カテゴリー「中国の地方政府の乱れ」の記事

2011年3月 6日 (日)

消された言葉たち:検閲と「人民に主張させよ」論

 チュニジアとエジプトでの政権崩壊の後、2011年2月20日から、インターネット上で中国の各都市で日曜日の14時に集まって集会とデモをやるような呼び掛けがなされています。今のところ集会もデモも起きていませんが、大勢の見物人と外国の報道陣が集まったたり、いくつかの場所では数人の人が公安当局に連行されています。

 ネット上で呼び掛けは行われていますが、現在のところ見物人や報道陣が集まるだけで、肝心の集会やデモは起きておらず、「革命」と呼べるようなものは片鱗すらありませんが、多くの人々の間には「中国ジャスミン革命」という言葉が登場しています。中国の大手検索サイト「百度」(バイドゥ)では、「中国茉莉花革命」は、最高級の敏感な単語にされているようで、「中国茉莉花革命」で検索を掛けると、「関係法令と政策に基づき検索結果を表示することができません」という表示が出て、検索結果が全く表示されません。

 下記の百度のサイトでそれを確認するきことができます。中国語と日本語の漢字は異なりますが、「百度」には優秀な「類推機能」が搭載されているので、日本語ソフトで日本の漢字を打ち込んでも検索結果は表示されます。中国におけるネット検閲を実感できると思います。

(参考1)中国最大の検索サイト「百度」(バイドゥ)
http://www.baidu.com/

 「中国」を付けずに「茉莉花革命」だけで検索すると、冒頭に「関係法令と政策に基づき、一部の検索結果は表示できません」と表示されて、中東のジャスミン革命のサイトなどの検索結果が表示されます。

 中国では、毎年恒例ですが、3月3日から「全国人民政治協商会議」が、昨日(3月5日)からは「全国人民代表大会」(中国では両方を合わせて「両会」と呼ばれます)が開幕しました。先週の日曜日(2011年2月27日)の午前中、温家宝総理が「人民日報」ホームページ上にある掲示板「強国論壇」に登場して、約2時間にわたり、ネットワーカーと会話しました。温家宝総理がネットワーカーとやりとりするのは2009年の「両会」の時期から始まった、これも一種の「恒例行事」ですが、今年は集会やデモの呼び掛けがなされている中でのネット掲示板への総理の登場なので、私も約2時間にわたりネット上で「傍聴」させてもらいました。

 ネット上には、それこそ「玉石混交」の様々な質問・意見がアップされましたが、温家宝総理は、その中からいくつかの質問を選んで答えていました(実際は、画面を見て、温家宝総理が口頭で答えるのを、隣にいるオペレーターがキーボードで打ち込む、という作業でした。その様子の写真は新華社のホームページなどで公開されています)。

 いろいろな発言が飛び交う中、「ジャスミン」(茉莉花)とか「政治体制改革」といった言葉は出てきませんでした。おそらくはそういった直接的な単語は、「敏感な語」フィルターで遮断しているのだろうと思います。自動検閲フィルターをくぐり抜けた発言はいったんは掲示板にアップされますが、人間の管理人が「まずい」と気づいた発言は、すぐに(明らかに「まずい」ものは数分後、削除するかどうか迷うような微妙な発言は場合によっては20分くらい経ってから)削除されます。温家宝総理が登場していた時間帯では、総理を批判するような発言はすぐに削除されていましたが、そのほかにも次のような発言が削除されていました。

○なんか一番関心があるであろうと思われる敏感な単語が出てきませんね。

○政0治0体0制0改0革の話はいつ出るんでしょう。

○正治改革が進んでいないことに対するネットワーカーの提議に対する答えは旧態依然としていますね。

 後の二つは、単語に余計な記号をわざと割り込ませたり、わざと誤字を使ったりする、自動検閲機能をくぐり抜けるための常識的テクニックですが、やはり「政治改革」という単語は、この場では「使ってはならない敏感な語」だったようです。

 ただ、先頃、鉄道大臣が解任された件(汚職が背景にあるとされる)については、温家宝総理は、きちんと答えていました。その際のネットワーカーとのやりとりは次の通りです。

ネットワーカー:「先頃、鉄道部の劉志軍部長が解任され、広東省の茂名市の羅蔭国も審査を受けています。ネットワーカーの中にはこのことに対して拍手をしないものはいませんでした。でもこれは大臣や市の幹部が権力を一手に掌握して権力を乱用していることが問題なのではありませんか?」

温家宝総理:「この事件は、我が党と政府がどんなに地位が高い者であっても容赦はしないことを示している。私は、もし物価の上昇と汚職腐敗現象が同時に起これば、人民の不満を引き起こし、重大な社会問題に発展すると考えている。我が党と政府はそれを重視し、今回のような処置を行ったのである。」

 温家宝総理は、幹部の腐敗に関する答の中で、ネットワーカーが聞いてもいないのに「物価上昇」を取り上げて、幹部の腐敗と物価上昇が同時に起こると重大な社会問題に発展する、という認識を示しました。これは本音でしょう。温家宝総理自身、中国共産党弁公庁主任として、1989年、六四天安門事件の処理に当たった人ですから、二重価格制度廃止の失敗により急激に進んだ当時の物価の上昇が「党・政府幹部の腐敗反対」という形で吹き出して第二次天安門事件に発展したことをよく認識しているのだと思います。言葉でごまかしたりせず、「本音」を素直に言葉にするところが、温家宝総理が現在の中国共産党幹部の中では一番と言っていいほど人民から人気を得ている理由のひとつだと思います。

 「強国論壇」は、中国共産党機関紙「人民日報」のホームページ上にある掲示板ですから、ネット上の掲示板の中でももっとも「権威ある」掲示板だと思います。そこでも様々な発言に関して何が「検閲」で消され、何が許されているか、を私はいつも注目して見ています。

 3月3日に「中国人民政治協商会議」が始まって以降、例えば、次のような発言は一度アップされましたがすぐに「検閲」によって削除されました。

○私と代表とは全く関係ないのだけれど、あの代表たちは、誰を代表してるんでしょう? 私を代表しているわけではない! なぜなら私は投票用紙をもらっていないからだ!

○正確に問いたい。選挙を通じて選ばれた代表なのか?

○民主がまだ疎外されているなか、法律体系が基本的に成立していると言えるのか?

○38名は億万長者である。アメリカ議会の最も裕福な議員よりも金持ちである。

 最後の発言は、外国のメディアで全国人民代表大会に参加する代表の中の38名が億万長者と言える大富豪であると報じられたことに対する発言です。中国共産党中央の幹部を名指しで批判したり、デモや集会を呼び掛けたりするような発言はすぐに削除されますが、上記のような発言は「微妙なところ」です。私が見ることができた、というのも、アップされてから削除されるまで、管理人が「迷って」いたので削除されるまでの間、少し時間が掛かり、その間に私が見ることができた、ということなのでしょう。

 今日(2011年3月6日)見た「強国論壇」では、次の発言が削除されずに残っていました。

●西側の民主制度にはまだ足りない点が残っているけれども、それは有史以来、最も民主的で、最も公務員に対する拘束力を与え監督するための最も強固な制度である!

 これに対するコメントとしては以下のものが、これも削除されずに残っていましたが、数時間後に見たら「○」の発言だけ削除されていました。

●腐敗した官員は西側の民主制度を最も嫌悪している。

○官員が一番西側民主主義の実行をいやがっているのだ。

●全面的な西側化には反対する、と人民日報評論員は言っている。

●この件については、私はそうは思っていない。なぜならアメリカの社会最底辺の人々は現在でも苦しんでいることを私たちは知っているからだ。いろいろな方法を研究し、やり方を探すべきだ。

(上記のコメントに対する再コメント)●世界の3分の2の苦しみを受けている人民は、我々が解放されるのを待っている。

 最後のコメントは、「中国ジャスミン革命」をけしかけているようにも見えるのですが、削除されていません。上記のうち「○」は、検閲を担当している検閲官が自分自身が批判されているように感じて削除した、というのが本当のところかもしれません。これらのうち、どれが削除対象でどれが削除対象でないか、は、おそらくは検閲担当官一人一人によって判断が異なると思います。

 いずれにせよ、中国の状況が中東などと異なるのは、こういった「検閲の実態」のようなものが、外国人である私にも簡単にわかってしまう、というある意味での「中国的いい加減さ」です。中国の多くの人々にとっては、こういった「制限はあるけれども、検閲をかいくぐって表現する方法がいくつかある」という状況が、一種の「ガス抜き」になっているのでしょう。

 「検閲をかいくぐる」という意味では、最近、下記の二つが話題となりました。

 一つは今年(2011年)の春節(旧正月)映画の「譲子弾飛」(姜文監督作品)です。この映画は、当然のことながら中国当局の検閲を経た上で中国国内で上映された作品ですが、興行成績はよく、ヒット作品と言える、とのことです。私は見ていませんが、カンフー・アクションあり、お色気あり、ギャグあり、パロディありといった娯楽作品なんだそうですが、2011年2月18日に配信されたネットニュースのサーチナによると、この映画には政治的な暗喩が含まれているのではないか、と評判になっているそうです。

 というのは、この作品は、民国8年(辛亥革命後8年目)の中国において匪賊のボスが庶民とともに悪者と戦う、という話なのだそうですが、冒頭で匪賊とその義兄弟が馬に引かれた列車を転覆させる、という場面が出てくるそうです。「馬列車を転覆させる」という部分に関し、「いくら民国8年の時期だといっても、馬が列車を引っ張る、という設定は不自然ではないのか。『馬列車』って『馬克思・列寧主義』(マルクス・レーニン主義)のことじゃないのか?」と観客は思うのだそうです。もし、これが「マルクス・レーニン主義を転覆させる」という意味だったら、今の中国においては「とんでもないこと」です。

 映画の最後の方では、「馬列車」が上海の浦東へ向かう、というシーンがあるそうですが、民国8年当時は、上海の浦東には何にもなかったことから、これは巨大開発が行われ上海万博が行われた上海浦東地区を「資本主義の象徴」と捉え、「マルクス・レーニン主義が資本主義へ向かう」という暗喩ではないか、という見方もあるとのことです。

 「譲子弾飛」が政治的暗喩を含むのではないか、という話は、ニューズ・ウィーク2011年2月21日号でも取り上げられています。姜文監督自身は、「考えすぎだ。映画をどう見るかは観客の勝手だ。」と言っているそうです。しかし、姜文監督(俳優でもあり映画監督でもある)は、1980年代に、時代の流れに従って風見鶏的に右に左に世を渡る中国共産党員を冷ややかに描いた映画「芙蓉鎮」に出演し、2000年には中国当局の検閲を得ないで映画「鬼が来た!」(鬼子来了!)を撮影し、7年間にわたり映画撮影を禁止された、という経歴を持ちます(「鬼が来た!」は2000年度カンヌ国際映画際で審査員特別賞を受賞しています)。それを考えると、姜文監督が映画に何らかのメッセージを混ぜたことは、おそらくは間違いないことだと思います。興味深いのは、この映画「譲子弾飛」が検閲をパスし、中国国内でヒットした、ということです。

