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2024年5月18日 (土)

中国の地方政府による在庫マンション買い取り策

 中国の何立峰副総理は昨日(2024年5月17日(金))午前「『保交房』対策を確実にうまくやるための全国オンライン会議」を開催しました(「保交房」とは、不動産開発企業の資金不足で建設が途中で止まってしまったマンションの建設工事を再開させて完成させ、契約者にきちんとマンションを引き渡すこと:「房」はマンション、「交」は引き渡すこと(交付すること)、「保」は「交房」のきちんとした実行を確保すること)。

 このオンライン会議の結果はすぐに新華社が報じたほか、午後には国務院が政策発表会を開いて決まった内容を報道陣に説明しました。

 今日(5月18日(土))付けの「人民日報」の報道等によれば、このオンライン会議で決まった内容は以下のとおりです。

1.マンションの「保交房」を確実に実行し、マンション建設工事が途中で止まるリスクを防ぐため、「ホワイト・リスト」に載ったマンション建設プロジェクトについては、銀行による融資を支持し、建設を推進させる。

2.都市の不動産に対して融資を行う金融機関と協調して、不動産開発企業の合理的な融資の要求を満足させるようにする。

3.都市の地方政府が、地方の国有企業とグループを組織して、低所得者用住宅にするために合理的な価格でマンション在庫を購入しすることを認める。

4.地方政府が不動産開発企業に土地使用権を売却した土地のうち、現在未開発または未着工のままで残っている土地については、地方政府が買い戻して、不動産企業の債務圧力を軽減するようにする。

 さらに中国人民銀行は個人向け住宅ローンに関する以下の三つの緩和措置を行う。

(1)住宅ローン設定の際の頭金割合を一軒目については15%、二軒目については25%に引き下げる(従来は一軒目は20%、二軒目は30%だった)。

(2)住宅公積金(雇用主と雇用者が折半して積み立てる社会保険的な住宅資金積み立て制度)による住宅ローンの金利を0.25%引き下げる。

(3)各銀行が設定する住宅ローンの最低金利を撤廃する。

 さらに中国人民銀行は3,000億元(約6兆3,000億円)の低所得者住宅向け融資枠を設立し、全国を対象に営業する21の銀行に対し、金利1.75%、期限1年の融資を四回に分けて実施することとする。

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 私はこれまでこのブログで不動産バブル崩壊対応として、断固とした政治的決断の下で行う複数の政策を組み合わせた「政策パッケージ」を打ち出さないままに、個別の対応策をさみだれ式に打ち出しても効果は出ない、と批判的に書いてきました。今回決定した複数の政策は、ようやく出てきた「政策パッケージ」ではあるのですが、私としては以下のような不満があります。

○政策の目的があくまで「保交房」(建設が途中で止まったマンションをきちんと完成させて契約者に引き渡すこと)であって、結局は「対症療法」の域を出ておらず、不動産バブル崩壊に起因する不良債権問題等の経済問題の全体的な解決にはなっていない。

○問題解決の責任を地方政府と地方の金融機関に「丸投げ」しており、中央政府が自ら責任を取って対処しようという意思が見られない(断固たる政治的決断がない)。

○結局は不動産企業が抱えているリスクを地方政府(及び地方政府の呼び掛けに応じた地方の国有企業)と地方の金融機関に移転するだけであり、リスクの全体を解消するものにはなっていない。中国人民銀行が行うのは、あくまで「融資」であって、中国人民銀行から融資を受けた銀行がそれを返済するための資金をどうやって集めるのか先行きが明示されておらず、当面今目の前にある「保交房」の問題の解決にはなるにしても、不動産開発企業が抱えている借金が解消されるわけではない。

