カテゴリー「中国の民主化」の記事

2009年4月24日 (金)

高校女子サッカーチーム替え玉事件

 トルコで行われた世界学校別女子サッカー大会で、4月12日、中国重慶市の大坪中学のチームが優勝を果たしました(中国の学校制度では、日本の中学校に相当する「初級中学」と日本の高校に相当する「高級中学」がありあますが、大坪中学校は「高級中学」)。ところが、この優秀した大坪中学チームのメンバー18名のうち、実際の大坪中学の在校生は3名だけで、残りの15名は全国から選抜されて優秀な「助っ人」たちで、大坪中学チームは、実質的に全中国女子サッカー・ユース・ナショナルチームのようなチームだったことがわかりました。このことは、中国のネット上で、大騒ぎになっていました。

 私は、今週の初め(4月20日)頃から日本のネットのニュースでこの件を知っていましたが、いつも読んでいる北京の新聞「新京報」は、この件については、ずっと「だんまり」を通していました。ところが、今日(4月24日)付けの紙面では、スポーツ面のうち1面全部を使ってこの事件を報じていました。昨日(4月23日)、大坪中学がある重慶市の区の教育委員会と大坪中学の校長が記者会見を開いたことから、「新京報」も「報道してよい、という『お許し』が出た」と判断したのだと思います。

(参考)「新京報」2009年4月24日紙面
「『女子サッカー替え玉事件』で校長処分」
http://www.thebeijingnews.com/news/sports/2009/04-24/008@021500.htm

 この記事によると、大坪中学の校長は「処分を記録に残す」という処分になったのだそうです(免職や減給というわけではないようです)。この記者会見で、校長は「謝罪文」を出したそうです。「謝罪文」のポイントは以下のとおりです。

○今回の件は、スポーツの道徳精神に反し、重慶のイメージに損害を与え、我が校や重慶市の発展、中国サッカー界の発展に関心を寄せていただいている各界の関係者の皆様の感情を傷つけてしまった。

○今回の大会で、大坪中学のチームがよい成績を上げないと、我が校、重慶、及び中国サッカー界が栄光のチャンスを失う、と考え、成績を上げるための最もよい方法は、全国的範囲で選抜されたメンバーの助けを借りることだ、と考えた。その結果、我が校の在校生3名、全国から選ばれたメンバー15名からなるチームとなった。

○今回の替え玉事件は、中国と重慶市のイメージに大きなマイナスの影響を与えてしまった。また、教育に携わる学校関係者として、このような替え玉事件により、学生の健全な成長に良くない影響を与えてしまった。深く悔恨の念を抱くとともに、心から深い謝罪の意を表したい。

 今回の「助っ人メンバー」は世界大会で優勝したことでわかるように、実際に優秀な選手たちだったわけですが、そういった「助っ人メンバー」を大坪中学の関係者だけで集められるのか、「全国から選抜された優秀な選手たち」が集まったのだから国家レベルの機関が関与しているのではないか、というのが、ネット上で議論している人たちの大きな疑惑です。校長は「上部機関には相談しなかった」と述べているし、重慶市教育委員会も「替え玉については知らなかった」と言っていますが、世界大会で優勝してしまった事実が、多くの人に「チームのメンバーは本当に全国レベルで選抜された優秀な選手たちなのだ。だとすれば全国レベルの機関が関与していないはずはない。」という思いを抱かせています。

 「新京報」の記事では、「校長は一人でやった、と言っているが、この国家イメージを損なう事件において『責任を下に押しつける』ようなやり方は、とうてい人を納得させることはできない。どこかの『関係機関』は、反省する必要があるだけでなく、その責任が問われなければならない。」と述べています。「どこかの『関係機関』」とは国家レベルの機関を指す可能性があり、ここまで国家レベルの機関を糾弾するような表現をすることは、中国の新聞にとっては、相当に踏み込んだ表現だと思います。

 また「処分を記録に残す」という校長に対して下された処分についても「新京報」は、区の教育委員会に追加インタビューして「処分はこれで終わりなのか」と食い下がっています(それに対し、区の教育委員会は、「校長は公開の場で謝罪しており、処分としてはこれで妥当だと考えている」と「新京報」の記者に答えています)。

 なお、「新京報」では、このほか、この記者会見はたった7分間で終わってしまったこと、区の教育委員会や校長は記者会見が終わった後は記者の質問には一切答えずに去ってしまったこと、その後校長やコーチは姿を隠してしまい記者が追加取材できなかったこと、など荒いざらいを記事にしています。

 そもそも中国のサッカー界においては、男子サッカーについては、「カンフー・サッカー」という呼称が世界中に定着してしまったように、レッドカード連発のルール無用のプレーが続くので、中国のサッカー・ファンも既に愛想を尽かしています。それに対し、女子サッカーについては、それほど悪評はなく、頑張っている、という評価です。ただ、女子サッカーについては、北京オリンピックで日本に負けるなど、必ずしもよい成績を残しておらず、「もっと強くなっていていいはずだ」という思いがサッカー・ファンの間では強かったのかもしれません。そういった中国のサッカー・ファンの思いが、大坪中学の関係者(またはもっと上のレベルの関係者)に対する圧力になっていた可能性があります。

 しかし、今回の「替え玉事件」で、「中国は男子サッカーばかりでなく女子サッカーも『ルール無用』なのか」といったイメージが世界に発信されてしまったおそれがあります。それどころか、体操選手の年齢詐称疑惑など、中国のスポーツ界にある「疑惑」のイメージを今回の「高校女子サッカー替え玉事件」はさらに強めてしまった可能性があります。

 ただ、この事件について、中国のネットワーカーが騒ぎ、「新京報」のように新聞メディアも「これはおかしい」と糾弾の声を上げていることは、そういった状況を改善させるための貴重な第一歩だと思います。

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2009年4月23日 (木)

「中国の民主化」に関連するいくつかの話題

 最近、「人民日報」に「6つの『なぜ』」というシリーズが載り、なぜ西側のような複数政党制の議会制民主主義ではだめなのか、といった疑問に対する解答が掲載されていることを4月10日付けのこのブログで書きました。そういった社会の雰囲気に呼応しているのかどうか知りませんが、最近、北京の新聞「新京報」などににいくつかの記事が載りましたので、御紹介しておきます。

○「値上げ反対Tシャツ」は法律違反か

 最近、相次ぐ公共料金の値上げに反対して、重慶の市民が「値上げ反対」という文字の入ったTシャツを作って売り出したそうです。そうしたら、警察が出てきて、このTシャツを売っていた人は取り調べを受けて、拘留されたのだそうです。

 これについて、4月15日付けの「新京報」では、「公共料金値上げ反対」のTシャツは法律違反ではなく、去年の四川大地震の後に売り出された「I Love China」と書かれたTシャツと同じであって、正常な一般市民の表現である、と主張しています。

(参考1)「新京報」2009年4月15日付け総合評論欄の意見
「『値上げ反対Tシャツ』:理性を持って対処する新しい表現方式」
http://www.thebeijingnews.com/comment/zonghe/1044/2009/04-15/044@081131.htm

 こういった自分の言いたいことを書き込んだTシャツを着て、集団で散歩する「集団散歩」を、私は北京でも見たことがあります。私が見たのは、どこかのマンションを購入した人たちらしい10人くらいの人が「マンション販売会社は約束を守れ!」というような主張を書いたTシャツを着て街を歩いていました。この「集団散歩」は、政治的なスローガンではなく、マンション販売会社と入居者との間のトラブルを多くの人に知って欲しいためのもので、たぶんこれを中国の法律で引っかけることは難しいでしょう。このグループは、城管(都市管理局)の係官に事情を聞かれていました。ただ、私が見ていた限り、このグループの人たちは事情を聞かれただけで、拘束されたりはしなかったようです。

 私がこのグループを見たのは、まだ寒い頃だったので、皆、コートの中に自分たちの主張を書いたTシャツを着ていたのでした。家で、主張を書いたTシャツを着て、その上からコートや上着を着て「集団散歩」をしたい場所へ行き、そこに到着したらみんな一斉にコートや上着を脱いで「散歩」を始める、というやりかたをしたら、取り締まり当局の方も阻止することはほとんど不可能だと思います。

 こういう「文字入りTシャツを着た集団散歩」は、これから中国各地で流行るかもしれません。そもそも、当局が主催するイベントなどで、例えば参加者が「緑を大切にしましょう」などといったスローガンの書かれたTシャツをみんなで着る、というようなことはよくあることなので、「文字の書かれたTシャツを着て集団で散歩する」ことだけで取り締まることは困難です。書かれた文字の中身が中国の基準で「反社会的かどうか」が判断基準になりますが、これはなかなか判断が難しいと思われます。例えば、「人民日報」に載っている「6つのなぜ」の疑問文、例えば、「なぜマルクス主義を指導原理にしなければならないのか?」「なぜ中国共産党の指導がなければダメなのか?」といった疑問文をTシャツに書いて街を歩いたら、警察に捕まるのでしょうか? なかなか判断が難しいところです。

○人民代表大会を公開せよとの主張

 今週開かれている全国人民代表大会常務委員会で、会議規則の改正が議論されました。多くの議員に発言の機会を与えるため、例えば、一人の発言の時間は、最初の発言は15分以内、同じ問題に対する二度目以降の発言は10分以内とする、などです。これに関連して、今日付の「新京報」の社説は、そういった議事進行上の規則だけでなく、全人代常務委員会(実質的に法律などはここで決まる)の会議を公開にし、市民が傍聴できるようにするほか、インターネットで中継するなど議事内容を公開すべきだ、と主張しています。全人代常務委員会の内容は、新聞やテレビで報道されますが、新聞やテレビでは全てを伝えることはできないのだから、(国家秘密に関連する事項の議論などを除いては)一般市民がいつでも見られるようにすべきだ、というのがこの社説の主張です。

(参考2)「新京報」2009年4月22日付け社説
「規則の力を用いて全人代の議事の民主化を向上させるべき」
http://www.thebeijingnews.com/comment/shelun/2009/04-22/008@031503.htm

 中国の全人代では、政府提案の議案が否決されることはありませんが、票決の際にはかなりの数の反対票が出ることもあります。その意味で全人代は政府提案の議案を了承するだけのスタンプ機関ではありません(今年の全人代全体会議では、政府が提出した最高人民法院工作報告と最高人民検察院工作報告について、4分の1近い議員が反対または棄権をしています)。政府提案の法律案が全人代常務委員会の議論で修正されることはよくあることです。それだけに、最近では、議論の内容については関心を持っている市民も多いようです。

 全人代は、一番下層のレベルの人民代表は住民の投票により選ばれますが、省レベル、全国レベルの人民代表はそれぞれ下のレベルの人民代表によって選ばれるという間接選挙制度になっており、人民の意見が全国人民代表大会に直接届くようなシステムにはなっていないのですが、それでも最近の人民代表にはそれなりの問題意識を持っている人も多いので、今後、人民代表制度という制度を維持したまま、ある程度の制度の改革が進むことになるのかもしれません。

○「誹謗罪」から「ただし書き条項」を削除することの可否

 中国の刑法246条には「暴力またはその他の方法をもって他人を公然と侮辱し、または事実をねつ造することをもって他人を誹謗した場合は、その状況が重い場合には、3年以下の有期の禁固、懲役、管理処分または政治的権利剥奪とする。この犯罪は、被害を受けた者が告訴することによって成立する。ただし、社会秩序と国家利益に重大な危害を与える場合は除く。」と書かれています。つまり、通常、「誹謗罪」は被害を受けた人が訴えた場合に初めて警察が捜査に乗り出すのですが、「社会秩序と国家利益に重大な危害を与える場合」には、誹謗された者が訴え出なくても、警察が誹謗した人を逮捕し立件することができるようになっているのです。

 地方政府の幹部を批判する記事を書いた記者が、この条項によって警察に逮捕される例が多発しています。今日付の「新京報」の「観察家」という意見欄にこの「ただし書き」についての意見が掲載されています。「社会秩序と国家利益に重大な危害を与える場合」の定義があいまいであり、警察がこの条文を恣意的に解釈して、地方政府幹部に対する批判を「社会秩序と国家利益に重大な危害を与える場合」と判断して報道機関の言論の自由を制限するために使われているケースがある、と指摘しているのです。この意見記事では、法律を制定した全人代常務委員会は、少なともこの「ただし書き」部分についての法解釈を出すべきであり、この「ただし書き条項」の使われ方の実態を調査して、「ただし書き」部分の削除の可否について検討すべきだ、と述べています。

(参考3)「新京報」2009年4月22日付け「観察家」に載った意見
「『誹謗罪』の『ただし書き』条項を削除することは可能かどうか」(王剛橋(学者))
http://www.thebeijingnews.com/comment/guanchajia/2009/04-22/008@031504.htm

○環境汚染企業に関する情報を公開しなかった地方政府に対し記者が抗議

 最近、黒竜江省で開かれた環境保護状況管理工作会議において、10数人のメディアが参加していたにも係わらず、黒竜江省環境保護局は具体的な汚染企業に関する状況について「秘密事項だ」として説明しませんでした。これに憤慨した一部の記者が会議を退席したとのことです。

(参考4)「新華社」ホームページが斉魯晩報の報道を転載する形で2009年4月22日13:04にアップしている記事
「環境保護局が『汚染排出企業の秘密保護局』になってしまっている」
http://news.xinhuanet.com/local/2009-04/22/content_11231459.htm

 このできごとは、いまだに「メディアは政府の発表を伝えるだけの機関」だと思っている地方政府当局者の認識と「社会のために政府を監督する役目があるのだ」という意識に目覚め始めたメディア側の意識のずれを端的に表しています。 

 この黒竜江省での出来事については、今日付けの「人民日報」でも「某省であった話」として省の名指しは避けていますが、批判的な論評を掲載しています。

(参考5)「人民日報」2009年4月22日付け評論
「誰も汚染排出企業の『秘密を保護する』権利は持っていない」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-04/22/content_237906.htm

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 これらの記事を読むと、地方政府とメディアと全人代と人々との間のそれぞれの「意識のずれ」が見て取れます。新聞側がその「意識のずれ」を指摘し、改善するべきだと主張しているところが、最近の中国の新しい局面を象徴していると思います。中国のメディアは全て中国共産党宣伝部の指導の下にありますから、こういった記事が掲載されていることは、中国共産党としても、社会の問題を取り上げて世論を見やすい形にまとめる役割をメディアに期待するようになってきていることを表しているのだと思います。

 ただし、中国共産党にとってこれは「両刃の刃」です。最初の「意見主張Tシャツ」の例や二番目の全人代の公開要求の例などは、中国共産党自身にも跳ね返ってくる可能性のある問題だからです。いずれにせよ、新聞メディアが、社会における問題意識の取りまとめの役割を果たすようになれば、社会は変革へ向かって徐々に動き出すのではないでしょうか。少なくとも、現在の中国共産党はその動きを「押し留めよう」とはしてないようです。それが自分自身の問題として跳ね返って来た時、それに虚心坦懐に対応して、新たな時代へ向けての進歩のために活用できるかどうかが今後問われてくることになると思います。

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2009年4月10日 (金)

6つの「なぜ」

 昨年12月8日付けの「人民日報」に中国の政治の根本問題とも言える問題についての問題提起が出ていることをこのブログで書きました。

(参考1)このブログの2008年12月8日付け記事
「『なぜ今も中国共産党なのか』に対する答」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-f9f3.html

 この日の「人民日報」では次の「6つの『なぜ』」に対する問題提起がなされていました。

・なぜマルクス主義に思想上の指導的地位を与えるのか。思想の多元化を図ってはならないのか。

・なぜ社会主義だけが中国を救うことができ、中国の特色のある社会主義だけが中国を発展させることができるのか。民主社会主義や資本主義ではダメなのか。

・なぜ人民代表大会制度を堅持しなければならないのか。「三権分立」をやってはダメなのか。

・なぜ中国共産党の指導の下での多党協力と政治協商制度を堅持しなければならないのか。西側のような多党制ではダメなのか。

・なぜ公有制経済を主体とした多種類の経済を協同させることにより発展させる方法を基本的な経済制度にしなければならないのか。経済の私有化を図ってはダメなのか。また逆に純粋な公有経済制度にしてはダメなのか。

・なぜ改革開放制度を揺るぎなく堅持することが必要なのか。昔たどった道へ戻ることはなぜダメなのか。

 「人民日報」では、こういった極めて根本的な問題についての議論を継続して掲載しています。

 3月30日付け紙面では、「6つの『なぜ』に回答するシリーズ」の第1回として「なぜ改革開放の中でマルクス主義を堅持しなければならないか」を論じています。

(参考2)「人民日報」2009年3月30日付け記事
「改革開放の中でマルクス主義を堅持することについて」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-03/30/content_221937.htm

 4月3日付け紙面では「シリーズ」の第2回として「なぜ中国の特色のある社会主義が歴史的選択なのか」について論じています。

(参考3)「人民日報」2009年4月3日付け記事
「中国の特色のある社会主義の路線が歴史的選択であることについて」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-04/03/content_225227.htm

 そして今日(4月10日)の1面には中国共産党の指導の下での多党協力制度について論じた評論文が掲載されています。

(参考4)「人民日報」2009年4月10日付け1面評論
「優越した政党制度、鮮明な中国の特色~マルクス・レーニン主義と社会主義の堅持と中国共産党の指導の下での多党協力制度、政治協商制度の堅持~」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-04/10/content_230111.htm

 これらの論文や特集解説は複数の異なった観点を掲載しているのではなく、「現在のやり方が正しいのはなぜなのか」という一方的な主張を繰り返し掲載しているだけですので、新しいことは何もありません。しかしながら、中国にとって「当たり前」のこれらの「6つのなぜ」をまともに「人民日報」で真正面から取り上げて解説すること自体には、新しさを感じます。ただ、なぜ今そういった解説を連続して掲載するのかの理由は、よくわかりません。党内でいろいろな議論が行われていることの反映なのでしょうか。

 私が読む限り、いずれの理論も「1949年の中華人民共和国成立時点ではこの制度が正しかった」という根拠にはなりえても「60年後の2009年でもそれは正しい」という理屈には全くなっていないと思います。「中国の国情に合わせて」と盛んに議論されていますが、その中国の「国情」とは具体的に何なのか、全く説明がなされていません。

 こういった説得力のない同じ論旨の度重なる掲載は、むしろ逆に「6つの『なぜ』に対する2009年という新しい時代背景を踏まえた『答え』」を「人民日報」も政治理論の専門家も持ち合わせていないことの宣伝になってしまっているように見えます。これだけ情報の流通が激しい現代において、若い人たちが持っている「なぜ今も中国では中国共産党による指導がないとだめなの?」という素朴な疑問に答を提供したい、という気持ちがあるのかもしれませんが、残念ながら「人民日報」の解説は答になっていません。むしろ若い人たちには「なぁんだ。人民日報もちゃんとした答が書けていないじゃないか。」と思われるのではないかと思います。

 そういった説得力のある明確な答えを提示できない状況の中、「6つの『なぜ』」といった正直な疑問に対する議論を避けたりせず、真正面から必死に答えようとしている最近の「人民日報」の姿勢は、むしろ評価すべきなのでしょうか。

 私は「文化大革命は誤りだった」と率直に認め、それでも「中国共産党の下で団結して経済建設を進めよう」と訴えた1981年6月の「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」は今読んでも非常に説得力のある文書だと思っています。この文書があったからこそ、1980年代、多くの人は、自ら納得して改革開放経済の中で力を発揮し、中国の経済成長のスタート・ダッシュを切ることができたのだと思います。中国は、今、経済危機に対応するため4兆元に上る内需刺激策を打ち出しており、それがそれなりに効果を上げつつありますが、景気刺激策のお金は最後は尽きてしまいます。結局最後は中国の多くの人々が自発的に元気を出すようにならないと社会に活気は出ません。疑問に答えようとする「人民日報」の姿勢は評価しますが、「人民日報」の評論は、多くの中国の人々が「そうだ、そうの通りだ。我々もそれぞれの自分の立場でがんばろう。」という気にさせるような文章だとは残念ながら私には思えません。

 私は「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」に匹敵するような、多く中国の人々が「そうだ、その通りだ。その方針は正しい。国全体はその方針で進めばいい。私は私ができることをがんばろうと思う。」と心から思えるような画期的な政策の転換が図られることを期待したいと思います。そのことが、中国のためになるばかりでなく、既に中国が世界に大きな影響力を持つようになった現状を踏まえれば、世界全体の活性化のために必要なことなのだと思います。

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2009年4月 5日 (日)

20年目の「四五」天安門前広場にて

 今日(4月5日)、昼間、天安門前広場へ行ってきました。タイトルに「20年目の」と書きましたが、「第一次天安門事件」は1976年4月5日であり、今年は20年目ではありません。20年前の1989年の4月5日の清明節には何も起きませんでした。「こと」が始まったのは4月15日に胡耀邦氏が亡くなったことがきっかけでした。「清明節」(今年は4月4日)なので「清明節」が亡くなった方々への哀悼の気持ちを表す日、ということで、私も行ってみようと思ったのでした。

 今日は、非常に暖かく、適度に風も吹いていてスモッグもなく、北京の空は気持ちよく青く晴れ上がっていました。そうした陽気に誘われてか、いつもより多くの観光客が天安門前広場にはいたように思います。広場の真ん中にある人民英雄記念碑の回りには、普段はいない私服の(背広を着た)警備隊員らしきひとが回りにそれとなく目を配っていました。人民英雄記念碑の脇には武装警察のバスが2台止まっており、中には不測の事態に備えて武装警察官が待機していました。

 しかし、雰囲気は陽気と同じように非常にのどかであり、緊迫感はありませんでした。

 今の天安門前広場は、回りに柵がしてあって、入るときに必ず地下道を通る必要があり、地下道を通る際には手荷物検査や金属探知器による検査があるので、花輪など人民英雄記念碑に何か供えようとしても、持ち込みはできないと思います。それに、今は人民英雄記念碑の周囲30メートルほどのところにも柵があって、それより内側へは立ち入り禁止になっていて、四方を武装警察の衛兵が監視していますので、人民英雄記念碑の下に花輪などを捧げることはできないようになっています。従って、1976年4月5日の「第一次」や1989年4月15日の「第二次」のような「事件」のきっかけになるような人々による気持ちの表現はできないようになっているのです。

 私は人民英雄記念碑の回りをゆっくり回りながら心の中でいろいろなことを考えました。1989年9月頃に北京に来た人の話を聞くと、当時の天安門前広場やその前の長安街の大通りには、まだ戦車のキャタピラが傷つけた跡が見られたそうです。今はそういった「跡」は完全に修復されているので、当時を思い出させるようなものは全くありません。天安門前の毛主席の肖像の真向かいには国旗掲揚のためのポールがあります。20年前の5月末、ここに「張りぼて」の「民主の女神」が持ち込まれ、数日後、無惨にも押し倒されてしまったわけですが、今は国旗掲揚用のポールの回りにも柵がしてあって、数人の衛兵が国旗を守っており、そういった面影を思い出す術はありません。

 おそらく私が心の中で思っていることをプラカードに書いて掲げたり、大声で口に出して話したりすれば、中国の法律に抵触して処罰を受けるのかもしれませんが、心の中で思っていることについてまでは、さすがに中国の法律でも罰することはできません。今年は、6月4日は平日なので、天安門前広場に行くことはできないので、清明節の三連休みの中日の今日4月5日に天安門前広場へ行こうと思ったのでした。広場にはざっと見で1万人くらいの人がいましたが、私と同じような気持ちの人がどれくらいいたのかはわかりません。見た感じでは、普通の日と同じように、ほとんどの人たちは地方から来た観光客のように見えました。今の中国では報道機関への統制やインターネット規制が徹底しているので、20年前のことを知らない人も多いのではないかと思います。

 20年前、中国の明るい未来へ向けて、私自身、期待をしているところがありました。それがあの事件により打ち砕かれ、裏切られ、挫折したのでした。今日、私が天安門前広場へ行ったのは、亡くなった多くの人々に哀悼の意を捧げるのと同時に、打ち砕かれた当時はまだ若かった私自身の気持ちに対して哀悼の気持ちを捧げたかったからです。

 天安門前広場の回りの柵や「人民英雄記念碑」の回りの柵があるのは、人民英雄を慕って数多くの人民が集まることを恐れているからなのでしょうか。人民英雄記念碑のすぐ下のところに人民が入れない、花輪を捧げることもできない、という現在の状況が変わり、1980年代までと同じように人民が人民英雄記念碑の下まで近付いて、中国の未来のために倒れた様々な人々に対する気持ちを率直に表現できる日が早く来ることを私は祈っています。

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2009年3月22日 (日)

中国で放送された政策ディベート番組

 香港の民間衛星テレビ局「鳳凰衛視」(フェニックス衛星テレビ)が土曜日の20:00~21:00というゴールデン・タイムに放送している「一虎一席談」という人気番組があります。世間で話題になっているテーマについて、専門家を読んで話を聞くとともに、スタジオに集まった人々の間で議論するという番組です(番組名の「一虎」とは、人気司会者の胡一虎氏の名前から来ています)。

 昨日(3月21日)夜たまたまこの「一虎一席談」見たら、この日のテーマは「両会(全人代と政治協商会議)開催に合わせた特集」ということで、「戸籍問題」でした。中国では、農村戸籍と非農村戸籍の厳然たる区別があって、農村戸籍の人は、実際にその人がどこに住んでいようと戸籍のある場所でないと教育、医療、社会保障等の制度を利用することができないことになっており、現在の中国の大きな社会的問題になっています。例えば、農村から都会に出稼ぎに出てきている労働者(農民工)のこどもは、戸籍が故郷の農村にあるので、都会に住んでいるのに都会の公立学校に入れないし、病院に行っても医療保険の適用が受けられない、といったような問題です。

 昨日見た番組では、全人代や政治協商会議の代表らも参加して、熱の入った議論が行われていました。出ていた主な意見には次のようなものがありました(番組は、中国語の標準語の放送ですが、中国には方言のきつい人も多いので、多くのテレビ番組では字幕が出ます。字幕が出ると、私程度の中国語ヒアリング能力でも一定程度内容を理解することができます)。

・私は弁護士だが、中華人民共和国憲法には「法の下の平等」がうたわれているのだから、農村戸籍・非農村戸籍で対応が違うのはおかしい。戸籍は一本化すべきだ。

・上海市は戸籍人口が1,300万人だが上海戸籍でない人も500万人住んでいる。戸籍の一本化は図る必要があるとは思うが、都市の政府には、実態的に、戸籍のない人に対して教育、医療、社会保障等の行政サービスを提供する能力が不足している。

・最近の北京のビル群は素晴らしいが、このビル群は誰が作ったのか。農民工の人たちが働いて作ったのではないのか。そういった農民工の人たちのこどもが北京で学校へ行けない、というのは、やはりどう考えてもおかしい。

・私は寧夏回族自治区の人間だが、戸籍制度は経済の進んだ都市部の人々の既得権益を守る役割を果たしている。内陸部の貧しい人々の権利を考えれば、戸籍は一本化すべきと考える。ただし、大学入学試験の戸籍別枠は撤去しないでほしい。例えば、大学入試の戸籍別枠を廃止したら、北京や上海の大学受験生が大量に寧夏回族自治区に来て受験したら、地元の受験生は大学に入れなくなってしまう。

・(農村戸籍の人でも都会に住宅を買って定住している人には都市戸籍を与えるべきだ、という意見があることに対して)住宅を買える経済的余裕のある人だけが都市へ移ってしまい、農村は経済的余裕のない人や老人だけになってしまうから、そういう条件を付けて戸籍の自由化を図ることには反対だ。

・農村・非農村戸籍を廃止し、自由に戸籍が選択できることにしたとしても、例えば都市住民が農村戸籍を取得したいと考えても、農地は既にいる農民に割り当てられており、新しく来た人には農地を割り当てられないから、実態的に戸籍の自由化はできない(筆者注:この部分は、土地の私有は認められておらず、従って農地の売買はできず、農地の耕作は村から請け負わされている形になっている現在の中国の社会主義制度の根本に起因する問題です)。

・私は上海の全人代の人民代表だが、この種の問題の対応策について諸外国の事例をいくつも勉強した。しかし、諸外国の例は、みな、他国からの移民をどう扱うか、という移民政策の問題だった。今、我々が議論しているのは中国国内の問題である。戸籍制度は、例えば、上海を農村から見るとまるで外国のように見えてしまうようにしているのである。私は上海の人間であるが、その前に一人の中国人である。これは何とかしなければならない問題だと考えている。

 議論に参加していた人の多くは「戸籍の自由化」に賛成のようでしたが、今すぐ自由化すると様々な問題が生じるという懸念を表明する人も多いのも事実でした。戸籍制度は、多くの人々が不満に思っている問題であると同時に、社会主義制度の根幹にも係わる問題なので、相当に「敏感な問題」です。

 「フェニックス衛星テレビ」は香港の民間テレビ局なので、報道の自由はあるのですが、中国大陸部での放映が許可されているテレビ局です。大陸部での放映が不許可にされてしまうと民間テレビ局としてやっていいけないので、当然、中国当局ににらまれるような内容の放送はできません。そうしたテレビ局で、今回の戸籍制度のような「敏感な問題」を取り上げて、参加者にディベートをさせて、中国全土に放映したことに対し、私としては、相当な「時代の進歩」を感じました。具体的な政策に関する議論ですから、当然、政府が決めた現行の政策に対する批判も出てくることになるからです。

 もし、このテレビ番組をまねたような小グループでの「討論会」が中国大陸のあちこちで開かれるようになったら、世の中はだいぶ変わると思います。全人代の人民代表が住民の直接選挙で選べない現在の制度では、「討論会」を開いても、その結果として住民が意思表示をする機会がない、というのが現在の中国のシステムでは致命的な問題ですが、今はインターネットがあるので、そういった「討論会」を開いて議論を整理し、その上で自分の意見をネット上にアップすることは可能です。

 ただ、そもそも中国の人々は「自由に自分の意見を述べたり、人の意見をじっくり聞いて論理的にそれに反論する」といった経験をあまり積んでいないように思えます。番組を見た感じでも、あまり議論がかみ合っていない感じがしました。最後の方で、農村出身の口べたな感じの青年が戸籍制度の問題点を挙げて主張していましたが、言いたいことを全部は言えなかった、という感じでした。

 1時間の番組だけでは、当然結論は出ませんが、最後に司会者が「戸籍制度は変えるべきだが、今すぐになくすわけにいかないし、一朝一夕に変えるわけにもいかないという意見が多かったと思います。ただ、最後に発言した農村出身の青年の未来が明るいものになればよいなぁと思っています」とまとめていたのは、なかなかよかったと思います。

 司会者による最後の「まとめ」の中で司会者は「先の改革開放30周年記念式典で、胡錦濤先生は改革開放政策は「不動揺」だし『不折騰』(むちゃをしない)と言っていました。戸籍制度の問題は時間を掛けて議論する必要があると思います」と結論付けていたのも印象に残りました。

 そもそもこの番組が香港のテレビ局だからですけど、胡錦濤主席のことを「主席」とも「同志」とも呼ばず、日本語の「さん」に相当する「先生」と呼んでいたのが印象に残りました(オリンピックの開会式・閉会式でもオリンピック・スタジアムの司会者は「胡錦濤先生」と呼んでいましたので、今の中国では別に珍しくはない表現なのですが、中央電視台では絶対に使わない呼び方です)。

 それから、ここでも「不折騰」という胡錦濤主席の言葉を引用していることに驚きました。やはりこの「不折騰」という言葉は相当に含蓄のある言葉なのだろうと思います。

 中国は、かつてのソ連や東欧諸国をはじめとする社会主義国として分類されますが、ひとつだけ中国だけにしかない特徴があります。それは「香港」という「風穴」が開いていることです。かつてトウ小平氏は、イギリスの植民地だった香港が1997年に中国に返還されるに当たって、「一国二制度」(香港では返還後50年間資本主義制度と報道の自由を維持する)という「ウルトラC」を使いました。これは改革開放を進める経済政策において香港という対外的に開かれた「風穴」を最大限に利用しようとしたからだと思います。そして今、もしかすると、香港は「政治体制改革=民主化」の点でも「風穴」になろうとしているのかもしれません。今回、香港のフェニックス衛星テレビで「政策ディベート番組」を見て、それを感じました。

 2012年に行われる予定の次の香港の行政長官・議会選挙は、今と同じ業界団体などを通じた間接選挙制度で行われ、住民による直接選挙は行われないことが既に決まっています。問題は、次の2017年の選挙がどうなるか、です。それすら決まっていない今の時点で、将来を予測することなどできないし、まだまだ先は長いと思いますが、こういった「フェニックス衛星テレビ」のようなテレビ放送が中国大陸部全土に放送されることによって、たぶん時代は少しづつ変化していくことになるのだろうと私は思っています。

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2009年3月21日 (土)

自作自演記者会見の疑惑

 相変わらず痛快な記事や評論の多い広州で発行されている週刊紙「南方周末」(日本語表記では「南方週末」)ですが、今週号の評論もなかなか鋭いものがありました。

(参考)「南方周末」2009年3月19日号評論欄「評論方舟」
「記者会見がどうして一人芝居になってしまうのか」(本紙評論員:郭光東)
http://www.infzm.com/content/25621

 筆者の郭光東氏は、先日終わった両会(全国人民代表大会と中国政治協商会議)の際に行われた2つの記者会見について指摘しています。

 ひとつめは「財経」の記者が伝えている3月6日に行われた四川省代表団の記者会見についてです。この記者会見では、質問しようとした記者がいくら手を挙げても、司会者が一番前に陣取っている「官製主体メディア」にばかり質問させ、しかも彼らは机の上に置いてあるメモを見て質問しているようであり、答える四川省関係者も用意した紙を読み上げているようであり、一切の質問と答えが「用意されたもの」のように見えたというものです。

 もう一つは「新快報」の記者が伝えている3月7日に行われた雲南省代表団の記者会見です。この記者会見では、事前に関係者が顔見知りの記者に質問のレジメを渡して、質問番号に応じて質問させており、人々の間で関心の高い「目隠し鬼ごっこ事件」については一切質問がなく、一問一答が事前に準備されていたことは明白だった、としています。

※「目隠し鬼ごっこ事件」については、このブログの2009年2月24日付け記事
「監獄内の『目隠し鬼ごっこ』で死亡」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2009/02/post-bcc5.html
参照

 また、3月8日に行われた四川省大地震の災害復旧状況についての記者会見について、多くのネットワーカーが内外の記者の質問水準の違いについて指摘している、とのことです。具体的には、境外の(外国及び香港、マカオ、台湾の)記者は人々が知りたいと思う問題について質問しているのに対し、中国大陸の記者は、往々にして「塩辛くも酸っぱくもない質問」や大してニュース性のない質問ばかりし、甚だしいものにあっては役所で発表されている公式発表文を見ればわかるような問題について質問して、質問時間をつぶしていた、とのことです。

 さらには、多くの記者にとって、事前に質問事項の許可が必要であり、許可されていない質問については聞いてはいけないかのように思わせるような記者会見もあった、とのことです。この評論の筆者である郭光東氏は「嗚呼! またしてもこの種の人を愚弄するような感じを受けるとは、何と悲しいことか」と嘆いています。そして、郭光東氏は、政府機関がこのような自問自答するような記者会見をセットして、外見だけ民主的であるように見せかけることは、公務員としての職業道徳に違反しているばかりでなく、そもそも人間が持つ基本的な倫理、即ち、「誠実さ」に反している、と怒っています。

 中国にいて多くの人が感じるのが、今の中国の社会は「誠実さ」が全く尊重されていない「モラルハザード」の状態にある、ということです。先日書いたニセ薬やニセモノのテレビの話もそうですが、人間が社会で活動する上で最も重要視すべき「誠実さ」が今の中国にはないのです。よく多くの日本の人が勘違いしますが、現在の中国社会に蔓延している「不誠実さ」は中国の伝統でも中国の人々が昔から持っている性質でもありません。本来、中国の人々は、純朴で、人なつこく、親切で、誠実な人たちばかりです。「不誠実さ」が蔓延しているのは、「不誠実」でも罰せられない、むしろ「不誠実にうまく世の中を渡った方が得をする」という現在の社会システムのせいなのです。

 もともと中国共産党は、まじめさ、純真さ、誠実さ、をもって人々の心を捉え、革命を成功させたのでした。それがなぜ今こういう社会になってしまったのでしょう。上の評論でわかるように、多くの中国の人々もそうした「誠実さ」のない社会の問題点について「改善すべし」という声を挙げ始めています。こういった人々の「改善すべし」という声が、実際にシステムを改善させる方向で結集され、実際にシステムが改善されるようになることを期待したいと思います。

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2009年3月18日 (水)

中南海の向かいの住宅群の撤去工事開始

 今日(3月18日)付けの北京の新聞「新京報」の記事によると、北京の中心部、天安門前を東西に走る長安街の南側の国家大劇院から中国共産党中央組織部のある交差点の間とに残されていた古い住宅がある地区(対象面積約4万平方メートル、約700戸が住んでいる)の住宅の撤去作業が一昨日(3月16日)から始まった、とのことです。この撤去作業により、また古い北京の胡同(フートン:横町のようなもの)がいくつか消えることになります。

(参考)「新京報」2009年3月18日付け記事
「西長安街の拡張のための撤去作業が開始」
http://www.thebeijingnews.com/news/beijing/2009/03-18/008@022312.htm

 この場所は、中国共産党本部や共産党幹部の住居のある「中南海」の正面入り口に当たる「新華門」の長安街を挟んでちょうど真向かいのあたるあたりです。北京を東西に貫く大通りである長安街は、天安門から西へ歩くと、南側は、天安門前広場、人民大会堂、国家大劇院と巨大な建造物が続きますが、国家大劇院の西側は、まだ一般の住居が残っており、古い胡同もいくつか残されています。長安街沿いは、もうほとんど近代的なビル群として再開発されてしまっていますが、この一帯だけは開発されないで残っている数少ない貴重な部分でした。しかし、ついにここも取り壊されることになったようです。取り壊しの目的は「長安街の道路拡張と特殊用地にするため」とのことです。「特殊用地」とは何に使うための土地なのか、私は知りません。今年10月1日の中華人民共和国成立60周年の式典の際に、何らかのイベントをやるために使う用地なのかもしれません。

 中国の場合、土地の私有は認められておらず、都市部の土地は全て国有なので、国家が何かに使うために住んでいる人の立ち退きを決めたら、住民に拒否権はありません。一定の合理的な補償金が支払われた上で、住民は立ち退かなければなりません。今回の撤去作業が行われることになった場所は、北京市のど真ん中もど真ん中ですし、目の前の長安街の下には地下鉄も通っているので、場所的には最高の場所です。そのため、「新京報」の記事によれば、補償金も50万元(約700万円)程度と、かなり高い金額が出されるようです。ただ、この一帯は、住宅を売りに出すとすると評価額は1平米あたり25,095元(約35万円)程度する(北京の普通のマンションの価格の2倍以上)そうですから、50万元程度の補償金では、全然足りない、と考えている人もいるようです。しかも、代替地として提供されるのは、北京市内の昌平区東小口、朝陽区常営、海淀区上地といった郊外の土地で、都心に住み慣れた人には相当の不満があるようです。

 撤去予定地の住人たちに対して、どれくらい以前から話がなされていたのかは不明ですが、上記の「新京報」の記事によると、「表向き」の話としては、計画が公示されたのが2月20日、住居の撤去が公告されたのが3月6日で、実際の撤去作業の開始が3月16日ですから、相当に急な話のように見えます。10月1日の国慶節のイベントのために急に決まった話なのかもしれません。移転に合意して、実際に撤去工事が始まったのはまだ一部で、移転に合意していない人もいるようです。

 しかし、ここは場所的には中国共産党本部の真ん前ですから、ここで揉め事が起こったら、中国共産党のメンツに係わると党の幹部は考えるのではないかと思います。だから、住民と揉めないように、あまり無理をすることはないだろうし、必要とあれば補償金の額も上乗せすると思うので、揉め事になることはないと思いますが、もし10月1日の国慶節のイベントに使うため、という理由だとすると、時間的に期限が限られているので、かなり強硬な手段を採る可能性も否定できません。ここは、天安門前広場のすぐ近くですし、観光客や外国人もよく行く場所なので、何か動きがあったら、相当に目立つ場所です。

 今ある国家大劇院も、同じようにもともとあった古い住居の住人にどいてもらって作った建物ですし、この種の住居移転話は北京市内のどこででもやっている話だし、それに、長安街の両脇は全てビル群に変わるのは時代の流れでしょうから、この住宅撤去話自体はそう不自然ではないのですが、私の感覚からすると、何も建国60周年という「敏感な年」にこんな目立つところで揉める可能性のあることをわざわざやらなくてもいいのになぁ、と思います。

 北京オリンピックが終わってしまったので、次は「中華人民共和国建国60周年記念式典」を何が何でも成功裏に終わらせる、というのを「絶対目標」にして、引き締めを図ろうという意図があるのかもしれません。もしそうなのだとしたら、建国60周年は慶祝すべき話だと私も思いますけど、常に「これだけは絶対やるんだ」という「絶対目標」を常に掲げていないとまとめられない社会というは、やはりおかしいと思います。

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2009年3月17日 (火)

ニセ薬とニセテレビ

 以前ほどの「鋭さ」がなくなった最近の中国中央電視台第一チャンネル(総合チャンネル)19:38~放送の報道番組「焦点訪談」ですが、今週は久々に結構深刻な「告発もの」をやっていました。

 一昨日(3月15日)放送分は「ニセ薬」の話でした。「病院に薬を納入する業者が正式な証明書が添付されていない薬を納入した際、病院側が『証明書は?』と尋ねると、今回は間に合わなかったので、後ですぐに送ります、と言われたので、病院側はそれを信用して薬を受け取り、そのまま患者に処方した。しかし、いつまで経っても薬納入業者から『証明書』は送られてこず、そのうちに服用して体の不調を訴えた患者が出て、納入された薬がニセモノだったことがわかった。病院側では、薬を患者に渡した記録をきちんと取っていなかったために、ニセ薬がどの患者に渡されたのかはわからない。」という話でした。

 番組では、ニセ薬を作って売り込むニセ薬業者も問題だが、チェックの甘い病院側も問題だ、というような指摘をしていました。中国では、単なる風邪であっても、医者に掛かるのは命懸けです。

 今日(3月17日)放送分は、政府の内需刺激策として採られている「家電下郷」政策(農村で家電製品を買うと、一定の条件に当てはまる場合に価格の13%の補助金が政府から支給される制度)を悪用して、廃品テレビを改造して新品のテレビのようにして農村に売る悪徳業者の話をやっていました。この悪徳業者は、10年以上使った廃品テレビから、ブラウン管など、まだ使える部分を集めてきて、きれいな外枠をはめて、「家電下郷」政策を使ってテレビを買おうとする農民に対して、あたかも新品のテレビであるかのように売っていたのでした。新品テレビだと思って買って使っていたら、1か月たたないうちに故障したので、分解して調べてもらったらブラウン管が使い古しのものであることがわかった、というのが発端だそうです。

 ブラウン管の表面をきれいに拭き、外枠には新しいものを使っただけでなく、段ボールの包装は新品のものを使い、取り扱い説明書だけは新しく印刷したものを入れてあった、というのですから、相当に悪質です。

 一般に「中国製(メイド・イン・チャイナ)」の品質問題が日本などでも問題にされますが、私は基本的に日本で売っている中国製の製品はそれほど心配する必要はないと思っています。輸入する日本の商社が品質には厳しいチェックを掛けているからです。問題は中国製の製品を中国国内で買わざるを得ない中国国内に住んでいる私のような人間や中国の人々です。もちろんちゃんとした製品がほとんどなのですが、たまに「はずれ」の製品に当たる場合があります。私は薬の類は買わないようにしていますが、食べ物は買わないわけにはいかないので、毎日「今日は当たらないように」と祈りながら食べています。

 政府の取り締まり機関も一生懸命取り締まっているし、この「焦点訪談」のようにテレビやマスコミでも取り上げられるのですが、中国のニセモノはなくなりません。一連の「焦点訪談」の「ニセモノ問題特集」は、3月15日の「世界消費者保護デー」にちなんだ特集番組のようです。やはり、結局は、消費者の声を直接政府に訴えられるようなシステム、即ち、取り締まりをきちんとやらない地方政府のトップは住民によってクビにされるという直接選挙による民主制度がない、ということが中国の最大の問題なのでしょう。

 政治の民主化が進まない限り、中国国内におけるニセモノ追放キャンペーンとニセモノ業者のイタチごっこは永遠に続くと思います。

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2009年3月12日 (木)

人民代表大会制度についての議論

 今年の全国人民代表大会(第17期の第2回会議)が明日(3月13日)終了する予定です。今年の全人代は、開催期間がいつもより数日短めでした。全人大と同時並行的に開かれる全国政治協商会議も同じようにいつもより短めでした。なぜこの二つの会議(中国では「両会」と略称される)が今年は「短め」だったのかの理由は、たぶん何かウラがあるのでしょうけど、私にはわかりません。

 この二つの会議の開催期間中は、政治関係のニュースが毎日流されますが、今年の「人民日報」には、「人民代表制度は必要だ」という全人代の根本を擁護する記事が目立ちます。

(参考1)「人民日報」2009年3月11日付け1面記事
「根本的な政治制度 民主的な重要な媒体~人民代表大会を堅持し完全なものとするための一論~」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-03/11/content_209077.htm

(参考2)「人民日報」2009年3月12日付け10面記事
「党の指導を堅持し完全なものにすることは、人民代表大会制度による政治を保証するものだ」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-03/12/content_209794.htm

(参考3)「人民日報」2009年3月12日付け11面記事
「人民代表大会制度と西側議会制度の本質的な違いを十分に認識すべき」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-03/12/content_209857.htm

 多層的な間接選挙によって選ばれる「全国人民代表」による会議「全国人民代表大会」が国政を議論すること、全人代をはじめ全ての国家組織が中国共産党の指導を受けること、は、今の中国では「当たり前」のことで、今さら議論するような話ではありません。それなのに、そもそも全人代開催期間の終盤になって、「人民日報」にその「当たり前のこと」に関して現在の制度を擁護するような論文が「これでもかこれでもか」というように掲載されるのは何を意味しているのでしょうか。

 改革開放前と異なり、現在の全国人民代表大会の票決は必ずしも全会一致ではありません。かなりの数の反対票・棄権票が出ることがあります。そういったことを考えると、もしかすると、全国人民代表大会の議論の中で、全国人民代表大会のあり方についての議論が少なからず行われ、それを鎮めるために「人民日報」に評論がいくつも掲載されていると見ることもできます。

 「人民日報」では、昨年暮れ頃から、盛んに「民主化」や「中国共産党による指導」についての記事を掲載しています。従来の方針を擁護するものばかりであり、新しいことは何も言っていないのですが、むしろ「当たり前のことを口を酸っぱくして繰り返して訴えなければならない、ということ自体が、実は、水面下で、かなりの議論が行われていることを意味しているのではないか」という推測を私に起こさせるのです。

(参考4)このブログの2008年12月5日付け記事
「『人民日報』上での政治の民主化を巡る議論」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-44d1.html

(参考5)このブログの2008年12月8日付け記事
「『なぜ今も中国共産党なのか』に対する答」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-f9f3.html

(参考6)このブログの2009年1月6日付け記事
「『なぜマルクス主義堅持なのか』に対する答」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2009/01/post-2760.html

 これらの「人民日報」の一連の記事が昨年(2008年)12月9日にインターネット上にアップされたいわゆる「08憲章」に関する動きと関係があるのかないのか、私にはわかりません。しかし、地方政府幹部の腐敗阻止や環境汚染企業と地方政府との癒着を防ぐためには、政治体制改革、即ち、住民による直接選挙が不可欠であることについて、中国国内でも以前から広く議論されてきています。

(参考7)このブログの2007年5月30日付け記事
「中国の新聞に『根本は政治体制改革』との社説」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/05/post_f50b.html

 「08憲章」は一部の知識人による「意図表明」に過ぎず、幅広い多くの人々を巻き込んだ運動には成り得ない、という見方もあります。しかし、「人民日報」にこうした「根本問題」に関する論文が繰り返し掲載されるということは、中国の社会全体の中で、本当の意味での政治体制改革の必要性に対する認識が現実問題として高まってきていることを示しているのではないかと思います。

 世界的経済危機の中で、中国は輸出依存の経済体質から内需重視型の経済への転換を迫られています。日本の過去の歴史や韓国、台湾の過去を踏まえると、経済の重点が内需に移るに連れて、政治体制の民主化は必然的な流れとなっていきます。経済が内需重視型に移行する、即ち、国内の消費者の声を集約した経済体制を確立することが求められるようになると、それに連動して政治自体も国民全体の意見を正しく集約できるようなシステムが求められるからです。経済状況を見れば、今の中国は韓国や台湾の政治的民主化を進めた1980年代末から1990年代初頭のころの状況と似ています。

 上記(参考4)の中で引用している中国共産党中央編成局副局長で北京大学中国政府イノベーション研究センター主任の兪可平氏が述べている「中国の民主化は増量方式で発展している(少しずつ段階的に発展している)」という言葉の中身が、具体的な政治制度改革として目に見えてくることになるのかどうかが、今後のポイントになると思います。少なくとも、第17期全国人民代表大会第2回全体会議の最終日を明日に控えた今日(2009年3月12日)の時点では、そのような「具体的な改革」は見えてきていませんが。

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2009年3月 4日 (水)

「公式見解」すら報道されない微妙な案件

 3月2日北京発の時事通信の報道によれば、3月3日から始まった第11期全国政治協商会議第2回会議の開会を前にして3月2日に行われた政治協商会議の趙啓正氏に対する記者会見において、ボイス・オブ・アメリカの記者が1989年の「第二次天安門事件」の再評価について質問したとのことです。時事通信の報道によれば、趙啓正氏は、この質問に対して「80年代の政治的風波は、中国共産党と政府が既に明確な結論を出した」と述べた、とのことです。

 この記者会見は、インターネットで生中継され、質問と答えの一言一句は文字情報としてネット上に記録されています。「第二次天安門事件」に関する上記の趙啓正氏の話は、現在の中国当局の「公式見解」であり、趙啓正氏の答えは完璧な「模範解答」だと思うのですが、ネット上に記録されている「文字実録」には、上記のボイス・オブ・アメリカの記者との質疑応答の部分は記録されていません。3月3日付けの中国の新聞では、趙啓正氏の記者会見については大きく紙面を割いて報じていますが、上記の「第二次天安門事件」に関するやりとりの部分については、私が見た範囲では掲載されいている新聞を見つけることができませんでした。

(参考1)「新華社」ホームページ2009年3月2日
「全国政治協商会議第11期第二回会議第一回記者会見」
http://www.xinhuanet.com/2009lh/zhibo_20090302.htm

※上記のページで「文字実録」をクリックすると記者会見の一言一句が文字情報として確認できますが、時事通信が伝えたようなボイス・オブ・アメリカの記者とのやりとりはこの「文字実録」には載っていません。

 生中継されている記者会見の文字による記録をネット上に載せる際に、「微妙な問題」については、実際には質疑応答が行われたのにネット上の記録には載せない、ということは中国ではよくあります(日本の財務省のホームページの財務大臣記者会見記録にも、先日のローマでの「あのぉ~」という中川財務大臣の質疑応答部分は載っていないそうですので、こうした現象は中国だけのものとは限らないと思いますが)。ただ、趙啓正氏は中国政府にとって都合の悪いことは全く言っておらず、ほとんど完璧な「模範解答」であったにも係わらず、ネット上で記録されず、新聞で報道されず、あたかも「なかったこと」のようにされているのは、この部分、即ち「第二次天安門事件」については、完璧に「触れられたくない」という気持ちが中国当局に強いのだと思います。

 なお、北京から3月3日の時点でボイス・オブ・アメリカのホームページにアクセスしたところ、中国語版の部分にアクセス制限が掛かっており、中国語版にどのような記事が載っているのかを見ることができませんでした。

 これから中国では、3月10日のチベット騒乱50周年、5月4日の「五四運動」90周年、6月4日の「第二次天安門事件」20周年という「敏感な日」が続きます。昨年の北京オリンピックで、大幅にインターネットのアクセス制限等が改善された中国ですが、これら「敏感な話題」については、インターネットのアクセス制限や外国テレビの「検閲ブラック・アウト」が増えるのでしょうか。去年のチベット問題に起因する聖火リレーに関する報道に見られるように、むしろこういったネットのアクセス制限や外国テレビの「検閲ブラック・アウト」は、中国当局がどの部分に触れられたくないのか、という点をかえって浮き彫りにする効果があります。

 中国国内では、先日の「躱猫猫(ドゥォマォマォ=目隠し鬼ごっこ)事件」に見られるように、情報制限をしてもネット上で議論が「炎上」することは避けられないのが昨今の状況です。

(参考2)(「躱猫猫事件」についての参考)このブログの2009年2月24日付け記事
「監獄内の『目隠し鬼ごっ』で死亡」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2009/02/post-bcc5.html

 そういったネットでの人々の意見のやりとりが活発している現状において、記者からの質問に対する「公式見解」すら報道されない、といったやり方をいつまで続けることができるのでしょうか。

 そもそも今年は中華人民共和国成立60周年の記念の年なので、今年の全国政治協商会議(3月3日に開幕)と全国人民代表大会(3月5日に開幕)は、なんとなく緊張感のある会議となっています。それは各会議の出席者自身、未曾有の経済危機の中、真剣に、率直に意見を交わし打開策を見つけることが重要になっている、と考えていることと重なっていると思います。この二つの会議は中国にとって非常に重要な会議なので、「微妙な話」を「なかったこと」にするのでなく、きちんと真正面から見据えてきちんと議論して、中国にとって必要な結論を出して欲しいと思います。「文化大革命」の時期を反省し、中国共産党の過去の決定や毛沢東主席の誤りを率直に認めたことから出発した今の改革開放体制の中国ならば、それができるはずだ、と私は信じています。

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2009年2月24日 (火)

監獄内の「目隠し鬼ごっこ」で死亡

 ここのところ中国のネットや新聞を賑わせている言葉に「躱猫猫(ドゥォマォマォ)」という言葉があります。「目隠し鬼ごっこ」という意味です。この言葉がなぜネット上等で盛んに使われているかについては、2009年2月21日付けの「新京報」の記事が解説しています(この記事はなぜかネット上からは見ることができません。私は当日の紙面を持っているので、それを見ながらこの記事を書いています)。

 2009年2月21日付け「新京報」A04面に掲載されていた「重点・躱猫猫事件の調査~『躱猫猫』事件について警察は拷問により自供を強要した可能性を否定」と題する記事では、この事件についての詳細な調査結果を掲げています。評論欄に載っていた下記の熊培雲氏の評論はネットで見ることができます。この評論にもことのいきさつが簡単に書いてあります。

(参考1)「新京報」2009年2月21日付け記事
「真相は『目隠し鬼ごっこ』であるはずがない」(シニア評論員・熊培雲)
http://comment.thebeijingnews.com/1108/2009/02-21/008@030230.htm

 これらの記事や評論をもとにいきさつをまとめると以下のとおりです。

---「躱猫猫(目隠し鬼ごっこ)事件」のいきさつ(始まり)---

・雲南省玉渓北城鎮に住む李蕎明という24歳の男性が森林を伐採して木を盗んだ罪で雲南省晋寧県にある監獄に収監されていた。2月8日、看守が李蕎明が監獄内でケガをしていることを発見し、病院に搬送したが、李蕎明は2月12日に死亡した。死因は「頭部に負った重度の損傷」によるものだった。

・警察は、死因に関して、死亡した李蕎明は、負傷する前、同じ監獄内に収監されていた仲間たちと「躱猫猫」(目隠し鬼ごっこ)をやっていて、壁に頭をぶつけて負傷した、と発表した。

・この警察の発表を受けて、ネット上で「そんなはずはない」という意見が沸騰した。

・ネットワーカー及びメディアの代表者は「調査委員会」を結成し、警察に真相の究明を求めた。

・晋寧県公安局の閻国棟副局長の説明によると事件の経緯は以下のとおりである。事件の起きた監房には11人が収監されていた。彼らは2月8日17時50分頃、「目隠し鬼ごっこ」(「新京報」の記事による警察の説明では中国語は「瞎子摸魚」)をしていた。鬼が真っ先に李蕎明を捕まえたことにより、ケンカが始まった。このケンカの最中、李蕎明は鉄格子に頭を強く打ち付けて負傷した。

・警察の説明によると「瞎子摸魚」が誤って「躱猫猫」として伝えられたものである(注:日本語にすればどちらも「目隠し鬼ごっこ」である)。

・普寧県警察の調査に対し、普寧検察院も調査を行ったが、検察院による調査結果も警察による調査と同じであり、李蕎明の死亡に関して、体罰・虐待によって死に至った可能性はないし、看守あるいは警察側に重大な職務怠慢や汚職はなかった。また、李蕎明の死亡に関して疑いを持たれている同じ監獄に収監されていた二人の男は、不法に銃と弾薬を所持していたことが判明し、これら銃と弾薬は既に押収されている。

・「瞎子摸魚」(あるいは「躱猫猫」)という言葉は警察が言い出したのではなく、警察が対外的に説明した際に、李蕎明と同じ監獄に収監されていた男たちがそういう供述をしていた、と述べたものが広がったものである。

---「躱猫猫(目隠し鬼ごっこ)事件」のいきさつ(終わり)---

 この事件は、昨年の6月に貴州省甕安(おうあん)で起きた少女水死事件と比較されてネットで騒ぎになりました。貴州省甕安県の少女水死事件では、夜中に最後まで一緒にいた男友だちが「橋の上で腕立て伏せをしていたら、少女がいきなり川に飛び込んだ」と供述したと警察が説明したことに対し、ネットワーカーが「そんな供述は全く不自然だ。警察の説明は信用できない。」と騒ぎ出したのでした。

(参考2)このブログの2008年7月3日付け記事
「貴州省甕安県の暴動事件の真相」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/07/post_ef2a.html

 今回の事件も「監獄の中で男たちが『目隠し鬼ごっこ』をやって、頭をぶつけて死に至るほどのケガをした」という警察の説明に対して、ネットワーカーたちが「そんなことはあり得ない」と騒ぎ出したものです。

 騒ぎがあまりに大きくなり、新聞記者たちも警察の説明に納得しなかったため、今回はネットワーカーや新聞記者の代表が「調査委員会」を作って、警察に真相究明を求める、という事態にまで発展したのでした。

 昨年の貴州甕安県の「腕立て伏せ事件」といい、今回の雲南省晋寧県の「躱猫猫事件」といい、人々が警察の発表を全く信じていないことが騒ぎのそもそもの伏線です。「新京報」に本件記事が掲載されたのは2月21日ですが、被害者が死亡したのが2月12日ですから、それまでの間は全国ベースでの報道はなされていなかったと思います。ネットワークで騒ぎが大きくなり過ぎ、押さえ付けることが困難になったため、新聞での報道も認めざるを得なくなり、21日になってから新聞にも掲載されるようになったのでしょう。

 ネットワーク上での「炎上」は当局ももはや押さえ切れないことを如実に表す事件だと思います。それと新聞記者たちが「当局側」ではなく、ネットワーカーと一緒になって真相究明のために動いているのが今回の事件の大きな特徴です。当局は新聞に記事を掲載することを差し止めることはできますが、記者の動きを封じ込めるのはなかなか困難です(当局は記者証の発行権限を持っていますので、それにより意にそぐわない記者に記者としての活動をさせないようにすることは可能ですが)。

 ネットワークという道具を手にした以上、一般の人々の「真相を知りたい」という欲求をコントロールすることは、もはや不可能だと思います。この雲南省の躱猫猫事件もそういった中国の最近の動きを示すひとつの典型的な事件だと思います。

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2009年2月 3日 (火)

温家宝総理に対する靴投げ事件

 ヨーロッパ各国を訪問中の温家宝総理が、2月2日、イギリスのケンブリッジ大学において講演を行いました。講演の最中、一人の男が「どうして皆さんは彼が言っているウソを聞くことができるんですか」などと叫んで温家宝総理に靴を投げつけたとのことです。靴は温家宝総理のところまで届かず、男はすぐに警備担当者に取り押さえられた、とのことです。

 私は見ていませんでしたが、このケンブリッジ大学での温家宝総理の講演は、中国中央テレビでも生中継をしていたそうです。で、中国のメディアがこの「事件」をどう扱うのか、と思って今朝からテレビやネットでの報道振りを注目していました。

 今朝(2月3日朝)の中国中央テレビの朝のニュース「朝聞天下」では、温家宝総理の通常の講演の部分を映像で伝えた後、アナウンサーが以下のような新華社の報道を読み上げました。

「温家宝総理の講演をある人が妨害したことについて記者が質問した時、外交部報道官は、中国側が強い不満を表明したこと、イギリス側が中国側に深く陳謝し妨害者は法に基づき適切にされると表明したこと、このような行為は人々の共感を得ることができないし中英両国の友好関係の潮流を妨害することもできないことは事実が証明している、と述べた。」

(参考1)「新華社」ホームページ2009年2月3日09:09アップ記事
「中国側は温家宝総理のイギリスでの公演現場で発生した妨害事件に強烈な不満の意を表した」
http://news.xinhuanet.com/world/2009-02/03/content_10754580.htm

 この朝のニュースでは、妨害者が講演を妨害した瞬間の映像は流しませんでした。

 中国のメディアはだいたいこのトーンで淡々と事実を述べるだけの簡単な報道をするのかなぁ、と思っていたのですが、夜7時からの中央電視台のニュース「新聞聯播」では、私の予想に反して、このニュースにかなりの時間を掛けて伝えていました。

 まず、温家宝総理がケンブリッジ大学で講演した、という形通りの報道をした後、妨害行為があったことを伝えました。そして、その瞬間の映像をそのまま流しました。温家宝総理が講演している途中で、誰かが英語で何か言っているのが聞こえ、温家宝総理がその声の方を見て演説を止めました。ややあって、画面に警備担当者が出てくるのが見え、しばらく間がありました。その間、カメラは温家宝総理を撮したままでした。しばらくして、妨害者が場外に出された後、温家総理は、落ち着いて講演を再開しました。再開の最初に、温家宝総理が「たとえこのような妨害行為があろうとも、中英人民の友好関係にいささかの影響も与えることはできない」と述べると、会場に集まった人々から大きな拍手が起きました。

 その後、靴を投げた男が警備員に連れ去られる様子が再び画面で放映されました。

 つづいて、中国外務省が強い不満を表明したこと、イギリス側が中国側に対して深く陳謝すると述べたことが伝えられました(これは上記新華社の報道と同じ)。

 さらに、テレビ画面で、ケンブリッジ大学のホームページの中の温家宝総理の講演を伝えるページが紹介されました。そこの中でアリソン・リチャード学長が言った下記の部分の英語の文章に中央電視台は赤いアンダーラインを加えて、ケンブリッジ大学の副学長がホームページでこう述べている、と強調していました。

「私は、ある一人の聴衆が今日の午後我々のスピーカーに敬意を表すること(それはケンブリッジの慣習である)ができなかったことを大変残念に思う(I deeply regret)。この大学は、熟慮された討論と議論をする場所であって、靴を投げる場所ではない。」

(参考2)ケンブリッジ大学ホームページ2009年2月2日アップ
「温家宝総理がケンブリッジで講演」
http://www.admin.cam.ac.uk/news/dp/2009020203

 リチャード学長の言葉は、聞きようによっては、相当にイギリス風の機知に飛んだユーモアを含むコメントだと思いますが、それを赤いアンダーライン付きでわざわざ紹介した中央電視台も中国のテレビとしてはかなり画期的な反応だったと思います。ヘタをすると去年のオリンピック聖火リレーの時と同じように反イギリス感情が若い人たちの間で高まったと思いますが、中央電視台の7時のニュースがこれだけ長々と実情を報道し、イギリス側も「deeply regret」と言っている、と強調すれば、今回の件ではそんなに大きな騒ぎにはならないでしょう。

 中央電視台のニュースでは、投げられた「靴」の映像は出しませんでしたが、それも若い人たちを刺激したくない、という意志の表れでしょう。

 私としては、今回の騒ぎはそんなに「大きな話」だとは思わないし、中国のメディアは無視するか、「中国外務省は抗議した。イギリス側は陳謝した。」といった事実を淡々と伝えるだけで終わると思っていただけに、夜7時のニュース「新聞聯播」での大きな扱いにむしろびっくりしました。どういう報道の仕方をしたら騒ぎにならないで収められるのかについて、中国のメディア関係者も相当に「学習」してきたのだと思います。

 昨年のチベット争乱やオリンピック聖火リレーの際の外国テレビに対する検閲ブラックアウト措置については、CNNに出ていたあるアメリカのメディア対応専門家は「都合の悪いことはカットして伝えない、というのは、メディア戦略としては最も下手なやり方だ」と批判していました。チベット争乱、聖火リレー妨害、四川大地震、北京オリンピックなどを通じて、中国のメディア関係者のメディア戦略もだいぶ進歩してきたのではないかと思います。

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2009年1月26日 (月)

春節演芸番組の「ウラ番組」

 今日(2009年1月26日)は、旧暦の元旦です。中国や韓国などアジアの多くの国々では「春節」としてお祝いします。

 昨晩は、旧暦の「大晦日」でしたが、中国の中央電視台では、旧暦の「大晦日」に大型演芸番組(「春節晩会」)を放送するのが恒例です。日本の「紅白歌合戦」と同じようなものですが、日本の「紅白」とは違い、中国の「春節晩会」は、歌あり、演芸あり、のバラエティー番組です(日本の「紅白」も歌番組というよりはバラエティーと言った方がよいのかもしれませんが)。

 ずいぶん昔から同じような形式の番組なので、中央電視台の「春節晩会」は、日本の「紅白」と同じように「マンネリだ」との批判があります。そこで、最近は、中国中央電視台の「春節晩会」とは別に独自に年越しの演芸会を企画しよう、という動きが出ています。

 一部日本の新聞でも紹介されましたが、今年は、この手の「裏番組」の「春節晩会」は、昨年の流行語のひとつ「山寨」を使って、「山寨晩会」と呼ばれました。「山寨」とは「山奥の山村」という意味で、中央政府の管理が及ばないところ、を意味しています。「山寨文化」「山寨製品」などという使い方をする場合には、政府の取り締まりが及んでいない著作権侵害、特許侵害など何でもアリの「模造品」「模造文化」という意味があります。

 今年は、1月になってから、一部の知識人が「中央電視台は党の宣伝に過ぎないから、視聴するのをボイコットしよう」といった呼び掛けをしたこともあり、別の意味で「山寨春節晩会」にも注目が集まりました(正式な「春節晩会」のパロディのようなものをやるのではないか、という期待もあったからです)。

 ところが、1月22日付けの「京華時報」によると、今年の「山寨春節晩会」を開くという企画に対して、北京市政府の文化関連部門が介入し、検査を行ったとのことです。その記事が「人民日報」ホームページ(人民網)にも転載されています。

(参考)「人民日報」ホームページ(人民網)に転載された2009年1月22日付け「京華時報」記事
「『山寨春節晩会』が審査による関門に遭遇 文化部門の介入により開演場所が取り消しとなる可能性も」
http://culture.people.com.cn/GB/8710345.html

 中国の場合、コンサートや演劇など一般大衆に見せるものには、全て「検閲」が入りますので、ある意味ではこういった介入があるのは当たり前なので、本件は本当はそんなにニュース性のある話ではありません。ただ、私としては、それを「京華時報」が記事にして、それを「人民日報」のホームページが転載している、という事実の方に興味を持ちました。この記事が、こういった娯楽目的の演目に対してまで政府の文化部門が審査のために介入することに対して、批判的な目で書かれているからです。「人民日報」ホームページの編集部門の中にも、こういった「検閲」のやりすぎについて疑問を持っている人がいることを示していると思ったからです。

 この「山寨春節晩会」は一部の人が期待しているような、党や政府の政策をパロディ化したものとか、暗に党や政府の政策を批判するようなことはもともと想定しておらず、純粋に中央電視台の「春節晩会」はマンネリを打破して、自分たちでもっと面白い企画をやりたいと考えた人たちによる演出だったようで、この件はそれ以上、大きな話にはならなかったようです。

 ただ、中国では、多くの人の間に、何でもかんでも「検閲」が掛かる、という現在の体制に対する不満がだんだん高まってきているのではないかと私は思っています。

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2009年1月10日 (土)

2009年1月第一週の中国の新聞の注目記事

 最近、中国の新聞は結構元気です。「ここまで書いていいのか」といったところまで書く記事が多く見られます。私もじっくり読んでみたい記事はたくさんあるのですが、全部読んでる時間もないので、記録しておく価値のありそうな記事の見出しとポイントだけ書いておきます。

(参考1)「南方周末」2009年1月8日号1面トップ特集記事
「三鹿(メラミン粉ミルク事件)発覚までの隠された10か月」
http://www.infzm.com/content/22472

 三鹿乳業のメラミン入り粉ミルク事件の裁判(2008年12月31日に公判が開かれた)で明らかにされた詳細な時系列を基に、2007年12月に消費者から粉ミルクに関する疑義が提示されてから、2008年9月13日にこの事件が明るみに出るまでの動きを詳細に報じています。この裁判については、既に日本でも報じられていますが、2008年8月1日に三鹿乳業として原因がメラミンであることを確定した後、生産は停止したものの、オリンピックの直前で三鹿製品に対する評判が落ちることを心配した会社幹部はこのことを秘密にしておいた、というものです。

 8月2日と8月29日には石家庄市政府には報告したものの、石家庄市政府も有効な手段を講じず、上部機関への報告も行わなかったとのことです(この件で石家庄市関係者では党委員会書記から副市長に至る幹部が現在調査を受けています)。

 「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)が入手した8月2日と8月29日の三鹿乳業から石家庄市政府への報告書の中には「メディアに対する監督とコントロールを行って社会によくない影響を与えないようにして欲しい」との要請が書かれていたとのことです。

(参考2)「南方周末」2009年1月8日号「評論」欄「方舟評論」
「胡錦濤と馬英九には一緒にノーベル平和賞を受賞して欲しい」(本紙評論員・曹辛)
http://www.infzm.com/content/22427

 中身はタイトルを読んで字のごとしです。今、馬英九氏は中国国民党の代表ではなく、住民選挙で選ばれた「台湾当局」の「総統」です。「ひとつの中国論」を逸脱していないので中国政府の方針に反した評論ではありませんが、中国の新聞でここまで馬英九氏を持ち上げて書くかね、と私は感心しました。

(参考3)「経済観察報」2009年1月12日号(1月10日発売)Naition欄
「還郷(ふるさとへ帰る)」~冬眠(中国語で「蟄伏」)~
http://www.eeo.com.cn/eeo/jjgcb/2009/01/12/126941.shtml

 経済危機により失業して故郷に帰る農民工や請け負い工事担当者、展覧会関連業者、石炭業者、不動産業者などに関する特集記事です。ネット上の記事には書いてありませんが、紙面上には「農民工は旧正月より前倒しで帰郷し、請け負い工事業者、石炭販売業者、不動産リース業者、展覧会業者らは、この経済の温度により、自ら主導的に、あるいはそうすることを迫られて冬眠(中国語で「蟄伏」)している。この静かな春は一体いつまで続くのだろうか。」との頭書きが付いています。「蟄伏」の後は「啓蟄」(けいちつ:春になって虫たちが土の中から顔を出すこと)が来ることを意識した表現だと思います。

 「人民日報」や「中央電視台」では、「故郷に帰った農民工は、新しく創業したり、職業訓練を受けたりして頑張っている」という「明るいニュース」ばかりですが、経済専門紙たる「経済観察報」としては、「事実」を書かざるをえないのでしょう。日本の新聞などには、2009年は中国に危機が訪れる、といった警告を発する論調がよく載りますが、基本的に中国国内の有識者の認識(そしてたぶん党中央・中央政府の幹部の認識)も同じだと思います。

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2009年1月 8日 (木)

ある観光塔は「折騰」の典型

 先頃、建設途中で計画が中止になった重慶市にある観光塔が爆破され取り壊されました。

(参考1)「中国中央電視台」ホームページ2009年1月6日08:54アップ記事
「重慶の『三峡明珠観光塔』が破壊された」
http://news.cctv.com/china/20090106/101892.shtml

 「三峡明珠観光塔」は、主要部の高さ92メートルの観光用の塔で、一番上の部分に回転式の展望台が付く予定になっていた建物です。建設費3,500万元(4億9,000万円)が費やされた建設プロジェクトで、2005年の春節(旧正月)前の竣工を目指して2004年3月に工事が開始されました。しかし、この2005年4月に突然建設が中止され、その後3年半にわたって放置されてきました。結局、工事は完成しないまま、このたび破壊された、というものです。

 この「三峡明珠観光塔」について、1月7日の「北京青年報」は、「これこそ『折騰』の典型だ」と指摘しました。「折騰」とは、胡錦濤総書記が昨年12月18日の改革開放30周年記念式典で「不動揺、不懈怠、不折騰」(「動揺しない、怠けない、むちゃなことをしない」というのが最も適当な訳のようです)として使った言葉です。

(参考2)「新華社」ホームーページ2009年1月7日10:14アップ記事(「北京青年報」からの転載)
「『三峡明珠観光塔』は『折騰』の典型だ」
http://news.xinhuanet.com/comments/2009-01/07/content_10616849.htm

※「折騰」の意味については、このブログの2008年12月26日付け記事
「胡錦濤総書記の謎の言葉『不折騰』」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-2c5d.html
を参照してください。

 地方政府の幹部は、自分の在任中に行った業績を誰が見てもわかるように、何か目立つものを作りたがります。そういう目立った建物などの建設プロジェクトは中国では「イメージ・プロジェクト」と呼ばれています。((参考1)の記事では中国語で「形象工程」と言っています)。

 結局「三峡明珠観光塔」は完成することなく、建設費の3,500万元はムダになってしまったわけですが、中国各地でこういったムダな投資が行われていると言われています。胡錦濤総書記は、こういったことを止めさせよう、と訴えたのだと思います。

 世界的金融危機に対する対応として、昨年11月、中国政府は4兆元(約56兆円)に及ぶ景気刺激策を発表しましたが、今、この景気刺激策のかなりの部分のお金がまた「イメージ・プロジェクト」として消費されてしまうのではないか、という懸念が生まれています。選挙や自由な報道のない中国では、地方の党・政府の幹部がこういった「イメージ・プロジェクト」へ走るのは簡単です。誰も批判する人がいないからです。中央はこういった「イメージ・プロジェクト」をやらせないように監視していますが、広い中国のことですから、目が届きません。「イメージ・プロジェクト」を請け負う建設会社等は地元の有力企業であることが多いですから、これらの地方の有力企業と地方の党・政府の幹部が結託すれば、「イメージ・プロジェクト」はすぐに生まれてしまいます。

 投資効果のない「イメージ・プロジェクト」は、将来の中国に財産として残ることなく、単に一部の建設業者の(そして多くの場合、地方の党・政府の幹部の)懐を肥やすことだけで終わってしまいます。2010年末までの間に使われる4兆元の景気刺激策が、本当に有効なプロジェクトに使われるのかどうか、それをどうやってチェックしていくのか、これから2年間が中国の将来へ向けての正念場になると思います。

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2009年1月 6日 (火)

「なぜマルクス主義堅持なのか」に対する答

 ひと月ほど前、「なぜ今も中国共産党なのか」という極めて「敏感な」質問に対して真正面から答えようとしている「人民日報」の記事が載ったことをこのブログに書きました。

(参考1)このブログの2008年12月8日付け記事
「『なぜ今も中国共産党なのか』に対する答」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-f9f3.html

 ところが年が明けて、2009年最初の月曜日の1月5日付けの「人民日報」では、同じような試みとして、「なぜマルクス主義を指導的地位に堅持しなければならず、なぜ指導思想の多元化を図ってはならないのか。」と題する議論の特集記事を掲載しました。

(参考2)「人民日報」2009年1月5日付け記事
「なぜマルクス主義を意識形態領域の指導的地位に堅持しなければならず、なぜ指導思想の多元化を図ってはならないのか。」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-01/05/content_169978.htm

 ここに掲げられているいろいろな方の上記の質問に対する答としての主張のポイントを掲げると以下のとおりです。

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○中国社会科学院マルクス主義研究院党書記・教授の侯惠勤氏:

 マルクス主義を指導原理にしなければ労働者階級が抱える問題点に対処していくことができないから。

○北京大学マルクス主義学院教授のイェン志民氏(「イェン」は「門」がまえの中に「三」):

 マルクス主義を意識形態領域の指導的地位として堅持することになったのは、人民による歴史的な選択だった。マルクス主義の指導により、新中国の建設は成し遂げられ、改革開放も進められた。もし、マルクス主義の指導的地位が弱くなって、我々が動揺し、指導思想が多元化したら、思想の混乱と社会の動揺、民族の分裂からついには国家の解体を招きかねない。ソ連と東ヨーロッパの激変は、ひとつの悲痛な教訓である。

 ただし、マルクス主義を意識形態領域の指導的地位として堅持することは、他の多様な社会的思想を排除することであってはならない。マルクス主義自身、ドイツの古典哲学やイギリスの古典政治経済学、フランスの空想社会主義等の思想の成果を吸収して成立したからである。

○教育部トウ小平理論及び「三つの代表」重要思想研究センター副主任・教授の田心銘氏:

 労働者階級運動は、絶対多数の人々が参加し、絶対対数の利益を図る運動であり、その労働者階級を代表する科学理論がマルクス主義だからである。マルクス主義は、人民の根本的な利益を意志を代表し、人民を前進させる方向を指し示す科学理論だからである。

 もし、マルクス主義による指導がなかったがら、13億の中国人民が団結するための共同の価値の追求もできなくなり、人々の心は分散し、社会は混乱する。最終的には、国家の分裂、民族の解体に繋がり、かつての中国のようにバラバラで、外国からの屈辱を受けるような局面を招きかねない。だからこそ、我々はマルクス主義を堅持し、マルクス主義を発展させていかなければならないのである。

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 上記のような考え方が「なぜマルクス主義を意識形態領域の指導的地位に堅持しなければならず、なぜ指導思想の多元化を図ってはならないのか。」という質問に対する「答え」として、ストンと納得できるものであるのかどうかについては人によって違うと思います。また、そもそも現在の中国が採っている政策はマルクス主義本来の姿からは完全に外れている、と考える人もいると思います。しかし、「人民日報」がまたこうした疑問に真正面から答えようとしていることは評価すべきなのでしょう。「人民日報」がこういった疑問に率直に答えようとする紙面構成をすることが多くなったことは、こういった疑問を持つ人が多くなった、と「人民日報」自身が認識していることの現れ、と捉えるべきなのかもしれません。

 いずれにせよ、「なぜ今も中国共産党なのか」「なぜマルクス主義を指導的地位に堅持しなければならず、なぜ指導思想の多元化を図ってはならないのか。」という問いは、2009年を通じて、あるいは2009年を起点としてこれ以降継続して、常に問われ続ける問いとなるでしょう。今までは「まずはとにかく経済成長を図り、人民の生活を一定水準に上げ、外国に負けないだけの国力を得ることが第一であり、そういった疑問に対する答えを考えるのは後回し」と考えられてきました。しかし、中国が「世界の工場」としての世界の中で重要な地位を築き上げ、史上最大規模のオリンピック大会を立派に成功させ、世界的金融危機においても中国の対応が世界に大きな影響を与えるようになった今、今後の中国が進むべき道について中国の人々が自ら納得してその力を十分に発揮するために、既にこれらの問いに対して真正面から答えるべき時期に来ていると思います。

 なお、この日の「人民日報」の特集記事面では、張栄臣という人による「不動揺、不懈怠、不折騰」と題する解説記事も載っています。この解説記事では、「不折騰」については、「論争しない、というのは私のひとつの発明だ。論争しないのは、時間を無駄にしないで仕事をするためだ。論争を始めればすぐ複雑になり、時間を消費してしまって、何も成し得なくなってしまうからだ。」というトウ小平氏の言葉を引用して、「だから現在の中国においては『折騰』を起こしてはならないのだ」と主張しています。つまり、この「人民日報」の解説では、「折騰」とは「思想的にぶれる」とか「路線について不要な論争をする」といった意味で捉えているようにも見えます。

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2008年12月29日 (月)

山西省の政治協商会議主席交通事故死の疑惑

 今年10月に行われた第17期中国共産党中央委員会第3回全体会議(第11期三中全会)で、前山西省長の于幼軍氏が中央委員を解任されました(党籍は剥奪されず「監察処分」となった)。この決定は10月12日に行われたのですが、その前日の10月11日、山西省の政治協商会議主席の金銀煥氏(女性)が交通事故に遭って死亡しました。

(参考1)「新京報」2008年10月13日付け記事
「山西省政治協商会議主席、交通事故で死亡」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/10-13/008@023839.htm

※「政治協商会議」とは、中国共産党以外の民主党派(「共産党の指導」を受けることを前提に活動が認められている政党)等が作る会議で、中国共産党が作る政策について意見を具申することができます(ただし決定権はない)。中国政治協商会議は、中華人民共和国の建国時、共産党以外の党派や知識人の意見を集約し中国共産党が「反国民党」の立場で全中国をまとめるために作られました。中央に全国組織がある(主席は政治局常務委員序列ナンバー4の賈慶林氏)ほか、各地方にそれぞれの地方政府レベルに応じた地方組織があります。山西省政治協商会議主席は、政治協商会議の山西省の地方組織のトップです。

 山西省政府のトップはもちろん省長ですが、山西省政治協商会議主席も政策決定権限はないとは言え、山西省の政界ではトップクラスの有力者です。このため、山西省政治協商会議主席の交通事故死のニュースを聞いたとき、前山西省長の中央委員解任決定とのあまりのタイミングの一致に、私は「単なる交通事故ではないのではないか」との疑問を感じました。また、于幼軍氏が中央委員の解任が三中全会の結果を伝える「公報」の中の一項目としてわざわざ明記されていたことから、そもそも于幼軍氏の中央委員解任劇には何かウラがあるのではないか、とその時私は思ったのでした。

 その後、中国国内の一部の新聞で、山西省政治協商会議主席の交通事故死の疑惑について調査中、との報道がちょっと出たりしましたが、「何が疑惑なのか」については、全く情報がありませんでした。

 ところが、12月28日付けの「人民日報」ホームページの記事(「山西日報」の記事を転載したもの)では、この金銀煥氏が事故死した交通事故を起こした件について、山西省の忻州市政治協商会議副主席の李毅氏とその運転手の李志富氏に対する裁判が開廷したことが報じられており、その中で「疑惑の中身」についても触れられていました。

※忻州市政治協商会議は山西省政治協商会議主席の下部の地方組織です。

(参考2)「人民日報」ホームページ2008年12月28日14:32アップ記事(山西日報からの転載記事)
「山西省忻州市政治協商会議職員が運転する車が起こした交通事故で省の政治協商会議主席が死亡した件に関する裁判が開廷」
http://society.people.com.cn/GB/8590577.html

