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2024年6月 8日 (土)

中国では不動産投機からマネーが抜けて国債市場へ

 まずはこのブログの過去の記事に対するフォローアップです。

 このブログでは、先週(2024年6月1日)には「次の三中全会の目玉は戸籍制度改革か」と題して書きましたが、昨日(2024年6月7日(金))に開催された国務院常務会議では、以下の点が議題になっていました。

(1)ベンチャー投資の質の高い発展のための政策を推進することに関する検討。

(2)目下の不動産市場の状況とそれに対する政策対応に関する報告の聴取。

(3)「基本医療保険を健全に維持し長期にわたって機能させるためのシステムに関する指導意見」に関して審議し可決した。

(4)「突発的衛生事件対応法案(草案)」に関する討議。

 今日(6月8日(土))付けの「人民日報」の記事によれば、(3)については、「さらに一歩、医療保険に参加するための戸籍制限の緩和と開放を進める」ことも検討されたとことですので、やはり、不動産バブル崩壊という現状において戸籍制度をどのように緩和すべきなのか、という問題意識は、現在、中国政府の中でも認識されているようです。

 また、2024年5月4日付けのこのブログの記事「中国の住宅在庫削減政策と地方財政」では、中国政府が「住宅在庫解消に36か月以上掛かる都市においては、住宅用の土地使用権売却を暫定的に停止するよう求めている」ことを書きました。この時、このような通知を出した部署を「住宅都市農村建設部」と書きましたが、正しくは「自然資源部」だったようです。誤っていたようなので、ここで訂正いたします。

 この件については、昨日(2024年6月7日(金))付け日本経済新聞朝刊11面の記事「住宅在庫圧縮へ 中国が開発制限 国有地使用権の売却一部禁止 主要都市の4割対象」で報じています。私がブログで書いたように、この日経新聞の記事でも、住宅在庫が多い地方政府において住宅用の土地使用権売却を停止すれば、その地方政府の財政を直撃することが指摘されていました。財政的裏付けを示さずに地方政府に住宅用土地使用権売却停止という「無理難題」を押しつける中央政府のこのような政策は、中国政府全体としての政策の整合性を欠くものだと私は思います。

 さて、今回取り上げたいと思っているのは、一昨日(2024年6月6日(木))付け日本経済新聞朝刊9面に掲載されていた記事「中国マネー、国債に集中 運用難の銀行殺到 利回り急低下 中銀は売り介入を示唆」に関してです。この記事によると、中国の10年物国債の利回りが4月下旬に2000年以降で最も低い水準である2.205%まで一時低下したとのことです。また、5月22日に上海と深センの証券取引所に上場した30年物超長期特別国債については、販売の初日に買いが殺到して2回売買停止になった一方、翌23日には一転急落したとのことです。この日経新聞の記事では「不動産不況をきっかけにした株式投資への根強い不信感などが、国債人気の背景にある。銀行は預金が増える一方、企業の資金需要の停滞で優良な貸出先が見つからず、国債に資金を集中せざるを得ない。」と解説していました。

 基本的にどの国においても国債は「ローリスク、ローリターン」の最も安定した(しかしあまりリターンは大きくない)部類の投資先です。経済活動が活発ならば、株式市場や社債市場を通じて経済活動を行う企業に投資した方がリターンが大きいのですが、そうした企業への投資が行われず、国債に資金が向かうという現象は、企業等の民間の経済活動が低調になっている証拠だと見ることができます。

 2010年代は、中国では「理財商品」と呼ばれる金利は非常に高いが何に投資しているのかよくわからない金融商品が数多く発行され人気を博していました。「理財商品」で集められた資金の多くは不動産市場に向かい、マンション等の不動産開発に使われたと言われています。しかし、昨今の不動産バブル崩壊現象により、そもそも不動産開発企業によるマンション等の建設工事自体が大きくスローダウンし、「理財商品」でもデフォルト(償還不能)が多発して、「理財商品」に流れる資金が減っているのではないかと思われます。また、不動産バブル崩壊は不動産に関連する企業の株価低迷をもたらしましたから、株式市場へ流入する資金も減っています。なので、余剰になったマネーは投資先を求めて右往左往していて、リターンはあまり大きくはないものの安全な国債にマネーが集中しているのが現状なのだと思います。

 この現象は、中国においては「もはや不動産に投資してもリターンは得られない」「不動産投資はリスクが大きすぎる」という認識が広く浸透していることを示していると言えます。コロナ前までの中国におけるマンション価格の急上昇を見ていれば、中国の不動産市場には、本当に住宅を必要としている人たちの需要だけでなく、相当程度の投資目的の需要があったことは明らかです。今、マンション投資に対する安心感(中国語で言えば「信心」)がなくなっている以上、政府がいくらマンション販売促進策を打ったところで、投資目的の需要が消滅している現状では、実需だけでは、膨大な量のマンション在庫がはけ、価格の下落が止まることはないでしょう。

