カテゴリー「中国の民主化」の記事

2014年11月16日 (日)

香港雨傘革命対処と衆院解散総選挙判断は共鳴するか

 報道によると、香港警察は明日(2014年11月17日)以降、「香港雨傘運動」においてデモ隊が占拠している地区の強制排除を行う予定、とのことです。偶然ですが、明日からの週は、日本でも安倍総理による消費税増税見送りと衆院解散総選挙の判断がなされる見通しです。この全く関係のない二つの動きが同時に動くことによって「共鳴現象」を起こして、予想外の「大激動」を引き起こさないか心配しています。

 明日(2014年11月17日(月))にはいろいろなことが予定されています。

○香港警察による「香港雨傘運動」占拠地区の一部の強制排除の実施(ただし、報道によれば、強制排除が予定されているのは九龍半島の旺角(モンコック)と香港島の中環(セントラル)だけで、デモ隊の最大拠点である香港行政府前の金鐘(アドミラルティ)は今回の強制排除の対象にはなっていない、とのことです)。

○香港株式市場と上海株式市場の相互流通の開始(中国本土の投資家は上海市場を通して香港の株を買えるようになり、外国人投資家は香港市場を通して上海の株を買えるようになる:10月にも開始予定だったが「香港雨傘運動」の状況を踏まえて中国政府側が「待った」を掛けていた、と言われている)。

○安倍総理が来年10月からの消費税増税(8%→10%)を実施するかどうかを判断するための経済指標の一つである7-9月期のGDP速報値が発表される。

 香港でのデモ隊の強制排除は、私は、APEC終了後、G20首脳会談開始前の11月13~14日にも行われるのではないか、と思っていたのですが、行われませんでした。強制排除で多数の逮捕者が出たり流血の事態になったとすると、習近平主席がG20の場で窮地に立たされますので、G20終了までは強制排除は行わないことにしたものと思われます。

 先週(11月9日)、習近平主席と香港行政府の梁振英長官が北京で会談した際、習近平主席は改めて香港のデモ隊には妥協しない強硬姿勢を示し、この会談直後に11月17日からの香港・上海株式市場の相互直通開始が発表されました。これは「ここは株式市場の相互直通を認可するが、それはデモ隊の動きを鎮静化することが条件だ。ビジネスの邪魔をさせたくないと思うなら、香港のビジネス界はデモ隊を鎮静化させることに協力しろ。」という香港ビジネス界に対する習近平主席の強いメッセージである、と読むことができます。

 それを考えると、「強制排除」は株式市場が開く前の11月17日(月)未明にも行われる可能性もあります。

 もうひとつ心配なのは、10月31日の黒田日銀のサプライズ追加緩和とGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)による株式比率の増加、という「ダブル・バズーカ」に加えて、先週サプライズ的に急速に高まった「消費増税先送りと衆院解散の観測」のトリプル効果により、東京の株価が異常な高騰を示していることです。11月14日(金)の日経平均株価の終値は1万7,490円83銭で、25日移動平均上方かい離率は10%を超えましたが、こうした状況は昨年(2013年)5月22日以来です。この翌日の昨年5月23日に東京の株価は大暴落しました。

 昨年4月4日の日銀による「異次元の量的・質的金融緩和第一弾」の後の株価急騰後、5月23日に株価の大暴落があったことは関係者の記憶に新しいので、みんな警戒感を持って対応しているので、去年のような暴落はない、と見る人が今は多いようです。しかし、一方で同時進行中の香港情勢により「香港雨傘革命の占拠地の強制撤去」→「大量の逮捕者が出たり流血の事態になったりする」→「国際社会が中国に対して経済的制裁をせざるを得ない政治状況になる」→「ただでさえ失速気味の中国経済に大ブレーキが掛かる」→「中国経済の減速予測を改めて嫌気して株価が暴落する」というリスクは、もはや「テイル・リスク」(発生可能性は極めて低いが実際に起きたら影響は極めて大きい)ではなく、かなりの発生確率のあるリスクであると認識した方がよいと思います。

 だいたいニューヨークや東京の株価が急騰している一方で、原油の国際相場が急落して、ドル高が進んでアメリカ国債が買われている(金利は低下している)のは、アメリカ以外(中国、ヨーロッパ、日本、新興国)の経済減速を懸念して、世界中の投機資金が原油や商品市場、新興国から引き上げて、ドルを買い、アメリカ国債を買っているからだ、という見方もかなり強くなっています。通常リスク回避局面で買われるはずの金の価格が上がらないのは、ロシアや中国の中央銀行が手持ちの金を少量づつ売っているからだ、という見方も可能です(ロシアの中央銀行はルーブルを買い支えるため。中国人民銀行は債務利履行になりそうな理財商品を買い支えるため)。

 「第二次天安門事件」での武力弾圧と日本経済のバブル絶頂期が重なった1989年をリアル・タイムで経験している私としては、現在の「香港雨傘革命」の状況と日本の株価の現状(去年ある週刊誌は「AKB相場(=安倍・黒田バブル相場)」と表現した)が1989年当時とだぶって見えてしまうのです。

 下記に、1988年、最初の北京駐在を終えるに当たって書いた私のエッセイへのリンクを掲げて起きます。安定成長期に入る一方で「財テク」に走っていた当時の日本経済の一端を知ることができるでしょう(後から見れば「財テク」は「バブル」だったことがわかるわけですが)。

(参考URL)「北京よもやま話」
「北京で考えたこと」(1988年9月9日)
http://homepage3.nifty.com/itaru_watanabe/beijing/kangaeta.html

 1988年の当時、私には「日本経済がバブル期にある」との認識もなかったし、翌1989年に「第二次天安門事件」が起きて中国の経済発展に急ブレーキが掛かることも全く予期していませんでした。当時、日本経済における中国経済の比重は小さいものでしたが、上の私のエッセイに垣間見えるように、日本経済のバブル的成長が「将来における中国市場の急速な発展への期待」を念頭に置いていたことは間違いありません。従って、後から考えれば、「第二次天安門事件」の武力弾圧が中国経済発展への期待を縮小させ、バブル崩壊のひとつの要因になったことはおそらくは間違いはないと思います。

 過去の例を見ると、解散から総選挙投票日に掛けては「新しい政策への期待」から株価が上昇することが多いのだそうです。ただ、今回の解散は「来年は経済が停滞しそうだから、来年以降に選挙をやるより、まだ好調を保っている今やった方が得」という「目論見」からなされる、との見方が一般的ですが、そうであれば、解散を判断する総理自身が「来年はジリ貧になる」と予想していることを意味しています。「総理自身が来年はジリ貧になる」と認識している日本の株を外国人投資家が今後も買い続けるかどうかわからないし、日本の有権者が「来年はジリ貧になる」と考えている総理の率いる与党に投票するかどうかもわかりません。

 最も重要なのは、解散詔書が発せられれば、総選挙が行われて新しい内閣が組閣されるまでの期間、日本の内閣は一時的に「選挙管理暫定内閣」になることです。そのタイミングで「香港雨傘革命の武力弾圧に起因する中国の大激動」が起きた場合、日本政府が的確に対応できるのだろうか、という問題が生じます。アメリカ・サイドでも、先の中間選挙で共和党が上下両院で勝利したことにより、オバマ大統領の政権も残り2年の任期中は「レイム・ダック化した」と言われています。またアメリカ議会は選挙結果を受けて新しい議員が任命される来年1月1月までは「レイム・ダック・セッション」になります(落選した議員はまじめに議論に参加しなくなる)。こうした世界の政治状況の中で、中国で大激動が起きては困ります。

 「リスクを恐れて何も行動しないのが『デフレ・マインド』なのだ。今は、リスクを取ってでも打って出るタイミングなのだ。」というが正解なのかもしれません。中国情勢・香港情勢については、安倍総理や黒田日銀総裁は私より情報を持っていることは間違いないので、「香港・中国リスク」を認識した上で「第二次追加緩和」「衆院解散総選挙判断」は行われた(行われる)のだと思います(ただし、黒田日銀総裁は安倍総理が「消費増税先送り」「衆院解散総選挙」を判断することは予想していなかったと思われ、「アベノミクス」の「キモ」である「総理と日銀総裁の信頼関係」が崩れたことが表面化したことはよろしくなかった、と思います)。

 私の心配(香港発の中国経済の混乱→世界経済及び日本経済の大変調)が現実化しないことを祈りたいと思います。

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2014年11月 7日 (金)

習近平主席の「法治改革」はAPEC後にどう動くのか

 今日(2014年11月7日)付の「人民日報」は1面で、国家主席・中国共産党総書記・中国共産党軍事委員会主席の習近平氏が、総合後方支援部の下に置かれていた人民解放軍審計署(人民解放軍の中の監察部門)を中央軍事委員会直属にするという組織改正を定めた中国共産党軍事委員会主席令に署名したことを報じています。日本のマスコミは報じていないようですが、これはかなり「でかい」話です。軍内部の監察を習近平氏が主席を務める中央軍事委員会が直接行うことは、一種の「シビリアン・コントロール」であり、軍の末端組織の独走は許さない、という習近平氏の強い決意を表すからです。

 最近、習近平氏を中心とする党中央が党の末端組織をコントロールできていないのではないか、という事例が続発しています。今年9月に習近平主席がインドを訪問して、新しく首相に就任したインドのモディ氏と会談して中印友好関係をアピールしているちょうどその時、中印両国が国境線について係争しているインド北部カシミール地方で人民解放軍の部隊が実効支配線を越えて侵入して居座る、という事件がありました(本件は産経新聞や日本経済新聞が報じています)。

 今、日本の小笠原諸島近辺に中国のサンゴ密漁船が大量に押し寄せて問題となっていますが、数が200隻と半端ではなく、単なる民間の密漁グループではなく、中国の末端機関が支援している(または積極的にやらせている)のではないか、と考える人もいるようです。このサンゴ密漁騒動は、「なぜ今なのか」「なぜ日本の小笠原近海なのか」を考えると、来週行われるAPEC首脳会議の機会に習近平主席と安倍総理との会談ができるかどうか、という微妙な外交関係を探っている中国政府の動きを意図的に邪魔しているように見えます。

 10月29日、国際会議の主催団体理事長として福田康夫元総理が北京で習近平主席と会談しましたが、二人が握手する様子をこの日の中国中央電視台(CCTV)夜7時のニュース「新聞聯播」は冒頭で報じていました。これは習近平指導部が日本との関係改善を模索しているというメッセージだと受け取れると思います。福田康夫氏は、私が北京駐在中の2007年12月に総理大臣として訪中していますが、1978年の日中平和友好条約締結時の福田赳夫総理の御子息であることから、中国側は福田康夫氏に非常によいイメージを持っており、「仲介役」としての役割をかなり期待しているのだと思います。。

 そんな中、「日本との関係改善を模索している」という党中央の意向が末端まで届いているとするならば、サンゴ密漁船を出している地域の地元の地方政府(=中国共産党地方組織)は、様々な方法でサンゴ密漁をやめさせるように漁民に働きかけるでしょう。そうでなければ、自分たち(共産党地方幹部)は、党中央から「厳しい叱責」を受けるからです。しかし、今、中国共産党中央の権威は、末端の党地方組織には完全に無視されているようです。

 最近の「人民日報」1面トップには、いかに中国共産党の地方組織が党中央の意向に反しているか、を伺わせる記事が再三にわたって登場しています。例を挙げれば以下のとおりです。

○10月8日(国慶節の連休明けの日)、「党の群衆路線教育実践総括大会」が行われ、習近平総書記は「重要講話」を行い、「党内の上下関係、人間関係においては、仕事の雰囲気において協調を旨とし、健康的で純潔な雰囲気を保ち、不良グループ化してはならず、利益集団となることを許してはならない。」と述べた。

