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2011年3月 6日 (日)

消された言葉たち:検閲と「人民に主張させよ」論

 チュニジアとエジプトでの政権崩壊の後、2011年2月20日から、インターネット上で中国の各都市で日曜日の14時に集まって集会とデモをやるような呼び掛けがなされています。今のところ集会もデモも起きていませんが、大勢の見物人と外国の報道陣が集まったたり、いくつかの場所では数人の人が公安当局に連行されています。

 ネット上で呼び掛けは行われていますが、現在のところ見物人や報道陣が集まるだけで、肝心の集会やデモは起きておらず、「革命」と呼べるようなものは片鱗すらありませんが、多くの人々の間には「中国ジャスミン革命」という言葉が登場しています。中国の大手検索サイト「百度」(バイドゥ)では、「中国茉莉花革命」は、最高級の敏感な単語にされているようで、「中国茉莉花革命」で検索を掛けると、「関係法令と政策に基づき検索結果を表示することができません」という表示が出て、検索結果が全く表示されません。

 下記の百度のサイトでそれを確認するきことができます。中国語と日本語の漢字は異なりますが、「百度」には優秀な「類推機能」が搭載されているので、日本語ソフトで日本の漢字を打ち込んでも検索結果は表示されます。中国におけるネット検閲を実感できると思います。

(参考1)中国最大の検索サイト「百度」(バイドゥ)
http://www.baidu.com/

 「中国」を付けずに「茉莉花革命」だけで検索すると、冒頭に「関係法令と政策に基づき、一部の検索結果は表示できません」と表示されて、中東のジャスミン革命のサイトなどの検索結果が表示されます。

 中国では、毎年恒例ですが、3月3日から「全国人民政治協商会議」が、昨日(3月5日)からは「全国人民代表大会」(中国では両方を合わせて「両会」と呼ばれます)が開幕しました。先週の日曜日(2011年2月27日)の午前中、温家宝総理が「人民日報」ホームページ上にある掲示板「強国論壇」に登場して、約2時間にわたり、ネットワーカーと会話しました。温家宝総理がネットワーカーとやりとりするのは2009年の「両会」の時期から始まった、これも一種の「恒例行事」ですが、今年は集会やデモの呼び掛けがなされている中でのネット掲示板への総理の登場なので、私も約2時間にわたりネット上で「傍聴」させてもらいました。

 ネット上には、それこそ「玉石混交」の様々な質問・意見がアップされましたが、温家宝総理は、その中からいくつかの質問を選んで答えていました(実際は、画面を見て、温家宝総理が口頭で答えるのを、隣にいるオペレーターがキーボードで打ち込む、という作業でした。その様子の写真は新華社のホームページなどで公開されています)。

 いろいろな発言が飛び交う中、「ジャスミン」(茉莉花)とか「政治体制改革」といった言葉は出てきませんでした。おそらくはそういった直接的な単語は、「敏感な語」フィルターで遮断しているのだろうと思います。自動検閲フィルターをくぐり抜けた発言はいったんは掲示板にアップされますが、人間の管理人が「まずい」と気づいた発言は、すぐに(明らかに「まずい」ものは数分後、削除するかどうか迷うような微妙な発言は場合によっては20分くらい経ってから)削除されます。温家宝総理が登場していた時間帯では、総理を批判するような発言はすぐに削除されていましたが、そのほかにも次のような発言が削除されていました。

○なんか一番関心があるであろうと思われる敏感な単語が出てきませんね。

○政0治0体0制0改0革の話はいつ出るんでしょう。

○正治改革が進んでいないことに対するネットワーカーの提議に対する答えは旧態依然としていますね。

 後の二つは、単語に余計な記号をわざと割り込ませたり、わざと誤字を使ったりする、自動検閲機能をくぐり抜けるための常識的テクニックですが、やはり「政治改革」という単語は、この場では「使ってはならない敏感な語」だったようです。

 ただ、先頃、鉄道大臣が解任された件(汚職が背景にあるとされる)については、温家宝総理は、きちんと答えていました。その際のネットワーカーとのやりとりは次の通りです。

ネットワーカー:「先頃、鉄道部の劉志軍部長が解任され、広東省の茂名市の羅蔭国も審査を受けています。ネットワーカーの中にはこのことに対して拍手をしないものはいませんでした。でもこれは大臣や市の幹部が権力を一手に掌握して権力を乱用していることが問題なのではありませんか?」

温家宝総理:「この事件は、我が党と政府がどんなに地位が高い者であっても容赦はしないことを示している。私は、もし物価の上昇と汚職腐敗現象が同時に起これば、人民の不満を引き起こし、重大な社会問題に発展すると考えている。我が党と政府はそれを重視し、今回のような処置を行ったのである。」

 温家宝総理は、幹部の腐敗に関する答の中で、ネットワーカーが聞いてもいないのに「物価上昇」を取り上げて、幹部の腐敗と物価上昇が同時に起こると重大な社会問題に発展する、という認識を示しました。これは本音でしょう。温家宝総理自身、中国共産党弁公庁主任として、1989年、六四天安門事件の処理に当たった人ですから、二重価格制度廃止の失敗により急激に進んだ当時の物価の上昇が「党・政府幹部の腐敗反対」という形で吹き出して第二次天安門事件に発展したことをよく認識しているのだと思います。言葉でごまかしたりせず、「本音」を素直に言葉にするところが、温家宝総理が現在の中国共産党幹部の中では一番と言っていいほど人民から人気を得ている理由のひとつだと思います。

 「強国論壇」は、中国共産党機関紙「人民日報」のホームページ上にある掲示板ですから、ネット上の掲示板の中でももっとも「権威ある」掲示板だと思います。そこでも様々な発言に関して何が「検閲」で消され、何が許されているか、を私はいつも注目して見ています。

 3月3日に「中国人民政治協商会議」が始まって以降、例えば、次のような発言は一度アップされましたがすぐに「検閲」によって削除されました。

○私と代表とは全く関係ないのだけれど、あの代表たちは、誰を代表してるんでしょう? 私を代表しているわけではない! なぜなら私は投票用紙をもらっていないからだ!

○正確に問いたい。選挙を通じて選ばれた代表なのか?

○民主がまだ疎外されているなか、法律体系が基本的に成立していると言えるのか?

○38名は億万長者である。アメリカ議会の最も裕福な議員よりも金持ちである。

 最後の発言は、外国のメディアで全国人民代表大会に参加する代表の中の38名が億万長者と言える大富豪であると報じられたことに対する発言です。中国共産党中央の幹部を名指しで批判したり、デモや集会を呼び掛けたりするような発言はすぐに削除されますが、上記のような発言は「微妙なところ」です。私が見ることができた、というのも、アップされてから削除されるまで、管理人が「迷って」いたので削除されるまでの間、少し時間が掛かり、その間に私が見ることができた、ということなのでしょう。

 今日(2011年3月6日)見た「強国論壇」では、次の発言が削除されずに残っていました。

●西側の民主制度にはまだ足りない点が残っているけれども、それは有史以来、最も民主的で、最も公務員に対する拘束力を与え監督するための最も強固な制度である!

 これに対するコメントとしては以下のものが、これも削除されずに残っていましたが、数時間後に見たら「○」の発言だけ削除されていました。

●腐敗した官員は西側の民主制度を最も嫌悪している。

○官員が一番西側民主主義の実行をいやがっているのだ。

●全面的な西側化には反対する、と人民日報評論員は言っている。

●この件については、私はそうは思っていない。なぜならアメリカの社会最底辺の人々は現在でも苦しんでいることを私たちは知っているからだ。いろいろな方法を研究し、やり方を探すべきだ。

(上記のコメントに対する再コメント)●世界の3分の2の苦しみを受けている人民は、我々が解放されるのを待っている。

 最後のコメントは、「中国ジャスミン革命」をけしかけているようにも見えるのですが、削除されていません。上記のうち「○」は、検閲を担当している検閲官が自分自身が批判されているように感じて削除した、というのが本当のところかもしれません。これらのうち、どれが削除対象でどれが削除対象でないか、は、おそらくは検閲担当官一人一人によって判断が異なると思います。

 いずれにせよ、中国の状況が中東などと異なるのは、こういった「検閲の実態」のようなものが、外国人である私にも簡単にわかってしまう、というある意味での「中国的いい加減さ」です。中国の多くの人々にとっては、こういった「制限はあるけれども、検閲をかいくぐって表現する方法がいくつかある」という状況が、一種の「ガス抜き」になっているのでしょう。

 「検閲をかいくぐる」という意味では、最近、下記の二つが話題となりました。

 一つは今年(2011年)の春節(旧正月)映画の「譲子弾飛」(姜文監督作品)です。この映画は、当然のことながら中国当局の検閲を経た上で中国国内で上映された作品ですが、興行成績はよく、ヒット作品と言える、とのことです。私は見ていませんが、カンフー・アクションあり、お色気あり、ギャグあり、パロディありといった娯楽作品なんだそうですが、2011年2月18日に配信されたネットニュースのサーチナによると、この映画には政治的な暗喩が含まれているのではないか、と評判になっているそうです。

 というのは、この作品は、民国8年(辛亥革命後8年目)の中国において匪賊のボスが庶民とともに悪者と戦う、という話なのだそうですが、冒頭で匪賊とその義兄弟が馬に引かれた列車を転覆させる、という場面が出てくるそうです。「馬列車を転覆させる」という部分に関し、「いくら民国8年の時期だといっても、馬が列車を引っ張る、という設定は不自然ではないのか。『馬列車』って『馬克思・列寧主義』(マルクス・レーニン主義)のことじゃないのか?」と観客は思うのだそうです。もし、これが「マルクス・レーニン主義を転覆させる」という意味だったら、今の中国においては「とんでもないこと」です。

