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2024年3月

2024年3月30日 (土)

中国経済における消費低迷と中国政府の対応

 中国経済を知る上で必要なデータに関しては「中国政府が発表する経済統計は信用できない」という声が多いものの、貿易相手国側の統計を使うことによって検証できる貿易統計や外資系企業の決算発表によってかなりの程度中国経済の「方向性」を把握することができます。2022年12月の「ゼロコロナ政策撤廃」後の中国経済については、これら「信頼度の高い経済データ」を使ってもその低迷はハッキリしています。日本の自動車各社やアメリカの電気自動車大手テスラ、さらには高級ブランドのLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)などの決算発表を見ると、もちろん中国の消費者が「外国の高級ブランドから中国産ブランドに乗り換えるようになった」という傾向はあるにせよ、中国における消費が相当程度冷え込んでいることは間違いないと言えます。

 こうした中、国務院総理の李強氏は木曜日(2024年3月28日)、「大規模設備更新と消費財の新旧買い換えの促進に関するテレビ会議」を開催しました。企業における設備更新と個人における耐久消費財の買い換え需要を喚起することは、先に閉幕した全人代で行われた政府活動報告でも指摘されていたことです。日本などにおけるデジタル化推進(いわゆるDX推進)と同じような意味合いであるので、時代に合わせた新しい製品の消費を拡大する政策は、中国に限った政策ではありませんが、ここへ来て「更新」「新旧買い換え」を強調しているということは、「未開拓の巨大市場」と見られていた中国においても「既に新規の需要は飽和状態にあり、これからは『更新』『新旧買い換え』が需要の中心になる」という意味で「時代が変わった」ことを象徴する意味があると思います。

 1986~1988年の私の最初の北京駐在の頃、北京日本商工会の会合で、日本の下着メーカーの人が「中国の女性の胸の大きさを測りまくっている」という報告をしているのをオジサン駐在員たちがニタニタしながら聞いていたことを思い出しますが、この頃、中国におけるブラジャーの普及率はほぼゼロでした。何億人もの中国の女性たちが全くゼロの状態からファッショナブルな下着を身に付けるようになる過程で、最初は日本で生産された製品を中国に輸出し、途中からは日本でデザインされた製品を中国で生産して販売することによって、日本経済は大きな利益を得てきたのでした。そうした中、去年(2023年)、花王が中国における紙おむつ生産の終了を発表したことは、時代の変化を象徴するできごとだったと私は考えています。

 最近読んだ本に「中国農村の現在~『14億分の10億』のリアル~」(田原史起著、中公新書)がありますが、この本の中に「農村住民の耐久消費財保有数(100世帯当たり)」というグラフが載っています。2021年の時点で「携帯電話が一世帯当たり2.5台超」というのは私も想像できました。2008年頃の私の二度目の北京駐在の時点で、北京で働く「農民工」の携帯電話保有率は100%でした。農民工にとって、明日の働く場所を探すために携帯電話は必須アイテムだったからです。しかし、2021年時点で、エアコンが1世帯あたり0.9台超、洗濯機がほぼ1.0台、冷蔵庫が1.0台超というのは私にとって驚きでした。私にとって「中国の農民は貧しい」というイメージが強かったからです。洗濯機や冷蔵庫は「生活必需品」なので一家に一台あっても不思議ではないのですが、エアコンがほぼ全世帯に普及しているというのは驚きでした。1988年の最初の北京駐在の時点で、北京でエアコンがあるのは外国人が利用するホテルやオフィスビルだけで、中国政府の局長クラスの自宅にもこの頃はエアコンはなかったと記憶しています(ちなみに、この頃、固定電話すら、中国政府の局長クラスの自宅にはあるが、課長クラスの自宅にはない、というのが「相場」でした)。1988年8月に遼寧省の瀋陽に出張した時、外国人が泊まるホテルにすらエアコンがなくて難儀した記憶があります(瀋陽は北緯42度付近にあり、日本で言えば北海道の函館の少し北あたりの緯度です)。

 国民の間に耐久消費財が普及して、「新規需要」が頭打ちとなり、以後は「買い換え需要」が中心となる、という状況はどの国でも起きる現象です。企業の戦略や政府の経済政策を考える上では、こうした「時代とともに変化する需要構造」に応じた柔軟な対応が必要です。上に紹介した国務院による「大規模設備更新と消費財の新旧買い換えの促進に関するテレビ会議」においても、古い設備や耐久消費財に関連するリサイクル産業の推進を重要な政策課題として掲げており、中国政府も「時代とともに変化する中国の人々の需要構造の変化に対応する産業構造の変化」を目指しているように見えます。

 しかし、現在の中国経済における消費低迷の主要因は「需要が飽和したことによる新規需要の頭打ち」ではなく、以下の三つであることは明らかです。

○不動産バブル崩壊による逆資産効果(マンション価格下落によるマンションを資産として抱えている都市住民の消費抑制)

○不動産バブル崩壊による新築マンションの減少に伴う住宅関連需要の低迷

○不動産バブル崩壊に伴う経済活動全般の低迷による失業者(特に若年失業者)の増加

 今回の国務院の会議で議論された「大規模設備更新と消費財の新旧買い換えの促進」は、単なる対症療法に過ぎません。

 3月19日、過去の決算報告における売り上げ金額水増しに起因して中国規制当局は恒大地産及び恒大集団創業者の許家印氏に対して罰金の支払い等を命じました。3月24日、恒大は昨年(2023年)8月に提出していたアメリカ連邦破産法第15条の適用申請を撤回しました。3月28日、碧桂園は予定されていた2023年通算決算の発表を延期すると発表しました。このため、イースター休暇明けの4月2日以降、香港証券取引所において碧桂園の株の売買は停止される見込みです。このような不動産最大手の恒大と碧桂園を巡るニュースが相次ぐような状況下において、中国政府が消費拡大のための対処療法的な対応しかできないようでは、現在の中国経済の低迷に歯止めを掛けることは難しいと思います。

