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2024年5月

2024年5月25日 (土)

「三自一包」批判と新「五反運動」

 5月に入ってから、毛沢東時代にあった古いスローガンに接する機会が相次ぎました。ひとつは「『三自一包』批判」であり、もうひとつは「五反運動」です。

 「三自一包」は、私がたまたま見たテンセント網・房産チャンネルにアップされていた動画「毛主席の1965年の神預言」に出てきていました。

 「三自一包」は、1960年代初頭に劉少奇とトウ小平が進めた経済調整政策を象徴する表現で、「自由市場、自留地、自負盈虧、包産到戸」を指します。1958年に毛沢東が提唱して始まった人民公社の運動は、同時期に進められた大躍進政策と相まって、農村における農業生産の停滞を招き、1958~1960年の三年間で数千万人に上る餓死者を出したと言われています。その時期の政策の反省の上に立って1960年代初頭に劉少奇やトウ小平が進めた経済調整政策は、人民公社のやり方を一部緩和して、農民の「やる気」を喚起するものでした。

 人民公社では、全ての生産物が共同で生産され、国家の計画に従って販売されるのが原則です。しかし、経済調整政策では、一部余剰に生産された生産物に関しては、公的販売ルート以外の販売ルートである「自由市場」での販売を認めました。また、農民が人民公社が管理する農地とは別に自分の住宅の周辺のスペース(これを「自留地」と言います)を利用して農産物を生産することも認めました。

 「自負盈虧」の「盈虧」(yingkui)は「損と得」という意味で、「自負盈虧」とは、自らの損得を自らの責任で管理する経済主体のことです(「虧」の中国語の簡体字は、「つくり」の部分だけで、しかも、縦棒が下の横線のところで止まっている)。理想的な人民公社は全て国家の計画に従って経済活動を行いますが、一定程度、経済主体自身による損得判断で経営を調整してもよいだろう、という考え方が経済調整期には認められるようになりました。

 「包産到戸」の「包産」とは「請負生産」のことで、「包産到戸」とは農業生産を人民公社ではなく各農家に戸別に請け負わせることです。請負を受けた各農家は、頑張って働いて、様々な工夫をして生産を上げれば自分の収入が増えるので、結果的に生産性は向上します。農業における「包産到戸」、即ち日本語で言えば「農家戸別生産請負制度」は、1980年代に人民公社が解体された後の改革開放期の農業における「改革のキモ」となる制度です。

 本来の人民公社の制度を緩めて若干の修正をしようとしていた経済調整期の政策については、毛沢東は不満であり、1964年頃から毛沢東は「三自一包」を「資本主義へ進む道だ」として厳しく批判するようになります。この批判の運動は、1965年に始まった「政治を清め、経済を清め、組織を清め、思想を清める」の「四清運動」や上海の「解放」誌の編集長だった姚文元が「新編歴史劇『海瑞免官』を評す」という評論文を書いたことをきっかけにして始まった文芸批判の運動と合わせて、1966年に大々的な大衆運動として盛り上がり、文化大革命に発展していったのでした。

 私がテンセント網・房産チャンネルで見た「毛沢東の1965年の神預言」という動画では、1965年秋に行った毛沢東による「三自一包」批判の講話を取り上げていました。この動画では次のように解説していました。

○毛沢東は1965年深秋、「三自一包」を批判する講話を行った。この当時毛沢東は既に72歳であり、この毛沢東の話については「誇張のしすぎだ」「老人が語る古い理論だ」と言う人もいた。毛沢東の話は以下の通り。

・「三自一包」の路線を歩んではならない。決して資本主義の道を歩んではならない。

・もし人民公社の制度を改変するのであれば、一時的には収入が上がる可能性はあるが、十年も経たないうちに、小役人は大儲けをし、高級幹部は巨額の富を得、官職のないものは利益を得られないことになり、腐敗勢力が社会を陰に陽に支配することになる。苦痛を受けるのは一般庶民である。

・最終的には両極分化が進み、一般庶民は、心が離れ、徳を失い、団結力は失われるだろう。そして、外国勢力が侵入してくることになるだろう。

○数十年が経過した今、私たちは何を見ているのだろうか。毛沢東は農民出身であり、農民、一般庶民の労苦をよく理解していた。毛沢東は、農民の代言人であり、一般庶民の代言人だったのだ。

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 この動画は「毛沢東礼賛」の内容なので「検閲削除」の対象とはなっていないようです。私が見たのはアップされてから既に一週間が経過した時点でした。この時点で「224万人が視聴しました」の表示が出ていました。他の動画と比較してもかなり高い「視聴率」です。

 しかし、「三自一包」は、1960年代初頭に劉少奇やトウ小平が進めた経済調整政策の「キモ」であり、1978年以降にトウ小平が「毛沢東は一部の誤りを犯した」として文化大革命や人民公社を否定して経済調整政策を復活させる方向で進めた「改革開放政策」のキモでもあります。この動画のようなあからさまな「『三自一包』批判」は、現在も中国共産党が進める改革開放政策に対する批判であり、「トウ小平の進めた政策が格差を広げて一般庶民を苦しめることになった」という「トウ小平批判」になっています。