 映画の最後の方では、「馬列車」が上海の浦東へ向かう、というシーンがあるそうですが、民国8年当時は、上海の浦東には何にもなかったことから、これは巨大開発が行われ上海万博が行われた上海浦東地区を「資本主義の象徴」と捉え、「マルクス・レーニン主義が資本主義へ向かう」という暗喩ではないか、という見方もあるとのことです。

 「譲子弾飛」が政治的暗喩を含むのではないか、という話は、ニューズ・ウィーク2011年2月21日号でも取り上げられています。姜文監督自身は、「考えすぎだ。映画をどう見るかは観客の勝手だ。」と言っているそうです。しかし、姜文監督(俳優でもあり映画監督でもある)は、1980年代に、時代の流れに従って風見鶏的に右に左に世を渡る中国共産党員を冷ややかに描いた映画「芙蓉鎮」に出演し、2000年には中国当局の検閲を得ないで映画「鬼が来た!」(鬼子来了!)を撮影し、7年間にわたり映画撮影を禁止された、という経歴を持ちます(「鬼が来た!」は2000年度カンヌ国際映画際で審査員特別賞を受賞しています)。それを考えると、姜文監督が映画に何らかのメッセージを混ぜたことは、おそらくは間違いないことだと思います。興味深いのは、この映画「譲子弾飛」が検閲をパスし、中国国内でヒットした、ということです。

 私は1988年に北京で映画「ラスト・エンペラー」(1987年:ベルナルド・ベルトルッチ監督作品)の試写会を見たことがあります。この中で、満州国皇帝の溥儀が日本から帰国した時、総理大臣が出迎えに来なかったことについて、溥儀が「なぜだ」と側近に聞いたところ、側近が「息子が共産党員に殺されてしまったものですから。」と答える場面があります。この場面で中国の観客はドッと受けました。中国共産党員が「偽満州国」の総理大臣の息子を殺すことは「正しい愛国的行為」なので中国国内でも何の問題もない場面ですが、「共産党員が人を殺す」という直接的な表現は中国の映画ではあり得ないセリフなので、観客は「ドッと受けた」のでした。だから、「暗喩」とは言え、「譲子弾飛」の中で、「日頃言えないこと」が表現されていると、観客は「ドッと受け」たので、この映画がヒット作品になったのでしょう。

 「政治的暗喩」としては、劉暁波氏が受賞者不在のままノーベル平和賞を受けた次の週末に「南方都市報」に載った「空椅子と鶴の写真」(「鶴」は「賀」と同じ発音)があります。これも「南方都市報」では、「(政治的暗喩と考えるのは)考えすぎだ」とコメントしているようですが、こういった案件は「検閲」をかいくぐる方法はいろいろあることを示しています。

(参考URL2)このブログ(イヴァン・ウィルのブログ(ココログ))
2010年12月19日付け記事
「『南方都市報』の『空椅子』と『鶴』の写真」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/12/post-9b5f.html

 もう一つの「検閲をかいくぐった」例として、小説「李可楽の立ち退き抵抗記」(李承鵬著)があります。これについては、2011年3月3日付けの毎日新聞が記事を書いていました。中国では、土地が公有制であり農民に土地の所有権がないことから、地方政府が農民から土地を強制収容して、それを開発業者に売って巨大な利益を得ることが広く行われています。農民には補償金が支払われますが、農民はしばしば土地収用に反発し、数多くの争乱事件を起こしています。「李可楽の立ち退き抵抗記」は、小説の形でその実態を描いた作品で、30万部のヒット作になっているそうです。上記の毎日新聞の記事によれば、作者の李承鵬氏は「検閲の際にいくつかの語を修正したが、出版はできた。数年前だったら、このような作品は中国では出版できなかっただろう。」と語っていたそうです。

 報道や言論の自由を一定程度認めて、地方の党・政府が行っている「とんでもないこと」を是正しない限り、一般人民の不満は中国共産党体制そのものへの反対として吹き出す恐れがある、という考え方は、中国共産党中央の認識でもあり、そういった危機感が土地の強制収容を指弾するような小説の出版が認められた背景にあるのだと思います。

 最近、北京大学憲法学教授の張千帆氏が「人民に有効に改革に参画させよ」と題する論文を書き、それがいくつかのネット上に転載されています。この中で張千帆教授は、2007年に福建省厦門(アモイ)で住民の「集団散歩」がPX工場(有毒なパラキシレンを製造する化学工場)建設を止めさせたこと、同じような行動で磁気の影響を心配する周辺する住民が上海のリニア・モーターカー路線の延長を止めさせたこと、などの例を取り上げて、人々が主張をすることにより、返って事態が平和裏に解決されたことと指摘して、安定的に改革を進めるためには、むしろ人々に主張させ、執政者がその声を聞くことが重要であると指摘しています。そして、その点は、まさに中華人民共和国憲法が第35条で各種の言論の自由が保障されている理由である、と指摘しています。

※最近の中国の住民運動の例としては、このブログの下記の発言をご覧ください。

(参考URL3)イヴァン・ウィルのブログ(ココログ)2008年1月16日付け記事
「上海のリニア延長反対の住民が『集団散歩』」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/01/post_cd3c.html

(参考URL4)イヴァン・ウィルのブログ(ココログ)2008年1月28日付け記事
「中国における最近の住民運動の例」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/01/post_a9b2.html

 様々な検閲があり、公安当局が集会やデモはさせない、といった態度を取っている中で、ネット上で、検閲の間を抜けて、こういった議論が交わされていることは、むしろ、現在の中国が一定の「まともさ」を持っている証拠だと思います。

 今日(2011年3月6日)も中国の各地で集会やデモが呼び掛けられているようですが、公安当局は、厳重な警戒で実際に集会やデモが起きないように警戒しているようです。また、外国メディアに対しても、そういった人々が集まる様子や公安当局の取り締まる様子を取材しないように指示しているようです。しかし、今は、メディアがなくても、ほとんどの人が動画機能を持った携帯電話を持っている世の中です。検閲や取材規制には限界があります。上記の張千帆教授のようなまじめな議論は、もはや封じ込めません。また、上記の小説「李可楽の立ち退き抵抗記」に対する検閲の態度に見られるように、党中央の多くの人々自身も、全ての言論を封じ込めることは無理だし、むしろ全てを封じ込めることは体制の維持にとってマイナスだ、と考えていると思います。

 遅いか早いか、ゆっくりと穏健な方法であるか、急激な激しい方法であるか、の別はともかくとして、歴史は確実に前へ進んでいくと思います。

以上

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2009年3月18日 (水)

中南海の向かいの住宅群の撤去工事開始

 今日(3月18日)付けの北京の新聞「新京報」の記事によると、北京の中心部、天安門前を東西に走る長安街の南側の国家大劇院から中国共産党中央組織部のある交差点の間とに残されていた古い住宅がある地区(対象面積約4万平方メートル、約700戸が住んでいる)の住宅の撤去作業が一昨日(3月16日)から始まった、とのことです。この撤去作業により、また古い北京の胡同(フートン:横町のようなもの)がいくつか消えることになります。

(参考)「新京報」2009年3月18日付け記事
「西長安街の拡張のための撤去作業が開始」
http://www.thebeijingnews.com/news/beijing/2009/03-18/008@022312.htm

 この場所は、中国共産党本部や共産党幹部の住居のある「中南海」の正面入り口に当たる「新華門」の長安街を挟んでちょうど真向かいのあたるあたりです。北京を東西に貫く大通りである長安街は、天安門から西へ歩くと、南側は、天安門前広場、人民大会堂、国家大劇院と巨大な建造物が続きますが、国家大劇院の西側は、まだ一般の住居が残っており、古い胡同もいくつか残されています。長安街沿いは、もうほとんど近代的なビル群として再開発されてしまっていますが、この一帯だけは開発されないで残っている数少ない貴重な部分でした。しかし、ついにここも取り壊されることになったようです。取り壊しの目的は「長安街の道路拡張と特殊用地にするため」とのことです。「特殊用地」とは何に使うための土地なのか、私は知りません。今年10月1日の中華人民共和国成立60周年の式典の際に、何らかのイベントをやるために使う用地なのかもしれません。

 中国の場合、土地の私有は認められておらず、都市部の土地は全て国有なので、国家が何かに使うために住んでいる人の立ち退きを決めたら、住民に拒否権はありません。一定の合理的な補償金が支払われた上で、住民は立ち退かなければなりません。今回の撤去作業が行われることになった場所は、北京市のど真ん中もど真ん中ですし、目の前の長安街の下には地下鉄も通っているので、場所的には最高の場所です。そのため、「新京報」の記事によれば、補償金も50万元(約700万円)程度と、かなり高い金額が出されるようです。ただ、この一帯は、住宅を売りに出すとすると評価額は1平米あたり25,095元(約35万円)程度する(北京の普通のマンションの価格の2倍以上)そうですから、50万元程度の補償金では、全然足りない、と考えている人もいるようです。しかも、代替地として提供されるのは、北京市内の昌平区東小口、朝陽区常営、海淀区上地といった郊外の土地で、都心に住み慣れた人には相当の不満があるようです。

 撤去予定地の住人たちに対して、どれくらい以前から話がなされていたのかは不明ですが、上記の「新京報」の記事によると、「表向き」の話としては、計画が公示されたのが2月20日、住居の撤去が公告されたのが3月6日で、実際の撤去作業の開始が3月16日ですから、相当に急な話のように見えます。10月1日の国慶節のイベントのために急に決まった話なのかもしれません。移転に合意して、実際に撤去工事が始まったのはまだ一部で、移転に合意していない人もいるようです。

 しかし、ここは場所的には中国共産党本部の真ん前ですから、ここで揉め事が起こったら、中国共産党のメンツに係わると党の幹部は考えるのではないかと思います。だから、住民と揉めないように、あまり無理をすることはないだろうし、必要とあれば補償金の額も上乗せすると思うので、揉め事になることはないと思いますが、もし10月1日の国慶節のイベントに使うため、という理由だとすると、時間的に期限が限られているので、かなり強硬な手段を採る可能性も否定できません。ここは、天安門前広場のすぐ近くですし、観光客や外国人もよく行く場所なので、何か動きがあったら、相当に目立つ場所です。