○10月10~11日には、「全国党委員会事務局長会議」が開かれ、党の幹部から「党中央の決定が末端組織まで貫徹して実行されるようにし、党中央の権威を維持し、中央の命令が徹底されることを保証すること。」という習近平総書記のメッセージが出席者に伝えられた。

 これは、中国共産党の地方組織が「健康的で純潔な雰囲気ではなく」「不良グループ化しており」「利益集団となってる」ことを示しているとともに、「党中央の決定が末端では実行されず」「党中央の権威が維持されていない」ことを意味しています。まともな感覚ならば、こういった指示は「内々に」やれば済む話なのですが、恥も外聞もなく「人民日報」の1面にこうした「指示」「メッセージ」を掲載しなければならないほど、習近平指導部の危機感は強いのだと思います。

 一方、10月25日付け「人民日報」の1面に載った人民日報評論員による評論「中華民族の偉大な復興のためには法治による保障を提供しなければならない~第18期四中全会の精神を貫徹し深く学習するための一論~」には次のような一節があります。

「『歴史周期律』を抜け出し、長期にわたる執政を実現し、『中国の道』をうまく歩み、党と国家の長治久安を実現するためには、必ずや法治をもって根本的、全局的、長期的な制度を保障しなければならない。」

 この文章では明記していませんが、「歴史周期律」とは「長期政権70年寿命説」だと思います。ソ連はロシア革命から74年で崩壊しましたし、西太后が支配した末期の清朝はアヘン戦争から72年で終焉しました。中国共産党は政権を取ってから今年で65年です。この中国共産党機関紙「人民日報」の評論員による評論は、中国共産党政権内部にある、自らの寿命が尽きかけているのではないか、との危機感(恐怖感)をよく表していると思います。

 おそらくは中国共産党は「党の組織の末端が党中央の命令を実行しない」というのは、ソ連末期に現れた長期政権の末期症状であることをよく知っていると思います。ソ連では、ブレジネフ書記長が高齢化した1970年代末から、1980年代前半のアンドロポフ、チェルネンコ両書記長の時代に掛けて、党中央の全国支配力が弱くなり、ソ連共産党政権は弱体化していきました。ソ連共産党自身が危機感を持ち、1986年に改革派のゴルバチョフ氏を書記長に選出し、改革を進めました。ゴルバチョフ氏はソ連共産党政権を長期化させるために様々な改革を進めましたが、結果的に1991年にソ連共産党は解散しソ連も消滅してしまいました。そのことを中国共産党政権はよく勉強して知っています。「ソ連の轍は踏まない」との決意の下で打ち出されたのが、今回、四中全会で打ち出された習近平氏による「法治による統治の徹底」の政策だったのだと思います。

 今日(2014年11月7日)から北京で始まる一連のAPECの閣僚会議・首脳会議は、「党中央の権威の再構築」の最も重要な一歩なのだと思います。だからこそ、APECの期間中、学校や企業を連休にし、北京周辺の工場も操業を停止させ、北京市内に乗り入れる車のナンバープレートの偶数・奇数による運行制限を実施して、PM2.5による大気汚染を減らそうと必死になっているのだと思います。

 そうした中、「党中央の権威」に挑戦しているのが「香港雨傘革命」です。APECを成功させるのが至上命題である習近平指導部は、APECが終了するまでは香港に対して強硬策は採らないでしょうが、「党中央の権威を再構築する」のが今回の四中全会で打ち出された「法治改革」のキーポイントである以上、APEC終了後、中国共産党中央が「香港雨傘運動」に対して強硬な態度に出る可能性はかなり大きいと思います。手段としては、「観光客や通勤者の香港立ち入り制限などによる『兵糧攻め』」、「香港警察に大陸から人員支援をして警察力によりデモ隊を排除」から「人民解放軍による武力鎮圧」まで様々な選択肢がありますが、APEC終了後(=11月12日以降)、北京政府が香港に関して今までよりも相当に強硬な態度に出ることはたぶん間違いないと思います。(タイミングとしては、オーストラリア・ブリスベーンで開かれるG20(首脳会議は11月15~16日)まで待つかどうかはわかりません)。

 「第二次天安門事件」の時もそうなのですが、デモ隊の動きが膠着状態になるとニュースに登場する回数が減るので、外部の人は「鎮静化した」と誤解しがちなのですが、現時点(11月7日時点)で、「香港雨傘革命」については、何も解決していないことを再認識する必要があります。

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2014年11月 2日 (日)

香港雨傘革命:「全軍政治工作会議」は「武力鎮圧の前兆現象」なのか

 昨夜(2014年11月1日)の中国中央電視台(CCTV)の夜7時のニュース「新聞聯播」と今日(11月2日)の「人民日報」の1面トップで、福建省上杭県古田鎮において、10月30日から「全軍政治工作会議」が開かれ、31日には習近平国家主席・党書記・軍事委員会主席が出席して「重要講話」を行ったことが伝えられています。これを見れば、10月20~23日に四中全会が開かれて「法治による国家統治」を徹底する旨が決まったことは、習近平氏による「上からのクーデター」であったと言えるでしょう。「新聞聯播」や「人民日報」の扱い方からは、通常の会議の報じ方と一線を画した「緊迫感」を感じます。

 「人民日報」によれば、今回の「全軍政治工作会議」を古田で開くことを提案したのは、習近平氏自身だ、とのことです。古田は、1929年12月28日、「古田会議」が開かれて、人民解放軍の前身である紅軍の基本方針が決まった由緒ある場所、ということです。この場所で「全軍政治工作会議」を開催しよう、と提案した習近平氏の意図は、「軍よ。原点に帰れ。」ということでしょう。

 日本のマスコミでは、よく「中国軍」と誤って報じられるのですが、人民解放軍は中国共産党の軍隊であって、中華人民共和国政府の軍隊ではありません。現在、憲法により、「中国共産党の指導」が書かれているので現在ではあり得ませんが、もし仮に、将来、人民解放軍の位置付けが現在のままの状態で憲法が改正されて、中国に中国共産党に反対する政府ができた場合には、人民解放軍は、中国政府に対して銃口を向ける、ということになります。従って、香港に「反中国共産党」の行政府ができる可能性があるのだったら、香港に駐留している人民解放軍は香港を制圧することになります。「中国軍」と表示している日本のマスコミは、この重要な点を理解していないのです。

 1980年代、改革開放政策が始まった後、トウ小平氏は「軍民結合」の方針を打ち出して、軍の指揮下にある軍需産業が持っている技術のうち民需転用が可能なものについては、積極的に民間用に活用する政策を進めました。1980年代の中国の民間技術はまだ貧弱な水準でしたが、軍需産業においては、人工衛星(=大陸間弾道ミサイル)の打ち上げや原子力潜水艦の建造などが既に行われており、かなりの水準の高い技術を持っていました。トウ小平氏は、外国からの資金と技術の導入を進めることに加えて、中国国内にある軍が持つ高い技術のうち民間活用が可能なものについては民用転換を進めて、中国経済の活性化を図ろうとしたのです。

 この「軍民結合」の方針を受けて、軍は数多くの企業を立ち上げてビジネスを始めました。上記に書いたように「人民解放軍は中国政府の軍隊ではない」という事情に基づいて、軍需産業に立脚したビジネスは中国政府による各種規制を無視する形で進展してきました。それにより、人民解放軍の一部は「中国人民を防衛する」という本来目的からはずれてビジネスに走る「特権的利得権益集団」に転化していったのでした。

 胡錦濤政権までは、軍の一部が「利得権益集団」となっていることに対して改革することはできませんでした。しかし、習近平氏は「アンタッチャブル」だった軍にもメスを入れたのです。これは「改革の進展」という意味では非常に大きな一歩です。

 四中全会の決定文が発表された同じ日(2014年10月28日)、既に捜査の対象とすることが公表され党籍を剥奪されていた徐才厚・元党軍事委員会副主席(=胡錦濤政権時の制服組トップ)について、汚職の罪で起訴することが発表されました。今日(11月2日)の「人民日報」の報道によれば、習近平氏は今回の「全軍政治工作会議」で「特に徐才厚の案件については、高度に重視し厳粛に見て、深刻に反省すべき教訓とし、影響の一掃を徹底させなければならない」と述べています。元の軍の制服組のトップの固有名詞をわざわざ挙げて指摘するなど、私の知る限り、中国共産党内の会議内での発言としては、相当に異例の厳しい言葉で直接的に語っています。

 この「全軍政治工作会議」では、現職の国防相の常万全氏も出席していたことが、この「人民日報」で報じられています。「新聞聯播」では常万全氏が出席している様子も放映されていました。常万全氏は、一時、香港などの報道で、現職の国防大臣でありながら捜査の対象にされているのではないか、との観測記事も出ていましたが、この「全軍政治工作会議」は、常万全氏は「セーフ」だったことを内外に明示する形となりました。

 「新聞聯播」では、「古田会議」を記念する記念館の展示として、「古田会議」の決議を映し出していました。「古田会議の決議」とは「政治理念を誤らないこと」「忠実であること」「犠牲精神に基づき、能動的に仕事をすること」「金儲けを考えてはならないこと」「アヘンを吸ったり賭博をやったりしてはならないこと」の5つなのだそうです。「全軍政治工作会議は古田でやるべし」と提案した習近平氏が言いたかったことは「軍は党中央に忠実であるべし」「金儲けは考えてはいけない」であったことは明らかです。

 もうひとつ「新聞連播」の報道で気になったのは、この「政治工作会議」に関する一連の行事の中で、習近平氏と軍の幹部が集団で、この地にある巨大な毛沢東主席の銅像に花輪を供えて、「三顧の礼」を取っていた場面です。私が最初に北京に駐在していた1980年代、当時の実力者トウ小平氏は、文化大革命時代に対する反省から、個人崇拝を排除しようとしており、各地に残っていた毛沢東主席の銅像の多くは撤去されました。今回の習近平氏と軍の幹部の毛沢東主席の銅像への「三顧の礼」は、こうした1980年代のトウ小平氏の方針に真っ向から反することを意味します。このことは、習近平氏がトウ小平氏が始めた「軍民結合」を廃して、「軍は『金儲け』から手を引け」と命じていることを意味します。

 この習近平氏の「命令」に対して、既に巨大な「特権的既得権益集団」と化している人民解放軍の一部が黙って従うのかどうかはわかりません。そこで気になるのが「軍の内部を引き締める」という目的で、習近平氏が人民解放軍を動かして、香港の「雨傘運動」を鎮圧する可能性があるのではないか、という点です。

 習近平氏が「香港雨傘革命」を武力で鎮圧するかどうかの可能性を「第二次天安門事件」(1989年)との比較で考えてみたいと思います。

【「武力鎮圧の可能性は高い」と考えられる理由】

○上記に述べた四中全会で示した習近平氏の人民解放軍に対する掌握を確固としたものにするために習近平氏は最高司令官として実力行使を指令する。これにより、国際社会からの反発が予想されるため、人民解放軍は最高レベルの警戒態勢に入るので、「反習近平」の勢力が広がる可能性は摘み取られる。

○国内向け報道では「香港の非法な『占中』派は外国で訓練を受けている」「『占中』派に対して外国から資金や物資の支援がなされている」「香港市民の間で『占中』派に反対する署名が130万人分以上集まった」といった報道が連日なされており、香港に対して強硬策を採らない状況が長く続いた場合、中国国内に「なぜ党中央は強硬手段を用いてでも香港『占中』集団を取り締まらないのか」という声が上がる可能性がある。チベットやウィグルの運動についても、常に「外国勢力に扇動されている」と報じられるので、香港についてだけ「何もしない」という選択肢は、国内世論をコントロールする観点ではあり得ない。