 4月30日の中国共産党政治局会議においても「改革開放は重要な『法宝』(神通力のある宝物)である」としており、改革開放をロコツに批判するこの動画は現在の中国共産党の政策を批判するものです。それなのにもかかわらずこの動画が削除されずに数百万人の人が視聴しているという現状は、現在の中国においては「改革開放を批判すること」は許される範囲内であることを示しています。これは、1980年代の「トウ小平の時代」に北京に駐在した経験がある私としては「信じられない事態」です。背景として考えられるのは、中国共産党政治局会議の公式な表現としては「改革開放は大事だ」としているものの、習近平氏自身は実際は改革開放政策に批判的だ、という可能性です。

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 一方、「五反運動」に関しては、ジャーナリストの林愛華氏が書いたネット上の現代ビジネスの記事「げに恐ろしや、習近平の恐怖政治『布告文』が発表された!」(2024年5月14日07:02配信)と5月22日付け産経新聞5面記事「反スパイ・反分離主義 中国『五反闘争』 内憂外患、毛時代に回帰」で報じられています。

 これらの記事では、中国共産党幹部の養成機関である中央党校の機関紙「学習時報」が4月29日付けの一面に「国家安全保障の揺るぎない保護」と題する国家安全部トップの陳一新氏の署名入り論文が掲載されていたことを報じています。陳一新氏は、この論文で、「『反転覆』(政権を転覆させない)、『反覇権』(覇権国家に対抗していく)、『反分裂』(中国を分裂させない)、『反恐怖』(テロを取り締まる)、『反間牒』(スパイを取り締まる)という『五反闘争』を広く展開しよう」と呼びかけているそうです。

 中国共産党の歴史を知っている人ならば、誰でも毛沢東が中華人民共和国成立直後の1951年に始めた「三反運動」(「汚職、浪費、官僚主義」の三つに反対する運動)と1952年に始めた「五反運動」(「賄賂、脱税、仕事の手抜きと材料のごまかし、国家財産を騙し取ること、国家の経済情報を盗むこと」の五つに反対する運動)を知っています。このため陳一新氏が提唱した「五反闘争」は「新『五反運動』」と呼ばれるようになっているようです。

 毛沢東による「三反運動」「五反運動」は、建国直後の中国にあって残っていた資本主義的考え方を持つ人たちを徹底的に排除するという「革命成立直後の粛清運動」の意味もあったと考えられています。また、この陳一新氏の論文が掲載されたのが中央党校の機関紙「学習時報」であることも意味深です。基本的に中国語の「学習」は日本語の「学習」と意味は同じですが、現在の中国では「学習」とは「習(近平)を学ぶ」という意味もあるからです。ですから、林愛華氏は自分が書いた記事に「げに恐ろしや、習近平の恐怖政治『布告文』が発表された!」というタイトルを付けたのでしょう。

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 上に紹介した「三自一包」批判と新「五反運動」は「たまたま見掛けた二つのエピソード」に過ぎませんが、7月に三中全会が開催されて「何か新しい方針が打ち出されるかもしれない」と多くのチャイナ・ウォッチャーが関心を高めている中にあっては「見過ごしてはならないエピソード」である可能性があります。さすがに習近平氏と言えども、経済上の困難を無視して、改革開放をうち捨てて毛沢東時代に戻ろうという方針を打ち出すとは思えませんが、上記に紹介した「毛沢東の1965年の神預言」で見られるように、改革開放方針に基づく経済発展が結果的に例えば不動産企業のトップたちのような「大富豪」を生む一方で、中国社会の中の格差が耐えられないほどに広がった、という感覚は、一般の中国の人たちの間にかなり大きく広がっている可能性があります。従って、7月に開催予定の三中全会では、不動産バブル崩壊という現状を踏まえて、かなり大胆な(社会主義の原則に立ち帰る方向での)方針転換が打ち出される可能性はゼロではないと思います。

 「7月に三中全会が開かれる中で習近平氏はどういう『次の一手』を打ってくるのか」と目を光らせているチャイナ・ウォッチャーの間では、5月22~24日に習近平氏が山東省を視察し、済南市で企業と専門家の座談会を主催したことが着目されているようです。この座談会で習近平氏が「中国式現代化の推進を妨げる思想観念や体制的・制度的弊害を断固として排除し、深いレベルの体制的・制度的障害や構造的矛盾の解決に力を入れ、中国式現代化に絶えず力強い原動力を注入し、有力な制度的保障を提供する必要がある」(この日本語訳は「人民日報ホームページ日本語版」5月24日付けの記事による)と述べているからです。

 「この座談会をなぜ北京ではなく山東省済南市で行ったのか」「この座談会には、政治局常務委員の王滬寧氏と蔡奇氏、国務院副総理の何立峰氏が参加しているのに、政治局常務委員で国務院総理の李強氏はなぜ参加していないのか(同じ時期、李強氏は山東省のすぐ隣の河南省を視察している)」などにも何か意味があるのかもしれません。中国共産党のトップが、北京ではなく、地方に行ったときに何か重要なメッセージを出すことは過去にも何回もあったからです(1966年7月突然武漢に現れて揚子江を遊泳して見せた毛沢東の動きが文化大革命始動の「のろし」だった、1992年の春節期間にトウ小平が南部の沿海地域で行った講話が「南巡講話」として「六四天安門事件」後の中国の政策の方向性を確定させた、2000年2月に江沢民が広州で行った講話が後に「三つの代表重要思想」として党規約改正にまで発展した、などの例があります)。トップが地方にいる間は北京にいる「反対勢力」が対応できないからでしょう。

 現在の不動産バブル崩壊による中国経済の困難な現状と党内で本当にリーダーシップが取れているのかどうか疑問な習近平氏を考えると、過去の中国共産党トップの動きを参考にはできないのかもしれませんが、これから7月の三中全会まで、どのような新しい方針が打ち出されるのか(あるいはそんなに目新しい方針が打ち出されるわけではないのか)注目していく必要があると思います。

P.S.

