ落ちて階下の断熱材を発火させた結果、ビル全体が燃えてしまった、ということのようです。中央電視台新社屋北配楼は、建設直後の内装工事中で、共用前だったためビルの内部にいた人は少なく、ビル内にいた人に被害はありませんでしたが、消火作業に当たっていた消防士が1名殉職しています。

 この北京の中央電視台新社屋北配楼は、私が北京に駐在していた時に住んでいた場所から400メートル程度しか離れていない場所だったので、この火災は私自身、この目で見ました。鉄筋コンクリートのビルがこれほど激しく燃えるものか、と思えるほど炎と黒い煙を出して燃えていました。

(参考URL1)
このブログの2009年2月9日付け記事
「中国中央電視台の新ビルの北隣のビルで火災」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2009/02/post-6c05.html
このブログの2009年2月12日付け記事
「中国中央電視台新社屋敷地内ビル火災組写真」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2009/02/post-d5c5.html

 今回の上海での高層マンションの火災については、直接の出火原因となった工事関係者が逮捕されたわけですが、中国のネットワーク上では、燃えやすいビルの構造や上海市当局の対応が遅かったことなどに批判が集まっています。出火の原因を作った労働者ではなく、工事の責任者を逮捕せよ、といった意見もネット上にはありました。また、「新京報」の報道によれば、今回の改装工事を請け負っていた業者が「二級」のレベルであり、過去に安全管理の点で二度当局から注意を受けていたのに、上海市関連の多くの工事を請け負っていた、という疑問点も指摘されています。

 この火事について、広州の週刊紙「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)の特約評論員の林楚方氏は「上海:そこには推敲を禁じられた都市がある」と題するコラムを書いています。

(参考URL2)「南方周末」林楚方のブログ2010年11月17日付け記事
「上海:そこには推敲を禁じられた都市がある」(上海 ナ里有禁得起推敲的城市)(「ナ」は「くちへん」に「那」)
http://linchufang.z.infzm.com/
あるいは
http://column.inewsweek.cn/column-275.html

 「推敲」とは、もちろん中国の故事に基づく言葉で、文章や詩歌をよりよいものにするためにブラッシュ・アップすることです。このブログの記事の中で林楚方氏は、中国の都市は高層・超高層化されているが、「推敲」、即ち安全や効率化のための向上努力がなされていないし、誰もそれをしようとしていない、と指摘しています。

 この記事のちょっと刺激的なところは次のように呼びかけているところです。

「市長の皆さん、書記の皆さん。我々の都市をもっと強固なものにしてもらえないでしょうか。さらに省エネを推進し、防災対応能力をアップさせ、効率をアップさせ、それらに違反する者にはあらかじめ有効な制裁を加えることはできないのでしょうか。これは要求が高すぎますか? そうすることが国家政権に危害を加えることになるのですか? 災害が起きてから、緊急通知を出し、緊急に指示を出し、網羅的な検査を行って、何人かのかわいそうなスケープ・ゴートを引き出すことしかできないのでしょうか。そのような劇を演じることは、あまり意味がない、というよりは、大いに恥ずべきことです。」

 これは明らかに「地方政府批判」です。「国家政権に危害を加えること」を持ち出しているのは、たぶん「国家政権転覆罪」で服役中のままノーベル平和賞受賞が決まった劉暁波氏を念頭においた、相当にきつい「皮肉」だと思います。

 中国では「中央政府」を批判することは認められませんが、「地方政府」を批判すること(特に特定の地方政府を名指しで批判するのではなく、一般的に地方の政府のあり方全体に対して批判すること)は認められます。従って、上記のような「地方政府批判」は、中国でも認められている範囲内なのですが、問題は、今回の火災が上海で起きたことです。この上海での火災に関連して地方政府を批判する、ということは、上海市や上海市党委員会を批判することに直結します。上海市・上海市党委員会は、いわゆる「上海閥」(上海グループ)の本拠地です。次期国家主席の座をほぼ確実にしたといわれる習近平氏は、2007年10月の党大会で政治局常務委員になる前は上海市党委員会書記をしていました。習近平氏は、「上海閥」のトップグループの一人と言われ2006年9月に汚職の疑いで失脚した陳良宇氏の後任として上海市党委員会書記になったのだから、むしろ「上海閥」直系ではない、と考えるのが一般的ですが、上海市当局の上層部には「上海閥」系の人物が多数いることは明らかであす。いずれにせよ、中国第二の都市である上海市当局を批判することは、中国では政治的には極めて「敏感な」問題です。

 上記の林楚方氏のブログの文章には、結構過激なコメントも削除されずに掲載されています。昨日(11月20日)の日本テレビ系、TBS系のテレビのニュースでは、香港からの報道として、中国当局が上海での大火災の報道については新華社が配信する記事に一本化し、ネット上での報道もそれ以外は削除するように指示している、と伝えていました。しかし、少なくとも私が今日(11月21日)時点で見たところでは、上記の林楚方氏のブログの発言やそれに対するコメントは削除されていません。

 一方で、昨日(11月20日)、上に書いた2009年2月の北京の中央電視台新社屋ビルの火災の原因を作った中央電視台職員等に対する裁判において、「ビル自体に燃えやすい材料が使われていた」という「特殊情況」に配慮して、その罪を軽減することになった、と報じられました。これに対してはネットでは「『特殊情況』とは何だ」「罪の軽減は中央電視台職員という『特権階級』だからではないか」といった批判が起きています。「人民日報」ホームページ上の掲示板「強国論壇」では、この件に関する特集欄を作ったりしており、制限するどころか、「どんどん議論しようぜ」という雰囲気です。そもそも、このタイミングを狙って2年近く前の北京の火災の関係者の罪状を「軽減する」というニュースを流すことには、何かわざとらしい「意図」を感じます。

 これらの情況を踏まえると、上海市当局が火災に関する報道を抑制しようとしているのに対し、北京側(=中国共産党中央の一部の勢力)が「批判すべきところはきちんと議論して批判する」という態度に出ているように見えます。つまり、ひとことで「中国当局」と言っていますが、その実態は、中国の内部にもいろいろな勢力(はっきり言えば「上海閥」対「反上海閥」)がおり、それらが勢力争いを繰り広げているのが現状だと思います。

 APECの際、胡錦濤主席は11月13日に行われた横浜での日中首脳会談で「平和、友好、協力」を強調しました。その旨は中国国内でも報道されていますので、「反日デモ」はもう収まると思います(胡錦濤国家主席がそう言っているのに、さらに「反日」を主張することは、即、国家主席に反対することになるので、中国では、そういった動きが許されるはずがありません)。

 今後は、何か急に動き出すことはたぶんないと思いますが、上記に垣間見える「上海閥」対「反上海閥」といった内部勢力争いと、最近特に目立ってきた物価高騰に対する庶民の怒りとが、徐々に2012年秋の党大会へ向けての「次の動き」に対する土台を作っていくことになるのだと思います。