 今ある国家大劇院も、同じようにもともとあった古い住居の住人にどいてもらって作った建物ですし、この種の住居移転話は北京市内のどこででもやっている話だし、それに、長安街の両脇は全てビル群に変わるのは時代の流れでしょうから、この住宅撤去話自体はそう不自然ではないのですが、私の感覚からすると、何も建国60周年という「敏感な年」にこんな目立つところで揉める可能性のあることをわざわざやらなくてもいいのになぁ、と思います。

 北京オリンピックが終わってしまったので、次は「中華人民共和国建国60周年記念式典」を何が何でも成功裏に終わらせる、というのを「絶対目標」にして、引き締めを図ろうという意図があるのかもしれません。もしそうなのだとしたら、建国60周年は慶祝すべき話だと私も思いますけど、常に「これだけは絶対やるんだ」という「絶対目標」を常に掲げていないとまとめられない社会というは、やはりおかしいと思います。

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2009年1月 8日 (木)

ある観光塔は「折騰」の典型

 先頃、建設途中で計画が中止になった重慶市にある観光塔が爆破され取り壊されました。

(参考1)「中国中央電視台」ホームページ2009年1月6日08:54アップ記事
「重慶の『三峡明珠観光塔』が破壊された」
http://news.cctv.com/china/20090106/101892.shtml

 「三峡明珠観光塔」は、主要部の高さ92メートルの観光用の塔で、一番上の部分に回転式の展望台が付く予定になっていた建物です。建設費3,500万元(4億9,000万円)が費やされた建設プロジェクトで、2005年の春節(旧正月)前の竣工を目指して2004年3月に工事が開始されました。しかし、この2005年4月に突然建設が中止され、その後3年半にわたって放置されてきました。結局、工事は完成しないまま、このたび破壊された、というものです。

 この「三峡明珠観光塔」について、1月7日の「北京青年報」は、「これこそ『折騰』の典型だ」と指摘しました。「折騰」とは、胡錦濤総書記が昨年12月18日の改革開放30周年記念式典で「不動揺、不懈怠、不折騰」(「動揺しない、怠けない、むちゃなことをしない」というのが最も適当な訳のようです)として使った言葉です。

(参考2)「新華社」ホームーページ2009年1月7日10:14アップ記事(「北京青年報」からの転載)
「『三峡明珠観光塔』は『折騰』の典型だ」
http://news.xinhuanet.com/comments/2009-01/07/content_10616849.htm

※「折騰」の意味については、このブログの2008年12月26日付け記事
「胡錦濤総書記の謎の言葉『不折騰』」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-2c5d.html
を参照してください。

 地方政府の幹部は、自分の在任中に行った業績を誰が見てもわかるように、何か目立つものを作りたがります。そういう目立った建物などの建設プロジェクトは中国では「イメージ・プロジェクト」と呼ばれています。((参考1)の記事では中国語で「形象工程」と言っています)。

 結局「三峡明珠観光塔」は完成することなく、建設費の3,500万元はムダになってしまったわけですが、中国各地でこういったムダな投資が行われていると言われています。胡錦濤総書記は、こういったことを止めさせよう、と訴えたのだと思います。

 世界的金融危機に対する対応として、昨年11月、中国政府は4兆元(約56兆円)に及ぶ景気刺激策を発表しましたが、今、この景気刺激策のかなりの部分のお金がまた「イメージ・プロジェクト」として消費されてしまうのではないか、という懸念が生まれています。選挙や自由な報道のない中国では、地方の党・政府の幹部がこういった「イメージ・プロジェクト」へ走るのは簡単です。誰も批判する人がいないからです。中央はこういった「イメージ・プロジェクト」をやらせないように監視していますが、広い中国のことですから、目が届きません。「イメージ・プロジェクト」を請け負う建設会社等は地元の有力企業であることが多いですから、これらの地方の有力企業と地方の党・政府の幹部が結託すれば、「イメージ・プロジェクト」はすぐに生まれてしまいます。

 投資効果のない「イメージ・プロジェクト」は、将来の中国に財産として残ることなく、単に一部の建設業者の(そして多くの場合、地方の党・政府の幹部の)懐を肥やすことだけで終わってしまいます。2010年末までの間に使われる4兆元の景気刺激策が、本当に有効なプロジェクトに使われるのかどうか、それをどうやってチェックしていくのか、これから2年間が中国の将来へ向けての正念場になると思います。

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2008年12月 3日 (水)

景気刺激策の中で農地の収用は抑制可能か

 中国が示した総額4兆元(ここ数日の円高元安傾向のレートだと約54兆円)の大規模な景気刺激策については、その7割近くを地方が負担するのではないかと見られていますが、その財源として地方政府が安い補償金を支払うことによって農民から土地を収用してそれを開発業者に高く売って得る収入でまかなうのではないか、と私は懸念している、と、先日このブログで書きました。

(参考1)このブログの2008年11月28日付け記事
「『史上最大のバブル』の予感」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-793d.html

 この私の心配は単なる空想ではなく、中国政府当局自体が実際に心配していることがはっきりしました。今日(12月3日)、国土資源部副部長の鹿心社氏が記者会見し、土地の収用については国が許可を行うという制度を通じて地方政府がいわゆる「土地財政」に頼ることがないようにする、と説明しているからです(中国の「部」は日本で言えば中央政府の「省」に相当する役所です。従って、国土資源部副部長は、日本式に言えば国土資源省の副大臣です)。

(参考2)「新華社」ホームページ2008年12月3日18:52配信記事
「国は土地を収用することによって収益をするという『土地財政』を抑制する方針」
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-12/03/content_10451315.htm

 この新華社にアップされている記事には、「某地方政府」が「大衆の利益」と書かれた木になっている果実をもぎ取って「開発業者」に渡す場面がマンガで描かれています。この記事によると、ある市または県において、ある年に耕地を新規で建設用地に造成した土地のうち15%以上が違法状態だった場合、あるいは15%に満たなくても状況が重大で、影響がひどい場合には、当該地方政府の責任者は責任を問われる、とのことです。この国土資源部副部長の発言は、「地方政府が農民から土地を収用することによって財政収入を得ることは許さないぞ」という中央政府の決意を発表しているわけなのですが、この発表を聞いた地方政府の責任者は逆に「新しく開発した土地のうち違法なものが15%未満だったら責任を問わないと国の責任者が認めたわけだ。」と思うに違いありません。

 この「15%を超えたら責任を問う」という話は別の記事にも載っていました。

(参考3)「京華時報」2008年12月3日付け記事
「小産権房の処理を巡っては『責任を大衆に負わせる』ことをしてはならない」
~北京市国土局長、再度、農村の宅地用土地を都市住民のために流用することは厳禁するとの態度を表明~
http://epaper.jinghua.cn/html/2008-12/03/content_371521.htm

※中国のこの種の新聞のホームページではかなりうるさい「ポップアップ広告」が表示されることがありますので御注意ください。

 「小産権」(または「小産権房」)とは、村などの集団に所有権がある農村の土地を農民から収用してその上にマンションや別荘を建てて、都市住民(その村の住民以外の者)に販売している不動産物件のことです。都市の中心部から距離は離れているが、都心部よりかなり価格が安く、購入希望者が多いことから、相当の数販売されています(北京市の場合、流通しているマンション等の約2割程度は「小産権」であるとのこと)。しかし、農村の土地は、農地にしろ農民住居用土地にしろ、集団所有(村などの集団が所有している)のだからその集団のメンバーではない都市住民にはその土地に対する使用権は一切認められていないので「小産権」という不動産物件は違法である、というのが、政府(中央政府の国務院や北京市政府)の見解であり、実際、その考え方に沿った裁判の確定判例が出ています。

(参考4)このブログの2007年12月18日付け記事
「都市住民の『小産権』購入は違法と確定判決」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/12/post_bf8b.html

(参考5)このブログの2008年1月9日付け記事
「国務院が『小産権』に関し明確な通知を発出」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/01/post_4000.html

 上記「参考3」の「京華時報」の記事によると、北京市国土局の魏成林局長が昨日(12月2日)明らかにしたところによると、2008年の上半期に北京市の14の郊外地域にある区や県で行われた新規に造成された土地のうち件数にして67%、面積にして57%が違法または規定に違反していたものだった、とのことです。魏成林局長は、今後、各レベルの地方政府において、法律や規定に違反している土地の割合が15%を超えた場合には、その地方政府の責任者は責任を追及される、と述べています。この発言は、上記「参考2」にある「新華社」の記事に載っている国土資源部の鹿心社副部長の今日(12月3日)の発言と一致していますので、これが中央政府の統一方針なのでしょう。

 それにしても北京市の魏成林局長の発言は、上記(参考4)(参考5)の私のブログに書いてある通り、2008年初頭には裁判所の判決や国務院の明確な意思表示が出ていたにもかかわらず、依然として2008年前半に北京市の郊外地区で新規に造成された土地の、件数にして7割近く、面積にして6割近くが違法状態である、ということを示しています。つまり裁判所や中央政府が見解を違法だと明確に示しているにも係わらず、実際はほとんどの人は「そんなことは関係ない」と平気で違法な開発を行い、北京市政府当局もそういった実態を取り締まることはできなかった、ということを北京市当局の責任者が認めた、ということです。中央政府や北京市政府は、実態的に取り締まれないので、15%を超えたら責任を問う、という形で「取り締まろうという姿勢を示すこと」しかできないのだと思います。中国政府は「中国は法治国家になった」と盛んに自分で言っていますが、実際は、誰も法律を守っていないし、守らせることもできていない(きつい言い方をすれば、中国では政府が行政府としての機能を果たしていない)という現状を示すひとつの事例だと思います。

