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2024年1月13日 (土)

革命の輸出・低賃金の輸出・デフレの輸出

 最近の中国関連のニュースで目を引いたものに「2023年の中国の自動車の輸出台数は491万台だった。『自動車の輸出台数』で中国は日本を抜いて世界一になった」というものがありました。中国経済の世界経済の中に占める比重の大きさには改めて驚かされます。

 このニュースでもうひとつ「びっくり」だったのは、2023年の中国の自動車の輸出台数の491万台は、対前年比で57.9%の増加だった、ということです。輸出台数が伸びるのはいいとして、この増加率は大き過ぎませんかね。コロナ禍からの反動という側面はあるにせよ、世界の自動車の需要がそんなに急に増加するわけではありませんので、このことは、別の見方をすれば、中国の自動車生産能力が中国国内販売台数に比べて非常に大きい(つまり供給能力が余剰である)ことを示しています。

 同時に発表された数字によれば、2023年の中国国内での新車販売台数は3,009万台で、始めて3,000万台の大台を超えた、とのことです。決して中国国内の自動車需要が少ないというわけではないのですから、この中国の自動車輸出台数の急速な伸びは、中国国内の自動車製造能力があまりに大き過ぎることを示しています。

 中国はいまだにタテマエ上「社会主義経済」を標榜していますが、その実態は「計画経済」とは全く言えないものです。中国の過去の経済データを見てわかることは、「何か売れる商品があると、多くの企業が新規参入して同業の企業が雨後の竹の子のように増えるが、すぐに生産能力が過大になり過ぎて、多くの企業が倒産する」ということが繰り返されてきたことです。2010年代に嵐のように急増してすぐにバブルが破裂するように流行が去った「レンタル自転車」などがその典型例です。私は前に中国の農産品の生産量のグラフを見たことがあるのですが、1990年代から、多くの農産品で生産量が大きな波のように増減を繰り返していることがわかりました。少しでも「この商品は儲かる」という話があると、中国ではネコも杓子もその商品を作ろうとするので、あっという間に「生産能力過剰状態」になって、価格が下落し、結局は多くの人がその商品の生産から去って行くのです。

 最近の例では、豚の病気の蔓延で豚肉の生産量が激減して豚肉価格が高騰したことから、政府が音頭をとって豚肉生産施設の増設を図ったところ、今は生産過剰になって豚肉価格が急速に下落しています(中国の消費者物価指数がここのところマイナスが続いていることの背景には、食品価格のうち大きな比重を占める豚肉価格が下落していることが重要な要素として存在しています)。

 「儲かる」と見られた分野に多くの人が殺到して供給過剰状態になり、それが結局はバブル崩壊状態になる、という現象は、不動産業界に端的に表れていますが、中国では数多くの分野で同様の「バブルの形成と崩壊」が繰り返されてきました。政治の世界では、毛沢東時代の「極端な左」の政策がトウ小平時代になって「ほとんど自由経済の状態」にまで急旋回したように、振り子が短時間のうちに急激に両極端に振れてしまう、というのは、中国社会のひとつの特徴かもしれません。

 毛沢東の時代の中国共産党は「国際共産主義運動」を唱えていましたから「世界の人民を大団結させて、各国で革命を起こさせる」ことをひとつの理想としていました。中国共産党自身、ロシア革命の後、「革命の輸出」に熱心だったソ連共産党が中心になって設立されたコミンテルンの働きかけで立党されたという歴史的な経緯があります。ただ、中国の場合、国内での革命体制の確立に重点を置いたため、東欧諸国等に共産主義政権を樹立することに成功したソ連とは異なり、中国による「革命の輸出」は実際にはなされませんでした。中国が「中国の一部である」と自認する香港や台湾にすら革命を及ぼすことができなかったことがそれを端的に示しています。

 毛沢東の時代が終わって、トウ小平氏の「改革開放の時代」になると、中国は「革命の輸出」には関心を示さなくなった一方、西側諸国との関係を改善させて、多くの外資系企業を中国国内に進出させました。中国は中国人民の安い大量の労働力を活用して「労働集約・輸出型製造業」を大いに発展させて、「世界の工場」となりました。欧米や日本の製造業企業の多くが中国に製造拠点を移した結果、世界各国では賃金の上昇が抑制されるようになりました。各国である製品の製造のための賃金が高いならば、その製品の製造は中国に任せればよいからです。この現象については「中国が低賃金を世界に輸出した」と表現されました。

