カテゴリー「中国の大学生」の記事

2010年10月31日 (日)

「反日デモ」と「人民日報」「強国論壇」

 尖閣諸島での中国漁船船長の逮捕をきっかけとして、中国内陸部で「反日デモ」が起き、10月29日にハノイで行われるだろうと思われていた日中首脳会談がなくなるなど、日中関係がぎくしゃくしています。私は今、日本にいて、報道されている以外に中国の状況を知る立場にはありませんが、「人民日報」のホームページ(紙媒体の新聞として印刷される「人民日報」そのものもネットから見ることができる)を見ていて気がついたことを書いてみたいと思います。

 特に「人民日報」ホームページ上には、「強国論壇」と呼ばれる掲示板があり、ネットワーカーが様々な書き込みがなされるので、これも参考になります。当局に不都合な発言は管理人が削除しますが、書き込まれてから「不適切」と判断して削除されるまで数分~30程度タイムラグがあるので、運がよければ、削除されるような発言を削除される前に見ることもできます(ただし、もちろん全て中国語です)。

 「人民日報」ホームページ、「人民日報」の紙面に載った記事、掲示板「強国論壇」に掲載されたネットワーカー発言(削除された発言)で気がついたものを書いておきます。

(1)劉暁波氏のノーベル平和賞受賞

○受賞決定直後の反応

 10月8日にノーベル委員会は、中国共産党による支配を批判した文書「零八憲章」を起草した一人とされる劉暁波氏にノーベル平和賞を授与することを決定しました。これは中国国内に居住する中華人民共和国国籍を持つ初めてのノーベル賞受賞者が誕生したことを意味しますが、中国のメディアはこの時点では全く報道しませんでした。しかし、掲示板「強国論壇」では、発表直後からノーベル平和賞に関する発言(賞賛と反対と両方ありましたが)があふれ、中国のネットワーカーたちはネット経由ですぐにこの情報を得たことがわかりました。ただし、受賞を祝う発言は、すぐに削除されました。

○「人民日報」等の反論

 10月17日付け「人民日報」は3面の国際評論の欄に「ノーベル平和賞は政治的目的に走っている」という評論文を掲載しました。この評論文では、服役中の劉暁波氏にノーベル平和賞が与えられることになったことを報じた上で、そうした決定をしたノーベル委員会について「ノーベル平和賞を政治的に利用するものだ」と非難していました。この評論を「人民日報」が掲載したことを日本のマスコミは報じていないようなので、多くの日本の人たちは劉暁波氏がノーベル平和賞を受賞したことを中国の人は知らない、と思っている人がいるようですが、これは誤りです。

 その後、10月26日14:05付けで「中国網」が劉暁波氏を批判する文章「劉暁波:その人そのやったこと」をアップしました。「人民日報」のホームページもこの文章にリンクを張りました。この文章のポイントは以下のとおりです。

---「劉暁波:その人そのやったこと」のポイント---

(参考URL1)人民日報ホームページ
「劉暁波:その人そのやったこと」
(「中国網」2010年10月26日14:05アップ)
http://world.people.com.cn/GB/13053039.html

○劉暁波は「人を驚かすこと」で頭角を現した人物である。

○「1989年の政治風波」(第二次天安門事件)の時には、「名を上げるチャンスだ」として当時滞在していたアメリカから帰国し、「六四動乱」の首謀者となった。

(筆者注1:「1989年の政治風波」「六四動乱」は、ともに「第二次天安門事件」のこと。)

○彼は「香港が100年植民地だったのだから、中国は300年植民地でいても足りないくらいだ」と言ったり、「中国人は創造力が欠けている」と評したりしている。

○「六四」動乱の後、起訴され、涙を流して「懺悔書」を書いたが、その後もいわゆる「民主化運動」を続けた。

○アメリカのCIAが後ろにいるアメリカ国家民主基金会が補助する「民主中国」社に職を得て、年収23,004ドルを受け取っていた。

○2008年にいわゆる「零八憲章」をインターネットを使った扇動、誹謗の方法で発表した。「零八憲章」は中国の現行の憲法と法律を完全に否定し、党の指導と現行の政治体制の一切を否定し、西側の政治制度に変えることを主張して、段階的に民衆に混乱を起こさせ、「暴力革命」を吹聴する主張である。彼は2008年12月、国家政権転覆扇動罪で懲役11年、政治的権利剥奪2年の刑に処せられた。

(筆者注2:劉暁波氏は、2008年12月に起訴され、一審、二審の裁判の結果、2010年2月に刑が確定した。上記の記述は、起訴された時点で刑が決まり、裁判なんかどうでもよいのだ、という中国の現状を表していると言える。)

○彼は次のように主張している。「アメリカ人民によって確立され全世界を覆った自由秩序のためならば常を越えた代価が必要である」「自由の女神が持つ火が全地球を焼き尽くすことを想像する必要がある。全ての人は対テロリズム戦争に対する責任を有する」。

○劉暁波は、西側が中国を変革させようとする企みの「馬の前の兵卒」であり、中国人にとって唾棄すべき存在である。

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 上記の非難文の中で「零八憲章」がどんなものであるかを紹介していますが、ここで紹介するのだったら、「零八憲章」が発表された後、様々なサイトに転載されているものを片っ端から削除しまくっていたのはなぜなのか、という疑問がわきます。また、マルクス、レーニンや毛沢東が「資本主義を倒し共産主義を打ち立てるには『暴力革命』しかない」と主張していたことを考えると、「零八憲章」について「暴力革命を吹聴する主張だ」と非難することには大きな違和感を感じます。

 なお、劉暁波氏個人については、その主張に一部過激なものもあり、アメリカによるイラク戦争に賛意を表するなど、西側にも批判的に見る人もいるのは事実です。

(2)中国内陸部における若者らによる「反日デモ」と「人民日報」の反応

 10月16日(土)に四川省成都、陝西省西安、河南省鄭州で「反日デモ」が起きました。このデモは中国国内では報道されませんでしたが、16日夜の時点で、掲示板「強国論壇」には以下のような発言がアップされていました。

○「散歩」があったみたいだけど、どこ?

(筆者注:「散歩」とは「集団散歩」のことで、「デモ」と書くと削除される可能性があるので、それを避けるために掲示板などでよく使われる隠語)

○成都、西安、鄭州ですよ。

○今回の「散歩」は当局も支持していたんですかね、不支持だったんですかね? 御存じの方、教えて。

○当局も一枚岩っていうわけじゃないのかも。

 上記の発言は削除されずに残っていましたが、以下の発言はアップされてから30分程度後に削除されました。

○今回の「散歩」は単なる反日ではないのではないか。性質が変わる側面があるのではないか。政治改革への反対に対するひとつの反面教師を提示したのではないか。

 上の発言が削除された、ということは、ある意味では、この発言が当局の痛いところを突いた発言だったことを示すものだ、ということもできると思います。

 翌10月17日(日)には四川省綿陽で、次の週末の10月23日(土)には四川省徳陽で、24日(日)には陝西省宝鶏で、26日(火)には重慶市で「反日デモ」がありました。16日の成都、17日の綿陽でのデモでは、一部が暴徒化し日本車や日本関係の店舗の破壊が行われましたが、その他のデモは大きいものでも1,000人規模のもので、「民衆運動」と言えるような規模のものではありませんでした。

 ただ、注目されるのは24日に起きた宝鶏のデモです。このデモでは、「反日」の横断幕のほか、「複数政党と協力せよ」「住宅が高すぎ」「格差是正を」「報道に自由を」「英九兄貴、大陸へ歓迎します」といった党・政府批判の横断幕もありました(「英九兄貴」とは、台湾の馬英九総統に親しみを持って呼びかけた言葉)。反日の横断幕は紅い布に、その他の横断幕は緑や青の布に書かれており、デモの主催者は明らかに「反日以外の主張」をスローガンとして掲げることを意図したものと思われます。この四川省宝鶏でのデモは、外国メディアは注目していなかったため当日は報道されませんでしたが、翌25日になってフジテレビ系列がその映像を放映しました(ネットでも見られました)。これは現場で撮影した一般市民が報道関係者に映像を提供した可能性があります。映像を映せる携帯電話は世界全体に普及していますので、こういったことはありうることです。