以上

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2010年11月 7日 (日)

尖閣・ノーベル平和賞:対中国包囲網への警戒

 2010年9月7日に起きた尖閣諸島(中国での呼称:釣魚島)での中国漁船衝突事件と、10月8日に発表された民主運動家・劉暁波氏へのノーベル平和賞授賞決定とは、全く別次元の全く関係のないできごとです。しかし、かなり多くの人が、尖閣諸島事件によって盛り上がった中国の若者たちの間の「反日デモ」が、劉暁波氏へのノーベル平和賞授賞決定で元気の出た民主化運動と結びついて、中国の大衆による民主化運動へ発展するのではないか、といった見方をしています。この見方については、国際世論が勝手にそういった見方をしているのではなく、中国当局自身がそういった「二つのできごとの結び付き」に強い警戒感を持っていることで裏付けられています。

 尖閣諸島での漁船衝突事件のビデオがネットに流出して騒ぎになる直前の11月5日付けの「人民日報」の2面の紙面に、「ノーベルの遺志に背く平和賞」と題する郭述という人の署名入りの評論が掲載されました。この評論では、ノーベル平和賞を非難するものですが、ノーベル平和賞も含めた最近の一連の動きを「西側各国による中国包囲網の一環だ」として警戒しています。

 実際は、尖閣問題ではレア・アースの輸出制限をして日本以外の国からの警戒感を惹起したり、ノーベル平和賞に関してはノルウェー政府にプレッシャーを掛けたりして、「中国警戒すべし」と各国に思わせているのは、中国自身の行動が原因であり、「西側諸国が中国を包囲しようとしている」というのは、中国側の一方的な一種の被害者妄想だと私は思いますが。

 この評論「ノーベルの遺志に背く平和賞」のポイントは以下のとおりです。

(参考URL1)
2010年11月5日「人民日報」2面
「ノーベルの遺志に背く平和賞」(郭述)
http://opinion.people.com.cn/GB/13142332.html

--評論「ノーベルの遺志に背く平和賞」(郭述)のポイント--

○ノーベルの遺志は、各国の友好を推進し、各民族の融和を願うものだった。しかし、近年、ノーベル平和賞はノーベルの意志からかい離し、特に冷戦終結後は、西側の「人権至上主義」の旗を世界に広げる役割を果たしてきた。

○特に1970年代~90年代には、ノーベル平和賞は「ソ連解体のための黒い手」となった。1975年には自分の国家に反対を唱えたサハロフに平和賞がノーベル平和賞が与えられ、1990年には自分の国家を解体に導いた元ソ連共産党書記長のゴルバチョフにノーベル平和賞が与えられた。これは欧米国家による政治的弾丸であり、「平和」の意図とは完全に相反するものである。

○今まで中国人では、二人のノーベル平和賞受賞者がいる。一人はダライ・ラマであり、もうひとりは劉暁波である。1989年3月、ダライ・ラマ集団はチベット自治区ラサにおいて重大な流血事件を起こし、6月には西側の某勢力の教唆と支持の下、北京で政治風波を発生させ、その後、中国を西側世界から孤立させた。ノーベル委員会委員長は「ダライ・ラマを表彰することは北京政府を懲罰することである」とさえ言った。ダライ・ラマのノーベル平和賞受賞は、中国に圧力を掛け、中国を分裂させようとする一連の動きのひとつであることは明らかである。

(訳注:「政治風波」とは第二次天安門事件のこと。なお、1989年3月のラサ暴動を鎮圧したチベット自治区党書記は、現国家主席の胡錦涛氏。ダライ・ラマ16世へのノーベル平和賞授賞は1989年10月に決定された。)

○劉暁波のノーベル平和賞受賞の理由について、ノーベル委員会は「長年にわたる非暴力による中国での基本的人権闘争を行ったこと」と述べており、このこともノーベル平和賞受賞と人権とが直接関係していることを明示している。ところが劉暁波がやったことと言えば、誹謗・中傷の方法によって、他人を扇動して一緒に署名して、インターネット上に、現有政治を変え、現政権を転覆させようと宣伝することだった。劉暁波のいわゆる「人権闘争」とは、現政権と現在の制度を転覆させ、西側の民主と制度にしようとするものであり、中国の憲法と法律に反するものである。それこそが国家政権転覆扇動罪になった理由であり、同時にノーベル平和賞受賞の主要な理由であった。

○ダライ・ラマと劉暁波のほか、ラビア、胡佳、魏京生もノーベル平和賞候補のリストに載っているという。劉暁波のノーベル平和賞受賞は、西側による一連の長期にわたる組織的で詳細に仕組まれた中国に対する西欧化、分裂化を企む政治的謀略が継続していることを示している。

(訳注:ラビア・カーディル氏はウィグル族指導者(アメリカに滞在中)。胡佳氏は、エイズ患者保護などを訴えた民主活動家で、現在服役中。魏京生氏は、1979年の「北京の春」の時に共産党支配を批判したとして現在服役中。これらの人々の名が人民日報の紙面に登場することは極めて異例。)

○ノーベル平和賞による繰り返される中国に対する非難は、西側の中国の勃興に対するおそれを反映している。中国は社会を安定させながら大きな経済発展を遂げているが、逆に西側諸国は活力を失っている。西側は、西側と異なる政治制度を有する中国がこのように強大になり、多方面で成功していることを望まないのである。だからこそ、北京オリンピックの機会を借りた2008年3月14日のチベット争乱、2009年7月5日のウィグル争乱、グーグル問題から釣魚(尖閣の中国側呼称)問題に至るまで、様々な方法が行われたが、いずれも中国に対して効果がないことから、今度はノーベル平和賞という政治的道具を使ってきたのである。

○西側のこうした反中国勢力の手法には何も効果がないことは事実が証明している。前途にいろいろ雑音はあることは避けられないが、我々は社会主義近代国家の建設と中華民族の大復興を世界と手を携えて進めていく。

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 この評論が中国共産党機関紙である「人民日報」に掲載されたことは、現在、中国共産党指導部が持っている「恐怖心」を非常に正直に表現していると思います。「ノーベル平和賞がソ連解体の『黒い手』だった」という表現がそれを端的に示しています。ゴルバチョフ氏の「ペレストロイカ(改革路線)」と「グラスノスチ(情報公開方針)」を出発点として、ソ連共産党とソビエト連邦の解体に終わった1989年~1991年の「ソ連・東欧革命」の道を中国共産党は最も恐れているからです。1980年代、社会主義国における「改革開放」では世界の最先端を走っていた中国共産党は、その恐怖心の故に、1989年6月、天安門広場周辺に人民解放軍を導入し、武力で「ソ連・東欧革命」が中国に及ぶことを拒否したのでした。

