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2024年2月

2024年2月24日 (土)

34年間の呪縛

 木曜日(2024年2月22日)、東京株式市場で日経平均株価が1989年12月29日のバブル最盛期につけた史上最高値(終値で3万8,915円87銭)を34年ぶりに更新しました(2月22日の終値は3万9,098円68銭)。日経平均株価を構成する225銘柄は定期的に入れ替えが行われており、1989年と現在とではかなり異なりますので、単純に指数を比較してもあまり意味がないことですが、「時代が変わった」「歴史の次のステップに入った」という「雰囲気を示す」という意味ではひとつの大きな節目でした。日本経済新聞は翌2月23日の朝刊一面に「もはや『バブル後』ではない」という評論を掲載しました。

 この34年間、日本では「多数の大きな銀行が離合集散して三メガバンクに統合された」とか「政治の世界では自民党と社会党とによる55年体制が崩壊し、何回か政権交代が起きた」といった変化が起きました。日本がもし今まで「バブル後」という呪縛に捕らわれていたのだとしたら、今回の日経平均株価の史上最高値更新をきっかけにして、その呪縛が解けるよう願いたいものだと思います。

 一方、1989年と言えば、中国では「六四天安門事件」が起きた年ですが、中国では「六四天安門事件後の呪縛」は当面解けそうにありません。中国の場合、「34年間の呪縛が解ける」どころか、習近平氏は「六四天安門事件」に至るまでの1978年以降の「改革開放期」を否定して、それ以前の毛沢東時代に戻ることを指向しているようにさえ見えます。

 中国の現在の最も重要な政策課題は不動産バブル崩壊に対する対処ですが、現時点まで大胆な抜本対策は打ち出されていません。一応、1月末以降、「ホワイトリストによる不動産企業への融資の拡大」という政策が進められてはいます。現在までに中国各地の様々な不動産企業の3,000を超えるプロジェクトが「ホワイトリスト」に掲載され、銀行からの融資の拡大が行われているようです。しかし、前にも指摘しましたが(このブログの2024年2月3日付け記事「ホワイトリストによる不動産企業への融資の問題点」参照)、この「ホワイトリスト」の作成は中央政府が主体となって行われているものではなく、地方政府が行っているものであって、「地方政府と不動産開発企業と各地方を担当する国有銀行との癒着」という不動産バブル形成に至った根本原因にメスを入れるものには全くなっていません。また、この「ホワイトリスト」に基づく融資の実行は、単に爛尾楼(販売予約契約を結んで顧客から資金を事前に受け取っているにも係わらず開発企業の資金不足のために建設工事が中断して完成しないマンション)の建設を進めて顧客にマンションを引き渡すことを目的にして行われているものであり、不動産企業に関連する不良債権を処理するためのものではなく、不動産バブル崩壊に伴う問題を解決するものにはなっていません。

 そもそも中国の不動産バブルは、「土地は公有(国有または地方の集団が所有)である」という社会主義の原則に基づき、地方政府(=中国共産党地方幹部)が補償金を支払って農民から農地を収用し、その土地使用権を開発業者に売却し(その資金は国有銀行が融資し)、土地使用権売却収入を使って地方政府がインフラ投資等を行うことによってその地方のGDPを押し上げ、その結果として中国共産党地方幹部が出世する、という中国共産党地方幹部の権力行使システムによって形作られてきたものです。従って、中国の不動産バブルを抜本的に防ぐためには、中国共産党地方幹部の権力システムの構造を変える必要があり、現在の中国共産党の中央と地方とを結ぶ権力ピラミッド構造を変革する必要があります。今回、不動産企業に対する融資の「ホワイトリスト」の作成を地方政府(=中国共産党地方幹部)に任せたということは、習近平政権は、この中国共産党の中央と地方を結ぶ権力ピラミッド構造を変革するつもりはないと意思表示したのと同じだと私は考えています。