 この記事によるとこの「交通事故」のあらましは以下の通りです。

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○山西省忻州市政治協商会議副主席の李毅氏は、自分が運転する車で山西省政治協商会議主席の金銀煥氏の載った車の右側を併走していた時、車線変更しようとしてコントロールを失い、李毅氏が乗った車の左側と金銀煥氏が乗っていた車の右側とが接触し、金銀煥氏の乗っていた車は反対車線に飛び出して横転した(中国では車は右側通行)。金銀煥氏と同乗者一人の二人は病院に運ばれた後死亡し、もう一人の同乗者も怪我をした。李毅氏は、車線変更時に安全を十分に確認しなかったこと及び彼の身体的条件が「車両運転免許証取得と使用に関する規則」に違反していたことにより、この交通事故の全責任は李毅氏が負うべきものであるものと認定された(金銀煥氏側の車に責任はないことが認定された)。

○李毅氏は事故発生の約50分後、自分の運転手の李志富氏に現場へ行かせ、事故の責任を李志富氏にかぶせ、警察当局に対して車を運転していたのは李志富氏であるとして事故の経緯について虚偽の説明をした。

○李毅氏はその後拘束され、「中国共産党規律違反条例」及びその他の関連法令により起訴された。
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 上記記事では、この案件はあくまで「交通事故」としてだけ述べられており、李毅氏が金銀煥氏に危害を加える意図があったのかどうか、なぜ事故時に忻州市政治協商会議副主席李毅氏の運転する車が山西省政治協商会議主席の金銀煥氏が乗る車のすぐ隣を走っていたのかについては、何も述べていません。これらの点が今後裁判の中で明らかになるのかどうかについても、何も述べていません。

 ただ、上記の事情を見たら、この交通事故の起きたタイミング(事故が起きたのが党中央で前省長の于幼軍氏の中央委員解任が決定する前日であること)と山西省政治協商会議は忻州市政治協商会議を監督する立場にある上部組織であることを考えるとき、ますますこの交通事故が「単なる偶然による交通事故」であるとは考えられなくなってしまいました。この交通事故は、山西省の政界を巡る何かの「どす黒い動き」による「事件」なのではないか、と思えてきます。

 この事件が「人民日報」ホームページに掲載されていることを考えると、党中央は本件を問題視し、きちんと処理しようとしている姿勢が伺えます。しかし、李毅氏の意図はどこにあったのかや李毅氏の背後に誰か「黒幕」がいるのかどうか、など、は今後も明らかにされない可能性があります。前省長の于幼軍氏は、党中央で中央委員を解任されたのですから、もしこの交通事故に「黒幕」がいて、その「黒幕」が党中央に関係している人だったりしたら、これは相当に大きなスキャンダルになる可能性があります。日本ならば、この手の「疑惑」は、週刊誌メディアなどが騒ぎ立てますが、中国にはそういうメディアがないので、このまま疑惑は解明されないまま終わる可能性が大きいと思います。

 山西省では、昨年(2007年)6月に明らかにされた拉致した労働者やこどもを奴隷のように働かせていた「悪徳レンガ工場事件」や相次ぐ違法炭坑での炭坑事故など問題が頻発しています。違法鉱山の鉱滓体積場が崩壊して200人以上の人が死亡した事件については、省長げ責任を取らされて解任されています。

(参考3)このブログの2008年9月22日付け記事
「社会的事件と担当する行政トップの辞任」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/09/post-5218.html

 于幼軍氏は、昨年6月の「悪徳レンガ工場事件」が起きたとき山西省長でしたが、この事件では辞任しませんでした。それどころか、その後、中央政界に戻って、文化部副部長となり、中国共産党の中央委員になっていました。

(参考4)私のブログの2007年6月23日付け記事
「悪徳レンガ工場事件で山西省長が謝罪」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/06/post_d370.html

 一方、「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)の12月25日号では2008年に起きた3つの記者の拘束事件についてまとめて報じていますが、この3件のうち2件は山西省における事件を追っていた記者が拘束された案件です(残りの一件は遼寧省の案件=このブログの2008年1月7日付け記事で紹介した案件)。

(参考5)「南方周末」2008年12月25日号記事
「今年は『記者の拘束』が頻発、いずれも背後に疑惑の案件がある」
http://www.infzm.com/content/21691

 こういう周辺状況からすると、山西省は中央からの統制が届かず、省の党や政府が地元の公安当局と「グルになっていて」ほとんど「独立王国のような状態」になっているかのように見えます。

 胡錦濤総書記が最近「不折騰」(「寝返りを打つ」「いじめる」などの意味)という言葉で警告を発しているのは、地方の党組織・政府機関・公安当局・大手企業が全て癒着して「既得権益マシン」と化していて地方政府の内部でのチェック機能が働かず、地方の党と政府が強権を発動して人民を苦しめているような状況(あるいは環境汚染や労働者の就業状態などの面で違法状態にある企業を見て見ぬふりをしている状況)は、人民からの反発を呼び、中国共産党の危機を招く、と認識しているからでしょう。「人民日報」のホームページが山西省政治協商会議主席の交通事故死に関する裁判を伝える「山西日報」の記事を転載したのも、党中央のこうした危機感の表れだと思います。

 中国政府は11月に世界経済危機に対応して2010年末までに4兆元(約56兆円)にも上る大規模な景気刺激策を打ち出しました。こうした大型の景気刺激策が動き出すと、またぞろこういった地方の「既得権益マシン」が動き出して景気刺激策プロジェクトによる利益を独占する危険性が強くなります。多くの中国人民は、こういった「既得権益グループ」の動きに対し、胡錦濤総書記が強力なリーダーシップを発揮して、断固対処して欲しいと思っていることでしょう。もし胡錦濤総書記が断固たる処置を採れば、中国人民は大いに胡錦濤総書記を支持しバックアップすると思います。「既得権益グループ」は、強力な「抵抗勢力」になると思いますが、そういう抵抗を乗り越えて、本当の「改革」を進めて欲しいと思います。

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2008年12月27日 (土)

「南方周末」笑蜀氏の「不折騰」論

 12月18日の改革開放30周年記念大会の「重要講話」の中で胡錦濤総書記が述べた「不折騰」という言葉について、12月25月号の「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)の「評論」特集の「方舟評論」という欄で、「南方周末」論説委員の笑蜀氏が評論を書いています。

(参考)「南方周末」2008年12月25日号評論
「一般庶民の日々の生活を『折騰』させては(寝返らせては)ならない」(原文)
http://xiaoshu.z.infzm.com/2008/12/25/%E4%B8%8D%E8%A6%81%E6%8A%98%E8%85%BE%E8%80%81%E7%99%BE%E5%A7%93%E7%9A%84%E5%B0%8F%E6%97%A5%E5%AD%90%EF%BC%88%E5%8E%9F%E7%89%88%EF%BC%89/

※上記のホームページ上の文章は「原文」であり、実際に紙面に掲載されている文章とは若干異なります。しかし、以下に掲げる議論のポイントは基本的にホームページ上の文章と紙面の文章とでは同じです。

 この中で、笑蜀氏はポイントとして次のように書いています。

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○唐や宋の最盛期は「不折騰」だった。即ち、権力は自分を制限し、国家は社会が進歩するのに任せ、社会の自由は拡大した。逆に秦や隋が短期間で滅亡したのは、権力の自己膨張により、朝廷が社会を侵犯した、別の言葉で言えば「折騰」したからである。

○1990年代以降が1980年代と異なるというのであれば、最も重要なのは発展方式が違うということだ。1990年代以降は、政府主導モデルが盛んになり、富や資源が政府に過度に集中し、権力が過度に政府に集中したのである。

○有効なコントロール機構が欠けている中、過度に強い政府は往々にして社会の自由を抑圧し、一般庶民の日々の暮らしの権利を抑圧したのである。つまり言い換えれば、一般庶民を「折騰」させる可能性を増大させたのである。

○このことは「改革」を変質させた。一部の場所では「改革」と「折騰」は同じ意味になった。国有企業の改革が必要だとなれば「管理者による購入」運動が起き「料理する人が大釜の飯を私的に独占してしまう」現象が起きる(注:国有企業資産の私物化のこと)。都市化が必要だとなれば、強制移転運動が起き、結果として政府は土地による暴利を独占する。彼らは往々にして戦車のように無情にも一般庶民の日常の暮らしを押し潰し、大量の社会矛盾と衝突を起こしているのである。

○一般庶民の日々の暮らしは社会安定の基盤であり、日々の暮らしを守ることは必須である。その意味で「高層」が明確に「不折騰」を提示したことは、特に大きく取り上げるべきだし、全力を上げて実現させるべきことである。

○最も重要なのは一般庶民に「折騰」に抵抗する権利を与えることである。「折騰」するコストが収益よりも高くなれば、「折騰」は自然と消えるのである。

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 「高層」とは、もちろん胡錦濤総書記のことです。これはやはり私が昨日のブログで書いたように、胡錦濤総書記が述べた「不折騰」という言葉は、強いメッセージなのだ、と笑蜀氏も考えたようです。

(参考2)このブログの2008年12月26日付け記事
「胡錦濤総書記の謎の言葉『不折騰』」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-2c5d.html

※「不折騰」の意味については、上記(参考2)の記事を御覧下さい。

 この「不折騰」という言葉を巡る議論は、今後とも目が離せそうにありません。

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2008年12月26日 (金)

胡錦濤総書記の謎の言葉「不折騰」

 去る12月18日に現在まで続く改革開放政策を決めた中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議(第11期三中全会)の開催から30周年を記念する「改革開放30周年記念大会」が開かれました。この会議で、胡錦濤総書記・国家主席が「重要講話」を行いました。この「重要講話」の内容は、「これからも中国の特色のある社会主義の道に従って改革開放路線を進む」「西側諸国のような三権分立制度は絶対に導入しない」といったことで、今までと路線の変更は全くないことを示すもので、その意味では、新しい部分はありませんでした。

 しかし、この胡錦濤総書記の「重要講話」の中でちょっと気になるくだりがありました。「我々は、動揺せず、怠けず、寝返りを打たずに改革開放の推進を堅持し、中国特色のある社会主義の道を進むことによってのみ、大きな計画を成し遂げ目標を達成することができるのである。」と述べた部分です。この部分が、今、中国のネットワーカーの間で話題になっています。「動揺せず、怠けず、寝返りを打たず」の部分は、中国語では「不動揺、不懈怠、不折騰」となっています。「動揺」「懈怠(けたい:なまけること)」は日本語でも使われるように、中国語でも普通に使う言葉なので誰も不自然には感じませんでしたが、「折騰」という言葉は、この種の演説には使われない言葉なので、多くの人が違和感を感じたようです。

(参考1)「新華社」ホームページ2008年12月18日15:06アップ
「胡錦濤総書記の第11期三中全会開催30周年記念大会での講話」(7分割のうちの第6部分)
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-12/18/content_10524481_5.htm

 辞書で調べると「折騰」と言う言葉は、「寝返りを打つ」という意味ですが、ほかに「いじくり回す」「むやみなこと(無茶なこと)をする」「苦しめる。痛めつける」という意味があるほか「身悶(もだ)えする」という意味でも使うようです。胡錦濤総書記が何を言いたかったのかは、今ひとつハッキリしません。胡錦濤総書記の重要講話は基本的に前々日と前日に「人民日報」に掲載された「任仲平」署名の評論記事の内容を踏襲したものになっています。しかし、「人民日報」の「任仲平」署名の評論記事には「不折騰」という言葉は登場していません。

※「任仲平」とは特定の人物ではなく「『人』民日報『重』要『評』論」の意味を持つグループによる集団討議の結果書かれる評論です(「任仲平」は「人重評」と中国語では同じ発音)。

(参考2)このブログの2008年12月16日付け記事
「『人民日報』の改革開放30周年評論(前半)」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/30-3c83.html

(参考3)このブログの2008年12月17日付け記事
「『人民日報』の改革開放30周年評論(後半)」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/30-b9ef.html

 12月22日付けの「新華社」ホームページに掲載された解説では、「不動揺、不懈怠、不折騰」という言葉は、胡錦濤総書記が警鐘を鳴らすために述べた言葉であり、改革開放30年の経済成長の中で、驕りたかぶってはならない、保守的で新しいものを受け入れようとしないような態度を取ってはならない、と述べたものなのだ、としています。

(参考4)「新華社」ホームページ2008年12月22日08:13アップ解説
「不動揺、不懈怠、不折騰」(動揺せず、怠けず、寝返りを打たず)
http://news.xinhuanet.com/theory/2008-12/22/content_10539949.htm

 一方、12月26日付けの「中国青年報」に掲載された陳季冰という人が書いた評論では「『折騰』とは無計画に激しい方法で現在の体制を変えようとすることである。」と解説しています。

(参考5)「中国青年報」2008年12月26日記事(「新華社」ホームページに転載されたもの)
「時事評論:改革開放では、いかにして寝返りを打たないことを確保するか」
http://news.xinhuanet.com/politics/2008-12/26/content_10560041.htm

 さらに、この評論では、ポイントとして次のように述べています。

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○「不折騰」の主語は誰なのか。筆者のような庶民からすると、今日は仕事を辞め、明日は不動産や株式市場の売買で金儲けし、あさってには別の都市に引っ越してしまうような人が、一種の「折騰」(寝返りを打つ)人だと思えてしまう。その人がただの個人なら問題はないが、区、市、省の政府の人だったら影響は大きくなる。

○功名心に走り、大きなことをして手柄を立てようとする地方政府の「折騰」については、やればやるほどその程度が激しくなっているところが少なくない。

○ここで言う「不折騰」の主語は政府と考えるべきだろう。ただ、当然のことながら現状を変えようという政府の努力を全て「折騰」と見てはいけない。政府が行う行為を「折騰」なのか、「創新」(イノベーション)なのかを見極めなければならない。その見極めをする方法は、人類の経験からすると二つある。一つ目は、ふさわしい政府職員を選抜して政府が「折騰」しないようにさせることであり、二つ目は、一般庶民による政府に対する強力な監督体制を作ることである。明らかに後者の方が根本的な解決策である。職員にしろ、政府にしろ、世界の中で誤りを犯さない者などないのだから。

○もし一歩譲って、大多数の民衆の見方が誤っていて、政府の中に卓越した素晴らしい見識を持つ職員がいる、という状態が常に存在している、と仮定したとしても、それでも政府は、政策を進めるためには、「民衆の考え方は遅れている」とか「民衆の観点は狭い」として民衆の意見を反映しないようなやり方をすれば、政府の政策は進めるに当たって大きな困難を招くだろう。胡錦濤総書記は、講話の中で、政策は「人民が支持しているかいないか」「人民が賛成するか不賛成なのか」「人民が喜ぶのか喜ばないのか」「人民が了承するのかしないのか」を出発点とすべきだ、と述べている。

○「不折騰」の実現を保証するためには、民主政治を強力に進めて政治体制改革を進めることが必須である。政府は、真に法律に基づいて人民が付与した権力を行使し、人民による監督と審査を受けなければならないのである。

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 もし、胡錦濤総書記が「不折騰」という言葉を、この「中国青年報」の評論の筆者である陳季冰氏が考えるような意味で使ったのであれば、胡錦濤総書記は、権力を傘に人民の意向を聞かずに強引に政策を進める地方政府の行為を民主的な方法によって人民の手で監督して縛って「不折騰」(寝返りを打たない)ようにすべきだ、と主張したことになります。「中国青年報」は、共産主義青年団(共青団)の機関紙であり、共青団出身の胡錦濤総書記とは近い関係にあると言われています。従って、上記のような想像は、あながち的はずれではない可能性があります。

 「人民日報」の評論の中では使っていなかった「不折騰」という言葉を胡錦濤総書記が改革開放30周年記念大会の重要講話の中で使った、というのは、意外に強力なメッセージだったのかもしれません。「人民日報」の「任仲平」署名の評論は、多くの人が討論して何回も書き直して作る文章なので、地方政府を民主的政治体制改革によって縛る、というようなメッセージは入れられなかったが、胡錦濤氏が総書記権限で書き込める自分の講話の中に自分の考えを「メッセージ」として埋め込んだ、と考えることもできると思います。

 もともと、胡錦濤総書記は、1987年1月に民主化を求める学生運動に理解を示していたとして解任された胡耀邦総書記(この方も共青団出身)を尊敬している、と言われています。そもそも今回の胡錦濤総書記の改革開放30周年の「重要講話」では、1987年の第13回党大会で趙紫陽総書記が提唱した「社会主義初級段階論(建国後100年程度(=2050年頃まで)は社会主義の初級段階が続く、という考え方)を繰り返し述べています。趙紫陽総書記も、1989年の「政治風波」の中で民主化を求める学生たちの動きを容認したとして失脚した人です。こういうことを考えると、何年か経ってみると、この「不折騰」という言葉は、複雑な党内情勢の中で胡錦濤総書記が自らのメッセージを込めた重要な言葉だった、と振り返ることになるのかもしれません。

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2008年12月23日 (火)

「南方周末」の改革開放30年記念特集

 「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)を含むいくつかのメディアを統括する「南方メディア集団」の江芸平副編集長が更迭された話は先日このブログで書きました。

(参考1)このブログの2008年12月14日付け記事
「2008年12月前半のできごと」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/200812-6baa.html

 江芸平副編集長が更迭された後に発行された「南方周末」の改革開放30年記念特集号(上)(2008年12月11日号)の状況については、上記の記事に書きました。改革開放30周年記念日である12月18日号の改革開放30年記念特集号(下)も、基本的にはこれまでの「南方週末」が持っていた方向性と基本的には変わっていないように私は思いました。

 この号の最初の特集は「改革の八賢」として改革開放に功績のあった8人の業績を紹介しています。その特集の最初に「常識に出会って春の花が開いた」と題する「南方周末」紙論評論員の郭光東氏の評論が載っています。

(参考2)「南方周末」2008年12月18日号評論
「常識に出会って春の花が開いた」(郭光東)
http://www.infzm.com/content/21342

 この評論では30年前の第11期三中全会の決定がそれまでの「文化大革命」の誤りを正し、「常識」を引き戻した、と書いています。改革開放30年を振り返る評論としては、普通の論調ですが、その表現は結構辛辣です。例えば、いくつかのポイントを挙げれば以下のとおりです。

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○あの当時(注:文化大革命の時期)の人々は、穀物や野菜には関心がなく、社会主義の草は要るけれども、資本主義の苗は要らないと言っていた。天と闘うこと、地と闘うこと、人と闘うことに陶酔し、毎年毎年、毎月毎月演説し、毎日毎日階級闘争をやっていた。あの当時の人々は偉大な指導者を頂いており、英明な指導者はどんな親しい人よりも大事だと思っていた。

○あの当時も人々は盲従していたわけではなかったけれど、「文革は左の誤りだ」「個人崇拝はおかしい」といった本当のことを言った張志新は、無惨に喉を切られて虐殺された(注:張志新は、文革当時遼寧省党委員会宣伝部にいた女性幹部。林彪・江青らの文革グループを批判して逮捕され1975年に死刑となった。改革開放後の1979年に名誉回復された)。当時の指導的立場にいた良識を持った人たちも、打倒されるのを避けられず、家族もひどい目に遭った。あの時は最高指導者の言葉の一言一句は真理だったので、最高指導者の決めたことや指示に対しては人々は従わなければならなかった。

○これがずっと続いていたら今の中国はある隣国の現状のようになっていただろう(注:「ある隣国」とは北朝鮮のことを指すことは明らか)。それを思うと、30年前に中国の命運を変えた元勲の方々には敬意を表して、し過ぎることはない。

○とは言え、当時の元勲の方々の理念が崇高だったわけではない。彼らは、単に「貧しいことが社会主義ではない」「『一切は階級闘争のためにある』というようなことをこれ以上続けたら地球上に居場所がなくなってしまう」と思っただけなのである。彼らの経験から、国があのような状態を続けたら、政府幹部から一般人民に至るまで、全ての人の人権がなくなってしまう、と思っただけなのである。これは、ごく普通の一般の人が考えていた明白な常識であった。彼らは常識を捨て去ってはならないと決めたのである。

○人類の社会生活において最も貴重なのは、偉大な人物の著作でもなく、指導者の演説でもなく、ごく普通の人の常識なのである。トウ小平氏は、政策は「人民が賛成するかしないか」「人民が喜ぶかどうか」で決めよ、と述べた。これこそが「常識に従え」ということなのである。

○常識を敵とするような政策決定には大きな代価が付いてくる。我々は今年が「大躍進政策」50周年であることを忘れてはならない。指導者の一声で、人々は、イギリスを超えよう、アメリカを超えようと頑張り、資源を消耗させ、数千万人の餓死者を出すという悲劇的な人類史上最大の飢饉をもたらしたのである(注:毛沢東の提唱で1958年に始まった「大躍進政策」は、その後の3年間、農業生産の停滞を招き、自然災害とも相まって、極端な食糧不足を招いて数千万人の餓死者を出したと言われている)。

○改革開放は常識への回帰をもたらした。しかし、改革開放の過程でも、まだ「もうちょっと計画経済を強めよう」「もうちょっと市場経済を強めよう」という議論にさらに10年余の時を要した(注:1980年代及び1989年の事件の後1992年にトウ小平氏が「南巡講話」で市場経済化を進めようと方向性を定めるまで、保守派と改革派の間で市場経済化の程度に関して議論が続いたことを指す)。

○この30年の「中国の奇跡」はまさに「常識の勝利」なのである。しかし、まだ改革は終わってはいない。我々は再び常識に戻り、改めて常識から出発しなければならない。経済、政治、民生、文化等多くの領域で改革を進めるには、その根本にある多くの迷信を捨て去り、一般大衆の常識を集めてそれを広めなければならないのである。多くの常識を集める方法は、即ち、一人一人の個々人が自分の意見を言うことによって物事を議決するシステムを作ることである。これが社会生活における最大の常識なのである。

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 現在の改革開放政策は「文化大革命は大きな誤りだった」「1958年の大躍進政策や文化大革命の発動など毛沢東主席も晩年にはいくつかの誤りを犯した(しかし、革命を勝利に導き新中国を成立させたという点で、総合的に見れば毛沢東主席の功績は極めて大きい)」という認識からスタートしています。従って、上記の評論は、現在の党指導部の考え方からずれていません(だから出版されることを許されたわけです)。ただ、最後の一文は、議会制民主主義を確立せよ、それが世界の常識なのだ、という主張にも見えるので、現在の中国の「枠」から一歩踏み出していると思います。

 いずれにしても、上の評論の表現は、一般市民向けの新聞に載る文章としてはかなりハッキリしたことを書いていると思います。文化大革命に関する記述しかり、大躍進に関する記述しかりです。名指しこそしていませんが、大躍進期や文化大革命の時期の毛沢東主席の位置付けをハッキリ批判的に書いてあるのも印象的です。改革開放初期(1980年代)には、学者の書いた専門的な本などにはこういう表現はあったろうと思います(当時の新聞は今ほど自由には文章を書いていなかった)が、1989年の事件以降、党の求心力を維持するために毛沢東主席のカリスマ性に頼る傾向がある現在の中国共産党のやり方からすると、結構、突っ込んだ表現だと思います。しかも学者の専門書ではなく、一般市民が気軽に買って読める新聞にこういった表現が出てくることに時代の流れを感じます(副編集長が更迭されても「南方周末」は何も悔い改めてはいない、ということなんでしょう)。

 なお、この号の「南方周末」で取り上げている「改革の8賢人」の中には胡耀邦元総書記が含まれています。先日このブログのひとつ前の発言の「改革開放30周年記念日が終了」で書いたように、商務部や中国共産党対外宣伝弁公室等が主催している「中国対外開放30周年回顧展」では、胡耀邦氏は全く無視されていました。客観的に言えば、改革開放を進めた功労者の中に胡耀邦氏が入るのは当然です。ただ、さすがに「南方周末」とは言えども、趙紫陽氏(元総理、元党総書記)を「改革開放の貢献者」としてピックアップすることはできなかったようです。趙紫陽氏は1989年の事件の処理を巡って失脚した本人ですからね。その意味では、まだ「南方周末」と言えども1989年の事件を客観的に論じることはできない、ということなんでしょう。

 (参考1)で書いた12月11号の「南方周末」では一時的に消えていた「時局・天下」「評論(自由談など)」の特集ページは、12月18日号では元に戻っています。副編集長の更迭は内容の変更には影響がなかったようです。(読者に見えないところで、ではいろいろな葛藤があるのかもしれませんが)。いずれにしても「南方周末」の切れ味が落ちていなくて安心しました。たぶんこれからも毎週買って読むと思います。

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2008年12月21日 (日)

改革開放30周年記念日が終了

 2008年12月18日は、改革開放政策を決めた中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議(第11期三中全会)から30年目の日、ということで記念式典が行われ、胡錦濤中国共産党総書記・国家主席が重要講話を行いました。

(参考1)「新華社」ホームページ2008年12月18日15:06アップ
「胡錦濤総書記による党の第11期三中全会30周年記念大会での講話」
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-12/18/content_10524481.htm

 講話の内容は、「今後も中国の特色のある社会主義の路線を守って、改革開放を進めていこう」ということで、新しい内容を含むものではありませんでした。前々日と前日に「人民日報」に載せられた「任仲平」署名の論評と同じ路線と言ってよいと思います。

(参考2)このブログの2008年12月16日付け記事
「『人民日報』の改革開放30周年評論(前半)」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/30-3c83.html

(参考3)このブログの2008年12月16日付け記事
「『人民日報』の改革開放30周年評論(後半)」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/30-b9ef.html

 私としては、30年を回顧する中で、1989年の事態をどのように捉えるのか、に関心がありました。今回の胡錦濤総書記の講話では、「東ヨーロッパの激変」「ソ連の解体」「厳しい国内の政治風波」などを例に挙げて、これらに対して党と人民が心を一つにして対処してきた、と述べています。1989年の事態に触れているのはここだけです。「国内の政治風波」という表現で触れていますが、胡錦濤主席が1989年の事態に触れることはこれが初めてではなく、2004年8月22日に開かれたトウ小平氏生誕100周年記念大会での演説の中でも同じような表現で述べているとのことです。

(参考4)「MSN産経ニュース」上の伊藤正(産経新聞中国総局長)「トウ小平秘録」
「第1部:天安門事件(2)格差と腐敗の中華振興」
http://sankei.jp.msn.com/world/china/070216/chn0702160357022-n1.htm

 一方、昨日(12月19日)から12月30日までの予定で、北京市内で「中国対外開放30周年回顧展」が開かれています(主催は、中国商務部、中国共産党対外宣伝弁公室、中国共産党中央分権研究室、新華社通信社)。この回顧展は、商務部の主催なので、この30年間の対外貿易や中国国内の経済の発展などが展示の中心なのですが、展示の導入部分のところに30年間の大きな流れを解説する部分ばあります。この導入部では、この30年間を三つの部分に分けて説明しています。第一は「トウ小平の時代」で1978年から1980年代の部分、第二は「江沢民の時代」で1989年~2002年までの部分、第三は「胡錦濤の時代」です。

 第一の部分で、1989年に関する部分としては、1989年6月9日(事態平定の5日後)にトウ小平が首都戒厳部隊幹部に接見した時の写真が掲げられており、トウ小平氏がこの時「中国は鎖国してはならず、鎖国政策はわが国にとって極めて不利になる」と述べたとの解説があり、トウ小平氏は、一貫して改革開放路線を推進してきたことを強調しています。この展示で、1989年6月に北京に戒厳令が敷かれていたことはわかるのですが、それ以上の情報はこの展示を見ただけでは何もわかりません。

 そのほか、1980年代の部分では、改革開放を進めるべき、とするトウ小平氏のいろいろな場面での発言が紹介されています。一方、1987年の第13回党大会で「中国は現在社会主義の初級段階にあり、改革開放を進め、対外的な経済的交流を進めなければならない」とする初級段階論が打ち出されたことも紹介されています。この「初級段階論」では、「社会主義の初級段階は少なくとも中華人民共和国建国後100年間(つまり2050年頃まで)続く。その間は発展のための努力を続けなければならない」とされており、(参考1)で述べた今回の講話の中で胡錦濤総書記も同じことを言っています。

 1987年の第13回党大会で「社会主義初級段階論」を打ち出したのは当時党書記だった趙紫陽氏でした。しかし「中国対外開放30周年回顧展」の展示では、現在の胡錦濤総書記も踏襲している「社会主義初級段階論」の路線を打ち出したのが誰なのかの説明が全くありません(トウ小平氏の発言については、発言を掲げた後「~トウ小平~」と書いてあり誰の発言であるのかを明確にしてあるにも係わらず、です。この「回顧展」では、1980年代のいろいろな写真が展示されていますが、趙紫陽氏(国務院総理、1987年1月以降は党総書記)や胡耀邦氏(1987年1月まで党総書記)の写真は全くありません。胡耀邦氏は、1986年末の学生運動に対する対処が適切でなかったとして1987年1月に失脚し、趙紫陽氏は1989年の戒厳令が敷かれた事態に対する対処が適切ではなかったとして失脚しているからです。

 というわけで、胡錦濤総書記の講話でも、「中国対外開放30周年回顧展」の展示でも、「政治風波があった」「首都に戒厳令が敷かれていた」ということは示されていますが、それが何であって、何があったのか、その過程でどういう人物がいたのか、については全く触れていません。胡錦濤総書記の講話でも「30年周年回顧展」でも、トウ小平氏、江沢民氏(党総書記、国家主席)の功績については触れていますが、1989年の事件の以前の党と国家の指導者であった胡耀邦氏、趙紫陽氏には全く触れておらず、まるで1980年代には党の総書記も国務院総理もいなかったかのような扱いです。

 何か問題があるのであれば「こういう問題があった」と批判的立場から回顧することも可能だと思うのですが、そうではなく「全く触れていない」のです。当時を知らない今の若い人たちは、これをどう感じるのでしょうか。

 なお、「中国対外開放30周年回顧展」は入場無料ですが、入り口のところで身分証明書のチェックがあります。身分証明書を提示すると、無料の入場券をくれるのです。ショッピング街の中にある展示場でやっているのですがガラガラでした。

 来年は1989年の事件から20年目の年であり、また中華人民共和国成立60周年の記念の年でもあります。過去の歴史の大きな事件について「触れない」「触れはするけれども何も説明しない」という態度(これは「何もなかったことにする」という態度に通じます)がどこまで通用するのか、党や政府のそういった態度を中国の人々がどう思っているのか、2009年はその答のひとつが現れる年になるかもしれません。

 改革開放30周年記念の行事が終わったことで、本当にいろいろなことがあった中国の2008年もいよいよ終わりです。静かな年の瀬になることを祈りたいと思います。

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2008年12月17日 (水)

「人民日報」の改革開放30周年評論(後半)

 昨日に引き続き今日(12月17日)も「人民日報」1面の下の方に「任仲平」署名の評論が載っていました。

(参考)「人民日報」2008年12月16日付け1面評論
「歴史的契機が我々の把握を待っている~改革開放30周年に際して(下)~」(任仲平)
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-12/17/content_159030.htm

 この評論では、ちょうど改革開放30周年のタイミングで世界でも経験したこのとのない強烈な金融危機が中国にも襲い掛かっていることに対して、果敢に立ち向かって行こう、と呼びかけています。

 この評論では、18世紀半ば、西洋諸国からの武力による衝撃によって中国五千年の歴史の中での近代化が始まり、100年にわたる苦闘の末、新中国が成立し、中華民族を復興させるひとくぎりの偉大な革命が達成された、としています。そして、改革開放の道を開いて「中国の特色のある社会主義」の道を歩んできた、一定の水準の安定した生活を得るまで十数年にわたり奮闘し、近代化の基本を実現させるにはなお数十年必要だとしています。また、確固たる発展した形の社会主義制度を確立するには数世代必要であり、十数世代ないし数十世代にわたって努力を続ける必要がある、としています。

 1987年の第13回中国共産党第13回全国代表大会で、当時の趙紫陽総書記が「中国は今まだ社会主義の初級段階にあり、この段階は建国後約100年間(つまり2050年頃まで)続く」との現状認識を示しましたが、上記の評論の認識も基本的にそれと同じ認識に立っています。

 第13回党大会の時、私は北京に駐在していて当時の趙紫陽総書記の演説を「そんなもんかもしれないなぁ。中国は変化するのに時間が掛かるからなぁ。」と思っていました。ただ、その時は2050年までまだ60年もあったので「そんなもんかなぁ。」と思っていたのですが、現在までにそれから既に20年が経過しました。しかし、中国は確かに経済発展はしましたが、社会的構造の面ではほとんど変わっていないと私は思っています。趙紫陽総書記が語っていた2050年まで、あと40年ちょっとしかありません。今まで20年間の変化のペースのままでは、2050年までには「社会主義の初級段階」は終わらないのではないかと思います。

 上の「任仲平」氏の評論は、「社会主義制度の確立には数世代必要であり」と言っていますが、その次の十数世代、数十世代にわたって努力を要する期間は社会主義制度が続くのかどうかについては言及していません。そんな先のことはわからない、ということなのでしょう。ですから、2040年~2050年頃以降の中国がどうなっているのか、を頭に想定しつつ、今から何をしていく必要があるのか、を考える必要があるのだと思います。

 転載と削除が繰り返されている「ネット上の文書」は、「最終的な絵姿」が書いてあるだけで、そこまでに至る過程をどうするか、については何も書かれていません。ほんとうはその「過程」が大事なのであって、どういう「過程」を採るのか、は大いに議論をする必要があります。「過程」を議論するためには、まずその先の目標をどうするのか、について議論する必要があるのですが、現時点では、その最終目標のひとつの考え方が「削除」の対象になっていて、議論の俎上(そじょう)に上げることができないのが現状です。そうした状態なので「過程」の議論ができない、というのが最も大きな問題なのだと思います。

 実際に中国が変わるのは、数世代先、つまり2040年~2050年頃の話だと思いますので、そこにどういう将来像を描くか、そこに行き着くまでにはどういう「過程」を通るべきか、について、今から少なくとも議論はしていかないと、中国は時代の流れに取り残されてしまうのではないかと私は心配しています。

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2008年12月16日 (火)

「人民日報」の改革開放30周年評論(前半)

 今日(12月16日)付け「人民日報」の1面の下の方に出た「任仲平」という署名入りの「30年の変わらぬ時代の呼び声~改革開放30周年に際して(上)~」と題する評論が掲載されました。

 「任仲平」とは特定の人物ではなく、「人民日報」が重要な論評を書くときのペンネームだと言われています(「『人』民日報『重』要『評』論」の『 』内の3文字は中国語で「任仲平」と発音が同じ)。(なお、「人民日報」には、似たような署名として「仲祖文」(「中国共産党『中』央『組』織部『文』章」)というペンネームの文章が載ることがあります)。

(参考1)「人民日報」2008年12月16日付け1面評論
「30年の変わらぬ時代の呼び声~改革開放30周年に際して(上)~」(任仲平)
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-12/16/content_158571.htm

 この論文は「世界的金融危機により、従来の自由資本主義の見直しが議論される中、「中国モデル」に注目が集まり、「中国の特色のある社会主義」に対する評価が行われている、というところから書き始めています。

 評論のポイントは以下のとおりです。

○この30年間に最も大きく変わったのは「人」であり、最も恩恵を受けたのも「人」であり、最も大きな原動力を発揮したのも「人」であった。農村経済は活性化し、数年で「何とか食っていける」状態に達し、労働者には週休二日制が普及し、権利が社会の基本的話題となり、村民委員会で直接選挙が実施され、戸籍制度の殻が破れて全国的な人口の大流動が起こり、この「人民共和国」において、個々人に対する変化がだんだん具体化されてきているのである。

○30年経ち、多くの問題も生じている:貧富の格差、都市と農村の格差、雇用問題、社会保障問題・・・。今は当初の頃の「一部の人が先に豊かになってよい」という時代から「パイをいかにして分配するか」という公平主義と社会の和諧促進の問題が重要な時代になってきた。

○商鞅(秦の官僚)の改革、王安石(宋の時代の官僚)の改革、戊戌の改革(1898年:清末の改革)は短い時間で終わりを告げ、改革者は流血と生命の代価を支払った。それに対して、20世紀、1970年代末から始まった現在の中国の未曾有の新革命では、終始、執政党の強力な指導により、その堅牢な政治的保証を利用して、30年を「一気呵成」にことを動かしてきた。

○30年の改革開放は、中国共産党の執政方法にも巨大かつ深刻な変化をもたらしてきた。30年の政治文化の一歩一歩の歩みは、全て執政党としての自己完全化の歩みでもあった。

○30年を顧みれば、「価格制度の難関突破」「経済の『軟着陸』」「『ソ連・東欧の激変』」「『八九風波』」「アジア金融危機」「世界的金融危機という津波」...といった一連の重要な歴史的難関に対して、中国共産党は、歴史に対して責任を負い、人民に対して責任を負う、という勇気をもって、全力をもって改革開放の船を進めてきている。著名な中国問題の専門家で元在中国ドイツ大使のコンラッド・セイツ氏(音訳)は、「中国が、次々と現れる悲観主義者たちに反駁し、様々な問題に立ち向かってこられた原因は、中国には強力な指導者層がいたからだ。」と指摘している。

○改革開放は、いまだかつて誰も経験したことがない、まだ完成していない道である。様々な歴史的要素が変化する中で我々が選択し終始変化させずに堅持しなければならない道とは「党と人民とが心をひとつにして、時代の流れに順応して改革開放を進め、行く先を完全に正しい方向に向け、結果に対する不寛容な態度を避け、停滞と後退には出口がないことを理解すること。」である。改革は未だ終わっていない。中国はまだその途上にあるのである。

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 上記評論の中にある「この『人民共和国』において・・・」という部分は、最近ネットに掲載され、人々による転載と当局やネット管理者による削除との「いたちごっこ」状態となっている文書の中にこういった表現があることから、この「人民日報」の評論もそのネット上の文書を意識して書かれたのかもしれません。

※「ネット上の文書」については、このブログの12月14日付け記事「2008年12月前半のできごと」の(3)を御覧ください。

(参考2)このブログの2008年12月14日付け記事
「2008年12月前半のできごと」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/200812-6baa.html

 また上記評論の過去のいろいろな問題点を振り返る部分では「八九風波」について言及しています。私は昨年4月北京に再び駐在するようになってから、基本的に毎日「人民日報」には目を通しているつもりですが、私が知る限り「人民日報」の紙上でどういう表現の仕方をするにせよ「八九風波」について言及したのを見たのは初めてです。(新華社ホームページの「資料」のページには以前から「1989年の政治風波」として載っていました。また、「新京報」や「経済観察報」では「政治風波」という呼び方で時々登場します。先日(2008年12月1日号)の「経済観察報」では「1989年春夏之交」と表現されていました。)

 1989年の事件については、従来は日本語のウィキペディアでは1976年に起きた「四五」(第一次)の方は見られたのですが、1989年の方のはアクセスしようとするとウィキペディアへの接続が遮断されるというアクセス規制が掛かっていました。しかし、先日(12月1日に)試しにアクセスしてみたら、北京からも見ることができるようになっていました。来年は20周年になりますので、少し扱いが変わってきているのかもしれません。

 この「任仲平」評論は、あたかも12月8日に「人民日報」の編集部が提示した「なぜ」に対する「人民日報」なりの答になっているのではないかと思います。

(参考3)このブログの2008年12月8日付け記事
「『なぜ今も中国共産党なのか』に対する答」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-f9f3.html

 この「任仲平」評論が述べている「答」で、納得するかどうかは人によって違うと思いますが、「人民日報」が自ら「なぜ」という問い掛けを提示し、それに対する答となる評論を掲げていることは、ひとつはもちろん改革開放30周年のタイミング、ということもあるのでしょうけれども、やはり上に書いた「ネット上の文書」の存在が気になっているのではないかと思います。

 「ネット上の文書」については、人々による転載と当局やネット管理者による削除が繰り返されていますが、「文書」は単にひとつの「文書」であって、多くの人が思っていることを単に率直に文章にしただけのものにしか過ぎません。「人民日報」上で、自ら「なぜ」という問を発し、自ら答える論評を書いているのは、「人民日報」としても、「ネット上の文書」を削除したところで、「多くの人が思っていること」自体を消すことはできないことをよくわかっているからだと思います。もしそれがわかっているのだったら、きっと解決策は見付かる、と私は信じています。

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2008年12月14日 (日)

2008年12月前半のできごと

 ここのところいろいろな案件が起きているので、ここでまとめて書いてみたいと思います。

(1)南方メディア集団副編集長の更迭

 この件は中国の新聞では伝える記事を見ていませんが、12月5日香港発時事通信によると、私がよくこのブログで引用している「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)や「南方都市報」などの新聞を統括している南方メディア集団の副編集長の江芸平氏が更迭された、とのことです。今までこのブログでも何回も御紹介してきましたが、「南方周末」は、かなり突っ込んだ記事を書くことで有名であり、輸送費を掛けて北京に持ってきても売れる内容の新聞です。

 江芸平副編集長が更迭された後に制作された「南方周末」2008年12月11日号は、いつもと雰囲気ががらりと変わっていました。まず、それまでは新聞の標題が白地に赤く「南方周末」と書いてあったのが、12月11日号では赤地に白抜きで「南方周末」と書いてありました。

 内容も従来は以下のようなものでした。

【パートA】法治、特別報道
【パートB】時局・天下
【パートC】経済
【パートD】文化
【パートE】自由談

 最後の【パートE】は「方舟評論」という欄で「南方周末」紙の論説委員が結構辛辣な評論記事を書いていましたし、読者からの投書も載っていました。

 2008年12月11日号は「中国改革開放30周年記念特別編集(上)」ということで「三十而立」と題して、以下のような特別構成になっています。

【パートA】30年の各年を代表する人物にスポットを当てた特集記事
【パートB】経済:10名のビジネス啓蒙者にスポットを当てた特集記事
【パートC】文化(芸術、映画、演劇、音楽)、科学技術の30年を振り返る特集記事

ということで「時局・天下」を報じる部分と評論記事からなる「自由談」がなくなっています。たぶん「南方周末」社に聞けば「改革開放30周年の特集号だからいつもと違う編成なんだ」という答が帰ってくると思います(改革開放政策を打ち出した第11期中国共産党中央委員会第3回全体会議(第11期三中全会)が開かれたのが30年前の1978年12月で、今、改革開放30周年の時期に当たるのは事実です)。

 ということで、構成上は、かなり「圧力が掛かったな」という感じを受ける編成になっています。しかし、実は個々の記事を読んでみると、記事を書いている各記者は全然へこたれておらず、各記者の強い気持ちがにじみ出ている記事がたくさん掲載されています。

 例えば1面トップには、論説委員の「笑蜀」氏が書いた文章が載っています(この論説委員の名前は、もちろんペンネームでしょうが、三国志に出てくる劉備玄徳が抱いていた大望、即ち蜀(四川省)を得て漢を復興させようという「望蜀」を考えると、かなり皮肉なペンネームです)。この「笑蜀」氏の文章は、相当に意味深長なことを述べています。ポイントを示すと以下のとおりです。「笑蜀」氏に聞けば、「そんな意味は含んでいない」と否定すると思いますが、私には、あたかも下記の(3)で述べる案件と相通ずるような主張を感じました。

(参考1)「南方周末」2008年12月11日号
「再び人に戻り、再び人から出発する」(笑蜀)
http://www.infzm.com/content/21045

-「南方周末」2008年12月11日号1面の「笑蜀」氏の文章のポイント(始まり)-

・改革開放が進展したのは、当時、多数の「普通の人」を解放したからだ。一端、抑圧と屈辱の中から人々が解放されると、その創造力と進歩に対する激情は最大限にほとばしり出て、人々が奇跡を起こすことすら不可能ではなくなったのだった。

・改革開始によって、国民が歴史の主体としての位置に戻ったのである。古い革命幹部が受益しただけではなく、知識階級が受益し、社会の最先端を行く人々が受益し、ごく普通の以前だったら「貧しい人々」と呼ばれていた人たちも受益したのである。これが30年の改革の原点である。

・この改革の原点は、また新しい改革、即ち「最後の30年」の起点でなければならない。

・現代史を振り返ると、おおよそ200年がひとつの単位となっている。フランス革命によって蒔かれた自由・平等・博愛の精神の種は、ちょうど200年を経て普遍的価値となった。歴史家の唐徳剛は、中国も現代史のモデルに習うことになる、と述べている。つまり、アヘン戦争から200年後、即ち2040年までに歴史のボトルネック(原文は「歴史的三峡」)を抜ける、と述べている。200年間の苦闘の結果は、これからの「最後の30年」によって得られるのである。

・改革30年の成果には大きなものがある。しかし、権力が改革をねじ曲げ、改革を曖昧なものにし、改革を論争の種にし、看過できない事実をももたらしている。改革の精神は改革を必要としている。改革の様々な異質化を真正面から見つめなければならず、改革の中における何千万、何億の「普通の人々」の悲しみと喜び、血の涙を正視しなければならない。

・改革とは誤りを修正することである。新しい改革は、その意味するところの原点に戻らなければならない。権利システムの調整を通して、国民の心の中に国家を再建することに対する同意を与え、それによって我々の国家を真に道徳感を招き寄せうる国家にしなければならない。四川地震の救援に対して全国の人々の心がひとつになったように、全民族の力量をもって、現在直面している困難に共同して立ち向かわなければならない。そうすることにより、我々は最終的に歴史のボトルネック(「歴史的三峡」)を通り抜け、広大で穏やかな太平洋に流れ入ることができるのである。

-「南方周末」2008年12月11日号1面の「笑蜀」氏の文章のポイント(終わり)-

 さて、この号の「南方周末」では、改革開放30年の各年を代表する人物について述べていると上に書きました。一番気になる1989年の部分ですが、当然のことながら「1989年の政治風波」については何も書かれていません。

 「1989年を特徴付ける人物」で取り上げているのは、1989年3月26日に自殺した海子という詩人です。この年の特集記事のタイトルは「海子:ひとつの自由で苦痛に満ちた声が静寂に帰した」となっています。そして「理想主義の1980年代が終わった」と書かれています。

 そしてこの1989年に関する記事の最後には次の一文が載っています。

「海子は、1980年代の最後の年に自殺した。欧陽江河氏は『彼はやがて来る消費時代の到来を予感していたのかもしれない。来るべき時代は、散文的で、自嘲的で、逆説的な風刺による、身体で表現する言語の時代だったのだ。』と語った。そして、この海子の死と引き替えに、海子のような作風と海子の時代の夢が終わった。」

 この特集記事では「1989年の政治風波」については何も語っていませんが、貧しくとも未来への発展の夢があった1980年代後半を北京で過ごした私は、この特集記事の筆者(南方周末の楊継斌記者)に大いなる共感を覚えます。

(参考2)「南方周末」2008年12月11日号「改革開放30年の各年を代表する人物」
「【1989】海子:ひとつの自由で苦痛に満ちた声が静寂に帰した」
http://www.infzm.com/content/21075

(2)「新京報」による「上訪者が精神病院に入れられた事件」の報道

 この件は、日本の報道機関でも伝えられたので、御存じの方も多いと思います。

 「上訪」とは中国独特のシステムで、地方政府の横暴に苦しむ住民がその地方政府の上部機関へ(例えば、市や県の政府に苦しめられている人は省の政府へ、さらに最終的には北京の中央政府へ)訴える制度です。いわば日本の江戸時代にあった「直訴」のようなもものです。省の政府や北京の中央政府には、この「上訪」を専門に受け付ける部署があります(中央政府の場合、この受付窓口は「国家信訪局」といいます)。

 12月8日号の「新京報」は、「核心報道」として2面にわたり、強烈なレポート記事を掲載しました。内容は、今年10月、山東省新泰市の住民が北京に来て「上訪」しようとしたところ、拘束されて、強制的に新泰に連れ戻され、「新泰精神衛生センター」に入院させられて、強制的に「治療」を受けさせられた、というものです。この記事では、こういったことが2004年から繰り返し行われてきたことを明らかにしています。

(参考3)「新京報」2008年12月8日付け記事「核心報道」
「上訪者が強制的に精神病院に送られている」
http://www.thebeijingnews.com/news/deep/2008/12-08/008@021055.htm

 このレポートは内容的には非常に衝撃的なものです。一方、そういった衝撃的なルポルタージュが中国の新聞に堂々と掲載され、現在もネットで見ることができる、ということも画期的なことです。(こういった記事は「新京報」が北京の新聞だからできるのであって、地元の山東省の新聞だと、地方政府の「指導」がありますから、こういった記事は載せられないと思います)。

 この「新京報」の記事が「人民日報」に政治システムに関する記事が載ったのと同じ日に掲載された、というのは何か関連があるのでしょうか。おそらくこれら一連の記事は12月10日の「世界人権デー」にちなんで記事にした、と考えるのが自然かもしれません。

(参考4)このブログの2008年12月8日付け記事
「『なぜ今も中国共産党なのか』に対する答」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-f9f3.html

(3)「例の文書」のネットへの掲載

 そして、これが最近起きた一連の事態の中で、最も衝撃的な出来事でした。日本でも報道されているので御存じの方も多いと思います。本件は、中国国内では極めてセンシティブな(敏感な)事項であるので、北京にいる私としては「例の文書」とだけ書いておきます。「例の文書」の正式名称は「零戦」「八方」「憲男」「章節」の前の文字を組み合わせたもの(四文字)です。前の二文字は、もちろん算用数字を使うこともありあます(何のことかわからない方は、この「四文字」を日本語の検索エンジンで検索してみてください)。

 この文書がネット上で発表されたのは12月9日とされていますが、日本の報道機関が報道したのは12月10日でした。私はたまたま12月11日まで東京におり、12月11日に東京から北京へ移動したので、本件に関するネット上での取り扱いについて、東京にいた時と北京に来てからとの違いを体験することができました。

 東京では当然のことながら自由にネットを見ることができましたが、北京に来ると以下の点がわかりました。

○本件記事を掲載しているBBCホームページ中国語版が、本件記事だけではなく、ページ全体がアクセス禁止になっています。

(参考5)BBCホームページ中国語版
http://news.bbc.co.uk/chinese/simp/hi/default.stm

 このBBCホームページ中国語版は、長らく中国大陸部からはアクセス禁止状態にありましたが、北京オリンピック開始直前の2008月7月末にアクセスできるようになりました。従って、オリンピック前の状態に戻っただけなのですが、このアクセス禁止措置が今回の「例の文書」が出されたための措置であることは明らかです。

○中国語の検索エンジンで「例の文書」を検索すると、いくつかのページがヒットするもののほとんどが既にその内容は削除されています。しかし、ブログに転載されるなど削除されないで残っているものも一定の数あるので、探せば北京でも「例の文書」の本文を見ることは可能です。しかし、今日、「例の文書」の本文が見られたサイトでも、次の日になると削除されているケースが多いようです。しかし、どんどん削除されてはいるものの、どんどん転載もされているので、ネット上から完全に駆逐することは無理だろうと思います。

○人民日報のホームページにある掲示板「強国論壇」では、本件に関する直接の発言は載っていない(たぶん削除されている)のですが、明らかに本件文書を読んだと思われる人の発言が賛成・反対の立場ともに少数ながら載っています。反対の意見が載っている、ということは、反対の立場の人も文書の本文は見ている、ということなのでしょう。

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 これらの状況を見て私が感じるのは、「南方周末」の「笑蜀」氏が述べているのと同じです。即ち、ついに「最後の30年が始まった」ということです。これは1989年のように一時的な「政治風波」で終わるようなものではないと私は思っています。当局は、新聞の編集者の更迭やネット上の記事の削除やアクセス禁止措置でこれを抑え込もうとしているようですが、上記の「南方周末」の記事や、(3)の「例の文書」が次々に多数のブログに転載されている現状を見れば、もはや時代の流れを止めることは誰にもできないと私は思います。

 ただ、私が注意しなければならないと思うのは、今、世界的経済危機で、世界中の多くの人々が困難に直面しているということです。ことを急ぎ過ぎて社会的混乱を起こすことは、誰も望んでいない、ということです。私には、これから何が起こるのか、全く予想ができません。世界的経済危機が、これまで誰も経験したことのないものであるからです。また、中国で(3)の「例の文書」のようなものが広く知れ渡ったことも初めてのことだからです。さらに、中国は、新聞が(2)の記事のように使命感を持って記事を書くようになった時代を今初めて経験しているからです。私は、個々の人が、できるだけアンテナを広げて情報を収集し、自分でできる範囲のことを自分の判断でやっていく、という当たり前のことをする意外にこの予測不能な時代に対処する方法はないのだと思っています。

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2008年12月 8日 (月)

「なぜ今も中国共産党なのか」に対する答

 経済の自由化が進み、市場経済の下で大きな発展を遂げ、江沢民氏の「三つの代表」の理論により、中国共産党が労働者・農民(プレレタリアート)だけではなく、中小商工業者(プチブル)や企業経営者・資本提供者(ブルジョア)も含めて幅広い中国の人々を代表する、と宣言された今では、多くの中国の人々は「なぜ今のように経済発展が進んだ中国において中国共産党が唯一の執政党として全てをコントロールしなければならないのか。」という疑問を持っていると思います(中国共産党を批判することは中国国内では法律違反になるので、公の場では誰も口にしませんが)。

 ところが、この疑問に真正面から答えようとしているように見える論文が今日(12月8日)付けの人民日報に掲載されました。

(参考)「人民日報」2008年12月8日付け記事
「改革開放以来の我が国の多数党協力理論と政策における革新と発展」(改革開放30周年を記念して)(杜青林)
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-12/08/content_153525.htm

 この論文を書いた杜青林という人は全国政治協商会議副主席、中国共産党中央統一戦線部部長です。つまり、中国共産党と中国共産党の指導の下で活動をするという前提の下で活動を認められている中国の民主政党各派との協力関係を担当する責任者です。

 この論文の前に人民日報による「編集者の弁」が載っています。そこには「以下の疑問に答えるために、杜青林氏が論文を書いた。」という趣旨の導入文章が書いてあります。「編集者の弁」が掲げる疑問とは以下のものです。

・なぜ必ずマルクス主義を指導的地位に置かなければならないのか。なぜ指導思想の多元化を図ることができないのか。

・なぜ社会主義だけが中国を救い、中国の特色のある社会主義だけが中国を発展させることできるのか。なぜ民主社会主義や資本主義ではダメなのか。

・なぜ人民代表大会制度を堅持するのか。なぜ「三権分立」を目指すことはできないのか。

・なぜ中国共産党の指導の下での多数党の協力に基づく政治協商会議制度でなければならないのか。なぜ西側諸国のよう多党制を採ることができないのか。

・なぜ「公有制を主体として多種多様な所有形態が共存すること」を基本的な経済体制としてなければならないのか。なぜ「完全な私有化」あるいは「完全な公有化」を図る政策ではダメなのか。

 これらはまさに中国の政治が持つ最も根本的な「なぜ」なので、これに真正面に答える文章が「人民日報」に載ったのだとするとすばらしい、と期待して、本文を読みました。

 しかし、杜青林氏が書いた本文は、何が言いたいのかよくわからない、かなり難解な文章でした。私が判読する限り、杜青林氏が書いた文章の内容は、だいたい以下のようなものです。

○毛沢東の指導により今のやり方をやり始めて、それが中国の基本方針になった。トウ小平氏ら第二世代の指導者も、それに基づき、現実に合致する一連の政策を展開してきた。

○江沢民氏は、「三つの代表」の理論を提出し、中国の政治制度と政党制度を考える上での判断基準を提唱した。その判断基準とは以下の観点に基づくものである。それらの判断基準を用いて、科学的に分析すれば、現在の中国が採用している「中国共産党の指導の下での多党制」が優れており、西側諸国のような多党制と議会制度を用いるべきではないことがわかる。

(1) 社会の生産力の持続的発展と社会の全面的進歩を促進するかどうか、という観点。

(2) 中国共産党と国家の活力、社会主義制度の特長及び有利な点を保持できるかどうか、という観点

(3) 国家の政治的安定性と社会的安定と団結を保持できるかどうか、という観点

(4) 幅広い人民の根本的な利益を守ることができるか、という観点

○胡錦濤氏も、現在の制度を堅持すべき、と主張している。

 ということで、「人民日報」編集部が「編集者の弁」で述べている明確な「なぜ」の質問に対して、杜青林氏が書いた本文は、少なくとも私が読解できる範囲では、明確な答になっていません。江沢民氏が提唱した、判断基準は、この「なぜ」を考える上で重要な観点ですが、ここでは「観点」だけが書かれており、それぞれの観点からどのようにして判断結果が導き出されたのか、という肝心の「答」が書かれていません。しかも、観点(2)は「中国共産党ありき」「社会主義ありき」の観点になっていて、「判断基準としての観点」にはなっていません。極めて論理的な思考をする中国の人々に対しては、杜青林氏の論文は「答」として満足を与えることはできないと思います。

 観点の(1)(3)(4)を結び合わせて、社会の発展のためには、政治的混乱を防ぎ、社会の分裂を避けることが不可欠であり、そのためには中国共産党の求心力によって政治をリードしていくことによってのみ社会の発展は可能であり、そうすることにより、結局は広範な中国人民の利益を守ることにつながるのだ、だから今の制度が正しいのだ、と主張するのならば、それはそれで説得力はあると思います。もしそうならそうハッキリ書いた方がわかりやすかったと思います。(ただし、この主張は、強力な執政党が政治をリードすべきだ、という論理の答にはなりえても、その強力な執政党がなぜ中国共産党なのか、他の党ではなぜダメなのか、という質問に対する答えにはなっていません)。

 答はハッキリせず、私としてはこの論文を読んでも、全くスッキリしなかったのですが、「人民日報」が「編集者の弁」で述べた重要な5つの「なぜ」という質問を提示したことは、私は評価すべきだと思います。まず明確な疑問点を提示することが議論の出発点だからです。

 最近の「人民日報」が、改革開放30周年を記念して、答をハッキリ書かないながら、こういった問題点を正面から取り上げている態度には好感が持てます。改革開放30周年というタイミングもあるのだと思いますが、厳しい金融危機・経済的不振の中で、多くの人民の不満を吸い上げる努力をしないと大変なことになる、という危機感が背景にあるのだと思います。こういった「人民日報」が提示する「なぜ」に基づいて、幅広い、忌憚のない議論が行われ、その中から少しでもよい解決策が見いだせればよいなぁ、と私は思います。長い歴史の蓄積を持ち、教育程度も高い中国の人々ならば、きっとよい解決策が見つけることができる、と私は信じています。

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2008年12月 5日 (金)

「人民日報」上での政治の民主化を巡る議論

 テレビでアメリカの大統領選挙を巡る喧噪(けんそう)を見たり、モンゴルで選挙の後に暴動が起こったとか、ジンバブエで選挙の結果が確定せずに政治的不安定な状況になった、とかいうニュースを見て痛感するのは、世界人口の5分の1を占め、国連の常任理事国である中国で選挙が行われていない、という事実です。前にも書きましたが、現在の全国人民代表大会の議員(人民代表)を選ぶ選挙は、何層にも繰り返し間接選挙を繰り返すこと、立候補にいろいろな制限があること等から、外国の人はもちろん、中国の人々自身も「選挙」だとは思っていません。1990年前後から最も下の地方組織である村民委員会では、一部で村民による直接選挙が行われていますが、村民委員会は権限が非常に小さく、いわば「町内会」のようなもので、これをもって「中国で選挙が行われている」という主張は、中国政府自体、あまり胸を張って言うことはしていません。

 ただ、中国の政治の民主化について多くの外国の人が誤解しているのは、中国共産党中央が住民による直接選挙の導入を阻止しようと考えている、という認識です。中国共産党は、広大な国土と膨大な人口を持つ多民族国家である中国をまとめるために「中国共産党による指導」ははずすことはできない、と考えていますが、住民による直接選挙は導入すべきではない、と考えているわけではない、と私は見ています。むしろ、党中央は、地方政府の乱脈振りをコントロールするため、地方政府レベルでの選挙を何らかの形で導入すべきではないか、と模索しているように見えます。住民による直接選挙に抵抗しているのは、党中央ではなく、住民による直接選挙で権限を奪われる恐れがある地方の党や政府の幹部とそれと結託した地方の企業・有力者だと思います。

 党中央が「民主化」をひとつのキーワードにしていることは、昨年(2007年)10月の第17回党大会での胡錦濤総書記の報告の中で「民主」という言葉が67回も登場したことでもわかります。

(参考1)このブログの2007年10月19日付け記事
「党大会後の民主化の具体化はどうなる?」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/10/post_7250.html

 今までこのブログでも時々書いてきましたが、「新京報」や「経済観察報」といった市井の新聞はもちろん、時々、「民主化」の問題は中国共産党の機関誌「人民日報」でも取り上げます。一昨日(12月3日)の「人民日報」にも、民主化についての特集記事が載っていました。

(参考2)「人民日報」2008年12月3日付け記事
「中国の民主化は増量方式で(注:「少しずつ」の意味)発展している」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-12/03/content_150525.htm

 この特集記事は、中国共産党中央編成局副局長で北京大学中国政府イノベーション研究センター主任の兪可平氏に対するインタビュー記事です。この記事のポイントを掲げると以下のとおりです。

記者:最近、杭州での地下鉄工事現場崩落事故や甘粛省リュウ南市(リュウは「こざとへん」に「龍」)での群衆争乱事件などが、発生後すぐにメディアで報じられた。このようなことで普通の人々は中国における民主化が発展している感じているのではないか。

(参考3)甘粛省リュウ南市の群衆争乱事件については、下記のこのブログの2008年11月25日付け記事「世論のリーダーになりつつある中国の新聞」を参照のこと
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-6a7a.html

兪可平氏:2007年に国務院が政府情報公開条例を制定するなど、行政情報の公開と政治の透明度の推進を進めてきた。情報の公開は民主政治の重要な一面だ。

記者:30年来、中国経済は巨大な発展を遂げたが、中国の民主化の程度は経済発展とアンバランスであり、「片方の脚が短く、片方の脚が長い」状態であると言っている人もいる。

兪可平氏:それは一種の誤解と偏見だ。一部の人には西側の多党制・全国民による普通選挙制度・三権分立を基準に考える傾向があるが、まだ改革時期にある中国の政治を見て、中国の改革は経済体制の改革だけで、政治体制の基本は変化していないと認識しているのだ。政治体制は、市場経済の発展に応じたものでなければならない。中国においても、もし民主政治の発展がなかったら経済の長期的発展はあり得ない。しかし、中国においては、政治体制の経済発展に対する役割が、西側の国々より大きいことを考えなければならない。

兪可平氏:西側の基準から簡単に中国を見てはならない。中国の民主化の進展は、中国の長い歴史の中で見なければならない。例えば、中国数千年の封建社会の中において、人民が統治者に物申すことがあっただろうか。現在はそれができ、法律制度による保護もある。現在の中国の法治制度はまだ不完全なものであるが、その目標を定めてその方向に進んで行きさえすれば、大きな前進が得られるだろう。

記者:中国の民主化の観点から見て、何が重要だと思うか。

兪可平氏:民主政治の成果を得ることと経験を積むことだ。制度と実践の進展は簡単に言えば7つの方向性がある。即ち「党と国家の適度な分離」「公民社会の実現」「法に基づく政治と完備された法律体系の整備」「直接選挙の拡大と地方における自治範囲の拡大」「行政情報の公開と政治の透明性の推進」「行政サービス型政府の確立と行政サービスの質の改善」「公聴会制度、協議制度、政策決定の民主化」である。

記者:重慶でのタクシー・ストライキにおいて重慶市党委員会の薄熙来書記が前面に出てタクシー運転手たちや市民代表と話し合った。これは公衆の参与を拡大させたのではないか。

(参考4)重慶市のタクシー・ストライキについては、下記のこのブログの2008年11月6日付け記事「重慶市のタクシー・ストライキ」を参照のこと
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-9f93.html

兪可平氏:その通りだ。政府は政策を決める際に公衆の意見を聞き、公衆を参与させる方法を講じなければならない。公衆の参与は民主政治の核心問題のひとつである。公衆の参与は公衆の権利の実現の方法であり、公的権力の乱用を防止し、社会の和諧(協和)と安定を促進する。

記者:中国にはネット・ユーザーが2.53億人いる。ネット上でのネット・ユーザーの発言を見る幹部が多くなっている。これも公衆の参与の新しい道筋ではないのか。

兪可平氏:公衆の参与の仕方には異なる多くの種類の方法があってよい。

記者:さらに公衆の参与を拡大するにはどうしたらよいのか。

兪可平氏:公衆参与の問題についてはよく注意して対処する必要がある。ひとつは公衆の側に参与したいという意欲がない場合、ひとつは公衆の意欲は強いがそれを実現する合法的な方法がない場合である。公衆の権利を守り、かつ政治的安定性を維持し、社会の和諧(協和)を促進するためには、参与の方法を広げると同時に、参与行為に関する規範を作る必要がある。

記者:中国の民主化は上から下へ推進すべきだ、と言う人がいる。まず政治のトップレベルから民主化を進めることによってこそ、健全な民主化が進むのではないか。

兪可平氏:「維新変法」(注:清朝末期の1898年の政治改革)や「辛亥革命」(注:1912年に清朝を終焉させ中華民国を樹立させた革命)など、中国では何回も「上意下達の民主政治」が試みられた。その経験からすれば、中央集権の伝統の長い大国において民主化を進めるためには、上下結合こそが正しいやり方だ、ということだ。上下がお互いに動くことが必要であり、「下から上へ」と「上から下へ」とが同時に進行しなければならない。

兪可平氏:基層民主(末端の地方レベルでの民主)と党内民主が現段階における中国民主政治の二つの大きな重点であり突破口である。基層民主が全ての民主政治の基礎である。党内民主は権力の核心部分の民主である。

記者:基層民主については、中国は大きな成果を上げてきたのではないか。

兪可平氏:その通りである。1998年に村民委員会組織法が制定され、国家の権力機関が扱わない農民事務を行う村の幹部は村民の自由選挙で選ばれている。2007年末までに61.3万の村民委員会が設立されている。

記者:党内民主については、一般庶民は幹部選抜任用の過程に関心を持っている。

兪可平氏:差額選挙(定員より多い立候補者による選挙)が党内民主の重要な指標のひとつである(注:一般の国では選挙と言えば複数立候補が当然だが、中国では従来は定員と同数の立候補者による信任投票だった)。1987年の第13回党大会で初めて「差額選挙」が行われた。2007年の第17回党大会では、中央委員会委員、中央委員会委員候補、中央規律委員会委員は全て「差額選挙」の結果選ばれた。地方幹部についても「差額選挙」で決まるケースが段々多くなっている(注:この場合の幹部選挙は住民による選挙ではなく、地方の党員による選挙のこと)。

記者:人々の民主化に対する期待は高い。政治の民主化が一気に進むことを期待している人もいる。

兪可平氏:「ローマは一日にして成らず」である。中国の民主化の発展は「増量方式」(少しずつ量を増していく方式)となるだろう。中国の民主政治の速度と程度は、社会経済体制と経済発展レベルと一致させるようにしなければならない。

記者:「増量方式の民主化」ということには多くの人が関心を持つと思うが、具体的にはどうしようと考えているのか。

兪可平氏:中国の民主政治は次の三つの線路に沿って前進するだろう。
第一は、党内民主である。唯一の執政党である中国共産党が党内民主を拡大することにより、全社会の民主化を進めることになるだろう。
第二は、基層民主から高いレベルへの民主への段階的な進展である。重大な改革は基層レベルで試験をし、段階的に高いレベルへ進めていくことになろう。
第三は、少数による競争から段々と多数による競争に持っていくことである。

記者:その過程で、西側諸国の民主政治の発展モデルを中国が活用することの意義についてどう考えるか。

兪可平氏:民主制度には、普遍性と特殊性との両方の性質がある。アメリカは国土面積は中国とほぼ同じだが、人口は何分の一にしか過ぎない。文化伝統も国情も違うので、民主化のモデルも異なる。中国の民主化では、中国共産党による指導を堅持し、人民を主体とし、法による国の有機的統一を図ることが原則である。ただし、我々は、西側諸国における優秀な政治文明の成果も含め人類が共同で築き上げてきた文明の成果を排斥してはならない。「民主」という言葉は外来の言葉だが、最近、中国の行政で使われる「公聴会」などの言葉もみな西側から学んだものである。

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 最近の中国の新聞の論調からすると、上記のような記事が「新京報」「南方周末」「経済観察報」等に載っていてもさほど驚きませんが、中国共産党の機関誌であり最も公式な新聞である「人民日報」の記事としては、結構、突っ込んだことを言っていると思います。この記事では、重慶市のタクシー・ストライキや甘粛省リュウ南市の群衆争乱事件にも言及しており、民主化を進めて一般大衆の不満をうまく吸収するシステムを作らないと、むしろ社会の不安定化に繋がる、という党中央の危機感が感じられます。西側のシステムをどのように参考にするのか、という点については、先日、政治局常務委員(序列4位)・政治協商会議主席の賈慶林氏が司法改革について語った下記の言葉のトーンとはかなり異なる印象を受けます。

「改革は、絶対に中国の特色のある社会主義政治の発展の路線を踏み外すものであってはならず、党の指導を堅持し、人民の問題を処理することを主とすることと法により国を治めることを統一したものにしなければならない。人類の法治文明の優秀な成果を用いることが必要だが、絶対に西側の政治制度や司法制度のモデルをそのまま持ち込んだりしてはならない。」

(参考5)上記の賈慶林氏の発言については、このブログの2008年11月30日付け記事「どうする中国の司法制度改革」を参照のこと
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-1e8d.html

 上記の「人民日報」の記事でもあまり歯切れよくズバリとは言っていませんが、地方政府の乱脈振りを監督・監視するため、党中央では、末端地方レベル(市・県とその下の鎮レベル)の党や政府の幹部に対して、住民による選挙を導入したいのではないか、と私は思っています。ただ、上から強圧的に選挙制度を導入しようとすると、地方の党・政府幹部による強い抵抗が予想されるので、まずは一般大衆も読んでいて、日頃から「模範とすべし」とされている「人民日報」にこうした記事を載せて、いわば「ジャブ」として、党内で議論を起こさせ、党内世論を収れんさせよとしているのではないか、と思っています(半分、私の「期待」が入っていますが)。

 ただ、村民委員会での直接選挙制度が導入されて以来、既に20年が経過しているのに、現実的な政治の民主化の程度は全く進展していません。「人民日報」がこうした「政治の民主化」というテーマを真正面から取り上げた意義は大きく評価しなければならないと思いますが、2008年になっても、まだ「ジャブ」を出す程度のことしかできないのだったら、現実的な民主化はあと30年以上経たないと実現しないのじゃないかなぁ、と思えてしまいます。

 中国は巨大な象のようなものであり変化するには長い時間が掛かる、と昔から言われてきました。急激な変化が起きて、社会が混乱することは、中国内外の誰もが避けたいと思っていることですから、時間が掛かろうとも、少しづつでも前進していくことに期待するしかないのだと思います。少なくとも、上記の「人民日報」の記事は、ごく小さな一歩ではあるものの、前進であることは間違いないと思います。

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2008年11月30日 (日)

どうする中国の司法制度改革

 11月28日、中国共産党政治局の会議及び中国共産党と党外有力者との座談会において、司法体制改革のあり方についての議論が行われました。私は具体的な中身は不勉強でよくわからないのですが、人民の要求と経済社会の発展に合わせた司法制度改革を行うようにとの議論が行われたのだそうです。

 党外有力者との座談会において党中央政治局常務委員(序列4位)で政治協商会議主席の賈慶林氏は、次のように述べたとのことです。

「改革は、絶対に中国の特色のある社会主義政治の発展の路線を踏み外すものであってはならず、党の指導を堅持し、人民の問題を処理することを主とすることと法により国を治めることを統一したものにしなければならない。人類の法治文明の優秀な成果を用いることが必要だが、絶対に西側の政治制度や司法制度のモデルをそのまま持ち込んだりしてはならない。」

(参考1)「人民日報」2008年11月29日付け記事
「中国共産党中央が党外有力者との座談会を開催」
~司法体制改革の進め方について意見を聴取~
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-11/29/content_148049.htm

 私は社会主義というのは、基本的に経済に関する制度であり、かつ司法は政治から独立しなければならないと思っているので、司法体制の改革についてなぜ「社会主義政治の発展の路線を踏み外すものであってはならない」とか「党の指導を堅持しなくてはならない」のかを理解することができません。また、なぜ西側の政治制度や司法制度のモデルをそのまま持ち込んではならいないのか、の理由もわかりません。要するに司法は中国共産党と独立した判断をしてはならない、ということを言いたいのかなぁ、と想像しています。(それが「改革」の名に値するのかどうか、私にはわかりません)。

 一方、先日の「新京報」では、北京の弁護士協会の幹部選定についての記事を載せています。中国では、法律によって、弁護士はそれぞれの地区の弁護士協会に所属しなければならないことになっているのですが、北京の弁護士協会は、会費が高い割にその会費に見合ったサービスを提供していない、と不満に思っている所属弁護士がいるのだそうです。

(参考2)「新京報」2008年11月25日付け記事
「北京司法局、弁護士協会幹部の選定に直接選挙を用いるのは状況がまだ成熟していないとの考えを示す」
http://www.thebeijingnews.com/news/beijing/2008/11-25/008@021141.htm

 この記事によると、ある弁護士が北京の4人の弁護士と山東省のある刑事事件について処理している最中、そのうちの3人が現地の警察に違法に拘禁されてしまったため、北京の弁護士協会に電話で助けを求めたけれども何もしてくれなかったのだそうです。記者が北京弁護士協会に取材したところ、北京弁護士協会の担当者は、北京弁護士協会の管轄地域は北京市内であり、問題となっている弁護士が北京に帰ってくれば対処することは可能だ、と説明したのだそうです(助けを求めている弁護士は山東省の警察に拘禁されてしまっているのですから、この北京弁護士協会の説明では、所属弁護士が不満を持つのも無理はないと思います)。

 こういった不満があるので、一部の弁護士が、弁護士協会の幹部を所属弁護士の直接選挙で選ぶべきだ、という主張をし始めたのですが、北京弁護士協会の所管機関である北京司法局の董春江副局長は次のように述べている、とのことです。

「直接選挙を行うためには弁護士業界をまとめるシステムが成熟している必要がある。個々の弁護士が持っている情報が不均一であり、相互理解が不十分であるので、直接選挙を行うことによって最終的結果が全ての弁護士の満足を得られることになるとは限らない。」

 中国の国内制度について外国人がとやかくいうのは差し控えるべきだと思いますが、弁護士協会に所属する弁護士が自分たちの協会の幹部を自分たち自身による選挙で選ぶことができない、というような状況で、「司法制度改革」などというものを本当にできるのだろうか、というのが私の率直な感想です(それよりも、中国の弁護士には非常に優秀な人たちが多いので、「上の方」がこういった態度を取り続けていると、弁護士たちは法的に認められている最大限のやり方で、自分たちの主張をするようになるのではないか、と想像しています)。

(以下、2008年11月30日夕方追記)

 上記の書き出しで「11月28日、中国共産党政治局の会議及び中国共産党と党外有力者との座談会において、司法体制改革のあり方についての議論が行われました。」と書きましたが、「人民日報」の記事をよく見ると、党外有力者との座談会は「先日行われた」とのことで、政治局の会議と同じ日に行われたわけではないので、訂正します。「党外有力者との座談会」を主宰した賈慶林氏は現在外国訪問中なので「おかしいな」と思って確認したら、「人民日報」の記事は前日の会議についての記事ではなかったのです。「人民日報」は、一応「新聞」なんですけど、随分前の「旧聞」を載せることもあるので、要注意なのでした。

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2008年11月28日 (金)

「史上最大のバブル」の予感

 この世界的信用縮小の時期に「『史上最大のバブル』の予感」とは何事か、とお思いのことと思います。しかし、私は、昨日(11月27日)の中国の国家発展改革委員会の張平主任の記者会見の様子をネットで読んでいて、思わずそういうふうに感じてしまったのでした。

 御存じのように世界的な金融危機を受けて、中国は11月9日、2010末までに4兆元(約60億円)を投下する、という10項目の景気刺激策を発表しました。

(参考1)このブログの2008年11月10日付け記事
「中国の景気刺激策は世界を救うのか」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-cce7.html

 この景気刺激策の内容について、昨日(11月27日)、国家発展改革委員会の張平主任が記者会見を行ったのです。

(参考2)中国政府ネット「国務院記者会見」
「さらに内需を拡大させる問題に関する記者会見の状況」(文字記録)
http://www.gov.cn/wszb/zhibo288/wzsl.htm

 この中で張平主任は、4兆元を何に使うかについて、以下のように述べました。

(1) 安全な住居の提供:2,800億元(シェア7%)
(2) 農村の民生向上と農村インフラ建設:3,700億元(シェア9%)
(3) 鉄道、道路、空港、都市の電力網:1兆8,000億元(シェア45%)
(4) 医療衛生、文教事業:400億元(シェア1%)
(5) 生態環境保護事業:3,500億元(シェア9%)
(6) 自主イノベーションと経済構造改革:1,600億元(シェア4%)
(7) 災害を受けた地域の復旧・復興:1兆元(シェア25%)

 話の順番としては、住宅などの民生、農村・農民対策などを掲げていますが、金額的な割合を見ると、鉄道、道路、空港等の建設や災害被災地の復興・復旧で全体の7割を占めています。今回の景気刺激策が、いわゆる「ハコもの」「建設プロジェクトもの」を中心とする公共事業型景気刺激策であることがよくわかります。医療衛生・文教事業のシェアがたった1%とは、「第一は民生だ」と述べている張平主任の発言と、その中身とが一致していない、と言わざるをえません。

 この記者会見で、張平主任は、4兆元のうち中央による投資は11.8億元(全体の29.5%)である、と述べており、残りは地方などが投資を行う、との見通しを述べています。これら中央の景気刺激策発表を受けて、各地方では一斉に景気刺激のための景気のよい事業プロジェクトの発表が相次いでいるようです。上記の記者会見で、ある記者は、「中央は『4兆元の投資』と言っているが、不完全な集計ではあるが、各地方で発表されている各地の景気刺激のためのプロジェクトの投資額を全部合計すると18兆元にも上る、と言われている。1年後、世界経済が回復したら、中国はまたバブル状態に陥ってしまうのではないか。」と質問しています。これに対して、張平主任は「プロジェクトの実施は中央が許可するという制度は維持し、監督・監査を強化して、重複投資を防ぎ、地方の投資も中央が決めた方向へ向かうようにし、経済構造改革、発展方式の転換、民生問題の解決、生態環境問題の解決に向かうようにする」と答えています。

 今年(2008年)前半まで、中央政府のマクロ経済政策は、地方における過剰投資がバブル化して、北京オリンピック終了後に崩壊することを懸念して、地方の投資を抑えるための様々な方策を講じてきました。ところが、北京オリンピックが終了した後の今年9月に急激に深刻化したアメリカ発の国際金融危機を受けて、中央の経済政策は一変し、金融の緩和と景気刺激を進める方向になりました。このため、今まで地方における投資を抑制する方向ではまっていた「タガ」が一遍にはずれた格好になりました。何しろ今まで「過剰投資は抑制せよ」と言われていた中央が今度は「景気を刺激せよ」と言い始めたわけですから、もともとどんどん投資をしてGDPを上げてお金儲けと出世がしたい地方の党・政府の幹部にとっては「錦の御旗」をもらったのと同じですので、地方には「どんどん投資しよう」という機運が急激に広まっているのだと思います。

 この4兆元の景気刺激策のうち、もし7割近くが地方の負担になるのだとしたら、その財源はどうするのだろうか、という問題が生じます。この4兆元の財源問題は、現時点では必ずしも明らかになってはいません。

 今まで、中国各地で起きていたバブルとも言える建設ブームは、中国式社会主義の上に実現した「土地マジック」が産んだのだ、とも考えられています。中国の農村の土地(農地及び農民が住んでいる住宅地)は村などの地方政府の所有地です(社会主義を原則とする中国では、農民による土地の私有は認められていません)。村などの地方政府は、農民に住宅用地を貸しているとともに、各農家に割り当てられた農地に対して、生産を請け負わせ、請け負い量を上回って生産された農産物は農家の自主的な判断で売りさばいて自分の収入にしてよい、というのが、現在の改革・開放路線の根本になっている生産請負制度です。

 土地の所有権は地方政府が持っているのですから、地方政府が必要だと判断した時には、「合理的な補償金」を農民に支払うことによって土地を収用できます。現在、この「合理的な補償金」の額は、農地の場合、その農地で過去三年間に生産された農産品の価格に相当する金額、とされています。一般に中国の場合、農産品の価格はかなり割安に設定されているので、場所にもよりますが、農地をつぶして、そこをマンション用地や工業用地として売り出せば、地方政府は、補償金よりかなりの高額で「土地使用権」を転売することができます。ある学者は、大まかに言って、だいたい補償金として支払った値段の十倍の値段で売れる、と言っています。

(参考3)このブログの2008年1月14日付け記事
「ついに出た『土地私有制』の提案」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/01/post_6f24.html

 こうして地方政府は、農民から収用した土地の使用権を開発業者に売って、販売金額から農民への補償金を差し引いた残りの金額(上記の学者の言によれば、販売価格の十分の九)を収入とし、それによって、いろいろなプロジェクトの投資を行えるのです(そして、土地開発業者とうまく結託すれば、地方政府の幹部個人の懐も大いに肥える、というわけです)。

 今年前半は、そういった地方政府による土地政策に対する批判もあり、そういったことはおおっぴらにはやりにくかったのですが、今回、「景気刺激策」という「錦の御旗」が中央で掲げられたことは、こういった「農民から土地を収用して資金を調達し、公共事業を実施する」ことに対する正当性を得た、ということになり、地方政府を活気づけたのではないかと思います。

 さらにタイミングが悪いことに、今年10月の中国共産党第17期中央委員会第3回全体会議(第17期三中全会)では、長年にわたる農村・農業・農民問題(三農問題)を解決するための農地改革の一環として、農地の生産請負権の自由な譲渡・売買等を認める「中国共産党中央による農村改革の発展の推進における若干の重大問題に関する決定」が出されました。

(参考4)このブログの2008年10月28日付け記事
「第17期三中全会決定のポイント」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/10/17-86c4.html

 この第17期三中全会の決定は、あくまで「農地」の「農業生産請負権」の自由な譲渡等を認めるものですが、多くの地方政府においては、適用対象の土地を「農地」だけではなく「農民の住宅用地」にまで拡大するとともに、適用対象の権利を「農業生産請負権」ではなく、その農地の「土地使用権」であるとする拡大解釈が行われるのではないかと思います。第17期三中全会の決定の本来の趣旨は、譲渡・転売できるのは「農業生産請負権」ですので、農家からその権利を譲渡された人は農業をやらなければならないのですが、自由に移転できるのは「土地使用権」であり、「土地使用権」の譲渡を受けた者は、土地を農業ではなく別の用途で使うこと(マンション建設用地や工業用地への土地利用目的の変更)も自由にできるのだ、と拡大解釈するわけです(本当は、こういう農地の用途変更は上部機関の許可が必要とされています)。