 私は1988年に北京で映画「ラスト・エンペラー」(1987年:ベルナルド・ベルトルッチ監督作品)の試写会を見たことがあります。この中で、満州国皇帝の溥儀が日本から帰国した時、総理大臣が出迎えに来なかったことについて、溥儀が「なぜだ」と側近に聞いたところ、側近が「息子が共産党員に殺されてしまったものですから。」と答える場面があります。この場面で中国の観客はドッと受けました。中国共産党員が「偽満州国」の総理大臣の息子を殺すことは「正しい愛国的行為」なので中国国内でも何の問題もない場面ですが、「共産党員が人を殺す」という直接的な表現は中国の映画ではあり得ないセリフなので、観客は「ドッと受けた」のでした。だから、「暗喩」とは言え、「譲子弾飛」の中で、「日頃言えないこと」が表現されていると、観客は「ドッと受け」たので、この映画がヒット作品になったのでしょう。

 「政治的暗喩」としては、劉暁波氏が受賞者不在のままノーベル平和賞を受けた次の週末に「南方都市報」に載った「空椅子と鶴の写真」(「鶴」は「賀」と同じ発音)があります。これも「南方都市報」では、「(政治的暗喩と考えるのは)考えすぎだ」とコメントしているようですが、こういった案件は「検閲」をかいくぐる方法はいろいろあることを示しています。

(参考URL2)このブログ(イヴァン・ウィルのブログ(ココログ))
2010年12月19日付け記事
「『南方都市報』の『空椅子』と『鶴』の写真」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/12/post-9b5f.html

 もう一つの「検閲をかいくぐった」例として、小説「李可楽の立ち退き抵抗記」(李承鵬著)があります。これについては、2011年3月3日付けの毎日新聞が記事を書いていました。中国では、土地が公有制であり農民に土地の所有権がないことから、地方政府が農民から土地を強制収容して、それを開発業者に売って巨大な利益を得ることが広く行われています。農民には補償金が支払われますが、農民はしばしば土地収用に反発し、数多くの争乱事件を起こしています。「李可楽の立ち退き抵抗記」は、小説の形でその実態を描いた作品で、30万部のヒット作になっているそうです。上記の毎日新聞の記事によれば、作者の李承鵬氏は「検閲の際にいくつかの語を修正したが、出版はできた。数年前だったら、このような作品は中国では出版できなかっただろう。」と語っていたそうです。

 報道や言論の自由を一定程度認めて、地方の党・政府が行っている「とんでもないこと」を是正しない限り、一般人民の不満は中国共産党体制そのものへの反対として吹き出す恐れがある、という考え方は、中国共産党中央の認識でもあり、そういった危機感が土地の強制収容を指弾するような小説の出版が認められた背景にあるのだと思います。

 最近、北京大学憲法学教授の張千帆氏が「人民に有効に改革に参画させよ」と題する論文を書き、それがいくつかのネット上に転載されています。この中で張千帆教授は、2007年に福建省厦門(アモイ)で住民の「集団散歩」がPX工場(有毒なパラキシレンを製造する化学工場)建設を止めさせたこと、同じような行動で磁気の影響を心配する周辺する住民が上海のリニア・モーターカー路線の延長を止めさせたこと、などの例を取り上げて、人々が主張をすることにより、返って事態が平和裏に解決されたことと指摘して、安定的に改革を進めるためには、むしろ人々に主張させ、執政者がその声を聞くことが重要であると指摘しています。そして、その点は、まさに中華人民共和国憲法が第35条で各種の言論の自由が保障されている理由である、と指摘しています。

※最近の中国の住民運動の例としては、このブログの下記の発言をご覧ください。

(参考URL3)イヴァン・ウィルのブログ(ココログ)2008年1月16日付け記事
「上海のリニア延長反対の住民が『集団散歩』」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/01/post_cd3c.html

(参考URL4)イヴァン・ウィルのブログ(ココログ)2008年1月28日付け記事
「中国における最近の住民運動の例」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/01/post_a9b2.html

 様々な検閲があり、公安当局が集会やデモはさせない、といった態度を取っている中で、ネット上で、検閲の間を抜けて、こういった議論が交わされていることは、むしろ、現在の中国が一定の「まともさ」を持っている証拠だと思います。

 今日(2011年3月6日)も中国の各地で集会やデモが呼び掛けられているようですが、公安当局は、厳重な警戒で実際に集会やデモが起きないように警戒しているようです。また、外国メディアに対しても、そういった人々が集まる様子や公安当局の取り締まる様子を取材しないように指示しているようです。しかし、今は、メディアがなくても、ほとんどの人が動画機能を持った携帯電話を持っている世の中です。検閲や取材規制には限界があります。上記の張千帆教授のようなまじめな議論は、もはや封じ込めません。また、上記の小説「李可楽の立ち退き抵抗記」に対する検閲の態度に見られるように、党中央の多くの人々自身も、全ての言論を封じ込めることは無理だし、むしろ全てを封じ込めることは体制の維持にとってマイナスだ、と考えていると思います。

 遅いか早いか、ゆっくりと穏健な方法であるか、急激な激しい方法であるか、の別はともかくとして、歴史は確実に前へ進んでいくと思います。

以上

| | コメント (0)

2010年11月21日 (日)

上海での高層マンション火災と地方政府批判

 去る11月15日(月)、上海にある28階建てのマンションがほぼ全焼し、現在までに58名の死亡が確認され、なお56名が行方不明だとのことです。この火災の原因は、外壁工事をしていた作業員の安全管理が不十分であったことだとされ、作業関係者8名が拘束されて取り調べを受けているとのことです。

 この火災については、5時間にわたって燃え続け、10階付近が出火場所だったにもかかわらず、28階建てのビルが全焼してしまったことに対して、消火・救出作業が遅かった、と中国国内でも非難が出ているようです。

 高層ビル全体が全焼してしまう、という火災は諸外国ではあまり例がないのですが、中国には前例があります。2009年2月9日にあった供用開始前だった北京の中央電視台新社屋北配楼の火災がそれです。今回の上海の高層マンション火災の延焼の経緯は今後の調査を待つ必要がありますが、2009年2月の中央電視台新社屋北配楼の火災については、その後の調査で、出火原因と延焼の経過がほぼ明らかになっています。

 中央電視台新社屋北配楼の火災は、旧暦1月15日の「小正月」だったこの日、中央電視台の職員が新しくできた社屋ビルを背景にして花火を打ち上げ、それを映像に撮影しようとしていたところ、花火の一部がビルの屋上に落下し、着火した、というものです。屋上に着いた火がビル全体に燃え広がってしまった経緯については、次のように考えられています。このビルは、外観をよくするためにアルミ系の金属化粧板が取り付けられていました。また、このビルの外壁にはある種の断熱材が取り付けられていました。金属化粧板は、融点が低く、通常の火災で溶けてしまう程度のものだったのだそうです。また、断熱材は燃えやすい素材で、その発火点(火が点く温度)は金属化粧板の融点より低い温度だったのだそうです。屋上に着火した火は、金属化粧板を溶かし、溶けた金属が下の階に流れ落ち、その温度が階下の断熱材の発火点より高かったことから断熱材が燃え出し、周囲の金属化粧板を溶かし、それがさらに下の階に流れ落ちて階下の断熱材を発火させた結果、ビル全体が燃えてしまった、ということのようです。中央電視台新社屋北配楼は、建設直後の内装工事中で、共用前だったためビルの内部にいた人は少なく、ビル内にいた人に被害はありませんでしたが、消火作業に当たっていた消防士が1名殉職しています。

 この北京の中央電視台新社屋北配楼は、私が北京に駐在していた時に住んでいた場所から400メートル程度しか離れていない場所だったので、この火災は私自身、この目で見ました。鉄筋コンクリートのビルがこれほど激しく燃えるものか、と思えるほど炎と黒い煙を出して燃えていました。

(参考URL1)
このブログの2009年2月9日付け記事
「中国中央電視台の新ビルの北隣のビルで火災」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2009/02/post-6c05.html
このブログの2009年2月12日付け記事
「中国中央電視台新社屋敷地内ビル火災組写真」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2009/02/post-d5c5.html

 今回の上海での高層マンションの火災については、直接の出火原因となった工事関係者が逮捕されたわけですが、中国のネットワーク上では、燃えやすいビルの構造や上海市当局の対応が遅かったことなどに批判が集まっています。出火の原因を作った労働者ではなく、工事の責任者を逮捕せよ、といった意見もネット上にはありました。また、「新京報」の報道によれば、今回の改装工事を請け負っていた業者が「二級」のレベルであり、過去に安全管理の点で二度当局から注意を受けていたのに、上海市関連の多くの工事を請け負っていた、という疑問点も指摘されています。

 この火事について、広州の週刊紙「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)の特約評論員の林楚方氏は「上海:そこには推敲を禁じられた都市がある」と題するコラムを書いています。

(参考URL2)「南方周末」林楚方のブログ2010年11月17日付け記事
「上海:そこには推敲を禁じられた都市がある」(上海 ナ里有禁得起推敲的城市)(「ナ」は「くちへん」に「那」)
http://linchufang.z.infzm.com/
あるいは
http://column.inewsweek.cn/column-275.html

 「推敲」とは、もちろん中国の故事に基づく言葉で、文章や詩歌をよりよいものにするためにブラッシュ・アップすることです。このブログの記事の中で林楚方氏は、中国の都市は高層・超高層化されているが、「推敲」、即ち安全や効率化のための向上努力がなされていないし、誰もそれをしようとしていない、と指摘しています。

 この記事のちょっと刺激的なところは次のように呼びかけているところです。

「市長の皆さん、書記の皆さん。我々の都市をもっと強固なものにしてもらえないでしょうか。さらに省エネを推進し、防災対応能力をアップさせ、効率をアップさせ、それらに違反する者にはあらかじめ有効な制裁を加えることはできないのでしょうか。これは要求が高すぎますか? そうすることが国家政権に危害を加えることになるのですか? 災害が起きてから、緊急通知を出し、緊急に指示を出し、網羅的な検査を行って、何人かのかわいそうなスケープ・ゴートを引き出すことしかできないのでしょうか。そのような劇を演じることは、あまり意味がない、というよりは、大いに恥ずべきことです。」

 これは明らかに「地方政府批判」です。「国家政権に危害を加えること」を持ち出しているのは、たぶん「国家政権転覆罪」で服役中のままノーベル平和賞受賞が決まった劉暁波氏を念頭においた、相当にきつい「皮肉」だと思います。

