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2024年6月 1日 (土)

次の三中全会の目玉は戸籍制度改革か

 7月に中国共産党の重要政策を議論し決定する三中全会(中央委員会第三回全体会議)が開催されることになっています。何が話し合われるかは現時点では明らかにされていません。とは言え、5月23日に山東省済南市で習近平氏が企業家と専門家を集めた座談会を開催し、ここで話し合われたことに関して、この一週間、「人民日報」が四日連続で一面に評論を掲載しましたので、この5月23日の座談会において三中全会で「目玉」となる政策に関する議論が行われたのだろう、と想像されます。

 以下に四日間にわたって「人民日報」が一面に掲載した評論のタイトルと内容のポイントを書いてみますが、正直言って、「禅問答」のようで具体的に何を言いたいのか私には理解ができていません。

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 中国共産党のトップが言い出した「改革」については、最初のうちはそれが具体的にどういう意味を持つのかサッパリわからなかった、とい例は過去にもありました。おそらくは、党内での議論を進めている間は、あまり具体的には外向けには表現できないからだと思います。例として挙げられるのは、江沢民氏による「三つの代表論」です。

 2000年2月に当時の江沢民総書記は広州で行った講話で「三つの代表論」を打ち出しました。「三つの代表論」とは「結党以来70年以上にわたって中国共産党が人民の支持を集めてきた理由としては次の3つがある。即ち、中国共産党は、(1)中国の先進的な社会生産力の発展の要求を代表し、(2)中国の先進文化の前進の方向を代表し、(3)中国の最も幅広い人民の根本的な利益を代表する存在だったからである。」と述べたことを指します。

 最初のうちは、具体的にこれが何を意味するのかはよくわかりませんでしたが、そのうちに(3)の「中国の最も幅広い人民の根本的な利益を代表する存在である」の部分が重要であって、これは中国共産党が労働者・農民階級(無産階級=プロレタリアート)だけでなく、その他の社会階層(中小商工業者や企業家、知識階級も含む)をも代表する党なのだということを意味するのだ、ということがわかり、結局は2002年の党大会での党規約改正において、企業家や知識階級も中国共産党の党員になれる道を開くことになったのでした。これは2000年代に入って、中国経済において数多くの民間企業家たちが活躍するようになり、そうした有力な民間企業家たちを中国共産党の内部に取り込む、という意味で、この「三つの代表論」は中国共産党のひとつの大きな転換点となったのでした。

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 5月23日の山東省での座談会の内容も、たぶん具体的な意味を持つ政策を含むのだろうなぁ、とは思うのですが、たぶん現在はまだ中国共産党の内部で議論されている段階なので、表向きには非常に抽象的な表現でしか記述されていないのだろうと思います。とりあえず「人民日報」1面に掲載された四つの評論のタイトルとそのポイントを以下に列記してみましょう。

【2024年】

5月26日付け紙面の評論:「さらに一歩全面的な改革を深めるためには中国式現代化というテーマをしっかりと推進しなければならない」

・改革開放は中国式現代化を成功させるカギとなる事項である。

・改革は発展の動力である。絶え間なく社会の生産力を解放し発展させ、社会活力を解放・増強してこそ、中国式現代化の建設という難関を突破できる。

・中国式現代化の思想と体制を阻害する困難を除去し、深層レベルの体制・システム及び構造的矛盾を解消しなければならない。

5月27日付け紙面の評論:「さらに一歩全面的な改革を深めるためにはポイントを絞らなければならない」

・我が国の基本的経済制度を堅持・発展させ、高レベルの社会主義市場経済体制を建設し、マクロ経済管理システムと高品質の発展体制を健全にし、全面的にイノベーション及び都市部と農村部の融合発展の体制を完全なものにすることを支持する必要がある。