 今日(2024年3月30日(土))付け日本経済新聞朝刊14面では、「中国不動産、苦境深まる」という見出しで、中国不動産企業の苦境とそれに伴う中国大手銀行における不良債権の増加を報じています。

 そういう状況の中、習近平氏は、3月27日、北京で開かれたシンポジウムに出席するため訪中していたアメリカ企業の経営者らと会談し、「中国経済は健全で持続可能だ」と強調し、中国市場へのさらなる投資を呼びかけたそうです。企業家たちにとっては「国家主席がそう言うのは結構だが、それより、具体的で効果的な政策を打ち出して、外国企業が中国での投資を拡大したいと思うような環境を作って欲しい」と思ったことでしょう。

 習近平政権の経済政策については、「経済を好転させたい」という意図があることはある程度は感じられるものの、効果的な(少なくとも「効果的であるように見える」)政策が全然出てこない、というのが実情だと思います。

 毎年春に海南島のボアオで開催される「ボアオ・アジア・経済フォーラム」に今年参加した中国政府のトップは趙楽際氏でした。趙楽際氏は中国共産党序列三位ですが、全人代常務委員長であり、「経済フォーラム」に参加する中国側代表としては、ちょっと担当が違います。「ボアオ・アジア・経済フォーラム」には、基本的には国務院総理が参加するのが通例であり(実際、昨年(2023年)は李強氏が参加した)、国家主席の胡錦濤氏や習近平氏が参加したこともあります。

 一方、昨日(3月29日(金))には月末恒例の中国共産党政治局の会議が開催されましたが、今回の議題は「国有企業等に対して習近平氏の思想が浸透しているかどうかをチェックする二巡目の『中央巡視』の状況に関する総合報告」でした。これを見れば、習近平氏は、中国経済の状況よりも、国有企業等に自分の思想が浸透しているかどうか(要するに国有企業等がきちんと自分(習近平氏)に忠誠を誓う体制になっているかどうか)をチェックすることの方を重要視していることは明らかです。

 こうした一連の習近平氏の動きを見ていると、習近平氏が中国経済の低迷を何とかしたいと本気で考えているのかどうかその熱意(=本気度)が全く伝わってこない、というのが実情でしょう。経済の基調は「景気」と呼ばれるくらい「気分的なもの」に支えられています。習近平氏から「本気で中国経済をよくしたい」という熱気が伝わってこない以上、中国経済の低迷はまだしばらくは続くのだろうと思います。

 

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2024年3月23日 (土)

中国政府の地方政府債務問題に対する危機感

 IMF(国際通貨基金)が昨年(2023年)10月に発表した金融安定報告書で中国の地方政府の巨額債務問題に懸念を示して対策の必要性を訴えるなど、中国の地方政府が抱える借金の問題については、国際的にも関心が高まっています。中国のマンション・バブルの崩壊や外国企業による中国への直接投資の減少により、住宅や工場を建設するための土地に対する需要が減ってきており、土地使用権売却収入に大きく依存してきた中国の地方政府の財政事情が非常に厳しくなっていることが背景にあります。

 中国政府自身もこの問題については危機感を持っており、先に閉幕した今年(2024年)の全人代での政府活動報告においても、「一部の地方においては、マンション、地方債務、中小金融機関等における隠れたリスクが表面化している」との認識を示した上で、「包括的な地方債務の解消策を制定・実施して、金融リスクの分類ごとに処置を行い、システミック・リスクを発生させないという最低ラインを守る」とされていました。

 こうした基本方針を受け、昨日(2024年3月22日(金))、マンション・バブル対応と地方債務問題に関する二つの会議が開かれました。以下の二つです。いずれの会議も国務院総理の李強氏が主宰しています。

○国務院常務会議

 この会議では、「保交楼(建設がストップしているマンションを完成させて購入者にきちんと引き渡すこと)を持続的に進め、民生を安定させるようにする」「『市場+保障』(市場で取引されるマンションと政府が建設する低所得者用住宅の建設)によって住宅の供給システムの改善を加速させる」といったことが指摘されてます。

○国務院が主催する地方債務リスクを解消させる施策に関するテレビ会議

 この会議では、「新規の債務リスクの増加を厳格に防ぐ」「各種の政策資源を投入して、債務の解消の推進方策を実施する」「地方融資平台の債務リスクを解消するため、融資平台の数と債務規模の圧力の減少を加速させ、長期にわたって借金を返せない企業の清算を進める」「各地区・各部門は、一刻を争って、『時は自分を待たない』という緊迫感を持って(中国語の原文は「只争朝夕、時不我待的緊迫感」)、脇目も振らず努力して成果を出し、経済回復へ向けての体制を増強し固めなければならない」と指摘しています。

 この会議では、財政部と中国人民銀行のほか、天津市政府、内モンゴル自治区政府、貴州省政府、江蘇省政府の関係者が発言していますので、これらの地方における債務の問題が厳しい状態にあるということなのでしょう。

(注)「地方融資平台」とは、地方政府による債務発行が認められていなかった頃に地方政府が設立した「借金の受け皿となる第三セクター的機関」のことです。「融資平台」の借金は、地方政府の帳簿上は出てこないので、「隠れ債務」などと言われることがあります。

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 全人代での政府活動報告や上の二つの会議に見られるように、不動産バブル崩壊と地方債務の問題は、中国政府としても非常に重要視しており、緊急に対処しなければならない、という危機感を持っていることはわかるのですが、残念ながらこれらからは「具体的にどうするのか」という方策が見えてきません。どこかの国のエラい人の発言ではありませんが「しっかりと対処してまいる所存」という決意以上のものが見えないのです。