 日本における平成バブル崩壊後の34年間の呪縛は解消されつつあるのかどうかはわかりませんが、少なくとも日本においては「バブル崩壊後の呪縛」を解消するための努力は続けられてきました(これからも続けられていくことになるでしょう)。しかし、中国においては、1989年の「六四天安門事件」によって凝り固まった中国共産党統治体制という呪縛については、そもそも「解消しようとする動き」すら起きていません(というか「解消しようという意思」そのものがない)。習近平氏は、呪縛による矛盾が表面化しないようにむしろ呪縛を強化しようとしているように見えます。

 中国における不動産バブル崩壊の状況を見て、よく「中国も日本の平成バブル崩壊後と同じような道をたどるのか」という疑問が呈されていますが、習近平氏が中国における不動産バブルを起こした根本原因のひとつである「中国共産党の権力ピラミッド構造」を変革させようという意思を持っていないのであれば、中国は日本と同じ道を歩むことにはなりません。日本よりももっとひどい経済的・社会的混乱を招くことになるでしょう。

 中国における不動産バブルの現状を踏まえて、日本の平成バブル崩壊後の動きを参考にして考えれば、今後の中国の状況は以下のようになると考えられます。

○(地方政府が「新築マンションの値下げ販売禁止令」を維持したとしても中古マンションションの販売価格の下落は止められないので)不動産企業や不動産に投資した多くの企業が所有している数多くのマンションの資産価値の下落が明確になり、中国において多額の不良債権の問題が表面化するのはむしろこれからである(日本の場合、株価のピークは1989年年末だったが、土地価格が下落し始めたのは1992年頃であり、不良債権の問題が表面化し始めたのは1995年頃(第二地銀だった兵庫銀行が破綻したのは1995年8月)、住専(住宅金融専門会社)への公的資金注入について国会で議論になったのは1996年、各銀行の不良債権処理のための預金保険機構の各銀行への支援金額がピークに達したのは2000年だった)。ただし、不良債権の問題については、中国の場合、「世論の動向」や「国会での議論」を気にする必要がないので、中国人民銀行による迅速かつ強力な資金支援で日本よりうまく対処できる可能性はある。

○土地使用権売却収入が減少した地方政府は景気下支えのためのインフラ投資等に対する余力が減り、場合によっては住民に対する各種行政サービスも抑制せざるを得なくなり、経済の低迷と地方政府による行政サービスの低下により住民の不満が高まる(これは日本にはなかった現象)。

○(仮に不動産バブルの問題をうまく処理できない地方政府の幹部を腐敗追放の名目で処分したりすれば)「中国共産党の中央と地方を結ぶ権力ピラミッド構造」が崩れ、中国共産党中央と中国共産党地方幹部との間で緊張関係が生まれ、中国共産党内部の権力闘争において混乱が生じる可能性がある(これも日本にはなかった現象)。

 よく「中国共産党は日本の平成バブル崩壊の過程をよく研究しているから、日本の経験を参考としてうまく対処できるはずだ」という見方がなされます。しかし、もし仮に中国共産党が日本の平成バブル崩壊をよく研究していて、不動産バブルを崩壊させてはならない、と考えているのだったら、もっと早い段階(例えば2014年をピークにして不動産価格が下がった段階)でそれ以上のバブル膨張を防ぐ手段を講じただろうと私は考えています。しかし、実際は習近平政権は、2015年頃の「チャイナ・ショック」の時期の後、新型都市化計画や雄安新区開発プロジェクトを推進するなど「バブルに対処するために新たなバブルを作る」政策を推進してきました。なので私は、中国共産党は確かに日本の平成バブル崩壊をよく勉強して頭ではわかっているけれども、中国共産党の中央と地方の権力ピラミッド構造を壊したくないので、今後も適切な対処はできないだろう、と考えています。

