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2024年3月30日 (土)

中国経済における消費低迷と中国政府の対応

 中国経済を知る上で必要なデータに関しては「中国政府が発表する経済統計は信用できない」という声が多いものの、貿易相手国側の統計を使うことによって検証できる貿易統計や外資系企業の決算発表によってかなりの程度中国経済の「方向性」を把握することができます。2022年12月の「ゼロコロナ政策撤廃」後の中国経済については、これら「信頼度の高い経済データ」を使ってもその低迷はハッキリしています。日本の自動車各社やアメリカの電気自動車大手テスラ、さらには高級ブランドのLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)などの決算発表を見ると、もちろん中国の消費者が「外国の高級ブランドから中国産ブランドに乗り換えるようになった」という傾向はあるにせよ、中国における消費が相当程度冷え込んでいることは間違いないと言えます。

 こうした中、国務院総理の李強氏は木曜日(2024年3月28日)、「大規模設備更新と消費財の新旧買い換えの促進に関するテレビ会議」を開催しました。企業における設備更新と個人における耐久消費財の買い換え需要を喚起することは、先に閉幕した全人代で行われた政府活動報告でも指摘されていたことです。日本などにおけるデジタル化推進(いわゆるDX推進)と同じような意味合いであるので、時代に合わせた新しい製品の消費を拡大する政策は、中国に限った政策ではありませんが、ここへ来て「更新」「新旧買い換え」を強調しているということは、「未開拓の巨大市場」と見られていた中国においても「既に新規の需要は飽和状態にあり、これからは『更新』『新旧買い換え』が需要の中心になる」という意味で「時代が変わった」ことを象徴する意味があると思います。

 1986~1988年の私の最初の北京駐在の頃、北京日本商工会の会合で、日本の下着メーカーの人が「中国の女性の胸の大きさを測りまくっている」という報告をしているのをオジサン駐在員たちがニタニタしながら聞いていたことを思い出しますが、この頃、中国におけるブラジャーの普及率はほぼゼロでした。何億人もの中国の女性たちが全くゼロの状態からファッショナブルな下着を身に付けるようになる過程で、最初は日本で生産された製品を中国に輸出し、途中からは日本でデザインされた製品を中国で生産して販売することによって、日本経済は大きな利益を得てきたのでした。そうした中、去年(2023年)、花王が中国における紙おむつ生産の終了を発表したことは、時代の変化を象徴するできごとだったと私は考えています。

 最近読んだ本に「中国農村の現在~『14億分の10億』のリアル~」(田原史起著、中公新書)がありますが、この本の中に「農村住民の耐久消費財保有数(100世帯当たり)」というグラフが載っています。2021年の時点で「携帯電話が一世帯当たり2.5台超」というのは私も想像できました。2008年頃の私の二度目の北京駐在の時点で、北京で働く「農民工」の携帯電話保有率は100%でした。農民工にとって、明日の働く場所を探すために携帯電話は必須アイテムだったからです。しかし、2021年時点で、エアコンが1世帯あたり0.9台超、洗濯機がほぼ1.0台、冷蔵庫が1.0台超というのは私にとって驚きでした。私にとって「中国の農民は貧しい」というイメージが強かったからです。洗濯機や冷蔵庫は「生活必需品」なので一家に一台あっても不思議ではないのですが、エアコンがほぼ全世帯に普及しているというのは驚きでした。1988年の最初の北京駐在の時点で、北京でエアコンがあるのは外国人が利用するホテルやオフィスビルだけで、中国政府の局長クラスの自宅にもこの頃はエアコンはなかったと記憶しています(ちなみに、この頃、固定電話すら、中国政府の局長クラスの自宅にはあるが、課長クラスの自宅にはない、というのが「相場」でした)。1988年8月に遼寧省の瀋陽に出張した時、外国人が泊まるホテルにすらエアコンがなくて難儀した記憶があります(瀋陽は北緯42度付近にあり、日本で言えば北海道の函館の少し北あたりの緯度です)。