 この宝鶏のデモで使われた直接的に党や政府の政策を批判するスローガンは、今までの中国ではあり得なかったことです。1989年の第二次天安門事件に関する情報が遮断されている中、過去の中国共産党や中国の中央政府に反対する大衆運動に対する当局の反応の恐さを知らない若者だからこそできた行為なのかもしれません。

 26日(火)には、ネット上で重慶市での「反日デモ」が予告されていました。重慶は内陸部の大都市であり、日本の総領事館もあり外国人報道関係者もたくさんいるので、ここでデモが起きれば世界に大きく報道されることになります。こうした若者たちの動きに対して、「人民日報」は10月26日付け紙面の4面に「愛国の熱情は法に従い理性によって発揮しよう」という評論を掲載しました。この評論は24日(日)15:56(北京時間)に「人民日報」ホームページ上に掲載されていたものです。

(参考URL2)「人民日報」ホームページ
「愛国の熱情は法に従い理性によって発揮しよう」
(2010年10月26日付け「人民日報」4面)
http://society.people.com.cn/GB/13046902.html

 しかし、26日の重慶市の「反日デモ」は起きました。人数的には1,000人ということですので、それほど大規模なデモでもなかったし、破壊行為等も起きませんでした。こういった動きに対応してかどうかわかりませんが、翌27日(水)の「人民日報」では、1面下の方に「正確な政治的方向に沿って積極的かつ穏健に政治体制改革を推進しよう」という署名入り評論を掲載しました。

 この評論のポイントは以下のとおりです。

---「正確な政治的方向に沿って積極的かつ穏健に政治体制改革を推進しよう」(鄭青原)のポイント---

(参考URL3)「人民日報」ホームページ
「正確な政治的方向に沿って積極的かつ穏健に政治体制改革を推進しよう」(鄭青原)
(2010年10月27日付け「人民日報」1面)
http://opinion.people.com.cn/GB/40604/13056137.html

○これまでも政治体制改革は進めてきた。

○トウ小平氏は、政治体制改革には「政局の安定性」「人民の団結と人民生活の改善」「生産力の発展に寄与できるか」がポイントであると述べていた。

○社会主義制度政治の優位さは、人民の力を集中させることにおいて、四川大地震などの自然災害、経済的ショック、政治風波の試練を通して、我々を円満に組織し、国際活動の場に対し、中華の大地のおける奇跡を示すことができた。

○正確な政治的方向に沿い、積極的かつ穏健に政治体制改革を進めるには、中国共産党による指導を確固たるものにすることが必須であり、党による指導を放棄するものであってはならない。

○中国の歴史と国情に立脚すれば、政治体制改革を進めるにあたっては、我々独自の道を歩まねばならない。決して西側のモデルに従ってはならず、多党制による権力のたらい回しや三権分立ではなく、ひとつにまとめなければならない。

○政治体制改革は13億の人口を抱える中国の実情から出発しなければならない。生産力、経済体制、歴史的条件、経済発展のレベル、文化教育水準のレベルを踏まえて、秩序だって一歩づつ進まねばならず、実情から離れたり、ステップを飛び越えたり、実現できないスローガンを唱えたりしてはならない。

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 三つ目の○の中にある「政府風波」とは、1989年の「第二次天安門事件」を示す言葉ですが、こういった文脈で「第二次天安門事件」をにおわせる表現を使うことは異例です。

 この「正確な政治的方向に沿って積極的かつ穏健に政治体制改革を推進しよう」という評論については、翌28日付け「人民日報」では「ネットワーカーが熱く議論」と称して、掲示板に掲載されたこの評論に対するネットワーカーの意見を載せています。載せられている発言は全てこの評論の論旨に賛意を表するもので、実際は「議論」になっていないのですが、「人民日報」としてはネットワーカーも「党の指導の堅持」や「西側をモデルとした政治制度導入に反対」といった党の方針を支持している、と言いたかったのでしょう。

 各地で起きている若者のデモはそれほど大規模なものではなく、北京、上海、広州など沿海部の大都市では起きていないので、最近の若者の動きが中国の政治体制に影響を与えるとは思えないのですが、「人民日報」がこういった「政治体制改革」に関する評論を連日掲載するところを見ると、中国の指導部の内部に相当な懸念があることを伺わせます。

 その懸念とは、尖閣諸島での漁船船長逮捕事件をきっかけとして起こった「反日デモ」と劉暁波氏へのノーベル平和賞受賞とが共鳴しあって、若者らの運動が反党・反政府あるいは民主化運動へと高まることです。それは上に述べたように「『散歩』は反日ではなく、性質が変わる可能性があるのではないか」との掲示板の発言を削除したことでもわかります。連日起きているのが「反日デモ」であるにもかかわらずが「人民日報」が「政治体制改革」に関する評論を連日掲載していることは、中国の指導部も「反日デモ」の背景に「現在の政治体制への反発」があることをよく理解しているのでしょう。

 実は、最近の掲示板「強国論壇」では、「一人一票」という言葉が流行っています。「一人一票」は、反党・反体制を意味しませんから削除対象にはなりません。数から言えば、反日や尖閣諸島(中国名:釣魚島)の案件よりも、この「一人一票」関連の発言の方が多いと思います。

 「社会会主義とは何か、資本主義とは何か。韓国と朝鮮(北朝鮮)を比較すれば一目瞭然じゃないか。」といった書き込みは削除されません。ただし、「あなたが貧乏人ならば、貧困の原因は『憲法』があなたの利益を代表していないからだ、ということは明白にわかるだろう。団結して闘争に立ち上がり、部分的な民主しかない『憲法』ではなく全人民がみんなで決めることを要求しよう!」といった書き込みは削除されます。直接的に党の方針に反対したり「体制をひっくり返そう」と呼び掛けたりしない範囲ならば、一定程度の発言は認めよう、というのが現在の中国のネットワーク・コントロール方針ですが、それで多様化する中国の若者たちを前にしてどこまで対応可能なのでしょうか。

 今日(2010年10月31日)で上海万博が終わります。「中国では、いろいろ問題があるけれども、『北京オリンピック』と『上海万博』という国際的大イベントが終わるまでは、社会の安定を崩すわけにはいかないから、何も動きはありませんよ。」とよく言われてきました。その「国際的大イベント」が終わった今、次の時代の新しい動きが始まりつつあるのかもしれません。

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2008年11月16日 (日)

中山大学の学生会主席選挙

 広州で売られている週刊紙「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)の2008年11月13日号の1面に、先頃、広東省にある中山大学で行われた学生会会長選挙(10月16日候補者決定、11月11日投票)の様子をリポートした記事が載っていました。

(参考1)「南方周末」2008年11月13日号記事
「学生会主席の直接選挙の全記録」
http://www.infzm.com/content/19860

 中山大学は、広東省広州市に本部を置く中国の革命の父・孫文(号は「中山」)にちなんだ由緒ある大学です。そこで、学生による学生会会長(主席)の選挙が、初めて個々の学生による直接投票により行われました。「有権者」の学生は、4キャンパスにわたり、総計33,123人いるとのことです。

 この記事では、4人の立候補者により約3週間に渡って繰り広げられた選挙の様子を克明にリポートしています。学生会は、法律的な権限を持つ組織ではありませんが、学生を代表して大学当局と話ができる、という意味では、一定の力を持つ組織だと思います。立候補の受付の後に「資格審査」がある、というのが、ちょっと「西側」の選挙と違うところですが、複数候補者制の下で自分たちの組織のトップを組織のメンバーが直接投票して選挙する、ということは、現在の中国では画期的なことです。(中国において日本の国会にあたる組織である全国人民代表大会の議員(全国人民代表)は、何層にも渡って行われる間接選挙の結果選ばれ、有権者による直接選挙ではありません)。