 2020年代に入って世界がコロナ禍から回復する過程で、サプライチェーンの分断や人の移動の制限により、部品や労働力の供給に制限が掛かったことから、世界でインフレが進行しました。2024年になったばかりの現時点では、日本を除く各国では中央銀行による利上げによってこのインフレに対抗しようとしつつあるところです。一方、中国では不動産危機による国内経済の低迷でデフレ基調が強まっています。中国では国内需要が伸びない中、生産能力の過剰感が目立ってきたからです。生産能力があるのに国内で売れないならば、中国企業は輸出に活路を見いだすことになります。インフレに悩む各国の消費者は、中国が安い製品を輸出してくれるなら歓迎するでしょう。2024年は、たぶん中国からの安い製品が大量に各国に輸出され、それが結果的に欧米や日本で進むインフレを中和することになるかもしれません。これが現在進行中の「中国によるデフレの輸出」です。

 アメリカを中心にして、ハイテク分野については、中国とのデカップリングが進んでいますが、安全保障にクリティカルに関係するわけではない分野においては、世界経済と中国との「デカップリング」は事実上無理です。一般家電やEV(高レベルの自動運転などの機能が付いたものは除く)など汎用技術を応用した製品においては、「中国からの輸出による各国インフレの中和」(別の言い方をすれば「中国からのデフレの輸出」)は2024年の世界経済を記述する上での重要なキーワードになると思います。

 問題は、「中国からのデフレの輸出」が「世界各国のインフレの中和」で終わるのか「世界各国をデフレに引っ張り込む」ところまで行くのかどうか、です。インフレに対抗するために歴史的にも非常に高い水準に金利を引き上げている各国(日本を除く)の中央銀行にとっては、これからが「金利の手綱さばき」の腕の見せ所になると思います。

 毛沢東時代の「中国による革命の輸出」は、理念としてはあったとしても実際は行われなかったので(「輸出」どころか香港や台湾にすら「革命」は及ばなかったので)、世界では何も問題は起きませんでした。

 トウ小平時代以降の「中国による低賃金の輸出」は、世界各国に「経済は成長するけれどもインフレは起きない」という安定した経済状況をもたらしました。一方で、各国の内部において、経済成長の恩恵を受ける一部の層と賃金が増えないために経済成長の恩恵から取り残される層とが二つに分断されるという「国内における分断」が定着しました。その分断状態に不満を持つ取り残された側の国民がもたらしたのがイギリスのEU離脱でありアメリカにおけるトランプ現象だと言えると思います。

 2024年年初の段階で明確になりつつある「中国によるデフレの輸出」が世界に何をもたらすかは、まだよくはわかりません。「中国によるデフレの輸出」を遮断するためには、中国との経済関係を絶つことが必要ですが、それは現実にはどの国にもできないでしょう。

 少なくとも言えることは、毛沢東時代から世界も中国も大きく状況が変化しているのに、習近平氏が毛沢東時代の「革命の輸出」の理念を引っ張り出してきて、中国共産党による台湾への影響力拡大をもくろむ可能性が非常に懸念されている、ということです。今日(2023年1月13日)行われた台湾での総統選挙の結果を受けて、習近平氏が時代錯誤の「革命の輸出」の論理を力尽くで押し出して来ないかどうか、世界が注目しています。

 「習近平氏が考える中国共産党による台湾の統一」は、一見して毛沢東時代の「革命の輸出」のように見えるものの、その実態は強大になった中国の王朝が周辺へその影響力を拡大してきた「中華帝国の拡大」にほかなりません。それを考えれば、「習近平氏は毛沢東時代に先祖返りした」という表現は適切ではなく、「習近平氏は、清の乾隆帝、明の永楽帝、さらに言えば前漢の武帝にまで時代を遡る『先祖返り』をしようとしている」と表現した方が適切なのかもしれません。

 「中国によるデフレの輸出」にどのように対処するか、「中国による革命の輸出」をいかにしてさせないようにするか、が世界と中国との関係における2024年のキーワードになると思います。

 

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