 日本経済新聞も同じような問題意識を持っているようです。上記の件を伝える今日(2024年5月18日(土))付け日本経済新聞朝刊1面中段の記事「中国、住宅在庫買い取り 下限金利は撤廃」と11面の記事「中国、銀行頼みの住宅支援 融資、不良債権化の懸念 ローン下限金利も撤廃」では、結局は、不動産企業がマンション建設を完了できていないという現在の問題を「不動産企業と在庫マンションを買い取る地方政府への融資」「住宅ローンの金利低下による銀行経営への圧迫」との二つの面で銀行に押しつける結果になっている、と指摘しています(日経新聞がこの記事を一面中段に掲載していることは、日経新聞自身がこの案件を非常に重要視していることを表しています)。

 一方、私が見るところ、中国におけるこの案件の報道ぶりには思わせぶりな「配慮」がなされています。

 一つ目の「配慮」は、「人民日報」でこの案件を伝える二面の紙面のすぐ隣では、財政部が5月17日に400億元(約8,400億円)の期限30年、表面利率2.57%の2024年超長期特別国債の第一期分を発行することを発表したことが報じられています。中国の超長期特別国債は、全人代での政府活動報告でも今年(2024年)1兆元(約21兆円)発行されることが言及されていて、期限20年、30年、50年のものが発行されることになっており、今回発表されたのはその一部の発行です。超長期特別国債は、景気下支えのためのインフラ投資等に用いられる資金を調達するものであって、上記に紹介した地方政府による在庫マンション買取りとは関係ないのですが、この二つを伝える記事が「人民日報」で並んでいると、多くの人に「地方政府の財政状況は非常にひっ迫しているのだから、超長期特別国債で調達した資金は在庫マンション買い取りのための資金として地方政府に回っていくのではないか」と思わせるに十分です。

 テンセント網・房産チャンネルにアップされている動画の中にも「地方政府による在庫マンション買い取り策については、財源が明記されていないが、超長期特別国債で得た資金を使うのではないか」との考えを示しているものもありました。

 こうした報道の仕方は、おそらくは「地方政府に在庫マンションを買い取らせる。だけどその資金はどこから調達するのか。」と不安に思っている中国の人々に対して「超長期特別国債で借りた資金を使うんだ」と「勘違い」させて、「それなら地方政府による在庫マンション買い取りはうまくいくだろう。だったら、マンション市場は早期に安定するだろう。」と思わせようとしているからではないか、と私は勘ぐっています。

 二つ目の「配慮」は、、今回の決定を決めた「オンライン会議」が金曜日の午前中に行われ、その結果が13:30に新華社で報じられ、また午後には住宅都市農村建設部や中国人民銀行による政策発表会が行われたことです。通常、マーケットに大きな影響を与える可能性がある決定は、金曜日の午後に行って、金曜日の夜、マーケットが閉まってから発表されることが多いのですが、今回はマーケットがまだ開いている時間帯に発表が行われました。これは今回の決定内容はマーケットに好感されるだろうと見た中国政府がわざと市場が開いている時間帯に発表を行った結果だと思います。その思惑通り、5月17日(金)の上海や香港の株式市場では、不動産関連の株価は大きく上昇して引けています。

 三つ目の「配慮」は、ロシアのプーチン大統領の訪中のタイミングで今回の決定と発表が行われた、ということです。中国にとってプーチン大統領の訪中は大きなイベントですから、テレビの「新聞聯播」でも「人民日報」でもトップ記事はプーチン大統領訪中関連のものです。これは、おそらくは今回の「地方政府による在庫マンションの買い取り」等の政策決定は、マーケット関係者には関心を持ってもらいたいけれども、多くの一般の中国人民にはあまり宣伝したくない案件だったからだろうと思います。「地方政府による在庫マンションの買い取り」等は、不動産バブルを崩壊させたという中国政府の失敗の尻拭い策のひとつであり、かつ、うまく効果が上がるかどうかもよくわからないので、中国政府のホンネとしては、不動産にあまり関心を持たない一般の人々の関心はあまり引きたくなかったのだろうと思います。