 私が最も「大丈夫かなぁ」と感じているのは、政府活動報告の中の地方債務対応策について述べている部分で「企業の主体的責任、監督部門の責任及び地方に属する責任を全うさせる」としている点です。「借金を作ったところは自分で責任を取れ」というのは真っ当な主張なのですが、「金融危機」になるかもしれないという危機的状況においては、「借金を作ったヤツは自分でなんとかしろ」と言うだけではダメで、中央政府自らが前面に出て断固として対処する姿勢を見せることが必要です。納税者の意見を気にせざるを得ない民主主義国と違って、一党独裁の中国ならば中央政府による「断固たる措置」を講ずることはできるはずなのですが、中国の中央政府は現段階ではまだそうした「断固たる決断」はしていません。

 中国の規制当局は、3月19日、恒大集団の不動産部門である恒大地産に対して「2019年と2020年分の決算報告において売上高を水増しして公表していた」として42億元(約870億円)の課徴金を課し、創業者・許家印氏に対して個人として4,700万元(約9億8,000万円)の罰金を課すとともに生涯にわたる証券市場への参加禁止処分を下しました。このように個別の案件に関して個別の担当部署が個別の処分を下すのはいいのですが、結局、中国政府は恒大集団を破産させようとしているのか、生き長らえさせて未完成のマンションの完成をさせるつもりなのか、中国政府全体としての対処方針がサッパリわかりません。

 上に紹介した昨日(3月22日(金))開かれた二つの会議を見てわかることは「マンション・バブル崩壊と地方債務の問題に関しては、中国政府としても危機感を持っているが、具体的にどのように対処したらよいかわからない状態である。」ということだと思います。しかし、危機が発生した時、対応にあたる政府が迅速に具体的方策を示すことができず、結果的に「政府としてもどうしたらよいかわからないのだ」と自白するのと同じ結果になってしまうことは、関係者に不安を与えることになるので、危機対応としては非常にマズいと私は思っています。

 マンション・バブル崩壊と地方債務問題は、対応が難しい問題であることは間違いないのですが、包括的な対応方針が示されないままに時間だけがジリジリと経過していくというのは、最も悪いパターンです。

 昨日(3月22日)、中国人民銀行は人民元の対ドルレートの基準値を前日より人民元安に設定したため、市場での人民元の対ドルレートは、心理的節目と思われていた1ドル=7.2元を超えて人民元安が進みました。中国人民銀行が定めたこの日の基準値(1ドル=7.1004元)と比べて市場で取引される人民元はかなり人民元安の方向にかい離しています。これは市場では人民元安方向への強い圧力が掛かっていることを示しています。

 一昨日と昨日で、日本の日経平均株価、アメリカのダウ、S&P500、ナスダックはいずれも史上最高値を更新しました(日本のTOPIX(東証株価指数)は平成バブル崩壊後の高値を更新しました)。株式市場の世界においては、中国から資金が抜けて日本やアメリカにシフトしていると言われて久しいのですが、中国政府がマンション・バブル崩壊や地方債務問題に対して「ビシッ」という対応をしない限りこの傾向は続くでしょう。私は2008年の時点で北京に駐在していましたが、リーマン・ショックの直後の2008年11月、中国政府が「四兆元の経済対策」という世界が驚く「ビシッ」とした政策を打ち出したことをよく覚えているだけに、今の「マンショ・バブル崩壊と地方債務危機」という中国自身の問題に対して中国政府が「ビシッ」とした政策を打ち出せていないことに私は大きなもどかしさを感じています。

 昨日(3月22日(金))、中国の商務省は、2024年1-2月期の企業による内外投資状況に関する統計データを発表しました。それによると、2024年1-2月の海外から中国への直接投資(FDI)は対前年同期比19.9%の減少だったとのことです。同じ商務省の統計データ発表について同日の中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」では「非金融部門の中国企業の対外投資は対前年同期比10%の増加でした」と伝えていました。「新聞聯播」の統計データの報道ぶりは「中国共産党にとって都合のよい数字は報じる。都合の悪い数字は報じない。」ということで一貫しているので「いつものこと」ではあるのですが、こういう報道を見ていると、中国当局は目下の厳しい中国経済の現状に対してまじめに対応しているようにはとても見えない、と私は改めて感じました。

 中国政府がマンション・バブル崩壊と地方債務問題に対して「危機感を持っている」ことは「危機感を持っていない」状況に比べれば「まし」であることは間違いありませんが、具体的対策を迅速に打ち出せていないことは中国でビジネスをしている個人や企業に対して大きな不安を与えていると思います。それが「中国への直接投資の減少」や「人民元レートの人民元安方向への圧力」として現れてきていると思います。江沢民氏が唱えた「三つの代表重要思想」に基づいて、現在では多くの企業家が中国共産党の党員になっています。中国では日米欧のような国民が政治に参加する民主主義制度はありませんが、習近平政権が経済問題に適切に対処できていないことに対する不満が中国共産党の数多くの党員の間で高まれば中国共産党内部の権力構造の力学にも変化が生じると思います。

 上に紹介した昨日(3月22日(金))開催された国務院主催の二つの会議は、今後打ち出される具体的な方策の前提となる会議だったのかもしれません。だとすれば、「具体的な方策」はまもなく出てくるのかもしれません。もし仮に、今後も具体的かつ効果的な政策が打ち出されることなくただ時間だけが経過するようなことになるのであれば、マンションは中国の中間層の人々の資産の約7割を占めていると言われますし、土地使用権売却収入に頼っていた地方政府の債務問題に対する抜本的な解決策が講じられないのであれば、人々の生活に直結する地方の行政サービスが滞ることになり、中国の人々の不満は高まりますので、それは経済問題というよりは社会的・政治的問題に発展する可能性が大きいと考える必要があると思います。

 

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2024年3月16日 (土)