 この選挙では、立ち会い演説会があったり、ネット上での意見交換などがあったそうです。この「南方周末」の記事では、以下のようなネット上の意見を紹介しています。

○このような体制下では、学生会が真に独立して学生のためにことをなすのは難しいのではないか。

○「平民会長」の実現に期待している。

○アメリカの大統領選挙みたいだ。

 この記事では、立ち会い演説会で「学生会が政治的、政策的な問題に対処する時、某勢力に頼らざるを得ず、資金的にも何らかの組織によって制限を受けざるを得ず、人員上でも一定の『ブラックボックス操作』を受けることは避けられないのではないか?」といった「大胆な質問」も出されたそうです。この質問が出たときには「わぁ~」といういぶかる声が上がった、とのことです。投票結果は、投票率61.338%、第一位が7,644票、第二位が6,159票、第三位が3,474票、第四位が2,479票だった、とのことです。

 こうして当選した学生会会長が具体的にどのような問題で、どのような働きができるのかは、私にはよくわかりません。当選した学生会会長が翌日最初にする仕事は、大学の共産党委員会書記に挨拶に行くことなのだそうです。ただ、この「南方周末」には、中国人民大学政治学の張鳴教授による「大学は当然のこととして民主の練習場にならなければならない」というコメントが載っています。このコメントがこの中山大学の学生会会長選挙の意味を物語っていると思います。この中山大学の学生会会長選挙は、当然のことながら大学当局の公認の下に行われたのですが、この選挙は、複数候補制の下で自由な直接選挙を行った時、現代の若者たちがどのように対応するのか、を見るためのひとつの「実験」だった、と言えると思います。

 最近、新聞紙上では、地方政府がしっかりとした行政を行うためには、地方政府を第三者的立場からチェックするシステムが必要だ、という主張がよく見られるようになっています。地方政府における「司法の独立」「行政資源の分散」「定期的な選挙のよる行政トップの監視」を主張した「経済観察報」2008年11月3日号(11月1日発売)の論評「三鹿事件から政治体制改革を考える」もそのひとつです。

(参考2)このブログの2008年11月2日付け記事
「メラミン粉ミルク事件から政治改革を考える」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-23e8.html

 このほか11月14日付けの「新京報」の社説では、行政チェックの役割を人民代表(国会議員(=全国人民代表)を選ぶための選挙人)に負わせるべきだ、という主張をしています。

(参考3)「新京報」2008年11月14日付け社説
「都市建設の『腐敗の高度・多発』の根本には政策決定システムの欠陥がある」
http://www.thebeijingnews.com/comment/shelun/2008/11-14/008@021055.htm

 巨額の資金が動く都市開発や交通政策に関する政策決定を地方行政政府が一存で決定でき、誰からも監視を受けないことが問題なのであり、都市開発計画や交通政策を決定するにはその地方の人民代表の議決を必要とする、というシステムにして、行政に対するチェック監督機能を果たせるようにすべきだ、というのがこの社説の主張です。

 地方の公共事業などについては、地方政府が勝手に決められる現状を改め、人民代表が票決で許可・不許可を決められるようにすべきだ、という主張は、かつて「人民日報」にも掲載されたことがあり、中国共産党の内部でもかなりまじめに議論されている主張なのだと思います。

(参考4)このブログの2007年8月16日付け記事
「地方の工事は人民代表が決めるという実験」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/08/post_5988.html

 従って、私は地方政府の政策決定に対する何らかのチェック機能を設けるべきだ、ということは、党内でかなり真剣に議論されているのだと思います。その地方の人民代表にチェック機能を持たせることもできるし、地方政府のトップを住民の直接選挙で選ばせることによってチェック機能を働かせることもできる、ということで、現在、具体的にどのようにすればよいのか、を党の内部で議論しているところではないかと思います。その検討に当たってのひとつのデータを得るために、例えば中山大学のようなところ(比較的大学の数が少なく首都の北京からも遠い広東省)で、かつ政治的にはそれほど大きな影響を与えない「学生会会長選挙」という場を借りて実験的に行ってみた、というのが、今回の中山大学の学生会会長選挙ではなかったのか、と私は思っています。

 いずれにせよ、様々な試行錯誤をやってみることはよいことで、こういった試行錯誤の中から、一番よい方法を採用すればよいと思います。

 問題は、人民代表による監視にせよ、地方政府トップの選定に直接選挙によるチェックにせよ、既に政策決定権を「既得権益」として確保している現在の地方政府の幹部は、こういった「チェック・システム」の導入には強硬に反対すると思うので、こういった「抵抗勢力」の動きを、中央がいかにコントロールできるか、が、実際にこういった地方政府に対するチェック制度を実現する際のカギになると思います。

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2008年8月20日 (水)

中国経済はまた大型公共投資依存に戻るのか

 今日(8月20日)の中国大陸の株価は、一昨日(8月18日)の下げを回復する以上に上昇したようです。日本のネットのニュースによれば、オリンピック後、中国政府が大型の景気刺激策を打ち出す見通し、との報道がなされたことが株価上昇の原因だ、とのことです。景気刺激策とはどういう政策を採るのでしょうか。また、大型の公共事業に投資をしたりするのでしょうか。

 私も、中国の経済が収縮してよい、とは思っていませんが、人民元高や原油高などの構造的な原因で、輸出産業の不振が続く中、経済全体を支えるために、大型の公共事業に投資して雇用を創出する、といった政策がいつまでも続けられるとは私には思えません。私は、北京に赴任してから1年4か月、中国国内のいろいろな工業団地などを見ましたが、公共インフラの多くは、既に「過剰」のレベルにまで達していると思っています。現在、開発が終わった、あるいは開発中の全ての工業団地の全ての土地に工場が建つとはとても思えないからです。もし、今後また従来型の公共投資主導型の景気刺激策を採るのであれば、地方ベースでは、今後とも、農地がつぶされ、工業団地が建てられる、というタイプの事業が続けられる可能性があります。それだと、去年あたりから採っていた「バブルは小さいうちにつぶしておく」という政策を、また「バブルをさらに膨らませる政策」に逆戻りさせてしまうことになります。

 構造改革には常に「痛み」を伴いますが、今、中国政府にとっては、輸出企業の倒産による失業者の増大や不動産や株のバブルの崩壊による富裕層の資産の消滅のような「痛み」を伴う政策は怖くて採れないのかもしれません。しかし、景気が悪くなりそうになったら、公共投資で景気を刺激する、といった政策を繰り返していくと、中国の企業はそれに甘えてしまい、本当の意味での国際競争力を付けることができなくなります。いつまで経っても労働集約型産業への依存から脱却できません。それに、不動産や株が下がりそうになったら、政府が何らかの策を講じて下支えしてくれる、といった経験を何回も繰り返すと、投資家の中に自己責任をもって投資するというマインドが育たないと思います。

 中国の金メダル・ラッシュもようやく山を越え、オリンピックも残すところあと4日となりました。今回のオリンピックは、スポーツの面では、中国の人々の能力が非常に高いことを証明しました。経済の面でも、中国の人々の能力をうまく引き出し活用させることができれば、大型の公共投資に頼らずに経済成長を続けることはできると思います。既に中国の大学への進学率は22%を超えており、中国でも高学歴化が進んでいます。このまま大型公共事業と労働集約型産業への依存を強めた経済運営を続けていくと、人々の「働きたい」という欲求と雇用の場の提供とが、数の上では一致しても、質(要求する賃金など)の面でミスマッチが大きくなります。中国政府は、単に数字的に経済を失速させない、ということばかりでなく、中国の人々が自分たちの生活をどうしたいのか、という「思い」をうまくすくい上げるシステムを作り、それによって人々の欲求を的確に把握できるようにする必要があると思います。

