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2024年5月 4日 (土)

中国の住宅在庫削減政策と地方財政

 中国共産党政治局は2024年4月30日に会議を開き、第20期中国共産党中央委員会第三回全体会議(三中全会)を7月に北京で開催することを決めました。重要な経済政策について議論する「三中全会」は、党大会が開かれた翌年の秋に開催されるのが通例でしたが、2022年秋の党大会で習近平氏の総書記としての三期目続投が決まった後、2023年秋には開催されませんでした。なので、私は、習近平氏は「一人独裁」を進め、党内の重要な政策決定プロセスである中央委員会全体会議も開催せずに済ませるつもりなのではないか、と疑っていたのですが、さすがにそこまで「党内プロセスを無視した一人独裁」を進めようとしているわけではないようなので少し安心しました。ただ、「三中全会」の開催が遅れたことについては、不動産バブル崩壊など議論対象には困難なものが多いので、党内での調整に手間取ったために予定通りの日程では開催できなかったからではないか、など様々な憶測が流れています。

 この「三中全会」の7月開催を決めた4月30日の中国共産党政治局会議の主要議題は経済政策に関するものでした。この政治局会議の開催結果を伝える5月1日付けの「人民日報」の記事では、この会議で指摘された事項に関する記述の冒頭に「改革開放は党と人民の事業が大きく踏み出して歩んできた時代の重要な『法宝』である」と書かれています。手元の電子辞書によると「法宝」とは道教でいうところの「神通力のある宝物」のことなのだそうです。習近平氏自身はどう考えているのかは知りませんが、少なくとも中国共産党政治局の認識としては「改革開放は『神通力のある宝物』である」と認識しているということを示すこの記述は、私には非常に示唆に富むものだと感じました。なぜなら、習近平政権は、トウ小平氏が始めた「改革開放」の政策を阻害するような様々な施策を講じてきているにもかかわらず、中国共産党政治局としては「改革開放は非常に大事だ」と認識していることを改めて示しているからです。

 この政治局会議では、「積極的な財政政策と穏健な金融政策をうまく実施し、早いうちに超長期特別国債と併せてプロジェクト債の発行進度を加速させ、必要な財政支出の強度を維持する」と指摘して、経済の下支えを行っていく方針を示しています。また、「重点領域のリスクの防止と解消を確実に進めなければならない」として不動産市場の問題にも触れています。ここでは、地方政府、不動産企業、金融機関がそれぞれ責任を持って「保交楼」(ストップしたマンション建設工事を再開して契約者にきちんとマンションを引き渡すこと)を確実に進めるべきことを強調しています。併せて、住宅在庫の解消と住宅を適切に増やす政策(中国語では「優化増量住房的政策措置」)を統一的に実施する、と指摘しています。

(ここでは私は「優化増量住房的政策措置」を「住宅を適切に増やす政策」と訳しましたが、この言葉は中国の人にとってもわかりにくいようで、テンセント網・房産チャンネルにアップされていた今回の政治局会議の内容について解説する解説動画でも「優化増量住房的政策措置」って具体的にどういうことなんでしょうか、と疑問を呈しているものもありました)。

 4月30日の中国共産党政治局会議のここの部分(住宅在庫を適切にコントロールすること)を実行に移す政策がこのメーデー連休中に住宅都市農村建設部から地方政府に対する通知として打ち出されました。この通知では、住宅在庫解消に36か月以上掛かる都市においては、住宅用の土地使用権売却を暫定的に停止するよう求めているとのことです。中国の多くの地方政府では、土地使用権売却収入が財政収入の大きな柱ですから、多くの住宅在庫を抱える都市に対しては、この通知は大きな影響を与えることになるだろうことが予想されます。

 現在、各地方の住宅在庫が解消するまでに必要とする期間は平均で18.36か月なのだそうです。今まで住宅販売が順調に行われていた頃は、解消するのに14ヶ月程度かかるのが適正な住宅在庫の水準なのだそうですので、今はそれよりは「在庫過剰」の状態になっているようです。テンセント網・房産チャンネルにアップされていた解説動画によると、現在、住宅在庫解消に36か月以上掛かる都市は41か所あるそうです。具体的に日本でも知られているいくつかの有名な都市について住宅在庫解消に必要な月数を掲げると以下の通りです。