○今年(2014年)2月、ロシアのソチで冬季オリンピックが行われている時、既にウクライナでは政情不安状態だったが、国際社会は誰もロシアがウクライナのクリミアを編入することなど考えていなかった。しかし、ロシアのプーチン大統領はソチ・オリンピック終了後、クリミア編入を強行した。国際社会は対ロ経済制裁を発動したが、天然ガス供給をはじめとして世界経済に組み込まれているロシアに対して国際社会は本格的な制裁措置は採れなかった。中国が香港に関して強硬な措置に出ても、世界経済における中国経済の重要性を踏まえれば、国際社会は中国に対して実効性のある経済制裁は採れない、と習近平氏は読んでいる可能性がある。

【「武力鎮圧が行われる可能性は低い」と考えられ理由】

○1989年の「第二次天安門事件」の際、デモ隊が占拠していたのは天安門広場だけであり、北京市民の生活やビジネス活動に全く支障は出ていなかった。それに対し「香港雨傘運動」では、商業活動やビジネス活動に実質的な支障が出ており、商店主やタクシー運転手、ビジネス関係者などに「雨傘運動」に批判的な人たちが相当数おり、無理に武力鎮圧しなくても、香港市民の中に「雨傘運動」に批判的な動きが高まる可能性に期待できる。

○香港は、電力、水、食料、労働力などを大陸部に頼っており、中国政府は香港を「兵糧攻め」にする手段はいくらでも持っている。既に国慶節期間中の大陸から香港への旅行を「安全確保のため」という名目で絞っているし、大陸部から香港の企業に「通勤」している人たちの足止めをすることはいつでも可能である。観光客や労働者が香港へ行くことを制限することにより、香港のビジネス界に「雨傘運動に反対する勢力」を増やすことは比較的容易であると考えられる。

○北京の長安街は、東西に長く続く幅広い道路であり、戦車や装甲車を北京郊外から天安門広場に移動させるためには、市民が築くバリケードを排除すれば、そのほかに物理的障害はない。それに対し、香港の九龍半島と香港島は道路が狭く、戦車や装甲車を「占中」活動をやっている地点に移動させることには物理的な困難が伴う。そもそも戦車や装甲車を香港島に上陸させる、といった作戦に対しては、香港市民の大きな抵抗が予想され、強行すれば「市街戦」となることから、人民解放軍による武力鎮圧は純粋に軍事戦略的観点から「あり得ない選択」である。

○「天安門前広場」は、中国共産党本部(中南海)の目と鼻の先であり、国賓歓迎行事などが行われる場所なので、「天安門前広場」の占拠の長期化は、中国政府の活動に直接的に影響を及ぼすのに対し、香港の一部で「占中」活動が続いても、香港のビジネス上の障害とはなっても、中国政府の活動自体には直接的な悪影響は与えない。それに対して、武力鎮圧した際に中国自身が受ける経済的打撃は計り知れないほど大きいので、中国政府としても避けたい。

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 一方で、私たちは、以下の事実を再認識しなければなりません。

○1989年6月4日、北京で「第二次天安門事件」が起き、市民や学生らの運動が人民解放軍によって鎮圧された。同年11月9日、ベルリン市民によりベルリンの壁が壊され、東西冷戦が終結した。1991年、ソ連共産党は解散し、ソ連は崩壊した。それと同時並行的に起きた現象として、1989年年末に東京の日経平均株価は史上最高値(終値で3万8,957円44銭)を記録したが、翌年から株価は暴落、地価も1991年頃がピークで、後から考えると「第二次天安門事件」「東欧・ソ連での共産党政権の崩壊」と「日本のバブル経済の崩壊」が同時並行的に起きていたことがわかった。もっとも、当時の世界的政治情勢と日本のバブル崩壊に因果関係があったとは言えない。

○政府の地震調査研究推進本部は今後30年間の間に「宮城県沖地震」(最大マグニチュード8程度)が起きる確率は99%と予測していた。しかし、近くの複数の断層が同時に動くことは想定していなかった。2011年3月9日11:45に三陸沖でマグニチュード7.3の地震(最大震度:震度5弱)が発生していた。しかし、この地震が3月11日の東日本大震災の本震の前震であるとは誰も考えなかった(現在は、3月9日の地震は「前震」だった、と考えられている)。今年(2014年)9月上旬、御嶽山で火山性微動が増加したが、9月27日に噴火が発生することは予知できなかった。

 「後で考えれば、あれが前兆だった」と思えることは過去多々あります。「香港雨傘革命に対する武力弾圧」についても、あとから振り返った時「あれが前兆だったのだ」と思えるような事象は既に発生しています。10月19日付けの「人民日報」4面に掲載されていた「『自主』から『占中』の背後にある『香港独立』の陰謀が見える」と題する評論も「前兆」の一つかもしれないし、今回の「全軍政治工作会議」も「前兆」の一つなのかもしれません。香港に拠点を持っている企業は、武力弾圧事態を想定した「リスク・マネジメント・プラン」を作成していると思いますが、香港に関係のない人たちは、現時点で、全く無防備だと思います。

 一昨日(10月31日)に発表された日銀の追加緩和策に対して、日本だけでなく、上海、香港、ヨーロッパ、ニューヨークの株式市場から、ブラジルの株式市場まで、「世界同時株高」の現象が起きました。中国と香港で起きている現状から見て、この株価の反応は「はしゃぎすぎ」だと私は思います。

 「リスク・マネジメント」においては、「空振りを恐れずに前兆と思われる事象は深刻に捉えて対処する」ことが重要です。なので「香港雨傘革命に対する武力鎮圧」について既に前兆と思われる事象が起きていることを、後で「空振り」「心配のしすぎだった」と批判されることを期待しつつ、記させていただきました。

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2014年10月31日 (金)

香港雨傘革命:四中全会と黒田日銀ハロウィン・バズーカ砲が与える影響

 前の発言(2014年10月22日付け)で、「香港雨傘革命」は、香港からの外資の引き上げを招き、それが減速しつつある中国経済を「綱渡り的」になんとか軟着陸させようとしている中国政府に予想外のインパクトを与えて経済政策のバランスを崩し(ないしはタイミングを失わせ)、中国経済のバブル的部分が崩壊する切っ掛けになる可能性について書きました。背景にあるのは、10月末に、アメリカFRB(連邦準備制度理事会)が量的緩和第三弾(QE3)を終了させ、それが中国を含めた新興国に投下されてきた投機マネーの引き上げの波を起こす可能性があることでした。

 一方、中国共産党は10月20~23日に四中全会(中央委員会第四回全体会議)を開き、「法治による国家統治」を決めました。四中全会での決定文全文は、10月28日(火)夜に発表されました。私はそれを伝える中国中央電視台(CCTV)の7時のニュース「新聞聯播」を見ていて、「えらいこっちゃ。こりゃ習近平主席による『上からのクーデター』だ」と思いました。「新聞聯播」ではアナウンサーが決定文と「説明」を読み上げる映像が30分も続く、という「ただならぬ雰囲気」だったからです。

 日本のマスコミがあまり大げさに報道していないので、翌日、私自身、ネット上の「人民日報」に掲載されている今回の四中全会の決定文の全文をじっくり読んでみましたが、確かに司法改革など重要なことは書いてありますが、それほど「革命的に新しいこと」があるわけでもなく、マスコミが大騒ぎしないのは当然かな、と思いました。

 ただし、内容は、例えば「県・市級の地方組織の権限を大幅に縮小する」など、党中央の意図を無視して勝手な行動で環境破壊しながら乱開発を続ける地方政府(=中国共産党地方組織)の権能を法律で厳密に縛る、という点で、中国共産党の歴史においては画期的かつ重要なものでした。多くの日本の方は誤解しているかもしれませんが、そもそも中国共産党は、末端組織の集合体が集まった基礎の上に立ったボトムアップ組織を基盤としており、トップダウンによる強権的組織ではありません(私は、その点が中国共産党とソ連共産党の最も異なる点だと思っています)。

 今回の四中全会の決定は「法治の徹底」を叫んでいますが、「法治」の前には必ず「党の指導による」が付いています。ここで言う「党」とは「党中央」のことでしょう。つまり「法治」とは言っていますが、その内実は、法律を作る全人代などどうでもよく、要するに「党の末端組織は必ず党中央の命令に従え。これからは有無を言わさず党中央の指示貫徹を徹底するぞ。」という「党内改革」の話なのです。(このことは、今までは党の末端組織は党中央の指導を無視してきた、つまり「国家統治」どころか「党内統治」もできていなかった、という中国共産党の実情を表しています)。

 それからもうひとつ重要なのは、今回の「法治」については、軍の組織も例外としない、としているところです。ここに習近平総書記の改革へ向けてのなみなみならぬ決意が感じられます(人民解放軍は、中国共産党の軍隊であって、中華人民共和国政府の軍隊ではありません)。その意味では今回の四中全会の決定は、私が最初に受けた印象のとおり、「静かなる上からのクーデター」と表現しても間違いではないと思います。

 こうした「改革」は、当然、既得権益を享受してきた地方組織や軍の末端組織からの反発を受けることが予想されるので、習近平総書記は「言論の締め付け」という形で、力で反発を抑える方針のようです。それを表すかのように、最近、新聞記者や文芸関係者に対して「社会主義の核心的価値観」を徹底するよう要求しています。

 香港関連で言うと、事態を収拾できない梁振英行政長官は辞職すべき、と公開の場で述べた中国人民政治協商会議委員の田北俊氏が委員を解任されました。中国人民政治協商会議は、中国共産党員ではない有力者が政治に助言をする機関で、いわば「ガス抜き機関」なのですが、助言機関の委員が自分の意見を言って解任されたのでは、助言機関としての意味がありません。

 「中国人民政治協商会議とはそもそもそういう会議なのだ」と言われればそれまでですが、「梁振英行政長官を支持する」という党中央の意図に反することは、たとえ「完全なる中国政府派」である中国人民政治協商会議委員であっても公の場で発言することすら許さない、という今回の態度は、ある程度いろいろな意見を議論することはよいことだ、という雰囲気のあった1980年代(「第二次天安門事件」以前)を知っている私としては、あまりにも「締め付けのやり過ぎ」だと感じました(特に田北俊氏は、自由な言論の許されている香港代表の人なので)。

 今回の四中全会決定が対象としているのは「党と軍の地方末端組織」で、この「法治の徹底」は、おそらくは習近平総書記が、2年前の総書記就任以来、党内や軍の長老などへの「根回し」を周到に行って進めてきた「目玉政策」なのでしょう。ところが、その「目玉政策」の最終決定段階の四中全会の直前のタイミングで「香港雨傘革命」というやっかいな事態が生じたのです。習近平総書記としては、香港に対して安易な妥協をすれば、党と軍の地方末端組織に対する「しめし」がつきません。従って、香港に対して甘い顔はできないのです。

 なので、私は、習近平総書記がタイミングを見計らって(おそらくは11月10~11日のAPEC首脳会議が終わった頃に)「香港雨傘革命」に対して強硬な措置に出る判断をするのではないかと恐れています。

 一方、冒頭に書いたように、「香港雨傘革命」は、大減速(場合によってはバブル崩壊)気味の現在の中国経済に予定外の影響を与える心配があります。タイミングが日本時間10月30日未明に決まったアメリカによる量的緩和策第三弾(QE3)の終了が世界(特に新興国)に影響を与え始める時期とぴったり会うからです。

