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2024年2月 3日 (土)

ホワイトリストによる不動産企業への融資の問題点

 月曜日(2024年1月29日)、香港の高等法院は、七回延期されていた中国恒大の清算に関する審理を行い、中国恒大に対して清算命令を出しました。今後、裁判所が選任する管財人の下で、中国恒大の資産の整理が行われ、可能な範囲で債権者に対する支払いが行われることになるのでしょう。その際、中国恒大の資産の多くが存在している中国大陸部の裁判所が清算手続きに対してどのような判断を下すのかよくわからないところがあるので、中国恒大の精算処理と債権者への返済がどのように進められるのかは現時点ではまだ不透明な部分が多く残っています。

 ただ、ひとつ明確に言えるのは、アメリカのリーマン・ブラザーズ級の(見方によってはそれより巨大な)中国恒大の清算処理が裁判所から命じられたという案件に関して、中国政府(及び中国共産党)が完全に「だんまり」であるということです。

 日本の平成バブル崩壊に対する日本政府の対応ぶりがよかったかどうかの議論はいろいろあるにせよ、日本政府は平成バブル崩壊に対して様々な対応をしてきました。不良債権が積み上がった住専(住宅金融専門会社)の処理に関して1996年の国会が大揉めに揉め、この年の国会が「住専国会」と呼ばれたことを記憶している人も多いと思います。リーマン・ショックに対応して、アメリカ政府やFRB(連邦準備制度理事会)が前例のない様々な措置を講じたことを記憶している人も多いと思います。

 ごく直近の例では、昨年(2023年)3月、アメリカのシリコン・バレー・バンク(SVB)が破綻した際には、アメリカ政府はSVBを救済することはしませんでしたが、破綻が明らかになると直ちに「SVBの預金は全額が保護される」と宣言し、銀行システムに対する不安が国民の間に広がらないようにしました。その直後、スイス第二の銀行であるクレディ・スイスの経営不振が問題視されると、スイス最大の銀行のUBSがクレディ・スイスを買収することを発表しましたが、その発表の記者会見には、スイスの大統領とスイス国立銀行(中央銀行)の総裁も同席して、このUBSによるクレディ・スイスの買収がスイス政府の後押しによるスイスという国家を上げての対応だったことを世界にアピールしました。

 「各企業の経営は政府とは独立しており、政府が個々の企業の問題に口出しすることはない」というのが原則の資本主義国家においてすら、経済全体に影響を及ぼす可能性のある企業に問題が生じた時には中央政府は前面に出て対応を図るものなのです。社会主義を標榜する中華人民共和国において、中国恒大という中国経済全体に大きな影響を与える企業に問題が生じたとき、中国政府も中国共産党も「何もしない」「何も言わない」で済むのでしょうか。むしろ今回の中国政府や中国共産党が「何もしない」「何も言わない」のは、実際は「何もできない」ことを意味しているのではないか、という印象を中国内外に与えたのではないかと私は懸念しています。

 タイミングからしておそらく「中国恒大に対する清算命令」が出されたことに対する対応としてなされたのが、中国国内の不動産企業に対する「ホワイトリスト」に基づく融資の実行です。報道によれば、中国政府の住宅都市農村建設部は1月26日に会議を開いて各地方政府に対して融資ができる不動産企業の「ホワイトリスト」を作成して銀行に融資を実施させるよう指示を出し、それに対応して重慶市と広西チワン族自治区の南寧市においてそれぞれの地方政府が作成した「ホワイトリスト」に基づく不動産企業への融資が実行されたとのことです。

 この「ホワイトリスト」に基づく不動産企業に対する融資の実行に関しては、昨年(2023年)11月にブルームバーグが「中国当局がホワイトリストを作成中」と報じた時、私は「融資可能な不動産企業を列記したホワイトリストは中央政府が作成する」ものだと思っていました。なぜなら、通常の融資の場合、どの企業に融資し、どの企業に融資しないかは、銀行が自分でリスクを取って判断するもの(それが銀行の本来の姿だから)ですが、どの企業に融資してよいかを政府が決めるのならば、「貸し倒れ」のリスクは銀行から政府に移ることになり、「貸し倒れ」に対応できる能力を有する「最後の貸し手」である中央銀行(中国の場合は中国人民銀行)を統括することができるのは中央政府しかないからです。しかし、実際は違っていました。「ホワイトリスト」は地方政府が作成することになっているようです。

 ということは、本来は銀行が担うべき「貸し倒れリスク」は、ホワイトリストの作成により地方政府が担うことになります。「ホワイトリスト」に従って融資した先の不動産企業の経営が破綻して融資が焦げ付いた場合、融資した銀行はホワイトリストを作成してこの企業に「融資してよい」と判断したのは地方政府であるから、貸し倒れになった責任は我々銀行ではなく地方政府が取るべきだ、と主張することは火を見るより明らかです。その際、地方政府はどう責任を取るのでしょうか。