 中国の不動産バブルは、中国共産党の権力構造にその原因がある以上、中国共産党に自身の権力構造を変更する意思がない限り、適切には対応できないでしょう。日本は、これからバブル崩壊後の34年間の呪縛を超えて新しい時代に入っていく可能性がありますが、中国は、中国共産党が自らの権力構造の維持に固執するために、むしろこれから「六四天安門事件後の34年間の呪縛」のツケを支払うための本格的な苦悩の時代を迎えることになるのだと思います。

 

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2024年2月17日 (土)

習近平氏の「経済より国家安全」方針の自己矛盾

 この木曜日(2024年2月15日)の産経新聞の1面トップ記事は、垂秀夫前駐中国大使へインタビュー記事でしたが、見出しは「中国 経済より『国家安全』」でした。今の習近平氏の方針が「経済より『国家安全』」であることは誰もがそう思っているところだと思います。

 日本語の「国家安全」は中国語でも「国家安全」ですが、中国で意味する「国家安全」とは「中華人民共和国の安全」ではなく「中国共産党による統治の安全」です。習近平政権においては、守るべきなのは「習近平同志を核心とする中国共産党」なので、今は「国家安全」とは「習近平氏の権力の安全」と置き換えた方が理解がしやすいと思います。

 中華人民共和国の政治において「国家安全、即ち中国共産党による統治の安全」が最も重要な政策課題であったことは、建国以来変わっていないことで、習近平政権だけの特徴ではありませんが、少なくともトウ小平氏から始まった改革開放の時代の江沢民政権、胡錦濤政権時代までは「経済より『国家安全』」ではありませんでした。かといって胡錦濤政権までは「『国家安全』より経済」だったわけでもありません。なぜなら、そもそもトウ小平氏が始めた改革開放の時代は「経済を発展させることが即ち『国家安全』を達成するための最も有効な手段である」と考えられていたからです。

 1980年代にトウ小平氏が「経済を発展させることが即ち『国家安全』を達成するための最も有効な手段である」と考えていた理由は以下の二つです。

(1)毛沢東時代は経済的発展よりも理想的な共産主義社会を目指すことが重視されていた。そのため中国共産党が目指すものと、自分たちの生活を向上させたいという数多くの人民の願いとにかい離が生じた。この党と人民とのかい離が象徴的に表れたのが、人々が「四人組」の支配に対して不満を表明した1976年の「四五天安門事件」だった。党と人民とのかい離に危機感を覚えた中国共産党は同年10月に「四人組」を逮捕し、その後、党内での様々な議論を経て、経済発展を重視する改革開放政策に舵を切った。なぜなら、経済を発展させて人民の生活を豊かにすれば、人民は中国共産党による統治を支持するようになり、中国共産党による統治はより強力なものになると考えたからである。

(2)アメリカが世界の中で最も強力な発言権を有しているのは世界最大の軍事力を持っているからではない。アメリカは世界最大の経済大国であり、そのことがアメリカの国際社会における発言権を大きなものにしている。その証拠に、アメリカと肩を並べる軍事力を有するソ連は、アメリカに比べて経済が立ちおくれているため、国際社会の中で大きな発言権を持つことができていない。一方、日本は、軍事的には見るべきものがなく、安全保障は完全にアメリカの傘下に置かれているものの、アメリカに次ぐ世界第二位のGDPを持つという経済力によって、国際社会の中で大きな顔をしている。今後、中国が国際社会の中でアメリカと並ぶ発言権を持つためには、まず経済力を発展させる必要がある。多くの人口と広い国土を持つ中国は、経済的に発展する余地は大いにあり、経済力を発展させることによって、中国の国際社会における発言権を大きくすることは十分に可能である。

 「経済力が国際社会における発言権の大きさを決める」というトウ小平氏の見方は、かつて世界第二位のGDPを誇っていた日本が、2010年に中国に抜かれて第三位になり、2023年にはドイツにも抜かれて第四位になったことを考えれば実感が持てるのではないかと思います。