 2008年3月のチベット自治区での争乱、2009年7月の新疆ウィグル自治区での争乱、今年初めのグーグルが中国から撤退すると表明した時の騒ぎ、そして今回の尖閣問題とノーベル平和賞について、諸外国では現在の中国共産党による支配体制の「きしみ」と見ていますが、上記の論文を見れば、中国共産党指導部自身、同じ見方をしていることがわかります。

 また、上記の評論については、従来は「無視」するのが通例であったダライ・ラマ氏や劉暁波氏、ラビア氏、胡佳氏、魏京生氏の名前を列記していることは、内容は非難になっていますが、中国人民に事実を知らせる、という意味で、この記事は有意義な記事だったと思います。「政治風波(第二次天安門事件)」に対する記述を見ても、「完全無視」から「無視しないできちんと非難する」というふうに、対応方針が明らかに変化しているように見えるからです。

 その「変化」を示すもう一つの例として、11月3日に「法制日報」に掲載された劉暁波氏を批判する評論「刑法の専門家が劉暁波と言論の自由との関係について語る」(張正儀という署名入り)があります。

 この評論のポイントは以下の通りです。

(参考URL2)
「法制網」ホームページ2010年11月3日10:02アップ記事
「いわゆる『言論により罪を得る』は劉暁波の判決に対する誤読である~刑法の専門家が劉暁波と言論の自由との関係について語る~」(張正儀)
http://www.legaldaily.com.cn/index_article/content/2010-11/03/content_2337624.htm

--「刑法の専門家が劉暁波と言論の自由との関係について語る」(張正儀)のポイント--

○劉暁波は国家政権転覆罪で懲役11年、政治的権利はく奪2年の刑を受け、今年2月に結審した。一方、ノーベル委員会は今年のノーベル平和賞を劉暁波に与えると発表した。中国内外で、劉暁波は「言論によって罪を得た」と議論されている。そういった議論が正しいかどうか、記者は高名な刑法学者の高銘セン教授に取材した(「セン」は「日」へんに「宣」)。高銘セン教授によると次のとおり。

○劉暁波は「社会を改変することによって政権を改変する」と題する論文をBBCネット中国語版等を通じて発表したり、「ひとつの党が壟断する執政特権を廃止する」「中華連邦共和国を設立する」などの主張をインターネット等で発表したりした。劉暁波は、「これらは政治的評論であり、国家政権転覆罪には当たらない」と主張している。

○「国家政権転覆罪」という犯罪を形成するのか、政治的論評なのか、を判断するには、発表された文章の内容を検討する必要がある。劉暁波は「中国共産党独裁政権は、国と人民に災いを及ぼしている」とし、「政権の改変」「中華連邦共和国を設立」等を主張している。これは明らかに民衆を扇動し、中国共産党が指導する人民民主主義独裁と社会主義に基づく合法的な現行の政権を転覆させよう、という情報を伝達するものであり、一般的な政治批評を逸脱しており、社会に危害を加えようとするものである。

○現行政権に変更を求める評論が全て刑法で罰せられるのか、という点については、国家に危害を与える扇動を防止させるために刑罰を科すという手段を用いる必要があるか、に掛かっている。判断には「扇動、誹謗、中傷が行われているか」ということと「社会に与える影響が重大であるか」ということが基準となる。劉暁波は「1949年に成立した『新中国』は、名義上は『人民共和国』であるが、その実態は『党天下』である」「現在の世界の大国の中において、中国だけが唯一、権威主義的政治形態によって絶えることなく人権を侵害し社会的危機を造成している国である」と主張している。これこそ扇動、誹謗、中傷である。また、その社会的影響も重大である。また、署名人として他人の同意を求めてインターネットに文書を発表しており、これは「言論」の問題ではなく、刑法が禁止する「行為」の問題である。

○多くの国においても、武力による反乱や国家の重要人物を暗殺を扇動するような行為は禁止されている。また、諸外国においても、言論の自由は、社会に与える危害の程度と言論の自由の権利とのバランスによって判断されるとされている。劉暁波の案件も、この判断基準を適応して判断されたものである。

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 中国当局は、2008年12月9日に「零八憲章」がインターネット上で発表された時には、徹底的にこれを削除しまくりましたが、上記の評論では非難の対象とは言いながら「新中国は、名前の上では『人民共和国』だが、実体的には『党天下』である」といった、この「零八憲章」の最も重要なポイントを中国の人々の前に提示しています。「無視する」「触れない」のではなく、「取り上げた上で批判する」というふうに路線を変更したことが明確に見て取れます。

 「とにかく削除」ではなく、「議論してよい」となれば、ネット上の掲示板などでは議論になりそうですが、「人民日報」ホームページ上の掲示板「強国論壇」は、どうやら最近「事後検閲(アップされた発言が問題であれば削除する)」から「事前検閲(アップして差し支えないと判断された発言のみがアップされる)」に変更になったようです。私も正確にはわかりませんが、発言のタイムスタンプを見ると、タイムスタンプからアップされるまで、ちょっと時間が掛かっているようですし、発言者の中から「システムの故障?」「管理人にお尋ねしますが、全部審査されることになったんですか?」といった声が上がっていますので、掲示板「強国論壇」ではたぶん何らかのシステムの変更があったのだと思います。

 紆余曲折はあるのでしょうが、「無視する」「触れない」といった「臭いものにフタをする」といった態度から、表に出して議論する、という方向に変わったのだとしたら、「半歩前進」と言えるかもしれません。

 一方で、世論のコントロールを失うことへの警戒感を強く出す評論も出ています。

 11月2日に理論雑誌「求是」のホームページに掲載された「世論のコントロールを失うこと:ソ連解体の促進剤」と題する評論が端的にそれを表しています。

(参考URL3)
「新華社」のホームページに2010年11月2日09:35にアップされた「求是」の記事
「世論のコントロールを失うこと:ソ連解体の促進剤」
http://news.xinhuanet.com/politics/2010-11/02/c_12728261.htm

 この評論では、下記の点を指摘しています。

--「世論のコントロールを失うこと:ソ連解体の促進剤」のポイント--

○ゴルバチョフによる「メディア改革」により、各種のメディアがソ連共産党の指導から離れ、情報公開の促進によって世論の多元化が進んだことにより、民衆の中にある政府に対する不満と国内の民族対立を激化させた。

○1987年、ゴルバチョフの指示により、ソ連が西側からの放送に対する電波妨害を停止したことから、西側は絶え間なくBBCやVOAやテレビによる「平和的なソ連社会の改変」が進んだ。

○これらの事実は、ゴルバチョフのメディア改革によって数十年にわたる努力によって築かれた社会主義の防波堤が、わずか数年で内部から崩壊してしまったこと示している。ある学者は、「メディア改革--メディアの開放--外部からの介入--マイナス面が表に出る--民衆の不満が累積する--政府によるコントロールが無力化する--世論が徹底的にコントロールを失う--政権を失い国家が解体される」といったモデルを提示している。