 中国では「中央政府」を批判することは認められませんが、「地方政府」を批判すること(特に特定の地方政府を名指しで批判するのではなく、一般的に地方の政府のあり方全体に対して批判すること)は認められます。従って、上記のような「地方政府批判」は、中国でも認められている範囲内なのですが、問題は、今回の火災が上海で起きたことです。この上海での火災に関連して地方政府を批判する、ということは、上海市や上海市党委員会を批判することに直結します。上海市・上海市党委員会は、いわゆる「上海閥」(上海グループ)の本拠地です。次期国家主席の座をほぼ確実にしたといわれる習近平氏は、2007年10月の党大会で政治局常務委員になる前は上海市党委員会書記をしていました。習近平氏は、「上海閥」のトップグループの一人と言われ2006年9月に汚職の疑いで失脚した陳良宇氏の後任として上海市党委員会書記になったのだから、むしろ「上海閥」直系ではない、と考えるのが一般的ですが、上海市当局の上層部には「上海閥」系の人物が多数いることは明らかであす。いずれにせよ、中国第二の都市である上海市当局を批判することは、中国では政治的には極めて「敏感な」問題です。

 上記の林楚方氏のブログの文章には、結構過激なコメントも削除されずに掲載されています。昨日(11月20日)の日本テレビ系、TBS系のテレビのニュースでは、香港からの報道として、中国当局が上海での大火災の報道については新華社が配信する記事に一本化し、ネット上での報道もそれ以外は削除するように指示している、と伝えていました。しかし、少なくとも私が今日(11月21日)時点で見たところでは、上記の林楚方氏のブログの発言やそれに対するコメントは削除されていません。

 一方で、昨日(11月20日)、上に書いた2009年2月の北京の中央電視台新社屋ビルの火災の原因を作った中央電視台職員等に対する裁判において、「ビル自体に燃えやすい材料が使われていた」という「特殊情況」に配慮して、その罪を軽減することになった、と報じられました。これに対してはネットでは「『特殊情況』とは何だ」「罪の軽減は中央電視台職員という『特権階級』だからではないか」といった批判が起きています。「人民日報」ホームページ上の掲示板「強国論壇」では、この件に関する特集欄を作ったりしており、制限するどころか、「どんどん議論しようぜ」という雰囲気です。そもそも、このタイミングを狙って2年近く前の北京の火災の関係者の罪状を「軽減する」というニュースを流すことには、何かわざとらしい「意図」を感じます。

 これらの情況を踏まえると、上海市当局が火災に関する報道を抑制しようとしているのに対し、北京側(=中国共産党中央の一部の勢力)が「批判すべきところはきちんと議論して批判する」という態度に出ているように見えます。つまり、ひとことで「中国当局」と言っていますが、その実態は、中国の内部にもいろいろな勢力(はっきり言えば「上海閥」対「反上海閥」)がおり、それらが勢力争いを繰り広げているのが現状だと思います。

 APECの際、胡錦濤主席は11月13日に行われた横浜での日中首脳会談で「平和、友好、協力」を強調しました。その旨は中国国内でも報道されていますので、「反日デモ」はもう収まると思います(胡錦濤国家主席がそう言っているのに、さらに「反日」を主張することは、即、国家主席に反対することになるので、中国では、そういった動きが許されるはずがありません)。

 今後は、何か急に動き出すことはたぶんないと思いますが、上記に垣間見える「上海閥」対「反上海閥」といった内部勢力争いと、最近特に目立ってきた物価高騰に対する庶民の怒りとが、徐々に2012年秋の党大会へ向けての「次の動き」に対する土台を作っていくことになるのだと思います。

以上

| | コメント (0)

2009年4月23日 (木)

「中国の民主化」に関連するいくつかの話題

 最近、「人民日報」に「6つの『なぜ』」というシリーズが載り、なぜ西側のような複数政党制の議会制民主主義ではだめなのか、といった疑問に対する解答が掲載されていることを4月10日付けのこのブログで書きました。そういった社会の雰囲気に呼応しているのかどうか知りませんが、最近、北京の新聞「新京報」などににいくつかの記事が載りましたので、御紹介しておきます。

○「値上げ反対Tシャツ」は法律違反か

 最近、相次ぐ公共料金の値上げに反対して、重慶の市民が「値上げ反対」という文字の入ったTシャツを作って売り出したそうです。そうしたら、警察が出てきて、このTシャツを売っていた人は取り調べを受けて、拘留されたのだそうです。

 これについて、4月15日付けの「新京報」では、「公共料金値上げ反対」のTシャツは法律違反ではなく、去年の四川大地震の後に売り出された「I Love China」と書かれたTシャツと同じであって、正常な一般市民の表現である、と主張しています。

(参考1)「新京報」2009年4月15日付け総合評論欄の意見
「『値上げ反対Tシャツ』:理性を持って対処する新しい表現方式」
http://www.thebeijingnews.com/comment/zonghe/1044/2009/04-15/044@081131.htm

 こういった自分の言いたいことを書き込んだTシャツを着て、集団で散歩する「集団散歩」を、私は北京でも見たことがあります。私が見たのは、どこかのマンションを購入した人たちらしい10人くらいの人が「マンション販売会社は約束を守れ!」というような主張を書いたTシャツを着て街を歩いていました。この「集団散歩」は、政治的なスローガンではなく、マンション販売会社と入居者との間のトラブルを多くの人に知って欲しいためのもので、たぶんこれを中国の法律で引っかけることは難しいでしょう。このグループは、城管(都市管理局)の係官に事情を聞かれていました。ただ、私が見ていた限り、このグループの人たちは事情を聞かれただけで、拘束されたりはしなかったようです。

 私がこのグループを見たのは、まだ寒い頃だったので、皆、コートの中に自分たちの主張を書いたTシャツを着ていたのでした。家で、主張を書いたTシャツを着て、その上からコートや上着を着て「集団散歩」をしたい場所へ行き、そこに到着したらみんな一斉にコートや上着を脱いで「散歩」を始める、というやりかたをしたら、取り締まり当局の方も阻止することはほとんど不可能だと思います。

 こういう「文字入りTシャツを着た集団散歩」は、これから中国各地で流行るかもしれません。そもそも、当局が主催するイベントなどで、例えば参加者が「緑を大切にしましょう」などといったスローガンの書かれたTシャツをみんなで着る、というようなことはよくあることなので、「文字の書かれたTシャツを着て集団で散歩する」ことだけで取り締まることは困難です。書かれた文字の中身が中国の基準で「反社会的かどうか」が判断基準になりますが、これはなかなか判断が難しいと思われます。例えば、「人民日報」に載っている「6つのなぜ」の疑問文、例えば、「なぜマルクス主義を指導原理にしなければならないのか?」「なぜ中国共産党の指導がなければダメなのか?」といった疑問文をTシャツに書いて街を歩いたら、警察に捕まるのでしょうか? なかなか判断が難しいところです。

○人民代表大会を公開せよとの主張

 今週開かれている全国人民代表大会常務委員会で、会議規則の改正が議論されました。多くの議員に発言の機会を与えるため、例えば、一人の発言の時間は、最初の発言は15分以内、同じ問題に対する二度目以降の発言は10分以内とする、などです。これに関連して、今日付の「新京報」の社説は、そういった議事進行上の規則だけでなく、全人代常務委員会(実質的に法律などはここで決まる)の会議を公開にし、市民が傍聴できるようにするほか、インターネットで中継するなど議事内容を公開すべきだ、と主張しています。全人代常務委員会の内容は、新聞やテレビで報道されますが、新聞やテレビでは全てを伝えることはできないのだから、(国家秘密に関連する事項の議論などを除いては)一般市民がいつでも見られるようにすべきだ、というのがこの社説の主張です。

(参考2)「新京報」2009年4月22日付け社説
「規則の力を用いて全人代の議事の民主化を向上させるべき」
http://www.thebeijingnews.com/comment/shelun/2009/04-22/008@031503.htm

 中国の全人代では、政府提案の議案が否決されることはありませんが、票決の際にはかなりの数の反対票が出ることもあります。その意味で全人代は政府提案の議案を了承するだけのスタンプ機関ではありません(今年の全人代全体会議では、政府が提出した最高人民法院工作報告と最高人民検察院工作報告について、4分の1近い議員が反対または棄権をしています)。政府提案の法律案が全人代常務委員会の議論で修正されることはよくあることです。それだけに、最近では、議論の内容については関心を持っている市民も多いようです。

 全人代は、一番下層のレベルの人民代表は住民の投票により選ばれますが、省レベル、全国レベルの人民代表はそれぞれ下のレベルの人民代表によって選ばれるという間接選挙制度になっており、人民の意見が全国人民代表大会に直接届くようなシステムにはなっていないのですが、それでも最近の人民代表にはそれなりの問題意識を持っている人も多いので、今後、人民代表制度という制度を維持したまま、ある程度の制度の改革が進むことになるのかもしれません。

○「誹謗罪」から「ただし書き条項」を削除することの可否

 中国の刑法246条には「暴力またはその他の方法をもって他人を公然と侮辱し、または事実をねつ造することをもって他人を誹謗した場合は、その状況が重い場合には、3年以下の有期の禁固、懲役、管理処分または政治的権利剥奪とする。この犯罪は、被害を受けた者が告訴することによって成立する。ただし、社会秩序と国家利益に重大な危害を与える場合は除く。」と書かれています。つまり、通常、「誹謗罪」は被害を受けた人が訴えた場合に初めて警察が捜査に乗り出すのですが、「社会秩序と国家利益に重大な危害を与える場合」には、誹謗された者が訴え出なくても、警察が誹謗した人を逮捕し立件することができるようになっているのです。

 地方政府の幹部を批判する記事を書いた記者が、この条項によって警察に逮捕される例が多発しています。今日付の「新京報」の「観察家」という意見欄にこの「ただし書き」についての意見が掲載されています。「社会秩序と国家利益に重大な危害を与える場合」の定義があいまいであり、警察がこの条文を恣意的に解釈して、地方政府幹部に対する批判を「社会秩序と国家利益に重大な危害を与える場合」と判断して報道機関の言論の自由を制限するために使われているケースがある、と指摘しているのです。この意見記事では、法律を制定した全人代常務委員会は、少なともこの「ただし書き」部分についての法解釈を出すべきであり、この「ただし書き条項」の使われ方の実態を調査して、「ただし書き」部分の削除の可否について検討すべきだ、と述べています。

(参考3)「新京報」2009年4月22日付け「観察家」に載った意見
「『誹謗罪』の『ただし書き』条項を削除することは可能かどうか」(王剛橋(学者))
http://www.thebeijingnews.com/comment/guanchajia/2009/04-22/008@031504.htm

○環境汚染企業に関する情報を公開しなかった地方政府に対し記者が抗議

 最近、黒竜江省で開かれた環境保護状況管理工作会議において、10数人のメディアが参加していたにも係わらず、黒竜江省環境保護局は具体的な汚染企業に関する状況について「秘密事項だ」として説明しませんでした。これに憤慨した一部の記者が会議を退席したとのことです。

(参考4)「新華社」ホームページが斉魯晩報の報道を転載する形で2009年4月22日13:04にアップしている記事
「環境保護局が『汚染排出企業の秘密保護局』になってしまっている」
http://news.xinhuanet.com/local/2009-04/22/content_11231459.htm