 5月20日に行われた台湾の頼清徳総統の就任演説に対応する形で台湾周辺で行われていた人民解放軍の演習を伝える中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」の報道ぶりは結構刺激的でした。この手の演習のニュースでは、演習に参加している現場の兵士が直立不動で決意を語るのが「通例」なのですが、今回は「断固として台湾独立勢力を消滅させる決意です」と語っている兵士がいました。また、演習のシミュレーションでは、台湾の地図上にミサイルや砲弾が着弾して爆発する図も登場させたりしています。通常、この手の演習では、誰が見ても「仮想敵国」がどこであるかが明白な場合であっても、公式見解としては「この演習は特定の国を念頭に置いているものではありません」と発言するのが「お作法」だと思うのですが、現在の中国に関してはこうした「お作法」は全くないということなんだと思います(中国側の理屈から言えば「台湾問題は中国の国内問題なんだから『外交的配慮』なんかする必要は全くない。」ということなんだと思いますが)。まぁ、在日中国大使の発言(日本が台湾独立に加担すれば日本の民衆は火の中に連れ込まれる)を聞いていれば、現在の中国に「外交的配慮」を期待すること自体が無理なのだ、ということなんだと思います。

 前にも書いたことがありますが、1980年代、靖国問題とか日中間で様々な問題がある中で、トウ小平氏が「中国と日本とは立派な独立国同士だ。独立国同士の関係で『全く問題がない』という状態はむしろ異常だ。二つ三つ問題があってもそれを交渉で解決するというのが外交というものだ。」と悠然と語っていた頃を懐かしく思い出しています。

 

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2024年5月18日 (土)

中国の地方政府による在庫マンション買い取り策

 中国の何立峰副総理は昨日(2024年5月17日(金))午前「『保交房』対策を確実にうまくやるための全国オンライン会議」を開催しました(「保交房」とは、不動産開発企業の資金不足で建設が途中で止まってしまったマンションの建設工事を再開させて完成させ、契約者にきちんとマンションを引き渡すこと:「房」はマンション、「交」は引き渡すこと(交付すること)、「保」は「交房」のきちんとした実行を確保すること)。

 このオンライン会議の結果はすぐに新華社が報じたほか、午後には国務院が政策発表会を開いて決まった内容を報道陣に説明しました。

 今日(5月18日(土))付けの「人民日報」の報道等によれば、このオンライン会議で決まった内容は以下のとおりです。

1.マンションの「保交房」を確実に実行し、マンション建設工事が途中で止まるリスクを防ぐため、「ホワイト・リスト」に載ったマンション建設プロジェクトについては、銀行による融資を支持し、建設を推進させる。

2.都市の不動産に対して融資を行う金融機関と協調して、不動産開発企業の合理的な融資の要求を満足させるようにする。

3.都市の地方政府が、地方の国有企業とグループを組織して、低所得者用住宅にするために合理的な価格でマンション在庫を購入しすることを認める。

4.地方政府が不動産開発企業に土地使用権を売却した土地のうち、現在未開発または未着工のままで残っている土地については、地方政府が買い戻して、不動産企業の債務圧力を軽減するようにする。

 さらに中国人民銀行は個人向け住宅ローンに関する以下の三つの緩和措置を行う。

(1)住宅ローン設定の際の頭金割合を一軒目については15%、二軒目については25%に引き下げる(従来は一軒目は20%、二軒目は30%だった)。

(2)住宅公積金(雇用主と雇用者が折半して積み立てる社会保険的な住宅資金積み立て制度)による住宅ローンの金利を0.25%引き下げる。

(3)各銀行が設定する住宅ローンの最低金利を撤廃する。

 さらに中国人民銀行は3,000億元(約6兆3,000億円)の低所得者住宅向け融資枠を設立し、全国を対象に営業する21の銀行に対し、金利1.75%、期限1年の融資を四回に分けて実施することとする。

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 私はこれまでこのブログで不動産バブル崩壊対応として、断固とした政治的決断の下で行う複数の政策を組み合わせた「政策パッケージ」を打ち出さないままに、個別の対応策をさみだれ式に打ち出しても効果は出ない、と批判的に書いてきました。今回決定した複数の政策は、ようやく出てきた「政策パッケージ」ではあるのですが、私としては以下のような不満があります。

○政策の目的があくまで「保交房」(建設が途中で止まったマンションをきちんと完成させて契約者に引き渡すこと)であって、結局は「対症療法」の域を出ておらず、不動産バブル崩壊に起因する不良債権問題等の経済問題の全体的な解決にはなっていない。