(注)「麻薬」や「銃」や「中国共産党を批判する言論」に対してはきちんとした取り締まりができているのですから、法律執行能力の面において「中国政府に取り締まり能力がない」と思うのは間違いです。「土地を開発することによって収入を得たい農村」と「安い別荘やマンションが欲しいと思う都市住民」の希望を押しつぶしてまで取り締まると政府に対する反発が強まる、と考えて、強硬な取り締まりができないのだと思います。

 上に述べたように、今回の「15%を超えたら責任を問う」という国土資源局副局長の発言は、地方政府に「15%以下ならばやってもいいんだ」という「免罪符」を与え、農民からの土地収用を促進することになるので、発言としては逆効果だったのではないかと私は思います。私は、上記の報道を見て、ますます(参考1)「『史上最大のバブル』の予感」で書いたような、農民からの土地の収用が進むことにより今後数年間のうちに「大量の不良債権不動産が蓄積される」「土地を失った大量の農民が失業者となる」「中国の農地面積が食糧確保のために最低限必要な面積を下回る」といった危機的状態が起こるのではないか、との懸念を強めました。

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2008年11月28日 (金)

「史上最大のバブル」の予感

 この世界的信用縮小の時期に「『史上最大のバブル』の予感」とは何事か、とお思いのことと思います。しかし、私は、昨日(11月27日)の中国の国家発展改革委員会の張平主任の記者会見の様子をネットで読んでいて、思わずそういうふうに感じてしまったのでした。

 御存じのように世界的な金融危機を受けて、中国は11月9日、2010末までに4兆元(約60億円)を投下する、という10項目の景気刺激策を発表しました。

(参考1)このブログの2008年11月10日付け記事
「中国の景気刺激策は世界を救うのか」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-cce7.html

 この景気刺激策の内容について、昨日(11月27日)、国家発展改革委員会の張平主任が記者会見を行ったのです。

(参考2)中国政府ネット「国務院記者会見」
「さらに内需を拡大させる問題に関する記者会見の状況」(文字記録)
http://www.gov.cn/wszb/zhibo288/wzsl.htm

 この中で張平主任は、4兆元を何に使うかについて、以下のように述べました。

(1) 安全な住居の提供:2,800億元(シェア7%)
(2) 農村の民生向上と農村インフラ建設:3,700億元(シェア9%)
(3) 鉄道、道路、空港、都市の電力網:1兆8,000億元(シェア45%)
(4) 医療衛生、文教事業:400億元(シェア1%)
(5) 生態環境保護事業:3,500億元(シェア9%)
(6) 自主イノベーションと経済構造改革:1,600億元(シェア4%)
(7) 災害を受けた地域の復旧・復興:1兆元(シェア25%)

 話の順番としては、住宅などの民生、農村・農民対策などを掲げていますが、金額的な割合を見ると、鉄道、道路、空港等の建設や災害被災地の復興・復旧で全体の7割を占めています。今回の景気刺激策が、いわゆる「ハコもの」「建設プロジェクトもの」を中心とする公共事業型景気刺激策であることがよくわかります。医療衛生・文教事業のシェアがたった1%とは、「第一は民生だ」と述べている張平主任の発言と、その中身とが一致していない、と言わざるをえません。

 この記者会見で、張平主任は、4兆元のうち中央による投資は11.8億元(全体の29.5%)である、と述べており、残りは地方などが投資を行う、との見通しを述べています。これら中央の景気刺激策発表を受けて、各地方では一斉に景気刺激のための景気のよい事業プロジェクトの発表が相次いでいるようです。上記の記者会見で、ある記者は、「中央は『4兆元の投資』と言っているが、不完全な集計ではあるが、各地方で発表されている各地の景気刺激のためのプロジェクトの投資額を全部合計すると18兆元にも上る、と言われている。1年後、世界経済が回復したら、中国はまたバブル状態に陥ってしまうのではないか。」と質問しています。これに対して、張平主任は「プロジェクトの実施は中央が許可するという制度は維持し、監督・監査を強化して、重複投資を防ぎ、地方の投資も中央が決めた方向へ向かうようにし、経済構造改革、発展方式の転換、民生問題の解決、生態環境問題の解決に向かうようにする」と答えています。

 今年(2008年)前半まで、中央政府のマクロ経済政策は、地方における過剰投資がバブル化して、北京オリンピック終了後に崩壊することを懸念して、地方の投資を抑えるための様々な方策を講じてきました。ところが、北京オリンピックが終了した後の今年9月に急激に深刻化したアメリカ発の国際金融危機を受けて、中央の経済政策は一変し、金融の緩和と景気刺激を進める方向になりました。このため、今まで地方における投資を抑制する方向ではまっていた「タガ」が一遍にはずれた格好になりました。何しろ今まで「過剰投資は抑制せよ」と言われていた中央が今度は「景気を刺激せよ」と言い始めたわけですから、もともとどんどん投資をしてGDPを上げてお金儲けと出世がしたい地方の党・政府の幹部にとっては「錦の御旗」をもらったのと同じですので、地方には「どんどん投資しよう」という機運が急激に広まっているのだと思います。

 この4兆元の景気刺激策のうち、もし7割近くが地方の負担になるのだとしたら、その財源はどうするのだろうか、という問題が生じます。この4兆元の財源問題は、現時点では必ずしも明らかになってはいません。

 今まで、中国各地で起きていたバブルとも言える建設ブームは、中国式社会主義の上に実現した「土地マジック」が産んだのだ、とも考えられています。中国の農村の土地(農地及び農民が住んでいる住宅地)は村などの地方政府の所有地です(社会主義を原則とする中国では、農民による土地の私有は認められていません)。村などの地方政府は、農民に住宅用地を貸しているとともに、各農家に割り当てられた農地に対して、生産を請け負わせ、請け負い量を上回って生産された農産物は農家の自主的な判断で売りさばいて自分の収入にしてよい、というのが、現在の改革・開放路線の根本になっている生産請負制度です。

 土地の所有権は地方政府が持っているのですから、地方政府が必要だと判断した時には、「合理的な補償金」を農民に支払うことによって土地を収用できます。現在、この「合理的な補償金」の額は、農地の場合、その農地で過去三年間に生産された農産品の価格に相当する金額、とされています。一般に中国の場合、農産品の価格はかなり割安に設定されているので、場所にもよりますが、農地をつぶして、そこをマンション用地や工業用地として売り出せば、地方政府は、補償金よりかなりの高額で「土地使用権」を転売することができます。ある学者は、大まかに言って、だいたい補償金として支払った値段の十倍の値段で売れる、と言っています。

(参考3)このブログの2008年1月14日付け記事
「ついに出た『土地私有制』の提案」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/01/post_6f24.html

 こうして地方政府は、農民から収用した土地の使用権を開発業者に売って、販売金額から農民への補償金を差し引いた残りの金額(上記の学者の言によれば、販売価格の十分の九)を収入とし、それによって、いろいろなプロジェクトの投資を行えるのです(そして、土地開発業者とうまく結託すれば、地方政府の幹部個人の懐も大いに肥える、というわけです)。

 今年前半は、そういった地方政府による土地政策に対する批判もあり、そういったことはおおっぴらにはやりにくかったのですが、今回、「景気刺激策」という「錦の御旗」が中央で掲げられたことは、こういった「農民から土地を収用して資金を調達し、公共事業を実施する」ことに対する正当性を得た、ということになり、地方政府を活気づけたのではないかと思います。

 さらにタイミングが悪いことに、今年10月の中国共産党第17期中央委員会第3回全体会議(第17期三中全会)では、長年にわたる農村・農業・農民問題(三農問題)を解決するための農地改革の一環として、農地の生産請負権の自由な譲渡・売買等を認める「中国共産党中央による農村改革の発展の推進における若干の重大問題に関する決定」が出されました。

(参考4)このブログの2008年10月28日付け記事
「第17期三中全会決定のポイント」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/10/17-86c4.html

 この第17期三中全会の決定は、あくまで「農地」の「農業生産請負権」の自由な譲渡等を認めるものですが、多くの地方政府においては、適用対象の土地を「農地」だけではなく「農民の住宅用地」にまで拡大するとともに、適用対象の権利を「農業生産請負権」ではなく、その農地の「土地使用権」であるとする拡大解釈が行われるのではないかと思います。第17期三中全会の決定の本来の趣旨は、譲渡・転売できるのは「農業生産請負権」ですので、農家からその権利を譲渡された人は農業をやらなければならないのですが、自由に移転できるのは「土地使用権」であり、「土地使用権」の譲渡を受けた者は、土地を農業ではなく別の用途で使うこと(マンション建設用地や工業用地への土地利用目的の変更)も自由にできるのだ、と拡大解釈するわけです(本当は、こういう農地の用途変更は上部機関の許可が必要とされています)。

 この「景気刺激策」と「第17期三中全会の決定」という二つの「錦の御旗」を得た地方政府は、中央の意図とは関係なく、農民から土地の収用し、それで得た資金を公共事業に投資する傾向を歯止めなく進めるのではないか、と私は危惧しています。上記の記者会見で記者が言っていたように、全国で発表されている景気刺激策の公共事業プロジェクトの金額を全部合計すると、中央が言っている4兆元をはるかに上回る18兆元に上ってしまう、という現象も、そういった地方政府の動きが現れた結果ではないかと思います。

 もしこういった現象が歯止めなく進むとすると次のような現象が起きます。

(1)膨大な量のマンション、工業用地が数年間という短期間のうちに供給されますが、それに見合うだけの需要がなければ、これらのインフラ投資は遅かれ早かれバブル化(不良債権化)します(住宅地については、人口が多い中国では常に一定の潜在的な需要があるのでバブル化はしない、という人もいますが、あまり不便な場所に大量の住宅地が建設されても、購入する人がいない(または価格を高くできない)ことにより、投資した資金が回収できないおそれは常に生じると思います)

