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2024年3月16日 (土)

国務院ばかりか中国共産党自体形骸化していないか

 今回(2024年)の全人代で、国務院総理の記者会見がなかったことと、中国共産党による指導を明記した国務院組織法改正が成立したことで、国務院の地位が低下し、国務院(=中国政府)が完全に中国共産党の「下請け機関」となってしまったことを指摘する声が上がっています。中国の政府機関は、もともと「中国共産党の指導の下で活動する」という前提ですから、改めて根本原理が変わったわけではないのですが、習近平氏が、中国共産党の役割を最低限に抑えて各機関の自主性を発揮させる方針を推進していた「トウ小平路線」とは完全に反対方向に舵を切っていることは明らかです。

 私は、今年(2024年)の全人代で李強氏が行った政府活動報告を昨年(2023年)の全人代で李克強氏が行った政府活動報告と比較して、次の二つの異なる点に着目しました。

○昨年はなかった「過去一年に得られた成果は、根本は習近平総書記の指導と舵取りによるものである(中国語原文では「根本在于習近平総書記領航掌舵」)」という表現が盛り込まれていること。

○過去一年間に実施した政府の行動の中に、昨年はなかった「習近平新時代の中国の特色のある社会主義思想をテーマとする教育の学習貫徹を深く展開したこと(中国語原文では「深入開展学習貫徹習近平新時代中国特色社会主義思想主題教育」)」が入っていること。

 従来から「習近平同志を核心とする中国共産党中央の強力な指導の下」といった「飾り言葉」は何回も使われてきましたが、「政府の活動」が「党の指導と舵取りによるもの」ではなく「習近平総書記の指導と舵取りによるもの」と明記していることは特筆すべきだと思います。中国政府の活動が中国共産党の指導による「一党独裁」ではなく、習近平氏による「一人独裁」であることを明記しているからです。

 また、党の活動ではなく、政府(国務院)の活動として「習近平新時代の中国の特色のある社会主義思想をテーマとする教育の学習貫徹を深く展開したこと」が明記されていることは、政府(国務院)が完全に中国共産党の「下請け機関」であることを表明していると言えます。

 これら一連の表現ぶりを見ていると、習近平政権になってから打ち出された「習近平総書記を党中央の核心として維持することを堅持する」「政軍民学、東西南北中、党が一切を指導することを堅持する」とは、実際は「中国共産党という集団による独裁」ではなく「習近平氏という個人による独裁」であることが明確になってきたと言えるでしょう。

 そうした観点から、習近平氏が総書記になった2012年10月以降の動きを振り返ってみると以下の通りです。

2013年11月:
第18期三中全会(第18期中国共産党中央委員会第三回全体会議)が開催され、「市場原理に資源配分における決定的作用を果たさせ、政府の役割をさらによく発揮させるようにする」という基本方針が打ち出された(この方向性は、習近平氏の主張というより、李克強氏の考え方に近い)。一方、この第18期三中全会で決定された「改革の全面的深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」に基づき、中央全面深化改革領導小組が設置された。

2018年3月:
第13期全国人民代表大会第一回会合で憲法が改正され、それまで二期に限られていた国家主席の任期の期限が撤廃された(習近平氏が三期目以降も国家主席に就任し続けることが可能となった)。この時期、党と国家機構の組織改正が行われ、党の組織である中央全面改革深化領導小組、中央財経領導小組等の「小組」が「委員会」に格上げされた。これは経済改革や財政・経済政策が国務院によって決定されるのではなく、中国共産党の「委員会」で決定されるようになったことを意味する。

2019年10月:
通常、党大会が開催された翌年秋に開催されるはずの三中全会に相当する会議(憲法改正の議論のために一回余計に中央委員会全体会議が開かれたのでこの期に関しては四中全会)は2018年秋には開かれなかったが、一年後の2019年10月に開催された。しかし、そこで議論されたのは経済政策ではなかった。第19期四中全会で決まったのは、「習近平総書記を党中央の核心として維持することを堅持する」「必ずや政軍民学、東西南北中、党が一切を指導することを堅持する」という原則を中央委員会による決定として位置付けることだった。

2022年10月:
第20回中国共産党大会で習近平氏が総書記として三期目も続投することが決まった。

2023年3月:
第14期全国人民代表大会第一回会議で、習近平氏が国家主席として三期目も続投することが決まった。

2024年3月:
通常、党大会の翌年秋に開かれて経済政策が議論されてきた三中全会は今の時点ではまだ開催されていない。

 この過程で見えることは、2013年11月の第18期三中全会での決定に従って党内に設置された「小組」が2018年以降は「委員会」に格上げされて、実質的にそれまで国務院が担ってきた財政・経済政策などの決定権限を党直属にし、しかも、従来は経済政策を議論してきた三中全会が開催されていない(2019年10月の四中全会では「経済政策」は議論されていない)ことを考えると、中国共産党が直轄するといっても中央委員会での議論を経ることをせず、実質的に習近平総書記直轄の「委員会」で決定するようにしてきたことがわかります。つまりこの流れは、政策の決定権を国務院から中国共産党に吸い上げ、党に吸い上げられた政策決定権限を中国共産党中央委員会ではなく習近平氏の直轄にする方向にしてきたわけです。習近平氏は、国務院という中国政府の機関を形骸化させるだけでなく、中国共産党内部の議論と政策決定プロセスも形骸化して、「自分直結」、即ち「一人独裁」のシステムを作り上げようとしているのでしょう。