○問題解決の責任を地方政府と地方の金融機関に「丸投げ」しており、中央政府が自ら責任を取って対処しようという意思が見られない(断固たる政治的決断がない)。

○結局は不動産企業が抱えているリスクを地方政府(及び地方政府の呼び掛けに応じた地方の国有企業)と地方の金融機関に移転するだけであり、リスクの全体を解消するものにはなっていない。中国人民銀行が行うのは、あくまで「融資」であって、中国人民銀行から融資を受けた銀行がそれを返済するための資金をどうやって集めるのか先行きが明示されておらず、当面今目の前にある「保交房」の問題の解決にはなるにしても、不動産開発企業が抱えている借金が解消されるわけではない。

 日本経済新聞も同じような問題意識を持っているようです。上記の件を伝える今日(2024年5月18日(土))付け日本経済新聞朝刊1面中段の記事「中国、住宅在庫買い取り 下限金利は撤廃」と11面の記事「中国、銀行頼みの住宅支援 融資、不良債権化の懸念 ローン下限金利も撤廃」では、結局は、不動産企業がマンション建設を完了できていないという現在の問題を「不動産企業と在庫マンションを買い取る地方政府への融資」「住宅ローンの金利低下による銀行経営への圧迫」との二つの面で銀行に押しつける結果になっている、と指摘しています(日経新聞がこの記事を一面中段に掲載していることは、日経新聞自身がこの案件を非常に重要視していることを表しています)。

 一方、私が見るところ、中国におけるこの案件の報道ぶりには思わせぶりな「配慮」がなされています。

 一つ目の「配慮」は、「人民日報」でこの案件を伝える二面の紙面のすぐ隣では、財政部が5月17日に400億元(約8,400億円)の期限30年、表面利率2.57%の2024年超長期特別国債の第一期分を発行することを発表したことが報じられています。中国の超長期特別国債は、全人代での政府活動報告でも今年(2024年)1兆元(約21兆円)発行されることが言及されていて、期限20年、30年、50年のものが発行されることになっており、今回発表されたのはその一部の発行です。超長期特別国債は、景気下支えのためのインフラ投資等に用いられる資金を調達するものであって、上記に紹介した地方政府による在庫マンション買取りとは関係ないのですが、この二つを伝える記事が「人民日報」で並んでいると、多くの人に「地方政府の財政状況は非常にひっ迫しているのだから、超長期特別国債で調達した資金は在庫マンション買い取りのための資金として地方政府に回っていくのではないか」と思わせるに十分です。

 テンセント網・房産チャンネルにアップされている動画の中にも「地方政府による在庫マンション買い取り策については、財源が明記されていないが、超長期特別国債で得た資金を使うのではないか」との考えを示しているものもありました。

 こうした報道の仕方は、おそらくは「地方政府に在庫マンションを買い取らせる。だけどその資金はどこから調達するのか。」と不安に思っている中国の人々に対して「超長期特別国債で借りた資金を使うんだ」と「勘違い」させて、「それなら地方政府による在庫マンション買い取りはうまくいくだろう。だったら、マンション市場は早期に安定するだろう。」と思わせようとしているからではないか、と私は勘ぐっています。

 二つ目の「配慮」は、、今回の決定を決めた「オンライン会議」が金曜日の午前中に行われ、その結果が13:30に新華社で報じられ、また午後には住宅都市農村建設部や中国人民銀行による政策発表会が行われたことです。通常、マーケットに大きな影響を与える可能性がある決定は、金曜日の午後に行って、金曜日の夜、マーケットが閉まってから発表されることが多いのですが、今回はマーケットがまだ開いている時間帯に発表が行われました。これは今回の決定内容はマーケットに好感されるだろうと見た中国政府がわざと市場が開いている時間帯に発表を行った結果だと思います。その思惑通り、5月17日(金)の上海や香港の株式市場では、不動産関連の株価は大きく上昇して引けています。

 三つ目の「配慮」は、ロシアのプーチン大統領の訪中のタイミングで今回の決定と発表が行われた、ということです。中国にとってプーチン大統領の訪中は大きなイベントですから、テレビの「新聞聯播」でも「人民日報」でもトップ記事はプーチン大統領訪中関連のものです。これは、おそらくは今回の「地方政府による在庫マンションの買い取り」等の政策決定は、マーケット関係者には関心を持ってもらいたいけれども、多くの一般の中国人民にはあまり宣伝したくない案件だったからだろうと思います。「地方政府による在庫マンションの買い取り」等は、不動産バブルを崩壊させたという中国政府の失敗の尻拭い策のひとつであり、かつ、うまく効果が上がるかどうかもよくわからないので、中国政府のホンネとしては、不動産にあまり関心を持たない一般の人々の関心はあまり引きたくなかったのだろうと思います。

 地方政府及び地方政府の呼び掛けに応じた地方の国有企業が売れ残っている在庫マンションを買い取ってそれを低所得者用賃貸住宅にする、というやり方は、私はあまりうまく行かないだろうと思っています。この点については、このブログの4月13日付けの記事「マンションの『以旧換新』策は弥縫策ではないのか」にも書きました。売れ残っているマンションの間取りや場所が低所得者のニーズとマッチしているかどうか疑問だし、中国では既にマンション価格が高騰し過ぎていて、賃料利回り(マンションを賃貸に出して得られる年間賃料をマンション購入価格で割った値)が非常に低くなっており、地方政府が在庫マンションを買い取ってそれを賃貸用にしたとしても、賃料で購入資金を回収するには相当程度長い年月が掛かってしまうからです。