国務院ばかりか中国共産党自体形骸化していないか

 今回(2024年)の全人代で、国務院総理の記者会見がなかったことと、中国共産党による指導を明記した国務院組織法改正が成立したことで、国務院の地位が低下し、国務院(=中国政府)が完全に中国共産党の「下請け機関」となってしまったことを指摘する声が上がっています。中国の政府機関は、もともと「中国共産党の指導の下で活動する」という前提ですから、改めて根本原理が変わったわけではないのですが、習近平氏が、中国共産党の役割を最低限に抑えて各機関の自主性を発揮させる方針を推進していた「トウ小平路線」とは完全に反対方向に舵を切っていることは明らかです。

 私は、今年(2024年)の全人代で李強氏が行った政府活動報告を昨年(2023年)の全人代で李克強氏が行った政府活動報告と比較して、次の二つの異なる点に着目しました。

○昨年はなかった「過去一年に得られた成果は、根本は習近平総書記の指導と舵取りによるものである(中国語原文では「根本在于習近平総書記領航掌舵」)」という表現が盛り込まれていること。

○過去一年間に実施した政府の行動の中に、昨年はなかった「習近平新時代の中国の特色のある社会主義思想をテーマとする教育の学習貫徹を深く展開したこと(中国語原文では「深入開展学習貫徹習近平新時代中国特色社会主義思想主題教育」)」が入っていること。

 従来から「習近平同志を核心とする中国共産党中央の強力な指導の下」といった「飾り言葉」は何回も使われてきましたが、「政府の活動」が「党の指導と舵取りによるもの」ではなく「習近平総書記の指導と舵取りによるもの」と明記していることは特筆すべきだと思います。中国政府の活動が中国共産党の指導による「一党独裁」ではなく、習近平氏による「一人独裁」であることを明記しているからです。

 また、党の活動ではなく、政府(国務院)の活動として「習近平新時代の中国の特色のある社会主義思想をテーマとする教育の学習貫徹を深く展開したこと」が明記されていることは、政府(国務院)が完全に中国共産党の「下請け機関」であることを表明していると言えます。

 これら一連の表現ぶりを見ていると、習近平政権になってから打ち出された「習近平総書記を党中央の核心として維持することを堅持する」「政軍民学、東西南北中、党が一切を指導することを堅持する」とは、実際は「中国共産党という集団による独裁」ではなく「習近平氏という個人による独裁」であることが明確になってきたと言えるでしょう。

 そうした観点から、習近平氏が総書記になった2012年10月以降の動きを振り返ってみると以下の通りです。

2013年11月:
第18期三中全会(第18期中国共産党中央委員会第三回全体会議)が開催され、「市場原理に資源配分における決定的作用を果たさせ、政府の役割をさらによく発揮させるようにする」という基本方針が打ち出された(この方向性は、習近平氏の主張というより、李克強氏の考え方に近い)。一方、この第18期三中全会で決定された「改革の全面的深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」に基づき、中央全面深化改革領導小組が設置された。

2018年3月:
第13期全国人民代表大会第一回会合で憲法が改正され、それまで二期に限られていた国家主席の任期の期限が撤廃された(習近平氏が三期目以降も国家主席に就任し続けることが可能となった)。この時期、党と国家機構の組織改正が行われ、党の組織である中央全面改革深化領導小組、中央財経領導小組等の「小組」が「委員会」に格上げされた。これは経済改革や財政・経済政策が国務院によって決定されるのではなく、中国共産党の「委員会」で決定されるようになったことを意味する。

2019年10月:
通常、党大会が開催された翌年秋に開催されるはずの三中全会に相当する会議(憲法改正の議論のために一回余計に中央委員会全体会議が開かれたのでこの期に関しては四中全会)は2018年秋には開かれなかったが、一年後の2019年10月に開催された。しかし、そこで議論されたのは経済政策ではなかった。第19期四中全会で決まったのは、「習近平総書記を党中央の核心として維持することを堅持する」「必ずや政軍民学、東西南北中、党が一切を指導することを堅持する」という原則を中央委員会による決定として位置付けることだった。

2022年10月:
第20回中国共産党大会で習近平氏が総書記として三期目も続投することが決まった。

2023年3月:
第14期全国人民代表大会第一回会議で、習近平氏が国家主席として三期目も続投することが決まった。

2024年3月:
通常、党大会の翌年秋に開かれて経済政策が議論されてきた三中全会は今の時点ではまだ開催されていない。

 この過程で見えることは、2013年11月の第18期三中全会での決定に従って党内に設置された「小組」が2018年以降は「委員会」に格上げされて、実質的にそれまで国務院が担ってきた財政・経済政策などの決定権限を党直属にし、しかも、従来は経済政策を議論してきた三中全会が開催されていない(2019年10月の四中全会では「経済政策」は議論されていない)ことを考えると、中国共産党が直轄するといっても中央委員会での議論を経ることをせず、実質的に習近平総書記直轄の「委員会」で決定するようにしてきたことがわかります。つまりこの流れは、政策の決定権を国務院から中国共産党に吸い上げ、党に吸い上げられた政策決定権限を中国共産党中央委員会ではなく習近平氏の直轄にする方向にしてきたわけです。習近平氏は、国務院という中国政府の機関を形骸化させるだけでなく、中国共産党内部の議論と政策決定プロセスも形骸化して、「自分直結」、即ち「一人独裁」のシステムを作り上げようとしているのでしょう。

 また単に2013年11月の第18期三中全会以降「政策を議論する三中全会に相当する会議」が開催されていないだけでなく、毎年年末に開催される中国共産党の翌年の経済政策を議論する中央経済工作会議で議論された事項が実際の政策として実行されてきたかどうかを振り返ることで、「中国共産党の議論と政策決定プロセス」が実質的に形骸化していると言える、と私は考えています。

