カテゴリー「中国の報道機関」の記事

2009年4月24日 (金)

高校女子サッカーチーム替え玉事件

 トルコで行われた世界学校別女子サッカー大会で、4月12日、中国重慶市の大坪中学のチームが優勝を果たしました(中国の学校制度では、日本の中学校に相当する「初級中学」と日本の高校に相当する「高級中学」がありあますが、大坪中学校は「高級中学」)。ところが、この優秀した大坪中学チームのメンバー18名のうち、実際の大坪中学の在校生は3名だけで、残りの15名は全国から選抜されて優秀な「助っ人」たちで、大坪中学チームは、実質的に全中国女子サッカー・ユース・ナショナルチームのようなチームだったことがわかりました。このことは、中国のネット上で、大騒ぎになっていました。

 私は、今週の初め(4月20日)頃から日本のネットのニュースでこの件を知っていましたが、いつも読んでいる北京の新聞「新京報」は、この件については、ずっと「だんまり」を通していました。ところが、今日(4月24日)付けの紙面では、スポーツ面のうち1面全部を使ってこの事件を報じていました。昨日(4月23日)、大坪中学がある重慶市の区の教育委員会と大坪中学の校長が記者会見を開いたことから、「新京報」も「報道してよい、という『お許し』が出た」と判断したのだと思います。

(参考)「新京報」2009年4月24日紙面
「『女子サッカー替え玉事件』で校長処分」
http://www.thebeijingnews.com/news/sports/2009/04-24/008@021500.htm

 この記事によると、大坪中学の校長は「処分を記録に残す」という処分になったのだそうです(免職や減給というわけではないようです)。この記者会見で、校長は「謝罪文」を出したそうです。「謝罪文」のポイントは以下のとおりです。

○今回の件は、スポーツの道徳精神に反し、重慶のイメージに損害を与え、我が校や重慶市の発展、中国サッカー界の発展に関心を寄せていただいている各界の関係者の皆様の感情を傷つけてしまった。

○今回の大会で、大坪中学のチームがよい成績を上げないと、我が校、重慶、及び中国サッカー界が栄光のチャンスを失う、と考え、成績を上げるための最もよい方法は、全国的範囲で選抜されたメンバーの助けを借りることだ、と考えた。その結果、我が校の在校生3名、全国から選ばれたメンバー15名からなるチームとなった。

○今回の替え玉事件は、中国と重慶市のイメージに大きなマイナスの影響を与えてしまった。また、教育に携わる学校関係者として、このような替え玉事件により、学生の健全な成長に良くない影響を与えてしまった。深く悔恨の念を抱くとともに、心から深い謝罪の意を表したい。

 今回の「助っ人メンバー」は世界大会で優勝したことでわかるように、実際に優秀な選手たちだったわけですが、そういった「助っ人メンバー」を大坪中学の関係者だけで集められるのか、「全国から選抜された優秀な選手たち」が集まったのだから国家レベルの機関が関与しているのではないか、というのが、ネット上で議論している人たちの大きな疑惑です。校長は「上部機関には相談しなかった」と述べているし、重慶市教育委員会も「替え玉については知らなかった」と言っていますが、世界大会で優勝してしまった事実が、多くの人に「チームのメンバーは本当に全国レベルで選抜された優秀な選手たちなのだ。だとすれば全国レベルの機関が関与していないはずはない。」という思いを抱かせています。

 「新京報」の記事では、「校長は一人でやった、と言っているが、この国家イメージを損なう事件において『責任を下に押しつける』ようなやり方は、とうてい人を納得させることはできない。どこかの『関係機関』は、反省する必要があるだけでなく、その責任が問われなければならない。」と述べています。「どこかの『関係機関』」とは国家レベルの機関を指す可能性があり、ここまで国家レベルの機関を糾弾するような表現をすることは、中国の新聞にとっては、相当に踏み込んだ表現だと思います。

 また「処分を記録に残す」という校長に対して下された処分についても「新京報」は、区の教育委員会に追加インタビューして「処分はこれで終わりなのか」と食い下がっています(それに対し、区の教育委員会は、「校長は公開の場で謝罪しており、処分としてはこれで妥当だと考えている」と「新京報」の記者に答えています)。

 なお、「新京報」では、このほか、この記者会見はたった7分間で終わってしまったこと、区の教育委員会や校長は記者会見が終わった後は記者の質問には一切答えずに去ってしまったこと、その後校長やコーチは姿を隠してしまい記者が追加取材できなかったこと、など荒いざらいを記事にしています。

 そもそも中国のサッカー界においては、男子サッカーについては、「カンフー・サッカー」という呼称が世界中に定着してしまったように、レッドカード連発のルール無用のプレーが続くので、中国のサッカー・ファンも既に愛想を尽かしています。それに対し、女子サッカーについては、それほど悪評はなく、頑張っている、という評価です。ただ、女子サッカーについては、北京オリンピックで日本に負けるなど、必ずしもよい成績を残しておらず、「もっと強くなっていていいはずだ」という思いがサッカー・ファンの間では強かったのかもしれません。そういった中国のサッカー・ファンの思いが、大坪中学の関係者(またはもっと上のレベルの関係者)に対する圧力になっていた可能性があります。

 しかし、今回の「替え玉事件」で、「中国は男子サッカーばかりでなく女子サッカーも『ルール無用』なのか」といったイメージが世界に発信されてしまったおそれがあります。それどころか、体操選手の年齢詐称疑惑など、中国のスポーツ界にある「疑惑」のイメージを今回の「高校女子サッカー替え玉事件」はさらに強めてしまった可能性があります。

 ただ、この事件について、中国のネットワーカーが騒ぎ、「新京報」のように新聞メディアも「これはおかしい」と糾弾の声を上げていることは、そういった状況を改善させるための貴重な第一歩だと思います。

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2009年4月23日 (木)

「中国の民主化」に関連するいくつかの話題

 最近、「人民日報」に「6つの『なぜ』」というシリーズが載り、なぜ西側のような複数政党制の議会制民主主義ではだめなのか、といった疑問に対する解答が掲載されていることを4月10日付けのこのブログで書きました。そういった社会の雰囲気に呼応しているのかどうか知りませんが、最近、北京の新聞「新京報」などににいくつかの記事が載りましたので、御紹介しておきます。

○「値上げ反対Tシャツ」は法律違反か

 最近、相次ぐ公共料金の値上げに反対して、重慶の市民が「値上げ反対」という文字の入ったTシャツを作って売り出したそうです。そうしたら、警察が出てきて、このTシャツを売っていた人は取り調べを受けて、拘留されたのだそうです。

 これについて、4月15日付けの「新京報」では、「公共料金値上げ反対」のTシャツは法律違反ではなく、去年の四川大地震の後に売り出された「I Love China」と書かれたTシャツと同じであって、正常な一般市民の表現である、と主張しています。

(参考1)「新京報」2009年4月15日付け総合評論欄の意見
「『値上げ反対Tシャツ』:理性を持って対処する新しい表現方式」
http://www.thebeijingnews.com/comment/zonghe/1044/2009/04-15/044@081131.htm

 こういった自分の言いたいことを書き込んだTシャツを着て、集団で散歩する「集団散歩」を、私は北京でも見たことがあります。私が見たのは、どこかのマンションを購入した人たちらしい10人くらいの人が「マンション販売会社は約束を守れ!」というような主張を書いたTシャツを着て街を歩いていました。この「集団散歩」は、政治的なスローガンではなく、マンション販売会社と入居者との間のトラブルを多くの人に知って欲しいためのもので、たぶんこれを中国の法律で引っかけることは難しいでしょう。このグループは、城管(都市管理局)の係官に事情を聞かれていました。ただ、私が見ていた限り、このグループの人たちは事情を聞かれただけで、拘束されたりはしなかったようです。

 私がこのグループを見たのは、まだ寒い頃だったので、皆、コートの中に自分たちの主張を書いたTシャツを着ていたのでした。家で、主張を書いたTシャツを着て、その上からコートや上着を着て「集団散歩」をしたい場所へ行き、そこに到着したらみんな一斉にコートや上着を脱いで「散歩」を始める、というやりかたをしたら、取り締まり当局の方も阻止することはほとんど不可能だと思います。

 こういう「文字入りTシャツを着た集団散歩」は、これから中国各地で流行るかもしれません。そもそも、当局が主催するイベントなどで、例えば参加者が「緑を大切にしましょう」などといったスローガンの書かれたTシャツをみんなで着る、というようなことはよくあることなので、「文字の書かれたTシャツを着て集団で散歩する」ことだけで取り締まることは困難です。書かれた文字の中身が中国の基準で「反社会的かどうか」が判断基準になりますが、これはなかなか判断が難しいと思われます。例えば、「人民日報」に載っている「6つのなぜ」の疑問文、例えば、「なぜマルクス主義を指導原理にしなければならないのか?」「なぜ中国共産党の指導がなければダメなのか?」といった疑問文をTシャツに書いて街を歩いたら、警察に捕まるのでしょうか? なかなか判断が難しいところです。

○人民代表大会を公開せよとの主張

 今週開かれている全国人民代表大会常務委員会で、会議規則の改正が議論されました。多くの議員に発言の機会を与えるため、例えば、一人の発言の時間は、最初の発言は15分以内、同じ問題に対する二度目以降の発言は10分以内とする、などです。これに関連して、今日付の「新京報」の社説は、そういった議事進行上の規則だけでなく、全人代常務委員会(実質的に法律などはここで決まる)の会議を公開にし、市民が傍聴できるようにするほか、インターネットで中継するなど議事内容を公開すべきだ、と主張しています。全人代常務委員会の内容は、新聞やテレビで報道されますが、新聞やテレビでは全てを伝えることはできないのだから、(国家秘密に関連する事項の議論などを除いては)一般市民がいつでも見られるようにすべきだ、というのがこの社説の主張です。

(参考2)「新京報」2009年4月22日付け社説
「規則の力を用いて全人代の議事の民主化を向上させるべき」
http://www.thebeijingnews.com/comment/shelun/2009/04-22/008@031503.htm

 中国の全人代では、政府提案の議案が否決されることはありませんが、票決の際にはかなりの数の反対票が出ることもあります。その意味で全人代は政府提案の議案を了承するだけのスタンプ機関ではありません(今年の全人代全体会議では、政府が提出した最高人民法院工作報告と最高人民検察院工作報告について、4分の1近い議員が反対または棄権をしています)。政府提案の法律案が全人代常務委員会の議論で修正されることはよくあることです。それだけに、最近では、議論の内容については関心を持っている市民も多いようです。

 全人代は、一番下層のレベルの人民代表は住民の投票により選ばれますが、省レベル、全国レベルの人民代表はそれぞれ下のレベルの人民代表によって選ばれるという間接選挙制度になっており、人民の意見が全国人民代表大会に直接届くようなシステムにはなっていないのですが、それでも最近の人民代表にはそれなりの問題意識を持っている人も多いので、今後、人民代表制度という制度を維持したまま、ある程度の制度の改革が進むことになるのかもしれません。

○「誹謗罪」から「ただし書き条項」を削除することの可否

 中国の刑法246条には「暴力またはその他の方法をもって他人を公然と侮辱し、または事実をねつ造することをもって他人を誹謗した場合は、その状況が重い場合には、3年以下の有期の禁固、懲役、管理処分または政治的権利剥奪とする。この犯罪は、被害を受けた者が告訴することによって成立する。ただし、社会秩序と国家利益に重大な危害を与える場合は除く。」と書かれています。つまり、通常、「誹謗罪」は被害を受けた人が訴えた場合に初めて警察が捜査に乗り出すのですが、「社会秩序と国家利益に重大な危害を与える場合」には、誹謗された者が訴え出なくても、警察が誹謗した人を逮捕し立件することができるようになっているのです。

 地方政府の幹部を批判する記事を書いた記者が、この条項によって警察に逮捕される例が多発しています。今日付の「新京報」の「観察家」という意見欄にこの「ただし書き」についての意見が掲載されています。「社会秩序と国家利益に重大な危害を与える場合」の定義があいまいであり、警察がこの条文を恣意的に解釈して、地方政府幹部に対する批判を「社会秩序と国家利益に重大な危害を与える場合」と判断して報道機関の言論の自由を制限するために使われているケースがある、と指摘しているのです。この意見記事では、法律を制定した全人代常務委員会は、少なともこの「ただし書き」部分についての法解釈を出すべきであり、この「ただし書き条項」の使われ方の実態を調査して、「ただし書き」部分の削除の可否について検討すべきだ、と述べています。

(参考3)「新京報」2009年4月22日付け「観察家」に載った意見
「『誹謗罪』の『ただし書き』条項を削除することは可能かどうか」(王剛橋(学者))
http://www.thebeijingnews.com/comment/guanchajia/2009/04-22/008@031504.htm

○環境汚染企業に関する情報を公開しなかった地方政府に対し記者が抗議

 最近、黒竜江省で開かれた環境保護状況管理工作会議において、10数人のメディアが参加していたにも係わらず、黒竜江省環境保護局は具体的な汚染企業に関する状況について「秘密事項だ」として説明しませんでした。これに憤慨した一部の記者が会議を退席したとのことです。

(参考4)「新華社」ホームページが斉魯晩報の報道を転載する形で2009年4月22日13:04にアップしている記事
「環境保護局が『汚染排出企業の秘密保護局』になってしまっている」
http://news.xinhuanet.com/local/2009-04/22/content_11231459.htm

 このできごとは、いまだに「メディアは政府の発表を伝えるだけの機関」だと思っている地方政府当局者の認識と「社会のために政府を監督する役目があるのだ」という意識に目覚め始めたメディア側の意識のずれを端的に表しています。 

 この黒竜江省での出来事については、今日付けの「人民日報」でも「某省であった話」として省の名指しは避けていますが、批判的な論評を掲載しています。

(参考5)「人民日報」2009年4月22日付け評論
「誰も汚染排出企業の『秘密を保護する』権利は持っていない」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-04/22/content_237906.htm

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 これらの記事を読むと、地方政府とメディアと全人代と人々との間のそれぞれの「意識のずれ」が見て取れます。新聞側がその「意識のずれ」を指摘し、改善するべきだと主張しているところが、最近の中国の新しい局面を象徴していると思います。中国のメディアは全て中国共産党宣伝部の指導の下にありますから、こういった記事が掲載されていることは、中国共産党としても、社会の問題を取り上げて世論を見やすい形にまとめる役割をメディアに期待するようになってきていることを表しているのだと思います。

 ただし、中国共産党にとってこれは「両刃の刃」です。最初の「意見主張Tシャツ」の例や二番目の全人代の公開要求の例などは、中国共産党自身にも跳ね返ってくる可能性のある問題だからです。いずれにせよ、新聞メディアが、社会における問題意識の取りまとめの役割を果たすようになれば、社会は変革へ向かって徐々に動き出すのではないでしょうか。少なくとも、現在の中国共産党はその動きを「押し留めよう」とはしてないようです。それが自分自身の問題として跳ね返って来た時、それに虚心坦懐に対応して、新たな時代へ向けての進歩のために活用できるかどうかが今後問われてくることになると思います。

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2009年4月10日 (金)

6つの「なぜ」

 昨年12月8日付けの「人民日報」に中国の政治の根本問題とも言える問題についての問題提起が出ていることをこのブログで書きました。

(参考1)このブログの2008年12月8日付け記事
「『なぜ今も中国共産党なのか』に対する答」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-f9f3.html

 この日の「人民日報」では次の「6つの『なぜ』」に対する問題提起がなされていました。

・なぜマルクス主義に思想上の指導的地位を与えるのか。思想の多元化を図ってはならないのか。

・なぜ社会主義だけが中国を救うことができ、中国の特色のある社会主義だけが中国を発展させることができるのか。民主社会主義や資本主義ではダメなのか。

・なぜ人民代表大会制度を堅持しなければならないのか。「三権分立」をやってはダメなのか。

・なぜ中国共産党の指導の下での多党協力と政治協商制度を堅持しなければならないのか。西側のような多党制ではダメなのか。

・なぜ公有制経済を主体とした多種類の経済を協同させることにより発展させる方法を基本的な経済制度にしなければならないのか。経済の私有化を図ってはダメなのか。また逆に純粋な公有経済制度にしてはダメなのか。

・なぜ改革開放制度を揺るぎなく堅持することが必要なのか。昔たどった道へ戻ることはなぜダメなのか。

 「人民日報」では、こういった極めて根本的な問題についての議論を継続して掲載しています。

 3月30日付け紙面では、「6つの『なぜ』に回答するシリーズ」の第1回として「なぜ改革開放の中でマルクス主義を堅持しなければならないか」を論じています。

(参考2)「人民日報」2009年3月30日付け記事
「改革開放の中でマルクス主義を堅持することについて」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-03/30/content_221937.htm

 4月3日付け紙面では「シリーズ」の第2回として「なぜ中国の特色のある社会主義が歴史的選択なのか」について論じています。

(参考3)「人民日報」2009年4月3日付け記事
「中国の特色のある社会主義の路線が歴史的選択であることについて」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-04/03/content_225227.htm

 そして今日(4月10日)の1面には中国共産党の指導の下での多党協力制度について論じた評論文が掲載されています。

(参考4)「人民日報」2009年4月10日付け1面評論
「優越した政党制度、鮮明な中国の特色~マルクス・レーニン主義と社会主義の堅持と中国共産党の指導の下での多党協力制度、政治協商制度の堅持~」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-04/10/content_230111.htm

 これらの論文や特集解説は複数の異なった観点を掲載しているのではなく、「現在のやり方が正しいのはなぜなのか」という一方的な主張を繰り返し掲載しているだけですので、新しいことは何もありません。しかしながら、中国にとって「当たり前」のこれらの「6つのなぜ」をまともに「人民日報」で真正面から取り上げて解説すること自体には、新しさを感じます。ただ、なぜ今そういった解説を連続して掲載するのかの理由は、よくわかりません。党内でいろいろな議論が行われていることの反映なのでしょうか。

 私が読む限り、いずれの理論も「1949年の中華人民共和国成立時点ではこの制度が正しかった」という根拠にはなりえても「60年後の2009年でもそれは正しい」という理屈には全くなっていないと思います。「中国の国情に合わせて」と盛んに議論されていますが、その中国の「国情」とは具体的に何なのか、全く説明がなされていません。

 こういった説得力のない同じ論旨の度重なる掲載は、むしろ逆に「6つの『なぜ』に対する2009年という新しい時代背景を踏まえた『答え』」を「人民日報」も政治理論の専門家も持ち合わせていないことの宣伝になってしまっているように見えます。これだけ情報の流通が激しい現代において、若い人たちが持っている「なぜ今も中国では中国共産党による指導がないとだめなの?」という素朴な疑問に答を提供したい、という気持ちがあるのかもしれませんが、残念ながら「人民日報」の解説は答になっていません。むしろ若い人たちには「なぁんだ。人民日報もちゃんとした答が書けていないじゃないか。」と思われるのではないかと思います。

 そういった説得力のある明確な答えを提示できない状況の中、「6つの『なぜ』」といった正直な疑問に対する議論を避けたりせず、真正面から必死に答えようとしている最近の「人民日報」の姿勢は、むしろ評価すべきなのでしょうか。

 私は「文化大革命は誤りだった」と率直に認め、それでも「中国共産党の下で団結して経済建設を進めよう」と訴えた1981年6月の「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」は今読んでも非常に説得力のある文書だと思っています。この文書があったからこそ、1980年代、多くの人は、自ら納得して改革開放経済の中で力を発揮し、中国の経済成長のスタート・ダッシュを切ることができたのだと思います。中国は、今、経済危機に対応するため4兆元に上る内需刺激策を打ち出しており、それがそれなりに効果を上げつつありますが、景気刺激策のお金は最後は尽きてしまいます。結局最後は中国の多くの人々が自発的に元気を出すようにならないと社会に活気は出ません。疑問に答えようとする「人民日報」の姿勢は評価しますが、「人民日報」の評論は、多くの中国の人々が「そうだ、そうの通りだ。我々もそれぞれの自分の立場でがんばろう。」という気にさせるような文章だとは残念ながら私には思えません。

 私は「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」に匹敵するような、多く中国の人々が「そうだ、その通りだ。その方針は正しい。国全体はその方針で進めばいい。私は私ができることをがんばろうと思う。」と心から思えるような画期的な政策の転換が図られることを期待したいと思います。そのことが、中国のためになるばかりでなく、既に中国が世界に大きな影響力を持つようになった現状を踏まえれば、世界全体の活性化のために必要なことなのだと思います。

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2009年3月22日 (日)

中国で放送された政策ディベート番組

 香港の民間衛星テレビ局「鳳凰衛視」(フェニックス衛星テレビ)が土曜日の20:00~21:00というゴールデン・タイムに放送している「一虎一席談」という人気番組があります。世間で話題になっているテーマについて、専門家を読んで話を聞くとともに、スタジオに集まった人々の間で議論するという番組です(番組名の「一虎」とは、人気司会者の胡一虎氏の名前から来ています)。

 昨日(3月21日)夜たまたまこの「一虎一席談」見たら、この日のテーマは「両会(全人代と政治協商会議)開催に合わせた特集」ということで、「戸籍問題」でした。中国では、農村戸籍と非農村戸籍の厳然たる区別があって、農村戸籍の人は、実際にその人がどこに住んでいようと戸籍のある場所でないと教育、医療、社会保障等の制度を利用することができないことになっており、現在の中国の大きな社会的問題になっています。例えば、農村から都会に出稼ぎに出てきている労働者(農民工)のこどもは、戸籍が故郷の農村にあるので、都会に住んでいるのに都会の公立学校に入れないし、病院に行っても医療保険の適用が受けられない、といったような問題です。

 昨日見た番組では、全人代や政治協商会議の代表らも参加して、熱の入った議論が行われていました。出ていた主な意見には次のようなものがありました(番組は、中国語の標準語の放送ですが、中国には方言のきつい人も多いので、多くのテレビ番組では字幕が出ます。字幕が出ると、私程度の中国語ヒアリング能力でも一定程度内容を理解することができます)。

・私は弁護士だが、中華人民共和国憲法には「法の下の平等」がうたわれているのだから、農村戸籍・非農村戸籍で対応が違うのはおかしい。戸籍は一本化すべきだ。

・上海市は戸籍人口が1,300万人だが上海戸籍でない人も500万人住んでいる。戸籍の一本化は図る必要があるとは思うが、都市の政府には、実態的に、戸籍のない人に対して教育、医療、社会保障等の行政サービスを提供する能力が不足している。

・最近の北京のビル群は素晴らしいが、このビル群は誰が作ったのか。農民工の人たちが働いて作ったのではないのか。そういった農民工の人たちのこどもが北京で学校へ行けない、というのは、やはりどう考えてもおかしい。

・私は寧夏回族自治区の人間だが、戸籍制度は経済の進んだ都市部の人々の既得権益を守る役割を果たしている。内陸部の貧しい人々の権利を考えれば、戸籍は一本化すべきと考える。ただし、大学入学試験の戸籍別枠は撤去しないでほしい。例えば、大学入試の戸籍別枠を廃止したら、北京や上海の大学受験生が大量に寧夏回族自治区に来て受験したら、地元の受験生は大学に入れなくなってしまう。

・(農村戸籍の人でも都会に住宅を買って定住している人には都市戸籍を与えるべきだ、という意見があることに対して)住宅を買える経済的余裕のある人だけが都市へ移ってしまい、農村は経済的余裕のない人や老人だけになってしまうから、そういう条件を付けて戸籍の自由化を図ることには反対だ。

・農村・非農村戸籍を廃止し、自由に戸籍が選択できることにしたとしても、例えば都市住民が農村戸籍を取得したいと考えても、農地は既にいる農民に割り当てられており、新しく来た人には農地を割り当てられないから、実態的に戸籍の自由化はできない(筆者注:この部分は、土地の私有は認められておらず、従って農地の売買はできず、農地の耕作は村から請け負わされている形になっている現在の中国の社会主義制度の根本に起因する問題です)。

・私は上海の全人代の人民代表だが、この種の問題の対応策について諸外国の事例をいくつも勉強した。しかし、諸外国の例は、みな、他国からの移民をどう扱うか、という移民政策の問題だった。今、我々が議論しているのは中国国内の問題である。戸籍制度は、例えば、上海を農村から見るとまるで外国のように見えてしまうようにしているのである。私は上海の人間であるが、その前に一人の中国人である。これは何とかしなければならない問題だと考えている。

 議論に参加していた人の多くは「戸籍の自由化」に賛成のようでしたが、今すぐ自由化すると様々な問題が生じるという懸念を表明する人も多いのも事実でした。戸籍制度は、多くの人々が不満に思っている問題であると同時に、社会主義制度の根幹にも係わる問題なので、相当に「敏感な問題」です。

 「フェニックス衛星テレビ」は香港の民間テレビ局なので、報道の自由はあるのですが、中国大陸部での放映が許可されているテレビ局です。大陸部での放映が不許可にされてしまうと民間テレビ局としてやっていいけないので、当然、中国当局ににらまれるような内容の放送はできません。そうしたテレビ局で、今回の戸籍制度のような「敏感な問題」を取り上げて、参加者にディベートをさせて、中国全土に放映したことに対し、私としては、相当な「時代の進歩」を感じました。具体的な政策に関する議論ですから、当然、政府が決めた現行の政策に対する批判も出てくることになるからです。

 もし、このテレビ番組をまねたような小グループでの「討論会」が中国大陸のあちこちで開かれるようになったら、世の中はだいぶ変わると思います。全人代の人民代表が住民の直接選挙で選べない現在の制度では、「討論会」を開いても、その結果として住民が意思表示をする機会がない、というのが現在の中国のシステムでは致命的な問題ですが、今はインターネットがあるので、そういった「討論会」を開いて議論を整理し、その上で自分の意見をネット上にアップすることは可能です。

 ただ、そもそも中国の人々は「自由に自分の意見を述べたり、人の意見をじっくり聞いて論理的にそれに反論する」といった経験をあまり積んでいないように思えます。番組を見た感じでも、あまり議論がかみ合っていない感じがしました。最後の方で、農村出身の口べたな感じの青年が戸籍制度の問題点を挙げて主張していましたが、言いたいことを全部は言えなかった、という感じでした。

 1時間の番組だけでは、当然結論は出ませんが、最後に司会者が「戸籍制度は変えるべきだが、今すぐになくすわけにいかないし、一朝一夕に変えるわけにもいかないという意見が多かったと思います。ただ、最後に発言した農村出身の青年の未来が明るいものになればよいなぁと思っています」とまとめていたのは、なかなかよかったと思います。

 司会者による最後の「まとめ」の中で司会者は「先の改革開放30周年記念式典で、胡錦濤先生は改革開放政策は「不動揺」だし『不折騰』(むちゃをしない)と言っていました。戸籍制度の問題は時間を掛けて議論する必要があると思います」と結論付けていたのも印象に残りました。

 そもそもこの番組が香港のテレビ局だからですけど、胡錦濤主席のことを「主席」とも「同志」とも呼ばず、日本語の「さん」に相当する「先生」と呼んでいたのが印象に残りました(オリンピックの開会式・閉会式でもオリンピック・スタジアムの司会者は「胡錦濤先生」と呼んでいましたので、今の中国では別に珍しくはない表現なのですが、中央電視台では絶対に使わない呼び方です)。

 それから、ここでも「不折騰」という胡錦濤主席の言葉を引用していることに驚きました。やはりこの「不折騰」という言葉は相当に含蓄のある言葉なのだろうと思います。

 中国は、かつてのソ連や東欧諸国をはじめとする社会主義国として分類されますが、ひとつだけ中国だけにしかない特徴があります。それは「香港」という「風穴」が開いていることです。かつてトウ小平氏は、イギリスの植民地だった香港が1997年に中国に返還されるに当たって、「一国二制度」(香港では返還後50年間資本主義制度と報道の自由を維持する)という「ウルトラC」を使いました。これは改革開放を進める経済政策において香港という対外的に開かれた「風穴」を最大限に利用しようとしたからだと思います。そして今、もしかすると、香港は「政治体制改革=民主化」の点でも「風穴」になろうとしているのかもしれません。今回、香港のフェニックス衛星テレビで「政策ディベート番組」を見て、それを感じました。

 2012年に行われる予定の次の香港の行政長官・議会選挙は、今と同じ業界団体などを通じた間接選挙制度で行われ、住民による直接選挙は行われないことが既に決まっています。問題は、次の2017年の選挙がどうなるか、です。それすら決まっていない今の時点で、将来を予測することなどできないし、まだまだ先は長いと思いますが、こういった「フェニックス衛星テレビ」のようなテレビ放送が中国大陸部全土に放送されることによって、たぶん時代は少しづつ変化していくことになるのだろうと私は思っています。

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2009年3月21日 (土)

自作自演記者会見の疑惑

 相変わらず痛快な記事や評論の多い広州で発行されている週刊紙「南方周末」(日本語表記では「南方週末」)ですが、今週号の評論もなかなか鋭いものがありました。

(参考)「南方周末」2009年3月19日号評論欄「評論方舟」
「記者会見がどうして一人芝居になってしまうのか」(本紙評論員:郭光東)
http://www.infzm.com/content/25621

 筆者の郭光東氏は、先日終わった両会(全国人民代表大会と中国政治協商会議)の際に行われた2つの記者会見について指摘しています。

 ひとつめは「財経」の記者が伝えている3月6日に行われた四川省代表団の記者会見についてです。この記者会見では、質問しようとした記者がいくら手を挙げても、司会者が一番前に陣取っている「官製主体メディア」にばかり質問させ、しかも彼らは机の上に置いてあるメモを見て質問しているようであり、答える四川省関係者も用意した紙を読み上げているようであり、一切の質問と答えが「用意されたもの」のように見えたというものです。

 もう一つは「新快報」の記者が伝えている3月7日に行われた雲南省代表団の記者会見です。この記者会見では、事前に関係者が顔見知りの記者に質問のレジメを渡して、質問番号に応じて質問させており、人々の間で関心の高い「目隠し鬼ごっこ事件」については一切質問がなく、一問一答が事前に準備されていたことは明白だった、としています。

※「目隠し鬼ごっこ事件」については、このブログの2009年2月24日付け記事
「監獄内の『目隠し鬼ごっこ』で死亡」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2009/02/post-bcc5.html
参照

 また、3月8日に行われた四川省大地震の災害復旧状況についての記者会見について、多くのネットワーカーが内外の記者の質問水準の違いについて指摘している、とのことです。具体的には、境外の(外国及び香港、マカオ、台湾の)記者は人々が知りたいと思う問題について質問しているのに対し、中国大陸の記者は、往々にして「塩辛くも酸っぱくもない質問」や大してニュース性のない質問ばかりし、甚だしいものにあっては役所で発表されている公式発表文を見ればわかるような問題について質問して、質問時間をつぶしていた、とのことです。

 さらには、多くの記者にとって、事前に質問事項の許可が必要であり、許可されていない質問については聞いてはいけないかのように思わせるような記者会見もあった、とのことです。この評論の筆者である郭光東氏は「嗚呼! またしてもこの種の人を愚弄するような感じを受けるとは、何と悲しいことか」と嘆いています。そして、郭光東氏は、政府機関がこのような自問自答するような記者会見をセットして、外見だけ民主的であるように見せかけることは、公務員としての職業道徳に違反しているばかりでなく、そもそも人間が持つ基本的な倫理、即ち、「誠実さ」に反している、と怒っています。

 中国にいて多くの人が感じるのが、今の中国の社会は「誠実さ」が全く尊重されていない「モラルハザード」の状態にある、ということです。先日書いたニセ薬やニセモノのテレビの話もそうですが、人間が社会で活動する上で最も重要視すべき「誠実さ」が今の中国にはないのです。よく多くの日本の人が勘違いしますが、現在の中国社会に蔓延している「不誠実さ」は中国の伝統でも中国の人々が昔から持っている性質でもありません。本来、中国の人々は、純朴で、人なつこく、親切で、誠実な人たちばかりです。「不誠実さ」が蔓延しているのは、「不誠実」でも罰せられない、むしろ「不誠実にうまく世の中を渡った方が得をする」という現在の社会システムのせいなのです。

 もともと中国共産党は、まじめさ、純真さ、誠実さ、をもって人々の心を捉え、革命を成功させたのでした。それがなぜ今こういう社会になってしまったのでしょう。上の評論でわかるように、多くの中国の人々もそうした「誠実さ」のない社会の問題点について「改善すべし」という声を挙げ始めています。こういった人々の「改善すべし」という声が、実際にシステムを改善させる方向で結集され、実際にシステムが改善されるようになることを期待したいと思います。

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2009年3月17日 (火)

ニセ薬とニセテレビ

 以前ほどの「鋭さ」がなくなった最近の中国中央電視台第一チャンネル(総合チャンネル)19:38~放送の報道番組「焦点訪談」ですが、今週は久々に結構深刻な「告発もの」をやっていました。

 一昨日(3月15日)放送分は「ニセ薬」の話でした。「病院に薬を納入する業者が正式な証明書が添付されていない薬を納入した際、病院側が『証明書は?』と尋ねると、今回は間に合わなかったので、後ですぐに送ります、と言われたので、病院側はそれを信用して薬を受け取り、そのまま患者に処方した。しかし、いつまで経っても薬納入業者から『証明書』は送られてこず、そのうちに服用して体の不調を訴えた患者が出て、納入された薬がニセモノだったことがわかった。病院側では、薬を患者に渡した記録をきちんと取っていなかったために、ニセ薬がどの患者に渡されたのかはわからない。」という話でした。

 番組では、ニセ薬を作って売り込むニセ薬業者も問題だが、チェックの甘い病院側も問題だ、というような指摘をしていました。中国では、単なる風邪であっても、医者に掛かるのは命懸けです。

 今日(3月17日)放送分は、政府の内需刺激策として採られている「家電下郷」政策(農村で家電製品を買うと、一定の条件に当てはまる場合に価格の13%の補助金が政府から支給される制度)を悪用して、廃品テレビを改造して新品のテレビのようにして農村に売る悪徳業者の話をやっていました。この悪徳業者は、10年以上使った廃品テレビから、ブラウン管など、まだ使える部分を集めてきて、きれいな外枠をはめて、「家電下郷」政策を使ってテレビを買おうとする農民に対して、あたかも新品のテレビであるかのように売っていたのでした。新品テレビだと思って買って使っていたら、1か月たたないうちに故障したので、分解して調べてもらったらブラウン管が使い古しのものであることがわかった、というのが発端だそうです。

 ブラウン管の表面をきれいに拭き、外枠には新しいものを使っただけでなく、段ボールの包装は新品のものを使い、取り扱い説明書だけは新しく印刷したものを入れてあった、というのですから、相当に悪質です。

 一般に「中国製(メイド・イン・チャイナ)」の品質問題が日本などでも問題にされますが、私は基本的に日本で売っている中国製の製品はそれほど心配する必要はないと思っています。輸入する日本の商社が品質には厳しいチェックを掛けているからです。問題は中国製の製品を中国国内で買わざるを得ない中国国内に住んでいる私のような人間や中国の人々です。もちろんちゃんとした製品がほとんどなのですが、たまに「はずれ」の製品に当たる場合があります。私は薬の類は買わないようにしていますが、食べ物は買わないわけにはいかないので、毎日「今日は当たらないように」と祈りながら食べています。

 政府の取り締まり機関も一生懸命取り締まっているし、この「焦点訪談」のようにテレビやマスコミでも取り上げられるのですが、中国のニセモノはなくなりません。一連の「焦点訪談」の「ニセモノ問題特集」は、3月15日の「世界消費者保護デー」にちなんだ特集番組のようです。やはり、結局は、消費者の声を直接政府に訴えられるようなシステム、即ち、取り締まりをきちんとやらない地方政府のトップは住民によってクビにされるという直接選挙による民主制度がない、ということが中国の最大の問題なのでしょう。

 政治の民主化が進まない限り、中国国内におけるニセモノ追放キャンペーンとニセモノ業者のイタチごっこは永遠に続くと思います。

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2009年3月12日 (木)

人民代表大会制度についての議論

 今年の全国人民代表大会(第17期の第2回会議)が明日(3月13日)終了する予定です。今年の全人代は、開催期間がいつもより数日短めでした。全人大と同時並行的に開かれる全国政治協商会議も同じようにいつもより短めでした。なぜこの二つの会議(中国では「両会」と略称される)が今年は「短め」だったのかの理由は、たぶん何かウラがあるのでしょうけど、私にはわかりません。

 この二つの会議の開催期間中は、政治関係のニュースが毎日流されますが、今年の「人民日報」には、「人民代表制度は必要だ」という全人代の根本を擁護する記事が目立ちます。

(参考1)「人民日報」2009年3月11日付け1面記事
「根本的な政治制度 民主的な重要な媒体~人民代表大会を堅持し完全なものとするための一論~」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-03/11/content_209077.htm

(参考2)「人民日報」2009年3月12日付け10面記事
「党の指導を堅持し完全なものにすることは、人民代表大会制度による政治を保証するものだ」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-03/12/content_209794.htm

(参考3)「人民日報」2009年3月12日付け11面記事
「人民代表大会制度と西側議会制度の本質的な違いを十分に認識すべき」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-03/12/content_209857.htm

 多層的な間接選挙によって選ばれる「全国人民代表」による会議「全国人民代表大会」が国政を議論すること、全人代をはじめ全ての国家組織が中国共産党の指導を受けること、は、今の中国では「当たり前」のことで、今さら議論するような話ではありません。それなのに、そもそも全人代開催期間の終盤になって、「人民日報」にその「当たり前のこと」に関して現在の制度を擁護するような論文が「これでもかこれでもか」というように掲載されるのは何を意味しているのでしょうか。

 改革開放前と異なり、現在の全国人民代表大会の票決は必ずしも全会一致ではありません。かなりの数の反対票・棄権票が出ることがあります。そういったことを考えると、もしかすると、全国人民代表大会の議論の中で、全国人民代表大会のあり方についての議論が少なからず行われ、それを鎮めるために「人民日報」に評論がいくつも掲載されていると見ることもできます。

 「人民日報」では、昨年暮れ頃から、盛んに「民主化」や「中国共産党による指導」についての記事を掲載しています。従来の方針を擁護するものばかりであり、新しいことは何も言っていないのですが、むしろ「当たり前のことを口を酸っぱくして繰り返して訴えなければならない、ということ自体が、実は、水面下で、かなりの議論が行われていることを意味しているのではないか」という推測を私に起こさせるのです。

(参考4)このブログの2008年12月5日付け記事
「『人民日報』上での政治の民主化を巡る議論」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-44d1.html

(参考5)このブログの2008年12月8日付け記事
「『なぜ今も中国共産党なのか』に対する答」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-f9f3.html

(参考6)このブログの2009年1月6日付け記事
「『なぜマルクス主義堅持なのか』に対する答」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2009/01/post-2760.html

 これらの「人民日報」の一連の記事が昨年(2008年)12月9日にインターネット上にアップされたいわゆる「08憲章」に関する動きと関係があるのかないのか、私にはわかりません。しかし、地方政府幹部の腐敗阻止や環境汚染企業と地方政府との癒着を防ぐためには、政治体制改革、即ち、住民による直接選挙が不可欠であることについて、中国国内でも以前から広く議論されてきています。

(参考7)このブログの2007年5月30日付け記事
「中国の新聞に『根本は政治体制改革』との社説」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/05/post_f50b.html

 「08憲章」は一部の知識人による「意図表明」に過ぎず、幅広い多くの人々を巻き込んだ運動には成り得ない、という見方もあります。しかし、「人民日報」にこうした「根本問題」に関する論文が繰り返し掲載されるということは、中国の社会全体の中で、本当の意味での政治体制改革の必要性に対する認識が現実問題として高まってきていることを示しているのではないかと思います。

 世界的経済危機の中で、中国は輸出依存の経済体質から内需重視型の経済への転換を迫られています。日本の過去の歴史や韓国、台湾の過去を踏まえると、経済の重点が内需に移るに連れて、政治体制の民主化は必然的な流れとなっていきます。経済が内需重視型に移行する、即ち、国内の消費者の声を集約した経済体制を確立することが求められるようになると、それに連動して政治自体も国民全体の意見を正しく集約できるようなシステムが求められるからです。経済状況を見れば、今の中国は韓国や台湾の政治的民主化を進めた1980年代末から1990年代初頭のころの状況と似ています。

 上記(参考4)の中で引用している中国共産党中央編成局副局長で北京大学中国政府イノベーション研究センター主任の兪可平氏が述べている「中国の民主化は増量方式で発展している(少しずつ段階的に発展している)」という言葉の中身が、具体的な政治制度改革として目に見えてくることになるのかどうかが、今後のポイントになると思います。少なくとも、第17期全国人民代表大会第2回全体会議の最終日を明日に控えた今日(2009年3月12日)の時点では、そのような「具体的な改革」は見えてきていませんが。

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2009年3月 4日 (水)