 このできごとは、いまだに「メディアは政府の発表を伝えるだけの機関」だと思っている地方政府当局者の認識と「社会のために政府を監督する役目があるのだ」という意識に目覚め始めたメディア側の意識のずれを端的に表しています。 

 この黒竜江省での出来事については、今日付けの「人民日報」でも「某省であった話」として省の名指しは避けていますが、批判的な論評を掲載しています。

(参考5)「人民日報」2009年4月22日付け評論
「誰も汚染排出企業の『秘密を保護する』権利は持っていない」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-04/22/content_237906.htm

-----------------------

 これらの記事を読むと、地方政府とメディアと全人代と人々との間のそれぞれの「意識のずれ」が見て取れます。新聞側がその「意識のずれ」を指摘し、改善するべきだと主張しているところが、最近の中国の新しい局面を象徴していると思います。中国のメディアは全て中国共産党宣伝部の指導の下にありますから、こういった記事が掲載されていることは、中国共産党としても、社会の問題を取り上げて世論を見やすい形にまとめる役割をメディアに期待するようになってきていることを表しているのだと思います。

 ただし、中国共産党にとってこれは「両刃の刃」です。最初の「意見主張Tシャツ」の例や二番目の全人代の公開要求の例などは、中国共産党自身にも跳ね返ってくる可能性のある問題だからです。いずれにせよ、新聞メディアが、社会における問題意識の取りまとめの役割を果たすようになれば、社会は変革へ向かって徐々に動き出すのではないでしょうか。少なくとも、現在の中国共産党はその動きを「押し留めよう」とはしてないようです。それが自分自身の問題として跳ね返って来た時、それに虚心坦懐に対応して、新たな時代へ向けての進歩のために活用できるかどうかが今後問われてくることになると思います。

| | コメント (0)

2009年3月21日 (土)

自作自演記者会見の疑惑

 相変わらず痛快な記事や評論の多い広州で発行されている週刊紙「南方周末」(日本語表記では「南方週末」)ですが、今週号の評論もなかなか鋭いものがありました。

(参考)「南方周末」2009年3月19日号評論欄「評論方舟」
「記者会見がどうして一人芝居になってしまうのか」(本紙評論員:郭光東)
http://www.infzm.com/content/25621

 筆者の郭光東氏は、先日終わった両会(全国人民代表大会と中国政治協商会議)の際に行われた2つの記者会見について指摘しています。

 ひとつめは「財経」の記者が伝えている3月6日に行われた四川省代表団の記者会見についてです。この記者会見では、質問しようとした記者がいくら手を挙げても、司会者が一番前に陣取っている「官製主体メディア」にばかり質問させ、しかも彼らは机の上に置いてあるメモを見て質問しているようであり、答える四川省関係者も用意した紙を読み上げているようであり、一切の質問と答えが「用意されたもの」のように見えたというものです。

 もう一つは「新快報」の記者が伝えている3月7日に行われた雲南省代表団の記者会見です。この記者会見では、事前に関係者が顔見知りの記者に質問のレジメを渡して、質問番号に応じて質問させており、人々の間で関心の高い「目隠し鬼ごっこ事件」については一切質問がなく、一問一答が事前に準備されていたことは明白だった、としています。

※「目隠し鬼ごっこ事件」については、このブログの2009年2月24日付け記事
「監獄内の『目隠し鬼ごっこ』で死亡」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2009/02/post-bcc5.html
参照

 また、3月8日に行われた四川省大地震の災害復旧状況についての記者会見について、多くのネットワーカーが内外の記者の質問水準の違いについて指摘している、とのことです。具体的には、境外の(外国及び香港、マカオ、台湾の)記者は人々が知りたいと思う問題について質問しているのに対し、中国大陸の記者は、往々にして「塩辛くも酸っぱくもない質問」や大してニュース性のない質問ばかりし、甚だしいものにあっては役所で発表されている公式発表文を見ればわかるような問題について質問して、質問時間をつぶしていた、とのことです。

 さらには、多くの記者にとって、事前に質問事項の許可が必要であり、許可されていない質問については聞いてはいけないかのように思わせるような記者会見もあった、とのことです。この評論の筆者である郭光東氏は「嗚呼! またしてもこの種の人を愚弄するような感じを受けるとは、何と悲しいことか」と嘆いています。そして、郭光東氏は、政府機関がこのような自問自答するような記者会見をセットして、外見だけ民主的であるように見せかけることは、公務員としての職業道徳に違反しているばかりでなく、そもそも人間が持つ基本的な倫理、即ち、「誠実さ」に反している、と怒っています。

 中国にいて多くの人が感じるのが、今の中国の社会は「誠実さ」が全く尊重されていない「モラルハザード」の状態にある、ということです。先日書いたニセ薬やニセモノのテレビの話もそうですが、人間が社会で活動する上で最も重要視すべき「誠実さ」が今の中国にはないのです。よく多くの日本の人が勘違いしますが、現在の中国社会に蔓延している「不誠実さ」は中国の伝統でも中国の人々が昔から持っている性質でもありません。本来、中国の人々は、純朴で、人なつこく、親切で、誠実な人たちばかりです。「不誠実さ」が蔓延しているのは、「不誠実」でも罰せられない、むしろ「不誠実にうまく世の中を渡った方が得をする」という現在の社会システムのせいなのです。

 もともと中国共産党は、まじめさ、純真さ、誠実さ、をもって人々の心を捉え、革命を成功させたのでした。それがなぜ今こういう社会になってしまったのでしょう。上の評論でわかるように、多くの中国の人々もそうした「誠実さ」のない社会の問題点について「改善すべし」という声を挙げ始めています。こういった人々の「改善すべし」という声が、実際にシステムを改善させる方向で結集され、実際にシステムが改善されるようになることを期待したいと思います。

| | コメント (0)

2009年1月 8日 (木)

ある観光塔は「折騰」の典型

 先頃、建設途中で計画が中止になった重慶市にある観光塔が爆破され取り壊されました。

(参考1)「中国中央電視台」ホームページ2009年1月6日08:54アップ記事
「重慶の『三峡明珠観光塔』が破壊された」
http://news.cctv.com/china/20090106/101892.shtml

 「三峡明珠観光塔」は、主要部の高さ92メートルの観光用の塔で、一番上の部分に回転式の展望台が付く予定になっていた建物です。建設費3,500万元(4億9,000万円)が費やされた建設プロジェクトで、2005年の春節(旧正月)前の竣工を目指して2004年3月に工事が開始されました。しかし、この2005年4月に突然建設が中止され、その後3年半にわたって放置されてきました。結局、工事は完成しないまま、このたび破壊された、というものです。

 この「三峡明珠観光塔」について、1月7日の「北京青年報」は、「これこそ『折騰』の典型だ」と指摘しました。「折騰」とは、胡錦濤総書記が昨年12月18日の改革開放30周年記念式典で「不動揺、不懈怠、不折騰」(「動揺しない、怠けない、むちゃなことをしない」というのが最も適当な訳のようです)として使った言葉です。

(参考2)「新華社」ホームーページ2009年1月7日10:14アップ記事(「北京青年報」からの転載)
「『三峡明珠観光塔』は『折騰』の典型だ」
http://news.xinhuanet.com/comments/2009-01/07/content_10616849.htm

※「折騰」の意味については、このブログの2008年12月26日付け記事
「胡錦濤総書記の謎の言葉『不折騰』」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-2c5d.html
を参照してください。

 地方政府の幹部は、自分の在任中に行った業績を誰が見てもわかるように、何か目立つものを作りたがります。そういう目立った建物などの建設プロジェクトは中国では「イメージ・プロジェクト」と呼ばれています。((参考1)の記事では中国語で「形象工程」と言っています)。

 結局「三峡明珠観光塔」は完成することなく、建設費の3,500万元はムダになってしまったわけですが、中国各地でこういったムダな投資が行われていると言われています。胡錦濤総書記は、こういったことを止めさせよう、と訴えたのだと思います。

 世界的金融危機に対する対応として、昨年11月、中国政府は4兆元(約56兆円)に及ぶ景気刺激策を発表しましたが、今、この景気刺激策のかなりの部分のお金がまた「イメージ・プロジェクト」として消費されてしまうのではないか、という懸念が生まれています。選挙や自由な報道のない中国では、地方の党・政府の幹部がこういった「イメージ・プロジェクト」へ走るのは簡単です。誰も批判する人がいないからです。中央はこういった「イメージ・プロジェクト」をやらせないように監視していますが、広い中国のことですから、目が届きません。「イメージ・プロジェクト」を請け負う建設会社等は地元の有力企業であることが多いですから、これらの地方の有力企業と地方の党・政府の幹部が結託すれば、「イメージ・プロジェクト」はすぐに生まれてしまいます。

 投資効果のない「イメージ・プロジェクト」は、将来の中国に財産として残ることなく、単に一部の建設業者の(そして多くの場合、地方の党・政府の幹部の)懐を肥やすことだけで終わってしまいます。2010年末までの間に使われる4兆元の景気刺激策が、本当に有効なプロジェクトに使われるのかどうか、それをどうやってチェックしていくのか、これから2年間が中国の将来へ向けての正念場になると思います。

| | コメント (0)

2008年12月29日 (月)

山西省の政治協商会議主席交通事故死の疑惑

 今年10月に行われた第17期中国共産党中央委員会第3回全体会議(第11期三中全会)で、前山西省長の于幼軍氏が中央委員を解任されました(党籍は剥奪されず「監察処分」となった)。この決定は10月12日に行われたのですが、その前日の10月11日、山西省の政治協商会議主席の金銀煥氏(女性)が交通事故に遭って死亡しました。

(参考1)「新京報」2008年10月13日付け記事
「山西省政治協商会議主席、交通事故で死亡」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/10-13/008@023839.htm

※「政治協商会議」とは、中国共産党以外の民主党派(「共産党の指導」を受けることを前提に活動が認められている政党)等が作る会議で、中国共産党が作る政策について意見を具申することができます(ただし決定権はない)。中国政治協商会議は、中華人民共和国の建国時、共産党以外の党派や知識人の意見を集約し中国共産党が「反国民党」の立場で全中国をまとめるために作られました。中央に全国組織がある(主席は政治局常務委員序列ナンバー4の賈慶林氏)ほか、各地方にそれぞれの地方政府レベルに応じた地方組織があります。山西省政治協商会議主席は、政治協商会議の山西省の地方組織のトップです。

 山西省政府のトップはもちろん省長ですが、山西省政治協商会議主席も政策決定権限はないとは言え、山西省の政界ではトップクラスの有力者です。このため、山西省政治協商会議主席の交通事故死のニュースを聞いたとき、前山西省長の中央委員解任決定とのあまりのタイミングの一致に、私は「単なる交通事故ではないのではないか」との疑問を感じました。また、于幼軍氏が中央委員の解任が三中全会の結果を伝える「公報」の中の一項目としてわざわざ明記されていたことから、そもそも于幼軍氏の中央委員解任劇には何かウラがあるのではないか、とその時私は思ったのでした。