 具体的に言えば、2016年末の中国共産党の中央経済工作会議において「住宅は住むためのものであり、投機目的で売り買いするためのものではない」という考え方が打ち出され、翌2017年末の中央経済工作会議において不動産セクターにおけるデレバレッジ(借金体質の解消)が打ち出されたのに、実際には効果的な不動産投機抑制策や借金体質に染まる不動産開発企業に対する締め付けが行われなかったことを見れば、中国政府の実際の政策は中国共産党の正式な議論・政策決定プロセスによる指導に従っていなかったことは明らかです(借金体質の不動産企業に対する強力な締め付けは2020年8月のいわゆる「三つのレッドライン」で初めて具現化しました)。

 それどころか、2016年末の中央経済工作会議でマンション・バブルを警戒する方針が打ち出されているのに、習近平氏は2017年4月に巨大副都心建設計画「雄安新区」プロジェクトを打ち出しています。このこと自体、習近平氏自身が中国共産党内部の政策の議論・決定プロセスを軽視していることの表れだと言えると私は考えています。これは習近平氏が、三期目続投を決めるためにバブルの甘い汁を吸い続けてきている中国共産党の地方幹部の反発を恐れて、本気でバブル潰しをやらなかった結果だと私は見ています。見方を変えれば、総書記の習近平氏は、中国経済の将来よりも自分の三期目続投の方を重視したために、中国共産党が組織として決めた経済政策の方針をあえて無視した、とも言えると思います。

 しかし、国務院(=中国政府)のみならず中国共産党自体の政策議論・決定システムを形骸化しようとしている習近平氏が世界第二の経済大国であり国連常任理事国の一つである中国をうまく仕切っていくためには、習近平氏はスーパーマンである必要があります。

 かつての毛沢東はスーパーマン的存在ではありましたが、毛沢東自身は、自分が全てを仕切れるわけではないことはよくわかっていました。なので、具体的な行政実務の執行は周恩来総理とその下にいる官僚集団たちに任せていたのでした。多くの人は、同じように習近平氏は、腹心の李強氏を国務院総理に就任させて、具体的な行政実務は李強氏に任せるのだろうと思っていました。しかし、実際はそうではありませんでした。

 中国の不動産バブル崩壊のプロセスは日々進行しています。

 今年(2024年)になってから、1月29日に香港の裁判所が恒大集団の清算処理を命令しました。2月27日には、碧桂園の一部の債権者が香港の裁判所に清算処理を求める請求を行いました(香港の裁判所は5月17日に清算に関する審理を行う予定)。ブルームバーグ通信の報道によると、碧桂園は3月12日に支払期限が来た人民元建て債券の支払いができなかったとのことです(その後30日間の「支払い猶予期間」に入っている)。碧桂園はドル建て債券の利払いができなかったことはありましたが、人民元建て債券の利払い不能は初めてだとのことです。

 全人代開催期間中に行われた3月9日の記者会見で、住宅都市農村建設部長の倪虹氏は債務問題が懸念される不動産企業について「法律の原則及び市場原理に従って、破産すべきは破産させる、再編すべきは再編させる」と述べました。そうした中、3月11日、格付け会社のムーディーズが万科の社債の格付けを「投資適格級」から「ジャンク級」に引き下げました。ロイター通信の報道によると、中国の規制当局は3月11日、万科の問題に関して金融関係者と協議し、大手銀行に万科を支援するよう要請した、とのことです。

 こうした動きの中で、テンセント網・房産チャンネルの解説動画を見ると、多くの人々が「不動産企業のうち、どの会社が救済されて、どの会社が破産処理させられるのか」といった疑心暗鬼の状態になっているようです。こういう状態になった場合は、政府のトップは、自ら決然とした態度で不動産バブル崩壊に対する対処方針を語る必要があります。ところが、習近平氏は逆に「全人代閉幕時の国務院総理の記者会見を廃止する」という決定を下しました。総理記者会見を廃止し、国務院を形骸化し、組織としての中国共産党の政策議論・決定プロセスを形骸化し、全てを自分の決定下で行う、という判断を習近平氏がしたのだとしたら、全ての政策方針は習近平氏自身が語らなければならないはずだ、と私は考えます。

 国務院や中国共産党の組織が形骸化して「一人独裁」が進行する一方、「一人独裁」をしている習近平氏が「何も言わない」「何もしない」というダンマリ戦術に沈むのであれば、個人や企業などの経済主体は、将来がどうなるかわからないので投資や消費を控えることになるでしょう。不動産バブル崩壊で不良債券問題が水面下で蓄積しているであろう現状に加えて、こうした政治的な状況から来る投資や消費の低迷は、中国経済に大きなダメージを与えることになると思います。これから中国経済で起こる事態に対しては、私たちは相当程度の覚悟をしておく必要があるのだろうと思います。

 

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2024年3月 9日 (土)

全人代での総理記者会見廃止は改革開放終焉の象徴

 今年(2024年)の全人代で最も注目を集めた案件は、政府活動報告でも閣僚人事でもなく、全人代開幕前日に発表された「国務院総理の記者会見のとりやめ」だったと思います。ネットや報道で既に様々な立場の人がコメントしていますが、私の個人的印象としては、この「全人代での総理記者会見の廃止」は、「習近平氏による改革開放の終焉」を象徴するできごとだったと思っています。

 なぜなら、1987年の第13回中国共産党大会と翌1988年の全人代で始まった「会議のテレビ生中継」と「トップの参加者(党大会における中国共産党総書記、全人代における国務院総理)の記者会見」は、当時、トウ小平氏によって進められていた「改革開放路線」の象徴的イベントだったと私は考えているからです。