西寧◎※(青海省):113.3か月
洛陽(河南省):96.0か月
ハルビン◎※(黒竜江省):95.0か月
常州(江蘇省):54.4か月
徐州(江蘇省):47.3か月
無錫(江蘇省):46.8か月
福州◎※(福建省):42.7か月
武漢◎※(湖北省):41.6か月
パオトウ※(内モンゴル自治区):41.0か月
南通(江蘇省):40.2か月
昆山(江蘇省):39.1か月
丹東(遼寧省):38.6か月
東莞(広東省):37.5か月
保定(河北省):36.9か月
昆明◎※(雲南省):36.5ヶ月

◎:各省・自治区の人民政府がある都市(日本で言う県庁所在地)
※:各省・自治区の最大都市

 上記のリストを見てもわかるように、今回の住宅都市農村建設部の通知の対象となっているのは「地方の小さな都市」ではなく、各省の省都クラスの大きな地方都市も含まれていますし、無錫、南通、東莞など日本企業も数多く進出しているそれなりに大きな地方都市も含まれています。今回の住宅都市農村建設部の通知は、これらの都市の財政事情に大きな影響を与え、各都市の行政機能にも、従ってこれらの都市で生活する人々に対してもかなり大きな影響を与えることになると予想されます。

 私がかねてこのブログで何回も書いてきていることですが、不動産バブル崩壊は、中国の経済・社会に対して大きな影響を与えている事象です。平成バブル崩壊を経験している日本の皆さんには身をもってわかると思います。なので、「保交楼」とか「住宅在庫の解消」とか「不良債権の経済への悪影響の防止」とかを総合的に考えた大きな政治的決断に基づく一連の「政策パッケージ」がないとこの困難な事態には対応できません。住宅都市農村建設部のような各担当部署が自分の所掌範囲に関する部分だけについて対処すればよい、という性質のものではありません。今回の「住宅在庫の多い都市に対する住宅用の土地売却を暫定的に停止する通知」も地方都市に対する中央政府からの財政的支援とパッケージでないとうまく行かないことは明らかです。

 本来、住宅都市農村建設部とか財政部とかいう中国政府内部の縦割りの組織を越えて、横断的で統一的な政策パッケージを組み立てることができるのが中国共産党であり、そういう中国共産党が各行政部署の上に立って統一的な政策の指示を出せることが中国共産党体制の「強み」であるはずです。ところが上記の例を見てわかるように、中国共産党政治局は政策方針を決めるのはよいとして、その具体的実施を住宅都市農村建設部のような各個別機関に「丸投げ」しているのが実情です。上に紹介した政治局会議の内容を伝える報道でわかるように、もっとも中国の人々にとって関心が高い「保交楼」の問題についても各地方政府、不動産企業、金融機関にその具体的な実施については任せています。これは、社長が現場に対して「何とかしろ」と指示を出すものの、具体的な対応措置については現場に任せるため、困った現場が「何とか」するために不正を働く、といった問題企業で発覚する組織ガバナンス機能不全の問題と同じ種類の問題です。

 民主主義国ならば、政府のやり方がまずければ、マスコミが「そんなの政府の機能不全だ」と批判する論陣を張り、野党は政権与党に対してその点を激しく追及します。国民が「政府は機能不全に陥っている」と感じれば、政権与党は次の選挙で負けることになります。株式会社でも、組織ガバナンスが機能不全に陥っているような会社の株価は下落しますし、株主総会で株主たちから会社幹部の交代要求を突きつけられるかもしれません。

 中国共産党は、もともと機能不全の部分を外部からの批判によって修正するというフィードバック機能を持たない組織ですので、こうした組織ガバナンス不全が起こりうる本質的な問題点を最初から抱えている組織です。今まで急速な経済成長を続けてきた中では、そうした中国共産党が持つ「ガバナンスの機能不全に陥りやすい性質」はほとんど目立ちませんでした。しかし、今般、不動産バブル崩壊とそれに伴う経済の停滞という建国以来最大とも言える危機に直面して、中国共産党の組織ガバナンス不全は外からも見えるような状態になっているのが現状です。「三中全会」がなかなか開催できなかった、ということ自体、中国共産党の組織ガバナンスが機能低下し始めている証拠のひとつだと言えるでしょう。

 今回紹介した住宅都市農村建設部による住宅在庫の多い都市に対する住宅用土地売却の暫定的停止を求める通知は、現実問題として、地方都市における財政危機を表面化させる可能性のある政策です。中国共産党の組織ガバナンスの機能不全は、これからは政策における一貫性・統一性の欠如の結果として、例えば財政困難による地方政府の行政機能低下のような具体的な問題として表面化していくフェーズに入っていくことになるのだろうと思います。

 

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