○千里の堤も蟻の一穴から。ソ連解体後、ロシアはその後10年間、衰退の道を歩み、かつての超大国は、西側の圧力を受ける一つの国家になってしまった。中国が中国の特色のある社会主義の道を正しく歩むについては、この経験に学ぶことは非常に重要である。

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 「ソ連解体の経験に学べ」という議論は以前からなされてきていますが、この時点で上記のような主張が改めて中国共産党の指導思想を議論する理論誌「求是」に掲載されたことは、尖閣問題やノーベル平和賞授賞といった「西側からの中国包囲網」に対し、中国共産党指導部が今のタイミングで非常に警戒感を高めている証拠であると言えるでしょう。

以上

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2009年4月24日 (金)

高校女子サッカーチーム替え玉事件

 トルコで行われた世界学校別女子サッカー大会で、4月12日、中国重慶市の大坪中学のチームが優勝を果たしました(中国の学校制度では、日本の中学校に相当する「初級中学」と日本の高校に相当する「高級中学」がありあますが、大坪中学校は「高級中学」)。ところが、この優秀した大坪中学チームのメンバー18名のうち、実際の大坪中学の在校生は3名だけで、残りの15名は全国から選抜されて優秀な「助っ人」たちで、大坪中学チームは、実質的に全中国女子サッカー・ユース・ナショナルチームのようなチームだったことがわかりました。このことは、中国のネット上で、大騒ぎになっていました。

 私は、今週の初め(4月20日)頃から日本のネットのニュースでこの件を知っていましたが、いつも読んでいる北京の新聞「新京報」は、この件については、ずっと「だんまり」を通していました。ところが、今日(4月24日)付けの紙面では、スポーツ面のうち1面全部を使ってこの事件を報じていました。昨日(4月23日)、大坪中学がある重慶市の区の教育委員会と大坪中学の校長が記者会見を開いたことから、「新京報」も「報道してよい、という『お許し』が出た」と判断したのだと思います。

(参考)「新京報」2009年4月24日紙面
「『女子サッカー替え玉事件』で校長処分」
http://www.thebeijingnews.com/news/sports/2009/04-24/008@021500.htm

 この記事によると、大坪中学の校長は「処分を記録に残す」という処分になったのだそうです(免職や減給というわけではないようです)。この記者会見で、校長は「謝罪文」を出したそうです。「謝罪文」のポイントは以下のとおりです。

○今回の件は、スポーツの道徳精神に反し、重慶のイメージに損害を与え、我が校や重慶市の発展、中国サッカー界の発展に関心を寄せていただいている各界の関係者の皆様の感情を傷つけてしまった。

○今回の大会で、大坪中学のチームがよい成績を上げないと、我が校、重慶、及び中国サッカー界が栄光のチャンスを失う、と考え、成績を上げるための最もよい方法は、全国的範囲で選抜されたメンバーの助けを借りることだ、と考えた。その結果、我が校の在校生3名、全国から選ばれたメンバー15名からなるチームとなった。

○今回の替え玉事件は、中国と重慶市のイメージに大きなマイナスの影響を与えてしまった。また、教育に携わる学校関係者として、このような替え玉事件により、学生の健全な成長に良くない影響を与えてしまった。深く悔恨の念を抱くとともに、心から深い謝罪の意を表したい。

 今回の「助っ人メンバー」は世界大会で優勝したことでわかるように、実際に優秀な選手たちだったわけですが、そういった「助っ人メンバー」を大坪中学の関係者だけで集められるのか、「全国から選抜された優秀な選手たち」が集まったのだから国家レベルの機関が関与しているのではないか、というのが、ネット上で議論している人たちの大きな疑惑です。校長は「上部機関には相談しなかった」と述べているし、重慶市教育委員会も「替え玉については知らなかった」と言っていますが、世界大会で優勝してしまった事実が、多くの人に「チームのメンバーは本当に全国レベルで選抜された優秀な選手たちなのだ。だとすれば全国レベルの機関が関与していないはずはない。」という思いを抱かせています。

 「新京報」の記事では、「校長は一人でやった、と言っているが、この国家イメージを損なう事件において『責任を下に押しつける』ようなやり方は、とうてい人を納得させることはできない。どこかの『関係機関』は、反省する必要があるだけでなく、その責任が問われなければならない。」と述べています。「どこかの『関係機関』」とは国家レベルの機関を指す可能性があり、ここまで国家レベルの機関を糾弾するような表現をすることは、中国の新聞にとっては、相当に踏み込んだ表現だと思います。

 また「処分を記録に残す」という校長に対して下された処分についても「新京報」は、区の教育委員会に追加インタビューして「処分はこれで終わりなのか」と食い下がっています(それに対し、区の教育委員会は、「校長は公開の場で謝罪しており、処分としてはこれで妥当だと考えている」と「新京報」の記者に答えています)。

 なお、「新京報」では、このほか、この記者会見はたった7分間で終わってしまったこと、区の教育委員会や校長は記者会見が終わった後は記者の質問には一切答えずに去ってしまったこと、その後校長やコーチは姿を隠してしまい記者が追加取材できなかったこと、など荒いざらいを記事にしています。

 そもそも中国のサッカー界においては、男子サッカーについては、「カンフー・サッカー」という呼称が世界中に定着してしまったように、レッドカード連発のルール無用のプレーが続くので、中国のサッカー・ファンも既に愛想を尽かしています。それに対し、女子サッカーについては、それほど悪評はなく、頑張っている、という評価です。ただ、女子サッカーについては、北京オリンピックで日本に負けるなど、必ずしもよい成績を残しておらず、「もっと強くなっていていいはずだ」という思いがサッカー・ファンの間では強かったのかもしれません。そういった中国のサッカー・ファンの思いが、大坪中学の関係者(またはもっと上のレベルの関係者)に対する圧力になっていた可能性があります。

 しかし、今回の「替え玉事件」で、「中国は男子サッカーばかりでなく女子サッカーも『ルール無用』なのか」といったイメージが世界に発信されてしまったおそれがあります。それどころか、体操選手の年齢詐称疑惑など、中国のスポーツ界にある「疑惑」のイメージを今回の「高校女子サッカー替え玉事件」はさらに強めてしまった可能性があります。

 ただ、この事件について、中国のネットワーカーが騒ぎ、「新京報」のように新聞メディアも「これはおかしい」と糾弾の声を上げていることは、そういった状況を改善させるための貴重な第一歩だと思います。

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2009年4月23日 (木)

「中国の民主化」に関連するいくつかの話題

 最近、「人民日報」に「6つの『なぜ』」というシリーズが載り、なぜ西側のような複数政党制の議会制民主主義ではだめなのか、といった疑問に対する解答が掲載されていることを4月10日付けのこのブログで書きました。そういった社会の雰囲気に呼応しているのかどうか知りませんが、最近、北京の新聞「新京報」などににいくつかの記事が載りましたので、御紹介しておきます。