 そうした中国を巡る微妙なタイミングで、今日(2014年10月31日)、日本銀行は金融政策決定会合で「異次元の量的・質的緩和措置」の第二弾を決め、発表しました(後世の人がどう呼ぶかわかりませんが、私は「ハロウィン・バズーカ砲」と呼びたいと思います)。この緩和措置は、おそらくは意図的にアメリカのQE3終了とタイミングを合わせることにより、世界規模においては、緩和マネーの出所がアメリカから日本に替わるだけであるので、これまでアメリカの金融緩和措置によって投下されてきた資金の新興国からの引き上げの動きを少しでも緩和することができる、という目的もあるのではないかと思います。

 ですが、今回の黒田日銀による「ハロウィン・バズーカ砲」は、あまりに予想外のタイミングに決まったので、株式市場は急騰し、外国為替市場では急激な円安が進みました。去年(2013年)4月4日の「異次元の量的・質的緩和」の後も、株式市場や外国為替市場で、何度か乱高下があったように、今回の「ハロウィン・バズーカ砲」もマーケットに予想外の乱高下を呼ぶかもしれません。もしそうだとすると、今回の日銀の追加緩和は、バブル経済崩壊回避と香港雨傘革命対応で「綱渡り的」な対応を迫られている中国政府の政策バランスに影響を与えてしまうかもしれません。

 人民元は、ドル元レートについて中国人民銀行が毎日決める「中央値」の上限2%幅での変動を許される「拘束式変動相場制」なのですが、2%という「縛り」が掛かっているのは人民元/米ドルのレートなので、日本円が対米ドルで急激に変化すると、日本円/人民元レートは、短期間に大幅に変化する可能性があります。日中貿易は中国経済においても重要な役割を果たしていますので、プラスかマイナスかはいろいろ議論はあるにせよ、今回の日銀の追加緩和策は、中国経済にもかなりのインパクトを与えると思います。

 前の発言で、私は「シートベルト着用サインが点灯している」と書きました。今回の「ハロウィン・バズーカ砲」により、サインは「パラシュート着用・カタパルトで脱出すべし」に変わっているのかもしれません。しかし、私も二回の北京駐在を経験していますが、中国といろいろな仕事をしている以上、日本側は「ボタンひとつで脱出」はできません。お金の損得の以前の問題として、日本企業は多くの中国人従業員を雇い、中国側の企業や人々とビジネス関係を持っています。「ボタンひとつでカタパルトで脱出」はできないのです。

 従って、パラシュートを付けてカタパルトで脱出したくなるような事態になっても、少しくらい揺れてもよいから、機長にはなんとか安全に飛行を続けて、軟着陸できるようにコントロールして飛行を続けて欲しいと思っています。

 「雨傘運動」をやっている方々にも冷静な対応を望みたいと思います。過去の「第二次天安門事件」の運動の例などを引き合いに出すまでもなく、明確なリーダーがいないままに運動が長期化すると、運動に参加する人々が穏健派と急進派に分かれ、急進派が警備側と衝突するような事態に発展して、政権側に武力介入の口実を与えかねません。「香港雨傘運動」をやっている人たちには、過去の苦い経験を踏まえ、あくまで非暴力の活動を貫いて欲しいと思います。

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2014年10月22日 (水)

「香港雨傘革命」が中国経済バブル崩壊の切っ掛けとなる可能性

 昨日(2014年10月21日)、香港行政府の幹部と民主化選挙を求めるデモ隊のリーダーとの間の「対話」が行われました。事前に予想された通り、双方の主張は平行線で、事態は進展していません。

 「中国政府が香港行政長官選挙において民主派候補者(=中国共産党に反対する可能性のある候補者)の立候補を認める可能性は100%ない」一方で「民主派候補の立候補を認めない限りデモ隊側は『占拠』をやめない」ことは明らかなので、この問題には以下の二つの解しかありません。

(1)中国政府が武力(=人民解放軍)を投入してデモ隊を強制排除する。

(2)デモ隊側が非暴力に徹し、香港市民の日常生活への影響を最小限にする形で抗議活動を続け、香港行政府と中国政府も警察力または人民解放軍による「力での排除」は自制することにより、長期にわたり「平和的な抗議活動」が続く。

 武力によるデモ隊の強制排除は、国際金融センターとしての香港の機能を喪失させるとともに、「将来は『香港方式』により台湾も統一したい」という「一国二制度」を採用したそもそもの出発点を自ら潰すことになり、中国政府側にとっても最も希望しない選択肢なので、起こらないと私は信じています。

 ただ、10月19日付けの「人民日報」4面に掲載されていた「『自主』から『占中』の背後にある『香港独立』の陰謀が見える」と題する評論では、今回の運動の背後に「台湾独立派」がおり、香港の独立を狙っている、とかなり激しく批難しています。もし仮に本当に「『占中』運動」が「香港独立運動」ならば、人民解放軍が動く大義名分となるわけですから、この評論は相当にきつい「恫喝」です。

 「国際社会からの制裁があることを考えれば、中国共産党もそれほどバカではないので、人民解放軍による武力鎮圧はないだろう」と多くの人は思っているでしょう。「第二次天安門事件」の時、私も1989年6月3日まではそう思っていました。しかし、そういう私の考えが甘かったことは事実が証明しています。予断は許しません。

 一方、今回は中国共産党が最大限の自制心を働かせて、上記(2)の「平和的な抗議運動の継続を認める」方針を採ったとしても、混迷の長期化による香港からの外資の引き上げが、中国の経済バブル崩壊の切っ掛けとなり、世界に大激震を走らせることになる可能性は否定できません。

 現在、中国経済バブルがほとんど「臨界点」に近づいていることは多くの人が認めているところです。「ハードランディング」を避けるため中国政府が綱渡り的な経済政策を採っている中で、今回の「香港雨傘運動」に起因する外国資本の香港からの引き上げが中国政府が行っている「綱渡り的政策」を壊してしまう可能性があるからです。

 昨年来、世界の多くの人々が心配するようになった「影の銀行」や「理財商品」の問題は、基本的には中国国内の金融システムの問題なので、アメリカのサブ・プライムローンのように、中国国内の金融バブル崩壊が世界経済に伝播する程度は小さい、という見方は多いと思います。しかし、下記の大和総研の神尾篤史氏のレポートでは、外国からの香港への外貨投資が香港を中継として中国国内の「理財商品」に流れている可能性があることから、中国国内のバブル崩壊が世界に伝播する危険性について警鐘を鳴らしています。

(参考URL)大和総研金融調査部兼経済調査部神尾篤史氏のレポート
「理財商品等と増加する中国企業の外貨資金調達~外国子会社等の外貨建て債券の発行増加がもたらす可能性~」(2014年3月24日)
http://www.dir.co.jp/research/report/capital-mkt/20140324_008358.pdf

 今、世界のマーケットではボラティリティ(変動率)が非常に大きくなっています。最近ニューヨーク株式市場のダウは、毎日のように100ドルを超える(時として200ドルを超える)乱高下を続けていますし、東京株式市場の日経平均株価も一昨日(2014年10月20日)から今日(10月22日)まで対前日比で、578円高、306円安、391円高と連日300円を超える乱高下を続けています。

 今は、様々なデリバティブ(金融派生商品)があり、多くの投資家がレバレッジを効かせて(テコのように少ない元手で多くの収益が得られるようにして)いるので、ちょっとの切っ掛けで相場が大きく変動することがあります。本来は、商品先物などは、将来の価格変動による損失を少なくするためのものですので、多くのデリバティブは市場の変動を抑制する効果がありますが、ブランコで力を入れるのと同じように、タイミングがずれると、逆に振り子の振動を極端に大きくしてしまう可能性もあります。

 今年前半、様々な市場ではボラティリティが異常に少なかったのですが、8月下旬以降、逆にボラティリティが急激に拡大してきています。この変化は、アメリカのFRB(連邦準備制度理事会)が量的金融緩和第三弾(QE3)をこの10月末にも終了する予定であり、一方で、ECB(ヨーロッパ中央銀行)が量的緩和を始めようとしている(日本銀行は「異次元の金融緩和」を継続中)ことから、市場関係者が各国の金融政策の変更に対応しようと動いていることが原因のひとつと考えられています。

 従って、現在のマーケットのボラティリティの急激な拡大は「香港雨傘革命」の運動とは直接的な関係はありません。しかし、同じタイミングで起きているこの二つの動きが「偶然の共鳴現象」を起こす可能性があります。

 具体的にはアメリカFRBによるQE3の終了と利上げ観測の具体化で、香港を含めた新興国に投下されてきた資金のアメリカへの引き揚げが始まった時、香港については「雨傘革命」の長期化を嫌気した外交投資家により従来想定していたより大きな額の資金の引き上げが起き、それが香港経由で中国国内に流れ込んでいた投機資金の中国からの流出を招き、中国国内での一時的な流動性の欠乏を招いて、理財商品のデフォルト(現金化不能)を起こす、といった「ドミノ倒し」が起こる可能性が否定できないからです。(実際は中国人民銀行がうまくコントロールすると思いますが)。

 今日(2014年10月22日)付の日本経済新聞朝刊3面には「バブルに踊り覚めて大損 現代版『邯鄲(かんたん)の夢』」と題する記事が掲載されていました。この記事では、最近の住宅価格低下により、河北省邯鄲市で不動産開発会社の経営者が失踪し、高利回りに引かれて開発資金に投資した住民が投資資金の回収ができなくなっている状況を報じています。「邯鄲の夢」とは、昔、邯鄲の若者がお粥を炊いてもらう際、まどろんでいる間に立身出世する夢を見たが、夢から覚めたらまだお粥が炊きあがっていなかった、という有名な故事です。「現代版『邯鄲の夢』」は、面白い話ではありますが、シャレになりません。

 「香港雨傘運動」に参加する若者は純粋に香港の民主化を望み、FRBはアメリカ経済の順調な回復を見て金融政策の「正常化」を図る、というそれぞれの全く至極まっとうな希望に基づく行動が、たまたま同じタイミングで起きることにより、中国経済バブルの崩壊とそれによる世界的な経済危機、という大きな結果をもたらす可能性がある、ということは注意する必要があります。なので、私は10月4日のこのブログで「香港『雨傘革命』:日本の関係者の状況認識は甘過ぎないか」と書いたのでした。

 学生らと香港行政府の「対話」が不調に終わり、一方で日本の株式市場で非常識な乱高下が続いているので、多くの市場関係者は既に認識していると思いますが、「シートベルト着用サイン」が出ているという注意喚起の意味で改めて書かせていただきました。

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2014年10月18日 (土)

長期化する香港「雨傘革命」が中国大陸部13億人の人民に知らせたもの

 香港の民主的な行政長官選挙を求める運動、いわゆる「雨傘革命」は、本格的な「占中」(オキュパイ・セントラル)の運動が始まってから3週間が経っても、解決の糸口が見えません。1989年の「第二次天安門事件」(六四天安門事件)の対処の経験を踏まえても、事態を長引かせることは、「時間切れ解決」をもたらすのではなく、デモ参加者の一部の強硬な姿勢を強めることになり、事態の悪化をもたらす可能性の方が大きいと思います。

 梁振英行政長官は、10月16日(木)、「来週にも学生団体と対話する」と発表しました。私は、「なぜ『来週』なのか」と思いました。事態の長期化はよくない、と考えるなら、対話はすぐにやるべきでしょう。私は「梁振英長官は、おそらく北京政府から、四中全会(中国共産党中央委員会第四回全体会議:10月20~23日)と11月10~11日に北京で行われるAPEC首脳会議が終わるまでは『騒ぎ』を起こすな、と厳命されているのだろう」と想像しました。「対話の提案」は、おそらくは時間稼ぎです。対話を「来週」に設定すれば、少なくとも四中全会の始まる前の週末(10月18日(土)、19日(日))には大きな混乱を招かないで済む可能性があるからです。