 この「景気刺激策」と「第17期三中全会の決定」という二つの「錦の御旗」を得た地方政府は、中央の意図とは関係なく、農民から土地の収用し、それで得た資金を公共事業に投資する傾向を歯止めなく進めるのではないか、と私は危惧しています。上記の記者会見で記者が言っていたように、全国で発表されている景気刺激策の公共事業プロジェクトの金額を全部合計すると、中央が言っている4兆元をはるかに上回る18兆元に上ってしまう、という現象も、そういった地方政府の動きが現れた結果ではないかと思います。

 もしこういった現象が歯止めなく進むとすると次のような現象が起きます。

(1)膨大な量のマンション、工業用地が数年間という短期間のうちに供給されますが、それに見合うだけの需要がなければ、これらのインフラ投資は遅かれ早かれバブル化(不良債権化)します(住宅地については、人口が多い中国では常に一定の潜在的な需要があるのでバブル化はしない、という人もいますが、あまり不便な場所に大量の住宅地が建設されても、購入する人がいない(または価格を高くできない)ことにより、投資した資金が回収できないおそれは常に生じると思います)

(2)土地を失った(土地の使用権を補償金を受け取って譲渡した)農民は、しばらくは補償金を食いつぶすことによって生活できると思いますが、いつかはその補償金も底を突きます。その後、農地を失った農民は農業に戻ることはできないので、何らかの職業に就かなければならないわけです。農地が工業団地となり、そこに計画通り工場が建てば、雇用も生まれるのでしょうが、それがうまく行かなかった場合には、元農民は失業者となります。こういった失業者が大量に発生した場合には、大きな社会不安が呼び起こされることになります。

(3)地方政府の農地の収用を中央がコントロールできなかった場合には、中国の人々が食べる食糧を生産するために必要な農地(現在、中国政府は18億ムー(120万平方キロ)を食糧確保のために下回ってはならない農地のレッド・ライン面積として設定しています)より農地面積が減ってしまい、中国の人々が食べていくために必要が食糧の確保ができなくなってしまう可能性があります。中国は、現在、食糧については、消費量とほぼ同程度の生産を行っている(特に穀物についてはここ5年間は増産が続いている)ので何も問題は生じていませんが、人口13億人を抱える中国が食糧の大輸入国になったら、これは世界にとっても大問題となります(ちなみに、大豆については、中国は既に大輸入国になっています)。

 こうならないように中央が地方政府をコントロールできればよいのですが、今、中国において、地方政府を中央がうまくコントロールするシステムが有効に機能しているのか、は、かなり疑問です。本来は、地方政府のトップやその地方政府をコントロールする党委員会のトップ(書記)は中央から派遣され、一定の任期の後に交代させ、もし賄賂をもらうなどの腐敗した行為をすれば処罰する、といったシステムで中央が地方をコントロールしているはずなのですが、省・自治区や直轄市(北京、上海、天津、重慶)のレベルではこのシステムによる管理がうまく行っているように見えますが、それより下の市、県、鎮(村)のレベルになると、その数が膨大になることもあり、中央の目が届かないのが実情だと思います。

 今日(11月28日)付けの「人民日報」(中国共産党の機関紙)の1面に「仲祖文」というペンネームで「党を厳格に治めることは幹部を管理することに体現されなければならない」という評論が掲載されています(「仲祖文」とは、特定の個人ではなく、中国共産党中央組織部が意見を書くときのペンネームだと言われています)。

(参考5)「人民日報」2008年11月28日付け1面に掲載された評論
「党を厳格に治めることは幹部を管理することに体現されなければならない」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-11/28/content_147866.htm

 この評論文では「国を治めるためには、まず党を治めなければならない」と指摘しています。中国共産党が支配する中華人民共和国が成立してもうすぐ60年になろうとしているのに、まだこんな当たり前のことを主張しなければならないのか、と溜め息が出ますが、人民日報に「仲祖文」がこうした文章を書かなければならないほど、党内の管理(特に地方の末端の地方の党・政府の幹部のコントロール)がうまく行っていないことを中国共産党自身は自覚しているのだと思います。逆の見方をすれば、外見の格好悪さを省みずに、こうした文章を正直に「人民日報」に掲げている、という点で(自分自身の内部にある問題点を隠さない、という点で)まだ救いはあるのだと思います。

 中国共産党も、県レベルの党の幹部を中央党校で研修させて、「腐敗に手を染めてはならない」などといった教育は一生懸命やっているのですが、こういった教育や研修で問題が解決するのならば、歴史上の数多くの政権は苦労はしなかったはずです。多くの諸国では、腐敗した政府の幹部はマスコミに批判され選挙で負けて失脚させられる、という報道の自由と民主主義とに立脚するシステムが一応その対策として成立しているわけですが、中国では、いまだにそのシステムを導入する気配はありません。少なくとも、ここ数年の間にその種の腐敗を防止するシステムが確立するとは思えません。

 ということは、「景気刺激策」と「土地に関する権利の自由な譲渡を認めた第17三中全会の決定」という二つの「錦の御旗」をもらった地方政府の暴走を中央はコントロールできなくなる可能性があります。もし本当に地方政府をコントロールすることができなくなって、とてつもない金額の投資が短時間に行われるとしたら、それはたぶん「史上最大のバブル」になると思います。そして、上記(1)(2)(3)で書いた「とんでもないこと」が現実のものとなるおそれがあります。昨日(11月27日)の中国の国家発展改革委員会の張平主任の記者会見について報じている今日(11月28日)の新聞を見てそう感じたので、今日、ここに「『史上最大のバブル』の予感」という文章を書いてみたくなった、というわけです。

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2008年11月25日 (火)

世論のリーダーになりつつある中国の新聞

 このブログでも、最近、いろいろなところで起きているタクシーのストライキについて、中国の新聞で報道されていることを書きました。

(参考1)このブログの2008年11月6日付け記事
「重慶市のタクシー・ストライキ」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-9f93.html

(参考2)このブログの2008年11月13日付け記事
「海南省三亜市などでもタクシー・ストライキ」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-617f.html

 最近、中国の新聞は、こういった中国国内の「マイナスの」事案についても、避けずに報道するようになっています。これは日本でも報道された案件ですが、11月17日に甘粛省蘭州市リュウ南市(リュウは「こざとへん」に「龍」:リュウ南市は「県」レベルの市で、蘭州市の中にある行政区域)で、土地の立ち退きを巡って60人の人々が行政機関に押し掛け、それを見て集まった約2,000人の人々が行政機関のビルを壊したり警察の車を壊したりする、焼き打ち・打ち壊し事件がありました。この件についても「新京報」は報じています。

(参考3)「新京報」2008年11月19日付け記事
「リュウ南市共産党委員会ビル、打ち壊し・焼き打ちに遭う」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/11-19/008@021215.htm

 この「新京報」の記事の冒頭に「本紙記者によると・・・」と始まっていますので、「新京報」は北京の新聞なんですけど、甘粛省まで記者を派遣して取材したようです。この手の事件を単に新華社通信の報道を転載するのではなく、自社の記者を派遣して取材して「自分の文章で」記事を書いているところが、さすが「新京報」だと思いました。

 さらに広東省スワトウ市(スワトウは、「さんずい」に「山」+「頭」)では、11月20日にタクシー1,000台が無許可タクシー(中国語で「黒車」)の横行に抗議してにストライキを行いました。このストライキでは、正規タクシーの運転手が無許可タクシーとの間でトラブルを起こして、3名が警察に拘束された、とのことです。

(参考4)「新京報」2008年11月22日付け記事
「スワトウ市で、1,000台のタクシーが運行停止」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/11-22/008@020204.htm

※この記事によると、スワトウ市では、正規のタクシー1,000台に対して、無許可タクシー(黒車)が3,000~5,000台いる、とのことです。こういう実態を聞くと、正規タクシーの運転手たちが怒るのももっともな話で、地方政府が、行政としての役割を全く果たしていないのではないか、と思えてしまいます。

 この種の「群体性事件」は、今年6月に貴州省甕安(日本語読みで「おうあん」)県でも起きました。

(参考5)このブログの2008年7月3日付け記事
「貴州省甕安県の暴動事件の真相」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/07/post_ef2a.html

 この貴州省の事件も、香港や日本でも報道されましたし、中国国内でも報道されました。

 「新京報」は、このこららの「群衆による焼き打ち・打ち壊し事件」や各地のタクシー・ストライキ事件を取り上げて、11月23日付け紙面でこういった集団による事件についての意見を述べています。

(参考5)「新京報」2008年11月23日付け社説
「群体性事件の処理は、対処するタイミングがよければよいほど有効である」
http://www.thebeijingnews.com/comment/shelun/2008/11-23/008@045059.htm

 この社説が述べている主張のメインのポイントは、この手の集団による騒ぎが持ち上がった時には、行政機関が迅速に対応して、群衆の意見を聞き、適切に対処することが大事である、ということです。ただ、それに加えて、背景の問題として、行政機関の幹部(地方政府と地方の党幹部)が日頃から群衆から遊離しており、大衆の利益や大衆からの訴えを無視し、大衆の意見を聞かない、という状態があることを指摘して、根本的な問題として、地方政府が大衆の意見をよく聞き、大衆がその意見を言えるルートを開けておくことが重要だ、と指摘しています。

 この社説では、はっきりは言っていませんが、これらの「群体性事件」のうち焼き打ち・打ち壊しがあった事件については、「警察が出動して『少数の不法分子』を取り締まった」とか、「行政機関が迅速に対応すれば『少数の破壊分子に機会を利用される』といった可能性も少なくなる」などと表現して「少数の不法分子」「少数の破壊分子」のところを、わざと「 」書きで書いています。これは、中国の新聞が台湾の指導者や機関のことを「いわゆる彼らが言っているところのそれ」という意味で、「総統」とか「国会」とか「 」付きで表現しているのと似たようなニュアンスだと思います。この社説ではハッキリとは言っているわけではありませんが、この社説の筆者が「これらの焼き討ち・打ち壊し事件は、人民日報や新華社などの公式メディアが言っているような『少数の不法分子』『少数の破壊分子』が起こしたものではなく、ごく普通の一般大衆が日頃の怒りを爆発させたものなのだ」という認識を持っていることがにじみ出ています。

 こういった中国国内の「マイナス」の面の報道は、新聞を検閲をしている党宣伝部としては、あまり書いて欲しくない案件なのでしょうが、それでもこういった記事を書かないと新聞は売れないので、新聞社としても、認められる範囲でできるだけ書こうとしているのだと思います。こうして中国の新聞も「読者が知りたいと思う情報を伝える新聞」になることを通じて、単なる「党の舌と喉」ではなく、多くの一般大衆の世論を反映し、世論をリードする正しい形でのジャーナリズムの形ができつつあるように思います。

(注)北京にはいろいろな新聞がありますが、一般大衆に人気のある「京華時報」が10月15日から1部1元(約15円)に値上げになりました。それまでは1部0.5元でした。紙代の値上げなどが続いて、価格引き上げをせざるを得なかったのでしょう。「新京報」は前から1部1元でしたので、「京華時報」の値上げで、かなりの読者が「新京報」に流れたのではないかと思います。こうした新聞社間の競争も、読者を獲得したい、という新聞社の意志を駆り立て、それによって「読者が今何を知りたいと思っているのか」といった新聞社が本来持つべき「嗅覚」を一層鋭くしたのだと思います。

 オリンピックが終わって、中国は、表面上、全く変わっていないように見えますが、あまり目立たない底辺の方で、大きな歴史の流れが動き始めているのを私は最近なんとなく感じるようになってきています。

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2008年11月17日 (月)

科学的発展観の実践について深く学習しよう

 今日(11月17日)の中国中央電視台の7時のニュース「新聞聯播」では、9人の中国共産党政治局常務委員が10月下旬から11月上旬に掛けて、中国各地に出向いて科学的発展観の実践について学習する活動拠点を視察して回った、というのがトップ・ニュースでした。なんでまぁ、この経済危機で政策運営をどうすべきか、という重要な時期に、こんな新し味のないニュースをトップに持ってくるのかなぁ、と思いましたが、中国のテレビのニュースではこういうのはよくあるので、それほど気にせずに見ていました。

(参考)「新華社」2008年11月17日19:32アップ記事
「政治局常務委員、科学的発展観の実践を学習する活動拠点を視察」
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-11/17/content_10372300.htm

 ところが、「新聞聯播」が終わって、天気予報を普段通りにやって、19:38からの「焦点訪談」の時間になったら、またさっき「新聞聯播」に出ていたアナウンサーが再登場して、「胡錦濤総書記が10月30日、31日に陝西省延安市安塞県へ出向いて、科学的発展観の実践について学習する人々を視察し、学習大会に参加した。」というのを引き続き報じていました。

 胡錦濤総書記が地元の村人や学校で勉強するこどもたちとにこやかに言葉を交わす様子は、この手の地方視察ではよくある光景なので、これも特段目新しいことはありません。「科学的発展観の実践」も胡錦濤総書記がずっと前から唱えているスローガンで、新しい話ではありません。ですが、どうして「新聞聯播」が終わった後、「焦点訪談」の時間をつぶしてまで、この胡錦濤総書記の安塞県訪問のニュースを長々と流したのか、私にはその理由が全くわかりませんでした。まるで、「科学的発展観の実践は安塞に学ぼう!」といったスローガンが、これから街中に張り出されるかのうような雰囲気でした(つまり、まるでテレビの雰囲気は、まるで文革時代のようで、改革開放30年後の経済発達した開かれた中国にはちょっとなじまない印象を受けたのでした)。

 とは言え、番組の前後のコマーシャルは普段通りだったし、この番組が終わった後は、いつもと同じように連続ドラマを放送していましたので、別に「世の中が変わった」わけでもないようです。でも、なぜ10月30日、31日の地方視察のニュースを今(11月17日)になってやるのかなぁ、という疑問は残ります。胡錦濤総書記は、昨日(11月16日)にアメリカのワシントンD.C.で開かれた金融危機対応を議論したG20会合に出席して帰国したばかりですので、11月17日(月)はたぶん1日休養されていたのだろうと思いますが、「胡錦濤総書記は、農村改革や経済危機対応に対して毎日奮闘している」という姿を中国人民に見せるために、半月以上前に「撮り溜めた」映像をテレビの登場させた、というのが本当のところかもしれまん。

 ただ、最近「政治局常務委員9人が全員そろって○○○した」というニュースが何回も出てくるので、そういうニュースを何回も見せられると、私のようなひねくれ者は、返って「政治局常務委員9人の内部に何らかの意見の対立があるのだろうか」などと思ってみたくなってしまうのでした。たぶんそれは「考えすぎ」なのでしょうけど。

(以下、2008年12月4日追記)

 上記の記述の中に「(胡錦濤主席は)昨日(11月16日)にアメリカのワシントンD.C.で開かれた金融危機対応を議論したG20会合に出席して帰国したばかりですので、11月17日(月)はたぶん1日休養されていたのだろうと思いますが・・・」という記述がありますが、胡錦濤主席はワシントンD.C.でのG20会合に出席した後、帰国せずに、キューバなど中南米諸国を訪問し、次の週末にペルーで開かれたAPEC首脳会談にそもまま出席しています。従って、上記の記述で「帰国したばかりですので」という部分は事実ではないので訂正します。しかし、これだけ強硬な外国訪問日程の中で、11月17日(月)を休養日にあてたのは事実のようで、この日は胡錦濤主席の特段の活動は報じられませんでした。

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2008年11月16日 (日)

中山大学の学生会主席選挙

 広州で売られている週刊紙「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)の2008年11月13日号の1面に、先頃、広東省にある中山大学で行われた学生会会長選挙(10月16日候補者決定、11月11日投票)の様子をリポートした記事が載っていました。

(参考1)「南方周末」2008年11月13日号記事
「学生会主席の直接選挙の全記録」
http://www.infzm.com/content/19860

 中山大学は、広東省広州市に本部を置く中国の革命の父・孫文(号は「中山」)にちなんだ由緒ある大学です。そこで、学生による学生会会長(主席)の選挙が、初めて個々の学生による直接投票により行われました。「有権者」の学生は、4キャンパスにわたり、総計33,123人いるとのことです。

 この記事では、4人の立候補者により約3週間に渡って繰り広げられた選挙の様子を克明にリポートしています。学生会は、法律的な権限を持つ組織ではありませんが、学生を代表して大学当局と話ができる、という意味では、一定の力を持つ組織だと思います。立候補の受付の後に「資格審査」がある、というのが、ちょっと「西側」の選挙と違うところですが、複数候補者制の下で自分たちの組織のトップを組織のメンバーが直接投票して選挙する、ということは、現在の中国では画期的なことです。(中国において日本の国会にあたる組織である全国人民代表大会の議員(全国人民代表)は、何層にも渡って行われる間接選挙の結果選ばれ、有権者による直接選挙ではありません)。

 この選挙では、立ち会い演説会があったり、ネット上での意見交換などがあったそうです。この「南方周末」の記事では、以下のようなネット上の意見を紹介しています。

○このような体制下では、学生会が真に独立して学生のためにことをなすのは難しいのではないか。

○「平民会長」の実現に期待している。

○アメリカの大統領選挙みたいだ。

 この記事では、立ち会い演説会で「学生会が政治的、政策的な問題に対処する時、某勢力に頼らざるを得ず、資金的にも何らかの組織によって制限を受けざるを得ず、人員上でも一定の『ブラックボックス操作』を受けることは避けられないのではないか?」といった「大胆な質問」も出されたそうです。この質問が出たときには「わぁ~」といういぶかる声が上がった、とのことです。投票結果は、投票率61.338%、第一位が7,644票、第二位が6,159票、第三位が3,474票、第四位が2,479票だった、とのことです。

 こうして当選した学生会会長が具体的にどのような問題で、どのような働きができるのかは、私にはよくわかりません。当選した学生会会長が翌日最初にする仕事は、大学の共産党委員会書記に挨拶に行くことなのだそうです。ただ、この「南方周末」には、中国人民大学政治学の張鳴教授による「大学は当然のこととして民主の練習場にならなければならない」というコメントが載っています。このコメントがこの中山大学の学生会会長選挙の意味を物語っていると思います。この中山大学の学生会会長選挙は、当然のことながら大学当局の公認の下に行われたのですが、この選挙は、複数候補制の下で自由な直接選挙を行った時、現代の若者たちがどのように対応するのか、を見るためのひとつの「実験」だった、と言えると思います。

 最近、新聞紙上では、地方政府がしっかりとした行政を行うためには、地方政府を第三者的立場からチェックするシステムが必要だ、という主張がよく見られるようになっています。地方政府における「司法の独立」「行政資源の分散」「定期的な選挙のよる行政トップの監視」を主張した「経済観察報」2008年11月3日号(11月1日発売)の論評「三鹿事件から政治体制改革を考える」もそのひとつです。

(参考2)このブログの2008年11月2日付け記事
「メラミン粉ミルク事件から政治改革を考える」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-23e8.html

 このほか11月14日付けの「新京報」の社説では、行政チェックの役割を人民代表(国会議員(=全国人民代表)を選ぶための選挙人)に負わせるべきだ、という主張をしています。

(参考3)「新京報」2008年11月14日付け社説
「都市建設の『腐敗の高度・多発』の根本には政策決定システムの欠陥がある」
http://www.thebeijingnews.com/comment/shelun/2008/11-14/008@021055.htm

 巨額の資金が動く都市開発や交通政策に関する政策決定を地方行政政府が一存で決定でき、誰からも監視を受けないことが問題なのであり、都市開発計画や交通政策を決定するにはその地方の人民代表の議決を必要とする、というシステムにして、行政に対するチェック監督機能を果たせるようにすべきだ、というのがこの社説の主張です。

 地方の公共事業などについては、地方政府が勝手に決められる現状を改め、人民代表が票決で許可・不許可を決められるようにすべきだ、という主張は、かつて「人民日報」にも掲載されたことがあり、中国共産党の内部でもかなりまじめに議論されている主張なのだと思います。

(参考4)このブログの2007年8月16日付け記事
「地方の工事は人民代表が決めるという実験」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/08/post_5988.html

 従って、私は地方政府の政策決定に対する何らかのチェック機能を設けるべきだ、ということは、党内でかなり真剣に議論されているのだと思います。その地方の人民代表にチェック機能を持たせることもできるし、地方政府のトップを住民の直接選挙で選ばせることによってチェック機能を働かせることもできる、ということで、現在、具体的にどのようにすればよいのか、を党の内部で議論しているところではないかと思います。その検討に当たってのひとつのデータを得るために、例えば中山大学のようなところ(比較的大学の数が少なく首都の北京からも遠い広東省)で、かつ政治的にはそれほど大きな影響を与えない「学生会会長選挙」という場を借りて実験的に行ってみた、というのが、今回の中山大学の学生会会長選挙ではなかったのか、と私は思っています。

 いずれにせよ、様々な試行錯誤をやってみることはよいことで、こういった試行錯誤の中から、一番よい方法を採用すればよいと思います。

 問題は、人民代表による監視にせよ、地方政府トップの選定に直接選挙によるチェックにせよ、既に政策決定権を「既得権益」として確保している現在の地方政府の幹部は、こういった「チェック・システム」の導入には強硬に反対すると思うので、こういった「抵抗勢力」の動きを、中央がいかにコントロールできるか、が、実際にこういった地方政府に対するチェック制度を実現する際のカギになると思います。

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2008年11月13日 (木)

海南省三亜市などでもタクシー・ストライキ

 先日、重慶市で起きた市全体のタクシー運転手のストライキについて書きました。

(参考1)このブログの2008年11月6日付け記事
「重慶市のタクシー・ストライキ」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-9f93.html

 ところが、その後、同様の動きが別の場所に広がり、11月10日、海南省三亜市、甘粛省蘭州市永登県でも、タクシー・ドライバーのストライキが起きた、とのことです。

(参考2)「新京報」2008年11月11日付け記事
「三亜市で200人以上の集団ストライキが発生」
~タクシー会社への支払金が高過ぎるなどの問題解決を要求、言いがかりを付けてトラブルを起こした疑いで21人が警察から事情聴取を受けた~
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/11-11/008@035146.htm

 タクシー運転手側の要求は、運転手が売上金の中から毎月タクシー会社に支払う金が高過ぎること、無許可営業のタクシー(中国語で「黒車」)が多くて営業が妨害されていること、といった状況の改善を要求するものでした。

 今回の三亜市(海南島の南端にある観光都市)のストライキでは、三亜市の市役所の前にタクシー運転手ら200名以上が集まり、市の幹部との面会を要求した、とのことです。また、通常通りの運行をしようとした(スト破りをしようとした)運転手に対して、何者か通行を妨害したり、打ち壊し行為に出たりした、とのことで、警察は、計画性を持った強行ストライキ事件だとして、言いがかりを付けてトラブルを起こした疑いで21人から事情を聞いている、とのことです。この「新京報」の記事の書き方だと「計画性を持った強行ストライキ」が違法行為であるように見えますが、ストライキ自体には違法性はないはずで、暴力行為によってスト破りを阻止しようとした行為が違法である可能性があるとして、警察に事情を聞かれているのだと思います。

 三亜市のストライキは11日も継続しており、三亜市の代理市長とタクシー運転手側との間で話し合いが続けられている、とのことです。代理市長は、スト問題解決の原則として次の4点を打ち出しています。
・社会の安定を維持し、打ち壊し行為を行った不法分子を法に基づき取り締まること。
・タクシー運転手がタクシー会社に支払う金の問題を迅速に解決し、タクシー運転手集団の合法的権益を保護し、タクシー会社の行為を厳格に管理し、無許可タクシー(中国語で「黒車」)を取り締まること。
・タクシー運転手たちが自分たちの要求を取りまとめて訴えるために、自ら協会を設立することを市としても支持すること。
・市の公安・交通等の各部門は一般大衆の利益を守る必要があり、速やかにタクシーが正常運行に戻るように努めること。

(参考3)「新京報」2008年11月12日
「三亜市の代理市長がタクシー運転手たちに対して陳謝」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/11-12/008@030124.htm

 三亜市の代理市長は11日に行われたタクシー運転手らとの交渉(上記の記事では「座談会」と表現されている)の席で陳謝し、タクシー会社への支払い金の金額を引き下げる問題、無許可タクシーの取り締まりの問題の解決を図ることを約束し、12日からのタクシーの正常運行の再開を要請した、とのことです。

 これら相次ぐ、タクシーのストライキについて、11月12日付けの「新京報」では、次のような意見を掲載しています。

(参考4)「新京報」2008年11月11日付け評論欄「第三の目」
「『無許可タクシー(中国語で「黒車」)』の背後に民生問題があることに注意しなければならない」
http://www.thebeijingnews.com/comment/zonghe/1044/2008/11-12/008@030129.htm

 この評論文では、重慶市では、8,000台の正規タクシーに対して、無許可タクシーが2,000台もいることを指摘して、これだけ無許可タクシーが多いのは、無許可タクシーに「従事」している人々が、主に、リストラされた失業者、農業戸籍から非農業戸籍に戸籍を転換した人々、三峡ダムの水没地域の人々などであり、生活のために無許可タクシーをやっている人が多いからである、と指摘しています。また、無許可タクシーを排除することは、これらの人々から「生存の糧」を奪うことである、とも指摘して、無許可タクシーの排除にあたっては、これら無許可タクシーで生活している人々の命運についても関心を払うべきだ、と主張しています。

 重慶市は、農村戸籍・非農村戸籍の一体化をモデル的に行っている地域です。

(参考5)このブログの2007年6月17日付け記事
「重慶と成都が農村・非農村統合試験区に指定される」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/06/post_f7a6.html

 農村戸籍から非農村戸籍になると、都市に住んで、都市住民としての行政サービスを受けることができますが、それは同時に農地という「生活の糧」を失うことを意味し、適切な職場が見つからなければ、失業状態となることを意味します。また、三峡ダムの水没地域に住んでいた人々には、立ち退きに際して代替の農地を与えられるか、そうでなければ補償金が支払われますが、補償金をもらって農地を失った人々のうち補償金を使い尽くす前に職を見付けることができなかった人々は、これもまた失業状態となります。

 上記(参考4)の評論の筆者は、タクシー・ストライキの背後には、単にタクシー業界内部の問題だけではなく、その地域の民生問題全体が絡んでいるのだ、と指摘しているのです。

 これまで急激な経済成長を続けてきた中国経済は「どこかの時点で長年に渡って行われてきた政策によって溜まり続けてきている『歪み』が社会の表面に出てくる時期が来る」と言われ続けてきました。今、その「時期」が始まりつつあるのではないか、と私は思っています。

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2008年11月 7日 (金)

農民工の失業ショックには政府の支援が必要

 今日(11月7日)付けの北京の新聞「新京報」では、世界に広がる経済危機の影響が中国の輸出産業に出ており、そのあおりを受けて農民工(農村から都市部に出てきている出稼ぎ労働者)がリストラされている現状を指摘して、政府はこういった失業の危機に直面している農民工たちを支援すべきである、と主張する社説を掲げています。

(参考)「新京報」2008年11月7日付け社説
「農民工が直面している失業ショックに対して政府は支援の手をさしのべるべきだ」
http://www.thebeijingnews.com/comment/shelun/2008/11-07/008@030133.htm

 この社説は、かなり率直に現在の中国経済が直面している困難を指摘しています。この社説の主張のポイントは以下のとおりです。

○輸出品製造企業の操業停止により、沿海地域においては大量の農民工の「故郷へ帰る流れ」が起きている。農民工の数は膨大で、今年8月に出されたデータでは、2007年の時点での中国の農村の外で働く労働者は1.26億人に達している。郷鎮企業(農村部にある中小の地場企業)の従業員は1.5億人であり、重複部分を除くと、2007年の時点で農民工の数は2.26億人に達していると見られている。

○農民工の地位はぜい弱である。2006年末の時点で、農民工に支払うべき給料のうち欠配となっているのが1,000億元に達しているという。建設業では、72.2%の企業で賃金の欠配が起きており、毎月きちんと給料が支払われている労働者はわずか6%に過ぎないという。

○我が国の多くの輸出企業は、低コストにより国際競争に勝つため、労働賃金の抑制にますます圧力を掛けている。これは農民工に満足した生活を与えないと同時に、こどもたちに対する十分な教育投資ができない現状を生み出し、低賃金労働者では貧困の世代間連鎖が起きている。

○農民工は都市では十分な社会保障を得られていない。一部の沿岸地域では、社会保障を与えるために農民工から社会保障経費を徴収しているところがあり、農民工はいったん故郷に帰ると今度は故郷の地方政府から一定額の社会保障費を徴収されるという現象も起きている。

○今、金融危機の影響を受けている中国経済の中で、多数の農民工が受けているショックは極めて大きい。その中でも「失業ショック」が最も厳しい。香港工業総会会長の陳鎮仁氏は、珠江デルタ地帯にある7万社の香港系企業のうち、今年年末までに四分の一は操業を停止するだろう、と見ている。もしこういったことが起これば、極めて多数の農民工の雇用が失われることになる。

○農民工の失業は、政府関係部門の失業統計の中には含まれていない。従って、表面上は重大な失業問題として統計数字に表れていなくても、中国の製造業で就業する労働力のおよそ半分は農民工なのであるから、彼らが職を失い、故郷に帰ったら、失業状況が重大な状況に陥るだけでなく、中国における都市化の進展という意味でも、大きなブレーキが掛かることになる。

○地方政府が経営が困難になった企業の労働者の賃金を肩代わりしたり、経営が困難になりそうな企業を見極めて支援したりすることにより、珠江デルタ地帯や浙江省においては、「突発的な事件」の発生を防止している。

○中国の経済の発展と都市化を進めていくためには、社会の安定が重要な前提であり、そのためには農民工に対して明るい就業状況の見通しが与えられなければならない。

○政府は、現在、鉄道建設等の公共事業に巨額の投資をして就業問題を解決しようとしている。それに加えて、農民工の雇用の90%を担っている中小企業に対する多種多様な税の優遇措置や、個人所得税・増値税(日本の消費税に相当)を減税して、中国経済を内需牽引型に転換しなければならない。農民工を農地にも工場にも居場所がない「根無し草」にしてはならない。

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 「人民日報」や「新華社」、「中央電視台」などの報道では、「世界的経済危機の中でも中国経済は堅実な成長が可能である」といった「あまり心配する必要はない」となだめるような報道が多いのですが、実態は、世界の金融危機は中国の輸出産業に相当な打撃を与えていると見た方がよいと思います。ただし、現時点では、農民工等による大きな社会的騒乱事件が起きていないのも事実であり、中国政府が今の時点では農民工の不満を何とかなだめている、というところなのだと思います。しかし、上記の社説の中で出てくる「珠江デルタ地帯の香港系企業の四分の一が年内に操業を停止するだろう」という見通しは、現在のような「なんとかなだめている」状況を長期間にわたって続けることを難しくする可能性が大きいのではないかと思います。

 上記の社説の中で出てきている「失業統計の中に農民工の失業が含まれていない」といった中国の統計上の数字の問題は、結構大きな問題を抱えていると思います。企業経営者や政策決定者が社会の状況を正しく把握できていない中で様々な判断をしている可能性があるからです。「公開はされていないが、党・中央は悲観的なデータも含めて経済に関する正確なデータを持っていて、正確に舵取りをするから心配ない」という見方もあります。しかし、党・中央の「事実を知りうる少数の人々」はスーパーマンではありませんから、少数の人だけが事実を知っているような社会がうまくコントロールできていくとは思えません。

 「救い」は、上記のような社説が新聞に掲載され、多くの人々が問題意識を共有するようになってきていることです。党や政府がどう考えているかに関わりなく、今後、多くの人々は解決策を模索し、それを党や政府に実施することを求めていく動きが強くなっていくのではないかと思います。

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2008年11月 6日 (木)

重慶市のタクシー・ストライキ

 11月3日(月)朝から重慶市のタクシー運転手が一斉にストライキに入りました。運転手に支払われる給料等の問題のほか、各タクシー会社だけでは解決できない問題もあったため、市全体のタクシー運転手が意志を統一させて一斉にストライキに入ったものだったようです。

 重慶市のタクシー運転手が要求していたポイントは以下の点です。

○運転手の手取り収入の値上げすること(必要があればタクシー料金自体を値上げすること)。

○(重慶のタクシーは天然ガスで動くのだが)天然ガス・スタンドの数が少なすぎ、ガスを補給するために長時間待たされることが多く、そのため稼働率が低下して、運転手の収入が減る結果になっている。これを解決すること。

○規則が多過ぎ、取られる罰金が多過ぎる。これを何とかして欲しいこと。

○「黒車」(不許可タクシー:日本で言う「白タク」)が多く(新華社の報道によれば、市内に「黒車」が3,000台あるという)、正規のタクシーの営業が妨害されている。これを何とかして欲しいこと。

 タクシー運転手側は、要求が入れられなければ、週明けの11月3日(月)からストライキに入るという意向を示していましたが、交渉が妥結せず、11月3日(月)早朝から重慶市のタクシーは実際に一斉ストライキに入りました。

(参考1)「新華社」(重慶支社)ホームページ2008年11月4日09:58アップ記事
「関心を集める重慶のタクシー・ストライキ事件」
http://www.cq.xinhuanet.com/2008-11/04/content_14821909.htm

 新華社の報道がアップされた時間を見ればわかるとおり、このストライキは実際に行われるまでは報道されなかったため、月曜日の朝になってタクシーが動いていないことを知った多くの市民は相当に困惑したようです。

 重慶市当局も問題を重視し、タクシー運転手側と交渉を行い、以下のような動きをし、いくつかの約束もしました。

・重慶市当局がタクシー会社側を呼んでタクシー運転手の収入が下がらないようにして欲しいと要請した。

・重慶市当局は、現在36か所ある天然ガス・スタンドを2年以内に60か所に増やすことを約束。

・重慶市当局は、「黒車」(不許可タクシー)の取り締まりには全力を上げることを約束。

 以上により、タクシー運転手側もストライキを解除し、11月5日(水)午前8時の時点で、重慶市内のタクシーの運行は正常に回復した、と11月5日午後5時に行われた重慶市当局による記者会見で発表されました。この場で、重慶市当局は、タクシー料金自体については、今後も検討を続けるが、当面は値上げしないことを発表しました。

(参考2)「新華社」(重慶支局)2008年11月5日付け記事
「重慶都市部タクシー運行の回復状況及びそれに関連する状況に関する重慶市政府の記者会見」
http://www.cq.xinhuanet.com/2008/czc/

 さらに今回の事態を重視した重慶市当局は、11月6日、重慶市党委員会の薄熙来書記が直接タクシー運転手の代表と話し合う場(中国語では「座談会」と表現)を設けました。重慶電視台とラジオのニュース・チャンネルはこの場の様子を生中継しました(詳細は不明ですが、タクシー運転手側がストライキを解除する条件として、このような場を設け、それをテレビ・ラジオで生中継するよう要求した可能性があります)。

 この「座談会」の場では、一部の運転手代表は、上記に出していた要求のほか、警察がタクシー運転手の写真を撮影してそれを交通取り締まりに使っていることに対する反発を示しました。

(参考3)「新華社」(重慶支局)2008年11月6日付け記事
「薄熙来書記、タクシー運転手、市民代表による座談会」
http://www.cq.xinhuanet.com/2008/czczt/

 この重慶市のタクシー・ストライキ事件は、中央でも重大な関心を寄せたと見えて、11月6日の夜の7時のニュース・天気予報に毎日放送される報道特集番組「焦点訪談」でこの件を取り上げて伝えていました。

 中国では、許可なくデモ行進をやったら違法になりますが、ストライキは違法行為ではありません(ストライキまで違法にしてしまったら、社会主義の国とか、共産党が政治を行う国とか言えなくなってしまいます)。従って、市民生活に多大の影響を与えたとは言え、今回のタクシー・ストライキについては、タクシー運転手側を非難するような報道はありません。

 今回の重慶市のタクシー運転手の一斉ストライキは、権利を侵害されていると思った同じ立場に立つ人々が団結すれば、物事を変えることができる、ということを示したと思います(労働者の国・社会主義国である「はず」の中国で、こういうことを「新しいこと」のように思うこと自体本来はおかしいのですが)。中国では、新聞を勝手に発行したり、印刷物をばらまく自由はありませんが、今は携帯電話というツールがあるので、携帯電話のメール等を使えば、数多くの人が団結の意志を固めることは可能です。インターネットの掲示板でストライキを呼びかけることも可能ですが、インターネット掲示板は掲示板運営者にその発言を削除される可能性があります。携帯電話のチェーン・メールを当局(または当局の意向を受けた者)がコントロールすることは実態的に不可能です。

 今回の重慶のタクシー・ストライキは、中国における新しい流れを示すできごととして注目してよいできごとだったと思います。

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2008年11月 4日 (火)

女性農民工についてのルポ

 今日(11月4日)付けの人民日報では、「社会観察」という特集ページで、女性の農民工(農村から都会に出稼ぎに出てきている農民)の実態に関するルポルタージュを掲載していました。

(参考)「人民日報」2008年11月4日付け
「流動の中に咲いた青春(記者調査)」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-11/04/content_131967.htm

 この記事のポイントは以下のようなものです。

○35歳のAさん。黒竜江省依安県の農村から、2005年末に家の稼ぎの足しにするため、彼女一人でハルビンに出稼ぎに出てきた。ファースト・フード店で皿を洗うのが仕事。朝の9時から夜の10時まで働き、休日はない。月給は1か月450元(6,750円)。6人で、1日に台車30個分の皿を洗うので、洗剤で手が荒れてしまう。1週間たたないうちに手の指が真っ白になった。その後、労働市場でパートタイムの職を見付けて、今は月1,100元の収入になっているので、今では生活に使った残りの700元ちょっとは貯めておける。

○統計によれば、黒竜江省の流動人口(戸籍がある場所ではない場所で生活している人々)のうち、39歳以下の女性の占める割合が50%前後で、そのうち75%は初等中学(日本の中学校)卒業以下の学歴である。彼女らは単純労働に従事し、月収は多くて500元前後である。

○Bさんは23歳。四川省宜賓からやってきた。2年ちょっとの間に4つの都市を渡り歩いた。四川省綿陽の電子計器組み立て工場で働き、四川省成都の卸売り市場で衣服を売り、貴州省のオモチャ工場でぬいぐるみを縫い、最後は広東省深センの正規のレジャー・センターでマッサージを勉強している。今の収入は月3,000元前後。彼女は「すごく疲れます。クーラーの効いた部屋の中でも汗だくになります。私は初等中学(日本の中学校に相当)しか出ていないので、欲しい給料の額がもらえる仕事に就くのはすごく難しいです。」と言っている。

○Cさんは江蘇省灌雲県朱橋村から来た28歳で、もうすぐ小学校3年生になるこどものことが心配だ。こどもが2歳の時、こどもをおばあさんに預けて、夫とともに蘇州市工業団地に出稼ぎに来た。前の学期、こどもの勉強の成績が急に落ちたので、彼女は1か月休みをもらって故郷に帰った。「近くにいてこどもを教育してやる人がいないと。でも、故郷以外で学校に行くと学費が高いし、住むのも食べるのも大変だ。」

○「女性労働者の家」の理事をしている方清霞さんは、自分が以前、女性出稼ぎ労働者だったので、都市に出稼ぎに来ている女性の境遇はよく知っている。彼女は言う。「病気になるのが一番怖い。カゼをひいて病院にいっただけで200元掛かる。これは部屋代1か月分に相当する。」「戸籍問題は非常にやっかいだ。都市の人ならば必要のない、いろいろな手続きや証明書が要る。住む場所を探すのも大変だ。家賃が高いだけでなく、よく夜中に戸籍調査を受けた。」

○中国社会科学院人口・労働経済研究所の鄭真真教授は、都市で働く出稼ぎ労働者の状況の根本原因は、都市と農村の二重戸籍制度にあると指摘している。ただし、彼らが欲しいと思っているのは「非農村戸籍」を示す一枚の証書ではなく、就業、分配、社会保障の点で都市住民と同等に競争できる社会できる地位なのである。

○山東省聊城から出てきたDさんは、北京のある倉庫設備会社の販売代表である。21歳の彼女は既に出稼ぎを始めて5年になる。去年、北京の通州で働いていた木板工場では、朝8時から夜8時まで働いて、その間に休憩は1時間だけ。いつも超過勤務手当なしで残業していた。「ひどいときは2日間一睡もしないこともあった」。

○労働契約が締結されておらず、超過勤務手当が支払われないことも多い。全国婦女連合会が実施した1,000名の都市で働く女性出稼ぎ労働者に対するアンケート調査によると、正式な労働契約を結んでいたのは48.2%、6割の女性労働者が毎日8時間以上働き、そのうち3割に満たない人しか法定の超過勤務手当をもらっていなかった。また、約半数が社会保障体系の中に入っていなかった。特に、若い女性労働者にとって重要な生育社会保険に至っては、使用者側も労働者側も重視しておらず、保険に入っている人はわずか0.8%しかいなかった。

○「出稼ぎ女性労働者の家」は1996年に成立した中国最初の女性出稼ぎ労働者のための公益組織である。この組織の笵暁紅理事は、労働者の権利保護の仕事をしているが、「労働契約法」が明確に要求しているにもかかわらず、多くの企業、特に正規ではない小規模の企業がいろいろな方法で規定を逃れている。

○女性出稼ぎ労働者は法律知識が乏しく、権利意識が希薄なので、権利侵害が起きても、それを主張しないことが多いか、自分が権利を侵害されていることすら知らないケースも多い。

○女性出稼ぎ労働者は結婚する年齢が遅くなるケースが多い。多くの女性出稼ぎ労働者は、内陸部の山村から出てきている人も多く、避妊や性病に対する知識がない人も多い。深セン市羅湖区がかつて調査したところによると、病院で人工中絶をした女性の6割は未婚の出稼ぎ女性労働者であったという。

○一部の出稼ぎ女性労働者の中には、都市で働く過程で、勉強と職業訓練を通じて自分の能力を高め、成功している例もある。全国婦女連合会のアンケート調査の中では、10.4%が管理職に、8.3%が会社社員になっていたという。

○中国社会科学院人口・労働経済研究所の鄭真真教授は、「女性出稼ぎ労働者は、中国の経済成長の推進の中で無視できない役割を果たしている。人材開発の観点で考えるのと同時に、女性労働者個人と社会の発展との関係にプラスをもたらすためには、社会が働く女性に自分の能力を発展させる機会を与えることができるかどうかがカギだ。」と述べている。

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 「人民日報」も農民工の実態については、こういったルポを時々掲載します。かなり多くのケースで、二重戸籍制度が問題だ、といった指摘がなされるのですが、実態はなかなか改善しません。「労働契約法」ができて施行されたのは、今年(2008年)の1月1日です。「中国の特色のある社会主義」とは「労働者がこういうふうに扱われている社会主義なのだ」ということは、中国の国内の人も、外国の人も知っているのですが、なかなか改善されません。多くの外国の企業は、こういった弱い立場におかれた多数の労働者がいることによって国際的に競争できる価格の中国製品の恩恵を受けているので、少なくとも外国からは、こういった状況を改善させよう、という圧力が働かないからかもしれません。

 中国共産党の機関誌「人民日報」が、こういった問題に目をつぶらずにちゃんと記事にしていること自体は「救い」なのですが、記事にはなるけれども、実態があまり改善されないのを見ていると、こういった記事も「党・中央は農民工の厳しい現状をちゃんと認識していますよ」といった「宣伝」の役割しか果たしていないのではないか、と思えてしまいます。

 現在の世界的な厳しい経済情勢の中で、今、中国の企業も相当に苦しんでいるところだと思います。一方で、労働者の権益保護の意識は、こういった「人民日報」の記事などを通じて、じわじわと労働者の中に根付いていくと思います。諸外国も、安い労働力の中国を利用することのメリットを享受する時代は終わった、と認識して、むしろ中国の数多くの労働者の権益を保護することによって、中国国内の労働者の収入を増やし、中国国内の内需を拡大して、中国を巨大な市場として活用することによって世界の経済成長につなげる、という方向に、中国との付き合い方を変えていく必要があるのではないかと私は思っています。

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2008年11月 2日 (日)

メラミン粉ミルク事件から政治改革を考える

 最近、中国では、食品安全問題や炭坑・鉱山の安全操業問題で、地方政府が不法行為を行ったり環境汚染を続ける企業を十分に管理監督できていない、ひどい時にはそういった企業と地方政府が癒着して問題を覆い隠そうとしている、といった事件が多発して、社会問題になっています。このため、党・中央でも、そういった企業と癒着して企業の不法行為を見逃しているような地方政府の幹部については、解任したり、賄賂などをもらっていた場合には、司法の場で裁くようにすることなどにより、改善を図ろうとしています。こういった社会情勢の中で、先に問題となった河北省の三鹿集団によるメラミン混入粉ミルク事件に関連して、11月3日号の経済専門週刊紙「経済観察報」の「観察家」(オブザーバー)の欄に、長江商学院の王一江教授が「三鹿事件から政治体制改革を考える」と題する評論を書いています。

(参考)「経済観察報」2008年11月3日号(11月1日発売)
「三鹿事件から政治体制改革を考える」
http://www.eeo.com.cn/eeo/jjgcb/2008/11/03/118722.html

 この評論のポイントは以下のとおりです。

○長い間、地方政府の幹部はGDPの増大にのみ神経を使ってきた。GDPの増加により地方政府の財政収入が潤い、雇用も確保されるからである。GDPの増加に成功した地方政府は、往々にして出世が速い。これは「地方政府の企業化」を推進した。こういった考え方は、法律を省みない一部の企業の活動を助長した。こういった体質は、今回の三鹿集団によるメラミン入り粉ミルク事件や無許可で操業する炭坑・レンガ工場など、様々な問題を引き起こした。

○党・中央は、こういった状態を問題視し、「科学的発展観」「正しくかつスピードの速い経済発展(「又好又快」=良くかつ速く)」といったスローガンを掲げて、注意を促してきた。「科学的発展」や「正しくかつスピードの速い経済発展」とは、経済発展の過程において、環境の保護、エネルギー消費の適正化、土地やその他の自然資源の適正な利用、適正な収入の適正な分配、社会保障、医療衛生、教育、社会治安、住宅問題、交通問題、食品安全と人民の満足感・幸福感を大事にすべきだ、ということを主張しているのである。

○しかし、これらの目標はなかなか有効に実現することができていない。今後、地方政府が採るべき道には次の三つがある。

(1)今までと同じ路線:GDP至上主義を続けることであるが、この路線を続ける限り「地方政府の企業化」は今後も進み、「科学的発展」「正しくかつスピードの速い経済発展」という目標は実現できない。

(2)地方政府に経済発展を求めない路線:中国の特徴は、政府が資源をコントロールしていて、法律による支配が不完全なことであるから、地方政府に経済発展を求めなかったら、経済に対する積極性は失われ、雇用を確保し、人民の生活水準を向上させて、貧困問題を解消する、という目標を達成することはできない。

(3)先進国のモデルに見習う路線:日本の汚染米問題など、先進国でも食品安全問題は発生している。しかし、先進国では中国のように人々の健康被害に影響が及ぶほどに拡大することはあまりなく、先進国の食品は基本的に安全である。

○中国で先進国のモデルを導入できないのはなぜか。それは次の点で中国と先進国との間に国情の違いがあるからである。

「司法の独立性」:先進国では、司法の独立により、消費者は食品に対する不安に基づき食品安全に対して問題を起こしている利益集団を明らかにすることができる。違法行為を行っている企業は地方政府の保護を受けることができず、違法行為は結局は企業自身の損失となって跳ね返ってくる。

「資源の分散」:先進国では経済発展の力の源泉は政府ではなく民間企業にある。政府が企業の利益を保護する程度はあまり大きくない。

「定期的な選挙」:これが最も重要なことであるが、先進国の地方政府のトップは、定期的な選挙により、有権者の審判を受けている。有権者による評価が気になるので、地方政府のトップは、環境を保護せず、資源を浪費し、社会利益を損ない、法律を無視してまで、企業によるGDP増加のみを追求するようなことを敢えてしようとは考えない。

○司法の独立性と定期的な選挙による社会監督管理制度が、現在の中国の国情と比べて最も異なる点である。

○中国の国情と符号した形で改善を図る道はないのか? 先進国のシステムのポイントは、権限の分散化である。政府のトップは、有権者による選挙で選ばれているので、自らの地位を失わないためには、有権者がどう考えるか、を真っ先に考えるようになる。企業は、違法行為により短期的な利益が図れるとしても、地方政府からの保護がなく、法律システムに対する怖れがあるのであれば、そう簡単に違法行為に走ろうとは思わなくなる。

○改革開放の30年の間、我々は党と政府の分離、政府と企業の分離を進めてきた。今、職位(ポスト)の点では、確かに党と政府、政府と企業は分離されている。しかし、私は、現在のポスト上の分離は、依然として形式上の分離であり、集体が責任を負うという原則にある以上、異なるポストにいる者が真にそれぞれ担当すべき責任事項について独立して責任を果たしているとは言えない、と認識している。我々の「分離」は、往々にして「有名無実」と言わざるを得ないのである。

○地方政府自らが自分で経済発展を進めざるを得ないのだったら、「科学的発展」や「正しくかつスピードのある経済発展」という要求を実現することはできない。それであれば、市長や県長(行政府)がその地方の経済発展に責任を持ち、市や県の党委員会書記が環境保護や資源の問題・社会の調和の問題に責任を持つ、というふうに責任を分離する以外に方法はない。地方政府における党と政府の責任を分離し、それぞれが担当する責任分野に対して評価を受ける、というシステムこそが、中国の国情に符合し、かつ「科学的発展」「正しく・スピードのある発展」という目標を満たすために今後進むべき道なのである。

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 環境問題、食品安全問題、炭坑などの違法操業問題等に起因する労働安全問題等の様々な問題の根っこが現在の政治体制の問題にある、という点を、現在の中国の法律に違反しないというギリギリの範囲内で(=中国共産党による支配体制を批判しないというギリギリの範囲内で)鋭く指摘した評論だと私は思います。王一江教授は「集体が責任を負うという原則にある以上」という表現を使っていますが、はっきり言えばここの部分は「社会主義という原則を採っている以上」と表現した方がわかりやすいと思います。ただ、そこまではさすがにハッキリとは言えなかったのでしょう。

 「党と政府の分離」「政府と企業との分離」は、30年前に改革開放路線が始まって以来、中国共産党自らが認識して進めてきた方針(注)ですが、それが現在でも「形式的なもの」に留まっており、機能として分離していない(チェック・アンド・バランスの機能を果たしていない)ことを上記の評論の筆者は明確に述べています。筆者は、中国共産党が進めてきている改革開放路線を、その基本理念に基づいてきちっと進めるべきだ、と述べていて中国共産党の現在の路線を応援しているのであって、決してそれを否定しているわけではありません。

(注)1989年までは「党と政府の分離」の方針に基づき、党の総書記と国家主席(政府の代表)と党軍事委員会主席(軍の主導権を握る)は別の人物が就いていました。しかし、1989年の「政治風波」を境としては、1989年には党の総書記と党軍事委員会主席が、1993年からは国家主席も含めて、この三つの職位に同一人物が就任するようになっています。つまり、「党と政府の分離」という改革開放の当初の原則が1989年の「政治風波」を境にして変わったのです。これまでもこのブログで何回も紹介してきましたが、今、多くの新聞の評論で、1980年代の(1989年以前の)改革開放の原点に回帰すべきだ、という論調が多くなってきています。

 一方、上記の評論の最後の部分、政府(行政府)が経済成長に責任を持ち、党の方が環境保全・資源の確保や人民生活の保障に責任を持つべきだ、という考え方は、もっともな考え方ですが、見方を変えると江沢民前総書記が提唱した「三つの代表論」を批判的に見ている考え方だ、と捉えることもできます。「三つの代表論」とは、中国共産党は、(1)中国の先進的な社会生産力の発展に対する要求を代表する、(2)中国の先進文化の方向を代表する、(3)中国の広範な人民の根本的利益を代表する、ことを指しますが、三つのうち(3)がポイントであり、中国共産党は、労働者・農民(プロレタリアート)だけではなく、中小商工業者、企業家(昔の言葉で言えばブルジョアジー)や知識階層なども含めた人々の代表である、という点で、画期的な議論です。

 この「三つの代表論」は、よい意味では、中国共産党がイデオロギーに凝り固まった政党から脱却して中国社会の幅広い分野の人々の意見を結集した現実的な執政党に脱皮した、という言い方もできますし、別の言い方をすれば、労働者だけでなく企業家の意見も聞くようになった、といも言えます。後者の方は、意地悪な言い方をすれば、中国共産党の党員が企業家と癒着関係になっても即座にそれを否定することはできなくなった、とも言えます。上記の評論の筆者・王一江教授は、党の役割を経済成長を進める役割から分離させ、人民の生活を守る役割に特化させるべきだ、と主張しているわけであり、中国共産党の役割を「三つの代表論」で転換した方向から、本来の役割(経済的に力を持たない労働者・農民の権益を守る役割)に戻そうとしている、と考えることもできます。

 いずれにせよ、王一江教授は、「選挙がない」という現在の中国の最も重要なポイントを指摘している点で重要です(中国にも、人民代表を選ぶ選挙はありますが、人民代表選挙は間接選挙であり立候補に一定の制限がある点で「選挙と呼べるようなものではない」ということは、中国の内外の人はみなよくわかっています)。王一江教授が「だから選挙をやるべきだ」と主張していないのは、現在の中国の新聞に掲載できる論評の限界を示していますが、いずれにしても、こういった議論が新聞やネット上で自由に展開されていることは非常に重要です。こういった活発な議論がなされる中で、中国にとって実現可能な、最もよい方法が見つかることになるでしょう。

 世界的経済危機の中で、中国経済も苦しい状況にあります。しかし、中国政府は財政的には大幅な黒字であり、2兆ドルに達しようかという膨大な外貨準備もありますので、いざとなれば苦しい立場に立つ企業に「公的資金の注入」をすることはいつでもできますので、現在の世界の中では、中国の社会は、むしろ「比較的安心して見ていられる社会」と言ってもいいかもしれません。北京オリンピックが終わった後も、心配されていた「急激な経済バブルの崩壊」はありませんでした。こういった比較的安定した社会が続いているうちに、長期的な将来へ向けて、安定した社会を持続させることができるようなフィード・バック・システムが上記のような様々な議論を通して構築されていくことを期待したいと思います。

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2008年10月28日 (火)

第17期三中全会決定のポイント

 10月9日~12日に開催された第17期中国共産党中央委員会第3会全体会議(第17期三中全会)で「中国共産党中央による農村改革の発展の推進における若干の重大問題に関する決定」(以下、簡単に「決定」と呼ぶことにします)が決定されました。

(参考)「新華社」ホームページ2008年10月19日アップ
「中国共産党中央による農村改革の発展の推進における若干の重大問題に関する決定」(2008年10月12日中国共産党第17期中央委員会第3回全体会議で採択)
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-10/19/content_10218932_1.htm

 この決定は、非常に重大な内容を含んでいるものの、表現が「改善させる」とか「強化する」とかいった曖昧な表現になっており、実際にどの程度厳格に進めるのかについては、今後、この方針を具体的な法律として書き起こす時に決められると考えられる部分が多いので、新聞報道などではあまり「重大な変化」としては報道されていないようです。しかし、従来の中国共産党の基本方針からすると、かなり大きな「方向性の変化」を示す部分も含まれていると思われますので、簡単にそれをまとめておきたいと思います。

 今回の「決定」は、大きく分けて6つの部分にわかれています。それぞれの部分についての「決定」の内容とその意味について私が考えるところを簡単にまとめておきたいと思います。

1.新しい情勢の下における農村改革発展の重大な意義

 ここの部分は、現状認識を述べた部分で、1978年12月の第11期三中全会で決められて現在まで続いている改革開放路線の中で、いくつかの矛盾点が出てきており、その問題点に対処するためには農村改革をさらに進めることの重要性を指摘しています。その際、ポイントとして指摘しているのは以下の点です。現在の中国社会が抱える問題点をかなり率直に認めている点では注目に値すると思います。

○食糧と主要農産物を効果的に生産し、農民の収入を増加させ、農村を反映させることが持続可能な社会を発展させるための基本である。

○改革開放政策の進展により、グローバル化(国際的な協調と競争の深化)が進む中で、中国における「都市と農村との二重構造の問題」における矛盾が突出してきている。農村の経済体制は、現在においてもなお不完全であり、農業生産経営の組織化はいまだに低く、農産品のマーケットシステムと農民に対する社会福祉制度と国家が農業を支援する制度は完全なものとは言えない。

○気候変動の影響が大きくなってきており、自然災害が頻発している中、国際的な食糧需給の矛盾も突出しており、国家的な食糧安全保障と農産品の需給バランスとの関係は緊迫してきている。農村における社会的事業の水準は低く、農村と都市との収入格差は拡大しつつある。一部の地方では、最も基盤となる農村組織の基盤がぜい弱であり、農村における民主的法制度と基盤的組織と社会管理体制の確立が重要になってきている。

○農村の繁栄と安定化、農民が安心して暮らせる状況の実現なくしては、全国人民が安心して暮らせる社会を実現することはできない。

○現在は、農村と都市の二重構造を終わらせ、都市と農村が一体化して発展する局面を作るための重要な時期に差し掛かっている。

2.農村改革を発展させるための指導思想、目標、重大な原則

 ここでは、1.で述べた現状認識に基づき「何を行うか」を掲げた部分です。この中で、2020年までに農民一人あたりの純収入を2008年の2倍にする、という数値目標を掲げています。ただし、1.で都市と農村との格差拡大の問題を指摘しながら、ここでは「都市と農村との格差の縮小」を目標としては掲げていません。今後とも、農村における農民の収入増加の努力は続けつつも、「都市と農村との格差」を「縮小」させることは難しい、との認識があるためと思われます。

 収入の拡大とともに、消費水準の大幅な上昇、貧困の克服、農民自治制度の確立、農民の民主的権利の保障、農民一人一人の良好な教育機会の確保、農村における基本的な生活保障、基本的医療制度の健全化などが掲げられていますが、ここは「数値目標」的なものがないため「改善のために努力する」以上のことは、この「決定」の中から読みとることはできません。

 「決定」では、上記の目標を達成するための「原則」として、以下の5つを掲げています。

○農業の基盤を固め、全国13億人の食糧を確実に確保すること。

○農民の権益を確保し、農民の基本的利益を実現し、維持し、発展させることを一切の任務の出発点・立脚点として押さえること。

○農村における社会生産能力の開放を進め、新しい政策を農村発展の原動力とすること。

【解説】ここの部分は、過去の「人民公社」時代には、土地や生産資材の完全公有化と農作業の共同化により、個々の農民の農作業に対するインセンティブ(やる気)を失わせたのに対し、改革解放後、「人民公社」を解体して、個々の農民に「生産請負」の形で自主性を与え、各農家のインセンティブを引き出して農業生産を拡大させてきた過去の経験を踏まえたものです。

○都市と農村との発展を統合し、新しい工業と農業との関係、都市と農村との関係を速やかに構築すること。

○中国共産党の農村における管理任務を堅持し、党による農村における指導の強化・改善を図ること。

【解説】「改革の推進により農民の心が中国共産党から離れることがあってはならない」という党としての危機感を感じる部分です。

3.新しい制度改革を協力に推進し、農村制度の確立を強化する

 ここの部分がいわば今回の「決定」の「目玉」の部分で、具体的な新しい政策のあり方が列挙されています。

(1)農村の基本的経営制度の安定化と確立

○個々の農家単位の生産請負制は「長期的に安定」である。

【解説】中国の土地は公有(国有または村などの集団所有)ですが、各農地における農業生産は「生産請負」の形で各農家に任されています。「生産請負契約」によって求められる一定量の生産量を超える部分は、各農家で自分の収入として処分できます。これが各農家のインセンティブ(やる気)を出させて農業生産を拡大させた改革開放の原点なのですが、改革開放当初は、この「生産請負制度」は30年の期限付きで行う、として始められました。今、改革開放から30年が過ぎようとしているので、この期限を30年から70年に延長すべき、といった議論がなされていました。今回の「決定」では、具体的な延長年限は明示せず「長期的に安定である」という曖昧な表現になっています。年限を切らなかった理由、または年限を切らずに「無期限」としなかった理由については不明ですが、将来の政策変更に含みを持たせたかったため、と理解することもできると思われます。あるいは党の内部で議論の集約ができなかったからかもしれません。

(2)健全で厳格かつ規範的な農村土地管理制度を確立する

○土地管理制度を厳格にし、全国の耕地面積18億ムー(1ムーは6.667アール=15分の1ヘクタール)という「レッドライン」を下回らないように死守する。「永久基本農地」を確定し、「基本農地」の面積を減らしたり、用途を変更したりしないようにする。

○農家の土地に対する「請負生産経営権」、即ち「請負生産」を行うために農家が農地を占有し、使用し、そこから収益を上げることを権利として確立する。「請負生産経営権」については、「請負生産経営権」を交換する健全なマーケット(「請負生産経営権交換市場」)を設置し、「請負生産経営権」を他者への請負委任、貸し出し、交換、譲渡、株形式での持ち合い等の形式で移転させることにより、多種多様な経営方式と適切な規模の経営が可能なようにする。条件が整っている地方においては、大規模専業農家の発展、家庭農場、農民が集まって作る専業合作社の設立などの様々な経営規模の経営主体が考えられる。「請負生産経営権」の移転は「土地は公有(国有または集団所有)である」との大原則を変えるものではなく、全体としての農地の規模を変えるものであってはならない。

【解説】

 ここの部分が今回の「決定」の最も重要な部分です。「土地は公有」という大前提は変えることはしないが、他人への委任、貸し出し、交換、譲渡、株形式での持ち合い等により「請負生産経営権」が特定の者(または合作社などという名前の組織)に集中し、大規模農業経営が行われることを認めています。これは、農業生産会社が農家から「請負生産経営権」を買い取って大規模プランテーションを行うことを可能にしているほか、大規模農家が貧しい農家から「請負生産経営権」を買い取ることを可能にしている、という点で、「大規模地主から土地を取り上げて大多数の貧農に土地を分配する」ことから出発した中国共産党の大原則を変える、という意味で、極めて「革命的」であると言えます。

 「請負生産経営権」を売った農民が「請負生産経営権」を買い取った会社や大規模農家の「雇用者」として耕作を行うこともあり得るので、この制度により、「請負生産経営権」は耕作者の手元から離れることになります。日本では農地法において実際の農地の耕作者以外に農地の所有を認めていないので、この制度が中国で実現することになると、農業に関しては、日本の方が中国よりずっと「社会主義的な国」ということになります。

 ここの部分では「請負生産経営権」を農業を行わない者(工業用地開発業者など)に譲渡できるのか、についてははっきりした記述がありません。譲渡できるのは「請負生産経営権」であって「土地使用権」ではないので、譲渡を受けた者は必ず農業の請負生産をしなければならないのだ(経営権は譲渡できるが、農地の農業以外への利用はできないのだ)、と読むのが自然だと思われますが、「請負生産経営権」は「権利」であって「義務」ではなく、「請負生産経験権」の譲渡を受けた者が「農業生産を行う権利」を放棄して農地を別の用途に利用することも禁止していないようにも読めるので、この点は極めて曖昧です(曖昧であるが極めて重要な部分です)。

 また上記項目の中で「請負生産経営権」の移転を認めておきながら、「『土地は公有』との原則は不変であり、全体としての農地の規模を変えるものではない」としている部分も意味不明です。ここの部分は、「『土地は公有』という原則はいつまでもついて回るので、土地の収用権(必要な時に合理的な補償金を払うことによって土地の使用権を回収する権利)は、国または村などの集団が保持しているので、中国全体として農地が不足する場合は、国または村が「土地所有権」に基づく土地の収用権を発動して、合理的な補償金を支払った上で「請負生産経営権」の所有者から土地を取り上げて国家が必要とする農産物を生産させるようにすることが可能なのだ、という意味なのかもしれません。

 ただし、ほとんどの農地は村など地方の「集団所有」であって「国有」ではありません。各村にとっては中国全体の農地が不足しているかどうか、などということは関心の外ですので、実は「土地は公有」であることは「中国全体の農地の規模が一定以下にならないようにするための支え」には全くなっていないのです。そういった点も踏まえると「請負生産経営権」の譲渡等を認めることと「『土地は公有』という原則は不変である」こととの関係は、曖昧模糊としており、この「決定」だけではどういう政策が採られるのかは全く判断できません。

○農家の住宅用地については、法に基づき農家に住宅用地としての「物権」を保障する。農家の住宅用土地を収用する場合には、「同地同価」の原則に基づき、合理的な補償を行うとともに、宅地用土地を収用する農民の就業、住居、社会保障などの問題を解決しなければならない。

○都市と農村とで統一した建設用土地市場を設立し、収用した土地の使用権を転売する場合には、必ず統一的な市場において公開の場で土地使用権の売買を行うこととする。

【解説】

 ここの部分は、現在、農家の住宅用土地も「集団所有」であることから、村などが十分な補償を行わずに農民の住宅用土地を収用し、村当局が特定の開発業者と土地の売買をしていて、土地売買の透明性が確保されていないケースが多い、という現状を反映しているものと思われます。

 また、農民の住宅用と地の「土地使用権」を土地を所有している集団の構成員(村民)以外の人に譲渡できるのかできないのか、についてもこの「決定」では述べていません。従って、現在、問題になっている「小産権」(農民の土地の上にマンションや別荘を建てて都市住民(村民以外の者)に売買するような不動産物件)の存在を認めるのか認めないのか、は、この「決定」を読んだだけではわかりません。 

(3)農業支援制度を確立する

○農業生産のために必要な物資の価格が高騰した時の補償、農産品の価格保護制度など農業を安定的に続けられるようにするための制度を確立する。

(4)近代的な農村金融制度を確立する

○農村合作組合や信用組合など近代的な農村金融制度と政策性農村保険制度を確立する

【解説】ここの部分については、農民が上記の「請負生産経営権」を担保として金融機関からお金を借りられるのか、という疑問が生じます。新聞に掲載されている専門家の解説によると、農民がお金を返せなくなり金融機関が担保にしていた「請負生産経営権」を接収しても、金融機関は「農業経営」はできないのだから、そもそも「請負生産経営権」は担保とはなりえない、とのことです。しかし、金融機関は「請負生産経営権」を取得した後、その権利を農業経営をすることができる第三者に売却することが可能なのだから、担保とすることは可能である、と考えることもできます。「請負生産経営権」をここでいう「近代的な農村金融制度」の担保とすることが可能なのかどうか、という疑問は、農村における金融制度の確立上極めて重大な問題なのですが、この「決定」では、その疑問には答えていません。

(5)都市と農村との経済社会発展一体化制度を確立する

○農村と非農村に分かれている現在の戸籍制度を改革し、中小都市においては、都市で安定的に就業している農民が都市住民になれるよう制度を緩和する。労働報酬、子女の就学、医療、住宅借り上げ・購入、養老保険等の面において農民工(農村戸籍の農民が都市に出て働いている出稼ぎ労働者)の権益を保護する。

【解説】現在、農民工の子女は都市部で公立学校に入学できず、医療保険が適用されず、住宅の借り上げ・購入などにもいろいろ制限があります。ここでは二重戸籍制度は「やめる」とは言っていないし、「いつまでに何をやる」といったタイムスケジュールも示されていないので、現実的に農民工の権益保護が改善されるかどうかは、今後の政策の進展に掛かっており、具体的にどういった改善がいつまでになされるのか、は、この「決定」を読んだだけではわかりません。

(6)農村における民主管理制度の健全化

○2012年までに郷鎮(村レベル)の機構改革を終了させ、郷鎮政府の社会サービス機能を強化する。

○郷鎮政府の統治管理に対する農民の政治参加と積極性を引き出すため、行政事務の公開と法に基づく農民の知る権利、参政権、意思表示権、監督権を確立する。

○村の党委員会組織による指導を健全化し、村民自治システムに活力を与えるため、直接選挙制度を深く展開させ、村民会議、村民代表会議、村民議事によって民主的に政策決定を行うようにする。

【解説】村民委員会の直接選挙制度は地方によっては1990年頃から既に導入されてはじめています。今回の「決定」では上記のように書かれていますが、具体的に村民委員会と村の中国共産党委員会との間で、実質的な政策決定権限がどこにあるのかが明確にならない限り、どのような「民主化を進める」というスローガンを掲げたとしても、実際にどの程度民主化が進むかは疑問です。この「決定」を見ると、逆の見方をすれば、郷鎮(村)より上のレベル(市や県のレベル以上)では住民の直接選挙による自治制度を導入する考えは全くないことがわかる、という見方をした方がよいのかもしれません。

 4.以下は新しいことは何もない(と私は思う)ので項目だけを掲げます。

4.近代的農業の発展と農業総合生産能力の積極的な発展

(1)国家食糧安全保障の確保
(2)農業構造の戦略的調整(市場のニーズと各地方の特色に合った生産品目や生産規模の設定)
(3)農業における科学技術イノベーションの推進
(4)農業インフラ施設の整備
(5)病害の防止、農産品の品質管理、農業生産資材の安定的供給確保等の新しい農業サービス体系の確立
(6)循環型農業、副産物や廃棄物の資源化等による持続可能な農業の発展(森林や草原を食い尽くすタイプの農業の排除)
(7)農業の対外開放(国際市場の研究と情報収集を強化し、国際的な農産品貿易秩序に積極的に参加する)

5.農村における公共事業を加速させ、農村社会の全面的な進歩の推進

(1)科学的思考(迷信や旧い風習の排除)、遵法道徳、男女平等の普及などの文化活動を発展させる。
(2)農村における公平な教育の推進
(3)農村における医療・衛生事業の発展
(4)農村における最低生活保障、養老保険、自然災害被災者、障害者等に対する社会保障体系の健全な発展
(5)電気、水道、道路、ゴミ処理などの農村における生活インフラ建設の強化
(6)貧困地域の開発支援の推進
(7)農村における防災・減災対策の推進
(8)農村における社会治安維持管理の強化(健全な党と政府の主導により農民の検疫を守り、広く社会の人々との意思疎通を図ることにより、各種矛盾は萌芽の段階で解決する)

6.党による指導を強化・改善し、農村の改革発展に対して政治的な保証を提供する

(1)党による農村の指導体制を強化する
(2)農村の基盤における党の組織を強化する
(3)農村の基盤における党幹部の人材養成を強化する
(4)農村のおける党員の人材養成を強化する
(5)農村における党の規律維持を強化する

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 以上が第17期三中全会で決まった「中国共産党中央による農村改革の発展の推進における若干の重大問題に関する決定」のポイントです。「方向性」としては、特に「請負生産経営権」の譲渡を可能としている部分で、もはや「社会主義」とは言えないような方向を目指すような重大な転換を含んでいます。しかし、「請負生産経営権」の譲渡や移転を認めながら、なぜ土地の所有は公有であり続けなければならないのか(なぜ土地の私有制を導入できないのか)など、多くの疑問と曖昧な点を残しているのが今回の「決定」の特徴だと思います。

 中国では、現在では、中国共産党の決定がそのまま実行されることはなく、党が決めた方針に沿って法律が作られ、その法律が全国人民代表大会(全人大)で決定されて、初めて政策が現実のものとして実施されることになります。従って、法律案が起草されて、その法律案が全人大で議論される過程で、具体的な実施方針が変更されることはあり得ます。全国人民代表の3分の2程度は中国共産党員ですので、基本的な方針が大きく変わることはありえませんが、法律案の概要が新聞などで伝えられて、多くの人々から強い不満が出たりすると、法律の審議の過程で修正が入ることは十分にあり得ます。現在の中国では、議会制民主主義のシステムはないけれども、中国共産党と言えども、世論を無視した政策の強硬はできない状況になっているのです。

 上記の農村改革に関する問題の中で、例えば二重戸籍制度の改革は、農民にとっては是非とも廃止して欲しい制度ですが、安い労働力が農村部から自由に都市に流入してきては困るので、都市住民にとっては二重戸籍制度の廃止は、必ずしも歓迎すべき政策変更ではありません。議会制民主主義システムがない以上、そういった人々の中に異なる意見が存在する場合に、その意見をどうやって集約して政策に反映させるのか、という「ルール」は中国にはまだ存在していません。今回の第17期三中全会で決まった農村改革に関する決定も、固まったルールがない中で世論を取り入れて具体化されていくことになるので、どういった人々の世論を取り入れ、どのような形で、いつ具体的な政策を固めていくのか、を今から予測することは困難です。

 今回決定された「農村改革」は、中国にとって長期的に極めて重要な課題ですが、それよりも、現在、世界を覆っている経済危機とそれに伴う中国の輸出産業の低迷の方が現在の中国にとっては緊急の課題です。そういう意味でも、今回の第17期三中全会での決定は、今すぐに結果が見える、というものではなく、長期的な観点で見ていく必要があると思います。

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2008年10月15日 (水)

「人民日報」が新交通規制の法律論議に言及

 このブログの前回の記事で、北京市人民政府が、10月11日から来年4月10日までの間、平日の5日間、ナンバー・プレートの末尾番号で5分の1の車の通行を禁止するという新しい交通規制を始めたことに対して、この規制は自家用車という私有財産に対する財産権の侵害ではないか、といった法律論議が起きていることについて書きました。

(参考1)このブログの2008年10月12日付け記事
「北京の新交通規制に異議を述べる社説」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/10/post-ec68.html

 上記のブログの記事にも書いたのですが、北京市人民政府という行政機関(いわば「おかみ」)が決めた規則に対して、新聞がそれに異議を挟む意見を社説として掲載したことは、中国としては、ある意味で画期的なことだと思いました。この問題は、実際、不満も含めていろいろな意見が出ているようです。10月14日付けの中国共産党の機関誌「人民日報」では、この問題を正面から取り上げていました。

(参考2)「人民日報」2008年10月14日付け記事
「平日五日間の通行制限規制が法律論議を引き起こしている」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-10/14/content_117830.htm

 この「人民日報」の記事では、今回の北京市人民政府の規制は「自家用車という財産の使用を一部禁止するという意味で、財産権侵害ではないか」との議論が起きていることを率直に指摘した上で、以下のような何人かの専門家の意見を掲げています。この記事に載っているそれぞれの専門家の意見を御紹介するとともに、それぞれの専門家の意見に対する私(このブログの筆者)自身の考えを書き添えてみたいと思います。

【専門家A(北京市英島法律事務所のトウ澤敏弁護士)の意見】
(「トウ」は「登」に「おおざと」)

 「物権法」に基づけば、所有権とは、自動車を占有し、使用し、(それを使用したり譲渡したりすることによって)収益を上げ、処分する権利からなっており、いかなる機関や個人もこれを冒してはならない、とされている。週1日とは言え、使用権、収益権を完全に行使できないように制限することは、法律面から言えば「権利を侵害している」という指摘を避けることはできない。

(参考3)中華人民共和国物権法(2007年3月16日第10期全国代表大会第5回会議で採択)
http://www.gov.cn/ziliao/flfg/2007-03/19/content_554452.htm

(「専門家Aの意見」に対する私の考え)

 最も常識的な意見と思われる。この意見をトップに持ってきているところに「人民日報」の一定の良識を感じることができる。

【専門家B(中国政法大学の解志勇副教授)の意見】

 自家用車は人々の私有財産であるが、今回の規制は所有権に変更を加えるものではないし、使用権を侵すものでもない。「上路権」(「車を道路で走らせる権利」とでも訳すべきか)を制限しているのに過ぎないので「道路交通安全法」「交通管理条例」に合致している。

(「専門家Bの意見」に対する私の考え)

 週の平日5日のうち1日について車の市内での通行を禁止することを「使用権を侵すものではない」としている点には私は賛成できない。通行禁止区域(第五環状路より内側)以外の区域では毎日車を使うことができるので「使用権は侵害していない」という主張だと考えられるが、「使用権」とは、法律に違反したり他人の権利を侵害したりすることがない限り、いついかなるところでも使える権利、のことなので、その一部が侵害されるのだとすれば、それは使用権侵害とみなすべきであると私は考える。

 「上路権」といった新しい概念を持ち出してきて、「使用権は制限していないのであって『上路権』を制限しているだけ」と主張するのは、言葉を言い換えただけであって、今回の交通規制が正当であるとの納得させられるだけの論拠を提供していない。

【専門家C(武漢理工大学経済学部で交通問題を研究している李俊副教授)の意見】

 今回の規制は、物や土地に関する権利を規定した「物権法」に違反していると言うことは非常に難しい。というのは、自家用車に関する所有権は侵しておらず、一部分の時間の一部地域における使用を制限しているだけであって、それに相応する補償措置もあり、使用権を侵しているとも言い難い。

 法律が政府の交通管理部門に付与している権限はかなり大きい。しかし、どういう時に、どういう地域で、どういう状況の下で交通制限を実施できるかについての明確な規定がなく、関連法規は今なお不完全である。

(「専門家Cの意見」に対する私の考え)

 専門家Cは「それに相応する補償措置もあり」としているが、北京市人民政府の通告によれば、規制を導入する代わりに「車を持つ人が負担する『道路保全費』と『車船税』を1か月分減税する」となっているだけであり、客観的にはこれが「相応する補償措置」とはとても言いがたい。この規制が続く6か月の間、毎週1回、別の車をレンタルするとすれば、減税分を超える経済的負担が出るのは明らかだからである。また、毎週1回、車を使えないことによりビジネスに影響が出るケースも想定され、この規制による経済的損失は人によってそれぞれ異なる。従って仮に「1か月分の減税」を「補償」と考えるとしても、その額は定額であるのだから金額的に言って「規制によって生じる経済的負担に相応する補償額」とはなり得ない。

 また、そもそも「使用権」とは「補償金を支払えばいつでも制限できる」という性質のものではないのだから、専門家Cの意見には私は賛同しかねる。

 なお、中国の土地が国有または村などの集団所有であり、土地の私有が認められていない現状に鑑み、中国の「物権法」には、個人の家屋等の不動産については、公共の利益上必要がある場合には、法律に基づき、一定の補償金を支払った上で、これを収用することができる旨の規定がある(物権法第42条)。裏を返せば、こういった法律上の規定がない自家用車等の動産については、基本的に、所有者が他の法律や他人の権利を侵害しない範囲で自由にその所有物を使用することを補償金を支払うことによって禁止することはできない、と解釈すべきであると私は考える。

【専門家D(中南財経政法大学社会発展研究センター主任の喬新生教授)の意見】

 車の通行規制は、道路という公共財産を使う権利に関係しており、今回の事例は、公共財産を管理する公権力と自家用車を使用するという個人の権利との間の緊張関係を作っている。

 今回の交通規制の実施に当たっては、人民代表大会(議会に相当する)の審議を経る必要があったという意見、または公聴会を開くべきだったという意見がある。今回の交通規制を北京市人民政府が行ったことについては、法律上の根拠があり、その目的は正当なものであると言えるが、道路という公共財産に関するもの、という性質上、規制実施の前に、幅広い住民の意見を聞く措置を講ずるべきだった。

 この案件は「法律により行政機関に権限を与える」ことに関する中国の行政と立法との関係の特徴を反映している。幅広く行政に権限を与えている結果、法律・規則の中に民意による基礎の明らかな欠落が存在しているのである。

(「専門家Dの意見」に対する私の考え)

 「専門家D」は、中国の法律と行政との関係の問題点を明確に指摘している。このような問題点を指摘する意見が、「人民日報」に堂々と掲載されていることは評価に値すると考える。

【「民意の反映」という点に関する専門家Bの意見】

 メディアは、大多数の市民(自家用車所有者を含む)は交通規制を支持していると報道しており、このことは、この規制には既に広範な民意の基礎があることを示していて、この規制は民主的に作られたと言うことができる。交通規制は、行政規定に過ぎず、それを制定する権限は既に行政機関に与えられており、規制の公布と実施にあたり人民代表大会の審議は不要である。

 中国の立法関連法規の規定では、行政法規の策定過程において、関係機関、組織、一般公衆の意見を聞くことが求められているが、意見を聞く方法は、座談会、討論会、公聴会などいろいろな形式があり、公聴会はその方式のひとつに過ぎない。必ず公聴会を開かなければならない、というものではない。

(「『民意の反映』という点に関する専門家Bの意見」に対する私の意見)

 「メディアが『大多数の市民は賛成している』と報道しているから、既に広範な民意の基礎があり、この規制が民主的に作られた」という考え方は、私は到底受け入れることはできない。中国のメディアが中国共産党の指導下にある現状を踏まえればなおさらである。この種の規制を制定する権限が既に行政機関に与えられているのであって、人民代表大会で改めて審議する必要はない、というのは、現在の中国の法律上そうなっているのであるとすれば、反論のしようはないが、もしそれが事実なのだとしたら、立法機関は行政機関に権限を与え過ぎである。そもそも法律とは、人民の代表者が「行政機関が勝手なことをしないように、行政機関の行為を縛るためのもの」であるはずなのだから、行政府に大幅な自由裁量権を与えてしまっているのだったら、それは人民代表大会が立法府の役割を果たしていないことになる。

※そもそも人民代表(人民代表大会の議員)自体、人民の直接自由選挙で選ばれるわけではないのだから、人民代表大会の審議を人民の代表者による審議、と呼ぶことはできないのだ、という議論は、また別の議論である。

【専門家E(北京大学政府管理学部の楊開忠教授)の意見】

 個人の行為が公共の利益に影響を与える時に限定的な政策を実施することは必要なことである。ただし、そういった政策を策定するに当たっては個人の権利を尊重しなければならず、公共の利益と個人の権利・自由との間のバランスを保つ必要がある。

(「専門家Eの意見」に対する私の考え)

 常識的な意見で、この記事の「まとめ」としてふさわしいが、今回の北京市人民政府の交通規制措置が法律的に見て妥当なものかどうか、というこの記事の中心テーマである「法律論議」については、何も述べていない意見である。

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 中国国内で今どういう議論が行われているか、を知る意味で、この記事は非常に参考になりました。いずれにせよ、行政府が行った規制と法律との関係についての客観的な様々な立場の意見を率直に「人民日報」が掲載した、ということは、かなり意義深いことだと思います。特に北京市人民政府が公布し、既に実施している交通規制を擁護する立場の意見だけでなく、それに批判的な意見もきちんと掲載していることは重要だと思います。

 10月9日~12日に行われた第17期中国共産党中央委員会第3回会議(第17期三中全会)の様子は、開催中は一切報道されず、何が議論されているのかも明らかにされないまま会議は終了し、12日に「公報」が発表されただけで、決定された重要文件の全文は14日になってもまだ公表されていません。こういうことに見られるように政治的な政策テーマについては、オープンな形で議論が行われない現在の中国ですが、まずは「交通規制のあり方」といった政治色のないテーマについて、オープンに議論を行い、「議論の仕方に関するルール」を確立することがまずは重要だと思います。改革開放から30年経った2008年になっても、まだそんな段階なのか、と不満に思う方々も多いと思いますが、ゆっくりではあっても、前進をしていれば、いつかは前に進むと思います。