 地方政府及び地方政府の呼び掛けに応じた地方の国有企業が売れ残っている在庫マンションを買い取ってそれを低所得者用賃貸住宅にする、というやり方は、私はあまりうまく行かないだろうと思っています。この点については、このブログの4月13日付けの記事「マンションの『以旧換新』策は弥縫策ではないのか」にも書きました。売れ残っているマンションの間取りや場所が低所得者のニーズとマッチしているかどうか疑問だし、中国では既にマンション価格が高騰し過ぎていて、賃料利回り(マンションを賃貸に出して得られる年間賃料をマンション購入価格で割った値)が非常に低くなっており、地方政府が在庫マンションを買い取ってそれを賃貸用にしたとしても、賃料で購入資金を回収するには相当程度長い年月が掛かってしまうからです。

 同じような疑問は中国の人たちも持っているようで、テンセント網・房産チャンネルにアップされている解説動画では、この「地方政府が在庫マンションを買い取って低所得者用賃貸住宅として貸し出す」というやりかたがうまくいくかどうかは、実際をよく観察していく必要がある、と指摘しているものがありました。

 繰り返しますが、私がもっとも問題だと考えているのは、北京の中央政府が自らの責任で問題に対処しようとせず、問題解決の責任を地方政府と地方の金融機関に押しつけている点です。このやり方は、究極的には「物事がうまく行ったら私の功績だ。うまく行かなかったら部下の責任だ。」とする姿勢がミエミエの習近平氏の態度から出発していることは明らかです。

 今のところ上海や香港の株式市場では、中国政府もいよいよ不動産バブル崩壊の問題に対して本腰を入れて対応し始めているようだ、という点を好感しているようですが、私は、ただでさえ土地使用権売却収入が途絶えてひっ迫している地方政府の財政状況をさらに悪化させるような「地方政府による在庫マンションの買い取り」がうまく行くとは思っていません。また、仮に中国政府が「最終的には超長期特別国債で調達した資金を地方政府による在庫マンション買い取りのための資金に使う」ことまで本気で考えているのだとしたら、それは不動産企業の借金とリスクを地方政府に移転し、結局はそれを中央政府が背負うことを意味します。そういったリスクを中央政府が背負うことを多くの人が心配すれば、超長期特別国債は売れなくなり、結果的に金利は上昇します。なので今後は、これから発行が進むことになる中国の超長期特別国債の売れ行きにも注目していく必要があると思います。

 なお、最後の問題は、実は中国のことを心配するより日本自身が心配すべき問題です。GDP比では既に中国の何倍もの巨額の公的債務を抱えている日本政府がその収入の3割以上を国債発行に依存し、支出の約3割を収益が得られるわけではない社会保障費に充てている現状を踏まえると、昨今の「超円安」の状況の根っこには日本の財政事情に対する不信感があるからかもしれないからです。私は個人的には、日本の超長期国債は中国の超長期国債よりは最終的な信用力は高いと考えています。民主主義に基づく日本の政治システムが今後50年間壊れることはないだろうと多くの人は考えているのに対し、現在の中国共産党統治体制は50年後も健在なのか、と問われると疑問に思う人が多いだろうと思うからです。

 今回の「地方政府による在庫マンション買い取り策」がうまく行くかどうかも、結局は中国共産党政権の「信用」に掛かっています。中国の人々が中国共産党政権の将来を信用していれば、現在の政策に基づいて、自分の今後数十年間の人生を左右する住宅購入を決断するだろうし、もし中国の人々が中国共産党政権の将来が信用できなければ、いくら中国政府が様々な政策を講じても中国の人々は安心して住宅のような「自分の人生を賭けた買い物」はしないだろうからです。

 今回発表された「地方政府による在庫マンション買い取り策」は、まずは実際に地方政府による在庫マンション買い取りが進むのかどうか、それを受けて新築及び中古マンションの価格が下げ止まるかどうか、最終的には今まで積み上がってきたマンションがらみの不良債権がうまく解消されていくのかどうか、しばらくは様子を見ていく必要があると思います(株式市場はごく短期的な目線でしか判断しませんから、上海や香港の株価が上昇しているからといって、今回の「地方政府による在庫マンション買い取り策」がうまく効果を上げるだろうと楽観的に見るべきではない、と私は考えています)。

 

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