○「値上げ反対Tシャツ」は法律違反か

 最近、相次ぐ公共料金の値上げに反対して、重慶の市民が「値上げ反対」という文字の入ったTシャツを作って売り出したそうです。そうしたら、警察が出てきて、このTシャツを売っていた人は取り調べを受けて、拘留されたのだそうです。

 これについて、4月15日付けの「新京報」では、「公共料金値上げ反対」のTシャツは法律違反ではなく、去年の四川大地震の後に売り出された「I Love China」と書かれたTシャツと同じであって、正常な一般市民の表現である、と主張しています。

(参考1)「新京報」2009年4月15日付け総合評論欄の意見
「『値上げ反対Tシャツ』:理性を持って対処する新しい表現方式」
http://www.thebeijingnews.com/comment/zonghe/1044/2009/04-15/044@081131.htm

 こういった自分の言いたいことを書き込んだTシャツを着て、集団で散歩する「集団散歩」を、私は北京でも見たことがあります。私が見たのは、どこかのマンションを購入した人たちらしい10人くらいの人が「マンション販売会社は約束を守れ!」というような主張を書いたTシャツを着て街を歩いていました。この「集団散歩」は、政治的なスローガンではなく、マンション販売会社と入居者との間のトラブルを多くの人に知って欲しいためのもので、たぶんこれを中国の法律で引っかけることは難しいでしょう。このグループは、城管(都市管理局)の係官に事情を聞かれていました。ただ、私が見ていた限り、このグループの人たちは事情を聞かれただけで、拘束されたりはしなかったようです。

 私がこのグループを見たのは、まだ寒い頃だったので、皆、コートの中に自分たちの主張を書いたTシャツを着ていたのでした。家で、主張を書いたTシャツを着て、その上からコートや上着を着て「集団散歩」をしたい場所へ行き、そこに到着したらみんな一斉にコートや上着を脱いで「散歩」を始める、というやりかたをしたら、取り締まり当局の方も阻止することはほとんど不可能だと思います。

 こういう「文字入りTシャツを着た集団散歩」は、これから中国各地で流行るかもしれません。そもそも、当局が主催するイベントなどで、例えば参加者が「緑を大切にしましょう」などといったスローガンの書かれたTシャツをみんなで着る、というようなことはよくあることなので、「文字の書かれたTシャツを着て集団で散歩する」ことだけで取り締まることは困難です。書かれた文字の中身が中国の基準で「反社会的かどうか」が判断基準になりますが、これはなかなか判断が難しいと思われます。例えば、「人民日報」に載っている「6つのなぜ」の疑問文、例えば、「なぜマルクス主義を指導原理にしなければならないのか?」「なぜ中国共産党の指導がなければダメなのか?」といった疑問文をTシャツに書いて街を歩いたら、警察に捕まるのでしょうか? なかなか判断が難しいところです。

○人民代表大会を公開せよとの主張

 今週開かれている全国人民代表大会常務委員会で、会議規則の改正が議論されました。多くの議員に発言の機会を与えるため、例えば、一人の発言の時間は、最初の発言は15分以内、同じ問題に対する二度目以降の発言は10分以内とする、などです。これに関連して、今日付の「新京報」の社説は、そういった議事進行上の規則だけでなく、全人代常務委員会(実質的に法律などはここで決まる)の会議を公開にし、市民が傍聴できるようにするほか、インターネットで中継するなど議事内容を公開すべきだ、と主張しています。全人代常務委員会の内容は、新聞やテレビで報道されますが、新聞やテレビでは全てを伝えることはできないのだから、(国家秘密に関連する事項の議論などを除いては)一般市民がいつでも見られるようにすべきだ、というのがこの社説の主張です。

(参考2)「新京報」2009年4月22日付け社説
「規則の力を用いて全人代の議事の民主化を向上させるべき」
http://www.thebeijingnews.com/comment/shelun/2009/04-22/008@031503.htm

 中国の全人代では、政府提案の議案が否決されることはありませんが、票決の際にはかなりの数の反対票が出ることもあります。その意味で全人代は政府提案の議案を了承するだけのスタンプ機関ではありません(今年の全人代全体会議では、政府が提出した最高人民法院工作報告と最高人民検察院工作報告について、4分の1近い議員が反対または棄権をしています)。政府提案の法律案が全人代常務委員会の議論で修正されることはよくあることです。それだけに、最近では、議論の内容については関心を持っている市民も多いようです。

 全人代は、一番下層のレベルの人民代表は住民の投票により選ばれますが、省レベル、全国レベルの人民代表はそれぞれ下のレベルの人民代表によって選ばれるという間接選挙制度になっており、人民の意見が全国人民代表大会に直接届くようなシステムにはなっていないのですが、それでも最近の人民代表にはそれなりの問題意識を持っている人も多いので、今後、人民代表制度という制度を維持したまま、ある程度の制度の改革が進むことになるのかもしれません。

○「誹謗罪」から「ただし書き条項」を削除することの可否

 中国の刑法246条には「暴力またはその他の方法をもって他人を公然と侮辱し、または事実をねつ造することをもって他人を誹謗した場合は、その状況が重い場合には、3年以下の有期の禁固、懲役、管理処分または政治的権利剥奪とする。この犯罪は、被害を受けた者が告訴することによって成立する。ただし、社会秩序と国家利益に重大な危害を与える場合は除く。」と書かれています。つまり、通常、「誹謗罪」は被害を受けた人が訴えた場合に初めて警察が捜査に乗り出すのですが、「社会秩序と国家利益に重大な危害を与える場合」には、誹謗された者が訴え出なくても、警察が誹謗した人を逮捕し立件することができるようになっているのです。

 地方政府の幹部を批判する記事を書いた記者が、この条項によって警察に逮捕される例が多発しています。今日付の「新京報」の「観察家」という意見欄にこの「ただし書き」についての意見が掲載されています。「社会秩序と国家利益に重大な危害を与える場合」の定義があいまいであり、警察がこの条文を恣意的に解釈して、地方政府幹部に対する批判を「社会秩序と国家利益に重大な危害を与える場合」と判断して報道機関の言論の自由を制限するために使われているケースがある、と指摘しているのです。この意見記事では、法律を制定した全人代常務委員会は、少なともこの「ただし書き」部分についての法解釈を出すべきであり、この「ただし書き条項」の使われ方の実態を調査して、「ただし書き」部分の削除の可否について検討すべきだ、と述べています。

(参考3)「新京報」2009年4月22日付け「観察家」に載った意見
「『誹謗罪』の『ただし書き』条項を削除することは可能かどうか」(王剛橋(学者))
http://www.thebeijingnews.com/comment/guanchajia/2009/04-22/008@031504.htm