 地方政府が作成したホワイトリストに基づいて実行された融資が焦げ付いた場合、中央政府が採るだろうと思われる対応は以下の二つです。

(1)「最後の貸し手」である中国人民銀行が焦げ付いた融資をした銀行を支援する。

(2)「誤った判断に基づいてホワイトリストを作成した」として地方政府の幹部を処罰する。

 仮に中央政府が(1)の対応をするつもりなのだったら、「ホワイトリスト」の作成は地方政府に任せずに中央政府が自ら作成したはずです。「ホワイトリスト」を地方政府に作成させたのは、中央政府は(2)の対応をするつもりだからでしょう。(2)のような対応をできるのは、地方政府の幹部は中国共産党の地方幹部であり、中央政府(中国共産党中央)は地方政府の幹部を処罰する権限を有している、という中国独特の政治システムがあるからできることです。民主主義国家では、地方政府のトップにはその地方の住民が選挙で選んだ人が就任しており、地方政府のトップを処罰する権限は中央政府にはありません。

 今回、「ホワイトリストの作成は地方政府が行うのだ」と報じられて私が認識したのは、不動産企業に対する銀行からの融資が焦げ付いてもそれに対応する責任を中国の中央政府は取るつもりがない、という実態です。つまり、中国恒大集団に代表される中国の不動産企業の危機的状態に関して、中国政府(中国共産党)が「何もしない」「何もしない」のは、「何もできない」からではなく、「何をするつもりもない(責任を取るつもりがない)」からであるわけです。

 私は「さすがにこれはマズい」と思います。政権を取っているはずの中国共産党中央が不動産危機という中国経済にとって最大級の危機に対して「責任を取るつもりがない」と受け取られるような対応をすることは、自ら政権担当を放棄することに等しいからです。

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 融資は、貸し手側が「借り手側が返せなくなるかもしれない」というリスクを承知の上で借り手側に資金を融通する行為です。通常、貸し手側が借り手側から受け取る利子は、いわば「融資している期間、貸し倒れになるかもしれないというリスクを負担することに対する報酬」と考えることができます。近年、資本主義諸国でも、中央銀行が強引に金融市場に介入して金利をゼロ近辺に抑え付けることが多かったので忘れ去られがちになっていますが、「金利はリスクを負担することに対する報酬」という考え方は資本主義経済における最も根本的な考え方です。社会主義を標榜する中国においても、経済が資本主義的原理で回っている以上、この考え方は同じはずです。もし、「中国では銀行は貸し倒れリスクは負わない。それが『中国の特色のある金融文化』なのだ。」というのであれば、貸し倒れリスクは政府が(最終的には中国共産党が)負う、ということでなければなりません。

 今回の「融資できる不動産企業のホワイトリストを地方政府が作成する」というやり方は、融資に関するリスクを誰が負うのか(銀行が負うのか、地方政府が負うのか、中央政府が負うのか)を曖昧にする極めて危険なやり方です。「融資した不動産企業の全て100%が耳を揃えて借りた資金を返す」ことができないかぎり、貸し倒れのリスクは誰かが負わなければなりません。貸し倒れのリスクを最終的に背負えるのは、人民元を無限に印刷する能力を有する中国人民銀行しかありません。上に書いたように、過去の銀行の経営危機の問題でアメリカやスイスの中央政府が出てきたのは、中央政府は中央銀行という「最後の貸し手」を持っているからです。

 今回の「地方政府にホワイトリストを作成させて銀行から不動産企業に融資させる」という政策は、おそらくは貸し倒れリスクを地方政府に押しつけたい中央政府(中国共産党中央)が考えたのだろうと思います。しかし、この政策が実行されていることを考えれば、中国の中央政府(=中国共産党中央)は、資本主義経済システムにおける融資とリスク負担の基本的考え方と中央銀行の「最後の貸し手」としての役割を理解していないことを自ら表明しているのと同じです。最も重要なのは、中国国内と世界の経済主体が私が感じているのと同じように「中国の中央政府(中国共産党)は資本主義経済システムの基本を理解していない」「中国共産党は不動産危機の責任を取るつもりがない」と感じているだろう、ということです。そのように感じる中国国内と世界の経済主体は、そういう中国政府(中国共産党)が統治している中国のリスクを認識し、中国国内でビジネスをやることをやめ、自らの資産・資金を中国から海外に移転しようと考えるだろう、と思います。

 中国共産党が今まで曲がりなりにも1949年以来中華人民共和国を統治してきたのは、「いろいろ難しい問題はあるが、中国共産党ならば何とか対処できるだろう」と皆が思ってきたからです。「どうやら中国共産党は『何とか対処する』やり方も知らないようだし、その意思もないようだ」と皆が思うようになってしまえば、それは中国共産党による統治が終わることを意味します。

 私は、今回の中国恒大に対する清算命令でさらに一歩ステージが進んだ中国の不動産危機は、中国共産党にとって、そのくらい重大な問題であると認識しています。

 

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