 まずは「交通規制」のような政治的には無色透明なテーマから始めて、段々と政治的色彩の強いテーマについても、オープンに意見を述べ合い、議論するような世の中が中国でも早く実現すればよいなぁ、と願っています。ことを急がず、少しずつ段階を踏んで進んでいけば、社会的な混乱を招くことなく、政策議論のオープン化を進めていくことは、きっとできると私は信じています。

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2008年10月12日 (日)

北京の新交通規制に異議を述べる社説

 北京で10月11日から来年4月10日までの間、平日の運行車両を5分の1減らす交通規制を始めたことについては、10月7日付けのこのブログで書きました。

(参考1)このブログの2008年10月7日付け記事
「北京で新たな交通規制実施へ」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/10/post-6f7a.html

 ところがこの措置に対して、10月13日号(10月11日発売)の経済専門週刊紙「経済観察報」は、1面の社説で、個人所有の自家用車に対してはこの措置は緩和すべきだ、との主張を掲げています。

(参考2)「経済観察報」2008年10月13日号(10月11日発売)社説
「北京では自家用車に対しての規制はゆるめるべきだ」
http://www.eeo.com.cn/observer/pop_commentary/2008/10/11/116008.html

 この社説の主張のポイントは次の通りです。

○「道路交通安全法」や「大気汚染防止法の実施細則」によって北京市政府が大気汚染防止等のために交通規制を実施できることは規定されているが、それは特殊な緊急事態における措置を想定しているのであって、今回の北京市の交通規制のように恒常的な規制をする権限は北京市にはない。

○自家用車は個人の財産であって、「物権法」に基づき、自動車の所有者が自由に占有し、使用する権利があるのであって、北京市が国の法律に基づき行政権限を行使する場合には、個人の財産権を侵害するようなことがあってはならない。

○今回の措置は立法機関(人民代表大会)で十分に議論されておらず、北京市は立法機関から授権されている範囲を超えて行政権限を行使はできない。

○北京市人民政府に市民に良好な生活環境を提供する責務があることはわかるが、だからと言って、今回のように恣意的に私的財産権に制限を加えるような規制を実施してはならない。

○北京市当局者は、9割以上の北京市民がオリンピック期間中の交通制限により渋滞緩和と大気汚染の改善が図られたと認識していると指摘しているが、これは北京市民と周辺の都市の貢献が大きかったことによるひとつの特殊な例である。北京市当局は、こういった市民の意見でもって、今回の措置の必要性と合理性を説明することはできない。

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 私はこの社説は至極まともな主張だと思います。通常(日本などの場合)、国民の権利を制限したり国民に義務を掛けたりする場合には、必ず立法府(国会)が作った法律に基づかなければなりません。内閣が決める政令や各省が決める省令などもありますが、これらの政令や省令等は、法律を実施するための細目を決めるためのものであって、政令や省令で国民の権利を制限したり国民に義務を掛けたりすることはできません。国会で決める法律の中に法律が定める範囲内で政令や省令に権利制限や義務の「掛け方」を委任している場合はありますが、こういった場合でも「権利を制限する」「義務を掛ける」こと自体は国会での議決が必要な法律にその根拠がなければなりません。

 その点、中国では、人々の権利を制限したり義務を掛けたりする規則が、人民代表大会で決める法律の中に出てくるだけではなく、行政府である国務院が決める国務院令で出てきたり、北京市など地方政府が決める規則に出てきたりします。「紅頭文件」と言って、人民代表大会でも地方政府でもない、その地区の中国共産党委員会が出す通達で、人民の生活を規制することもあります(ありました)。さすがにこの「紅頭文献」によって人々の権利や義務に関する指示を出すことは「法治主義に反する」ということで止めるようになってきています(「全くなくなったわけではない」というのが現状だと思いますが)。

 上記の「経済観察報」の社説は、こういった行政府が人々の権利を制限したり義務を掛けたりする規則を作ることに対して、かなり「ピシャリ」と的を得た指摘をしています。中国の新聞は「党の舌と喉」と言われ、中国共産党の監視と指導を受けていますが、こういうふうに行政府が制定した規則に対して、真正面から異議を唱えているのは、政府の方針から一歩下がった鋭い指摘をすることの多い「経済観察報」ならではのことだと思います。

 「経済観察報」は、週刊の新聞ですが、1部3元(約45円)と中国の新聞の中ではかなり高いほうです。また、その記事の内容は「お金持ち階層」が読むものですから、この新聞の読者には自家用車を持っている人たちが多いのだと思います。今回の社説は、そういった「経済観察報」の読者の意見を代弁する、という意味があると思います。それにしても、政府の措置にこれだけまともに「ビシャッ」と意見を述べる新聞があると、私も胸がスカッとしました(同じ感覚を持った北京市民は多いと思います)。

 さすがに今回の交通規制に関する問題のような政治性のないテーマについての議論で、「政府が決めた規則に異議を唱えるのはけしからん」などと言われて発刊停止処分などが行われるはずはないと思います(「経済観察報」はそう思ったからこそ堂々と社説に書いたのだと思います)。これから、こういった問題について、政府の施策に対して異議を唱える意見であっても、どんどん自由に新聞に意見や主張が書かれるようになると、中国の社会も少しずつ新しいものに変わっていくのではないか、と私は思っています。

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2008年10月 9日 (木)

乳製品へのメラミン混入最高限度値

 中国政府(衛生部)は昨日(10月8日)、乳製品に対するメラミンの混入最高限度値を発表しました。

(参考1)「新京報」2008年10月9日付け記事
「乳製品に含まれるメラミンの最高限度値」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/10-09/008@023831.htm

 これによると、今回発表された乳製品に対するメラミン混入最高限度値は以下のとおりです。

・乳児用粉ミルク:1kgあたり1mg

・液体牛乳:1kgあたり2.5mg

・乳製品を含む食品:1kgあたり2.5mg

 これは国際的に一般に用いられているメラミンの耐容一日摂取量(Tolerable Daily Intake = TDI)、具体的にはアメリカでは体重1kgあたり0.63mg、ヨーロッパでは体重1kgあたり0.5mg、中国では体重1kgあたり0.32mgという値を用いて、例えば成人なら体重60kg、こどもなら体重2kg、乳児ならば体重7kgで計算して、標準的な毎日の食品摂取量を考慮し、TDIを十分に下回るように設定した、とのことです。

 メラミンは工業用原料であり、生産の過程で食品に混入することはあり得ないが、昨日の中国衛生部の発表では、メラミンは非常に広い範囲に利用されており、例えば食品を包装する容器から転移することもあるし、プラスチック材料が廃棄されることなどを通じて環境中にも存在しており、食品にメラミンが微量に混入する可能性はゼロではない、として、基準として「検出されないこと」を要求しなかったと説明しています。

 また、中国の衛生部は、これは「混入最高限度値」であって「許容値」ではないことを強調しており、この値が設定されたからと言ってそれ以下ならば食品に混入させてもよい、というものではなく、メラミンは食品に混入させてはならない物質であるので、食品の中にメラミンを混入させることは違法行為であり、刑事責任が追及される犯罪であることを強調しています。

 最近は、化学分析の精度が高くなっているので、分析すればごく微量な量でもあれば検出されてしまうので、メラミンは、工業用原料で食品には使わない物質ではあるものの、猛毒の物質ではなく、一定の量を定期的に摂取しなければ健康上の影響は出ないと見られていることを考慮して、「検出されないこと」を求めるのは現実的ではない、と中国政府は判断したものと思われます。

 乳製品へのメラミンの混入問題は、消費者の問題であるとともに、出荷ができなくなってしまった生産者の問題でもあります。消費者の方は赤ちゃんなどを除けば別の食材を探すことで我慢できますが、牛乳生産農家にとっては牛乳が出荷できないことは死活問題です。今回、中国政府が「メラミン混入最高基準値」を設定して基準を満たした商品であれば販売することを認めることにしたのも、そういった生産者側の立場も考慮したためと思われます。中央電視台の報道によれば、財政部と農業部は今日(10月9日)、特に困難に陥っている牛乳農家を臨時に援助する補助金として中央政府が3億元を計上したことを発表しました。

(参考2)「中国中央電視台」ホームページ2008年10月9日10:53アップ記事
「財政部と農業部が牛乳農家に対する緊急支援補助資金として3億元を計上」
http://news.cctv.com/china/20081009/103415.shtml

 こういう基準ができて早く全てのメーカーの牛乳が店頭に戻ってきて欲しいと思う反面、基準が「ゼロ」ではないことから、牛乳を飲むとその一部のメラミンが入っている可能性は否定できない状態が続くわけで、気分的にはあまりいい感じはしません。

 日本などは、今後とも「メラミンが検出されないこと」を追求するのでしょうか。中国で、このような「メラミン混入最高基準値」が設定された以上、中国の乳製品には基準値以下のメラミンが含まれていることは覚悟せざるを得ないので、日本が今後ともメラミンについては「食品からは検出されないこと」を追求するのであれば、中国から輸入された乳製品を原料とした食品は日本では売ることができないことを意味します。

 中国政府は、国内での混乱を収拾するために、今回「メラミン混入最高基準値」を設定したのですが、そのことが中国製乳製品の世界への輸出に相当なブレーキを掛けることになるかもしれない、と私は思っています。中国政府は、今回の「メラミン混入最高基準値」は国際的に使われているメラミンの耐容一日摂取量(TDI)を基にして設定したのだから、健康影響上は問題ない、国際的にもそれは受け入れられるはずだ、と主張するのでしょうが、世界の消費者が健康上影響があるかどうかにかかわらず「メラミンが入っていない食品」を求めるのだとしたら、中国製乳製品は国際市場から受け入れられないことになると思います。ただでさえ、世界同時不況で、中国の輸出産業は大きな打撃を受けています。こういった時期に、中国の食品関連産業は、食品安全の問題で、さらに一層厳しい試練に立たされるのではないか、とちょっと心配です。

 それから、もっと大事なことは、中国の消費者が、今後、食品安全の問題にどの程度シビアに反応するようになるのか、も重要な視点です。今回のメラミン混入問題は、赤ちゃんが飲む粉ミルクで問題が発生したことから、いつになく中国でも非常に懸念が広がりました。今回のメラミン入り粉ミルク事件は、中国の消費者の食品安全に対する見方をかなり変えた可能性があります。中国政府には、そういった自国内の消費者の意識の変化も見誤らないようにした政策決定が迫られていると思います。

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2008年10月 7日 (火)

北京で新たな交通規制実施へ

 北京市人民政府は9月28日、オリンピック期間中のナンバープレートの偶数・奇数による交通規制が大気汚染改善に一定の効果があった、として、10月11日以降、新たな交通規制を行うことした、と発表しました。その内容は以下のとおりです。

(1)平日は5分の1の車の通行を規制する。車のナンバープレートの末尾の番号が、月曜日は1と6、火曜日は2と7、水曜日は3と8、木曜日は4と9、金曜日は5と0の車の通行を禁止する(バスやタクシーなどの公共交通機関、緊急車両や大使館車など特殊な車両は除く)。

(2)気象条件などにより大気汚染がひどくなることが予想される場合には上記の交通規制に代えて、偶数・奇数による緊急交通規制を実施する(この緊急交通規制の実施は48時間前に発表する)。

 これらの規制は2008年10月11日から2009年4月10日までの間実施するとのことです。

(参考1)北京市人民政府ホームページ
「北京市人民政府の交通管理措置に関する通告」(2008年9月28日)
http://zhengwu.beijing.gov.cn/gzdt/gggs/t994741.htm

(参考2)北京市人民政府ホームページ
「極端に不利な気象条件の下では、政府部門は48時間前に偶数・奇数制限に関する情報を発表する予定」(2008年9月28日)
http://zhengwu.beijing.gov.cn/gzdt/bmdt/t994848.htm

 この冬にはオリンピックのようなイベントは予定されていないので、この措置がうまく機能すれば、来年4月以降も定常的にこういった措置が続く可能性があります。オリンピック期間中の規制は、みんな「オリンピックだからしかたがない」と思っていましたが、特別のイベントの予定がないこの冬の規制に規制を行うとは、私には意外でした。オリンピックが終わった後、偶数・奇数による交通規制が大気汚染や渋滞の緩和に効果があったことから、こういった交通規制はもっと続けるべきだ、という議論があったのは確かですが、経済面等への影響が大きいことから、私はホントにやるとは思っていませんでした。

 車を持っていない人はこの規制は歓迎だと思いますが、車を持っている人や会社、商店などでは、困っているところが多いと思います。車をビジネスの道具に使っている人にとっては、これは死活問題です。オリンピック、パラリンピック期間中の規制は、ずっと前からやることが決まっていたし、パラリンピックが終われば規制は終わる、と考えて我慢していた人が多かったと思います。それより、オリンピックのような国家的イベントやるのだから我慢しよう、と思っていた人が多いと思います。しかし、こういった規制が定常的に続いて経済活動に実際的な影響が出てくるようになると、話は違ってくると思います。

 特に(2)の「大気汚染がひどくなりそうな時は、規制を強化して偶数・奇数による制限とし、それを48時間前に発表する」との措置については、直前の発表では代わりの車を用意することができないので、車を使ったビジネス活動に実質的な経済的影響が出る可能性があります。

 今回の措置が発表された9月28日というタイミングも、たぶんこの規制に反対の立場にある人々にとってはかなり不満だと思います。今年は9月27日(土)、28日(日)は出勤日とし、29日(月)、30日(火)を振り替え休日として、10月1日(水)~3日(金)の法定休日と合わせて、10月5日(日)までの7連休にする、というのが、今年初めに出された政府の「お達し」でした。その国慶節の連休前の最終日にこの発表があったわけです。実施まで2週間の期間がある、とは言いながら、営業日としては実質1週間もないわけで、多くの会社などでは代車の確保などが間に合わないのではないかと思います。

 オリンピック期間中は、偶数・奇数の規制がありましたが、車の量は半分にはなりませんでした。おそらく友だち同士で車での貸し借りをやって、普段はあまり使われていない時間帯にも車が街へ出て、全体の車の稼働率が上がった、のではないかと思います。私の感覚では、偶数・奇数の規制で車の量は確かに減りましたが、半分までは減っておらず、7割程度になっただけだと思います。また、オリンピック、パラリンピック期間中に北京の空気がきれいになったことは事実ですが、それは車の交通規制と同時に建設工事の中止や周辺の工場の操業中止などを行ったからだと思います。今回の交通規制は、建設工事や工場の操業中止を伴わないし、規制する量も「半減」ではなく「2割減」の規制ですから、「大気汚染対策」という点ではあまり効果はないと思います(「渋滞の緩和」という点では一定の効果があると思いますが)。

 中国の場合、あまり準備期間をおかずに「おかみ」からドンと規制が降りてくることが多く、多くの中国の人々はそれにかなり慣れていますが、今回の北京市当局の措置については、ちょっとあまりに唐突過ぎる感じがします。また「オリンピックがある」というような特別の理由も存在しないことから、実際、かなり不満の意見も出ているようです。最近は、中国の人々も「権利意識」がだいぶ高くなってきていますから、特に経済活動に直接の影響が出るような会社などからの不満の声が今後高まってくる可能性もあります。

 「環境や渋滞の緩和のために車の通行を制限する」という方策はあってもいいと思いますが、もっといろいろな人の意見を聞いた上で、ある程度の時間的余裕を持って発表して欲しいと北京で生活している私としては思っています。こういう法運用の仕方を続けていると、「中国は突然法律の規定が変わってしまうかもしれない」という「リスク感覚」を外国の企業に与えることも中国にとってマイナスだと思います。

 一方で、もしかすると、この車の交通規制は、これまで「とにかく経済成長を最優先にする」という方針だった中国の政策が「経済成長を少し犠牲にしてもいいから、人々の生活のしやすさを優先させる」という方向へ転換した、ということを意味するのかもしれません。もし、そうなのだったら、少々生活や仕事の面では不便になりますが、それはそれで仕方がないかなぁ、という気もします。でも、もしそうなのだったら、「政策全体の変更である」とちゃんと説明して欲しいと思います。今回の新しい交通規制の発表では、そういった説明がなく、いきなり規制の追加だけが発表されたので、私の素直な感覚で言わせてもらえれば、規則やルールがしょっちゅう変わって、中国はやはり生活する上ではストレスの掛かるところだなぁ、と改めて感じてしまったのでした。

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2008年10月 4日 (土)

元に戻りつつある北京

 北京の大気汚染指数は9月30日~10月3日の4日連続で100を超える「軽微汚染」でした。オリンピック、パラリンピックが終わり、ナンバープレートの偶数・奇数による自動車の通行規制が9月20日を最後に終了し、工場の運転や各地の工事現場でも作業を開始したことが効いているようです。

 これに対して、今日の北京の新聞「新京報」は「『オリンピック大気』を保つには、まだ共同努力が必要だ」と題する社説を掲げています。

(参考)「新京報」2008年10月4日付け社説
「『オリンピック大気』を保つには、まだ共同努力が必要だ」
http://www.thebeijingnews.com/comment/shelun/2008/10-04/008@020548.htm

 中国では、明日(10月5日)までは国慶節の連休なのですが、今年は、国慶節の連休期間中も工事現場での作業などが行われています。オリンピック、パラリンピックの期間中、約2か月、作業を中断せざるを得なかったので、施工主にとっても、働く労働者にとっても、「休みは既に繰り上げて取ってしまった」ということなのでしょう。そういった活動が大気汚染指数にすぐに反映されたことを考えると、やはり北京の大気汚染は人為的な原因の寄与度が大きいと考えられます。

 建設現場の工事も元に戻りましたし、残念なことですが、今日あたり街を歩くと、地下道にこどもの乞食(こじき)も戻ってきていました。アメリカや日本にもホームレスの人々はたくさんいるので、経済発展を遂げる中国であれば、そういった貧しい人々がいるのは仕方がない、と言えばそれまでですが、私の知る限り、少なくとも日本にはこどもの乞食はいないと思います。1980年代の中国にもこどもの乞食はいませんでした。1980年代の中国には、大人の「よくない人たち」はいましたが、こどもの乞食はいませんでした。今、中国にいるこどもの乞食は、大人が組織的に「やらせている」のだ、と言われています。オリンピックの期間中、取り締まりでそういう人たちを北京からなくすことができたのだとするならば、オリンピック期間が終わっても、そういう人たちをなくすことはできるのではないか、と私は思います。

 北京オリンピックは、中国に「やればできる」という自信を付けたと思います。ですから、オリンピックが終わったとしても、「やる」必要がある部分については「やればできる」と思います。このことは中国の人々も同じように考えていると思います。メラミン入り粉ミルク事件に見られるように「やれるのにやらない」ことについては、中国の人々は「物を言う」ようになってきています。「新京報」の大気汚染に関する社説もその一環ですが、この社説が言っているようにオリンピックが終わっても続けるべき「一つの世界の一つの夢」はまだまだあると思います。

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2008年10月 2日 (木)

温家宝総理の人気が支える中国政府

 2008年、中国はいろいろな問題に直面していますが、中国のテレビや新聞を見る限り、それらの様々な問題に対して、温家宝総理が現場に出向いて現場で指揮を取ったり、人々の意見を聞いたりする様子が頻繁に出てきます。1月末から2月初旬に掛けての中国南部を襲った寒波・大雪・着氷被害の時もそうでしたし、四川大地震の時もそうでした。温家宝総理は、オリンピック、パラリンピックの時には中国に来た要人との会見をこなし、9月の国連総会での演説もしました。メラミン入り粉ミルク事件が起こると、病院に入院したこどもたちを見舞ったり、街のスーパーへ出掛けて問題の商品が回収される様子を視察したりしました。国連総会から帰国後は、有人宇宙船「神舟7号」の帰還の時にコントロール・センターでこれを見守りました。

 こういった多忙な日程の合間を縫って、7月には複数回に渡って転換期を迎えた輸出産業の状況を視察するため、他の国家指導者たちと手分けして沿岸部を視察しています。また、オリンピックのために全国ベースのニュースではあまり取り上げられませんでしたが、8月には寧夏回族自治区の最も貧しい地域の視察へ行くなど、地味な活動もしています。こういったすぐ現場へ行く行動力とソフトな人当たりで、温家宝総理は中国の人々の敬愛を集めています。中国では客観的な世論調査は行われませんが、もし世論調査を行ったら、各国の政治指導者を尻目にして、圧倒的な支持率を獲得すると思います。

 ということもあり、最近、何か問題が起こるとすぐに温家宝総理が現場へ駆け付ける、というパターンが多くて、ちょっと忙し過ぎではないかと心配です。現在66歳で、まだ老け込むお年ではないと思いますが、胡錦濤主席とのペアの任期は次の党大会(2012年)までと言われており、そろそろ時々は後継者となるべき次の世代の人に任せた方がいいなぁ、と思います。四川大地震の時は、李克強氏と交代で現場指揮に当たりましたが、実際にテレビカメラの前で何かを話す、というような場面では、やはりまだ温家宝総理が話すケースが多く、人々に人気のある温家宝総理に頼らざるを得ない、という現在の中国指導部の状況を感じさせます。

 その温家宝総理が国連総会のために訪米した際にCNNの単独インタビューに答えました。CNNのインタビューに答えるのは5年ぶりだとのことですが、CNNと言えば、この4月、北京オリンピック聖火リレー問題が起きた時、CNNのコメンテーターが中国製品を「ジャンク」と表現し、中国をならず者(goons and thugs)と表現したことから、中国国内のネットで怒りの声が沸騰したテレビ局です。CNN側は、さらに「『ならず者(goons and thugs)』と表現したのは、中国政府のことであって、中国人民のことではない」という挑発的なコメントを発表したことは記憶に新しいところです。

(参考1)このブログの2008年4月18日付け記事
「自信を失ったように見える中国」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/04/post_31ea.html

 温家宝総理がこういったCNNの単独インタビューを受けることにしたのも、もの柔らかな温家宝総理の人柄を利用して、オリンピックを成功させつつも、乳製品へのメラミン混入事件などでイメージが悪化してしまった中国に対する世界的なイメージをいくらかでも回復させようという中国政府の狙いがあったものと思われます。

 予想されたことですが、インタビューしたCNNの Fareed Zakaria 氏は、いくつかの質問の中で、1989年5月、天安門前広場に集まる学生たちに呼び掛ける趙紫陽総書記の隣に写っている温家宝氏(当時、趙紫陽総書記の秘書官だった)の写真を示して、「この時のことがどういう教訓になっているのか」と質問しました。温家宝総理は、下唇を振るわせて非常に困ったような顔をしていました。その画面を見て、私は素直に「これだけ人民と国家のために尽力している温家宝総理をあまり困らせるような質問はしないで欲しいなぁ」と思いました。でも、CNNとしては、これはこういう機会があれば避けることができない質問だったと思います。

 温家宝総理は、CNNの英語の通訳では「これ(1989年の経験)は中国の民主主義が前進させることになると信ずる」と言っていましたが、温家宝総理が中国語で本当にそういったのかどうかは、私には聞き取れませんでした。私には温家宝総理は単に「中国の民主主義が前進することを信じている」とだけ言ったのではないか、と思えました。いずれにしても、こういう極めて「敏感な」質問に対して、温家宝総理が答えたこと自体、画期的なことだと私は思います。

 このインタビュー映像は、北京でCNNのページから動画として見ることができました。このインタービュー映像では、学生たちにハンドマイクを持って呼び掛ける趙紫陽総書記の隣に温家宝氏がいる写真や、1989年当時の、長安街で戦車の前に立ちはだかる青年、逃げまどう人々の映像が流れました。私は、北京に来てから、この種の写真や映像に制限なしでアクセスできたのは初めてでした。中国当局としても、さすがに温家宝総理の単独インタビューの映像に対してアクセス制限を掛けることはできなかったのでしょう。CNNの単独インタビューを受けることにOKを出した時点で、こういう映像が作られることは容易に想像できたはずですので、温家宝総理がCNNの単独インタビューを受けたこと自体、ひとつの前進の「サイン」かもしれません。

 一方、昨日(2008年10月1日)の国慶節の日の午前中、中国共産党政治局常務委員の9人の国家指導者(胡錦濤総書記や温家宝総理も含む)が全員そろって、天安門前広場の中心にある人民英雄記念碑に花輪を捧げました。国慶節に行われる儀式として、不自然なものではありませんが、去年はこのような行事はありませんでした。「人民英雄記念碑に花輪を捧げる」という行為は、私には、1976年と1989年の二つの天安門広場での「できごと」の始まりを想起させます。多くの中国の人々もそうだと思います。今年は「改革開放30周年」の年であり、「改革開放政策」が1976年の天安門事件をきっかけにして動き始めたことを考えれば、昨日の9人の国家指導者たちが人民英雄記念碑に花輪を捧げたことは、これも不自然ではないのですが、私には「何かが変わりつつあるのではないか」ということを感じさせるできごとでした。

 さらに、これは単なる偶然なのかもしれませんが、今日(10月2日)発売の週刊紙「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)の1面記事は、胡徳平氏の署名入りの「民主法制を提唱し、封建主義に反対する~葉剣英の30年前の講話を再び考える~」と題する評論でした。

(参考2)「南方周末」2008年10月2月号
「民主法制を提唱し、封建主義に反対する~葉剣英の30年前の講話を再び考える~」
http://www.infzm.com/content/18042

 この評論は、30年前に「改革開放政策」を決定した第11期中国共産党中央委員会第3回全体会議(第11期三中全会)の直前に行われた中央工作会議の閉会式で行われた葉剣英氏(文化大革命を主導した「四人組」の逮捕に貢献した軍人の一人)の講話を思い起こして、改革開放について語った論評です。

 改革開放30周年の今年、こういった論文が出るのは別に不自然ではないのですが、この論評には葉剣英氏と胡耀邦氏ががっちりと握手としている1980年1月の写真がくっついています。胡耀邦氏も改革開放路線をスタートさせた時の重要人物ですので、こういった写真が載ることもまた別に不自然ではないのですが、胡耀邦氏は、1980年1月当時は中国共産党中央秘書長であり、その後、中国共産党総書記になり、1986年の学生デモをきっかけにして1987年1月に失脚した人です。しかも、胡耀邦氏が亡くなったのがきっかけで起きたのが1989年の事件でした。

 これらを合わせて考えると、改革開放30年を振り返ることになる今年12月までの動きの中で、1989年の「政治風波」も「目をそらす」のではなく、きちんとどういう意味付けだったのか、考えてみよう、という動きが出始めているのではないかと、私には思えます。

 温家宝総理が1989年5月に、直後に失脚する趙紫陽総書記の傍らにいたにも係わらず、その後も指導部の中枢部に居続けて、国務院総理にまでなっているのは、1989年の行動を「自己批判」したからだ、と言われています。しかし、温家宝総理が多くの中国の人々から慕われているのは、「自己批判したから」ではなく、むしろ「メシが食いたければ趙紫陽のところへ行け」と言われていた改革開放政策初期のリーダー趙紫陽氏の流れを汲んでいるからではないか、と私は思っています。今の中国政府がその温家宝総理に対する人々の敬愛がなければ成り立たなくなっている以上、1989年の「政治風波」に対しても、もっと客観的な見方をせざるを得なくなるのではないか、と私は考えています。

 オリンピック、パラリンピック、神舟7号による有人宇宙飛行が、全て順調に成功裏に終わりました。「お祭り」的なイベントは全て終わったので、10月以降は、地道な日々の「お仕事」が始まります。その中で、胡錦濤主席のリーダーシップの下、新しい明るい動きが始まることを私は期待したいと思います。(その大前提は、温家宝総理が今後も活躍をし続けることです。温家宝総理はあまりにも多忙が続いているので、是非とも健康にだけはお気を付けいただきたいと思います)。

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2008年9月28日 (日)

中国にとっての有人宇宙飛行の意義

 2008年9月25日、中国にとって3回目となる有人宇宙飛行船「神舟7号」が打ち上げられ、9月27日には中国にとって初めての宇宙遊泳に成功しました。私も「打ち上げ」と「宇宙遊泳」を中国中央電視台の生中継で見ました。打ち上げ時にはロケットにテレビカメラが付いていて、固体ブースター・ロケットが切り離される瞬間が映っていたし、宇宙遊泳の時は、船内に1台、船外に2台のテレビカメラがあり、宇宙飛行士の様子を克明に中継していました。映像の中の地球表面の様子や、宇宙船の進行とともに地球の陰に沈んでいく漆黒の宇宙に浮かぶ太陽も非常に美しいものでした。中国の宇宙開発も相当に「テレビ」を意識していると思いました。

 さて、今回の有人宇宙飛行については、中国の多くの新聞・テレビでは、この有人宇宙飛行を称賛する記事であふれていますが、広州で売られている週刊新聞「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)に、ちょっと違った観点の論評が載っていました。「南方周末」は、独自の視点で記事を書く新聞として有名で、去年放送されたNHKの「激流中国」の「ある雑誌編集部 60日の攻防」で果敢に記事を書く雑誌社として紹介された「南風窓」もこの「南方周末」系の雑誌です。独自の視点からの記事を書くので人気が高く、1部3元(約45円)と中国の新聞としては高い(大衆的な日刊紙は1部0.5元(約7.5円))のですが、結構売れています。実はこの新聞は、広州で発売されているのですが、北京の新聞スタンドでも買えます。北京に運んでくる運賃を考慮しても、売れるので儲かるからでしょう。

(参考)「南方周末」2008年9月25日号
「神船7号:全解説」特集の中の評論
「経済のため? 国防のため? それとも中華復興のため?」中国有人宇宙プロジェクトの意義(本誌特約評論員:趙洋)
http://www.infzm.com/content/17637

 この「趙洋氏」のような考え方は、まだ、現在の中国では「主流」にはなっているわけではないと思いますが、この評論のポイントを御紹介すると以下のとおりです。

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○普通の人は皆「神舟宇宙船」について全国的な慶事だと思うし、宇宙飛行士の高度な技術による科学技術サーカス(原文は「科技雑技」)を鑑賞するのだろう。しかし、私には、巨額な資金を消耗させる有人宇宙プロジェクトにのこのような「晴れ」の舞台の裏側に、深い「いわく」があることを考えさせる。

○有人宇宙飛行プロジェクトは、経済のためではない。アメリカやロシアでも有人宇宙飛行プロジェクトが宇宙産業以外の産業にもたらすインパクトは限定的である。日本、ドイツ、イギリス、フランスはいずれも独自の有人宇宙飛行計画を持っていないが、だからと言って他の科学技術領域やイノベーションの実力が弱いというわけではない。

○有人宇宙飛行プロジェクトは国防のためでもない。同じ金額があれば、大陸間弾道ミサイルや偵察衛星の方が効果的だ。

○それでは、中国の有人宇宙飛行プロジェクトは何のためにやっているのか。2006年の「中国の宇宙白書」(「2006年中国的航天」)によれば、中国の宇宙開発は「民族の結集力を強めて強国のための戦略を推進し、もって国家が全体的に発展するための戦略の重要な部分をなす」と書かれている。

○有人宇宙飛行プロジェクトは、有史以来、最もお金を使うプロジェクトである。それはピラミッドや万里の長城、教会の大聖堂を建設するプロジェクトを超えている。1950年代以来、大国が宇宙開発競争をやってきたのは、ピラミッドや万里の長城や教会の大聖堂と同じように、人々を畏怖させ、自分たちが力を持っていることを示すためだった。有人宇宙プロジェクトは、ピラミッドや万里の長城や教会の大聖堂を建設することが古代人に与えたのと同じ効果を現代人に与えるものである。

○米ソ両国は冷戦終結後は宇宙開発分野で協力を始めて、資源の節約を図った。交流は、秘密を保持するのに比べて科学技術の発展を促進した。一方で、宇宙ステーション協力問題で両国はしばしばそれを「外交カード」として使った。

○こうした情勢の下、1992年、中国は有人宇宙プロジェクトを始めたが、それは原爆、水爆の開発や人工衛星の打ち上げと同じように、国際社会における中国の地位を発展させるために選択したものであった。今後、中国が平和を希求し、国際関係を発展させようというのであれば、有人宇宙飛行プロジェクトも国家の外交目標に合致するものでなければならない。

○中国には「中国は宇宙において国際協力をする必要はない。少なくとも宇宙ステーションについては国際協力をすべきではない。」と主張する人がいるが、筆者の考えはそれとは異なる。歴史的に見て、鎖国的な政策は中国を強くはしない。

○2010年にはアメリカのスペースシャトルが退役することになっているが、アメリカは国際宇宙ステーションへの人や物資の輸送をロシアにいつまでも頼ることはできないので、スペースシャトル後の輸送手段について計画中である。

○中国は、自力で宇宙遊泳とドッキングの技術を確立した後、独立して技術を保持できるという前提の下、国際宇宙ステーションに有人宇宙飛行サービスを提供するという「宇宙外交」を展開することも悪くはない選択肢である。

○世界で最も力の強い国家と世界で最も人口が多い国家が宇宙において協力することは、世界大戦の可能性をさらに一段と微々たるものにする。その意味では有人宇宙飛行における国際協力は、国家安全のための施策の一つなのである。

○もしかつて閉鎖的だった中国がこの高度に敏感で困難な領域において西側と協力を展開したら、それは他の領域の国際協力におけるモデルとしての役割を果たすだろう。そして、それは中国の技術のグローバル化を実現し産業にも新たな道を切り開くものになるだろう。

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 今回の「神舟7号」の有人宇宙飛行でも、打ち上げ時には胡錦濤主席自らが打ち上げ上の甘粛省酒泉まで出向いて、宇宙飛行士の「出征儀式」に参加して宇宙飛行士たちを激励し、打ち上げの時は現地で視察したし、宇宙遊泳成功後は、北京の管制センターから宇宙飛行士たちと交信回線を使って直接話をしたりして、「国家的イベント」としての演出は色濃く見えました。その意味で、上記の趙洋氏の評論が指摘しているように、有人宇宙飛行は、国内及び国際社会に対する政治的メッセージの色彩が強いと言えます。ただ、そういったことを有人宇宙飛行の成功を讃える記事ばかりが並ぶ中国の新聞において、きちんと分析して、自らの意見を主張していた上記の「南方周末」の評論は出色のものだと思います。

 この評論では、文章表現として、宇宙遊泳のことを「科学技術サーカス」と言ったり、有人宇宙飛行プロジェクトを古代のピラミッドや万里の長城の建設にたとえたりしているのが、ちょっと刺激的かなぁ、という気はします。また「世界で最も力の強い国家(アメリカのこと)と世界で最も人口が多い国家(中国のこと)が宇宙において協力することは・・・」といった表現は、中国の民族ナショナリズムの感覚が強い人から見れば、ちょっと「カチン」と来る表現だと思います。こういった「国家の公式の考え方」「国家が公式に認める表現の仕方」とは異なる考え方・表現の仕方の論評が新聞に載り、ネット上でも削除されずに見ることができる、ということは、今の中国では、それなりに評価すべきことだと思います。

 1969年7月のアメリカの「アポロ11号」による人類初の月着陸成功の時も、「地上に貧しい人々が数多くおり、アメリカはベトナムで泥沼の戦争を戦っているというのに、これだけ巨額の費用を宇宙開発に使ってよいのか」という議論がありました。そういう様々な意見があり、議論がなされることは健全なことです。

 今回の「神舟7号」の打ち上げや宇宙遊泳は、映像もきれいだったし、それ自体、掛け値なしに「快挙」だと私は思いますが、それとともに、上記のような論評が中国の新聞に掲載されたことも、ひとつの「快挙」だと私は思いました。

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2008年9月22日 (月)

社会的事件と担当する行政トップの辞任

 ここのところ中国では、大きな社会問題となった事件・事故に関連して、それを防止できなかった、あるいは事件・事件に対する対処が適切ではなかった、として責任ある行政部署のトップが解任されるケースが相次いでいます。

 まず、山西省臨汾市襄汾県で9月8日に発生した違法操業中の鉱山の鉱滓(こうさい)堆積場で土石流流出事故(住民等260名以上が死亡)に関しては、9月14日に山西省長の孟学農氏が、9月20日には臨汾市中国共産党委員会書記が解任されました。孟学農氏は、昨年(2007年)9月3日に副省長・省長代行に、今年(2008年)1月22日に省長に就任したばかりで、長年に渡って違法操業状態にあった鉱山の監督責任者として孟学農氏にどれだけの責任を問えるのか、という議論はあるのですが、やはりこれだけの大事故を起こしてしまった地方行政機関のトップとして責任を取らされた、というのが大方の見方のようです。

 実は孟学農氏は、2003年、SARS(重症急性呼吸器症候群)が中国で流行った時の北京市長で、このSARS流行の時にも「対処が適切ではなかった」として2003年4月20日に北京市長を解任されています。そのため、今回の土石流事故に際しての孟学農省長の辞任は「孟学農氏は今後行政の舞台には戻って来られないのではないか」との見方がある一方、「行政トップが辞任しても、結局は年間か経過すると別のポストに戻ってくるのだったらトップの辞任は一種のパフォーマンス意味の意味しかなく実効性は乏しい」といった冷めた見方をする人もいます。

 広州で発行されている週刊新聞「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)の9月18日号では、孟学農山西省長の辞任に関して「孟学農:彼の辞職、彼の未来」と題する評論を掲載しています。

(参考1)「南方周末」2008年9月18日号記事
「孟学農:彼の辞職、彼の未来」
http://www.infzm.com/content/17337

 はっきりそうは書いてありませんが、この記事の行間からは「行政トップが辞任しても、結局は年間か経過すると別のポストに戻ってくるのだったら、行政トップの辞任は一種のパフォーマンス的な意味しかない」という冷めた見方がにじみ出ているように私は感じました。

 9月21日に発生し37人が死亡した河南省登封市では、河南省の中国共産党規律委員会と河北省の監督庁により、9月22日、登封市長の解任が提議されました。

(参考2)「新華社」ホームページ2008年9月22日12:17アップ記事
「河南省、登封市の炭鉱事故の処理に関して、市長の免職を建議」
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-09/22/content_10091401.htm

 また、9月20日に広東省深セン市で発生したダンスホールでの火災(43人が死亡)では、ダンスホールを経営していた会社の社長が警察に逮捕されたほか、この区の副区長、消防大隊の大隊長も行政の監督責任を問われて解任されました。

(参考3)「新華社」ホームページ2008年9月22日00:12アップ記事
「深セン市の『9・20』重大火災事故の責任者の対する処分が決定」
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-09/22/content_10088602.htm

※そもそも中国では数十人が死亡するような炭鉱事故や火災、交通事故は「しょっちゅう」あるので、こういった事件が起きてもトップニュースにならない程度に多くの人が「慣れっこ」になっていること事態が問題なのだと思います。

 今、最も中国で社会的に影響の大きな事件となっている粉ミルクなど乳製品へのメラミン混入事件では、最初に問題になった製品を製造した三鹿集団公司の責任者が辞任したほか、9月18日には三鹿集団公司のある河北省石家庄市の市長が、今日(9月22日)には石家庄市の党委員会書記が解任されました(中国の地方政府機関としての「市」のトップは市長ですが、実質的な権限は中国共産党の市委員会書記が握っており、序列から言うと党市委員会書記の方が市長よりも上です。その意味では、この粉ミルク事件で、市長だけではなく党書記も解任されたことは、党中央がこの事件の重大性を認識していることの表れだと見ることができます)。

 それに加えて、今日(9月22日)、中央政府の国家品質監督検査検疫総局の李長江局長(閣僚クラス)が責任を取って辞任しました(李長江局長は、これまでもこの事件の経過説明のための記者会見で毎日のようにテレビに登場していました)。

(参考4)「新華社」ホームページ2008年9月22日19:45アップ記事
「党中央・国務院は三鹿ブランドの乳幼児粉ミルク事件の関係者の責任について厳正に対処」
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-09/22/content_10093387.htm

 中国の中央政府の大臣クラスのトップが特定の事件の責任を取って辞任することは極めて異例で、おそらくこういった引責辞任は2003年のSARS流行時に当時の衛生部長(日本の厚生労働大臣に相当)が辞任して以来ではないかと思います。

 パラリンピックが終わる頃から相次いで表面化してきているこれらの社会的重大事件について、胡錦濤主席・中国共産党総書記は、9月19日に開かれた「全党による科学的発展観に関して深く実践的に学習する活動への動員大会」において「重要講和」を行い、関係者に対する注意喚起と引き締めを指示しました。

(参考5)「新華社」ホームページ2008年9月20日00:24アップ記事
「胡錦濤総書記、全党による科学的発展観に関して深く実践的に学習する活動への動員大会の席上で重要講和を発表」
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-09/20/content_10081662.htm

 この「重要講和」の中で、胡錦濤総書記は次のように指摘しています。

「今年以来、一部の地方で重大な生産安全に関する事故と食品安全に関する事故が発生し、人民大衆の生命・財産に重大な損失が発生している。これらの事件の背景として、一部幹部の中に、思想意識が欠落し、社会の大局に対しての現状認識、問題点を憂慮する意識と自己の責任に対する認識が欠如している者があり、仕事の仕方が浮ついており、管理がゆるみ、仕事のやり方が誠実ではなく、ある者は一般大衆の声や苦情を聞く耳を持たず、一般大衆の生命安全のような重大な問題に対する感覚が麻痺している者がいる。これらの事件をきっかけに、我々は、党員幹部の中に存在する問題点を緊急に解決し、党は公のために尽くすためのものであること、人民のために政治を行うこと、人を根本とするという原則を堅持すること、人民大衆の安全・安心のために心を砕くようにすること、をしっかり打ち立てなければならない。」

 胡錦濤総書記自身が地方政府の幹部の中に「ゆるみ」があることを認める危機感が表れた講話だと思います(そもそも、こういう事件が続発して、党中央が「学習活動動員大会」を開かなければならないこと自体が危機的な状況なのだ、という見方もできると思います)。

 1950年代、60年代においては、毛沢東主席が「今、我が党の中の一部には○○○○のような者がいる。」と重要講和を行った場合には、すぐさまそういう人々を排除する運動が起こり、実際、そういった人々は党から排除されていったのでした(一部「行き過ぎ」もありましたが)。今、胡錦濤総書記の呼び掛けにより、人民大衆のための行政を行っていない「一部の幹部」はきちんと排除されることになるのでしょうか。今回辞任した行政トップの方々が、いわば「トカゲのしっぽ切り」となって「これでおしまい」ということになることなく、中国の行政が人々の安全を守るためにきちんと機能するようになって欲しいと思います(今回の乳製品へのメラミン混入事件については、北京に住んでいる私としては、他人ごとではなく、実際に自分自身の健康問題に関連してくるので、真剣にそう思っています)。 

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2008年9月21日 (日)

中国の乳製品パニック

 日本でも報道されているとおり、中国の粉ミルクに有害物質メラミンが混入していた事件で、18日夜に放送された中国中央電視台の7時のニュース「新聞聯播」で、液体の牛乳、しかも大手メーカーが販売している牛乳の一部からもメラミンが検出された、との発表がありました。概要は以下のとおりです。

蒙乳:121サンプルのうち11サンプルからメラミンを検出。検出値は1kgあたり0.7~8ミリグラム

伊利:81サンプルのうち7サンプルからメラミンを検出。検出値は1kgあたり0.7~8.4ミリグラム

光明:93サンプルのうち6サンプルからメラミンを検出。検出値は1kgあたり0.6~8.6ミリグラム

三元:53サンプルのうちメラミンを検出したサンプルはなし。

雀巣(ネスレ):7サンプルのうちメラミンを検出したサンプルはなし。

※雀巣(ネスレ)は、スイスのネスレ社のブランドですが、中国国内で生産されている牛乳です。

(参考1)「人民日報」2008年9月19日付け記事
「全国液体牛乳に対するメラミン検査の結果が発表」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-09/19/content_105492.htm

(参考2)中国国家品質監督検査検疫総局ホームページ2008年9月19日発表
「全国液体牛乳に対するメラミン検査の結果発表」
http://www.aqsiq.gov.cn/zjxw/zjxw/zjftpxw/200809/t20080919_90325.htm

 最初に問題になった三鹿集団の粉ミルクで検出されたメラミンの最高濃度は最高1kgあたり2,563ミリグラムですから、それに比べれば上記の牛乳での検出値はだいぶ低いと言えます。報道では、体重60kgの大人ならば毎日2リットル以上飲まなければ大丈夫、と伝えられています。しかし、メラミンが検出された、ということは、チェックをしていない、ということですから、やはりショックです。私も上記のメーカーの牛乳を毎日飲んでいましたから。

(注)粉ミルクの場合、水に溶いて飲むので、液体の牛乳と比較する場合には粉ミルクの検出値は10分の1くらいなると考えた上で比較する必要があります。

 上記に掲げた5つのメーカーは中国は最大手の乳業メーカーで、毎日、テレビでのコマーシャルをやったりしています。伊利は、北京オリンピックの食品提供メーカーでしたが、北京オリンピック、パラリンピックで提供された乳製品では、メラミンは検出されなかった、と報道されています。

 昨日(9月19日)時点で、私が行ったスーパーでは、蒙乳、伊利、光明の製品は牛乳、ヨーグルト、チーズも含めて全ての乳製品が撤去され、三元、雀巣と外国から輸入された乳製品だけが売られていました。少なくとも私が行ったスーパーでは、三元、雀巣と輸入ものは売られており品切れ状態にはなっていなかったので、乳製品が手に入らない、という状況にはなっていません。中国では、放牧などが盛んな地方を除いて、一般には、多くの人が乳製品を消費するようになったのは、最近、経済レベルが向上してからのことであって、中国の食生活は「乳製品がないと成り立たない」というわけではないので、乳製品全体の消費量が一時的に落ち込んでいるのだと思います。豆乳など代用になりうる商品もあるので、普通の大人の場合は、そんなに「パニック」にはなっていません。しかし、ミルクを与えなければならない赤ちゃんがいる家庭は大変だろうと思います。

 ニュージーランドの牛乳やヨーロッパから輸入したチーズは、中国産のものに比べて2倍~3倍程度の値段するので、普通の人が簡単に「輸入品に切り替える」というわけにはいきません。

 中国は食材が豊富なので、乳製品がなくても、しばらくは都会の消費者も我慢できると思いますが、牛乳生産農家はかなりパニック状態になっているのではないかと思います。日本の乳製品を原料として扱っている食品メーカーも問題となった中国の乳製品メーカーの製品を使っていないかどうかの確認に追われている、と報道されています。

 今回の調査結果を見ると、多くのメーカーの数多くの種類の製品からメラミンが検出されていることから、乳製品製造メーカーではなく、源乳納入業者のレベルでメラミンが混入された可能性が高いと思います。しかも、乳製品製造メーカーが多岐にわたり、地域的にも全国に散らばっているので、おそらくは、ひとつふたつの源乳納入業者がメラミンを混入したのではなく、中国全土に渡って、源乳量の「水増し」を図るために、幅広くメラミンの混入が日常的に行われていた可能性があります。その点で、日本で問題になった農薬入りギョーザ事件とは異なり、今回の乳製品へのメラミンの混入事件は、中国の食品産業の構造的問題に立脚した、相当に根が深い問題である可能性があります。

 もし今回の問題が、業者のモラルの欠如、行政による安全検査体制の不備(もう一歩突っ込んで言えば地方の業者と取り締まる立場の地方政府との癒着)など中国の食品産業の構造的問題に根ざしているのだとしたら、単に特定のメーカーの乳製品という特定分野に限った問題ではなくなります。特にメラミンについては、昨年、アメリカ等へ輸出されたペットフードへの混入が問題となりましたから、それを全く教訓としておらず、問題に真剣に取り組んで来なかった、という点で、中国国内でも行政当局への批判も高まっています。今回の乳製品へのメラミン混入事件については、中国政府も相当深刻に受け止めているようで、連日のように対策会議を開き、迅速な検査と結果の発表、問題のある製品の撤去を徹底しています。

 今日、9月21日から、北京では、オリンピック、パラリンピック期間中に続けられていた車のナンバー・プレートの偶数・奇数による通行制限がなくなりました。そのせいかどうかしりませんが、今日(21日)の北京には、また以前のようなひどい大気汚染が戻ってきています。国際的な経済環境も厳しさを増す中、オリンピック、パラリンピックで目立たなかった多くの問題がこれから次々に出てくる可能性があります。これから中国政府にとって正念場が続くと思います(今月25日には、中国で3回目の有人宇宙飛行(今回は中国で初めての宇宙遊泳の実施が予定されている)が予定され、テレビや新聞でもそのことが盛んに報道されているのですが、一般に生活している感覚からすると「それどころじゃない」という雰囲気です)。

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2008年9月17日 (水)

北京パラリンピック閉幕

 今、中国中央電視台のテレビでは、北京パラリンピックの閉会式を生中継で放送しています。パラリンピックの選手の皆さんの活躍には、「人間にはこんな能力もあるのか」と驚かされました。

 思えば8月8日に北京オリンピックの開会式が行われたのが、はるか昔のように思えます。まずはオリンピック及びパラリンピックが無事に終了したことに対して、関係者の皆様にお祝いを申し上げたいと思います。

 オリンピックが始まった頃は、新疆ウィグル自治区でテロ事件のようなものが起きたりして、ちょっと心配していたのですが、結局は、オリンピック及びパラリンピックの期間を通じて、これらのイベントの運行に影響を与えるような大きな事件・事故は起きませんでした。これも警備・警戒に当たった多くの関係者の努力によるものだと思います。

 ところが、パラリンピックが終盤を迎えつつあるここ数日、段々と社会を騒がすような大きな事件が起きるようになってきています。

○鉱山鉱滓堆積場での土石流の発生

 9月8日:山西省臨汾市襄汾県の違法操業していた鉱山の鉱滓(こうさい)堆積場で、大雨による土石流が発生し、多くの人々が飲み込まれました。9月10日付けのこのブログを書いた時点では「34名が死亡」と書きましたが、その後調査が進んで今日(9月17日)の報道の時点では、259名の死亡が確認されています。この事故に関する行政の監督責任を取る形で、山西省長が9月14日に辞任しています。こういった事故によって、省長(日本で言えば県知事に当たる)が引責辞任するのは極めて異例のことです。

○メラミン入り粉ミルク事件

 9月11日:甘粛省衛生庁が最近甘粛省で多発しているこどもの腎臓結石について、赤ちゃんが1名死亡したこと、この腎臓結石の多発はあるブランドの粉ミルクが原因であることがわかったことを発表しました。その後、これが粉ミルクに有害物質のメラミンが含まれていたことがわかったのでした。この件については、昨日(9月16日付け)のこのブログの記事で書きました。昨日のブログでも書いたように、国家品質監督検査検疫総局が全国調査を行った結果、最初に見つかった社も含めて全部で22社、69の製品の粉ミルクでメラミンが検出され、これらの製品は市場から回収・撤去されることになりました。これだけ多数の製品でメラミンが検出されたことと、メラミンが検出されたとして掲げられたメーカーの中にテレビでコマーシャルをやっているような有名メーカーも複数含まれていたこと、などから、中国では粉ミルクを巡ってちょっとしたパニック状態になっています。

 温家宝総理は今日(9月17日)午前、国務院常務委員会を開催して、乳製品と乳製品製造業者に対する全面的な検査を行うことを決めました。国務院常務委員会は、その時々の経済情勢などを踏まえて、経済対策などを決める会議ですが、こういった特定の事件に対処するための緊急対策を決めるために開催されるのは極めて異例のことです。しかも、温家宝総理は、今日はパラリンピック閉会式の当日のため、外国要人との会見のスケジュールも立て込んでいる日でしたが、そういったスケジュールを押しのけてまで、国務院常務委員会を開き「政府全体として取り組んでいる」という姿勢を示す必要があったのでしょう。

(参考1)「新華社」ホームページ2008年9月17日19:12アップ記事
「国務院常務委員会、乳製品の全面的な検査と乳製品業者の整頓を決定」
http://politics.people.com.cn/GB/1026/8066877.html

○51人が死亡するバス転落事故 

 9月13日:四川省巴中市発で浙江省寧波行きの長距離バスが巴中市内の山道を走行中、ガードレールと衝突し、ガードレールを突き破って谷底に転落し、乗っていた51人全員の死亡が確認される、という事故が起きました。この事故は山奥で発生したためか、あまり迅速には報道されませんでした。今日(9月17日)付けの人民日報で、国務院がこの事故を「特別重大道路交通事故」として調査グループを設置したことを報じています。

(参考2)「人民日報」2008年9月17日付け記事
「国務院『9・13』特別重大交通事項調査グループを設置」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-09/17/content_103878.htm

 これらに加えて、昨日(9月16日)、リーマン・ブラザーズの破綻で世界同時株安を受けて中国の株価も大幅に下落しました。今日(9月17日)は、東京市場などが下げ止まって少し戻したのと対照的に、中国の株価は今日も下げ止まりませんでした。土石流やバス転落事故は、この時期に起こったことは単なる偶然に過ぎないし、ここ数日の株安の原因はアメリカにあるのであって中国のせいではないのですが、こういった事項を並べてみると、なんだか、オリンピックとパラリンピックの開催のために、我慢してきたいろいろなことがパラリンピックの閉幕を待つことができずに、いっぺんに吹き出してきた、というような印象を受けてしまいます。

 この文章を書いている間に、北京パラリンピックの閉会式は、何発もの花火とともに終了しました。9月も中旬を過ぎ、北京では、朝晩はかなり気温が下がり、明らかに秋風が吹いています。そういった秋の気配からも「終わったなぁ」という感じを強く受けてしまいます。

 今度は、9月25日に中国で3回目の有人宇宙飛行である「神舟7号」の打ち上げが予定されています。なんとなく「これでもか、これでもか」というふうに「国家的イベント」が続く感じです。こういったいろいろな「国家的イベント」は、それぞれ順調に行って欲しいと思いますが、それとは別に日常の世界でも世の中全体が落ち着けるような雰囲気になって欲しいと思います。

 日本は、今、福田総理が辞任を表明して次の総理が決まらない状態で、総選挙が近くあるかもしれない、という不安定な雰囲気ですし、アメリカも大統領選まであと1月半に迫っており、経済的な状況も「どうなるかわからない」という雰囲気です。そういった世界の雰囲気に惑わされないように、中国は落ち着いた安定的な発展を続けて欲しいものだと思います(現在のような世界の状況の中で、今、中国の「安定団結局面」が乱れるようになることは、世界にとってタイミング的に非常に良くないからです)。

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2008年9月16日 (火)

有害物質入り粉ミルクで乳児に腎臓結石

 日本でも報道されていますが、中国の河北省石家庄にある三鹿集団有限公司が製造した粉ミルクに有害物質のメラミンが含まれており、この粉ミルクを飲んだ多数の乳児が腎臓結石になり、一部は死亡した例も出ていることがこのほど明らかになりました。メラミンの化学的性質は私もよく知らないのですが、メラミンは食品に入れると分量が増えるが、タンパク質と同じ窒素有機化合物なので、タンパク質含有量検査ではタンパク質として判定されることがあり、過去にも食品の「水増し」に使われて問題になったことがあったそうです。メラミンを含んだ食品を食べると、体内で化学反応が起き、腎臓結石が生じることがあるのだそうです。昨年、メラミンが含まれているペットフードが中国からアメリカ等に輸出されて、多くの犬や猫が死ぬ事件がありました。

 今日(9月16日)付けの北京の新聞「新京報」の記事によると、昨日(9月15日)衛生部が発表したところによると、昨日午前8時の時点で、この会社の粉ミルクを飲んだことにより病院で検診を受けた乳児は1万人近くに上り、腎臓結石と診断された乳児は1,253名、そのうち53名は重症で、今までに2名が死亡している、とのことです。

(参考1)「新京報」2008年9月16日付け記事
「全国の診察により『三鹿による結石の赤ちゃん』は1,253名に上った」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/09-16/008@021544.htm

 今日の「新京報」の1面トップは、昨日の記者会見で頭を下げる三鹿有限公司の幹部の写真が載っていました。

(参考2)「新京報」2008年9月16日付け1面トップ写真の記事
「三鹿集団が消費者に対して謝罪」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/09-16/008@021535.htm

 こういった事件の記者会見で会社の幹部が深々と頭を下げて謝罪するのは、日本では見飽きるほど見ていますが、中国では、こういったふうに「日本式」に頭を下げて謝罪するというのは今までなかったことです(少なくともこうした写真は私は初めて見ました)。こういった「異例の謝罪」があったのも、この有害物質粉ミルク事件が中国社会に大きな衝撃を与え、社会的に大きな反響を呼んでいる証拠だと思います。

 さらに今日(9月16日)夜7時から中国中央電視台で放送されたニュース「新聞聯播」では、このメラミン入り粉ミルク事件に関する最新情報を伝えた際に、アナウンサーが「たった今入ってきた情報です」と言った後、国家品質監督検査検疫総局が行った全国調査の結果、ほかの多数の会社のメーカーの粉ミルクからもメラミンが検出された、として、製品名と企業名のリストを放送しました。メラミンが検出されたのは三鹿集団も含めて22社、とのことです。おそらくこのニュースが「突っ込み」で入ってきたために、通常は7時30分で終わる「新聞聯播」が、今日は7時35分まで延長して放送していました。

 中央電視台の「新聞聯播」は、放送後1時間くらいすると、その放送内容がネット上にアップされてネット上でも見られるようになっています。今日放送の分を見ると、今までのところの調査では109社の491品目について調査を行い、その結果、今回問題となった三鹿集団の製品も含めて、22社、69品目の製品からメラミンが検出された、とのことです。22社のリストは下記の中央電視台「新聞聯播」のページに載っています。

(参考3)中国中央電視台「新聞聯播」2008年9月16日放送分
「中国国家品質監督検査検疫総局、乳児用粉ミルクにメラミンが含まれているかどうかについての検査の現段階での検査結果を発表」
http://news.cctv.com/xwlb/20080916/107382.shtml

 これだけ多くのメーカーの粉ミルクに有毒物質メラミンが含まれていた、ということは、今後、中国の国内における食品安全に関する大問題に発展する可能性があります。輸出されたペットフードの事件や日本のメタミドホス(農薬)入りギョーザ事件の場合には、中国の人々の中には「また外国が中国の悪口を言っている」というふうに捉えた人も多かったと思いますが、今回の粉ミルク事件は自分たちの問題として、真剣に取り組む(取り組まざるを得ない)と思います。有害物質入り粉ミルクが販売され、乳児に犠牲者が出る事件は過去にもありましたので、今回の事件は、有害物質入り粉ミルクを製造したメーカーが批判されるのは当然として、その上に、それを防げなかった政府に対する批判も高まるのではないかと思います。

 たまたま9月16日は、アメリカの金融大手リーマン・ブラザーズの経営破綻で、世界同時株安現象がおき、中国でも上海総合指数が終値で2000ポイントの大台を割り込んだ(昨年(2007年)10月の最高値6000ポイントの3分の1以下になった)、という別の大きな経済ニュースもありました。この世界同時株安は、中国に原因があるわけではなく、中国も一種の「被害者」なのですが、それと有害物質入り粉ミルク事件が重なって起こったことは、タイミング的に中国にとっては不運なことだと思います。

 ちょうど明日、北京パラリンピックが終わり、北京はオリンピックから続いていた「お祭り」の期間が終わって、現実の世界へ引き戻されることになります。アメリカの金融危機も大きな問題であり、アメリカにしっかり対応して欲しいと思いますが、いろいろな問題が悪い方向に重ならないように、粉ミルク事件のように中国国内で対処できる問題については、中国の関係当局には適切に対応して欲しいと思います。

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2008年9月10日 (水)

鉱山の違法操業が原因で土石流:34名が死亡

 既に日本でも報道されていますが、9月8日、山西省臨汾市襄汾県で、大雨により土石流が発生して、大きな被害が出ました。9月9日の時点では34人の死亡が確認されています。この土石流について、9月9日、新華社は、初動調査によれば、この土石流は、違法に操業していた鉱山で蓄積していた鉱滓(こうさい)堆積場の土砂が大雨によって土石流となって一気に人々のいる地域に押し寄せたことが原因だった、と伝えています。

(参考1)「新華社」山西省ニュースのページ2008年9月9日11:30アップ記事
「山西省襄汾県土石流事故、違法な事業主による違法な生産が原因だったことが判明」
http://www.sx.xinhuanet.com/jrtt/2008-09/09/content_14353261.htm

 なお多くの人が行方不明になっている、とのことで、犠牲者の数は今後の捜索で多くなる可能性があります。9月9日夜7:00から放送された中国中央電視台のニュース「新聞聯播」の報道によれば、ダム状に作られていた幅120m、奥行き100m、高さ15mの鉱滓堆積場に大雨によって土砂が溜まり、それが一気に決壊して発生した土石流が下流にあった農場や民家を襲ったとのことです。現在、行方不明者の捜索が行われるとともに、鉱山主を始め関係者が当局に拘束されて、その責任追求のための調査が行われているとのことです。

(参考2)「中央電視台(CCTV)」ニュースのページ
「新聞聯播」2008年9月9日放送分
「山西省襄汾県の新塔鉱業有限公司の鉱滓堆積上の崩壊事故で34名が死亡」
http://news.cctv.com/xwlb/20080909/109385.shtml

※「視頻」のボタンを押すと通信状態がよければ動画が再生できます。

 山西省臨汾市と言えば、昨年6月、こども1000人以上を含む多くの人々を奴隷のように強制労働させていた悪徳レンガ工場の事件が発覚し、中国全土にショックを与えたところです。

(参考3)このブログの2007年6月15日付け記事
「山西省の悪徳レンガ工場での強制労働事件」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/06/post_54d1.html

 去年の悪徳レンガ工場事件は臨汾市の中の洪洞県、今回の土石流事件は臨汾市の中の襄汾県(中国の「県」は「市」より小さな行政単位)ですので、場所は別の場所ですし、これら2つの事件は全く関連性はありませんが、同じ山西省の臨汾市の中でこういった事件・事故が続くと、この地方では、工場や鉱山の違法な操業が広く行われているのではないか(別の言い方をすると、行政当局が取り締まっていないのではないか)と思いたくなってしまいます。去年の悪徳レンガ工場事件は、中央でもかなり問題にされたので、この地方でも工場などの違法操業の取り締まりは厳しくなっていたはずなのですが、今回、土石流の原因を作った鉱山のような違法操業は見逃されてきたようです。

 中国の炭坑では、事故で年間4,000人近くの労働者が亡くなっていますが、その多くは違法操業している炭坑で起きた事故によるものです。

 国家安全生産監督管理総局・国家炭坑安全観察局のホームページの「事故リスト」を見ると過去の炭坑や炭坑以外の労働災害事故の一覧を見ることができますが、その中にも違法なもの(中国語では「非法」などと表記します)が数多く出てきます。

(参考4)国家安全生産監督管理総局・国家炭坑安全観察局のホームページ
「事故検索」のページ
http://media.chinasafety.gov.cn:8090/iSystem/shigumain.jsp

 少しでも安く、少しでも多くの量を生産しよう、という方針の下、働く労働者に対する安全管理の部分で「手抜き」を行っている違法な工場や鉱山、炭坑が中国にはまだまだ多いのだと思われます。多くの場合、そういった違法行為を取り締まる側の地方政府と工場や鉱山、炭坑を経営する会社側とが結託していて、違法行為を見逃している、というケースが多いと言われています。

 中国の製品はコストが安い、そのために中国製品は国際マーケットでよく売れる、と言われますが、その背景には、こういった労働者に対する安全対策や環境汚染対策にコストを掛けないので安くできている(中国側に立った言い方をすれば、国際競争に勝ち残るためには、安全対策や環境対策に対するコストを削減せざるを得ない)という状況があります。中国が世界をリードする責任ある国になっていくためには、こういった労働者や地元住民の犠牲の上に立脚した「国際競争力の強さ」から脱却していかなければならないと思います。

 一方、日本などの先進国は「国際分業」の名の下に労働者に対するリスクが高かったり、環境負荷の大きかったりする分野からは手を引き、それらを中国等の諸国がやるようになってきている、という事情も考える必要があります。低価格だけが優先されるような経済構造は、低コストで労働者の安全リスクや環境負荷を引き受けてくれるところに負担を掛けることで成り立ってしまうことになります。もし、今後、中国が労働者の安全環境保護やにコストを掛けるようになったら、そういった分野は今度は中国以外の環境リスクや労働安全リスクを低コストで引き受けてくれる別の国で行われることになるのでしょう。

 中国国内における違法操業の問題は、まずは中国自身が自分で解決する必要がありますが、長期的には、弱い者にしわ寄せが行かないような形の経済構造を世界的に構築していく必要があると思います。

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2008年9月 7日 (日)

偶数・奇数ナンバー規制続行論争

 北京では、現在、パラリンピックが終わった後の9月20日まで、自動車のナンバープレートの末尾番号が偶数か奇数かで北京市内での通行を制限する規制が続行中です(始まったのは7月20日)。この交通規制は、オリンピックとパラリンピック期間中の北京市内の交通渋滞の緩和と大気汚染の緩和のために行われている措置です。オリンピック期間の後半(特に8月15日)以降、大気汚染の状況が格段に改善されていることと、実際に北京市内の交通渋滞がかなり改善されていることから、この偶数・奇数制限をパラリンピックが終了した後も長期的に継続してもよいのではないか、との意見が多くの北京市民から出されています。新聞紙上でも、交通渋滞と大気汚染の緩和に効果があったのだから制限を継続すべし、という意見と、オリンピック・パラリンピックという国家的イベントがあったから特別に実施された措置であって、これを継続することは、社会生活や経済活動に影響があるから反対だ、という意見と両方が出されています。

 北京市当局は、9月5日の記者会見で、パラリンピック終了後の交通規制のあり方については、まもなく発表するが、9月20日以降にも偶数・奇数制限を延長するかどうかは現時点では未定である、と発表しました。

(参考)「新京報」2008年9月6日付け記事
「オリンピック後の交通規制緩和については、まもなく発表」
~北京市交通委員会によれば、9月20日以降の偶数・奇数制限をどうするかは未確定~
http://www.thebeijingnews.com/news/beijing/2008/09-06/008@015534.htm

 当然ですが、これは自家用車を持っている人と持っていない人では、全く意見が異なります。自家用車を持っている人の中には、2か月間の限定だから、ということで、無理をして車を1台余計に借りて通勤している人もいます。会社などでは、余分な出費をして、業務用の車を調達しているところもあると思います。車を持っていない人は、交通渋滞もないし、大気汚染も改善したのだから、偶数・奇数制限は続けるべき、と主張しています。

 9月6日に発売された「経済観察報」では、中国では自家用車は高い買い物であり、その自家用車を1日おきにしか使えない、というのは、一種の財産権の侵害なのだから、これを継続するなどということはあり得ない、例えば家を買った人に「自分の家に泊まるのは1日おきに」などと言えるわけがないのと同じことだ、といった主張の投書が載っていました。「経済観察報」は、お金持ち層が買う新聞ですので、そういった主張の投書が載るのは、ある意味では当然のことだと思います。

 いろいろ論争をするのは結構なことですが、北京で経済活動をしている企業にとっては、9月20日まで、という期間限定という前提で対応してきた車の偶数・奇数制限が、もしかすると延長されるかもしれない、期限が切れる2週間前の9月5日の段階になっても、「その先どうなるか未定」としか発表されない、というのは困ったことだと思います。中国では、常に、こういった規則や規定が時間的余裕なく突然に決まったり変更したりすることが多いので、中国で経済活動を行う企業は、常にそうった「リスク」を頭に入れなければならないのです。これは一種の「チャイナ・リスク」のひとつであり、外国企業による中国投資にとってはマイナス要因のひとつなのですが、中国側はこういったことをあまり「マイナスだ」とは考えていないようです。本来ならば、9月20日まで、という期間限定の約束で始めた偶数・奇数規制は、ちゃんと9月20日に終了すべきなのが本来の姿だと思います。

 昨日、パラリンピックが始まったばかりで、少なくとも9月20日までは「スペシャル期間」が続きますが、それが終わった後、「オリンピック・パラリンピックのスペシャル期間」の最中にいろいろと我慢をしてきた人たちが活動を再開しますので、あちこちでいろんな意見が出てきそうです。ここのところ株価も不動産価格も低迷状態が続いているので、特に経済活動の中心を担っている「お金持ち層」の不満は結構溜まっていると思います。車の偶数・奇数制限をどうするかの判断も、そういった「お金持ち層」の不満と、「お金持ちでない層」の多くの市民の希望との間で、政府にとっては、ひとつの試金石的な判断になると思います。

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2008年9月 4日 (木)

経済学者・呉敬璉氏へのインタビュー記事

 2008年9月1日号(8月30日発売)の経済専門週刊紙「経済観察報」の「観察家」(オブザーバー)の欄では、経済学者の呉敬璉氏に対するインタビュー記事(前編)を掲載しています。

(参考1)「経済観察報」2008年9月2日アップ記事
「『呉市場』から『呉法治』へ(1)」
http://www.eeo.com.cn/observer/dajia/2008/09/02/112308.html

 呉敬璉氏は、現在の改革開放政策に基づく中国の経済政策の理論的指導者的存在です。1989年の事件の後、計画経済を主体とすべきとする主張と市場経済を導入すべきとする主張との間の論争があり、トウ小平氏が1992年に「南巡講話」を行って、市場経済を導入させて、経済活動を活発にすることによって、一部の者が先に豊かになって、経済全体を引っ張っていくべき、という現在の中国の経済政策路線を打ち出した時の理論的バックアップをしたのが呉敬璉氏でした。当時、呉敬璉氏が唱える社会主義の原則の下で市場経済を導入させようとする経済論は「呉市場」と呼ばれ一世を風靡(ふうび)しました。今回の「経済観察報」の記事は、呉敬璉氏本人に対するインタビューを通じて、「呉市場」が登場する経緯と今後の中国経済のあり方について意見を聞いたものです。

 呉敬璉氏が経済政策論争の経緯について語っていることについては、過去にも「経済観察報」は記事にしており、そのことについて私もこのブログに書いたことがありました。

(参考2)このブログの2007年12月8日付け記事
「『経済観察報』の論調」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/12/post_1622.html

 呉敬璉氏は経済学者ですから、話の内容は経済政策に特化しており、政治的な内容の発言はありません。しかし、「呉市場」が登場した背景には、1980年代からあった保守派(計画経済を主とすべしとの主張するグループ)と改革派(市場経済も積極的に導入すべきと主張するグループ)の論争から始まって、1989年の事件の後の論争がありますから、歴史的経緯を説明する際には、どうしても1989年の事件を避けて通るわけには行きません。このインタビュー記事では、私が中国で販売されている中国の新聞の中で見た記事の中では最も淡々とした表現で、1989年の事件について語っています。呉敬璉氏は、この事件を「1989年6月の政治風波」という言葉で表現し、その後に起こった経済路線に係わる論争について淡々と語っています。あくまで経済政策に特化した説明ですが、このインタビュー記事は、改革開放30年の歴史を客観的に冷静に分析する上で、客観的な情報を提供していると思います。

 呉敬璉氏は、1980年代、保守派と改革派の論争においても、過去の「反右派闘争」や「走資派(資本主義に走る派)批判」などの記憶があったため、当初は「市場経済」という言葉を使うこと自体はばかられた、と述懐しています。そのため、当初は「市場経済」という言葉ではなく「商品経済」という表現で語られていた、とのことです。

 呉敬璉氏は、経済学者の立場から、社会主義経済と市場経済とを融合させるためには、社会主義の部分、即ち、中央政府や地方政府が経済において規律ある役割を果たすことが重要であると主張しており、従って政治体制改革の問題が1990年代に「呉市場」がブームになった頃も現代も同じように重要であると主張しています。

 私は、この呉敬璉氏が主張する点は、改革開放経済の原点であり、まさにこれから改革開放政策が順調に進んでいくかどうかのカギを握っている点だと思います。改革開放政策30周年に関するイベントが行われるであろう、今年2008年末へ向けて、「経済観察報」が改革開放政策における経済政策の原点とも言える呉敬璉氏に対する長文のインタビュー記事を掲載したのは意義あることだと思います。

 なお、呉敬璉氏は、氏が経済理論を打ち立てる上で参考とした経済モデルには、次の4つがあると語っています。即ち、(1)スターリン期の計画経済モデル(改良型ソ連モデル=国家が強力なリーダーシップで経済を主導するタイプの社会主義経済モデル)、(2)市場社会主義モデル(東欧モデル=ハンガリーなどの東欧諸国が採用した計画経済を主体としつつミクロ部分(各企業の部分)には市場的要素を導入したモデル)、(3)日本に見られるような政府が主導した市場経済体制モデル(東アジア・モデル)、(4)自由市場経済体制(欧米モデル)の4つです。このうち「東アジア・モデル」は、通産省が主導した日本や企画計画院が主導した韓国が参考になっているとのことです。

 呉敬璉氏は、日本が「神武景気」(1955~1957年(昭和30~32年)の好景気:昭和31年度の経済白書が「もはや戦後ではない」と表現したことで有名)に沸いていた頃、中国でも日本の「神武景気」が戦後の民主主義改革を基礎として出現した高度経済成長であるとの認識がなされていた、と述べています。また、呉敬璉氏は、1956年の時点で社会主義においても市場原理に基づく価格調整を導入することを主張してた顧准氏が「『中国の神武景気』はいつかは必ず来る。しかしいつ来るのかはわからない。」と述べ、辛抱強くこの問題を検討するために「待機守時」(時を守って機会を待つ)という四文字を提唱していたことを指摘しています。

 市場経済は、自由な経済活動を通して、消費者が製品を選択し、それが次の時代の経済活動を進める原動力となる、という意味で、経済活動における民主主義である、と言えます。呉敬璉氏はあくまで経済学者であり、政治的な立場は表明していません。ただ、このインタビュー記事を通じて感じられることは、政治と経済が調和しながら社会を発展させていくためには、経済において市場原理を導入するのであれば、政治においても民主化を進めていくことが必要だという点です。

 現在の中国では語ること自体がほとんどタブー視されている1989年の事件について「1989年6月の政治風波」という表現で明確に触れ、あくまで経済政策的な観点からですが、冷静かつ客観的にその前後の動きを振り返り分析しているこのインタビュー記事は、改革開放30年の歴史を振り返る意味で非常に重要な意味を持つと私は思います。なぜなら、今後、中国が安定的に発展していくためには「1989年6月の政治風波」のような事態を再び起こしてはならないのであって、そのためには「1989年6月の政治風波」とは何であって、その原因が何であったのかを冷静かつ客観的に分析し、再び起きないようにするための方策を考える必要があるからです。

 少なくとも、こういった議論が中国の新聞紙上でなされ、そういった記事がインターネット上で見られるようになっている、ということは「大きな進歩」だとして、評価すべきだと私は思います。

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2008年9月 2日 (火)

華国鋒氏の葬儀に関する報道

 このブログの8月22日付け記事で、8月20日になくなった華国鋒氏が死去したニュースの報道の仕方が簡潔過ぎる(元中国共産党主席・元国務院総理であったことを明記せず「かつて党と国家の重要な指導的職務に就いていた」としか書かれていなかった)ことについて書きました。

(参考1)このブログの2008年8月22日付け記事
「華国鋒氏がオリンピックに沸く北京で死去」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/08/post_fa9c.html

 ところが、華国鋒氏の葬儀が8月31日に行われましたが、この葬儀には胡錦濤主席、江沢民前主席、ほか中国共産党政治局常務委員全員を含めた国家指導者が参列し、そのことは翌9月1日付けの「人民日報」の1面トップで伝えられました。

(参考2)「人民日報」2008年9月1日付け1面トップ記事
「華国鋒同志、北京において荼毘(だび)に付される」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-09/01/content_93899.htm

※この「人民日報」の記事では、胡錦濤主席と江沢民前主席の写真が同じ大きさで掲載されています。これはオリンピック開会式・閉会式の時の席順にも示されていたように、江沢民氏が公職を引退した後の現在でも大きな力を持っていることを示している、と日本での多くの報道が指摘しています。

 また、この日の「人民日報」4面では「華国鋒同志の生涯」と題して、革命運動における活躍から始まって「四人組」逮捕の際の詳細ないきさつ、周恩来総理死去の後、国務院総理になったこと、毛沢東主席死去の後「四人組」を追放した後で中国共産党主席になったことなど、経歴が事細かに紹介されています。

(参考3)「人民日報」2008年9月1日付け4面記事
「華国鋒同志の生涯」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-09/01/content_93903.htm

 これらの扱いは功績ある国家指導者としての第一級の扱いです。8月20日に死去した直後での報道のされ方扱いとはえらい違いです。(参考1)のブログで華国鋒氏が「文化大革命」の継続を主張していたたために1981年6月の段階で中国共産党主席の座から退いた、即ち、華国鋒氏は現在の改革開放路線とは異なる立場を取った人であるので、そのことにより、「人民日報」などでは華国鋒氏の経歴について詳細な報道がなされなかったのだ、という趣旨のことを書きました。ところが、葬儀の段階での報道を見ると、実はそうではなく、死去した時がたまたま北京オリンピックの最中であり、故人の業績を偲ぶというような雰囲気ではなかったことから、簡潔な報道しかしなかったのだ、という事情が伺えます。

 ただ、「オリンピックの最中なので重要な国家指導者の死去のニュースを簡潔に済ませた」というのは亡くなった方に対しては失礼な気もします。北京オリンピックはそれだけ中国にとって大事なイベントだったということなのでしょう。

 上記の人民日報の「華国鋒同志の生涯」の記事(もともとは新華社電です)は、「華国鋒同志は永遠に不滅です!」という文章で締めくくられています。これは毛沢東主席が亡くなった時に出された「全党・全軍・全国各民族人民に告ぐる書」の「毛沢東同志は永遠に不滅です」という締めくくりの表現と同じであり、最大級の賛辞です。これだけ最大級の賛辞を送るのだったら、いくらオリンピック期間中とは言え、亡くなった時の「人民日報」の報道でも、もう少し業績について記述してもよかったのになぁ、と思いました。

 もしかすると、亡くなった時の「人民日報」の報道の仕方があまりに簡潔に過ぎたため、党内の一部から「四人組の追放に功績があり、改革開放路線への道を開いた人に対して失礼だ」との声が挙がったため、お葬式の方の報道では大きな賛辞が送られたのかもしれません。華国鋒氏の業績の扱い方について、党内にいろいろな考え方の人が存在し、いろいろな論争があった、そのために死去した直後と葬儀の後では扱いがかなり異なる結果となった、と考えるのは「うがち過ぎ」でしょうか。

 華国鋒氏の葬儀の報道については、いつもは独自の記事で読者を楽しませてくれる「新京報」「京華時報」も新華社電の文章をそのまま掲載しており、華国鋒氏の業績については、独自の評価は敢えて書いていません。各新聞が自由な立場で華国鋒氏の業績について論じる、というのはやはりなかなか難しいのでしょうか。

 なお、華国鋒氏の葬儀が8月31日に行われたのは、8月24日まではオリンピックが開催中であり、8月25日~30日は胡錦濤主席が韓国やタジキスタン等への訪問のため北京にいなかったから、という事情があるためと思われます。その意味では、この葬儀のスケジューリングは、北京オリンピックや胡錦濤主席の外国訪問よりはプライオリティは低かったことを表しています。私はそれはそれで妥当なことだと思います。華国鋒氏は既に過去の人であり、その業績は評価すべきですが、華国鋒氏の死去により、現在行われている様々な政治日程を変更してまで葬儀等を行う必要はないと思うからです。

 いずれにしても、華国鋒氏の業績が無視されずに、きちんと評価されたことに、私は一種の安堵感を覚えています。現在の政権は過去の歴史を消し去るようなことはしないことを表しているからです。これからも、いいことも、悪いことも、過去の歴史は客観的に評価する視点を維持して欲しいと思います。

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2008年8月31日 (日)

「素晴らしい青空が残った」ならいいなぁ

 昨日(8月30日)、東京から北京に戻りました。北京空港は、パラリンピック選手団の入国ラッシュで、各国の選手団でごった返していました。北京の街中でも、車イスに乗った外国人を見掛けます。パラリンピック選手村も昨日開村したそうです。

(参考)「新京報」2008年8月31日付け記事
「パラリンピック村、開村」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/08-31/011@072719.htm

 今日(8月31日)の北京は、抜けるような素晴らしい青空です。オリンピック閉会式翌日の8月25日は、午前中から大気汚染が戻ってきた感じで、「オリンピックが終わったらやっぱり元に戻るのか」とがっかりしたのですが、先週は後半に雨が降ったこともあり、「北京秋天」の名の通り、素晴らしい青空が戻ってきました。閉会式翌日の汚染は、私は、雨を降らせないように打ち込んだ「消雨ロケット」でばらまいたヨウ化銀が大気中を漂って汚染状態を引き起こしたのではないかと疑っています(開会式の翌日も大気汚染の状態は悪かったですから)。私は個人的には、自然をコントロールしようとする中国の考え方には、あんまり賛成しません。

 オリンピックは終わったけれども、今度はパラリンピックが始まるので、まだ「お祭り気分」は続いているようです。街のボランティア・ステーションも活動を続けています。ボランティアは、今までと同じように青いユニフォームを着ているのですが、よく見ると、オリンピックとパラリンピックではユニフォームのデザインがちょっと違います。オリンピックのボランティアが着ているユニフォームは、青を基調にして、肩のところにちょっと黄色と赤が入ったデザインなのでしたが、パラリンピックのボランティアのユニフォームは基調となっている青のほかは黄色や赤のアクセントが入っていません。染め抜きになっているマークも当然違っています。よく見ると街に掲げられている看板もオリンピック用のものからパラリンピック用のものに取り替えられています。パラリンピックが終わるまでは、北京の街は「特別イベント・モード」が続きそうです。

 ただ、パラリンピックの場合は、「国の威信を掛けてメダルを取る」といった「ギスギスした感じ」がないことと、まさかパラリンピックを狙ったテロなどは起きないだろう、といった安心感があることで、多くの人がリラックスして、やさしい気持ちで臨むことができるのではないかと思っています。

 今日の北京の青空は、北京市民に「オリンピックとパラリンピックで、やはり何かが変わったのだ」という実感を与えたと思います。逆に、パラリンピックが終わった後に大気汚染が戻ってきたら、「やればできるのだから、青空を返せ」と思うようになると思います。

 今のところ、オリンピックをきっかけにかなりオープンになったインターネット規制はオリンピック期間中の状態を維持し続けています(一時アクセス可能になったBBCホームページ中国語版の中にある掲示板は、オリンピック期間中にアクセス禁止になり、禁止の状態が今でも続いていますが)。そういったこともあり、現在の時点では、「オリンピック前とは変わった」という雰囲気は続いています。パラリンピックが終わっても、この状態が続いて、「オリンピックとパラリンピックは、北京に青空を残した」というふうになればいいなぁ、と思っています。

 なお、昨日(8月30日)の成田-北京便の飛行機もかなり空席が多く、乗客の占有率は5割~6割程度でした。日本側の不景気のせいなのか、中国国内の経済活動が不活発になっているからなのか、燃料費の高騰で観光客が減ったからなのか、原因はよくわかりません。「青空を残すこと」と「経済活動を依然と同じように活発なまま維持すること」を同時に達成するのは難しい課題です。「オリンピック、パラリンピック後の中国」を見るためには、まだしばらく状況を見守る必要がありそうです。

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2008年8月26日 (火)