 同じような疑問は中国の人たちも持っているようで、テンセント網・房産チャンネルにアップされている解説動画では、この「地方政府が在庫マンションを買い取って低所得者用賃貸住宅として貸し出す」というやりかたがうまくいくかどうかは、実際をよく観察していく必要がある、と指摘しているものがありました。

 繰り返しますが、私がもっとも問題だと考えているのは、北京の中央政府が自らの責任で問題に対処しようとせず、問題解決の責任を地方政府と地方の金融機関に押しつけている点です。このやり方は、究極的には「物事がうまく行ったら私の功績だ。うまく行かなかったら部下の責任だ。」とする姿勢がミエミエの習近平氏の態度から出発していることは明らかです。

 今のところ上海や香港の株式市場では、中国政府もいよいよ不動産バブル崩壊の問題に対して本腰を入れて対応し始めているようだ、という点を好感しているようですが、私は、ただでさえ土地使用権売却収入が途絶えてひっ迫している地方政府の財政状況をさらに悪化させるような「地方政府による在庫マンションの買い取り」がうまく行くとは思っていません。また、仮に中国政府が「最終的には超長期特別国債で調達した資金を地方政府による在庫マンション買い取りのための資金に使う」ことまで本気で考えているのだとしたら、それは不動産企業の借金とリスクを地方政府に移転し、結局はそれを中央政府が背負うことを意味します。そういったリスクを中央政府が背負うことを多くの人が心配すれば、超長期特別国債は売れなくなり、結果的に金利は上昇します。なので今後は、これから発行が進むことになる中国の超長期特別国債の売れ行きにも注目していく必要があると思います。

 なお、最後の問題は、実は中国のことを心配するより日本自身が心配すべき問題です。GDP比では既に中国の何倍もの巨額の公的債務を抱えている日本政府がその収入の3割以上を国債発行に依存し、支出の約3割を収益が得られるわけではない社会保障費に充てている現状を踏まえると、昨今の「超円安」の状況の根っこには日本の財政事情に対する不信感があるからかもしれないからです。私は個人的には、日本の超長期国債は中国の超長期国債よりは最終的な信用力は高いと考えています。民主主義に基づく日本の政治システムが今後50年間壊れることはないだろうと多くの人は考えているのに対し、現在の中国共産党統治体制は50年後も健在なのか、と問われると疑問に思う人が多いだろうと思うからです。

 今回の「地方政府による在庫マンション買い取り策」がうまく行くかどうかも、結局は中国共産党政権の「信用」に掛かっています。中国の人々が中国共産党政権の将来を信用していれば、現在の政策に基づいて、自分の今後数十年間の人生を左右する住宅購入を決断するだろうし、もし中国の人々が中国共産党政権の将来が信用できなければ、いくら中国政府が様々な政策を講じても中国の人々は安心して住宅のような「自分の人生を賭けた買い物」はしないだろうからです。

 今回発表された「地方政府による在庫マンション買い取り策」は、まずは実際に地方政府による在庫マンション買い取りが進むのかどうか、それを受けて新築及び中古マンションの価格が下げ止まるかどうか、最終的には今まで積み上がってきたマンションがらみの不良債権がうまく解消されていくのかどうか、しばらくは様子を見ていく必要があると思います(株式市場はごく短期的な目線でしか判断しませんから、上海や香港の株価が上昇しているからといって、今回の「地方政府による在庫マンション買い取り策」がうまく効果を上げるだろうと楽観的に見るべきではない、と私は考えています)。

 

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2024年5月11日 (土)

マンション購入制限措置全廃は問題解決に繋がるのか

 メーデーの連休が明けた後の5月9日までに、杭州と西安でそれまであった住宅購入制限措置が全廃されました。中国の各都市においては、投機目的による住宅購入を抑制するため、住宅購入に関しては「購入できるのはその都市の戸籍を有する者に限る」とか「その都市以外の戸籍の者も購入できるが、三年以上その都市に定住して社会保障費用を継続して支払っていることを条件とする」とか様々な制限が掛かっていました。しかしながら、住宅販売の低迷が深刻化していることから、これらの「住宅購入制限措置」を全廃する都市が南京、成都、武漢、寧波などと続いていました。今般、杭州と西安が全廃したことで、「住宅購入制限措置」が残っている都市は一線級都市(北京、上海、広州、深セン)と天津、珠海(広東省)の6都市だけとなりました。これら残っている6都市でも「住宅購入制限措置」が残っているのは、例えば北京の場合なら五環(第五環状線)の内側だけ、といった特定の区域だけなのだそうです。

 これまで中国政府は「住宅は住むものであって投機の対象とすべきものではない」という方針を打ち出し、投機目的の住宅購入を抑制するための様々な制限を講じてきました。しかしながら、住宅の販売不振の傾向が止まらないことから、こうした投機目的の住宅購入を抑制する措置は段々緩和されてきたのでした。今回、6都市以外の全ての都市での住宅購入制限措置が全廃されたことで、中国の多くの人はハッキリとは口では言いませんが、「中国政府はもはや『投機目的であっても住宅を買ってよい』というように政策の方向転換をしたのだ」と感じているようです。