(2)土地を失った(土地の使用権を補償金を受け取って譲渡した)農民は、しばらくは補償金を食いつぶすことによって生活できると思いますが、いつかはその補償金も底を突きます。その後、農地を失った農民は農業に戻ることはできないので、何らかの職業に就かなければならないわけです。農地が工業団地となり、そこに計画通り工場が建てば、雇用も生まれるのでしょうが、それがうまく行かなかった場合には、元農民は失業者となります。こういった失業者が大量に発生した場合には、大きな社会不安が呼び起こされることになります。

(3)地方政府の農地の収用を中央がコントロールできなかった場合には、中国の人々が食べる食糧を生産するために必要な農地(現在、中国政府は18億ムー(120万平方キロ)を食糧確保のために下回ってはならない農地のレッド・ライン面積として設定しています)より農地面積が減ってしまい、中国の人々が食べていくために必要が食糧の確保ができなくなってしまう可能性があります。中国は、現在、食糧については、消費量とほぼ同程度の生産を行っている(特に穀物についてはここ5年間は増産が続いている)ので何も問題は生じていませんが、人口13億人を抱える中国が食糧の大輸入国になったら、これは世界にとっても大問題となります(ちなみに、大豆については、中国は既に大輸入国になっています)。

 こうならないように中央が地方政府をコントロールできればよいのですが、今、中国において、地方政府を中央がうまくコントロールするシステムが有効に機能しているのか、は、かなり疑問です。本来は、地方政府のトップやその地方政府をコントロールする党委員会のトップ(書記)は中央から派遣され、一定の任期の後に交代させ、もし賄賂をもらうなどの腐敗した行為をすれば処罰する、といったシステムで中央が地方をコントロールしているはずなのですが、省・自治区や直轄市(北京、上海、天津、重慶)のレベルではこのシステムによる管理がうまく行っているように見えますが、それより下の市、県、鎮(村)のレベルになると、その数が膨大になることもあり、中央の目が届かないのが実情だと思います。

 今日(11月28日)付けの「人民日報」(中国共産党の機関紙)の1面に「仲祖文」というペンネームで「党を厳格に治めることは幹部を管理することに体現されなければならない」という評論が掲載されています(「仲祖文」とは、特定の個人ではなく、中国共産党中央組織部が意見を書くときのペンネームだと言われています)。

(参考5)「人民日報」2008年11月28日付け1面に掲載された評論
「党を厳格に治めることは幹部を管理することに体現されなければならない」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-11/28/content_147866.htm

 この評論文では「国を治めるためには、まず党を治めなければならない」と指摘しています。中国共産党が支配する中華人民共和国が成立してもうすぐ60年になろうとしているのに、まだこんな当たり前のことを主張しなければならないのか、と溜め息が出ますが、人民日報に「仲祖文」がこうした文章を書かなければならないほど、党内の管理(特に地方の末端の地方の党・政府の幹部のコントロール)がうまく行っていないことを中国共産党自身は自覚しているのだと思います。逆の見方をすれば、外見の格好悪さを省みずに、こうした文章を正直に「人民日報」に掲げている、という点で(自分自身の内部にある問題点を隠さない、という点で)まだ救いはあるのだと思います。

 中国共産党も、県レベルの党の幹部を中央党校で研修させて、「腐敗に手を染めてはならない」などといった教育は一生懸命やっているのですが、こういった教育や研修で問題が解決するのならば、歴史上の数多くの政権は苦労はしなかったはずです。多くの諸国では、腐敗した政府の幹部はマスコミに批判され選挙で負けて失脚させられる、という報道の自由と民主主義とに立脚するシステムが一応その対策として成立しているわけですが、中国では、いまだにそのシステムを導入する気配はありません。少なくとも、ここ数年の間にその種の腐敗を防止するシステムが確立するとは思えません。

 ということは、「景気刺激策」と「土地に関する権利の自由な譲渡を認めた第17三中全会の決定」という二つの「錦の御旗」をもらった地方政府の暴走を中央はコントロールできなくなる可能性があります。もし本当に地方政府をコントロールすることができなくなって、とてつもない金額の投資が短時間に行われるとしたら、それはたぶん「史上最大のバブル」になると思います。そして、上記(1)(2)(3)で書いた「とんでもないこと」が現実のものとなるおそれがあります。昨日(11月27日)の中国の国家発展改革委員会の張平主任の記者会見について報じている今日(11月28日)の新聞を見てそう感じたので、今日、ここに「『史上最大のバブル』の予感」という文章を書いてみたくなった、というわけです。

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2008年10月28日 (火)

第17期三中全会決定のポイント

 10月9日~12日に開催された第17期中国共産党中央委員会第3会全体会議(第17期三中全会)で「中国共産党中央による農村改革の発展の推進における若干の重大問題に関する決定」(以下、簡単に「決定」と呼ぶことにします)が決定されました。

(参考)「新華社」ホームページ2008年10月19日アップ
「中国共産党中央による農村改革の発展の推進における若干の重大問題に関する決定」(2008年10月12日中国共産党第17期中央委員会第3回全体会議で採択)
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-10/19/content_10218932_1.htm

 この決定は、非常に重大な内容を含んでいるものの、表現が「改善させる」とか「強化する」とかいった曖昧な表現になっており、実際にどの程度厳格に進めるのかについては、今後、この方針を具体的な法律として書き起こす時に決められると考えられる部分が多いので、新聞報道などではあまり「重大な変化」としては報道されていないようです。しかし、従来の中国共産党の基本方針からすると、かなり大きな「方向性の変化」を示す部分も含まれていると思われますので、簡単にそれをまとめておきたいと思います。

 今回の「決定」は、大きく分けて6つの部分にわかれています。それぞれの部分についての「決定」の内容とその意味について私が考えるところを簡単にまとめておきたいと思います。

1.新しい情勢の下における農村改革発展の重大な意義

 ここの部分は、現状認識を述べた部分で、1978年12月の第11期三中全会で決められて現在まで続いている改革開放路線の中で、いくつかの矛盾点が出てきており、その問題点に対処するためには農村改革をさらに進めることの重要性を指摘しています。その際、ポイントとして指摘しているのは以下の点です。現在の中国社会が抱える問題点をかなり率直に認めている点では注目に値すると思います。

○食糧と主要農産物を効果的に生産し、農民の収入を増加させ、農村を反映させることが持続可能な社会を発展させるための基本である。

○改革開放政策の進展により、グローバル化(国際的な協調と競争の深化)が進む中で、中国における「都市と農村との二重構造の問題」における矛盾が突出してきている。農村の経済体制は、現在においてもなお不完全であり、農業生産経営の組織化はいまだに低く、農産品のマーケットシステムと農民に対する社会福祉制度と国家が農業を支援する制度は完全なものとは言えない。

○気候変動の影響が大きくなってきており、自然災害が頻発している中、国際的な食糧需給の矛盾も突出しており、国家的な食糧安全保障と農産品の需給バランスとの関係は緊迫してきている。農村における社会的事業の水準は低く、農村と都市との収入格差は拡大しつつある。一部の地方では、最も基盤となる農村組織の基盤がぜい弱であり、農村における民主的法制度と基盤的組織と社会管理体制の確立が重要になってきている。

○農村の繁栄と安定化、農民が安心して暮らせる状況の実現なくしては、全国人民が安心して暮らせる社会を実現することはできない。

○現在は、農村と都市の二重構造を終わらせ、都市と農村が一体化して発展する局面を作るための重要な時期に差し掛かっている。

2.農村改革を発展させるための指導思想、目標、重大な原則

 ここでは、1.で述べた現状認識に基づき「何を行うか」を掲げた部分です。この中で、2020年までに農民一人あたりの純収入を2008年の2倍にする、という数値目標を掲げています。ただし、1.で都市と農村との格差拡大の問題を指摘しながら、ここでは「都市と農村との格差の縮小」を目標としては掲げていません。今後とも、農村における農民の収入増加の努力は続けつつも、「都市と農村との格差」を「縮小」させることは難しい、との認識があるためと思われます。

 収入の拡大とともに、消費水準の大幅な上昇、貧困の克服、農民自治制度の確立、農民の民主的権利の保障、農民一人一人の良好な教育機会の確保、農村における基本的な生活保障、基本的医療制度の健全化などが掲げられていますが、ここは「数値目標」的なものがないため「改善のために努力する」以上のことは、この「決定」の中から読みとることはできません。

 「決定」では、上記の目標を達成するための「原則」として、以下の5つを掲げています。

○農業の基盤を固め、全国13億人の食糧を確実に確保すること。

○農民の権益を確保し、農民の基本的利益を実現し、維持し、発展させることを一切の任務の出発点・立脚点として押さえること。

○農村における社会生産能力の開放を進め、新しい政策を農村発展の原動力とすること。

【解説】ここの部分は、過去の「人民公社」時代には、土地や生産資材の完全公有化と農作業の共同化により、個々の農民の農作業に対するインセンティブ(やる気)を失わせたのに対し、改革解放後、「人民公社」を解体して、個々の農民に「生産請負」の形で自主性を与え、各農家のインセンティブを引き出して農業生産を拡大させてきた過去の経験を踏まえたものです。

○都市と農村との発展を統合し、新しい工業と農業との関係、都市と農村との関係を速やかに構築すること。

○中国共産党の農村における管理任務を堅持し、党による農村における指導の強化・改善を図ること。

【解説】「改革の推進により農民の心が中国共産党から離れることがあってはならない」という党としての危機感を感じる部分です。

3.新しい制度改革を協力に推進し、農村制度の確立を強化する

 ここの部分がいわば今回の「決定」の「目玉」の部分で、具体的な新しい政策のあり方が列挙されています。

(1)農村の基本的経営制度の安定化と確立

○個々の農家単位の生産請負制は「長期的に安定」である。

【解説】中国の土地は公有(国有または村などの集団所有)ですが、各農地における農業生産は「生産請負」の形で各農家に任されています。「生産請負契約」によって求められる一定量の生産量を超える部分は、各農家で自分の収入として処分できます。これが各農家のインセンティブ(やる気)を出させて農業生産を拡大させた改革開放の原点なのですが、改革開放当初は、この「生産請負制度」は30年の期限付きで行う、として始められました。今、改革開放から30年が過ぎようとしているので、この期限を30年から70年に延長すべき、といった議論がなされていました。今回の「決定」では、具体的な延長年限は明示せず「長期的に安定である」という曖昧な表現になっています。年限を切らなかった理由、または年限を切らずに「無期限」としなかった理由については不明ですが、将来の政策変更に含みを持たせたかったため、と理解することもできると思われます。あるいは党の内部で議論の集約ができなかったからかもしれません。