「公式見解」すら報道されない微妙な案件

 3月2日北京発の時事通信の報道によれば、3月3日から始まった第11期全国政治協商会議第2回会議の開会を前にして3月2日に行われた政治協商会議の趙啓正氏に対する記者会見において、ボイス・オブ・アメリカの記者が1989年の「第二次天安門事件」の再評価について質問したとのことです。時事通信の報道によれば、趙啓正氏は、この質問に対して「80年代の政治的風波は、中国共産党と政府が既に明確な結論を出した」と述べた、とのことです。

 この記者会見は、インターネットで生中継され、質問と答えの一言一句は文字情報としてネット上に記録されています。「第二次天安門事件」に関する上記の趙啓正氏の話は、現在の中国当局の「公式見解」であり、趙啓正氏の答えは完璧な「模範解答」だと思うのですが、ネット上に記録されている「文字実録」には、上記のボイス・オブ・アメリカの記者との質疑応答の部分は記録されていません。3月3日付けの中国の新聞では、趙啓正氏の記者会見については大きく紙面を割いて報じていますが、上記の「第二次天安門事件」に関するやりとりの部分については、私が見た範囲では掲載されいている新聞を見つけることができませんでした。

(参考1)「新華社」ホームページ2009年3月2日
「全国政治協商会議第11期第二回会議第一回記者会見」
http://www.xinhuanet.com/2009lh/zhibo_20090302.htm

※上記のページで「文字実録」をクリックすると記者会見の一言一句が文字情報として確認できますが、時事通信が伝えたようなボイス・オブ・アメリカの記者とのやりとりはこの「文字実録」には載っていません。

 生中継されている記者会見の文字による記録をネット上に載せる際に、「微妙な問題」については、実際には質疑応答が行われたのにネット上の記録には載せない、ということは中国ではよくあります(日本の財務省のホームページの財務大臣記者会見記録にも、先日のローマでの「あのぉ~」という中川財務大臣の質疑応答部分は載っていないそうですので、こうした現象は中国だけのものとは限らないと思いますが)。ただ、趙啓正氏は中国政府にとって都合の悪いことは全く言っておらず、ほとんど完璧な「模範解答」であったにも係わらず、ネット上で記録されず、新聞で報道されず、あたかも「なかったこと」のようにされているのは、この部分、即ち「第二次天安門事件」については、完璧に「触れられたくない」という気持ちが中国当局に強いのだと思います。

 なお、北京から3月3日の時点でボイス・オブ・アメリカのホームページにアクセスしたところ、中国語版の部分にアクセス制限が掛かっており、中国語版にどのような記事が載っているのかを見ることができませんでした。

 これから中国では、3月10日のチベット騒乱50周年、5月4日の「五四運動」90周年、6月4日の「第二次天安門事件」20周年という「敏感な日」が続きます。昨年の北京オリンピックで、大幅にインターネットのアクセス制限等が改善された中国ですが、これら「敏感な話題」については、インターネットのアクセス制限や外国テレビの「検閲ブラック・アウト」が増えるのでしょうか。去年のチベット問題に起因する聖火リレーに関する報道に見られるように、むしろこういったネットのアクセス制限や外国テレビの「検閲ブラック・アウト」は、中国当局がどの部分に触れられたくないのか、という点をかえって浮き彫りにする効果があります。

 中国国内では、先日の「躱猫猫(ドゥォマォマォ=目隠し鬼ごっこ)事件」に見られるように、情報制限をしてもネット上で議論が「炎上」することは避けられないのが昨今の状況です。

(参考2)(「躱猫猫事件」についての参考)このブログの2009年2月24日付け記事
「監獄内の『目隠し鬼ごっ』で死亡」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2009/02/post-bcc5.html

 そういったネットでの人々の意見のやりとりが活発している現状において、記者からの質問に対する「公式見解」すら報道されない、といったやり方をいつまで続けることができるのでしょうか。

 そもそも今年は中華人民共和国成立60周年の記念の年なので、今年の全国政治協商会議(3月3日に開幕)と全国人民代表大会(3月5日に開幕)は、なんとなく緊張感のある会議となっています。それは各会議の出席者自身、未曾有の経済危機の中、真剣に、率直に意見を交わし打開策を見つけることが重要になっている、と考えていることと重なっていると思います。この二つの会議は中国にとって非常に重要な会議なので、「微妙な話」を「なかったこと」にするのでなく、きちんと真正面から見据えてきちんと議論して、中国にとって必要な結論を出して欲しいと思います。「文化大革命」の時期を反省し、中国共産党の過去の決定や毛沢東主席の誤りを率直に認めたことから出発した今の改革開放体制の中国ならば、それができるはずだ、と私は信じています。

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2009年2月24日 (火)

監獄内の「目隠し鬼ごっこ」で死亡

 ここのところ中国のネットや新聞を賑わせている言葉に「躱猫猫(ドゥォマォマォ)」という言葉があります。「目隠し鬼ごっこ」という意味です。この言葉がなぜネット上等で盛んに使われているかについては、2009年2月21日付けの「新京報」の記事が解説しています(この記事はなぜかネット上からは見ることができません。私は当日の紙面を持っているので、それを見ながらこの記事を書いています)。

 2009年2月21日付け「新京報」A04面に掲載されていた「重点・躱猫猫事件の調査~『躱猫猫』事件について警察は拷問により自供を強要した可能性を否定」と題する記事では、この事件についての詳細な調査結果を掲げています。評論欄に載っていた下記の熊培雲氏の評論はネットで見ることができます。この評論にもことのいきさつが簡単に書いてあります。

(参考1)「新京報」2009年2月21日付け記事
「真相は『目隠し鬼ごっこ』であるはずがない」(シニア評論員・熊培雲)
http://comment.thebeijingnews.com/1108/2009/02-21/008@030230.htm

 これらの記事や評論をもとにいきさつをまとめると以下のとおりです。

---「躱猫猫(目隠し鬼ごっこ)事件」のいきさつ(始まり)---

・雲南省玉渓北城鎮に住む李蕎明という24歳の男性が森林を伐採して木を盗んだ罪で雲南省晋寧県にある監獄に収監されていた。2月8日、看守が李蕎明が監獄内でケガをしていることを発見し、病院に搬送したが、李蕎明は2月12日に死亡した。死因は「頭部に負った重度の損傷」によるものだった。

・警察は、死因に関して、死亡した李蕎明は、負傷する前、同じ監獄内に収監されていた仲間たちと「躱猫猫」(目隠し鬼ごっこ)をやっていて、壁に頭をぶつけて負傷した、と発表した。

・この警察の発表を受けて、ネット上で「そんなはずはない」という意見が沸騰した。

・ネットワーカー及びメディアの代表者は「調査委員会」を結成し、警察に真相の究明を求めた。

・晋寧県公安局の閻国棟副局長の説明によると事件の経緯は以下のとおりである。事件の起きた監房には11人が収監されていた。彼らは2月8日17時50分頃、「目隠し鬼ごっこ」(「新京報」の記事による警察の説明では中国語は「瞎子摸魚」)をしていた。鬼が真っ先に李蕎明を捕まえたことにより、ケンカが始まった。このケンカの最中、李蕎明は鉄格子に頭を強く打ち付けて負傷した。

・警察の説明によると「瞎子摸魚」が誤って「躱猫猫」として伝えられたものである(注:日本語にすればどちらも「目隠し鬼ごっこ」である)。

・普寧県警察の調査に対し、普寧検察院も調査を行ったが、検察院による調査結果も警察による調査と同じであり、李蕎明の死亡に関して、体罰・虐待によって死に至った可能性はないし、看守あるいは警察側に重大な職務怠慢や汚職はなかった。また、李蕎明の死亡に関して疑いを持たれている同じ監獄に収監されていた二人の男は、不法に銃と弾薬を所持していたことが判明し、これら銃と弾薬は既に押収されている。

・「瞎子摸魚」(あるいは「躱猫猫」)という言葉は警察が言い出したのではなく、警察が対外的に説明した際に、李蕎明と同じ監獄に収監されていた男たちがそういう供述をしていた、と述べたものが広がったものである。

---「躱猫猫(目隠し鬼ごっこ)事件」のいきさつ(終わり)---

 この事件は、昨年の6月に貴州省甕安(おうあん)で起きた少女水死事件と比較されてネットで騒ぎになりました。貴州省甕安県の少女水死事件では、夜中に最後まで一緒にいた男友だちが「橋の上で腕立て伏せをしていたら、少女がいきなり川に飛び込んだ」と供述したと警察が説明したことに対し、ネットワーカーが「そんな供述は全く不自然だ。警察の説明は信用できない。」と騒ぎ出したのでした。

(参考2)このブログの2008年7月3日付け記事
「貴州省甕安県の暴動事件の真相」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/07/post_ef2a.html

 今回の事件も「監獄の中で男たちが『目隠し鬼ごっこ』をやって、頭をぶつけて死に至るほどのケガをした」という警察の説明に対して、ネットワーカーたちが「そんなことはあり得ない」と騒ぎ出したものです。

 騒ぎがあまりに大きくなり、新聞記者たちも警察の説明に納得しなかったため、今回はネットワーカーや新聞記者の代表が「調査委員会」を作って、警察に真相究明を求める、という事態にまで発展したのでした。

 昨年の貴州甕安県の「腕立て伏せ事件」といい、今回の雲南省晋寧県の「躱猫猫事件」といい、人々が警察の発表を全く信じていないことが騒ぎのそもそもの伏線です。「新京報」に本件記事が掲載されたのは2月21日ですが、被害者が死亡したのが2月12日ですから、それまでの間は全国ベースでの報道はなされていなかったと思います。ネットワークで騒ぎが大きくなり過ぎ、押さえ付けることが困難になったため、新聞での報道も認めざるを得なくなり、21日になってから新聞にも掲載されるようになったのでしょう。

 ネットワーク上での「炎上」は当局ももはや押さえ切れないことを如実に表す事件だと思います。それと新聞記者たちが「当局側」ではなく、ネットワーカーと一緒になって真相究明のために動いているのが今回の事件の大きな特徴です。当局は新聞に記事を掲載することを差し止めることはできますが、記者の動きを封じ込めるのはなかなか困難です(当局は記者証の発行権限を持っていますので、それにより意にそぐわない記者に記者としての活動をさせないようにすることは可能ですが)。

 ネットワークという道具を手にした以上、一般の人々の「真相を知りたい」という欲求をコントロールすることは、もはや不可能だと思います。この雲南省の躱猫猫事件もそういった中国の最近の動きを示すひとつの典型的な事件だと思います。

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2009年2月12日 (木)

中国中央電視台新社屋敷地内ビル火災組写真

 2月9日に起きた中国中央電視台新社屋建設現場の敷地内にある北配楼と呼ばれる建設中のビルが全焼した火災を、火災発生前から撮影していた一連(40枚)の連続写真が、「人民日報」のホームページ「人民網」に掲載されています。ビルに着火した様子がよくわかります。この写真は、現場の北西側のかなり離れた場所にあるビルの上などの高いところから望遠レンズで撮影したもののようです。

(参考)「人民日報」ホームページ「人民網」2009年2月12日アップ組写真
「中央電視台新社屋ビル火災発火の全過程」
http://pic.people.com.cn/GB/8229/145866/index.html

 最初の頃に掲載されている打ち上げ花火は、延焼したビルの向こう側(即ち西側)で打ち上げられていますが、延焼したビルの西側には第三環状路が通っており、この打ち上げ花火を上げた人たちは、延焼したビルと第三環状路の間の空き地(延焼したビルと第三環状路は100メートル程度しか離れていない)で花火を打ち上げていたことになり、かなり危険な状態で打ち上げ花火を上げていたことがわかると思います。

 こういった花火の打ち上げ方は、木造家屋が多い日本では考えられないことです。少々危険があっても面白いこと、儲かることはどんどんやろう、という考え方に基づくエネルギーが今の急速な中国の中国経済を支えているのですが、そういった気質が現れているようにも思えます。日本の場合は、危険がないように、安全に、無難に、とばかり考えるので、思い切ったことができない、というのが弱点なのかもしれません。でも、大きなことを思い切って決断してやることは苦手だけれども、小さなことをコツコツと着実に積み重ねていくことを得意とする日本のやり方も、それはそれで大事にすべきことなのだと思います。

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2009年2月 9日 (月)

中国中央電視台の新ビルの北隣のビルで火災

 今日(2月9日)、北京時間21時過ぎ、東第三環状路脇にある斜めになった四角柱を二つくっつけたような奇抜な形をした中国中央電視台の新しいビルのすぐ北隣のビルで火災が発生し、大きな炎を上げて燃えています。私の理解では、まだ建設中のビルのはずです。第三環状路のすぐそばにあるため、現在、東第三環状路には交通規制が敷かれています。

 本件については、既に新華社通信が写真入りの記事をホームページに掲げています。

(参考)「新華社」ホームページ2009年2月9日22:14アップ記事
「北京市の京広橋付近の中央電視台の新しいビルの北隣のビルで火災が発生」
http://news.xinhuanet.com/photo/2009-02/09/content_10790495.htm

 今日(2月9日)は、旧暦の1月15日で、今日の24時で爆竹や花火は禁止になるので、あちこちで花火が上がったり、爆竹が鳴ったりしています。こういった花火や爆竹の火が引火して火事になったのかもしれませんが、詳細はまだわかりません。鉄筋コンクリート造りのビルがこれだけ燃えるものなのか、というほど炎を上げて燃えています。けが人がいるのかどうか、などについては、まだわかりません。人的被害のないことを祈りたいと思います。

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2009年2月 3日 (火)

温家宝総理に対する靴投げ事件

 ヨーロッパ各国を訪問中の温家宝総理が、2月2日、イギリスのケンブリッジ大学において講演を行いました。講演の最中、一人の男が「どうして皆さんは彼が言っているウソを聞くことができるんですか」などと叫んで温家宝総理に靴を投げつけたとのことです。靴は温家宝総理のところまで届かず、男はすぐに警備担当者に取り押さえられた、とのことです。

 私は見ていませんでしたが、このケンブリッジ大学での温家宝総理の講演は、中国中央テレビでも生中継をしていたそうです。で、中国のメディアがこの「事件」をどう扱うのか、と思って今朝からテレビやネットでの報道振りを注目していました。

 今朝(2月3日朝)の中国中央テレビの朝のニュース「朝聞天下」では、温家宝総理の通常の講演の部分を映像で伝えた後、アナウンサーが以下のような新華社の報道を読み上げました。

「温家宝総理の講演をある人が妨害したことについて記者が質問した時、外交部報道官は、中国側が強い不満を表明したこと、イギリス側が中国側に深く陳謝し妨害者は法に基づき適切にされると表明したこと、このような行為は人々の共感を得ることができないし中英両国の友好関係の潮流を妨害することもできないことは事実が証明している、と述べた。」

(参考1)「新華社」ホームページ2009年2月3日09:09アップ記事
「中国側は温家宝総理のイギリスでの公演現場で発生した妨害事件に強烈な不満の意を表した」
http://news.xinhuanet.com/world/2009-02/03/content_10754580.htm

 この朝のニュースでは、妨害者が講演を妨害した瞬間の映像は流しませんでした。

 中国のメディアはだいたいこのトーンで淡々と事実を述べるだけの簡単な報道をするのかなぁ、と思っていたのですが、夜7時からの中央電視台のニュース「新聞聯播」では、私の予想に反して、このニュースにかなりの時間を掛けて伝えていました。

 まず、温家宝総理がケンブリッジ大学で講演した、という形通りの報道をした後、妨害行為があったことを伝えました。そして、その瞬間の映像をそのまま流しました。温家宝総理が講演している途中で、誰かが英語で何か言っているのが聞こえ、温家宝総理がその声の方を見て演説を止めました。ややあって、画面に警備担当者が出てくるのが見え、しばらく間がありました。その間、カメラは温家宝総理を撮したままでした。しばらくして、妨害者が場外に出された後、温家総理は、落ち着いて講演を再開しました。再開の最初に、温家宝総理が「たとえこのような妨害行為があろうとも、中英人民の友好関係にいささかの影響も与えることはできない」と述べると、会場に集まった人々から大きな拍手が起きました。

 その後、靴を投げた男が警備員に連れ去られる様子が再び画面で放映されました。

 つづいて、中国外務省が強い不満を表明したこと、イギリス側が中国側に対して深く陳謝すると述べたことが伝えられました(これは上記新華社の報道と同じ)。

 さらに、テレビ画面で、ケンブリッジ大学のホームページの中の温家宝総理の講演を伝えるページが紹介されました。そこの中でアリソン・リチャード学長が言った下記の部分の英語の文章に中央電視台は赤いアンダーラインを加えて、ケンブリッジ大学の副学長がホームページでこう述べている、と強調していました。

「私は、ある一人の聴衆が今日の午後我々のスピーカーに敬意を表すること(それはケンブリッジの慣習である)ができなかったことを大変残念に思う(I deeply regret)。この大学は、熟慮された討論と議論をする場所であって、靴を投げる場所ではない。」

(参考2)ケンブリッジ大学ホームページ2009年2月2日アップ
「温家宝総理がケンブリッジで講演」
http://www.admin.cam.ac.uk/news/dp/2009020203

 リチャード学長の言葉は、聞きようによっては、相当にイギリス風の機知に飛んだユーモアを含むコメントだと思いますが、それを赤いアンダーライン付きでわざわざ紹介した中央電視台も中国のテレビとしてはかなり画期的な反応だったと思います。ヘタをすると去年のオリンピック聖火リレーの時と同じように反イギリス感情が若い人たちの間で高まったと思いますが、中央電視台の7時のニュースがこれだけ長々と実情を報道し、イギリス側も「deeply regret」と言っている、と強調すれば、今回の件ではそんなに大きな騒ぎにはならないでしょう。

 中央電視台のニュースでは、投げられた「靴」の映像は出しませんでしたが、それも若い人たちを刺激したくない、という意志の表れでしょう。

 私としては、今回の騒ぎはそんなに「大きな話」だとは思わないし、中国のメディアは無視するか、「中国外務省は抗議した。イギリス側は陳謝した。」といった事実を淡々と伝えるだけで終わると思っていただけに、夜7時のニュース「新聞聯播」での大きな扱いにむしろびっくりしました。どういう報道の仕方をしたら騒ぎにならないで収められるのかについて、中国のメディア関係者も相当に「学習」してきたのだと思います。

 昨年のチベット争乱やオリンピック聖火リレーの際の外国テレビに対する検閲ブラックアウト措置については、CNNに出ていたあるアメリカのメディア対応専門家は「都合の悪いことはカットして伝えない、というのは、メディア戦略としては最も下手なやり方だ」と批判していました。チベット争乱、聖火リレー妨害、四川大地震、北京オリンピックなどを通じて、中国のメディア関係者のメディア戦略もだいぶ進歩してきたのではないかと思います。

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2009年2月 1日 (日)

中国で各地で鳥インフルエンザにより死者

(御注意)以下の文章は2009年2月1日16:00(北京時間)時点で書いたものであり、中国における鳥インフルエンザに関する情報については、例えば、在北京日本大使館のホームページなどで、常に最新のものを確認するようにしてください。

(参考)在中国日本大使館ホームページ
http://www.cn.emb-japan.go.jp/index_j.htm

 今年(2009年)に入ってから、中国の各地で鳥から人への感染と思われる鳥インフルエンザによって患者が数多く発生しており、死者も出ています。在北京日本大使館のホームページ上の情報、その他の報道された情報をまとめると現時点での状況は以下のとおりです。

(事例1)河北省で生きた鳥を買って自分で加工した北京市朝陽区在住の19歳の女性が2008年12月24日に発病、2009年1月5日に死亡。同日、患者のサンプルから鳥インフルエンザウイルス(H5N1)陽性を確認。密接接触者に対する医学観察が行われたが、異常は発見されなかったため、1月12日に密接接触者に対する医学観察を全て解除。

(事例2)山西省呂梁市孝義市在住の2歳の女児が1月7日に湖南省で発病し11日に祖父母とともに山西省に移動。14日に病状が悪化し入院。女児は一時重体。17日に患者のサンプルから鳥インフルエンザウイルス(H5N1)陽性を確認。密接接触者に対する医学観察が行われたが、異常は発見されなかったため、1月24日に感染者との密接接触者に対する医学観察を全て解除。この女児はその後危篤状態を脱して病状は安定。
※この案件については、在中国日本大使館のホームページでは「山西省における事例」と表現しています。
※※1月20日北京発の時事通信が第一財経日報が報じているところとして報じているところによれば、この女児の母親が1月上旬肺炎で死亡したが、この母親が鳥インフルエンザに感染していたかどうかは確認できなかった、とのことです。

(事例3)山東省済南市在住の27歳の女性が1月5日に発病し17日に死亡。18日、患者のサンプルから鳥インフルエンザウイルス(H5N1)陽性を確認。密接接触者に対する医学観察が行われたが、異常は発見されなかったため、1月24日に感染者との密接接触者に対する医学観察を全て解除。

(事例4)貴州省黔東南州在住の16歳の男性が1月8日に発病。16日に湖南省懐化市に移動して入院。患者は20日に死亡。19日、患者のサンプルから鳥インフルエンザウイルス(H5N1)陽性を確認。密接接触者に対する医学観察が行われたが、異常は発見されなかったため、1月24日に感染者との密接接触者に対する医学観察を全て解除。疫学調査によれば患者は発病前に死んだ家禽との接触歴がある。
※この案件については、在中国日本大使館のホームページでは「湖南省における事例」と表現しています。

(事例5)新彊ウィグル自治区ウルムチ市トウ屯河区在住の31歳の女性が1月10日に発病し、23日死亡した。24日、患者のサンプルから鳥インフルエンザウイルス(H5N1)陽性を確認。疫学調査によれば患者は発病前に家禽市場との接触歴がある。

(事例6)貴州省貴陽市雲岩区在住の29歳の男性が1月15日に発病、病状は重篤。1月25日、患者のサンプルから鳥インフルエンザウイルス(H5N1)陽性を確認。疫学調査によれば患者は発病前に家禽市場で鳥との接触歴がある。

(事例7)広西チュワン族自治区北流市在住の18歳の男性が1月19日に発病し、26日に死亡。同日、患者のサンプルから鳥インフルエンザウイルス(H5N1)陽性を確認。疫学調査によれば患者は発病前に死んだ家禽との接触歴がある。

(事例8)湖南省ジョ浦県(「ジョ」はさんずいに「叙」)在住の21歳の女性が1月23日に発病。26日にジョ浦県の病院に入院、29日には長沙市の病院に転院。現在、患者の病状は基本的に安定。1月30日、患者のサンプルから鳥インフルエンザウイルス(H5N1)陽性を確認。疫学調査によれば患者は発病前に死んだ家禽との接触歴がある。
※在北京日本大使館のホームページ上では「湖南省での二例目の事例」と表現。上記の「事例4」とは感染場所が別。

 上の文中に書いてあるように「事例1」~「事例4」は、発見された感染例以外への感染のないことが確認されているため、密接接触者に対する医療観察は既に解除されています。上記の事例の多くで鳥との接触歴があることがわかっており、これらの事例は今のところ鳥から人への感染によるものと思われ、人から人への感染を疑わせるような事例は、今のところ出ていません。現在確認されている毒性の強い鳥インフルエンザ・ウィルスは、鳥から人へ感染することはあっても、基本的に人から人へは感染することはありません。ただし、ウィルスの突然変異により鳥インフルエンザ・ウィルスが人から人へ感染しやすい性質を獲得する可能性は常に存在します。このため、人から人への感染が起こっていないかどうか、医学観察が行われるのです

 毒性の強い鳥インフルエンザ・ウィルスが突然変異により人から人へ感染する性質を獲得した場合、そのウィルスは「新型インフルエンザ・ウィルス」と呼ばれます。「新型インフルエンザ・ウィルス」は、未知のウィルスであるため、誰も免疫を持っていないので、もし人から人への感染が始まった場合には、爆発的に流行する可能性があります(爆発的な流行を「パンデミック」と言います)。

 1月26日は春節(旧正月)元旦だったので、お祝いに家禽類を絞めて料理した人が多かったことが、鳥から人への感染例が多くなった理由である可能性があります。鳥から人への感染例(及びその結果患者が死亡した例)は、今までもインドネシアなど各国で事例があり、中国各地でもこれまでも散発的に報告されてきました。しかし、これだけまとまった数の感染例が報告されたのは中国では初めてです。昨年の春節時には、このようなまとまった数の感染例の報告はありませんでした。

 本当に発生事例が増えたのか、昨年は発生はしていたけれどもオリンピック前だったので公表されなかったのか、そのあたりは定かではありません。ただ、中国の少なくとも中央政府は、SARSの時の痛い経験があるので、事例が発生したら迅速に公表するとともに、WHO(世界保健機関)への通報などを行うようにしています。今年、これだけ多くの事例が報道されているということは、むしろ地方政府も含めて鳥インフルエンザに対する関心が高まり、透明性が高まったことの表れなのかもしれません。(ただし、上記の事例を見てもわかるように、病状が重篤にならないと病院に掛からない例もみられる(中国では医療保険制度が整備されておらず、貧しい人はなかなか病院に行こうとしない)のが心配です)。

 いずれにせよ、春節の連休は昨日(1月31日)で終わりなので、これから春節後の「Uターン・ラッシュ」による人の移動がまた大規模に始まります(すでに「Uターン・ラッシュ」は始まっている)。春節後の人の移動が落ち着くまで、これから数週間は要注意の状態が続きます。

 中国在住の方、またはこれから中国を訪問される御予定の方は、上の方に書いた在中国日本大使館のホームページ等で現状と注意事項をよく御覧になることをお勧め致します。

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2009年1月26日 (月)

春節演芸番組の「ウラ番組」

 今日(2009年1月26日)は、旧暦の元旦です。中国や韓国などアジアの多くの国々では「春節」としてお祝いします。

 昨晩は、旧暦の「大晦日」でしたが、中国の中央電視台では、旧暦の「大晦日」に大型演芸番組(「春節晩会」)を放送するのが恒例です。日本の「紅白歌合戦」と同じようなものですが、日本の「紅白」とは違い、中国の「春節晩会」は、歌あり、演芸あり、のバラエティー番組です(日本の「紅白」も歌番組というよりはバラエティーと言った方がよいのかもしれませんが)。

 ずいぶん昔から同じような形式の番組なので、中央電視台の「春節晩会」は、日本の「紅白」と同じように「マンネリだ」との批判があります。そこで、最近は、中国中央電視台の「春節晩会」とは別に独自に年越しの演芸会を企画しよう、という動きが出ています。

 一部日本の新聞でも紹介されましたが、今年は、この手の「裏番組」の「春節晩会」は、昨年の流行語のひとつ「山寨」を使って、「山寨晩会」と呼ばれました。「山寨」とは「山奥の山村」という意味で、中央政府の管理が及ばないところ、を意味しています。「山寨文化」「山寨製品」などという使い方をする場合には、政府の取り締まりが及んでいない著作権侵害、特許侵害など何でもアリの「模造品」「模造文化」という意味があります。

 今年は、1月になってから、一部の知識人が「中央電視台は党の宣伝に過ぎないから、視聴するのをボイコットしよう」といった呼び掛けをしたこともあり、別の意味で「山寨春節晩会」にも注目が集まりました(正式な「春節晩会」のパロディのようなものをやるのではないか、という期待もあったからです)。

 ところが、1月22日付けの「京華時報」によると、今年の「山寨春節晩会」を開くという企画に対して、北京市政府の文化関連部門が介入し、検査を行ったとのことです。その記事が「人民日報」ホームページ(人民網)にも転載されています。

(参考)「人民日報」ホームページ(人民網)に転載された2009年1月22日付け「京華時報」記事
「『山寨春節晩会』が審査による関門に遭遇 文化部門の介入により開演場所が取り消しとなる可能性も」
http://culture.people.com.cn/GB/8710345.html

 中国の場合、コンサートや演劇など一般大衆に見せるものには、全て「検閲」が入りますので、ある意味ではこういった介入があるのは当たり前なので、本件は本当はそんなにニュース性のある話ではありません。ただ、私としては、それを「京華時報」が記事にして、それを「人民日報」のホームページが転載している、という事実の方に興味を持ちました。この記事が、こういった娯楽目的の演目に対してまで政府の文化部門が審査のために介入することに対して、批判的な目で書かれているからです。「人民日報」ホームページの編集部門の中にも、こういった「検閲」のやりすぎについて疑問を持っている人がいることを示していると思ったからです。

 この「山寨春節晩会」は一部の人が期待しているような、党や政府の政策をパロディ化したものとか、暗に党や政府の政策を批判するようなことはもともと想定しておらず、純粋に中央電視台の「春節晩会」はマンネリを打破して、自分たちでもっと面白い企画をやりたいと考えた人たちによる演出だったようで、この件はそれ以上、大きな話にはならなかったようです。

 ただ、中国では、多くの人の間に、何でもかんでも「検閲」が掛かる、という現在の体制に対する不満がだんだん高まってきているのではないかと私は思っています。

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2009年1月10日 (土)

2009年1月第一週の中国の新聞の注目記事

 最近、中国の新聞は結構元気です。「ここまで書いていいのか」といったところまで書く記事が多く見られます。私もじっくり読んでみたい記事はたくさんあるのですが、全部読んでる時間もないので、記録しておく価値のありそうな記事の見出しとポイントだけ書いておきます。

(参考1)「南方周末」2009年1月8日号1面トップ特集記事
「三鹿(メラミン粉ミルク事件)発覚までの隠された10か月」
http://www.infzm.com/content/22472

 三鹿乳業のメラミン入り粉ミルク事件の裁判(2008年12月31日に公判が開かれた)で明らかにされた詳細な時系列を基に、2007年12月に消費者から粉ミルクに関する疑義が提示されてから、2008年9月13日にこの事件が明るみに出るまでの動きを詳細に報じています。この裁判については、既に日本でも報じられていますが、2008年8月1日に三鹿乳業として原因がメラミンであることを確定した後、生産は停止したものの、オリンピックの直前で三鹿製品に対する評判が落ちることを心配した会社幹部はこのことを秘密にしておいた、というものです。

 8月2日と8月29日には石家庄市政府には報告したものの、石家庄市政府も有効な手段を講じず、上部機関への報告も行わなかったとのことです(この件で石家庄市関係者では党委員会書記から副市長に至る幹部が現在調査を受けています)。

 「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)が入手した8月2日と8月29日の三鹿乳業から石家庄市政府への報告書の中には「メディアに対する監督とコントロールを行って社会によくない影響を与えないようにして欲しい」との要請が書かれていたとのことです。

(参考2)「南方周末」2009年1月8日号「評論」欄「方舟評論」
「胡錦濤と馬英九には一緒にノーベル平和賞を受賞して欲しい」(本紙評論員・曹辛)
http://www.infzm.com/content/22427

 中身はタイトルを読んで字のごとしです。今、馬英九氏は中国国民党の代表ではなく、住民選挙で選ばれた「台湾当局」の「総統」です。「ひとつの中国論」を逸脱していないので中国政府の方針に反した評論ではありませんが、中国の新聞でここまで馬英九氏を持ち上げて書くかね、と私は感心しました。

(参考3)「経済観察報」2009年1月12日号(1月10日発売)Naition欄
「還郷(ふるさとへ帰る)」~冬眠(中国語で「蟄伏」)~
http://www.eeo.com.cn/eeo/jjgcb/2009/01/12/126941.shtml

 経済危機により失業して故郷に帰る農民工や請け負い工事担当者、展覧会関連業者、石炭業者、不動産業者などに関する特集記事です。ネット上の記事には書いてありませんが、紙面上には「農民工は旧正月より前倒しで帰郷し、請け負い工事業者、石炭販売業者、不動産リース業者、展覧会業者らは、この経済の温度により、自ら主導的に、あるいはそうすることを迫られて冬眠(中国語で「蟄伏」)している。この静かな春は一体いつまで続くのだろうか。」との頭書きが付いています。「蟄伏」の後は「啓蟄」(けいちつ:春になって虫たちが土の中から顔を出すこと)が来ることを意識した表現だと思います。

 「人民日報」や「中央電視台」では、「故郷に帰った農民工は、新しく創業したり、職業訓練を受けたりして頑張っている」という「明るいニュース」ばかりですが、経済専門紙たる「経済観察報」としては、「事実」を書かざるをえないのでしょう。日本の新聞などには、2009年は中国に危機が訪れる、といった警告を発する論調がよく載りますが、基本的に中国国内の有識者の認識(そしてたぶん党中央・中央政府の幹部の認識)も同じだと思います。

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2009年1月 6日 (火)

「なぜマルクス主義堅持なのか」に対する答

 ひと月ほど前、「なぜ今も中国共産党なのか」という極めて「敏感な」質問に対して真正面から答えようとしている「人民日報」の記事が載ったことをこのブログに書きました。

(参考1)このブログの2008年12月8日付け記事
「『なぜ今も中国共産党なのか』に対する答」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-f9f3.html

 ところが年が明けて、2009年最初の月曜日の1月5日付けの「人民日報」では、同じような試みとして、「なぜマルクス主義を指導的地位に堅持しなければならず、なぜ指導思想の多元化を図ってはならないのか。」と題する議論の特集記事を掲載しました。

(参考2)「人民日報」2009年1月5日付け記事
「なぜマルクス主義を意識形態領域の指導的地位に堅持しなければならず、なぜ指導思想の多元化を図ってはならないのか。」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-01/05/content_169978.htm

 ここに掲げられているいろいろな方の上記の質問に対する答としての主張のポイントを掲げると以下のとおりです。

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○中国社会科学院マルクス主義研究院党書記・教授の侯惠勤氏:

 マルクス主義を指導原理にしなければ労働者階級が抱える問題点に対処していくことができないから。

○北京大学マルクス主義学院教授のイェン志民氏(「イェン」は「門」がまえの中に「三」):

 マルクス主義を意識形態領域の指導的地位として堅持することになったのは、人民による歴史的な選択だった。マルクス主義の指導により、新中国の建設は成し遂げられ、改革開放も進められた。もし、マルクス主義の指導的地位が弱くなって、我々が動揺し、指導思想が多元化したら、思想の混乱と社会の動揺、民族の分裂からついには国家の解体を招きかねない。ソ連と東ヨーロッパの激変は、ひとつの悲痛な教訓である。

 ただし、マルクス主義を意識形態領域の指導的地位として堅持することは、他の多様な社会的思想を排除することであってはならない。マルクス主義自身、ドイツの古典哲学やイギリスの古典政治経済学、フランスの空想社会主義等の思想の成果を吸収して成立したからである。

○教育部トウ小平理論及び「三つの代表」重要思想研究センター副主任・教授の田心銘氏:

 労働者階級運動は、絶対多数の人々が参加し、絶対対数の利益を図る運動であり、その労働者階級を代表する科学理論がマルクス主義だからである。マルクス主義は、人民の根本的な利益を意志を代表し、人民を前進させる方向を指し示す科学理論だからである。

 もし、マルクス主義による指導がなかったがら、13億の中国人民が団結するための共同の価値の追求もできなくなり、人々の心は分散し、社会は混乱する。最終的には、国家の分裂、民族の解体に繋がり、かつての中国のようにバラバラで、外国からの屈辱を受けるような局面を招きかねない。だからこそ、我々はマルクス主義を堅持し、マルクス主義を発展させていかなければならないのである。

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 上記のような考え方が「なぜマルクス主義を意識形態領域の指導的地位に堅持しなければならず、なぜ指導思想の多元化を図ってはならないのか。」という質問に対する「答え」として、ストンと納得できるものであるのかどうかについては人によって違うと思います。また、そもそも現在の中国が採っている政策はマルクス主義本来の姿からは完全に外れている、と考える人もいると思います。しかし、「人民日報」がまたこうした疑問に真正面から答えようとしていることは評価すべきなのでしょう。「人民日報」がこういった疑問に率直に答えようとする紙面構成をすることが多くなったことは、こういった疑問を持つ人が多くなった、と「人民日報」自身が認識していることの現れ、と捉えるべきなのかもしれません。

 いずれにせよ、「なぜ今も中国共産党なのか」「なぜマルクス主義を指導的地位に堅持しなければならず、なぜ指導思想の多元化を図ってはならないのか。」という問いは、2009年を通じて、あるいは2009年を起点としてこれ以降継続して、常に問われ続ける問いとなるでしょう。今までは「まずはとにかく経済成長を図り、人民の生活を一定水準に上げ、外国に負けないだけの国力を得ることが第一であり、そういった疑問に対する答えを考えるのは後回し」と考えられてきました。しかし、中国が「世界の工場」としての世界の中で重要な地位を築き上げ、史上最大規模のオリンピック大会を立派に成功させ、世界的金融危機においても中国の対応が世界に大きな影響を与えるようになった今、今後の中国が進むべき道について中国の人々が自ら納得してその力を十分に発揮するために、既にこれらの問いに対して真正面から答えるべき時期に来ていると思います。

 なお、この日の「人民日報」の特集記事面では、張栄臣という人による「不動揺、不懈怠、不折騰」と題する解説記事も載っています。この解説記事では、「不折騰」については、「論争しない、というのは私のひとつの発明だ。論争しないのは、時間を無駄にしないで仕事をするためだ。論争を始めればすぐ複雑になり、時間を消費してしまって、何も成し得なくなってしまうからだ。」というトウ小平氏の言葉を引用して、「だから現在の中国においては『折騰』を起こしてはならないのだ」と主張しています。つまり、この「人民日報」の解説では、「折騰」とは「思想的にぶれる」とか「路線について不要な論争をする」といった意味で捉えているようにも見えます。

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2008年12月29日 (月)

山西省の政治協商会議主席交通事故死の疑惑

 今年10月に行われた第17期中国共産党中央委員会第3回全体会議(第11期三中全会)で、前山西省長の于幼軍氏が中央委員を解任されました(党籍は剥奪されず「監察処分」となった)。この決定は10月12日に行われたのですが、その前日の10月11日、山西省の政治協商会議主席の金銀煥氏(女性)が交通事故に遭って死亡しました。

(参考1)「新京報」2008年10月13日付け記事
「山西省政治協商会議主席、交通事故で死亡」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/10-13/008@023839.htm

※「政治協商会議」とは、中国共産党以外の民主党派(「共産党の指導」を受けることを前提に活動が認められている政党)等が作る会議で、中国共産党が作る政策について意見を具申することができます(ただし決定権はない)。中国政治協商会議は、中華人民共和国の建国時、共産党以外の党派や知識人の意見を集約し中国共産党が「反国民党」の立場で全中国をまとめるために作られました。中央に全国組織がある(主席は政治局常務委員序列ナンバー4の賈慶林氏)ほか、各地方にそれぞれの地方政府レベルに応じた地方組織があります。山西省政治協商会議主席は、政治協商会議の山西省の地方組織のトップです。

 山西省政府のトップはもちろん省長ですが、山西省政治協商会議主席も政策決定権限はないとは言え、山西省の政界ではトップクラスの有力者です。このため、山西省政治協商会議主席の交通事故死のニュースを聞いたとき、前山西省長の中央委員解任決定とのあまりのタイミングの一致に、私は「単なる交通事故ではないのではないか」との疑問を感じました。また、于幼軍氏が中央委員の解任が三中全会の結果を伝える「公報」の中の一項目としてわざわざ明記されていたことから、そもそも于幼軍氏の中央委員解任劇には何かウラがあるのではないか、とその時私は思ったのでした。

 その後、中国国内の一部の新聞で、山西省政治協商会議主席の交通事故死の疑惑について調査中、との報道がちょっと出たりしましたが、「何が疑惑なのか」については、全く情報がありませんでした。

 ところが、12月28日付けの「人民日報」ホームページの記事(「山西日報」の記事を転載したもの)では、この金銀煥氏が事故死した交通事故を起こした件について、山西省の忻州市政治協商会議副主席の李毅氏とその運転手の李志富氏に対する裁判が開廷したことが報じられており、その中で「疑惑の中身」についても触れられていました。

※忻州市政治協商会議は山西省政治協商会議主席の下部の地方組織です。

(参考2)「人民日報」ホームページ2008年12月28日14:32アップ記事(山西日報からの転載記事)
「山西省忻州市政治協商会議職員が運転する車が起こした交通事故で省の政治協商会議主席が死亡した件に関する裁判が開廷」
http://society.people.com.cn/GB/8590577.html

 この記事によるとこの「交通事故」のあらましは以下の通りです。

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○山西省忻州市政治協商会議副主席の李毅氏は、自分が運転する車で山西省政治協商会議主席の金銀煥氏の載った車の右側を併走していた時、車線変更しようとしてコントロールを失い、李毅氏が乗った車の左側と金銀煥氏が乗っていた車の右側とが接触し、金銀煥氏の乗っていた車は反対車線に飛び出して横転した(中国では車は右側通行)。金銀煥氏と同乗者一人の二人は病院に運ばれた後死亡し、もう一人の同乗者も怪我をした。李毅氏は、車線変更時に安全を十分に確認しなかったこと及び彼の身体的条件が「車両運転免許証取得と使用に関する規則」に違反していたことにより、この交通事故の全責任は李毅氏が負うべきものであるものと認定された(金銀煥氏側の車に責任はないことが認定された)。