 また単に2013年11月の第18期三中全会以降「政策を議論する三中全会に相当する会議」が開催されていないだけでなく、毎年年末に開催される中国共産党の翌年の経済政策を議論する中央経済工作会議で議論された事項が実際の政策として実行されてきたかどうかを振り返ることで、「中国共産党の議論と政策決定プロセス」が実質的に形骸化していると言える、と私は考えています。

 具体的に言えば、2016年末の中国共産党の中央経済工作会議において「住宅は住むためのものであり、投機目的で売り買いするためのものではない」という考え方が打ち出され、翌2017年末の中央経済工作会議において不動産セクターにおけるデレバレッジ(借金体質の解消)が打ち出されたのに、実際には効果的な不動産投機抑制策や借金体質に染まる不動産開発企業に対する締め付けが行われなかったことを見れば、中国政府の実際の政策は中国共産党の正式な議論・政策決定プロセスによる指導に従っていなかったことは明らかです(借金体質の不動産企業に対する強力な締め付けは2020年8月のいわゆる「三つのレッドライン」で初めて具現化しました)。

 それどころか、2016年末の中央経済工作会議でマンション・バブルを警戒する方針が打ち出されているのに、習近平氏は2017年4月に巨大副都心建設計画「雄安新区」プロジェクトを打ち出しています。このこと自体、習近平氏自身が中国共産党内部の政策の議論・決定プロセスを軽視していることの表れだと言えると私は考えています。これは習近平氏が、三期目続投を決めるためにバブルの甘い汁を吸い続けてきている中国共産党の地方幹部の反発を恐れて、本気でバブル潰しをやらなかった結果だと私は見ています。見方を変えれば、総書記の習近平氏は、中国経済の将来よりも自分の三期目続投の方を重視したために、中国共産党が組織として決めた経済政策の方針をあえて無視した、とも言えると思います。

 しかし、国務院(=中国政府)のみならず中国共産党自体の政策議論・決定システムを形骸化しようとしている習近平氏が世界第二の経済大国であり国連常任理事国の一つである中国をうまく仕切っていくためには、習近平氏はスーパーマンである必要があります。

 かつての毛沢東はスーパーマン的存在ではありましたが、毛沢東自身は、自分が全てを仕切れるわけではないことはよくわかっていました。なので、具体的な行政実務の執行は周恩来総理とその下にいる官僚集団たちに任せていたのでした。多くの人は、同じように習近平氏は、腹心の李強氏を国務院総理に就任させて、具体的な行政実務は李強氏に任せるのだろうと思っていました。しかし、実際はそうではありませんでした。

 中国の不動産バブル崩壊のプロセスは日々進行しています。

 今年(2024年)になってから、1月29日に香港の裁判所が恒大集団の清算処理を命令しました。2月27日には、碧桂園の一部の債権者が香港の裁判所に清算処理を求める請求を行いました(香港の裁判所は5月17日に清算に関する審理を行う予定)。ブルームバーグ通信の報道によると、碧桂園は3月12日に支払期限が来た人民元建て債券の支払いができなかったとのことです(その後30日間の「支払い猶予期間」に入っている)。碧桂園はドル建て債券の利払いができなかったことはありましたが、人民元建て債券の利払い不能は初めてだとのことです。

 全人代開催期間中に行われた3月9日の記者会見で、住宅都市農村建設部長の倪虹氏は債務問題が懸念される不動産企業について「法律の原則及び市場原理に従って、破産すべきは破産させる、再編すべきは再編させる」と述べました。そうした中、3月11日、格付け会社のムーディーズが万科の社債の格付けを「投資適格級」から「ジャンク級」に引き下げました。ロイター通信の報道によると、中国の規制当局は3月11日、万科の問題に関して金融関係者と協議し、大手銀行に万科を支援するよう要請した、とのことです。

 こうした動きの中で、テンセント網・房産チャンネルの解説動画を見ると、多くの人々が「不動産企業のうち、どの会社が救済されて、どの会社が破産処理させられるのか」といった疑心暗鬼の状態になっているようです。こういう状態になった場合は、政府のトップは、自ら決然とした態度で不動産バブル崩壊に対する対処方針を語る必要があります。ところが、習近平氏は逆に「全人代閉幕時の国務院総理の記者会見を廃止する」という決定を下しました。総理記者会見を廃止し、国務院を形骸化し、組織としての中国共産党の政策議論・決定プロセスを形骸化し、全てを自分の決定下で行う、という判断を習近平氏がしたのだとしたら、全ての政策方針は習近平氏自身が語らなければならないはずだ、と私は考えます。

 国務院や中国共産党の組織が形骸化して「一人独裁」が進行する一方、「一人独裁」をしている習近平氏が「何も言わない」「何もしない」というダンマリ戦術に沈むのであれば、個人や企業などの経済主体は、将来がどうなるかわからないので投資や消費を控えることになるでしょう。不動産バブル崩壊で不良債券問題が水面下で蓄積しているであろう現状に加えて、こうした政治的な状況から来る投資や消費の低迷は、中国経済に大きなダメージを与えることになると思います。これから中国経済で起こる事態に対しては、私たちは相当程度の覚悟をしておく必要があるのだろうと思います。

 

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