 国民の間に耐久消費財が普及して、「新規需要」が頭打ちとなり、以後は「買い換え需要」が中心となる、という状況はどの国でも起きる現象です。企業の戦略や政府の経済政策を考える上では、こうした「時代とともに変化する需要構造」に応じた柔軟な対応が必要です。上に紹介した国務院による「大規模設備更新と消費財の新旧買い換えの促進に関するテレビ会議」においても、古い設備や耐久消費財に関連するリサイクル産業の推進を重要な政策課題として掲げており、中国政府も「時代とともに変化する中国の人々の需要構造の変化に対応する産業構造の変化」を目指しているように見えます。

 しかし、現在の中国経済における消費低迷の主要因は「需要が飽和したことによる新規需要の頭打ち」ではなく、以下の三つであることは明らかです。

○不動産バブル崩壊による逆資産効果(マンション価格下落によるマンションを資産として抱えている都市住民の消費抑制)

○不動産バブル崩壊による新築マンションの減少に伴う住宅関連需要の低迷

○不動産バブル崩壊に伴う経済活動全般の低迷による失業者(特に若年失業者)の増加

 今回の国務院の会議で議論された「大規模設備更新と消費財の新旧買い換えの促進」は、単なる対症療法に過ぎません。

 3月19日、過去の決算報告における売り上げ金額水増しに起因して中国規制当局は恒大地産及び恒大集団創業者の許家印氏に対して罰金の支払い等を命じました。3月24日、恒大は昨年(2023年)8月に提出していたアメリカ連邦破産法第15条の適用申請を撤回しました。3月28日、碧桂園は予定されていた2023年通算決算の発表を延期すると発表しました。このため、イースター休暇明けの4月2日以降、香港証券取引所において碧桂園の株の売買は停止される見込みです。このような不動産最大手の恒大と碧桂園を巡るニュースが相次ぐような状況下において、中国政府が消費拡大のための対処療法的な対応しかできないようでは、現在の中国経済の低迷に歯止めを掛けることは難しいと思います。

 今日(2024年3月30日(土))付け日本経済新聞朝刊14面では、「中国不動産、苦境深まる」という見出しで、中国不動産企業の苦境とそれに伴う中国大手銀行における不良債権の増加を報じています。

 そういう状況の中、習近平氏は、3月27日、北京で開かれたシンポジウムに出席するため訪中していたアメリカ企業の経営者らと会談し、「中国経済は健全で持続可能だ」と強調し、中国市場へのさらなる投資を呼びかけたそうです。企業家たちにとっては「国家主席がそう言うのは結構だが、それより、具体的で効果的な政策を打ち出して、外国企業が中国での投資を拡大したいと思うような環境を作って欲しい」と思ったことでしょう。

 習近平政権の経済政策については、「経済を好転させたい」という意図があることはある程度は感じられるものの、効果的な(少なくとも「効果的であるように見える」)政策が全然出てこない、というのが実情だと思います。

 毎年春に海南島のボアオで開催される「ボアオ・アジア・経済フォーラム」に今年参加した中国政府のトップは趙楽際氏でした。趙楽際氏は中国共産党序列三位ですが、全人代常務委員長であり、「経済フォーラム」に参加する中国側代表としては、ちょっと担当が違います。「ボアオ・アジア・経済フォーラム」には、基本的には国務院総理が参加するのが通例であり(実際、昨年(2023年)は李強氏が参加した)、国家主席の胡錦濤氏や習近平氏が参加したこともあります。

 一方、昨日(3月29日(金))には月末恒例の中国共産党政治局の会議が開催されましたが、今回の議題は「国有企業等に対して習近平氏の思想が浸透しているかどうかをチェックする二巡目の『中央巡視』の状況に関する総合報告」でした。これを見れば、習近平氏は、中国経済の状況よりも、国有企業等に自分の思想が浸透しているかどうか(要するに国有企業等がきちんと自分(習近平氏)に忠誠を誓う体制になっているかどうか)をチェックすることの方を重要視していることは明らかです。

 こうした一連の習近平氏の動きを見ていると、習近平氏が中国経済の低迷を何とかしたいと本気で考えているのかどうかその熱意(=本気度)が全く伝わってこない、というのが実情でしょう。経済の基調は「景気」と呼ばれるくらい「気分的なもの」に支えられています。習近平氏から「本気で中国経済をよくしたい」という熱気が伝わってこない以上、中国経済の低迷はまだしばらくは続くのだろうと思います。

 

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