(2)健全で厳格かつ規範的な農村土地管理制度を確立する

○土地管理制度を厳格にし、全国の耕地面積18億ムー(1ムーは6.667アール=15分の1ヘクタール)という「レッドライン」を下回らないように死守する。「永久基本農地」を確定し、「基本農地」の面積を減らしたり、用途を変更したりしないようにする。

○農家の土地に対する「請負生産経営権」、即ち「請負生産」を行うために農家が農地を占有し、使用し、そこから収益を上げることを権利として確立する。「請負生産経営権」については、「請負生産経営権」を交換する健全なマーケット(「請負生産経営権交換市場」)を設置し、「請負生産経営権」を他者への請負委任、貸し出し、交換、譲渡、株形式での持ち合い等の形式で移転させることにより、多種多様な経営方式と適切な規模の経営が可能なようにする。条件が整っている地方においては、大規模専業農家の発展、家庭農場、農民が集まって作る専業合作社の設立などの様々な経営規模の経営主体が考えられる。「請負生産経営権」の移転は「土地は公有(国有または集団所有)である」との大原則を変えるものではなく、全体としての農地の規模を変えるものであってはならない。

【解説】

 ここの部分が今回の「決定」の最も重要な部分です。「土地は公有」という大前提は変えることはしないが、他人への委任、貸し出し、交換、譲渡、株形式での持ち合い等により「請負生産経営権」が特定の者(または合作社などという名前の組織)に集中し、大規模農業経営が行われることを認めています。これは、農業生産会社が農家から「請負生産経営権」を買い取って大規模プランテーションを行うことを可能にしているほか、大規模農家が貧しい農家から「請負生産経営権」を買い取ることを可能にしている、という点で、「大規模地主から土地を取り上げて大多数の貧農に土地を分配する」ことから出発した中国共産党の大原則を変える、という意味で、極めて「革命的」であると言えます。

 「請負生産経営権」を売った農民が「請負生産経営権」を買い取った会社や大規模農家の「雇用者」として耕作を行うこともあり得るので、この制度により、「請負生産経営権」は耕作者の手元から離れることになります。日本では農地法において実際の農地の耕作者以外に農地の所有を認めていないので、この制度が中国で実現することになると、農業に関しては、日本の方が中国よりずっと「社会主義的な国」ということになります。

 ここの部分では「請負生産経営権」を農業を行わない者(工業用地開発業者など)に譲渡できるのか、についてははっきりした記述がありません。譲渡できるのは「請負生産経営権」であって「土地使用権」ではないので、譲渡を受けた者は必ず農業の請負生産をしなければならないのだ(経営権は譲渡できるが、農地の農業以外への利用はできないのだ)、と読むのが自然だと思われますが、「請負生産経営権」は「権利」であって「義務」ではなく、「請負生産経験権」の譲渡を受けた者が「農業生産を行う権利」を放棄して農地を別の用途に利用することも禁止していないようにも読めるので、この点は極めて曖昧です(曖昧であるが極めて重要な部分です)。

 また上記項目の中で「請負生産経営権」の移転を認めておきながら、「『土地は公有』との原則は不変であり、全体としての農地の規模を変えるものではない」としている部分も意味不明です。ここの部分は、「『土地は公有』という原則はいつまでもついて回るので、土地の収用権(必要な時に合理的な補償金を払うことによって土地の使用権を回収する権利)は、国または村などの集団が保持しているので、中国全体として農地が不足する場合は、国または村が「土地所有権」に基づく土地の収用権を発動して、合理的な補償金を支払った上で「請負生産経営権」の所有者から土地を取り上げて国家が必要とする農産物を生産させるようにすることが可能なのだ、という意味なのかもしれません。

 ただし、ほとんどの農地は村など地方の「集団所有」であって「国有」ではありません。各村にとっては中国全体の農地が不足しているかどうか、などということは関心の外ですので、実は「土地は公有」であることは「中国全体の農地の規模が一定以下にならないようにするための支え」には全くなっていないのです。そういった点も踏まえると「請負生産経営権」の譲渡等を認めることと「『土地は公有』という原則は不変である」こととの関係は、曖昧模糊としており、この「決定」だけではどういう政策が採られるのかは全く判断できません。

○農家の住宅用地については、法に基づき農家に住宅用地としての「物権」を保障する。農家の住宅用土地を収用する場合には、「同地同価」の原則に基づき、合理的な補償を行うとともに、宅地用土地を収用する農民の就業、住居、社会保障などの問題を解決しなければならない。

○都市と農村とで統一した建設用土地市場を設立し、収用した土地の使用権を転売する場合には、必ず統一的な市場において公開の場で土地使用権の売買を行うこととする。

【解説】

 ここの部分は、現在、農家の住宅用土地も「集団所有」であることから、村などが十分な補償を行わずに農民の住宅用土地を収用し、村当局が特定の開発業者と土地の売買をしていて、土地売買の透明性が確保されていないケースが多い、という現状を反映しているものと思われます。

 また、農民の住宅用と地の「土地使用権」を土地を所有している集団の構成員(村民)以外の人に譲渡できるのかできないのか、についてもこの「決定」では述べていません。従って、現在、問題になっている「小産権」(農民の土地の上にマンションや別荘を建てて都市住民(村民以外の者)に売買するような不動産物件)の存在を認めるのか認めないのか、は、この「決定」を読んだだけではわかりません。 

(3)農業支援制度を確立する

○農業生産のために必要な物資の価格が高騰した時の補償、農産品の価格保護制度など農業を安定的に続けられるようにするための制度を確立する。

(4)近代的な農村金融制度を確立する

○農村合作組合や信用組合など近代的な農村金融制度と政策性農村保険制度を確立する

【解説】ここの部分については、農民が上記の「請負生産経営権」を担保として金融機関からお金を借りられるのか、という疑問が生じます。新聞に掲載されている専門家の解説によると、農民がお金を返せなくなり金融機関が担保にしていた「請負生産経営権」を接収しても、金融機関は「農業経営」はできないのだから、そもそも「請負生産経営権」は担保とはなりえない、とのことです。しかし、金融機関は「請負生産経営権」を取得した後、その権利を農業経営をすることができる第三者に売却することが可能なのだから、担保とすることは可能である、と考えることもできます。「請負生産経営権」をここでいう「近代的な農村金融制度」の担保とすることが可能なのかどうか、という疑問は、農村における金融制度の確立上極めて重大な問題なのですが、この「決定」では、その疑問には答えていません。

(5)都市と農村との経済社会発展一体化制度を確立する

○農村と非農村に分かれている現在の戸籍制度を改革し、中小都市においては、都市で安定的に就業している農民が都市住民になれるよう制度を緩和する。労働報酬、子女の就学、医療、住宅借り上げ・購入、養老保険等の面において農民工(農村戸籍の農民が都市に出て働いている出稼ぎ労働者)の権益を保護する。

【解説】現在、農民工の子女は都市部で公立学校に入学できず、医療保険が適用されず、住宅の借り上げ・購入などにもいろいろ制限があります。ここでは二重戸籍制度は「やめる」とは言っていないし、「いつまでに何をやる」といったタイムスケジュールも示されていないので、現実的に農民工の権益保護が改善されるかどうかは、今後の政策の進展に掛かっており、具体的にどういった改善がいつまでになされるのか、は、この「決定」を読んだだけではわかりません。

(6)農村における民主管理制度の健全化

○2012年までに郷鎮(村レベル)の機構改革を終了させ、郷鎮政府の社会サービス機能を強化する。

○郷鎮政府の統治管理に対する農民の政治参加と積極性を引き出すため、行政事務の公開と法に基づく農民の知る権利、参政権、意思表示権、監督権を確立する。

○村の党委員会組織による指導を健全化し、村民自治システムに活力を与えるため、直接選挙制度を深く展開させ、村民会議、村民代表会議、村民議事によって民主的に政策決定を行うようにする。

【解説】村民委員会の直接選挙制度は地方によっては1990年頃から既に導入されてはじめています。今回の「決定」では上記のように書かれていますが、具体的に村民委員会と村の中国共産党委員会との間で、実質的な政策決定権限がどこにあるのかが明確にならない限り、どのような「民主化を進める」というスローガンを掲げたとしても、実際にどの程度民主化が進むかは疑問です。この「決定」を見ると、逆の見方をすれば、郷鎮(村)より上のレベル(市や県のレベル以上)では住民の直接選挙による自治制度を導入する考えは全くないことがわかる、という見方をした方がよいのかもしれません。

 4.以下は新しいことは何もない(と私は思う)ので項目だけを掲げます。

4.近代的農業の発展と農業総合生産能力の積極的な発展

(1)国家食糧安全保障の確保
(2)農業構造の戦略的調整(市場のニーズと各地方の特色に合った生産品目や生産規模の設定)
(3)農業における科学技術イノベーションの推進
(4)農業インフラ施設の整備
(5)病害の防止、農産品の品質管理、農業生産資材の安定的供給確保等の新しい農業サービス体系の確立
(6)循環型農業、副産物や廃棄物の資源化等による持続可能な農業の発展(森林や草原を食い尽くすタイプの農業の排除)
(7)農業の対外開放(国際市場の研究と情報収集を強化し、国際的な農産品貿易秩序に積極的に参加する)