 このブログの直前の記事で書いた人民日報のホームページにあった110mハードルを棄権した劉翔選手を励ますポップ・アップは、今日(8月20日)の朝の時点ではあったのですが、夜の時点では既になくなっていました。そろそろ「劉翔選手の棄権ショック」も治まってきただろう、と判断したのだと思います。このようにして、官製メディアが沸騰するネット議論の「ガス抜き」に気を使わなければならないこと自体、中国に人々の気持ちを吸い上げるシステムができていない証拠です。少しづつでよいので、時代の流れに合わせて、中国も変わって行って欲しいと思います。

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2008年5月 4日 (日)

「新京報」北京大学創立110周年記念特集

 今日(2008年5月4日)付けの北京の大衆紙「新京報」では、昨日、胡錦濤主席が北京大学を訪問したことを報じるとともに、北京大学創立110周年記念特集として、北京大学の歴史や北京大学卒業生の有名人に対するインタビューなどを掲載していました。

 胡錦濤主席の北京大学訪問の記事では、北京大学人文学部の袁行霈教授が胡錦濤主席との座談会で次のようなことを話したことが載っています。

○大学は非常に自由な学術環境が必要であり、自由な研究ができる前提の下でこそ多くの成果が得られるのである。

○(政府による)これまでの物質的な支援のほか、さらに重要なのはもっと多くの自主権を大学に与えることである。

○民族の文化を伝承し、人の理念と精神的な面を向上させるため、人文社会学科をさらに重要視ことを希望する。

(参考1)「新京報」2008年5月4日付け記事
「胡錦濤主席、北京大学を視察」
http://www.thebeijingnews.com/news/beijing/2008/05-04/018@074558.htm

 この袁行霈教授の話は、胡錦濤主席がライバル校である清華大学の理工系(水利技術学科)卒であることを意識しているものと思われます。また、この日の「新京報」の北京大学創立110周年特集号では、昨年11月に撤去された「三角地」について、歴史的には「北京大学の民主の壁」と呼ばれてきたことを紹介するなど、「新京報」の記事自身が「自由な学術環境」「大学の自主権」を重要視した内容になっていることが注目されます(ただし、さすがに「北京大学の歴史」「三角地の歴史」の中でも1989年のことについては触れていません)。

(参考2)このブログの2007年11月3日付け記事
「北京大学の『三角地』掲示板の行方」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/11/post_b865.html

 なお、昨日の胡錦濤主席の北京大学訪問については、「人民日報」で1面のほとんど全てをこれに関連する記事にあてるなど、大きく取り上げています。

(参考3)「人民日報」2008年5月4日付け1面
「心から深い気持ちを北京大学キャンパスに寄せる~胡錦濤総書記、北京大学視察の概要~」「北京大学の教授・学生代表との座談会における講話」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-05/04/node_17.htm

 5月4日は「五四青年節」で、北京大学は1919年の「五四運動」の発生の地ですから、5月4日付けの新聞で「北京大学特集」を組むのは別におかしくはないのですが、扱い方がやけに大きいなぁ、ということと「新京報」が「自由な学術環境」「大学の自主権」に重きを置いた記事にしていることが私の印象に残りました。

 今、北京大学と清華大学は、北京市の中関村地区で隣接して立地していて、中国のトップを行く大学としてライバル関係にあります。最近は、輩出する国家指導者の数やいろいろな学術研究の成果では清華大学の方が上だ、と考える人も多いのですが、「中国を引っ張ってきた」という歴史の重みとそれに裏打ちされた自負とプライドにおいては、まだまだ北京大学の方が上だ、と思っている人が多いのかもしれません。今日の「人民日報」や「新京報」の記事を見て、そんなことを思いました。

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2008年5月 3日 (土)

胡錦濤国家主席が5月3日に北京大学を訪問

 中国では、5月4日は、1919年の5月4日に始まった「五四運動」にちなんで「青年節」と呼ばれ、青年(14歳~28歳)には半日の休日が与えられる、という法定休日になっています。

---【「五四運動」に関する説明】(始まり)---

 1919年1月から第一次世界大戦の戦後処理について話し合うヴェルサイユ会議が開かれましたが、この会議において、中国は当時日本が占領していた山東半島を中国に返還するように要求していました。山東半島は、もともとドイツが租借地として支配していましたが、英仏に味方して第一次世界大戦に参戦した日本は、山東半島に出兵し、ここを占領しました。そして、日本は、1915年、「対華21か条」において、日本による山東半島占領を認めるよう中国に要求しました。英仏米もこの日本の要求を黙認したため、当時の中国の袁世凱政権はこの要求を飲まざるを得ませんでした。戦争が終わってドイツが負けたことから、中国政府は、アメリカ大統領ウィルソンが提唱していた「民族自決主義」の原則に基づき、山東半島を中国に返還するよう要求していたのです。

 しかし、第一次世界大戦の戦勝国側(英仏米日)がリードするヴェルサイユ会議は、この中国の要求を拒否しました。中国の要求が拒否されたことが伝えられると、中国の人々の列強各国、特に日本に対する怒りが爆発し、1919年5月4日、北京大学の学生らが天安門前へ向けてデモを行ったことをきっかけに、中国における反帝国主義の大衆運動が広がっていったのでした。これが「五四運動」です。5月4日は、中国革命において、学生ら青年たちの民族主義的な情熱から出発して、幅広い人々による大衆運動が広まった「真の革命」の出発点の日として、今でも歴史上の重要な日として位置付けられています。

---【「五四運動」に関する説明】(終わり)---

 世界を巡った北京オリンピックの聖火リレーに対して様々な妨害活動があったことから、今、これに反発して、中国のナショナリズムがいつになく高まっています。特にフランスでの聖火リレーに対する抗議活動が激しく、フランスのサルコジ大統領が「場合によってはオリンピックの開会式に出ないこともあり得る」といった発言をしていることから、中国の若い人たちの間にフランスに対する反発が高まり、フランスの会社が経営するスーパーマーケット「カルフール」での不買運動が起こるまでになっています(この不買運動は、「『カルフール』の大手株主がチベット独立運動グループを支援している、とのウワサがネット上で広まったことがきっかけになっています。「カルフール」側はこのウワサを否定しています)。

 中国国内のメディアも、「チベットでの動きに対する西側メディアの報道は偏向している」など、中国の人々の愛国主義的感情を煽るような報道をしてきたのですが、学生らの動きが「カルフール」の不買運動にまで発展したことを受けて、「愛国主義は重要だが、それは理性的に国家建設へ向ける必要がある」といった趣旨の論説を掲載するなど、ナショナリズムの過激化を警戒するようになってきています。特に、オリンピック成功へ向けて国際世論に対する配慮を示すため、チベット問題に関してダライ・ラマ側と非公式な接触を図ろうとしている中国政府にとって、あまりに過激なナショナリズムは好ましくありません。非公式とは言え、ダライ・ラマ側と接触しようとする政府に対して、学生らが「妥協しすぎだ」と反発すると困るからです。5月4日は、ナショナリズムの国民運動の出発点である「五四運動」の記念日なので、この日をきっかけに学生らの動きが、中国政府の思惑を超えるほどに盛り上げることは、中国政府としても困るのです。

 そんな中、5月1日に日本の時事通信は「胡錦濤国家主席が5月4日に北京大学を視察することを予定している」というニュースを配信しました。私は「まさか」と思いました。北京大学は「五四運動」の発生の地です。また、北京大学の学生は今でも「自分たちが中国をリードしている」というプライドを持っています。そんな中、「五四運動」の記念日に国家主席が北京大学へ行ったら、国家主席に「直訴」しようとする学生らに格好のきっかけを与えてしまうことになるからです。国家主席自らが「愛国主義の熱情は素晴らしいもので理解できる。しかし、その情熱は理性的に社会の建設のために向けて欲しい。」と訴えることは非常に重要なことだと思うのですが、それを5月4日に胡錦濤主席自らが北京大学に出向いて行うのはあまりにも刺激的だ、と私には思えました。また、警備上の都合から言っても、国家主席の視察日程が事前に報道されることはあり得ないはずだ、と私は思いました。