 「第二次天安門事件」に参加したデモ隊が「ゴルバチョフ書記長が訪中するまで運動を引き延ばして、自分たちの主張を世界中のメディアに報道してもらおう」という考え方を持ったのと同じように、香港でのデモに参加している人たちの中には「少なくともAPEC首脳会談の時期まで運動を続けて、世界中の首脳から習近平主席に圧力を掛けてもらおう」という意図があるのかもしれません。

 梁振英長官とデモ隊参加者の双方に「APECまでは・・・」という気持ちがあるのなら、APECが終わるまでは、大きな動きはないかもしれません。逆に言うと、APECが終わったら、大きな動き(例えば強制排除など)があることも想定しなければいけないかもしれません。

 「人民日報:日本語版」の記事によると、今回の四中全会の議題は「法による国家統治の全面的推進における重大な問題の検討」なのだそうです。もともとは周永康・前政治局常務委員の処分問題など、党内の腐敗撲滅や司法制度改革を念頭に議題設定をしたのだと思いますが、現在、「人民日報」などが、香港の「占中」運動を「非法な運動」と断罪し、「香港にも法治を」という主張を繰り返していますので、四中全会において香港問題を避けて通ることは難しいと思います。中国共産党内部には、武力を使ってでも早期に収拾を図るべし、と考える強硬派もいるでしょうから、四中全会の中で香港問題に関する議論をまとめるのに、習近平総書記は苦労するかもしれません(今後APECもあるので、今の時点では強硬策を主張することは好ましくないことから、四中全会でまとめる文書では、おそらくは「非法な『占中』活動は香港市民の正常な生活を阻害することから、香港行政府が早期に事態を収拾することを期待する」といった程度の内容に留めることになるだろうと思います)。

 今回の「香港雨傘革命」の動きが、過去の1986年末の学生運動や「第二次天安門事件」の時と異なるのは、「人民日報」をはじめとする公式メディアが批判する立場からとは言え、連日、香港の動きを伝えていることです。中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」では、「デモ反対派市民によるデモ」の様子は放映するけれども、民主派デモの人々の様子は放映しない、など、相変わらず「完全に偏った報道」なのですが、それでも道路を封鎖するバリケードの様子を放映するなど、私の知る限り、中国国内において中国共産党中央に対する異議申し立ての運動をこれだけ大量に報道するのは初めてではないかと思います。

 連日報道することにより、「非法な行動が行われているのに香港行政府は収拾できていない」ことも全国に知れ渡ることになり、同時に「香港ではこうした運動ができるのだ」という事実を全国の中国人民に知らせることになりました。

 人民日報のホームページでは、この香港の「占中問題」に関するネット上座談会なども掲載されていますが(当然、出席者は全員が「占中」に反対)、その中で、「香港市民700万人のうち『占中』を行っているのは2%に過ぎない」という主張もありました。これは逆に「14万人もの人が参加している」ことを示しており、人民日報の論評で言っている「ごく少数の人が行っている」という主張と矛盾しています。

 また、中国最大のネット検索サイト「百度(バイドゥ)」では、10月1日以降「雨傘革命」で検索すると「法律と政策により一部の検索結果は表示されません」という表示が出るようになり、「雨傘革命」がネット上での「検閲対象語」になったことがわかりました。しかし、政府サイトなどでの「占中」批判評論の中でも「雨傘革命」の語を使うことがあるので、「雨傘革命」が「使用禁止語」になっているわけではありません。

 「人民日報」ホームページで記事を閲覧すると、右側の広告欄の中に「ニュース用語検索頻度リスト」を見ることができます。この「人民日報」ホームページの「ニュース用語検索頻度リスト」では、先日見たら、1位が「雨傘批発」(雨傘販売)、2位が「雨傘廠」(雨傘工場)、3位が「太陽傘」(日傘)でした。「雨傘革命」は「検閲対象語」なのでランク入りすることはあり得ないのですが、「雨傘関連」の用語を全て「検閲対象語」にすることはできないので、こういう検索頻度リストができあがるのでしょう。大陸部の中国人民にとっても、「香港雨傘革命」は、賛成か反対かは別にしても、大きな関心を呼んでいることは間違いありません。

 香港行政長官の選挙で民主派が立候補できようができまいが、大陸部の人々にとっては「どうでもよいこと」なので、大陸部で「香港雨傘革命」を支援しよう、という動きはそんなに高まらないと思いますが、「香港では自由にデモや抗議活動ができるんだ」「当局が『非法な行為』『動乱』と称するようなことでも、香港では抑え込むことができないだ」という事実は、既に大陸部の13億の人民に広く知れ渡ったことでしょう。

(注)「第二次天安門事件」の時の1989年4月26日「人民日報」が社説「必ずや旗幟を鮮明にして動乱に反対せよ」を掲載した時、デモ参加者は猛反発しました。しかし、今回の「香港雨傘革命」に際して、2014年10月15日、「人民日報」が1面で「本紙評論員」による社説「香港特別行政区政府の法による施策を断固支持する」を掲載し、その中で「安定は福であり、動乱は禍である」と記載したことに対しては、あまり反発の声は聞こえませんでした。香港市民は「人民日報」なんて読んでない、と言えばそれまでですが、私は個人的には、1989年と比して「人民日報の権威(=中国共産党中央の権威)」が相当に落ちたなぁ、という印象を受けました。

 「第二次天安門事件」の時代にはインターネットはなかったので、中国国内では北京で武力弾圧があったこと自体を知らない人が多かった(今でも「六四天安門事件」関連情報はインターネット上ではアクセス禁止措置がなされているので、中国大陸部では知らない人は多い)のと比べると、今回の「香港雨傘革命」運動は、中国人民に対する「認知度」という点で、大きな違いがあります。この「雨傘革命に対する認知度の高さ」が、ボディブローのように、今後の大陸部での政治的動きに効いてくる可能性があります。

 過去、中華人民共和国の歴史の中で、「文化大革命」を除いては、学生や市民が中国共産党中央に直接的な形で「異議申し立て」をやったのは、1976年4月の「第一次天安門事件」(四五天安門事件)、1986年末の合肥・南京・上海等での学生デモ(北京での動きは当局が事前抑止に成功した)、1989年の「第二次天安門事件」だけです。「第一次天安門事件」では、この後、毛沢東主席の死後の1976年10月に当時中国共産党中央を牛耳っていた「四人組」が失脚し、1986年末の学生デモでは胡耀邦総書記が、「第二次天安門事件」では趙紫陽総書記が失脚しています。つまり、いずれも「当時の中国共産党中央」の実質的交代が行われたのです。

(注)過去の学生らの運動の経緯等については、このブログの過去の発言「中国現代史概説」を御覧ください。左側に「中国現代史概説の目次」へのリンクが張ってあります。

 香港は、もともと集会やデモは自由にできますので、「中国共産党中央に対する異議申し立て」は別に今回が初めてではない、と言えばそれまでですが、「中国共産党中央に対する異議申し立ての動き」が、大陸部の13億人の人民に津々浦々伝えられているという事実は大きいと思います。今すぐ何かが変わる、というものではないにしろ、今回の香港「雨傘革命」は、中国の歴史における大きな転換点であることは間違いないと思います。

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2014年10月 4日 (土)

香港「雨傘革命」:日本の関係者の状況認識は甘過ぎないか

 先週日曜日(2014年9月28日(日))夜、私はCNNが伝える香港の状況(民主的普通選挙を要求するデモ隊への警官隊の催涙弾の使用など)を見て、「これは大変なことだ」と感じ、9月29日(月)以降の世界の株式市場は大暴落するだろうと思いました。

 ところが、9月29日(月)の東京株式市場は、前週末比で若干値を上げて終えました。29日(月)のヨーロッパとアメリカの株式市場が香港情勢を心配して値を下げて帰って来たことを受けて、東京市場では30日(火)以降、株価が下がりました。

 今、世界には様々な地政学リスクがあり(エボラ出血熱患者がアメリカでも発生したことを含む)、香港情勢だけが世界の株式市場を動かしているわけではありませんが、29日(月)の東京の株式市場の動きを見て、私は「日本の関係者は香港情勢に対する認識が甘過ぎる」と思いました。

 「雨傘革命」と呼ばれている現在の香港でデモを行っている人々が求めているのは、2017年の行政長官選挙において民主派からの立候補も可能とする選挙制度の制定ですが、立候補者を事前に絞り込むという制度は、全人代常務委員会で既に決まったことであり、北京の中央政府がそれを撤回することはあり得ません。

 従って、今回の運動では「香港当局側が妥協案を提示して打開を図る」ことが根源的に不可能なのです。今後、デモを行っている人々が仮に座り込みをやめても、2017年の選挙までは、選挙制度の改革を求める運動は続きます。従って、今の運動は、香港経済に長期間にわたって大きな影響を与える可能性が大きいのです。

 多くの人は、「まさか北京の中央政府は1989年の『第二次天安門事件』(六四天安門事件)のような武力弾圧はやらないだろう」と思っているのでしょう。でも、1989年の「第二次天安門事件」の時も、私も含めて多くの人は同じように「強硬な武力による解決はないだろう」と思っていましたが、実際は武力行使がなされました。1989年当時は、トウ小平氏というカリスマ的で老練な政治家が実権を握っていたわけですが、そのトウ小平氏すら、穏健な解決は図れなかったのです。今の習近平指導部は、トウ小平氏を上回る問題解決のための指導力を発揮できるのでしょうか。(上に書いたように、問題の根本は「選挙制度改革」ですから、香港当局に問題解決能力はなく、最終的には北京が何らかの策を講じなければ、問題は解決しません)。

 香港は中国大陸部の経済の重要な「対外窓口」ですから、香港で現在のような混乱が続くと、中国大陸部の経済活動に対して致命的なダメージを与えます。香港に投資している外国企業や投資家が香港から逃避することも懸念されます。

 今、中国大陸部の経済は、景気減速が意識され、不動産市場では「バブルが崩壊しつつあるのではないか」との心配もささやかれています。去年(2013年)表面化した「影の銀行」問題も何も解決していません。

 中国政府は、バブルの膨張を呼ぶような大規模な経済刺激策を避けつつ、「小出し」の経済政策で、綱渡りのような経済政策を進めています。今、ここで香港経済が今までのような活力を保てなくなったら、大陸部の中国経済にも大規模なブレーキが掛かる恐れがあります。

 「第二次天安門事件」の運動が始まったのは、1989年4月15日でしたが、警察力による天安門前広場からの人々の強硬排除が行われなかったことから、最初のうちは、なんとなく大学生ら若い人たちの「フェスティバル」のような雰囲気の座り込みが続きました。中国共産党中央は、4月29日、座り込みを続ける学生たちと話し合いを行いました。しかし、学生たちが納得する結論が出るわけもなく、事態は全く改善しませんでした。

 今回の香港の「雨傘革命」においては、一昨日深夜(2014年10月2日(木)深夜)、香港の梁振英長官が「自分は辞職しないが、ナンバー2の高官と学生らとの対話を行う」と発表しました。これを受けてか、2日間の国慶節休暇明けの10月3日(金)の香港株式市場のハンセン指数は、やや上げ、一時的に緩和したような雰囲気になりました。ここまでの今の香港の雰囲気の推移は、1989年の「第二次天安門事件」の推移と非常に似ていると私には感じられます。

(「第二次天安門事件」の時の詳しい経緯については、このブログの左にリンクが張ってある過去の発言「中国現代史概説」の中の「第二次天安門事件」の部分をお読みください)。

 1989年当時、中国経済の世界経済に占める割合は、まだ小さいものでした。しかし、今(2014年)の世界経済は、中国なしには立ち行きません。香港の混乱が長引けば、中国大陸部の経済に大きな影響を与え、結果的にそれが世界経済に非常に大きな影響を与えます。それなのに、日本の関係者の香港情勢に対する反応が鈍すぎる、私にはそう思えるのです。