○李毅氏は事故発生の約50分後、自分の運転手の李志富氏に現場へ行かせ、事故の責任を李志富氏にかぶせ、警察当局に対して車を運転していたのは李志富氏であるとして事故の経緯について虚偽の説明をした。

○李毅氏はその後拘束され、「中国共産党規律違反条例」及びその他の関連法令により起訴された。
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 上記記事では、この案件はあくまで「交通事故」としてだけ述べられており、李毅氏が金銀煥氏に危害を加える意図があったのかどうか、なぜ事故時に忻州市政治協商会議副主席李毅氏の運転する車が山西省政治協商会議主席の金銀煥氏が乗る車のすぐ隣を走っていたのかについては、何も述べていません。これらの点が今後裁判の中で明らかになるのかどうかについても、何も述べていません。

 ただ、上記の事情を見たら、この交通事故の起きたタイミング(事故が起きたのが党中央で前省長の于幼軍氏の中央委員解任が決定する前日であること)と山西省政治協商会議は忻州市政治協商会議を監督する立場にある上部組織であることを考えるとき、ますますこの交通事故が「単なる偶然による交通事故」であるとは考えられなくなってしまいました。この交通事故は、山西省の政界を巡る何かの「どす黒い動き」による「事件」なのではないか、と思えてきます。

 この事件が「人民日報」ホームページに掲載されていることを考えると、党中央は本件を問題視し、きちんと処理しようとしている姿勢が伺えます。しかし、李毅氏の意図はどこにあったのかや李毅氏の背後に誰か「黒幕」がいるのかどうか、など、は今後も明らかにされない可能性があります。前省長の于幼軍氏は、党中央で中央委員を解任されたのですから、もしこの交通事故に「黒幕」がいて、その「黒幕」が党中央に関係している人だったりしたら、これは相当に大きなスキャンダルになる可能性があります。日本ならば、この手の「疑惑」は、週刊誌メディアなどが騒ぎ立てますが、中国にはそういうメディアがないので、このまま疑惑は解明されないまま終わる可能性が大きいと思います。

 山西省では、昨年(2007年)6月に明らかにされた拉致した労働者やこどもを奴隷のように働かせていた「悪徳レンガ工場事件」や相次ぐ違法炭坑での炭坑事故など問題が頻発しています。違法鉱山の鉱滓体積場が崩壊して200人以上の人が死亡した事件については、省長げ責任を取らされて解任されています。

(参考3)このブログの2008年9月22日付け記事
「社会的事件と担当する行政トップの辞任」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/09/post-5218.html

 于幼軍氏は、昨年6月の「悪徳レンガ工場事件」が起きたとき山西省長でしたが、この事件では辞任しませんでした。それどころか、その後、中央政界に戻って、文化部副部長となり、中国共産党の中央委員になっていました。

(参考4)私のブログの2007年6月23日付け記事
「悪徳レンガ工場事件で山西省長が謝罪」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/06/post_d370.html

 一方、「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)の12月25日号では2008年に起きた3つの記者の拘束事件についてまとめて報じていますが、この3件のうち2件は山西省における事件を追っていた記者が拘束された案件です(残りの一件は遼寧省の案件=このブログの2008年1月7日付け記事で紹介した案件)。

(参考5)「南方周末」2008年12月25日号記事
「今年は『記者の拘束』が頻発、いずれも背後に疑惑の案件がある」
http://www.infzm.com/content/21691

 こういう周辺状況からすると、山西省は中央からの統制が届かず、省の党や政府が地元の公安当局と「グルになっていて」ほとんど「独立王国のような状態」になっているかのように見えます。

 胡錦濤総書記が最近「不折騰」(「寝返りを打つ」「いじめる」などの意味)という言葉で警告を発しているのは、地方の党組織・政府機関・公安当局・大手企業が全て癒着して「既得権益マシン」と化していて地方政府の内部でのチェック機能が働かず、地方の党と政府が強権を発動して人民を苦しめているような状況(あるいは環境汚染や労働者の就業状態などの面で違法状態にある企業を見て見ぬふりをしている状況)は、人民からの反発を呼び、中国共産党の危機を招く、と認識しているからでしょう。「人民日報」のホームページが山西省政治協商会議主席の交通事故死に関する裁判を伝える「山西日報」の記事を転載したのも、党中央のこうした危機感の表れだと思います。

 中国政府は11月に世界経済危機に対応して2010年末までに4兆元(約56兆円)にも上る大規模な景気刺激策を打ち出しました。こうした大型の景気刺激策が動き出すと、またぞろこういった地方の「既得権益マシン」が動き出して景気刺激策プロジェクトによる利益を独占する危険性が強くなります。多くの中国人民は、こういった「既得権益グループ」の動きに対し、胡錦濤総書記が強力なリーダーシップを発揮して、断固対処して欲しいと思っていることでしょう。もし胡錦濤総書記が断固たる処置を採れば、中国人民は大いに胡錦濤総書記を支持しバックアップすると思います。「既得権益グループ」は、強力な「抵抗勢力」になると思いますが、そういう抵抗を乗り越えて、本当の「改革」を進めて欲しいと思います。

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2008年12月27日 (土)

「南方周末」笑蜀氏の「不折騰」論

 12月18日の改革開放30周年記念大会の「重要講話」の中で胡錦濤総書記が述べた「不折騰」という言葉について、12月25月号の「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)の「評論」特集の「方舟評論」という欄で、「南方周末」論説委員の笑蜀氏が評論を書いています。

(参考)「南方周末」2008年12月25日号評論
「一般庶民の日々の生活を『折騰』させては(寝返らせては)ならない」(原文)
http://xiaoshu.z.infzm.com/2008/12/25/%E4%B8%8D%E8%A6%81%E6%8A%98%E8%85%BE%E8%80%81%E7%99%BE%E5%A7%93%E7%9A%84%E5%B0%8F%E6%97%A5%E5%AD%90%EF%BC%88%E5%8E%9F%E7%89%88%EF%BC%89/

※上記のホームページ上の文章は「原文」であり、実際に紙面に掲載されている文章とは若干異なります。しかし、以下に掲げる議論のポイントは基本的にホームページ上の文章と紙面の文章とでは同じです。

 この中で、笑蜀氏はポイントとして次のように書いています。

------------------

○唐や宋の最盛期は「不折騰」だった。即ち、権力は自分を制限し、国家は社会が進歩するのに任せ、社会の自由は拡大した。逆に秦や隋が短期間で滅亡したのは、権力の自己膨張により、朝廷が社会を侵犯した、別の言葉で言えば「折騰」したからである。

○1990年代以降が1980年代と異なるというのであれば、最も重要なのは発展方式が違うということだ。1990年代以降は、政府主導モデルが盛んになり、富や資源が政府に過度に集中し、権力が過度に政府に集中したのである。

○有効なコントロール機構が欠けている中、過度に強い政府は往々にして社会の自由を抑圧し、一般庶民の日々の暮らしの権利を抑圧したのである。つまり言い換えれば、一般庶民を「折騰」させる可能性を増大させたのである。

○このことは「改革」を変質させた。一部の場所では「改革」と「折騰」は同じ意味になった。国有企業の改革が必要だとなれば「管理者による購入」運動が起き「料理する人が大釜の飯を私的に独占してしまう」現象が起きる(注:国有企業資産の私物化のこと)。都市化が必要だとなれば、強制移転運動が起き、結果として政府は土地による暴利を独占する。彼らは往々にして戦車のように無情にも一般庶民の日常の暮らしを押し潰し、大量の社会矛盾と衝突を起こしているのである。

○一般庶民の日々の暮らしは社会安定の基盤であり、日々の暮らしを守ることは必須である。その意味で「高層」が明確に「不折騰」を提示したことは、特に大きく取り上げるべきだし、全力を上げて実現させるべきことである。

○最も重要なのは一般庶民に「折騰」に抵抗する権利を与えることである。「折騰」するコストが収益よりも高くなれば、「折騰」は自然と消えるのである。

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 「高層」とは、もちろん胡錦濤総書記のことです。これはやはり私が昨日のブログで書いたように、胡錦濤総書記が述べた「不折騰」という言葉は、強いメッセージなのだ、と笑蜀氏も考えたようです。

(参考2)このブログの2008年12月26日付け記事
「胡錦濤総書記の謎の言葉『不折騰』」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-2c5d.html

※「不折騰」の意味については、上記(参考2)の記事を御覧下さい。

 この「不折騰」という言葉を巡る議論は、今後とも目が離せそうにありません。

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2008年12月26日 (金)

胡錦濤総書記の謎の言葉「不折騰」

 去る12月18日に現在まで続く改革開放政策を決めた中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議(第11期三中全会)の開催から30周年を記念する「改革開放30周年記念大会」が開かれました。この会議で、胡錦濤総書記・国家主席が「重要講話」を行いました。この「重要講話」の内容は、「これからも中国の特色のある社会主義の道に従って改革開放路線を進む」「西側諸国のような三権分立制度は絶対に導入しない」といったことで、今までと路線の変更は全くないことを示すもので、その意味では、新しい部分はありませんでした。

 しかし、この胡錦濤総書記の「重要講話」の中でちょっと気になるくだりがありました。「我々は、動揺せず、怠けず、寝返りを打たずに改革開放の推進を堅持し、中国特色のある社会主義の道を進むことによってのみ、大きな計画を成し遂げ目標を達成することができるのである。」と述べた部分です。この部分が、今、中国のネットワーカーの間で話題になっています。「動揺せず、怠けず、寝返りを打たず」の部分は、中国語では「不動揺、不懈怠、不折騰」となっています。「動揺」「懈怠(けたい:なまけること)」は日本語でも使われるように、中国語でも普通に使う言葉なので誰も不自然には感じませんでしたが、「折騰」という言葉は、この種の演説には使われない言葉なので、多くの人が違和感を感じたようです。

(参考1)「新華社」ホームページ2008年12月18日15:06アップ
「胡錦濤総書記の第11期三中全会開催30周年記念大会での講話」(7分割のうちの第6部分)
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-12/18/content_10524481_5.htm

 辞書で調べると「折騰」と言う言葉は、「寝返りを打つ」という意味ですが、ほかに「いじくり回す」「むやみなこと(無茶なこと)をする」「苦しめる。痛めつける」という意味があるほか「身悶(もだ)えする」という意味でも使うようです。胡錦濤総書記が何を言いたかったのかは、今ひとつハッキリしません。胡錦濤総書記の重要講話は基本的に前々日と前日に「人民日報」に掲載された「任仲平」署名の評論記事の内容を踏襲したものになっています。しかし、「人民日報」の「任仲平」署名の評論記事には「不折騰」という言葉は登場していません。

※「任仲平」とは特定の人物ではなく「『人』民日報『重』要『評』論」の意味を持つグループによる集団討議の結果書かれる評論です(「任仲平」は「人重評」と中国語では同じ発音)。

(参考2)このブログの2008年12月16日付け記事
「『人民日報』の改革開放30周年評論(前半)」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/30-3c83.html

(参考3)このブログの2008年12月17日付け記事
「『人民日報』の改革開放30周年評論(後半)」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/30-b9ef.html

 12月22日付けの「新華社」ホームページに掲載された解説では、「不動揺、不懈怠、不折騰」という言葉は、胡錦濤総書記が警鐘を鳴らすために述べた言葉であり、改革開放30年の経済成長の中で、驕りたかぶってはならない、保守的で新しいものを受け入れようとしないような態度を取ってはならない、と述べたものなのだ、としています。

(参考4)「新華社」ホームページ2008年12月22日08:13アップ解説
「不動揺、不懈怠、不折騰」(動揺せず、怠けず、寝返りを打たず)
http://news.xinhuanet.com/theory/2008-12/22/content_10539949.htm

 一方、12月26日付けの「中国青年報」に掲載された陳季冰という人が書いた評論では「『折騰』とは無計画に激しい方法で現在の体制を変えようとすることである。」と解説しています。

(参考5)「中国青年報」2008年12月26日記事(「新華社」ホームページに転載されたもの)
「時事評論:改革開放では、いかにして寝返りを打たないことを確保するか」
http://news.xinhuanet.com/politics/2008-12/26/content_10560041.htm

 さらに、この評論では、ポイントとして次のように述べています。

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○「不折騰」の主語は誰なのか。筆者のような庶民からすると、今日は仕事を辞め、明日は不動産や株式市場の売買で金儲けし、あさってには別の都市に引っ越してしまうような人が、一種の「折騰」(寝返りを打つ)人だと思えてしまう。その人がただの個人なら問題はないが、区、市、省の政府の人だったら影響は大きくなる。

○功名心に走り、大きなことをして手柄を立てようとする地方政府の「折騰」については、やればやるほどその程度が激しくなっているところが少なくない。

○ここで言う「不折騰」の主語は政府と考えるべきだろう。ただ、当然のことながら現状を変えようという政府の努力を全て「折騰」と見てはいけない。政府が行う行為を「折騰」なのか、「創新」(イノベーション)なのかを見極めなければならない。その見極めをする方法は、人類の経験からすると二つある。一つ目は、ふさわしい政府職員を選抜して政府が「折騰」しないようにさせることであり、二つ目は、一般庶民による政府に対する強力な監督体制を作ることである。明らかに後者の方が根本的な解決策である。職員にしろ、政府にしろ、世界の中で誤りを犯さない者などないのだから。

○もし一歩譲って、大多数の民衆の見方が誤っていて、政府の中に卓越した素晴らしい見識を持つ職員がいる、という状態が常に存在している、と仮定したとしても、それでも政府は、政策を進めるためには、「民衆の考え方は遅れている」とか「民衆の観点は狭い」として民衆の意見を反映しないようなやり方をすれば、政府の政策は進めるに当たって大きな困難を招くだろう。胡錦濤総書記は、講話の中で、政策は「人民が支持しているかいないか」「人民が賛成するか不賛成なのか」「人民が喜ぶのか喜ばないのか」「人民が了承するのかしないのか」を出発点とすべきだ、と述べている。

○「不折騰」の実現を保証するためには、民主政治を強力に進めて政治体制改革を進めることが必須である。政府は、真に法律に基づいて人民が付与した権力を行使し、人民による監督と審査を受けなければならないのである。

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 もし、胡錦濤総書記が「不折騰」という言葉を、この「中国青年報」の評論の筆者である陳季冰氏が考えるような意味で使ったのであれば、胡錦濤総書記は、権力を傘に人民の意向を聞かずに強引に政策を進める地方政府の行為を民主的な方法によって人民の手で監督して縛って「不折騰」(寝返りを打たない)ようにすべきだ、と主張したことになります。「中国青年報」は、共産主義青年団(共青団)の機関紙であり、共青団出身の胡錦濤総書記とは近い関係にあると言われています。従って、上記のような想像は、あながち的はずれではない可能性があります。

 「人民日報」の評論の中では使っていなかった「不折騰」という言葉を胡錦濤総書記が改革開放30周年記念大会の重要講話の中で使った、というのは、意外に強力なメッセージだったのかもしれません。「人民日報」の「任仲平」署名の評論は、多くの人が討論して何回も書き直して作る文章なので、地方政府を民主的政治体制改革によって縛る、というようなメッセージは入れられなかったが、胡錦濤氏が総書記権限で書き込める自分の講話の中に自分の考えを「メッセージ」として埋め込んだ、と考えることもできると思います。

 もともと、胡錦濤総書記は、1987年1月に民主化を求める学生運動に理解を示していたとして解任された胡耀邦総書記(この方も共青団出身)を尊敬している、と言われています。そもそも今回の胡錦濤総書記の改革開放30周年の「重要講話」では、1987年の第13回党大会で趙紫陽総書記が提唱した「社会主義初級段階論(建国後100年程度(=2050年頃まで)は社会主義の初級段階が続く、という考え方)を繰り返し述べています。趙紫陽総書記も、1989年の「政治風波」の中で民主化を求める学生たちの動きを容認したとして失脚した人です。こういうことを考えると、何年か経ってみると、この「不折騰」という言葉は、複雑な党内情勢の中で胡錦濤総書記が自らのメッセージを込めた重要な言葉だった、と振り返ることになるのかもしれません。

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2008年12月23日 (火)

「南方周末」の改革開放30年記念特集

 「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)を含むいくつかのメディアを統括する「南方メディア集団」の江芸平副編集長が更迭された話は先日このブログで書きました。

(参考1)このブログの2008年12月14日付け記事
「2008年12月前半のできごと」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/200812-6baa.html

 江芸平副編集長が更迭された後に発行された「南方周末」の改革開放30年記念特集号(上)(2008年12月11日号)の状況については、上記の記事に書きました。改革開放30周年記念日である12月18日号の改革開放30年記念特集号(下)も、基本的にはこれまでの「南方週末」が持っていた方向性と基本的には変わっていないように私は思いました。

 この号の最初の特集は「改革の八賢」として改革開放に功績のあった8人の業績を紹介しています。その特集の最初に「常識に出会って春の花が開いた」と題する「南方周末」紙論評論員の郭光東氏の評論が載っています。

(参考2)「南方周末」2008年12月18日号評論
「常識に出会って春の花が開いた」(郭光東)
http://www.infzm.com/content/21342

 この評論では30年前の第11期三中全会の決定がそれまでの「文化大革命」の誤りを正し、「常識」を引き戻した、と書いています。改革開放30年を振り返る評論としては、普通の論調ですが、その表現は結構辛辣です。例えば、いくつかのポイントを挙げれば以下のとおりです。

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○あの当時(注:文化大革命の時期)の人々は、穀物や野菜には関心がなく、社会主義の草は要るけれども、資本主義の苗は要らないと言っていた。天と闘うこと、地と闘うこと、人と闘うことに陶酔し、毎年毎年、毎月毎月演説し、毎日毎日階級闘争をやっていた。あの当時の人々は偉大な指導者を頂いており、英明な指導者はどんな親しい人よりも大事だと思っていた。

○あの当時も人々は盲従していたわけではなかったけれど、「文革は左の誤りだ」「個人崇拝はおかしい」といった本当のことを言った張志新は、無惨に喉を切られて虐殺された(注:張志新は、文革当時遼寧省党委員会宣伝部にいた女性幹部。林彪・江青らの文革グループを批判して逮捕され1975年に死刑となった。改革開放後の1979年に名誉回復された)。当時の指導的立場にいた良識を持った人たちも、打倒されるのを避けられず、家族もひどい目に遭った。あの時は最高指導者の言葉の一言一句は真理だったので、最高指導者の決めたことや指示に対しては人々は従わなければならなかった。

○これがずっと続いていたら今の中国はある隣国の現状のようになっていただろう(注:「ある隣国」とは北朝鮮のことを指すことは明らか)。それを思うと、30年前に中国の命運を変えた元勲の方々には敬意を表して、し過ぎることはない。

○とは言え、当時の元勲の方々の理念が崇高だったわけではない。彼らは、単に「貧しいことが社会主義ではない」「『一切は階級闘争のためにある』というようなことをこれ以上続けたら地球上に居場所がなくなってしまう」と思っただけなのである。彼らの経験から、国があのような状態を続けたら、政府幹部から一般人民に至るまで、全ての人の人権がなくなってしまう、と思っただけなのである。これは、ごく普通の一般の人が考えていた明白な常識であった。彼らは常識を捨て去ってはならないと決めたのである。

○人類の社会生活において最も貴重なのは、偉大な人物の著作でもなく、指導者の演説でもなく、ごく普通の人の常識なのである。トウ小平氏は、政策は「人民が賛成するかしないか」「人民が喜ぶかどうか」で決めよ、と述べた。これこそが「常識に従え」ということなのである。

○常識を敵とするような政策決定には大きな代価が付いてくる。我々は今年が「大躍進政策」50周年であることを忘れてはならない。指導者の一声で、人々は、イギリスを超えよう、アメリカを超えようと頑張り、資源を消耗させ、数千万人の餓死者を出すという悲劇的な人類史上最大の飢饉をもたらしたのである(注:毛沢東の提唱で1958年に始まった「大躍進政策」は、その後の3年間、農業生産の停滞を招き、自然災害とも相まって、極端な食糧不足を招いて数千万人の餓死者を出したと言われている)。

○改革開放は常識への回帰をもたらした。しかし、改革開放の過程でも、まだ「もうちょっと計画経済を強めよう」「もうちょっと市場経済を強めよう」という議論にさらに10年余の時を要した(注:1980年代及び1989年の事件の後1992年にトウ小平氏が「南巡講話」で市場経済化を進めようと方向性を定めるまで、保守派と改革派の間で市場経済化の程度に関して議論が続いたことを指す)。

○この30年の「中国の奇跡」はまさに「常識の勝利」なのである。しかし、まだ改革は終わってはいない。我々は再び常識に戻り、改めて常識から出発しなければならない。経済、政治、民生、文化等多くの領域で改革を進めるには、その根本にある多くの迷信を捨て去り、一般大衆の常識を集めてそれを広めなければならないのである。多くの常識を集める方法は、即ち、一人一人の個々人が自分の意見を言うことによって物事を議決するシステムを作ることである。これが社会生活における最大の常識なのである。

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 現在の改革開放政策は「文化大革命は大きな誤りだった」「1958年の大躍進政策や文化大革命の発動など毛沢東主席も晩年にはいくつかの誤りを犯した(しかし、革命を勝利に導き新中国を成立させたという点で、総合的に見れば毛沢東主席の功績は極めて大きい)」という認識からスタートしています。従って、上記の評論は、現在の党指導部の考え方からずれていません(だから出版されることを許されたわけです)。ただ、最後の一文は、議会制民主主義を確立せよ、それが世界の常識なのだ、という主張にも見えるので、現在の中国の「枠」から一歩踏み出していると思います。

 いずれにしても、上の評論の表現は、一般市民向けの新聞に載る文章としてはかなりハッキリしたことを書いていると思います。文化大革命に関する記述しかり、大躍進に関する記述しかりです。名指しこそしていませんが、大躍進期や文化大革命の時期の毛沢東主席の位置付けをハッキリ批判的に書いてあるのも印象的です。改革開放初期(1980年代)には、学者の書いた専門的な本などにはこういう表現はあったろうと思います(当時の新聞は今ほど自由には文章を書いていなかった)が、1989年の事件以降、党の求心力を維持するために毛沢東主席のカリスマ性に頼る傾向がある現在の中国共産党のやり方からすると、結構、突っ込んだ表現だと思います。しかも学者の専門書ではなく、一般市民が気軽に買って読める新聞にこういった表現が出てくることに時代の流れを感じます(副編集長が更迭されても「南方周末」は何も悔い改めてはいない、ということなんでしょう)。

 なお、この号の「南方周末」で取り上げている「改革の8賢人」の中には胡耀邦元総書記が含まれています。先日このブログのひとつ前の発言の「改革開放30周年記念日が終了」で書いたように、商務部や中国共産党対外宣伝弁公室等が主催している「中国対外開放30周年回顧展」では、胡耀邦氏は全く無視されていました。客観的に言えば、改革開放を進めた功労者の中に胡耀邦氏が入るのは当然です。ただ、さすがに「南方周末」とは言えども、趙紫陽氏(元総理、元党総書記)を「改革開放の貢献者」としてピックアップすることはできなかったようです。趙紫陽氏は1989年の事件の処理を巡って失脚した本人ですからね。その意味では、まだ「南方周末」と言えども1989年の事件を客観的に論じることはできない、ということなんでしょう。

 (参考1)で書いた12月11号の「南方周末」では一時的に消えていた「時局・天下」「評論(自由談など)」の特集ページは、12月18日号では元に戻っています。副編集長の更迭は内容の変更には影響がなかったようです。(読者に見えないところで、ではいろいろな葛藤があるのかもしれませんが)。いずれにしても「南方周末」の切れ味が落ちていなくて安心しました。たぶんこれからも毎週買って読むと思います。

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2008年12月17日 (水)

「人民日報」の改革開放30周年評論(後半)

 昨日に引き続き今日(12月17日)も「人民日報」1面の下の方に「任仲平」署名の評論が載っていました。

(参考)「人民日報」2008年12月16日付け1面評論
「歴史的契機が我々の把握を待っている~改革開放30周年に際して(下)~」(任仲平)
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-12/17/content_159030.htm

 この評論では、ちょうど改革開放30周年のタイミングで世界でも経験したこのとのない強烈な金融危機が中国にも襲い掛かっていることに対して、果敢に立ち向かって行こう、と呼びかけています。

 この評論では、18世紀半ば、西洋諸国からの武力による衝撃によって中国五千年の歴史の中での近代化が始まり、100年にわたる苦闘の末、新中国が成立し、中華民族を復興させるひとくぎりの偉大な革命が達成された、としています。そして、改革開放の道を開いて「中国の特色のある社会主義」の道を歩んできた、一定の水準の安定した生活を得るまで十数年にわたり奮闘し、近代化の基本を実現させるにはなお数十年必要だとしています。また、確固たる発展した形の社会主義制度を確立するには数世代必要であり、十数世代ないし数十世代にわたって努力を続ける必要がある、としています。

 1987年の第13回中国共産党第13回全国代表大会で、当時の趙紫陽総書記が「中国は今まだ社会主義の初級段階にあり、この段階は建国後約100年間(つまり2050年頃まで)続く」との現状認識を示しましたが、上記の評論の認識も基本的にそれと同じ認識に立っています。

 第13回党大会の時、私は北京に駐在していて当時の趙紫陽総書記の演説を「そんなもんかもしれないなぁ。中国は変化するのに時間が掛かるからなぁ。」と思っていました。ただ、その時は2050年までまだ60年もあったので「そんなもんかなぁ。」と思っていたのですが、現在までにそれから既に20年が経過しました。しかし、中国は確かに経済発展はしましたが、社会的構造の面ではほとんど変わっていないと私は思っています。趙紫陽総書記が語っていた2050年まで、あと40年ちょっとしかありません。今まで20年間の変化のペースのままでは、2050年までには「社会主義の初級段階」は終わらないのではないかと思います。

 上の「任仲平」氏の評論は、「社会主義制度の確立には数世代必要であり」と言っていますが、その次の十数世代、数十世代にわたって努力を要する期間は社会主義制度が続くのかどうかについては言及していません。そんな先のことはわからない、ということなのでしょう。ですから、2040年~2050年頃以降の中国がどうなっているのか、を頭に想定しつつ、今から何をしていく必要があるのか、を考える必要があるのだと思います。

 転載と削除が繰り返されている「ネット上の文書」は、「最終的な絵姿」が書いてあるだけで、そこまでに至る過程をどうするか、については何も書かれていません。ほんとうはその「過程」が大事なのであって、どういう「過程」を採るのか、は大いに議論をする必要があります。「過程」を議論するためには、まずその先の目標をどうするのか、について議論する必要があるのですが、現時点では、その最終目標のひとつの考え方が「削除」の対象になっていて、議論の俎上(そじょう)に上げることができないのが現状です。そうした状態なので「過程」の議論ができない、というのが最も大きな問題なのだと思います。

 実際に中国が変わるのは、数世代先、つまり2040年~2050年頃の話だと思いますので、そこにどういう将来像を描くか、そこに行き着くまでにはどういう「過程」を通るべきか、について、今から少なくとも議論はしていかないと、中国は時代の流れに取り残されてしまうのではないかと私は心配しています。

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2008年12月16日 (火)

「人民日報」の改革開放30周年評論(前半)

 今日(12月16日)付け「人民日報」の1面の下の方に出た「任仲平」という署名入りの「30年の変わらぬ時代の呼び声~改革開放30周年に際して(上)~」と題する評論が掲載されました。

 「任仲平」とは特定の人物ではなく、「人民日報」が重要な論評を書くときのペンネームだと言われています(「『人』民日報『重』要『評』論」の『 』内の3文字は中国語で「任仲平」と発音が同じ)。(なお、「人民日報」には、似たような署名として「仲祖文」(「中国共産党『中』央『組』織部『文』章」)というペンネームの文章が載ることがあります)。

(参考1)「人民日報」2008年12月16日付け1面評論
「30年の変わらぬ時代の呼び声~改革開放30周年に際して(上)~」(任仲平)
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-12/16/content_158571.htm

 この論文は「世界的金融危機により、従来の自由資本主義の見直しが議論される中、「中国モデル」に注目が集まり、「中国の特色のある社会主義」に対する評価が行われている、というところから書き始めています。

 評論のポイントは以下のとおりです。

○この30年間に最も大きく変わったのは「人」であり、最も恩恵を受けたのも「人」であり、最も大きな原動力を発揮したのも「人」であった。農村経済は活性化し、数年で「何とか食っていける」状態に達し、労働者には週休二日制が普及し、権利が社会の基本的話題となり、村民委員会で直接選挙が実施され、戸籍制度の殻が破れて全国的な人口の大流動が起こり、この「人民共和国」において、個々人に対する変化がだんだん具体化されてきているのである。

○30年経ち、多くの問題も生じている:貧富の格差、都市と農村の格差、雇用問題、社会保障問題・・・。今は当初の頃の「一部の人が先に豊かになってよい」という時代から「パイをいかにして分配するか」という公平主義と社会の和諧促進の問題が重要な時代になってきた。

○商鞅(秦の官僚)の改革、王安石(宋の時代の官僚)の改革、戊戌の改革(1898年:清末の改革)は短い時間で終わりを告げ、改革者は流血と生命の代価を支払った。それに対して、20世紀、1970年代末から始まった現在の中国の未曾有の新革命では、終始、執政党の強力な指導により、その堅牢な政治的保証を利用して、30年を「一気呵成」にことを動かしてきた。

○30年の改革開放は、中国共産党の執政方法にも巨大かつ深刻な変化をもたらしてきた。30年の政治文化の一歩一歩の歩みは、全て執政党としての自己完全化の歩みでもあった。

○30年を顧みれば、「価格制度の難関突破」「経済の『軟着陸』」「『ソ連・東欧の激変』」「『八九風波』」「アジア金融危機」「世界的金融危機という津波」...といった一連の重要な歴史的難関に対して、中国共産党は、歴史に対して責任を負い、人民に対して責任を負う、という勇気をもって、全力をもって改革開放の船を進めてきている。著名な中国問題の専門家で元在中国ドイツ大使のコンラッド・セイツ氏(音訳)は、「中国が、次々と現れる悲観主義者たちに反駁し、様々な問題に立ち向かってこられた原因は、中国には強力な指導者層がいたからだ。」と指摘している。

○改革開放は、いまだかつて誰も経験したことがない、まだ完成していない道である。様々な歴史的要素が変化する中で我々が選択し終始変化させずに堅持しなければならない道とは「党と人民とが心をひとつにして、時代の流れに順応して改革開放を進め、行く先を完全に正しい方向に向け、結果に対する不寛容な態度を避け、停滞と後退には出口がないことを理解すること。」である。改革は未だ終わっていない。中国はまだその途上にあるのである。

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 上記評論の中にある「この『人民共和国』において・・・」という部分は、最近ネットに掲載され、人々による転載と当局やネット管理者による削除との「いたちごっこ」状態となっている文書の中にこういった表現があることから、この「人民日報」の評論もそのネット上の文書を意識して書かれたのかもしれません。

※「ネット上の文書」については、このブログの12月14日付け記事「2008年12月前半のできごと」の(3)を御覧ください。

(参考2)このブログの2008年12月14日付け記事
「2008年12月前半のできごと」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/200812-6baa.html

 また上記評論の過去のいろいろな問題点を振り返る部分では「八九風波」について言及しています。私は昨年4月北京に再び駐在するようになってから、基本的に毎日「人民日報」には目を通しているつもりですが、私が知る限り「人民日報」の紙上でどういう表現の仕方をするにせよ「八九風波」について言及したのを見たのは初めてです。(新華社ホームページの「資料」のページには以前から「1989年の政治風波」として載っていました。また、「新京報」や「経済観察報」では「政治風波」という呼び方で時々登場します。先日(2008年12月1日号)の「経済観察報」では「1989年春夏之交」と表現されていました。)

 1989年の事件については、従来は日本語のウィキペディアでは1976年に起きた「四五」(第一次)の方は見られたのですが、1989年の方のはアクセスしようとするとウィキペディアへの接続が遮断されるというアクセス規制が掛かっていました。しかし、先日(12月1日に)試しにアクセスしてみたら、北京からも見ることができるようになっていました。来年は20周年になりますので、少し扱いが変わってきているのかもしれません。

 この「任仲平」評論は、あたかも12月8日に「人民日報」の編集部が提示した「なぜ」に対する「人民日報」なりの答になっているのではないかと思います。

(参考3)このブログの2008年12月8日付け記事
「『なぜ今も中国共産党なのか』に対する答」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-f9f3.html

 この「任仲平」評論が述べている「答」で、納得するかどうかは人によって違うと思いますが、「人民日報」が自ら「なぜ」という問い掛けを提示し、それに対する答となる評論を掲げていることは、ひとつはもちろん改革開放30周年のタイミング、ということもあるのでしょうけれども、やはり上に書いた「ネット上の文書」の存在が気になっているのではないかと思います。

 「ネット上の文書」については、人々による転載と当局やネット管理者による削除が繰り返されていますが、「文書」は単にひとつの「文書」であって、多くの人が思っていることを単に率直に文章にしただけのものにしか過ぎません。「人民日報」上で、自ら「なぜ」という問を発し、自ら答える論評を書いているのは、「人民日報」としても、「ネット上の文書」を削除したところで、「多くの人が思っていること」自体を消すことはできないことをよくわかっているからだと思います。もしそれがわかっているのだったら、きっと解決策は見付かる、と私は信じています。

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2008年12月14日 (日)

2008年12月前半のできごと

 ここのところいろいろな案件が起きているので、ここでまとめて書いてみたいと思います。

(1)南方メディア集団副編集長の更迭

 この件は中国の新聞では伝える記事を見ていませんが、12月5日香港発時事通信によると、私がよくこのブログで引用している「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)や「南方都市報」などの新聞を統括している南方メディア集団の副編集長の江芸平氏が更迭された、とのことです。今までこのブログでも何回も御紹介してきましたが、「南方周末」は、かなり突っ込んだ記事を書くことで有名であり、輸送費を掛けて北京に持ってきても売れる内容の新聞です。

 江芸平副編集長が更迭された後に制作された「南方周末」2008年12月11日号は、いつもと雰囲気ががらりと変わっていました。まず、それまでは新聞の標題が白地に赤く「南方周末」と書いてあったのが、12月11日号では赤地に白抜きで「南方周末」と書いてありました。

 内容も従来は以下のようなものでした。

【パートA】法治、特別報道
【パートB】時局・天下
【パートC】経済
【パートD】文化
【パートE】自由談

 最後の【パートE】は「方舟評論」という欄で「南方周末」紙の論説委員が結構辛辣な評論記事を書いていましたし、読者からの投書も載っていました。

 2008年12月11日号は「中国改革開放30周年記念特別編集(上)」ということで「三十而立」と題して、以下のような特別構成になっています。

【パートA】30年の各年を代表する人物にスポットを当てた特集記事
【パートB】経済:10名のビジネス啓蒙者にスポットを当てた特集記事
【パートC】文化(芸術、映画、演劇、音楽)、科学技術の30年を振り返る特集記事

ということで「時局・天下」を報じる部分と評論記事からなる「自由談」がなくなっています。たぶん「南方周末」社に聞けば「改革開放30周年の特集号だからいつもと違う編成なんだ」という答が帰ってくると思います(改革開放政策を打ち出した第11期中国共産党中央委員会第3回全体会議(第11期三中全会)が開かれたのが30年前の1978年12月で、今、改革開放30周年の時期に当たるのは事実です)。

 ということで、構成上は、かなり「圧力が掛かったな」という感じを受ける編成になっています。しかし、実は個々の記事を読んでみると、記事を書いている各記者は全然へこたれておらず、各記者の強い気持ちがにじみ出ている記事がたくさん掲載されています。

 例えば1面トップには、論説委員の「笑蜀」氏が書いた文章が載っています(この論説委員の名前は、もちろんペンネームでしょうが、三国志に出てくる劉備玄徳が抱いていた大望、即ち蜀(四川省)を得て漢を復興させようという「望蜀」を考えると、かなり皮肉なペンネームです)。この「笑蜀」氏の文章は、相当に意味深長なことを述べています。ポイントを示すと以下のとおりです。「笑蜀」氏に聞けば、「そんな意味は含んでいない」と否定すると思いますが、私には、あたかも下記の(3)で述べる案件と相通ずるような主張を感じました。

(参考1)「南方周末」2008年12月11日号
「再び人に戻り、再び人から出発する」(笑蜀)
http://www.infzm.com/content/21045

-「南方周末」2008年12月11日号1面の「笑蜀」氏の文章のポイント(始まり)-

・改革開放が進展したのは、当時、多数の「普通の人」を解放したからだ。一端、抑圧と屈辱の中から人々が解放されると、その創造力と進歩に対する激情は最大限にほとばしり出て、人々が奇跡を起こすことすら不可能ではなくなったのだった。

・改革開始によって、国民が歴史の主体としての位置に戻ったのである。古い革命幹部が受益しただけではなく、知識階級が受益し、社会の最先端を行く人々が受益し、ごく普通の以前だったら「貧しい人々」と呼ばれていた人たちも受益したのである。これが30年の改革の原点である。

・この改革の原点は、また新しい改革、即ち「最後の30年」の起点でなければならない。

・現代史を振り返ると、おおよそ200年がひとつの単位となっている。フランス革命によって蒔かれた自由・平等・博愛の精神の種は、ちょうど200年を経て普遍的価値となった。歴史家の唐徳剛は、中国も現代史のモデルに習うことになる、と述べている。つまり、アヘン戦争から200年後、即ち2040年までに歴史のボトルネック(原文は「歴史的三峡」)を抜ける、と述べている。200年間の苦闘の結果は、これからの「最後の30年」によって得られるのである。

・改革30年の成果には大きなものがある。しかし、権力が改革をねじ曲げ、改革を曖昧なものにし、改革を論争の種にし、看過できない事実をももたらしている。改革の精神は改革を必要としている。改革の様々な異質化を真正面から見つめなければならず、改革の中における何千万、何億の「普通の人々」の悲しみと喜び、血の涙を正視しなければならない。

・改革とは誤りを修正することである。新しい改革は、その意味するところの原点に戻らなければならない。権利システムの調整を通して、国民の心の中に国家を再建することに対する同意を与え、それによって我々の国家を真に道徳感を招き寄せうる国家にしなければならない。四川地震の救援に対して全国の人々の心がひとつになったように、全民族の力量をもって、現在直面している困難に共同して立ち向かわなければならない。そうすることにより、我々は最終的に歴史のボトルネック(「歴史的三峡」)を通り抜け、広大で穏やかな太平洋に流れ入ることができるのである。

-「南方周末」2008年12月11日号1面の「笑蜀」氏の文章のポイント(終わり)-

 さて、この号の「南方周末」では、改革開放30年の各年を代表する人物について述べていると上に書きました。一番気になる1989年の部分ですが、当然のことながら「1989年の政治風波」については何も書かれていません。

 「1989年を特徴付ける人物」で取り上げているのは、1989年3月26日に自殺した海子という詩人です。この年の特集記事のタイトルは「海子:ひとつの自由で苦痛に満ちた声が静寂に帰した」となっています。そして「理想主義の1980年代が終わった」と書かれています。

 そしてこの1989年に関する記事の最後には次の一文が載っています。

「海子は、1980年代の最後の年に自殺した。欧陽江河氏は『彼はやがて来る消費時代の到来を予感していたのかもしれない。来るべき時代は、散文的で、自嘲的で、逆説的な風刺による、身体で表現する言語の時代だったのだ。』と語った。そして、この海子の死と引き替えに、海子のような作風と海子の時代の夢が終わった。」

 この特集記事では「1989年の政治風波」については何も語っていませんが、貧しくとも未来への発展の夢があった1980年代後半を北京で過ごした私は、この特集記事の筆者(南方周末の楊継斌記者)に大いなる共感を覚えます。

(参考2)「南方周末」2008年12月11日号「改革開放30年の各年を代表する人物」
「【1989】海子:ひとつの自由で苦痛に満ちた声が静寂に帰した」
http://www.infzm.com/content/21075

(2)「新京報」による「上訪者が精神病院に入れられた事件」の報道

 この件は、日本の報道機関でも伝えられたので、御存じの方も多いと思います。

 「上訪」とは中国独特のシステムで、地方政府の横暴に苦しむ住民がその地方政府の上部機関へ(例えば、市や県の政府に苦しめられている人は省の政府へ、さらに最終的には北京の中央政府へ)訴える制度です。いわば日本の江戸時代にあった「直訴」のようなもものです。省の政府や北京の中央政府には、この「上訪」を専門に受け付ける部署があります(中央政府の場合、この受付窓口は「国家信訪局」といいます)。

 12月8日号の「新京報」は、「核心報道」として2面にわたり、強烈なレポート記事を掲載しました。内容は、今年10月、山東省新泰市の住民が北京に来て「上訪」しようとしたところ、拘束されて、強制的に新泰に連れ戻され、「新泰精神衛生センター」に入院させられて、強制的に「治療」を受けさせられた、というものです。この記事では、こういったことが2004年から繰り返し行われてきたことを明らかにしています。