 私は、1982年の第12回中国共産党大会が開催されていた時には通産省通商政策局北アジア課に勤務していて、1987年の第13回中国共産党大会が開催されていた時には北京に駐在していましたので、この二つの党大会の間で「中国共産党大会」の雰囲気が全く変わったことをよく覚えています。第12回党大会までは、中国共産党大会と言えば、今で言えば北朝鮮の労働党大会と同じで、「開催された翌日の党の機関紙一面トップに大々的に報じられているので、非常に重要な会議であることはわかるが、実際にどういう会議が開催されいているのかサッパリわからないナゾの会議」というイメージだったのです。それが1987年の第13党大会になると、「冒頭の全体会議はテレビで生中継する」「党大会直後の一中全会(第一回中央委員会総会)で総書記が選ばれた後は、その総書記が内外記者会見を行う(しかもその記者会見は中国語-英語の通訳付きで外国人記者も質問できる)」という形式に変わったからです。この 1987年の党大会のやり方を見て、世界の人々は「中国共産党大会のイメージが変わった」と痛感したのでした。

 これは、トウ小平氏が世界に向けてそういうイメージ発信をしようと意図していたことが成功したことを意味しています。

 前にもこのブログに書いたことがあったと思うのですが、1987年の第13回中国共産党の開会直前にひとつのエピソードがありました。この時点で、トウ小平氏は中国共産党軍事委員会主席ではあったのですが、政治局員の序列としては真ん中くらいで、党大会のひな壇で座る席も最前列ではありませんでした。党大会の開会前、総書記代行だった趙紫陽氏ら党の幹部が入場する前の既に内外のテレビカメラが撮影を開始していた時点で、トウ小平氏は既にひな壇の何列目かの自分の席についていて、タバコをくゆらせながら難しい顔をして机の上の書類を読んでいました。そこにひな壇に座っている幹部のためのお茶を配る担当者がやってきました。トウ小平氏のところへお茶を置く時に、この担当者はトウ小平氏に何やら耳打ちしました。そうすると、トウ小平氏は苦笑いしながらタバコをもみ消したのでした。実は中国共産党では、この第13回党大会以降、党の会議は全て禁煙とする、という決定をしていたのでした。ヘビースモーカーとして有名なトウ小平氏はいつもの習慣で会議の席上でタバコを吸ってしまったが、お茶を配る担当の人から「トウ小平同志、この会議は禁煙ですよ」と耳打ちされて、あわててタバコをもみ消した、という話でした。日本の新聞は「お茶を配る担当者が『トウ小平批判』」と面白おかしくこのエピソードを伝えたのでした。

 ちょっとしたハプニングなんですが、私は、これはトウ小平氏によるテレビカメラの前での意図的な自作自演だったのではないかと思っています。「党の実質的な最高実力者でヘビースモーカーとして有名なトウ小平氏であっても、党が決めた『会議は禁煙』という規則に従わなければならない」「トウ小平氏のような党の最高幹部が間違ったことをしているのであれば、例えばお茶を配る担当者のような立場の人であってもハッキリと意見を言ってよいのだ」ということを示すことによって「中国共産党は変わったのだ」ということを内外にアピールする意図がトウ小平氏にはあったのだろう、と私は考えているからです。

 この第13回中国共産党大会のテレビ生中継を見たり各種報道を読んだりした直後の1988年1月、北京駐在中の私は東京の本社あてに「1988年年頭所感」と題する文章を送りました。その文章は今も私の手元にありますので、その中にある第13回中国党大会に関する記述を以下に紹介したいと思います。

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 (前略)ただこの党大会で印象付けられたのは、その公開性である。大会初日の趙紫陽氏の報告は、延々とテレビで生中継されていたし、大会期間中、内外プレスに対する記者会見が毎日行われ(記者会見は中国語-英語の通訳付き)、その内容は毎日テレビで放映された。その中には外国記者からの要望で実現したチベット地区代表の記者会見も含まれていた。その記者会見では、

外国人記者:「トウ小平氏の引退の後の中国の体制はどうなるのか?」

中国側スポークスマン:「え~、その問題については、まあ、第15回大会、16回大会、というより、17回大会、18回大会で話し合うことになるでしょう」(笑い)

というような対話も行われた。その昔、国慶節のパレードを前にして天安門の上に並ぶ指導者たちの並ぶ順序を双眼鏡で覗いて、内部の政争の様子をあれこれ推測していた頃から見れば隔世の感がする。

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 こういった流れを受けて、翌年1988年に開催された全人代では、全体会議など主要な会議はテレビで生中継され、全人代閉幕後には、全人代で正式に国務院総理に指名された李鵬氏が内外記者を相手とする記者会見(中国語-英語通訳付き)を行ったのです。その後、全人代終了後の国務院総理記者会見は、1990年代からは毎年行われる「恒例行事」となったのでした。

 また、1988年の全人代で私が印象に残っているのは、「人民日報」が中国政府や全人代に参加している全国人民代表に批判的な記事を書いていたことです。1988年の全人代では、前年に公開された映画「ラストエンペラー」で国宝の故宮を安易に映画ロケに使わせているのは問題ではないか、と全国人民代表が文化部を追及したことが報じらました(映画を御覧になった方はおわかりと思いますが、「ラストエンペラー」では、普段は立ち入り禁止の乾清殿の中にある本物の玉座に俳優を座らせて撮影がなされています)。また別の記事では、「全国人民代表が乗ってきた車が駐車しているところを見たが、みんながみんなトヨタの車ばかりだった。なぜ中国国産の車を使わないのか。」と批判している記事を読んだ記憶があります。