○環境汚染企業に関する情報を公開しなかった地方政府に対し記者が抗議

 最近、黒竜江省で開かれた環境保護状況管理工作会議において、10数人のメディアが参加していたにも係わらず、黒竜江省環境保護局は具体的な汚染企業に関する状況について「秘密事項だ」として説明しませんでした。これに憤慨した一部の記者が会議を退席したとのことです。

(参考4)「新華社」ホームページが斉魯晩報の報道を転載する形で2009年4月22日13:04にアップしている記事
「環境保護局が『汚染排出企業の秘密保護局』になってしまっている」
http://news.xinhuanet.com/local/2009-04/22/content_11231459.htm

 このできごとは、いまだに「メディアは政府の発表を伝えるだけの機関」だと思っている地方政府当局者の認識と「社会のために政府を監督する役目があるのだ」という意識に目覚め始めたメディア側の意識のずれを端的に表しています。 

 この黒竜江省での出来事については、今日付けの「人民日報」でも「某省であった話」として省の名指しは避けていますが、批判的な論評を掲載しています。

(参考5)「人民日報」2009年4月22日付け評論
「誰も汚染排出企業の『秘密を保護する』権利は持っていない」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-04/22/content_237906.htm

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 これらの記事を読むと、地方政府とメディアと全人代と人々との間のそれぞれの「意識のずれ」が見て取れます。新聞側がその「意識のずれ」を指摘し、改善するべきだと主張しているところが、最近の中国の新しい局面を象徴していると思います。中国のメディアは全て中国共産党宣伝部の指導の下にありますから、こういった記事が掲載されていることは、中国共産党としても、社会の問題を取り上げて世論を見やすい形にまとめる役割をメディアに期待するようになってきていることを表しているのだと思います。

 ただし、中国共産党にとってこれは「両刃の刃」です。最初の「意見主張Tシャツ」の例や二番目の全人代の公開要求の例などは、中国共産党自身にも跳ね返ってくる可能性のある問題だからです。いずれにせよ、新聞メディアが、社会における問題意識の取りまとめの役割を果たすようになれば、社会は変革へ向かって徐々に動き出すのではないでしょうか。少なくとも、現在の中国共産党はその動きを「押し留めよう」とはしてないようです。それが自分自身の問題として跳ね返って来た時、それに虚心坦懐に対応して、新たな時代へ向けての進歩のために活用できるかどうかが今後問われてくることになると思います。

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2009年4月10日 (金)

6つの「なぜ」

 昨年12月8日付けの「人民日報」に中国の政治の根本問題とも言える問題についての問題提起が出ていることをこのブログで書きました。

(参考1)このブログの2008年12月8日付け記事
「『なぜ今も中国共産党なのか』に対する答」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-f9f3.html

 この日の「人民日報」では次の「6つの『なぜ』」に対する問題提起がなされていました。

・なぜマルクス主義に思想上の指導的地位を与えるのか。思想の多元化を図ってはならないのか。

・なぜ社会主義だけが中国を救うことができ、中国の特色のある社会主義だけが中国を発展させることができるのか。民主社会主義や資本主義ではダメなのか。

・なぜ人民代表大会制度を堅持しなければならないのか。「三権分立」をやってはダメなのか。

・なぜ中国共産党の指導の下での多党協力と政治協商制度を堅持しなければならないのか。西側のような多党制ではダメなのか。

・なぜ公有制経済を主体とした多種類の経済を協同させることにより発展させる方法を基本的な経済制度にしなければならないのか。経済の私有化を図ってはダメなのか。また逆に純粋な公有経済制度にしてはダメなのか。

・なぜ改革開放制度を揺るぎなく堅持することが必要なのか。昔たどった道へ戻ることはなぜダメなのか。

 「人民日報」では、こういった極めて根本的な問題についての議論を継続して掲載しています。

 3月30日付け紙面では、「6つの『なぜ』に回答するシリーズ」の第1回として「なぜ改革開放の中でマルクス主義を堅持しなければならないか」を論じています。

(参考2)「人民日報」2009年3月30日付け記事
「改革開放の中でマルクス主義を堅持することについて」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-03/30/content_221937.htm

 4月3日付け紙面では「シリーズ」の第2回として「なぜ中国の特色のある社会主義が歴史的選択なのか」について論じています。

(参考3)「人民日報」2009年4月3日付け記事
「中国の特色のある社会主義の路線が歴史的選択であることについて」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-04/03/content_225227.htm

 そして今日(4月10日)の1面には中国共産党の指導の下での多党協力制度について論じた評論文が掲載されています。

(参考4)「人民日報」2009年4月10日付け1面評論
「優越した政党制度、鮮明な中国の特色~マルクス・レーニン主義と社会主義の堅持と中国共産党の指導の下での多党協力制度、政治協商制度の堅持~」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-04/10/content_230111.htm

 これらの論文や特集解説は複数の異なった観点を掲載しているのではなく、「現在のやり方が正しいのはなぜなのか」という一方的な主張を繰り返し掲載しているだけですので、新しいことは何もありません。しかしながら、中国にとって「当たり前」のこれらの「6つのなぜ」をまともに「人民日報」で真正面から取り上げて解説すること自体には、新しさを感じます。ただ、なぜ今そういった解説を連続して掲載するのかの理由は、よくわかりません。党内でいろいろな議論が行われていることの反映なのでしょうか。

 私が読む限り、いずれの理論も「1949年の中華人民共和国成立時点ではこの制度が正しかった」という根拠にはなりえても「60年後の2009年でもそれは正しい」という理屈には全くなっていないと思います。「中国の国情に合わせて」と盛んに議論されていますが、その中国の「国情」とは具体的に何なのか、全く説明がなされていません。

 こういった説得力のない同じ論旨の度重なる掲載は、むしろ逆に「6つの『なぜ』に対する2009年という新しい時代背景を踏まえた『答え』」を「人民日報」も政治理論の専門家も持ち合わせていないことの宣伝になってしまっているように見えます。これだけ情報の流通が激しい現代において、若い人たちが持っている「なぜ今も中国では中国共産党による指導がないとだめなの?」という素朴な疑問に答を提供したい、という気持ちがあるのかもしれませんが、残念ながら「人民日報」の解説は答になっていません。むしろ若い人たちには「なぁんだ。人民日報もちゃんとした答が書けていないじゃないか。」と思われるのではないかと思います。

 そういった説得力のある明確な答えを提示できない状況の中、「6つの『なぜ』」といった正直な疑問に対する議論を避けたりせず、真正面から必死に答えようとしている最近の「人民日報」の姿勢は、むしろ評価すべきなのでしょうか。