5.農村における公共事業を加速させ、農村社会の全面的な進歩の推進

(1)科学的思考(迷信や旧い風習の排除)、遵法道徳、男女平等の普及などの文化活動を発展させる。
(2)農村における公平な教育の推進
(3)農村における医療・衛生事業の発展
(4)農村における最低生活保障、養老保険、自然災害被災者、障害者等に対する社会保障体系の健全な発展
(5)電気、水道、道路、ゴミ処理などの農村における生活インフラ建設の強化
(6)貧困地域の開発支援の推進
(7)農村における防災・減災対策の推進
(8)農村における社会治安維持管理の強化(健全な党と政府の主導により農民の検疫を守り、広く社会の人々との意思疎通を図ることにより、各種矛盾は萌芽の段階で解決する)

6.党による指導を強化・改善し、農村の改革発展に対して政治的な保証を提供する

(1)党による農村の指導体制を強化する
(2)農村の基盤における党の組織を強化する
(3)農村の基盤における党幹部の人材養成を強化する
(4)農村のおける党員の人材養成を強化する
(5)農村における党の規律維持を強化する

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 以上が第17期三中全会で決まった「中国共産党中央による農村改革の発展の推進における若干の重大問題に関する決定」のポイントです。「方向性」としては、特に「請負生産経営権」の譲渡を可能としている部分で、もはや「社会主義」とは言えないような方向を目指すような重大な転換を含んでいます。しかし、「請負生産経営権」の譲渡や移転を認めながら、なぜ土地の所有は公有であり続けなければならないのか(なぜ土地の私有制を導入できないのか)など、多くの疑問と曖昧な点を残しているのが今回の「決定」の特徴だと思います。

 中国では、現在では、中国共産党の決定がそのまま実行されることはなく、党が決めた方針に沿って法律が作られ、その法律が全国人民代表大会(全人大)で決定されて、初めて政策が現実のものとして実施されることになります。従って、法律案が起草されて、その法律案が全人大で議論される過程で、具体的な実施方針が変更されることはあり得ます。全国人民代表の3分の2程度は中国共産党員ですので、基本的な方針が大きく変わることはありえませんが、法律案の概要が新聞などで伝えられて、多くの人々から強い不満が出たりすると、法律の審議の過程で修正が入ることは十分にあり得ます。現在の中国では、議会制民主主義のシステムはないけれども、中国共産党と言えども、世論を無視した政策の強硬はできない状況になっているのです。

 上記の農村改革に関する問題の中で、例えば二重戸籍制度の改革は、農民にとっては是非とも廃止して欲しい制度ですが、安い労働力が農村部から自由に都市に流入してきては困るので、都市住民にとっては二重戸籍制度の廃止は、必ずしも歓迎すべき政策変更ではありません。議会制民主主義システムがない以上、そういった人々の中に異なる意見が存在する場合に、その意見をどうやって集約して政策に反映させるのか、という「ルール」は中国にはまだ存在していません。今回の第17期三中全会で決まった農村改革に関する決定も、固まったルールがない中で世論を取り入れて具体化されていくことになるので、どういった人々の世論を取り入れ、どのような形で、いつ具体的な政策を固めていくのか、を今から予測することは困難です。

 今回決定された「農村改革」は、中国にとって長期的に極めて重要な課題ですが、それよりも、現在、世界を覆っている経済危機とそれに伴う中国の輸出産業の低迷の方が現在の中国にとっては緊急の課題です。そういう意味でも、今回の第17期三中全会での決定は、今すぐに結果が見える、というものではなく、長期的な観点で見ていく必要があると思います。

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2008年8月20日 (水)

中国経済はまた大型公共投資依存に戻るのか

 今日(8月20日)の中国大陸の株価は、一昨日(8月18日)の下げを回復する以上に上昇したようです。日本のネットのニュースによれば、オリンピック後、中国政府が大型の景気刺激策を打ち出す見通し、との報道がなされたことが株価上昇の原因だ、とのことです。景気刺激策とはどういう政策を採るのでしょうか。また、大型の公共事業に投資をしたりするのでしょうか。

 私も、中国の経済が収縮してよい、とは思っていませんが、人民元高や原油高などの構造的な原因で、輸出産業の不振が続く中、経済全体を支えるために、大型の公共事業に投資して雇用を創出する、といった政策がいつまでも続けられるとは私には思えません。私は、北京に赴任してから1年4か月、中国国内のいろいろな工業団地などを見ましたが、公共インフラの多くは、既に「過剰」のレベルにまで達していると思っています。現在、開発が終わった、あるいは開発中の全ての工業団地の全ての土地に工場が建つとはとても思えないからです。もし、今後また従来型の公共投資主導型の景気刺激策を採るのであれば、地方ベースでは、今後とも、農地がつぶされ、工業団地が建てられる、というタイプの事業が続けられる可能性があります。それだと、去年あたりから採っていた「バブルは小さいうちにつぶしておく」という政策を、また「バブルをさらに膨らませる政策」に逆戻りさせてしまうことになります。

 構造改革には常に「痛み」を伴いますが、今、中国政府にとっては、輸出企業の倒産による失業者の増大や不動産や株のバブルの崩壊による富裕層の資産の消滅のような「痛み」を伴う政策は怖くて採れないのかもしれません。しかし、景気が悪くなりそうになったら、公共投資で景気を刺激する、といった政策を繰り返していくと、中国の企業はそれに甘えてしまい、本当の意味での国際競争力を付けることができなくなります。いつまで経っても労働集約型産業への依存から脱却できません。それに、不動産や株が下がりそうになったら、政府が何らかの策を講じて下支えしてくれる、といった経験を何回も繰り返すと、投資家の中に自己責任をもって投資するというマインドが育たないと思います。

 中国の金メダル・ラッシュもようやく山を越え、オリンピックも残すところあと4日となりました。今回のオリンピックは、スポーツの面では、中国の人々の能力が非常に高いことを証明しました。経済の面でも、中国の人々の能力をうまく引き出し活用させることができれば、大型の公共投資に頼らずに経済成長を続けることはできると思います。既に中国の大学への進学率は22%を超えており、中国でも高学歴化が進んでいます。このまま大型公共事業と労働集約型産業への依存を強めた経済運営を続けていくと、人々の「働きたい」という欲求と雇用の場の提供とが、数の上では一致しても、質(要求する賃金など)の面でミスマッチが大きくなります。中国政府は、単に数字的に経済を失速させない、ということばかりでなく、中国の人々が自分たちの生活をどうしたいのか、という「思い」をうまくすくい上げるシステムを作り、それによって人々の欲求を的確に把握できるようにする必要があると思います。

 このブログの直前の記事で書いた人民日報のホームページにあった110mハードルを棄権した劉翔選手を励ますポップ・アップは、今日(8月20日)の朝の時点ではあったのですが、夜の時点では既になくなっていました。そろそろ「劉翔選手の棄権ショック」も治まってきただろう、と判断したのだと思います。このようにして、官製メディアが沸騰するネット議論の「ガス抜き」に気を使わなければならないこと自体、中国に人々の気持ちを吸い上げるシステムができていない証拠です。少しづつでよいので、時代の流れに合わせて、中国も変わって行って欲しいと思います。

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2008年7月 6日 (日)

「中国の不動産市場:急を告げる」との記事

 経済専門週刊紙「経済観察報」の2008年7月7日号(7月5日発売)の1面トップに「中国の不動産市場:急を告げる~開発業者が2つの大きな意見を提出、発展改革委員会は衰退のリスクに警戒~」と題する記事が載っていました。最近の中国の不動産市場の冷え込みに対して、開発業者が政府の関係機関が不動産市場に存在するリスクに対して関心を持ち、これを解決するよう希望する、との意見を出した、とのことです。意見の中身は具体的には「資金金融関係に対して下支えを提供できるかどうか」ということと「市場の需要に対して下支えを提供できるかどうか」ということ、とのことです。

 関連記事によると、今年1月~5月の全国の部屋の販売価格は対前年同月比の平均で11.2%上昇しているが、上昇幅は縮小傾向にある、広州、深セン等珠江デルタ地帯の都市においては価格は下降傾向にある、5月の新築住宅価格について見れば四川省の成都は0.4%、重慶は0.1%のマイナスだった、とのことです。また、今年1月~4月に販売された部屋の面積は対前年比4.9%の減少、そのうち住居用部屋の販売面積は対前年比0.4%減少だった、とのことです。その一方で、同じ時期に竣工した販売用の部屋の面積は19.5%の増加、うち住居用部屋の竣工面積は20.2%の増加で、供給量は依然として増えている、とのことです。

 こういった状況に対して、「中国の不動産市場が衰退するリスクがあるのか」「リスクがあるとして、それに対して政府が何らかの措置を取るのか、措置を取るとしてどのような措置をどのようなタイミングで行うのか」といった問題があります。「政府による市場を救済する措置」については、どういった措置が可能なのかは難しい問題です。

 北京地区においては、以前から、オリンピックを境にして建築ブームは一段落するのではないかと言われていました。それに加えて、5月12日に起きた四川大地震で、投機目的でマンションを買おうとしていた層が、資産としてマンションを購入することに対するリスクを強く意識するようになり、マンション購入を控える心理が働いているのではないか、とも言われています。

 ネット上で見られる「経済観察報」のページには、「部屋の価格は下がらないという神話は終わった~或いは理性へ回帰するのかもしれない」と題する宋清華という人の書いた記事が載っています。

(参考)「経済観察報」ホームページ2008年7月4日付け記事
「部屋の価格は下がらないという神話は終わった~或いは理性へ回帰するのかもしれない」
http://www.eeo.com.cn/Politics/beijing_news/2008/07/04/105347.html

 この記事では、住宅・都市農村建設部が発表した最新のデータとして、今年1月~5月に40の主要都市において売り出された新築の部屋と中古の部屋の累計の契約成立面積は、それぞれ24.9%、20.9%の比率で減少している、という数字を紹介しています。2007年の暮れから土地売買市場が冷え込み、多くの開発業者が大量の物件を抱えることに対するリスクを感じているとも指摘しています。