 つまり、トウ小平氏は決して「『国家安全』より経済発展を重視していた」のではなく、「経済の発展が『国家安全』の進展のための必要条件であると考えていたから経済発展を重要視した」のです。

 私は感覚的にこのようなトウ小平氏の考え方に同意できます。私は1986年10月~1988年9月まで北京に駐在していましたが、その頃、北京の街では「紅旗」などの中国製の自動車や日本から輸入されたトヨタの「クラウン」、西ドイツのフォルクスワーゲンが上海に作った合弁企業において中国で生産された上海フォルクスワーゲン「サンタナ」、ソ連製の「ボルガ」などが入り交じって走っていました。どう見てもデザインが野暮ったい「ボルガ」がガタガタ走る姿は、「クラウン」や「サンタナ」と比べて完全に見劣りしていました。こうした「世界各国の見本市」みたいな改革開放期初期の北京の街を見て、中国の人々も「まずは経済を発展させることが世界の中で中国の立場を高めるために重要なのだ」と感じていただろうと思います。

 私は、このトウ小平氏の「経済を発展させることによってこそ『国家安全』の強化が図れる」という考え方は、今(2020年代)でも変わっていないと思います。従って、習近平氏がもし本当に「経済よりも『国家安全』の方が大事だ」と考えて経済発展のための政策を軽視しているのだとしたら、その方針は自己矛盾していると言わざるを得ません。経済発展が鈍れば、それは国際社会における中国の発言権の低下をもたらし、結果的に中国の「国家安全」にはマイナスになるからです。

 自らへの権力の集中にのみ関心を寄せ、その結果、民間企業における経済活動の活性化が失われつつある現在の習近平政権においては、むしろ経済の停滞によって中国の国際社会における発言権が低下し、結果として中国の「国家安全」の基盤が脆弱になっていく危険性があります。また、経済の停滞は数多くの中国人民に中国共産党に対する失望をもたらすことになり、「中国共産党による統治の維持」という意味での「国家安全」にとってもマイナスの影響を与えることになると思います。

 習近平氏が次々と繰り出す「自分への権力集中を強化する方策」は、経済の停滞を通じて自らの政権基盤を揺るがすことになり、結果的に中国共産党による統治の基盤自体を脆弱化させることになる「自分で自分の首を締める方策」だと思います。

 

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2024年2月10日 (土)

株価が下落したので証券監督管理委員会主席を解任

 中国経済の低迷が中国でビジネスを展開する諸外国の企業の業績に対して影響していることが明確になりつつある一方、上海や香港の株価の低落傾向が続いています。こうした中、ブルームバーグが火曜日(2024年2月6日)「習近平氏は規制当局から本土の金融市場に関する説明を受ける予定で、急落している株価の下支えについて検討される模様だ。」と報じました。この報道を受けて、ネット上等では「経済対策、株価対策で習近平氏は何か新しい効果的な対策を打ち出してくるかもしれない」という期待と、「習近平氏は経済のことがよくわかっていないからスタッフから現状の説明を受けても的確な対策を指示することはできないだろう」という「あまり期待しない方がよい」という見方とが交錯していました。