 私は「文化大革命は誤りだった」と率直に認め、それでも「中国共産党の下で団結して経済建設を進めよう」と訴えた1981年6月の「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」は今読んでも非常に説得力のある文書だと思っています。この文書があったからこそ、1980年代、多くの人は、自ら納得して改革開放経済の中で力を発揮し、中国の経済成長のスタート・ダッシュを切ることができたのだと思います。中国は、今、経済危機に対応するため4兆元に上る内需刺激策を打ち出しており、それがそれなりに効果を上げつつありますが、景気刺激策のお金は最後は尽きてしまいます。結局最後は中国の多くの人々が自発的に元気を出すようにならないと社会に活気は出ません。疑問に答えようとする「人民日報」の姿勢は評価しますが、「人民日報」の評論は、多くの中国の人々が「そうだ、そうの通りだ。我々もそれぞれの自分の立場でがんばろう。」という気にさせるような文章だとは残念ながら私には思えません。

 私は「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」に匹敵するような、多く中国の人々が「そうだ、その通りだ。その方針は正しい。国全体はその方針で進めばいい。私は私ができることをがんばろうと思う。」と心から思えるような画期的な政策の転換が図られることを期待したいと思います。そのことが、中国のためになるばかりでなく、既に中国が世界に大きな影響力を持つようになった現状を踏まえれば、世界全体の活性化のために必要なことなのだと思います。

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2009年3月22日 (日)

中国で放送された政策ディベート番組

 香港の民間衛星テレビ局「鳳凰衛視」(フェニックス衛星テレビ)が土曜日の20:00~21:00というゴールデン・タイムに放送している「一虎一席談」という人気番組があります。世間で話題になっているテーマについて、専門家を読んで話を聞くとともに、スタジオに集まった人々の間で議論するという番組です(番組名の「一虎」とは、人気司会者の胡一虎氏の名前から来ています)。

 昨日(3月21日)夜たまたまこの「一虎一席談」見たら、この日のテーマは「両会(全人代と政治協商会議)開催に合わせた特集」ということで、「戸籍問題」でした。中国では、農村戸籍と非農村戸籍の厳然たる区別があって、農村戸籍の人は、実際にその人がどこに住んでいようと戸籍のある場所でないと教育、医療、社会保障等の制度を利用することができないことになっており、現在の中国の大きな社会的問題になっています。例えば、農村から都会に出稼ぎに出てきている労働者(農民工)のこどもは、戸籍が故郷の農村にあるので、都会に住んでいるのに都会の公立学校に入れないし、病院に行っても医療保険の適用が受けられない、といったような問題です。

 昨日見た番組では、全人代や政治協商会議の代表らも参加して、熱の入った議論が行われていました。出ていた主な意見には次のようなものがありました(番組は、中国語の標準語の放送ですが、中国には方言のきつい人も多いので、多くのテレビ番組では字幕が出ます。字幕が出ると、私程度の中国語ヒアリング能力でも一定程度内容を理解することができます)。

・私は弁護士だが、中華人民共和国憲法には「法の下の平等」がうたわれているのだから、農村戸籍・非農村戸籍で対応が違うのはおかしい。戸籍は一本化すべきだ。

・上海市は戸籍人口が1,300万人だが上海戸籍でない人も500万人住んでいる。戸籍の一本化は図る必要があるとは思うが、都市の政府には、実態的に、戸籍のない人に対して教育、医療、社会保障等の行政サービスを提供する能力が不足している。

・最近の北京のビル群は素晴らしいが、このビル群は誰が作ったのか。農民工の人たちが働いて作ったのではないのか。そういった農民工の人たちのこどもが北京で学校へ行けない、というのは、やはりどう考えてもおかしい。

・私は寧夏回族自治区の人間だが、戸籍制度は経済の進んだ都市部の人々の既得権益を守る役割を果たしている。内陸部の貧しい人々の権利を考えれば、戸籍は一本化すべきと考える。ただし、大学入学試験の戸籍別枠は撤去しないでほしい。例えば、大学入試の戸籍別枠を廃止したら、北京や上海の大学受験生が大量に寧夏回族自治区に来て受験したら、地元の受験生は大学に入れなくなってしまう。

・(農村戸籍の人でも都会に住宅を買って定住している人には都市戸籍を与えるべきだ、という意見があることに対して)住宅を買える経済的余裕のある人だけが都市へ移ってしまい、農村は経済的余裕のない人や老人だけになってしまうから、そういう条件を付けて戸籍の自由化を図ることには反対だ。

・農村・非農村戸籍を廃止し、自由に戸籍が選択できることにしたとしても、例えば都市住民が農村戸籍を取得したいと考えても、農地は既にいる農民に割り当てられており、新しく来た人には農地を割り当てられないから、実態的に戸籍の自由化はできない(筆者注:この部分は、土地の私有は認められておらず、従って農地の売買はできず、農地の耕作は村から請け負わされている形になっている現在の中国の社会主義制度の根本に起因する問題です)。

・私は上海の全人代の人民代表だが、この種の問題の対応策について諸外国の事例をいくつも勉強した。しかし、諸外国の例は、みな、他国からの移民をどう扱うか、という移民政策の問題だった。今、我々が議論しているのは中国国内の問題である。戸籍制度は、例えば、上海を農村から見るとまるで外国のように見えてしまうようにしているのである。私は上海の人間であるが、その前に一人の中国人である。これは何とかしなければならない問題だと考えている。

 議論に参加していた人の多くは「戸籍の自由化」に賛成のようでしたが、今すぐ自由化すると様々な問題が生じるという懸念を表明する人も多いのも事実でした。戸籍制度は、多くの人々が不満に思っている問題であると同時に、社会主義制度の根幹にも係わる問題なので、相当に「敏感な問題」です。

 「フェニックス衛星テレビ」は香港の民間テレビ局なので、報道の自由はあるのですが、中国大陸部での放映が許可されているテレビ局です。大陸部での放映が不許可にされてしまうと民間テレビ局としてやっていいけないので、当然、中国当局ににらまれるような内容の放送はできません。そうしたテレビ局で、今回の戸籍制度のような「敏感な問題」を取り上げて、参加者にディベートをさせて、中国全土に放映したことに対し、私としては、相当な「時代の進歩」を感じました。具体的な政策に関する議論ですから、当然、政府が決めた現行の政策に対する批判も出てくることになるからです。

 もし、このテレビ番組をまねたような小グループでの「討論会」が中国大陸のあちこちで開かれるようになったら、世の中はだいぶ変わると思います。全人代の人民代表が住民の直接選挙で選べない現在の制度では、「討論会」を開いても、その結果として住民が意思表示をする機会がない、というのが現在の中国のシステムでは致命的な問題ですが、今はインターネットがあるので、そういった「討論会」を開いて議論を整理し、その上で自分の意見をネット上にアップすることは可能です。