北京オリンピックが終わった翌日

 昨日(北京オリンピックが終わった翌日の8月25日(月))、北京から関西空港経由で東京に来ました。本来ならば、北京発・成田行の便に乗りたかったのですが、満席で予約が取れなかったので、関西空港で国内線に乗り換えて羽田に着きました。

 閉会式翌日、ということで、北京空港第三ターミナルは、オリンピック関係者(選手、役員)や報道陣などの帰国ラッシュでした。国際線ターミナルには、まだ青い北京オリンピックのボランティアの制服を着た人たちがたくさんいて、いろいろ案内などをしていました。ターミナルには、ほんとにいろんな国々の人がいて、体つきやユニフォームから明らかに出場した選手たちだとわかるような人たちもいました(顔を覚えているような有名な選手には出会いませんでしたが)。私はオリンピックの試合会場へは行きませんでしたが、いろんな肌の色の、いろんな言葉を話す人たちがいっぱいる空港で、オリンピックの雰囲気を味合うことができました。

 空港では、各国の人たちが、ボランティアの人などと「お世話になりました。じゃ、ここで記念撮影しましょう。」と記念撮影する姿があちこちで見られました。外国の選手・役員の人たちはおみやげ物のオリンピックのマークの入ったシャツなどを着ている人たちもたくさんいましたが、なんとなく、このオリンピックという「機会」と別れがたく、思い出に残すために記念品を買っていきたい、と思う気持ちはよくわかるような気がしました。

 オリンピックとは、肌の色も、話す言葉も全く違うんだけれども、みんなが同じように「国旗」と「自国民の期待」という誇りとプレッシャーを背負って奮闘し、勝つ人もあり負ける人もあり、だけど「挑戦している」こと自体は共通で、勝ったとき、負けたときに感じる感情が共通だ、ということを観客も含めて、全て参加者が同じ感覚で共有できる場所なんだと思いました。「全然別の国の人と同じ気持ちになれた」ことがものすごく嬉しくて、そしてその嬉しさを相手の国の人も同じように感じていて、だからそれがものすごく大事なことのような気がして、一緒に記念撮影したり、そうした思いを抱いたことを忘れないようにするために記念品を買いたくなったりするのだと思います。

 商業主義だとか、スポーツに「国の威信を掛ける」なんておかしい、などという批判がいろいろある中で、世界各国の人が異口同音に「やっぱり、4年後にはまた集まりましょう。」と言い合うのは、「全然別の国の、言葉もわからない国の人と、同じ気持ちになれた」ということがすごく嬉しくて、貴重に思えて、4年後にまた同じ経験がしたいからだと思います。

 中国の国家指導者の方々がどう考えているか知りませんが、今回の北京オリンピックで、多くの中国の人たちが「他の国の人と同じ気持ちになれた嬉しさ」を初めて経験したと思います。これは北京オリンピックが残した大きな財産です。

 昨日、北京から東京に来るまでに乗った飛行機の中で、私は何回も Mr. Children の「GIFT」を聞いていました。まだ、中国では、中国が勝つことにこだわる傾向があり、勝てなかった選手に対する風当たりは強いのですが、北京オリンピックは「勝ち負けじゃない価値観」という大きな「GIFT」を中国に残したと思います。この「勝ち負けじゃない価値観」は、「金儲けだけじゃないという価値観」につながるので、今の中国にとっては非常に大事なことだと思います。

 トウ小平氏の「白い猫でも黒い猫でもネズミを捕る猫はよい猫だ」という「白猫・黒猫論」は、「社会主義の理想を追求する政策でも、資本主義的傾向のある政策でも、人民の生活を向上させる政策がよい政策なのだ」という意味であり、政治理念としては、非常に正しいものだと私は思います。しかし、現在の中国では、それを少し敷衍(ふえん)しすぎて「環境汚染や腐敗行為など、少しぐらい倫理的に疑問のある行為に目をつぶったとしても、経済が発展し、みんなでお金儲けができるのならば、それがよい政策なのだ」といった誤った認識が中国の国のあり方を狂わせていると私は思っています。ですから、私は「金儲けだけじゃないという価値観」は、今の中国にとってとても大切なものだと思っているのです。今回の北京オリンピックが中国に残した「勝ち負けじゃない価値観」という大きな財産が、しっかりと中国の中に根付いて欲しいなぁ、と願っています。

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2008年8月25日 (月)

「祭り」が終わった

 先ほどまで、北京オリンピックの閉会式をやっていました。歌や演出がてんこ盛りで、もうちょっと簡潔な方がよかったかな、聖火が消えたところで終わりでもよかったかな、などと思いましたが、まぁ、いいでしょう。中国の人々は、この余韻に少しでも長く浸っていたい気持ちなのだと思います。閉会式が終わった直後に打ち上げられた天安門前広場の花火の音が私が住んでいるところまで聞こえてきていましたが、20分間くらい立て続けに大きな音が続いていました。花火は開会式の時よりも盛大だったように思います。

 閉会式の途中で、次の2012年のオリンピック開催地ロンドンを紹介するアトラクションがありました。サッカーのベッカム選手も出てきましたが、レッド・ツェッペリンのギタリスト、ジミー・ペイジ氏が出てきてギンギンのロックを披露していたのが私には印象に残りました。テレビのアナウンサーはジミー・ペイジ氏は64歳とか言っていましたが、やっぱ、こりゃ北京とは世界が違うわ、と思いました。

 今回も胡錦濤主席と呉邦国全人代常務委員会委員長(中国共産党政治局常務委員ナンバー2)との間に江沢民前国家主席が座っていました。こういった国家的な行事でのこの序列はいつまで続くのでしょうか。

 国際オリンピック委員会(IOC)のロゲ会長は、挨拶で「この大会で世界の人々が中国を知った。そして中国の人々もまた世界を知った。」と述べました。感じることは、みな同じだと思いました。

 開会式の時もそうでしたが、閉会式が始まる5分前、IOCのロゲ会長や胡錦濤主席、江沢民氏、中国共産党政治局常務委員のメンバーが入場する時、こういった国家指導者が入場する時にいつも流される曲に乗って観衆が手拍子してこれらの国家指導者たちが入ってきたのですが、テレビの画面を見た感じでは、手拍子していた観客は4分の1よりも少なかったもと思います。こういった国家指導者が並ぶひな壇の前でジミー・ペイジ氏のギンギンのロック・ギターが披露されたわけですが、はっきり言ってかなりのミス・マッチを感じました。このギャップが埋まる日はいつ来るのでしょうか。

 天安門前広場の花火もどうやらようやく終わったようです。まだパラリンピックがありますが、いずれにせよ、これでひとつの「区切り」です。これは単なるイベントの終わりではなく、中国にとってもひとつの大きな「区切り」になるのでしょうか。

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2008年8月24日 (日)

北京オリンピックが教えてくれたもの

 あと3時間半もすると北京オリンピックの閉会式が始まります。大気汚染やテロなど心配な事項もあったのですが、問題なく無事にオリンピックは終了しそうです。競技そのものや競技と関係ないところで、今回の北京オリンピックは、いろいろなことを教えてくれたように思います。最終日の今日の時点で「北京オリンピックが教えてくれたもの」を思いつくまま、順不同で書いてみたいと思います。

○北京の大気汚染はコントロール可能だ、ということ。逆にいうと、やはり北京の視界の悪さ(太陽が白く見えることなど)は人為的な行為が原因であること。

 開会式の前までは、かなり蒸し暑く、湿度も高くて、大気汚染指数も100に近い日が続いたのですが、開会式の後、大気汚染指数はだんだんと下がり、数日おきに雨が降ったことも幸いして、後半(特に8月15日以降)は、北京の大気汚染はほとんど問題のないレベルにまで好転しました。心配された男女のマラソンも大気汚染は全く気になりませんでした。やはり市内を通行する自動車のナンバープレートの偶数・奇数による制限と周辺の工場の排出制限が効いたようです。もう1週間くらい規制の開始を早めれば、開会式当日から青空が見えていたかもしれません。

 別の言い方をすれば、日頃、北京で、空が晴れていても、青空にならず、空が白くなって、太陽が丸く白く肉眼で凝視できるような状態になっているのは、やはり人為的な汚染物質の排出による大気汚染が原因であったことが逆に証明されたと言えます。

 今日(8月24日)付けの「新京報」によると、自動車の奇数・偶数規制が大気汚染の改善に効果があり、渋滞の緩和にも繋がったことから、現在の規制の期限であるパラリンピック終了後の9月20日の以降も自動車の運用規制は継続すべきではないか、との議論が出ているとのことです。

(参考)「新京報」2008年8月24日付け記事
「奇数・偶数規制の長期的実行については、まだ結論が出ず」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/08-24/008@032613.htm

 しかし、多くの北京市民は2か月間という限定付きであり、オリンピック・パラリンピックの開催という国家的イベントだからこそ我慢したのであり、これを長期的に続けることには賛成しないでしょう。そもそも多くの企業が経済的負担を我慢してこの奇数・偶数規制に協力しているのですから、これを長期的に続けることには無理があると思います。

○インターネット規制は、やはり当局が意図的に行っているものであり、当局のさじ加減で、いかようにもなるということ。

 7月最終週以降のインターネット規制の大幅緩和にはびっくりしました。BBCホームページの中国語版は、規制解除するだろうとは思っていたのですが、ウィキペディアの中国語版や中国国民党のホームページまで見られるようになったのには驚きました(ただし、BBCホームページ中国語版の特定の話題に関する掲示板の部分や中国国民党ホームページの一部の項目については、現在でもアクセスできないように規制が掛けられたままです)。いずれにせよ、当局側がインターネット規制を行っていることを公式に認めたことと、当局のさじ加減により、この規制がいかようにも厳しくも緩くもできる、ということが世界中に知れ渡っただけでも、北京オリンピック開催の意義はあった、と私は思っています。

 この後、また規制が強化されるかもしれませんが、少なくとも、中国の人々の多くは、今まで自分たちが見られなかった中国語のページが世界にはたくさん存在していたのだ、ということをこのオリンピック期間中知ることができたと思います。

○「中国のニセモノはケシカラン」といつも言っている外国人が喜んで「ニセモノ市場」で買い物をしていたこと。

 北京でも「ニセモノ市場」として有名な「秀水街」はオリンピック期間中たくさんの外国人客が入り、相当儲かったそうです。「秀水街」は、もともとは露天の衣類・雑貨商が並んでいた街で、あまりに有名ブランド品のニセモノ類の販売が多かったことから、当局が露天商を追い出して、大きなビルを建てたところです。ビルが建った後、追い出された露天商が今度はビルのテナントとして戻ってきて、相変わらずニセモノの販売が行われるようになりました。当局ももともと「ニセモノ販売をなくそう」などとは当初から考えていなかったのではないかと思います。

 ということで、「秀水街」は今でも「ニセモノ市場」として有名で、北京の観光スポットのひとつになっています。時々「ニセモノ販売テナント追放」の取り締まりがあるのですが、取り締まりが行われた後で行ってみると、取り締まりの前にニセモノを販売していたテナントが同じようにニセモノを売っており、「当局はいったい何を取り締まったのだろう」と思わせる不思議な場所です。

 ニセ・ブランド品や海賊版DVDなどは海外から厳しく批判されているのですが、買っている客の多くは外国人観光客です。今回オリンピックのために北京に来た外国人も多くここを訪れているようです。報道によれば、ブッシュ元大統領(父親の方)もここを訪れたとのことです。これだけ外国人のお客が多く集まってきて儲かるのだったら、ニセモノ作りはやめられないよなぁ、と思いました(なお「秀水街」は、ニセモノ市場として有名ですが、絹製品や工芸品など、普通の中国のおみやげ物もたくさん売っているところですので、誤解なきように)。

○メダルを獲得する国々が広く拡散したこと。

 今回、インドやモンゴルなど初めて金メダルを取った国が多く出ました(今までインドがオリンピックで金メダルを取ったことがなかった、ということ自体驚きでしたが)。陸上短距離でのジャマイカ勢の活躍は度肝を抜かれましたし、陸上長距離でのアフリカ勢の活躍も目に付きました。以前は、多くの発展途上国は経済的にスポーツをやる余裕がなく、優秀なスポーツ選手はアメリカに移住して、アメリカにメダルをもたらしていたのが、最近では各国とも自国内でスポーツ選手の育成を図るようになり、そのために多くに国々にメダルが拡散した(その分、アメリカのメダル数が伸びなかった)と言われています。発展途上国では、オリンピックでメダルを取ることは、それぞれの国民の励みになりますので、これはよい傾向だと思います。

○日本人が日本以外のメダルに貢献していることを知ったこと。

 井村雅代コーチの指導により日本を押さえて銅メダルを獲得したシンクロナイズド・スイミング中国チームや、高校・実業団と日本でトレーニングして男子マラソンでケニアに初の金メダルをもたらしたワンジル選手など、日本人が他国のメダル獲得に貢献した例がこのオリンピックでは目立ちました。他国でスポーツのコーチをしたり、若い外国人が日本でトレーニングしたりすることは今までも多くあったと思いますが、今回の北京オリンピックは、そういう形で果たしている日本の役割を再認識させてくれました。日本人がメダルを取ることも大事なのでしょうが、他の国のスポーツの向上に貢献するという面で日本が役割を果たすのも悪くないことだと思いました。

○観客の声援は選手の力になるということ。

 それにしても、率直に言って、北京オリンピックにおける中国選手の活躍は見事でした。メダル総数ではアメリカの方が多いのに、金メダル数では中国の方が圧倒的に多いのは、大勢の観客の「加油!」(がんばれ)という声援が選手に最後に振り絞る「一押し」を与えたからだと思います。私は、多くの中国の人々の期待が大きい分だけ、選手にプレッシャーが掛かり、中国選手は意外に成績が上がらないのではないか、と心配していたのですが、(日本に負けた女子サッカーなど期待が重圧になっていた種目もありましたが)多くの種目では、選手は中国の人々の期待をうまく自分の力に加えることができたように思います。プレッシャーを力に変える、という精神面での調整もうまく行ったのでしょう。中国の選手の中には、東京オリンピックで銅メダルを取ったマラソンの円谷選手(後に次のメキシコ・オリンピックを前に成績が振るわないことを苦にして自殺した)のような悲壮感を漂わせたような選手はいなかったように思います。

 開会式翌日の8月9日、中国最初の金メダルを獲得した女子重量挙げ48kg級の陳燮霞選手が鬼のような形相でウォーと声を上げて気合いを入れて試技を行い、それが成功だとわかり、バーベルを降ろした途端に「普通の女の子の顔」に戻ってワーと声を上げながらコーチの首根っこに抱きついてきたシーンが今でも私の目に焼き付いています(日本のテレビでは、6位に入賞した三宅宏美選手の試技が終わった時点で中継を終了したので、このシーンは日本では放映されていないはずです)。圧倒的な強さで平然と金メダルを獲得しているように見える中国の選手も、相当なプレッシャーと戦っていたのだと思います。

 また、これまで中国は個人技で獲得するメダルが多かったのですが、女子バレーボールの銅メダル、女子ホッケーの銀メダルなど団体で行う球技でのメダル獲得が相次いだのは、中国にとっては大きな収穫だったと思います。

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 私は結局は試合会場へは行かずにテレビ観戦に終始しましたが、競技の時間帯が午前中と夕方以降に集中していたので、テレビでかなり見ることができました。欧米で行われるオリンピックと違って、時差がないのはやはり助かりました。中国のテレビを見たり、NHK-BS1またはNHK-BSハイビジョンで見ていたのですが、NHKの北京オリンピックのテーマ曲、Mr. Children の「GIFT」という曲はよかったですね。「白でも黒でもない」「日差しでも日陰でもない」ところに美しい色がある、という趣旨の歌詞が感動的でした。日本はアテネに比べてメダルの数が少なかった、という批判もあるようですが、スポーツには勝つこともあれば負けることもあります。勝敗を超えた大きなたくさんのものをこの北京オリンピックは残してくれたと思います。

 そして一番大事なのは「国家的イベント」として国の威信を掛けて行われたこの北京オリンピックが「なんとしても成功させる」と意気込む指導者たちの思惑とは全く関係なく、多くのものを中国の人々の中に残したことでしょう。中国にとって「オリンピック後」をどう乗り切っていくかが大変だと思いますが、北京オリンピックが中国の人々の中に残した財産は大きいと私は思います。

 北京オリンピックに参加した全ての選手と北京オリンピックの運営に参加した全ての人たちに感謝の意を表したいと思います。

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2008年8月23日 (土)

中国の人々が世界を見る目

 オリンピック期間中、北京の街中に置かれているテレビの前では多くの人が試合に見入っていました。今日(8月23日)は、男子サッカーの決勝「アルゼンチン対ナイジェリア」の試合をやっていたのですが、ショッピング・モールにある街頭テレビの前では多くの人がこの中継を見ていました。サッカーは中国でも人気なぁ、と私は思いました。今回のオリンピックを通じて、中国の人々は、中国が関係しないところでも、いろいろな競技のいろいろな国の試合を見たのではないかと思います。

 もちろん、中国選手の活躍が一番関心事項だったと思いますが、中国選手が出る以外の試合もテレビでは随分放送していたので、多くの人々が中国とは関係のない試合を見たと思います。今年の4月頃、世界を回る聖火リレーが妨害される事件があった頃、中国のメディアは「西側の報道の仕方はおかしい」といったキャンペーンを張り、中国の人々の間では異様なナショナリズムが盛り上がりました。特にフランスでの聖火リレーに対する妨害が大きかったこともあり、フランス系スーパーマーケット「カルフール」に対する不買運動が各地で広がりました。こういった「反外国」の雰囲気のままでオリンピックを迎えたらどうなるんだろうか、とそのころはちょっと心配していました。

 ところがその後5月12日に発生した四川大地震により雰囲気は一変しました。中国全体が団結して被災地を支援しよう、という雰囲気になりました。各国から救援隊や医療隊が駆け付け、中国の人々は素直にそれに対する感謝の意を表していました。「カルフール」に対する不買運動のようなちょっと歪んだナショナリズムはかなり影を潜めました。

 そういうこともあり、北京オリンピックの期間中は、外国に対する反発のようなものが目立って表に出ることはありませんでした。サッカーの試合では、日本が出場した際にはブーイングなどもまだあったようですが、数年前に比べれば、いくぶんかは良くなったのではないでしょうか。

 今回の北京オリンピックが中国の人々の世界を見る目をかなりソフトにしたのは間違いないと思います。コントロールされた官製メディアを通じてではなく、直接、多くの外国の人と接する機会があったのはよかったと思います。

 後は、今、大幅に緩和されているインターネット規制がオリンピック終了後も継続されて、中国大陸部の人々もネットを通じて常時世界の他の人々が享受しているのと同じような情報交換の自由さを享受でき続けるのか、ということがポイントになると思います。イベントの運営という面では、北京オリンピックは大成功だったと思います。中国の人々に対して、世界を見る窓が開いた、という意味でも、現時点では成功だったと言えるでしょう。今後、オリンピックをきっかけにして開いた世界に対する窓が閉じられるようなことがなければ、北京オリンピックは「真に成功だった」として歴史的にも評価を受けることができるようになるでしょう。

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2008年8月22日 (金)

このまま「夢」が現実として続いて欲しい

 つい先ほど、北京オリンピック陸上男子400mリレーで、日本チームが銅メダルを獲得しました。NHKの放送の解説者は、日本がトラック競技でメダルを獲得したのは80年振りだ、と言っておられました。今回は金メダルはジャマイカ・チームでしたが、このジャマイカ・チームの活躍は歴史に残るでしょう。競泳の最終日にあった400mメドレーリレーでも、8冠のフェルペスを擁するアメリカ・チームの横で日本チームは銅メダルを取ったわけですが、この二つのレースは、金メダルが歴史的なものであるだけに、このレースのシーンは、これから何回も歴史の一シーンとして繰り返し映し出されることになるでしょう。それとともに日本の銅メダルも今後長い間語り継がれることになるでしょう。

 今日の北京の天気は素晴らしい快晴でした。夕方の夕日もまぶしく輝いていました。東京では普通のことなのでしょうが、北京の夕方のまぶしい夕日は、とても新鮮に感じます。今日(8月22日)の北京の大気汚染指数は36の「優」でした。ここのところずっと「優」の日が続いていますが、これは近年にない汚染の少ない8月です。オリンピック期間は、開会式前後は、かなり大気汚染があったのですが、その後徐々によくなり、後半はほとんど大気汚染は気にならなくなりました。オリンピックが終わっても、このような青空とまぶしい太陽が「夢」ではなく現実のものとして続いて欲しいと思います。

 オリンピック前に大幅に解禁されたインターネット規制ですが、今日、試しにアクセスしてみたら、なんと北京から中国国民党のホームページにアクセスできました。

(参考)中国国民党のホームページ
http://www.kmt.org.tw/

 上記のURLを見ておわかりのように、当然ですが、上記のページは台湾にあるサーバー上にあります。この中国国民党のホームページは、英語版、中国語版、日本語版がありますが、中国語版では、今日(8月22日)現在、「馬英九総統」の就任記者会見の動画を見ることができます。当然中国語ですから、ここにアクセスした中国大陸の人は「馬英九総統」の話を直接聞くことができるのです。これは、画期的というより革命的なことだと私は思います。(インターネットは自由に世界を結ぶものなのですから、外の世界と繋がって「革命的だ」と感激すること自体、本来はおかしいんですけどね)。これは「オリンピック・スペシャル」の一時的なものなのでしょうか。それともオリンピックが終わってもずっと続くのでしょうか。

 今回の北京オリンピックでは、日本は、メダルの「数」の点では物足りないところがあるのでしょうが、上に書いた男子陸上400mリレーの銅メダルとか、ソフト・ボールの金メダルとか、フェンシングの太田選手の銀メダルとか、歴史的なメダルが多かったように思います。もし、北京オリンピックが「歴史的なオリンピック」となるのであれば、大気汚染の改善とかインターネット規制の緩和とか、「夢」のように変わった北京の現状の一部分が、オリンピックが終わった後も「夢」ではなく、現実のものとして、ずっと続いて欲しいと切に願いたいと思います。

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華国鋒氏がオリンピックに沸く北京で死去

 元国務院総理、元中国共産党主席の華国鋒氏が一昨日(2008年8月20日)、オリンピックに沸く北京でひっそりと亡くなりました。87歳でした。

 華国鋒氏は、1976年9月に毛沢東主席が亡くなった直後の同年10月、当時実権を握っていた江青、張春橋、姚文元、王洪文ら「四人組」を失脚させて、毛主席の後継者として翌年には中国共産党主席となり、トウ小平時代(=現在の改革開放時代)への「つなぎ」の役割を果たした人物です。

 文化大革命を推進してきた「四人組」を失脚させたものの、自らの地位の根拠が毛主席から「後を頼む」と言われた、という「遺言」だけだったことから、毛沢東主席の路線を継続し、文化大革命を継続する、と主張し続けました。そのため華国鋒氏の政策は、どちらを向いているのかよくわからないものでした。やがてトウ小平氏が正式に復活すると、トウ小平氏は「毛沢東主席の行ったことや毛沢東主席の指示は全て正しい」(「二つの全て」)と主張する一派を「すべて派」だとして批判しました。「すべて派」が華国鋒氏を指すことは明らかでした。

 トウ小平氏は、1978年12月に改革開放路線をスタートさせました。その後、1981年6月、文化大革命を「誤りだった」と断定し、毛沢東主席も晩年には誤りを犯した、との認識を示した「建国以来の党の若干の歴史的問題に関する決議」が採択されるに到り、華国鋒氏は、党内でその存在意義を失い、副主席に降格となりました。その後も、一応、「幹部」では居続けたため、「失脚した」と表現するのは正しくありませんが、その後、華国鋒氏は政治的影響力を全く失いました。「失脚」しなかったのは「四人組追放」という功績は認められていたからでしょう。

 亡くなった一昨日当日(8月20日)の夜7時からの中国中央電視台のニュース「新聞聯播」では、後ろの方の「その他のニュース」の中で「華国鋒同志」の死去を伝えていました。「四人組」を追放し、改革開放路線への道を開いた人にしては、ちょっと寂しい扱いでした。というより、政治的影響力を失った中ででも、その死去が「新聞聯播」で取り上げられたこと自体よかったと考えるべきなのかもしれません。

 一方、昨日(8月21日)付けの「人民日報」では1面の右下の方にこの華国鋒氏の死去のニュースが遺影とともに掲載されていました。端の方とは言え「人民日報」の1面で遺影とともに伝えられた、ということについては、一定の敬意を持って報じられた、と考えてよいでしょう。

(参考1)「人民日報」2008年8月21日付け1面
「華国鋒同志が逝去」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-08/21/content_86213.htm

 ただ、この「人民日報」の記事は新華社電をそのまま伝えただけのもので、その内容は「中国共産党の優秀な党員で、共産主義に忠誠を尽くした経験ある戦士、プロレタリアート階級革命家であり、かつて党と国家の重要な指導的職務に就いていた華国鋒同志」が死去した、という事実のみを伝えるものでした。華国鋒氏の経歴については「かつて党と国家の重要な指導的職務に就いていた」と述べているだけでした。1976年1月に周恩来総理が亡くなった後、国務院総理に就任し、同年9月に毛沢東主席が亡くなった後、翌年8月に中国共産党主席に就任したことは、触れていません。また、華国鋒氏が毛沢東主席が亡くなった直後の1976年10月に「四人組」を失脚させる動きの中で中心的な役割を果たしたことについても何も触れていません。

 「人民日報」の記事のような簡単な伝えられ方だと、32年前を知らない若い人たちは、華国鋒氏がどういう人物であったのかを知らないままにこのニュースを聞き流してしまったろうと思います。「プロレタリアート階級革命家」という修飾語が付いているので、「改革開放期より以前に活躍した過去の人物なんだろうなぁ。」といった想像はできると思いますが、歴史上どういう役割を果たした人物なのかは、このニュースでは若い人たちには伝わらないと思います。

 ただし、華国鋒氏の業績は決して「消された」わけではありません。公式な歴史の中ではきちんと記述されています。

(参考2)「人民日報」ホームページ「中国共産党簡史」
「第7章:十年間の『文化大革命』の内乱」
「四、江青集団を粉砕した勝利」
http://cpc.people.com.cn/GB/64184/64190/65724/4444931.html
「第八章:第11期三中全会において社会主義事業の新しい発展段階が切り開かれた」
「一、模索の中で前進しながら正しい目標をどこに置くべきかの問題について討論した」
http://cpc.people.com.cn/GB/64184/64190/65724/4444932.html

 8月21日付けの「新京報」「京華時報」といった北京の大衆紙でも華国鋒氏の死去は報じられていますが、その内容は「人民日報」と全く同じで、新華社電をそのまま伝えただけのものでした。大衆紙は(人民日報もそうですが)紙面の多くをオリンピック関係記事に割いているため、華国鋒氏の業績について書くスペースがなかったのかもしれません。しかし、もしそうであれば、あまりに寂しいと思いました。たぶん、華国鋒氏は、結果として「四人組」を追放し文化大革命を終わらせるきっかけを作ったけれども、自分自身は「文化大革命を継承する」という立場に立っており、文化大革命を否定してトウ小平氏が始めた現在の改革開放路線からすれば「異なる立場の過去の人」であるから、その経歴を詳しく報じる必要はない、と判断されたのだろうと思います。しかし、私は、華国鋒氏が果たした役割に鑑みれば、それが例え今の政権の路線と「異なる立場の人」だとしても、その業績については積極的に若い人に伝えるべきだと思いました。

 日本の新聞の華国鋒氏の死去を伝えるニュースでは、華国鋒氏が過去に何をした人物であるのかを簡単ではありますが伝えていました。それに対して中国での報道が「かつて党と国家の重要な指導的職務に就いていた華国鋒同志」と伝えるに留まり、それ以上の情報を読者・視聴者に伝えなかったことに非常に違和感を感じました。普通の感覚だったら、周恩来総理の後を継いだ国務院総理、毛沢東主席の後を継いだ中国共産党主席だった華国鋒氏の過去の経歴は、少なくともそういう経歴の持ち主だ、という事実だけでも伝えられて当然だと思えるからです。

 全ての国において、過去の歴史に学ぶことは重要なことです。中国は日本に対して常にその姿勢を求めています。私もそれは重要なことだと考えており、過去の歴史において日本が中国に対して何をしたかを踏まえることは、日中関係を進めるための出発点だと考えています。しかし常にそう言っている中国共産党自身が、自らの過去の歴史について、そのよいところ、よくなかったところの両方を若い人にきちんと伝える努力をしているのだろうか、という点について、最近、私は疑問に思っています。改革開放路線は、文化大革命という「過去の過ち」を反省することから始まっているため、改革開放路線当初(1980年代)は、中国共産党には、党自身の歴史についても、過去の誤りは誤りとして正しく自己批判すべきだ、という姿勢が見えていました。その姿勢が、1989年以降は弱くなってしまったのではないか、というのが私の懸念しているところです。

 過去の歴史が未来を導く鑑(かがみ)である、ということは、長い歴史を持つ中国が一番良く知っていることです。今年は改革開放30周年に当たるので、オリンピックが終わると、今度は年末に掛けて改革開放30周年にちなんだ行事がいろいろ行われることになると思います。その過程で、この改革開放30年の歴史を、きちんと客観的に振り返り、正しくなかった部分は正しくなかったことだと評価した上で、若い世代に事実を伝えるようにして欲しいと私は願っています。もしそうしないならば、中国は正しい未来への道を歩むことができなくなってしまうと私は思います。

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2008年8月20日 (水)

中国経済はまた大型公共投資依存に戻るのか

 今日(8月20日)の中国大陸の株価は、一昨日(8月18日)の下げを回復する以上に上昇したようです。日本のネットのニュースによれば、オリンピック後、中国政府が大型の景気刺激策を打ち出す見通し、との報道がなされたことが株価上昇の原因だ、とのことです。景気刺激策とはどういう政策を採るのでしょうか。また、大型の公共事業に投資をしたりするのでしょうか。

 私も、中国の経済が収縮してよい、とは思っていませんが、人民元高や原油高などの構造的な原因で、輸出産業の不振が続く中、経済全体を支えるために、大型の公共事業に投資して雇用を創出する、といった政策がいつまでも続けられるとは私には思えません。私は、北京に赴任してから1年4か月、中国国内のいろいろな工業団地などを見ましたが、公共インフラの多くは、既に「過剰」のレベルにまで達していると思っています。現在、開発が終わった、あるいは開発中の全ての工業団地の全ての土地に工場が建つとはとても思えないからです。もし、今後また従来型の公共投資主導型の景気刺激策を採るのであれば、地方ベースでは、今後とも、農地がつぶされ、工業団地が建てられる、というタイプの事業が続けられる可能性があります。それだと、去年あたりから採っていた「バブルは小さいうちにつぶしておく」という政策を、また「バブルをさらに膨らませる政策」に逆戻りさせてしまうことになります。

 構造改革には常に「痛み」を伴いますが、今、中国政府にとっては、輸出企業の倒産による失業者の増大や不動産や株のバブルの崩壊による富裕層の資産の消滅のような「痛み」を伴う政策は怖くて採れないのかもしれません。しかし、景気が悪くなりそうになったら、公共投資で景気を刺激する、といった政策を繰り返していくと、中国の企業はそれに甘えてしまい、本当の意味での国際競争力を付けることができなくなります。いつまで経っても労働集約型産業への依存から脱却できません。それに、不動産や株が下がりそうになったら、政府が何らかの策を講じて下支えしてくれる、といった経験を何回も繰り返すと、投資家の中に自己責任をもって投資するというマインドが育たないと思います。

 中国の金メダル・ラッシュもようやく山を越え、オリンピックも残すところあと4日となりました。今回のオリンピックは、スポーツの面では、中国の人々の能力が非常に高いことを証明しました。経済の面でも、中国の人々の能力をうまく引き出し活用させることができれば、大型の公共投資に頼らずに経済成長を続けることはできると思います。既に中国の大学への進学率は22%を超えており、中国でも高学歴化が進んでいます。このまま大型公共事業と労働集約型産業への依存を強めた経済運営を続けていくと、人々の「働きたい」という欲求と雇用の場の提供とが、数の上では一致しても、質(要求する賃金など)の面でミスマッチが大きくなります。中国政府は、単に数字的に経済を失速させない、ということばかりでなく、中国の人々が自分たちの生活をどうしたいのか、という「思い」をうまくすくい上げるシステムを作り、それによって人々の欲求を的確に把握できるようにする必要があると思います。

 このブログの直前の記事で書いた人民日報のホームページにあった110mハードルを棄権した劉翔選手を励ますポップ・アップは、今日(8月20日)の朝の時点ではあったのですが、夜の時点では既になくなっていました。そろそろ「劉翔選手の棄権ショック」も治まってきただろう、と判断したのだと思います。このようにして、官製メディアが沸騰するネット議論の「ガス抜き」に気を使わなければならないこと自体、中国に人々の気持ちを吸い上げるシステムができていない証拠です。少しづつでよいので、時代の流れに合わせて、中国も変わって行って欲しいと思います。

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劉翔選手の棄権ショック

 8月18日に行われた北京オリンピック陸上110mハードル予選で、中国のスーパースター劉翔選手が、スタジアムには出てきたものの、スタート直前(正確に言うとスタートして、それが他の選手のフライング・スタートだったとわかった直後)に棄権したことは、中国の人々に大きなショックを与えました。これについて、中国のネットの掲示板で、劉翔選手を非難する声、擁護する声、非難する者を批判する者など、いろいろな発言が沸騰していることは、日本でも報道されているので、御存じの方も多いと思います。

 劉翔選手は、古傷を持っており、ここのところその故障の状況が芳しくなく、特にレース2日前の16日の練習時に相当に悪化した、と伝えられています(劉翔選手が8日の開会式に参加しなかったことからも、状況があまりよくないのではないか、ということは、ある程度推測されていた)。ただ、全く走れないほどに悪いとは誰も思っていなかったので「棄権」という結果にみんなビックリしたのです。2日前に相当悪いことがわかったのだったら、その時点で状況を公表し、棄権の意思表示をすべきだった、との批判が多く見られます。苦労してチケットを入手して、当日スタジアムへ行った人は特にそう考えると思います。ただ、これだけ期待が高い中、言い出せる雰囲気ではなかったし、自分もどうしても出たいと思っていたので、もしかすると走れるかもしれないと考えて、最後の最後まで一縷の望みを掛けてスタートラインまでは行った、ということなのかもしれません。

 インターネットの掲示板の発言の中には、悪口雑言に近いものもあるなど相当に過熱していることもあり、当局側がこういった「ネット世論」を必死になだめようとしているように見えます。習近平国家副主席が慰問の電話を掛けたとか、中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」の中で「一日も早い回復を祈る」という論評を伝えるなど、一人のスポーツ選手の棄権に対しては「異例」ずくめの対応が続いています。

 今、「人民日報」のホームページにアクセスすると劉翔選手がユニフォームを顔にかぶせて涙をこらえている様子の写真を背景として「劉翔! あなたは依然として私たちの英雄です!」と書かれたポップアップが出てきます。その中に「あなたの一日も早い回復を祈ります」というクリック・ボタンがあり、8月20日未明の段階でクリック数は100万クリックに近い数に上っています。右の方には「劉翔選手に言いたい」という欄があります。その中を見ると「棄権は正しい判断だった」「それでも私はあなたを支持する」「早く復活して欲しい」といった励ましの発言が並んでいます。

(参考)「人民日報」ホームページのトップ
http://www.people.com.cn/

 日本の女子マラソンの場合も、二連覇を目指す野口みずき選手がレースの5日前に棄権することを発表し、土佐礼子選手も出場はしたものの25キロ付近で棄権するなど、ケガや故障による選手の棄権がありました。これに関しては、日本の掲示板でも、結構、選手に対する批判なども書かれているようです。書きたい放題のことが書かれるネットの掲示板では、そういう発言があっても仕方がないと思います。しかし、日本ではそういったネット上の選手批判の発言について新聞などで報道されることはありません。ましてや政府がそれに反応することはあり得ません。「ネット上での発言はそういうもんだ。」としか見られていないからです。

 劉翔選手に対するネットの中国の掲示板での発言は、私もいくつか中国語の発言そのものを見ました。劉翔選手を批判する発言もあり、擁護する発言もあるのは事実で、その意味では、日本の掲示板の発言とそれほど違いはないと思います。ただ、確かに日本における選手批判とはちょっとフェーズが違う「激しさ」があるのは事実だと私も感じました。期待の大きかった野口選手が出場できなくなったのは、日本でもかなりのショックでしたが、2週間前くらいから、「故障で海外トレーニングを早めに切り上げたようだ」といった情報が伝えられていたので、野口選手の出場断念を聞く前に日本の人たちは「心の準備」ができたいたのだと思います。それに対して劉翔選手は多数のコマーシャルに出演するなど期待の大きさが日本では考えられないほどだったことと、走れない程に故障の程度がひどい、といった情報は事前に全くなく、実際に当日もスタジアムに登場してから棄権したので、ショックが大きかったのだと思います。

 それにしても、そういったネット掲示板の劉翔選手の棄権に対するリアクションに対して行っている中国メディアの「沈静化努力」は、これまた「普通の国」の感覚からすると異様に感じます。ネットワーカーたちの発言の盛り上がりを怖れているように感じます。

 日本の報道では、最近、中国で何か起こると、ネットの掲示板でどういう発言が書かれているか、に注目し、それを報道することが多くなりました。日本国内の案件の報道では、特別な場合を除き、ネットの掲示板の中での発言などはあまり注目されません。中国において、ネット掲示板が注目される理由には二つあります。

(1) 新聞やテレビは一般市民の声を報じないし、メディアが一般市民にインタビューしても一般市民が当局に批判的な発言をするとは思えないが、ネットの掲示板には「本音」が書かれることが多いので、ネット掲示板を見ることが中国の一般市民の声を聞くほとんど唯一の手段であるため。

(2) 当局にとって不都合な発言は削除されるので、どういった発言が削除されるのかを監視することにより、今、当局が何を「不都合だ」と感じているのがわかるため。

 (1)の点は、中国政府も同じように考えていると思います。「普通の国」だと、テレビや新聞、雑誌などのメディアを通して「世論」が形成されるのですが、中国ではメディアは一般市民の声を反映しないので、正常な形での「世論形成」ができないのです。中国政府もネット掲示板の動向を注目している、ということは、別の見方をすれば、中国政府は、一般市民が考えている「世論」を吸い上げて政策に反映させる、という「触覚」を持っていないことを意味します。自由なメディアや民主的な選挙制度といった政策に対するフィード・バック・システムを持っている国では、政府がネット掲示板の盛り上がりを気にする必要はないのです。

 北京オリンピックは、いろいろな面で、中国の実情を世界に知らしめるよい機会になりましたが、今回の「劉翔選手の棄権ショック」も、中国の一面を世界中に知らせるきっかけになったと思います。

 なお、劉翔選手をコマーシャルで使っていたスポーツ用品メーカーのナイキ社は、8月18日付け「新京報」の最終面1面を借り切って広告を出しています。右側から光が当たった劉翔選手を真正面から撮した顔写真を大きく掲げいます。そこには次のように書かれています。

「私たちは、栄光を愛し、そして挫折を愛する。」
「あなたの心を傷つけてしまったスポーツを、それでも私たちは愛する。」

多額の広告料を支払って劉翔選手をコマーシャルに使い続けたナイキ社に対する批判もいろいろあると思います。こういう広告を即座に出したことを見て、ナイキ社は劉翔選手の故障をある程度事前に知っていたのではないか、との疑念を持つ人もいるかもしれません。しかし、私は、ナイキ社は、さすがにスポーツの本質をよくわかっていると思って、感激しました。スポーツを国家の栄誉のためとか政治的な団結とかに利用しようと考えている全ての勢力は考え直して欲しい、と改めて思いました。

 劉翔選手が今回の状況を乗り越えることをお祈り致します。

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2008年8月16日 (土)

北京オリンピック開会式演出の舞台裏

 8月14日号の「南方周末」(広州で発売されている週刊新聞:北京でも買える)(日本語表記は「南方週末」)に北京オリンピック開会式を担当したいろいろな人に対してインタビューして「裏話」を聞いた特集記事が載っていました。日本の新聞でも紹介されていますが、以下の二人の記事が興味深いと思います。

(参考1)「南方周末」2008年8月14日号記事
「張芸謀監督、二万字に及ぶ話で開幕式の裏話の詳細を語る」
http://www.infzm.com/content/15978

(参考2)「南方周末」2008年8月14日号記事
「陳丹青氏:大きいことは美しいことだ」
http://www.infzm.com/content/15927

 張芸謀監督は、開会式全てを全体的に演出した映画監督です。陳丹青氏は、開会式の前半のアトラクションの「絵巻物」の部分を担当した方です。

 張芸謀監督は「指導者が見に来た時に指導者は何か意見を言ったか。その意見に対してどう対応したか。」と尋ねる南方周末の記者の質問に対してポイントとして以下のように答えています。

・いろんな人がいろんな意見を言いましたよ。いろいろ意見交換しましたけど、今、私とあなたがああでもないこうでもない、と意見を交わしたとしても、それで私があなたに「圧力を掛けた」とは言わないでしょう?

・三人の指導者が来て意見を言って、その意見について私が「その通りだ」と思わなかったとしても、この三人は観衆の中の三人でもあるわけですからね。この三人が「よくない」と言ったら、それは政治的な問題じゃなくて、三人の観衆が「よくない」と感じたってことですからね。彼らが最初に批評した観衆なんですよ。いろんな指導者が何十回となく見に来ましたけど、だいたい三人以上の指導者が変えた方がいい、と言ったら私は変えましたよ。

・指導者たちは国家の状況を知っているし、今の新しい指導者たちは、みんな大学で修士、博士の学歴があり、様々な経歴を持っている人たちですから、あまり時間がない中で、そんなに無茶なことは言いませんよ。

 「敏感な話」「微妙な話」については、こういう持って回った言い方をする人が多いので、私の中国語読解能力では、間違った捉え方をしている可能性がありますが、大体、上記のようなことを言っている、と私は理解しました。

 張芸謀監督は「今の新しい指導者は、みんな大学で修士、博士の学歴があり・・・」と言っていますので、「意見を言った指導者」が中国共産党政治局常務委員9人のうちの何人かであることは、中国の人ならこれを読んだ人はすぐにわかります。日本の新聞等では「政治が演出に介入した」というような報じられ方をしていますが、オリンピックは国家的事業なので、張芸謀監督としては、「スポンサーのお偉いさんが来て意見を言った」というような感覚で受け取ったのではないかと思います。張芸謀監督は北京オリンピック委員会から依頼されて監督を引き受けたわけですから、プロの監督としては、スポンサーの言うことは無視できないことはよくわかっている、ということなんでしょう。

 一方、絵巻物を担当した陳丹青氏の方は、結果的に自分が考えたアイデアがあまり採用されなかったようで、かなり不満げにインタビューに答えています。「指導者が来て言った意見は多かったのか?」という南方周末の記者の問いに対する陳丹青の答のポイントは以下のとおりです。

・中南海(中国共産党本部のある場所)の人が二回来た。最初は去年の初春で、二回目は今年7月16日のドレス・リハーサル(本番と同じ衣裳を着て行う最終的な段階のリハーサル)の時だった。たくさん意見を言って、改めなくちゃいけない、と言っていた。

・(「あなたは芸術監督であり、使用する絵画を選択する責任者として、あなたの意見は最終的に採用されましたか?」との問いに対し)あれ? 私が芸術監督だって? それは全く違う。私には決定権はなかった。私が選んだ絵画の9割は採用されなかった。二人の副監督の提案も7~8割は採用されなかったようだ。張芸謀監督がいくつボツにしたのかは知らないが、彼が自分で決めていた。

 陳丹青氏は、国家指導者の意見で自分が選んだ絵の多くが採用されなかった、とは言っていませんが、結果的に自分の意見が通らなかった部分が多かったようで、このインタビューからはかなり陳丹青氏の不満気な感情が読みとれます。

 オリンピックの開会式は、北京オリンピック委員会が依頼して製作するイベントであり、自主制作映画ではないので、制作者は依頼主の意向を反映しなければならない、制作者と依頼主の意向が異なっていた場合、制作者には不満が残る、ということはあり得る話なのだと思います。問題は、張芸謀監督や陳丹青氏に意見を言った「指導者」というのが、依頼者と言えるのか、というところがひとつのポイントだと思います。しかし、中国は、憲法で「中国共産党の指導」が謳われていますから、北京オリンピック委員会も中国共産党の指導下にあるわけですので、中国の場合、中国共産党の指導者の要請は、即ち依頼主たる北京オリンピック委員会の要請、と言ってもいいのでしょう。

 前にも言ったことがありますが、「南方周末」は中国の新聞の中では異色の鋭いツッコミを見せる新聞です(だからこそ、広州で発行されているのに北京でも売れるのです)。「南方周末」の記者は陳丹青氏に対して「『絵巻物』の(中国の古代の歴史を表現した)前半部分は素晴らしかったと思うが、後半部分は春節(旧正月)前日のテレビのバラエティー・ショー(日本でいうと「紅白歌合戦」に相当する)みたいだった、という人もいるがどう思うか。」と鋭い質問を放っています。それに対して、陳丹青氏は次のように答えています。

 「じゃ。後半は何を表現すればよかったわけ? 革命? チベット鉄道建設の難しさを表現する? 三峡ダムプロジェクト? 人工衛星打ち上げ? 改革開放? ここ百年来の中国の歴史って、みんな西洋から入って来たものじゃないか。開会式イベントは歴史の授業じゃないんだ。」

 かなり感情的な答になっていますが、自分が表現したいものが表現できなかったいらだたしさのようなものを感じました。

 これらのインタビューはかなり長いので、私も全てを熟読したわけではありませんが、北京オリンピックの開会式が歴史的なものだとしたら、その「裏話」もまた歴史的なものだと思います。そして、ここで紹介した二人の表現者は、このインタビューにおいても、今の時点で自分たちが言える範囲の方法で、自分の言いたいことを可能な限り表現しています。今、中国はいろいろ問題を抱えて、それをどう扱おうか、と多くの人が悩んでいます。私は20年前と全然進歩していないところもある、とこのブログで何回も書いてきました。こういった大きなイベントのアトラクションに対して「中南海」の人が来ていろいろ「指導」する、というのも、「全然進歩していない部分」のひとつだと思います。

 しかし、明らかに20年前と違うのは、上で紹介した才能あるエネルギッシュな表現者が、現在自分に許されている範囲で思い切り表現し、ある時は怒りをぶつけ、それを受け止める「南方周末」のようなメディアが存在し、例えそれが広州で発行された新聞であろうとも、1部3元(約45円)という中国の新聞としてはかなりな高額だったとしても、そういった新聞を北京の市民が気軽に買える、ということです。これは20年前にはなかったことです。

 北京オリンピックについては「中国で開くのはまだ早かった」という人がいますが、私はそうは思いません。北京オリンピックを開催することを通じて、中国の多くの人が多くのことに思いを寄せ、いろいろなことを感じ、それが中国の歴史を前に進めるための大きなきっかけになることは間違いないからです。

 今回の「南方周末」に載った「北京オリンピック開会式の裏話」に関するインタビュー記事は、こういった記事が載った新聞が北京の街で売られていた、それを私は買って読んだ、という記録を残しておく価値がある、と思ったので、このブログに書くことにしました。先ほど、野球の星野ジャパンが韓国に逆転負けし、陸上男子100mでジャマイカのボルトが9秒69で他の選手を全く寄せ付けず喜びを表現しながらゴールしたのをテレビで横目で見ながら、今日の記事は書きました。この北京オリンピックの日々は、後から振り返ると、いろいろなことが凝縮された日々だったと思い起こすことになるだろうと思っています。

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2008年8月13日 (水)

足跡花火の合成映像と微笑み美少女の口パク

 私も中国に通算3年以上いるので、たいていのことには「ホントかなぁ。これにはウラがあるんじゃないかなぁ」と疑うクセが付いているのいるのですが、8日に行われた北京オリンピック開会式の下記の二つの件については、全く疑っておらず「コロッとだまされ」ました。

 日本でも報道されているので、御存じと思いますが、8月12日、開会式の「裏話」として、次の2つ事情が明らかにされました。この二つとも開会式の様子を書き留めておいた私のブログの記事にも登場するので、下記の私のブログの記事も適宜参照しながら、以下をお読みください。

(参考1)このブログの2008年8月9日付け記事
「北京のテレビで見たオリンピック開会式」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/08/post_c1a7.html

(1)開会式の開始を告げる花火として、南の永定門、前門、天安門、故宮から北京市の北にあるオリンピック・スタジアムへ向けて移動するように打ち上げられた「足跡形の花火」のテレビ中継の映像では、事前に撮影した花火を現場の生中継の映像に重ね合わせた合成映像が使われた

 開会式の開始の時、実際に永定門、前門、天安門、故宮内などから足跡形の花火が打ち上げられたのは事実だそうですが、この花火をヘリコプターで空撮する場合、北京市街地上空を飛ぶヘリコプターの安全確保を図らなければならないので、理想的な撮影角度を確保することが難しく、一部の「足跡花火」については、事前に撮影してあった足形花火の映像をヘリコプターから撮った生の北京の街の夜景の上に合成して映像を流した、とのことです。

 これは北京オリンピック委員会スポークスマンの王偉氏が12日に記者会見説明したものです。王偉氏は「よい演出効果を確保するため」とその理由を説明したとのことです。

(参考2)「新京報」2008年8月13日付け記事
「多くのオリンピック会場では入客率が7割以上に達している」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/08-13/008@023732.htm

(注)この記事の見出しに関する説明:
 上記の「新京報」の記事では、この日の記者会見で北京オリンピック委員会は、8月11日(月)の北京の18か所の試合会場の入場者率は、90%以上が2か所、80%以上が6か所、70%以上が8か所、残りの2か所も60%以上である、という数字を紹介しています。おそらくは、チケットは完売したと伝えられているのに対し、テレビ画面などを見ると結構空席が目立つことから、この点に対して記者が質問したのに対して北京オリンピック委員会が答えたものと思われます。試合会場に空席が見られることについては、オリンピック関係機関(スポンサーなど)が購入したチケットについて、予選などではお客が実際には来なかった可能性があることや、一部の球技では2試合セットの入場券になっているので、自分が興味のある試合だけを見た客がいたためではないか、と北京オリンピック委員会では説明しています。

(2)国旗入場の時に革命歌「歌唱祖国」を歌っていたかわいらしい女の子は実は口パクだった

 開会式の時、中国の国旗(五星紅旗)がスタジアムに入場し掲揚ポールのところまで移動する間に歌われていた革命歌「歌唱祖国」を歌っていたのはかわいらしい女の子でした。この「歌唱祖国」という歌は行進曲ふうの勇ましい曲で「我らの指導者・毛沢東は、我らの行く先を導く・・・」といった歌詞も含まれている革命を讃える歌です。中華人民共和国の国旗の入場の場面で使う歌としては最もマッチした曲だと私も思いますが、普通の調子で演奏すると、軍隊の行進みたいな感じになり、かなり堅苦しい感じになってしまいます。そこでかわいらしい女の子にこの歌を歌わせて、五星紅旗は少数民族の衣装を着たこどもたちによって運ばれました。こういった柔らかい演出は、私は演出家の大金星だと思っていました。

(参考3)「新京報」2008年8月9日付け記事
「非常に中国的な歌」
http://www.thebeijingnews.com/news/xatk/2008/08-09/008@101800.htm

 この場面には、多くの人々が感激したようで、中国国内のネット上でもこの女の子は大人気になりました。「歌唱祖国」を歌っていたのは、林妙可ちゃんという9歳の北京の小学三年生でした。彼女は歌っている間中微笑みを絶やさなかったことから「微笑み天使」と呼ばれるようになりました。ネット上では、林妙可ちゃんのファンクラブが立ち上がり、林妙可ちゃんのファンは「妙族」(少数民族の「苗(ミャオ)族」と発音が同じことから来た一種のシャレ)と呼ばれるようになりました。海外でも評判で、8月9日付けのニューヨーク・タイムズの1面トップには林妙可ちゃんの写真が載ったとのことです。中国の最も権威ある英字紙チャイナ・ディリーや「人民日報」ホームページ上の記事も、一夜にして「国民的人気者」になったこの林妙可ちゃんについて報じています。

(参考4)「チャイナ・ディリー」2008年8月12日付け記事
「かわいい歌手が国中の心を射止める」
http://www.chinadaily.com.cn/cndy/2008-08/12/content_6926550.htm

(参考5)「人民日報」ホームページ写真ジャーナルのページ
2008年8月12日18:27アップ記事(「武漢晩報」の記事を紹介する形の記事)
「新しい『秘密の少女』、ニューヨークタイムズの1面トップに登場」
http://pic.people.com.cn/GB/1099/7655010.html

 ところが、日本のネット上のニュース等の報道に見たところ、8月12日にアップされた「中国新聞網」が伝えたところによれば、開会式で「歌唱祖国」を歌っていたのは、林妙可ちゃんではなく、全く別の楊沛宜ちゃんという7歳(小学校1年生)の女の子だったとのことです。会場に流れていたのは舞台裏で歌っていた楊沛宜ちゃんの声で、スポットライトを浴びていた林妙可ちゃんは、歌に合わせて口をパクパクさせていた、とのことです。これは開会式の音楽監督をやった陳其鋼氏が明らかにしたとのことです。陳其鋼氏によると、この入れ替えは「楊沛宜ちゃんは外見上の原因で落選したので、国家利益のために行った」とのことです。

 このニュースは「中国新聞網」(中国のネットニュースでも正当派のニュースサイトのひとつです)に掲載されたことから、瞬く間に全世界のメディアで報じられました。ところが、8月13日の中国の新聞では、この「口パク」の件について全く報じていません。また、そもそもの情報の発信源を直接見ようと思って「中国新聞網」のサイトにアクセスしてみましたが、「中国新聞網」のサイト上にある8月12日付け記事のリストには、本件ニュースは載っていません。検索サイトで、このニュースを検索するとヒットしますが、検索結果をクリックしても真っ白の画面が出るだけで何も出ません。外国のメディアが本件を報じて以降、「中国新聞網」上にあったもともとの記事は削除されてしまった模様です。

 ところが、私が見た時点では、検索サイトの「キャッシュ」(検索サイトが各ページの情報を得た時に一時的にその内容を記憶しておくエリア)には、まだこの「中国新聞網」の記事は残っていたので、私はその記事を読むことができました(この記事がアップされたのは2008年8月12日10:05です)。

 この「中国新聞網」の記事には、楊沛宜ちゃんと林妙可ちゃんの両方の写真が掲載されています。BBC中国語サイトがこの写真も含めて「中国新聞網」サイトの記事を紹介していますので、写真を御覧になりたい方はBBC中国語サイトを御覧ください。

(参考6)BBC中国語サイト2008年8月12日北京時間23:28記事
「オリンピック開幕式で偽装、女の子のスターは口パクだった」
http://news.bbc.co.uk/chinese/simp/hi/newsid_7550000/newsid_7556900/7556933.stm

※BBCサイトのニュースは一定の時間が経つと自動的に削除される可能性があります。

 写真を見ればすぐわかりますが、楊沛宜ちゃんは、ごくごく普通の女の子で「外見の点で落選したので」と言われるのはかわいそうだと思います。

 林妙可ちゃんの「口パク」については、テレビを生で見ていた人の中にも「あ、これは口パクだ」と気が付いた人がいたようです。ただ、気が付いた人でも「これだけの大舞台で小さな女の子が緊張して歌えなくなると困るから、前もって録音しておいたものを流して、それに合わせて口を合わせたのだろう。そういうやり方はあり得る話だ。」と考えていたようです。しかし、歌っていたのは実は別人だった、ということを聞くと、普通の人はみんなびっくりします。2006年のトリノ冬季オリンピックの開会式でも、著名なテノール歌手・パパロッティさんが自分の声を事前に録音しておいて、本番の開会式では「口パク」をやっていたことが後で明らかになったのだそうですが、これは本人の声を自分の意志で使ったものであり、こういった手法は多くのイベントで時々行われる演出だと思います。しかし、全然別人の歌に合わせて「口パク」をやるのは、演出ではなく「だまし」だと受け止めれてもしかたがないと思います。

 この件については、中国のネット上でも、相当に議論が沸騰しているようです。先頃、6月20日に胡錦濤主席本人が登場して中国のネットワーカーを驚かせた最も有名な掲示板のひとつ「人民日報」ホームページ上にある「強国論壇」でも、この件に関する意見が載っています(ただし、話題になっている割には掲載されている発言の数が少なすぎるので、かなりの数の発言が削除されている可能性があります)。

 削除されずに残っている発言にも、かなり強烈なものがあります。一番多いのは「この演出は、片方の女の子に『歌はうまくない』と言い、もう片方の女の子に『外見があまりよくない』と言っているのに等しく、二人の女の子に対する侮辱だ」として、この演出を非難し、二人の女の子の気持ちを思いやる意見です。このほかにも「ありえない。もし本当に『口パク』をやっていたのならば、全世界の観衆をだましたことになるんじゃない?」「『国家の見せかけ上の姿』をごまかして作ったとしても、そんな国家はすぐに終わってしまう!」「口パクをやらせるのが国家利益のためですって? 話にならない。こんなのはニセ『国家利益』で、実際は全く逆効果だ!」といった意見が出ています。

※ネット上の掲示板の発言は、日本で言えば「2チャンネルに載っているような見るに耐えないものも多いので、いつもは私はあまり掲示板の発言は紹介したくないと思っているのですが、今回は、中国の名誉のために、あえて、このように極めて常識的な発言も数多く掲載されているのだ、ということを紹介させていただきました。

 ところで、この「林妙可ちゃんは口パクだった」というニュースに関して、現在、下記のように非常に奇妙なことが起こっています。

○「口パクだった」との情報の発信源である「中国新聞網」の記事が削除されてネット上から消えている。

○本件は多くの人が関心を持つ事項であると思われるのに8月13日付けの「新京報」や「京華時報」といった大衆紙が「口パクだった」件について一切報じていない(というか、中国のメディアで「口パク」を報じている新聞を私はまだ見つけられていない)。

○にもかかわらず人民日報ホームページ上の掲示板「強国論壇」には、「中国新聞網」の記事が転載され、それに対する意見の書き込みが今も行われ、削除されずに今でも残っている(当局の指示によって「中国新聞網」のニュースが削除されているのだとしたら、人民日報ホームページの「強国論壇」のような目立つ掲示板にそのニュースを転載する記事が削除されずに残っているのはおかしい)。

 (1)の「テレビで放映された『足跡花火』の一部は合成画面だった」という話は、最初は「だまされた」と思いましたが、「テレビによるショーの見せ方のひとつだ」と言われれば「そうかなぁ」と思えて、それなりに納得できるものでした。でも、(2)の「微笑み美少女は『口パク』だった」という話は私にとってはちょっとショックで、これは「演出」の枠を超えている、と私は感じました。前者については中国のメディアでもきちんと報道されているのに対し、後者については報じられていない(しかし掲示板上からは抹殺はされていない)のは、後者に対しては、中国国内でもいろいろな人がいろいろな印象を受け、結構ショックが大きく、情報管理当局の側でも対応方針が統一されていないからではないか、と思います。

 これらは開会式の単なる「演出」の話であって、世の中の大勢に影響のあるような話でなく、議論する値打ちはない、という考え方もありますが、国際社会に与える中国という国のイメージという点では、私は結構重要な話だと思っています。従って、後者の「口パク」の方が中国の(ネットの掲示板などではない)正式のメディアで報道されていないことにより、この件に関してきちんとした議論が行われないのだとしたら非常に残念なことだと思います。また、元のニュース源がネット上から消され、新聞などでは報じられていない、ということは、「ウラに何かさらに深い理由があるのではないか」といったいつもの「勘ぐりクセ」が出てきてしまいます。

(以下、2008年8月13日23:50追記)

 上記に「中国のメディアで『口パク』を報じている新聞を私はまだ見つけられていない」と書きましたが、広州で発行されている「信息時報」という大衆紙の8月13日付けの紙面に、この件について、独自に取材して書いた記事が掲載されているのを見付けました。この記事には、林妙可ちゃんと楊沛宜ちゃんの二人の写真も掲載されています。

(参考7)「信息時報」2008年8月13日付けオリンピック特集ページT17面記事
「一人が幕の前で顔を出し、一人が幕の後ろで声で貢献した」
http://informationtimes.dayoo.com/html/2008-08/13/content_287977.htm

 このように中国国内でもちゃんと報道されているのだとすると、「中国新聞網」の記事が削除され、北京の新聞が何も書かないのはなぜなのか、ますます理由がわからなくなってしまいました。

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メダル・ラッシュ報道の裏の不気味な地鳴り

 オリンピックが始まってから、電子メールなどで中国国内旅行の宣伝がよく入るようになりました。「航空賃が安くなりましたので、著名観光地宿泊パックでたった○○○○元!」とか、「観光地近くの豪華ホテル、1泊△△△元で提供しております。御利用ください。」といった調子です。実際ネット上の航空会社の中国激安国内運賃の欄には16%、17%の激安チケットなどが載っています(16%引き、17%引きではない)。

 私は6月23日付けのこのブログで6月時点での中国国内航空賃が暴落していることに関連して「7月になってオリンピックが近くなると人の移動が多くなって国内航空賃も高くなると思うので、今の状況は一時的な現象だと思いますが・・・」と書きました。

(参考1)このブログの2008年6月23日付け記事
「中国国内航空:便によっては激安?」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/06/post_2490.html

 しかし、この中国国内航空賃激安状態は、オリンピックが始まった今も変わっていないようです。というかオリンピック景気の当てが外れた分、さらに国内航空賃は安くなっているのかもしれません。チベット自治区、四川省、新疆ウィグル自治区といった日本の外務省が「渡航の是非検討」以上の渡航情報(危険情報)を出している場所(2008年8月12日現在)は観光客が減ってもやむを得ないかなぁ、と思いますが、上記の「豪華ホテルをお安く提供しております」というのは、上記の渡航情報(危険情報)が出ていない(通常の状態の)場所にあります。中国全土に渡って、旅行者数が減っているのだと思います。

 8月12日夕方に配信された新華社電(英語版)によると、新疆ウィグル自治区の先日武装警察国境警備支部隊が襲撃されて16名が死亡(16名が負傷)したカシュガルの近くで、また、検問に当たっていた警備員3名が何者かに刺殺される事件(1名が負傷)が起きた、とのことです。

(参考2)「新華社」ホームページ英語版2008年8月12日16:32アップ
「新疆ウィグル自治区の道路の検問所で治安要員3人が襲撃されて殺された」
http://news.xinhuanet.com/english/2008-08/12/content_9214741.htm

 上記の新華社の英語の記事は見ることができますが、私は今(8月13日0時過ぎ)の時点では、新華社の中国語のホームページでこのニュースを見つけることができません。中国語の掲示板に「英語版新華社電によれば・・・」という書き出しでこの記事の内容を紹介する書き込みは見付けることができたので、たぶんまだ中国語ではこのニュースは配信していないのだろうと思います。一方、7月末から見ることができるようになったBBCのホームページ中国語版では、上記の新華社電英語版を元にした中国語の記事を見ることができます。たぶん、新華社が既に外国へ向けて配信しているので、中国の明日の朝発売の新聞には、この記事は載るでしょう。

 しかし、国営新華社通信が英語で配信し、外国のテレビ局が既に中国語で伝えているニュースを新華社自身が中国語で自国民に伝えていないこの状況を中国の人々はどう感じているのでしょうか。

 こういった報道のされ方も、対外的に「情報を隠したと言われたくない」という配慮と、自国民に対してはあまり刺激したくない、という複雑で困惑した当局の考え方を表していると思います。それにしても、これだけ立て続けて事件が起こるとさすがにちょっと不安になります。新疆ウィグル自治区は、警備上の重点区域であるはずですが、北京オリンピックの警備のために北京の警備も厳重にしなければならないために、警備の面でも人海戦術を採ることができる中国でも警備の人手が足りなくなっているのでしょうか。

 経済面でもここのところ中国の株価はオリンピックが始まる前には「ご祝儀相場」で少し株価が上がるのではないか、という期待もあったようですが、現実にはそういったものはなく、株価はここのところずっと低下傾向にあります。オリンピック関連の「景気のいい材料」はほぼ出尽くしたので、「オリンピック後」に対する警戒感が一気に出た形になっています。

 今のところ新聞紙面はオリンピック関連の中国のメダル・ラッシュに関する記事ばかりなので、治安面の経済面も「マイナスの話」は新聞紙上では全然目立っていない(ちゃんと報じられてはいる)のですが、「マイナスのニュース」が紙面上目立っていない分だけ逆にちょっと不気味な底流が見えないところで動き出し始めているような気がしてしかたがありません。

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2008年8月11日 (月)

キッシンジャー氏の北京の休日

 今日(8月11日:北京オリンピック第4日)の北京の大気汚染指数は37でした。今日は曇りでしたが、昨夜雷雨が降ったので、汚染がきれいに洗い流されて、空気はスッキリしていました。

 今日(8月11日)昼間、北京市内でアメリカのブッシュ大統領一行の車列を見掛けました。前後の交通を完全に遮断して、パトカー先導で長い車列が続きました。ブッシュ大統領は、7日夜に北京に入った後、8日の開会式に出席し、10日に胡錦濤主席や温家宝総理と会見しましたが、その他の時間は、いろんな試合の観戦をしていたようです。昨日(8月10日)夜は、バスケットボールの中国対アメリカの試合を観戦していました。今日(11日)北京を離れたようですが、北京に4泊したわけです。8日の午前中に北京に入り、首脳会談を行った後、開会式(日本時間9日午前2時過ぎまで掛かった)に出席して、北京に1泊もしないでそのまま夜中に北京から長崎に移動して9日11時(日本時間)に行われた長崎の原爆祈念式典に出席した日本の福田総理の忙しさとは比べものにならないほどの優雅な北京の旅でした。今は、まぁ、夏休みの時期ですけれども、来年1月の任期切れを前にして「そろそろ営業終了の時刻」の感じがミエミエのブッシュ大統領の日程でした。

 8月11日付けの新聞ではブッシュ大統領の隣に中国の楊潔外交部長、その隣に父親のブッシュ元大統領、ブッシュ大統領の後にニクソン大統領(共和党)時代の大統領特別補佐官・国務長官のキッシンジャー氏という超大物が揃ってバスケット観戦に興ずる姿の写真が報じられました。その写真の中で、キッシンジャー氏は、手にミネラルウォーターのペットボトルを持って、リラックスした感じで試合を見ていました。

 キッシンジャー氏は、1971年7月、東南アジア歴訪の最後に訪れたパキスタンで「体調を崩してカーン大統領の別荘で休養する」と称して報道陣の前から姿を消し、そのままパキスタンの空軍機で隠密裡に北京へ入って当時の周恩来総理と極秘会談を行うという「忍者外交」を行ったその人です。極秘会談終了後、ニクソン大統領は「来年5月までに自分が北京を訪問する」という演説を行い、世界を驚愕させたのでした。翌年、1972年2月、ニクソン大統領は北京を訪問しました。それはちょうど日本の札幌で冬季オリンピックが行われた直後のことでした。

 ニクソン大統領が北京空港で大統領専用機を降りた時、周恩来総理は非常に硬い緊張した表情で出迎えニクソン大統領と握手した時のニュース映像を私はよく覚えています。当時、アメリカはベトナム戦争で苦しんでいました。中国は中ソ対立でソ連からの圧迫に脅威を感じていました。「敵の敵は味方」の論理で、アメリカと中国との利害が一致した結果のニクソン大統領訪中でした。その時、私は中学生でしたが、「世界は変わる」とニクソン訪中のニュースを見て感じていました。その年の9月、日本の田中角栄総理が訪中して日中国交正常化がなりましたが、北京空港で田中総理を出迎えたときの周恩来総理は、非常ににこやかでリラックスした感じでした。まさにニクソン訪中こそが「のるかそるか」の歴史の転換点であり、田中総理の訪中は、ニクソン訪中により転換した時代の流れに乗った自然の出来事だった、ということを印象付けるような周恩来総理の表情でした。

 あれから36年。ブッシュ大統領は、北京入りする日の午前中、中国に入る前の訪問国タイのバンコクで、中国の人権政策の是正を希望する旨の演説を行いました。その中で、父親の元ブッシュ大統領に同行して1975年に最初に中国を訪問したときの印象を語り、既に世界に大きな影響力を持つに至った中国は、自らの行く道を自ら判断すべきだ、と強調していました。この演説は、今回の訪問で父親のブッシュ元大統領やキッシンジャー氏を同行していることを意識したものだったと思います。今回、1972年のニクソン訪中を思い起こさせるような人物を同行させ、またそれを意識させるような演説をして北京入りしたブッシュ大統領には、アメリカ国内に「共和党政権の中国政策の勝利」を印象づけて、秋の大統領選挙にプラスにしよう、という意図があることは明らかでした。

 ただ、そういった政治的な「駆け引き」を差し引いても、私は、個人的には、リラックスしてオリンピック観戦をするキッシンジャー氏の姿が非常に印象に残りました。この36年間、中国の歴史は決して平坦ではなかったけれども、確かに前へ進んだのは事実だ、と感じたからです。中国を巡る現在の諸般の事情を踏まえれば、アメリカの大統領一行がそんなにリラックスして北京オリンピックを観戦していていいのか、という批判もあると思いますが、「打倒米帝(アメリカ帝国主義)!」と大きな声でスローガンを叫んでいた文革時代に比べれば、中国の歴史が前に進んでいることは事実です。

 私は20年前にも北京に駐在していましたが、今回の北京オリンピックの運営その他の様々な対応状況を見て、中国は、20年前にできなかったことを今きちんとこなしている、と実感しています。20年前の中国には、これだけ大きな国際イベントをホストする余裕はとてもありませんでした。それだけに、社会の状況がそれだけ進歩しているのに、政治の状況が20年前と全く変わっていない(というより1989年の時点でむしろ逆転してしまった)のが残念でなりません。社会の状況も変化しているし、人々の感覚も明らかに進歩しています。北京オリンピックをうまくやり遂げることで、その「人々の感覚」は「自信」へと繋がるでしょう。社会や人々の感覚と政治システムのアンバランスは、もうこれ以上乖離(かいり)できないような臨界点に達していると思います。

 北京オリンピックをうまくやり遂げた自信を持って、ブッシュ大統領がバンコクで演説したように、中国が自らの判断で自ら歩む道を選択し、そういった「アンバランス」の是正へ向けて少しでも前進するよう私は願っています。

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2008年8月 6日 (水)

開会式当日は国家機関等は休みと突然の発表

 いよいよ北京オリンピックの開会式まであと2日。今日の夜から既に女子サッカーは試合が始まっています。今日の北京は、曇りで時々太陽が覗く、という天気でしたが、雲間から太陽が出てきたときには、今日も「肉眼で凝視できる白い太陽」でした。大気汚染の状況については、たぶん、もうこれ以上はよくはならないのでしょう。これでも、いつもよりはかなり改善されているのは事実であり、中国側の努力の成果は現れていると思います。大気汚染はないとは言えませんが、スポーツをやる上では、まぁ、我慢できる範囲内だと思います。今日は北京市内での聖火リレーもあったし、これからは北京の映像は日本でも流れるようになるので、テレビを通じて北京の空の様子なども見ることができるようになるでしょう。今日(8月6日)の北京の大気汚染指数は85でした。100以下は定義上は「青空」なのですが、実際は今日は「言われて見れば青いような気もする白い空」でした。

 明日7日と明後日の8日は、開会式に出席する各国首脳等が北京に集まるので、あちこちで交通規制が敷かれそうです。そういうこともあり、北京市当局は昨日(8月5日)、国務院の許可を経た上で、「オリンピック業務に関係のない中央及び国家の機関、企業、事業単位、社会団体、北京市の機関、企業、事業単位、社会団体は開会式のある8月8日は朝から休みにする。」と発表しました。この発表は今日(8月6日)の各新聞に掲載されました。

(参考)「新京報」2008年8月6日付け記事
「北京市内の企業・事業単位は8日は休み」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/08-06/021@071129.htm

 これは北京市政府が出した「公告」ですが、休みにするのはいいのですが、3日前の発表じゃ急すぎる、もっと前もって発表してくれればいいのになぁ、と正直思いました。まぁ、開会式当日はあまり仕事の予定を入れていた人はいなかったと思いますが、北京は人口1,700万人のビジネス都市でもあるのですから、3日前の発表というのは、「国際的な常識」から言ったらちょっと急過ぎると思います。

 どうしてこうも中国のこの手の「お達し」というのは急に出るのでしょうか。昨年8月に行われた車のナンバープレート偶数奇数制限のテスト運用も実施の1週間前に急に発表になり、実施されました。たぶん「お上のお達し」に対しては一般市民は文句を言わない(言えない)ので、こういう急な「お達し」がいつまで経ってもなくならないのでしょう。

 今回の北京市の公告では「機関、企業、事業単位、社会団体は休み」とあり、私営企業は対象になるのかどうか、パッと見ただけではよくわかりませんでした。そこで「日系企業も中国においては、中国の政府機関が出す『お達し』はきちんと守るべし」との考え方に基づき、この「公告」を受けて、日系企業の団体である中国日本商会では、日系企業は休みにすべきかどうか、北京市当局に問い合わせて確認をしたそうです。その結果、民営企業はこの「公告」の対象にはならないので、日系企業は各社の自主的な判断で休みにするかどうかは決めてよい、との返事だったそうです。あまり大きな声では言えないですが、問い合わせしなければわからないようなわかりにくい「公告」は出さないで欲しいと思います。

 これまでもそうですが、これからオリンピック期間中、突然「公告」などという形で「お達し」が出ることがあり得るので、北京に住んでいる以上は、そういう「お達し」が出ても困らないように心構えをしておく必要があると思います。

 中国の人々はこういう「急なお達し」に結構慣れていますが、外国から来た選手や報道陣などは慣れていないと思います。このオリンピック期間中にも、オリンピックの運営に関して、様々なイベントのスケジュール等や取材の仕方などに関する規則などについての「急なお達し」が出る可能性がありますが、あまり中国式に「急なお達し」を連発すると外国の選手や報道陣の間では混乱や不満の声が上がると思います。そういった混乱や不満が出ないようにできるか、も、小さなところですが、今回のオリンピック運営がスムーズに行くかどうかの分かれ目だと思います。

 たぶん、オリンピックなど国際競技大会で強い選手は、多少の「急なお達し」が出たとしても冷静に対処して自分のコンディションには影響させない、といった対応能力を持っていると思います。出場する選手たちは、少々急な状況変化があったとしても、「よくあること」と受け流して、どんな場面に遭遇しても実力を100%発揮して欲しいと思います。

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2008年8月 5日 (火)

新疆・カシュガルでの武装警察襲撃事件

 昨日(8月4日(月))と今日(8月5日(火))、所用で上海の西の郊外へ行っていました。昨日の午前中、北京から上海へ行くときは、晴れているけれども大気汚染のため「肉眼で日食観測ができる」という、北京ではよくある「白い太陽が見える」状況でした。今日は、大気汚染は明らかにありましたが、かなり程度はよくなっていて、この程度ならばオリンピックに差し支えないと思われる程度でした。北京の大気汚染指数は、昨日(8月4日)は83、今日(8月5日)は88でいずれも「良」でした。たぶん、オリンピック期間中はこんな感じが続いて、雨が降った翌日はスカッとしてもっときれいになる(大気汚染指数が50以下の「優」になる)、という感じになるのだと思います。

 ところで、上海は昨日はちょっと大気汚染がある感じでしたが、今日はスカッと晴れて、2週間前に私が日本で見たような青空でした。上海は海に近いので海から風が吹けば汚染が拡散することと、周辺が水郷地帯で水が多く、周辺の農村地帯は水田地帯なので、地理条件としては日本と似ているのだと思います。今回は、上海市の市街地の中心部へは行かなかったので今日の上海中心部の大気汚染がどの程度だったのかはよくわからないのですが、上海と北京とを比べると、北京は内陸部にあり周囲からの汚染が流れ込んでしまうこと、北京の周辺は上海の周辺のような水田地帯ではなく畑作地帯なので周囲の農地が乾燥していて農地から巻上がる「砂塵」の影響があること、という点で、大気汚染については北京は上海よりかなり不利であると感じました。

 上海郊外の水田地帯の緑を見ていると、やはり植物による空気の浄化機能は、私たち人間が考えているよりも大きいのだろうとということも実感しました。植物は、二酸化炭素を吸って、酸素を吐き出しているいるわけですので、その過程で、大気中の汚れもフィルターしてくれるのだと思います。気分的な問題だけでなく、緑の植物の大事さを改めて感じました。

 今日、飛行機が降下してくる時に、機内でサービスで提供されているフライト・データと窓の外を見比べていたのですが、北京でも高度1,000mより上では空気はきれいです。大気汚染によって空気に「かすみ」が入ってくるのは、高度1,000mを切ったあたり以下まで飛行機が降りてきてからです。それを見ても北京における今の時期の「かすみ」の原因は地表面の活動や地表から舞い上がる粉塵であることは間違いないと思います。

 さて、日本でも大きく報道されていますが、昨日(8月4日)北京時間朝8時頃、新疆ウィグル自治区の西の端にある都市・カシュガルで、朝の訓練のために行進していた武装警察国境警備分隊の一群に2人組が載ったトラックが突っ込み、刃物で武装警察官を襲撃するとともに、爆発物を爆発させて、武装警察官16名が死亡、16名が負傷する、という事件がありました。2人組はすぐに逮捕されたとのことです。報道によれば、この二人はウィグル族の男だとのことです。

 このニュースは新華社がすぐに報道し、それを元に外国へも伝えられましたが、中国国内での報道のされ方は極めて限定的でした。昨日泊まったホテルは、中国系のチャンネルのテレビしか放送しなかったので、インターネットで日本のニュースを見るまで、この事件があったことは知りませんでした。

 昨日(8月4日)夜7時からの中国中央電視台の全国放送のニュース「新聞聯播」ではこのニュースは報道しませんでした。私は、昨日は、夜中少し前に香港発のフェニックス・テレビのニュースで見ました。このフェニックス・テレビのニュースでも、映像はなく、現地の記者からの電話レポートでした。

 昨日の「新聞聯播」のトップは、「科学発展の旗を高く掲げて~夏期の食糧は五年連続で増収~我が国の食糧生産は安定的に伸びてきている」というものでした。いくつかの「ニュース」(こういうのを日本の感覚で「ニュース」と呼んでいいのかどうかわかりませんが)のあと、オリンピック特集でオリンピック関係のニュースをやりましたが、カシュガルの事件については全く触れませんでした。武装警察国境分隊が襲撃され、しかも30名以上死傷した、という国家としての大事件だと思うのに、こうした事件に全く触れないで「食糧生産が順調に伸びている」という「ニュース」をトップに持ってくるという中央電視台の感覚は、私が20年前、北京に駐在していたころと全く変わっていません。オリンピック取材のために中国に初めて来た外国の記者たちは、相当の違和感を感じたと思います。

 今朝(8月5日朝)の中国の新聞の扱いも非常に小さいものでした。人民日報では、2面の下の方に6行、事実関係を簡単に伝えるだけの記事が載っていました。

(参考1)「人民日報」2008年6月5日付け2面記事
「新疆ウィグル自治区カシュガルで、重大な警察に対する暴力襲撃事件が発生」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-08/05/content_73450.htm

 「新京報」では、1面にこの事件についての「見出し」は載っているのですが、記事自体は、事実関係のみを伝える120字程度の簡単な新華社電が載っているだけでした。

 テレビの方の中央電視台の「新聞聯播」では、今日(8月5日)は、この事件は取り上げましたが、30分のニュースの終わりの方で、ごく簡単に事実関係を述べた内容をアナウンサーが読み上げただけでした。映像や写真は全くありませんでした。

(参考2)中国中央電視台「新聞聯播」2008年8月5日放送
「新疆ウィグル自治区公安庁、メディアに対してカシュガルの暴力襲撃事件の調査の進展状況について説明」
http://news.cctv.com/xwlb/20080805/129633.shtml

 この「新聞聯播」のニュースでは、現場で見つかった手作りの爆破装置や手作りの銃は、2007年1月に警察に摘発された「東トルキスタン」テロリスト・グループが訓練に使っていた装置と似ていること、押収されたものの中に「聖戦」を掲げる宣伝物があったこと、などが伝えられています。

 この中央電視台のニュースの内容は、下記の新華社が伝えるニュースと全く同じ内容です。

(参考3)「新華社」ホームページ2008年8月5日13:21アップ記事
「新疆ウィグル自治区警察、カシュガルの暴力襲撃事件の最新の進捗状況について説明」
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-08/05/content_8967136.htm

 7月21日に起きた雲南省昆明での路線バス連続爆破事件の時は、新華社は次々の新しい情報や現場の写真をネット上に掲載したのですが、今回のカシュガルの事件では、わかった事実を淡々と事実だけをごく簡単に伝えていますが、現場の写真等については、新華社のホームページでは見ることができません。昆明のバス爆破事件の時とは、明らかに扱いが違います。「隠さずに事実を迅速に伝える」という最低限のことはやっていますが、昆明の事件に比べると、このカシュガルの事件は相当に慎重に扱っている感じを受けます。オリンピックの開幕直前で「あまりコトを荒立てたくない」という気持ちもあるのだと思います。襲撃されたのが武装警察の部隊で、新華社といえども、自由に取材し報道できる相手ではなかった、というのも原因かもしません。

 この事件については、今日(8月5日)のNHKテレビでは、事件直後に旅行客が映した写真を報じるとともに、現場に入ったNHKのカメラマンによる映像を流していました。つまり、中国国内にいても、中国のメディアでは全く伝えられていない映像をNHKで見ることができる、という状況です。

 なお、この事件を取材していた日本などの記者が現地の武装警察から暴行を受け、一時身柄を拘束された、とのことですが、この点に関して、現地の武装警察は今日(8月5日)、暴行を受けた日本の記者らに謝罪した、とのことです。この記者に対する暴行や拘束は「突発事件の発生等にあたっても外国の記者には自由に取材させよ」という中央の指示が、現場の末端まで行き届いていなかったことによるできごとだと思います。NHKの番組「激流中国」でも何回か出てきましたが、地元の警察の意向に逆らって報道陣が取材することは、中国では本当の意味での「身の危険」を感じるのが普通です。そういった中国において、オリンピックを契機にして最近急に中央が言い出した「突発事件では外国メディアに自由に取材させよ」という方針は、たぶん現場には、とまどいと反発をもたらしていると思います。

 日本などの記者が武装警察から暴行を受けて一時身柄を拘束されたこと、それに対して武装警察側が謝罪したことについては、中国のメディアは報道していません。ただし、先日、アクセス規制が解除されて見られるようになったBBCの中国語サイトには載っていますので、インターネットを見られる中国の人ならば、この情報は今は誰でも見られるようになっています。

 こういった状況が続くと、多くの中国の人は「なぜBBCのサイトにはこれだけ情報が載っているのに、中国の新聞やテレビや新華社のネットには詳しい情報が載らないのか。」といった不満や不信感がますます強くなると思います。