 このほか、最近、テンセント網・房産チャンネルを見ていると不動産市場に対しては「様々な新しい対策」が打ち出されています。ある銀行では「気球ローン」と称する住宅ローンを始めました。「気球ローン」とは、最初のうちは返済額が小さいが最後の方になると返済金額が大きくなるタイプのローンのことです。「若いうちは返済額が少なくて済むが、出世して収入が増えたら返済額を大きくする、という意味で、若い人には打って付けのローン」と銘打っているようですが、不確定要素の多い将来にリスクを先送りするのはよくないから「気球ローン」については慎重に考えるべき、とアドバイスする解説動画もありました。これも「今は収入が少ない若い人たちにもマンションを買ってもらいたい」という「苦肉の策」のひとつなのだと思います。

 また、ある地方政府では「賃貸マンションのオーナーがそのマンションを売却することにした場合には賃貸人は退去しなければならない」という政策を始めたところもあるそうです。中古マンションのオーナーが現有のマンションを売ってその資金を使ってより高額なマンションに買い換えをするのをやりやすくするための方策なのだそうです。しかし、私の感覚からすれば、こうした「大家さんを優遇し賃貸人を冷遇する政策」は、ただでさえ賃貸住宅に住みたがらない中国の人たちの間に「だから賃貸はイヤだ」という認識を植え付けて、「地方政府が売れ残りマンションを買い取って低所得者用賃貸住宅として貸し出す」という政策の推進を阻害するのではないかと思います。私は、このような政策は、「新築マンションが売れるようにする」ことにばかり目が行っていて、住宅に関する政策全体に目配りがなされていない、整合性が取れていない政策だと思っています。

(注)日本では借地借家法において「定期借家契約」と「普通借家契約」が規定されており、「普通借家契約」ではオーナー(大家さん)の権利が制限される一方で賃貸住宅に住んでいる人の「居住権」が保護されています。中国において、賃貸住宅が広まらない背景には、日本のような賃貸住宅に住む人の「居住権」が法律によって保護されていないという背景があります。ただし、日本における借地借家法のような法律はアメリカなどにはなく、法律によって賃貸住宅に住む人の「居住権」が大きく認められているという点では、日本の法制度はむしろ世界でも珍しい方に分類されています。この件に関しては、必ずしも「中国が特殊なのだ」というわけではありません。

 日経新聞の記事を読んで、中国の30年超長期特別国債の価格が乱高下(従って利回りも乱高下)したことを知って、私は改めて「中国の金融市場はまだ成熟していない感じがするなぁ」と思いました。日本では、古典落語を聞いていればわかるように「大家さんと店子(借家人)との関係」は江戸時代からありましたし、現在の金融用語で言えば一種のデリバティブ取引だと言える米の先物取引も江戸時代からありました(大坂堂島の米の先物市場は享保15年(1730年)に幕府から公認されたのだそうです。また、日本における株式市場は明治11年(1878年)にスタートしました)。中国でも革命前には一定程度の金融システムがあったのだろうと思いますが、中国共産党による革命と建国後の文化大革命で徹底的に破壊されてしまいましたからね。中国では、自由主義経済的な金融システムは1980年代以降に徐々に整備されてきているので、まだ社会全体に対して金融システムが「なじんでいない」というイメージが拭えません。さらに中国共産党政権では、市場に対して党や政府が政治的意図に基づく様々な介入をするので、余計に「予測不能」なイメージを持ってしまいます。

 こうした「経済・金融システムがまだ社会全体になじんでいない感じ」「新しい細かい様々な政策が続々と打ち出されて、今後どうなるのかよくわからない予測不能の感じ」は、中国においてビジネスを展開しようとしている外国の企業に対しては大きなブレーキ効果を与えます。日本経済新聞は6月5日(水)の朝刊11面の紙面に「中国『国家安全』徹底一段と 天安門事件35年 内外で強権 外資、ビジネスにも影響」という記事を掲げました。もちろんこれは「六四天安門事件35年」に関する記事なんですが、今回紹介した一連の日本経済新聞の記事からは「中国政府は一向に外国企業がビジネスをやりやすい環境を作ろうという姿勢を見せない」ことに対する「いらだち」を感じました。

 この日経新聞の「いらだち」には私自身大いに賛同しています。1982~1984年に通産省北アジア課に勤務し、1986~1988年に北京に駐在した私は、1980年代の「外国企業には是非とも中国でビジネスを展開してください!」と心から望んでいた中国の姿勢をよく知っているのでなおさらです。不動産バブル崩壊という現状を目の前にして、目に見える個々の問題点に対応する様々な個別の対症療法的対策に終始し、外資を利用して抜本的に経済を活性化させようという意思が全く見えない現在の習近平政権においては、中国経済は従来の勢いを次第に失い、失速と低迷のン十年に突入していくことが目に見えています。中国共産党内部の良識的エコノミストたちは日本経済新聞が掲げる中国に関する記事はよく読んでいると思いますので、是非とも党内で議論して欲しいと思います。

 私は中国共産党に対しては「政権から下りろ」と言うつもりはありません。ただ「トウ小平氏の時代の中国共産党に戻って欲しい」と心から願っています。

 

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