 結果として出てきた「株価下落に対する対応策」に関するニュースは以下の通りです。

○中国政府系投資会社の中央匯金投資がA株(人民元建てで取引される銘柄)への投資を強化すると発表した。

○中国証券監督管理委員会は株券転貸を抑制する等の株の空売り規制の強化を発表した。

○国務院は、中国証券監督管理委員会主席の易会満氏を退任させ、後任に呉清上海市共産党委員会副書記を充てる人事を発表した。

 国家主席の習近平氏にまで相談して打ち出す「対策」なのだから、さらなる金融緩和とか公共事業等への財政支出の拡大とか中国経済の活発化を狙った対策が出てくるのではないか、という見方もあったのですが、結果的には上の三つでした。上の二つは完全なPKO(Price Keeping Operation)です。政府系ファンドが株を買って買え支えるならば株価は下がらないだろうし、借りた株を売る空売りを規制する一方お金を借りて株を買う信用買いは規制しないのならば『売り』が減って『買い』は減らないので株価の下落スピードは緩和するだろうことは明らかです。しかし、「株価は経済の善し悪しを示す指標のひとつ」であることを考えれば、経済活性化の対策を図らないで行う単なる「株価下支え対策」は経済対策としては全く何もやっていないのに等しいと言えます。さらに証券監督管理委員会主席の交代は単に今までの主席が「株価下支え対策」に失敗したために習近平氏の怒りを買っただけのようにも見えます(何の対策にもなっていません)。

(ただし、株式市場の規制当局のトップの交代は2015年の株価下落の局面でも行われたので、この交代は、中国の投資家には「中国共産党中央は本気で株価対策をやるつもりのようだ」というメッセージとして受け取られたようで、このニュースを受けて上海の株価は上がりました。もっとも、香港の株式市場では外国人投資家が多いので「こんなんじゃ何の対策にもなっていない」と受け取られたからか、その後も株価は下がり続けました。)

 正直言って、証券監督管理委員会の主席が交代するとのニュースを知って、私は大いにずっこけてしまいました。例えて言えば、プロ野球で巨人が負けてばかりいるので、巨人ファンのコミッショナーが審判をクビにしたようなものだからです。巨人が負け続けているのは巨人が弱いからであって審判のせいではありません。もし審判をクビにしてしまったら、後任の審判は「巨人を勝たせなければまた自分がクビになってしまう」と考えて、中立公正な立場でなければならない審判が巨人に有利な判定をしてしまうようになるかもしれません。そんなことをやったら野球の試合は全く面白くないものになり、結果的にお客さんに見放されてプロ野球業界全体は低迷してしまうことになるでしょう。

 申し訳ないですが、上記のような対策をやるならば「やらない方がずっとマシだった」と私は思います。というのは、繰り返しますが、経済政策の観点から言ったら、上記の対策は全く「対策」になっていないからです。習近平氏に相談した上でこうした対策しか出てこないのだとしたら、それは「習近平氏は本当に経済のことが全くわかっていない」もしくは「習近平氏は、株価が下がらないようにしたいと考えてはいるものの、低迷する中国経済を活性化させようという意思は全くない」ことを示すことになるからです。しかも、春節休みに入る直前の一週間でこうした対策が出てきたことは「株価下落にあせってあわてて対応した」というイメージを与えて、非常に印象がよくありません。

 よく「中国の不動産バブル崩壊は日本の平成バブル崩壊後と同じような経済の低迷を招くのではないか」という懸念が取り沙汰されていますが、全ての権限を掌握している習近平氏が「経済のことを全くわかっていない」または「経済の低迷を何とかしようという意思が全くない」のだとしたら、「不動産バブル崩壊後の中国経済は平成バブル崩壊後の日本経済よりずっとひどいとんでもないことになる」ことは明らかです。「春節休み期間中に何か抜本的で効果的な経済対策が打ち出される」という期待もあるようですが、今まで経緯を見てみれば、それは単なるないものねだりの「願望」に過ぎないと思います。

 中国では今日(2024年2月10日(土))から春節の連休に入り、この春節期間中に延べ90億人が移動すると中国政府は推計しています。しかし、よく聞くと90億人のうち公共交通機関を利用する人が18億人で自家用車等で移動する人が72億人なのだそうです。中国では春節期間中は高速道路が無料になるのでこういう推計を出しているようですが、このことは、これまで巨額の資金を費やして空港や高速鉄道網を整備してきたのに一年で最も「かき入れ時」の春節期間中に飛行機や高速鉄道を利用する人はそれほど多くならないことを意味します。私はこの春節期間中の人の移動の数字も中国政府特有の「経済は低迷していないことを示すための数字のマジックのひとつ」なのではないかと疑っています。