 1987年秋の第13回中国共産党大会や1988年春の全人代で、意図的に「公開性」をアピールする演出がなされたのは、1987年1月に当時の中国共産党総書記だった胡耀邦氏が前年1986年末に起きた学生デモに対する対応が適切ではなかったとして総書記辞任に追い込まれたことも背景にあったのだろうと私は考えています。1987年1月の胡耀邦氏の総書記辞任は突然のことであり、諸外国に対しては「中国共産党内部の事情はサッパリわからない」という強烈な印象を与えました。胡耀邦氏の総書記辞任を伝える中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」のアナウンサーが普段の背広姿ではなくこの日だけは中山服(日本のマスコミ用語で言えば「人民服」)姿でニュースを伝えたことで、諸外国は「中国はまた文化大革命時代に戻ったのか」と色めき立ったのですが、胡耀邦氏のあとを次いで総書記代行となった趙紫陽氏をはじめとする中国共産党幹部は機会を捉えて「中国の改革開放の方針は全く変わっていない。文化大革命時代に逆戻りすることなどあり得ない。」と内外に繰り返しアピールしました。そうした中で行われた1987年秋の党大会と1988年春の全人代における「公開性」を強調する演出は、外国との経済関係を強化して経済発展を図りたいと考えていたトウ小平氏による改革開放路線を進めるための重要なイメージ発信の一つだったのだと私は認識しています。

 全人代閉幕後の国務院総理の記者会見もそうした「改革開放の推進」を強調するアピールの重要な要素の一つだったのは明らかです。

 今回の(2024年の)全人代で国務院総理の記者会見が廃止されたことについては、様々な憶測がなされています。例えば「トップを自認する習近平氏はナンバー2の李強氏が記者会見で目立つことを嫌ったのだ」とか「記者会見に慣れていない李強氏が失言をするのを避けたかったからだ」とか「習近平氏は中国共産党主導の政策運営をしようとしており、国務院の役割を縮小させようという方針の延長線上に国務院総理の記者会見廃止があるのだ」とかいう評価がなされています。私にはどれが正しいのかはよくわかりませんが、少なくとも言えることは、1988年の全人代でトウ小平氏が意図したのと全く逆方向のメッセージを2024年の全人代で習近平氏が出したのに等しい、ということです。

 習近平氏も各種の演説では「対外開放を推進する」と言っていますが、全人代終了時の国務院総理の記者会見廃止という習近平氏が実際にやっていることを見れば、習近平氏は「対外開放を進めることなんか重要視していません」と宣言しているのに等しいと私は思います。

 上に、1988年当時私自身が書いた文章を紹介しましたが、それを今改めて読んで見て感じるのは、習近平氏の時代になって、中国は1980年代より前の時代に逆戻りしてしまったなぁ、ということです。一方、ネット空間を見ていれば、現在の中国の人々は1980年代に比べて格段に自由な発想で様々なことを見たり聞いたり考えたりしていることがわかります。1980年代の改革開放以前に先祖返りしてしまった習近平氏と、様々な情報の中で確実に21世紀的感覚で生きている中国の人々との間のギャップは、いずれ調整不可能な「軋轢(あつれき)」として表面化してくることは間違いないと私は思います。

 「全人代終了後の総理記者会見」は、確かに全人代関連のイベントの一つに過ぎないのですが、それを廃止したことが示す意味は、相当程度に大きいと思います。また、習近平氏がどういう意図で総理記者会見廃止を決めたのかは私にはわかりませんが、少なくとも、習近平氏が「総理記者会見などなくてもよい」と考えていることは確かですから、この廃止自体が「習近平氏の思考パターン」を考える上で非常に重要なできごとであることは間違いないと思います。

 

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2024年3月 2日 (土)

中国の不動産バブル崩壊は次のステージへ

 中国では来週火曜日(2024年3月5日)から全国人民代表大会が開催されます。現状の不動産バブル崩壊に対する対応についても議論されるだろうと思いますが、抜本的な対策は出ないだろうと見られています。不動産バブル崩壊に対する対処は非常に難しく、景気刺激策のような対策で問題が解決するほど単純ではないからです。

 中国のシンクタンクである中国指数研究院によると、中国のトップ100の不動産開発企業による2024年1~2月の住宅販売金額は、昨年同期比で51%の減少だったのだそうです。昨年(2023年)の1月~2月は「ゼロコロナ政策」が終わった直後で、住宅販売についてもゼロコロナ期の反動増があったと思うので、単純に比較することはできないと思いますが、2024年に入っても、中国の新築マンション販売は回復ペースには戻っていないことは間違いなようです。「新築」ではなく「中古」のマンションに関してはそれなりに売れており、「住宅需要が蒸発した」というわけではないようですが、中古マンションの販売価格も下落傾向が続いており、中国政府による様々な住宅販売刺激策にも係わらず、中国のマンション市場の低迷は長期化しつつあるように見えます。

 中国のマンション市場に関するニュースで私が最近最も気になったのは、2024年1月の各種の「法拍房(裁判所によって競売に付される住宅)」が10.04万戸で、前年同月比48.2%の急増だった、というものです。マンション等の競売については、住宅ローンを返済できなくなった個人の所有するマンションが裁判所によって差し押さえられるケースや、企業が融資を受ける際の担保として差し出していた企業所有のマンションが借金返済に行き詰まって差し押さえられるケースが考えられます。テンセント網・房産チャンネルにアップされていたある解説動画では「個人が住宅ローン返済に行き詰まって差し押さえられるケースはそれほど急増するとは考えられない。これだけの競売数の急増は、保有するマンションを担保に設定していた企業の借金返済の行き詰まりが増えているからではないか。」と分析していました。つまり、このことは「マンション価格の低迷」が「企業の保有資産の減少」を招き、銀行から担保価値の減少を理由に借金返済を迫られた企業が苦境に陥るという日本の平成バブル崩壊期によくあった現象が中国でも起き始めていることを示唆しています。

 一方、「週刊東洋経済」(2024年3月2日号)の「中国動態」の欄で、大阪経済大学教授の福本智之氏は「脆弱な中小銀行の整理が加速」と題して、中国当局が農村部にある小規模の銀行(村鎮銀行)の解散・統合を進めていることを報告しています。これも日本の平成バブル崩壊期と同じように、中国においても住宅価格の下落が経営基盤が弱い小規模の銀行の経営を圧迫しつつあることを示している可能性があります。