 3月、4月のオリンピック聖火リレーが諸外国でいろいろ妨害を受けていた頃は、中国のメディアが「西側メディアは偏向している」というキャンペーンを張ってそれが一定の効果を上げました(一部、フランス系スーパーマーケット「カルフール」に対する不買運動など「行き過ぎ」の行為も産みましたが)。しかし、オリンピックが始まり様々な情報が飛び交うようになると、「西側のメディアが不自然に事実を歪曲しているのか」「中国のメディアが不自然に情報をコントロールしているのか」のどちらなのかについては、中国の人々もわかってくると思います。(その兆しが見えたのが、6月28日に起きた貴州甕安県の群衆による暴動事件に関する新華社などの公式報道に対する掲示板でのネットワーカーたちの批判でした)。

(参考4)このブログの2008年7月3日付け記事
「貴州省甕安県の暴動事件の真相」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/07/post_ef2a.html

 カシュガルで起きた武装警察に対する襲撃事件は、明らかにオリンピックで世界の注目が中国に集まった時期を狙った意図的な反社会的行為だと思います。これについては、中国の人々はもちろん、世界の人々が非難の声を上げています。これをきちんと報道することによって、中国の人々も世界の人々も、みんな声を揃えて「反テロリズム」「テロに負けずにオリンピックを成功させよう」という気持ちになると思います。それであれば、今回のカシュガルの事件について中国は報道をコントロールする理由は全くないはずです(むしろ情報をコントロールすることは中国にとって全くのマイナス効果しかもたらさない)。

 新疆ウィグル自治区の公安当局としては、「事件を起こしてはならない時期に事件を起こしてしまった」ということで自分たちの「失点」だと思っているのかもしれませんが、そういう「失点」を隠そうとする態度は、昔から「官僚主義」として批判されてきました。(例えば、1987年に起きた中国東北地方の大興安嶺の森林火災では、火災発生当初、地元当局が自力で消火しようとして中央に報告せず、大火災に発展させてしまったことがありました。この時の地元当局の対応は「官僚主義」として激しく批判されました)。オリンピックを機会に、こうした長年にわたって改善されないできた「失点を隠そうとする各地方の風潮」が少しでも改善できればよいと思います。そう思うのだったら、新華社や人民日報など、中国をリードする報道機関は、もっと積極的にこのカシュガルの事件についても積極的に報道すべきだと私は思います。

 このカシュガルの事件をきっかけに、北京などでは警備体制がまた一段と強化されたようですが、こういったテロ活動をきちんと報道することにより、市民も「テロ防止のためならば警備の強化は当然である。むしろ自分たちも積極的に協力したい。」と思うようになると思います。

 今日(8月4日)、上海の西郊外→上海空港→北京空港→北京市内と移動しましたが、上海の西郊外から上海市内へ向かう時には高速道路に入るところでに警察官に車を止められてチェックされましたし、上海空港でも、空港に入る時と、飛行機に乗る時の2回チェックがありました。飛行機に乗るときの保安検査はいつもありますが、今日は特にチェックが厳しかったように思います。パソコンは開いて見せなければならないし、バックの中も開けられて、何回もレントゲン装置を通されました。北京市内でも、主要な道路には、数十メートルおきに警官が立っている、という感じで、警備の厳しさを感じました。

 何はともあれ、これ以上、何事もなく、無事にオリンピックが終わればよいなぁ、と思います。

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2008年8月 3日 (日)

「張りボテ」の街

 今日(2008年8月3日:オリンピック開幕まであと5日)の北京は、朝から雲ひとつない快晴でした。今日(8月3日)の北京の大気汚染指数は35で、3日連続で50以下の「優」となりました。ただ、午後になってだんだんと汚染が戻ってきた感じで、ややかすんだ感じが強くなってきたので、明日(8月4日)の大気汚染係数はたぶん60~70程度になるでしょう。それでもまだ昼間は太陽を見ると「まぶしくて正視できない」という状況なので、「昼間、肉眼で日食観測ができる」状態の日が多いいつもに比べれば、大気汚染はかなり改善されているのは間違いないと思います。ただ、雨が降らないと大気中の汚染が蓄積されていってしまうので、開会式の8月8日に空気が澄んだ感じになるためには、もう一回くらい雨が降って汚染を洗い流してもらった方がいいと思います。

 昨日(8月2日)、開会式の2回目の「ドレス・リハーサル」がありました。8月1日には、北京-天津間の高速鉄道(最高時速350km)も開業しました。オリンピックの準備は万端整った、という感じです。北京の街の上空をヘリコプターなどが飛ぶことは普段は滅多にないのですが、ここ数日間は、結構、上空を飛んでいるヘリコプターの音を聞きます。上空からの警戒も強めている模様です。

 この週末から、街に「ボランティア・ステーション」が店開きし、学生らしい若いボランティアの人たちが、道順を教えたり、簡単な通訳サービスをしたりする活動を始めています。今日行ったホテルでは、ホテルに入る際に、金属探知器でボディチェックを受け、荷物の中身をチェックされたりしました。ただ、オリンピック取材のための外国人報道陣らしき人々もちらほら見掛けるようになりましたが、外国人観光客が増えた、という感じは、少なくとも私が見た感じではほとんどありません。街のボランティア・ステーションも、私が見ていた限り、利用する人はなく、ボランティアの人たちは手持ち無沙汰の様子でした。中国各地から中国人観光客が北京に集まっている、という雰囲気もありません。

 「新京報」の報道によると、このオリンピックで働くボランティアは総勢170万人なのだそうです。オリンピックを見に来る外国人客は約50万人と見積もられていますので、それに比べたら、圧倒的な数のボランティアです。ボランティアも「関係者」としてカウントすれば、この北京オリンピックは、観客よりも「関係者」の方が数が多い、ということになるのかもしれません。

(参考1)「新京報」2008年8月2日付け記事
「170万人のボランティアが各人それぞれの持ち場に就いた」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/08-02/011@084201.htm

 オリンピックのための準備として、大きな通りの歩道の脇の緑地帯のところには、たくさんの花が植えられたりして、かなりきれいです。大きな通りの街灯にはオリンピックの旗がはためき、多くの店では紅灯(赤いちょうちんのようなもの)をぶらさげたり、国旗(五星紅旗)を掲げたりして、雰囲気を盛り上げています。

 北京市内の建設工事は、粉塵を巻き上げないように、ということで、7月1日以降、中止されています。一部、工事が間に合わなかったところでは、7月になっても工事を続けていたところがありましたが、8月に入ったら、建設工事は完全に停止状態になっているようです。基本的に、作業を停止した工事現場では、工事中のゴミゴミしたところが道路から見えないように、オリンピックのスローガンなどが書かれた大きな「目隠しの覆い」で覆われています。ビル自体、工事の途中であっても、できるだけ「外壁」だけは完成させるように、との「指示」が出ていたようで、多くのビルでは、骨組みができたところで、内部の工事をやる前に外壁だけ先に設置するという工事をやっていました。

 ただ、それでもオリンピックが近づいて工事停止期間になるまでに外壁設置工事が間に合わず、現時点でも外壁が完成していないビルがいくつかあります。下記の写真はいずれも昨日(2008年8月2日)に撮影したものです。これらのビルは、パラリンピックが終わるまで、基本的にこのままの状態が保持されることになるのだと思います。

(参考2)外壁が一部しか完成していないビル
http://homepage3.nifty.com/itaru_watanabe/HEX/ichibukansei.jpg

(参考3)外壁はほとんど完成しているが、最上部だけが未完成のビル
http://homepage3.nifty.com/itaru_watanabe/HEX/saijoubu.jpg

(参考4)外壁設置がほぼ完了した中国中央電視台の新しい本社ビル
http://homepage3.nifty.com/itaru_watanabe/HEX/cctvshinhonsha.jpg

※中国中央電視台の新しい本社ビルは、斜めに傾いた四角柱がねじれた位置でくっつている、という非常に奇抜な格好をしています。内部も含めたビルの完成は2009年になるとのことですが、このオリンピック期間中、この新しいビルの一部を早くも使い始めるとのことです。

 中身がまだ完成していなくても、外面だけきれいにして、見た目を美しくしてお客様をお迎えする、というのが中国的美学なのだそうです。これを「メンツにこだわる」と見る人もいますが、「文化の違いの問題」なので、あまり批判はできないと思います。しかし、建設途中のビルについては、外壁だけくっつけた「張りボテ」なのがミエミエです。私の個人的な感覚からすると、こういった「張りボテ」がいくつかあると、本当は中身がきちんとしているものについても、「どうせ張りボテだろう」と軽く見られてしまい返ってイメージを損なうのではないか、と思ってしまいます。

 中国は、今回のオリンピックを迎えるにあたっての北京の街並みに限らず、いろいろな面に関して、「(中身はともかく)表面に見えるところをきちんとする」という傾向があります。これについては、その表面を見て中身もきちんとしていると思ってしまう人は中国の能力について過大評価してしまうし、表面を見て「どうせ表面だけで中身はないのだろう」と思ってしまう人は中国の能力について過小評価してしまうと思います。いずれにせよ、中国は、外部から正しく理解されない、という結果になってしまいます。

 オリンピックを控えて、外国メディアが中国についていろいろ報道していますが、普通の国のメディアは「まず疑ってかかる」ところから始まりますので、外国の報道陣には、上記の分類でいうと後者の見方をする人の方が多いと思います。そのため、本当は中国はきちんとやっているのに「きちんとやっていないのではないか」という疑いの目で見た報道がなされることが多いと思います。これは中国にとって損だと思います。街のビルを「張りボテ」状態にして、いかにも「完成した」かのように見せるよりも、普段着のそのままの北京を見てもらった方が、「世界に中国を理解してもらう」という観点では、得だと私は思います。

 上記(参考1)の「新京報」の記事によると、ボランティア170万人のうち20万人は「応援団」(中国語で「拉拉隊」)なのだそうなのです。彼らのことを「ボランティアの応援団」と呼ぶか、「会場を盛り上げるためのサクラ」と呼ぶかは人によってマチマチだと思いますが、これも一種のオリンピック会場における「張りボテ」の一種と言えるかもしれません。

 これからオリンピックが始まって、北京と中国のいろいろな面が世界に報じられると思いますが、そうした中国報道を受け取る世界の人々の側にも、それが「張りボテの表面」なのか、本当に中国の真の姿なのか、を見極める「目」が要求されることになると思います。

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2008年8月 2日 (土)

「彼ら」は喜びと同時に忍耐が必要

 今日(2008年8月2日:オリンピック開幕まであと6日)の北京は、朝から「スカッとした快晴」で、正真正銘の青空でした。東京の青空に比べると、ややかすんだ感じがあり、明らかに汚染があることがわかるのですが、これくらいならばマラソンをやっても大丈夫でしょう。雨が降ったのが一昨日の夜ですから、汚染が戻ってくるスピードは確かにいつもよりは遅くなっていると思います。こうした感じで、時々雨が降って汚染を流してくれれて、汚染が戻ってくるのが遅ければ、オリンピック期間は大気汚染を気にせずに済みそうです(ただ、こういうふうに「スカッと晴れる」と、やはり8月ですので、太陽の日差しが強く、日中はかなり気温が高くなるので、屋外競技の場合、むしろ「暑さ対策」が課題になりそうです)。今日(8月2日)の北京の大気汚染指数は34で、昨日に引き続き「優」でした。

 さて、広州で発行されている週刊新聞「南方周末」(北京でも買えます)(日本語表記は「南方週末」)の7月31日号の1面トップは「北京人のオリンピック・カウントダウン」という記事でした。

(参考)「南方周末」2008年7月31日号記事(ネット上では8月1日11:22アップ)
「北京人のオリンピック・カウントダウン」
http://www.nanfangdaily.com.cn/nfzm/200807310063.asp

 この記事では「全てはオリンピックのために、北京人は犠牲と日常生活とを調和させようとしている。彼らは喜びとともに忍耐も必要とされている;それに同意することを求められているのである。」という書き出しで始まり、北京で起きている様々な現象をレポートしています。内容的には、日本などでも報道されていることと同じような話です。笑えるようで笑えない話もあります。ポイントを書くと以下のとおりです。

・ある青年は「オリンピックのためには一生懸命やらなくちゃいけない」と思った。インターネット掲示板で、車のナンバープレートの偶数奇数制限に対応するための呼びかけがあったので、それに参加した。たまたま自宅近くの「妙齢の」女性と職場方向が一致していることがわかった。7月23日からこの青年はその女性と相乗りをするようになったが、6回目の相乗りの後「何も批判されることなどやっていないのに、その女性のお母さんに怒られてしまった。」

・ある人は普段は奇数番号の車で通勤しているが、偶数番号の日は使えないので、近くに住む同僚と相乗りを計画していた。しかし、当日になったら、その同僚の奥さんが急に車を使う必要が生じて、「相乗り出勤計画」は破綻してしまった。

・ある人は、普段は車で約1時間掛けて出勤していたが、バスを使うと通勤に2時間掛かってしまうので、職場近くに住む人と相談して、規制期間中だけ、住む家を「取り代えっこ」した。

・ある不動産屋によると、マンションの大家さんの90%は、部屋をオリンピック期間中の短期貸し出しを計画しているとのことである。中には自分が住んでいるマンションを貸し出そうとしている人もいるとのことである。オリンピック・スタジアム(鳥の巣)の近くのマンションでは、2部屋138平方メートルの部屋を月額7万元(約105万円)で貸し出すところもあるとのことである。

・金属、建築材料、石油化学等の重点企業においては、オリンピック期間中の一時的な生産停止と排出削減案が提示されている。北京市の人材紹介所もオリンピック期間中は全て停止される。ある服飾ショッピング・センターでは、オリンピックの柔道とテコンドウの試合会場に近いことから、9月まで営業を停止することになった。ある地方から来た関係者は「オリンピック期間中は帰省して両親と会うのも悪くはないけれども、1~2か月してからお客が戻ってきてくれるかどうか心配だ」と話していた。

・ある美容室では、人気のあるエステ・サービスを停止することにした。このエステ・サービスに必要な液体材料が日本から輸入できなくなってしまったからだ。

 この記事で印象に残ったのは「北京人のカウント・ダウン」という見出しと、「『彼ら』は喜びとともに忍耐も必要とされている」という表現振りです。この「南方周末」は、広東省の広州で発行されている新聞ですが、自分の国でオリンピックが行われようとしているのに、まるで「他人ごと」のように報じているからです。これは、オリンピックの試合が行われる都市以外に住む中国の多くの人の気持ちを代弁しているのかもしれません。

(注)オリンピックの試合が行われるのは、北京のほか、セーリングが行われる青島、馬術が行われる香港、サッカーが行われる天津、秦皇島、瀋陽、上海の合計7都市です。広州では何も行われません。中国で普通「3大都市」と言えば、北京、上海、広州ですから、広州で何もオリンピック競技が行われないことは広州の人にとっては面白くないのかもしれません。

 ただ、救いなのは、こういった「広州の人々のなんとはない不満」が見え隠れする新聞が広州で発行され、それが北京の新聞スタンドで簡単に買える、という事実です。現在の中国では「締めるべきところは締めて」いるのですが、それ以外のところでは意外にルーズなところ(抜け穴)があり、「ギズギスした締め付け」が必ずしも徹底していないところがあります。これが適当な社会の「安全弁」になっているような気がしています。今、社会のいろいろな階層で不満がうっ積していると思います。1989年には、そういった不満をうまく「ガス抜き」することができずに「爆発」するところまで言ってしまったのですが、今の中国では、最後の最後は、適当なところで「安全弁」が働くのないかという気がしています。

 最近、今度の北京オリンピックを通じて、その「安全弁」の数が増えてきているのではないか、そんな期待を私は持ち始めています。

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2008年8月 1日 (金)

BBC中国語版サイトへのアクセス規制解除

 今日(2008年8月1日:オリンピック開幕まであと7日)の北京は、天気は曇りでしたが、朝から空気がスッキリして、遠くのビルまでハッキリと見えました。昨日の夕方から夜に掛けて、かなり強い雨が降ったので、汚染が洗い流されたようです。このスッキリした空気は夕方まで続き、時々雲間から差してくる太陽の日差しには「ここは北京か」と思わせるほどの輝きがありました。この状態を維持することができれば、大気汚染に関しては、オリンピックは全く問題なく運営できると思います。問題は、明日以降、汚染が戻ってくるかどうかです。今日(8月1日)の北京の大気汚染指数は27の「優」でした。昨年(2007年)は大気汚染指数が30以下の日は8日しかなかったのですから、この状態がもし続くようだとすると、それは素晴らしいことです。交通規制などの対策が功を奏したということになると思います。

 さて、昨日(7月31日)夜、イギリスBBCのホームページを見ていて、今まではアクセス制限によって見ることができなかった中国語版のサイトが見られるようになっていることに気が付きました。

(参考1)BBCホームページ中国語サイト(簡体字版)
http://news.bbc.co.uk/chinese/simp/hi/default.stm

 多くの方が御存じのように、中国大陸部(注)では、中国にとって「好ましくない」と思われるサイトへのアクセス規制を行っています。俗に「金盾」とか「防火長城」とか「グレイト・ファイアーウォール・オブ・チャイナ」とか言われるシステムです(最後のものは「万里の長城」を英語で「グレイト・ウォール・オブ・チャイナ」ということに引っかけた一種の「シャレ言葉」です)。このインターネット規制システムにより、中国大陸部からは、イギリスBBCのサイトは、長い間、トップページは開けるけれども、項目をクリックしても中の記事は読めない状態が続いていました。ところが、今年(2008年)3月中旬、チベット騒乱に関する中国にとってあまり「好ましくない」報道が続いていたにもかかわらず、BBCのサイトはトップページだけでなく、個々の記事も読めるようになりました。しかし、BBCのページにある中国語のサイトへはその後もアクセスできない状態が続いていました。

(注)1997年7月に中国に返還された香港は、今でも、この「ファイアーウォール」の外側にあり、香港では日本と同じように、好きなところへアクセスすることが可能です。今年4月、私は1日のうちに広東省深セン-香港-北京と移動したことがあるのですが、その際に実際にネットにアクセスして確認しました。その経験によると、香港では日本と同じように自由にアクセスできるのですが、数キロしか離れていない深セン市では、北京と全く同じような規制が掛かっていました。深セン市と香港との間に、この「ファイアーウォール」が設置されているのは明らかでした。

 ところが昨晩BBCページの中国語サイトへアクセスしたら内容を見ることができたのです。このアクセス規制解除はごく最近に行われたもののようです。このページには「網上互動」という名前の掲示板があるのですが、この掲示板にもアクセスできます。掲示板の発言者が自分で書いているところによれば、発言者のいる場所はイギリス、大陸、香港、台湾など様々です。大陸と台湾の人が中国語で同じ掲示板に書き込みができる、というのは、これは非常に画期的なことです。

 また、中国語ウィキペディアも長らくアクセスできませんでしたが、今、確認したら、北京から中国語ウィキペディアへもアクセスできます(今見た中国語ウィキペディアの記述を見ると、今日(8月1日)、中国語ウィキペディアへのアクセス規制が解除になったようです)。日本にいた頃に見たことのある中国語ウィキペディアの記述に、次のようなものがありました。「このウィキペディアは、多くのネットワーカーからの書き込み・編集により知識が蓄積されていく。世界の多くの言語の人々がこうして知識を高め合っているのに、中国語ウィキペディアに関してだけは、大陸からのアクセス制限により、台湾等大陸外からの書き込み・編集しかできず、大陸側からの見方が書き込まれないので、中立な立場での知識の集積ができない。中国語を用いる全ての人々の英知を結集できないことは非常に残念である」。私もこの記述を書いた人に大きな共感を覚えました。

 今回、オリンピックを機会にして、こうしたアクセス規制の解除が広がったことにより、インターネットの世界での情報交流が進み、中国大陸の中の人が外の情報を知ることができると同時に、大陸の外の人が大陸の人の声をネットを通じて知ることができるようになるのは素晴らしいことだと思います。

 なお、日本語ウィキペディアについては、アクセス規制が掛かったり解除されたりしています。理由は不明です。昨年(2007年)4月、私が北京に来たときには日本語ウィキペディアにはアクセスできませんでした。しかし、昨年6月中旬~9月中旬の約3か月間、このアクセス規制は解除されました。ところが昨年9月中旬にまたアクセス規制が掛かりました。その後、今年(2008年)4月上旬、再びアクセス規制が解除され、記事が見られるようになって今に至っています。ただし、日本語ウィキペディアでも中国にとって非常にセンシティブな単語については、その単語の記事についてだけアクセスできません(アクセスしようとすると、ウィキペディア自体へのアクセスが制限されてしまい、数分間、ウィキペディアの全てのページを見ることができなくなります。数分経つと、センシティブではない単語については、見ることができるようになります)。

 北京の中心部にある有名な毛沢東主席の肖像が架かっている門の前の広場で起こった事件には、1976年に起こった事件と1989年に起こった事件の2つがありますが、1976年の事件についてはアクセスできるのに、1989年に起こった事件についてはアクセスできない、という状況が現在でも続いています。

 アクセス規制が解除された中国語ウィキペディアでも、そういったセンシティブな単語については、アクセスが規制され見ることができないようです。

 なお、現在、中国国民党のウェブサイトは、台湾にありますが、これだけ中国共産党と中国国民党との融和ムードが高まっている現在でも、北京からはアクセスできません。

(参考2)中国国民党のホームページ
http://www.kmt.org.tw/

 一部のウェブサイトに対するアクセス制限は残っているとは言え、ウィキペディアや大陸の外にサーバーを置いてある掲示板系へのアクセスが解禁になったことは画期的です。そういった大陸の外にあるサーバーを通じて、大陸の人々が大陸の外の人々と「議論」ができるようになったからです。中国国内にあるサーバーにある掲示板では、一定の枠を超えた意見(端的に言えば中国共産党に対する批判的な意見)は管理人によって削除されてしまうので、一定の枠を超えた議論はできません。中国では「中国共産党による指導」が憲法で規定されており、その憲法に違反するような言論は「法律違反」となってしまうからです。大陸の外にサーバーを置く掲示板を使えば「枠を超えた議論」ができてしまうわけなので、これは結構影響が大きいのではないかと思います。

 なおCRI(中国国際ラジオ局)のホームページによれば、昨日(7月31日)、北京オリンピック組織委員会の孫偉徳氏は、外国メディアによるインターネット利用の便宜を図る、とした説明の中で「わずかだがアクセスできないサイトがある。それはそのサイトが中国の法律に違反しているからだ。各国のメディアは中国の法律を尊重することを願う。」と語ったとこのとです。

(参考3)中国国際ラジオ局(日本語版)2008年7月31日記事
「北京五輪、海外メディアのネット利用に便宜」
http://jp1.chinabroadcast.cn/151/2008/07/31/1s123112.htm

 これは、中国がインターネットのアクセス規制を行っていることを公式に認めた発言として注目されます。

 このように世界が注目し、世界のメディアが集まるオリンピックにおいては、中国としても「ハッキリさせるべきところはハッキリ言わなければ通らない」状況になっているからだと思います。私は、ハッキリいうべきことはハッキリ言って、例えばインターネットのアクセス規制をやっているのはきちんとした理由があるのだ、と説明して、むしろ中国の状況を世界の人々に知ってもらうことも重要だと思います。この北京オリンピックの開催を通じて、中国が、世界の人々と共通の基盤に立たなければ世界に中国のことを理解してもらえないのだ、ということを痛感し、世界の共感を得られるような行動に出るのだとしたら、それだけでもう北京オリンピックは成功したと言えると思います。

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2008年7月30日 (水)

北京オリンピック会場では横断幕は禁止

 ここのところ夏休みの宿題の日記のように、毎日「今日の北京の天気は・・・」と書いていますので、今日もそこからスタートしましょう。今日(2008年7月30日:オリンピック開幕まであと9日)の北京は、曇りで、朝方は空気が比較的きれいだったのですが、午前10時頃からだんだんかすんだ感じが強くなり、午後には視界が2km程度の「いつもの白い空気」に戻りました。昨日の午前中の雨で空気がきれいになりましたが、雨による空気の清浄効果は24時間は保たないようです。車の数は確かに偶数奇数規制により数割程度は減っていると思うし、工場の操業停止などもやっていると思うので、雨が降っても復活してしまうこの大気汚染の元は、いったいどこから来るのでしょうか。天津市や河北省から流れてくるのでしょうか。

 今日(7月30日)の北京の大気汚染指数は43の「優」でした。大気汚染指数は前日のお昼の12時から当日のお昼の12時までの24時間の観測値の平均値なので、確かに昨日(29日)の午前中に降った雨の影響で、昨日の午後から夜に掛けてと、今日(30日)の明け方までは空気はきれいだったので、今日の汚染指数が43だったのはそれなりに納得できます。今日(30日)は午後から汚染が戻ってきたので、明日(31日)の大気汚染指数は(夜の間と明日の午前中の状況次第ですが)70~80といった程度になるのではないかと思います。「基準」では「100以下は青空」と定義されていますが、汚染係数が80程度の日は「スッキリ晴れた」というイメージではありません。どうやら、こんな状態のまま、オリンピックが始まりそうです。オリンピックが始まれば、毎日北京からの中継を日本の方も見ることになると思うので、どんな感じかは日本の方々も毎日テレビの画面で確認できることになるでしょう。

 さて、既に日本でも報道されているとおり、今回の北京オリンピックでは、ただ観戦するだけでもいろいろな規制があって結構やっかいです。警備上の都合や安全の確保のためのものもあるのですが、政治的な「もめごと」を避けるための規制もあります。観戦会場にビンや缶類を持って入ってはいけない、といった類のものは、安全上の配慮から納得できますが、「横断幕は一切禁止」というのは、ちょっと違和感があります。

 「新京報」などでは、この観戦ルールが発表された時、「中国がんばれ!」(中国語で「中国、加油!」)といった横断幕もダメだそうです、などと表現して、暗に「規制のし過ぎ」について批判したように読める文章の記事を掲載していました。観戦ルールを作った担当者によると「オリンピックは国際大会なので『中国、加油!』などと横断幕に書いても世界の人にはわからず『世界は一つの大家族だ』という雰囲気を壊してしまうので、ダメなのだ。」といったわかったようなわからないような理屈で、横断幕がダメな理由を説明していました。

(参考1)「新京報」2008年7月23日付け記事
「『中国がんばれ!』の横断幕も試合会場には持ち込み禁止」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/07-23/039@073857.htm

 要するに、外国語で政治的なスローガンの横断幕を掲げる人が出た場合、それを取り締まることが難しいため、一律に何が書いてあっても横断幕は禁止、ということにしたのだと思います。「環境を保護しよう」とか「動物愛護!」とかいう横断幕もダメなのだそうです。素直に応援したいと思っている観客とそれを認めない管理者との間でもめごとが起きないとよいがなぁ、と私は思っています。一般の中国の人の感覚からすると、応援したい中国の選手の名前を書いた横断幕や「中国がんばれ!」と書いた「愛国的な」横断幕がなぜダメなんだ、と感じるだろうと思うからです。

 一方で、当局から、市内の3つの公園(世界公園、紫竹院公園、日壇公園)を「デモ許可区域」として指定し、そこではデモをやってもよろしい、という発表がありました。この発表の真意についてはいろいろな憶測が流れているようです。法律に基づき「デモ許可区域」の公園でもデモをやるためには事前許可が必要ですので、「デモ許可公園の設置」は、むしろ「これらの公園以外ではデモは一切禁止である」ことを明示するためのものだ、という解釈をする人もいます。限定された公園の中だけで、それなりに批判的なデモも認めて、外国メディアに対して「ほら、こういったデモも認められていますよ。」とアピールするためのものだ、と考える人もいます。

(参考2)「財経網」2008年7月23日16:07アップ記事
「オリンピック期間中、北京で三か所のデモ地点を開設」
http://magazine.caijing.com.cn/20080723/76050.shtml

 いずれにせよ、「デモ行進」というものは、「街行く人に自分たちの主張をアピールするためのも」ですから、閉じられた公園の中でデモをやっても、デモを主催する側としては単なる自己満足にしかなりません。「閉じられた公園の中でデモをやりたい」と思う人がいるのかどうかわかりません。「これだけのデモを許可している」ことを外国の報道陣に見せるための官製の「やらせデモ」があるのではないか、と見る人もいますが、どうなるかはわかりません。いずれにせよ、この「デモ許可公園」をした当局側の意図は、私にはよくわかりません。

 いろいろな面で、今回の北京オリンピックは、「世界標準」と違うところがあるので、それが原因でもめごとが起こらなければよいなぁ、と思っています。特に、私としては、オリンピック期間中、中国の法律をよく知らない外国の人が、許可なくプラカードや横断幕や旗を持って街を歩いて、中国の公安当局とトラブルを起こさないとよいがなぁ、とちょっと心配しています。

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2008年7月29日 (火)

北京の大気汚染指数は「作って」はいない

 今日(2008年7月29日:オリンピック開幕まであと10日)の北京は、午前中に雷雨があり、午後から晴れてきましたので、空気がだいぶきれいになりました。午後、太陽が出てきた時には、太陽がまぶしくて肉眼では直視できない程度にはなっていました。(とは言え、雨が降った後でも、何となくぼんやりかすんだ感じで、私が先週、東京で見たスカッとした夏の青空とはやはり違う感じでした)。

 ここ数日間スモッグがかなりひどかったことについては、多くの北京市民も「交通規制については、オリンピックだからしかたがない、と思って不便な思いを我慢しているのに、どうなっているんだ」という不満が募っていたようです。今朝の中央電視台の朝のニュース「新聞天下」では、こういった一般市民の不満をなだめるように、気象の専門家は、オリンピック期間中は「サウナ・スモッグ」が持続するようなことはないと言っている、というニュースを伝えていました(「サウナ」は中国語では「桑拿」(音訳))。

(参考1)中国中央電視台ホームページ2008年7月29日「新聞天下」のニュース
「北京ではオリンピック期間中に『サウナ・スモッグ』が持続することはあり得ない」
http://news.cctv.com/china/20080729/100279.shtml

 ただ、逆に言うと、このテレビのニュースは、多くの人が、ここ数日間の北京の天気を「サウナ・スモッグ」だと思っていた、ということを表していると思います。オリンピック期間になったら「サウナ・スモッグ」が持続しない理由として、このニュースでは、8月7日が立秋であり、北京では立秋以降は毎年爽快な日が多くなるから、という説明をしていました(あんまり説得力のある説明ではないと思いますが)。

 また、今日の「新京報」では、こういった一般市民の気持ちを代弁してだと思うのですが、北京市環境保護局副局長で同局スポークスマンの杜少中氏への単独インタビュー記事を載せていました。

(参考2)「新京報」2008年7月29日付け記事
紙面上の見出し「北京の大気汚染指数は『作られた』ということはない」
ネット上での見出し「大気汚染は健康に影響を与えるものではない」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/07-29/039@073737.htm

 杜少中副局長が言っていることの中心は「今年の7月は去年の7月よりは北京の大気汚染の状態は良くなっている」「7月下旬はたまたま汚染物質が拡散しにくい不利な気象条件になっているだけ」「大気汚染の程度は視界が悪いことだけではなく科学的データに基づいて判断して欲しい」といった今まで何回も記者会見で述べてきたことの繰り返しでした。ただ、新しい点として、次の二つを言っていました。

・7月28日は汚染指数が96で100を下回っており、29日は雨が降る予報が出ているので、改善の兆しがある(実際、29日には雨が降って、大気汚染はかなり改善しました)。

・(「新京報」の記者が「一部の外国メディアが、大気汚染指数100前後の日では、100という境界線をちょっと下回る日が不自然に多く、汚染指数が一定の値を越えた日の数が『修正』されているのではないか、と疑問を投げかけているが、これについてどう考えているのか、と問うたのに対し)北京では科学的事実をもって大気汚染問題に対処しているのであり、「虚偽をもてあそぶ」といった不誠実な言葉を使うことは、自分で自分のボロを出すのと同じである。

 日本のメディアの報道によると、杜少中副局長は7月10日の記者会見で「汚染指数が100を越えそうな日は、観測点周辺で(工場を停止するなどの)応急措置を取る」と答えています。確かにデータをねつ造しているわけではないのですが、この発言を捉えて日本のメディアは「大気汚染指数が基準内だった日の日数を人為的に操作」といった表現で報じたわけです。上記の「新京報」の記事の紙面上での見出しは「汚染指数は作られたわけではない」(中国語で「北京空気汚染指数不存在作假」)となっています。汚染指数が基準値を超えそうな時は、観測点周辺の工場の操業を停止するなどの措置は、「ニセのデータを作る」ことではないので、杜少中副局長の発言は確かに「ウソ」ではありませんが、中国語独特の修辞術を使った「ごまかし」であると言われても仕方がないと思います。紙面で使われた「不存在作假」という見出しがネット記事の報では削除されてしまったのは、こういった「ごまかし」があからさまにならにように、との配慮によるものと思われます。

 通常、中国のスポークスマンは「ウソ」は言いませんが、外国メディアに対する時と中国のメディアに対する時とで微妙に言い回しを変えることがあります。中国のメディアは「党の舌と喉」ですから、スポークスマンが言わんとすること(あるいは言いたくないこと)を忖度(そんたく)して、ウソにならない範囲で記事を作ります。そのため、同じスポークスマンの発言でも、外国メディアと中国のメディアとでは、ほとんど正反対の印象を読者に与えることがあります。「新京報」の記者は、中国の他のメディアでは取り上げていない「大気汚染指数を操作しているのではないかとの疑惑」をあえて取り上げ、そこを突っ込んで質問した、という点で評価されるべきなのでしょう。「新京報」の記者に「汚染が基準を超えそうになったときに、緊急に観測点周辺の工場の操業を停止させるのは『大気汚染指数の基準を超える日の数を操作している』と言われても仕方がないのではないのか。」と質問することまで期待することは、今の中国では無理なのでしょう。

 中国側がオリンピックのために一生懸命大気汚染改善のために努力をしているのに、西側のメディア(私のこのブログも含めてですが)が盛んに北京の大気汚染がオリンピックに影響を与えるのではないか、との憂慮を表す記事を書くので、新華社通信は相当頭に来たらしく、以下のような論評を配信しました。
 
(参考3)「新華社」ホームページ2008年7月28日13:02アップ論評
「マスクをしてオリンピックに参加する、というのは誇張のし過ぎ」(言立侖)
http://news.xinhuanet.com/comments/2008-07/28/content_8834302.htm

 この論評では、北京の大気汚染は10年前より相当に改善しており、今回のオリンピックに対しては北京市民が交通規制など大変な犠牲を払いながら大気汚染の改善を図っているのに、西側メディアは意図的に事実を歪曲して報道している、「選手はマスクをしてオリンピック競技に参加した方がよい」といった表現は誇張のし過ぎ、と指摘しています。北京の大気汚染が昔より改善していることも、多くの北京市民が犠牲を強いられていることも事実ですが、「西側メディアが歪曲報道をしている」という表現は相当に刺激的な論評です。まるで、外国で聖火リレーをやっていた時の「西側報道タタキ」を連想させるような言い回しです。中国のメディアではこういうような報道しかしないので、多くの中国の人々は「西側メディアは中国のことを正しく伝えていない」「世界は中国のことを間違って理解している」と思ってしまうのです。

 北京市環境保護局の「大気汚染指数が基準値を超える日の日数を少なくしようとして行った人為的操作」についての報道を「虚偽をもてあそぶ」と表現することが「正しい報道」であり、実際に肉眼で太陽が凝視できてしまうような白い空気の中でマラソンをすることが心配だ、と報じるのは「事実を歪曲した報道」である、といった認識を、もし中国の関係者の多くが持っているのだとしたら、私はいつまでたっても中国は世界の仲間には入れないと思います。

 北京の大気汚染指数は、昨日(7月28日)は96、今日(29日)は90でしたが、国家環境保護部のホームページでは、昨日の分の指数がずっと発表になりませんでした。普通は、毎日午後2時頃には発表になるのですが、今日の午後になって今日の分が発表になるまで、昨日の大気汚染指数は国家環境保護部のホームページでは見ることができませんでした。このホームページでは過去の大気汚染指数も検索できるので、今日の指数が発表になった後で、昨日の分を検索したら96だということがわかりました。システムのトラブルで昨日の時点でアップできかなかったのか、それとも意図的にアップしなかったのか、については不明です。

 中国では、大気汚染データの測定をはじめ、気象観測データの測定を行うには関係当局の許可が要りますので、外国の報道機関や研究者が勝手に大気汚染の観測を行うことは認められていません(気象観測データは「国家秘密」の扱いになっているためです)。ですから、国家環境保護部の観測データ自体が正しいのかどうか、誰もクロスチェックできないのも、外国の人からすると、何となく「ふに落ちない」ところです。せめてオリンピック期間中だけでも、外国の研究者は大気汚染観測を自由にやってよい、といったような措置を採ってくれれば、かなり信用の回復には効果があったと思うんですけどね。

 北京オリンピックは、こうした中国で現実に行われている様々なこと世界の面前にさらけ出した、という意味では、非常に意味のあるイベントだと思います。

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2008年7月23日 (水)

「言葉のせき止め湖」の危険にどう対処する

 今日(7月23日)付けの「人民日報」に「『言葉のせき止め湖』の危険をどうやったら取り除くことができるか」という評論が載っていました。

(参考)「人民日報」2008年7月23日の「人民時評論」
「『言葉のせき止め湖』の危険をどうやったら取り除くことができるか」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-07/23/content_65205.htm

 これは四川大地震をきっかけにして多くの人の口に上るようになった「せき止め湖」(中国語で「堰塞湖」)という言葉になぞらえて、人々の政治に対する不満が溜まって一気に爆発しそうになる現象を「言葉のせき止め湖」(中国語で「言塞湖」)と表現して、それにどう対処すべきか、を論じたものです。「堰塞湖」と「言塞湖」は、中国語では「堰」はyanの4声、「言」はyanの2声、で、声調だけは違いますが発音は同じなので、同じ発音の文字を入れ替えた、一種の「ダジャレ言葉」です。

 人民日報にこういう評論が載る、ということは、党中央も、最近の地方での集団騒乱事件の頻発などを受けて、人々の間に不満がうっ積しつつあることを認識し、地方政府は、それにちゃんと対処しなければならない、との問題意識を持っていることの表れだと思います。この論評では、地方政府の幹部が豪華な政府庁舎や官舎を建て、地域住民が不満に思っていたことが、何かのきっかけで明るみに出て問題になる、というケースが続いていることを指摘しています。例として、安徽省阜陽市で、市政府が豪華な庁舎を建て、住民から「ホワイト・ハウス」と呼ばれて批判されていたが、この豪華庁舎問題を指摘した人が死亡し、その死因に不審なところがあったことから中央のメディアが取り上げ、結局は市の党書記が人民代表の職を解かれたケースを挙げています。

 こういったケースは「何かのきっかけ」がなければ明るみに出なかった可能性があり、その場合、人々の不満はうっ積し「言葉のせき止め湖」ができてしまうので、それを避ける方策を考えなければならない、とこの論評は指摘しています。

 この評論では、「言葉のせき止め湖」に対処する方法として、既に下記のような仕組みが実施されていることを指摘して、これらの方法を通じて民意を汲み上げる「トンネル」を確保することの重要性を指摘しています。

○中国共産党の伝統である大衆の声を聞く路線を実践すること。
○人々の訴えをよく聞くこと(「信訪制度」を活用すること)
○世論の動向をよく見極めること。
○最近よく行われるようになった公聴会制度や政府情報公開請求制度を活用すること。

 こういった論評を読むと、私などは、どうしてここに「地方政府幹部を選挙で選ぶこと」というのが入って来ないのかなぁ、と思ってしまいます。「住民の間に不満の声が溜まったら、次の選挙で落選してしまう。」というシステムを作り上げることが最も単純で確実な「言葉の堰き止め湖」に対する対処だと私は思います。ここでそういった議論がなされないのは、「選挙」という手法は、地方政府の幹部は中央が指名する、という現在の体制を崩してしまうことになるからだと思います。

 中国には、住民に不満がある場合には、上部機関に直接訴える「信訪制度」があります。例えば、ある県の幹部のやり方を不満に思う住民は、県を飛び越えて、その上にある市やさらにはその上の省、最終的には国の「訴え受付機関」に訴えて解決を要請することができます。これを「信訪制度」といいます。これもひとつの方法だと思いますが、「信訪制度」は、結局は封建時代の「直訴」と同じです。上部機関が住民から寄せられる数多くの「直訴」に全て対処できるのか、「直訴」があったものだけ改善していたのでは、一種の対処療法であり、根本的な解決にはならないのではないか、と私は思うのですが、そういった議論が残念ながら中国では行われません。結局は、「選挙の必要性」に行き着いてしまうので、議論ができない、ということなのでしょうか。

 中国では、昔から、地方政府に対する不満を爆発させた住民による集団暴動事件は数多く発生しています。最近は、北京オリンピックで注目されていることと、住民がすぐにネットに情報をアップするようになったことで、外国のメディアでも報道されるケースが多くなっているのだと思います。「言葉のせき止め湖」が大きくなって、一気に決壊することは、誰も望んでいません。しかし、この問題は「住民の声をよく聞くようにしよう」といった呼び掛けだけで改善するような問題ではありません。この人民日報の評論によって「言葉の堰止め湖」という言葉が一種の「流行語」のようになって、中国国内でも真剣な議論が起こることを期待したいと思います。

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2008年7月21日 (月)

雲南省昆明市でバス爆破事件が発生

 7月21日(月)朝の通勤時間帯、中国雲南省の省都・昆明市で約1時間間隔で2つのバス爆破事件が相次いで発生しました。今までにわかっているところでは、2人が死亡し14人が負傷したとのことです。本件については、中国中央テレビのお昼のニュースで報道されたほか、新華社通信の雲南報道のページに「特設ページ」が設けられ、逐次、新しい情報がアップされつつあります(昆明市は人口620万人のこの地方では大都市です)。

(参考1)「新華社」雲南報道のページ
「昆明市で発生したバス爆破事件特設報道ページ」
http://www.yn.xinhuanet.com/topic/2008/explosion/

 朝の通勤時間帯に2つの爆破が続けて起きた、爆発が起きたのが座席の下だった、という事実から、当局もこれがテロであると見ており、目下、全力で犯人の捜索に当たっているとのことです。上記のように(最近の中国ではこういう傾向にあるのですが)異例の速さで、新華社通信等が写真等も含めた最新の映像を続々と流しています(不要なデマの発生を防ぐため、できるだけ速く詳細な情報を報道しようとしているのだと思います)。

 それにしても、私は、中国では、民衆の集団による暴動事件が起きることはあっても、爆弾テロは起きないと思っていました。いかなる政治的目的を持っているにせよ、中国では多数の人民を味方に付けなければその政治目的を達成できないのは明らかであり、テロ行為を行うことは、理由の如何を問わず人心を離れさせることになり、一定の政治目的を持つグループにとっては逆効果以外の何者でもないからです。雲南省は、中国の中でも少数民族が多い地区ですが、雲南省は昔から多くの少数民族が混在して居住している地域であり、少数民族問題を理由とした暴力事件やテロ事件があったという話は私は聞いたことはありません。

 今回の昆明市のバス爆破事件の背景について、今の段階で軽々に推測するのは慎むべきですが、今回の事件は、北京オリンピックへ向けて、北京で交通規制が始まるなど「オリンピック特別期間」が始まった最初の月曜日の朝の通勤時間帯を狙って約1時間の時差を付けて複数の爆発を起こした、という事実だけを見ると、相当に冷徹に計画されたもののように見えます。

 今までも、政治的な背景とは関係なく、会社から解雇された人が自爆テロ的に会社の車に放火するというような個人的恨みに基づく事件はありました。

(参考2)このブログの2007年10月3日付け記事
「重慶でバス火災27人死亡・放火か?」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/10/27_7d11_1.html

しかし、今回の昆明でのバス爆破テロは、この重慶のバス放火事件のような「個人的な恨みによるもの」とは違うように思います。

 また、中国では、無数の違法な炭坑で操業が行われ、そこで使われるダイナマイトがずさんに管理されているのが実態です。そういう状態で今まで中国ではいわゆる「爆弾テロ」のような事件はあまり起きていなかったのですから、基本的に中国では爆弾テロの起きる素地はないものだと思っていました。

(参考3)このブログの2007年7月6日付け記事
「遼寧省のカラオケ店の爆発で25人死亡」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/07/25_07f6.html

 なお、雲南省では7月19日に雲南省プーアル市孟連ダイ族ラフ族ワ族自治県で、ゴム農民とゴム生産企業との間に起きていたトラブルに関連して、ゴム農民が数百人集まって公安当局を取り囲んで暴力行為を働いたため、公安当局が自衛のために発砲し、村民多数が負傷し、うち2名が死亡する、という事件がありました(これは新華社がそう報道しているのでこの事実に間違いないと思います。一部、日本の報道では「公安当局がゴム弾を発射し」とありますが、新華社の報道では「ゴム弾」の記述はありません。「ゴム弾」の発射で死亡することは考えにくいので、集まった群衆に対しては銃の実弾が発射されたものと思われます)。

※雲南省プーアル(普○:「○」は「さんずい」に「耳」)市はプーアル茶で有名です。

(参考4)新華社・雲南報道ページ2008年7月20日付け記事
「雲南省孟連県で暴力事件が発生」
http://www.yn.xinhuanet.com/newscenter/2008-07/20/content_13873445.htm

 この事件について、新華社は続報を報じており、翌日の20日にも約450人の群衆が集まったこと、雲南省幹部が死亡した2名の死因については調査を行うことを集まった群衆に説明したこと、20日に集まった群衆は衝突事件などは起こさず夜になってから解散したこと、などを伝えています。

(参考5)新華社・雲南報道ページ2008年7月20日付け記事
「雲南省孟連県『7・19事件』で集まったゴム農民は説得されて引き上げた」
http://www.yn.xinhuanet.com/newscenter/2008-07/20/content_13873451.htm

(参考6)新華社・雲南報道ページ2008年7月21日付け記事
「雲南省では、全力を挙げて孟連でのゴム農民集団事件に対する対処が行われている 雲南省の指導部は現場に行って群衆の訴えを聴取した」
http://www.yn.xinhuanet.com/newscenter/2008-07/21/content_13878264.htm

 これらの報道によると、このゴム生産会社は数年前に私営企業になったが、ゴム農民たちとの間で利益配分について意見の相違があり、ゴム農民たちは会社に自分たちの権利が侵害されていると考えていたとのことです。このため数年前からゴム農民たちは何回もゴム生産会社を包囲して焼き討ちする騒ぎを起こしていた、とのことです。事件が起きた7月19日、公安当局が5人の犯罪容疑者を取り調べていたところ、約500人のゴム農民たちがゴム採取作業に使う長刀や鉄パイプ、棍棒などを持って集まって公安当局を取り囲んで襲撃したため、41名の民事警察官が負傷し、8台の警察車両が破壊された、とのことです。公安当局側は自衛のために発砲し、15人のゴム農民が負傷し、そのうちの2名が死亡した、とのことです。

 新華社の記事では触れていませんが、上記の状況を踏まえると、ゴム農民たちは、ゴム生産企業と公安当局が「グル」になっていると考えて、普段から公安に対する不満を募らせていたのではないか、と思います。

 この孟連県でのゴム農民たちと公安当局との衝突事件と、昆明で起きたバス爆破事件が関係があるのかどうかはわかりません。地理的に言うと、プーアル市孟連県と昆明市とは数百キロ離れていますし、例えゴム農民たちが公安当局に対して不満をうっ積させていたとしても、彼らとしては昆明市民を殺傷する爆破テロを起こしても何の意味もないので、この2つの事件は関係はないのではないかと思います。

 いずれにしても、今回の昆明市でのバス爆破事件については、早く犯人が特定され、真相が解明されることを望みたいと思います。

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2008年7月20日 (日)

「コメントする自由」「文句を言う自由」

 今日(7月20日)から北京市内では、オリンピック期間中の渋滞の防止と大気汚染緩和のため、ナンバープレートの偶数・奇数による交通規制が始まりました。パラリンピック終了後の9月20日までの期間、北京市内では偶数日には奇数番号の車、奇数日は偶数番号の車は通行が許されません(バス、タクシー等の公共交通機関の車、消防・救急等の緊急車両、オリンピック関係車両、大使館関係車両等を除く)。

 ところが規制当日の今日(7月20日)になって「人民日報」の朝刊に「毎日午前0時から3時までの3時間については、ナンバープレート規制を緩和する」との発表が載っていました。

(参考1)「人民日報」2008年7月20日付け記事
「午前0時から3時までは偶数・奇数制限は実施しない」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-07/20/content_61849.htm

 この規定緩和措置は7月19日に北京市交通管理局が発表したものだそうです。なぜまた突然規制開始の前日になって規制の一部を変更する発表を行ったのでしょうか。それまでは、みんな「夜中の0時きっかりで北京市内を通行できる車が切り替わる。それに違反したら罰金100元(約1,500円)を取られる。」と思っていたのです。それが証拠に7月19日付けの「新京報」では「今日は奇数番号の車は夜中の24時までにお家に帰ろう」と呼び掛ける記事を掲載していました。

(参考2)「新京報」2008年7月19日付け記事
「奇数番号車は今日は24時の前に必ず家に帰らなければならない」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/07-19/018@073151.htm

 この記事によると、北京市交通管理局の担当者が「19日は土曜日なので外出する人が多いと思うが、24時を過ぎると奇数番号車に対しては規制が掛かるので、奇数番号車を運転している人は必ず早めに家に帰らなければならない」と発言したことを引用して、読者に対して注意を喚起しています。

 よく考えてみると「規制期間中であっても、午前0時から3時の間は偶数・奇数両方の車両の通行を認める」というのは、至極当たり前の措置です。夜中の0時時点で北京市内を走行中の車に対して「今、午前0時を過ぎたから罰金」などと言うのは現実的ではないからです。かと言って、偶数番号車、奇数番号車は、それぞれ偶数日、奇数日の24時までに家に帰り着くようにせよ、というのだったら、毎日午前0時直後は、北京市内には車が全くない状態になることになります。1,700万人都市・北京でそんなことが現実にできるわけがありません。午前0時~3時までの3時間はどちらの車の通行も認めるので、規制が掛かる車は午前3時までに家に帰り着くように、ということならば現実的に対処は可能です。午前0時~3時の時間帯なら車の渋滞は関係ないし、この時間に走っている車の数はそれほど多くはないと思うので、この規制緩和をやっても大気汚染防止の効果にはそれほど影響は出ないと思います。

 こういった「当たり前の措置」がなぜ規制の前日まで発表されなかったのか、を考えると、以下の二つが考えられます。

(1) 北京市当局は、規則上は午前0時で規制を切り替える、ということにしているが、取り締まりの現場では午前3時頃までは、偶数奇数規制に違反している車でも「大目に見る」ことで対応しようと思っていた。

(2) 取り締まりを担当する現場の担当官や多くの市民は「0時きっかりに規制を切り替えるのは現実には無理だ」と考えていたが、誰もそれを口に出さず、規制を作った北京市の上層部は「この規則を厳格に適用すると現場で無理が生じる」という認識を持っていなかった(「新京報」の記事を見て、北京市上層部がこの規制に無理があることを始めて認識した。だから19日、北京市上層部の「鶴の一声」で急遽午前0時からの3時間については規制を緩和することを決定した)。

 もし(1)だとすると、北京市当局は規則を作っておきながら、そもそもその規則を規則通りには運用するつもりがなかった、ということになります。これは、法律や規則がありながら、現実にはその通りに規制されていない、という中国の実情を反映していますが、中国が「法治国家」ではなく、まだ、現場の取り締まり担当官の判断でいかようにもできる「人治国家」であることを世界中に示すことになってしまいます。まじめに規則を守ろうと考えていた北京市民はバカを見たことになります(こういうことはしょっちゅうで中国の人々は慣れているので、そもそも多くの北京市民は「規則を規則通りにまじめに守ろう」とは考えていなかった、と言った方が正しいのかもしれませんけど)。

 もし(2)だとすると、北京市当局の内部で現場の声が上層部に届くシステムができていない、新聞等も規制の問題点について何も指摘せず、中国では「社会を監視する」というマスコミが果たすべき役割を全く果たしてない、ということになります。

 中国では、憲法に「中国共産党による指導により政治を行う」という大原則が規定されており、これに反する報道をすることは「法律違反」となります。従って、新聞の記事等が「法律違反」にならないように、当局の「指導」がなされています。ただ、北京のローカル新聞ですと、例えば夜中の2時前に起きた火事がその日の朝刊に載ったりしていますので、たぶん全ての記事の「事前検閲」はやっていないと思います。問題のある記事が掲載された場合には、事後的に直ちに「指導」が入るというふうな「事後検閲システム」になっているのだと思います。重大な「法律違反」の記事が新聞に掲載された場合には、新聞は発刊停止に追い込まれ、重大な場合は記事を書いた記者や編集者が「国家転覆罪」に問われる場合もありますし、そうでなくても免職にされ、言論人としての生命を絶たれてしまう可能性もあります。そのため、言論人は、常に「どこまでは発言が許される範囲なのか」を意識しながら「自主規制」をしているのです。

 こういった「自主規制」が習い性となっているので、今回のような交通規制のあり方、といった政治には全く関係のない案件についても「当局が決めたことに対してコメントしたりしてはいけない」「ましては当局が決めたことに対して文句を言うなどとんでもない」という感覚が言論人の中に定着してしまっているのだと思います。

 ナンバープレートの偶数・奇数による交通規制は、昨年(2007年)8月に4日間だけ試験的に実施されました。夜中の0時に偶数・奇数の規制を切り替える際に発生する問題点は、その時には認識されていたはずなのですが、どの新聞もそこに問題がある、というコメントをしませんでした。そして、今年(2008年)6月20日に発表された規制の規則では、午前0時の切り替え時の移行措置については何らの考慮もなされなかったのでした。

 何らかの措置を講じた時、それに対する「コメントを受ける」「文句を聞く」ということは将来の改善のために非常に重要です。一般ビジネスにおいては「お客からのクレームはビジネス改善のための大切な宝の山」と認識されており、「クレーム処理を大事にしない会社は伸びない」ことは常識とされています。中国において、政治問題の大原則に対して批判を許さない、という政策を取っていることに対しては、中国の内政問題ですので私はコメントしませんが、それをやることによって、政治とは全く関係ない「社会の便利さ・暮らし良さ」といった点に対しても「コメントする自由」「文句を言う自由」が実質上ない、というのは、社会全体の改善の観点から言ったら大きなマイナスだと思います。中国の関係者は「法律に違反しなければ、当局の施策に対して、コメントする自由も文句を言う自由もある」と反論すると思いますが、新聞等の報道機関が「自主規制」して「当局が決めたことに対してコメントや文句は言わない方がよい」と考えているのだったら、実質的に「コメントする自由」「文句を言う自由」はない、といっても差し支えないと思います。

 問題は、こういった感覚が、政府機関や会社などの中国の組織の中に深く浸透しているのではないか、ということです。即ち、トップが決めたことは、部下は唯々諾々とそれに従うのが賢い処世術であり、上司のやり方に対してコメントしたり文句を言ったりしないようにしている、という人が多いのだったら、それは中国の組織の発展を阻害することになると思います。はしなくも今回の車の偶数・奇数制限の問題で明らかになりましたが、(政治的な意味での言論の自由の問題は別に置いておくとしても)ごく一般的な意味で「自由にコメントし、自由に文句を言える雰囲気を作ること」が中国の今後の発展にとって非常に大事だと思いました。 

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2008年7月19日 (土)

北京地下鉄10号線・空港線開通

 報道によると、北京地下鉄10号線(第一期)、オリンピック公園支線、北京首都空港鉄道線が7月19日開通したとのことです。まだ私自身は乗っていないので「したとのことです」と書いておきます。

 これらの路線については、昨日(7月18日)の段階では、「週末に開通」とだけ発表されており、19日(土)に開通するのか、20日(日)に開通するのか、わかりませんでした。ところが19日(土)朝になってから、「新京報」などで「今日(19日(土))開通する」というニュースが報じられました。

(参考)「新京報」2008年7月19日付け記事
「地下鉄3路線、今日14時に開通」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/07-19/018@074440.htm

 この「新京報」の記事でも、開通式は19日の「だいたい午前10時頃」にやる、と書いてありました。空港線の運賃が25元(約375円)になった、と発表になったのは昨日(18日)です(それまでは「25元にするか、30元にするか、どちらかの案で検討中」ということでした。7月2日にこの運賃に関する公聴会があったのですが、その後、昨日(18日)まで、料金は決まっていませんでした)。

 どうして、ここまでギリギリまで何も決まらないのか、その背景がさっぱりわかりません。中国の新聞は、「なぜギリギリまで決まらないのか」といった関係者が困るような案件を突っ込んで取材して報道するようなことはしないので、「なぜギリギリまで決まらなかったのか」は最後まで「ナゾ」として残ると思います。それにしても、開通式をやる時刻が「だいたい午前10時頃」という発表も何となく変です。関係者や報道陣は、いったい何時に開通式場に行けばよいのでしょうか。

 今日、お昼過ぎに、たまたま北京空港から飛行機に乗ったのですが、北京空港へ行く途中で、空港線が走っているのを見ました(地下鉄の路線のひとつということになっていますが、空港線はほとんどの区間、地上を走っています)。赤い色のモダンな車両でした。ただ、ちょっと気になるのは、4両編成なので、これでお客をさばききれるのかなぁ、という点です。第2ターミナル発の便、第3ターミナル発の便が、それぞれ別個に運転間隔15分で運航するのだそうです。それで4両編成だと相当に混雑するのじゃないかなぁ、と思います。混むのがイヤな人は、高いけれどもタクシーを使う、ということになるのかもしれません。また市内と空港を結ぶリムジンバス(地下鉄空港線の市内側のターミナルの「東直門」と空港の間は16元(約240円))の値段と比較すると、この地下鉄空港線の値段は意外に高い感じがするので、そんなにお客は多く乗らないのかもしれません。

 オリンピック公園支線は、8月7日までは一般客は乗せずに、選手やオリンピック関係者だけを運ぶ、とのことです。8月8日以降も、オリンピック、パラリンピックの当日のチケットを持っている人だけが乗れる、ということで、誰でも自由に乗れるようになるのはパラリンピック終了後の9月20日以降だそうです。8月7日までは一般客を乗せずに営業して、8月8日の開会式当日にいきなり何万人もの開会式に出る観客を運ぶようにする、という計画になっているのですが、係員の慣熟などの点で大丈夫なのかなぁ、とちょっと心配です。地下鉄10号線とオリンピック支線の乗り換え駅の「北土城駅」では、地下鉄10号線から乗り換える人は、いったん改札を出て、オリンピックのチケットを持っていることを係員に確認してもらって、飛行機に乗るときと同じような保安検査を受けてから、オリンピック支線に乗り換えるのだそうです。乗り換え客がどのくらいの数いると想定しているのかわかりませんが、この乗り換え駅で観客の乗り換えがスムーズにできるのか、というのもちょっと心配です。

 北京空港では明日(7月20日)から、出迎え見送りの人も含めて、空港に入る人は全て入り口で保安検査(ボディチェック)を受けることになります。従って、飛行機で出発する人は2回保安検査を受けることになります。そのため、空港では、時間に十分に余裕を見て空港に来るように呼び掛けています。

 今日(7月19日)はまだ空港入口での保安検査はやっていませんでしたが、飛行機に乗るときの保安検査はいつもより相当に念入りにやられました。ノート・パソコンは「バックから出して開いて見せろ」と言われ、ポケットにハンカチやちり紙を入れている場合も「出して見せろ」と言われました。いつもより1.5倍くらいは時間が掛かったような気がします。

 ただ、今、空港の利用客はかなり減っています。原油価格の高騰により、燃油サーチャージが高くなったせいか、外国から来る観光客も中国国内の観光客もかなり減っているようです。さらに、中国国内では、四川大地震の影響で、ちょっと気分的に観光旅行をする雰囲気ではない、と感じている人が多いせいか、中国国内の観光客はいつもの年よりかなり少ないようです。また、中国の政府関係機関では、四川大地震の復興を最優先にするため、予算を一律5%カットして復興支援に回すように指示されているそうで、そのために業務上の海外出張案件は相当の数がキャンセルになっているそうです。そのため、オリンピック期間中も含めて、開会式・閉会式の前後のごく短期間を除いては、例えば日中間の航空便は(特にエコノミークラスは)まだ相当空席がある、とのことです。あまり観客が多いと保安検査場が混雑したりするので、原油高や四川地震の影響で飛行場の利用者が少なくなったというのは、むしろ幸いなのかもしれません。

 いよいよ明日(7月20日)から北京市内でのナンバープレート偶数・奇数による交通規制が始まります。7月21日から始まる平日、朝夕のラッシュ時に道路の状況がどうなるか、地下鉄の混雑がどの程度になるのか、空港線がどのくらい混雑することになるのか、しばらくは様子を見る必要があると思います。

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2008年7月18日 (金)

活動の場を与える場所としての日本

 7月15日に日本に滞在している中国人女流作家の楊逸氏が芥川賞を獲ったことについて、日本での報道の中に「日本は多くの中国人に対して表現の場を提供している」という趣旨のものがありました。楊逸氏について、そういった指摘が当たっているのかどうかは私にはわかりません。楊逸氏の芥川賞受賞作「時が滲(にじ)む朝」についても「1989年の事件」が時代背景として出てきているとは言え、楊逸氏はこの事件について書きたかったわけではなく、単にいろいろな運命の中を生きる若者の生き方を描きたかっただけかもしれないからです。

 これとは別の話ですが、昨年4月、NHKのハイビジョンで中国人ディレクターに中国を描くドキュメンタリー作品を作らせる「新的中国人」というシリーズがありました。

(参考)NHKホームページ平成19年(2007年)3月22日付け「報道資料」
シリーズ「新的中国人」~若き4監督が撮るディープな今~
2007年4月23日(月)~4夜連続 BS-hi午後10:00~
http://www3.nhk.or.jp/pr/keiei/shiryou/soukyoku/2007/03/004.pdf

 先日再放送されたので、その一部を見ました。私が見たのは「上海シティボーイの憂鬱」(監督:郭静、柯丁丁)でした。旅行社でツアーのアレンジをしながら都会に生きる若者と、小さな料理店を営む年老いた両親の話で、激変する中国社会の中で不安を抱えながら何とか生きていく人たちの現実を描いていました。秀作です。体制批判でもなんでもないので、こういったドキュメンタリー番組は中国国内でも作れるとは思うのですが、たぶん、実際にはかなり難しいのでしょう。

 7月15日(日)の最終回の放送で終了したNHKスペシャルのシリーズ「激流中国」でも、番組の終わりのタイトルバックを見ると、中国人らしいスタッフの名前が大勢出てきていました。中国に住む中国人がNHKに協力しているのか、もともと日本に住んでいるNHKの中国人スタッフなのかはわかりませんが、いずれにせよ、番組を作っているのはNHKという日本のテレビ局で、放送されるエリアも日本国内ですが、取材している場所は中国であり、番組を作っているスタッフの一部に中国の人がいる、という意味では、この「激流中国」も上記の「新的中国人」と同じようなところがあると思います。

 「激流中国」は、現代中国の課題を鋭く突いた歴史に残るドキュメンタリーの名シリーズでしたが、中国人スタッフの参画なしでは、これだけすごい番組は作れなかったでしょう。ある意味では、この「激流中国」は、番組の制作に参加した中国人スタッフに活動の場、表現の場を与えた、と言ってよいかもしれません。中国には優秀な人がたくさんいるので、活躍の場を与えるとものすごい力を発揮します。アメリカの大学の優れた研究論文に Liu さんとか、Wang さんとか、明らかに中国系と思われる人の名前が多いことでもそれはわかります。

 「激流中国」は、もちろん日本向けの番組で、ナレーションなどは全て日本語ですが、中国国内でも相当に話題になったようです。中国国内では、新聞などのオモテのメディアで「激流中国」について議論することはできませんが、ネットの掲示板などでは、かなり話題になったようです。詳しくは、日本語ウィキペディアの「激流中国」の項目を御覧下さい(ウィキペディアですので、私が今見ている内容は、今後変更される可能性がありますけど)。

 「激流中国」は、NHKの国際テレビ放送のNHKワールド・プレミアムでも放送されていましたので、私は北京で見ていました。「激流中国」の放送中は、チベット騒乱や海外でのオリンピック聖火リレーの時にあったような検閲によるブラック・アウトはなかったので、この番組の内容は中国当局にとっても「許せる範囲内」(かなりギリギリの線だとは思いますが)に収まっていたようです。でも、「激流中国」の制作に携わったスタッフが、中国国内のテレビ局で同じような番組を作ることは、現状ではとても無理でしょう。香港や台湾のテレビ局には、西側的な「報道の自由」がありますから、香港や台湾のテレビ局がこういった番組を企画することも可能だと思いますが、いろいろ政治的なしがらみを考えると、取材と放送が実現するのはやはり難しいと思います。日本のNHKという、ちょっと第三者的に離れた存在のテレビ局だからこそ、こういった番組が作れたのだと思います。

 NHKの放送は、もちろん日本の国内向け放送ですが、実はBS放送(ハイビジョンも含む)は、中国沿岸部では大きなパラボラを設置すれば受信できます。NHK-BSを受信できる衛星テレビ受信設備を付けるには当局の許可が必要ですので、そんなに多くの人は見ていないと思いますが、少なくともネットで話題になる程度には見ている人がいた、ということだと思います。

 そもそも、中国革命の初期の段階において、中国革命の父・孫文は、日本に留学し、日本で革命組織を立ち上げました。日本は、孫文以外の多くの中国革命の推進者にも、活躍の場を提供していたのです。中国共産党の創始者である陳独秀と李大釗に中国共産党の設立を決定した第1回全国代表大会(1921年7月)に出席した12名の合わせて14名のうち、日本留学帰国者は6名いました。国民党側では、孫文の跡を継いだ蒋介石も日本の陸軍士官学校の出身です。その後、日本の軍国主義は、中国革命に大きく干渉して行きますが、日本が中国の歴史を進める多くの人々に活躍の場を与えたのは事実であり、そのことは中国の人々もよく知っています(中国近代化に大きな足跡のあった文豪・魯迅が東北大学に留学していた話は、中国の中学校の教科書に出てくるそうです)。

 作家や映像作品の監督など「表現する者」は、今の中国は活動しにくい場所です。例え政治的なことや体制批判などをするつもりが全くなくても、やはり活動しにくいと思いいます。外国人の私ですら、こうして自分のブログを書くときでも「1989年の事件」と書いたり、「その年の6月第一週の出来事」などとぼかした表現を使っているのは、そのことズバリの言葉を書くと、キーワード検閲に引っかかる恐れがあると思って自己規制しているからです。ネット上でデモの呼び掛けをする、などということをしなければ、公安当局に引っ張って行かれることはないはずなのですが、インターネットの接続を切られたりするのではないか、といった恐怖感はやはりぬぐい去れないのです(実際、日本語ウィキペディアで上記の「事件」のそのものズバリを検索すると一時的にウィキペディアへのアクセスを遮断されます(ほかの項目も検索できなくなる))。そのような状況に置かれているので、知らず知らずのうちに表現上の自己規制をしてしまうのです。プロの「表現者」にとっては、これはかなりつらいことだろうと思います。

 そういった「表現者」の人たちにとって、もし、日本が活動しやすい場所なのだったら、活動の場を提供することは日本としても悪いことではないと思います。中国の内政に干渉するようなことは厳に慎まなければなりませんが、中国の人々が中国のために活動する場として、日本が活動しやすいのならば、孫文の場合がそうであったように、活動の場を提供することも日本としてのひとつの役割でしょう。NHKの「激流中国」や「新的中国人」のシリーズは、その意味でもひとつの記念碑的なシリーズだったのかもしれません。

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2008年7月16日 (水)

ロシアに比べて中国の改革は成功したのか

 昨日(7月15日)、中国人女流作家・楊逸氏が書いた「時が滲(にじ)む朝」が第139回芥川賞を受賞しました。日本語を母国語としない作家が芥川賞を受賞したのは初めて、とのことで、これはすばらしいことだと思います。

 こういった外国にいる中国人の活躍は、中国本国にとっても誇らしい話だと思うのですが、この楊逸氏の芥川賞受賞については、中国での報道のされ方は非常に小さいものになっています。今のところ、新華社や人民日報では報じられていません。私はこの小説自体はまだ読んでいないので内容は知らないのですが、日本での報道を見ると、この「時が滲(にじ)む朝」の内容は、1980年代後半、立身出世を夢みる青年が、大学に入った後、民主化運動に参加するものの「1989年の事件」の後、小さな事件を起こして放校になり、苦い思いをしつつ日本に移住して生きていく、というようなストーリーのようなです。「1989年の事件」が出てくるためか、中国のメディアはこのニュースの取り扱い方を相当迷っているようです。

 「中国新聞網」では、この楊逸氏の芥川賞受賞のニュースは報じていますが、その作品について紹介する文章の中で「民主化運動に参加するものの1989年の事件の後、小さな事件を起こして方向になり・・・」といった紹介はされずに「人生の苦悩をきめ細やかに描写した喜びと悲しみの入り交じった青春小説」と紹介されています。

(参考1)「中国新聞網」2008年7月16日9:20アップ記事
「日本在住の中国人女性作家、日本の第139回芥川賞を受賞」
http://www.chinanews.com.cn/cul/news/2008/07-16/1313891.shtml

 この小説は、本当に「青年の苦悩」を描いたもので「1989年の事件」は単なる時代背景に過ぎず、この小説ではこの事件に対する政治的な意向の表明はなされていないようですが、現在の中国当局は、「とにかく『1989の事件』には触れたくない」のだと思います。この作品は、日本で最高の権威ある新人賞である芥川賞を獲ったということで、たぶん中国国内でもネット上などでは話題になると思います。楊逸氏ご自身で中国語に翻訳すれば、中国国内でも売れると思いますが、それを中国当局が許可するかどうかは、今の時点ではよくわかりません。

 このように表向き「1989年の事件」は、中国では「触れてはいけないこと」なのですが、知識人の中では1978年から始まった改革開放政策の中で「1989年の事態」とその後の中国の歩みをどう評価すべきか、といった議論は、まじめに議論が行われています。それを端的に表したのが、7月10日号の週刊紙「南方週末」(日本語表記は「南方週末」)の経済欄に掲載された二人の学者に対するインタビュー記事「ロシアの改革に比べて中国はより成功したと言えるのか」です。

(参考2)「南方周末」2008年7月10日号記事
「改革開放30年放談シリーズ第1回:ロシアの改革に比べて中国はより成功したと言えるのか」
http://www.infzm.com/content/14407

 この対談は「南方週末」の編集部が中国経済改革研究基金国民経済研究所副所長の王小魯氏と北京大学中国経済研究センター副主任の姚洋氏に対して行ったインタビューをまとめたものです。

 1980年代半ばからソ連共産党のゴルバチョフ書記長は、ペレストロイカ(政治改革)とグラスノスチ(情報公開)を進めて、改革を進めることによってソ連共産党とソビエト連邦を維持しようとしましたが、1989年には膝元の東ヨーロッパ諸国で次々に民主化革命が起き、ついには1991年、ウクライナ、ベラルーシなどが独立して、ソビエト連邦自体が崩壊してしまうとともに、ソ連共産党自身が解散したのでした。ゴルバチョフ氏も政治の世界ではエリツィン氏に破れ、ソ連の大部分の地域を占めたロシア共和国の初代大統領にはエリツィン氏が就任したのでした。その後、ロシアは、経済的には資本主義化を進め、政治的には選挙を通じた民主政治が確立されました。ただ、1990年代のエリツィン時代は、経済的・社会的混乱が相当に大きく、経済は危機的な状況にあり、多くの国民は苦しい生活を強いられた、と言われています。

 ゴルバチョフ書記長が「ペレストロイカ」「グラスノスチ」の改革を進めたのは、明らかにトウ小平氏が1978年から進めた中国の改革開放政策の成果を見て、ゴルバチョフがそれをソ連でも適用したいと考えたからだ、と私は思っています。実際、私が前回北京に駐在していた1988年頃は、経済的には中国の方が発展が速く、ソ連の人が中国に来ると、中国製の冷蔵庫やテレビを買って帰っていく、と言われていました。

 ところが1989年以降、中国はソ連・ロシアとは全く別の道を歩み始めます。中国国内でもソ連におけるゴルバチョフ改革を見ながら、民主化への動きが見られましたが、「1989年の事件」で、政治改革は完全にストップしました。以後、1992年まで中国では政治路線の紆余曲折がありましたが、結局1992年のトウ小平氏の「南巡講話」により、経済的には改革開放を今後とも進める路線が固まりました。この中国の路線は、経済的には改革開放を進める一方、政治的な民主化は進めないものでした。トウ小平氏は、文化大革命の政治的混乱の中で経済政策が停滞して人民が苦しんだことを自らイヤというほど経験していましたし、1989年~1991年に掛けて政治的変革を遂げたソ連において、ソビエト連邦自体が崩壊し、政治的にも経済的にも混乱が続いているのを目の前で見ていたので、トウ小平氏は「貧しい中国では、今、政治的論争をやっている時ではない。中国を分裂の混乱に陥れたら苦しむのは人民だ。とにかく経済的な成長をして、人民の生活を向上させることが先決だ。」と考えたのです。

 この結果、現在に至るまで、中国は驚異的な経済成長を遂げました。トウ小平氏の「先に豊かになれる地域や人は先に豊かになってよい」という「先富論」に引っ張られて、富裕層と社会の最低層の格差は広がりましたが、社会全体として急激に経済成長しましたので、社会の最低層でも一定の経済成長の恩恵を受けることができました。しかし、政治改革は1989年以降は完全に先送りされたため、政治的状況は1980年代と現在では全く変わっていません(1990年頃、末端レベルの村民委員会の選挙は始まりましたが、それもその後は全く進展していません)。そのため、中国では、社会の中の格差の問題や地方政府幹部の腐敗、環境汚染の問題などの様々な問題をいかにして政治に反映させるか、という政治的フィードバック・システムができておらず、一部の地方では人民の不満がうっ積しているところがあり、毎年群衆による暴動事件が頻発しています。

 こういったロシアと中国の状況について、西側には以下のような見方があります。

「ロシアは先に政治改革をやったので、今までは経済的には苦しかったが、一応、選挙による政治家の選出という政治的なフィードバック・システムはできたので、これからは経済的にはロシアは徐々に力を付けていくだろう。つまりロシアは政治改革という『苦しいこと』を先に済ませてしまったので、これからはむしろ中国より楽に経済の成長を図ることができる。」

「中国は経済成長優先で政治改革は全くやってこなかった。政治改革という『苦しいこと』を先送りしてしまったが、国内の格差がこれだけ広がった以上、なおさら政治改革は避けて通れない仕事になったが、これから政治改革という『苦しい仕事』をやりながら経済運営を行わねばならない中国は、ロシアよりも苦しい道を歩むことになる。」

「今の時点では、『苦しい政治改革』を経験したロシアの方が経済的には遅れている面もあるが、今後は中国がこの『苦しい政治改革』をやらねばならない。中国のように経済活動が活発になった後に行う『政治改革』の方が、既得権益グループによる抵抗が強く、大きな『改革の痛み』が伴う可能性がある。従って、長期的視野に立てば、中国の選択よりロシアの選択の方が結果的によかったと見るべきである。」

 「南方周末」に掲載されたインタビュー記事は、こういった西側の問題意識に対して真正面から議論するものです(今「西側の問題意識」と書きましたが、「南方周末」が「改革開放30年放談シリーズ」の第1回としてこの問題を取り上げた、ということは、この問題意識が中国国内にもあることを示しています)。

 このインタビュー記事のポイントは以下のとおりです。

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南方週末編集部:西側には、ロシアは先に「コスト」を支払ってしまったが、中国はこれから「コスト」を支払わなければならない、という見方がある。これについてどう考えるか。

王小魯氏:この問題は、ロシアがこれから得られるであろう「過去に払ったコストに見合う収益」と、中国がこれから支払うであろう「コスト」をトータルに見てどうかんがえるか、という問題に行き着く。ロシアは「ショック療法」により、急激な改革を行ったわけだが、結局は、少数の寡占者が利益を独占する社会を作っただけである。形式的に一般市民の投票による選挙制度はできたが、社会利益の公平化が図られたとは言えない。長期間のトータルで見れば、ロシアの改革の方が中国のやり方よりよかった、という見方は、これからロシアがうまくやり、中国が今後うまく改革を進められない、という仮定に基づいたものであるが、そういった仮定は公平な仮定ではない。

姚洋氏:中国は一般庶民の犠牲を強いることなく一定の経済的基盤を作ることができた。ロシアは1世代の間、一般庶民に非常に苦しい生活を強いていた。ロシアの平均寿命は56歳であり、中国の72歳に比べてずっと低いことを見てもそれはわかる。従って、ロシアが成功し、中国は成功しなかった、という見方は誤りである。

南方週末編集部:多くの西側の学者は、ロシアの現状を見て、結局はロシアの改革のやり方の方が中国の改革のやり方より優れたやり方だった、と見ていることについてどう考えるか。

王小魯氏:西側の人は「市場経済化」と「政治の民主化」という二つの座標軸で判断している。これらは一つの理論的な目標である。確かに現在のロシアにおいては既に両方が実現している。一方、中国では市場経済化は進みつつあるが未だ不徹底であり、政府による干渉も多い。また、政治体制においては、中国ではひとつの完成した体系は未だできあがっていない。その意味ではロシアの改革の方が中国の改革よりよかった、ということになる。しかし、「市場経済化」と「政治の民主化」の最終目標は何なのか? 結局は、一般大衆の生活が改善され、社会全体が発展することではないのか? 形式的に一般大衆による選挙で大統領が選ばれる制度ができていたのだとしても、大統領が社会の監督を受けて問題を解決したり、一般大衆の利益を代表したりしているのでなければ、真に政治体制の改革が行われたことにはならない。

姚洋氏:西側的見方をする人の多くは「中国には憲政がない」とか「中国には自由な選挙がない」とか概念的な面だけ見て「中国はよくない」と批判している。しかし、現在の中国の政府は「中性政府」とも言えるもので、大多数の人々の利益に一致する政策を選択できるし、一方で特定の利益集団の利益に引っ張られないようにすることもできる政府である。

王小魯氏:西側の人が言う一般大衆により選出される選挙によってできた政府は一般大衆の利益に反することがない、というのはそのとおりだが、一般に、一般大衆は「政府は小さければ小さいほどよい」と考える傾向がある。しかし、政府には一定の役割があり、政府を小さくし過ぎると結局は一般大衆の利益に反することになる。市場経済のあり方にもいろいろなあり方があるのと同様に、政治の面においても様々なやり方がある。私も政治改革はしなければならないと考えているが、最終目標は一般大衆の利益を図ることであり、今後改革を行うに当たっては、その改革が一般大衆の利益に合致するのかを常に認識しなければならない。
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 このインタビュー記事の中では、王小魯氏も姚洋氏も、現在の中国共産党と中国政府のやり方を肯定し、ロシアの「民主化」は一定の利益グループを形成しただけで、一般大衆の利益になっていない、と指摘して、一般大衆による直接選挙が全てを解決するわけではない、として、現体制を擁護する立場を取っています。その意味では、それほど真新しい内容を含んでいるわけではないのですが、1989年~1991年におけるソ連からロシアへの変革(当然その中にはソ連共産党の解体も含まれている)を横目で見ながらの議論をまじめにしている、という点で、私は注目すべきものがあると考えています。

 週刊紙「南方周末」は、その名の通り週末に発行される週刊の新聞ですが、かなり突っ込んだ記事や評論を掲載することで有名です。NHKスペシャル「激流中国」の「ある雑誌編集部~60日の攻防」(2007年4月2日(月)午後10時~10時49分:総合テレビで放送)で紹介された「南風窓」は、この「南方周末」系の雑誌です。「南方周末」は、広東省広州市で発売されている新聞ですが、なぜか北京の新聞スタンドでも買うことができます。1部2元(約30円)と中国の新聞にしてはやや高めですが、内容がなかなか鋭く、「お金を出しても読みたい」と思える新聞なので、運賃を掛けて北京に運んできても、結構ペイするくらい売れるのだと思います。上記のインタビュー記事にあるように、そもそも登場するのが北京の知識人が多いのも、北京で売れる理由の一つだと思います。

 これは中国の新聞の特徴で、広州で発行される新聞は北京市当局のチェックを受けない(広州市の監督下にある)ので、比較的自由にものが書きやすいのです。「自由に」とは言っても、上記の記事にあるように、現在の政府の政策に反対するようなことは書けないのですが、「視点」が現在の政府にとっては「痛いところ」「触れて欲しくないところ」も突くのが魅力です(だからこそ北京でも売れるのでしょう)。

 冒頭に書いたように、中国では、まだまだ「1989年の事件」については「触れてはいけない」のですが、確かな政策運営を進めるには、タブーを置かずに自由に議論し、その中から最も適切な政策を選択することが重要だと思います。従って、広州で売られている「南方周末」が北京で買える、といった方法(タテマエは守った上で、そのタテマエの中で実質的な議論を進めていく)でよいので、中国の人々の間で、国全体の将来を考えて、中国の多くの人々の知恵を結集して、これから起こるであろう、いろいろな難局に当たってもらいたいと思います。

(2008年7月17日追記)

 2008年7月17日付けの「新京報」の文化欄では、楊逸氏が芥川賞を獲ったことが報じられています。

(参考3)「新京報」2008年7月17日付け記事
「中国人女流作家の楊逸氏、芥川賞を獲得」
http://www.thebeijingnews.com/culture/2008/07-17/011@092204.htm

 この「新京報」の記事では、受賞作「時が滲(にじ)む朝」について、次のように紹介しています。

「この小説は20年前の中国の社会的変動を背景としている。この小説では一人の中国人青年の足跡を追い、その風波の前後に遭遇した運命と失意について描写している。ストーリーの最後では、この男性主人公は、日本に移住したけれども『心の中では最初に持っていた理想を以前として持っていた』ことが述べられている。」

 この記事では「20年前の中国の社会的変動」とか「風波」とか表現していますけど、一定の年齢以上の人ならば、これを読めば何を指しているかはわかると思います。このあたりの表現が「1989年の事件」に関して、現在の中国の新聞で書ける限界なのだろうと思います。

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2008年7月14日 (月)

時事ネタ・ジョークはどこまで許されるのか

 6月28日に起きた貴州省甕安県での暴動事件は、ある少女が川で死亡しているのが見つかり、警察は自殺だと断定したが、少女が死んだ現場にいた男友達の中に県や公安の幹部の息子がいて、本当は少女を乱暴して死に至らしめたものを警察が自殺だと決めつけたからではないか、と多くの民衆が疑ったことから発生したのでした。

(参考1)このブログの2008年7月3日付け記事
「貴州省甕安県の暴動事件の真相」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/07/post_ef2a.html