・経済体制の改革は、実際の必要性から出発し、実践的問題の解決によって理論の刷新を行い、制度の改革を進める。

・発展の制約になっている諸問題、環境と民生の観点における問題点、社会公平正義の観点で議論になっている問題点について、各方面における体制上、システム上の弊害を取り除かなければならない。

5月28日付け紙面の評論:「さらに一歩全面的な改革を深めるためには価値の方向性を確かなものにしなければならない」

・改革と発展は人民がよりよい日々を送るためのものであるという根本をきちんと認識し、人民の全体的利益、根本的利益、長期的な利益のために発展を計画し改革を推進しなければならない。

・中国式現代化においては、人民の幸福・安全・健康が品質の高い発展の最終目的である。人民至上という価値理念を堅持し、現代化の方向性は、一般庶民が何に関心があり、何を期待しているかに従って、何の改革をどう推進するかを決めなければならない。改革は人民大衆がさらに獲得感、幸福感、安全感が得られるようにするためになされなければならない。

・就業、収入の増加、教育を受けること、医療を受けること、住居を確保すること、日々の暮らしの用事、幼児保育や高齢者ケアから生命財産の安全まで一般庶民が心配していることの中にこそ改革の突破口は見い出さなければならない。

5月29日付け紙面の評論:「さらに一歩全面的な改革を深めるためにはやり方・進め方を研究しなければならない」

・党の全面的指導を堅持し、マルクス主義を堅持し、中国の特色のある社会主義の道を堅持し、人民民主主義独裁等の根本的なものは絶対に動揺させてはならない。それと同時に、果敢に改革し、改めるべきは改めなければならない。守るべきは守ることによってこそ、道に迷ったり、全部ひっくり返すような誤ちを犯したりすることを避けることができる。

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 私はこれらの評論の中のキーワードとして「都市部と農村部の融合発展」「民生」「社会公平正義」に着目しました。「民生」に関しては、「就業、収入の増加、教育を受けること、医療を受けること、住居を確保すること、日々の暮らしの用事、保育や高齢者ケアから生命財産の安全まで一般庶民が心配していること」と明示しており、政策の対象としてはここの部分だけが突出して具体性があるので、三中全会へ向けて現在検討されている具体的な政策は、これらに関係することではないかと推測しています。で、これらに関係することとして私の頭に浮かぶのは「戸籍制度改革」です。

 中華人民共和国の戸籍制度は1958年に成立し、基本的には現在も継続しています。最大の特徴は以下の通りです。

(1)全ての人の戸籍を「農村戸籍」と「非農村戸籍(都市戸籍)」に分け、実際に住む場所が変わっても原則として各人の戸籍は変更されない。

(2)就学、医療保険等の行政サービスは基本的に戸籍に基づいて行われる。このため農村戸籍の人が都市部に出稼ぎに出てきていても(いわゆる「農民工」)、その人の子は都市部で公共教育は受けられず、病気になっても都市部で自分の医療保険を利用することはできない。

※大学に入学すると一旦「暫定戸籍」となり、都市部の就職先に就職が決まるとその都市の戸籍に変更される。中国の若者(特に農村部の若者)が必死になって勉強して大学に入り、よい成績を出して自分の希望する都市に就職しようと考えるのは、この戸籍制度が理由である、と考える人もいる。

 もともとこの戸籍制度は経済発展の速い都市部へ農村部の人々が無秩序に移住すると、都市部に低賃金労働者が集まるスラム街が発生する可能性があるため、それを防ごうとして始まった制度です。文革期までは、そもそも人々の就職先は国家が計画に基づいて決めていましたので問題は生じなかったのですが、1978年の改革開放期以降、特に急速な経済発展が進んだ1992年以降は、沿海部に外資系企業が多くの工場を建設したこともあり、大量の労働者が「農民工」として農村部から沿海部などの都市部へ移動しました。このため、両親は都市部に出稼ぎに行くのだが、こどもたちは都市部の学校へは入学できないので農村部に残って祖父母の元で学校に通うといういわゆる「留守児童」の問題が中国の内外でたびたび指摘されました。