 その後、中国国内の一部の新聞で、山西省政治協商会議主席の交通事故死の疑惑について調査中、との報道がちょっと出たりしましたが、「何が疑惑なのか」については、全く情報がありませんでした。

 ところが、12月28日付けの「人民日報」ホームページの記事(「山西日報」の記事を転載したもの)では、この金銀煥氏が事故死した交通事故を起こした件について、山西省の忻州市政治協商会議副主席の李毅氏とその運転手の李志富氏に対する裁判が開廷したことが報じられており、その中で「疑惑の中身」についても触れられていました。

※忻州市政治協商会議は山西省政治協商会議主席の下部の地方組織です。

(参考2)「人民日報」ホームページ2008年12月28日14:32アップ記事(山西日報からの転載記事)
「山西省忻州市政治協商会議職員が運転する車が起こした交通事故で省の政治協商会議主席が死亡した件に関する裁判が開廷」
http://society.people.com.cn/GB/8590577.html

 この記事によるとこの「交通事故」のあらましは以下の通りです。

-----------------------
○山西省忻州市政治協商会議副主席の李毅氏は、自分が運転する車で山西省政治協商会議主席の金銀煥氏の載った車の右側を併走していた時、車線変更しようとしてコントロールを失い、李毅氏が乗った車の左側と金銀煥氏が乗っていた車の右側とが接触し、金銀煥氏の乗っていた車は反対車線に飛び出して横転した(中国では車は右側通行)。金銀煥氏と同乗者一人の二人は病院に運ばれた後死亡し、もう一人の同乗者も怪我をした。李毅氏は、車線変更時に安全を十分に確認しなかったこと及び彼の身体的条件が「車両運転免許証取得と使用に関する規則」に違反していたことにより、この交通事故の全責任は李毅氏が負うべきものであるものと認定された(金銀煥氏側の車に責任はないことが認定された)。

○李毅氏は事故発生の約50分後、自分の運転手の李志富氏に現場へ行かせ、事故の責任を李志富氏にかぶせ、警察当局に対して車を運転していたのは李志富氏であるとして事故の経緯について虚偽の説明をした。

○李毅氏はその後拘束され、「中国共産党規律違反条例」及びその他の関連法令により起訴された。
----------------------

 上記記事では、この案件はあくまで「交通事故」としてだけ述べられており、李毅氏が金銀煥氏に危害を加える意図があったのかどうか、なぜ事故時に忻州市政治協商会議副主席李毅氏の運転する車が山西省政治協商会議主席の金銀煥氏が乗る車のすぐ隣を走っていたのかについては、何も述べていません。これらの点が今後裁判の中で明らかになるのかどうかについても、何も述べていません。

 ただ、上記の事情を見たら、この交通事故の起きたタイミング(事故が起きたのが党中央で前省長の于幼軍氏の中央委員解任が決定する前日であること)と山西省政治協商会議は忻州市政治協商会議を監督する立場にある上部組織であることを考えるとき、ますますこの交通事故が「単なる偶然による交通事故」であるとは考えられなくなってしまいました。この交通事故は、山西省の政界を巡る何かの「どす黒い動き」による「事件」なのではないか、と思えてきます。

 この事件が「人民日報」ホームページに掲載されていることを考えると、党中央は本件を問題視し、きちんと処理しようとしている姿勢が伺えます。しかし、李毅氏の意図はどこにあったのかや李毅氏の背後に誰か「黒幕」がいるのかどうか、など、は今後も明らかにされない可能性があります。前省長の于幼軍氏は、党中央で中央委員を解任されたのですから、もしこの交通事故に「黒幕」がいて、その「黒幕」が党中央に関係している人だったりしたら、これは相当に大きなスキャンダルになる可能性があります。日本ならば、この手の「疑惑」は、週刊誌メディアなどが騒ぎ立てますが、中国にはそういうメディアがないので、このまま疑惑は解明されないまま終わる可能性が大きいと思います。

 山西省では、昨年(2007年)6月に明らかにされた拉致した労働者やこどもを奴隷のように働かせていた「悪徳レンガ工場事件」や相次ぐ違法炭坑での炭坑事故など問題が頻発しています。違法鉱山の鉱滓体積場が崩壊して200人以上の人が死亡した事件については、省長げ責任を取らされて解任されています。

(参考3)このブログの2008年9月22日付け記事
「社会的事件と担当する行政トップの辞任」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/09/post-5218.html

 于幼軍氏は、昨年6月の「悪徳レンガ工場事件」が起きたとき山西省長でしたが、この事件では辞任しませんでした。それどころか、その後、中央政界に戻って、文化部副部長となり、中国共産党の中央委員になっていました。

(参考4)私のブログの2007年6月23日付け記事
「悪徳レンガ工場事件で山西省長が謝罪」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/06/post_d370.html

 一方、「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)の12月25日号では2008年に起きた3つの記者の拘束事件についてまとめて報じていますが、この3件のうち2件は山西省における事件を追っていた記者が拘束された案件です(残りの一件は遼寧省の案件=このブログの2008年1月7日付け記事で紹介した案件)。

(参考5)「南方周末」2008年12月25日号記事
「今年は『記者の拘束』が頻発、いずれも背後に疑惑の案件がある」
http://www.infzm.com/content/21691

 こういう周辺状況からすると、山西省は中央からの統制が届かず、省の党や政府が地元の公安当局と「グルになっていて」ほとんど「独立王国のような状態」になっているかのように見えます。

 胡錦濤総書記が最近「不折騰」(「寝返りを打つ」「いじめる」などの意味)という言葉で警告を発しているのは、地方の党組織・政府機関・公安当局・大手企業が全て癒着して「既得権益マシン」と化していて地方政府の内部でのチェック機能が働かず、地方の党と政府が強権を発動して人民を苦しめているような状況(あるいは環境汚染や労働者の就業状態などの面で違法状態にある企業を見て見ぬふりをしている状況)は、人民からの反発を呼び、中国共産党の危機を招く、と認識しているからでしょう。「人民日報」のホームページが山西省政治協商会議主席の交通事故死に関する裁判を伝える「山西日報」の記事を転載したのも、党中央のこうした危機感の表れだと思います。

 中国政府は11月に世界経済危機に対応して2010年末までに4兆元(約56兆円)にも上る大規模な景気刺激策を打ち出しました。こうした大型の景気刺激策が動き出すと、またぞろこういった地方の「既得権益マシン」が動き出して景気刺激策プロジェクトによる利益を独占する危険性が強くなります。多くの中国人民は、こういった「既得権益グループ」の動きに対し、胡錦濤総書記が強力なリーダーシップを発揮して、断固対処して欲しいと思っていることでしょう。もし胡錦濤総書記が断固たる処置を採れば、中国人民は大いに胡錦濤総書記を支持しバックアップすると思います。「既得権益グループ」は、強力な「抵抗勢力」になると思いますが、そういう抵抗を乗り越えて、本当の「改革」を進めて欲しいと思います。

| | コメント (0)

2008年12月27日 (土)

「南方周末」笑蜀氏の「不折騰」論

 12月18日の改革開放30周年記念大会の「重要講話」の中で胡錦濤総書記が述べた「不折騰」という言葉について、12月25月号の「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)の「評論」特集の「方舟評論」という欄で、「南方周末」論説委員の笑蜀氏が評論を書いています。

(参考)「南方周末」2008年12月25日号評論
「一般庶民の日々の生活を『折騰』させては(寝返らせては)ならない」(原文)
http://xiaoshu.z.infzm.com/2008/12/25/%E4%B8%8D%E8%A6%81%E6%8A%98%E8%85%BE%E8%80%81%E7%99%BE%E5%A7%93%E7%9A%84%E5%B0%8F%E6%97%A5%E5%AD%90%EF%BC%88%E5%8E%9F%E7%89%88%EF%BC%89/

※上記のホームページ上の文章は「原文」であり、実際に紙面に掲載されている文章とは若干異なります。しかし、以下に掲げる議論のポイントは基本的にホームページ上の文章と紙面の文章とでは同じです。

 この中で、笑蜀氏はポイントとして次のように書いています。

------------------

○唐や宋の最盛期は「不折騰」だった。即ち、権力は自分を制限し、国家は社会が進歩するのに任せ、社会の自由は拡大した。逆に秦や隋が短期間で滅亡したのは、権力の自己膨張により、朝廷が社会を侵犯した、別の言葉で言えば「折騰」したからである。

○1990年代以降が1980年代と異なるというのであれば、最も重要なのは発展方式が違うということだ。1990年代以降は、政府主導モデルが盛んになり、富や資源が政府に過度に集中し、権力が過度に政府に集中したのである。

○有効なコントロール機構が欠けている中、過度に強い政府は往々にして社会の自由を抑圧し、一般庶民の日々の暮らしの権利を抑圧したのである。つまり言い換えれば、一般庶民を「折騰」させる可能性を増大させたのである。

○このことは「改革」を変質させた。一部の場所では「改革」と「折騰」は同じ意味になった。国有企業の改革が必要だとなれば「管理者による購入」運動が起き「料理する人が大釜の飯を私的に独占してしまう」現象が起きる(注:国有企業資産の私物化のこと)。都市化が必要だとなれば、強制移転運動が起き、結果として政府は土地による暴利を独占する。彼らは往々にして戦車のように無情にも一般庶民の日常の暮らしを押し潰し、大量の社会矛盾と衝突を起こしているのである。

○一般庶民の日々の暮らしは社会安定の基盤であり、日々の暮らしを守ることは必須である。その意味で「高層」が明確に「不折騰」を提示したことは、特に大きく取り上げるべきだし、全力を上げて実現させるべきことである。

○最も重要なのは一般庶民に「折騰」に抵抗する権利を与えることである。「折騰」するコストが収益よりも高くなれば、「折騰」は自然と消えるのである。

--------------------

 「高層」とは、もちろん胡錦濤総書記のことです。これはやはり私が昨日のブログで書いたように、胡錦濤総書記が述べた「不折騰」という言葉は、強いメッセージなのだ、と笑蜀氏も考えたようです。

(参考2)このブログの2008年12月26日付け記事
「胡錦濤総書記の謎の言葉『不折騰』」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-2c5d.html

※「不折騰」の意味については、上記(参考2)の記事を御覧下さい。

 この「不折騰」という言葉を巡る議論は、今後とも目が離せそうにありません。

| | コメント (0)

2008年12月26日 (金)

胡錦濤総書記の謎の言葉「不折騰」

 去る12月18日に現在まで続く改革開放政策を決めた中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議(第11期三中全会)の開催から30周年を記念する「改革開放30周年記念大会」が開かれました。この会議で、胡錦濤総書記・国家主席が「重要講話」を行いました。この「重要講話」の内容は、「これからも中国の特色のある社会主義の道に従って改革開放路線を進む」「西側諸国のような三権分立制度は絶対に導入しない」といったことで、今までと路線の変更は全くないことを示すもので、その意味では、新しい部分はありませんでした。