 ただ、そもそも中国の人々は「自由に自分の意見を述べたり、人の意見をじっくり聞いて論理的にそれに反論する」といった経験をあまり積んでいないように思えます。番組を見た感じでも、あまり議論がかみ合っていない感じがしました。最後の方で、農村出身の口べたな感じの青年が戸籍制度の問題点を挙げて主張していましたが、言いたいことを全部は言えなかった、という感じでした。

 1時間の番組だけでは、当然結論は出ませんが、最後に司会者が「戸籍制度は変えるべきだが、今すぐになくすわけにいかないし、一朝一夕に変えるわけにもいかないという意見が多かったと思います。ただ、最後に発言した農村出身の青年の未来が明るいものになればよいなぁと思っています」とまとめていたのは、なかなかよかったと思います。

 司会者による最後の「まとめ」の中で司会者は「先の改革開放30周年記念式典で、胡錦濤先生は改革開放政策は「不動揺」だし『不折騰』(むちゃをしない)と言っていました。戸籍制度の問題は時間を掛けて議論する必要があると思います」と結論付けていたのも印象に残りました。

 そもそもこの番組が香港のテレビ局だからですけど、胡錦濤主席のことを「主席」とも「同志」とも呼ばず、日本語の「さん」に相当する「先生」と呼んでいたのが印象に残りました(オリンピックの開会式・閉会式でもオリンピック・スタジアムの司会者は「胡錦濤先生」と呼んでいましたので、今の中国では別に珍しくはない表現なのですが、中央電視台では絶対に使わない呼び方です)。

 それから、ここでも「不折騰」という胡錦濤主席の言葉を引用していることに驚きました。やはりこの「不折騰」という言葉は相当に含蓄のある言葉なのだろうと思います。

 中国は、かつてのソ連や東欧諸国をはじめとする社会主義国として分類されますが、ひとつだけ中国だけにしかない特徴があります。それは「香港」という「風穴」が開いていることです。かつてトウ小平氏は、イギリスの植民地だった香港が1997年に中国に返還されるに当たって、「一国二制度」(香港では返還後50年間資本主義制度と報道の自由を維持する)という「ウルトラC」を使いました。これは改革開放を進める経済政策において香港という対外的に開かれた「風穴」を最大限に利用しようとしたからだと思います。そして今、もしかすると、香港は「政治体制改革=民主化」の点でも「風穴」になろうとしているのかもしれません。今回、香港のフェニックス衛星テレビで「政策ディベート番組」を見て、それを感じました。

 2012年に行われる予定の次の香港の行政長官・議会選挙は、今と同じ業界団体などを通じた間接選挙制度で行われ、住民による直接選挙は行われないことが既に決まっています。問題は、次の2017年の選挙がどうなるか、です。それすら決まっていない今の時点で、将来を予測することなどできないし、まだまだ先は長いと思いますが、こういった「フェニックス衛星テレビ」のようなテレビ放送が中国大陸部全土に放送されることによって、たぶん時代は少しづつ変化していくことになるのだろうと私は思っています。

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2009年3月21日 (土)

自作自演記者会見の疑惑

 相変わらず痛快な記事や評論の多い広州で発行されている週刊紙「南方周末」(日本語表記では「南方週末」)ですが、今週号の評論もなかなか鋭いものがありました。

(参考)「南方周末」2009年3月19日号評論欄「評論方舟」
「記者会見がどうして一人芝居になってしまうのか」(本紙評論員:郭光東)
http://www.infzm.com/content/25621

 筆者の郭光東氏は、先日終わった両会(全国人民代表大会と中国政治協商会議)の際に行われた2つの記者会見について指摘しています。

 ひとつめは「財経」の記者が伝えている3月6日に行われた四川省代表団の記者会見についてです。この記者会見では、質問しようとした記者がいくら手を挙げても、司会者が一番前に陣取っている「官製主体メディア」にばかり質問させ、しかも彼らは机の上に置いてあるメモを見て質問しているようであり、答える四川省関係者も用意した紙を読み上げているようであり、一切の質問と答えが「用意されたもの」のように見えたというものです。

 もう一つは「新快報」の記者が伝えている3月7日に行われた雲南省代表団の記者会見です。この記者会見では、事前に関係者が顔見知りの記者に質問のレジメを渡して、質問番号に応じて質問させており、人々の間で関心の高い「目隠し鬼ごっこ事件」については一切質問がなく、一問一答が事前に準備されていたことは明白だった、としています。

※「目隠し鬼ごっこ事件」については、このブログの2009年2月24日付け記事
「監獄内の『目隠し鬼ごっこ』で死亡」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2009/02/post-bcc5.html
参照

 また、3月8日に行われた四川省大地震の災害復旧状況についての記者会見について、多くのネットワーカーが内外の記者の質問水準の違いについて指摘している、とのことです。具体的には、境外の(外国及び香港、マカオ、台湾の)記者は人々が知りたいと思う問題について質問しているのに対し、中国大陸の記者は、往々にして「塩辛くも酸っぱくもない質問」や大してニュース性のない質問ばかりし、甚だしいものにあっては役所で発表されている公式発表文を見ればわかるような問題について質問して、質問時間をつぶしていた、とのことです。

 さらには、多くの記者にとって、事前に質問事項の許可が必要であり、許可されていない質問については聞いてはいけないかのように思わせるような記者会見もあった、とのことです。この評論の筆者である郭光東氏は「嗚呼! またしてもこの種の人を愚弄するような感じを受けるとは、何と悲しいことか」と嘆いています。そして、郭光東氏は、政府機関がこのような自問自答するような記者会見をセットして、外見だけ民主的であるように見せかけることは、公務員としての職業道徳に違反しているばかりでなく、そもそも人間が持つ基本的な倫理、即ち、「誠実さ」に反している、と怒っています。

 中国にいて多くの人が感じるのが、今の中国の社会は「誠実さ」が全く尊重されていない「モラルハザード」の状態にある、ということです。先日書いたニセ薬やニセモノのテレビの話もそうですが、人間が社会で活動する上で最も重要視すべき「誠実さ」が今の中国にはないのです。よく多くの日本の人が勘違いしますが、現在の中国社会に蔓延している「不誠実さ」は中国の伝統でも中国の人々が昔から持っている性質でもありません。本来、中国の人々は、純朴で、人なつこく、親切で、誠実な人たちばかりです。「不誠実さ」が蔓延しているのは、「不誠実」でも罰せられない、むしろ「不誠実にうまく世の中を渡った方が得をする」という現在の社会システムのせいなのです。

 もともと中国共産党は、まじめさ、純真さ、誠実さ、をもって人々の心を捉え、革命を成功させたのでした。それがなぜ今こういう社会になってしまったのでしょう。上の評論でわかるように、多くの中国の人々もそうした「誠実さ」のない社会の問題点について「改善すべし」という声を挙げ始めています。こういった人々の「改善すべし」という声が、実際にシステムを改善させる方向で結集され、実際にシステムが改善されるようになることを期待したいと思います。

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