 つまり、これらのことは、中国における不動産バブル崩壊は、不動産開発企業の経営不振やマンション建設工事に携わる建設会社の業績不振といった「マンションが売れないことが直接に影響を与える範囲」を超えて影響が広がっており、マンション等を企業資産として抱える企業の債権の不良債権化や関係している金融機関の経営圧迫といった「社会全体の不良債権の拡大や金融機関への影響拡大」という「第二ステージ」に入りつつあることを示していると思われます。

 中国当局は、社会全体での不良債権の拡大や金融機関の経営への圧迫が「金融危機」にまで発展しないように最大限の措置をこれから講じることになると思います。昨日(2024年3月1日(金))付け「人民日報」5面には「強大な中央銀行を建設すべき(新論)」と題する金融関連の研究者による評論が掲載されていました。タイミングから言って、もしかすると今回の全人代で金融関係の機能強化についても議論がなされるのかもしれませんが、この評論の掲載は「何か問題が起きても中国当局は強力に金融安定化のための施策を講じる用意がある」という当局の姿勢を見せる意味があったのかもしれません。

 一方、世界に目を転じると、日本の株式市場では日経平均株価が2月22日にバブル期の高値を超えた後も連日のように史上最高値を更新しているほか、アメリカやヨーロッパでも株価の史上最高値が続いています。さらに、暗号資産のビットコインも2021年11月に付けた史上最高値に接近する高値を付けています。もしかすると、中国における不動産バブル崩壊の進行に伴い、中国から資金が抜けて、それが世界の株や暗号資産に流れ込んでいるのが現在の状況なのかもしれません。

 一年半程前の2022年7月、経済マーケット専門チャンネルの日経CNBCでソニー銀行が提供している番組「GINZA CROSSING Talk」にゲストとして出演していた投資コンサルタント会社・複眼経済塾の塾頭のエミン・ユルマズ氏は次のような興味ある指摘をしていました。

○日経平均株価が史上最高値を付けた1989年12月末がベルリンの壁崩壊(1989年11月)と同じタイミングだったのは偶然ではない。日本経済の高度成長が、朝鮮戦争特需から始まったことを考えれば、日本経済は「冷戦構造」の中で発展した、と言える。

○冷戦終結により、中国とロシアが世界経済の中に開放された。世界のマネーは、未開拓の中国とロシアに流れ込んだ。このため、日本が「置き去り」にされて日本経済は停滞期に入った。

○中国は低賃金の労働力を、ロシアは低価格の資源を提供することにより、世界は「労働力と資源は中国とロシアにまかせる」という形で、物価が安い状態のままで経済を進展させる、という「ディスインフレ(モノの価格や賃金が上昇しない状態)の時代」に入った。

○欧米(及び日本)は、中国の安い労働力とロシアの安い資源を利用するために、中ロ国内における人権や環境破壊等の問題には目をつぶって、中国とロシアを世界経済の中で泳がせてきた。中国とロシアは次第に経済力を付けて、欧米主導のやり方に反発し、自分のやり方をやり始めた(一帯一路など)。欧米は、中ロの人権問題等については今までは大目に見てきたのだけれども、自分たちのやり方に異議を唱え始めた中国・ロシアを見て「私たちのルールに従えないのだったらバスから降りてください」と言い始めた。

 このエミン・ユルマズ氏の考え方を延長すれば、現在の日米欧の株高やビットコイン価格の上昇は、1990年頃の冷静終結以降の30年間はロシアや中国へ世界の資金が流入していたものが、ロシアのウクライナ侵攻や中国の不動産バブル崩壊を受けて今は逆流しつつあることを示すひとつの現象なのかもしれません。

 ここでひとつ思い出さなければならない重要なことは、1990年以降の日本の平成バブル崩壊期には、日本は1992年に「天皇陛下訪中」という最大級の切り札を切って1989年の「六四天安門事件」以来停滞していた中国との関係を改善して、急速に発展する中国経済に乗っかる形で日本のバブル崩壊後の危機を何とか乗り切った、という事実です。留意すべきなのは、これから中国が不動産バブル崩壊に伴う様々な問題(例えば数多くの企業の不良債権や金融システムに対する圧迫の問題)に対処するに際して、中国には「利用できる隣国」がないことです。不動産バブル崩壊後の諸問題に中国が苦しむとしても、おそらく日本も欧米各国も中国に手を差し伸べることはしないと思います。私も、習近平氏による中国共産党統治体制を手助けすることはすべきではないと思います。ですが、全世界のことを考えれば、中国が最悪の状態になることは誰も望んでいないと思うので、何らかの形で中国との関係を改善して手助けする(そうすれば必然的にプーチン氏のロシアを孤立させることができる)ことも検討すべきではないかとも思います。

 中国は、アメリカとの関係では対立関係を維持していますが、最近、「新聞聯播」や「人民日報」では、トップニュース扱いで「習近平氏がアメリカの高校生の訪中団が送って来た手紙に返信した」といったニュースを流しています。これは「中国としても対米関係を改善したいと考えている」という一種のメッセージかもしれません。実際、中国は、経済関係を踏まえれば、欧米や日本と徹底的な対立関係に陥っては困る、とも考えていると思います。中国がこれから不動産バブル崩壊に起因する様々な問題で苦しむであろうとことを想定して、言い方はよくありませんが、むしろそうしたこれから起こるであろう中国の苦境を「利用」して、欧米や日本としては、中国を「国際社会における『我々の側』に引きずり戻す」ための方策を考える必要があるのかもしれません。逆説的になりますが、習近平氏が不動産バブル崩壊にうまく対処できないことが日米欧にとってはむしろプラスに作用するかもしれない、ということです。

 

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