 冒頭に書いたように相次いで発表される日本やアメリカの企業の決算を見てみると、中国におけるビジネスは相当程度に低迷しているようです。春節が明けて経済活動が平常に戻る過程で、中国経済がコロナ前の水準と比較してどの程度に回復していくかは注意深く見ていく必要があると思います。少なくとも上に書いたように習近平氏の打ち出す「対策」は「私は経済のことをわかっていません」または「私は経済の活性化を図ろうという意思はそもそもありません」ということを示すようなものばかりなので、内外の投資家の失望を誘って春節明け以降の上海や香港の株式市場の株価はこれからも低迷が続くことになるのではないかと私は懸念しています。

 なお、株価に関してですが、今、日本では「平成バブル崩壊後最高値の更新」が、アメリカでは「史上最高値の更新」が続いています。今や中国経済は世界経済の重要な一部になっているのに、中国経済が低迷しているにも係わらず日米で株価の上昇が続いているのは大丈夫なのかなぁ、という感じがします。前にも書いたことがありますが、1989年、4月15日の胡耀邦前総書記の死去から始まった学生・市民の運動が6月4日に人民解放軍による武力弾圧という事態にまで発展したのに、この年の日本の株価は上昇を続け、日経平均株価は1989年年末に「史上最高値」を付けたのでした。日本の株価の上昇と「六四天安門事件」との因果関係については私はよくわからないのですが、もしかすると1989年も香港経由で中国に入っていた投資マネーの一部が日本に回ってきて日本の株高を演出した要素もあったのかもしれません。だとすれば、今(2024年)、中国経済の低迷が本格化・長期化する見込みの中で日米の株価が上昇を続けていることに対してはもっと警戒感を持って見ていた方がよいのかもしれないなぁ、という気もします。

 

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2024年2月 3日 (土)

ホワイトリストによる不動産企業への融資の問題点

 月曜日(2024年1月29日)、香港の高等法院は、七回延期されていた中国恒大の清算に関する審理を行い、中国恒大に対して清算命令を出しました。今後、裁判所が選任する管財人の下で、中国恒大の資産の整理が行われ、可能な範囲で債権者に対する支払いが行われることになるのでしょう。その際、中国恒大の資産の多くが存在している中国大陸部の裁判所が清算手続きに対してどのような判断を下すのかよくわからないところがあるので、中国恒大の精算処理と債権者への返済がどのように進められるのかは現時点ではまだ不透明な部分が多く残っています。

 ただ、ひとつ明確に言えるのは、アメリカのリーマン・ブラザーズ級の(見方によってはそれより巨大な)中国恒大の清算処理が裁判所から命じられたという案件に関して、中国政府(及び中国共産党)が完全に「だんまり」であるということです。

 日本の平成バブル崩壊に対する日本政府の対応ぶりがよかったかどうかの議論はいろいろあるにせよ、日本政府は平成バブル崩壊に対して様々な対応をしてきました。不良債権が積み上がった住専(住宅金融専門会社)の処理に関して1996年の国会が大揉めに揉め、この年の国会が「住専国会」と呼ばれたことを記憶している人も多いと思います。リーマン・ショックに対応して、アメリカ政府やFRB(連邦準備制度理事会)が前例のない様々な措置を講じたことを記憶している人も多いと思います。

 ごく直近の例では、昨年(2023年)3月、アメリカのシリコン・バレー・バンク(SVB)が破綻した際には、アメリカ政府はSVBを救済することはしませんでしたが、破綻が明らかになると直ちに「SVBの預金は全額が保護される」と宣言し、銀行システムに対する不安が国民の間に広がらないようにしました。その直後、スイス第二の銀行であるクレディ・スイスの経営不振が問題視されると、スイス最大の銀行のUBSがクレディ・スイスを買収することを発表しましたが、その発表の記者会見には、スイスの大統領とスイス国立銀行(中央銀行)の総裁も同席して、このUBSによるクレディ・スイスの買収がスイス政府の後押しによるスイスという国家を上げての対応だったことを世界にアピールしました。