(参考3)「新京報」2008年12月8日付け記事「核心報道」
「上訪者が強制的に精神病院に送られている」
http://www.thebeijingnews.com/news/deep/2008/12-08/008@021055.htm

 このレポートは内容的には非常に衝撃的なものです。一方、そういった衝撃的なルポルタージュが中国の新聞に堂々と掲載され、現在もネットで見ることができる、ということも画期的なことです。(こういった記事は「新京報」が北京の新聞だからできるのであって、地元の山東省の新聞だと、地方政府の「指導」がありますから、こういった記事は載せられないと思います)。

 この「新京報」の記事が「人民日報」に政治システムに関する記事が載ったのと同じ日に掲載された、というのは何か関連があるのでしょうか。おそらくこれら一連の記事は12月10日の「世界人権デー」にちなんで記事にした、と考えるのが自然かもしれません。

(参考4)このブログの2008年12月8日付け記事
「『なぜ今も中国共産党なのか』に対する答」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-f9f3.html

(3)「例の文書」のネットへの掲載

 そして、これが最近起きた一連の事態の中で、最も衝撃的な出来事でした。日本でも報道されているので御存じの方も多いと思います。本件は、中国国内では極めてセンシティブな(敏感な)事項であるので、北京にいる私としては「例の文書」とだけ書いておきます。「例の文書」の正式名称は「零戦」「八方」「憲男」「章節」の前の文字を組み合わせたもの(四文字)です。前の二文字は、もちろん算用数字を使うこともありあます(何のことかわからない方は、この「四文字」を日本語の検索エンジンで検索してみてください)。

 この文書がネット上で発表されたのは12月9日とされていますが、日本の報道機関が報道したのは12月10日でした。私はたまたま12月11日まで東京におり、12月11日に東京から北京へ移動したので、本件に関するネット上での取り扱いについて、東京にいた時と北京に来てからとの違いを体験することができました。

 東京では当然のことながら自由にネットを見ることができましたが、北京に来ると以下の点がわかりました。

○本件記事を掲載しているBBCホームページ中国語版が、本件記事だけではなく、ページ全体がアクセス禁止になっています。

(参考5)BBCホームページ中国語版
http://news.bbc.co.uk/chinese/simp/hi/default.stm

 このBBCホームページ中国語版は、長らく中国大陸部からはアクセス禁止状態にありましたが、北京オリンピック開始直前の2008月7月末にアクセスできるようになりました。従って、オリンピック前の状態に戻っただけなのですが、このアクセス禁止措置が今回の「例の文書」が出されたための措置であることは明らかです。

○中国語の検索エンジンで「例の文書」を検索すると、いくつかのページがヒットするもののほとんどが既にその内容は削除されています。しかし、ブログに転載されるなど削除されないで残っているものも一定の数あるので、探せば北京でも「例の文書」の本文を見ることは可能です。しかし、今日、「例の文書」の本文が見られたサイトでも、次の日になると削除されているケースが多いようです。しかし、どんどん削除されてはいるものの、どんどん転載もされているので、ネット上から完全に駆逐することは無理だろうと思います。

○人民日報のホームページにある掲示板「強国論壇」では、本件に関する直接の発言は載っていない(たぶん削除されている)のですが、明らかに本件文書を読んだと思われる人の発言が賛成・反対の立場ともに少数ながら載っています。反対の意見が載っている、ということは、反対の立場の人も文書の本文は見ている、ということなのでしょう。

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 これらの状況を見て私が感じるのは、「南方周末」の「笑蜀」氏が述べているのと同じです。即ち、ついに「最後の30年が始まった」ということです。これは1989年のように一時的な「政治風波」で終わるようなものではないと私は思っています。当局は、新聞の編集者の更迭やネット上の記事の削除やアクセス禁止措置でこれを抑え込もうとしているようですが、上記の「南方周末」の記事や、(3)の「例の文書」が次々に多数のブログに転載されている現状を見れば、もはや時代の流れを止めることは誰にもできないと私は思います。

 ただ、私が注意しなければならないと思うのは、今、世界的経済危機で、世界中の多くの人々が困難に直面しているということです。ことを急ぎ過ぎて社会的混乱を起こすことは、誰も望んでいない、ということです。私には、これから何が起こるのか、全く予想ができません。世界的経済危機が、これまで誰も経験したことのないものであるからです。また、中国で(3)の「例の文書」のようなものが広く知れ渡ったことも初めてのことだからです。さらに、中国は、新聞が(2)の記事のように使命感を持って記事を書くようになった時代を今初めて経験しているからです。私は、個々の人が、できるだけアンテナを広げて情報を収集し、自分でできる範囲のことを自分の判断でやっていく、という当たり前のことをする意外にこの予測不能な時代に対処する方法はないのだと思っています。

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2008年12月 8日 (月)

「なぜ今も中国共産党なのか」に対する答

 経済の自由化が進み、市場経済の下で大きな発展を遂げ、江沢民氏の「三つの代表」の理論により、中国共産党が労働者・農民(プレレタリアート)だけではなく、中小商工業者(プチブル)や企業経営者・資本提供者(ブルジョア)も含めて幅広い中国の人々を代表する、と宣言された今では、多くの中国の人々は「なぜ今のように経済発展が進んだ中国において中国共産党が唯一の執政党として全てをコントロールしなければならないのか。」という疑問を持っていると思います(中国共産党を批判することは中国国内では法律違反になるので、公の場では誰も口にしませんが)。

 ところが、この疑問に真正面から答えようとしているように見える論文が今日(12月8日)付けの人民日報に掲載されました。

(参考)「人民日報」2008年12月8日付け記事
「改革開放以来の我が国の多数党協力理論と政策における革新と発展」(改革開放30周年を記念して)(杜青林)
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-12/08/content_153525.htm

 この論文を書いた杜青林という人は全国政治協商会議副主席、中国共産党中央統一戦線部部長です。つまり、中国共産党と中国共産党の指導の下で活動をするという前提の下で活動を認められている中国の民主政党各派との協力関係を担当する責任者です。

 この論文の前に人民日報による「編集者の弁」が載っています。そこには「以下の疑問に答えるために、杜青林氏が論文を書いた。」という趣旨の導入文章が書いてあります。「編集者の弁」が掲げる疑問とは以下のものです。

・なぜ必ずマルクス主義を指導的地位に置かなければならないのか。なぜ指導思想の多元化を図ることができないのか。

・なぜ社会主義だけが中国を救い、中国の特色のある社会主義だけが中国を発展させることできるのか。なぜ民主社会主義や資本主義ではダメなのか。

・なぜ人民代表大会制度を堅持するのか。なぜ「三権分立」を目指すことはできないのか。

・なぜ中国共産党の指導の下での多数党の協力に基づく政治協商会議制度でなければならないのか。なぜ西側諸国のよう多党制を採ることができないのか。

・なぜ「公有制を主体として多種多様な所有形態が共存すること」を基本的な経済体制としてなければならないのか。なぜ「完全な私有化」あるいは「完全な公有化」を図る政策ではダメなのか。

 これらはまさに中国の政治が持つ最も根本的な「なぜ」なので、これに真正面に答える文章が「人民日報」に載ったのだとするとすばらしい、と期待して、本文を読みました。

 しかし、杜青林氏が書いた本文は、何が言いたいのかよくわからない、かなり難解な文章でした。私が判読する限り、杜青林氏が書いた文章の内容は、だいたい以下のようなものです。

○毛沢東の指導により今のやり方をやり始めて、それが中国の基本方針になった。トウ小平氏ら第二世代の指導者も、それに基づき、現実に合致する一連の政策を展開してきた。

○江沢民氏は、「三つの代表」の理論を提出し、中国の政治制度と政党制度を考える上での判断基準を提唱した。その判断基準とは以下の観点に基づくものである。それらの判断基準を用いて、科学的に分析すれば、現在の中国が採用している「中国共産党の指導の下での多党制」が優れており、西側諸国のような多党制と議会制度を用いるべきではないことがわかる。

(1) 社会の生産力の持続的発展と社会の全面的進歩を促進するかどうか、という観点。

(2) 中国共産党と国家の活力、社会主義制度の特長及び有利な点を保持できるかどうか、という観点

(3) 国家の政治的安定性と社会的安定と団結を保持できるかどうか、という観点

(4) 幅広い人民の根本的な利益を守ることができるか、という観点

○胡錦濤氏も、現在の制度を堅持すべき、と主張している。

 ということで、「人民日報」編集部が「編集者の弁」で述べている明確な「なぜ」の質問に対して、杜青林氏が書いた本文は、少なくとも私が読解できる範囲では、明確な答になっていません。江沢民氏が提唱した、判断基準は、この「なぜ」を考える上で重要な観点ですが、ここでは「観点」だけが書かれており、それぞれの観点からどのようにして判断結果が導き出されたのか、という肝心の「答」が書かれていません。しかも、観点(2)は「中国共産党ありき」「社会主義ありき」の観点になっていて、「判断基準としての観点」にはなっていません。極めて論理的な思考をする中国の人々に対しては、杜青林氏の論文は「答」として満足を与えることはできないと思います。

 観点の(1)(3)(4)を結び合わせて、社会の発展のためには、政治的混乱を防ぎ、社会の分裂を避けることが不可欠であり、そのためには中国共産党の求心力によって政治をリードしていくことによってのみ社会の発展は可能であり、そうすることにより、結局は広範な中国人民の利益を守ることにつながるのだ、だから今の制度が正しいのだ、と主張するのならば、それはそれで説得力はあると思います。もしそうならそうハッキリ書いた方がわかりやすかったと思います。(ただし、この主張は、強力な執政党が政治をリードすべきだ、という論理の答にはなりえても、その強力な執政党がなぜ中国共産党なのか、他の党ではなぜダメなのか、という質問に対する答えにはなっていません)。

 答はハッキリせず、私としてはこの論文を読んでも、全くスッキリしなかったのですが、「人民日報」が「編集者の弁」で述べた重要な5つの「なぜ」という質問を提示したことは、私は評価すべきだと思います。まず明確な疑問点を提示することが議論の出発点だからです。

 最近の「人民日報」が、改革開放30周年を記念して、答をハッキリ書かないながら、こういった問題点を正面から取り上げている態度には好感が持てます。改革開放30周年というタイミングもあるのだと思いますが、厳しい金融危機・経済的不振の中で、多くの人民の不満を吸い上げる努力をしないと大変なことになる、という危機感が背景にあるのだと思います。こういった「人民日報」が提示する「なぜ」に基づいて、幅広い、忌憚のない議論が行われ、その中から少しでもよい解決策が見いだせればよいなぁ、と私は思います。長い歴史の蓄積を持ち、教育程度も高い中国の人々ならば、きっとよい解決策が見つけることができる、と私は信じています。

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2008年12月 5日 (金)

「人民日報」上での政治の民主化を巡る議論

 テレビでアメリカの大統領選挙を巡る喧噪(けんそう)を見たり、モンゴルで選挙の後に暴動が起こったとか、ジンバブエで選挙の結果が確定せずに政治的不安定な状況になった、とかいうニュースを見て痛感するのは、世界人口の5分の1を占め、国連の常任理事国である中国で選挙が行われていない、という事実です。前にも書きましたが、現在の全国人民代表大会の議員(人民代表)を選ぶ選挙は、何層にも繰り返し間接選挙を繰り返すこと、立候補にいろいろな制限があること等から、外国の人はもちろん、中国の人々自身も「選挙」だとは思っていません。1990年前後から最も下の地方組織である村民委員会では、一部で村民による直接選挙が行われていますが、村民委員会は権限が非常に小さく、いわば「町内会」のようなもので、これをもって「中国で選挙が行われている」という主張は、中国政府自体、あまり胸を張って言うことはしていません。

 ただ、中国の政治の民主化について多くの外国の人が誤解しているのは、中国共産党中央が住民による直接選挙の導入を阻止しようと考えている、という認識です。中国共産党は、広大な国土と膨大な人口を持つ多民族国家である中国をまとめるために「中国共産党による指導」ははずすことはできない、と考えていますが、住民による直接選挙は導入すべきではない、と考えているわけではない、と私は見ています。むしろ、党中央は、地方政府の乱脈振りをコントロールするため、地方政府レベルでの選挙を何らかの形で導入すべきではないか、と模索しているように見えます。住民による直接選挙に抵抗しているのは、党中央ではなく、住民による直接選挙で権限を奪われる恐れがある地方の党や政府の幹部とそれと結託した地方の企業・有力者だと思います。

 党中央が「民主化」をひとつのキーワードにしていることは、昨年(2007年)10月の第17回党大会での胡錦濤総書記の報告の中で「民主」という言葉が67回も登場したことでもわかります。

(参考1)このブログの2007年10月19日付け記事
「党大会後の民主化の具体化はどうなる?」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/10/post_7250.html

 今までこのブログでも時々書いてきましたが、「新京報」や「経済観察報」といった市井の新聞はもちろん、時々、「民主化」の問題は中国共産党の機関誌「人民日報」でも取り上げます。一昨日(12月3日)の「人民日報」にも、民主化についての特集記事が載っていました。

(参考2)「人民日報」2008年12月3日付け記事
「中国の民主化は増量方式で(注:「少しずつ」の意味)発展している」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-12/03/content_150525.htm

 この特集記事は、中国共産党中央編成局副局長で北京大学中国政府イノベーション研究センター主任の兪可平氏に対するインタビュー記事です。この記事のポイントを掲げると以下のとおりです。

記者:最近、杭州での地下鉄工事現場崩落事故や甘粛省リュウ南市(リュウは「こざとへん」に「龍」)での群衆争乱事件などが、発生後すぐにメディアで報じられた。このようなことで普通の人々は中国における民主化が発展している感じているのではないか。

(参考3)甘粛省リュウ南市の群衆争乱事件については、下記のこのブログの2008年11月25日付け記事「世論のリーダーになりつつある中国の新聞」を参照のこと
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-6a7a.html

兪可平氏:2007年に国務院が政府情報公開条例を制定するなど、行政情報の公開と政治の透明度の推進を進めてきた。情報の公開は民主政治の重要な一面だ。

記者:30年来、中国経済は巨大な発展を遂げたが、中国の民主化の程度は経済発展とアンバランスであり、「片方の脚が短く、片方の脚が長い」状態であると言っている人もいる。

兪可平氏:それは一種の誤解と偏見だ。一部の人には西側の多党制・全国民による普通選挙制度・三権分立を基準に考える傾向があるが、まだ改革時期にある中国の政治を見て、中国の改革は経済体制の改革だけで、政治体制の基本は変化していないと認識しているのだ。政治体制は、市場経済の発展に応じたものでなければならない。中国においても、もし民主政治の発展がなかったら経済の長期的発展はあり得ない。しかし、中国においては、政治体制の経済発展に対する役割が、西側の国々より大きいことを考えなければならない。

兪可平氏:西側の基準から簡単に中国を見てはならない。中国の民主化の進展は、中国の長い歴史の中で見なければならない。例えば、中国数千年の封建社会の中において、人民が統治者に物申すことがあっただろうか。現在はそれができ、法律制度による保護もある。現在の中国の法治制度はまだ不完全なものであるが、その目標を定めてその方向に進んで行きさえすれば、大きな前進が得られるだろう。

記者:中国の民主化の観点から見て、何が重要だと思うか。

兪可平氏:民主政治の成果を得ることと経験を積むことだ。制度と実践の進展は簡単に言えば7つの方向性がある。即ち「党と国家の適度な分離」「公民社会の実現」「法に基づく政治と完備された法律体系の整備」「直接選挙の拡大と地方における自治範囲の拡大」「行政情報の公開と政治の透明性の推進」「行政サービス型政府の確立と行政サービスの質の改善」「公聴会制度、協議制度、政策決定の民主化」である。

記者:重慶でのタクシー・ストライキにおいて重慶市党委員会の薄熙来書記が前面に出てタクシー運転手たちや市民代表と話し合った。これは公衆の参与を拡大させたのではないか。

(参考4)重慶市のタクシー・ストライキについては、下記のこのブログの2008年11月6日付け記事「重慶市のタクシー・ストライキ」を参照のこと
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-9f93.html

兪可平氏:その通りだ。政府は政策を決める際に公衆の意見を聞き、公衆を参与させる方法を講じなければならない。公衆の参与は民主政治の核心問題のひとつである。公衆の参与は公衆の権利の実現の方法であり、公的権力の乱用を防止し、社会の和諧(協和)と安定を促進する。

記者:中国にはネット・ユーザーが2.53億人いる。ネット上でのネット・ユーザーの発言を見る幹部が多くなっている。これも公衆の参与の新しい道筋ではないのか。

兪可平氏:公衆の参与の仕方には異なる多くの種類の方法があってよい。

記者:さらに公衆の参与を拡大するにはどうしたらよいのか。

兪可平氏:公衆参与の問題についてはよく注意して対処する必要がある。ひとつは公衆の側に参与したいという意欲がない場合、ひとつは公衆の意欲は強いがそれを実現する合法的な方法がない場合である。公衆の権利を守り、かつ政治的安定性を維持し、社会の和諧(協和)を促進するためには、参与の方法を広げると同時に、参与行為に関する規範を作る必要がある。

記者:中国の民主化は上から下へ推進すべきだ、と言う人がいる。まず政治のトップレベルから民主化を進めることによってこそ、健全な民主化が進むのではないか。

兪可平氏:「維新変法」(注:清朝末期の1898年の政治改革)や「辛亥革命」(注:1912年に清朝を終焉させ中華民国を樹立させた革命)など、中国では何回も「上意下達の民主政治」が試みられた。その経験からすれば、中央集権の伝統の長い大国において民主化を進めるためには、上下結合こそが正しいやり方だ、ということだ。上下がお互いに動くことが必要であり、「下から上へ」と「上から下へ」とが同時に進行しなければならない。

兪可平氏:基層民主(末端の地方レベルでの民主)と党内民主が現段階における中国民主政治の二つの大きな重点であり突破口である。基層民主が全ての民主政治の基礎である。党内民主は権力の核心部分の民主である。

記者:基層民主については、中国は大きな成果を上げてきたのではないか。

兪可平氏:その通りである。1998年に村民委員会組織法が制定され、国家の権力機関が扱わない農民事務を行う村の幹部は村民の自由選挙で選ばれている。2007年末までに61.3万の村民委員会が設立されている。

記者:党内民主については、一般庶民は幹部選抜任用の過程に関心を持っている。

兪可平氏:差額選挙(定員より多い立候補者による選挙)が党内民主の重要な指標のひとつである(注:一般の国では選挙と言えば複数立候補が当然だが、中国では従来は定員と同数の立候補者による信任投票だった)。1987年の第13回党大会で初めて「差額選挙」が行われた。2007年の第17回党大会では、中央委員会委員、中央委員会委員候補、中央規律委員会委員は全て「差額選挙」の結果選ばれた。地方幹部についても「差額選挙」で決まるケースが段々多くなっている(注:この場合の幹部選挙は住民による選挙ではなく、地方の党員による選挙のこと)。

記者:人々の民主化に対する期待は高い。政治の民主化が一気に進むことを期待している人もいる。

兪可平氏:「ローマは一日にして成らず」である。中国の民主化の発展は「増量方式」(少しずつ量を増していく方式)となるだろう。中国の民主政治の速度と程度は、社会経済体制と経済発展レベルと一致させるようにしなければならない。

記者:「増量方式の民主化」ということには多くの人が関心を持つと思うが、具体的にはどうしようと考えているのか。

兪可平氏:中国の民主政治は次の三つの線路に沿って前進するだろう。
第一は、党内民主である。唯一の執政党である中国共産党が党内民主を拡大することにより、全社会の民主化を進めることになるだろう。
第二は、基層民主から高いレベルへの民主への段階的な進展である。重大な改革は基層レベルで試験をし、段階的に高いレベルへ進めていくことになろう。
第三は、少数による競争から段々と多数による競争に持っていくことである。

記者:その過程で、西側諸国の民主政治の発展モデルを中国が活用することの意義についてどう考えるか。

兪可平氏:民主制度には、普遍性と特殊性との両方の性質がある。アメリカは国土面積は中国とほぼ同じだが、人口は何分の一にしか過ぎない。文化伝統も国情も違うので、民主化のモデルも異なる。中国の民主化では、中国共産党による指導を堅持し、人民を主体とし、法による国の有機的統一を図ることが原則である。ただし、我々は、西側諸国における優秀な政治文明の成果も含め人類が共同で築き上げてきた文明の成果を排斥してはならない。「民主」という言葉は外来の言葉だが、最近、中国の行政で使われる「公聴会」などの言葉もみな西側から学んだものである。

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 最近の中国の新聞の論調からすると、上記のような記事が「新京報」「南方周末」「経済観察報」等に載っていてもさほど驚きませんが、中国共産党の機関誌であり最も公式な新聞である「人民日報」の記事としては、結構、突っ込んだことを言っていると思います。この記事では、重慶市のタクシー・ストライキや甘粛省リュウ南市の群衆争乱事件にも言及しており、民主化を進めて一般大衆の不満をうまく吸収するシステムを作らないと、むしろ社会の不安定化に繋がる、という党中央の危機感が感じられます。西側のシステムをどのように参考にするのか、という点については、先日、政治局常務委員(序列4位)・政治協商会議主席の賈慶林氏が司法改革について語った下記の言葉のトーンとはかなり異なる印象を受けます。

「改革は、絶対に中国の特色のある社会主義政治の発展の路線を踏み外すものであってはならず、党の指導を堅持し、人民の問題を処理することを主とすることと法により国を治めることを統一したものにしなければならない。人類の法治文明の優秀な成果を用いることが必要だが、絶対に西側の政治制度や司法制度のモデルをそのまま持ち込んだりしてはならない。」

(参考5)上記の賈慶林氏の発言については、このブログの2008年11月30日付け記事「どうする中国の司法制度改革」を参照のこと
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-1e8d.html

 上記の「人民日報」の記事でもあまり歯切れよくズバリとは言っていませんが、地方政府の乱脈振りを監督・監視するため、党中央では、末端地方レベル(市・県とその下の鎮レベル)の党や政府の幹部に対して、住民による選挙を導入したいのではないか、と私は思っています。ただ、上から強圧的に選挙制度を導入しようとすると、地方の党・政府幹部による強い抵抗が予想されるので、まずは一般大衆も読んでいて、日頃から「模範とすべし」とされている「人民日報」にこうした記事を載せて、いわば「ジャブ」として、党内で議論を起こさせ、党内世論を収れんさせよとしているのではないか、と思っています(半分、私の「期待」が入っていますが)。

 ただ、村民委員会での直接選挙制度が導入されて以来、既に20年が経過しているのに、現実的な政治の民主化の程度は全く進展していません。「人民日報」がこうした「政治の民主化」というテーマを真正面から取り上げた意義は大きく評価しなければならないと思いますが、2008年になっても、まだ「ジャブ」を出す程度のことしかできないのだったら、現実的な民主化はあと30年以上経たないと実現しないのじゃないかなぁ、と思えてしまいます。

 中国は巨大な象のようなものであり変化するには長い時間が掛かる、と昔から言われてきました。急激な変化が起きて、社会が混乱することは、中国内外の誰もが避けたいと思っていることですから、時間が掛かろうとも、少しづつでも前進していくことに期待するしかないのだと思います。少なくとも、上記の「人民日報」の記事は、ごく小さな一歩ではあるものの、前進であることは間違いないと思います。

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2008年11月25日 (火)

世論のリーダーになりつつある中国の新聞

 このブログでも、最近、いろいろなところで起きているタクシーのストライキについて、中国の新聞で報道されていることを書きました。

(参考1)このブログの2008年11月6日付け記事
「重慶市のタクシー・ストライキ」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-9f93.html

(参考2)このブログの2008年11月13日付け記事
「海南省三亜市などでもタクシー・ストライキ」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-617f.html

 最近、中国の新聞は、こういった中国国内の「マイナスの」事案についても、避けずに報道するようになっています。これは日本でも報道された案件ですが、11月17日に甘粛省蘭州市リュウ南市(リュウは「こざとへん」に「龍」:リュウ南市は「県」レベルの市で、蘭州市の中にある行政区域)で、土地の立ち退きを巡って60人の人々が行政機関に押し掛け、それを見て集まった約2,000人の人々が行政機関のビルを壊したり警察の車を壊したりする、焼き打ち・打ち壊し事件がありました。この件についても「新京報」は報じています。

(参考3)「新京報」2008年11月19日付け記事
「リュウ南市共産党委員会ビル、打ち壊し・焼き打ちに遭う」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/11-19/008@021215.htm

 この「新京報」の記事の冒頭に「本紙記者によると・・・」と始まっていますので、「新京報」は北京の新聞なんですけど、甘粛省まで記者を派遣して取材したようです。この手の事件を単に新華社通信の報道を転載するのではなく、自社の記者を派遣して取材して「自分の文章で」記事を書いているところが、さすが「新京報」だと思いました。

 さらに広東省スワトウ市(スワトウは、「さんずい」に「山」+「頭」)では、11月20日にタクシー1,000台が無許可タクシー(中国語で「黒車」)の横行に抗議してにストライキを行いました。このストライキでは、正規タクシーの運転手が無許可タクシーとの間でトラブルを起こして、3名が警察に拘束された、とのことです。

(参考4)「新京報」2008年11月22日付け記事
「スワトウ市で、1,000台のタクシーが運行停止」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/11-22/008@020204.htm

※この記事によると、スワトウ市では、正規のタクシー1,000台に対して、無許可タクシー(黒車)が3,000~5,000台いる、とのことです。こういう実態を聞くと、正規タクシーの運転手たちが怒るのももっともな話で、地方政府が、行政としての役割を全く果たしていないのではないか、と思えてしまいます。

 この種の「群体性事件」は、今年6月に貴州省甕安(日本語読みで「おうあん」)県でも起きました。

(参考5)このブログの2008年7月3日付け記事
「貴州省甕安県の暴動事件の真相」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/07/post_ef2a.html

 この貴州省の事件も、香港や日本でも報道されましたし、中国国内でも報道されました。

 「新京報」は、このこららの「群衆による焼き打ち・打ち壊し事件」や各地のタクシー・ストライキ事件を取り上げて、11月23日付け紙面でこういった集団による事件についての意見を述べています。

(参考5)「新京報」2008年11月23日付け社説
「群体性事件の処理は、対処するタイミングがよければよいほど有効である」
http://www.thebeijingnews.com/comment/shelun/2008/11-23/008@045059.htm

 この社説が述べている主張のメインのポイントは、この手の集団による騒ぎが持ち上がった時には、行政機関が迅速に対応して、群衆の意見を聞き、適切に対処することが大事である、ということです。ただ、それに加えて、背景の問題として、行政機関の幹部(地方政府と地方の党幹部)が日頃から群衆から遊離しており、大衆の利益や大衆からの訴えを無視し、大衆の意見を聞かない、という状態があることを指摘して、根本的な問題として、地方政府が大衆の意見をよく聞き、大衆がその意見を言えるルートを開けておくことが重要だ、と指摘しています。

 この社説では、はっきりは言っていませんが、これらの「群体性事件」のうち焼き打ち・打ち壊しがあった事件については、「警察が出動して『少数の不法分子』を取り締まった」とか、「行政機関が迅速に対応すれば『少数の破壊分子に機会を利用される』といった可能性も少なくなる」などと表現して「少数の不法分子」「少数の破壊分子」のところを、わざと「 」書きで書いています。これは、中国の新聞が台湾の指導者や機関のことを「いわゆる彼らが言っているところのそれ」という意味で、「総統」とか「国会」とか「 」付きで表現しているのと似たようなニュアンスだと思います。この社説ではハッキリとは言っているわけではありませんが、この社説の筆者が「これらの焼き討ち・打ち壊し事件は、人民日報や新華社などの公式メディアが言っているような『少数の不法分子』『少数の破壊分子』が起こしたものではなく、ごく普通の一般大衆が日頃の怒りを爆発させたものなのだ」という認識を持っていることがにじみ出ています。

 こういった中国国内の「マイナス」の面の報道は、新聞を検閲をしている党宣伝部としては、あまり書いて欲しくない案件なのでしょうが、それでもこういった記事を書かないと新聞は売れないので、新聞社としても、認められる範囲でできるだけ書こうとしているのだと思います。こうして中国の新聞も「読者が知りたいと思う情報を伝える新聞」になることを通じて、単なる「党の舌と喉」ではなく、多くの一般大衆の世論を反映し、世論をリードする正しい形でのジャーナリズムの形ができつつあるように思います。

(注)北京にはいろいろな新聞がありますが、一般大衆に人気のある「京華時報」が10月15日から1部1元(約15円)に値上げになりました。それまでは1部0.5元でした。紙代の値上げなどが続いて、価格引き上げをせざるを得なかったのでしょう。「新京報」は前から1部1元でしたので、「京華時報」の値上げで、かなりの読者が「新京報」に流れたのではないかと思います。こうした新聞社間の競争も、読者を獲得したい、という新聞社の意志を駆り立て、それによって「読者が今何を知りたいと思っているのか」といった新聞社が本来持つべき「嗅覚」を一層鋭くしたのだと思います。

 オリンピックが終わって、中国は、表面上、全く変わっていないように見えますが、あまり目立たない底辺の方で、大きな歴史の流れが動き始めているのを私は最近なんとなく感じるようになってきています。

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2008年11月17日 (月)

科学的発展観の実践について深く学習しよう

 今日(11月17日)の中国中央電視台の7時のニュース「新聞聯播」では、9人の中国共産党政治局常務委員が10月下旬から11月上旬に掛けて、中国各地に出向いて科学的発展観の実践について学習する活動拠点を視察して回った、というのがトップ・ニュースでした。なんでまぁ、この経済危機で政策運営をどうすべきか、という重要な時期に、こんな新し味のないニュースをトップに持ってくるのかなぁ、と思いましたが、中国のテレビのニュースではこういうのはよくあるので、それほど気にせずに見ていました。

(参考)「新華社」2008年11月17日19:32アップ記事
「政治局常務委員、科学的発展観の実践を学習する活動拠点を視察」
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-11/17/content_10372300.htm

 ところが、「新聞聯播」が終わって、天気予報を普段通りにやって、19:38からの「焦点訪談」の時間になったら、またさっき「新聞聯播」に出ていたアナウンサーが再登場して、「胡錦濤総書記が10月30日、31日に陝西省延安市安塞県へ出向いて、科学的発展観の実践について学習する人々を視察し、学習大会に参加した。」というのを引き続き報じていました。

 胡錦濤総書記が地元の村人や学校で勉強するこどもたちとにこやかに言葉を交わす様子は、この手の地方視察ではよくある光景なので、これも特段目新しいことはありません。「科学的発展観の実践」も胡錦濤総書記がずっと前から唱えているスローガンで、新しい話ではありません。ですが、どうして「新聞聯播」が終わった後、「焦点訪談」の時間をつぶしてまで、この胡錦濤総書記の安塞県訪問のニュースを長々と流したのか、私にはその理由が全くわかりませんでした。まるで、「科学的発展観の実践は安塞に学ぼう!」といったスローガンが、これから街中に張り出されるかのうような雰囲気でした(つまり、まるでテレビの雰囲気は、まるで文革時代のようで、改革開放30年後の経済発達した開かれた中国にはちょっとなじまない印象を受けたのでした)。

 とは言え、番組の前後のコマーシャルは普段通りだったし、この番組が終わった後は、いつもと同じように連続ドラマを放送していましたので、別に「世の中が変わった」わけでもないようです。でも、なぜ10月30日、31日の地方視察のニュースを今(11月17日)になってやるのかなぁ、という疑問は残ります。胡錦濤総書記は、昨日(11月16日)にアメリカのワシントンD.C.で開かれた金融危機対応を議論したG20会合に出席して帰国したばかりですので、11月17日(月)はたぶん1日休養されていたのだろうと思いますが、「胡錦濤総書記は、農村改革や経済危機対応に対して毎日奮闘している」という姿を中国人民に見せるために、半月以上前に「撮り溜めた」映像をテレビの登場させた、というのが本当のところかもしれまん。

 ただ、最近「政治局常務委員9人が全員そろって○○○した」というニュースが何回も出てくるので、そういうニュースを何回も見せられると、私のようなひねくれ者は、返って「政治局常務委員9人の内部に何らかの意見の対立があるのだろうか」などと思ってみたくなってしまうのでした。たぶんそれは「考えすぎ」なのでしょうけど。

(以下、2008年12月4日追記)

 上記の記述の中に「(胡錦濤主席は)昨日(11月16日)にアメリカのワシントンD.C.で開かれた金融危機対応を議論したG20会合に出席して帰国したばかりですので、11月17日(月)はたぶん1日休養されていたのだろうと思いますが・・・」という記述がありますが、胡錦濤主席はワシントンD.C.でのG20会合に出席した後、帰国せずに、キューバなど中南米諸国を訪問し、次の週末にペルーで開かれたAPEC首脳会談にそもまま出席しています。従って、上記の記述で「帰国したばかりですので」という部分は事実ではないので訂正します。しかし、これだけ強硬な外国訪問日程の中で、11月17日(月)を休養日にあてたのは事実のようで、この日は胡錦濤主席の特段の活動は報じられませんでした。

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2008年11月16日 (日)

中山大学の学生会主席選挙

 広州で売られている週刊紙「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)の2008年11月13日号の1面に、先頃、広東省にある中山大学で行われた学生会会長選挙(10月16日候補者決定、11月11日投票)の様子をリポートした記事が載っていました。

(参考1)「南方周末」2008年11月13日号記事
「学生会主席の直接選挙の全記録」
http://www.infzm.com/content/19860

 中山大学は、広東省広州市に本部を置く中国の革命の父・孫文(号は「中山」)にちなんだ由緒ある大学です。そこで、学生による学生会会長(主席)の選挙が、初めて個々の学生による直接投票により行われました。「有権者」の学生は、4キャンパスにわたり、総計33,123人いるとのことです。

 この記事では、4人の立候補者により約3週間に渡って繰り広げられた選挙の様子を克明にリポートしています。学生会は、法律的な権限を持つ組織ではありませんが、学生を代表して大学当局と話ができる、という意味では、一定の力を持つ組織だと思います。立候補の受付の後に「資格審査」がある、というのが、ちょっと「西側」の選挙と違うところですが、複数候補者制の下で自分たちの組織のトップを組織のメンバーが直接投票して選挙する、ということは、現在の中国では画期的なことです。(中国において日本の国会にあたる組織である全国人民代表大会の議員(全国人民代表)は、何層にも渡って行われる間接選挙の結果選ばれ、有権者による直接選挙ではありません)。

 この選挙では、立ち会い演説会があったり、ネット上での意見交換などがあったそうです。この「南方周末」の記事では、以下のようなネット上の意見を紹介しています。

○このような体制下では、学生会が真に独立して学生のためにことをなすのは難しいのではないか。

○「平民会長」の実現に期待している。

○アメリカの大統領選挙みたいだ。

 この記事では、立ち会い演説会で「学生会が政治的、政策的な問題に対処する時、某勢力に頼らざるを得ず、資金的にも何らかの組織によって制限を受けざるを得ず、人員上でも一定の『ブラックボックス操作』を受けることは避けられないのではないか?」といった「大胆な質問」も出されたそうです。この質問が出たときには「わぁ~」といういぶかる声が上がった、とのことです。投票結果は、投票率61.338%、第一位が7,644票、第二位が6,159票、第三位が3,474票、第四位が2,479票だった、とのことです。

 こうして当選した学生会会長が具体的にどのような問題で、どのような働きができるのかは、私にはよくわかりません。当選した学生会会長が翌日最初にする仕事は、大学の共産党委員会書記に挨拶に行くことなのだそうです。ただ、この「南方周末」には、中国人民大学政治学の張鳴教授による「大学は当然のこととして民主の練習場にならなければならない」というコメントが載っています。このコメントがこの中山大学の学生会会長選挙の意味を物語っていると思います。この中山大学の学生会会長選挙は、当然のことながら大学当局の公認の下に行われたのですが、この選挙は、複数候補制の下で自由な直接選挙を行った時、現代の若者たちがどのように対応するのか、を見るためのひとつの「実験」だった、と言えると思います。

 最近、新聞紙上では、地方政府がしっかりとした行政を行うためには、地方政府を第三者的立場からチェックするシステムが必要だ、という主張がよく見られるようになっています。地方政府における「司法の独立」「行政資源の分散」「定期的な選挙のよる行政トップの監視」を主張した「経済観察報」2008年11月3日号(11月1日発売)の論評「三鹿事件から政治体制改革を考える」もそのひとつです。

(参考2)このブログの2008年11月2日付け記事
「メラミン粉ミルク事件から政治改革を考える」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-23e8.html

 このほか11月14日付けの「新京報」の社説では、行政チェックの役割を人民代表(国会議員(=全国人民代表)を選ぶための選挙人)に負わせるべきだ、という主張をしています。

(参考3)「新京報」2008年11月14日付け社説
「都市建設の『腐敗の高度・多発』の根本には政策決定システムの欠陥がある」
http://www.thebeijingnews.com/comment/shelun/2008/11-14/008@021055.htm

 巨額の資金が動く都市開発や交通政策に関する政策決定を地方行政政府が一存で決定でき、誰からも監視を受けないことが問題なのであり、都市開発計画や交通政策を決定するにはその地方の人民代表の議決を必要とする、というシステムにして、行政に対するチェック監督機能を果たせるようにすべきだ、というのがこの社説の主張です。

 地方の公共事業などについては、地方政府が勝手に決められる現状を改め、人民代表が票決で許可・不許可を決められるようにすべきだ、という主張は、かつて「人民日報」にも掲載されたことがあり、中国共産党の内部でもかなりまじめに議論されている主張なのだと思います。

(参考4)このブログの2007年8月16日付け記事
「地方の工事は人民代表が決めるという実験」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/08/post_5988.html

 従って、私は地方政府の政策決定に対する何らかのチェック機能を設けるべきだ、ということは、党内でかなり真剣に議論されているのだと思います。その地方の人民代表にチェック機能を持たせることもできるし、地方政府のトップを住民の直接選挙で選ばせることによってチェック機能を働かせることもできる、ということで、現在、具体的にどのようにすればよいのか、を党の内部で議論しているところではないかと思います。その検討に当たってのひとつのデータを得るために、例えば中山大学のようなところ(比較的大学の数が少なく首都の北京からも遠い広東省)で、かつ政治的にはそれほど大きな影響を与えない「学生会会長選挙」という場を借りて実験的に行ってみた、というのが、今回の中山大学の学生会会長選挙ではなかったのか、と私は思っています。

 いずれにせよ、様々な試行錯誤をやってみることはよいことで、こういった試行錯誤の中から、一番よい方法を採用すればよいと思います。

 問題は、人民代表による監視にせよ、地方政府トップの選定に直接選挙によるチェックにせよ、既に政策決定権を「既得権益」として確保している現在の地方政府の幹部は、こういった「チェック・システム」の導入には強硬に反対すると思うので、こういった「抵抗勢力」の動きを、中央がいかにコントロールできるか、が、実際にこういった地方政府に対するチェック制度を実現する際のカギになると思います。

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2008年11月 7日 (金)

農民工の失業ショックには政府の支援が必要

 今日(11月7日)付けの北京の新聞「新京報」では、世界に広がる経済危機の影響が中国の輸出産業に出ており、そのあおりを受けて農民工(農村から都市部に出てきている出稼ぎ労働者)がリストラされている現状を指摘して、政府はこういった失業の危機に直面している農民工たちを支援すべきである、と主張する社説を掲げています。

(参考)「新京報」2008年11月7日付け社説
「農民工が直面している失業ショックに対して政府は支援の手をさしのべるべきだ」
http://www.thebeijingnews.com/comment/shelun/2008/11-07/008@030133.htm

 この社説は、かなり率直に現在の中国経済が直面している困難を指摘しています。この社説の主張のポイントは以下のとおりです。

○輸出品製造企業の操業停止により、沿海地域においては大量の農民工の「故郷へ帰る流れ」が起きている。農民工の数は膨大で、今年8月に出されたデータでは、2007年の時点での中国の農村の外で働く労働者は1.26億人に達している。郷鎮企業(農村部にある中小の地場企業)の従業員は1.5億人であり、重複部分を除くと、2007年の時点で農民工の数は2.26億人に達していると見られている。

○農民工の地位はぜい弱である。2006年末の時点で、農民工に支払うべき給料のうち欠配となっているのが1,000億元に達しているという。建設業では、72.2%の企業で賃金の欠配が起きており、毎月きちんと給料が支払われている労働者はわずか6%に過ぎないという。

○我が国の多くの輸出企業は、低コストにより国際競争に勝つため、労働賃金の抑制にますます圧力を掛けている。これは農民工に満足した生活を与えないと同時に、こどもたちに対する十分な教育投資ができない現状を生み出し、低賃金労働者では貧困の世代間連鎖が起きている。