 住宅購入制限措置を全廃する都市が相次いでいることに対しては、中国の人々も非常に高い関心を持っているようです。今日(2024年5月11日(土))私が閲覧したテンセント網・房産チャンネルにアップされていた解説動画では「緊急特集」と題して「多くの都市での住宅購入制限措置全廃が今後の住宅市況にどういう影響を与えるのか専門家に解説してもらいました」という内容のものでしたが、私が見た時点はこの動画がアップされてから一時間ちょっとしか経過していなかったにもかかわらず、既に「23万人が視聴しました」という表示が出ていました。

 中国国家統計局が発表した主要70都市の住宅価格動向によると、2024年3月は、新築住宅については価格が対前月比で下落してるのが57都市、対前年同月比で下落しているのが58都市、中古住宅については価格が対前月比で下落しているのが69都市、対前年同月比で下落しているのが70都市(全ての都市で下落している)とのことです。こうした中、ある解説動画によると、ある都市で住宅購入制限措置の全廃が発表された翌日には、不動産仲介業者への問合せ電話が殺到したとのことです。

 これらの解説動画で専門家の人たちがアドバイスしているのは「結婚などのために今すぐ家が欲しい、といった事情がないのであれば、市場の動向やどういう政策が今後出されるかを冷静に見極めるべきだ」というものが多くなっています。

 4月30日に開催された中国共産党政治局会議において、中期的な経済政策を議論する三中全会(中国共産党中央委員会第三回全体会議)を7月に開催することが決まったことから、この7月の三中全会において、不動産バブル崩壊に対する何らかの大きな政策が打ち出されるのではないか、という期待も高まっているようです。また、「住宅購入制限措置」を全廃する都市が相次いでいることは、中国共産党もようやく不動産バブル崩壊対策に本腰を入れ出したようだ、と受け取る人も多いようで、そのためかメーデー連休明けの上海や香港の株式市場の株価は大幅な上昇を見せています。

 住宅購入制限措置の全廃が相次いでいることについては、今後「不動産バブル崩壊対策」として効果的な政策が出てきそうだ、と期待する見方と、対症療法に過ぎず、根本的な解決策になっていない、という冷めた見方の両方があるだろうと思います。私は後者の見方をしています。その理由は以下の通りです。

○住宅購入制限措置は「投機目的の住宅購入を抑制するためのもの」だったわけだが、それを全廃することは「投機目的で住宅を買ってもいいですよ」というメッセージにほかならない。しかし、現在の新築及び中古マンションの価格の下落は、マンション等の供給が需要を上回っていることを如実に表しており、需要が弱くて在庫がはけない現状において投機目的でマンションを買おうという人が数多くいるとはとても思えない。

○不動産バブル崩壊対策として住宅購入制限措置の全廃を進めるのであれば、それは「バブルに対処するのに新たなバブルを作ることをもってする」ということであり、根本的な解決策にはなっていない。2014年にマンション・バブルがはじけかけた時、中国政府は投機資金が株式市場に向かうように仕向けたが、上海株式市場では株価は急上昇した後、2015年6月をピークとして暴落した(結果的にそれが「中国発世界同時株安」(いわゆる「チャイナ・ショック」)となった)。マンションと株のバブルがはじけたことに対して、習近平政権は2017年4月に雄安新区(北京に隣接する河北省に新しく副都心を建設するプロジェクト)を打ち出し、まさに「バブルに対処するのに新たなバブルを作ることをもってする」を実践したが、それが根本的な解決にはなっておらず、さらに大きくなって2021年以降不動産バブルが本格的に崩壊したことは中国内外の誰もが知っていることである。

○住宅購入制限措置の全廃は、2016年暮の中央経済工作会議で打ち出された「住宅は住むためのものであり、投機目的で売り買いするためのものではない」(中国語では「房子是用来住的、不是用来炒的」)を取り消すことに等しい。例えば「ゼロコロナ政策」をある日突然撤回するなど、中国共産党の政策は何の説明もなしにある日突然ひっくり返されることはよくあることなのだ、と言えばそれまでだが、このような重要な政策方針を何の説明もなく突然真逆の方向に転換することが相次ぐと、どんな政策を打ち出しても中国の人々や外国企業は「どうせまた時間が経てばこの政策はひっくり返るんでしょ」と考えて中国共産党の政策を信用しなくなる。こういう事態が続くと、中国共産党がどのような政策を打ち出しても誰もその政策の継続性を信用しなくなり、結果的にどのような政策も有効な効果をもたらすことができなくなるおそれがある。

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 このブログでも何回も書いてきましたが、不動産バブル崩壊のような危機的な状況に対しては、対症療法的な個別の政策を小出しにしていては効果は上がりません。昨年(2023年)7月の中国共産党政治局会議では二軒目の住宅購入のための住宅ローンに対する制限措置を緩和しました。また、住宅購入制限措置の全廃も、各個別都市でさみだれ式に打ち出されています。このように「対策を小出しにさみだれ式に打ち出すと効果が出ない」ということは世界の政策担当者はよく知っていることです。2013年4月に異次元の量的質的金融緩和を始めた日銀の黒田総裁(当時)は記者会見で「戦力の逐次投入はせず、現時点で必要な政策をすべて講じた」と述べました。政策を小出しにしても効果が出ないことを知っていたからです。中国共産党による不動産バブル崩壊対応策は、政策の打ち出し方からしてあまりに拙劣に過ぎると思います。