 ところが、今日(5月3日)夜7時から放送された中国中央電視台の「新聞聯播」によると、胡錦濤国家主席は、5月4日ではなく、今日(5月3日)に北京大学を視察した、とのことです。このテレビのニュースでは、胡錦濤主席が大学生らと和やかに交流したり、白人の外国人留学生と交流して国際的な相互理解の重要性を強調したりしている姿が放映されました。胡錦濤主席が5月4日に北京大学へ行く、という時事通信の報道は、一種の「おとり情報」だったようです。5月4日の前日に電撃的に行くことで、胡錦濤主席は、過激な学生らに「直訴」されるようなことなく、「愛国主義の熱情は理性的な方向へ向けよう」「国家の団結も重要だが、それを基にした国際的相互理解もまた重要だ」という強いメッセージを学生たちに発することに成功したと思います。

 一方、5月2日時点での日本での報道やBBC、CNNでは、ダライ・ラマ側の特使は、5月3日に中国に入って中国側と接触する予定、と報道していました(一部の報道では、ダライ・ラマ側の特使が行く場所は北京だ、と報道していました)。「五四」の前日にダライ・ラマ側と接触したりしたら、ナショナリズムで高揚している学生たちを刺激するだけで、タイミングとしては悪すぎる、と私は思いました。

 ところが、北京時間5月3日夜の報道によると、ダライ・ラマ側の特使は5月3日に中国に入ったが、中国政府の関係者と会談するのは5月4日だ、とのことです。また、NHKのニュースなどの報道によると、会談の場所は北京ではなく広東省深セン(香港の北隣)だ、とのことです。中国政府とダライ・ラマ側との非公式な接触については、中国国内のメディアでは伝えられていません。日本や欧米のメディアは、中国側やダライ・ラマ側から非公式に流される情報に「踊らされて」いるようです。こういった「水面下の交渉」が行われる時間や場所は、交渉がそれこそ「水面下」で行われるので、正確な情報はオモテには出ないのが普通なので、流される情報に振り回されないようにする必要があると思います。

 また、昨日(5月2日)、今日(5月3日)の時点で「カルフール」を意味する中国語の「家楽福」を中国の検索エンジン(百度(バイドゥ)、Yahoo!、Google)で検索すると「法律の規定に基づき検索結果が表示されません」と表示され、検索することができません。インターネットによる不買運動の動きが広がることを防ぐため、当局によるインターネットアクセス制限が掛かっているからのようです。

 こういったインターネット・アクセス制限については、当局側が公表しないのはもちろんのこと、中国の新聞でも報道されないのが普通なのですが、今日(5月3日)発売の経済専門週刊紙「経済観察報」(2008年5月5日号)では、1面に載せた「カルフールの5月1日」(中国語で「家楽福5月1日」)と題する記事の中で、「カルフール」の語が百度で検索できないことを伝えています。

 一方、中国「カルフール」のホームページに非常に似た(スペリングで1字違いの)アドレスを持つ愛国主義を訴える過激なイメージのサイトには、アクセス制限が掛かっておらず、閲覧できる状態になっています(このサイトでは「オリンピックを妨害するいかなる言論や行動に対しても断固として反対しよう」というスローガンが掲げられていますが、「不買運動をしよう」などとはひとことも言っていないので、削除やアクセス制限の対象になっていないものと思われます。しかし、そのアドレスを見れば「カルフール」を対象にしていることは明らかです)。

 また、新華社のホームページには、伝えられる記事に対する意見を書き込める掲示板が付いているのですが、「カルフール」の不買運動に対して「理性的に対応しよう」という専門家の論評に対する掲示板には、「専門家は何もわかっていない」など、不買運動を支持する書き込みが削除されずにそのまま掲載されています。

 胡錦濤主席の北京大学訪問を伝える5月3日の「新聞聯播」では、チベットのラサ地区がこのメーデー連休から国内の観光客に開放されたこと、北京で「チベットの今昔展」が開かれておりこれを見た多くの人が最近のチベットの発展に満足の意を示していることが伝えられていました。新華社等の公式メディアでは、今の時点でも「チベット独立派」「ダライ集団」の不当性を訴える記事を「これでもか」という程に連日報道しています。

 このようにナショナリズムの高まりや「カルフール」の不買運動、中国政府とダライ・ラマ側との非公式な接触に関する情報は、「何が本当で、なにが『おとり情報』なのか」「当局は、どの情報を制限し、どの情報の流布を許可し、世論をどの方向に持っていこうとしているのか」が現在よくわからない状況になっています(それゆえに、外国メディアの中には、中国当局の内部で対応の仕方に対する路線対立があり、軸足が定まっていないのではないか、と論評するところもあります)。

 ただ、インターネットの掲示板などでは、激しくナショナリズムを高揚させるような書き込みがありますが、「不買運動をやろう」と呼びかけられていた一昨日(5月1日)、北京市内にいくつかある「カルフール」の店舗のうち、店の前に人が集まって店に入る客に不買を呼びかける、といった目立った活動が行われたのは、北京大学などに近い中関村店だけで、そのほかの店では、大きな動きはなかったようです(ただ、「経済観察報」の記事によると、ほかの店でも、いつものメーデー連休に比べてお客はかなり少なかった模様です)。

 そういった状況も踏まえると、大多数の中国の人々は基本的に冷静なのだと思います。聖火リレーは、5月1日の香港を皮切りにして、中国国内に入りました。中国国内では、さすがに「抗議行動」などはないと思うので、これ以上「騒ぎ」が大きくなることはないと思います。ただ、オリンピック本番で、ナショナリズムの熱情に燃えた一部の若い人たちが、外国人との間でトラブルを起こすことだけは避けて欲しいと思っています。

 いずれにせよ「五四青年節」の前日に胡錦濤国家主席が自ら北京大学へ行った、ということは、党・政府も事態を重要視していることの表れだと思います(表向きは、開校110周年の記念式典に出席した、ということになっていますが、「五四」のタイミングを狙って行ったことは明らかです)。「不買運動」などをやっている若い人たちの気持ちが本当に「愛国主義」に基づくものなのであれば、彼らはこの胡錦濤国家主席の気持ちを汲み取って理性的に行動するはずである、と私は信じています。

(2008年5月5日深夜追記)

 上記の文章で「中国『カルフール』のホームページに非常に似た(スペリングで1字違いの)アドレスを持つ愛国主義を訴える過激なイメージのサイト」について書きましたが、5月5日夜現在、このサイトは、削除されたのか、あるいはアクセス制限が掛けられたからなのかわかりませんが、見ることができなくなっています。違法と指摘されないように注意して作られたサイトのように見えましたが、やはり見たイメージがちょっと過激な感じがしたので削除されてしまったのか、あるいは自主規制して自分で削除してしまったのかもしれません。

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2008年4月26日 (土)

「ダライ・ラマと対話の用意がある」の意味

 昨日(4月25日)、中国の新華社通信は「中国政府の関係者は、分裂活動やオリンピックへの妨害活動をやめるのならば近日中にダライ・ラマの私的代表と話し合う用意がある」と発言した旨伝えました。この報道が日本の長野での聖火リレーの前日で、長野での抗議活動をやるかもしれないと伝えられていた活動家グループ「国境なき記者団」が日本に入国する直前になされたことに、私は中国側の「意図」を感じました。

 私が想像する中国側の「意図」とは以下のようなものです。

○5月初旬にも予定されている胡錦濤国家主席の日本訪問を直前に控えて、聖火リレーへの妨害活動等に関連して欧米各国とはぎくしゃくした関係にある中国側としては、今までこの件に関して積極的に中国批判を行って来なかった日本との関係を良好なままに保ちたいと思っており、そのためには長野の聖火リレーにおいて中国に対する大きな抗議活動が起こっては困る。

○「中国政府がダライ・ラマ側と接触する用意がある」との意図を示せば、聖火リレーに対して抗議活動を行ってきた人々の抗議の根拠がなくなる。もしそれでも抗議活動を行えば、それは「政治的な主張に基づく正当な抗議」ではなく、単なる「嫌がらせの妨害行為」ということになり、もし混乱が起きても日本国民の世論が抗議者側に賛意を表することはなくなる。