 「各企業の経営は政府とは独立しており、政府が個々の企業の問題に口出しすることはない」というのが原則の資本主義国家においてすら、経済全体に影響を及ぼす可能性のある企業に問題が生じた時には中央政府は前面に出て対応を図るものなのです。社会主義を標榜する中華人民共和国において、中国恒大という中国経済全体に大きな影響を与える企業に問題が生じたとき、中国政府も中国共産党も「何もしない」「何も言わない」で済むのでしょうか。むしろ今回の中国政府や中国共産党が「何もしない」「何も言わない」のは、実際は「何もできない」ことを意味しているのではないか、という印象を中国内外に与えたのではないかと私は懸念しています。

 タイミングからしておそらく「中国恒大に対する清算命令」が出されたことに対する対応としてなされたのが、中国国内の不動産企業に対する「ホワイトリスト」に基づく融資の実行です。報道によれば、中国政府の住宅都市農村建設部は1月26日に会議を開いて各地方政府に対して融資ができる不動産企業の「ホワイトリスト」を作成して銀行に融資を実施させるよう指示を出し、それに対応して重慶市と広西チワン族自治区の南寧市においてそれぞれの地方政府が作成した「ホワイトリスト」に基づく不動産企業への融資が実行されたとのことです。

 この「ホワイトリスト」に基づく不動産企業に対する融資の実行に関しては、昨年(2023年)11月にブルームバーグが「中国当局がホワイトリストを作成中」と報じた時、私は「融資可能な不動産企業を列記したホワイトリストは中央政府が作成する」ものだと思っていました。なぜなら、通常の融資の場合、どの企業に融資し、どの企業に融資しないかは、銀行が自分でリスクを取って判断するもの(それが銀行の本来の姿だから)ですが、どの企業に融資してよいかを政府が決めるのならば、「貸し倒れ」のリスクは銀行から政府に移ることになり、「貸し倒れ」に対応できる能力を有する「最後の貸し手」である中央銀行(中国の場合は中国人民銀行)を統括することができるのは中央政府しかないからです。しかし、実際は違っていました。「ホワイトリスト」は地方政府が作成することになっているようです。

 ということは、本来は銀行が担うべき「貸し倒れリスク」は、ホワイトリストの作成により地方政府が担うことになります。「ホワイトリスト」に従って融資した先の不動産企業の経営が破綻して融資が焦げ付いた場合、融資した銀行はホワイトリストを作成してこの企業に「融資してよい」と判断したのは地方政府であるから、貸し倒れになった責任は我々銀行ではなく地方政府が取るべきだ、と主張することは火を見るより明らかです。その際、地方政府はどう責任を取るのでしょうか。

 地方政府が作成したホワイトリストに基づいて実行された融資が焦げ付いた場合、中央政府が採るだろうと思われる対応は以下の二つです。

(1)「最後の貸し手」である中国人民銀行が焦げ付いた融資をした銀行を支援する。

(2)「誤った判断に基づいてホワイトリストを作成した」として地方政府の幹部を処罰する。

 仮に中央政府が(1)の対応をするつもりなのだったら、「ホワイトリスト」の作成は地方政府に任せずに中央政府が自ら作成したはずです。「ホワイトリスト」を地方政府に作成させたのは、中央政府は(2)の対応をするつもりだからでしょう。(2)のような対応をできるのは、地方政府の幹部は中国共産党の地方幹部であり、中央政府(中国共産党中央)は地方政府の幹部を処罰する権限を有している、という中国独特の政治システムがあるからできることです。民主主義国家では、地方政府のトップにはその地方の住民が選挙で選んだ人が就任しており、地方政府のトップを処罰する権限は中央政府にはありません。