 しかし、この胡錦濤総書記の「重要講話」の中でちょっと気になるくだりがありました。「我々は、動揺せず、怠けず、寝返りを打たずに改革開放の推進を堅持し、中国特色のある社会主義の道を進むことによってのみ、大きな計画を成し遂げ目標を達成することができるのである。」と述べた部分です。この部分が、今、中国のネットワーカーの間で話題になっています。「動揺せず、怠けず、寝返りを打たず」の部分は、中国語では「不動揺、不懈怠、不折騰」となっています。「動揺」「懈怠(けたい:なまけること)」は日本語でも使われるように、中国語でも普通に使う言葉なので誰も不自然には感じませんでしたが、「折騰」という言葉は、この種の演説には使われない言葉なので、多くの人が違和感を感じたようです。

(参考1)「新華社」ホームページ2008年12月18日15:06アップ
「胡錦濤総書記の第11期三中全会開催30周年記念大会での講話」(7分割のうちの第6部分)
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-12/18/content_10524481_5.htm

 辞書で調べると「折騰」と言う言葉は、「寝返りを打つ」という意味ですが、ほかに「いじくり回す」「むやみなこと(無茶なこと)をする」「苦しめる。痛めつける」という意味があるほか「身悶(もだ)えする」という意味でも使うようです。胡錦濤総書記が何を言いたかったのかは、今ひとつハッキリしません。胡錦濤総書記の重要講話は基本的に前々日と前日に「人民日報」に掲載された「任仲平」署名の評論記事の内容を踏襲したものになっています。しかし、「人民日報」の「任仲平」署名の評論記事には「不折騰」という言葉は登場していません。

※「任仲平」とは特定の人物ではなく「『人』民日報『重』要『評』論」の意味を持つグループによる集団討議の結果書かれる評論です(「任仲平」は「人重評」と中国語では同じ発音)。

(参考2)このブログの2008年12月16日付け記事
「『人民日報』の改革開放30周年評論(前半)」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/30-3c83.html

(参考3)このブログの2008年12月17日付け記事
「『人民日報』の改革開放30周年評論(後半)」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/30-b9ef.html

 12月22日付けの「新華社」ホームページに掲載された解説では、「不動揺、不懈怠、不折騰」という言葉は、胡錦濤総書記が警鐘を鳴らすために述べた言葉であり、改革開放30年の経済成長の中で、驕りたかぶってはならない、保守的で新しいものを受け入れようとしないような態度を取ってはならない、と述べたものなのだ、としています。

(参考4)「新華社」ホームページ2008年12月22日08:13アップ解説
「不動揺、不懈怠、不折騰」(動揺せず、怠けず、寝返りを打たず)
http://news.xinhuanet.com/theory/2008-12/22/content_10539949.htm

 一方、12月26日付けの「中国青年報」に掲載された陳季冰という人が書いた評論では「『折騰』とは無計画に激しい方法で現在の体制を変えようとすることである。」と解説しています。

(参考5)「中国青年報」2008年12月26日記事(「新華社」ホームページに転載されたもの)
「時事評論:改革開放では、いかにして寝返りを打たないことを確保するか」
http://news.xinhuanet.com/politics/2008-12/26/content_10560041.htm

 さらに、この評論では、ポイントとして次のように述べています。

---------------------

○「不折騰」の主語は誰なのか。筆者のような庶民からすると、今日は仕事を辞め、明日は不動産や株式市場の売買で金儲けし、あさってには別の都市に引っ越してしまうような人が、一種の「折騰」(寝返りを打つ)人だと思えてしまう。その人がただの個人なら問題はないが、区、市、省の政府の人だったら影響は大きくなる。

○功名心に走り、大きなことをして手柄を立てようとする地方政府の「折騰」については、やればやるほどその程度が激しくなっているところが少なくない。

○ここで言う「不折騰」の主語は政府と考えるべきだろう。ただ、当然のことながら現状を変えようという政府の努力を全て「折騰」と見てはいけない。政府が行う行為を「折騰」なのか、「創新」(イノベーション)なのかを見極めなければならない。その見極めをする方法は、人類の経験からすると二つある。一つ目は、ふさわしい政府職員を選抜して政府が「折騰」しないようにさせることであり、二つ目は、一般庶民による政府に対する強力な監督体制を作ることである。明らかに後者の方が根本的な解決策である。職員にしろ、政府にしろ、世界の中で誤りを犯さない者などないのだから。

○もし一歩譲って、大多数の民衆の見方が誤っていて、政府の中に卓越した素晴らしい見識を持つ職員がいる、という状態が常に存在している、と仮定したとしても、それでも政府は、政策を進めるためには、「民衆の考え方は遅れている」とか「民衆の観点は狭い」として民衆の意見を反映しないようなやり方をすれば、政府の政策は進めるに当たって大きな困難を招くだろう。胡錦濤総書記は、講話の中で、政策は「人民が支持しているかいないか」「人民が賛成するか不賛成なのか」「人民が喜ぶのか喜ばないのか」「人民が了承するのかしないのか」を出発点とすべきだ、と述べている。

○「不折騰」の実現を保証するためには、民主政治を強力に進めて政治体制改革を進めることが必須である。政府は、真に法律に基づいて人民が付与した権力を行使し、人民による監督と審査を受けなければならないのである。

------------------

 もし、胡錦濤総書記が「不折騰」という言葉を、この「中国青年報」の評論の筆者である陳季冰氏が考えるような意味で使ったのであれば、胡錦濤総書記は、権力を傘に人民の意向を聞かずに強引に政策を進める地方政府の行為を民主的な方法によって人民の手で監督して縛って「不折騰」(寝返りを打たない)ようにすべきだ、と主張したことになります。「中国青年報」は、共産主義青年団(共青団)の機関紙であり、共青団出身の胡錦濤総書記とは近い関係にあると言われています。従って、上記のような想像は、あながち的はずれではない可能性があります。

 「人民日報」の評論の中では使っていなかった「不折騰」という言葉を胡錦濤総書記が改革開放30周年記念大会の重要講話の中で使った、というのは、意外に強力なメッセージだったのかもしれません。「人民日報」の「任仲平」署名の評論は、多くの人が討論して何回も書き直して作る文章なので、地方政府を民主的政治体制改革によって縛る、というようなメッセージは入れられなかったが、胡錦濤氏が総書記権限で書き込める自分の講話の中に自分の考えを「メッセージ」として埋め込んだ、と考えることもできると思います。

 もともと、胡錦濤総書記は、1987年1月に民主化を求める学生運動に理解を示していたとして解任された胡耀邦総書記(この方も共青団出身)を尊敬している、と言われています。そもそも今回の胡錦濤総書記の改革開放30周年の「重要講話」では、1987年の第13回党大会で趙紫陽総書記が提唱した「社会主義初級段階論(建国後100年程度(=2050年頃まで)は社会主義の初級段階が続く、という考え方)を繰り返し述べています。趙紫陽総書記も、1989年の「政治風波」の中で民主化を求める学生たちの動きを容認したとして失脚した人です。こういうことを考えると、何年か経ってみると、この「不折騰」という言葉は、複雑な党内情勢の中で胡錦濤総書記が自らのメッセージを込めた重要な言葉だった、と振り返ることになるのかもしれません。

| | コメント (1)

2008年12月14日 (日)

2008年12月前半のできごと

 ここのところいろいろな案件が起きているので、ここでまとめて書いてみたいと思います。

(1)南方メディア集団副編集長の更迭

 この件は中国の新聞では伝える記事を見ていませんが、12月5日香港発時事通信によると、私がよくこのブログで引用している「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)や「南方都市報」などの新聞を統括している南方メディア集団の副編集長の江芸平氏が更迭された、とのことです。今までこのブログでも何回も御紹介してきましたが、「南方周末」は、かなり突っ込んだ記事を書くことで有名であり、輸送費を掛けて北京に持ってきても売れる内容の新聞です。

 江芸平副編集長が更迭された後に制作された「南方周末」2008年12月11日号は、いつもと雰囲気ががらりと変わっていました。まず、それまでは新聞の標題が白地に赤く「南方周末」と書いてあったのが、12月11日号では赤地に白抜きで「南方周末」と書いてありました。

 内容も従来は以下のようなものでした。

【パートA】法治、特別報道
【パートB】時局・天下
【パートC】経済
【パートD】文化
【パートE】自由談

 最後の【パートE】は「方舟評論」という欄で「南方周末」紙の論説委員が結構辛辣な評論記事を書いていましたし、読者からの投書も載っていました。

 2008年12月11日号は「中国改革開放30周年記念特別編集(上)」ということで「三十而立」と題して、以下のような特別構成になっています。

【パートA】30年の各年を代表する人物にスポットを当てた特集記事
【パートB】経済:10名のビジネス啓蒙者にスポットを当てた特集記事
【パートC】文化(芸術、映画、演劇、音楽)、科学技術の30年を振り返る特集記事

ということで「時局・天下」を報じる部分と評論記事からなる「自由談」がなくなっています。たぶん「南方周末」社に聞けば「改革開放30周年の特集号だからいつもと違う編成なんだ」という答が帰ってくると思います(改革開放政策を打ち出した第11期中国共産党中央委員会第3回全体会議(第11期三中全会)が開かれたのが30年前の1978年12月で、今、改革開放30周年の時期に当たるのは事実です)。

 ということで、構成上は、かなり「圧力が掛かったな」という感じを受ける編成になっています。しかし、実は個々の記事を読んでみると、記事を書いている各記者は全然へこたれておらず、各記者の強い気持ちがにじみ出ている記事がたくさん掲載されています。

 例えば1面トップには、論説委員の「笑蜀」氏が書いた文章が載っています(この論説委員の名前は、もちろんペンネームでしょうが、三国志に出てくる劉備玄徳が抱いていた大望、即ち蜀(四川省)を得て漢を復興させようという「望蜀」を考えると、かなり皮肉なペンネームです)。この「笑蜀」氏の文章は、相当に意味深長なことを述べています。ポイントを示すと以下のとおりです。「笑蜀」氏に聞けば、「そんな意味は含んでいない」と否定すると思いますが、私には、あたかも下記の(3)で述べる案件と相通ずるような主張を感じました。

(参考1)「南方周末」2008年12月11日号
「再び人に戻り、再び人から出発する」(笑蜀)
http://www.infzm.com/content/21045

-「南方周末」2008年12月11日号1面の「笑蜀」氏の文章のポイント(始まり)-

・改革開放が進展したのは、当時、多数の「普通の人」を解放したからだ。一端、抑圧と屈辱の中から人々が解放されると、その創造力と進歩に対する激情は最大限にほとばしり出て、人々が奇跡を起こすことすら不可能ではなくなったのだった。