○農民工は都市では十分な社会保障を得られていない。一部の沿岸地域では、社会保障を与えるために農民工から社会保障経費を徴収しているところがあり、農民工はいったん故郷に帰ると今度は故郷の地方政府から一定額の社会保障費を徴収されるという現象も起きている。

○今、金融危機の影響を受けている中国経済の中で、多数の農民工が受けているショックは極めて大きい。その中でも「失業ショック」が最も厳しい。香港工業総会会長の陳鎮仁氏は、珠江デルタ地帯にある7万社の香港系企業のうち、今年年末までに四分の一は操業を停止するだろう、と見ている。もしこういったことが起これば、極めて多数の農民工の雇用が失われることになる。

○農民工の失業は、政府関係部門の失業統計の中には含まれていない。従って、表面上は重大な失業問題として統計数字に表れていなくても、中国の製造業で就業する労働力のおよそ半分は農民工なのであるから、彼らが職を失い、故郷に帰ったら、失業状況が重大な状況に陥るだけでなく、中国における都市化の進展という意味でも、大きなブレーキが掛かることになる。

○地方政府が経営が困難になった企業の労働者の賃金を肩代わりしたり、経営が困難になりそうな企業を見極めて支援したりすることにより、珠江デルタ地帯や浙江省においては、「突発的な事件」の発生を防止している。

○中国の経済の発展と都市化を進めていくためには、社会の安定が重要な前提であり、そのためには農民工に対して明るい就業状況の見通しが与えられなければならない。

○政府は、現在、鉄道建設等の公共事業に巨額の投資をして就業問題を解決しようとしている。それに加えて、農民工の雇用の90%を担っている中小企業に対する多種多様な税の優遇措置や、個人所得税・増値税(日本の消費税に相当)を減税して、中国経済を内需牽引型に転換しなければならない。農民工を農地にも工場にも居場所がない「根無し草」にしてはならない。

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 「人民日報」や「新華社」、「中央電視台」などの報道では、「世界的経済危機の中でも中国経済は堅実な成長が可能である」といった「あまり心配する必要はない」となだめるような報道が多いのですが、実態は、世界の金融危機は中国の輸出産業に相当な打撃を与えていると見た方がよいと思います。ただし、現時点では、農民工等による大きな社会的騒乱事件が起きていないのも事実であり、中国政府が今の時点では農民工の不満を何とかなだめている、というところなのだと思います。しかし、上記の社説の中で出てくる「珠江デルタ地帯の香港系企業の四分の一が年内に操業を停止するだろう」という見通しは、現在のような「なんとかなだめている」状況を長期間にわたって続けることを難しくする可能性が大きいのではないかと思います。

 上記の社説の中で出てきている「失業統計の中に農民工の失業が含まれていない」といった中国の統計上の数字の問題は、結構大きな問題を抱えていると思います。企業経営者や政策決定者が社会の状況を正しく把握できていない中で様々な判断をしている可能性があるからです。「公開はされていないが、党・中央は悲観的なデータも含めて経済に関する正確なデータを持っていて、正確に舵取りをするから心配ない」という見方もあります。しかし、党・中央の「事実を知りうる少数の人々」はスーパーマンではありませんから、少数の人だけが事実を知っているような社会がうまくコントロールできていくとは思えません。

 「救い」は、上記のような社説が新聞に掲載され、多くの人々が問題意識を共有するようになってきていることです。党や政府がどう考えているかに関わりなく、今後、多くの人々は解決策を模索し、それを党や政府に実施することを求めていく動きが強くなっていくのではないかと思います。

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2008年11月 6日 (木)

重慶市のタクシー・ストライキ

 11月3日(月)朝から重慶市のタクシー運転手が一斉にストライキに入りました。運転手に支払われる給料等の問題のほか、各タクシー会社だけでは解決できない問題もあったため、市全体のタクシー運転手が意志を統一させて一斉にストライキに入ったものだったようです。

 重慶市のタクシー運転手が要求していたポイントは以下の点です。

○運転手の手取り収入の値上げすること(必要があればタクシー料金自体を値上げすること)。

○(重慶のタクシーは天然ガスで動くのだが)天然ガス・スタンドの数が少なすぎ、ガスを補給するために長時間待たされることが多く、そのため稼働率が低下して、運転手の収入が減る結果になっている。これを解決すること。

○規則が多過ぎ、取られる罰金が多過ぎる。これを何とかして欲しいこと。

○「黒車」(不許可タクシー:日本で言う「白タク」)が多く(新華社の報道によれば、市内に「黒車」が3,000台あるという)、正規のタクシーの営業が妨害されている。これを何とかして欲しいこと。

 タクシー運転手側は、要求が入れられなければ、週明けの11月3日(月)からストライキに入るという意向を示していましたが、交渉が妥結せず、11月3日(月)早朝から重慶市のタクシーは実際に一斉ストライキに入りました。

(参考1)「新華社」(重慶支社)ホームページ2008年11月4日09:58アップ記事
「関心を集める重慶のタクシー・ストライキ事件」
http://www.cq.xinhuanet.com/2008-11/04/content_14821909.htm

 新華社の報道がアップされた時間を見ればわかるとおり、このストライキは実際に行われるまでは報道されなかったため、月曜日の朝になってタクシーが動いていないことを知った多くの市民は相当に困惑したようです。

 重慶市当局も問題を重視し、タクシー運転手側と交渉を行い、以下のような動きをし、いくつかの約束もしました。

・重慶市当局がタクシー会社側を呼んでタクシー運転手の収入が下がらないようにして欲しいと要請した。

・重慶市当局は、現在36か所ある天然ガス・スタンドを2年以内に60か所に増やすことを約束。

・重慶市当局は、「黒車」(不許可タクシー)の取り締まりには全力を上げることを約束。

 以上により、タクシー運転手側もストライキを解除し、11月5日(水)午前8時の時点で、重慶市内のタクシーの運行は正常に回復した、と11月5日午後5時に行われた重慶市当局による記者会見で発表されました。この場で、重慶市当局は、タクシー料金自体については、今後も検討を続けるが、当面は値上げしないことを発表しました。

(参考2)「新華社」(重慶支局)2008年11月5日付け記事
「重慶都市部タクシー運行の回復状況及びそれに関連する状況に関する重慶市政府の記者会見」
http://www.cq.xinhuanet.com/2008/czc/

 さらに今回の事態を重視した重慶市当局は、11月6日、重慶市党委員会の薄熙来書記が直接タクシー運転手の代表と話し合う場(中国語では「座談会」と表現)を設けました。重慶電視台とラジオのニュース・チャンネルはこの場の様子を生中継しました(詳細は不明ですが、タクシー運転手側がストライキを解除する条件として、このような場を設け、それをテレビ・ラジオで生中継するよう要求した可能性があります)。

 この「座談会」の場では、一部の運転手代表は、上記に出していた要求のほか、警察がタクシー運転手の写真を撮影してそれを交通取り締まりに使っていることに対する反発を示しました。

(参考3)「新華社」(重慶支局)2008年11月6日付け記事
「薄熙来書記、タクシー運転手、市民代表による座談会」
http://www.cq.xinhuanet.com/2008/czczt/

 この重慶市のタクシー・ストライキ事件は、中央でも重大な関心を寄せたと見えて、11月6日の夜の7時のニュース・天気予報に毎日放送される報道特集番組「焦点訪談」でこの件を取り上げて伝えていました。

 中国では、許可なくデモ行進をやったら違法になりますが、ストライキは違法行為ではありません(ストライキまで違法にしてしまったら、社会主義の国とか、共産党が政治を行う国とか言えなくなってしまいます)。従って、市民生活に多大の影響を与えたとは言え、今回のタクシー・ストライキについては、タクシー運転手側を非難するような報道はありません。

 今回の重慶市のタクシー運転手の一斉ストライキは、権利を侵害されていると思った同じ立場に立つ人々が団結すれば、物事を変えることができる、ということを示したと思います(労働者の国・社会主義国である「はず」の中国で、こういうことを「新しいこと」のように思うこと自体本来はおかしいのですが)。中国では、新聞を勝手に発行したり、印刷物をばらまく自由はありませんが、今は携帯電話というツールがあるので、携帯電話のメール等を使えば、数多くの人が団結の意志を固めることは可能です。インターネットの掲示板でストライキを呼びかけることも可能ですが、インターネット掲示板は掲示板運営者にその発言を削除される可能性があります。携帯電話のチェーン・メールを当局(または当局の意向を受けた者)がコントロールすることは実態的に不可能です。

 今回の重慶のタクシー・ストライキは、中国における新しい流れを示すできごととして注目してよいできごとだったと思います。

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2008年11月 4日 (火)

女性農民工についてのルポ

 今日(11月4日)付けの人民日報では、「社会観察」という特集ページで、女性の農民工(農村から都会に出稼ぎに出てきている農民)の実態に関するルポルタージュを掲載していました。

(参考)「人民日報」2008年11月4日付け
「流動の中に咲いた青春(記者調査)」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-11/04/content_131967.htm

 この記事のポイントは以下のようなものです。

○35歳のAさん。黒竜江省依安県の農村から、2005年末に家の稼ぎの足しにするため、彼女一人でハルビンに出稼ぎに出てきた。ファースト・フード店で皿を洗うのが仕事。朝の9時から夜の10時まで働き、休日はない。月給は1か月450元(6,750円)。6人で、1日に台車30個分の皿を洗うので、洗剤で手が荒れてしまう。1週間たたないうちに手の指が真っ白になった。その後、労働市場でパートタイムの職を見付けて、今は月1,100元の収入になっているので、今では生活に使った残りの700元ちょっとは貯めておける。

○統計によれば、黒竜江省の流動人口(戸籍がある場所ではない場所で生活している人々)のうち、39歳以下の女性の占める割合が50%前後で、そのうち75%は初等中学(日本の中学校)卒業以下の学歴である。彼女らは単純労働に従事し、月収は多くて500元前後である。

○Bさんは23歳。四川省宜賓からやってきた。2年ちょっとの間に4つの都市を渡り歩いた。四川省綿陽の電子計器組み立て工場で働き、四川省成都の卸売り市場で衣服を売り、貴州省のオモチャ工場でぬいぐるみを縫い、最後は広東省深センの正規のレジャー・センターでマッサージを勉強している。今の収入は月3,000元前後。彼女は「すごく疲れます。クーラーの効いた部屋の中でも汗だくになります。私は初等中学(日本の中学校に相当)しか出ていないので、欲しい給料の額がもらえる仕事に就くのはすごく難しいです。」と言っている。

○Cさんは江蘇省灌雲県朱橋村から来た28歳で、もうすぐ小学校3年生になるこどものことが心配だ。こどもが2歳の時、こどもをおばあさんに預けて、夫とともに蘇州市工業団地に出稼ぎに来た。前の学期、こどもの勉強の成績が急に落ちたので、彼女は1か月休みをもらって故郷に帰った。「近くにいてこどもを教育してやる人がいないと。でも、故郷以外で学校に行くと学費が高いし、住むのも食べるのも大変だ。」

○「女性労働者の家」の理事をしている方清霞さんは、自分が以前、女性出稼ぎ労働者だったので、都市に出稼ぎに来ている女性の境遇はよく知っている。彼女は言う。「病気になるのが一番怖い。カゼをひいて病院にいっただけで200元掛かる。これは部屋代1か月分に相当する。」「戸籍問題は非常にやっかいだ。都市の人ならば必要のない、いろいろな手続きや証明書が要る。住む場所を探すのも大変だ。家賃が高いだけでなく、よく夜中に戸籍調査を受けた。」

○中国社会科学院人口・労働経済研究所の鄭真真教授は、都市で働く出稼ぎ労働者の状況の根本原因は、都市と農村の二重戸籍制度にあると指摘している。ただし、彼らが欲しいと思っているのは「非農村戸籍」を示す一枚の証書ではなく、就業、分配、社会保障の点で都市住民と同等に競争できる社会できる地位なのである。

○山東省聊城から出てきたDさんは、北京のある倉庫設備会社の販売代表である。21歳の彼女は既に出稼ぎを始めて5年になる。去年、北京の通州で働いていた木板工場では、朝8時から夜8時まで働いて、その間に休憩は1時間だけ。いつも超過勤務手当なしで残業していた。「ひどいときは2日間一睡もしないこともあった」。

○労働契約が締結されておらず、超過勤務手当が支払われないことも多い。全国婦女連合会が実施した1,000名の都市で働く女性出稼ぎ労働者に対するアンケート調査によると、正式な労働契約を結んでいたのは48.2%、6割の女性労働者が毎日8時間以上働き、そのうち3割に満たない人しか法定の超過勤務手当をもらっていなかった。また、約半数が社会保障体系の中に入っていなかった。特に、若い女性労働者にとって重要な生育社会保険に至っては、使用者側も労働者側も重視しておらず、保険に入っている人はわずか0.8%しかいなかった。

○「出稼ぎ女性労働者の家」は1996年に成立した中国最初の女性出稼ぎ労働者のための公益組織である。この組織の笵暁紅理事は、労働者の権利保護の仕事をしているが、「労働契約法」が明確に要求しているにもかかわらず、多くの企業、特に正規ではない小規模の企業がいろいろな方法で規定を逃れている。

○女性出稼ぎ労働者は法律知識が乏しく、権利意識が希薄なので、権利侵害が起きても、それを主張しないことが多いか、自分が権利を侵害されていることすら知らないケースも多い。

○女性出稼ぎ労働者は結婚する年齢が遅くなるケースが多い。多くの女性出稼ぎ労働者は、内陸部の山村から出てきている人も多く、避妊や性病に対する知識がない人も多い。深セン市羅湖区がかつて調査したところによると、病院で人工中絶をした女性の6割は未婚の出稼ぎ女性労働者であったという。

○一部の出稼ぎ女性労働者の中には、都市で働く過程で、勉強と職業訓練を通じて自分の能力を高め、成功している例もある。全国婦女連合会のアンケート調査の中では、10.4%が管理職に、8.3%が会社社員になっていたという。

○中国社会科学院人口・労働経済研究所の鄭真真教授は、「女性出稼ぎ労働者は、中国の経済成長の推進の中で無視できない役割を果たしている。人材開発の観点で考えるのと同時に、女性労働者個人と社会の発展との関係にプラスをもたらすためには、社会が働く女性に自分の能力を発展させる機会を与えることができるかどうかがカギだ。」と述べている。

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 「人民日報」も農民工の実態については、こういったルポを時々掲載します。かなり多くのケースで、二重戸籍制度が問題だ、といった指摘がなされるのですが、実態はなかなか改善しません。「労働契約法」ができて施行されたのは、今年(2008年)の1月1日です。「中国の特色のある社会主義」とは「労働者がこういうふうに扱われている社会主義なのだ」ということは、中国の国内の人も、外国の人も知っているのですが、なかなか改善されません。多くの外国の企業は、こういった弱い立場におかれた多数の労働者がいることによって国際的に競争できる価格の中国製品の恩恵を受けているので、少なくとも外国からは、こういった状況を改善させよう、という圧力が働かないからかもしれません。

 中国共産党の機関誌「人民日報」が、こういった問題に目をつぶらずにちゃんと記事にしていること自体は「救い」なのですが、記事にはなるけれども、実態があまり改善されないのを見ていると、こういった記事も「党・中央は農民工の厳しい現状をちゃんと認識していますよ」といった「宣伝」の役割しか果たしていないのではないか、と思えてしまいます。

 現在の世界的な厳しい経済情勢の中で、今、中国の企業も相当に苦しんでいるところだと思います。一方で、労働者の権益保護の意識は、こういった「人民日報」の記事などを通じて、じわじわと労働者の中に根付いていくと思います。諸外国も、安い労働力の中国を利用することのメリットを享受する時代は終わった、と認識して、むしろ中国の数多くの労働者の権益を保護することによって、中国国内の労働者の収入を増やし、中国国内の内需を拡大して、中国を巨大な市場として活用することによって世界の経済成長につなげる、という方向に、中国との付き合い方を変えていく必要があるのではないかと私は思っています。

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2008年10月15日 (水)

「人民日報」が新交通規制の法律論議に言及

 このブログの前回の記事で、北京市人民政府が、10月11日から来年4月10日までの間、平日の5日間、ナンバー・プレートの末尾番号で5分の1の車の通行を禁止するという新しい交通規制を始めたことに対して、この規制は自家用車という私有財産に対する財産権の侵害ではないか、といった法律論議が起きていることについて書きました。

(参考1)このブログの2008年10月12日付け記事
「北京の新交通規制に異議を述べる社説」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/10/post-ec68.html

 上記のブログの記事にも書いたのですが、北京市人民政府という行政機関(いわば「おかみ」)が決めた規則に対して、新聞がそれに異議を挟む意見を社説として掲載したことは、中国としては、ある意味で画期的なことだと思いました。この問題は、実際、不満も含めていろいろな意見が出ているようです。10月14日付けの中国共産党の機関誌「人民日報」では、この問題を正面から取り上げていました。

(参考2)「人民日報」2008年10月14日付け記事
「平日五日間の通行制限規制が法律論議を引き起こしている」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-10/14/content_117830.htm

 この「人民日報」の記事では、今回の北京市人民政府の規制は「自家用車という財産の使用を一部禁止するという意味で、財産権侵害ではないか」との議論が起きていることを率直に指摘した上で、以下のような何人かの専門家の意見を掲げています。この記事に載っているそれぞれの専門家の意見を御紹介するとともに、それぞれの専門家の意見に対する私(このブログの筆者)自身の考えを書き添えてみたいと思います。

【専門家A(北京市英島法律事務所のトウ澤敏弁護士)の意見】
(「トウ」は「登」に「おおざと」)

 「物権法」に基づけば、所有権とは、自動車を占有し、使用し、(それを使用したり譲渡したりすることによって)収益を上げ、処分する権利からなっており、いかなる機関や個人もこれを冒してはならない、とされている。週1日とは言え、使用権、収益権を完全に行使できないように制限することは、法律面から言えば「権利を侵害している」という指摘を避けることはできない。

(参考3)中華人民共和国物権法(2007年3月16日第10期全国代表大会第5回会議で採択)
http://www.gov.cn/ziliao/flfg/2007-03/19/content_554452.htm

(「専門家Aの意見」に対する私の考え)

 最も常識的な意見と思われる。この意見をトップに持ってきているところに「人民日報」の一定の良識を感じることができる。

【専門家B(中国政法大学の解志勇副教授)の意見】

 自家用車は人々の私有財産であるが、今回の規制は所有権に変更を加えるものではないし、使用権を侵すものでもない。「上路権」(「車を道路で走らせる権利」とでも訳すべきか)を制限しているのに過ぎないので「道路交通安全法」「交通管理条例」に合致している。

(「専門家Bの意見」に対する私の考え)

 週の平日5日のうち1日について車の市内での通行を禁止することを「使用権を侵すものではない」としている点には私は賛成できない。通行禁止区域(第五環状路より内側)以外の区域では毎日車を使うことができるので「使用権は侵害していない」という主張だと考えられるが、「使用権」とは、法律に違反したり他人の権利を侵害したりすることがない限り、いついかなるところでも使える権利、のことなので、その一部が侵害されるのだとすれば、それは使用権侵害とみなすべきであると私は考える。

 「上路権」といった新しい概念を持ち出してきて、「使用権は制限していないのであって『上路権』を制限しているだけ」と主張するのは、言葉を言い換えただけであって、今回の交通規制が正当であるとの納得させられるだけの論拠を提供していない。

【専門家C(武漢理工大学経済学部で交通問題を研究している李俊副教授)の意見】

 今回の規制は、物や土地に関する権利を規定した「物権法」に違反していると言うことは非常に難しい。というのは、自家用車に関する所有権は侵しておらず、一部分の時間の一部地域における使用を制限しているだけであって、それに相応する補償措置もあり、使用権を侵しているとも言い難い。

 法律が政府の交通管理部門に付与している権限はかなり大きい。しかし、どういう時に、どういう地域で、どういう状況の下で交通制限を実施できるかについての明確な規定がなく、関連法規は今なお不完全である。

(「専門家Cの意見」に対する私の考え)

 専門家Cは「それに相応する補償措置もあり」としているが、北京市人民政府の通告によれば、規制を導入する代わりに「車を持つ人が負担する『道路保全費』と『車船税』を1か月分減税する」となっているだけであり、客観的にはこれが「相応する補償措置」とはとても言いがたい。この規制が続く6か月の間、毎週1回、別の車をレンタルするとすれば、減税分を超える経済的負担が出るのは明らかだからである。また、毎週1回、車を使えないことによりビジネスに影響が出るケースも想定され、この規制による経済的損失は人によってそれぞれ異なる。従って仮に「1か月分の減税」を「補償」と考えるとしても、その額は定額であるのだから金額的に言って「規制によって生じる経済的負担に相応する補償額」とはなり得ない。

 また、そもそも「使用権」とは「補償金を支払えばいつでも制限できる」という性質のものではないのだから、専門家Cの意見には私は賛同しかねる。

 なお、中国の土地が国有または村などの集団所有であり、土地の私有が認められていない現状に鑑み、中国の「物権法」には、個人の家屋等の不動産については、公共の利益上必要がある場合には、法律に基づき、一定の補償金を支払った上で、これを収用することができる旨の規定がある(物権法第42条)。裏を返せば、こういった法律上の規定がない自家用車等の動産については、基本的に、所有者が他の法律や他人の権利を侵害しない範囲で自由にその所有物を使用することを補償金を支払うことによって禁止することはできない、と解釈すべきであると私は考える。

【専門家D(中南財経政法大学社会発展研究センター主任の喬新生教授)の意見】

 車の通行規制は、道路という公共財産を使う権利に関係しており、今回の事例は、公共財産を管理する公権力と自家用車を使用するという個人の権利との間の緊張関係を作っている。

 今回の交通規制の実施に当たっては、人民代表大会(議会に相当する)の審議を経る必要があったという意見、または公聴会を開くべきだったという意見がある。今回の交通規制を北京市人民政府が行ったことについては、法律上の根拠があり、その目的は正当なものであると言えるが、道路という公共財産に関するもの、という性質上、規制実施の前に、幅広い住民の意見を聞く措置を講ずるべきだった。

 この案件は「法律により行政機関に権限を与える」ことに関する中国の行政と立法との関係の特徴を反映している。幅広く行政に権限を与えている結果、法律・規則の中に民意による基礎の明らかな欠落が存在しているのである。

(「専門家Dの意見」に対する私の考え)

 「専門家D」は、中国の法律と行政との関係の問題点を明確に指摘している。このような問題点を指摘する意見が、「人民日報」に堂々と掲載されていることは評価に値すると考える。

【「民意の反映」という点に関する専門家Bの意見】

 メディアは、大多数の市民(自家用車所有者を含む)は交通規制を支持していると報道しており、このことは、この規制には既に広範な民意の基礎があることを示していて、この規制は民主的に作られたと言うことができる。交通規制は、行政規定に過ぎず、それを制定する権限は既に行政機関に与えられており、規制の公布と実施にあたり人民代表大会の審議は不要である。

 中国の立法関連法規の規定では、行政法規の策定過程において、関係機関、組織、一般公衆の意見を聞くことが求められているが、意見を聞く方法は、座談会、討論会、公聴会などいろいろな形式があり、公聴会はその方式のひとつに過ぎない。必ず公聴会を開かなければならない、というものではない。

(「『民意の反映』という点に関する専門家Bの意見」に対する私の意見)

 「メディアが『大多数の市民は賛成している』と報道しているから、既に広範な民意の基礎があり、この規制が民主的に作られた」という考え方は、私は到底受け入れることはできない。中国のメディアが中国共産党の指導下にある現状を踏まえればなおさらである。この種の規制を制定する権限が既に行政機関に与えられているのであって、人民代表大会で改めて審議する必要はない、というのは、現在の中国の法律上そうなっているのであるとすれば、反論のしようはないが、もしそれが事実なのだとしたら、立法機関は行政機関に権限を与え過ぎである。そもそも法律とは、人民の代表者が「行政機関が勝手なことをしないように、行政機関の行為を縛るためのもの」であるはずなのだから、行政府に大幅な自由裁量権を与えてしまっているのだったら、それは人民代表大会が立法府の役割を果たしていないことになる。

※そもそも人民代表(人民代表大会の議員)自体、人民の直接自由選挙で選ばれるわけではないのだから、人民代表大会の審議を人民の代表者による審議、と呼ぶことはできないのだ、という議論は、また別の議論である。

【専門家E(北京大学政府管理学部の楊開忠教授)の意見】

 個人の行為が公共の利益に影響を与える時に限定的な政策を実施することは必要なことである。ただし、そういった政策を策定するに当たっては個人の権利を尊重しなければならず、公共の利益と個人の権利・自由との間のバランスを保つ必要がある。

(「専門家Eの意見」に対する私の考え)

 常識的な意見で、この記事の「まとめ」としてふさわしいが、今回の北京市人民政府の交通規制措置が法律的に見て妥当なものかどうか、というこの記事の中心テーマである「法律論議」については、何も述べていない意見である。

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 中国国内で今どういう議論が行われているか、を知る意味で、この記事は非常に参考になりました。いずれにせよ、行政府が行った規制と法律との関係についての客観的な様々な立場の意見を率直に「人民日報」が掲載した、ということは、かなり意義深いことだと思います。特に北京市人民政府が公布し、既に実施している交通規制を擁護する立場の意見だけでなく、それに批判的な意見もきちんと掲載していることは重要だと思います。

 10月9日~12日に行われた第17期中国共産党中央委員会第3回会議(第17期三中全会)の様子は、開催中は一切報道されず、何が議論されているのかも明らかにされないまま会議は終了し、12日に「公報」が発表されただけで、決定された重要文件の全文は14日になってもまだ公表されていません。こういうことに見られるように政治的な政策テーマについては、オープンな形で議論が行われない現在の中国ですが、まずは「交通規制のあり方」といった政治色のないテーマについて、オープンに議論を行い、「議論の仕方に関するルール」を確立することがまずは重要だと思います。改革開放から30年経った2008年になっても、まだそんな段階なのか、と不満に思う方々も多いと思いますが、ゆっくりではあっても、前進をしていれば、いつかは前に進むと思います。

 まずは「交通規制」のような政治的には無色透明なテーマから始めて、段々と政治的色彩の強いテーマについても、オープンに意見を述べ合い、議論するような世の中が中国でも早く実現すればよいなぁ、と願っています。ことを急がず、少しずつ段階を踏んで進んでいけば、社会的な混乱を招くことなく、政策議論のオープン化を進めていくことは、きっとできると私は信じています。

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2008年10月12日 (日)

北京の新交通規制に異議を述べる社説

 北京で10月11日から来年4月10日までの間、平日の運行車両を5分の1減らす交通規制を始めたことについては、10月7日付けのこのブログで書きました。

(参考1)このブログの2008年10月7日付け記事
「北京で新たな交通規制実施へ」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/10/post-6f7a.html

 ところがこの措置に対して、10月13日号(10月11日発売)の経済専門週刊紙「経済観察報」は、1面の社説で、個人所有の自家用車に対してはこの措置は緩和すべきだ、との主張を掲げています。

(参考2)「経済観察報」2008年10月13日号(10月11日発売)社説
「北京では自家用車に対しての規制はゆるめるべきだ」
http://www.eeo.com.cn/observer/pop_commentary/2008/10/11/116008.html

 この社説の主張のポイントは次の通りです。

○「道路交通安全法」や「大気汚染防止法の実施細則」によって北京市政府が大気汚染防止等のために交通規制を実施できることは規定されているが、それは特殊な緊急事態における措置を想定しているのであって、今回の北京市の交通規制のように恒常的な規制をする権限は北京市にはない。

○自家用車は個人の財産であって、「物権法」に基づき、自動車の所有者が自由に占有し、使用する権利があるのであって、北京市が国の法律に基づき行政権限を行使する場合には、個人の財産権を侵害するようなことがあってはならない。

○今回の措置は立法機関(人民代表大会)で十分に議論されておらず、北京市は立法機関から授権されている範囲を超えて行政権限を行使はできない。

○北京市人民政府に市民に良好な生活環境を提供する責務があることはわかるが、だからと言って、今回のように恣意的に私的財産権に制限を加えるような規制を実施してはならない。

○北京市当局者は、9割以上の北京市民がオリンピック期間中の交通制限により渋滞緩和と大気汚染の改善が図られたと認識していると指摘しているが、これは北京市民と周辺の都市の貢献が大きかったことによるひとつの特殊な例である。北京市当局は、こういった市民の意見でもって、今回の措置の必要性と合理性を説明することはできない。

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 私はこの社説は至極まともな主張だと思います。通常(日本などの場合)、国民の権利を制限したり国民に義務を掛けたりする場合には、必ず立法府(国会)が作った法律に基づかなければなりません。内閣が決める政令や各省が決める省令などもありますが、これらの政令や省令等は、法律を実施するための細目を決めるためのものであって、政令や省令で国民の権利を制限したり国民に義務を掛けたりすることはできません。国会で決める法律の中に法律が定める範囲内で政令や省令に権利制限や義務の「掛け方」を委任している場合はありますが、こういった場合でも「権利を制限する」「義務を掛ける」こと自体は国会での議決が必要な法律にその根拠がなければなりません。

 その点、中国では、人々の権利を制限したり義務を掛けたりする規則が、人民代表大会で決める法律の中に出てくるだけではなく、行政府である国務院が決める国務院令で出てきたり、北京市など地方政府が決める規則に出てきたりします。「紅頭文件」と言って、人民代表大会でも地方政府でもない、その地区の中国共産党委員会が出す通達で、人民の生活を規制することもあります(ありました)。さすがにこの「紅頭文献」によって人々の権利や義務に関する指示を出すことは「法治主義に反する」ということで止めるようになってきています(「全くなくなったわけではない」というのが現状だと思いますが)。

 上記の「経済観察報」の社説は、こういった行政府が人々の権利を制限したり義務を掛けたりする規則を作ることに対して、かなり「ピシャリ」と的を得た指摘をしています。中国の新聞は「党の舌と喉」と言われ、中国共産党の監視と指導を受けていますが、こういうふうに行政府が制定した規則に対して、真正面から異議を唱えているのは、政府の方針から一歩下がった鋭い指摘をすることの多い「経済観察報」ならではのことだと思います。

 「経済観察報」は、週刊の新聞ですが、1部3元(約45円)と中国の新聞の中ではかなり高いほうです。また、その記事の内容は「お金持ち階層」が読むものですから、この新聞の読者には自家用車を持っている人たちが多いのだと思います。今回の社説は、そういった「経済観察報」の読者の意見を代弁する、という意味があると思います。それにしても、政府の措置にこれだけまともに「ビシャッ」と意見を述べる新聞があると、私も胸がスカッとしました(同じ感覚を持った北京市民は多いと思います)。

 さすがに今回の交通規制に関する問題のような政治性のないテーマについての議論で、「政府が決めた規則に異議を唱えるのはけしからん」などと言われて発刊停止処分などが行われるはずはないと思います(「経済観察報」はそう思ったからこそ堂々と社説に書いたのだと思います)。これから、こういった問題について、政府の施策に対して異議を唱える意見であっても、どんどん自由に新聞に意見や主張が書かれるようになると、中国の社会も少しずつ新しいものに変わっていくのではないか、と私は思っています。

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2008年9月28日 (日)

中国にとっての有人宇宙飛行の意義

 2008年9月25日、中国にとって3回目となる有人宇宙飛行船「神舟7号」が打ち上げられ、9月27日には中国にとって初めての宇宙遊泳に成功しました。私も「打ち上げ」と「宇宙遊泳」を中国中央電視台の生中継で見ました。打ち上げ時にはロケットにテレビカメラが付いていて、固体ブースター・ロケットが切り離される瞬間が映っていたし、宇宙遊泳の時は、船内に1台、船外に2台のテレビカメラがあり、宇宙飛行士の様子を克明に中継していました。映像の中の地球表面の様子や、宇宙船の進行とともに地球の陰に沈んでいく漆黒の宇宙に浮かぶ太陽も非常に美しいものでした。中国の宇宙開発も相当に「テレビ」を意識していると思いました。

 さて、今回の有人宇宙飛行については、中国の多くの新聞・テレビでは、この有人宇宙飛行を称賛する記事であふれていますが、広州で売られている週刊新聞「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)に、ちょっと違った観点の論評が載っていました。「南方周末」は、独自の視点で記事を書く新聞として有名で、去年放送されたNHKの「激流中国」の「ある雑誌編集部 60日の攻防」で果敢に記事を書く雑誌社として紹介された「南風窓」もこの「南方周末」系の雑誌です。独自の視点からの記事を書くので人気が高く、1部3元(約45円)と中国の新聞としては高い(大衆的な日刊紙は1部0.5元(約7.5円))のですが、結構売れています。実はこの新聞は、広州で発売されているのですが、北京の新聞スタンドでも買えます。北京に運んでくる運賃を考慮しても、売れるので儲かるからでしょう。

(参考)「南方周末」2008年9月25日号
「神船7号:全解説」特集の中の評論
「経済のため? 国防のため? それとも中華復興のため?」中国有人宇宙プロジェクトの意義(本誌特約評論員:趙洋)
http://www.infzm.com/content/17637

 この「趙洋氏」のような考え方は、まだ、現在の中国では「主流」にはなっているわけではないと思いますが、この評論のポイントを御紹介すると以下のとおりです。

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○普通の人は皆「神舟宇宙船」について全国的な慶事だと思うし、宇宙飛行士の高度な技術による科学技術サーカス(原文は「科技雑技」)を鑑賞するのだろう。しかし、私には、巨額な資金を消耗させる有人宇宙プロジェクトにのこのような「晴れ」の舞台の裏側に、深い「いわく」があることを考えさせる。

○有人宇宙飛行プロジェクトは、経済のためではない。アメリカやロシアでも有人宇宙飛行プロジェクトが宇宙産業以外の産業にもたらすインパクトは限定的である。日本、ドイツ、イギリス、フランスはいずれも独自の有人宇宙飛行計画を持っていないが、だからと言って他の科学技術領域やイノベーションの実力が弱いというわけではない。

○有人宇宙飛行プロジェクトは国防のためでもない。同じ金額があれば、大陸間弾道ミサイルや偵察衛星の方が効果的だ。

○それでは、中国の有人宇宙飛行プロジェクトは何のためにやっているのか。2006年の「中国の宇宙白書」(「2006年中国的航天」)によれば、中国の宇宙開発は「民族の結集力を強めて強国のための戦略を推進し、もって国家が全体的に発展するための戦略の重要な部分をなす」と書かれている。

○有人宇宙飛行プロジェクトは、有史以来、最もお金を使うプロジェクトである。それはピラミッドや万里の長城、教会の大聖堂を建設するプロジェクトを超えている。1950年代以来、大国が宇宙開発競争をやってきたのは、ピラミッドや万里の長城や教会の大聖堂と同じように、人々を畏怖させ、自分たちが力を持っていることを示すためだった。有人宇宙プロジェクトは、ピラミッドや万里の長城や教会の大聖堂を建設することが古代人に与えたのと同じ効果を現代人に与えるものである。

○米ソ両国は冷戦終結後は宇宙開発分野で協力を始めて、資源の節約を図った。交流は、秘密を保持するのに比べて科学技術の発展を促進した。一方で、宇宙ステーション協力問題で両国はしばしばそれを「外交カード」として使った。

○こうした情勢の下、1992年、中国は有人宇宙プロジェクトを始めたが、それは原爆、水爆の開発や人工衛星の打ち上げと同じように、国際社会における中国の地位を発展させるために選択したものであった。今後、中国が平和を希求し、国際関係を発展させようというのであれば、有人宇宙飛行プロジェクトも国家の外交目標に合致するものでなければならない。

○中国には「中国は宇宙において国際協力をする必要はない。少なくとも宇宙ステーションについては国際協力をすべきではない。」と主張する人がいるが、筆者の考えはそれとは異なる。歴史的に見て、鎖国的な政策は中国を強くはしない。

○2010年にはアメリカのスペースシャトルが退役することになっているが、アメリカは国際宇宙ステーションへの人や物資の輸送をロシアにいつまでも頼ることはできないので、スペースシャトル後の輸送手段について計画中である。

○中国は、自力で宇宙遊泳とドッキングの技術を確立した後、独立して技術を保持できるという前提の下、国際宇宙ステーションに有人宇宙飛行サービスを提供するという「宇宙外交」を展開することも悪くはない選択肢である。

○世界で最も力の強い国家と世界で最も人口が多い国家が宇宙において協力することは、世界大戦の可能性をさらに一段と微々たるものにする。その意味では有人宇宙飛行における国際協力は、国家安全のための施策の一つなのである。

○もしかつて閉鎖的だった中国がこの高度に敏感で困難な領域において西側と協力を展開したら、それは他の領域の国際協力におけるモデルとしての役割を果たすだろう。そして、それは中国の技術のグローバル化を実現し産業にも新たな道を切り開くものになるだろう。

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 今回の「神舟7号」の有人宇宙飛行でも、打ち上げ時には胡錦濤主席自らが打ち上げ上の甘粛省酒泉まで出向いて、宇宙飛行士の「出征儀式」に参加して宇宙飛行士たちを激励し、打ち上げの時は現地で視察したし、宇宙遊泳成功後は、北京の管制センターから宇宙飛行士たちと交信回線を使って直接話をしたりして、「国家的イベント」としての演出は色濃く見えました。その意味で、上記の趙洋氏の評論が指摘しているように、有人宇宙飛行は、国内及び国際社会に対する政治的メッセージの色彩が強いと言えます。ただ、そういったことを有人宇宙飛行の成功を讃える記事ばかりが並ぶ中国の新聞において、きちんと分析して、自らの意見を主張していた上記の「南方周末」の評論は出色のものだと思います。

 この評論では、文章表現として、宇宙遊泳のことを「科学技術サーカス」と言ったり、有人宇宙飛行プロジェクトを古代のピラミッドや万里の長城の建設にたとえたりしているのが、ちょっと刺激的かなぁ、という気はします。また「世界で最も力の強い国家(アメリカのこと)と世界で最も人口が多い国家(中国のこと)が宇宙において協力することは・・・」といった表現は、中国の民族ナショナリズムの感覚が強い人から見れば、ちょっと「カチン」と来る表現だと思います。こういった「国家の公式の考え方」「国家が公式に認める表現の仕方」とは異なる考え方・表現の仕方の論評が新聞に載り、ネット上でも削除されずに見ることができる、ということは、今の中国では、それなりに評価すべきことだと思います。

 1969年7月のアメリカの「アポロ11号」による人類初の月着陸成功の時も、「地上に貧しい人々が数多くおり、アメリカはベトナムで泥沼の戦争を戦っているというのに、これだけ巨額の費用を宇宙開発に使ってよいのか」という議論がありました。そういう様々な意見があり、議論がなされることは健全なことです。

 今回の「神舟7号」の打ち上げや宇宙遊泳は、映像もきれいだったし、それ自体、掛け値なしに「快挙」だと私は思いますが、それとともに、上記のような論評が中国の新聞に掲載されたことも、ひとつの「快挙」だと私は思いました。

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2008年9月21日 (日)

中国の乳製品パニック

 日本でも報道されているとおり、中国の粉ミルクに有害物質メラミンが混入していた事件で、18日夜に放送された中国中央電視台の7時のニュース「新聞聯播」で、液体の牛乳、しかも大手メーカーが販売している牛乳の一部からもメラミンが検出された、との発表がありました。概要は以下のとおりです。

蒙乳:121サンプルのうち11サンプルからメラミンを検出。検出値は1kgあたり0.7~8ミリグラム

伊利:81サンプルのうち7サンプルからメラミンを検出。検出値は1kgあたり0.7~8.4ミリグラム

光明:93サンプルのうち6サンプルからメラミンを検出。検出値は1kgあたり0.6~8.6ミリグラム

三元:53サンプルのうちメラミンを検出したサンプルはなし。

雀巣(ネスレ):7サンプルのうちメラミンを検出したサンプルはなし。

※雀巣(ネスレ)は、スイスのネスレ社のブランドですが、中国国内で生産されている牛乳です。

(参考1)「人民日報」2008年9月19日付け記事
「全国液体牛乳に対するメラミン検査の結果が発表」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-09/19/content_105492.htm

(参考2)中国国家品質監督検査検疫総局ホームページ2008年9月19日発表
「全国液体牛乳に対するメラミン検査の結果発表」
http://www.aqsiq.gov.cn/zjxw/zjxw/zjftpxw/200809/t20080919_90325.htm

 最初に問題になった三鹿集団の粉ミルクで検出されたメラミンの最高濃度は最高1kgあたり2,563ミリグラムですから、それに比べれば上記の牛乳での検出値はだいぶ低いと言えます。報道では、体重60kgの大人ならば毎日2リットル以上飲まなければ大丈夫、と伝えられています。しかし、メラミンが検出された、ということは、チェックをしていない、ということですから、やはりショックです。私も上記のメーカーの牛乳を毎日飲んでいましたから。