 もちろん、外国は、中国の国内問題に口を出すべきではありませんが、世界は1989年の「第二次天安門事件」を知っているだけに、中国に対して、同様の結果にならないようにする働きかけを行う必要はあるでしょう。今年11月10~11日に北京でAPEC首脳会議が開かれます。この会議に出席する多くの首脳は、何らかの形で今回の香港の「雨傘革命」について言及せざるを得ないでしょう。

 (1989年の時も、「第二次天安門事件」の運動が始まった1か月後にソ連のゴルバチョフ書記長の初の訪中という大きな外交日程が設定されていました。運動が重要な外交日程に影響を与える可能性があった、という点でも、「第二次天安門事件」と今回の香港の「雨傘革命」運動に一種の「類似性」を想起させます)。

 香港は、中国当局のインターネット上の情報統制障壁(「金盾」とか「グレート・ファイアー・ウォール・オブ・チャイナ」とか呼ばれる)の外にありますから、中国大陸部の学生とは異なり、香港の学生は「第二次天安門事件」(六四天安門事件)のこと(その結果)はよく知っているでしょう。学生の側にも、ぜひ冷静な対応をして欲しいと思います。 

 

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2013年1月 9日 (水)

「南方周末」の「中国の夢、憲政の夢」の日本語訳

 中国広東省広州の週刊紙「南方周末」(日本語式に表記すれば「南方週末」)の2013年新年号(1月3日号)に掲載予定だった社説が、共産党宣伝部の指導で書き換えられた件については、日本でも報道されています。

 私が北京に駐在していた2007~2009年頃、「南方周末」は1部3元(約45円)で、北京の地元日刊紙「新京報」の1部1元に比べて高い感じでしたが、北京の新聞スタンドでも売っていました。広州で発行された新聞を北京に運賃を掛けて輸送して売っている、ということは、売れてるからでしょう。面白い記事が多かったので、私も愛読していました。私が北京にいた2007年4月~2009年7月の期間やその後の出張時に買った「南方周末」に載った記事には次のようなものがありました。

○対談記事:ロシアの改革に比べて中国は成功したと言えるのか(2008年7月10日号)

○民主法制を提唱し、封建主義に反対する~葉剣英の30年前の講話を再び考える~(2008年10月2日号1面トップ記事)

○「経済のため? 国防のため? それとも中華復興のため?」中国有人宇宙プロジェクトの意義(2008年9月25日号の評論)
※解説:中国の有人宇宙飛行成功に沸く中国国内にあって、冷静に「国際宇宙ステーション計画に参加するのもひとつの選択」と論じた論説

○三鹿(メラミン粉ミルク事件)発覚までの隠された10か月(2009年1月8日号1面トップ記事)
※解説:2008年に発生した河北省石家庄市に本社を置く三鹿乳業のメラミン入り粉ミルク事件は、2007年12月には消費者から疑義が出され、2008年8月2日に三鹿乳業が調査結果を河北省石家庄市政府に報告したものの、北京オリンピック開幕直前だったため、北京オリンピック終了後の9月13日まで公表が延ばされたいきさつについて書かれた記事

○記者会見がどうして一人芝居になってしまうのか(2009年3月19日号の評論)
※解説:地方政府が行う記者会見では、地方政府側が「官製メディア」ばかりを指名して、記者との問答が「用意されたもの」に見えることを批判した評論

○異なる意見に寛容になることこそ、揺れ動く状況を安定させることになる(2010年4月29日号の評論)

 2013年1月3日号に掲載予定だったという社説「中国の夢、憲政の夢」は、書いた記者たちがネットに掲載した、とのことですが、既に当局によって削除されているようです。ただし、次から次へと転載されているので、検索サイトで「南方周末」で検索すると、多くは削除されたものですが、削除されていないものも見ることができます(1月8日夜現在)。転載なので、「本物」かどうかは私には確認できないのですが、複数のサイトに同一文章が載っていたので、「たぶん本物だろう」と思われる文章を私は入手しました。下記にポイントとなる一部分を和訳してみましょう。

 内容は、非常に文学的な(つまり婉曲な)表現になっており、日本で報道されているような「憲政を求める」「民主化を求める」といったストレートな表現にはなっていません。

 例えば、次のような表現になっています。

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「今日では、既に夢をみることができるようになった中国は、既に夢を実現できる時代になっている。憲政が失われていた『文革』の悪夢の時代を経て、我々は三十数年の時間を費やして、徐々に常識的な物の見方、一般的な人情を回復してきている。」

「我々は、ついに厚く積もった歴史の塵の中から顔を上げ、煩わしい日常生活の中から頭を上げ、先輩たちが歩んだ憲政の長い道のりを再び歩み、先輩たちの抱いた偉大な夢を再び温めよう。」

「今日、我々は断じて物質的な豊かさのみを夢見ることに留まってはならず、精神的な豊かさを希望する。我々は、国力の増強のみを夢見ることに留まってはならず、国民が自尊心を持つことを希望する。新しい国民と新しい国を滅亡から救い啓蒙することについては、誰とても誰からも離れては考えられない、誰とても誰をも圧倒することもできない。憲政こそ、これらいっさいの美しい夢の根本なのだ。」

「憲政を実現することによってこそ、権力を限定し、権力を分散させ、国民は大声を出して公権力を批判することができ、各個々人は心の中の信ずるところに従って自由な生活を送ることができ、我々は自由で強大な国家を建設することができるのだ。」

「傑出した者だけが夢を見られるのではない。夢を見る者だけが傑出するのだ。」

「あなたは天から与えられた権利として、夢を見ることができ、その夢を実現することができるのだ!」

「(アヘン戦争から)170年の縷々転々、美しい夢は何と難しいことか。170年後、人は依然として良識の新しい芽が出ることを渇望し、天命がいわんとするところを反芻(はんすう)している。人は依然として、ひとつひとつ落ちてしまった権利を要求し続けており、政治を正しく復活させ、公の正義が自在に流れることを要求している。」

「憲政の夢を実現するためには、当然ながら、世界の経験を吸収しなければならない。即ち、ギリシャの民主主義を考え、ローマの法治主義を検討し、イギリス・アメリカの憲政を借りて、現代の科学技術文明を追わなければならない。しかし、これは、西洋文明が優等生であると言っているのではなく、西洋人には西洋人がたどってきた軌跡があるのだから、我々はこれらのいっさいを直接我々に適用させる必要はない。」

「我々は、我々がいる大地の上に立脚して、各国人民とともに、古きものと新しいものを融合させた新しい生活を見いだし、一種の中国と西洋が融合した新文明を導き出さなければならない。古今東西の激動の中において、人類共通の価値を尊重し、はばかることなく自らの新しい夢を作らなければならない。」

「中国人は、もともと自由人である。であるから、中国の夢は、もとから憲政の夢でなければならない。」

「万物は速く朽ちてしまう。しかし、夢は永遠である。万物は生まれる。なぜなら夢は不滅だからである。夢は生き続ける。もし、あなたが100回失敗しても、101回目にはあなたの心の中にある決して死なない希望が実現されるだろう。」

「ひとつの真実の話は、世界よりも重い。ひとつの夢は、生命から光を発散させるだろう!」

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 上は全文訳ではなく一部のポイントの訳だし、私が持っている中国語の文章も「本物」かどうかの確信はありません。しかも、表現自体がものすごく難解な「文学的表現」なので、誤訳している部分もあるかもしれません。だけど、おそらくは、上の表現からも、書いた人の「熱意」が感じられるのではないかと思います。まぁ、私の感覚から言っても、今の中国共産党宣伝部ならば上の表現を新聞に載せようとすればならば削除するだろうなぁ、という表現だと思いますが、こういった「文学的表現」ですら許されない、という中国の現状を示す意味で、ポイントを紹介してみました。

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2011年3月 6日 (日)

消された言葉たち:検閲と「人民に主張させよ」論

 チュニジアとエジプトでの政権崩壊の後、2011年2月20日から、インターネット上で中国の各都市で日曜日の14時に集まって集会とデモをやるような呼び掛けがなされています。今のところ集会もデモも起きていませんが、大勢の見物人と外国の報道陣が集まったたり、いくつかの場所では数人の人が公安当局に連行されています。

 ネット上で呼び掛けは行われていますが、現在のところ見物人や報道陣が集まるだけで、肝心の集会やデモは起きておらず、「革命」と呼べるようなものは片鱗すらありませんが、多くの人々の間には「中国ジャスミン革命」という言葉が登場しています。中国の大手検索サイト「百度」(バイドゥ)では、「中国茉莉花革命」は、最高級の敏感な単語にされているようで、「中国茉莉花革命」で検索を掛けると、「関係法令と政策に基づき検索結果を表示することができません」という表示が出て、検索結果が全く表示されません。

 下記の百度のサイトでそれを確認するきことができます。中国語と日本語の漢字は異なりますが、「百度」には優秀な「類推機能」が搭載されているので、日本語ソフトで日本の漢字を打ち込んでも検索結果は表示されます。中国におけるネット検閲を実感できると思います。

(参考1)中国最大の検索サイト「百度」(バイドゥ)
http://www.baidu.com/

 「中国」を付けずに「茉莉花革命」だけで検索すると、冒頭に「関係法令と政策に基づき、一部の検索結果は表示できません」と表示されて、中東のジャスミン革命のサイトなどの検索結果が表示されます。

 中国では、毎年恒例ですが、3月3日から「全国人民政治協商会議」が、昨日(3月5日)からは「全国人民代表大会」(中国では両方を合わせて「両会」と呼ばれます)が開幕しました。先週の日曜日(2011年2月27日)の午前中、温家宝総理が「人民日報」ホームページ上にある掲示板「強国論壇」に登場して、約2時間にわたり、ネットワーカーと会話しました。温家宝総理がネットワーカーとやりとりするのは2009年の「両会」の時期から始まった、これも一種の「恒例行事」ですが、今年は集会やデモの呼び掛けがなされている中でのネット掲示板への総理の登場なので、私も約2時間にわたりネット上で「傍聴」させてもらいました。

 ネット上には、それこそ「玉石混交」の様々な質問・意見がアップされましたが、温家宝総理は、その中からいくつかの質問を選んで答えていました(実際は、画面を見て、温家宝総理が口頭で答えるのを、隣にいるオペレーターがキーボードで打ち込む、という作業でした。その様子の写真は新華社のホームページなどで公開されています)。

 いろいろな発言が飛び交う中、「ジャスミン」(茉莉花)とか「政治体制改革」といった言葉は出てきませんでした。おそらくはそういった直接的な単語は、「敏感な語」フィルターで遮断しているのだろうと思います。自動検閲フィルターをくぐり抜けた発言はいったんは掲示板にアップされますが、人間の管理人が「まずい」と気づいた発言は、すぐに(明らかに「まずい」ものは数分後、削除するかどうか迷うような微妙な発言は場合によっては20分くらい経ってから)削除されます。温家宝総理が登場していた時間帯では、総理を批判するような発言はすぐに削除されていましたが、そのほかにも次のような発言が削除されていました。

○なんか一番関心があるであろうと思われる敏感な単語が出てきませんね。

○政0治0体0制0改0革の話はいつ出るんでしょう。

○正治改革が進んでいないことに対するネットワーカーの提議に対する答えは旧態依然としていますね。

 後の二つは、単語に余計な記号をわざと割り込ませたり、わざと誤字を使ったりする、自動検閲機能をくぐり抜けるための常識的テクニックですが、やはり「政治改革」という単語は、この場では「使ってはならない敏感な語」だったようです。

 ただ、先頃、鉄道大臣が解任された件(汚職が背景にあるとされる)については、温家宝総理は、きちんと答えていました。その際のネットワーカーとのやりとりは次の通りです。