 今回、「ホワイトリストの作成は地方政府が行うのだ」と報じられて私が認識したのは、不動産企業に対する銀行からの融資が焦げ付いてもそれに対応する責任を中国の中央政府は取るつもりがない、という実態です。つまり、中国恒大集団に代表される中国の不動産企業の危機的状態に関して、中国政府(中国共産党)が「何もしない」「何もしない」のは、「何もできない」からではなく、「何をするつもりもない(責任を取るつもりがない)」からであるわけです。

 私は「さすがにこれはマズい」と思います。政権を取っているはずの中国共産党中央が不動産危機という中国経済にとって最大級の危機に対して「責任を取るつもりがない」と受け取られるような対応をすることは、自ら政権担当を放棄することに等しいからです。

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 融資は、貸し手側が「借り手側が返せなくなるかもしれない」というリスクを承知の上で借り手側に資金を融通する行為です。通常、貸し手側が借り手側から受け取る利子は、いわば「融資している期間、貸し倒れになるかもしれないというリスクを負担することに対する報酬」と考えることができます。近年、資本主義諸国でも、中央銀行が強引に金融市場に介入して金利をゼロ近辺に抑え付けることが多かったので忘れ去られがちになっていますが、「金利はリスクを負担することに対する報酬」という考え方は資本主義経済における最も根本的な考え方です。社会主義を標榜する中国においても、経済が資本主義的原理で回っている以上、この考え方は同じはずです。もし、「中国では銀行は貸し倒れリスクは負わない。それが『中国の特色のある金融文化』なのだ。」というのであれば、貸し倒れリスクは政府が(最終的には中国共産党が)負う、ということでなければなりません。

 今回の「融資できる不動産企業のホワイトリストを地方政府が作成する」というやり方は、融資に関するリスクを誰が負うのか(銀行が負うのか、地方政府が負うのか、中央政府が負うのか)を曖昧にする極めて危険なやり方です。「融資した不動産企業の全て100%が耳を揃えて借りた資金を返す」ことができないかぎり、貸し倒れのリスクは誰かが負わなければなりません。貸し倒れのリスクを最終的に背負えるのは、人民元を無限に印刷する能力を有する中国人民銀行しかありません。上に書いたように、過去の銀行の経営危機の問題でアメリカやスイスの中央政府が出てきたのは、中央政府は中央銀行という「最後の貸し手」を持っているからです。

 今回の「地方政府にホワイトリストを作成させて銀行から不動産企業に融資させる」という政策は、おそらくは貸し倒れリスクを地方政府に押しつけたい中央政府(中国共産党中央)が考えたのだろうと思います。しかし、この政策が実行されていることを考えれば、中国の中央政府(=中国共産党中央)は、資本主義経済システムにおける融資とリスク負担の基本的考え方と中央銀行の「最後の貸し手」としての役割を理解していないことを自ら表明しているのと同じです。最も重要なのは、中国国内と世界の経済主体が私が感じているのと同じように「中国の中央政府(中国共産党)は資本主義経済システムの基本を理解していない」「中国共産党は不動産危機の責任を取るつもりがない」と感じているだろう、ということです。そのように感じる中国国内と世界の経済主体は、そういう中国政府(中国共産党)が統治している中国のリスクを認識し、中国国内でビジネスをやることをやめ、自らの資産・資金を中国から海外に移転しようと考えるだろう、と思います。

 中国共産党が今まで曲がりなりにも1949年以来中華人民共和国を統治してきたのは、「いろいろ難しい問題はあるが、中国共産党ならば何とか対処できるだろう」と皆が思ってきたからです。「どうやら中国共産党は『何とか対処する』やり方も知らないようだし、その意思もないようだ」と皆が思うようになってしまえば、それは中国共産党による統治が終わることを意味します。

 私は、今回の中国恒大に対する清算命令でさらに一歩ステージが進んだ中国の不動産危機は、中国共産党にとって、そのくらい重大な問題であると認識しています。

 

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