 「習近平氏に直言できる経済ブレーンがいない」「習近平氏自身が明確な政策方針を自分の言葉で語らない」「打ち出される対策が小粒のものばかりで、しかもタイミング的にさみだれ式に出されるため、効果があるようにはとても見えない」ことから、「中国の不動産バブル崩壊は日本の平成バブル崩壊と同じようなことにはならない。日本よりもっとずっとひどいことになる。」という認識が多くの人の間で広がっているようです。中国経済に詳しい柯隆氏も、最近出版した「中国不動産バブル」(文春新書)や「文藝春秋」最新号(2024年6月号)の中に掲載されている座談会の中で似たような認識を示しています。

 この一週間、中国の貿易統計が改善した(5月9日発表)、消費者物価がややプラスに持ち直した(5月11日発表)、といった経済統計が出ていることから、中国経済は底を打ったのではないか、という見方も出始めているようです(だからこそ上海や香港の株価が上がっているのでしょう)。しかし、上に書いたように、私は中国経済の先行きについては決して楽観視してはいけない、と考えています。

 

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2024年5月 4日 (土)

中国の住宅在庫削減政策と地方財政

 中国共産党政治局は2024年4月30日に会議を開き、第20期中国共産党中央委員会第三回全体会議(三中全会)を7月に北京で開催することを決めました。重要な経済政策について議論する「三中全会」は、党大会が開かれた翌年の秋に開催されるのが通例でしたが、2022年秋の党大会で習近平氏の総書記としての三期目続投が決まった後、2023年秋には開催されませんでした。なので、私は、習近平氏は「一人独裁」を進め、党内の重要な政策決定プロセスである中央委員会全体会議も開催せずに済ませるつもりなのではないか、と疑っていたのですが、さすがにそこまで「党内プロセスを無視した一人独裁」を進めようとしているわけではないようなので少し安心しました。ただ、「三中全会」の開催が遅れたことについては、不動産バブル崩壊など議論対象には困難なものが多いので、党内での調整に手間取ったために予定通りの日程では開催できなかったからではないか、など様々な憶測が流れています。

 この「三中全会」の7月開催を決めた4月30日の中国共産党政治局会議の主要議題は経済政策に関するものでした。この政治局会議の開催結果を伝える5月1日付けの「人民日報」の記事では、この会議で指摘された事項に関する記述の冒頭に「改革開放は党と人民の事業が大きく踏み出して歩んできた時代の重要な『法宝』である」と書かれています。手元の電子辞書によると「法宝」とは道教でいうところの「神通力のある宝物」のことなのだそうです。習近平氏自身はどう考えているのかは知りませんが、少なくとも中国共産党政治局の認識としては「改革開放は『神通力のある宝物』である」と認識しているということを示すこの記述は、私には非常に示唆に富むものだと感じました。なぜなら、習近平政権は、トウ小平氏が始めた「改革開放」の政策を阻害するような様々な施策を講じてきているにもかかわらず、中国共産党政治局としては「改革開放は非常に大事だ」と認識していることを改めて示しているからです。

 この政治局会議では、「積極的な財政政策と穏健な金融政策をうまく実施し、早いうちに超長期特別国債と併せてプロジェクト債の発行進度を加速させ、必要な財政支出の強度を維持する」と指摘して、経済の下支えを行っていく方針を示しています。また、「重点領域のリスクの防止と解消を確実に進めなければならない」として不動産市場の問題にも触れています。ここでは、地方政府、不動産企業、金融機関がそれぞれ責任を持って「保交楼」(ストップしたマンション建設工事を再開して契約者にきちんとマンションを引き渡すこと)を確実に進めるべきことを強調しています。併せて、住宅在庫の解消と住宅を適切に増やす政策(中国語では「優化増量住房的政策措置」)を統一的に実施する、と指摘しています。

(ここでは私は「優化増量住房的政策措置」を「住宅を適切に増やす政策」と訳しましたが、この言葉は中国の人にとってもわかりにくいようで、テンセント網・房産チャンネルにアップされていた今回の政治局会議の内容について解説する解説動画でも「優化増量住房的政策措置」って具体的にどういうことなんでしょうか、と疑問を呈しているものもありました)。

 4月30日の中国共産党政治局会議のここの部分(住宅在庫を適切にコントロールすること)を実行に移す政策がこのメーデー連休中に住宅都市農村建設部から地方政府に対する通知として打ち出されました。この通知では、住宅在庫解消に36か月以上掛かる都市においては、住宅用の土地使用権売却を暫定的に停止するよう求めているとのことです。中国の多くの地方政府では、土地使用権売却収入が財政収入の大きな柱ですから、多くの住宅在庫を抱える都市に対しては、この通知は大きな影響を与えることになるだろうことが予想されます。