 つまり、この「ダライ・ラマ側と接触する用意がある」という新華社の報道は、もちろん国際世論に配慮した、という意味はあるものの、そのタイミングを考えると、特に日本に対して出された「中国は日本とだけは友好的な関係を維持したい」というメッセージであると捉えていいと思います。

 4月26日に長野で行われた聖火リレーは、ロンドンやパリのような騒ぎにはなりませんでしたが、物が投げつけられたり妨害行為があり、逮捕者も出ました。また、集まった中国人留学生らと抗議行動を行おうというグループとの間で小競り合いがあり、中国人留学生ら数人がケガをしたとのことです。この長野の聖火リレーについては、中国のメディアは「聖火は日本の人々に歓迎されてリレーは成功裏に終了した」と報道したのみで、妨害行為や中国人留学生がケガをしたことは伝えていません。こういった報道の仕方も「日本との間ではギクシャクしたくない」という中国政府の「意図」を表していると思います。

 今後注目すべきなのは、今回の「ダライ・ラマ側と接触する用意がある」との中国政府関係者の発言が、単なる国際世論(特に日本に対する)メッセージだけで終わるのか、実際に中国政府がダライ・ラマ側と接触し、問題解決の話し合いのテーブルに着くかのかどうか、です。EUの代表は「もともとダライ・ラマ14世は『中国からの独立は主張していない』『自治の確立とチベットの文化や宗教の保護を求めているだけ』『北京オリンピックの開催は支持する』と主張しているので、中国政府とダライ・ラマ側との話し合いが持たれれば問題解決の余地はあるのではないか。」との期待を表明しています。この期待が現実のものになるとよいのですが。

 問題は、これまでさんざん「ダライ集団は国家を分裂させようとしている」とダライ・ラマ側を批判して国内の民族主義的な感情を煽ってきた中国政府が急に「ダライ・ラマ側と話し合う用意がある」との考え方を示したことに対して、中国の人々(特に若い人々)がどのように反応するかです。「ダライ・ラマ側と話し合う用意がある」との政府関係者の発言を伝える新華社電は、中国国内でも人民日報や中央電視台のテレビ・ニュースでも伝えられ、一般の中国国民にも既に伝わっています。今日(4月26日)は土曜日で、この後、5月1日からの3連休、5月4日の「五四青年節」(1919年5月4日以降、列強各国(特に日本)に対して当時の若者たちが民族主義的主張を掲げて起こしたことを記念した日)になりますから、今は若い人たちが何か動きを見せる時間的に余裕が持てるタイミングです。「五四青年節」に向けて、若い人たちがどう動くのかが気になります。

 民族主義的熱気に包まれた若者たちが「ダライ・ラマ側と話し合うなどとんでもない」と考えて、中央政府の考え方に反発するような動きを見せたりすると、話が複雑になります。もしそうなったら中国政府は、これまでダライ・ラマ側や西側報道機関を強烈に批判するキャンペーンを行って来たことの反動を自分で受け止めなければならないことになります。(新華社のホームページにある「ダライ・ラマ側と話し合う用意がある」という記事に付けられている掲示板には「政府の意向を支持する」という発言が並んでいますが、これが本当にネットワーカーの意見を代表するものであるとは、私にはとても思えません)。

 別の観点から捉えれば、この時点で「ダライ・ラマ側と話し合う用意がある」との発言が公表されたことは、中国の党・政府の中で問題解決に対してどういう手法を取るかについての「迷い」(別の言葉でいうと内部での路線対立)があることを表しているのかもしれません。

 いずれにせよ、私は、中国の若者たちが過激な行動に走ることなく、国際的な感覚をもって(=外国の人々が自分たちの行動をどう受け止めているのか、を自覚して)、冷静に行動することを期待しています。問題は、今の若者たちは1989年の事態を知らない世代であり、1989年の事態に関する情報からいっさい遮断されているということです(1989年の事態に対する情報に関しては、インターネットで閲覧しようとしてもアクセス制限が掛かっています)。私としては「オリンピックを契機とした穏やかな歴史の前進」を改めて願いたいと思います。

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2007年11月 3日 (土)

北京大学の「三角地」掲示板の行方

 11月1日付けの「京華時報」は、北京大学のキャンパスの中にある「三角地」と呼ばれる場所にある掲示板が前日撤去されたことを伝えていました。

(参考1)「京華時報」2007年11月1日付け記事
「北京大学の三角地掲示板、撤去される」
http://epaper.jinghua.cn/html/2007-11/01/content_172048.htm

 大学側の説明によると、もともとここは学生の間の情報交換のための掲示板だったのだが、最近はほとんどが商業広告で占められてきており、本来の学生間の情報交換の役目を果たしておらず、しかもその商業広告の中にはニセモノの広告などの怪しげな広告も多くなり、北京大学のキャンパス内にいくつかの来年のオリンピックの競技会場となる施設も作られていることなどを考えて、構内環境の浄化の観点から撤去した、とのことです。上記の京華時報の記事によると、大学側は、その場所に電光掲示板を設置して、情報提供の役割を引き続き果たすようにしたいと考えている、とのことです。

 これに対しては、「三角地」は、様々な情報交換が行われてきた北京大学の「文化」のひとつである、として、撤去を惜しむ声が上がっています。11月2日付けの「新京報」の評論欄には、方維民という北京の学者が書いた「三角地の現状を保持することには今でも意義がある」と題する文章が載っていました。

(参考2)「新京報」2007年11月2日付け「馬上評論」の欄
「北京大学の『三角地』の現状を保持することには今でも意義がある」
http://www.thebeijingnews.com/comment/zonghe/1044/2007/11-02/011@074830.htm

 この文章の筆者は、北京大学の「三角地」は、多くの北京大学生が意見を発表し、情報を交換してきた場所であり、北京大学の文化のひとつのシンボルである、と指摘しています。また、この「三角地」が撤去された件について、寛容と批判の精神を北京大学の中でいかに継承していくかの観点で惜しむべきものであり、多くの人が考えるべき問題だ、とも指摘しています。

 また、11月2日付けの「新京報」の記事によると、「三角地」の掲示板の撤去は学内で大きな論争を引き起こしているとのことです。

(参考3)「新京報」2007年11月1日付け記事
「北京大学による『三角地』の撤去は論争を引き起こしている」
http://www.thebeijingnews.com/news/beijing/2007/11-01/011@082357.htm

 このように学内で論争になっていることから、2日に行われたシンポジウムの冒頭、北京大学の許智宏学長は、「三角地」を撤去した後、この一帯に「学生活動センター」を作ることも可能である、との考えを示した、とのことです。

(参考4)「新京報」2007年11月3日付け記事
「北京大学の『三角地』に学生センターを建設する計画」
http://www.thebeijingnews.com/news/beijing/2007/11-03/021@071251.htm

 来年8月に行われる北京オリンピックでは、卓球など一部の競技会場が北京大学のキャンパス内に建設されています(国としては土地が確保しやすいことと、オリンピック終了後は大学のスポーツ施設として使えるので、これは合理的な話だと思います)。また、オリンピックにおけるマラソンコースの一部は北京大学のキャンパス内を通ります。そのため、例えばマンホールの出っ張りでランナーがつまずかないようにするため、など、北京大学のキャンパス内の道路の補修工事などが急ピッチで進められています。10月29日からは、キャンパス内の道路補修工事による渋滞を緩和するため、大学関係者の車、お客を乗せたタクシー、事前に登録した車以外の車はキャンパスに入ることが禁止になりました。

 そういった動きの中では、乱雑で怪しげな商業広告があふれるようになってしまった「三角地」の掲示板を大学側が撤去した理由については、それなりの説得力があるのですが、学内での論争や北京の新聞の反応を見ていると、多くの人が「単なる乱雑な掲示板の撤去」ではないものを感じて、警戒心を持ったのではないかと思います。