 学校の問題は、都市部の地方政府は「農民工」のこどもたちの分まで学校を用意することは難しいので、現在でも問題解決はあまり進んでいませんが、医療保険の適用は保険情報のやり取りと送金関係がうまくできれば「農民工」が都市部で医者に掛かることもできるはずなので、IT技術が発展した現在にあっては、戸籍領域を超えた医療保険の適用などはだいぶ進んでいるようです。

 実は、この戸籍制度の問題は、現在経済面で問題となっている不動産バブル崩壊と密接に関連しています。現在、四つの一線都市(北京、上海、広州、深セン)以外の都市では「マンション購入制限」が全廃されていますが、それまでは「その都市の戸籍を持っていなければマンションは買えない」とか「戸籍を持っていない人がその都市でマンションを買う場合には最低5年以上その都市に居住して社会保障費を払っていたという証明がなければならない」とかいう制限が掛かっていました(このブログの2024年5月11日付け記事「マンション購入制限措置全廃は問題解決に繋がるのか」参照)。しかし、「マンションが売れない」という現実を前にして「戸籍を理由にしたマンション購入制限」は段階的に廃止されてきました。

 今日(2024年6月1日)の時点では「購入制限」が残っている上海や広州ついても、非戸籍保有者に対して課せられている社会保障費用支払い年限を短縮する緩和措置が講じられているようです。

 マンションの売れ行きが芳しくない地方都市においては「制限」どころか「マンションを購入したらその都市の戸籍を与える」という「優遇措置」を講じるところも出てきてるようです。

 なので、「地方における売れ残りマンションを何とかする」という問題解決の意味も併せて、「農村と非農村とで区別していた戸籍制度を大幅に緩和する」といった戸籍制度改革が今度の三中全会で話し合われるのではないか、と私は推測しているのです。

 私が北京に駐在していた期間中の2007年5月20日付けの「新京報」に「日本における戸籍の無制限制への変革について」と題する記事が載っていたことを記憶しています。この記事では、日本では、もともと江戸時代は「寺請制度」と呼ばれる生まれた場所における戸籍一本だったが、明治維新とともに居住の自由が認められ、それ以降、本人を確認する「戸籍」と教育や医療保険等の行政サービスを受けるための「住民票」が二本立てになっていることや、居住の自由に伴って発生した都市部への人口集中を是正するために中央政府が地方政府を支援する「地方交付金」「国庫補助金」についても説明もなされていました。この記事のタイトルの「無制限制」とは、日本では明治維新以降、本籍にしろ住民票にしろ、本人の希望で日本中どこへでも移すことが認めれれていることを表した表現です。

 このように中国では以前から戸籍制度の問題点については広く認識されていました。これは私の推測ですが、戸籍は中国共産党の地方組織が地方の人民を掌握する手段の一つとして使ってきたので、戸籍を本人の希望により自由に移転できる、という制度はたぶん中国共産党体制の内部でかなり強い反対があるのではないかと考えています。とは言え、現実的に数多くの「農民工」が都市部に居住して仕事をしているという現状を踏まえ、また「マンションを買えば都市戸籍を与えますよ」と言えば、お金を貯めた農村戸籍の人がもっとマンションを買うようになるかもしれないので、「戸籍の自由化」は現在の中国ではかなり可能性の高い改革だと私は考えています。

 もし習近平氏が自分が政権を担当している間に成し遂げた「政策遺産」を歴史に刻みたいと考えているのだとしたら、「台湾統一」という流血を伴う可能性が高い「遺産」ではなく、「戸籍制度の抜本的改革」といった前向きで確実に中国の歴史に残るような大きな改革に挑戦してもらいたいと思います。現実問題として、この「戸籍制度改革」は「売れ残りマンション対策」としても使えるので、次の三中全会で決まる可能性は小さくないのじゃないかなぁ、と私は考えています。

 

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