 現在、各地方の住宅在庫が解消するまでに必要とする期間は平均で18.36か月なのだそうです。今まで住宅販売が順調に行われていた頃は、解消するのに14ヶ月程度かかるのが適正な住宅在庫の水準なのだそうですので、今はそれよりは「在庫過剰」の状態になっているようです。テンセント網・房産チャンネルにアップされていた解説動画によると、現在、住宅在庫解消に36か月以上掛かる都市は41か所あるそうです。具体的に日本でも知られているいくつかの有名な都市について住宅在庫解消に必要な月数を掲げると以下の通りです。

西寧◎※(青海省):113.3か月
洛陽(河南省):96.0か月
ハルビン◎※(黒竜江省):95.0か月
常州(江蘇省):54.4か月
徐州(江蘇省):47.3か月
無錫(江蘇省):46.8か月
福州◎※(福建省):42.7か月
武漢◎※(湖北省):41.6か月
パオトウ※(内モンゴル自治区):41.0か月
南通(江蘇省):40.2か月
昆山(江蘇省):39.1か月
丹東(遼寧省):38.6か月
東莞(広東省):37.5か月
保定(河北省):36.9か月
昆明◎※(雲南省):36.5ヶ月

◎:各省・自治区の人民政府がある都市(日本で言う県庁所在地)
※:各省・自治区の最大都市

 上記のリストを見てもわかるように、今回の住宅都市農村建設部の通知の対象となっているのは「地方の小さな都市」ではなく、各省の省都クラスの大きな地方都市も含まれていますし、無錫、南通、東莞など日本企業も数多く進出しているそれなりに大きな地方都市も含まれています。今回の住宅都市農村建設部の通知は、これらの都市の財政事情に大きな影響を与え、各都市の行政機能にも、従ってこれらの都市で生活する人々に対してもかなり大きな影響を与えることになると予想されます。

 私がかねてこのブログで何回も書いてきていることですが、不動産バブル崩壊は、中国の経済・社会に対して大きな影響を与えている事象です。平成バブル崩壊を経験している日本の皆さんには身をもってわかると思います。なので、「保交楼」とか「住宅在庫の解消」とか「不良債権の経済への悪影響の防止」とかを総合的に考えた大きな政治的決断に基づく一連の「政策パッケージ」がないとこの困難な事態には対応できません。住宅都市農村建設部のような各担当部署が自分の所掌範囲に関する部分だけについて対処すればよい、という性質のものではありません。今回の「住宅在庫の多い都市に対する住宅用の土地売却を暫定的に停止する通知」も地方都市に対する中央政府からの財政的支援とパッケージでないとうまく行かないことは明らかです。

 本来、住宅都市農村建設部とか財政部とかいう中国政府内部の縦割りの組織を越えて、横断的で統一的な政策パッケージを組み立てることができるのが中国共産党であり、そういう中国共産党が各行政部署の上に立って統一的な政策の指示を出せることが中国共産党体制の「強み」であるはずです。ところが上記の例を見てわかるように、中国共産党政治局は政策方針を決めるのはよいとして、その具体的実施を住宅都市農村建設部のような各個別機関に「丸投げ」しているのが実情です。上に紹介した政治局会議の内容を伝える報道でわかるように、もっとも中国の人々にとって関心が高い「保交楼」の問題についても各地方政府、不動産企業、金融機関にその具体的な実施については任せています。これは、社長が現場に対して「何とかしろ」と指示を出すものの、具体的な対応措置については現場に任せるため、困った現場が「何とか」するために不正を働く、といった問題企業で発覚する組織ガバナンス機能不全の問題と同じ種類の問題です。

 民主主義国ならば、政府のやり方がまずければ、マスコミが「そんなの政府の機能不全だ」と批判する論陣を張り、野党は政権与党に対してその点を激しく追及します。国民が「政府は機能不全に陥っている」と感じれば、政権与党は次の選挙で負けることになります。株式会社でも、組織ガバナンスが機能不全に陥っているような会社の株価は下落しますし、株主総会で株主たちから会社幹部の交代要求を突きつけられるかもしれません。

 中国共産党は、もともと機能不全の部分を外部からの批判によって修正するというフィードバック機能を持たない組織ですので、こうした組織ガバナンス不全が起こりうる本質的な問題点を最初から抱えている組織です。今まで急速な経済成長を続けてきた中では、そうした中国共産党が持つ「ガバナンスの機能不全に陥りやすい性質」はほとんど目立ちませんでした。しかし、今般、不動産バブル崩壊とそれに伴う経済の停滞という建国以来最大とも言える危機に直面して、中国共産党の組織ガバナンス不全は外からも見えるような状態になっているのが現状です。「三中全会」がなかなか開催できなかった、ということ自体、中国共産党の組織ガバナンスが機能低下し始めている証拠のひとつだと言えるでしょう。

 今回紹介した住宅都市農村建設部による住宅在庫の多い都市に対する住宅用土地売却の暫定的停止を求める通知は、現実問題として、地方都市における財政危機を表面化させる可能性のある政策です。中国共産党の組織ガバナンスの機能不全は、これからは政策における一貫性・統一性の欠如の結果として、例えば財政困難による地方政府の行政機能低下のような具体的な問題として表面化していくフェーズに入っていくことになるのだろうと思います。

 

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