 中国の現代の歴史の中で、北京大学の学生たちが果たした様々な役割は、人々の記憶に残っているところです。歴史上のどういう事態に、北京大学の学生がどのように関与したのか、について具体的な例を挙げることは、ここでは控えたいと思います。今回の「三角地」の撤去がオリンピックへ向けての単なるひとつの環境整備事業のひとつなのか、それとも「何かの始まり」なのか、それは私にはわかりません。ただ、私としては、「単なる掲示板の撤去」ではない「何か」を感じたので、この文章を書き残しておきたい、と思ったということを申し上げておきたいと思います。 

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2007年8月24日 (金)

ネットで集会を呼びかけた大学院生が拘束

 今日(8月24日)付けの北京の新聞「京華時報」によると、インターネットで最近のマンション価格の高騰に抗議する集会を呼びかけた大学院生が警察に拘束され、14日間の「行政拘留」の処分を受けた、とのことです。

(参考)「京華網」上の「京華時報」2007年8月24日付けA10面記事
「大学院生、不法な集会を煽動したとして拘束される」
http://epaper.jinghua.cn/html/2007-08/24/content_147073.htm

 この記事によれば、この件の顛末のポイントは以下のとおりです。

○28歳の大学院生が「最近部屋代が異常に高くなっていることに抗議する集会を○○月××日に△△△でやろう。みんなで集まって共同で抗議しよう。集まる人の数が多くなれば政府も重視せざるを得なくなるだろう。」という呼びかけをインターネットで行った。この呼びかけは多くのネット上の掲示板やブログに転載され、携帯メールでも転送された。

○これを受けて警察が捜査を開始した。警察は、この呼びかけを行った大学院生を特定し、住所を突き止めた。8月21日の夜9時、警察はこの大学院生の住居に乗り込んだ。この大学院生は、不法な集会を開くことを計画して煽動した、として「治安処罰法」に基づいて14日間の「行政拘留」処分に処せられた。

○この大学院生は、警察が自分の部屋に踏み込むまで、ネットで集会を呼びかけることが違法だとは思っていなかった。我が国では集会やデモをやる場合には、その形式や場所、人数、スローガンなどを公安機関に申請して、許可を得てからでないとできないのである。

 中国では、インターネット・プロバイダーは、公安当局からの要請があれば必要な情報は提供しますので、集会の呼びかけをした人の住所を警察が知ることはそれほど難しいことではありません。また、例えば、インターネット・カフェでも、ブースに入る前にお店に身分証明書を見せて自分の名前を登録する必要があるので、中国の場合、基本的に匿名でインターネットで何かを発言することはできません(例え、ネット上での発言が匿名であっても、その発言を誰が行ったのか、は、わかる人にはわかっている、ということです)。

 9月になると、夏休みが終わって、大学に学生が戻ってくるので、そういった時期を前にして「警告」の意味も含めて、この記事は報道されたのだと思います。

 中国では、ネットワークでブログなどの公の目に触れるサイトを作るに当たっては、ポルノや麻薬の売買、凶悪犯罪の教唆などに関係するものばかりでなく、政治的に問題になるものも「法律違反」となる場合がありますので、注意が必要です。

 先日、中国国内にあるインターネット・プロバーダーから「以下のようなサイトは違法なので、そのようなサイトを作っているようならば自主的に撤去してください。期限までに撤去しない場合は当社(インターネット・プロバイダー)が強制的に撤去しますので御了承下さい。」という「お知らせ」が来ました。その「お知らせ」に載っていた「違法なサイト」のリストの概要は以下のとおりです。

(1)憲法や決まっている基本原則に反対するもの

(このブログの筆者注)「決まっている基本原則」とは、例えば、四つの基本原則(社会主義の道、人民民主主義独裁、共産党の指導、マルクス・レーニン主義や毛沢東思想の遵守)などの基本方針のことです。また、中国では「共産党の指導の下に政治を行う」ことが憲法で規定されているので、それに反対する意見を載せているサイトは「違法なサイト」となります。

(2)国家の安全に危害を加え、国家秘密を漏洩させ、国家や政権の転覆を謀り、国家の統一を破壊するもの

(3)国家の名誉と利益を損なうもの

(4)民族間の怨嗟を扇動したり、ある民族を蔑視したり、各民族の団結を破壊するもの

(5)国家の宗教政策を破壊し、邪教や封建的な迷信を煽るもの

(6)デマを広げ、社会秩序を乱し、社会の安定を破壊するもの

(7)わいせつなもの、ポルノ、賭博、暴力、凶悪犯罪や殺人、テロまたは犯罪を教唆するもの

(8)他人を侮辱または誹謗し、他人の合法的な権利を侵害するもの

(9)法律、行政上の規定により禁止されているその他の内容

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 私が今書いているこのブログ(ココログ)は、日本の会社@ニフティが運営している日本国内に置かれたサーバー上にあるのですが、書いている私は今中国にいます。私は、外国人であってもその国にいる時はその国の法律を守るべきだ、と考えていますので、私は中国にいる間は中国の法律に違反するようなことをこのブログに書くつもりはありません。従って、例え、私が考えていることで日本国内ならばブログに書いても違法にならないような事項であっても、上記に掲げたような「中国ではネットワーク上で発言することが法律違反になるようなこと」はブログには書かないつもりです。このブログを御覧になっている皆様は、そのあたりを御拝察の上、御覧いただけると幸いです。

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2007年7月10日 (火)

教育部の学外居住禁止令、チャイナ・ディリーにも批判記事

 7月6日に発表された教育部による大学生の学外居住を原則として禁ずる通知については、7月10日付けの中国の全国版英字紙「チャイナ・ディリー」でも、「コメント」欄のコラムに「疑問のある規則」と題するこの教育部の方針を批判する記事が掲載されました。

"China Dayly" 2007-07-10
"Questionable rule"
http://www.chinadaily.com.cn/opinion/2007-07/10/content_5425013.htm

 この記事では以下のポイントが述べられています。

○教育部は、学生の安全確保のために学外の居住を禁止する、と言っているが、報道によれば、学生を対象とした犯罪の約半分が学内の宿舎において起きている。

○この禁止令は、教育管理を強化するため、との理由であるが、18歳以上の大人である学生から居住場所を決める権利を奪ってまで行う価値があるのだろうか。

○大学内の宿舎は、設備は便利ではないのにそれなりに高い室料を徴収するところがある。経済原則に則って、学生に自分の住むところを選ばせることは、学生に市場経済のルールを学ばせるための格好の勉強材料ではないのか。

○学内結婚をした学生のための宿舎を用意している大学はほとんどないが、これらの学生をどう扱うつもりなのだろうか。

 最近のチャイナ・ディリーの「コメント」欄には、中央政府の現在のやり方に対して意見を述べたり、地方政府のやり方を批判したりする記事が載ることはありますが、中央政府の一機関の個別具体的な方針に対して、真っ正面から疑問を呈した記事を載せるのは珍しいと思います。一昨日(7月8日)のこのブログの記事にも書いたように、国営新華社通信が、賛成論、反対論を平等に扱っていることなどを考え合わせると、この教育部の方針については、まだ、世論の動向を探っている段階なのだと思います。もしかすると、党や政府の内部にも、不必要に大学生の反発を買うような方針は好ましくない、と考えている人がいるのかもしれません。

 いずれにせよ、大学は、夏休みに入りつつありますので、当面、表立った動きは起きないと思います。

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2007年7月 8日 (日)

教育部が大学生の学外での宿舎賃借を原則禁止

 中国の教育部は、7月6日、学生が大学の外で部屋を借りて住むことを原則として禁止する通知を発表しました(通知自体は6月19日付け)。

(参考1)中国教育部のホームページ
「教育部事務局による大学生の宿舎を更に一歩良好にするための管理に関する通知」
http://www.moe.gov.cn/edoas/website18/info30102.htm

