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2024年2月17日 (土)

習近平氏の「経済より国家安全」方針の自己矛盾

 この木曜日(2024年2月15日)の産経新聞の1面トップ記事は、垂秀夫前駐中国大使へインタビュー記事でしたが、見出しは「中国 経済より『国家安全』」でした。今の習近平氏の方針が「経済より『国家安全』」であることは誰もがそう思っているところだと思います。

 日本語の「国家安全」は中国語でも「国家安全」ですが、中国で意味する「国家安全」とは「中華人民共和国の安全」ではなく「中国共産党による統治の安全」です。習近平政権においては、守るべきなのは「習近平同志を核心とする中国共産党」なので、今は「国家安全」とは「習近平氏の権力の安全」と置き換えた方が理解がしやすいと思います。

 中華人民共和国の政治において「国家安全、即ち中国共産党による統治の安全」が最も重要な政策課題であったことは、建国以来変わっていないことで、習近平政権だけの特徴ではありませんが、少なくともトウ小平氏から始まった改革開放の時代の江沢民政権、胡錦濤政権時代までは「経済より『国家安全』」ではありませんでした。かといって胡錦濤政権までは「『国家安全』より経済」だったわけでもありません。なぜなら、そもそもトウ小平氏が始めた改革開放の時代は「経済を発展させることが即ち『国家安全』を達成するための最も有効な手段である」と考えられていたからです。

 1980年代にトウ小平氏が「経済を発展させることが即ち『国家安全』を達成するための最も有効な手段である」と考えていた理由は以下の二つです。

(1)毛沢東時代は経済的発展よりも理想的な共産主義社会を目指すことが重視されていた。そのため中国共産党が目指すものと、自分たちの生活を向上させたいという数多くの人民の願いとにかい離が生じた。この党と人民とのかい離が象徴的に表れたのが、人々が「四人組」の支配に対して不満を表明した1976年の「四五天安門事件」だった。党と人民とのかい離に危機感を覚えた中国共産党は同年10月に「四人組」を逮捕し、その後、党内での様々な議論を経て、経済発展を重視する改革開放政策に舵を切った。なぜなら、経済を発展させて人民の生活を豊かにすれば、人民は中国共産党による統治を支持するようになり、中国共産党による統治はより強力なものになると考えたからである。

(2)アメリカが世界の中で最も強力な発言権を有しているのは世界最大の軍事力を持っているからではない。アメリカは世界最大の経済大国であり、そのことがアメリカの国際社会における発言権を大きなものにしている。その証拠に、アメリカと肩を並べる軍事力を有するソ連は、アメリカに比べて経済が立ちおくれているため、国際社会の中で大きな発言権を持つことができていない。一方、日本は、軍事的には見るべきものがなく、安全保障は完全にアメリカの傘下に置かれているものの、アメリカに次ぐ世界第二位のGDPを持つという経済力によって、国際社会の中で大きな顔をしている。今後、中国が国際社会の中でアメリカと並ぶ発言権を持つためには、まず経済力を発展させる必要がある。多くの人口と広い国土を持つ中国は、経済的に発展する余地は大いにあり、経済力を発展させることによって、中国の国際社会における発言権を大きくすることは十分に可能である。

 「経済力が国際社会における発言権の大きさを決める」というトウ小平氏の見方は、かつて世界第二位のGDPを誇っていた日本が、2010年に中国に抜かれて第三位になり、2023年にはドイツにも抜かれて第四位になったことを考えれば実感が持てるのではないかと思います。

 つまり、トウ小平氏は決して「『国家安全』より経済発展を重視していた」のではなく、「経済の発展が『国家安全』の進展のための必要条件であると考えていたから経済発展を重要視した」のです。

 私は感覚的にこのようなトウ小平氏の考え方に同意できます。私は1986年10月~1988年9月まで北京に駐在していましたが、その頃、北京の街では「紅旗」などの中国製の自動車や日本から輸入されたトヨタの「クラウン」、西ドイツのフォルクスワーゲンが上海に作った合弁企業において中国で生産された上海フォルクスワーゲン「サンタナ」、ソ連製の「ボルガ」などが入り交じって走っていました。どう見てもデザインが野暮ったい「ボルガ」がガタガタ走る姿は、「クラウン」や「サンタナ」と比べて完全に見劣りしていました。こうした「世界各国の見本市」みたいな改革開放期初期の北京の街を見て、中国の人々も「まずは経済を発展させることが世界の中で中国の立場を高めるために重要なのだ」と感じていただろうと思います。

 私は、このトウ小平氏の「経済を発展させることによってこそ『国家安全』の強化が図れる」という考え方は、今(2020年代)でも変わっていないと思います。従って、習近平氏がもし本当に「経済よりも『国家安全』の方が大事だ」と考えて経済発展のための政策を軽視しているのだとしたら、その方針は自己矛盾していると言わざるを得ません。経済発展が鈍れば、それは国際社会における中国の発言権の低下をもたらし、結果的に中国の「国家安全」にはマイナスになるからです。

 自らへの権力の集中にのみ関心を寄せ、その結果、民間企業における経済活動の活性化が失われつつある現在の習近平政権においては、むしろ経済の停滞によって中国の国際社会における発言権が低下し、結果として中国の「国家安全」の基盤が脆弱になっていく危険性があります。また、経済の停滞は数多くの中国人民に中国共産党に対する失望をもたらすことになり、「中国共産党による統治の維持」という意味での「国家安全」にとってもマイナスの影響を与えることになると思います。

 習近平氏が次々と繰り出す「自分への権力集中を強化する方策」は、経済の停滞を通じて自らの政権基盤を揺るがすことになり、結果的に中国共産党による統治の基盤自体を脆弱化させることになる「自分で自分の首を締める方策」だと思います。

 

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