・改革開始によって、国民が歴史の主体としての位置に戻ったのである。古い革命幹部が受益しただけではなく、知識階級が受益し、社会の最先端を行く人々が受益し、ごく普通の以前だったら「貧しい人々」と呼ばれていた人たちも受益したのである。これが30年の改革の原点である。

・この改革の原点は、また新しい改革、即ち「最後の30年」の起点でなければならない。

・現代史を振り返ると、おおよそ200年がひとつの単位となっている。フランス革命によって蒔かれた自由・平等・博愛の精神の種は、ちょうど200年を経て普遍的価値となった。歴史家の唐徳剛は、中国も現代史のモデルに習うことになる、と述べている。つまり、アヘン戦争から200年後、即ち2040年までに歴史のボトルネック(原文は「歴史的三峡」)を抜ける、と述べている。200年間の苦闘の結果は、これからの「最後の30年」によって得られるのである。

・改革30年の成果には大きなものがある。しかし、権力が改革をねじ曲げ、改革を曖昧なものにし、改革を論争の種にし、看過できない事実をももたらしている。改革の精神は改革を必要としている。改革の様々な異質化を真正面から見つめなければならず、改革の中における何千万、何億の「普通の人々」の悲しみと喜び、血の涙を正視しなければならない。

・改革とは誤りを修正することである。新しい改革は、その意味するところの原点に戻らなければならない。権利システムの調整を通して、国民の心の中に国家を再建することに対する同意を与え、それによって我々の国家を真に道徳感を招き寄せうる国家にしなければならない。四川地震の救援に対して全国の人々の心がひとつになったように、全民族の力量をもって、現在直面している困難に共同して立ち向かわなければならない。そうすることにより、我々は最終的に歴史のボトルネック(「歴史的三峡」)を通り抜け、広大で穏やかな太平洋に流れ入ることができるのである。

-「南方周末」2008年12月11日号1面の「笑蜀」氏の文章のポイント(終わり)-

 さて、この号の「南方周末」では、改革開放30年の各年を代表する人物について述べていると上に書きました。一番気になる1989年の部分ですが、当然のことながら「1989年の政治風波」については何も書かれていません。

 「1989年を特徴付ける人物」で取り上げているのは、1989年3月26日に自殺した海子という詩人です。この年の特集記事のタイトルは「海子:ひとつの自由で苦痛に満ちた声が静寂に帰した」となっています。そして「理想主義の1980年代が終わった」と書かれています。

 そしてこの1989年に関する記事の最後には次の一文が載っています。

「海子は、1980年代の最後の年に自殺した。欧陽江河氏は『彼はやがて来る消費時代の到来を予感していたのかもしれない。来るべき時代は、散文的で、自嘲的で、逆説的な風刺による、身体で表現する言語の時代だったのだ。』と語った。そして、この海子の死と引き替えに、海子のような作風と海子の時代の夢が終わった。」

 この特集記事では「1989年の政治風波」については何も語っていませんが、貧しくとも未来への発展の夢があった1980年代後半を北京で過ごした私は、この特集記事の筆者(南方周末の楊継斌記者)に大いなる共感を覚えます。

(参考2)「南方周末」2008年12月11日号「改革開放30年の各年を代表する人物」
「【1989】海子:ひとつの自由で苦痛に満ちた声が静寂に帰した」
http://www.infzm.com/content/21075

(2)「新京報」による「上訪者が精神病院に入れられた事件」の報道

 この件は、日本の報道機関でも伝えられたので、御存じの方も多いと思います。

 「上訪」とは中国独特のシステムで、地方政府の横暴に苦しむ住民がその地方政府の上部機関へ(例えば、市や県の政府に苦しめられている人は省の政府へ、さらに最終的には北京の中央政府へ)訴える制度です。いわば日本の江戸時代にあった「直訴」のようなもものです。省の政府や北京の中央政府には、この「上訪」を専門に受け付ける部署があります(中央政府の場合、この受付窓口は「国家信訪局」といいます)。

 12月8日号の「新京報」は、「核心報道」として2面にわたり、強烈なレポート記事を掲載しました。内容は、今年10月、山東省新泰市の住民が北京に来て「上訪」しようとしたところ、拘束されて、強制的に新泰に連れ戻され、「新泰精神衛生センター」に入院させられて、強制的に「治療」を受けさせられた、というものです。この記事では、こういったことが2004年から繰り返し行われてきたことを明らかにしています。

(参考3)「新京報」2008年12月8日付け記事「核心報道」
「上訪者が強制的に精神病院に送られている」
http://www.thebeijingnews.com/news/deep/2008/12-08/008@021055.htm

 このレポートは内容的には非常に衝撃的なものです。一方、そういった衝撃的なルポルタージュが中国の新聞に堂々と掲載され、現在もネットで見ることができる、ということも画期的なことです。(こういった記事は「新京報」が北京の新聞だからできるのであって、地元の山東省の新聞だと、地方政府の「指導」がありますから、こういった記事は載せられないと思います)。

 この「新京報」の記事が「人民日報」に政治システムに関する記事が載ったのと同じ日に掲載された、というのは何か関連があるのでしょうか。おそらくこれら一連の記事は12月10日の「世界人権デー」にちなんで記事にした、と考えるのが自然かもしれません。

(参考4)このブログの2008年12月8日付け記事
「『なぜ今も中国共産党なのか』に対する答」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-f9f3.html

(3)「例の文書」のネットへの掲載

 そして、これが最近起きた一連の事態の中で、最も衝撃的な出来事でした。日本でも報道されているので御存じの方も多いと思います。本件は、中国国内では極めてセンシティブな(敏感な)事項であるので、北京にいる私としては「例の文書」とだけ書いておきます。「例の文書」の正式名称は「零戦」「八方」「憲男」「章節」の前の文字を組み合わせたもの(四文字)です。前の二文字は、もちろん算用数字を使うこともありあます(何のことかわからない方は、この「四文字」を日本語の検索エンジンで検索してみてください)。

 この文書がネット上で発表されたのは12月9日とされていますが、日本の報道機関が報道したのは12月10日でした。私はたまたま12月11日まで東京におり、12月11日に東京から北京へ移動したので、本件に関するネット上での取り扱いについて、東京にいた時と北京に来てからとの違いを体験することができました。

 東京では当然のことながら自由にネットを見ることができましたが、北京に来ると以下の点がわかりました。

○本件記事を掲載しているBBCホームページ中国語版が、本件記事だけではなく、ページ全体がアクセス禁止になっています。

(参考5)BBCホームページ中国語版
http://news.bbc.co.uk/chinese/simp/hi/default.stm

 このBBCホームページ中国語版は、長らく中国大陸部からはアクセス禁止状態にありましたが、北京オリンピック開始直前の2008月7月末にアクセスできるようになりました。従って、オリンピック前の状態に戻っただけなのですが、このアクセス禁止措置が今回の「例の文書」が出されたための措置であることは明らかです。

○中国語の検索エンジンで「例の文書」を検索すると、いくつかのページがヒットするもののほとんどが既にその内容は削除されています。しかし、ブログに転載されるなど削除されないで残っているものも一定の数あるので、探せば北京でも「例の文書」の本文を見ることは可能です。しかし、今日、「例の文書」の本文が見られたサイトでも、次の日になると削除されているケースが多いようです。しかし、どんどん削除されてはいるものの、どんどん転載もされているので、ネット上から完全に駆逐することは無理だろうと思います。

○人民日報のホームページにある掲示板「強国論壇」では、本件に関する直接の発言は載っていない(たぶん削除されている)のですが、明らかに本件文書を読んだと思われる人の発言が賛成・反対の立場ともに少数ながら載っています。反対の意見が載っている、ということは、反対の立場の人も文書の本文は見ている、ということなのでしょう。

--------------------

 これらの状況を見て私が感じるのは、「南方周末」の「笑蜀」氏が述べているのと同じです。即ち、ついに「最後の30年が始まった」ということです。これは1989年のように一時的な「政治風波」で終わるようなものではないと私は思っています。当局は、新聞の編集者の更迭やネット上の記事の削除やアクセス禁止措置でこれを抑え込もうとしているようですが、上記の「南方周末」の記事や、(3)の「例の文書」が次々に多数のブログに転載されている現状を見れば、もはや時代の流れを止めることは誰にもできないと私は思います。

 ただ、私が注意しなければならないと思うのは、今、世界的経済危機で、世界中の多くの人々が困難に直面しているということです。ことを急ぎ過ぎて社会的混乱を起こすことは、誰も望んでいない、ということです。私には、これから何が起こるのか、全く予想ができません。世界的経済危機が、これまで誰も経験したことのないものであるからです。また、中国で(3)の「例の文書」のようなものが広く知れ渡ったことも初めてのことだからです。さらに、中国は、新聞が(2)の記事のように使命感を持って記事を書くようになった時代を今初めて経験しているからです。私は、個々の人が、できるだけアンテナを広げて情報を収集し、自分でできる範囲のことを自分の判断でやっていく、という当たり前のことをする意外にこの予測不能な時代に対処する方法はないのだと思っています。

| | コメント (0)

2008年12月 5日 (金)

「人民日報」上での政治の民主化を巡る議論

 テレビでアメリカの大統領選挙を巡る喧噪(けんそう)を見たり、モンゴルで選挙の後に暴動が起こったとか、ジンバブエで選挙の結果が確定せずに政治的不安定な状況になった、とかいうニュースを見て痛感するのは、世界人口の5分の1を占め、国連の常任理事国である中国で選挙が行われていない、という事実です。前にも書きましたが、現在の全国人民代表大会の議員(人民代表)を選ぶ選挙は、何層にも繰り返し間接選挙を繰り返すこと、立候補にいろいろな制限があること等から、外国の人はもちろん、中国の人々自身も「選挙」だとは思っていません。1990年前後から最も下の地方組織である村民委員会では、一部で村民による直接選挙が行われていますが、村民委員会は権限が非常に小さく、いわば「町内会」のようなもので、これをもって「中国で選挙が行われている」という主張は、中国政府自体、あまり胸を張って言うことはしていません。

 ただ、中国の政治の民主化について多くの外国の人が誤解しているのは、中国共産党中央が住民による直接選挙の導入を阻止しようと考えている、という認識です。中国共産党は、広大な国土と膨大な人口を持つ多民族国家である中国をまとめるために「中国共産党による指導」ははずすことはできない、と考えていますが、住民による直接選挙は導入すべきではない、と考えているわけではない、と私は見ています。むしろ、党中央は、地方政府の乱脈振りをコントロールするため、地方政府レベルでの選挙を何らかの形で導入すべきではないか、と模索しているように見えます。住民による直接選挙に抵抗しているのは、党中央ではなく、住民による直接選挙で権限を奪われる恐れがある地方の党や政府の幹部とそれと結託した地方の企業・有力者だと思います。

 党中央が「民主化」をひとつのキーワードにしていることは、昨年(2007年)10月の第17回党大会での胡錦濤総書記の報告の中で「民主」という言葉が67回も登場したことでもわかります。