 これによると、「教育管理を強化するため」、今後は、大学内での学生用宿舎の整備を行うので、原則として、大学生が自分で学外に部屋を借りて住むことは認めない、とのことです。やむを得ず、学外に住む必要がある学生は、その旨必要な手続きをするように、とのことです。この通知には「学生宿舎と学生用アパートは、大学生の思想政治教育を展開するための重要な陣地である。」という表現もあり、今の中国社会の空気からすると、随分と保守的な雰囲気の漂う通知になっています。

 6月19日付け通知を7月に入ってから発表したのは、多くの大学が既に夏休みに入り、夏休みの間に新入生(中国の新学期は9月から)が宿舎を探したりすることから、その際の参考になるようにと、この時期に発表したものと思われます。この類の通知は、今までにも2004年、2005年に出されてきたけれども、必ずしも厳密には守れれてきていなかったようです。

 現在の中国の学生宿舎は、普通、大学の敷地内にあり、大学によって状況は様々ですが、学部学生の場合、1部屋に4人または1部屋に8人が寝泊まりする寄宿舎のようなタイプのものが一般的のようです。

 現在、中国の都市部ではアパートやマンションの類は数多くあります。ただ、中国の「大人たち」の中には「学生は寄宿舎生活をするのは当然。一人で部屋を借りるなんてぜいたく。だいたい、そういうことができるのは金持ちのこどもだけであって、部屋を借りたくても借りられない苦学生のことを考えるべきだ。」と考えている人も多いのは事実だと思います。 

 ただ、ちょっと意外なのは国営通信社の新華社が、この教育部の方針について、中立的な立場を採っていることです。新華社は下記のように、ネット上に掲示板を掲げ、掲示板に寄せられた教育部の通知に対する賛成意見、反対意見、建設的な提案を平等に紹介しています。

(参考2)
「新華社」2007年7月8日07:38にアップされた掲示板
「大学生の学外での部屋借りについては、禁止してすぐ効果があがるだろうか?」
http://news.xinhuanet.com/forum/2007-07/08/content_6340748.htm

 この新華社の掲示板に書かれている「素油湯麺」というペンネームの記者が書いた記事によると、教育部の担当者は「これは校外での居住に安全性の問題があるためと、学生を集団宿舎に寄宿させて管理を強化し、学生間の交流を強化するためだ。この通知は原則であって、各大学はこれを基にしてそれぞれ具体的な措置を決めればよい。」と述べている、とのことです。一方、この記者がある大学の事務局に聞いたところでは、大学事務局は、学外に住んでいるかどうか、学生が自主的に報告して来ない限り把握しようがないので、学外に住んでいたとしても処罰することはできない、と言っていることを伝えています。

 また、この記者が学生に聞いたところでは、学内の寄宿舎は不便だし、夜遅くまで勉強したくてもできない、と教育部の「禁令」に不満を述べていた、とのことです。ある女子学生は、「大学の宿舎内の2人の友達が宿舎に帰ってきていないが、一人は進学試験のために夜遅くまで勉強しているようだし、もう一人はボーイフレンドと『二人の世界』を持っているからのようだ。でもみんなもう大人じゃないですか。」と言っていた、とのことです。

 この掲示板では、ほかにも、いろんな人が「そもそも大学の宿舎も結構高い。街には結構安い部屋もある。」とか「いや、やっぱり学生は大学内の宿舎にいて当然。」といった意見をいろいろ書いています。中には「『原則として禁止』と言っている、ってことは、『禁止しなくてもよい』ってことじゃないの」といった冷めたことを言っている人もいます(この手の掲示板には、管理人がいて、書き込まれた全ての意見が掲載されているわけではないことには、御留意下さい)。

 さらに、ちょっと意外だったのは、7月8日(日)の中央電視台の朝のニュース「新聞天下」の「皆さんからの御意見募集」のコーナーで、この問題を取り上げたことです。このコーナーは、日頃話題になっている案件について、携帯メールで視聴者の意見を募集するコーナーで、いつもは「夏休みの計画は皆さんはどうしますか?」といったたわいのないテーマが多いのですが、7月8日は「大学生が学外に宿舎を借りることをどう思うか」でした。

 新華社や中央電視台でこういった動きがあるのは、教育部が通知を出したものの、学生から強い反発が出ても困るので、政府が世論の動向を探っているからではないか、と私は思いました。

 なお、7月8日付けの北京の大衆紙「新京報」では、この教育部の方針に批判的なコラムを掲載しています。

(参考3)
「新京報」2007年7月8日付けコラム「観察家」
「大学生には学外で部屋を借りる権利があるか」
http://comment.thebeijingnews.com/0845/2007/07-08/021@011611.htm

 このコラムのポイントは以下のとおりです。

○大学生は法律上は成人であり、その権利を根拠なく奪うことはできない。

○今、中国は開放化、自由化の流れの中にある。人々が自分の才覚で手にした自由は大切にしなければならない。

○教育部のこの通知を厳格に守ろうとすれば、既に学外に部屋を借りている学生は、部屋を解約しなければならないが、その違約金などの賠償金は誰が払うのか。

○ただでさえ大学の教授、学生は学内にいて社会との関係が希薄になる傾向がある。学生が学外に住んで学外の社会との関係を保つのは悪いことではない。

○今、外国の大学生の状況は、1人1部屋が普通である。我が国では博士課程の学生でも2人1部屋であり、学部学生の場合は8人1部屋が一般的である。今、大学は立派な事務棟や立派な校門を作っているところが多いが、禁止令を出す前に、まず学生宿舎の環境を整備することの方が先決である。

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 上記の新聞記事などには出てきませんが、私は、もう一つ、別の背景があるのではないか、と思っています。それは、大学内の学生宿舎のインターネット環境が必ずしもあまりよくないことに関連しています。大学によってもちろん違いますが、北京の有名大学でも、学生用に無料のインターネット回線が開放されているそうですが、この学生用の回線では、国外のサイトへはアクセスできないのだそうです。理由は、インターネット回線は回線数が限られており、大学教授の部屋など教育研究に必要な部署へ優先的に割り当てられるため、数が多い無料の学生用回線には十分な太さの回線が割り当てられず、外国のサイトへのアクセスはできないようにせざるを得ない、ということのようです。学内には、外国のサイトへアクセスできる有料のアクセスポイントもあるようですが、やはり学生は、お金がもったいないので、無料のアクセスポイントを使いたがるようです。

 今、中国でも、街にインターネット・カフェがありますので、お金があれば、誰でも外国のサイトへアクセスすることはできます(ただし、中国にとって「有害な」サイト(中国語版ウィキペディアなど)は国境のところでブロックされるので、中国国内(注)からは、どこからでもアクセスできません)。ただ、中国のインターネット・カフェは、ブースを借りるのに身分証明書(学生の場合は学生証)を提示する必要があるので、誰がどこへアクセスしているかは把握できるようなシステムになっています。こういうことを考えると、教育部は、学生が大学の管理の外にある宿舎からインターネットへアクセスするのは好ましくない、と考えているから今回のような方針を発表した、と考えることもできるかもしれません。

(注)インターネット上の中国の「内と外」の堺は中国本土と香港との間にあります。香港からは、日本などと同じように世界中のどこのサイトへでもインターネットでのアクセスが可能です。香港は中国の一部ですから、上記の文章中で「中国国内から」と書くのは正確ではなく、正しくは「中国本土境内から」と書くのが正しいのです。

 いずれにせよ、今回の「原則として大学生は学外に宿舎を借りて住むことは認めない」という教育部の方針は、もし厳格に適用されるとなると、大学生たちからかなり強い反発を受ける可能性があります。新華社や中央電視台の動きを見ていると、政府は世論の反響を見極めようとしていると思われるので、あまり厳格には適用されることはないかもしれません。いずれにせよ、9月の新学期が始まるときには、どの程度厳しく適用されることになるのか、はっきりすることになると思います。私は、個人的には、政府は学生から不必要な反発を受けるのを防ぐため、この方針はあまり厳格には適用されないのではないか、と思っています。

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