ネットワーカー:「先頃、鉄道部の劉志軍部長が解任され、広東省の茂名市の羅蔭国も審査を受けています。ネットワーカーの中にはこのことに対して拍手をしないものはいませんでした。でもこれは大臣や市の幹部が権力を一手に掌握して権力を乱用していることが問題なのではありませんか?」

温家宝総理:「この事件は、我が党と政府がどんなに地位が高い者であっても容赦はしないことを示している。私は、もし物価の上昇と汚職腐敗現象が同時に起これば、人民の不満を引き起こし、重大な社会問題に発展すると考えている。我が党と政府はそれを重視し、今回のような処置を行ったのである。」

 温家宝総理は、幹部の腐敗に関する答の中で、ネットワーカーが聞いてもいないのに「物価上昇」を取り上げて、幹部の腐敗と物価上昇が同時に起こると重大な社会問題に発展する、という認識を示しました。これは本音でしょう。温家宝総理自身、中国共産党弁公庁主任として、1989年、六四天安門事件の処理に当たった人ですから、二重価格制度廃止の失敗により急激に進んだ当時の物価の上昇が「党・政府幹部の腐敗反対」という形で吹き出して第二次天安門事件に発展したことをよく認識しているのだと思います。言葉でごまかしたりせず、「本音」を素直に言葉にするところが、温家宝総理が現在の中国共産党幹部の中では一番と言っていいほど人民から人気を得ている理由のひとつだと思います。

 「強国論壇」は、中国共産党機関紙「人民日報」のホームページ上にある掲示板ですから、ネット上の掲示板の中でももっとも「権威ある」掲示板だと思います。そこでも様々な発言に関して何が「検閲」で消され、何が許されているか、を私はいつも注目して見ています。

 3月3日に「中国人民政治協商会議」が始まって以降、例えば、次のような発言は一度アップされましたがすぐに「検閲」によって削除されました。

○私と代表とは全く関係ないのだけれど、あの代表たちは、誰を代表してるんでしょう? 私を代表しているわけではない! なぜなら私は投票用紙をもらっていないからだ!

○正確に問いたい。選挙を通じて選ばれた代表なのか?

○民主がまだ疎外されているなか、法律体系が基本的に成立していると言えるのか?

○38名は億万長者である。アメリカ議会の最も裕福な議員よりも金持ちである。

 最後の発言は、外国のメディアで全国人民代表大会に参加する代表の中の38名が億万長者と言える大富豪であると報じられたことに対する発言です。中国共産党中央の幹部を名指しで批判したり、デモや集会を呼び掛けたりするような発言はすぐに削除されますが、上記のような発言は「微妙なところ」です。私が見ることができた、というのも、アップされてから削除されるまで、管理人が「迷って」いたので削除されるまでの間、少し時間が掛かり、その間に私が見ることができた、ということなのでしょう。

 今日(2011年3月6日)見た「強国論壇」では、次の発言が削除されずに残っていました。

●西側の民主制度にはまだ足りない点が残っているけれども、それは有史以来、最も民主的で、最も公務員に対する拘束力を与え監督するための最も強固な制度である!

 これに対するコメントとしては以下のものが、これも削除されずに残っていましたが、数時間後に見たら「○」の発言だけ削除されていました。

●腐敗した官員は西側の民主制度を最も嫌悪している。

○官員が一番西側民主主義の実行をいやがっているのだ。

●全面的な西側化には反対する、と人民日報評論員は言っている。

●この件については、私はそうは思っていない。なぜならアメリカの社会最底辺の人々は現在でも苦しんでいることを私たちは知っているからだ。いろいろな方法を研究し、やり方を探すべきだ。

(上記のコメントに対する再コメント)●世界の3分の2の苦しみを受けている人民は、我々が解放されるのを待っている。

 最後のコメントは、「中国ジャスミン革命」をけしかけているようにも見えるのですが、削除されていません。上記のうち「○」は、検閲を担当している検閲官が自分自身が批判されているように感じて削除した、というのが本当のところかもしれません。これらのうち、どれが削除対象でどれが削除対象でないか、は、おそらくは検閲担当官一人一人によって判断が異なると思います。

 いずれにせよ、中国の状況が中東などと異なるのは、こういった「検閲の実態」のようなものが、外国人である私にも簡単にわかってしまう、というある意味での「中国的いい加減さ」です。中国の多くの人々にとっては、こういった「制限はあるけれども、検閲をかいくぐって表現する方法がいくつかある」という状況が、一種の「ガス抜き」になっているのでしょう。

 「検閲をかいくぐる」という意味では、最近、下記の二つが話題となりました。

 一つは今年(2011年)の春節(旧正月)映画の「譲子弾飛」(姜文監督作品)です。この映画は、当然のことながら中国当局の検閲を経た上で中国国内で上映された作品ですが、興行成績はよく、ヒット作品と言える、とのことです。私は見ていませんが、カンフー・アクションあり、お色気あり、ギャグあり、パロディありといった娯楽作品なんだそうですが、2011年2月18日に配信されたネットニュースのサーチナによると、この映画には政治的な暗喩が含まれているのではないか、と評判になっているそうです。

 というのは、この作品は、民国8年(辛亥革命後8年目)の中国において匪賊のボスが庶民とともに悪者と戦う、という話なのだそうですが、冒頭で匪賊とその義兄弟が馬に引かれた列車を転覆させる、という場面が出てくるそうです。「馬列車を転覆させる」という部分に関し、「いくら民国8年の時期だといっても、馬が列車を引っ張る、という設定は不自然ではないのか。『馬列車』って『馬克思・列寧主義』(マルクス・レーニン主義)のことじゃないのか?」と観客は思うのだそうです。もし、これが「マルクス・レーニン主義を転覆させる」という意味だったら、今の中国においては「とんでもないこと」です。

 映画の最後の方では、「馬列車」が上海の浦東へ向かう、というシーンがあるそうですが、民国8年当時は、上海の浦東には何にもなかったことから、これは巨大開発が行われ上海万博が行われた上海浦東地区を「資本主義の象徴」と捉え、「マルクス・レーニン主義が資本主義へ向かう」という暗喩ではないか、という見方もあるとのことです。

 「譲子弾飛」が政治的暗喩を含むのではないか、という話は、ニューズ・ウィーク2011年2月21日号でも取り上げられています。姜文監督自身は、「考えすぎだ。映画をどう見るかは観客の勝手だ。」と言っているそうです。しかし、姜文監督(俳優でもあり映画監督でもある)は、1980年代に、時代の流れに従って風見鶏的に右に左に世を渡る中国共産党員を冷ややかに描いた映画「芙蓉鎮」に出演し、2000年には中国当局の検閲を得ないで映画「鬼が来た!」(鬼子来了!)を撮影し、7年間にわたり映画撮影を禁止された、という経歴を持ちます(「鬼が来た!」は2000年度カンヌ国際映画際で審査員特別賞を受賞しています)。それを考えると、姜文監督が映画に何らかのメッセージを混ぜたことは、おそらくは間違いないことだと思います。興味深いのは、この映画「譲子弾飛」が検閲をパスし、中国国内でヒットした、ということです。

 私は1988年に北京で映画「ラスト・エンペラー」(1987年:ベルナルド・ベルトルッチ監督作品)の試写会を見たことがあります。この中で、満州国皇帝の溥儀が日本から帰国した時、総理大臣が出迎えに来なかったことについて、溥儀が「なぜだ」と側近に聞いたところ、側近が「息子が共産党員に殺されてしまったものですから。」と答える場面があります。この場面で中国の観客はドッと受けました。中国共産党員が「偽満州国」の総理大臣の息子を殺すことは「正しい愛国的行為」なので中国国内でも何の問題もない場面ですが、「共産党員が人を殺す」という直接的な表現は中国の映画ではあり得ないセリフなので、観客は「ドッと受けた」のでした。だから、「暗喩」とは言え、「譲子弾飛」の中で、「日頃言えないこと」が表現されていると、観客は「ドッと受け」たので、この映画がヒット作品になったのでしょう。

 「政治的暗喩」としては、劉暁波氏が受賞者不在のままノーベル平和賞を受けた次の週末に「南方都市報」に載った「空椅子と鶴の写真」(「鶴」は「賀」と同じ発音)があります。これも「南方都市報」では、「(政治的暗喩と考えるのは)考えすぎだ」とコメントしているようですが、こういった案件は「検閲」をかいくぐる方法はいろいろあることを示しています。

(参考URL2)このブログ(イヴァン・ウィルのブログ(ココログ))
2010年12月19日付け記事
「『南方都市報』の『空椅子』と『鶴』の写真」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/12/post-9b5f.html

 もう一つの「検閲をかいくぐった」例として、小説「李可楽の立ち退き抵抗記」(李承鵬著)があります。これについては、2011年3月3日付けの毎日新聞が記事を書いていました。中国では、土地が公有制であり農民に土地の所有権がないことから、地方政府が農民から土地を強制収容して、それを開発業者に売って巨大な利益を得ることが広く行われています。農民には補償金が支払われますが、農民はしばしば土地収用に反発し、数多くの争乱事件を起こしています。「李可楽の立ち退き抵抗記」は、小説の形でその実態を描いた作品で、30万部のヒット作になっているそうです。上記の毎日新聞の記事によれば、作者の李承鵬氏は「検閲の際にいくつかの語を修正したが、出版はできた。数年前だったら、このような作品は中国では出版できなかっただろう。」と語っていたそうです。

 報道や言論の自由を一定程度認めて、地方の党・政府が行っている「とんでもないこと」を是正しない限り、一般人民の不満は中国共産党体制そのものへの反対として吹き出す恐れがある、という考え方は、中国共産党中央の認識でもあり、そういった危機感が土地の強制収容を指弾するような小説の出版が認められた背景にあるのだと思います。

 最近、北京大学憲法学教授の張千帆氏が「人民に有効に改革に参画させよ」と題する論文を書き、それがいくつかのネット上に転載されています。この中で張千帆教授は、2007年に福建省厦門(アモイ)で住民の「集団散歩」がPX工場(有毒なパラキシレンを製造する化学工場)建設を止めさせたこと、同じような行動で磁気の影響を心配する周辺する住民が上海のリニア・モーターカー路線の延長を止めさせたこと、などの例を取り上げて、人々が主張をすることにより、返って事態が平和裏に解決されたことと指摘して、安定的に改革を進めるためには、むしろ人々に主張させ、執政者がその声を聞くことが重要であると指摘しています。そして、その点は、まさに中華人民共和国憲法が第35条で各種の言論の自由が保障されている理由である、と指摘しています。

※最近の中国の住民運動の例としては、このブログの下記の発言をご覧ください。

(参考URL3)イヴァン・ウィルのブログ(ココログ)2008年1月16日付け記事
「上海のリニア延長反対の住民が『集団散歩』」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/01/post_cd3c.html

(参考URL4)イヴァン・ウィルのブログ(ココログ)2008年1月28日付け記事
「中国における最近の住民運動の例」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/01/post_a9b2.html

 様々な検閲があり、公安当局が集会やデモはさせない、といった態度を取っている中で、ネット上で、検閲の間を抜けて、こういった議論が交わされていることは、むしろ、現在の中国が一定の「まともさ」を持っている証拠だと思います。

 今日(2011年3月6日)も中国の各地で集会やデモが呼び掛けられているようですが、公安当局は、厳重な警戒で実際に集会やデモが起きないように警戒しているようです。また、外国メディアに対しても、そういった人々が集まる様子や公安当局の取り締まる様子を取材しないように指示しているようです。しかし、今は、メディアがなくても、ほとんどの人が動画機能を持った携帯電話を持っている世の中です。検閲や取材規制には限界があります。上記の張千帆教授のようなまじめな議論は、もはや封じ込めません。また、上記の小説「李可楽の立ち退き抵抗記」に対する検閲の態度に見られるように、党中央の多くの人々自身も、全ての言論を封じ込めることは無理だし、むしろ全てを封じ込めることは体制の維持にとってマイナスだ、と考えていると思います。