 上記のブログの記事にも書きましたが、この事件について、貴州省の公安当局は、少女が死亡した時の状況について次のように説明しています。

○男女4人が夜に川の上の橋のところへ来て話をしていたところ、少女が「川に飛び込んで死ぬのはやめた」と言った。

○この少女の男友達が離れていった後、もう一人の男性が橋の上で腕立て伏せを始めたところ、少女が川へ飛び込んだ。

○急いで助けようとしたが助けられず、警察を呼んで少女を引き上げた時には既に少女は死亡していた。検死の結果、死亡の原因は溺死だった。乱暴された形跡は見つからなかった。

 この公安当局の発表を聞いて、多くのネットワーカーたちは、若い男女4人が夜に橋の上に行って話をしているうちにそれぞれがバラバラになった、という状況の下で、その中の男が突然「腕立て伏せを始めた」という状況がどう考えても不自然だと感じたのでした。「この説明では納得できない」「ウラに何かあるはずだ」として、インターネットの掲示板でこの件に関する議論が燃え上がったのでした。そして、「寝苦しい夜には腕立て伏せをしよう」といったような、皮肉を込めた言い方が流行し、「腕立て伏せ」という言葉は、あっという間に中国のネット上での「流行語」になったのでした。

 こうした状況を背景にして、南京市内のあるマンションの建設現場で、マンション販売会社が「マンション価格は水に飛び込むようなことになるはずはない。ただ、腕立て伏せをしているだけだ!」という大きな広告板を出しました。これは最近、不動産バブルがはじけ気味で、マンション価格が低落している地域があることを踏まえて、「マンション価格が急落することはありませんよ。今、少し価格が下がっていますが、またしばらくすると上がってきますよ(だから、心配しないでマンションを購入しましょう!)」とお客に訴える広告なのです。貴州省甕安県での事件を念頭において、「水に飛び込む」「腕立て伏せ」という今ネット上で流行っている言葉を使った一種のジョークです。

 客観的に言って、少女が死亡し多くの住民が暴動を起こした事件をジョークで茶化すことは極めて不謹慎で、ひんしゅくモノだと私も思いますが、今の中国で、こういった政治的背景がある時事ネタを使ったジョークがどこまで許されるのか、を計る上では、ユニークな例だと思います。この広告は、今のところ、当局から「ケシカラン」というおしかりは受けていないようです。この広告主は、不動産価格が不安定になっている現状に対して有効な手を打っていない政府の政策にひとこと物言いをしたかったのかもしれません。その意味では、この広告は、社会的には相当に不謹慎でひんしゅくモノだとは思いますが、政治的には、結構、辛辣な風刺も含んでいると思います。

(参考2)「現代快報」2008年7月9日付け記事
「『腕立て伏せ』がマンションの広告になる」
http://www.kuaibao.net/html/2008-07/09/content_64068671.htm

 今、私の住んでいるアパートメントでは、香港で制作され衛星を使って配信されている普通話(中国の標準語)の音楽専門チャンネル「チャンネルV」を見ることができます。去年の夏頃、このチャンネルで流れていたある音楽配信サイト運営会社のコマーシャルを見ていたら、アニメーションで若い労働者風の男女が集団でピンク色の旗を高く掲げたり拳を高く振りかざしながら行進している場面が出てきました。1950年代の社会主義の宣伝映画の場面のような雰囲気でした。そして、「為音楽服務」という文字が大きく出て、この音楽配信サイトの会社名がバーンと画面に出たのでした。「為人民服務」(人民のために奉仕する)というのは中国共産党の最も重要なキャッチ・フレーズなので、このコマーシャルを見て、私は大いに受けてしまいました。掲げているのが紅い旗ではなくて、ピンク色の旗なので、まぁ、これくらいのジョークは許されるのだろうなぁ、と思いながら見ていました。しかし、このコマーシャルは、この時1回だけ見ただけで、その後は一度も見ることはありませんでした。

 私個人としては、大いに「受けた」このコマーシャルですが、誰が見ても中国共産党のキャッチ・フレーズのパロディであることは明らかなので、「その筋」からおしかりを受けたのかもしれません。このチャンネルは制作されているのが香港なので、そういったCMを制作する表現の自由は保証されているはずなのですが、この衛星放送局は大陸に配信することが大きな収入源ですから、「その筋」からおこられたら従わざるを得ないのでしょう。このCMが二度と見られなくなってしまったことから、私は、やはり、中国共産党のパロディというのは、中国においては「許される範囲を超えたジョーク」なのかなぁ、と思ったのでした。

 「これを言ってはいけない」「こういう表現をしてはいけない」という規制を掛けると、人々はそれに触れない範囲で微妙な言い回しで婉曲な表現を使って、自分の言いたいことを表現するようになります。上記の貴州省での暴動についてのこのブログの記事にも書きましたが、「水は船を浮かべることができるが、水は船をひっくり返すこともできる」といった掲示板の発言は、これだけ見れば、表現禁止の内容には当たりませんが、周囲の状況を踏まえると、相当きわどいことを表現していることがわかります。従って、上で紹介したマンション販売会社の広告板は、社会的にはいささか不謹慎だとは思いますが、今の中国では、政策に対する風刺、という意味では、なかなかひねった傑作のひとつと言えるのかもしれません。

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2008年7月13日 (日)

「オリンピックを機会に」と思う人々の願い

 昨日(7月12日)早朝、北京近郊で農薬を散布していたヘリコプターが墜落し、乗員1名が死亡したほか、墜落したヘリコプターが高圧電線を切断して約5,000戸が停電しました。また、昨日午前9時頃、北京市内の地下鉄2号線の朝陽門駅で一人の男が線路に転落し、地下鉄2号線が約10分間運行を停止しました。転落した男は軽傷で済んだそうですが、転落した原因は不明なのだそうです。これらのニュースは昨日の夕刊にも載ったし、今朝(7月13日朝)の「新京報」などの朝刊紙にも載っていました。

 午前中に起きた事件や事故のニュースがその日の夕刊に載り、翌日の朝刊に載るのは、日本(というか「普通の国」)ならば別に珍しくもない当たり前のことですが、今日の「新京報」の社説では「こういった『突発的に起きたマイナスのニュース』が1時間程度で新華社で報道され、多くの人々に知らされたことは、注目に値し、嬉しくてホットする」と評価しています。この手の「突発的なマイナスの事件」が迅速に新華社のページで報道されるのは、これが初めてではないし、「新京報」の社説が「注目に値し、嬉しくてホットする」とまで言って持ち上げるのは、やや大げさな感じはするのですが、今までの中国において「マイナスのニュース」が迅速に報道されにくかったのは事実です(社説を書いた人は「皮肉」のつもりで大げさに「伝え方が迅速だったのは良かった」と新華社を持ち上げたのかもしれません)。

(参考)「新京報」2008年7月13日付け社説
「オリンピックは情報公開された中国を試す一つの試験である」
http://www.thebeijingnews.com/comment/shelun/2008/07-13/011@082021.htm

 この「新京報」の社説では、オリンピックが開かれることにより、中国の一挙一動に対して世界が注目し、何万人もの外国の報道陣が中国を訪れて「非常に複雑な状況」になるので、情報公開をさらに進め、情報を秘匿することによるリスクを減らすようにすることが必然的に求められる、と指摘しています。ある外交官は、最近の中国の情報公開は、オリンピックを開催するという圧力によるものではなく、中国の改革開放30年の結果として得られたものなのだ、と主張しているとのことです。この社説では「その意味では、北京オリンピックは、中国が改革開放の過去30年で得てきた中国社会の開放性と情報公開が徐々に進んできたことを試す一種のテスト期間であると信じる」と指摘しています。例によって、この社説では今ひとつ「ズバリ」と本音をストレートに書いてはいない感じがしますが、要するに、この社説を書いた「新京報」の論説委員もオリンピックを機会に中国の情報公開が一歩前進することを願っているのだと思います。

 よく多くの外国人が「北京オリンピックを機会に中国がより新しい段階へ進むことを期待する」といったことを言いますが、実はそう思っているのは中国の人々自身なのです。ただ「新しい段階へ進むこと」に対する期待を強く述べることは、「今まではダメだった」と表明することの裏返しですから、余りストレートにはそれを言えないだけなのです。

 今まで何回も書いてきたように、オリンピックが近づくにつれ、日常生活に影響する様々な規制が強化されてきています。日々の暮らしを少し我慢するから、それならその分、オリンピックを機会にもうちょっと「マシ」になって欲しいなぁ、と思うのは、中国に住んでいる外国人も中国の人々自身も全く同じ気持ちだと思います。

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2008年7月12日 (土)

軍隊が警備するオリンピック

 日本でも報道されているので皆様御存じだと思いますが、北京オリンピックのテロ警戒等に対しては、人民解放軍の陸海空軍が前面に出て、万全の体制で警備するとのことです。オリンピック・スタジアムの周辺には地対空ミサイルが配置され、海での競技が行われれる場所の周辺では海軍の艦艇が警戒に当たるほか海中にもフロッグ・マンを配置して警戒に当たるとのことです。

 下記の「新京報」の記事では配備されている地対空ミサイルの写真も載っています。オリンピックの安全を確保するために軍隊が警戒に当たるのは国際慣例だ、という説明が付いています。

(参考1)「新京報」2008年7月11日付け記事
「オリンピック競技場にはNBCテロ監視設備も配置」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/07-11/018@072718.htm

 上記記事では、NBCテロ(核・生物・化学テロ)に対策もちゃんと整っている、といったことが書かれています。

 一方、オリンピックを安全にスムーズに実施するために、以下のような対策が講じられるとのことです。

○車のナンバープレート偶数・奇数による交通制限を実施(下記(参考2)参照)。

(参考2)このブログの2008年6月20日付け記事
「オリンピック期間前後の北京の交通規制」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/06/post_22aa.html

○北京に入ってくる長距離バスの乗客は北京に入るときに身分証明書で身分を確認される(7月20日以降)。

○北京空港においては出迎え・見送りのために空港建屋に入る人に対しても保安検査が行われる。従って、乗客は飛行機に乗るまでに2回保安検査を受けなければならない(7月20日以降)。

○オリンピックの開会式が行われる8月8日は夜19時~24時の間、北京首都空港の全ての発着陸が停止される。

○地下鉄に乗る乗客に対して、持ち物等をX線検査装置に通すなどの保安検査を実施する(7月1日から既に実施開始)。

○全国17の主要な空港とチベット自治区、新疆ウィグル自治区の全ての飛行場において特別な安全検査を実施する(7月20日以降)(安全検査のために乗り遅れないように乗客には早めに空港へ来るように呼び掛けが行われている)。

○オリンピックのための交通の妨害とならないようにするため、軽微な交通事故の場合は、そこに車を止めないで、直ちに現場を離れるよう呼びかけられている。

○北京市内の病院に対して、オリンピック期間中は、テロ等の不測の事態が生じて緊急に輸血用血液が必要になることを想定して、不要不急の手術は行わないよう要請がなされている。

○オリンピック期間中、テロ事件、国内外の不法組織による破壊活動、オリンピック関係者及び外国人に対する傷害事件、多数の死傷者が出るような重大事故や重大な刑事事件について公安当局に通報した市民については、最高50万元(約450万円)の賞金を出すことにしている(下記(参考3)の「新京報」の記事参照)。

(参考3)「新京報」2008年7月12日付け記事
「オリンピック妨害活動を通報した人には最高50万元の賞金」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/07-12/011@025528.htm

 とにかく「オリンピックを安全にスムーズにやるために考えられる全てのことをやる」という感じです。一生懸命に「オリンピックを成功させたい」と思っている気持ちはわかるし、「人民解放軍の陸海空軍がしっかり守っている」ことをことさらにアピールしているのは一種の「抑止効果」を狙っているからだと思いますが、何となく「戒厳令下のオリンピック」みたいに思えて、「オリンピックを楽しもう」という雰囲気になかなかなれません。

 本当は、オリンピックを機会に多くの外国人に中国に来てもらって、普段着の中国を見てもらって、中国を理解してもらおう、というのも北京オリンピックの目的の一つだったはずなのですが、これではオリンピック期間中は「普段とは全く違う中国」になってしまうので、オリンピック観戦のために中国に来た外国人は間違った印象を持って帰ってしまうのではないかと心配になります。

 先日報道されたところによると、JTBが行った今年の7月15日~8月31日の夏休み期間中に行く1泊以上の旅行についての調査によると、日本から中国本土への旅行者数は昨年同時期比36.6%減の24万人と見込まれる、とのことです。景気の後退や航空燃料チャージの高騰が大きく影響しているものと思われますが、オリンピックがある年に日本からの旅行者数が対前年比36.6%の減少、というのは、どう見るべきなのでしょうか。オリンピック期間中は、北京市内のホテルが異常に高くなると見込まれているので、それが影響しているのでしょうか。この減少分のうちのいくらかは「警備が厳しすぎて、オリンピックを楽しもうという気分にならない」という気分的な部分も入っているのではないか、と私は思っています。「安全に」「スムーズに」も大事ですけれども、北京オリンピックはやはり「楽しく、感動的に」終わって欲しいと切に願っています。

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2008年7月11日 (金)

2008年上半期の北京の大気汚染指数

 今までにもこのブログで何回か国家環境保護部(今年3月の全人代の決定により「部」に昇格する前は国家環境保護総局)が発表する北京の大気汚染指数について書いてきました。

 大気汚染指数の定義等については、下記の記事を御覧ください。

(参考1)このブログの2007年6月19日付け記事
「北京の今日の大気汚染度はIII(1)級(軽微汚染)」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/06/iii1_5bc5.html

 2006年の北京の大気汚染指数の度数分布については、下記の記事を御覧ください。

(参考2)このブログの2007年8月22日付け記事
「北京の自動車交通制限と大気汚染指数」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/08/post_284f.html

 2007年の北京の大気汚染指数の度数分布については、下記の記事を御覧ください。

(参考3)このブログの2008年1月3日付け記事
「2007年の北京の大気汚染指数」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/01/2007_7776.html

 今年(2008年)も上半期が終わりましたので、2008年1月~6月の北京の大気汚染指数を度数分布にしてみたら下記のようになりました。

【2008年1月~6月の北京の大気汚染指数の度数分布】(■=1日)

000-020:■1
021-030:■1
031-040:■■■■■■■7
041-050:■■■■■■■■■9
051-060:■■■■■■■■■■■■■■■■■17
061-070:■■■■■■■■■■■■■■■■■■18
071-080:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■25
081-090:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■24
091-100:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■21
101-110:■■■■4
111-120:■■■■■■■■■9
121-130:■■■■■■■■■■10
131-140:■■■■■■■■8
141-150:■■■■■■6
151-160:■■■■■■6
161-170:■■■3
171-180:■■■■4
181-190:■■2
191-200:0
201-210:0
211-220:0
221-230:0
231-240:■1
241-250:0
251-260:■1
261-270:0
271-280:0
281-290:■1
291-300:0
301以上:■■■■4
合計=182日

 今までの傾向と同じように100以下と101以上のところで、明らかに不自然な「くびれ」が出ています。100以下は「良」、101以上は「軽微汚染」で、100以下を「青空」として、「青空」になる日を多くする、というのがオリンピックを控えての目標でした。確かに以前のデータに比べると、総体的には改善傾向は見られていると思います。ただ、以前にも書きましたが、上記の度数分布の形は、「青空」の日を多くする、という目標を達成するために数字の操作が行われている可能性を示している、と私には見えていました。

 今日、日本からの報道を見ていたら、北京市環境保護局の担当副局長は、7月10日に行われた記者会見で、記者から100以上のところの件数がへこんでいる現象について質問されてた際、「汚染指数が基準をわずかに上回りそうな時は、観測点周辺で応急措置を取る」と答えた、とのことです。

(参考4)アサヒ・コム(朝日新聞社)2008年7月11日1:56アップ記事
「『青空』増は人為的? 北京市『汚染ひどいと改善措置』」
http://www.asahi.com/international/update/0711/TKY200807100396.html

(参考5)「MSN産経ニュース」に載っている「共同通信」の記事(2008年7月10日21:44アップ)
「北京の青空に疑惑浮上 観測点で『応急措置』」
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/160199

(注)これらのネット上の記事は時間が経過すると削除されます。おそらくこれらの記事は7月11日付けの紙面で記事になっていると思いますので、時間が経過してからこのブログを御覧になっている方は、新聞の紙面の記事の方を参照してください。

 北京市環境保護局の担当副局長が記者の質問に答えて「数字合わせ」のための操作をしていることをあっさり認める、というのも、素直と言えば素直、「あっけらかん」としていると言えば「あっけらかん」としているのですが、この北京市環境保護局副局長の発言を問題視するような中国の新聞の記事は私が見る限り見つかりませんでした。中国の新聞記者は「そういった『数字合わせ』はよくあることでニュース性がない」と判断したのでしょうか。それとも「当局の御指導」で記事にできなかったのでしょうか。

 いずれにしても北京市内の環境保護について「取り締まる側」の立場にいる北京市環境保護局がこのような「数字合わせの操作」をしている、という状態では、誰もまじめに環境基準を守ろうとしないのではないか、と私には思えてしまいます。それとも、こういった観測データが簡単にネット上で入手でき、記者会見で記者の質問に答えて北京市当局の担当者が正直に答えるようになった、ということに「中国の進歩」を見るべきなのだ、今の中国ではそれが限界なのだ、とあきらめるしかないのでしょうか。

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2008年7月 9日 (水)

やっぱり生放送じゃなかった「生放送」

 7月9日付けの北京の大衆紙「新京報」によると、中国中央電視台(中国中央テレビ局)では、オリンピックの生中継においては、これまで30秒遅れで放送していた「現場直播」を国際映像と同様に本当の「生放送」で放送することにした、とのことです。

(参考)「新京報」2008年7月9日付け記事
「中央電視台、オリンピックの生中継時に初めて時間遅れのない放送を実施」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/07-09/018@081345.htm

 この記事によると、中国中央電視台では、今まで生中継(中国語で「現場直播」)で何かのイベントを中継する場合は、「放送における安全を保証するため」、30秒間の技術的な遅れを入れていた、とのことです。つまり視聴者は、イベントをリアルタイムで見ているのではなく、30秒前のイベントを見ていた、というわけです。それをオリンピックの生中継からは、この30秒の「技術的な遅れ」を入れずに、国際映像信号と同時のタイミングで放送することにした、とのことです。

 前にも書いたことがありますが、衛星を使ったNHKの国際放送ワールドプレミアムは、ニュースなどは総合テレビやBS-2で放送しているものと同じものを流しているのですが、タイミングは総合テレビ等から20秒~30秒遅れて放送されています。このタイミングのズレを利用して、当局が「不適切な画像」のカットの操作をやっているのです。3月~4月頃にチベット騒乱が起きたり、各国で聖火リレーに対する妨害活動があった時には、この「30秒遅れ」を利用して、NHKでも何回も検閲カット(ブラックアウト)をやられました。中国の国内放送でも、3月の聖火点火式では30秒遅れで放送しており、人権活動家が妨害活動をした場面は、中国国内での放送では別のアングルのカメラに切り替えたために、人権活動家の映像は放送されなかったと聞いています。

 上記の「新京報」の記事を見ると、今回の聖火リレー関連の中継だけではなく、中国では基本的に全てのイベントの生中継は全て30秒遅れで放送され、本当の「生中継」はされていなかったのですね。そういったことを堂々と発表するようになった、というだけで大進歩だと思うべきなのでしょうか。

 私は前から中国のテレビのニュース番組は生放送ではないのではないか、と疑っています(アナウンサーが突然「不適切な発言」をした時に適切に対処するためです)。イベントの生中継が「生中継」ではなかった、というところから見ると、案外、私の「疑い」も間違いではないかもしれません。

 なお、前にも書いたことがありますが、「30秒遅れがなくなった」ということをいいことに、外国人がオリンピックの観戦にかこつけて、政治的なスローガンをテレビカメラに撮させようというような試みは、中国ではやらないで欲しいと思います。中国は政治的なスローガンを許可なく公の場で掲げることは、それだけで「違法」です。オリンピックというスポーツの場で、違法な行為はして欲しくないからです。また、そういう法律があることを承知で中国に入国した外国人は、中国の法律を尊重するのが国際法上の義務だからです(政治スローガンを掲げることを「違法」にする法律自体がおかしいのだ、というのは、また別の議論です)。

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2008年7月 8日 (火)

またまた中国国内線航空便でトラブル

 今日、広東省広州から北京に帰ってきたのですが、またまたトラブルに遭遇してしまいました。私は午後広州発の便で北京に帰ることにしていました。夕方には北京に着く予定でした。広州空港に着くと定刻で搭乗手続きが始まりました。最近、中国国内出張では飛行機便のトラブル続きだったので「今回はトラブルなく帰れそうだ」と思いました。しかし、機内に入って、着席してドアがしまったのですが、なかなか動き出しません。そのうち「出発の指示が出ませんので、しばらくお待ち下さい。詳しい情報がはいりましたらお知らせします。」というアナウンスがあり、待たされました。いや~な予感がしたのですが、そのうちに客室乗務員がコーラやジュースのサービスを始めました。40分くらいたつと「今しばらく待機しますので、お待ちください。情報が入りましたらお知らせします。」とまたアナウンスがありましたが、なぜ遅れているのかは自分たち(乗務員)も知らない、という雰囲気でした。そのうちに、客室乗務員が上空で出す予定だった食事を乗客に配り始めました。「こりゃ長期戦だ」と思って覚悟を決めました。

 結局、私が乗った飛行機は、定刻より約2時間遅れで広州空港を飛び立ちました。

 途中の飛行は順調で、3時間ほどのフライトで北京空港に到着しました。「2時間遅れくらいならしかたがないや」と思って、荷物受け取り場所へ行きました。私の乗った便が表示されている12番のターンテーブルのところで待っていましたが、いくら待っても荷物が出てきません。「おかしいなぁ」と思っていたら、隣の11番のターンテーブルで荷物が流れ始めました。「どうも隣に荷物が出てくるらしい」とみんなが言っているらしいので、そちらへ行くと、表示されている便名が違うのですが、荷物が流れています。私と同じ便に乗った同行者の荷物は出てきましたが、私の荷物が出てきません。

 「託送荷物案内」のカウンターに行って「私の荷物が出てこない」と言うと、荷物のタグを見て、係員が12番で出てくるから12番で待っいてくれ、とのことでした。

 で、12番で待っていましたが、待てど暮らせど出てきません。もう一度カウンターに行って聞くと、同じように「もうしばらく12番のところで待っていてくれ」とのことでした。約1時間が経過し、12番のターンテーブルでは、私が乗った次の広州発北京行きの便の荷物が出始めました(広州・北京間はメイン路線のひとつなので1時間に1本くらいの間隔で飛んでいます)。もしかすると、この次の便の荷物の中に私の荷物が紛れ込んでいるのかなぁ、と思って辛抱強く待っていたら、案の定、私の荷物が出てきました。私の荷物に付いたタグを見ると、タグの上に手書きで次の便の便番号が書いてありました。私は体だけは2時間遅れで予定通りの便で北京に到着しましたが、荷物はさらに次の便で北京に到着していた、ということのようです。結局は空港を出た時刻は当初予定していた時刻より3時間以上遅れていました。

 「託送荷物案内」のところでは、「荷物は次の便で来るからもう少し待て」という説明は全くなく、とにかく「そのうち出てくるからもう少し待て」という説明でした。この係員が、一部の荷物は乗客が乗っていた便ではなく、その次の便で運んでいる、という事情を知っていたのかどうかは不明です。

 中国については、いいかげんなところが多いようなイメージを持たれている方も多いと思いますが、今までは、航空便の託送荷物で、荷物がなくなったり、別のところへ間違って運ばれたりしたことは、私は一度も経験したことがありませんでした。私は、ヨーロッパへ行った回数は少ないのですが、その少ない回数の中で、自分はウィーンからパリに行ったのに、荷物はデュッセルドルフへ行っていた、ということを経験しました。この時は、航空会社が翌日、ホテルまで荷物を届けてくれました。中国では、国内移動を何十回も経験していますが、今まで、こういう荷物のトラブルにあったことはありませんでした。

 以前、中国国内の別のところへ行った時にも、定刻に飛行機に乗り込んだのに、飛行機に乗り込んでドアを閉めたあと、そのまま4時間待たされてから、飛び立ったことがありました。その時は、中国語では「目的地の天候が悪いから」と言い、英語では「航空管制システムの理由により」といったようことを言っていたようですが、結局理由はわかりませんでした。その時、目的地にいる人に電話を掛けたら、「別に天気は悪くないですよ」とのことでした。

 何か都合があるのだったら、お客を飛行機に乗せないで待合室で待たせていた方がよいように思うのですが、待合室で待たせると、お客が買い物に行ったりして収拾がつかなくなるので、航空会社としては、とにかく登場させて、ドアを閉めて、お客が逃げないようにしてから待たせる、という方針のようです(中国の人は交渉ごとに強いので、遅れるなら、別の便で行く、と交渉する(ごねる)客が出るのが航空会社としてはイヤなのでしょう)。飛行機にお客を乗せてから何時間も待たせると、クーラーはオンにしておかなければならないので、エネルギーの無駄だと思うのですが、それよりも「お客をコントロール下に置いておく」ことの方が航空会社にとっては大事なのでしょう。

 この6月には、北京空港第三ターミナルで大規模な荷物搬送に関するトラブルが起きました。乗客の体だけが予定通りの便で飛んだのに、荷物が次の便で目的地に到着する、というケースが続出し、目的地で行った会議でプレゼンができなかった、といった苦情が殺到した、といったことが新聞に出ていました。

 このニュースを聞いた時は、北京空港第三ターミナルは、今年3月に運用を開始したばかりなので、職員が不慣れだとか、機器の故障があったからかなぁ、と思いましたが、今日の広州発北京行きの私の場合は、トラブルは明らかに広州空港で起きています。乗客(私)と荷物を同じ便に乗せなかったのは広州空港の問題であり、北京空港の問題ではないからです。

 以上を総合して考えると、最近の中国国内航空便のトラブルが多発している原因のひとつとして最も可能性が大きいのは、託送荷物に対する安全検査(レントゲンによるチェックなど)に時間が掛かり過ぎ、機体への積み込みが遅れたり、今日の私のケースのように荷物だけが次の便に回されたりしているから、ということのようです。北京オリンピックを控えて、テロを警戒して、公安当局が安全検査を相当入念にやっているからなのかもしれません。これは、空港の公安当局の問題であり、航空会社の責任ではないわけですが、航空会社としても公安当局からにらまれたら恐いのですから、機内アナウンスで「公安当局の安全チェックが遅いので」と言うわけにはいかないので、天気のせいにしたり、航空管理システムのせいにしたりするのだと思います。今日の私の経験では、機内のアナウンスは最後まで遅れた理由についての説明はありませんでした。今日は、中国の航空会社にしては珍しく「遅れて申し訳ありませんでした」と「お詫びの言葉」を言っていたので、「それなりの」誠意は感じましたが。

 最近、北京では、オリンピックの円滑な成功のためには、市民には少々の不便は我慢してもらう、という方針で、様々な規制強化が行われています。地下鉄に乗るのにも安全検査を受けなければならないし、7月20日からはナンバープレートの偶数・奇数による車の交通規制が始まります。大気汚染の原因となる工場については、北京市だけでなく、周辺の河北省に対しても操業休止の要請(「要請」とっても中国の場合は「指示」に等しい)が出されているそうです。

 結局は、オリンピックだけに着目すれば「順調にうまくいった」ということで終わると思いますが、そのために、周囲でいろいろ不便なことが起きそうです。オリンピックを機会に中国国内を観光しようと計画している皆様には、十分な時間的余裕を持ったスケジュールを立てるとともに、それなりの心の準備をしていただいた方がよいと思います。また、飛行機に乗るときには「託送荷物は次の便で遅れてくるかもしれない」ということをあらかじめ想定して、手元にないとどうしようもなく困るようなものは託送荷物の中に入れずに、機内持ち込み荷物として持ち込むようにした方がよいと思います(ただし、液体やハサミ、ナイフの類など機内持ち込み禁止の物品がありますので、何が機内に持ち込めないかは、航空会社や空港でよく確認してください)。

 ということで、最近の中国国内出張は、ストレスが溜まって疲れます。早く無事にオリンピックが終わって欲しいと思います。

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2008年7月 4日 (金)

大陸・台湾間で直行チャーター便が運航開始

 5月末に北京を訪問した中国国民党の呉伯雄主席と中国共産党の胡錦濤総書記との会談でなされた合意に基づき、今日(2008年7月4日)から、週末に中国大陸と台湾との間を直接結ぶ直行チャーター便の運航が始まりました。今日は、北京、上海、廈門(アモイ)、広州、南京の5つの都市から台湾へ向けての直行便が飛び立ちました。北京での「出発式」では、台湾弁公室主任の王毅氏(前駐日大使)が挨拶しました。その様子は、今朝の中国中央電視台のニュースの時間で生中継で放送されました。

(参考)「新華社」ホームページ2008年7月4日17:26アップ記事
「ニュース特写:海峡の対岸へ向かっての飛行」
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-07/04/content_8491039.htm

 上記の新華社の記事に載っている写真を見ればわかるように、北京から台湾へ向かった飛行機には中国の国旗(五星紅旗)が描かれていないように見えます。台湾の飛行機も大陸へ飛んできますが、お互いに対立している点は避けて、実利を取ろう、ということで合意して、「旗」は表示しないことにしたのではないかと思います。

 大陸から台湾への訪問客は、基本的に「ツアー旅行団」を組んで観光します。6月30日のこのブログの記事で「自由時間もあるようです」と書きましたが、自由時間はあるけれども、ツアーガイドの許可の下で、ツアーガイドの指示に従って行動すること、という「注意事項」があるのだそうです。政治的な活動はもちろん禁止ですが、人と人とが顔を合わせて話をすれば、同じ中国人同士なんですから、わかりあえる部分がどんどん増えてくると思います。

 「観光ツアーは政治的には無色透明」とは言いながら、例えば、中国の観光客が台北の故宮博物館にある宝物を見てどう思うでしょうか。「政治的なものは見せない」という観光コースだとしても、街の片隅に書いてあることがらや、テレビ番組、インターネットなど「外の世界」が見られるわけですから、大陸からの観光客は「何か」を感じるかもしれません(当然のことですが、台湾は、中国当局によるインターネット規制の範囲の外です)。もっとも、「台湾ツアー」に参加できるような人たちはお金持ちで、今までに香港や日本へはさんざん行ったことのある人たちであって、「外の空気」を吸ってビックリするようなことのない人たちなのかもしれません。ただ、日本は外国だし、香港も長年イギリスの植民地だったから「外の空気」があるのは当然だとしても、同じ中国なのに台湾になぜ「外の空気」があるのか不思議だ、という気分にはなるかもしれません。

 いずれにせよ、大陸側と台湾側の政治的意図がどういうものだったかに関わりなく、人と人とが行き来して、顔を付き合わせて話をする機会が増える方向に世の中が進んだことは、素直に「歴史が前に進んだ」と喜ぶべきだと思います。これもオリンピックと同じように、中国が外へ向かって開かれていく道程のひとつになるのだと思います。

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2008年7月 3日 (木)

貴州省甕安県の暴動事件の真相

 本件は、日本のマスコミでも報道されており、また、現在まだ「なぞ」の部分も多く、これからも「真相」がわかってくるところがあると思いますが、記録の意味もあり、今日(7月3日)時点で書いておくことにします。

 海外のマスコミで報道されていることと、中国で報道されていることには微妙な違いがあります。しかし、これまでの多くの中国国内の地方での暴動事件とは異なり、本件については、中国国内でも報道されており、掲示板の発言も認められています(ただし、一定の主張の発言は削除されているようです)。今まで私が知り得たことをまとめておきます。

○海外マスコミの報道(いろいろな報道があるものを、筆者がポイントをまとめたもの)

「6月28日、貴州省黔南プイ族ミャオ族自治州甕安(日本語読みでは「おうあん」)県で、数千人(報道によっては数万人)による抗議行動があり、政府関係機関の建物や警察の車両が放火されたりする事件が起こった。数日前、ある少女が川で遺体で見つかり、少女の親族はそばにいた男の友人ら3名に暴行されて殺されたのではないか、と疑っていたが、警察は少女の死を自殺と判断し、3名を釈放した。取り調べを受けて釈放された3名の中に県の幹部の息子がいたために、暴行殺人がもみ消されたのではないか、とのウワサが流れた。抗議に訪れた少女の叔父が警察に抗議に行ったところ、その叔父は暴行を受けて死亡した。この暴動は、これらの警察の動きに怒った民衆が起こしたもので、この抗議行動により多数が逮捕された(報道の中には、取り締まりの過程で警察側が発砲し、複数の死者が出た、というものもあった)。」

○中国での報道

(参考1)「新華社」ホームページ2008年6月29日5:48アップ記事
「貴州省甕安(おうあん)県で焼き討ち事件が発生」
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-06/29/content_8456598.htm

[(参考1)の記事のポイント]
 28日午後、甕安県において、女子学生の死因鑑定に対する不満を持つ一部の人が原因となって、群衆が県政府及び公安局に集まった。政府の責任者が応対している時、真相を知らない群衆が一部の人に煽動されて県の公安局、県政府と共産党県委員会のビルに押し掛けた。その後、少数の不法分子が、事務室を打ち壊し、多くの事務室と一両の車に放火した。事件発生後、貴州省の共産党常務委員、公安庁のトップらが現場に駆けつけて、29日午前2時の時点では人々は解散した。事態は拡大せず、甕安県の街は現在のところ正常な状態を回復している。

(参考2)「新華社」ホームページ2008年7月1日9:50アップ記事
「貴州省の石宗源書記『6・28突発事件』は善処しなければならない、と語る」
http://news.xinhuanet.com/politics/2008-07/01/content_8468856.htm

[(参考2)の記事のポイント]
 貴州省の共産党委員会書記で貴州省の人民代表大会委員長の石宗源氏は、「6・28事件」の現場に行き事情を聞いた。石宗源書記は、「この事件は、もともとの原因となった事情は単純なものだったが、少数の下心を持った人たちによって煽動され利用され、「黒勢力」(暴力団)の参与によって、党委員会と政府に対して挑発された集団事件である。」と述べた。党中央・国務院も事態を重視し、胡錦濤総書記は、政治局常務委員の周永康(公安担当)に対応を指示した。公安部の孟建柱部長も何回も現地に電話して直接指示を行った。

(参考3)「新華社」ホームページ2008年7月1日13:30アップ記事
「甕安県の民衆は6・28焼き討ち事件を起こした不法分子に対する怒りの声を上げている」
http://news.xinhuanet.com/local/2008-07/01/content_8469834.htm

[(参考3)の記事のポイント]
 甕安県で6月28日に打ち、壊し、撞き、焼く事件が発生した後、甕安県の幅広い大衆の間に、法律を踏みにじって国家機関を焼き討ちし、公共財物を損壊した一部の不法分子に対する強烈な反発が引き起こされた。
(筆者注:「打ち、壊し、撞き、焼く事件」という表現は、今年3月14日にチベット自治区・ラサで起きた事件を報じる新華社の報道と同じ表現である)。

(参考4)「人民日報」2008年7月2付け2面記事
「貴州省公安庁、甕安県の『6・28』事件について報告」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-07/02/content_51574.htm

[(参考4)の記事のポイント]

・貴州省公安局は7月1日夜、記者会見を開いて6月28日に甕安県で起きた焼き討ち事件について記者団に説明した。この事件では警察官等100名以上が負傷したほか、県の党委員会、県の政府、県の公安局のビルが焼き討ちに合い、公共財産が損害を受けた。現在のところ、事件は終息しており、現在、基本的な調査が行われている。

・6月22日0時27分、甕安県公安局に110番通報があった。県の西門河大堰橋において人が川に飛び込んだとのことだった。近くの派出所の警官が現場に駆けつけ、3時頃、溺れた少女を発見したが既に死亡していた。警察は現場にいた劉某(別の報道によれば男)、陳某(男)、王某(女)の3人を取り調べた。死亡したのは1991年7月生まれのAさんだった(注:人民日報では実名が報じられている。人民日報は「強姦殺人ではなく自殺だ」という立場にあるので、死んだ少女の実名を報道しているが、このブログでは実名は伏せておくことにする)。

・調べによれば、21日20時頃、AさんとAさんの女友だちの王某、Aさんの男友達の陳某、陳某の友だちの劉某は西門河大堰橋のところに行った。彼らが話をしている時、Aさんが突然、「川に飛び込んで死んじゃうのはやめた。死んでも何にもならないのだったら、うまく生きていかなくちゃいけない」(中国語原文では「跳河死了算了,如果死不成好好活下去。」)と言った。約10分後、陳某が先に現場を離れた。陳某が離れた後、劉某はAさんの気持ちが平静になったと思ったので、橋の上で腕立て伏せを始めた。劉某が3回目の腕立て伏せをやった時、Aさんは「私は行くわ」という大きな声を出して、下の川に飛び込んだ。劉はすぐに川に飛び込んで助けようとした。王は急いで陳に電話して助けを求めた。陳はすぐに引き返してきて、川に入って救助しようとした。劉と陳は体力が続かず、岸の上に引き返した。王と劉はすぐに警察に通報した。

・甕安県公安局は調査の結果、Aさんの死亡は自分で川に飛び込んだ自殺と判断して家族に伝えたが、家族は強姦殺人の疑いがあるとしてDNA鑑定を要求した。6月25日午後、貴州省黔南プイ族ミャオ族自治州の公安局が派遣した医師により検死が再び行われ、溺死と判定された。しかし、家族は遺体を埋葬せず、王某、劉某、陳某の責任を追及し、公安部門に対して50万元の賠償を請求した。

・県当局の何回にもわたる説得の結果、Aさんの家族は6月28日に協議書にサインすることになった。しかし、6月28日16時、Aさんの親族は300人以上の人たちと一緒に横断幕を掲げて県政府庁舎にデモを行った。土曜日の午後だったので、街に多くの人がおり、一部の群衆がデモに加わって、16時30分頃には多くの人々が公安局ビルの前に集まった。警察は解散するよう説得したが、少数の人による煽動によって、一部の不法分子がミネラル・ウォーターのビンや泥の塊やレンガで警察官を攻撃し、警察官が作った人垣を突破して、ビルを打ち壊し、車両に放火した。20時頃、不法分子は共産党県委員会や県政府のビルに対しても打ち壊しを行った。打ち壊し行為は7時間に及んだ。ケガをした人は150名以上に及んだが大部分は軽傷で、死者はいなかった。

・打ち壊し行為に直接参加した人に多くの地元の暴力団員が含まれていた。現在までに50余人が拘束され、取り調べが行われている。

・7月1日、Aさんの家族に対する説得が行われ、家族は遺体を埋葬することに同意したが、その前にもう一度遺体を検査することを要求した。貴州省公安局は、もう一度貴州省と県の法医学関係者が共同して遺体を検査することを決定した。

(参考5)「新京報」2008年7月2日付け記事
「甕安県の共産党県委員会や県政府が焼かれ50余人が拘束された」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/07-02/021@073020.htm

[(参考5)の記事のうち(参考4)の記事にない情報のポイント]

・自治州政府の要請により二度目の検死を行った都匀市の法医師の王代興氏が7月1日に語ったところによると、「死因は溺れたことによる窒息死で、死ぬ前に性行為が行われた形跡はない。陰道の分泌物を検査したが、精液成分は検出されなかった。」とのことである。

(筆者注)上記説明の中に「陰道の分泌物を検査したが、精液成分は検出されなかった。」とあるが、筆者の理解では、日本の判例では、そういう状態に至らない状況であったとしても婦女暴行罪は成立する、とされている。従って、日本の裁判では、上記の証拠だけでは「婦女暴行はなかった」ことの証明にはならないと思われる)。

・貴州省黔南プイ族ミャオ族自治州政法委員会の羅毅介書記によると、現場にいた陳某、劉某、王某は、三人とも両親は農村に住んでいて農業に従事しており、ウワサになっているような「現場にいた3人の中に県の書記や副県長の息子がいた」という事実はない。

・甕安県公安局の周国祥副局長によると「死んだAさんの叔父が警察で乱暴されて死亡した」というウワサがあるが、死んだAさんの叔父が警察で乱暴された、という事実はない。Aさんの叔父は、派出所を出た後、教育局の事務局で報告をしていた。その後、保険会社の入り口のところで殴打された、とのことである。この事件については、現在、警察において調査中である。

(参考6)「人民日報」のホームページに2008年7月2日13:29にアップされた記事
(もともとは「金黔オンライン」に載っていた記事を人民日報ホームページが転載したもの)
「甕安事件の死者の叔父が真相を語る:私は死んでいない、デマを言ってはいけない」
http://society.people.com.cn/GB/8217/126097/126098/7458367.html

[(参考6)の記事のポイント]

 Aさんの叔父は中学校の教師である。現在、暴行事件でケガをして入院中であるが、「私は死んではいない。変なデマは流さないで欲しい。」と言っている。Aさんの叔父の話は次の通り。

・6月22日の深夜、姪が死んだと聞いたので、現場へ行って遺体を確認した。その後、状況を聞こうと思って警察の事務室に行った。警官がこの事件の処理で忙しそうにしており、私が入っていくと大声で「何しに来た!」と怒鳴った。私も姪が死んで気が立っていたので「遊びに来たんだ!」と言い返した。すると警官は「出て行け!」と言って私を突いて来たので、ケンカになった。

・その後、教育局から呼び出しがあり、警官との衝突の状況を説明に行った。教育局を出て保険会社の入り口のところへ行ったら、正体不明の6人の男に出会って暴力を振るわれた。すぐに110番した。警官が来て、私は病院に送られた。それ以来病院から出ていないので、焼き討ち事件のことは知らなかった。

・焼き討ち事件の当日、家族が病院に来て、「街の人はみんなあなたが公安局で殴られて死んだと言っている。1万人にも上る人があなたと姪の怨みを晴らすのだ、と言っている」と言っていた。私は死んだ姪の親族として、このような事態に発展するとは思いも寄らなかった。私と私の親族は、絶対に焼き討ちに加わっていないし、焼き討ち事件が起こることを全く希望していなかった。

(参考7)「人民日報」のホームページ2008年7月3日8:30アップの記事
「貴州省の事件処理担当グループ、6・28事件の深層原因について初歩的に分析」
http://politics.people.com.cn/GB/1026/7462193.html

[(参考7)の記事のポイント]

 7月2日、貴州省の副書記で、共産党省委員会が設置した甕安6・28事件担当グループ・グループ長の王富玉氏と副省長で担当グループの副グループ長の黄康生氏は、甕安県幹部の検討会において次のように発言した。

・多くの人は、甕安6・28事件の原因にはいくつかの側面があると考えている。

(1) 一つ目はもともと治安が良くないことである。暴力事件が年間600~800件発生しているが、検挙率は50%に過ぎない。

(2) 二つ目は社会的矛盾が蓄積していることである。住宅の取り壊しに係わる紛争や国有企業の改革において多くの矛盾が出現している。一部の人々の合法的な権益が守れていないケースがあり、一部の民衆の間に怒りが溜まっている。

(3) 三つ目は、道徳教育が十分に重視されていないことである。少数の幹部は党の幹部としての品性に欠けており、危機意識が欠けている。一部の学校では知識教育偏重になっており、思想、品格、徳育教育を重視していない。一部の民衆は法律意識に乏しく利益追求の気持ちが強すぎる。

(4) 四つ目は、一部の幹部の誠実さの欠如である。一部の部門の幹部は、民衆と相対し、民衆の中に深く入って、民衆を指導する能力が不足しており、民衆の気持ちを理解せず、行政が硬直的になっている。罪人を恐れて法による処罰を厳正に行わなかったり、法執行において情実を掛け、情を以て法に代えるという現象が起きている。

(5) 党の基層において基礎的な工作が不足している。基層においては党員が模範となるべきなのにそれがうまくできていない。

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 インターネットにおける本件に対する扱い(インターネットにおける本件関連事項へのアクセス規制など)や報道の仕方は時期によって扱いが揺れているようです。「新華社」は事件発生の翌日6月29日の早朝の時点で報道を始めています。中国の地方における暴動事件の報道としては異例の早さだと思います。しかし、人民日報が本件に初めて触れたのは事件が発生してから3日目の7月2日です。また、私が見ている範囲では、テレビでは本件は報道されていません。「新華社」の記事に付随している掲示板に対する書き込みは、基本的には認められており、先日(6月20日)に胡錦濤総書記が突然登場した「人民日報」のホームページの掲示板「強国論壇」にも、本件に関するたくさんの書き込みがなされています。ただ、党批判、政府批判に走るような発言は削除されているようです。

 本件に関しては、当初から、焼き討ち事件を目撃した人が撮影した写真が大量にネット上にアップされました。6月30日夜の時点で中国の最大の検索エンジンである百度で「甕安」というキーワーで画像検索すると、多くの焼き討ち事件を撮した写真がヒットしました。ただ、私が見た時点(6月29日夜)では、多くの焼き討ち事件の写真のサムネイル(見出しとして使う縮小した写真)は見ることができても、そこをクリックして拡大して見ようとすると「削除されていて存在しません」としか表示されませんでした。7月1日の夜時点になると、百度で「甕安」というキーワーで画像検索しても、焼き討ち事件関連の写真は、サムネールも含めて全く表示されませんでした。余りに多くの数の写真がアップされたために当初は削除し切れなかったようですが、結局は現場の写真は削除する、というのが当局の方針だったようです。

 本件については、新華社や人民日報が「デモは、真相を知らない一部の人が煽動したもので、焼き討ち事件を起こしたのは一部の不法分子で、その中には地元の暴力団員が含まれている」というトーンで報道していますが、掲示板の発言には、こういった報道の仕方に対して、かなりの批判が出ています。新華社の報道では、事件翌日早朝の記事で「一部の人が真相を知らない群衆を扇動し・・・」といった表現が使われていますが、この時点では誰も「真相」は知らなかったはずで、それなのに新華社が「真相を知らない群衆を扇動し・・・」と群衆は真相を知らないはずだと決めつけているのはおかしい、という批判です。また、今回は多くの焼き討ち場面の写真がネットに掲載され、実際に数千人に上る人が公安局の前に集まっていることは事実だ、とみんな知っていたので、新華社が言っている「少数の不法分子」という表現はおかしい、とみんなが思ったのです。また、ウラに何かなければ「一部の人の煽動」だけで、あれだけの数の群衆が騒ぐはずがない、ということはみんなよくわかっているので、新華社の報道はおかしい、と感じたのだと思います。

 中国で公式報道を批判するような掲示板の発言が削除されずに残っている、ということは、かなり珍しいことです。当局側も、先に胡錦濤総書記が「人民日報」ホームページの掲示板「強国論壇」に登場したように、ネットの発言を削除しまくっているだけではもはやネット世論をコントロールできない、と考えるようになったからのようです。

 新華社の記事についている掲示板には、「事態は発展していない。既に正常に戻っている。」という新華社の表現について「記者の良心はあるのか。事件の原因は? 現場に行って調べないのか? 我々は真相を知りたいのだ!」といった報道に対する辛辣なコメントもありました。また、「水は船を浮かべることができるが、水は船をひっくり返すこともできる。共産党は反省しなければいけないのではないか。」といったかなり大胆な発言も削除されないで残っていました(今も残っているかどうかは知りません)。

 また、事件の詳細の報道のうち、友だちが「橋の上で腕立て伏せをしているうちに少女が飛び込んだ」といった経緯に対しては、多くの人が「考えにくいシチュエーションだ」として疑問を持っているようです。また、死んだ少女の叔父は死んではいなかったものの「正体不明の6人組に襲われてケガをした」というのは事実のようですので、それが何を意味するのか、については、全くナゾが解かれていません。

 もうひとつ着目すべきなのは、(参考7)の人民日報の記事が「地方政府の側にもいろいろ問題があった」と指摘していることです。これは、チベット自治区のラサで起きた暴動については「一部の不法分子が外国勢力の煽動によって引き起こしたもの」という「公式見解」で押し通すことができたの対し、今回の貴州省の暴動では「一部の者が真相を知らない群衆を扇動し、少数の不法分子が焼き討ちを行った」という「公式見解」だけでは中国国内が収まらない、地方政府にも一定の責任を負わせなければならない、と当局が考えている現れ、と見ることもできます。事態がこれ以上拡大することはないと思いますが、「事態の処理の仕方が不適切だった」などという理由で地方政府の一部の幹部が処分されるような事態になるのかもしれません。

 なお、この事件は貴酬省の黔南プイ族ミャオ族自治州で起きた事件ですが、別の報道によれば、死んだ少女も、現場にいた3人の友だちも全て漢族であり、少数民族問題は、この事件の場合は関係ありません。

 まだまだ、これからも新しい事実が出てくるかもしれません。少なくとも、中国では、今までこの種の群衆事件については、全く報道されず「ヤミに葬られる」ことの多かったのですが、今回は、中国の公式メディアも、それが真相なのかどうかはともかく、情報を提供していますし、掲示板での発言も認められている、という点が今までと違うところだと思います。たぶん、オリンピックを控えて、世界に対して「情報開示が不十分だ」と思われたくないからだと思います。これも中国が変わっていく、ひとつの転換点なのかもしれません。

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2008年7月 1日 (火)

北京オリンピック観戦時の注意事項

 北京オリンピックの観戦を楽しみにしておられる方、行きたいのだけどチケットが手に入らなくてイライラしている方、などいろいろおられると思います。今回のオリンピックは中国で行われるということで、観戦するにもいろいろ「ルール」がありますので、現地で観戦される方は「ルール」を守って観戦するようにいたしましょう。

 在北京日本大使館のホームページに北京オリンピック委員会のホームページに出ている注意事項の日本語訳が掲載されていますので、現地で観戦される方は、御一読されてはいかがかと思います。

(参考)在北京日本大使館のホームページ
「北京2008年オリンピック入場チケット取り扱い注意事項」
~北京オリンピック組織委員会ホームページより~
http://www.cn.emb-japan.go.jp/olympic_j/ticket_j080529.htm

 中でも注意しなければいけないのは、持ち込み制限品目が結構多いということです。缶やボトル入り飲料などは、日本でも多くのスポーツ観戦で持ち込み禁止のケースが多いので慣れている方も多いと思いますが、特に下記のようなものは持ち込み禁止だと思っていない人も多い可能性があるので要注意です。

<競技会場に持ち込み禁止の物品の例>

○ドラ、太鼓、ラッパ等の各種楽器
○広げた時の面積が2m×1mを超える旗

【筆者のコメント】
 日本のプロ野球の応援と同じことを考えているとまずいですね。

○オリンピック非参加国である国または地域の旗

【筆者のコメント】
 これは昨今の事情を考えればすぐにわかると思います。

○全ての横断幕、スローガン、ビラ

【筆者のコメント】
 「がんばれ!ニッポン!」と日本語で書いた横断幕や、応援する選手の名前を書いた横断幕もダメ、というのは、多くの人にとっては、ちょっと欲求不満が溜まるかもしれません。

○長柄傘、カメラやビデオカメラの三脚等の先のとがった物品

【筆者のコメント】
 刃物やバットが持ち込み禁止なのはすぐにわかると思いますが、長柄傘などはちょっと盲点で持っていってしまいそうなので要注意ですね。要するに、これらの品々はケンカなどが起こった時に凶器になりかねないからです。

 あとは、「フラッシュを焚いて撮影しない」など常識の範囲でわかるものがほとんどですが、いろんなスポーツ応援に慣れている人でも「あれ?」と思うところがあると思うので、現地で観戦される方は上記の日本大使館のページは事前にお読みになっておいた方がよいと思います。

 規定に違反している物品は競技場に持ち込めませんが、入り口のところで持ち込み制限品を預かるサービスはやらないそうなので、持ち込み禁止品持っていってしまった場合には、その持ち込み禁止品を手放すか、そうでなければ観戦をあきらめるしかないようです。

 オリンピック競技場では、テロ防止のため、入るときにセキュリティ・チェックがありますので、協議の開始時間間際に行くと、観客がセキュリティ・チェックのところで列を作っていて待たされて、試合開始までに会場に入れない、というおそれがあるので、できるだけ時間に余裕を持って会場に来るように呼びかけが行われています。

 また、オリンピックのチケットを持っている人は、その試合当日の地下鉄とバス(長距離バスや北京空港鉄道は除く)は無料で乗れるのだそうです。これは便利で、よいサービスだと思うのですが、オリンピック・スタジアム(通称「鳥巣」)へ行く地下鉄は1本しかないし、この無料サービスのために、試合を見る前に買い物をしよう、などという観客も出ると思うので、北京市内の地下鉄やバスにお客が殺到して、一般市民はオリンピック開催期間中はほとんど地下鉄やバスを使えないのじゃないかなぁ、と心配性の私は今からちょっと心配しています。

 北京のタクシーは初乗り(2km)10元(約150円)で、その後500mごとに1元(約15円)づつ上がる、という料金体系で、全てメーター制です。日本人的感覚だと比較的安いと思うので、移動にはタクシーを使うのが便利かもしれません。ただし、北京のタクシーの運転手さんの収入は歩合制なので、運転は相当に荒いです。オリンピックを前にして、かなり厳しく指導がなされていることもあり、北京では、そんなにあくどい感じのタクシーの運転手さんに出会ったことはありませんが、地理を知らない外国人だと気付くとわざと遠回りするような運転手さんも中にはいるかもしれません。でも、基本的に、私は北京のタクシーは諸外国の中ではかなり安全だと思っています(世界的標準からすると、日本のタクシーは安全過ぎるので、日本のタクシーに慣れている方にとっては要注意かもしれませんが)。なお、北京のタクシーでは英語は通じないと思った方が無難です。日本人の場合は最後の最後は「筆談」という手がありますが。

 なお、タクシーを使う場合、競技場へ行くときは便利ですが、帰りは一度にどっとお客が帰ることになりますので、タクシーをつかまえることはまず無理でしょう。白タク(中国語では「黒車」と言います)が出る可能性大ですが、当然、白タクは違法行為ですから、気を付けましょう。試合を見た帰りは、北京の街を眺めながらのんびり歩いて帰る、といった心のゆとりが必要だと思います。

 そんなこんなを考え、しかも北京の8月の気候を考えると、屋外競技の場合は結構暑さが厳しいと思うので、やはりテレビ観戦が一番楽だろうなぁ、などと思っております。

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2008年6月30日 (月)

台湾で人民元の兌換が開始

 今日(2008年6月30日)から、台湾の銀行で、台湾の貨幣と人民元との兌換業務が開始されました。5月末に北京を訪問した中国国民党の呉伯雄主席と中国共産党の胡錦濤総書記との会談において、7月から週末に観光旅行客を乗せた大陸と台湾とを結ぶ直行チャーター便を飛ばすことが合意されたことを受けての措置です。

 これまでも、相当の数の台湾の企業が大陸部に投資しており、大勢の台湾のビジネスマンが大陸との間を行き来していますし、今までも香港ドルや米ドルを介して人民元と台湾の貨幣とを交換することはできたので、人民元と台湾の貨幣を交換することは、別に新しい話ではありません。ただ、通貨の発行というのは、国家権力の行使のひとつの象徴みたいな部分もあった(過去形)ので、人民元と台湾の貨幣との直接兌換が台湾において開始された、というのは、「時代の変わり目の象徴」としての意味は大きいと思います。

 通貨の発行について「国家権力の行使のひとつの象徴みたいな部分もあった」と「過去形」で書いたのは、既にEUにおいて「国」の枠を超えてユーロが共通通貨として流通しているし、1997年に中国に返還されて中国と「ひとつの国」になったはずの香港において、いまだに香港ドルが発行されていることを考えると、現在、「国」と「通貨の発行」とは、必ずしも直接に結びついているとは言えないからです。人民元と台湾の貨幣は、今までも第三の貨幣を経由すれば実質的に交換可能だったわけですから、それを直接兌換できるようにしたのは、単に事務処理を簡素化しただけ、とも言えるわけで、その意味で「国家」という意味ではタテマエを全く崩していない中国政府と台湾当局との間でも、人民元と台湾の貨幣の直接兌換を認めることは、ユーロや香港ドルがある現在の状況を踏まえれば「許容できる範囲内」のことなのでしょう。

 御存じの方も多いと思いますが、現在の人民元の紙幣(1元札、5元札、10元札、20元札、50元札、100元札)には全て毛沢東の肖像が描かれています。最近、台湾の紙幣を見たことがないので、私自身はよくは知らないのですが、台湾の紙幣には確か孫文の肖像が書かれていたと思います。孫文は大陸でも台湾でも「革命の父」「国父」として尊敬されていますので、孫文の肖像が描かれた紙幣を大陸の人が持つことには全く違和感は感じないと思います。ただ、今回、人民元の紙幣が兌換業務のために大量に台湾に持ち込まれたのですが、毛沢東の肖像が描かれた人民元の紙幣を台湾において取り扱うことに対して、台湾の人はどういう気持ちを抱くのでしょうか。

 今、香港では、今でも香港ドルが正式な通貨ですが、ほとんどのお店では人民元で支払っても受け取ってくれます。現在は大陸部の方が経済的パワーは大きいので、むしろ人民元で支払ってくれた方が歓迎されるくらいです。そう遠くない時期に、香港ドルは人民元に統一されてしまうかもしれません。台湾の人たちの中には、巨大な大陸経済を後ろ盾として、人民元の流通力が台湾に押し寄せてくる、といった警戒を持つ人はいないのでしょうか。(こういうことを言うと台湾にいる方は不愉快に思う人もいるのかもしれませんが)もし、将来(早くても2017年以降ですが)香港で行政長官や議会の直接選挙が実施されるようになれば、香港と台湾の状況はかなり似たような状況になってくるような気がします。そういったことを考えると、時間を掛けてゆっくり進めれば、私は台湾と大陸との間に横たわる様々な問題は、自然に解決されていくのではないか、と最近かなり楽観視しています。

 この7月から始まる大陸から台湾への直行チャーター便を使った観光ツアーについては、参加する人に特段の身分の制限はありません。原則としてグループ・ツアーですが、自由時間もあるようです。「両岸関係を損なうようなことはしないようにすること(要するに政治的な動きはしないようにすること)」といった注意事項は出されていますが、それはある意味で観光旅行をする場合の「マナー」としては当たり前の話だと思います。「逃亡」を防ぐために、台湾へ行く前に多額の保証金を預けておくようにすべき、という議論もあったようですが、結局は特別の保証金のようなものは設定されないようです。中国では、グループ旅行ツアーにしろ、ボウリングのゲームにしろ(そして外国の人にとっては違和感があるのですが病院での治療についても)、最初に保証金を払って、終わってから使わなかった分を返す、というのは、普通の商行為の中で広く行われています。従って、「台湾直行観光ツアー」について、仮に旅行会社が参加者から一定の保証金を事前に取ったとしても、参加者はそれにはあんまり違和感は感じないと思います。

 そもそも、大陸の外に観光旅行に行こうというような人は、それなりの資産を持っている人ですから、そういった資産を放棄して台湾に「逃亡」しようと思う人などいないと思います。お金を持っていて、外国に「逃亡」したいと思っているような人は、とっくの昔に外国に移住してしまっていると思います。ですから、今回、台湾への直行観光ツアーが認められるに際して「逃亡」の問題を心配することは意味がないのです。

 同じ言葉が通じる人たちですから、ビジネスマンたちだけでなく、その他の一般の人たちも含めて、観光旅行という形で大陸と台湾との間で人の交流が進めば、人々の間に自然に「一体感」が醸成されていくと思います。政治家がいろいろ考えるまでもなく、人々の交流が進めば、ごく自然な形で「両岸の間にある壁」は溶かされていくと思います。その意味で、今回の人民元と台湾の貨幣との直接兌換の開始は、実質的には「通貨交換上の単なる事務手続きの簡便化」でしかないのですが、歴史的には「大きな前進を象徴するできごと」と言えると私は思っています。

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2008年6月28日 (土)

全然変わっていない中国の災害報道

 中国の災害報道については、5月12日の四川大地震において現地からの生放送をはじめリアルタイムで多くの情報を発信したことから、「中国の災害報道は変わった」との印象を内外に強く与えました。

 ところが、四川大地震から1か月以上たった現在、四川大地震に関する報道については、災害救援と復旧に当たる関係者の必死の努力や被災者自身による復旧へ向けての動きなどを「英雄譜」として報道することがメインとなりました。今回の地震災害で何が問題であったか、今後の防災・減災のためには何が必要か、といった問題点を点検する、という観点の報道はほとんどありません。関係者が救援や復旧に対して必死で、まさに英雄的な努力をしており、被災者の方々も必死で復旧へ向けての努力を続けていることは紛れもない事実なので、それを伝えることは間違いではないし、被災者を元気付けるためにも、多くの人が英雄的な活動を行っていることを報道することには意味があると私も思います。でも、そういった報道だけでは、今回の四川大地震による教訓を全国の人々の防災意識として定着させ、今後起きる自然災害に対する防災・減災に役立てることはできないと思います。

 6月25日には、2008年の台風6号(英語名:Fengshen、中国語名「風神」)が広東省に上陸し、そのまま中国大陸を北上して、広東省、福建省、湖南省、江西省などに相当にひどい暴風雨をもたらしました。多くの飛行機便が欠航したほか、香港の株式市場では、一時、取引を中断する、という影響も出ました。

 この台風6号に対しては、上陸前は、中国中央電視台のテレビでは、天気予報で台風の進路予想や暴風雨警報が出されていることは伝えていましたが、ニュースでは何も報じませんでした。日本など「普通の国」では、強まりつつある風雨の中にレポーターが立って「だんだんと風雨が強まっています!」などと絶叫する現場レポートをやるのですが、中国中央電視台ではそういうニュースはやりません。天気予報でも、淡々と「台風はこのコースを北上する予定です。この地区に暴風雨警報が出ています。」という情報を地図上に表示して、アナウンサーが伝えるだけで、風雨が強まりつつある現地の映像は全く流しません。台風の勢力(中心の気圧や最大風速)なども伝えられません。

 台風が通り過ぎた後、中国中央電視台の夜7時のニュースでは、終わりの方の「その他のニュース」の中で、「台風が襲った地域では、地元政府が排水や復旧作業に当たっています」というニュースがごく簡単に伝えられるだけです。映像的には、台風の深刻さが全く伝わってこないのです。

 私が新華社のホームページで確認したところによると、この台風6号(「風神」)では、広東省で9人が死亡、江西省で1人が死亡しているようですが、そういったニュースは中国中央電視台の全国ニュースでは放送されません。台風は毎年複数回中国大陸に上陸しており、そのたびに何人かの方が亡くなっているので、10人程度の死亡者数では、中国ではニュース価値がない、という判断なのだと思いますが、こういうニュースの伝え方では、中国の人々の間に「防災意識」が高まらないと思います。

 6月23日に開かれた中国科学院・中国工程院の院士大会(業績ある研究者・技術者の大会)で胡錦濤主席が講話を行いました。この講話では、特に自然災害に対する防災・減災の分野で、自然災害の観測、予測等に対する研究者・技術者の今後の努力に期待している旨が強調されていました。この冬の大寒波、四川大地震、最近の中国南部を襲った大洪水など、打ち続く自然災害を踏まえて、胡錦濤主席がこの点を強調したのは、当然のことだと思います。しかし、中国の自然災害報道を見ていると、中国が既に現在持っている観測・予測技術を十分に生かし切っていない(災害情報が一般国民に迅速に伝えられていない)ことを痛感します。

 中国は、全国の大部分をカバーする気象レーダー網を持っており、インターネットでもそれを見ることができます。

(参考)国家気象局のホームページにある「全国レーダー図」
http://www.cma.gov.cn/tqyb/tqyb/radar/rindex.htm

 このページでは「1時間降水量」(中国語で「一小時降水」)を動画(アニメーション)で見ることもできます(中国語で「播放」と書いてあるところをクリックする)。こういった降水量分布のアニメーションをテレビで伝えることは、防災上役に立つと思うのですが、なぜかそういうことはしません(中国では一般に気象観測データは「国家秘密」扱いですが、気象レーダー画面はホームページで見ることができるのですから、これは「秘密」扱いではないはずです)。

 前にも何回も書いたことがありますが、中国のテレビの天気予報では、低気圧、高気圧、前線などが書かれた天気図がほとんど登場せず、見ている方としては、非常にわかりにくいものとなっています。「どういう気圧配置の時に、どういう気象状況になるのか。降水量をレーダーで見るとどうなっているのか。」をテレビで紹介することは、一般の人々の間の気象災害に対する知識を高め、防災意識を高めると思うのですが、中国のテレビではそれをやりません。「気象災害が起こりそうだ」という情報を一般の人々に伝えることによって社会不安が起こることを恐れているのでしょうか。

 6月14日に起きた日本の岩手・宮城内陸地震で、日本の気象庁が緊急地震速報を出したことについては、中国でも大きな関心を呼び、多くの新聞で伝えられました。四川大地震を受けて、胡錦濤主席の講話を待つまでもなく、自然災害に対する観測・予測の重要性を多くの人々が再認識しているからだと思います。しかし、観測・予測の技術を高める前に、「情報をいかに正確に多くの人々に伝えるか」という点で、中国では改善すべき点が多いと思います。優れた観測・予測の技術が完成しても、それを多くの人々に伝えられないのだったら、防災上何の意味もないからです。

 今回の台風6号(「風神」)については、オリンピックを1か月半後に控えて、あまり大げさに報道したくない、という気持ちが働いたのでしょうか。もしそうなのだとしたら、「いったい何が一番大事だと思っているのか」ということになってしまうと思います。

 四川大地震で「大きく変わった」と多くの人が思ったのですが、本質的なところでは何も変わっていないのかもしれません。北京オリンピックの成功も大事ですが、北京オリンピックをきっかけにして、中国はまたひとつ大きく前進するのだ、という多くの人々の期待を裏切らないようにして欲しいと思います。

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2008年6月20日 (金)

オリンピック期間前後の北京の交通規制

 「近日中に正式発表」と言われながら、なかなか発表されなかったオリンピック前後における北京市内の交通規制が6月19日に正式に発表されました。

(参考)北京市人民政府ホームページに掲載された2つの通告

「2008年オリンピック及びパラリンピック期間中における自動車の臨時交通管理に関する通告」
http://zhengwu.beijing.gov.cn/gzdt/gggs/t975714.htm

「2008年オリンピック及びパラリンピック期間中における北京ナンバー以外の車両の臨時交通管理に関する通告」
http://zhengwu.beijing.gov.cn/gzdt/gggs/t975716.htm

 正確な内容は上記のページ(中国語)を見ていただきたいと思いますが、私なりに簡単に解説すると、この交通規制の主な内容のポイントは以下のとおりです。

○規制期間:7月20日(日)0時~9月20日(土)24時(パラリンピック終了後まで)

○北京市内の交通規制の内容:
偶数日はナンバープレートが偶数の車だけ通行可
奇数日はナンバープレートが奇数の車だけ通行可

○上記のほか、中国の政府関係機関では、さらに70%の公用車の使用を削減する(奇数・偶数規制で減った車のさらに30%しか使えない)

○規制対象から除外される車:
警察車両、救急車等、バス、タクシー(ただし借り上げハイヤーは規制対象となる)、オリンピック関係車両、大使館車など

○対象区域
7月20日(日)~8月27日(水)24時:北京市の行政区域全域
(注)「北京市の行政区域」とは市街地とその周辺の郊外地区を含み、その面積は岩手県より広く四国より少し狭い程度のかなり広い面積のエリアです。

8月28(木)日0時~9月20日(土)24時:北京市の第5環状路より内側の市街地(第5環状路を含む)及び首都空港高速道路、八達嶺高速道路等

○上記のほか7月1日~9月20日の期間、北京ナンバーではない車両については、トラック等(生鮮食料品を運ぶため等のために特別に許可された車を除く)は北京市の行政区域全域に進入禁止、排ガス規制合格証のない車は乗り入れ禁止。その上で上記の偶数・奇数の規制に従う、などの規制が掛かる。

 現在、北京市内には、地下鉄1号線とその東の延長線上にある八通線、地下鉄2号線、地下鉄13号線、地下鉄5号線が開通しており、地下鉄10号線、北京首都空港線がオリンピックまでに開通予定です(開通予定日は未発表)。北京市の人口は、常住人口約1,700万人、戸籍人口約1,200万人ですが、そのうち「市街地」に当たる部分に住んでいるのがどれくらいか正確な数字はわかりません(北京市人民政府のホームページを見てもイマイチよくわからない)。たぶん、市街地に当たる部分に住む戸籍人口は約800万人程度と思われます。その人口からすれば、地下鉄の本数はまだ足りないので、バスやタクシーも含めた自動車は北京では重要な交通手段です(最近は、北京では、自転車の数はかなり減ってきています。自家用車族が増えたためです)。

 北京のタクシーの台数は非常に多く、普段は、どこでも気軽に「流し」のタクシーをつかまえることができるし、初乗り(2kmまで)料金が10元(約150円)と私たち外国人にとっては比較的安いので、結構気楽にタクシーを使っています。しかし、交通規制期間中は、タクシー自体は奇数・偶数番号制限の対象にはなりませんが、普段自家用車や会社の車を使っている人の半分がみんな一斉にタクシーを使うことになるので、タクシーをつかまえることが非常に難しくなるのではないか、と心配です。普段でも雨が降り出すと、いつもは自転車に乗っている人が一斉にタクシーをつかまえようとするので、タクシーがつかまらなくなるので、そういった状態が2か月間続くのではないか、と思われるからです。

 その上、オリンピック期間中は、中国全土や外国からオリンピック競技を見に来るお客さんが増えるので、オリンピック期間中は、地下鉄で行けない場所に自由に移動しようとするのには、相当苦労しそうです。もちろん網の目のような路線を走っているバスは使えますが、交通規制期間中はバスも混みそうだし、路線がかなり複雑なので、慣れない人にはバスは使いにくいのではないかと思います。

 7月~9月の3か月間は、北京市内の建築工事は中止になり、そこで働いている農民工の人たちは故郷に帰される、と言われているし、8月末までは大学は夏休み期間中だし、多くの企業や工場も休むと思われるので、交通規制期間中は、意外に北京市内を移動する人の数は多くないのかもしれません。

 ということで、7月20日~9月20日までの間、北京市内の交通事情がどういう状況になるのか、今からはほとんど想像ができません。

 なお、大幅な交通規制により、多くの企業の活動に影響が出るわけですが、そういった企業活動への影響に対する政府からの補償はありません。ただ、交通規制に違反しない限り、7月~9月の3か月間は、自動車を持っている人に掛かる車両船舶税と道路補修税が免税になるのだそうです。これによる政府の減収は13億元(約200億円)の見通し、とのことです。ラジオでは、実質的な規制は1か月(2か月間、奇数・偶数規制が続くので、実質的に車を使えないのは1か月間だけ、という意味)なのだが、免税期間は3か月ある、と盛んに宣伝しています。つまりは、それで我慢しろ、ということなのでしょう。

 ちょっと心配なのは、一般のトラックも奇数・偶数規制の対象になることで、物流に影響が出るのではないか、ということです。食料品などについては、特別に許可を受けたトラックが運ぶので市民生活には影響は出ない、ということのようですが、2か月間という期間はかなり長いので、市民生活にどういう影響が出るのか、ちょっと心配です。

 いずれにせよ、この交通規制は「オリンピックとパラリンピックの期間中の交通の順調な運行と大気の状況を良好に保つため」に行うものだ、とのことです。中国では、多くのイベントで、「こんなんでうまくやれるのだろうか」というような準備状況であっても、実際にやってみると、終わってみればそれなりにきちんとできた、というケースが多いので、オリンピックやパラリンピックもうまく行くだろうと私は思っています。ただ、そのウラで、市民の間に日常生活の上での不満が溜まることのないようにして欲しいなぁ、と願っています。

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2008年6月16日 (月)

一時中国から日本のヤフーにアクセス不可

 先週の金曜日(6月13日)の午後から今日(6月16日(月))の17時過ぎ(日本時間18時過ぎ)まで、中国大陸部から Yahoo! Japan へのアクセスが全面的にできない事態が続いていました。金曜日の午後、私のいる北京からいつも使っている日本のヤフーにアクセスできないので、北京や日本にいる複数の知人にメールで知らせて、アクセスしてもらって、日本では閲覧できるけれども、中国では閲覧できない状態になっていることを確認しました。

 最初は、何かのシステムのトラブルだろうから、数時間か長くても1日程度経てば回復すると思っていたのですが、週末はずっとアクセスできず、今日(月曜日)の昼間もアクセスできませんでした。ところが、今日(16日)北京時間17時過ぎに突然元のようにつながるようになりました。

 この間、中国のヤフーやアメリカのヤフー、日本のグーグルには通常通りアクセスできたので、日本のヤフーにつながらない理由が全くわかりませんでした。

 中国大陸部から「中国にとってよろしくないサイト」につながらなくなることはよくあるのですが、大手検索サイトのヤフーにつながらないことはやはり影響が相当に大きいと見えて、16日(月)になって、時事通信や産経新聞のネットニュースが「中国から日本のヤフーにアクセスできない」ことを報じました。人によっては、ヤフーのメールを使っている人もいるので、そういう人がヤフーにアクセスできないとメールも使えなくなるので、社会的な影響は相当大きいと考えて、通信社や新聞社も報道しないわけにはいかない、と思ったのでしょう。これらの報道によると、日本のヤフーも「問い合わせが来ているが原因はわからない」と言っているし、中国政府の関係者も「中国政府は特定のサイトにアクセスできないようにするようなことはしない。原因はヤフー・ジャパンに聞いて欲しい。」と言っている、ということで、原因は「ナゾ」のままです。

 日本にいる人に聞いてみたら、その間、日本のヤフーに「中国にとってよろしくない情報」が載せられた形跡はない、とのことだし、新聞社などのニュース・サイトにはアクセス制限は掛かりませんでしたから、何かのニュースが原因で中国側がアクセスを禁止した、とは考えにくいと思います。

 考えられる理由としては、先週尖閣諸島周辺で日本の海上保安庁の巡視船と台湾の船舶が衝突して台湾の船舶が沈没した事件に関連して、ヤフーの中の掲示板かブログに日本側の主張をする人たちと中国側の主張をする人たちが殺到して「炎上」状態になり、ヤフー側が過重な負荷が掛かることを心配してアクセス規制を行った、とか、中国当局側が日中関係の悪化に配慮して議論が白熱化するのを防ぐためにアクセス規制を行ったか、とか、ぐらいしか、私には思い浮かびません。上記の事件が原因ならば、そういった掲示板は、今日(6月16日)の時点では、まだまだ「炎上中」だと思うので、今日の夕方の時点で正常に復帰した、ということは、上記の事件は関係ないのかもしれません。

 いずれにせよ、ヤフー・ジャパン側が規制を掛けたのだとしても、中国側がアクセス規制を掛けたのだとしても、それぞれの当事者が規制を掛けた理由を公表するとは考えにくいので、この件は、ナゾのまま解明されずに残ることになるのでしょう。

 今、この発言を書いているニフティ社のブログである「ココログ」も昨年(2007年)の5月初め頃までは、中国国内からアクセスできませんでした。その理由は今もわかりません。幸いにして、昨年5月にアクセスできるようになってから、ココログに中国国内からアクセスできない、という事態は発生していないので、こうして文章をアップすることができています。ただ、ある特定のブログ・サイトに中国からアクセスできなくなる、という事態は、今までも、いろいろなブログ・サイトに対して起きていたし、これからも起きるかもしれませんので、ある日を境に、私のこのココログのサイトも更新ができなくなる事態も起こるかもしれません。その点は、この私のブログを御覧の皆様には御承知置きいただきたいと思います。

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2008年6月15日 (日)

北京市内のオリンピック準備の進み具合

 北京オリンピック開幕まで2か月を切りました。大気汚染防止のため7月20日~9月20日(パラリンピック終了後)まで、ナンバープレートの奇数・偶数で北京市内の車の交通規制をするという方針については「その方向で検討中。正式発表は近日中に行う。」という話になっているのですが、今日(6月15日)時点では、まだ正式発表にはなっていません。7月~9月の3か月間は、粉塵が舞い上がるのを防ぐため、建物の解体工事やビルの建設工事は中断するらしい、と言われていますが、これもまだ正式発表はありません。この間、建設工事で働く労働者(多くが地方から出稼ぎに出てきているいわゆる「農民工」)は北京に留まれるのか、この間の彼らの賃金は誰が払うのか、といった話は、新聞に載らないので私は知りません(直接の関係者は知っているのかもしれませんが)

 最近は、オリンピックの開催期間中(開会式のある8月8日から閉会式のある8月24日まで)は、一般の工場・会社も含めて全て休業にすべし、という通知が出る、という「ウワサ」もあるのですが、それも定かではありません。

 工場や会社を休業にすることになった場合、その間の営業補償は誰がするのか、そもそも車の交通規制をやっている間に仕事のできない運送会社、車の運転手の収入補償は誰がするのか、という問題には誰も答えてくれません(政府は補償はしないらしい)。

 オリンピック・スタジアムまでつながる地下鉄10号線や北京首都空港につながる地下鉄が何月何日に開業するのか、についても、まだ発表がありません。地下鉄10号線は、以前から「6月中に開業」とのウワサが流れていました。地下鉄10号線の新しい地下鉄の駅は、歩道の上にほぼできあがっています。ただ、見ている様子だと、地下鉄駅周辺の工事はまだまだ続いており、6月中の開業には間に合いそうにないので、開業は7月上旬になるのではないか、と言われています(公式発表がないので、こういったことについては、常に「ウワサ」が流れるだけです)。

(注)北京の地下鉄は、現在までに開通しているのが、1号線、2号線、13号線、5号線です。10号線と空港へ行く路線は現在建設中ですが、オリンピックまでに開通することになっています。計画路線のうち、番号の順番に開通してきているわけではないので、現在既に13号線が開通しているからといって、北京に地下鉄が13路線既に存在している、というわけではありません。

 7月以降、9月いっぱいは建築現場での工事ができなくなる、ということで、工事中の各ビルでは、工事が急ピッチで行われています。しかも、完成していないビルについても「外壁だけはきれいに整えろ」という「お達し」が出ているらしく、骨組みができただけで、ビルの中の方の工事を全然やっていないビルについても、外壁だけを先に貼り付ける工事が急ピッチで進んでいます。多くのビルは、中身が全然できていないのに外壁だけきれいになった「張りぼて」の状態でオリンピックを迎えることになりそうです。

 ビルの解体工事現場では、6月中に解体工事を終わらせるため、作業を急いでいます。あるビルの解体現場では、解体作業を急がせるため、9階建てのビルの上に2台の小型パワーショベルを載せて、どんどん解体工事を進めていました。そうしたら、関係当局から2台のパワーショベルを同時に解体するビルの上に載せるのは安全上問題がある、とのクレームが付き、当局からの安全検査を受けることになった、とのことです。

(参考1)「新京報」2008年6月14日付け記事
「安全監督局、高層ビルの解体工事現場の上に掘削機を上げて工事を行っていることについて調査を実施」
http://www.thebeijingnews.com/news/beijing/2008/06-14/021@074042.htm

※上記のページの写真を見れば様子がわかると思います。

 今日(6月15日)もこの解体工事現場の前を通りましたが、2台のパワーショベルがビルの上に乗ったまま解体工事をやっていましたので、安全監督局は調査はしたけれども、結局は「問題なし」という結論を出したようです(記事にある「最牛」とは「最も速い」という意味です。「牛」は最近のはやり言葉「ブル・マーケット」(急騰する相場)の「ブル」から来た新語ですので、中国語の辞書には載っていないかもしれません)。

 また、昨年8月の集中豪雨の際に、道路の排水設備が十分ではなくて、複数回にわたって道路が冠水してしまった事態に対しても、まだ十分対策ができてはいないようです。一昨日(6月13日)の夕方、北京では毎年夏になるとよくある雷を伴う集中豪雨があったのですが、この集中豪雨で北京市北西部の中関村地区にある地下鉄13号線と知春路の立体交差路(地下鉄13号線が地上を走り、知春路の道路がその下をくぐるために掘り下げて作った立体橋)で、道路部分が最大2.5mの深さに冠水してしまったそうです。こうなると、当然、自動車は通れなくなるので、大渋滞が発生します。

(参考2)「新京報」2008年6月14日付け記事
「昨晩、集中豪雨が突然北京市街地を襲う」
http://www.thebeijingnews.com/news/beijing/2008/06-14/021@072503.htm

※上記の記事にも写真がふんだんに載っているので様子がわかると思います。

 オリンピックが行われる8月は、毎年、雷雨などが多い時期ですので、オリンピック期間中は、雨が降っても道路が冠水して車が通れなくてひどい渋滞、などということが起きなければよいなぁ、と思っています。

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2008年6月 9日 (月)

何事もなく過ぎた6月第1週

 今年(2008年)は、中国の改革開放政策が始まって30年目の年、ということで、新聞にはそれにちなんだ特集記事がよく掲載されます。北京の大衆紙「新京報」は、「改革開放の30年」という特集記事を毎日掲載しています。改革開放の30年の間に起きたできごとのうち「今日」は何が起きた日だったのかを解説する連載の特集記事です。

 以前から、この「新京報」の特集で、どういう記事が載るのかなぁ、と思って注目していたのですが、6月の第1水曜日の特集は「1985年のこの日」でした。1985年のこの日は「人民解放軍の定員を100万人削減することが発表された日」として紹介されていました。かつて毛沢東は、人民解放軍については、「人海戦術」が重要なのであって、兵器の近代化は必要ない、という立場をとっていました。それに対して改革開放政策を進めたトウ小平氏は、人民解放軍にも近代化は必要なのであって、やみくもに多くの人数を配置するのではなく、兵器の近代化も含めた軍の近代化を図るべきで、そのためには軍の定員も削減する必要がある、と判断したのが「1985年のこの日」だったのです。その意味では「1985年のこの日」も、改革開放30年の歴史の中では重要な日であることに間違いはなく、「新京報」が1985年の「この日」を取り上げたのは、おかしくはないのです。

(参考1)「新京報」2008年6月4日付け記事
「改革開放の30年:トウ小平が一本の指を立てて示した-軍の定員削減100万人-」
http://www.thebeijingnews.com/news/reform30/2008/06-04/021@102913.htm

 しかし、客観的に言えば、改革開放30年の中で取り上げられるべき「この日」は、1985年の「この日」でないことは、誰の目にも明らかです。19年たった今でも、中国では、この「誰の目にも明らかな『この日』のできごと」については、語ってはいけない「できごと」であることが、この日の新京報の特集を見て改めて明らかになりました。

 昨年、経済専門週刊紙「経済観察報」も、改革開放30年の特集を組み、1978年から現在まで、毎週、ひとつの年を取り上げて、「その年に改革開放の歴史の中でどういった重要なできごとがあったか」を解説していました。しかし、1989年を取り扱った号では、6月第1週に起きた「できごと」には全く触れられていませんでした。