(参考1)このブログの2007年10月19日付け記事
「党大会後の民主化の具体化はどうなる?」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/10/post_7250.html

 今までこのブログでも時々書いてきましたが、「新京報」や「経済観察報」といった市井の新聞はもちろん、時々、「民主化」の問題は中国共産党の機関誌「人民日報」でも取り上げます。一昨日(12月3日)の「人民日報」にも、民主化についての特集記事が載っていました。

(参考2)「人民日報」2008年12月3日付け記事
「中国の民主化は増量方式で(注:「少しずつ」の意味)発展している」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-12/03/content_150525.htm

 この特集記事は、中国共産党中央編成局副局長で北京大学中国政府イノベーション研究センター主任の兪可平氏に対するインタビュー記事です。この記事のポイントを掲げると以下のとおりです。

記者:最近、杭州での地下鉄工事現場崩落事故や甘粛省リュウ南市(リュウは「こざとへん」に「龍」)での群衆争乱事件などが、発生後すぐにメディアで報じられた。このようなことで普通の人々は中国における民主化が発展している感じているのではないか。

(参考3)甘粛省リュウ南市の群衆争乱事件については、下記のこのブログの2008年11月25日付け記事「世論のリーダーになりつつある中国の新聞」を参照のこと
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-6a7a.html

兪可平氏:2007年に国務院が政府情報公開条例を制定するなど、行政情報の公開と政治の透明度の推進を進めてきた。情報の公開は民主政治の重要な一面だ。

記者:30年来、中国経済は巨大な発展を遂げたが、中国の民主化の程度は経済発展とアンバランスであり、「片方の脚が短く、片方の脚が長い」状態であると言っている人もいる。

兪可平氏:それは一種の誤解と偏見だ。一部の人には西側の多党制・全国民による普通選挙制度・三権分立を基準に考える傾向があるが、まだ改革時期にある中国の政治を見て、中国の改革は経済体制の改革だけで、政治体制の基本は変化していないと認識しているのだ。政治体制は、市場経済の発展に応じたものでなければならない。中国においても、もし民主政治の発展がなかったら経済の長期的発展はあり得ない。しかし、中国においては、政治体制の経済発展に対する役割が、西側の国々より大きいことを考えなければならない。

兪可平氏:西側の基準から簡単に中国を見てはならない。中国の民主化の進展は、中国の長い歴史の中で見なければならない。例えば、中国数千年の封建社会の中において、人民が統治者に物申すことがあっただろうか。現在はそれができ、法律制度による保護もある。現在の中国の法治制度はまだ不完全なものであるが、その目標を定めてその方向に進んで行きさえすれば、大きな前進が得られるだろう。

記者:中国の民主化の観点から見て、何が重要だと思うか。

兪可平氏:民主政治の成果を得ることと経験を積むことだ。制度と実践の進展は簡単に言えば7つの方向性がある。即ち「党と国家の適度な分離」「公民社会の実現」「法に基づく政治と完備された法律体系の整備」「直接選挙の拡大と地方における自治範囲の拡大」「行政情報の公開と政治の透明性の推進」「行政サービス型政府の確立と行政サービスの質の改善」「公聴会制度、協議制度、政策決定の民主化」である。

記者:重慶でのタクシー・ストライキにおいて重慶市党委員会の薄熙来書記が前面に出てタクシー運転手たちや市民代表と話し合った。これは公衆の参与を拡大させたのではないか。

(参考4)重慶市のタクシー・ストライキについては、下記のこのブログの2008年11月6日付け記事「重慶市のタクシー・ストライキ」を参照のこと
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-9f93.html

兪可平氏:その通りだ。政府は政策を決める際に公衆の意見を聞き、公衆を参与させる方法を講じなければならない。公衆の参与は民主政治の核心問題のひとつである。公衆の参与は公衆の権利の実現の方法であり、公的権力の乱用を防止し、社会の和諧(協和)と安定を促進する。

記者:中国にはネット・ユーザーが2.53億人いる。ネット上でのネット・ユーザーの発言を見る幹部が多くなっている。これも公衆の参与の新しい道筋ではないのか。

兪可平氏:公衆の参与の仕方には異なる多くの種類の方法があってよい。

記者:さらに公衆の参与を拡大するにはどうしたらよいのか。

兪可平氏:公衆参与の問題についてはよく注意して対処する必要がある。ひとつは公衆の側に参与したいという意欲がない場合、ひとつは公衆の意欲は強いがそれを実現する合法的な方法がない場合である。公衆の権利を守り、かつ政治的安定性を維持し、社会の和諧(協和)を促進するためには、参与の方法を広げると同時に、参与行為に関する規範を作る必要がある。

記者:中国の民主化は上から下へ推進すべきだ、と言う人がいる。まず政治のトップレベルから民主化を進めることによってこそ、健全な民主化が進むのではないか。

兪可平氏:「維新変法」(注:清朝末期の1898年の政治改革)や「辛亥革命」(注:1912年に清朝を終焉させ中華民国を樹立させた革命)など、中国では何回も「上意下達の民主政治」が試みられた。その経験からすれば、中央集権の伝統の長い大国において民主化を進めるためには、上下結合こそが正しいやり方だ、ということだ。上下がお互いに動くことが必要であり、「下から上へ」と「上から下へ」とが同時に進行しなければならない。

兪可平氏:基層民主(末端の地方レベルでの民主)と党内民主が現段階における中国民主政治の二つの大きな重点であり突破口である。基層民主が全ての民主政治の基礎である。党内民主は権力の核心部分の民主である。

記者:基層民主については、中国は大きな成果を上げてきたのではないか。

兪可平氏:その通りである。1998年に村民委員会組織法が制定され、国家の権力機関が扱わない農民事務を行う村の幹部は村民の自由選挙で選ばれている。2007年末までに61.3万の村民委員会が設立されている。

記者:党内民主については、一般庶民は幹部選抜任用の過程に関心を持っている。

兪可平氏:差額選挙(定員より多い立候補者による選挙)が党内民主の重要な指標のひとつである(注:一般の国では選挙と言えば複数立候補が当然だが、中国では従来は定員と同数の立候補者による信任投票だった)。1987年の第13回党大会で初めて「差額選挙」が行われた。2007年の第17回党大会では、中央委員会委員、中央委員会委員候補、中央規律委員会委員は全て「差額選挙」の結果選ばれた。地方幹部についても「差額選挙」で決まるケースが段々多くなっている(注:この場合の幹部選挙は住民による選挙ではなく、地方の党員による選挙のこと)。

記者:人々の民主化に対する期待は高い。政治の民主化が一気に進むことを期待している人もいる。

兪可平氏:「ローマは一日にして成らず」である。中国の民主化の発展は「増量方式」(少しずつ量を増していく方式)となるだろう。中国の民主政治の速度と程度は、社会経済体制と経済発展レベルと一致させるようにしなければならない。

記者:「増量方式の民主化」ということには多くの人が関心を持つと思うが、具体的にはどうしようと考えているのか。

兪可平氏:中国の民主政治は次の三つの線路に沿って前進するだろう。
第一は、党内民主である。唯一の執政党である中国共産党が党内民主を拡大することにより、全社会の民主化を進めることになるだろう。
第二は、基層民主から高いレベルへの民主への段階的な進展である。重大な改革は基層レベルで試験をし、段階的に高いレベルへ進めていくことになろう。
第三は、少数による競争から段々と多数による競争に持っていくことである。

記者:その過程で、西側諸国の民主政治の発展モデルを中国が活用することの意義についてどう考えるか。

兪可平氏:民主制度には、普遍性と特殊性との両方の性質がある。アメリカは国土面積は中国とほぼ同じだが、人口は何分の一にしか過ぎない。文化伝統も国情も違うので、民主化のモデルも異なる。中国の民主化では、中国共産党による指導を堅持し、人民を主体とし、法による国の有機的統一を図ることが原則である。ただし、我々は、西側諸国における優秀な政治文明の成果も含め人類が共同で築き上げてきた文明の成果を排斥してはならない。「民主」という言葉は外来の言葉だが、最近、中国の行政で使われる「公聴会」などの言葉もみな西側から学んだものである。

--------------------------

 最近の中国の新聞の論調からすると、上記のような記事が「新京報」「南方周末」「経済観察報」等に載っていてもさほど驚きませんが、中国共産党の機関誌であり最も公式な新聞である「人民日報」の記事としては、結構、突っ込んだことを言っていると思います。この記事では、重慶市のタクシー・ストライキや甘粛省リュウ南市の群衆争乱事件にも言及しており、民主化を進めて一般大衆の不満をうまく吸収するシステムを作らないと、むしろ社会の不安定化に繋がる、という党中央の危機感が感じられます。西側のシステムをどのように参考にするのか、という点については、先日、政治局常務委員(序列4位)・政治協商会議主席の賈慶林氏が司法改革について語った下記の言葉のトーンとはかなり異なる印象を受けます。

「改革は、絶対に中国の特色のある社会主義政治の発展の路線を踏み外すものであってはならず、党の指導を堅持し、人民の問題を処理することを主とすることと法により国を治めることを統一したものにしなければならない。人類の法治文明の優秀な成果を用いることが必要だが、絶対に西側の政治制度や司法制度のモデルをそのまま持ち込んだりしてはならない。」

(参考5)上記の賈慶林氏の発言については、このブログの2008年11月30日付け記事「どうする中国の司法制度改革」を参照のこと
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-1e8d.html

 上記の「人民日報」の記事でもあまり歯切れよくズバリとは言っていませんが、地方政府の乱脈振りを監督・監視するため、党中央では、末端地方レベル(市・県とその下の鎮レベル)の党や政府の幹部に対して、住民による選挙を導入したいのではないか、と私は思っています。ただ、上から強圧的に選挙制度を導入しようとすると、地方の党・政府幹部による強い抵抗が予想されるので、まずは一般大衆も読んでいて、日頃から「模範とすべし」とされている「人民日報」にこうした記事を載せて、いわば「ジャブ」として、党内で議論を起こさせ、党内世論を収れんさせよとしているのではないか、と思っています(半分、私の「期待」が入っていますが)。

 ただ、村民委員会での直接選挙制度が導入されて以来、既に20年が経過しているのに、現実的な政治の民主化の程度は全く進展していません。「人民日報」がこうした「政治の民主化」というテーマを真正面から取り上げた意義は大きく評価しなければならないと思いますが、2008年になっても、まだ「ジャブ」を出す程度のことしかできないのだったら、現実的な民主化はあと30年以上経たないと実現しないのじゃないかなぁ、と思えてしまいます。

 中国は巨大な象のようなものであり変化するには長い時間が掛かる、と昔から言われてきました。急激な変化が起きて、社会が混乱することは、中国内外の誰もが避けたいと思っていることですから、時間が掛かろうとも、少しづつでも前進していくことに期待するしかないのだと思います。少なくとも、上記の「人民日報」の記事は、ごく小さな一歩ではあるものの、前進であることは間違いないと思います。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