 遅いか早いか、ゆっくりと穏健な方法であるか、急激な激しい方法であるか、の別はともかくとして、歴史は確実に前へ進んでいくと思います。

以上

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2011年2月13日 (日)

「革命の波の時代」の始まり

 チュニジアにおいて2011年1月14日に起きた「ジャスミン革命」に引き続き、2月11日、エジプトで反政府デモに追い込まれてムバラク大統領が辞任しました。

 今回の中東での「革命の波」は、インターネットやツィッターなどで独裁的な政府に対する反感が多くの民衆の間に広まった結果だと言われています。

 多くのメディアは、今回の中東アラブ諸国における「革命の波」を1989年~1991年の「東欧・ソ連での民主化革命の波」に重ねて報道しています。「東欧・ソ連革命」は、当時普及し始めた衛星テレビが大きな役割を果たした、と言われています。旧ソ連・東欧圏の人々も衛星テレビの普及によって、容易に西側の情報を手に入れることができるようになったからです。

 そして、これも多くのメディアでは「東欧・ソ連革命」の初期、1989年春~初夏に起こった中国での「第二次天安門事件」とそれが人民解放軍の投入により武力で鎮圧されたことを想起させています。

 中国では1989年~1991年の「東欧・ソ連革命の波」を宋代の詩人になぞらえて「蘇東波」と呼んでいます(中国語ではソ連のことを「蘇聯」と書きます)。

 現在、中国当局は、中東の動きを、中国とは全く関係がないにもかかわらず、相当に神経質に見ています。昨日(2月12日)、人民日報ホームページにある掲示板「強国論壇」では、例えば「ムバラクは強硬な手段で人民を鎮圧することはせずに自ら辞任することを選択した。彼は鎮圧することは無理だと思ったからだろうが、一定のベースラインを持った人だったとは言える」といった書き込みが削除されました。この文章は、中国政府や中国共産党を全く批判していないのだけれども、1989年6月4日の「第二次天安門事件」の際の中国当局の対応を非難したものだ、とも取れる内容だったので削除されたのでしょう。

 1989年~1991年の「東欧・ソ連革命の波」と今年(2011年)の「中東革命の波」とは、中国との関係においては、いくつか類似点と相違点があります。それを整理してみたいと思います。

○「東欧・ソ連革命」は「社会主義体制からの民主化」という意味で、中国共産党による一党独裁体制にある中国とは全く同じ問題から発生しているのに対し「中東革命の波」の背景には「社会主義的体制に対する反発」という点はなく、中国とは類似点がない。

○ソ連は中国とは長い国境線を接する隣国であり中国にとって影響が大きいが、中東諸国は中国とは地理的に完全に離れており中東諸国の動きが中国に直接的に影響する可能性は少ない。

○中東諸国ではリーマンショック後の経済的停滞で貧困層に不満が溜まっていたが、中国ではリーマンショック後も経済刺激策により早い時期に経済成長が復活しており、富裕層と貧困層との格差は大きくなり続けているものの、貧困層でも一定程度は経済成長の恩恵を受けていて、貧困層においても現在の体制をひっくり返すことが自分たちにとってプラスになるとは思っていない人たちがたくさんいるだろうと思われる。

 また、中国自身の状況を見ても、1989年時点と現在(2011年)とでは、似ている点と異なる点があります。

【似ている点】

○急激な物価上昇が起こっていること。

○富裕層と貧困層との格差の拡大が続いていること。

○政府や中国共産党幹部の腐敗がなくならないこと。

【異なる点(1989年と比べて現在は変革が起こりにくくなっていると思われる点)】

○1989年時点では、中国政府自体が資本主義的経済運営に慣れておらず、(趙紫陽氏が「趙紫陽極秘回想録」で述べている通り)1988年当時は十分な準備をしないまま二重価格政策の撤廃を告知したため、多くの人々に「将来物価が上がる」というインフレ心理を起こさせ「買い溜めと売り惜しみによる更なる物価上昇」を招いたのに対し、現在の中国政府は過去の経験や日本のバブル期など外国の経験をよく学んでおり、慎重にマクロ経済政策の管理ができるようになっている。

○1989年当時、大学生は卒業後は国が指定する就職先に行くことが原則であり政府のあり方は自分の人生に直結していたが、現在は大学生の卒業後の就職先は自分の意志で自由に選択することができ、政府のあり方と自分の人生とは直接関係しなくなったことから、学生が政府のあり方に対して「物言い」を言うインセンティブは弱くなった。

○1989年当時、北京大学・清華大学など「国の将来を担う」という自負を持った一流大学の大学生たちは、自分たちの人生の将来と中国政府の将来とを重ねて運動を起こしたが、現在は北京大学・清華大学など一流大学の学生たちは、一流大学に入った時点で既に「勝ち組」であり、現在の体制をひっくり返すことはむしろ自分たちにマイナスになるため、一流大学の大学生が社会を変革する運動をリードするとは考えにくくなった。

○現在では、一定の検閲を受けているとは言え、検閲で許されている範囲内で相当ギリギリのラインまで政策運営に批判的論評をする都市報系新聞が多数あるとともに、当局による削除を受けつつも、当局の削除作業が追い付かないスピードで情報を伝達することが可能であるインターネット等のIT情報ネットワークが発達しており、社会に対する「物言い」は一定程度現状でもできること(この点は、むしろ下記の「変革が起きやすくなった」変化であるとも言える)。

○外国に渡航経験がある知識階層は、中国共産党の一党独裁体制に疑問を持っていたとしても、企業経営などにより現行体制により利益を享受しており、現在の社会体制をひっくり返そうという意志は働かないこと(そもそも外国へ渡航し、中国共産党の一党独裁体制には我慢ができない、と思っている人は、外国に留まり、中国へ帰国していない)。

○世界経済は、中国の経済状況に大きく依存しており、多くの中国人民が変革を望んでも、国際社会は中国の急激な変化を望まず、各国政府は現状を維持しようとする中国政府を後ろから支える可能性がある(ただし、アメリカがエジプトのムバラク親米政権を支えられなかったように、中国のあり方は中国の人民が自ら決めることであり、外国政府が支えられることには限界がある点には留意する必要がある)。

【異なる点(1989年よりも現在の方が変革が起こる可能性が強くなっていると思われる点)】

○1989年当時はトウ小平氏という強力な指導者がいた。トウ小平氏は、文化大革命を終わらせて改革開放路線を開始し、経済活動を活発にして人民生活を豊かにし、世界における中国の地位を高めた、という点で、知識人及び軍の内部で強力に支持する人たちが多かった。それに対し、現在の胡錦濤・温家宝指導部は人気はあるものの(結局は2002年に胡錦濤体制になった後も大きな改革は実施できなかったことから)トウ小平氏のような絶大な支持を受けているとまでは言えず、ましてや2012年にスタートする予定の新指導部については、誰がトップになっても知識人や軍をひとつにまとめる求心力は持ち得ないことは明らかである。

○人々の権利意識は1989年当時とは比べものにならないほど高まっており、多くの人々は「政府や党の意向だから従うしかない」とは思わなくなった。

○1989年当時にも経済バブル的傾向はあったが、現時点での経済バブルははじければほとんどコントロール不能なほど巨大なものになっていること(従って、経済的に不動産バブルなどがはじけたりすると、社会の矛盾が一気に吹き出す危険性は1989年当時とは比べものにならないほど大きくなっている)。

○(これは私の個人的印象であるが)1980年代は、まだ文化大革命時代の理想主義的発想が残っていたほか、中国全体がまだ貧しかったせいもあり、政府機構の末端でも「清廉潔白さ」が相当程度残っていた。しかし、その後の経済成長の中において「正直者はバカを見る」「権力にうまく取り入った者が莫大な利益を得ている」という実例が積み重ねられたことにより、政府・党と経済主体との癒着は、1989年当時より現在の方がむしろ巨大化・悪質化していると思われる。

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 私は1980年代後半(「第二次天安門事件」の直前まで)と2007年~2009年の2回中国駐在を経験しています。1980年代の中国の街には、ニセもの売りやヤミの外貨兌換を呼び掛けるブローカーなどはうろうろしていましたが、こどもの乞食はいませんでした。私が2000年代に中国へ行って一番びっくりしたのは、こどもの乞食がいることでした。悪い組織がこどもに乞食をやらせているのだ、と言われていますが、これだけ経済が成長しているのに、中国政府は何をやっているのだ、と私は思いました。

 今でも、こどもを誘拐して(ひどい場合には人為的に身体障がい者にして)乞食をやらせている組織が中国にはあるそうです。最近、中国のある学者がこどもの乞食を見たらそのこどもを携帯電話で撮影してネットに掲載しよう、と呼び掛けたところ、数千人のこどもの乞食の写真がアップされ、それがきっかけで救出されたこどもも出ているそうです。

 中国の政府は、中央政府はそれなりにしっかりとしていてちゃんと機能していると思いますが、地方政府については、何をやっているのかわかりません。汚染物質垂れ流しの企業やニセもの作りの企業と地方政府・地方の警察が癒着し、地方の司法(裁判所)もグルになっている、という例は数多くあるのではないかと思います。

 一方で、中国の多くの人々は「それではいけない。何とか直さなければならない。」と真剣に思っていることも事実です。上記のようなこどもの乞食をネットを使って救出しよう、という運動もその現れでしょう。

 私はエジプトへは行ったことがないので、ムバラク政権下で、多くの人々がどのくらい「抑圧された」という感触を持っていたのかはわかりません。エジプトの人々が「抑圧されていた」という印象は私にはありませんでした。しかし、ムバラク大統領の辞任によって、多くの人々が外国のテレビ局のインタビューに対して「Egypt is free!」と叫んでいました。

 中国は、私は合計4年半暮らした経験があるので、中国の人々の間にあるであろう相当の「抑圧感」を身をもって知っています。町中で大声で叫んだり、プラカードを掲げる自由がない、インターネットへの書き込みが削除される、という実態からは、経済的豊かさでは償えない「抑圧感」を感じます。私は、日本へ帰ってきた時はもちろん、一時的にシンガポールへ行った時でさえ、「自由にものが言える!」という解放感を味わい、べらべらと異常なほどに饒舌(じょうぜつ)になった自分に気がつきました。中国の国内、即ちインターネット上にある検閲防護壁「グレート・ファイアー・ウォール・オブ・チャイナ」の中にいると、言いようのない抑圧感を感じていたからこそ、そこから出ると(そこがシンガポールのような外国であったとしても)自由な解放感を感じたのだと思います。

 私の個人的感想ですが、この「抑圧感」は、1980年代よりも、今の方が強くなっています(1980年代には「文化大革命の抑圧から解放された」「外国からの情報をどんどん取り入れてよい」という開放感がありました)。

 過去の歴史を見れば、世界の歴史は、ひとつの国の動きが他の国へと次々に移っていくことがよくあります。1989年~1991年の「東欧・ソ連革命」はその典型例です。古くは1960年頃、アフリカ各国が次々に独立した、ということも起きました。中国に関して言えば、紅衛兵の文化大革命が、フランス・カルチェラタンの学生運動や「いちご白書」で描かれたアメリカの学生運動、そして日本の東大安田講堂攻防戦へとつながっていた、という「若者の社会運動」という「世界を巡る波」を引き起こしていたと言えるのかもしれません。

 中国の政治をどうするかは、中国人民が決めることですが、2011年の今年、世界においては「革命の波」が起き始めているのは確かなことだと思います。

以上

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