(注)粉ミルクの場合、水に溶いて飲むので、液体の牛乳と比較する場合には粉ミルクの検出値は10分の1くらいなると考えた上で比較する必要があります。

 上記に掲げた5つのメーカーは中国は最大手の乳業メーカーで、毎日、テレビでのコマーシャルをやったりしています。伊利は、北京オリンピックの食品提供メーカーでしたが、北京オリンピック、パラリンピックで提供された乳製品では、メラミンは検出されなかった、と報道されています。

 昨日(9月19日)時点で、私が行ったスーパーでは、蒙乳、伊利、光明の製品は牛乳、ヨーグルト、チーズも含めて全ての乳製品が撤去され、三元、雀巣と外国から輸入された乳製品だけが売られていました。少なくとも私が行ったスーパーでは、三元、雀巣と輸入ものは売られており品切れ状態にはなっていなかったので、乳製品が手に入らない、という状況にはなっていません。中国では、放牧などが盛んな地方を除いて、一般には、多くの人が乳製品を消費するようになったのは、最近、経済レベルが向上してからのことであって、中国の食生活は「乳製品がないと成り立たない」というわけではないので、乳製品全体の消費量が一時的に落ち込んでいるのだと思います。豆乳など代用になりうる商品もあるので、普通の大人の場合は、そんなに「パニック」にはなっていません。しかし、ミルクを与えなければならない赤ちゃんがいる家庭は大変だろうと思います。

 ニュージーランドの牛乳やヨーロッパから輸入したチーズは、中国産のものに比べて2倍~3倍程度の値段するので、普通の人が簡単に「輸入品に切り替える」というわけにはいきません。

 中国は食材が豊富なので、乳製品がなくても、しばらくは都会の消費者も我慢できると思いますが、牛乳生産農家はかなりパニック状態になっているのではないかと思います。日本の乳製品を原料として扱っている食品メーカーも問題となった中国の乳製品メーカーの製品を使っていないかどうかの確認に追われている、と報道されています。

 今回の調査結果を見ると、多くのメーカーの数多くの種類の製品からメラミンが検出されていることから、乳製品製造メーカーではなく、源乳納入業者のレベルでメラミンが混入された可能性が高いと思います。しかも、乳製品製造メーカーが多岐にわたり、地域的にも全国に散らばっているので、おそらくは、ひとつふたつの源乳納入業者がメラミンを混入したのではなく、中国全土に渡って、源乳量の「水増し」を図るために、幅広くメラミンの混入が日常的に行われていた可能性があります。その点で、日本で問題になった農薬入りギョーザ事件とは異なり、今回の乳製品へのメラミンの混入事件は、中国の食品産業の構造的問題に立脚した、相当に根が深い問題である可能性があります。

 もし今回の問題が、業者のモラルの欠如、行政による安全検査体制の不備(もう一歩突っ込んで言えば地方の業者と取り締まる立場の地方政府との癒着)など中国の食品産業の構造的問題に根ざしているのだとしたら、単に特定のメーカーの乳製品という特定分野に限った問題ではなくなります。特にメラミンについては、昨年、アメリカ等へ輸出されたペットフードへの混入が問題となりましたから、それを全く教訓としておらず、問題に真剣に取り組んで来なかった、という点で、中国国内でも行政当局への批判も高まっています。今回の乳製品へのメラミン混入事件については、中国政府も相当深刻に受け止めているようで、連日のように対策会議を開き、迅速な検査と結果の発表、問題のある製品の撤去を徹底しています。

 今日、9月21日から、北京では、オリンピック、パラリンピック期間中に続けられていた車のナンバー・プレートの偶数・奇数による通行制限がなくなりました。そのせいかどうかしりませんが、今日(21日)の北京には、また以前のようなひどい大気汚染が戻ってきています。国際的な経済環境も厳しさを増す中、オリンピック、パラリンピックで目立たなかった多くの問題がこれから次々に出てくる可能性があります。これから中国政府にとって正念場が続くと思います(今月25日には、中国で3回目の有人宇宙飛行(今回は中国で初めての宇宙遊泳の実施が予定されている)が予定され、テレビや新聞でもそのことが盛んに報道されているのですが、一般に生活している感覚からすると「それどころじゃない」という雰囲気です)。

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2008年9月17日 (水)

北京パラリンピック閉幕

 今、中国中央電視台のテレビでは、北京パラリンピックの閉会式を生中継で放送しています。パラリンピックの選手の皆さんの活躍には、「人間にはこんな能力もあるのか」と驚かされました。

 思えば8月8日に北京オリンピックの開会式が行われたのが、はるか昔のように思えます。まずはオリンピック及びパラリンピックが無事に終了したことに対して、関係者の皆様にお祝いを申し上げたいと思います。

 オリンピックが始まった頃は、新疆ウィグル自治区でテロ事件のようなものが起きたりして、ちょっと心配していたのですが、結局は、オリンピック及びパラリンピックの期間を通じて、これらのイベントの運行に影響を与えるような大きな事件・事故は起きませんでした。これも警備・警戒に当たった多くの関係者の努力によるものだと思います。

 ところが、パラリンピックが終盤を迎えつつあるここ数日、段々と社会を騒がすような大きな事件が起きるようになってきています。

○鉱山鉱滓堆積場での土石流の発生

 9月8日:山西省臨汾市襄汾県の違法操業していた鉱山の鉱滓(こうさい)堆積場で、大雨による土石流が発生し、多くの人々が飲み込まれました。9月10日付けのこのブログを書いた時点では「34名が死亡」と書きましたが、その後調査が進んで今日(9月17日)の報道の時点では、259名の死亡が確認されています。この事故に関する行政の監督責任を取る形で、山西省長が9月14日に辞任しています。こういった事故によって、省長(日本で言えば県知事に当たる)が引責辞任するのは極めて異例のことです。

○メラミン入り粉ミルク事件

 9月11日:甘粛省衛生庁が最近甘粛省で多発しているこどもの腎臓結石について、赤ちゃんが1名死亡したこと、この腎臓結石の多発はあるブランドの粉ミルクが原因であることがわかったことを発表しました。その後、これが粉ミルクに有害物質のメラミンが含まれていたことがわかったのでした。この件については、昨日(9月16日付け)のこのブログの記事で書きました。昨日のブログでも書いたように、国家品質監督検査検疫総局が全国調査を行った結果、最初に見つかった社も含めて全部で22社、69の製品の粉ミルクでメラミンが検出され、これらの製品は市場から回収・撤去されることになりました。これだけ多数の製品でメラミンが検出されたことと、メラミンが検出されたとして掲げられたメーカーの中にテレビでコマーシャルをやっているような有名メーカーも複数含まれていたこと、などから、中国では粉ミルクを巡ってちょっとしたパニック状態になっています。

 温家宝総理は今日(9月17日)午前、国務院常務委員会を開催して、乳製品と乳製品製造業者に対する全面的な検査を行うことを決めました。国務院常務委員会は、その時々の経済情勢などを踏まえて、経済対策などを決める会議ですが、こういった特定の事件に対処するための緊急対策を決めるために開催されるのは極めて異例のことです。しかも、温家宝総理は、今日はパラリンピック閉会式の当日のため、外国要人との会見のスケジュールも立て込んでいる日でしたが、そういったスケジュールを押しのけてまで、国務院常務委員会を開き「政府全体として取り組んでいる」という姿勢を示す必要があったのでしょう。

(参考1)「新華社」ホームページ2008年9月17日19:12アップ記事
「国務院常務委員会、乳製品の全面的な検査と乳製品業者の整頓を決定」
http://politics.people.com.cn/GB/1026/8066877.html

○51人が死亡するバス転落事故 

 9月13日:四川省巴中市発で浙江省寧波行きの長距離バスが巴中市内の山道を走行中、ガードレールと衝突し、ガードレールを突き破って谷底に転落し、乗っていた51人全員の死亡が確認される、という事故が起きました。この事故は山奥で発生したためか、あまり迅速には報道されませんでした。今日(9月17日)付けの人民日報で、国務院がこの事故を「特別重大道路交通事故」として調査グループを設置したことを報じています。

(参考2)「人民日報」2008年9月17日付け記事
「国務院『9・13』特別重大交通事項調査グループを設置」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-09/17/content_103878.htm

 これらに加えて、昨日(9月16日)、リーマン・ブラザーズの破綻で世界同時株安を受けて中国の株価も大幅に下落しました。今日(9月17日)は、東京市場などが下げ止まって少し戻したのと対照的に、中国の株価は今日も下げ止まりませんでした。土石流やバス転落事故は、この時期に起こったことは単なる偶然に過ぎないし、ここ数日の株安の原因はアメリカにあるのであって中国のせいではないのですが、こういった事項を並べてみると、なんだか、オリンピックとパラリンピックの開催のために、我慢してきたいろいろなことがパラリンピックの閉幕を待つことができずに、いっぺんに吹き出してきた、というような印象を受けてしまいます。

 この文章を書いている間に、北京パラリンピックの閉会式は、何発もの花火とともに終了しました。9月も中旬を過ぎ、北京では、朝晩はかなり気温が下がり、明らかに秋風が吹いています。そういった秋の気配からも「終わったなぁ」という感じを強く受けてしまいます。

 今度は、9月25日に中国で3回目の有人宇宙飛行である「神舟7号」の打ち上げが予定されています。なんとなく「これでもか、これでもか」というふうに「国家的イベント」が続く感じです。こういったいろいろな「国家的イベント」は、それぞれ順調に行って欲しいと思いますが、それとは別に日常の世界でも世の中全体が落ち着けるような雰囲気になって欲しいと思います。

 日本は、今、福田総理が辞任を表明して次の総理が決まらない状態で、総選挙が近くあるかもしれない、という不安定な雰囲気ですし、アメリカも大統領選まであと1月半に迫っており、経済的な状況も「どうなるかわからない」という雰囲気です。そういった世界の雰囲気に惑わされないように、中国は落ち着いた安定的な発展を続けて欲しいものだと思います(現在のような世界の状況の中で、今、中国の「安定団結局面」が乱れるようになることは、世界にとってタイミング的に非常に良くないからです)。

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2008年9月16日 (火)

有害物質入り粉ミルクで乳児に腎臓結石

 日本でも報道されていますが、中国の河北省石家庄にある三鹿集団有限公司が製造した粉ミルクに有害物質のメラミンが含まれており、この粉ミルクを飲んだ多数の乳児が腎臓結石になり、一部は死亡した例も出ていることがこのほど明らかになりました。メラミンの化学的性質は私もよく知らないのですが、メラミンは食品に入れると分量が増えるが、タンパク質と同じ窒素有機化合物なので、タンパク質含有量検査ではタンパク質として判定されることがあり、過去にも食品の「水増し」に使われて問題になったことがあったそうです。メラミンを含んだ食品を食べると、体内で化学反応が起き、腎臓結石が生じることがあるのだそうです。昨年、メラミンが含まれているペットフードが中国からアメリカ等に輸出されて、多くの犬や猫が死ぬ事件がありました。

 今日(9月16日)付けの北京の新聞「新京報」の記事によると、昨日(9月15日)衛生部が発表したところによると、昨日午前8時の時点で、この会社の粉ミルクを飲んだことにより病院で検診を受けた乳児は1万人近くに上り、腎臓結石と診断された乳児は1,253名、そのうち53名は重症で、今までに2名が死亡している、とのことです。

(参考1)「新京報」2008年9月16日付け記事
「全国の診察により『三鹿による結石の赤ちゃん』は1,253名に上った」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/09-16/008@021544.htm

 今日の「新京報」の1面トップは、昨日の記者会見で頭を下げる三鹿有限公司の幹部の写真が載っていました。

(参考2)「新京報」2008年9月16日付け1面トップ写真の記事
「三鹿集団が消費者に対して謝罪」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/09-16/008@021535.htm

 こういった事件の記者会見で会社の幹部が深々と頭を下げて謝罪するのは、日本では見飽きるほど見ていますが、中国では、こういったふうに「日本式」に頭を下げて謝罪するというのは今までなかったことです(少なくともこうした写真は私は初めて見ました)。こういった「異例の謝罪」があったのも、この有害物質粉ミルク事件が中国社会に大きな衝撃を与え、社会的に大きな反響を呼んでいる証拠だと思います。

 さらに今日(9月16日)夜7時から中国中央電視台で放送されたニュース「新聞聯播」では、このメラミン入り粉ミルク事件に関する最新情報を伝えた際に、アナウンサーが「たった今入ってきた情報です」と言った後、国家品質監督検査検疫総局が行った全国調査の結果、ほかの多数の会社のメーカーの粉ミルクからもメラミンが検出された、として、製品名と企業名のリストを放送しました。メラミンが検出されたのは三鹿集団も含めて22社、とのことです。おそらくこのニュースが「突っ込み」で入ってきたために、通常は7時30分で終わる「新聞聯播」が、今日は7時35分まで延長して放送していました。

 中央電視台の「新聞聯播」は、放送後1時間くらいすると、その放送内容がネット上にアップされてネット上でも見られるようになっています。今日放送の分を見ると、今までのところの調査では109社の491品目について調査を行い、その結果、今回問題となった三鹿集団の製品も含めて、22社、69品目の製品からメラミンが検出された、とのことです。22社のリストは下記の中央電視台「新聞聯播」のページに載っています。

(参考3)中国中央電視台「新聞聯播」2008年9月16日放送分
「中国国家品質監督検査検疫総局、乳児用粉ミルクにメラミンが含まれているかどうかについての検査の現段階での検査結果を発表」
http://news.cctv.com/xwlb/20080916/107382.shtml

 これだけ多くのメーカーの粉ミルクに有毒物質メラミンが含まれていた、ということは、今後、中国の国内における食品安全に関する大問題に発展する可能性があります。輸出されたペットフードの事件や日本のメタミドホス(農薬)入りギョーザ事件の場合には、中国の人々の中には「また外国が中国の悪口を言っている」というふうに捉えた人も多かったと思いますが、今回の粉ミルク事件は自分たちの問題として、真剣に取り組む(取り組まざるを得ない)と思います。有害物質入り粉ミルクが販売され、乳児に犠牲者が出る事件は過去にもありましたので、今回の事件は、有害物質入り粉ミルクを製造したメーカーが批判されるのは当然として、その上に、それを防げなかった政府に対する批判も高まるのではないかと思います。

 たまたま9月16日は、アメリカの金融大手リーマン・ブラザーズの経営破綻で、世界同時株安現象がおき、中国でも上海総合指数が終値で2000ポイントの大台を割り込んだ(昨年(2007年)10月の最高値6000ポイントの3分の1以下になった)、という別の大きな経済ニュースもありました。この世界同時株安は、中国に原因があるわけではなく、中国も一種の「被害者」なのですが、それと有害物質入り粉ミルク事件が重なって起こったことは、タイミング的に中国にとっては不運なことだと思います。

 ちょうど明日、北京パラリンピックが終わり、北京はオリンピックから続いていた「お祭り」の期間が終わって、現実の世界へ引き戻されることになります。アメリカの金融危機も大きな問題であり、アメリカにしっかり対応して欲しいと思いますが、いろいろな問題が悪い方向に重ならないように、粉ミルク事件のように中国国内で対処できる問題については、中国の関係当局には適切に対応して欲しいと思います。

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2008年9月 4日 (木)

経済学者・呉敬璉氏へのインタビュー記事

 2008年9月1日号(8月30日発売)の経済専門週刊紙「経済観察報」の「観察家」(オブザーバー)の欄では、経済学者の呉敬璉氏に対するインタビュー記事(前編)を掲載しています。

(参考1)「経済観察報」2008年9月2日アップ記事
「『呉市場』から『呉法治』へ(1)」
http://www.eeo.com.cn/observer/dajia/2008/09/02/112308.html

 呉敬璉氏は、現在の改革開放政策に基づく中国の経済政策の理論的指導者的存在です。1989年の事件の後、計画経済を主体とすべきとする主張と市場経済を導入すべきとする主張との間の論争があり、トウ小平氏が1992年に「南巡講話」を行って、市場経済を導入させて、経済活動を活発にすることによって、一部の者が先に豊かになって、経済全体を引っ張っていくべき、という現在の中国の経済政策路線を打ち出した時の理論的バックアップをしたのが呉敬璉氏でした。当時、呉敬璉氏が唱える社会主義の原則の下で市場経済を導入させようとする経済論は「呉市場」と呼ばれ一世を風靡(ふうび)しました。今回の「経済観察報」の記事は、呉敬璉氏本人に対するインタビューを通じて、「呉市場」が登場する経緯と今後の中国経済のあり方について意見を聞いたものです。

 呉敬璉氏が経済政策論争の経緯について語っていることについては、過去にも「経済観察報」は記事にしており、そのことについて私もこのブログに書いたことがありました。

(参考2)このブログの2007年12月8日付け記事
「『経済観察報』の論調」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/12/post_1622.html

 呉敬璉氏は経済学者ですから、話の内容は経済政策に特化しており、政治的な内容の発言はありません。しかし、「呉市場」が登場した背景には、1980年代からあった保守派(計画経済を主とすべしとの主張するグループ)と改革派(市場経済も積極的に導入すべきと主張するグループ)の論争から始まって、1989年の事件の後の論争がありますから、歴史的経緯を説明する際には、どうしても1989年の事件を避けて通るわけには行きません。このインタビュー記事では、私が中国で販売されている中国の新聞の中で見た記事の中では最も淡々とした表現で、1989年の事件について語っています。呉敬璉氏は、この事件を「1989年6月の政治風波」という言葉で表現し、その後に起こった経済路線に係わる論争について淡々と語っています。あくまで経済政策に特化した説明ですが、このインタビュー記事は、改革開放30年の歴史を客観的に冷静に分析する上で、客観的な情報を提供していると思います。

 呉敬璉氏は、1980年代、保守派と改革派の論争においても、過去の「反右派闘争」や「走資派(資本主義に走る派)批判」などの記憶があったため、当初は「市場経済」という言葉を使うこと自体はばかられた、と述懐しています。そのため、当初は「市場経済」という言葉ではなく「商品経済」という表現で語られていた、とのことです。

 呉敬璉氏は、経済学者の立場から、社会主義経済と市場経済とを融合させるためには、社会主義の部分、即ち、中央政府や地方政府が経済において規律ある役割を果たすことが重要であると主張しており、従って政治体制改革の問題が1990年代に「呉市場」がブームになった頃も現代も同じように重要であると主張しています。

 私は、この呉敬璉氏が主張する点は、改革開放経済の原点であり、まさにこれから改革開放政策が順調に進んでいくかどうかのカギを握っている点だと思います。改革開放政策30周年に関するイベントが行われるであろう、今年2008年末へ向けて、「経済観察報」が改革開放政策における経済政策の原点とも言える呉敬璉氏に対する長文のインタビュー記事を掲載したのは意義あることだと思います。

 なお、呉敬璉氏は、氏が経済理論を打ち立てる上で参考とした経済モデルには、次の4つがあると語っています。即ち、(1)スターリン期の計画経済モデル(改良型ソ連モデル=国家が強力なリーダーシップで経済を主導するタイプの社会主義経済モデル)、(2)市場社会主義モデル(東欧モデル=ハンガリーなどの東欧諸国が採用した計画経済を主体としつつミクロ部分(各企業の部分)には市場的要素を導入したモデル)、(3)日本に見られるような政府が主導した市場経済体制モデル(東アジア・モデル)、(4)自由市場経済体制(欧米モデル)の4つです。このうち「東アジア・モデル」は、通産省が主導した日本や企画計画院が主導した韓国が参考になっているとのことです。

 呉敬璉氏は、日本が「神武景気」(1955~1957年(昭和30~32年)の好景気:昭和31年度の経済白書が「もはや戦後ではない」と表現したことで有名)に沸いていた頃、中国でも日本の「神武景気」が戦後の民主主義改革を基礎として出現した高度経済成長であるとの認識がなされていた、と述べています。また、呉敬璉氏は、1956年の時点で社会主義においても市場原理に基づく価格調整を導入することを主張してた顧准氏が「『中国の神武景気』はいつかは必ず来る。しかしいつ来るのかはわからない。」と述べ、辛抱強くこの問題を検討するために「待機守時」(時を守って機会を待つ)という四文字を提唱していたことを指摘しています。

 市場経済は、自由な経済活動を通して、消費者が製品を選択し、それが次の時代の経済活動を進める原動力となる、という意味で、経済活動における民主主義である、と言えます。呉敬璉氏はあくまで経済学者であり、政治的な立場は表明していません。ただ、このインタビュー記事を通じて感じられることは、政治と経済が調和しながら社会を発展させていくためには、経済において市場原理を導入するのであれば、政治においても民主化を進めていくことが必要だという点です。

 現在の中国では語ること自体がほとんどタブー視されている1989年の事件について「1989年6月の政治風波」という表現で明確に触れ、あくまで経済政策的な観点からですが、冷静かつ客観的にその前後の動きを振り返り分析しているこのインタビュー記事は、改革開放30年の歴史を振り返る意味で非常に重要な意味を持つと私は思います。なぜなら、今後、中国が安定的に発展していくためには「1989年6月の政治風波」のような事態を再び起こしてはならないのであって、そのためには「1989年6月の政治風波」とは何であって、その原因が何であったのかを冷静かつ客観的に分析し、再び起きないようにするための方策を考える必要があるからです。

 少なくとも、こういった議論が中国の新聞紙上でなされ、そういった記事がインターネット上で見られるようになっている、ということは「大きな進歩」だとして、評価すべきだと私は思います。

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2008年9月 2日 (火)

華国鋒氏の葬儀に関する報道

 このブログの8月22日付け記事で、8月20日になくなった華国鋒氏が死去したニュースの報道の仕方が簡潔過ぎる(元中国共産党主席・元国務院総理であったことを明記せず「かつて党と国家の重要な指導的職務に就いていた」としか書かれていなかった)ことについて書きました。

(参考1)このブログの2008年8月22日付け記事
「華国鋒氏がオリンピックに沸く北京で死去」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/08/post_fa9c.html

 ところが、華国鋒氏の葬儀が8月31日に行われましたが、この葬儀には胡錦濤主席、江沢民前主席、ほか中国共産党政治局常務委員全員を含めた国家指導者が参列し、そのことは翌9月1日付けの「人民日報」の1面トップで伝えられました。

(参考2)「人民日報」2008年9月1日付け1面トップ記事
「華国鋒同志、北京において荼毘(だび)に付される」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-09/01/content_93899.htm

※この「人民日報」の記事では、胡錦濤主席と江沢民前主席の写真が同じ大きさで掲載されています。これはオリンピック開会式・閉会式の時の席順にも示されていたように、江沢民氏が公職を引退した後の現在でも大きな力を持っていることを示している、と日本での多くの報道が指摘しています。

 また、この日の「人民日報」4面では「華国鋒同志の生涯」と題して、革命運動における活躍から始まって「四人組」逮捕の際の詳細ないきさつ、周恩来総理死去の後、国務院総理になったこと、毛沢東主席死去の後「四人組」を追放した後で中国共産党主席になったことなど、経歴が事細かに紹介されています。

(参考3)「人民日報」2008年9月1日付け4面記事
「華国鋒同志の生涯」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-09/01/content_93903.htm

 これらの扱いは功績ある国家指導者としての第一級の扱いです。8月20日に死去した直後での報道のされ方扱いとはえらい違いです。(参考1)のブログで華国鋒氏が「文化大革命」の継続を主張していたたために1981年6月の段階で中国共産党主席の座から退いた、即ち、華国鋒氏は現在の改革開放路線とは異なる立場を取った人であるので、そのことにより、「人民日報」などでは華国鋒氏の経歴について詳細な報道がなされなかったのだ、という趣旨のことを書きました。ところが、葬儀の段階での報道を見ると、実はそうではなく、死去した時がたまたま北京オリンピックの最中であり、故人の業績を偲ぶというような雰囲気ではなかったことから、簡潔な報道しかしなかったのだ、という事情が伺えます。

 ただ、「オリンピックの最中なので重要な国家指導者の死去のニュースを簡潔に済ませた」というのは亡くなった方に対しては失礼な気もします。北京オリンピックはそれだけ中国にとって大事なイベントだったということなのでしょう。

 上記の人民日報の「華国鋒同志の生涯」の記事(もともとは新華社電です)は、「華国鋒同志は永遠に不滅です!」という文章で締めくくられています。これは毛沢東主席が亡くなった時に出された「全党・全軍・全国各民族人民に告ぐる書」の「毛沢東同志は永遠に不滅です」という締めくくりの表現と同じであり、最大級の賛辞です。これだけ最大級の賛辞を送るのだったら、いくらオリンピック期間中とは言え、亡くなった時の「人民日報」の報道でも、もう少し業績について記述してもよかったのになぁ、と思いました。

 もしかすると、亡くなった時の「人民日報」の報道の仕方があまりに簡潔に過ぎたため、党内の一部から「四人組の追放に功績があり、改革開放路線への道を開いた人に対して失礼だ」との声が挙がったため、お葬式の方の報道では大きな賛辞が送られたのかもしれません。華国鋒氏の業績の扱い方について、党内にいろいろな考え方の人が存在し、いろいろな論争があった、そのために死去した直後と葬儀の後では扱いがかなり異なる結果となった、と考えるのは「うがち過ぎ」でしょうか。

 華国鋒氏の葬儀の報道については、いつもは独自の記事で読者を楽しませてくれる「新京報」「京華時報」も新華社電の文章をそのまま掲載しており、華国鋒氏の業績については、独自の評価は敢えて書いていません。各新聞が自由な立場で華国鋒氏の業績について論じる、というのはやはりなかなか難しいのでしょうか。

 なお、華国鋒氏の葬儀が8月31日に行われたのは、8月24日まではオリンピックが開催中であり、8月25日~30日は胡錦濤主席が韓国やタジキスタン等への訪問のため北京にいなかったから、という事情があるためと思われます。その意味では、この葬儀のスケジューリングは、北京オリンピックや胡錦濤主席の外国訪問よりはプライオリティは低かったことを表しています。私はそれはそれで妥当なことだと思います。華国鋒氏は既に過去の人であり、その業績は評価すべきですが、華国鋒氏の死去により、現在行われている様々な政治日程を変更してまで葬儀等を行う必要はないと思うからです。

 いずれにしても、華国鋒氏の業績が無視されずに、きちんと評価されたことに、私は一種の安堵感を覚えています。現在の政権は過去の歴史を消し去るようなことはしないことを表しているからです。これからも、いいことも、悪いことも、過去の歴史は客観的に評価する視点を維持して欲しいと思います。

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2008年8月22日 (金)

華国鋒氏がオリンピックに沸く北京で死去

 元国務院総理、元中国共産党主席の華国鋒氏が一昨日(2008年8月20日)、オリンピックに沸く北京でひっそりと亡くなりました。87歳でした。

 華国鋒氏は、1976年9月に毛沢東主席が亡くなった直後の同年10月、当時実権を握っていた江青、張春橋、姚文元、王洪文ら「四人組」を失脚させて、毛主席の後継者として翌年には中国共産党主席となり、トウ小平時代(=現在の改革開放時代)への「つなぎ」の役割を果たした人物です。

 文化大革命を推進してきた「四人組」を失脚させたものの、自らの地位の根拠が毛主席から「後を頼む」と言われた、という「遺言」だけだったことから、毛沢東主席の路線を継続し、文化大革命を継続する、と主張し続けました。そのため華国鋒氏の政策は、どちらを向いているのかよくわからないものでした。やがてトウ小平氏が正式に復活すると、トウ小平氏は「毛沢東主席の行ったことや毛沢東主席の指示は全て正しい」(「二つの全て」)と主張する一派を「すべて派」だとして批判しました。「すべて派」が華国鋒氏を指すことは明らかでした。

 トウ小平氏は、1978年12月に改革開放路線をスタートさせました。その後、1981年6月、文化大革命を「誤りだった」と断定し、毛沢東主席も晩年には誤りを犯した、との認識を示した「建国以来の党の若干の歴史的問題に関する決議」が採択されるに到り、華国鋒氏は、党内でその存在意義を失い、副主席に降格となりました。その後も、一応、「幹部」では居続けたため、「失脚した」と表現するのは正しくありませんが、その後、華国鋒氏は政治的影響力を全く失いました。「失脚」しなかったのは「四人組追放」という功績は認められていたからでしょう。

 亡くなった一昨日当日(8月20日)の夜7時からの中国中央電視台のニュース「新聞聯播」では、後ろの方の「その他のニュース」の中で「華国鋒同志」の死去を伝えていました。「四人組」を追放し、改革開放路線への道を開いた人にしては、ちょっと寂しい扱いでした。というより、政治的影響力を失った中ででも、その死去が「新聞聯播」で取り上げられたこと自体よかったと考えるべきなのかもしれません。

 一方、昨日(8月21日)付けの「人民日報」では1面の右下の方にこの華国鋒氏の死去のニュースが遺影とともに掲載されていました。端の方とは言え「人民日報」の1面で遺影とともに伝えられた、ということについては、一定の敬意を持って報じられた、と考えてよいでしょう。

(参考1)「人民日報」2008年8月21日付け1面
「華国鋒同志が逝去」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-08/21/content_86213.htm

 ただ、この「人民日報」の記事は新華社電をそのまま伝えただけのもので、その内容は「中国共産党の優秀な党員で、共産主義に忠誠を尽くした経験ある戦士、プロレタリアート階級革命家であり、かつて党と国家の重要な指導的職務に就いていた華国鋒同志」が死去した、という事実のみを伝えるものでした。華国鋒氏の経歴については「かつて党と国家の重要な指導的職務に就いていた」と述べているだけでした。1976年1月に周恩来総理が亡くなった後、国務院総理に就任し、同年9月に毛沢東主席が亡くなった後、翌年8月に中国共産党主席に就任したことは、触れていません。また、華国鋒氏が毛沢東主席が亡くなった直後の1976年10月に「四人組」を失脚させる動きの中で中心的な役割を果たしたことについても何も触れていません。

 「人民日報」の記事のような簡単な伝えられ方だと、32年前を知らない若い人たちは、華国鋒氏がどういう人物であったのかを知らないままにこのニュースを聞き流してしまったろうと思います。「プロレタリアート階級革命家」という修飾語が付いているので、「改革開放期より以前に活躍した過去の人物なんだろうなぁ。」といった想像はできると思いますが、歴史上どういう役割を果たした人物なのかは、このニュースでは若い人たちには伝わらないと思います。

 ただし、華国鋒氏の業績は決して「消された」わけではありません。公式な歴史の中ではきちんと記述されています。

(参考2)「人民日報」ホームページ「中国共産党簡史」
「第7章:十年間の『文化大革命』の内乱」
「四、江青集団を粉砕した勝利」
http://cpc.people.com.cn/GB/64184/64190/65724/4444931.html
「第八章:第11期三中全会において社会主義事業の新しい発展段階が切り開かれた」
「一、模索の中で前進しながら正しい目標をどこに置くべきかの問題について討論した」
http://cpc.people.com.cn/GB/64184/64190/65724/4444932.html

 8月21日付けの「新京報」「京華時報」といった北京の大衆紙でも華国鋒氏の死去は報じられていますが、その内容は「人民日報」と全く同じで、新華社電をそのまま伝えただけのものでした。大衆紙は(人民日報もそうですが)紙面の多くをオリンピック関係記事に割いているため、華国鋒氏の業績について書くスペースがなかったのかもしれません。しかし、もしそうであれば、あまりに寂しいと思いました。たぶん、華国鋒氏は、結果として「四人組」を追放し文化大革命を終わらせるきっかけを作ったけれども、自分自身は「文化大革命を継承する」という立場に立っており、文化大革命を否定してトウ小平氏が始めた現在の改革開放路線からすれば「異なる立場の過去の人」であるから、その経歴を詳しく報じる必要はない、と判断されたのだろうと思います。しかし、私は、華国鋒氏が果たした役割に鑑みれば、それが例え今の政権の路線と「異なる立場の人」だとしても、その業績については積極的に若い人に伝えるべきだと思いました。

 日本の新聞の華国鋒氏の死去を伝えるニュースでは、華国鋒氏が過去に何をした人物であるのかを簡単ではありますが伝えていました。それに対して中国での報道が「かつて党と国家の重要な指導的職務に就いていた華国鋒同志」と伝えるに留まり、それ以上の情報を読者・視聴者に伝えなかったことに非常に違和感を感じました。普通の感覚だったら、周恩来総理の後を継いだ国務院総理、毛沢東主席の後を継いだ中国共産党主席だった華国鋒氏の過去の経歴は、少なくともそういう経歴の持ち主だ、という事実だけでも伝えられて当然だと思えるからです。

 全ての国において、過去の歴史に学ぶことは重要なことです。中国は日本に対して常にその姿勢を求めています。私もそれは重要なことだと考えており、過去の歴史において日本が中国に対して何をしたかを踏まえることは、日中関係を進めるための出発点だと考えています。しかし常にそう言っている中国共産党自身が、自らの過去の歴史について、そのよいところ、よくなかったところの両方を若い人にきちんと伝える努力をしているのだろうか、という点について、最近、私は疑問に思っています。改革開放路線は、文化大革命という「過去の過ち」を反省することから始まっているため、改革開放路線当初(1980年代)は、中国共産党には、党自身の歴史についても、過去の誤りは誤りとして正しく自己批判すべきだ、という姿勢が見えていました。その姿勢が、1989年以降は弱くなってしまったのではないか、というのが私の懸念しているところです。

 過去の歴史が未来を導く鑑(かがみ)である、ということは、長い歴史を持つ中国が一番良く知っていることです。今年は改革開放30周年に当たるので、オリンピックが終わると、今度は年末に掛けて改革開放30周年にちなんだ行事がいろいろ行われることになると思います。その過程で、この改革開放30年の歴史を、きちんと客観的に振り返り、正しくなかった部分は正しくなかったことだと評価した上で、若い世代に事実を伝えるようにして欲しいと私は願っています。もしそうしないならば、中国は正しい未来への道を歩むことができなくなってしまうと私は思います。

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2008年8月20日 (水)

劉翔選手の棄権ショック

 8月18日に行われた北京オリンピック陸上110mハードル予選で、中国のスーパースター劉翔選手が、スタジアムには出てきたものの、スタート直前(正確に言うとスタートして、それが他の選手のフライング・スタートだったとわかった直後)に棄権したことは、中国の人々に大きなショックを与えました。これについて、中国のネットの掲示板で、劉翔選手を非難する声、擁護する声、非難する者を批判する者など、いろいろな発言が沸騰していることは、日本でも報道されているので、御存じの方も多いと思います。

 劉翔選手は、古傷を持っており、ここのところその故障の状況が芳しくなく、特にレース2日前の16日の練習時に相当に悪化した、と伝えられています(劉翔選手が8日の開会式に参加しなかったことからも、状況があまりよくないのではないか、ということは、ある程度推測されていた)。ただ、全く走れないほどに悪いとは誰も思っていなかったので「棄権」という結果にみんなビックリしたのです。2日前に相当悪いことがわかったのだったら、その時点で状況を公表し、棄権の意思表示をすべきだった、との批判が多く見られます。苦労してチケットを入手して、当日スタジアムへ行った人は特にそう考えると思います。ただ、これだけ期待が高い中、言い出せる雰囲気ではなかったし、自分もどうしても出たいと思っていたので、もしかすると走れるかもしれないと考えて、最後の最後まで一縷の望みを掛けてスタートラインまでは行った、ということなのかもしれません。

 インターネットの掲示板の発言の中には、悪口雑言に近いものもあるなど相当に過熱していることもあり、当局側がこういった「ネット世論」を必死になだめようとしているように見えます。習近平国家副主席が慰問の電話を掛けたとか、中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」の中で「一日も早い回復を祈る」という論評を伝えるなど、一人のスポーツ選手の棄権に対しては「異例」ずくめの対応が続いています。

 今、「人民日報」のホームページにアクセスすると劉翔選手がユニフォームを顔にかぶせて涙をこらえている様子の写真を背景として「劉翔! あなたは依然として私たちの英雄です!」と書かれたポップアップが出てきます。その中に「あなたの一日も早い回復を祈ります」というクリック・ボタンがあり、8月20日未明の段階でクリック数は100万クリックに近い数に上っています。右の方には「劉翔選手に言いたい」という欄があります。その中を見ると「棄権は正しい判断だった」「それでも私はあなたを支持する」「早く復活して欲しい」といった励ましの発言が並んでいます。

(参考)「人民日報」ホームページのトップ
http://www.people.com.cn/

 日本の女子マラソンの場合も、二連覇を目指す野口みずき選手がレースの5日前に棄権することを発表し、土佐礼子選手も出場はしたものの25キロ付近で棄権するなど、ケガや故障による選手の棄権がありました。これに関しては、日本の掲示板でも、結構、選手に対する批判なども書かれているようです。書きたい放題のことが書かれるネットの掲示板では、そういう発言があっても仕方がないと思います。しかし、日本ではそういったネット上の選手批判の発言について新聞などで報道されることはありません。ましてや政府がそれに反応することはあり得ません。「ネット上での発言はそういうもんだ。」としか見られていないからです。

 劉翔選手に対するネットの中国の掲示板での発言は、私もいくつか中国語の発言そのものを見ました。劉翔選手を批判する発言もあり、擁護する発言もあるのは事実で、その意味では、日本の掲示板の発言とそれほど違いはないと思います。ただ、確かに日本における選手批判とはちょっとフェーズが違う「激しさ」があるのは事実だと私も感じました。期待の大きかった野口選手が出場できなくなったのは、日本でもかなりのショックでしたが、2週間前くらいから、「故障で海外トレーニングを早めに切り上げたようだ」といった情報が伝えられていたので、野口選手の出場断念を聞く前に日本の人たちは「心の準備」ができたいたのだと思います。それに対して劉翔選手は多数のコマーシャルに出演するなど期待の大きさが日本では考えられないほどだったことと、走れない程に故障の程度がひどい、といった情報は事前に全くなく、実際に当日もスタジアムに登場してから棄権したので、ショックが大きかったのだと思います。

 それにしても、そういったネット掲示板の劉翔選手の棄権に対するリアクションに対して行っている中国メディアの「沈静化努力」は、これまた「普通の国」の感覚からすると異様に感じます。ネットワーカーたちの発言の盛り上がりを怖れているように感じます。

 日本の報道では、最近、中国で何か起こると、ネットの掲示板でどういう発言が書かれているか、に注目し、それを報道することが多くなりました。日本国内の案件の報道では、特別な場合を除き、ネットの掲示板の中での発言などはあまり注目されません。中国において、ネット掲示板が注目される理由には二つあります。

(1) 新聞やテレビは一般市民の声を報じないし、メディアが一般市民にインタビューしても一般市民が当局に批判的な発言をするとは思えないが、ネットの掲示板には「本音」が書かれることが多いので、ネット掲示板を見ることが中国の一般市民の声を聞くほとんど唯一の手段であるため。

(2) 当局にとって不都合な発言は削除されるので、どういった発言が削除されるのかを監視することにより、今、当局が何を「不都合だ」と感じているのがわかるため。

 (1)の点は、中国政府も同じように考えていると思います。「普通の国」だと、テレビや新聞、雑誌などのメディアを通して「世論」が形成されるのですが、中国ではメディアは一般市民の声を反映しないので、正常な形での「世論形成」ができないのです。中国政府もネット掲示板の動向を注目している、ということは、別の見方をすれば、中国政府は、一般市民が考えている「世論」を吸い上げて政策に反映させる、という「触覚」を持っていないことを意味します。自由なメディアや民主的な選挙制度といった政策に対するフィード・バック・システムを持っている国では、政府がネット掲示板の盛り上がりを気にする必要はないのです。

 北京オリンピックは、いろいろな面で、中国の実情を世界に知らしめるよい機会になりましたが、今回の「劉翔選手の棄権ショック」も、中国の一面を世界中に知らせるきっかけになったと思います。

 なお、劉翔選手をコマーシャルで使っていたスポーツ用品メーカーのナイキ社は、8月18日付け「新京報」の最終面1面を借り切って広告を出しています。右側から光が当たった劉翔選手を真正面から撮した顔写真を大きく掲げいます。そこには次のように書かれています。

「私たちは、栄光を愛し、そして挫折を愛する。」
「あなたの心を傷つけてしまったスポーツを、それでも私たちは愛する。」

多額の広告料を支払って劉翔選手をコマーシャルに使い続けたナイキ社に対する批判もいろいろあると思います。こういう広告を即座に出したことを見て、ナイキ社は劉翔選手の故障をある程度事前に知っていたのではないか、との疑念を持つ人もいるかもしれません。しかし、私は、ナイキ社は、さすがにスポーツの本質をよくわかっていると思って、感激しました。スポーツを国家の栄誉のためとか政治的な団結とかに利用しようと考えている全ての勢力は考え直して欲しい、と改めて思いました。

 劉翔選手が今回の状況を乗り越えることをお祈り致します。

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2008年8月17日 (日)

女子マラソン・北京でのテレビ観戦記

 今日(8月17日)、北京時間朝の7:40スタートの北京オリンピック女子マラソンを中国中央電視台第2チャンネルで見ました。マラソンは、チケットがなくても沿道で応援することは可能なんですが、コースのどのあたりが見やすいスポットなのかよくわからなかったし、そもそも日曜日の朝7:40スタートいうのは起きるのがなかなかつらいので、テレビ観戦にしました。今日は大気汚染もほとんど気にならず、気温もかなり低めでした。ちょっと小雨が降りましたが、マラソンにとっては直射日光が差すよりはコンディションとしては良かったのではないでしょうか。