 これだけ国際化した中国において、こういった「触れてはいけないできごと」の存在はいったいいつまでつづくのでしょうか。

 今年4月初旬から、中国国内からは日本語のウィキペディアへのアクセスができるようになりました(それまではインターネット・アクセス制限が掛かっていました)。いろいろ調べ物をする際には非常に便利になったのですが、19年前の6月第1週の「できごと」に関しては、今でもその項目にアクセスするとウィキペディアへのアクセスが一時的に遮断されます(ほかの項目も見られなくなる)。数分するとまたアクセスできるように回復するのですが、やはりまだ「19年前のあの日のできごと」については、触れてはならないことのようです。

 6月8日付けの「新京報」では、前日、広州の新聞「南方日報」に載った記事として、6月6日に深セン市(「セン」は「土」へんに「川」)の中国共産党委員会の会議で「深セン市の党委員会及び市政府による深セン市が改革開放を堅持し科学的発展努力を推進し中国の特色のある社会主義の手本の市となるための若干の意見」が取りまとめられた、と報じていました。

(参考2)「新京報」2008年6月6日付け記事
「深センで局長クラスの幹部選定で複数候補者による選挙を実施へ」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/06-08/018@083257.htm

 この「若干の意見」では、市の局長クラス幹部を選挙により選定することや区レベル(市の下のレベル)の人民代表(議員)を住民による直接選挙で選ぶことが議論され、パブリック・コメントを求めるための案がまとめられた、とのことです。ただし、区レベルの人民代表の直接選挙については、この時点ではまだ「保留」の扱いになっている、とのことです。

 国会議員(全国人民代表)を選ぶためには、省レベルの人民代表-市レベルの人民代表-区レベルの人民代表といった各階層の人民代表による間接選挙を繰り返さなければなりません。一番下の区レベルの人民代表も現在は住民による直接選挙で選ばれているのではないわけですが、それを直接選挙で選ぶかどうか、ということについて、議論はなされているけれども、現時点では「保留」というのが現状、ということのようです。

 どの国の選挙制度にも一長一短はあるし、今の日本のように二大政党の勢力が拮抗してしまうと、政局運営が停滞してしまう、といった問題があるのは事実ですが、21世紀の世界においてこれだけ大きな経済的・政治的パワーを持つ中国で、最も下のレベルですら直接選挙が行われていない、というのは、やはり相当な「不自然さ」を私は感じます。上記の「新京報」の記事にあるように、今、いろいろな議論が行われ、今後いろいろと模索が行われて、これからだんだん具体的な改革が進められていくことになるのでしょう。

 しかし、1990年代はじめに、農村部の最も末端組織である一部の村民居民委員会選挙において住民による直接選挙が行われるようになってから、既に20年近くが経過しようとしているのに、中国における選挙制度はそれから先へはほとんど進歩していないと私は思います。よく「中国は大きな国だからすぐには変われない」という議論を聞きますが、そういった議論は、私は1980年代にも何回も聞きました。20年たっても何も進歩していないのです。

 中国における選挙制度の試金石になると見られる香港特別行政区の行政院長と立法議会議員の選挙については、2007年12月末の全国人民代表大会常務委員会の会議で2012年の次回の選挙では住民による直接選挙は行われない方針が示されました。

(参考3)第10期全国人民代表大会第31回会議決定(2007年12月29日)
「全国人民代表大会常務委員会による香港特別行政区における2012年の行政長官及び立法議会議員の選出方法と普通選挙問題に関する決定」
http://www.npc.gov.cn/huiyi/cwh/31/2007-12/29/content_1387551.htm

 その次の選挙(2017年)では「普通選挙」が実施されることが期待されているのですが、正式に決まったわけではありません。選挙制度の改革がなかなか前に進まないのは、社会的・経済的混乱を避けるため、ということなのでしょうが、急激なスピードで進む経済成長とこういった選挙制度の遅々とした進み具合(というかほとんど進んでいない状況)のアンバランスは、いつ解消されることになるのでしょうか。

 国政レベルはともかく、地方政府レベルでは、今回の四川大地震で問題になった学校の建築に関する問題や防災対応の問題、環境汚染対策の問題など、地域住民の声が地方政府に直接届いていれば解決できる問題は多いと思います。地域住民にソッポを向かれても地方政府のトップがクビにならない、という現在の制度は問題である、といった認識は、既に党中央でも持っていると思います。

 私は、経済だけではなく、社会的な面やその他の面で、中国は確実に進歩しつつあると信じています。私以外にも同じように信じている人々がたくさんいると思います。中国はそういった多くの人々の期待を裏切ることのないようにして欲しいと思います。

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2008年5月31日 (土)

がれきの上に立てるNGOの旗

 今日(5月31日)付けの「新京報」の「評論週刊」(週刊の評論特集)のトップに艾君という方が書いた「災害救援に見るNGOの成長」と題する文章が載っていました。

(参考)「新京報」2008年5月31日付け
「災害救援に見るNGOの成長」
~地震が変えたのは「世界が中国を見る見方」だけではない~(艾君)
http://comment.thebeijingnews.com/1108/2008/05-31/011@093126.htm

 この記事では「今回の四川大地震において、政府や軍による救援活動も行われているが、それに加えてボランティアや民間団体など、NGO(非政府組織)による活動もめざましい。このようなことは今までの中国にはなかったことだ。」といったことが指摘されています。これも四川大地震によって中国社会に起きた「偉大な変化」のひとつだと思います。

 上のURLをクリックしていただければわかりますが、この記事には、がれきの上に人々がまさに「NGO」の旗を打ち立てようとしている図が描かれています。日本人やアメリカ人ならばすぐわかりますが、この構図は、第二次世界大戦末期、硫黄島での激しい戦闘の後、アメリカ軍が硫黄島に星条旗を立てようとしている写真と同じものです。この写真を基にして、後にアメリカのワシントンD.C.を見下ろすバージニア州アーリントンの丘の上に "Iwo Jima Memorial" という記念碑の彫刻が作られました。

 中国の人々がこの硫黄島の写真についてどのくらい知っているのかはよくわからないのですが、この画はなかなか寓意を含んでいると私は思いました。硫黄島の写真は、アメリカが日本軍を苦難の末に打ち破って星条旗を打ち立てた時のものだからです。

 現在の中国では、表立って議論されることはありませんが、中国政府が、ほとんど資本主義と同じではないか、と言えるような経済政策を次々に打ち出している中にあって、「なぜ、今、中国は中国共産党の指導下にあらねばならないのか」という疑問を多くの人が抱いています。この疑問に対する答は二つあります。ひとつは「中国共産党という求心力がなければ、中国はバラバラになり、社会と経済に混乱が生じる。だから中国共産党が必要なのだ。」という答です。ただこれだと「中国全体をまとめる強力な党」が必要なのはわかるが、それがなぜ中国共産党でなければならないのか、の答にはなっていません。この問に答えるのが第二の答えで、それは「中国共産党は、中国人民の支持の上に立って抗日戦争を戦い抜き、外国勢力を排除して、中国を半植民地状態から救うに際して中心的な役割を果たした。そのような歴史を踏まえれば、中国共産党以外に中国全体をまとめる求心力を持ちうる党は存在しないから。」です。

 今回の四川大地震は、国家的大災害でしたが、これにより中国の人々の間には自発的な団結心が芽生えたように私は思います。それは中国共産党の存在をも超えた「我々は同じ中国人なのだ」といった連帯感です。このことは台湾の人々や世界中に住む多くの華僑の人々の心の中にもこの連帯感が芽生えたことからもわかると思います。それは、「もしかすると、我々は、中国共産党という求心力がなくても、中国人である、ということだけで、団結することができるのではないだろうか。」という一種の自信のようなものかもしれません。そういった党でも政府でもない団結心の象徴がNGOの活動なのだと思います。

 従って、硫黄島の写真になぞらえた「新京報」の画は、苦難の末に我々が打ち立てたのは、党でも政府でもない、素朴な人々の団結心だったのだ、そういう団結心を実は我々は心の中に持っていたのだ、ということを表しているように思えました。

 今回の四川大地震に対する中国政府や中国共産党の各組織、人民解放軍の働きには素晴らしいものがあると私は思います。しかし、それとは別に、党や政府が存在する以前の段階における人々の団結心が実は社会の根幹をなす上で重要であり、そういった団結心を我々はもともと持っていたのだ、ということに中国の人々が気が付いた、という点が非常に大きいように思います。

 上記の「新京報」の評論は「今回の地震により、世界の中国を見る目が変わったし、中国が世界を見る目も変わった。」と評しています。また、この評論では、先の海外でのオリンピック聖火に対する反応にも触れ、「世界は氷のように冷たいものでも、火のように熱いものでもなく、複雑なものなのである。このような複雑な過程に伴って我々は成長し、成熟していくのだ。」と述べています。この感覚は、私個人が受けている印象と全く同じもので、私はこの評論に大いに共感を覚えました。

 今回の大地震では多くの犠牲者が出、今も多くの被災者が厳しい避難生活を強いられています。亡くなった多くの方々を哀悼し、多くの被災者の方々を精神的に支援していくためにも、私は、今、中国で暮らす外国人に一人として、というより、地球上に住む人間の一人として、この「共感」を大事にしていきたいと思っています。

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2008年5月25日 (日)

四川大震災対応:「偉大な変化」

 5月24日発売の経済専門週刊紙「経済観察報」(2008年5月26日号)の「観察家(オブザーバー)」のページに「偉大な変化」と題する中国社会科学院近代史研究所研究員の雷●(Lei Yi)氏(●は「臣」へんに「頁」)の文章が掲載されていました。この文章では、既に中国の内外のメディアが指摘されていることですが、今回の四川大地震に対するメディアによる報道のされ方と国際援助の受け入れに対する対応は、1976年7月の唐山地震の時とは全く異なっている、と指摘しています。

 雷●氏は、死傷者の数や悲惨な被災地の状況などの現実をありのままに直視することは、以前は人心を動揺させ社会を不安定にすると考えられていたが、今回はむしろ逆で、未曾有の災害の真実が迅速に伝えられたことが、多くの人々による執政者に対する強い支持と被災者に対する同情、救援者に対する尊敬と感動を呼び起こし、人々を積極的にいろいろな方法による救援・支援活動に参加させるように後押ししている、と指摘しています。

 雷●氏は、1976年の唐山地震の後の人民日報の報道振りを細かく分析して、当時は、全ての報道は、毛沢東主席と党中央の指導の下で復旧作業が行われていることのみが強調され、死傷者数などは「国家機密」扱いにされ、「生命」とか「財産」とかいう言葉すら語られていなかった、と指摘しています。当時は、「自力更正」の考え方に基づき、国際社会からの援助も断っていました。雷●氏は、当時は人々の生命すら「政治」「政権」「闘争」に従属していた、と指摘して、当時の執政観念を批判しています。雷●氏は「今回は違う」と強調しているわけですが、それは彼が「1976年に逆戻りしてはならない」と強く主張していることを意味します。

 この種の論調は、中国のいろいろな新聞に書かれています。中国の人々自身は、この歴史的な大災害により「自分たちの社会は変わったのだ」ということを強く自覚したのではないかと思います。

 今日(5月25日)夕方、また大きな余震が発生しました。この余震による死傷者も出たようです。ダムの崩壊や「堰き止め湖」を作った土砂の決壊などによる二次災害も懸念されています。まだ500万人以上の人々が住む家がなく避難生活を強いられています。復興への道程はまだまだ遠いと思いますが、中国が、この未曾有の災害を乗り越えて、次のステップに脱皮して行くことを信じたいと思います。

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2008年5月23日 (金)

北京で感じる四川大地震

 5月12日(月)14:28(北京時間)に四川省で起きたマグニチュード8の巨大地震によって未曾有の被害が出ました。今日(5月23日)16時の民生部の発表によれば、死者55,740人、行方不明者24,960人、けが人292,481人、避難した人1,136万7,929人とのことです。死者・行方不明者・負傷者の多さもさることながら、避難した人が1,000万人を越えるというのは、とんでもない被害だと思います。亡くなった方々の御冥福をお祈りするとともに、被災された方々に心からお見舞いを申し上げます。

 5月12日の14:35分頃、私は北京のオフィスビルの11階にいました。めまいがするような感じがしましたが、「まさか。こんな揺れ方をするような地震はないよなぁ。」と思って壁を見たら、壁に掛かっているカレンダーが大きく揺れており、めまいではなく本当の地震なのだ、ということを知りました。2秒くらいの周期で1メートル近く揺れるようなゆっくりした揺れでした。私がいたのが高層オフィスビルのちょうど真ん中くらいの高さのところだったので、揺れが地面よりは増幅したようでした。日本の震度で言えば、震度2~3に相当するくらいの揺れでした。日本の高層ビルならば、「この程度の揺れは当然耐震設計の範囲内」だとわかっているので心配はしないのですが、北京のビルの耐震設計がどの程度しっかりできているのかわからなかったので、本気で机の下に潜ろうかと思いました。

 すぐにテレビを付けましたが、中央電視台第1チャンネル(総合チャンネル)は通常放送を続けていました。停電もしなかったので、それほどの地震ではないと思いましたが、あれだけ周期の長い地震があの程度の大きさで揺れた、ということは、相当遠いところで、相当大きな地震があったのかもしれない、と思いました。

 最近、日本でも大きな地震が何回も起きているので、私も経験上、近い地震ならガタガタガタという周期の短い揺れが来る、遠い地震だとユッサユッサという感じの周期の大きな揺れを感じる、ということは知っていました。ただ、巨大地震が遠くで起きた場合、普通は小さな初期微動(P波によるもの)が来て、その後でユッサユッサという大きな揺れ(S波によるもの)を感じるのですが、今回はP波による揺れに相当するものを感じなかったので、おかしいなぁ、と思いました。また、揺れ方や揺れの大きさは、自分がいる建物の構造と場所(地上近くか高層ビルの上の方か、など)でかなり違いますので、この大きなゆっくりとした揺れは建物の構造のせいかもしれない、とその時は思いました。  

 携帯電話で外出中の知人に電話を掛け、東京にも国際電話を掛けましたが、いずれも通常通りに通じました。停電もしないし、電話が通じたので、それほど大きな地震ではないのかなぁ、と思いました。しかし、窓の外を見ると大勢の人たちがビルの外に避難していました。ちょうど隣では、多くの北京市内の地区と同じように、新築の高層ビルが建設途中だったのですが、建設工事現場にいる黄色いヘルメットを被った工事労働者の人たちが、建築現場から出てきて、歩道に座って様子を見ていました。安全点検のため、一時的に建築作業が中断されていたようでした。

 地震から約50分経過した15:30頃、インターネットで、四川省でマグニチュード7.6~8.0の地震が発生した、という情報が流れました。私はまさか、と思いました。四川省と北京とは直線距離で約1,500kmも離れており、いくら巨大な地震であっても、四川省の地震を北京で感じるはずがない、もし北京で感じるような地震だったら、とてつもなく巨大な地震のはずだ、と思ったからです。

 それから15分くらいたった15:45頃、温家宝総理が四川省へ向けて出発した、というニュースがネットで流れました。何がどうなっているのかわからない時点で総理が現地へ向かう、とはびっくりしましたが、北京から四川省の成都までジェット機で約2時間掛かりますから、とにかく現地へ向かい、四川省に到着するまでの2時間の間に現地の状況を見極めよう、という胡錦濤主席の判断だったのだと思います。

 その後、インターネットで四川省アバ・チベット族チャン族自治州のブン川県(「ブン」は「さんずい」に「文」)で14:28にマグニチュード7.8(後に8.0に修正)が起き、14:35に北京市通州区でマグニチュード3.9の地震が発生した、というニュースが流れました。私は通算して3年北京にいますが、有感地震を感じたのは今回が初めてです。マグニチュード3.9程度の地震ですら、北京市内を震源とした地震が発生した、という話は聞いたことがありませんでした。ですから、この北京市通州区で地震が発生した、というニュースには耳を疑いました。また、普段地震が起きないところで地震が起きたということは、四川省の地震によって誘発された地震なのだろうか、と思いました。でも、巨大地震によって遠隔地で別の地震が誘発される、という事例は私は聞いたことがなかったので、北京の地震は四川省の地震に誘発されたわけではないだろう、そうだとすると滅多にない北京の地震がたまたま偶然に四川省の地震の直後に起きたのか、それも確率的には考えにくい、いったいどうなっているのだろう、と頭の中が混乱しました。

 翌日、この「北京市通州区でマグニチュード3.9の地震が発生した」というニュースは「誤報だった」ことがわかりました。やはり北京での揺れは四川省の巨大地震の揺れが伝わった結果だったのです。なぜ、「北京市通州区で地震」という誤報が流れたのかについての原因は、現在はまだ明らかにされていませんが、地震計によるデータを見た地震局の担当者が、四川省を震源とする地震によって北京で揺れを感じることはありえない、と判断して、北京市内を震源とする別の地震が発生した、と判断したからかもしれません(この辺は、事態が落ち着いてから検証されることになると思います)。もしそうなのだとしたら、地震局の担当者も判断を誤るくらい、四川省の地震が巨大であり、かつ、揺れがとんでもなく遠くまで伝わった、ということなのだと思います。この揺れは、北京のほか、上海、台北、香港、タイのバンコクでも感じられた、とのことです。

 地震発生時刻の14:28と北京で揺れを感じた14:35の間に7分間の時差がありますが、これは秒速約4kmと言われる地震波が1,500km離れた四川省と北京との間を伝播するためにそれだけの時間が掛かったことを示しています。

 インターネットの新華社ホームページは、地震発生直後から、上記の「北京市通州区でマグニチュード3.9の地震が発生した」という後に「誤報」であることがわかる情報も含めて、大量の情報をリアルタイムで流し始めました。

 オフィスで見られる香港発の衛星放送テレビのチャンネルは、四川省での巨大地震発生のニュースが伝わってから、通常番組を変更して地震に関する情報を流し始めましたが、中国中央電視台第1チャンネル(総合チャンネル)は通常番組を続けていました。中国中央電視台が地震の特別番組に切り替わったのは22:00~の夜のニュースが終了した22:30からでした。それから、中国中央電視台第1チャンネルでは24時間体制で生放送で地震の情報を流し始めることになります。この22:30から始まった特別番組の当初の頃は、なかなか情報が入ってこなかったことと、アナウンサーがこういった災害時の生放送の特別放送に慣れていなかったせいか、何を伝えていいのかとまどっているような様子でした。

 こういった中国の大陸のメディアが、大規模な自然災害に関する情報をリアルタイムで流すことは極めて異例のことです。おそらく情報をコントロールすることによって発生するデマによる混乱を恐れたためと思います。その後、外国メディアも含めて、現地からの情報は、生で中国国内及び世界各国に伝えられましたので、これまでの中国の自然災害(例えば今年1~2月の寒波・大氷雪被害)とは異なり、被災地の情報が瞬時に世界各地へ伝わりました。これが、その後の世界各国からの支援に結びついたと思います。(中国側は、1週間前にミャンマーで発生したサイクロン被害に対し、ミャンマーの軍事政権が外国メディアや外国人救援者の受け入れを拒否していて、国際社会から非難されていることを、かなり意識していたと思います。中国政府の対応はミャンマー政府の対応とは明らかに異なるものでした。)

 中国政府は、地震から一週間後の5月19日~21日の3日間を「全国哀悼の日」と定め、旗を半旗に掲げるとともに、公共の場所での娯楽活動を取りやめる、という「国務院公告」を出しました。このため、外国のNHKワールド・プレミアムをはじめとする歌・スポーツ・娯楽番組を含むチャンネルは全て放送が停止されました(テレビのチャンネルをNHKワールド・プレミアムなどに合わせると真っ黒い画面に「国務院の公告に基づき5月19日~21日の3日間、歌・スポーツ・娯楽番組を含む外国チャンネルの放送は停止しています」との告示が表示されるだけでした)。ニュース専門チャンネルであるBBCワールドやCNNは通常通り見ることができました。ある意味では、このことは衛星からの電波を受信して番組を配信している外国衛星テレビも当局のコントロール下にあることをはからずも示す結果となりました。各アパートメントで独自にパラボラ・アンテナを立てて直接受信しているNHK-BS1、BS2、BSハイビジョン、KBS(韓国の放送局)などは通常通り見ることができました。これらのチャンネルは当局がコントロールしていない、ということなのでしょう。

 国務院による「全国哀悼の日」の公告では、地震発生からちょうど一週間目の5月19日14:28に3分間の黙祷を捧げることが告げられていました。ラジオでは、座っている人は起立し、車に乗っている人は車を停止して車を降りて黙祷するように呼びかけが行われました。各職場でも黙祷のための集会が行われたようでした。私がこの日の午後訪問を予定していた機関でも、14:28から全職員による黙祷集会がある、と聞いたので、訪問を早々に切り上げて、私たちは近くにある清華大学のキャンパスへ行きました。14:28近くになると、キャンパス内の各建物から学生や教職員らが続々と出てきて、建物の前に半旗で掲げられている国旗の周りに集まりました。

 14:28になると一斉に防空警報のサイレンが鳴り響きました。併せて、多くの車がクラクションを鳴らして弔意を表しているのが聞こえました。大学の学生や教職員らは静かに黙祷を始めました。ちょっと蒸し暑い初夏の午後でしたが、一斉に鳴り響くサイレンと車のクラクションの中、大勢の人が身じろぎもせずに黙祷をしている中で、私も一緒に黙祷しました。中国には、今、いろいろな問題があるけれども、とにもかくにも、今は、全ての人が力を合わせて、この被災した人々を助けなければならない、という気持ちにさせる3分間でした。

 そもそも北京に防空警報システムがある、ということは、この時、初めて知りました。本来はあまり公にしていないものについても、中国政府は「今はそんなことを言っている場合ではない」として、かなりの部分で「秘密解除」をしたところがあったように思います。北京の新聞各紙によると、北京の防空警報システムのサイレンが実際に鳴ったのは、これが初めてなのだそうです。

 5月19日14:28からの「黙祷の3分間」の後も、北京では、多くの市民が天安門前広場に集まって哀悼の意を捧げた、とのことです。夕方暗くなると人々は手に手に火の灯ったロウソクを持って亡くなった数多くの犠牲者の冥福を祈りました。この日、20:30頃、私は天安門前広場前の長安街を車で通りました。夜になると天安門前広場は立ち入り禁止になるのですが、天安門前広場の周辺は、いつもより数多くの警官が出て警戒に当たっていました。天安門前広場近くの歩道には、まだロウソクを手に持ったまま家路に付こうとしている大勢の人たちが歩いていました。

 多くの市民が哀悼の意を捧げるために自然発生的に天安門前広場に集まる、という現象は、過去にも1976年4月と1989年4月に起きました。1976年の時は1月に亡くなった周恩来総理を悼んで、1989年の時は4月に亡くなった胡耀邦前総書記を悼んでのものでした。いずれのケースも、この「哀悼の意を表するために自然発生的に天安門前広場に集まった市民等の動き」は、その後、「事件」と呼ばれる事態に発展していったのですが、2008年5月19日の状況はそれとは全く異なるものでした。人々は、心から地震で亡くなった人々を悼んで、集まったのでした。そういった人々に対しても、数多くの警官が出て警戒に当たらなければならない、というのが、現在の中国の悲しい点だと私は思いました。

 5月22日の午前0時を過ぎると、停められていた外国の衛星テレビ放送は通常に戻りました。香港発の音楽専門衛星テレビ「チャンネルV」は、5月22日は電波は復活していましたが、内容はいつもの音楽番組ではなく、中国中央電視台が伝える震災報道特番組を流していました。5月23日になり「チャンネルV」も通常の音楽番組を流すようになりました。ただ、「チャンネルV」の中で流れていた中国語版の「We are the World」(1980年代、アメリカの音楽家たちが集まってアフリカ支援のために歌った歌)は心に滲みるものがありました。5月23日になると、中国中央電視台も通常のドラマ番組を流すようになり、徐々に通常状態に戻りつつあります。5月23日の夕方にはロシアのメドべージェフ大統領が北京を訪れ、胡錦濤主席と首脳会談を行いました。これも「業務は通常に戻った」というひとつのサインだと思います。

 今回の地震は、中国のメディアを明らかに変えました。悲惨な災害現地からのテレビの生中継など今まではなかったのですが、それをやりはじめたのです(ただ、生中継の画面には、救援隊の活動などは映るものの、一般の被災者は出ません。一般の被災者が出るのは録画された場面だけ、という点は、まだ他の国のメディアと違うところです)。

 災害現場は、非常に広範囲であり、土砂崩れによって堰止められてできた湖など二次災害の危険もあります。いろいろな情報が錯綜しているところもあるようです。多くの人々が懸命に努力していますが、復興までには、まだかなりの時間が掛かるものと思われます。

 学校で手抜き工事が行われていたのではないか、などいろいろな議論が行われていますが、断層面が何百キロにもわたって地表に出るようなマグニチュード8の地震が人間が住んでいる直下で起きた今回の地震災害は、おそらく人類が経験した地震災害の中でも最大のものではないかと思います。マグニチュード8の直下型地震に襲われたら、どんな耐震工事も役に立たないでしょう。そうした中、何が問題であり、何を改善すべきなのか、はこれから議論されていくことでしょう。それよりもまず、今は、ケガをした人々の治療を行い、被災して避難している人たちの健康を維持して、生活できる場を再建することが先決です。

 北京オリンピックまで、どの程度復興ができるのか、今の時点ではまだわかりませんが、なんとか多くの人々が力を合わせて、派手な演出は控えつつ、オリンピック競技が行える状況になるよう祈りたいと思います。

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2008年5月10日 (土)

日本をプラスに評価する評論

 昨日のこのブログの記事で5月8日付けの「新京報」の社説を紹介した際、「日本について中国の新聞がここまで前向きな表現を使ったことを少なくとも私は見たことはなかったように思います」と書きました。ところが、今日(5月10日(土))、改めて今週の「新京報」を読み返してみたら、昨日紹介した社説の出る前日の5月7日付けの「時事評論:国際観察」の欄に、北京の学者・劉檸氏という方の個人の見解としてではありますが、もっと日本をプラスに評価する評論が載っていました。

(参考)「新京報」2008年5月7日付け「時事評論:国際観察」欄の評論
「『日本を師として』中国の改革を推進する助けとすべき」
http://www.thebeijingnews.com/comment/zonghe/1044/2008/05-07/018@080158.htm

 この評論のタイトルは中国語で書くと「『以日為師』助推中国改革」です。この評論のポイントは以下のとおりです。

----(評論のポイント:始まり)----

○中国の改革開放の30年の歴史を振り返ると、日本は日中平和友好条約が発効した翌年の1979年以来、少なくない額の政府開発援助(ODA)を中国の経済建設の推進剤として提供した。このことを中国人は忘れてはならない。

○1980年代末までの中国の現代化にあっては、日本は中国人の心の中の「現代化」のモデルの一つであり、日本を師とすることを少しもおかしいとは思っていなかった。

○日本の中国の現代化に対する支援は、資金や技術に限ったものではない。その経済の飛躍的発展の成功の経験それ自体が、中国にとって不可欠な重要な手本だからである。

○1964年の東京オリンピックの後4年で日本は西ドイツを抜いて世界第二の経済大国となった。それから既に40年が経つ。その間、日本は産業構造改革に成功し、国際競争力を高い水準で維持し続けている。日本は、この間、経済の持続的発展の過程で、「公害列島」と言われた環境問題の悪夢を克服し、世界に誇る環境保護天国を作り上げた。

○中国は改革開放の30年で人目を驚かすほどの経済大国になったが、同時に「遅れた改革者」としての課題に直面する時代に入ってきている。今後の中国の発展のロードマップを考えるに当たっては、東の隣国を他山の石とすべきことは論を待たない。

○やがてくる「オリンピック後」の時代にあっては、中日間の「戦略的互恵関係」に基づく絆は、両国関係を発展させることを通じて中国の建設と改革の推進を後押しすることになるだろう。今はまさに日本を師とすることを再び論ずる時なのである。

----(評論のポイント:終わり)----

 この評論は、昨日付のこのブログで解説した5月8日付けの「新京報」の社説のバックグラウンドとなっている考え方だと思います。誇り高き中国の人に「日本を師とする」とまで言われると、「過奨了」(褒めすぎですよ)と言いたくなって、ちょっと「くすぐったい」気分になります。しかし、この評論は、日本人向けの単なる外交辞令ではなく、一般の中国人向けの新聞に掲載された評論ですから、ここまで突っ込んだ表現を使ったことについて、我々日本人はこの筆者の気持ちをしっかりと受け止める必要があると思います。

 これほどまでに日本を「持ち上げた」評論をしたのは、前日(5月6日)から始まった胡錦濤主席の日本訪問に当たって日中友好ムードを盛り上げたい、という当局の意向が背景にあると思いますが、「新京報」は当局の意向を素直に受け入れる系統の新聞ではありませんので、この評論はそれなりに素直に受け取ってよいと思います。日本は、こういうふうに「持ち上げ」られると、すぐに頭に乗って「天狗」になる傾向があるので気を付けないといけないと思うので、その点には注意した上で、こういった中国国内の考え方を重要視する必要があると思います。

 上記の評論の中でもう一つ着目すべき点は「1980年代末までの中国の現代化にあたっては、日本は中国人の心の中の『現代化』のモデルの一つであり、日本を師とすることを少しもおかしいとは思っていなかった。」と述べている点です。ここの部分は、1990年代に入って、中国は「歴史問題」などを強調し、中国国内で反日感情が高まったことを暗に批判しているのです。

 現在の党・中央の公式見解は、「1978年の改革開放の開始以来、党・中央の政策は一貫している」というものですが、私はこの改革開放の30年の歴史の中で1989年の前と後とでは断絶があると考えています。上記の評論は、そういった私の考え方と軌道を同じくするものです。

 1989年以降、中国共産党は国内での思想的引き締めを強化する一方、経済的には、国有企業も含めた株式市場の開設、「土地は公有」という原則は維持しつつも「土地使用権は売買できる」という考え方に基づいた土地の売買の事実上の解禁、といった改革を進め、「社会主義市場経済」の名のもとに「共産主義」からはどんどん離れていく政策を採っていきます。そうなると中国の人々の間に「我々はなぜ今も中国共産党の指導の下に政策を進めなければならないのか」との疑問が生じかねません。そこで、抗日戦争を勝ち抜いてきた中国共産党の歴史を振り返り、その歴史があるからこそ中国共産党が中国の中核とならなければならないのだ、というメッセージを中国の人々に訴える必要があったのです。つまり1989年以降の日本に対する「歴史問題」とは、実は「中国共産党だけが中国の中核になりうるのだ」ということを訴える中国国内向けのメッセージでもあったのです。

 上記の評論は、1989年以降の「歴史問題」に基づく「反日」の考え方から決別すべきだ、と表明したものであり、その意味で非常に画期的だと思います。上記の評論は劉檸という方の個人的見解として掲載されているものですが、翌日、同じ論調の論文が「新京報」の社説として掲載されたことは意義が大きいと思います。

 今回の胡錦濤主席の日本訪問は、日本側では、ギョーザ問題や東シナ海ガス田問題などの課題を先送りしただけで、具体的な成果はなかった、としてあまり高く評価しない傾向があるようですが、私は中国側から見た場合、今回の胡錦濤主席の訪日は、中国自身の政策運営に関して、画期的な歴史的転換点だと思っています。胡錦濤主席は、「反日」を乗り越えて前へ進む、というメッセージを表すことによって、1980年代への回帰、別の言い方をすると1989年以降の政策への決別を表明したからです。

 中国の1980年代は、1981年6月の「建国以来の党の若干の歴史的問題に関する決議」(いわゆる「歴史決議」)において、文化大革命を批判し、偉大な毛沢東主席もその生涯の一部においては誤りを犯した、と指摘したところから出発しています。「中国共産党も誤りを犯すことがあるのだ」「大事なのは誤りを誤りと認めた上で、前へ進むためにそれを改革することである」という点から出発した1980年代に回帰する、ということは、極めて重要な意味を持つと私は思っています。

 北京オリンピックの聖火リレーは、欧米各国で抗議行動を引き起こし、それが中国国内におけるナショナリズムの高まりを引き起こしましたが、中国の指導部や知識人(「新京報」の論説陣も含む)の間に「中華ナショナリズムの過度の高揚は、国際社会における中国の孤立化を招く」という危機感を引き起こしたのではないかと思います。今までの流れからは考えられない日本への急接近は、こういった危機感が背景にある、と私は思っています。

 私は昨年4月に20年振りに北京に駐在するようになり、この20年間、中国は経済的に飛躍的に発展したものの、様々な面でほとんど前進していない(一部については後退している)と感じて若干落胆していたのですが、今回の胡錦濤主席の訪日によって、歴史は大きく前に前進した、と感じています。今回の胡錦濤主席の訪日は、中国が国際社会の中で高い地位を占めていくには、国際的に共有できる認識に立ち、国際的理解を勝ち得なければならないことを中国の指導部や知識人たちが再認識するきっかけになったと思うからです。

 行きつ戻りつしつつも、やはり歴史は確実に前に進んでいくものなのだ、今、私はそう感じています。

(以下は、2008年5月10日夕方に追記)

 上記に紹介した「新京報」5月7日付けに掲載されていた評論『日本を師として』中国の改革を推進する助けとすべき」については、上記に「新京報」のホームページの中に掲載されているURLを載せてありますが、5月10日の午後になってから、この評論文は削除された模様です。5月10日の午前中に確認したときは、確かに「新京報」のホームページ上でも見ることができましたが、午後に確認してみると掲載されていません。「日本を師として」という表現が、自尊心あふれる中国の若者たちの心の琴線に触れ、「新京報」に抗議が殺到したからかもしれません。

 「新京報」のホームページからは削除されてしまいましたが、この評論文は、既に多くのブログや掲示板に転載されています。中国では、ネット上では著作権はないのに等しい状況ですので、一度発表された評論文などは、筆者に無断でブログや掲示板にどんどん転載されます。従って「以日為師」「助推中国改革」といったキーワードを使って検索エンジンで検索すると、この評論の原文の載ったサイトが山のように出てきます。

 それらの掲示板に載っている議論を読むと、この評論の筆者に賛同する人もいますが、やはり「一体、日本に何を学ぶというのか?」といった反発する記載が圧倒的に多いようです。

 「新京報」は、今日(5月10日)付けの紙面から、1週間に一度「評論週刊」(サブタイトル:公民読本を作る(中国語で「建設公民読本」))という時事問題に対する評論の特集を始めました。この中に、新聞各紙に掲載された評論文に対してコメントする欄があるのですが、今月の担当者・余世存氏は、この5月7日付け「新京報」の「『日本を師として』中国の改革を推進する助けとすべき」という評論を取り上げ、「現在のこのような『中国の決起』が起きている雰囲気のなかで、このような見識は発表することだけで大胆と言うべきである。」とコメントしています。

 この今日付の「評論週刊」の創刊号のタイトルは「愛国と民族主義」です。5月7日に「日本を師として」と題する評論を掲げたのは、「新京報」が若い人たちから反発が出ることを承知の上で、問題提起をしたかったからだと思います。この論文に対してはネット上のあちこちの掲示板で熱い論戦が起きていますが、むしろこれはいいことだと私は思います。敢えてこの問題を提起した「新京報」に私は敬意を表したいと思います(ただ、それならば「日本を師として」の評論をホームページ上から削除して欲しくなかったと思います)。

 これからは、中国の中で、「愛国」「民族主義」「言論・表現の自由」といった問題について、多くの人がいろいろな議論をするようになるのではないかと私は思います。

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2008年5月 9日 (金)

日中関係で一歩踏み込んだ社説

 訪日中の胡錦濤主席と福田総理との間で首脳会談が行われ、日中共同声明が発表された翌日の5月8日、北京の大衆紙「新京報」は、「中日の戦略的互恵関係:改革の中に発展を探る」と題する社説を掲載しました。日中首脳会談の翌日の新聞が日中関係に関する社説を掲載するのは当然と言えば当然ですが、私は、この「新京報」の社説の内容は、少なくとも私が見た中国の新聞に掲載された日中関係に関する論評の中では飛び抜けて踏み込んだ内容になっていると感じました。

(参考)「新京報」2008年5月8日付け社説
「中日の戦略的互恵関係:改革の中に発展を探る」
http://www.thebeijingnews.com/comment/shelun/2008/05-08/018@075847.htm

 この社説の中で私が新しい視点だと感じたポイントは以下の点です。

----(社説のポイント:始まり)----

○我々は今回の共同声明の中で、歴史問題について日本の戦略戦争に対する「反省」や「謝罪」が盛り込まれず、その代わりに「歴史を正視し、未来へ向かう」という中立的な表現になっていることに特に注目したい。中日両国がアジアにおける二大大国として、共に「戦略互恵関係」に則って21世紀を切り開いていくことを中国側が決心したことを明確に表しているからである。またこのことは同時に、日本が戦後60年以上にわたり平和的発展の道を歩んできたことを正面から評価し、肯定していることを意味しているからである。

○具体的な係争問題を棚上げにしてでも、地球規模の課題に取り組むことが歴史と世界が中日両大国に与えた使命である。中日両国は、国際社会における「責任を負った大国」として共に手を取り大きな目標を目指さなければならないのである。

○今回の共同声明では、原則として隔年ごとに首脳が相互訪問することを確認している。これまで両国は、共通に持つ東洋的性格から、両国首脳の個人的考え方が両国関係に色濃く反映されてきた。両国首脳の相互訪問を決めたことは、こういった問題を回避する「安全ネット」の役割を果たすだろう。

○もちろん、我々には「毒ギョーザ事件」によって起きた相互の信頼関係の問題や食品貿易への影響を回復させる必要があるし、東シナ海ガス田問題に関してはまだ話し合う必要がある、といった問題が残されている。しかし、双方は戦略的観点から前向きに問題解決へ向けて努力することができるし、協力と戦略的信頼関係を強化することもできるのである。

○日本は、中国の改革開放政策を進めるに当たって有効な支援をしてくれた隣国として、また、中国の人々の心の中にとっての現代化の「手本」として、中国が「遅れた改革者」としての変革の道を歩み終わることに対し、寛容と理解を持った視線を投げ掛ける必要がある。

○21世紀の中日関係が新しい未来を切り開けるかどうかは、両国が真の協和した大国同士として「君子の交わり」を結び、中国の改革(中国語では「転型」)の成功が大きく、深く行われることに対して妨害がなされることがないようにできるかどうか、に掛かっている。この意味で言えば、中国の改革は、日本にとっても「他人事」ではないのである。

----(社説のポイント:終わり)----

 「新京報」は、中央政府の基本的な方針に大きく反対することはしないものの、「人民日報」や「新華社」とはひと味違った、党・政府の公式な方針から一歩離れた独自の立ち位置から論説を展開するのが普通です。上記の社説は、基本的には5月7日に出された日中共同声明を肯定的に受け止めるとともに、歴史問題などに関しては5月8日に胡錦濤が早稲田大学で行った講演と同じ路線の論調ですが、私は以下の点で特筆すべき点があると思います。

・共同声明の中で日本による侵略戦争について「反省」や「謝罪」について触れられていないことをプラスに評価していること。

・「日本が戦後60年以上にわたり平和的発展の道を歩んできたことを正面から評価し、肯定している」として、中国の新聞としては今までになく日本の戦後の歩みを真正面からプラスに評価していること。

・日中両国を「アジアにおける二つの大国」と位置付け、「中国がアジアの中心になるべき」という発想に立っていないこと。

・「毒ギョーザ事件」「東シナ海ガス田問題」等、胡錦濤主席の訪日で「友好ムード」を盛り上げる努力をしている党・中央の方針の中にあって、日中間の問題となるべき点はきちんと指摘していること。

・日本を「改革開放を支援してくれた隣国」「現代化の『手本』」と表現したこと(日本について中国の新聞がここまで前向きな表現を使ったことを少なくとも私は見たことはなかったように思います)。

・この社説の筆者が「改革を進めていく過程で、中国はこれからいろいろ困難な局面に立ち向かうことになると思うが、そういう中国を『寛容と理解をもって』見ていて欲しい」と考えているとともに、中国の改革が失敗することは日本にも大きな影響を与えることを指摘して、中国の「正しい改革」に対する日本の支持と支援を期待していることが窺えること。

 最後に挙げた「正しい改革」とは、「新京報」はあからさまには表現しませんが、これまでの論調を踏まえれば、「政治の民主化」であり「政府の情報の公開」であり「表現や報道の自由」であり「社会的安定の中での格差の是正」であり「社会の底辺を支える人々に対する民生の向上」であると思われます。

 「新京報」の論説を書く人々は、政治の民主化の問題、人権の問題、政治に関する情報の公開性の問題、表現や報道の自由の問題、農村と都市との格差の問題など中国が抱える様々な問題があることはよく理解しています。一方で、社会の安定を維持し、経済的な混乱が起こるようなことのないようにしながらそれらの問題を解決することは非常に難しいこともよくわかっています。

 世界各地を回った聖火リレーへの対応において、欧米各国では、人権の問題などに対して批判が相次ぎましたが、批判した人たちが言うとおりに変えれば問題が解決するほど中国が抱える問題は単純ではありません。社会や経済を安定させた状態を維持しつつ、これらの問題を解決していくためには、まさに「寛容と理解をもって」中国の改革を辛抱強く支持することが必要なのです。この社説の筆者は、その役割を、中国との間で不可分の利害関係を持つ日本に果たして欲しい、と思っているのだと思います。

 胡錦濤主席と福田総理は、大陸においても台湾においても、現在でも「中国革命の父」と慕われる孫文ゆかりのレストランで会食をしました。胡錦濤主席は早稲田大学の講演の中で中国共産党の創始者である陳独秀、李大釗の名前を挙げ、彼らが早稲田大学に留学していたことを指摘していました。日本は、20世紀初頭、中国革命の指導者たちが育つ場を提供していたのです。胡錦濤主席は、そのことを改めて思い起こさせようとしたのだと思います。従って、日本が「寛容と理解をもって」中国の改革を支持する、というこの「新京報」の社説は、胡錦濤主席が言わんとしたことと相通じるものだと思います。

 今回の「新京報」の社説は、21世紀の日中関係を考える上で、非常に重要なポイントを突いており、私も大いに共感するところがありましたので、このブログで取り上げさせていただきました。

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2008年5月 4日 (日)

「新京報」北京大学創立110周年記念特集

 今日(2008年5月4日)付けの北京の大衆紙「新京報」では、昨日、胡錦濤主席が北京大学を訪問したことを報じるとともに、北京大学創立110周年記念特集として、北京大学の歴史や北京大学卒業生の有名人に対するインタビューなどを掲載していました。

 胡錦濤主席の北京大学訪問の記事では、北京大学人文学部の袁行霈教授が胡錦濤主席との座談会で次のようなことを話したことが載っています。

○大学は非常に自由な学術環境が必要であり、自由な研究ができる前提の下でこそ多くの成果が得られるのである。

○(政府による)これまでの物質的な支援のほか、さらに重要なのはもっと多くの自主権を大学に与えることである。

○民族の文化を伝承し、人の理念と精神的な面を向上させるため、人文社会学科をさらに重要視ことを希望する。

(参考1)「新京報」2008年5月4日付け記事
「胡錦濤主席、北京大学を視察」
http://www.thebeijingnews.com/news/beijing/2008/05-04/018@074558.htm

 この袁行霈教授の話は、胡錦濤主席がライバル校である清華大学の理工系(水利技術学科)卒であることを意識しているものと思われます。また、この日の「新京報」の北京大学創立110周年特集号では、昨年11月に撤去された「三角地」について、歴史的には「北京大学の民主の壁」と呼ばれてきたことを紹介するなど、「新京報」の記事自身が「自由な学術環境」「大学の自主権」を重要視した内容になっていることが注目されます(ただし、さすがに「北京大学の歴史」「三角地の歴史」の中でも1989年のことについては触れていません)。

(参考2)このブログの2007年11月3日付け記事
「北京大学の『三角地』掲示板の行方」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/11/post_b865.html

 なお、昨日の胡錦濤主席の北京大学訪問については、「人民日報」で1面のほとんど全てをこれに関連する記事にあてるなど、大きく取り上げています。

(参考3)「人民日報」2008年5月4日付け1面
「心から深い気持ちを北京大学キャンパスに寄せる~胡錦濤総書記、北京大学視察の概要~」「北京大学の教授・学生代表との座談会における講話」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-05/04/node_17.htm

 5月4日は「五四青年節」で、北京大学は1919年の「五四運動」の発生の地ですから、5月4日付けの新聞で「北京大学特集」を組むのは別におかしくはないのですが、扱い方がやけに大きいなぁ、ということと「新京報」が「自由な学術環境」「大学の自主権」に重きを置いた記事にしていることが私の印象に残りました。

 今、北京大学と清華大学は、北京市の中関村地区で隣接して立地していて、中国のトップを行く大学としてライバル関係にあります。最近は、輩出する国家指導者の数やいろいろな学術研究の成果では清華大学の方が上だ、と考える人も多いのですが、「中国を引っ張ってきた」という歴史の重みとそれに裏打ちされた自負とプライドにおいては、まだまだ北京大学の方が上だ、と思っている人が多いのかもしれません。今日の「人民日報」や「新京報」の記事を見て、そんなことを思いました。

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2008年5月 3日 (土)

胡錦濤国家主席が5月3日に北京大学を訪問

 中国では、5月4日は、1919年の5月4日に始まった「五四運動」にちなんで「青年節」と呼ばれ、青年(14歳~28歳)には半日の休日が与えられる、という法定休日になっています。

---【「五四運動」に関する説明】(始まり)---

 1919年1月から第一次世界大戦の戦後処理について話し合うヴェルサイユ会議が開かれましたが、この会議において、中国は当時日本が占領していた山東半島を中国に返還するように要求していました。山東半島は、もともとドイツが租借地として支配していましたが、英仏に味方して第一次世界大戦に参戦した日本は、山東半島に出兵し、ここを占領しました。そして、日本は、1915年、「対華21か条」において、日本による山東半島占領を認めるよう中国に要求しました。英仏米もこの日本の要求を黙認したため、当時の中国の袁世凱政権はこの要求を飲まざるを得ませんでした。戦争が終わってドイツが負けたことから、中国政府は、アメリカ大統領ウィルソンが提唱していた「民族自決主義」の原則に基づき、山東半島を中国に返還するよう要求していたのです。

 しかし、第一次世界大戦の戦勝国側(英仏米日)がリードするヴェルサイユ会議は、この中国の要求を拒否しました。中国の要求が拒否されたことが伝えられると、中国の人々の列強各国、特に日本に対する怒りが爆発し、1919年5月4日、北京大学の学生らが天安門前へ向けてデモを行ったことをきっかけに、中国における反帝国主義の大衆運動が広がっていったのでした。これが「五四運動」です。5月4日は、中国革命において、学生ら青年たちの民族主義的な情熱から出発して、幅広い人々による大衆運動が広まった「真の革命」の出発点の日として、今でも歴史上の重要な日として位置付けられています。

---【「五四運動」に関する説明】(終わり)---

 世界を巡った北京オリンピックの聖火リレーに対して様々な妨害活動があったことから、今、これに反発して、中国のナショナリズムがいつになく高まっています。特にフランスでの聖火リレーに対する抗議活動が激しく、フランスのサルコジ大統領が「場合によってはオリンピックの開会式に出ないこともあり得る」といった発言をしていることから、中国の若い人たちの間にフランスに対する反発が高まり、フランスの会社が経営するスーパーマーケット「カルフール」での不買運動が起こるまでになっています(この不買運動は、「『カルフール』の大手株主がチベット独立運動グループを支援している、とのウワサがネット上で広まったことがきっかけになっています。「カルフール」側はこのウワサを否定しています)。

 中国国内のメディアも、「チベットでの動きに対する西側メディアの報道は偏向している」など、中国の人々の愛国主義的感情を煽るような報道をしてきたのですが、学生らの動きが「カルフール」の不買運動にまで発展したことを受けて、「愛国主義は重要だが、それは理性的に国家建設へ向ける必要がある」といった趣旨の論説を掲載するなど、ナショナリズムの過激化を警戒するようになってきています。特に、オリンピック成功へ向けて国際世論に対する配慮を示すため、チベット問題に関してダライ・ラマ側と非公式な接触を図ろうとしている中国政府にとって、あまりに過激なナショナリズムは好ましくありません。非公式とは言え、ダライ・ラマ側と接触しようとする政府に対して、学生らが「妥協しすぎだ」と反発すると困るからです。5月4日は、ナショナリズムの国民運動の出発点である「五四運動」の記念日なので、この日をきっかけに学生らの動きが、中国政府の思惑を超えるほどに盛り上げることは、中国政府としても困るのです。

 そんな中、5月1日に日本の時事通信は「胡錦濤国家主席が5月4日に北京大学を視察することを予定している」というニュースを配信しました。私は「まさか」と思いました。北京大学は「五四運動」の発生の地です。また、北京大学の学生は今でも「自分たちが中国をリードしている」というプライドを持っています。そんな中、「五四運動」の記念日に国家主席が北京大学へ行ったら、国家主席に「直訴」しようとする学生らに格好のきっかけを与えてしまうことになるからです。国家主席自らが「愛国主義の熱情は素晴らしいもので理解できる。しかし、その情熱は理性的に社会の建設のために向けて欲しい。」と訴えることは非常に重要なことだと思うのですが、それを5月4日に胡錦濤主席自らが北京大学に出向いて行うのはあまりにも刺激的だ、と私には思えました。また、警備上の都合から言っても、国家主席の視察日程が事前に報道されることはあり得ないはずだ、と私は思いました。

 ところが、今日(5月3日)夜7時から放送された中国中央電視台の「新聞聯播」によると、胡錦濤国家主席は、5月4日ではなく、今日(5月3日)に北京大学を視察した、とのことです。このテレビのニュースでは、胡錦濤主席が大学生らと和やかに交流したり、白人の外国人留学生と交流して国際的な相互理解の重要性を強調したりしている姿が放映されました。胡錦濤主席が5月4日に北京大学へ行く、という時事通信の報道は、一種の「おとり情報」だったようです。5月4日の前日に電撃的に行くことで、胡錦濤主席は、過激な学生らに「直訴」されるようなことなく、「愛国主義の熱情は理性的な方向へ向けよう」「国家の団結も重要だが、それを基にした国際的相互理解もまた重要だ」という強いメッセージを学生たちに発することに成功したと思います。

 一方、5月2日時点での日本での報道やBBC、CNNでは、ダライ・ラマ側の特使は、5月3日に中国に入って中国側と接触する予定、と報道していました(一部の報道では、ダライ・ラマ側の特使が行く場所は北京だ、と報道していました)。「五四」の前日にダライ・ラマ側と接触したりしたら、ナショナリズムで高揚している学生たちを刺激するだけで、タイミングとしては悪すぎる、と私は思いました。

 ところが、北京時間5月3日夜の報道によると、ダライ・ラマ側の特使は5月3日に中国に入ったが、中国政府の関係者と会談するのは5月4日だ、とのことです。また、NHKのニュースなどの報道によると、会談の場所は北京ではなく広東省深セン(香港の北隣)だ、とのことです。中国政府とダライ・ラマ側との非公式な接触については、中国国内のメディアでは伝えられていません。日本や欧米のメディアは、中国側やダライ・ラマ側から非公式に流される情報に「踊らされて」いるようです。こういった「水面下の交渉」が行われる時間や場所は、交渉がそれこそ「水面下」で行われるので、正確な情報はオモテには出ないのが普通なので、流される情報に振り回されないようにする必要があると思います。

 また、昨日(5月2日)、今日(5月3日)の時点で「カルフール」を意味する中国語の「家楽福」を中国の検索エンジン(百度(バイドゥ)、Yahoo!、Google)で検索すると「法律の規定に基づき検索結果が表示されません」と表示され、検索することができません。インターネットによる不買運動の動きが広がることを防ぐため、当局によるインターネットアクセス制限が掛かっているからのようです。

 こういったインターネット・アクセス制限については、当局側が公表しないのはもちろんのこと、中国の新聞でも報道されないのが普通なのですが、今日(5月3日)発売の経済専門週刊紙「経済観察報」(2008年5月5日号)では、1面に載せた「カルフールの5月1日」(中国語で「家楽福5月1日」)と題する記事の中で、「カルフール」の語が百度で検索できないことを伝えています。

 一方、中国「カルフール」のホームページに非常に似た(スペリングで1字違いの)アドレスを持つ愛国主義を訴える過激なイメージのサイトには、アクセス制限が掛かっておらず、閲覧できる状態になっています(このサイトでは「オリンピックを妨害するいかなる言論や行動に対しても断固として反対しよう」というスローガンが掲げられていますが、「不買運動をしよう」などとはひとことも言っていないので、削除やアクセス制限の対象になっていないものと思われます。しかし、そのアドレスを見れば「カルフール」を対象にしていることは明らかです)。

 また、新華社のホームページには、伝えられる記事に対する意見を書き込める掲示板が付いているのですが、「カルフール」の不買運動に対して「理性的に対応しよう」という専門家の論評に対する掲示板には、「専門家は何もわかっていない」など、不買運動を支持する書き込みが削除されずにそのまま掲載されています。

 胡錦濤主席の北京大学訪問を伝える5月3日の「新聞聯播」では、チベットのラサ地区がこのメーデー連休から国内の観光客に開放されたこと、北京で「チベットの今昔展」が開かれておりこれを見た多くの人が最近のチベットの発展に満足の意を示していることが伝えられていました。新華社等の公式メディアでは、今の時点でも「チベット独立派」「ダライ集団」の不当性を訴える記事を「これでもか」という程に連日報道しています。

 このようにナショナリズムの高まりや「カルフール」の不買運動、中国政府とダライ・ラマ側との非公式な接触に関する情報は、「何が本当で、なにが『おとり情報』なのか」「当局は、どの情報を制限し、どの情報の流布を許可し、世論をどの方向に持っていこうとしているのか」が現在よくわからない状況になっています(それゆえに、外国メディアの中には、中国当局の内部で対応の仕方に対する路線対立があり、軸足が定まっていないのではないか、と論評するところもあります)。

 ただ、インターネットの掲示板などでは、激しくナショナリズムを高揚させるような書き込みがありますが、「不買運動をやろう」と呼びかけられていた一昨日(5月1日)、北京市内にいくつかある「カルフール」の店舗のうち、店の前に人が集まって店に入る客に不買を呼びかける、といった目立った活動が行われたのは、北京大学などに近い中関村店だけで、そのほかの店では、大きな動きはなかったようです(ただ、「経済観察報」の記事によると、ほかの店でも、いつものメーデー連休に比べてお客はかなり少なかった模様です)。

 そういった状況も踏まえると、大多数の中国の人々は基本的に冷静なのだと思います。聖火リレーは、5月1日の香港を皮切りにして、中国国内に入りました。中国国内では、さすがに「抗議行動」などはないと思うので、これ以上「騒ぎ」が大きくなることはないと思います。ただ、オリンピック本番で、ナショナリズムの熱情に燃えた一部の若い人たちが、外国人との間でトラブルを起こすことだけは避けて欲しいと思っています。

 いずれにせよ「五四青年節」の前日に胡錦濤国家主席が自ら北京大学へ行った、ということは、党・政府も事態を重要視していることの表れだと思います(表向きは、開校110周年の記念式典に出席した、ということになっていますが、「五四」のタイミングを狙って行ったことは明らかです)。「不買運動」などをやっている若い人たちの気持ちが本当に「愛国主義」に基づくものなのであれば、彼らはこの胡錦濤国家主席の気持ちを汲み取って理性的に行動するはずである、と私は信じています。

(2008年5月5日深夜追記)

 上記の文章で「中国『カルフール』のホームページに非常に似た(スペリングで1字違いの)アドレスを持つ愛国主義を訴える過激なイメージのサイト」について書きましたが、5月5日夜現在、このサイトは、削除されたのか、あるいはアクセス制限が掛けられたからなのかわかりませんが、見ることができなくなっています。違法と指摘されないように注意して作られたサイトのように見えましたが、やはり見たイメージがちょっと過激な感じがしたので削除されてしまったのか、あるいは自主規制して自分で削除してしまったのかもしれません。

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2008年4月30日 (水)

Ready for what?

 今日4月30日は、北京オリンピック100日前に当たります。北京では、様々な記念のイベントが行われました。北京オリンピックのイメージ・ソングは "We are ready" (中国語では「我們準備好了」:私たちは準備ができています)です。それに合わせて、今日は、中央電視台で「我們準備好了」という特別番組を放送しました。

 私は、いつもこの "We are ready" の曲を聴くと、"So, reday for what?" (それで、何の準備ができているの?)と問い掛けたくなります。

 1964年の東京オリンピックは、第二次世界大戦に負けた日本が19年の時を経て世界に「新しい日本」として再出発した姿を見せる場でした。そして、東京オリンピックを契機として日本は高度経済成長を遂げることになります。1988年のソウル・オリンピックは、1980年に軍事クーデターで政権を奪取したチョン・ドゥホァン(全斗煥)大統領が「オリンピックの開催の前に大統領を退陣する」と宣言して招致したオリンピックでしたが、実際に、1988年、チョン・ドゥホァン大統領はオリンピックを前に大統領を退陣し、国民による直接選挙で選ばれたノ・テウ(盧泰愚)大統領が就任しました。また、ソウル・オリンピック以降、韓国はNIEs(新興工業国・地域)のひとつとして経済的にも国際社会の中で大きく羽ばたくことになったのでした。

 それと比較すると、北京オリンピックを契機として、中国自身がどう変わるのだろうか、中国の国際社会での位置付けがどう変わるのだろうか、というのが私には開幕の100日前の今日になっても、まだ見えてきていないのです。東京オリンピックもソウル・オリンピックも、日本や韓国を国際社会の一員としての舞台に載せる役割を果たしたのですが、北京オリンピックについては、一昨日まで世界を巡っていた聖火リレーを見ていると、むしろ逆に中国を国際社会の中における異質の存在としてクローズ・アップさせる場になってしまったようにさえ感じました。オリンピックの開催を通して国としてひとつにまとまる、民族意識が高まる、というのは、悪ことではないのですが、それが国際社会と対立する方向を向いており、オリンピックが目指すべきものと方向が逆のように思えるからです。

 私と同じような見方の論調をズバリと掲げる中国の新聞は見掛けませんが、今日(4月30日)付けの北京の大衆紙「新京報」に「オリンピック100日前のカウントダウン:さらに開放された中国を世界に示そう」と題する社説が掲載されていました。

(参考)「新京報」2008年4月30日付け社説
「オリンピック100日前のカウントダウン:さらに開放された中国を世界に示そう」
http://www.thebeijingnews.com/comment/shelun/2008/04-30/011@101131.htm

 この社説では、最初の4分の1の部分で、「オリンピックの聖火リレーが一部の『チベット独立派』の妨害を受けたが、13億の中国人と数千万の在外華僑の力により、妨害は排除され、中華民族の団結を示した。」と述べる一方、続けて「しかしながら、我々の目の前にはさらに多くの考えるべき課題が残っている。」として、オリンピックを契機に中国が示すべき道を論じています。

 この社説では、オリンピックに関する建物などの「ハード」の準備状況は目を見張るものがあるが、それらの影響は一時的なものであり、もっと長く持続的に続く「ソフト」面での建設を考える必要がある、と指摘しています。具体的には、「国民の自治」「法律に基づき政治を行う権威」「権利の保障」・・・といった点の改革の道のりはまだまだ遠く、今日この時から、小さな一歩を踏み出す必要がある、と指摘しています。さらにこの社説は、「オリンピック精神は異なる文化を容認し理解することを強調している」として、「中国が積極的に開放的で自由な発展を進め、それをもって一部の国が持っている中国に対する誤解や偏見を消し去り、オリンピック運動が提唱する真の国際交流を実現しなければならない。」と結んでいます。

 中国の新聞の社説や論説は、「ズバリ」と指摘するといろいろ差し障りが出るケースがあるため、論旨が回りくどくて(たとえ中国語の読解能力が完全であったとしても)、その主張を理解するのは相当に難しいケースがあるのですが、この「新京報」の社説が言っていることは、最初の4分の1の部分(聖火リレーによって中華民族が団結したことを評価する部分)を除いては、私の考えていることとほとんど同じだと思います。

 私は、北京オリンピックによって、世界の多くの人が中国を訪れ、世界の多くの人が中国を理解するきっかけになるとともに、中国の人々が世界を理解するきっかけになればよいな、と思っていました。しかし、少なくとも、19か国を回った聖火リレーの結果だけを見れば、世界の人々と中国の人々との「意識のギャップ」はむしろ深まってしまったように思います。

 私がよく知っている北京のホテルは、いつもは1泊500元(7,500円)程度の値段なのに、7月下旬から8月いっぱいは1泊3,500元(52,500円)~4,500元(67,500円)にする、と言っています。今日(4月30日)夜9時からのNHK総合テレビで放送された「ニュース・ウォッチ」によると、日本の旅行社等ではオリンピックの人気のある試合のチケットがほとんど確保できていない状況だとのことです。こういった状況を踏まえると、私は、オリンピックが始まっても、実際は外国人はあまり数多くは中国へは来ないのではないか、と心配しています。スタジアムは満員だけど、ほとんどみんな中国人だけ、ということになるのではないか、とも思っています(外国での聖火リレーを見ていると、どうしてもそういうイメージを持ってしまうのです)。

 こういった私の心配が杞憂になり、北京オリンピックにおいて、数多くの外国の人々と中国の人々とが触れ合い、お互い知らなかったことを理解し合う交流が笑顔の下で行われることを祈りたいと思います。

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2008年4月26日 (土)

「ダライ・ラマと対話の用意がある」の意味

 昨日(4月25日)、中国の新華社通信は「中国政府の関係者は、分裂活動やオリンピックへの妨害活動をやめるのならば近日中にダライ・ラマの私的代表と話し合う用意がある」と発言した旨伝えました。この報道が日本の長野での聖火リレーの前日で、長野での抗議活動をやるかもしれないと伝えられていた活動家グループ「国境なき記者団」が日本に入国する直前になされたことに、私は中国側の「意図」を感じました。

 私が想像する中国側の「意図」とは以下のようなものです。

○5月初旬にも予定されている胡錦濤国家主席の日本訪問を直前に控えて、聖火リレーへの妨害活動等に関連して欧米各国とはぎくしゃくした関係にある中国側としては、今までこの件に関して積極的に中国批判を行って来なかった日本との関係を良好なままに保ちたいと思っており、そのためには長野の聖火リレーにおいて中国に対する大きな抗議活動が起こっては困る。

○「中国政府がダライ・ラマ側と接触する用意がある」との意図を示せば、聖火リレーに対して抗議活動を行ってきた人々の抗議の根拠がなくなる。もしそれでも抗議活動を行えば、それは「政治的な主張に基づく正当な抗議」ではなく、単なる「嫌がらせの妨害行為」ということになり、もし混乱が起きても日本国民の世論が抗議者側に賛意を表することはなくなる。

 つまり、この「ダライ・ラマ側と接触する用意がある」という新華社の報道は、もちろん国際世論に配慮した、という意味はあるものの、そのタイミングを考えると、特に日本に対して出された「中国は日本とだけは友好的な関係を維持したい」というメッセージであると捉えていいと思います。

 4月26日に長野で行われた聖火リレーは、ロンドンやパリのような騒ぎにはなりませんでしたが、物が投げつけられたり妨害行為があり、逮捕者も出ました。また、集まった中国人留学生らと抗議行動を行おうというグループとの間で小競り合いがあり、中国人留学生ら数人がケガをしたとのことです。この長野の聖火リレーについては、中国のメディアは「聖火は日本の人々に歓迎されてリレーは成功裏に終了した」と報道したのみで、妨害行為や中国人留学生がケガをしたことは伝えていません。こういった報道の仕方も「日本との間ではギクシャクしたくない」という中国政府の「意図」を表していると思います。

 今後注目すべきなのは、今回の「ダライ・ラマ側と接触する用意がある」との中国政府関係者の発言が、単なる国際世論(特に日本に対する)メッセージだけで終わるのか、実際に中国政府がダライ・ラマ側と接触し、問題解決の話し合いのテーブルに着くかのかどうか、です。EUの代表は「もともとダライ・ラマ14世は『中国からの独立は主張していない』『自治の確立とチベットの文化や宗教の保護を求めているだけ』『北京オリンピックの開催は支持する』と主張しているので、中国政府とダライ・ラマ側との話し合いが持たれれば問題解決の余地はあるのではないか。」との期待を表明しています。この期待が現実のものになるとよいのですが。

 問題は、これまでさんざん「ダライ集団は国家を分裂させようとしている」とダライ・ラマ側を批判して国内の民族主義的な感情を煽ってきた中国政府が急に「ダライ・ラマ側と話し合う用意がある」との考え方を示したことに対して、中国の人々(特に若い人々)がどのように反応するかです。「ダライ・ラマ側と話し合う用意がある」との政府関係者の発言を伝える新華社電は、中国国内でも人民日報や中央電視台のテレビ・ニュースでも伝えられ、一般の中国国民にも既に伝わっています。今日(4月26日)は土曜日で、この後、5月1日からの3連休、5月4日の「五四青年節」(1919年5月4日以降、列強各国(特に日本)に対して当時の若者たちが民族主義的主張を掲げて起こしたことを記念した日)になりますから、今は若い人たちが何か動きを見せる時間的に余裕が持てるタイミングです。「五四青年節」に向けて、若い人たちがどう動くのかが気になります。

 民族主義的熱気に包まれた若者たちが「ダライ・ラマ側と話し合うなどとんでもない」と考えて、中央政府の考え方に反発するような動きを見せたりすると、話が複雑になります。もしそうなったら中国政府は、これまでダライ・ラマ側や西側報道機関を強烈に批判するキャンペーンを行って来たことの反動を自分で受け止めなければならないことになります。(新華社のホームページにある「ダライ・ラマ側と話し合う用意がある」という記事に付けられている掲示板には「政府の意向を支持する」という発言が並んでいますが、これが本当にネットワーカーの意見を代表するものであるとは、私にはとても思えません)。

 別の観点から捉えれば、この時点で「ダライ・ラマ側と話し合う用意がある」との発言が公表されたことは、中国の党・政府の中で問題解決に対してどういう手法を取るかについての「迷い」(別の言葉でいうと内部での路線対立)があることを表しているのかもしれません。

 いずれにせよ、私は、中国の若者たちが過激な行動に走ることなく、国際的な感覚をもって(=外国の人々が自分たちの行動をどう受け止めているのか、を自覚して)、冷静に行動することを期待しています。問題は、今の若者たちは1989年の事態を知らない世代であり、1989年の事態に関する情報からいっさい遮断されているということです(1989年の事態に対する情報に関しては、インターネットで閲覧しようとしてもアクセス制限が掛かっています)。私としては「オリンピックを契機とした穏やかな歴史の前進」を改めて願いたいと思います。

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2008年4月21日 (月)

デモに関する報道

 日本からの報道やCNNなどの報道によると、この週末(4月19日、20日)、次のようなデモがあった、とのことです。

(1)パリ、ロサンゼルスなどで、フランスにおける聖火リレーへの妨害行為やCNNの報道に抗議する中国人留学生らによるデモがあった。

(2)武漢などの中国の複数の都市において、フランスにおける聖火リレーへの妨害行為等に抗議するため、フランスの会社が経営するスーパーマーケット「カルフール」での不買運動を訴える学生らによるデモがあった。

 これらについては、4月20日、4月21日付けの中国の新聞による報道は以下のとおりになっています。

(1)については、写真を入れたりして大きく報道している。

(例1)「新京報」2008年4月20日付け記事
「5000人の中国人がパリでオリンピック支持の集会を開催」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/04-20/011@072623.htm

(例2)"China Daily" 2008年4月21日付け1面トップ記事
"Thousands rally in Europe, US" (何千人もの人がヨーロッパやアメリカでデモを行った)
http://www.chinadaily.com.cn/cndy/2008-04/21/content_6630616.htm

(例3)「人民日報」2008年4月21日付け記事
「北京オリンピックを支持し、事実に反する報道に反対する~米、仏、英、独等で華僑や在留中国人や中国人留学生が各種の活動を実施~」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-04/21/content_48355249.htm

(2)については、「カルフール」に対する不買運動が起きていることは報じているが、「デモ」という形の運動が中国国内で起きていることについては詳細には報じられていない。しかし、デモが計画されていることがわかってからは、暗にデモのような行動による抗議を戒める論説が掲載されるようになる。

(例4)「人民日報」2008年4月20日付け1面の下の方に掲げられた論説
「愛国主義は、どのようにしたらさらに有効になるのか」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-04/20/content_48354756.htm

 一方、4月20日の「新京報」には、石嘉という名前の北京の学者の意見文が掲載されています。この意見文の中では、冒頭、雲南省昆明において「カルフール」の店の前に約200人が集まって抗議行動を行い、店に入る客に「売国奴」という罵声を浴びせたり、水を掛けたり、ひどいときには殴打したりした事実を伝えてます。このような事態に対して、石嘉氏は、「私は、不買運動をしようと考えたり、不買運動に反対したり、様々な意見が表明されることを支持するが、片方の意見を持つ者が異なる意見を持つ者に対して、理性を失い、合法性を逸脱する態度を取ってはならない。」「そういった行為は、かえって多くの人に不買運動に対する疑念を抱かせるのであって、世界中で形成されつつある好ましい民族的現象を妨害することになる」と批判しています。

(例5)「新京報」2008年4月20日付け「観察家」(意見欄)
「カルフールの店の前における理性の危機」
http://www.thebeijingnews.com/comment/guanchajia/2008/04-19/011@023715.htm

 (例4)(例5)に掲げた論説や意見文は、至極もっともなものであるし、オリンピックを妨害する行為に対して行われた抗議活動は、過激になると、むしろそれによりオリンピックによくない影響を与えることになる、という中国当局の懸念と一致するものだと思います。

 ただ、もし中国当局がそのように懸念するのであれば、(例1)(例2)(例3)に掲げたように、ヨーロッパやアメリカで聖火リレー妨害や反中国的な西側報道に対する反発のデモを大きく伝えるのは大いなる矛盾だと思います。これら外国での激しいデモの報道を見れば、中国国内にいる多くの若者たちは、諸外国で中国系住民や中国人留学生がデモをやっているのなら、自分たちも中国国内でデモをやりたい、と思うようになるのが自然だろう、と思えるからです。

 今まで、中国の国内メディアが展開してきた「チベットの住民による暴力行為糾弾キャンペーン」「聖火リレーに対する妨害行為を糾弾するキャンペーン」「中国政府のやり方を批判する西側メディアを『偏向している』『事実を伝えていない』と批判するキャンペーン」が非常に激しかっただけに、ここに来て急に「不買運動はいいが、過激な行動には走らないように」とブレーキを掛けても、中国の若い人は納得するだろうか、という心配があります。少なくとも、上記のように矛盾して見える中国のメディアの報道振りは、「国内世論のコントロールに苦労してる中国当局の姿を表していると思います。

 中国の人々は、世の中が混乱しては困る、ということを自分たちで一番よく知っています。ですから、これからも小さなトラブルはいくつかあるかもしれませんが、大きな混乱にはならないと思います。オリンピックに影響を与えるような事態になることは誰も臨んでいないのですから。

 それを考えると、中国の報道機関も「世論をコントロールしよう」と思うのではなく、右側の事実も左側の事実も、事実を淡々と伝えることに徹し、必要に応じて、起こった事実に対する論評を加える、という報道の仕方にする方がよいと思います。その方が自然で、みんな(諸外国も含めて)が納得できるものになると思います。

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2008年4月19日 (土)

北京の一部の大使館街が公安当局により封鎖

 今日(4月19日)午後、第三環状路を車に乗って通っていたら、北京市の東北部にある朝陽区三里屯の大使館街で、第三環状路から大使館街に入る道が全て公安当局の人員による隊列で入れない状態になっていました。この三里屯の大使館街は、日本の大使館は入っていませんが、ヨーロッパ、ラテンアメリカ、アジア、アフリカなど各国の大使館が連なっているところです。もちろん各大使館は警戒が厳重で、用のない人は各国大使館の敷地内に入ることはできませんが、各国大使館前の道路は、いつもは自由に通行できます。大使館街は、街路樹がしっかり整備されているので、緑の季節には通ると気持ちのいい街です。その三里屯の大使館街がブロックごと完全に公安当局に封鎖されていたのです。

 どこの国の大使館を守るためにこういった措置が取られているのかは不明でしたが、最近の動きから想像すると、この三里屯の大使館街の中にあるフランス大使館に対するデモを防止するための措置と思われます。

 昨日(4月18日)付けのこのブログの発言でも書きましたが、パリにおける聖火リレーに対する妨害行動が激しかったことや、サルコジ大統領が開会式への出席に対して「状況によっては出席しない」といった態度を取っていることから、中国国内の人々のフランスに対する反感が高まっています。そのため、フランスの会社が経営するスーパーマーケット「カルフール」での買い物をやめよう、という不買運動の呼びかけがネットワーク上で起きているそうです。

 昨日(4月18日)付けの「新京報」によると、「カルフール」の大株主であるモエヘネシー・ルイヴィトン・グループは、ルイ・ヴィトン・グループがダライ・ラマを支援したとの一部の報道に対し、「ルイ・ヴィトン・グループは、チベット独立派を支持したことはないし、中国の消費者を侮辱するような発言をしたこともない」との声明を発表したとのことです。

 また、この記事によれば、湖北省武漢の「カルフール」の店の前に掲げてあった中国の国旗が半旗状態になっており、それを撮影した写真がインターネット上に流された、とのことです。「カルフール」側は、国旗を半旗状態にしたのは「カルフール」の社員ではない、との声明を出し、店先に「カルフールは北京オリンピックを応援しています」という張り紙を出したとのことです。

(参考1)「新京報」2008年4月18日付け記事
「ルイ・ヴィトン、ダライを支援したことはないとの声明を発表」
http://www.thebeijingnews.com/news/intime/2008/04-18/015@075825.htm

※上記の記事の中の「武漢のカルフール、『半旗事件』について調査」とある見出しの部分が武漢での「半旗事件」に関する記事です。記事中、「路易威」は「ルイ・ヴィトン」、「家楽福」は「カルフール」のことです。

 こういった動きを受けてのことだと思いますが、4月19日午後に放送されたNHKのニュースによると、武漢で学生らによる反仏デモが行われ、フランスに対する抗議と中国を支持しない外国に対する抗議を叫んだとのことです。このNHKのニュースによると、デモは、携帯電話のショートメールを使って呼びかけられたとのことです。

 北京の大使館街が公安当局によって封鎖されたのも、こういったデモの動きを警戒したためと思われます。今日(4月19日)日本時間夜7時から放送されたNHKのニュースによると、武漢のほか北京でもデモが行われたとのことですが、少なくとも私はデモ自体は見ませんでした。

 中国では、当局に無届けでデモを行ったり、デモを呼びかけたりすることは法律違反です。

(参考2)このブログの2007年8月24日付け記事
「ネットで集会を呼びかけた大学院生が拘束」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/08/post_2a32.html

 上記の記事で書いたケースでは、インターネット上の掲示板にデモへの参加を呼びかける発言をしたために拘束されたのですが、携帯電話のショートメールを使って、いわゆる「チェーンメール」(「友だち数人にそのまま転送してください」という「不幸の手紙」形式のメール)を使って呼びかけを広めた場合、発信源が特定できないので、上記の記事のケースのように公安当局がデモの呼び掛け人を事前に拘束することは、まず不可能です。そのため、最近は、デモの呼び掛けを行うのに携帯電話のショートメールを使うケースが増えています。

(参考3)このブログの2008年1月28日付け記事
「中国における最近の住民運動の例」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/01/post_a9b2.html

 4月15日に行われた定例記者会見において、インターネット上でのフランス商品に対する不買運動について問われた外交部の報道官は、「最近の一部の中国国民は彼らの意見と気持ちを表現しているのだと思う。これらのことには原因があり、フランス側もよく深く省みて考える必要がある。私は中国国民が法律に則り彼らの合理的要求を表明するものと信じている」と述べています。この発言は、後半で「違法なことはするな」とクギを指しているものの、不買運動を肯定するような内容になっています。これを中国の人々は、不買運動は当局が公認したものだ、と受けとめたようで、このような当局側の姿勢が反仏デモにまで発展したものと思われます。

(参考4)中国外交部報道官定例記者会見2008年4月15日
http://www.fmprc.gov.cn/chn/xwfw/fyrth/1032/t425465.htm

 しかし、学生等がデモを行おうとしている、との動きを受けて、中国当局も騒ぎの拡大を懸念するようになったようです。4月17日夜に配信された新華社通信では、人々に理性的な対応をするよう呼びかける論評を配信しています。

(参考5)「新華社」ホームページ2008年4月17日21:21アップ
「専門家、ネット市民がカルフール不買運動について議論している:理性的な態度を持って愛国の感情を表す必要がある」
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-04/17/content_7998084.htm

 「西側のメディアは偏向していてケシカラン」というキャンペーンを張ったのは中国当局自身ですが、かといって外国製品の不買運動を大々的に行ったり、外国に対する反発を表明するデモが行われたりしたのでは、諸外国から多くの客を招き入れることになる北京オリンピックに対するマイナスイメージが出てしまうことになります。中国当局は、そこまで騒ぎが大きくなることは望んでいないと思います。中国の人々は、こういった中国当局の意向を敏感に受け止めます。「運動を起こしても公認されるな」と思えば運動を行い、「ここまで運動をやったらヤバイ」と思ったらすぐにやめるという「知恵」を持っています。私は、その時は北京にいなかったので詳細はよく知らないのですが、2005年の反日運動の時も、当局が公認している間は運動は盛り上がったが、当局が「これ以上はダメだ」という方針を示した後は自然に収まった、と聞いています。

 4月19日に行われた北京の大使館街の公安当局による封鎖も、そういった中国当局の「これ以上は騒ぎを大きくするな」という明確なメッセージですので、中国の人々はこれ以上騒ぎを大きくすることはないと思います。

 ただ、これからオリンピックへ向けて、いろいろ対外的に注目を集めるイベントが目白押しですので、中国の人々が今までのように中国当局のメッセージに応じて理性的に行動し、大きな混乱なくオリンピックを迎えることができるのかどうかちょっと心配な点があります。オリンピック期間中(7月20日からパラリンピックが終了する9月20日まで)の建設工事の中止や工場の運転中止、市内での交通制限は、労働者や市民生活に直接影響しますので、これらを人々がどう受け止めるのか、ちょっと予測できない点があるからです。

 今日、大使館街の周りの公安当局の隊列を見て、私もちょっと緊張感を感じました。これからオリンピックが終了するまで、ちょっと落ち着かない毎日が続きそうです。

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2008年4月18日 (金)

自信を失ったように見える中国

 CNNが4月9日に放送した番組の中で、コメンテーターのジャック・カフェティ氏が中国製品を「ジャンク」と表現し、中国は「愚連隊で悪漢だ(goons and thugs)」と表現したことに対して、中国政府が謝罪を求め、中国のネットワークではCNNの態度に対する攻撃が盛り上がっています。これに対し、CNNはステートメントを出したのですが、そのステートメントの中で「goons and thugs」と言ったのは、中国政府に対してであり、中国人民に対してではない、と述べたため、これがまた中国政府を怒らせることになり、中国外交部は4月15日、CNN北京支局長を外交部に呼んで抗議した、とのことです。

 「『愚連隊で悪漢』なのは、中国人民ではなく、中国政府のことを言っているのだ」とは、CNNもずいぶんと挑発的なコメントを出したなぁ、と私も思います。このステートメントはCNNのホームページに載っているはず(私は数日前に見た記憶がある)なのですが、残念ながら北京にいる私のところからは、今(4月18日夜)はCNNのホームページの中の「検索」をしたら「Internet Explorer ではこのページは表示できません」と出てきてしまいました。当局がCNNのページにアクセス制限を掛けているのか、多数の中国のネットワーカーが集中的にアクセスしているのでアクセスできなくなっているのかはわかりませんが、少なくとも残念ながら、今の時点では、このCNNのステートメントは見ることはできません。

 外交部(日本の外務省に相当する)が駐在する報道機関の支局長を呼んで抗議する、というのは、「普通の国」ではあり得ないのことですが、中国では報道機関が支局を設置するためには中国政府の許可が必要ですから、こういった行為は、相当の「おどし」になることは間違いないと思います。もっとも、CNNは過去にもこのような経験は何度もしており、「おどし」で何かを変えるとは思えませんが。

 ジャック・カフェティ氏の発言は、テレビのコメンテーターの発言としては、いささか品格を欠き、アジア人に対する偏見のようなものが見え隠れするのを私も感じますが、こういった一人のコメンテーターのちょっとした口汚い「言い過ぎ発言」に対して中国の政府当局がここまで過剰に反応するのは、ちょっとやりすぎだと思います。

 一方、中国のネットワーカーの間では、パリでの聖火リレーに対する抗議行動に対する反発やフランスの政治家の言動から、フランスの会社が経営するスーパーマーケットに対する不買運動が広がっています。これは、スーパーマーケット経営者には気の毒だと思います。中国は「政治とオリンピックは別だ。政治の問題でオリンピックをボイコットしようとしている一部の国の政治家はおかしい」と盛んに主張しています。その論理を主張するのだったら、パリでの聖火リレーに対する抗議行動やフランスの政治家の言動とフランスのスーパーマーケット会社とは全くの無関係ですから、フランスに抗議するためにフランスの会社のスーパーマーケットで不買運動をする、というのは全く筋が通りません。

 こういった不買運動は「中国は企業にとって大きな市場である」ということを利用した多数による「おどし」だと取られても仕方のない行為だと思います。中国が世界の中で「普通の国」として受け入れられていくためには、こういった自分の主張を自分自身に当てはめたら自己矛盾を起こすような行為や「おどし」に見えるような行為はやめないといけないと私は思います。中国の新聞紙上で「不買運動はおかしい」といった主張が述べられていないのは、ちょっと残念です。

 中国は人口も多く、政治大国であると同時に、最近は既に経済大国になっており、こういった「おどし」のような手段を使わないでも十分に発言力を発揮することはできると思います。「おどし」のような手段を使わざるを得ないと考えているのだとしたら、逆にそれは中国の自信のなさを示しているのだと思います。

 私は1986年~1988年に北京に駐在していましたが、その当時、中国の経済力はまだまだ小さいものでしたが、ゴルバチョフ改革が進むソ連と比べてもその成長は非常に順調でした。当時の中国は「少々外国から何か言われたとしても、我々の社会はびくともしない」という自信にあふれていたように思います。それに比べて、今、経済的には飛躍的に成長したのだけれど(ある意味では飛躍的に経済が成長したが故に)2008年の中国はむしろ1988年当時の中国に比ると、内部に「何かあると壊れるのではないか」という不安を抱え、自信を失っているように見えます。自信があるのなら、インターネットのアクセス制限やテレビの検閲ブラックアウトをやる必要はないと思うからです。

 私は、中国は、もっと堂々と自信を持っていいと思います。

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2008年4月11日 (金)

全てを「独立派」だとする理由

 北京オリンピックの聖火リレーに関するロンドン、パリ、サンフランシスコでの混乱については、中国では、全て「ごく少数の『チベット独立』分子による妨害があったが、聖火は、それぞれの国民の歓迎を受け、聖火リレーは順調に終了した。」というトーンで報道されています。

 いつもは政府の政策について結構