 原油価格の急騰に伴う影響など、今後の中国経済には、様々な要素が絡んで来ており、先行きを予測することが難しい状況になってきています。今後どのような変化が起こるにせよ、政府による適切な対処と市場関係者の冷静な対応により、その変化がマイルドでソフトなものになることを願いたいと思います。

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2008年2月 4日 (月)

農民の土地返還要求に関する米紙の報道

 日本でもMSN産経ニュースで流れていた(私は見ていないのですが、たぶん産経新聞でも伝えられた)ので御存じの方も多いかもしれませんが、1月14日付けのアメリカの新聞ワシントン・ポストに、中国黒竜江省の農民たちが自分たちの耕作していた土地を取り上げた村政府に対して土地の返還を要求し、自分たちに土地所有権があることを認めるよう主張していることについての記事が載っていました。

(参考1)ワシントンポスト2008年1月14日付け記事
"Farmers Rise In Challenge To Chinese Land Policy"
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/01/13/AR2008011302383.html

 中国の耕地は、農民の所有地ではなく、村という単位の集団が所有している土地であり、農民たちには一定の期限付きで貸し与えられ(別の言葉でいうと、期限付きで土地使用権が与えられ)、耕作が行われている、というのが現状です。土地所有権は村という集団が持っていることから、村当局が農民から土地使用権に見合う分だけの一定額の補償金を支払って土地を収用し、その土地を開発業者に売る、という行為が中国各地で行われています。下記(参考2)で紹介しているインタビュー記事によると、「土地使用権に見合う分の一定額の補償金の支払い」が社会主義的な原則に基づいて行われるためその金額は小さく、「開発業者への土地の売却」が市場経済下のルールで行われるためにその金額が大きくなるケースが多く、その結果として、農民に支払われる補償金が少なく、一方で村当局や土地開発業者には巨額の金額が転がり込む、というケースが多いとされています。そのために村当局による不必要な農地の収用と土地の乱開発が跡を絶たず、不正の温床にもなりやすいのだ、というわけです。

 上記(参考1)のワシントン・ポストの記事によると、こういったケースに対して、農民たちは村当局が収容した農地の返還を要求し、農民たち自身が自分の判断で土地開発業者と売却金額の交渉ができるよう、土地所有権を自分たちに与えるように主張している、とのことです。

 もちろんワシントン・ポストで紹介されている農民たちの行動は中国国内では報道されていませんが、この農民たちの考え方と同じような考え方については、このブログの1月14日付け記事で私が紹介したように、1月14日付け(1月12日発売)の経済専門週刊紙「経済観察報」に載っていたインタビュー記事の中で清華大学教授の蔡継明氏が述べていました。

(参考2)このブログの2008年1月14日付け記事
「ついに出た『土地私有制』の提案」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/01/post_6f24.html

 ワシントン・ポストが伝える農民たちの動きが、中国において違法なものなのか、合法的な範囲内のものなのか、については、私は上記のワシントン・ポストの記事以外の情報を何も持っていませんので、判断はできません。ただ、一般的に言えば、中国の共産主義革命の過程の初期の段階では、例えば、1956年頃まであった「初級合作社」の制度では、自作農に対しては土地の私有を認めつつ、共同で農作業を行うことが行われていたので、土地私有制の主張が中国共産党指導下の中国において直ちに違法なものになると言うことはできません。上記の蔡継明清華大学教授の意見が掲載された新聞が堂々と街で売られていることから見ても、「土地私有制」を主張すること自体は、現在の中国では違法なもの、とはみなされないようです。一方、ワシントン・ポストの記事の伝える農民たちの運動がもし仮に「中国共産党の指導による政治」を覆そうと試みるものであるならば、それは、現在の中国の法律の下では違法とみなされる可能性があります。

 一方、上記のワシントン・ポストの記事が北京から何の問題もなくアクセスでき、読むことができる、ということは、党中央がこの記事が伝える農民たちの動きを完璧に抑え込もうと考えているわけではないことを示しているのかもしれません。というのは、現在の中国では、党中央の考え方に真っ向から反対するような主張を伝えるサイトについては、アクセス制限が掛かり、中国国内からは閲覧することができないからです。

 党中央の真意は測り知ることはできませんが、もしかすると、党中央の中にも、村当局が農民の意向に反して土地を収用し、その土地を開発業者に売ることによって莫大な利益を得ることを問題視する考え方の人がいるのかもしれません。もしそうした考え方が党中央の一致した考え方なのだとすると、党中央の考え方は末端の農民の意向と一致し、一方、末端行政機関である地方政府・地方党組織の意向がそれらと対立する、という構図ができあがります。今後の中国の行方を考えるに当たっては、土地を巡るそういった構図があるのか、ないのか、といった「見極め」を念頭に置いておく必要があると思います。

 なお、上記ワシントン・ポストの記事と私が紹介した「経済観察報」の記事がいずれも同じ1月14日付けであったのは、単なる偶然の一致なのでしょうか。それとも党中央の一定の意図が背景にあった必然の結果なのでしょうか。それについては、私には何も知る術はなく、想像の域を何ら超えることはできません。

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2008年1月26日 (土)

中国経済の成長を支えるものは何か

 1月24日、中国の国家統計局は2007年の経済状況について発表しました。それによると、2007年の中国の国内総生産(GDP)は、24兆3,619億元(約370兆円)で、対前年比(名目)11.4%の増でした。一方、消費者物価指数は、近年になく大きく上がって+4.8%でした。

 中国は2007年も引き続き相変わらず急速な成長が続いたわけですが、中国の経済成長を支えているものを大きく分けると次の3つになると思います。

○輸出の伸び

 食品や玩具の問題でいろいろ騒がれましたが、中国製品の輸出が伸びているのは間違いない事実です。つまりは世界各国で中国の製品が売れているということです。危険なものや品質の悪いものばかりだったら、世界の消費者は買わないわけですから、一部に問題のあるものはあるとはいうものの、総体的に見れば、やはり中国製品は、安さと品質をてんびんに掛けると「売れる」製品なのだと思います。問題は、いつまでも「安さ」にばかり頼ってはいられない、ということです。これからは、中国は、人件費が少々高くなっても国際競争力を維持できるしっかりとした品質をもった製品を多く作れるように脱皮できるかがカギだと思います。

○投資

 「不動産バブルはピークを越えたのではないか」と言われますが、少なくとも2007年いっぱいは中国全国での建設ラッシュはまだまだ続いていた、ということなのでしょう。この部分が2008年以降、どの程度継続的に中国経済を支えていけるのか、が今後の中国経済を占う上での大きなカギになると思います。

○内需

 中国は2006年に自動車の販売台数で日本を抜き、アメリカに次ぐ第2位となりました。インターネット人口も2007年末で2.1億人に達し、既に世界第2位になっていますが、一位のアメリカとの差はわずかなので、2008年の早い時期にアメリカを抜いて中国は世界最大のネット人口を抱える国になるだろう、と言われています。日本をはじめ、各国企業は、中国市場での販売競争に負けると生き残れない、と言われるほど、中国の消費市場としての比重は大きくなっています。問題は、上記の輸出や投資の部門に「かげり」が見え始めた場合、内需が引き続き底固く推移するのか、それとも尻つぼみになってしまうのか、だと思います。

 あと、私が中国独自の「経済発展を支えるもの」として着目しているのが「土地マジック」です。1月14日付けで紹介した「経済観察報」に載っていた蔡継明清華大学教授のインタービュー記事でも指摘されていたように、中国では、社会主義的な発想による安い評価価格で農民から土地を収用し、それを住宅地や工業開発区として市場経済に売り出す、ということが大々的に行われています。いわば「公有」の農地を市場的価値のある土地として市場に出すわけですので、地下から石油がわき出るように「土地」という形の「天然資源」を中国は毎年大量に市場に送り出し、それが中国の経済成長の大きな推進力になっているのではないか、と私は思っているのです。

(参考1)このブログの2008年1月14日付け記事
「ついに出た『土地私有制』の提案」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/01/post_6f24.html

 国土資源部の「中国国土資源公報」によると、2004~2006年の3年間で、5,428平方キロの耕地が都市用地や工場建設用地に変えられていまるとのことです。

(参考2)中国国土資源部ホームページの「統計情報」のページ
http://www.mlr.gov.cn/zwgk/tjxx/index_883.htm

 5,428平方キロとは、日本で言えば愛知県よりちょっと広く、三重県よりちょっと狭い面積です。これだけの面積の土地が3年間に工業用地などの形で経済市場に売りに出されたことによる経済全体への影響はかなり大きいのではないかと思います。もともと土地に価格が付いている資本主義国とは異なり、値段のついていない土地が突如として値段付きの形で経済のマーケットに登場することのインパクトは大きいと私は思います。

 土地が石油と違うところは、買い手が付かなければ土地は途端に何の価値も無くなってしまう、ということです。耕地をつぶしている分、もしその土地が売れなかったら、むしろ経済的にはマイナスになるでしょう。社会主義体制というポケットから土地を取りだして市場経済に売りに出すことは、いわば中国が自分の体を切り売りしてるのと同じことになりますから、もしこれらの土地に買い手が付かなかったら大変なことになると思います。

 中国製品がなんだかんだと言われつつ世界のマーケットでしっかり売れていること、日本をはじめとする各国の企業が中国の消費市場に殺到して実際にいろんな製品が中国国内で売れていることは、中国経済の「底固い」部分を示していると思います。この「底固い」部分の比重がどれくらいで、上に述べた「自分の体を切り売りしているような部分」の比重がどれくらいなのか、は、私にはよくわかりません。今年2008年は、この「中国経済の成長をささえるもの」のどの部分の比重がより大きいのか、がある程度はっきりしてくる年になるのではないかと私は思っています。

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