 日本選手のメダルはなりませんでしたが、土佐礼子選手は故障があったようですし、中村友梨花選手は初めてのオリンピックのマラソンでの13位は収穫があったのでないかと思います。トップはルーマニアのトメスク選手のぶっちぎりの優勝でしたが、2位争いは中国の2人とケニアの2人のしのぎあいが、まるで「チーム戦」のような迫力がありました。

 テレビの中継放送は、基本的に国際映像として撮影ものが中継されていますので、日本で放映された映像と北京で私が見た映像とに違いはないと思います。午後にNHK-BS1でも録画放送をやっていたのも一部見ましたが、違いとして感じたことを書いておきたいと思います(演出として、選手の走る姿のスローモーション映像が多用されていましたが、これは中国国内で放送されたものと、外国へ送信されたものとは、たぶん同じものだったろうと思います)。

○中央電視台ではスタートから最初の30分間程度が中継されなかった。

 今朝7時代の中国中央電視台第2チャンネルでは、「今日の試合の見どころ」などをスタジオから放送していました。その中で、女子マラソンの中継は7:30から開始します、と予告がありました。7:30になると、過去のオリンピック・マラソンの勝者の紹介が始まり、続いて期待される中国選手の紹介があり、その後コマーシャルに入りました(中国中央電視台は国営のテレビ局ですがコマーシャルが入ります)。そのコマーシャルが長々と続き、7:40を過ぎてもコマーシャルをやっていました。おかしいなぁ、何かの都合でスタートが遅れているのかなぁ、と思って見ていたら、7:50頃になって、またカメラはスタジオに戻ってしまいました。で、「それではここで昨日の競泳の様子を見てみましょう」とアナウンサーが言って、昨日の競泳の試合のビデオが流れ始めました。女子マラソンの中継がどうなったのか、何か説明したのかも知れませんが、私の中国語ヒアリング能力はからきしダメなので、そういった説明が何かあったようには聞こえませんでした。

 8:00を過ぎても昨日の競泳のビデオが流れ続けているので、「何か不測の事態でも起きたのかもしれない」と思ってパソコンを立ち上げて見たら、日本のネットのニュースの速報では「女子マラソン・スタート」と出ていました。レースはスタートしていたのに、中央電視台の中継が始まっていなかったのです。おかしいなぁ、と思ってほかのチャンネルに切り替えたりしていたのですが、8:10頃に中央電視台第2チャンネルに戻ってみたら、前門から天安門前広場あたりを走っている選手団の映像が映っていました。それから後は、おそらく日本の皆さんが御覧になったのと同じような正常なマラソン中継でした。

 私は、どこかマラソン・コースの沿道で、観客が中国としては認められない旗や横断幕などを掲げる、といったトラブルがあったのかなぁ、と思いました。もしそういう「事件」があっても、中国のメディアでは報道しませんが、もし何かあったら、外国のメディアはすぐに報道するはずです。それで、CNNやBBCを見たり、ネットで日本のニュースを見たりしましたが、そういった「事件」があったとはどこも報じていません。日本で中継を見ていた人に電話で聞いてみたら、特段そういった「好ましくない」状況はなかった、とのことでした。

 そもそもスタート地点の天安門前広場は、一般観客は立ち入り禁止にしていたはずで、スタート時点では、旗や横断幕を掲げるような「事件」や「トラブル」は起こりようがなかったはずです。そういった状況を考えると、中央電視台の中継機器関連で何らかの技術的なトラブルがあったのかもしれません。それにしても、日本への国際映像の送信は問題なく行われていたわけですので、なぜ中央電視台で最初の30分間の中継がなかったのかは、今のところナゾです。明日の新聞に何か情報が載るかもしれません。

○中央電視台の中継では小さくBGMが入っている

 中央電視台の中継では、周囲の観客が応援する声も聞こえているのですが、それに重ねて「雰囲気を盛り上げるような」音楽が音量は小さいですけれども流れていました。このBGMは、NHK-BS1では流れていなかったので、中央電視台の方で入れたのだと思います。BGMを入れた意図は不明です。沿道から「好ましくない声援」が聞こえた時にそれを打ち消すため入れた、などと「勘ぐる」のは「勘ぐり過ぎ」なんでしょうね。

○コマーシャルがちょっと多過ぎ

 女子マラソンは2時間半ちょっとの中継なので、途中でのコマーシャルはなしで中継するのだろうなぁ、と思っていたのですが、中間点をちょっと過ぎたあたりと、30キロを少し過ぎたところでコマーシャルが入りました。また、ゴールまであと数キロというところで、スポンサーのロゴが入った「各国メダル獲得数速報」が入りました。中央電視台は国営テレビなのですから、オリンピックのマラソン中継くらいコマーシャルなしで放送して欲しかったと思います(中国のネットの掲示板でも、この点の不満を感じた人の書き込みがありました)。

○やっぱりマラソン選手は速い

 今回のコースは、天安門前→天壇公園→天安門前→西単→中関村→北京大学キャンパス→清華大学キャンパス→国家スタジアム(鳥の巣)というコースでした。ほとんど知っているところばかりだったのですが、改めてマラソン選手の速さに驚きました。天安門は北京市街地のど真ん中、北京大学・清華大学は北京市街地の北西のはずれで、車で移動する場合でも「相当に遠い」と感じる場所です。平日の夕方だったら、同じコースを車で移動したとすると(もっとも天壇公園の中には車は入れませんが)、2時間半以上掛かる可能性が高いと思います。

○思ったより選手の近くで一般観客が選手を見られた、と感じた

 天安門前広場あたりにいた人たちは、限られた「選ばれた者」であって「一般観客」ではないと思いますが、天壇公園から永定門へ向かうまでの間や中関村あたりでは、明らかに「一般観客」と思える人たちが、私の予想よりは近くまで来て、選手を応援していました。警備担当者が10メートル間隔に1人程度いる、といったことは、私としては「想定の範囲内」でしたので気にはなりませんでした。私は沿道もかなり遠くのところまで警備担当者によって立ち入り制限がなされ、テレビの画面に「一般観客」が映らないくらいなのじゃないか、と思っていました。天安門前広場などは、その予想通りでしたが、中関村あたりでは、白い柵やテープで観客が飛び出さないように仕切られてはいましたが、選手の走るコースの割と近くに「一般観客」が近寄れる場所があったなぁ、というのが私の感想です。テレビの画面にも「一般観客」が随分たくさん映りました。

 天安門前広場周辺にいたのは「選ばれた人たち」(別の言い方をすれば「サクラの観客」)だと思いますが、中関村あたりにいたのは、サクラじゃないと私は思います。

 なお、北京大学と清華大学のキャンパスの中にもたくさんの応援団がいましたが、キャンパスの中にいたのは学生や大学関係者で「一般観客」ではないと思います(たぶん大学のキャンパス内には大学と関係のない「一般客」は入れなかったと思うので)。

○あんまり「北京観光案内」にはならなかった

 北京市内の観光スポットをつなげたようなマラソンのコースを見て「これはテレビ中継は、選手を撮す、というよりは『北京観光案内』になるのじゃないかなぁ。」と思っていましたが、そうはなりませんでした。極めてまじめなマラソンの試合の中継でした。

 ポイント、ポイントで有名な建物などの紹介映像はありましたが、中南海(中国共産党本部)の前などは、ほとんど知らないうちに過ぎてしまった感じですし、北京大学、清華大学に入る時も、大学名の入った門を撮したり、由緒ある建物を撮したり、といった工夫はあまりやっていませんでした。上に書いたように中央電視台では最初の30分間は中継をやっていなかったので、天壇公園の中でどういうアングルで映像を撮っていたのか、私は見られなかったのが残念です(天安門や故宮もそうですが、天壇公園もユネスコの「世界遺産」の一部です)。

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 なお、今日の女子マラソンの試合の際は、大気汚染は心配したほどではなかったと私は思うのですが、国家環境保護部のホームページの「重点都市大気汚染指数」のページには、今日(8月17日)はデータが載っていません。基本的には、毎日午後には、その日の大気汚染指数がこのホームページ上で公開されるのですが、時々、ページにデータが載らなかったり、最新のデータに更新されなかったりすることが起きます。オリンピック期間中は確実に毎日ホームページ上のデータは更新されるだろう、と思っていたのですが、今日はダメでした。普通、何日かすると、過去の分も含めて一括してデータが更新されるので、数日たてば今日の大気汚染指数も見られるようになると思います。私の感覚では、今日の大気汚染指数は40台~50台程度だったのではないかと思います

※私の感覚では、視界は問題なかったのですが、ちょっと自動車の排ガスのようなにおいがあったので、少ないけれども一定の汚染はあったと思います。

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2008年8月16日 (土)

北京オリンピック開会式演出の舞台裏

 8月14日号の「南方周末」(広州で発売されている週刊新聞:北京でも買える)(日本語表記は「南方週末」)に北京オリンピック開会式を担当したいろいろな人に対してインタビューして「裏話」を聞いた特集記事が載っていました。日本の新聞でも紹介されていますが、以下の二人の記事が興味深いと思います。

(参考1)「南方周末」2008年8月14日号記事
「張芸謀監督、二万字に及ぶ話で開幕式の裏話の詳細を語る」
http://www.infzm.com/content/15978

(参考2)「南方周末」2008年8月14日号記事
「陳丹青氏:大きいことは美しいことだ」
http://www.infzm.com/content/15927

 張芸謀監督は、開会式全てを全体的に演出した映画監督です。陳丹青氏は、開会式の前半のアトラクションの「絵巻物」の部分を担当した方です。

 張芸謀監督は「指導者が見に来た時に指導者は何か意見を言ったか。その意見に対してどう対応したか。」と尋ねる南方周末の記者の質問に対してポイントとして以下のように答えています。

・いろんな人がいろんな意見を言いましたよ。いろいろ意見交換しましたけど、今、私とあなたがああでもないこうでもない、と意見を交わしたとしても、それで私があなたに「圧力を掛けた」とは言わないでしょう?

・三人の指導者が来て意見を言って、その意見について私が「その通りだ」と思わなかったとしても、この三人は観衆の中の三人でもあるわけですからね。この三人が「よくない」と言ったら、それは政治的な問題じゃなくて、三人の観衆が「よくない」と感じたってことですからね。彼らが最初に批評した観衆なんですよ。いろんな指導者が何十回となく見に来ましたけど、だいたい三人以上の指導者が変えた方がいい、と言ったら私は変えましたよ。

・指導者たちは国家の状況を知っているし、今の新しい指導者たちは、みんな大学で修士、博士の学歴があり、様々な経歴を持っている人たちですから、あまり時間がない中で、そんなに無茶なことは言いませんよ。

 「敏感な話」「微妙な話」については、こういう持って回った言い方をする人が多いので、私の中国語読解能力では、間違った捉え方をしている可能性がありますが、大体、上記のようなことを言っている、と私は理解しました。

 張芸謀監督は「今の新しい指導者は、みんな大学で修士、博士の学歴があり・・・」と言っていますので、「意見を言った指導者」が中国共産党政治局常務委員9人のうちの何人かであることは、中国の人ならこれを読んだ人はすぐにわかります。日本の新聞等では「政治が演出に介入した」というような報じられ方をしていますが、オリンピックは国家的事業なので、張芸謀監督としては、「スポンサーのお偉いさんが来て意見を言った」というような感覚で受け取ったのではないかと思います。張芸謀監督は北京オリンピック委員会から依頼されて監督を引き受けたわけですから、プロの監督としては、スポンサーの言うことは無視できないことはよくわかっている、ということなんでしょう。

 一方、絵巻物を担当した陳丹青氏の方は、結果的に自分が考えたアイデアがあまり採用されなかったようで、かなり不満げにインタビューに答えています。「指導者が来て言った意見は多かったのか?」という南方周末の記者の問いに対する陳丹青の答のポイントは以下のとおりです。

・中南海(中国共産党本部のある場所)の人が二回来た。最初は去年の初春で、二回目は今年7月16日のドレス・リハーサル(本番と同じ衣裳を着て行う最終的な段階のリハーサル)の時だった。たくさん意見を言って、改めなくちゃいけない、と言っていた。

・(「あなたは芸術監督であり、使用する絵画を選択する責任者として、あなたの意見は最終的に採用されましたか?」との問いに対し)あれ? 私が芸術監督だって? それは全く違う。私には決定権はなかった。私が選んだ絵画の9割は採用されなかった。二人の副監督の提案も7~8割は採用されなかったようだ。張芸謀監督がいくつボツにしたのかは知らないが、彼が自分で決めていた。

 陳丹青氏は、国家指導者の意見で自分が選んだ絵の多くが採用されなかった、とは言っていませんが、結果的に自分の意見が通らなかった部分が多かったようで、このインタビューからはかなり陳丹青氏の不満気な感情が読みとれます。

 オリンピックの開会式は、北京オリンピック委員会が依頼して製作するイベントであり、自主制作映画ではないので、制作者は依頼主の意向を反映しなければならない、制作者と依頼主の意向が異なっていた場合、制作者には不満が残る、ということはあり得る話なのだと思います。問題は、張芸謀監督や陳丹青氏に意見を言った「指導者」というのが、依頼者と言えるのか、というところがひとつのポイントだと思います。しかし、中国は、憲法で「中国共産党の指導」が謳われていますから、北京オリンピック委員会も中国共産党の指導下にあるわけですので、中国の場合、中国共産党の指導者の要請は、即ち依頼主たる北京オリンピック委員会の要請、と言ってもいいのでしょう。

 前にも言ったことがありますが、「南方周末」は中国の新聞の中では異色の鋭いツッコミを見せる新聞です(だからこそ、広州で発行されているのに北京でも売れるのです)。「南方周末」の記者は陳丹青氏に対して「『絵巻物』の(中国の古代の歴史を表現した)前半部分は素晴らしかったと思うが、後半部分は春節(旧正月)前日のテレビのバラエティー・ショー(日本でいうと「紅白歌合戦」に相当する)みたいだった、という人もいるがどう思うか。」と鋭い質問を放っています。それに対して、陳丹青氏は次のように答えています。

 「じゃ。後半は何を表現すればよかったわけ? 革命? チベット鉄道建設の難しさを表現する? 三峡ダムプロジェクト? 人工衛星打ち上げ? 改革開放? ここ百年来の中国の歴史って、みんな西洋から入って来たものじゃないか。開会式イベントは歴史の授業じゃないんだ。」

 かなり感情的な答になっていますが、自分が表現したいものが表現できなかったいらだたしさのようなものを感じました。

 これらのインタビューはかなり長いので、私も全てを熟読したわけではありませんが、北京オリンピックの開会式が歴史的なものだとしたら、その「裏話」もまた歴史的なものだと思います。そして、ここで紹介した二人の表現者は、このインタビューにおいても、今の時点で自分たちが言える範囲の方法で、自分の言いたいことを可能な限り表現しています。今、中国はいろいろ問題を抱えて、それをどう扱おうか、と多くの人が悩んでいます。私は20年前と全然進歩していないところもある、とこのブログで何回も書いてきました。こういった大きなイベントのアトラクションに対して「中南海」の人が来ていろいろ「指導」する、というのも、「全然進歩していない部分」のひとつだと思います。

 しかし、明らかに20年前と違うのは、上で紹介した才能あるエネルギッシュな表現者が、現在自分に許されている範囲で思い切り表現し、ある時は怒りをぶつけ、それを受け止める「南方周末」のようなメディアが存在し、例えそれが広州で発行された新聞であろうとも、1部3元(約45円)という中国の新聞としてはかなりな高額だったとしても、そういった新聞を北京の市民が気軽に買える、ということです。これは20年前にはなかったことです。

 北京オリンピックについては「中国で開くのはまだ早かった」という人がいますが、私はそうは思いません。北京オリンピックを開催することを通じて、中国の多くの人が多くのことに思いを寄せ、いろいろなことを感じ、それが中国の歴史を前に進めるための大きなきっかけになることは間違いないからです。

 今回の「南方周末」に載った「北京オリンピック開会式の裏話」に関するインタビュー記事は、こういった記事が載った新聞が北京の街で売られていた、それを私は買って読んだ、という記録を残しておく価値がある、と思ったので、このブログに書くことにしました。先ほど、野球の星野ジャパンが韓国に逆転負けし、陸上男子100mでジャマイカのボルトが9秒69で他の選手を全く寄せ付けず喜びを表現しながらゴールしたのをテレビで横目で見ながら、今日の記事は書きました。この北京オリンピックの日々は、後から振り返ると、いろいろなことが凝縮された日々だったと思い起こすことになるだろうと思っています。

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2008年8月14日 (木)

地下鉄運転時間延長と飛行機便遅延時の措置

 今日(8月14日)の北京は、午後から激しい雷雲が通過してかなりまとまった量の雨が降りました。あまり雨の激しいと北京市の道路の環状線の中には、立体交差のところで下をくぐる方の道路の排水が追い付かず、道路が冠水してしまうことがあるのですが、今日は大丈夫だったのでしょうか(仮に冠水していたとしても、こういう情報はラジオの交通情報専門局では報道するけれども、普通のテレビでは伝えないので、明日の朝、新聞を見るまで知らなかった、ということが結構あります)。ただ、雨が降ったので、2~3日は空気の汚染について心配する必要はなさそうです(マラソンは17日(日)なので、それまでに大気汚染が戻ってきてしまう可能性はありますが)。

 今日の新聞でちょっと興味深かったニュースは次の二つです。

(1)地下鉄の終電の時間を遅らせることを決定

(参考1)「新京報」2008年8月14日付け記事
「北京地下鉄、最終電車の運転時間を延長」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/08-14/008@025636.htm

 皆さんお気づきのように、北京オリンピックの試合の時間は、ヨーロッパやアメリカのテレビ局からの要請により、北京の日常生活の時間帯からすると、かなり変則的な時間帯に設定されています。午前中に試合があり、午後しばらくお休みがあって、北京時間の午後6時頃から順次試合をやって、球技などでは午後9時以降に開始するものがあります。一昨日のバレーボールの試合では、試合が終わったのは夜中の12時を過ぎていました。試合の終了時刻が遅いと、観客の帰りの足が心配です。そのため、北京市当局では、地下鉄の運転時間を延長し、路線によっては終電を通常より1時間以上遅くする措置を8月10日から始めたのだそうです。

 で、面白いのは、既に8月10日から実際は行われていた運転延長措置について新聞に載ったのが今日(8月14日)だ、ということです。8月10日以降、正式な発表はしなかったけれども、実行ベースで終電の遅延措置を講じていた、ということです。さらに競技が始まった8月9日からではなく8月10日から、というのも「面白い」ところです。たぶん8月9日の夜、試合が終わったのが遅くなって終電に間に合わなくなった人たちから苦情が出たので8月10日から終電を遅らせたのだと思います。

 この辺は、非常に中国的な特徴が出ていると思います。試合開始時間が遅いことは最初からわかっていたわけですから、本来ならば、オリンピック開始前に「オリンピック期間中は終電を遅くします」と決めて発表しておくべきだったのでしょう。苦情が出てから変える、というのは、良く言えば「柔軟性がある」、悪く言えば「計画性がなく泥縄式だ」ということになります。終電を遅らせることを決めても、そのことを新聞に発表しない、というのも、また中国らしいところです。規則上は終電は23:30なのだけれども、実際は地下鉄はそれより遅くまで走っていた、という状況が3日ほど続いていたわけです。「規則ではAにしなければならないのだけれども、現実にはBで行われている。だから現場に実際に行ってみないと、AなのかBなのかわからない。」ということは中国ではよくあることです。

(2)中国民航局による航空便遅延時の乗客支援に関する通知

(参考2)「新京報」2008年8月14日付け記事
「飛行機便が遅延した時には食事やホテルは無料で提供される」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/08-14/008@025638.htm

 通常、機体の故障など航空会社に責任がある理由で飛行機便が遅れたときは、乗客への便宜供与の責任は航空会社にありますが、天候等の航空会社の責任ではない理由で飛行機便が遅れたときは、航空会社は乗客の乗り換え便の手配や食事・宿泊先の手配等を行う義務はありません。ところが中国民航局は、13日、「オリンピック及びパラリンピック期間中は、飛行機の運航が遅れた時は、その理由に係わらず(遅延の理由が航空会社に責任がない天候上の理由であったとしても)、航空会社は乗客に対して、ほかの便への乗り換え、食事や宿泊先の提供等のサービスを無料で行わなければならない。」との通知を出した、とのことです。

 上記の「新京報」の記事によれば、中国民航局のこれまでの規定では「中国民用航空、手荷物国内運輸規則」の規定に基づき、天気等の不可抗力が原因の場合は、航空会社は乗客の食事や宿泊の手配を援助することとするが、その費用は乗客が自ら負担することとする、と規定されていたことから、今回の中国民航局の通知は、これまでの規定と明らかに異なるものなのだそうです。これは、オリンピック期間中、天候等による飛行機便の遅れにより、多くの乗客が空港に足止めになる事態を避けるためだ、とのことです。

 夏は雷雨などの影響で飛行機便が遅れることは結構あるのですが、そうしたとき、空港に大勢の人が足止めされて、空港で一夜を明かす、というような事態が生じた場合、テロ対策など乗客の安全確保の観点から好ましくないので、航空会社の責任で空港に多くの人が滞留するようなことがないようにせよ、という指示なのだと思います。これもまたオリンピックが始まってから出された指示で、いかにも「泥縄的」ですが、おそらくこれは最近発生している新疆ウィグル自治区でのテロと見られる事件などを受けて、テロなどの不測の事態を防止するために急きょ決められた決定なのだと思います。

 それにしても、中国民航局が自ら作った規定を変更するような通知を出し、それを曲がりなりにも「民間会社」である航空会社に守らせる、というような事態は通常の資本主義の国ではあり得ない話です。中国の航空会社は、株の多くはまだ国有だと思いますが、形式上は国とは独立した企業体であり、一部の株は公開されていますから、航空会社の収益は一般株主の利益にも直結します。そういった企業体の権利・義務に直接影響を及ぼす通知を、全人代(国会に相当)のような機関の決定を経ずに、中国民航局という政府機関の「鶴の一声」で決めてしまう、というところが、かなり「市場経済化」されたとは言え、中国の企業は政府の方針でどうにでもなることを示すようなできごとでした。

 上記の地下鉄の終電時刻を遅らせることや飛行機便が遅れたときの航空会社の責任を拡大させることなど、オリンピックが始まってから、やり方や規則を変える、というのは、オリンピックという今まで経験したことのないイベントに対して柔軟性を持って対応している、とプラスに見ることもできるでしょうし、予想していなかった事態に直面して右往左往して対応している、とマイナスに見ることもできるでしょう。日本の人の多くは、事前に予測すべきことは事前に予測して、きちんと対策を取って置かないとダメだ、と考えますが、中国の人の多くは、事態はどうなるか全てを事前に予測することは無理なのだから、実際やってみて、不都合があったらその都度やり方を変えればよいのだ、と柔軟な考え方をします。従って、中国の多くの人は、今回ようなオリンピックが始まってからの規則の変更は、別におかしな話だとは思っていないと思います。むしろ困った事態が生じたのに何も変更しないのだったら、その方がおかしい、と考えると思います。

 こういう融通無碍(ゆうづうむげ)で、その場その場で状況に応じて対応することに慣れている中国の人の方が、全てを事前にきちっと準備しておかないと気が済まない日本人よりも、事態対応能力は高いと思います。今回のオリンピックを見ていてつくづく思うのは、いつもとちょっと違う状況が突然出てきた時に、それでも平然としていつもと同じように試合ができる人の方がよい成績を残しているということです。ちょっと違う状況に遭遇して、それにどう対応しようか、とあわてている人は、力を発揮する前に敗れてしまっているように思います。

 規則が決まっているのに、現実の事態に応じて柔軟にその規則も変えて運用してしまう、ということが多い中国では、規則を踏まえてきちんと準備している日本人などは「えっどうして? そんなはずはないのに!」と頭を抱える場面が多いのですが、そういう場面でも平然と「よくあること」と受け流している中国人の方が結局は力を十分に発揮できるのだと思います。今回の地下鉄の終電変更と飛行機便遅れに対する対応では、そういった「いいかげんさ」と「柔軟性」が同居する中国の強さ(したたかさ)を見たような気がしました。

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2008年8月13日 (水)

足跡花火の合成映像と微笑み美少女の口パク

 私も中国に通算3年以上いるので、たいていのことには「ホントかなぁ。これにはウラがあるんじゃないかなぁ」と疑うクセが付いているのいるのですが、8日に行われた北京オリンピック開会式の下記の二つの件については、全く疑っておらず「コロッとだまされ」ました。

 日本でも報道されているので、御存じと思いますが、8月12日、開会式の「裏話」として、次の2つ事情が明らかにされました。この二つとも開会式の様子を書き留めておいた私のブログの記事にも登場するので、下記の私のブログの記事も適宜参照しながら、以下をお読みください。

(参考1)このブログの2008年8月9日付け記事
「北京のテレビで見たオリンピック開会式」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/08/post_c1a7.html

(1)開会式の開始を告げる花火として、南の永定門、前門、天安門、故宮から北京市の北にあるオリンピック・スタジアムへ向けて移動するように打ち上げられた「足跡形の花火」のテレビ中継の映像では、事前に撮影した花火を現場の生中継の映像に重ね合わせた合成映像が使われた

 開会式の開始の時、実際に永定門、前門、天安門、故宮内などから足跡形の花火が打ち上げられたのは事実だそうですが、この花火をヘリコプターで空撮する場合、北京市街地上空を飛ぶヘリコプターの安全確保を図らなければならないので、理想的な撮影角度を確保することが難しく、一部の「足跡花火」については、事前に撮影してあった足形花火の映像をヘリコプターから撮った生の北京の街の夜景の上に合成して映像を流した、とのことです。

 これは北京オリンピック委員会スポークスマンの王偉氏が12日に記者会見説明したものです。王偉氏は「よい演出効果を確保するため」とその理由を説明したとのことです。

(参考2)「新京報」2008年8月13日付け記事
「多くのオリンピック会場では入客率が7割以上に達している」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/08-13/008@023732.htm

(注)この記事の見出しに関する説明:
 上記の「新京報」の記事では、この日の記者会見で北京オリンピック委員会は、8月11日(月)の北京の18か所の試合会場の入場者率は、90%以上が2か所、80%以上が6か所、70%以上が8か所、残りの2か所も60%以上である、という数字を紹介しています。おそらくは、チケットは完売したと伝えられているのに対し、テレビ画面などを見ると結構空席が目立つことから、この点に対して記者が質問したのに対して北京オリンピック委員会が答えたものと思われます。試合会場に空席が見られることについては、オリンピック関係機関(スポンサーなど)が購入したチケットについて、予選などではお客が実際には来なかった可能性があることや、一部の球技では2試合セットの入場券になっているので、自分が興味のある試合だけを見た客がいたためではないか、と北京オリンピック委員会では説明しています。

(2)国旗入場の時に革命歌「歌唱祖国」を歌っていたかわいらしい女の子は実は口パクだった

 開会式の時、中国の国旗(五星紅旗)がスタジアムに入場し掲揚ポールのところまで移動する間に歌われていた革命歌「歌唱祖国」を歌っていたのはかわいらしい女の子でした。この「歌唱祖国」という歌は行進曲ふうの勇ましい曲で「我らの指導者・毛沢東は、我らの行く先を導く・・・」といった歌詞も含まれている革命を讃える歌です。中華人民共和国の国旗の入場の場面で使う歌としては最もマッチした曲だと私も思いますが、普通の調子で演奏すると、軍隊の行進みたいな感じになり、かなり堅苦しい感じになってしまいます。そこでかわいらしい女の子にこの歌を歌わせて、五星紅旗は少数民族の衣装を着たこどもたちによって運ばれました。こういった柔らかい演出は、私は演出家の大金星だと思っていました。

(参考3)「新京報」2008年8月9日付け記事
「非常に中国的な歌」
http://www.thebeijingnews.com/news/xatk/2008/08-09/008@101800.htm

 この場面には、多くの人々が感激したようで、中国国内のネット上でもこの女の子は大人気になりました。「歌唱祖国」を歌っていたのは、林妙可ちゃんという9歳の北京の小学三年生でした。彼女は歌っている間中微笑みを絶やさなかったことから「微笑み天使」と呼ばれるようになりました。ネット上では、林妙可ちゃんのファンクラブが立ち上がり、林妙可ちゃんのファンは「妙族」(少数民族の「苗(ミャオ)族」と発音が同じことから来た一種のシャレ)と呼ばれるようになりました。海外でも評判で、8月9日付けのニューヨーク・タイムズの1面トップには林妙可ちゃんの写真が載ったとのことです。中国の最も権威ある英字紙チャイナ・ディリーや「人民日報」ホームページ上の記事も、一夜にして「国民的人気者」になったこの林妙可ちゃんについて報じています。

(参考4)「チャイナ・ディリー」2008年8月12日付け記事
「かわいい歌手が国中の心を射止める」
http://www.chinadaily.com.cn/cndy/2008-08/12/content_6926550.htm

(参考5)「人民日報」ホームページ写真ジャーナルのページ
2008年8月12日18:27アップ記事(「武漢晩報」の記事を紹介する形の記事)
「新しい『秘密の少女』、ニューヨークタイムズの1面トップに登場」
http://pic.people.com.cn/GB/1099/7655010.html

 ところが、日本のネット上のニュース等の報道に見たところ、8月12日にアップされた「中国新聞網」が伝えたところによれば、開会式で「歌唱祖国」を歌っていたのは、林妙可ちゃんではなく、全く別の楊沛宜ちゃんという7歳(小学校1年生)の女の子だったとのことです。会場に流れていたのは舞台裏で歌っていた楊沛宜ちゃんの声で、スポットライトを浴びていた林妙可ちゃんは、歌に合わせて口をパクパクさせていた、とのことです。これは開会式の音楽監督をやった陳其鋼氏が明らかにしたとのことです。陳其鋼氏によると、この入れ替えは「楊沛宜ちゃんは外見上の原因で落選したので、国家利益のために行った」とのことです。

 このニュースは「中国新聞網」(中国のネットニュースでも正当派のニュースサイトのひとつです)に掲載されたことから、瞬く間に全世界のメディアで報じられました。ところが、8月13日の中国の新聞では、この「口パク」の件について全く報じていません。また、そもそもの情報の発信源を直接見ようと思って「中国新聞網」のサイトにアクセスしてみましたが、「中国新聞網」のサイト上にある8月12日付け記事のリストには、本件ニュースは載っていません。検索サイトで、このニュースを検索するとヒットしますが、検索結果をクリックしても真っ白の画面が出るだけで何も出ません。外国のメディアが本件を報じて以降、「中国新聞網」上にあったもともとの記事は削除されてしまった模様です。

 ところが、私が見た時点では、検索サイトの「キャッシュ」(検索サイトが各ページの情報を得た時に一時的にその内容を記憶しておくエリア)には、まだこの「中国新聞網」の記事は残っていたので、私はその記事を読むことができました(この記事がアップされたのは2008年8月12日10:05です)。

 この「中国新聞網」の記事には、楊沛宜ちゃんと林妙可ちゃんの両方の写真が掲載されています。BBC中国語サイトがこの写真も含めて「中国新聞網」サイトの記事を紹介していますので、写真を御覧になりたい方はBBC中国語サイトを御覧ください。

(参考6)BBC中国語サイト2008年8月12日北京時間23:28記事
「オリンピック開幕式で偽装、女の子のスターは口パクだった」
http://news.bbc.co.uk/chinese/simp/hi/newsid_7550000/newsid_7556900/7556933.stm

※BBCサイトのニュースは一定の時間が経つと自動的に削除される可能性があります。

 写真を見ればすぐわかりますが、楊沛宜ちゃんは、ごくごく普通の女の子で「外見の点で落選したので」と言われるのはかわいそうだと思います。

 林妙可ちゃんの「口パク」については、テレビを生で見ていた人の中にも「あ、これは口パクだ」と気が付いた人がいたようです。ただ、気が付いた人でも「これだけの大舞台で小さな女の子が緊張して歌えなくなると困るから、前もって録音しておいたものを流して、それに合わせて口を合わせたのだろう。そういうやり方はあり得る話だ。」と考えていたようです。しかし、歌っていたのは実は別人だった、ということを聞くと、普通の人はみんなびっくりします。2006年のトリノ冬季オリンピックの開会式でも、著名なテノール歌手・パパロッティさんが自分の声を事前に録音しておいて、本番の開会式では「口パク」をやっていたことが後で明らかになったのだそうですが、これは本人の声を自分の意志で使ったものであり、こういった手法は多くのイベントで時々行われる演出だと思います。しかし、全然別人の歌に合わせて「口パク」をやるのは、演出ではなく「だまし」だと受け止めれてもしかたがないと思います。

 この件については、中国のネット上でも、相当に議論が沸騰しているようです。先頃、6月20日に胡錦濤主席本人が登場して中国のネットワーカーを驚かせた最も有名な掲示板のひとつ「人民日報」ホームページ上にある「強国論壇」でも、この件に関する意見が載っています(ただし、話題になっている割には掲載されている発言の数が少なすぎるので、かなりの数の発言が削除されている可能性があります)。

 削除されずに残っている発言にも、かなり強烈なものがあります。一番多いのは「この演出は、片方の女の子に『歌はうまくない』と言い、もう片方の女の子に『外見があまりよくない』と言っているのに等しく、二人の女の子に対する侮辱だ」として、この演出を非難し、二人の女の子の気持ちを思いやる意見です。このほかにも「ありえない。もし本当に『口パク』をやっていたのならば、全世界の観衆をだましたことになるんじゃない?」「『国家の見せかけ上の姿』をごまかして作ったとしても、そんな国家はすぐに終わってしまう!」「口パクをやらせるのが国家利益のためですって? 話にならない。こんなのはニセ『国家利益』で、実際は全く逆効果だ!」といった意見が出ています。

※ネット上の掲示板の発言は、日本で言えば「2チャンネルに載っているような見るに耐えないものも多いので、いつもは私はあまり掲示板の発言は紹介したくないと思っているのですが、今回は、中国の名誉のために、あえて、このように極めて常識的な発言も数多く掲載されているのだ、ということを紹介させていただきました。

 ところで、この「林妙可ちゃんは口パクだった」というニュースに関して、現在、下記のように非常に奇妙なことが起こっています。

○「口パクだった」との情報の発信源である「中国新聞網」の記事が削除されてネット上から消えている。

○本件は多くの人が関心を持つ事項であると思われるのに8月13日付けの「新京報」や「京華時報」といった大衆紙が「口パクだった」件について一切報じていない(というか、中国のメディアで「口パク」を報じている新聞を私はまだ見つけられていない)。

○にもかかわらず人民日報ホームページ上の掲示板「強国論壇」には、「中国新聞網」の記事が転載され、それに対する意見の書き込みが今も行われ、削除されずに今でも残っている(当局の指示によって「中国新聞網」のニュースが削除されているのだとしたら、人民日報ホームページの「強国論壇」のような目立つ掲示板にそのニュースを転載する記事が削除されずに残っているのはおかしい)。

 (1)の「テレビで放映された『足跡花火』の一部は合成画面だった」という話は、最初は「だまされた」と思いましたが、「テレビによるショーの見せ方のひとつだ」と言われれば「そうかなぁ」と思えて、それなりに納得できるものでした。でも、(2)の「微笑み美少女は『口パク』だった」という話は私にとってはちょっとショックで、これは「演出」の枠を超えている、と私は感じました。前者については中国のメディアでもきちんと報道されているのに対し、後者については報じられていない(しかし掲示板上からは抹殺はされていない)のは、後者に対しては、中国国内でもいろいろな人がいろいろな印象を受け、結構ショックが大きく、情報管理当局の側でも対応方針が統一されていないからではないか、と思います。

 これらは開会式の単なる「演出」の話であって、世の中の大勢に影響のあるような話でなく、議論する値打ちはない、という考え方もありますが、国際社会に与える中国という国のイメージという点では、私は結構重要な話だと思っています。従って、後者の「口パク」の方が中国の(ネットの掲示板などではない)正式のメディアで報道されていないことにより、この件に関してきちんとした議論が行われないのだとしたら非常に残念なことだと思います。また、元のニュース源がネット上から消され、新聞などでは報じられていない、ということは、「ウラに何かさらに深い理由があるのではないか」といったいつもの「勘ぐりクセ」が出てきてしまいます。

(以下、2008年8月13日23:50追記)

 上記に「中国のメディアで『口パク』を報じている新聞を私はまだ見つけられていない」と書きましたが、広州で発行されている「信息時報」という大衆紙の8月13日付けの紙面に、この件について、独自に取材して書いた記事が掲載されているのを見付けました。この記事には、林妙可ちゃんと楊沛宜ちゃんの二人の写真も掲載されています。

(参考7)「信息時報」2008年8月13日付けオリンピック特集ページT17面記事
「一人が幕の前で顔を出し、一人が幕の後ろで声で貢献した」
http://informationtimes.dayoo.com/html/2008-08/13/content_287977.htm

 このように中国国内でもちゃんと報道されているのだとすると、「中国新聞網」の記事が削除され、北京の新聞が何も書かないのはなぜなのか、ますます理由がわからなくなってしまいました。

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メダル・ラッシュ報道の裏の不気味な地鳴り

 オリンピックが始まってから、電子メールなどで中国国内旅行の宣伝がよく入るようになりました。「航空賃が安くなりましたので、著名観光地宿泊パックでたった○○○○元!」とか、「観光地近くの豪華ホテル、1泊△△△元で提供しております。御利用ください。」といった調子です。実際ネット上の航空会社の中国激安国内運賃の欄には16%、17%の激安チケットなどが載っています(16%引き、17%引きではない)。

 私は6月23日付けのこのブログで6月時点での中国国内航空賃が暴落していることに関連して「7月になってオリンピックが近くなると人の移動が多くなって国内航空賃も高くなると思うので、今の状況は一時的な現象だと思いますが・・・」と書きました。

(参考1)このブログの2008年6月23日付け記事
「中国国内航空:便によっては激安?」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/06/post_2490.html

 しかし、この中国国内航空賃激安状態は、オリンピックが始まった今も変わっていないようです。というかオリンピック景気の当てが外れた分、さらに国内航空賃は安くなっているのかもしれません。チベット自治区、四川省、新疆ウィグル自治区といった日本の外務省が「渡航の是非検討」以上の渡航情報(危険情報)を出している場所(2008年8月12日現在)は観光客が減ってもやむを得ないかなぁ、と思いますが、上記の「豪華ホテルをお安く提供しております」というのは、上記の渡航情報(危険情報)が出ていない(通常の状態の)場所にあります。中国全土に渡って、旅行者数が減っているのだと思います。

 8月12日夕方に配信された新華社電(英語版)によると、新疆ウィグル自治区の先日武装警察国境警備支部隊が襲撃されて16名が死亡(16名が負傷)したカシュガルの近くで、また、検問に当たっていた警備員3名が何者かに刺殺される事件(1名が負傷)が起きた、とのことです。

(参考2)「新華社」ホームページ英語版2008年8月12日16:32アップ
「新疆ウィグル自治区の道路の検問所で治安要員3人が襲撃されて殺された」
http://news.xinhuanet.com/english/2008-08/12/content_9214741.htm

 上記の新華社の英語の記事は見ることができますが、私は今(8月13日0時過ぎ)の時点では、新華社の中国語のホームページでこのニュースを見つけることができません。中国語の掲示板に「英語版新華社電によれば・・・」という書き出しでこの記事の内容を紹介する書き込みは見付けることができたので、たぶんまだ中国語ではこのニュースは配信していないのだろうと思います。一方、7月末から見ることができるようになったBBCのホームページ中国語版では、上記の新華社電英語版を元にした中国語の記事を見ることができます。たぶん、新華社が既に外国へ向けて配信しているので、中国の明日の朝発売の新聞には、この記事は載るでしょう。

 しかし、国営新華社通信が英語で配信し、外国のテレビ局が既に中国語で伝えているニュースを新華社自身が中国語で自国民に伝えていないこの状況を中国の人々はどう感じているのでしょうか。

 こういった報道のされ方も、対外的に「情報を隠したと言われたくない」という配慮と、自国民に対してはあまり刺激したくない、という複雑で困惑した当局の考え方を表していると思います。それにしても、これだけ立て続けて事件が起こるとさすがにちょっと不安になります。新疆ウィグル自治区は、警備上の重点区域であるはずですが、北京オリンピックの警備のために北京の警備も厳重にしなければならないために、警備の面でも人海戦術を採ることができる中国でも警備の人手が足りなくなっているのでしょうか。

 経済面でもここのところ中国の株価はオリンピックが始まる前には「ご祝儀相場」で少し株価が上がるのではないか、という期待もあったようですが、現実にはそういったものはなく、株価はここのところずっと低下傾向にあります。オリンピック関連の「景気のいい材料」はほぼ出尽くしたので、「オリンピック後」に対する警戒感が一気に出た形になっています。

 今のところ新聞紙面はオリンピック関連の中国のメダル・ラッシュに関する記事ばかりなので、治安面の経済面も「マイナスの話」は新聞紙上では全然目立っていない(ちゃんと報じられてはいる)のですが、「マイナスのニュース」が紙面上目立っていない分だけ逆にちょっと不気味な底流が見えないところで動き出し始めているような気がしてしかたがありません。

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2008年8月10日 (日)

テレビ・新聞はオリンピック一色

 中国中央電視台は、普段は経済ニュースをやっている経済チャンネルもオリンピック中継をやっているので、テレビはオリンピック一色という感じです。新聞もほとんどオリンピックの話題一色です。開会式の直後は、人民日報が「号外」を出しましたが、人民日報が「号外」を出したなんて、史上初じゃないかと思います。いずれにせよ、新聞を一杯にするほど、実際、中国の選手が活躍しているので、うらやましい限りです。テレビを見ていても、やっぱり観客の応援というのは選手にパワーを与えるようで、あまり期待されていなかった種目や選手でも、力を発揮している中国の選手は多いように見受けられます。

 大気汚染の方は相変わらずで、8月10日の北京の大気汚染指数は82でした。自転車のロードレースもやったけれども、大気汚染に文句を言う選手や大会関係者もいなかったようなので、「なんとかなった」ということなのでしょう。もっとも「空気の状況がどうの」とか「蒸し暑い」とか何とか文句を言うような人はオリンピックでは勝てないんでしょうね。今日(8月10日)は、夕方から夜に掛けて雷雨が降っているので、明日以降は大気汚染は改善される可能性があります。

 街を歩くと、公安の車がやたらと多いし、とにかく腕に紅い腕章を着けた治安ボランティアが大勢います。大通りだと100メートルにこういったボランティアの人たちが一人立っている感じです。学生さんとか居民委員会(町内会のようなもの)の人なのでしょうが、こういう形で「自分も北京オリンピックの運営に参加した」と実感するのも悪くない、と思っているのではないでしょうか。8月9日に北京の鼓楼で起きたアメリカ人観光客(バレーボール・チームのコーチの親族)殺害事件、8月10日未明に新疆ウィグル自治区クチャで起きた爆弾襲撃事件は、新華社などで伝えられていますが、オリンピック関係記事が圧倒的に多いので、完全に埋没してしまっている感じです。少なくとも、現在、北京にいる人たちは、オリンピックのお祭り気分に酔っている感じなので、北京で治安上の大きな事件が起きるような雰囲気はありません。

 試合の運営も大きなトラブルはなくうまく行っているようです(小さなトラブルはあるのでしょうが、そういうのはあまり報じられないだけかもしれませんけど)。開会式終了後の観客の帰宅輸送も問題なく行われたようで、今日(8月10日)付けの「新京報」によると、開会式に参加した、観客、出演者、ボランティアなど合わせて16万人も、終了後1時間15分で、混乱なく解散したとのことです。

(参考)「新京報」2008年8月10付け記事
「開会式、観衆は75分で解散」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/08-10/008@032103.htm

 こういう記事が載ること自体、開会式が終わった後の観衆の輸送がひとつの「課題」として認識されていたのでしょう。

 上記の記事によると、開会式に参加した16万人のうち7万人がVIP、来賓、選手、メディア及び開会式出演者などの関係者で、これらは専用車で移動し、その他の9万人のうち、観客は4万人、作業担当者とボランティアが5万人で、彼らは公共交通(バスと地下鉄)で移動した、とのことです(8月8日深夜は地下鉄は終夜運転をしていました)。日本のメディアでも報道されていますが、開会式の晩は蒸し暑かったので、570人が暑さのために体調不良を訴えたとのことです(ただし、これは想定の範囲内で、そういう人が出たときのために救急車などが最初から配備さていた)。

 地下鉄の駅に連なる地下街にある「露天」のようなお店は今日は営業していました。開会式のあった8月8日だけ休んでいたようです。外国人観光客らしきお客もたくさんいました。もう立秋も過ぎましたので、北京の暑さもだんだん和らぐ方向へ向かうでしょう。「盛り上がらない」と言われた北京オリンピックですが、少なくとも北京にいる限り、あと2週間は「オリンピック一色」状態が続きそうです。

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2008年8月 5日 (火)

新疆・カシュガルでの武装警察襲撃事件

 昨日(8月4日(月))と今日(8月5日(火))、所用で上海の西の郊外へ行っていました。昨日の午前中、北京から上海へ行くときは、晴れているけれども大気汚染のため「肉眼で日食観測ができる」という、北京ではよくある「白い太陽が見える」状況でした。今日は、大気汚染は明らかにありましたが、かなり程度はよくなっていて、この程度ならばオリンピックに差し支えないと思われる程度でした。北京の大気汚染指数は、昨日(8月4日)は83、今日(8月5日)は88でいずれも「良」でした。たぶん、オリンピック期間中はこんな感じが続いて、雨が降った翌日はスカッとしてもっときれいになる(大気汚染指数が50以下の「優」になる)、という感じになるのだと思います。

 ところで、上海は昨日はちょっと大気汚染がある感じでしたが、今日はスカッと晴れて、2週間前に私が日本で見たような青空でした。上海は海に近いので海から風が吹けば汚染が拡散することと、周辺が水郷地帯で水が多く、周辺の農村地帯は水田地帯なので、地理条件としては日本と似ているのだと思います。今回は、上海市の市街地の中心部へは行かなかったので今日の上海中心部の大気汚染がどの程度だったのかはよくわからないのですが、上海と北京とを比べると、北京は内陸部にあり周囲からの汚染が流れ込んでしまうこと、北京の周辺は上海の周辺のような水田地帯ではなく畑作地帯なので周囲の農地が乾燥していて農地から巻上がる「砂塵」の影響があること、という点で、大気汚染については北京は上海よりかなり不利であると感じました。

 上海郊外の水田地帯の緑を見ていると、やはり植物による空気の浄化機能は、私たち人間が考えているよりも大きいのだろうとということも実感しました。植物は、二酸化炭素を吸って、酸素を吐き出しているいるわけですので、その過程で、大気中の汚れもフィルターしてくれるのだと思います。気分的な問題だけでなく、緑の植物の大事さを改めて感じました。

 今日、飛行機が降下してくる時に、機内でサービスで提供されているフライト・データと窓の外を見比べていたのですが、北京でも高度1,000mより上では空気はきれいです。大気汚染によって空気に「かすみ」が入ってくるのは、高度1,000mを切ったあたり以下まで飛行機が降りてきてからです。それを見ても北京における今の時期の「かすみ」の原因は地表面の活動や地表から舞い上がる粉塵であることは間違いないと思います。

 さて、日本でも大きく報道されていますが、昨日(8月4日)北京時間朝8時頃、新疆ウィグル自治区の西の端にある都市・カシュガルで、朝の訓練のために行進していた武装警察国境警備分隊の一群に2人組が載ったトラックが突っ込み、刃物で武装警察官を襲撃するとともに、爆発物を爆発させて、武装警察官16名が死亡、16名が負傷する、という事件がありました。2人組はすぐに逮捕されたとのことです。報道によれば、この二人はウィグル族の男だとのことです。

 このニュースは新華社がすぐに報道し、それを元に外国へも伝えられましたが、中国国内での報道のされ方は極めて限定的でした。昨日泊まったホテルは、中国系のチャンネルのテレビしか放送しなかったので、インターネットで日本のニュースを見るまで、この事件があったことは知りませんでした。

 昨日(8月4日)夜7時からの中国中央電視台の全国放送のニュース「新聞聯播」ではこのニュースは報道しませんでした。私は、昨日は、夜中少し前に香港発のフェニックス・テレビのニュースで見ました。このフェニックス・テレビのニュースでも、映像はなく、現地の記者からの電話レポートでした。

 昨日の「新聞聯播」のトップは、「科学発展の旗を高く掲げて~夏期の食糧は五年連続で増収~我が国の食糧生産は安定的に伸びてきている」というものでした。いくつかの「ニュース」(こういうのを日本の感覚で「ニュース」と呼んでいいのかどうかわかりませんが)のあと、オリンピック特集でオリンピック関係のニュースをやりましたが、カシュガルの事件については全く触れませんでした。武装警察国境分隊が襲撃され、しかも30名以上死傷した、という国家としての大事件だと思うのに、こうした事件に全く触れないで「食糧生産が順調に伸びている」という「ニュース」をトップに持ってくるという中央電視台の感覚は、私が20年前、北京に駐在していたころと全く変わっていません。オリンピック取材のために中国に初めて来た外国の記者たちは、相当の違和感を感じたと思います。

 今朝(8月5日朝)の中国の新聞の扱いも非常に小さいものでした。人民日報では、2面の下の方に6行、事実関係を簡単に伝えるだけの記事が載っていました。

(参考1)「人民日報」2008年6月5日付け2面記事
「新疆ウィグル自治区カシュガルで、重大な警察に対する暴力襲撃事件が発生」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-08/05/content_73450.htm

 「新京報」では、1面にこの事件についての「見出し」は載っているのですが、記事自体は、事実関係のみを伝える120字程度の簡単な新華社電が載っているだけでした。

 テレビの方の中央電視台の「新聞聯播」では、今日(8月5日)は、この事件は取り上げましたが、30分のニュースの終わりの方で、ごく簡単に事実関係を述べた内容をアナウンサーが読み上げただけでした。映像や写真は全くありませんでした。

(参考2)中国中央電視台「新聞聯播」2008年8月5日放送
「新疆ウィグル自治区公安庁、メディアに対してカシュガルの暴力襲撃事件の調査の進展状況について説明」
http://news.cctv.com/xwlb/20080805/129633.shtml

 この「新聞聯播」のニュースでは、現場で見つかった手作りの爆破装置や手作りの銃は、2007年1月に警察に摘発された「東トルキスタン」テロリスト・グループが訓練に使っていた装置と似ていること、押収されたものの中に「聖戦」を掲げる宣伝物があったこと、などが伝えられています。

 この中央電視台のニュースの内容は、下記の新華社が伝えるニュースと全く同じ内容です。

(参考3)「新華社」ホームページ2008年8月5日13:21アップ記事
「新疆ウィグル自治区警察、カシュガルの暴力襲撃事件の最新の進捗状況について説明」
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-08/05/content_8967136.htm

 7月21日に起きた雲南省昆明での路線バス連続爆破事件の時は、新華社は次々の新しい情報や現場の写真をネット上に掲載したのですが、今回のカシュガルの事件では、わかった事実を淡々と事実だけをごく簡単に伝えていますが、現場の写真等については、新華社のホームページでは見ることができません。昆明のバス爆破事件の時とは、明らかに扱いが違います。「隠さずに事実を迅速に伝える」という最低限のことはやっていますが、昆明の事件に比べると、このカシュガルの事件は相当に慎重に扱っている感じを受けます。オリンピックの開幕直前で「あまりコトを荒立てたくない」という気持ちもあるのだと思います。襲撃されたのが武装警察の部隊で、新華社といえども、自由に取材し報道できる相手ではなかった、というのも原因かもしません。

 この事件については、今日(8月5日)のNHKテレビでは、事件直後に旅行客が映した写真を報じるとともに、現場に入ったNHKのカメラマンによる映像を流していました。つまり、中国国内にいても、中国のメディアでは全く伝えられていない映像をNHKで見ることができる、という状況です。

 なお、この事件を取材していた日本などの記者が現地の武装警察から暴行を受け、一時身柄を拘束された、とのことですが、この点に関して、現地の武装警察は今日(8月5日)、暴行を受けた日本の記者らに謝罪した、とのことです。この記者に対する暴行や拘束は「突発事件の発生等にあたっても外国の記者には自由に取材させよ」という中央の指示が、現場の末端まで行き届いていなかったことによるできごとだと思います。NHKの番組「激流中国」でも何回か出てきましたが、地元の警察の意向に逆らって報道陣が取材することは、中国では本当の意味での「身の危険」を感じるのが普通です。そういった中国において、オリンピックを契機にして最近急に中央が言い出した「突発事件では外国メディアに自由に取材させよ」という方針は、たぶん現場には、とまどいと反発をもたらしていると思います。

 日本などの記者が武装警察から暴行を受けて一時身柄を拘束されたこと、それに対して武装警察側が謝罪したことについては、中国のメディアは報道していません。ただし、先日、アクセス規制が解除されて見られるようになったBBCの中国語サイトには載っていますので、インターネットを見られる中国の人ならば、この情報は今は誰でも見られるようになっています。

 こういった状況が続くと、多くの中国の人は「なぜBBCのサイトにはこれだけ情報が載っているのに、中国の新聞やテレビや新華社のネットには詳しい情報が載らないのか。」といった不満や不信感がますます強くなると思います。

 3月、4月のオリンピック聖火リレーが諸外国でいろいろ妨害を受けていた頃は、中国のメディアが「西側メディアは偏向している」というキャンペーンを張ってそれが一定の効果を上げました(一部、フランス系スーパーマーケット「カルフール」に対する不買運動など「行き過ぎ」の行為も産みましたが)。しかし、オリンピックが始まり様々な情報が飛び交うようになると、「西側のメディアが不自然に事実を歪曲しているのか」「中国のメディアが不自然に情報をコントロールしているのか」のどちらなのかについては、中国の人々もわかってくると思います。(その兆しが見えたのが、6月28日に起きた貴州甕安県の群衆による暴動事件に関する新華社などの公式報道に対する掲示板でのネットワーカーたちの批判でした)。

(参考4)このブログの2008年7月3日付け記事
「貴州省甕安県の暴動事件の真相」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/07/post_ef2a.html

 カシュガルで起きた武装警察に対する襲撃事件は、明らかにオリンピックで世界の注目が中国に集まった時期を狙った意図的な反社会的行為だと思います。これについては、中国の人々はもちろん、世界の人々が非難の声を上げています。これをきちんと報道することによって、中国の人々も世界の人々も、みんな声を揃えて「反テロリズム」「テロに負けずにオリンピックを成功させよう」という気持ちになると思います。それであれば、今回のカシュガルの事件について中国は報道をコントロールする理由は全くないはずです(むしろ情報をコントロールすることは中国にとって全くのマイナス効果しかもたらさない)。

 新疆ウィグル自治区の公安当局としては、「事件を起こしてはならない時期に事件を起こしてしまった」ということで自分たちの「失点」だと思っているのかもしれませんが、そういう「失点」を隠そうとする態度は、昔から「官僚主義」として批判されてきました。(例えば、1987年に起きた中国東北地方の大興安嶺の森林火災では、火災発生当初、地元当局が自力で消火しようとして中央に報告せず、大火災に発展させてしまったことがありました。この時の地元当局の対応は「官僚主義」として激しく批判されました)。オリンピックを機会に、こうした長年にわたって改善されないできた「失点を隠そうとする各地方の風潮」が少しでも改善できればよいと思います。そう思うのだったら、新華社や人民日報など、中国をリードする報道機関は、もっと積極的にこのカシュガルの事件についても積極的に報道すべきだと私は思います。

 このカシュガルの事件をきっかけに、北京などでは警備体制がまた一段と強化されたようですが、こういったテロ活動をきちんと報道することにより、市民も「テロ防止のためならば警備の強化は当然である。むしろ自分たちも積極的に協力したい。」と思うようになると思います。

 今日(8月4日)、上海の西郊外→上海空港→北京空港→北京市内と移動しましたが、上海の西郊外から上海市内へ向かう時には高速道路に入るところでに警察官に車を止められてチェックされましたし、上海空港でも、空港に入る時と、飛行機に乗る時の2回チェックがありました。飛行機に乗るときの保安検査はいつもありますが、今日は特にチェックが厳しかったように思います。パソコンは開いて見せなければならないし、バックの中も開けられて、何回もレントゲン装置を通されました。北京市内でも、主要な道路には、数十メートルおきに警官が立っている、という感じで、警備の厳しさを感じました。

 何はともあれ、これ以上、何事もなく、無事にオリンピックが終わればよいなぁ、と思います。

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2008年8月 3日 (日)

「張りボテ」の街

 今日(2008年8月3日:オリンピック開幕まであと5日)の北京は、朝から雲ひとつない快晴でした。今日(8月3日)の北京の大気汚染指数は35で、3日連続で50以下の「優」となりました。ただ、午後になってだんだんと汚染が戻ってきた感じで、ややかすんだ感じが強くなってきたので、明日(8月4日)の大気汚染係数はたぶん60~70程度になるでしょう。それでもまだ昼間は太陽を見ると「まぶしくて正視できない」という状況なので、「昼間、肉眼で日食観測ができる」状態の日が多いいつもに比べれば、大気汚染はかなり改善されているのは間違いないと思います。ただ、雨が降らないと大気中の汚染が蓄積されていってしまうので、開会式の8月8日に空気が澄んだ感じになるためには、もう一回くらい雨が降って汚染を洗い流してもらった方がいいと思います。

 昨日(8月2日)、開会式の2回目の「ドレス・リハーサル」がありました。8月1日には、北京-天津間の高速鉄道(最高時速350km)も開業しました。オリンピックの準備は万端整った、という感じです。北京の街の上空をヘリコプターなどが飛ぶことは普段は滅多にないのですが、ここ数日間は、結構、上空を飛んでいるヘリコプターの音を聞きます。上空からの警戒も強めている模様です。

 この週末から、街に「ボランティア・ステーション」が店開きし、学生らしい若いボランティアの人たちが、道順を教えたり、簡単な通訳サービスをしたりする活動を始めています。今日行ったホテルでは、ホテルに入る際に、金属探知器でボディチェックを受け、荷物の中身をチェックされたりしました。ただ、オリンピック取材のための外国人報道陣らしき人々もちらほら見掛けるようになりましたが、外国人観光客が増えた、という感じは、少なくとも私が見た感じではほとんどありません。街のボランティア・ステーションも、私が見ていた限り、利用する人はなく、ボランティアの人たちは手持ち無沙汰の様子でした。中国各地から中国人観光客が北京に集まっている、という雰囲気もありません。

 「新京報」の報道によると、このオリンピックで働くボランティアは総勢170万人なのだそうです。オリンピックを見に来る外国人客は約50万人と見積もられていますので、それに比べたら、圧倒的な数のボランティアです。ボランティアも「関係者」としてカウントすれば、この北京オリンピックは、観客よりも「関係者」の方が数が多い、ということになるのかもしれません。

(参考1)「新京報」2008年8月2日付け記事
「170万人のボランティアが各人それぞれの持ち場に就いた」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/08-02/011@084201.htm

 オリンピックのための準備として、大きな通りの歩道の脇の緑地帯のところには、たくさんの花が植えられたりして、かなりきれいです。大きな通りの街灯にはオリンピックの旗がはためき、多くの店では紅灯(赤いちょうちんのようなもの)をぶらさげたり、国旗(五星紅旗)を掲げたりして、雰囲気を盛り上げています。

 北京市内の建設工事は、粉塵を巻き上げないように、ということで、7月1日以降、中止されています。一部、工事が間に合わなかったところでは、7月になっても工事を続けていたところがありましたが、8月に入ったら、建設工事は完全に停止状態になっているようです。基本的に、作業を停止した工事現場では、工事中のゴミゴミしたところが道路から見えないように、オリンピックのスローガンなどが書かれた大きな「目隠しの覆い」で覆われています。ビル自体、工事の途中であっても、できるだけ「外壁」だけは完成させるように、との「指示」が出ていたようで、多くのビルでは、骨組みができたところで、内部の工事をやる前に外壁だけ先に設置するという工事をやっていました。

 ただ、それでもオリンピックが近づいて工事停止期間になるまでに外壁設置工事が間に合わず、現時点でも外壁が完成していないビルがいくつかあります。下記の写真はいずれも昨日(2008年8月2日)に撮影したものです。これらのビルは、パラリンピックが終わるまで、基本的にこのままの状態が保持されることになるのだと思います。

(参考2)外壁が一部しか完成していないビル
http://homepage3.nifty.com/itaru_watanabe/HEX/ichibukansei.jpg

(参考3)外壁はほとんど完成しているが、最上部だけが未完成のビル
http://homepage3.nifty.com/itaru_watanabe/HEX/saijoubu.jpg

(参考4)外壁設置がほぼ完了した中国中央電視台の新しい本社ビル
http://homepage3.nifty.com/itaru_watanabe/HEX/cctvshinhonsha.jpg

※中国中央電視台の新しい本社ビルは、斜めに傾いた四角柱がねじれた位置でくっつている、という非常に奇抜な格好をしています。内部も含めたビルの完成は2009年になるとのことですが、このオリンピック期間中、この新しいビルの一部を早くも使い始めるとのことです。

 中身がまだ完成していなくても、外面だけきれいにして、見た目を美しくしてお客様をお迎えする、というのが中国的美学なのだそうです。これを「メンツにこだわる」と見る人もいますが、「文化の違いの問題」なので、あまり批判はできないと思います。しかし、建設途中のビルについては、外壁だけくっつけた「張りボテ」なのがミエミエです。私の個人的な感覚からすると、こういった「張りボテ」がいくつかあると、本当は中身がきちんとしているものについても、「どうせ張りボテだろう」と軽く見られてしまい返ってイメージを損なうのではないか、と思ってしまいます。

 中国は、今回のオリンピックを迎えるにあたっての北京の街並みに限らず、いろいろな面に関して、「(中身はともかく)表面に見えるところをきちんとする」という傾向があります。これについては、その表面を見て中身もきちんとしていると思ってしまう人は中国の能力について過大評価してしまうし、表面を見て「どうせ表面だけで中身はないのだろう」と思ってしまう人は中国の能力について過小評価してしまうと思います。いずれにせよ、中国は、外部から正しく理解されない、という結果になってしまいます。

 オリンピックを控えて、外国メディアが中国についていろいろ報道していますが、普通の国のメディアは「まず疑ってかかる」ところから始まりますので、外国の報道陣には、上記の分類でいうと後者の見方をする人の方が多いと思います。そのため、本当は中国はきちんとやっているのに「きちんとやっていないのではないか」という疑いの目で見た報道がなされることが多いと思います。これは中国にとって損だと思います。街のビルを「張りボテ」状態にして、いかにも「完成した」かのように見せるよりも、普段着のそのままの北京を見てもらった方が、「世界に中国を理解してもらう」という観点では、得だと私は思います。

 上記(参考1)の「新京報」の記事によると、ボランティア170万人のうち20万人は「応援団」(中国語で「拉拉隊」)なのだそうなのです。彼らのことを「ボランティアの応援団」と呼ぶか、「会場を盛り上げるためのサクラ」と呼ぶかは人によってマチマチだと思いますが、これも一種のオリンピック会場における「張りボテ」の一種と言えるかもしれません。

 これからオリンピックが始まって、北京と中国のいろいろな面が世界に報じられると思いますが、そうした中国報道を受け取る世界の人々の側にも、それが「張りボテの表面」なのか、本当に中国の真の姿なのか、を見極める「目」が要求されることになると思います。

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2008年8月 2日 (土)

「彼ら」は喜びと同時に忍耐が必要

 今日(2008年8月2日:オリンピック開幕まであと6日)の北京は、朝から「スカッとした快晴」で、正真正銘の青空でした。東京の青空に比べると、ややかすんだ感じがあり、明らかに汚染があることがわかるのですが、これくらいならばマラソンをやっても大丈夫でしょう。雨が降ったのが一昨日の夜ですから、汚染が戻ってくるスピードは確かにいつもよりは遅くなっていると思います。こうした感じで、時々雨が降って汚染を流してくれれて、汚染が戻ってくるのが遅ければ、オリンピック期間は大気汚染を気にせずに済みそうです(ただ、こういうふうに「スカッと晴れる」と、やはり8月ですので、太陽の日差しが強く、日中はかなり気温が高くなるので、屋外競技の場合、むしろ「暑さ対策」が課題になりそうです)。今日(8月2日)の北京の大気汚染指数は34で、昨日に引き続き「優」でした。

 さて、広州で発行されている週刊新聞「南方周末」(北京でも買えます)(日本語表記は「南方週末」)の7月31日号の1面トップは「北京人のオリンピック・カウントダウン」という記事でした。

(参考)「南方周末」2008年7月31日号記事(ネット上では8月1日11:22アップ)
「北京人のオリンピック・カウントダウン」
http://www.nanfangdaily.com.cn/nfzm/200807310063.asp

 この記事では「全てはオリンピックのために、北京人は犠牲と日常生活とを調和させようとしている。彼らは喜びとともに忍耐も必要とされている;それに同意することを求められているのである。」という書き出しで始まり、北京で起きている様々な現象をレポートしています。内容的には、日本などでも報道されていることと同じような話です。笑えるようで笑えない話もあります。ポイントを書くと以下のとおりです。

・ある青年は「オリンピックのためには一生懸命やらなくちゃいけない」と思った。インターネット掲示板で、車のナンバープレートの偶数奇数制限に対応するための呼びかけがあったので、それに参加した。たまたま自宅近くの「妙齢の」女性と職場方向が一致していることがわかった。7月23日からこの青年はその女性と相乗りをするようになったが、6回目の相乗りの後「何も批判されることなどやっていないのに、その女性のお母さんに怒られてしまった。」

・ある人は普段は奇数番号の車で通勤しているが、偶数番号の日は使えないので、近くに住む同僚と相乗りを計画していた。しかし、当日になったら、その同僚の奥さんが急に車を使う必要が生じて、「相乗り出勤計画」は破綻してしまった。

・ある人は、普段は車で約1時間掛けて出勤していたが、バスを使うと通勤に2時間掛かってしまうので、職場近くに住む人と相談して、規制期間中だけ、住む家を「取り代えっこ」した。

・ある不動産屋によると、マンションの大家さんの90%は、部屋をオリンピック期間中の短期貸し出しを計画しているとのことである。中には自分が住んでいるマンションを貸し出そうとしている人もいるとのことである。オリンピック・スタジアム(鳥の巣)の近くのマンションでは、2部屋138平方メートルの部屋を月額7万元(約105万円)で貸し出すところもあるとのことである。

・金属、建築材料、石油化学等の重点企業においては、オリンピック期間中の一時的な生産停止と排出削減案が提示されている。北京市の人材紹介所もオリンピック期間中は全て停止される。ある服飾ショッピング・センターでは、オリンピックの柔道とテコンドウの試合会場に近いことから、9月まで営業を停止することになった。ある地方から来た関係者は「オリンピック期間中は帰省して両親と会うのも悪くはないけれども、1~2か月してからお客が戻ってきてくれるかどうか心配だ」と話していた。

・ある美容室では、人気のあるエステ・サービスを停止することにした。このエステ・サービスに必要な液体材料が日本から輸入できなくなってしまったからだ。

 この記事で印象に残ったのは「北京人のカウント・ダウン」という見出しと、「『彼ら』は喜びとともに忍耐も必要とされている」という表現振りです。この「南方周末」は、広東省の広州で発行されている新聞ですが、自分の国でオリンピックが行われようとしているのに、まるで「他人ごと」のように報じているからです。これは、オリンピックの試合が行われる都市以外に住む中国の多くの人の気持ちを代弁しているのかもしれません。

(注)オリンピックの試合が行われるのは、北京のほか、セーリングが行われる青島、馬術が行われる香港、サッカーが行われる天津、秦皇島、瀋陽、上海の合計7都市です。広州では何も行われません。中国で普通「3大都市」と言えば、北京、上海、広州ですから、広州で何もオリンピック競技が行われないことは広州の人にとっては面白くないのかもしれません。

 ただ、救いなのは、こういった「広州の人々のなんとはない不満」が見え隠れする新聞が広州で発行され、それが北京の新聞スタンドで簡単に買える、という事実です。現在の中国では「締めるべきところは締めて」いるのですが、それ以外のところでは意外にルーズなところ(抜け穴)があり、「ギズギスした締め付け」が必ずしも徹底していないところがあります。これが適当な社会の「安全弁」になっているような気がしています。今、社会のいろいろな階層で不満がうっ積していると思います。1989年には、そういった不満をうまく「ガス抜き」することができずに「爆発」するところまで言ってしまったのですが、今の中国では、最後の最後は、適当なところで「安全弁」が働くのないかという気がしています。

 最近、今度の北京オリンピックを通じて、その「安全弁」の数が増えてきているのではないか、そんな期待を私は持ち始めています。

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2008年7月29日 (火)

北京の大気汚染指数は「作って」はいない

 今日(2008年7月29日:オリンピック開幕まであと10日)の北京は、午前中に雷雨があり、午後から晴れてきましたので、空気がだいぶきれいになりました。午後、太陽が出てきた時には、太陽がまぶしくて肉眼では直視できない程度にはなっていました。(とは言え、雨が降った後でも、何となくぼんやりかすんだ感じで、私が先週、東京で見たスカッとした夏の青空とはやはり違う感じでした)。

 ここ数日間スモッグがかなりひどかったことについては、多くの北京市民も「交通規制については、オリンピックだからしかたがない、と思って不便な思いを我慢しているのに、どうなっているんだ」という不満が募っていたようです。今朝の中央電視台の朝のニュース「新聞天下」では、こういった一般市民の不満をなだめるように、気象の専門家は、オリンピック期間中は「サウナ・スモッグ」が持続するようなことはないと言っている、というニュースを伝えていました(「サウナ」は中国語では「桑拿」(音訳))。

(参考1)中国中央電視台ホームページ2008年7月29日「新聞天下」のニュース
「北京ではオリンピック期間中に『サウナ・スモッグ』が持続することはあり得ない」
http://news.cctv.com/china/20080729/100279.shtml

 ただ、逆に言うと、このテレビのニュースは、多くの人が、ここ数日間の北京の天気を「サウナ・スモッグ」だと思っていた、ということを表していると思います。オリンピック期間になったら「サウナ・スモッグ」が持続しない理由として、このニュースでは、8月7日が立秋であり、北京では立秋以降は毎年爽快な日が多くなるから、という説明をしていました(あんまり説得力のある説明ではないと思いますが)。

 また、今日の「新京報」では、こういった一般市民の気持ちを代弁してだと思うのですが、北京市環境保護局副局長で同局スポークスマンの杜少中氏への単独インタビュー記事を載せていました。

(参考2)「新京報」2008年7月29日付け記事
紙面上の見出し「北京の大気汚染指数は『作られた』ということはない」
ネット上での見出し「大気汚染は健康に影響を与えるものではない」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/07-29/039@073737.htm

 杜少中副局長が言っていることの中心は「今年の7月は去年の7月よりは北京の大気汚染の状態は良くなっている」「7月下旬はたまたま汚染物質が拡散しにくい不利な気象条件になっているだけ」「大気汚染の程度は視界が悪いことだけではなく科学的データに基づいて判断して欲しい」といった今まで何回も記者会見で述べてきたことの繰り返しでした。ただ、新しい点として、次の二つを言っていました。

・7月28日は汚染指数が96で100を下回っており、29日は雨が降る予報が出ているので、改善の兆しがある(実際、29日には雨が降って、大気汚染はかなり改善しました)。

・(「新京報」の記者が「一部の外国メディアが、大気汚染指数100前後の日では、100という境界線をちょっと下回る日が不自然に多く、汚染指数が一定の値を越えた日の数が『修正』されているのではないか、と疑問を投げかけているが、これについてどう考えているのか、と問うたのに対し)北京では科学的事実をもって大気汚染問題に対処しているのであり、「虚偽をもてあそぶ」といった不誠実な言葉を使うことは、自分で自分のボロを出すのと同じである。

 日本のメディアの報道によると、杜少中副局長は7月10日の記者会見で「汚染指数が100を越えそうな日は、観測点周辺で(工場を停止するなどの)応急措置を取る」と答えています。確かにデータをねつ造しているわけではないのですが、この発言を捉えて日本のメディアは「大気汚染指数が基準内だった日の日数を人為的に操作」といった表現で報じたわけです。上記の「新京報」の記事の紙面上での見出しは「汚染指数は作られたわけではない」(中国語で「北京空気汚染指数不存在作假」)となっています。汚染指数が基準値を超えそうな時は、観測点周辺の工場の操業を停止するなどの措置は、「ニセのデータを作る」ことではないので、杜少中副局長の発言は確かに「ウソ」ではありませんが、中国語独特の修辞術を使った「ごまかし」であると言われても仕方がないと思います。紙面で使われた「不存在作假」という見出しがネット記事の報では削除されてしまったのは、こういった「ごまかし」があからさまにならにように、との配慮によるものと思われます。

 通常、中国のスポークスマンは「ウソ」は言いませんが、外国メディアに対する時と中国のメディアに対する時とで微妙に言い回しを変えることがあります。中国のメディアは「党の舌と喉」ですから、スポークスマンが言わんとすること(あるいは言いたくないこと)を忖度(そんたく)して、ウソにならない範囲で記事を作ります。そのため、同じスポークスマンの発言でも、外国メディアと中国のメディアとでは、ほとんど正反対の印象を読者に与えることがあります。「新京報」の記者は、中国の他のメディアでは取り上げていない「大気汚染指数を操作しているのではないかとの疑惑」をあえて取り上げ、そこを突っ込んで質問した、という点で評価されるべきなのでしょう。「新京報」の記者に「汚染が基準を超えそうになったときに、緊急に観測点周辺の工場の操業を停止させるのは『大気汚染指数の基準を超える日の数を操作している』と言われても仕方がないのではないのか。」と質問することまで期待することは、今の中国では無理なのでしょう。

 中国側がオリンピックのために一生懸命大気汚染改善のために努力をしているのに、西側のメディア(私のこのブログも含めてですが)が盛んに北京の大気汚染がオリンピックに影響を与えるのではないか、との憂慮を表す記事を書くので、新華社通信は相当頭に来たらしく、以下のような論評を配信しました。
 
(参考3)「新華社」ホームページ2008年7月28日13:02アップ論評
「マスクをしてオリンピックに参加する、というのは誇張のし過ぎ」(言立侖)
http://news.xinhuanet.com/comments/2008-07/28/content_8834302.htm

 この論評では、北京の大気汚染は10年前より相当に改善しており、今回のオリンピックに対しては北京市民が交通規制など大変な犠牲を払いながら大気汚染の改善を図っているのに、西側メディアは意図的に事実を歪曲して報道している、「選手はマスクをしてオリンピック競技に参加した方がよい」といった表現は誇張のし過ぎ、と指摘しています。北京の大気汚染が昔より改善していることも、多くの北京市民が犠牲を強いられていることも事実ですが、「西側メディアが歪曲報道をしている」という表現は相当に刺激的な論評です。まるで、外国で聖火リレーをやっていた時の「西側報道タタキ」を連想させるような言い回しです。中国のメディアではこういうような報道しかしないので、多くの中国の人々は「西側メディアは中国のことを正しく伝えていない」「世界は中国のことを間違って理解している」と思ってしまうのです。

 北京市環境保護局の「大気汚染指数が基準値を超える日の日数を少なくしようとして行った人為的操作」についての報道を「虚偽をもてあそぶ」と表現することが「正しい報道」であり、実際に肉眼で太陽が凝視できてしまうような白い空気の中でマラソンをすることが心配だ、と報じるのは「事実を歪曲した報道」である、といった認識を、もし中国の関係者の多くが持っているのだとしたら、私はいつまでたっても中国は世界の仲間には入れないと思います。

 北京の大気汚染指数は、昨日(7月28日)は96、今日(29日)は90でしたが、国家環境保護部のホームページでは、昨日の分の指数がずっと発表になりませんでした。普通は、毎日午後2時頃には発表になるのですが、今日の午後になって今日の分が発表になるまで、昨日の大気汚染指数は国家環境保護部のホームページでは見ることができませんでした。このホームページでは過去の大気汚染指数も検索できるので、今日の指数が発表になった後で、昨日の分を検索したら96だということがわかりました。システムのトラブルで昨日の時点でアップできかなかったのか、それとも意図的にアップしなかったのか、については不明です。

 中国では、大気汚染データの測定をはじめ、気象観測データの測定を行うには関係当局の許可が要りますので、外国の報道機関や研究者が勝手に大気汚染の観測を行うことは認められていません(気象観測データは「国家秘密」の扱いになっているためです)。ですから、国家環境保護部の観測データ自体が正しいのかどうか、誰もクロスチェックできないのも、外国の人からすると、何となく「ふに落ちない」ところです。せめてオリンピック期間中だけでも、外国の研究者は大気汚染観測を自由にやってよい、といったような措置を採ってくれれば、かなり信用の回復には効果があったと思うんですけどね。

 北京オリンピックは、こうした中国で現実に行われている様々なこと世界の面前にさらけ出した、という意味では、非常に意味のあるイベントだと思います。

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2008年7月23日 (水)

「言葉のせき止め湖」の危険にどう対処する

 今日(7月23日)付けの「人民日報」に「『言葉のせき止め湖』の危険をどうやったら取り除くことができるか」という評論が載っていました。

(参考)「人民日報」2008年7月23日の「人民時評論」
「『言葉のせき止め湖』の危険をどうやったら取り除くことができるか」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-07/23/content_65205.htm

 これは四川大地震をきっかけにして多くの人の口に上るようになった「せき止め湖」(中国語で「堰塞湖」)という言葉になぞらえて、人々の政治に対する不満が溜まって一気に爆発しそうになる現象を「言葉のせき止め湖」(中国語で「言塞湖」)と表現して、それにどう対処すべきか、を論じたものです。「堰塞湖」と「言塞湖」は、中国語では「堰」はyanの4声、「言」はyanの2声、で、声調だけは違いますが発音は同じなので、同じ発音の文字を入れ替えた、一種の「ダジャレ言葉」です。

 人民日報にこういう評論が載る、ということは、党中央も、最近の地方での集団騒乱事件の頻発などを受けて、人々の間に不満がうっ積しつつあることを認識し、地方政府は、それにちゃんと対処しなければならない、との問題意識を持っていることの表れだと思います。この論評では、地方政府の幹部が豪華な政府庁舎や官舎を建て、地域住民が不満に思っていたことが、何かのきっかけで明るみに出て問題になる、というケースが続いていることを指摘しています。例として、安徽省阜陽市で、市政府が豪華な庁舎を建て、住民から「ホワイト・ハウス」と呼ばれて批判されていたが、この豪華庁舎問題を指摘した人が死亡し、その死因に不審なところがあったことから中央のメディアが取り上げ、結局は市の党書記が人民代表の職を解かれたケースを挙げています。

 こういったケースは「何かのきっかけ」がなければ明るみに出なかった可能性があり、その場合、人々の不満はうっ積し「言葉のせき止め湖」ができてしまうので、それを避ける方策を考えなければならない、とこの論評は指摘しています。

 この評論では、「言葉のせき止め湖」に対処する方法として、既に下記のような仕組みが実施されていることを指摘して、これらの方法を通じて民意を汲み上げる「トンネル」を確保することの重要性を指摘しています。

○中国共産党の伝統である大衆の声を聞く路線を実践すること。
○人々の訴えをよく聞くこと(「信訪制度」を活用すること)
○世論の動向をよく見極めること。
○最近よく行われるようになった公聴会制度や政府情報公開請求制度を活用すること。

 こういった論評を読むと、私などは、どうしてここに「地方政府幹部を選挙で選ぶこと」というのが入って来ないのかなぁ、と思ってしまいます。「住民の間に不満の声が溜まったら、次の選挙で落選してしまう。」というシステムを作り上げることが最も単純で確実な「言葉の堰き止め湖」に対する対処だと私は思います。ここでそういった議論がなされないのは、「選挙」という手法は、地方政府の幹部は中央が指名する、という現在の体制を崩してしまうことになるからだと思います。

 中国には、住民に不満がある場合には、上部機関に直接訴える「信訪制度」があります。例えば、ある県の幹部のやり方を不満に思う住民は、県を飛び越えて、その上にある市やさらにはその上の省、最終的には国の「訴え受付機関」に訴えて解決を要請することができます。これを「信訪制度」といいます。これもひとつの方法だと思いますが、「信訪制度」は、結局は封建時代の「直訴」と同じです。上部機関が住民から寄せられる数多くの「直訴」に全て対処できるのか、「直訴」があったものだけ改善していたのでは、一種の対処療法であり、根本的な解決にはならないのではないか、と私は思うのですが、そういった議論が残念ながら中国では行われません。結局は、「選挙の必要性」に行き着いてしまうので、議論ができない、ということなのでしょうか。

 中国では、昔から、地方政府に対する不満を爆発させた住民による集団暴動事件は数多く発生しています。最近は、北京オリンピックで注目されていることと、住民がすぐにネットに情報をアップするようになったことで、外国のメディアでも報道されるケースが多くなっているのだと思います。「言葉のせき止め湖」が大きくなって、一気に決壊することは、誰も望んでいません。しかし、この問題は「住民の声をよく聞くようにしよう」といった呼び掛けだけで改善するような問題ではありません。この人民日報の評論によって「言葉の堰止め湖」という言葉が一種の「流行語」のようになって、中国国内でも真剣な議論が起こることを期待したいと思います。