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2024年1月

2024年1月27日 (土)

具体的な経済対応策が見えない習近平政権

 先週(2024年1月20日)のこのブログで、「人民日報」が連日「金融」に関する評論を掲載していることを書きました。先週このブログを書いた後も、「人民日報」では下記のような「金融」に関する評論文が連日掲載されました。

☆1月21日付け「人民日報」1面右側「金融の高レベルの対外開放を推進しよう~習近平総書記の省部クラス幹部研究会における重要講話の学習貫徹を論ずる~」

☆1月21日付け「人民日報」1面右側の二番目「新時代の金融政策の新しい局面を絶え間なく切り開こう~省部クラス幹部に対する金融の質の高い発展に関する研究会に学んだ人たちは習近平総書記の重要講話を深く学習した~」

☆1月22日付け「人民日報」1面右側「中国の特色のある金融文化を積極的に育成しよう~習近平総書記の省部クラス幹部研究会における重要講話の学習貫徹を論ずる~」

☆1月22日付け「人民日報」1面右側二番目「強国の建設と民族の復興という偉業のためにさらに金融の力量を貢献させよう~省部クラス幹部に対する金融の質の高い発展に関する研究会に学んだ人たちは習近平総書記の重要講話の共通認識を集め、力量を集約させた~」

☆1月22日付け「人民日報」1面右側三番目「金融政策の機能をいかに活用し、その効能を向上させるか(政策問答:2024年の中国経済をどのように進めていくのか)

☆1月23日付け「人民日報」1面右側「自信を固いものにし、このやり方を使っていけば、歩めば歩むほど道は広くなる(習近平総書記の省部クラス幹部研究会開会式での講話を細かく観察する)

☆1月23日付け「人民日報」1面右側二番目「新しい時代の金融の答案を書き写す~省部クラス幹部に対する金融の質の高い発展に関する研究会傍聴記~」

☆1月23日付け「人民日報」2面「金融の高い品質の発展の新しい章を書き起こす~習近平総書記の省部クラス幹部研究会開会式における重要講話は確信を強化し方向性を明確にした~」

☆1月24日付け「人民日報」1面下「金融の品質の高い発展をもって強国建設と民族の復興という偉業の助けとしよう」

☆1月25日付け「人民日報」6面「中国人民銀行が示した~経済運行のために良好な貨幣金融環境を創造する(権威発布)」

☆1月27日付け「人民日報」1面トップ「マクロ政策が質の高い発展のための有力な支えとなる」

 これだけ連日の「金融政策は重要だキャンペーン」が何のために行われたのか私にはよくわかりません。「人民日報」で様々な論評が数多く掲載されるのは結構なことですが、この一週間、伝えられた具体的な金融に関する政策は以下の通りです。

○1月24日、中国人民銀行は預金準備率を0.5%引き下げて2月5日から適用すると発表した。同時に地方と小規模企業向け再貸出金利と再割引金利を1月25日から0.25ポイント引き下げることも発表した。

 これとは別に、1月23日、ブルームバーグが低迷する中国の株式市場の救済策として、国有企業が本土外に持つ口座にある2兆元(約40兆円)を原資として株価の安定化基金を設置することを検討していると報じました。これらを受けて、この一週間、上海と香港の株価は急速に持ち直しました。

 こういった動きについて、世界の経済関係者はどう見ているのかなぁ、と私は感じています。

 私の感想は「連日、『人民日報』で大々的な金融に対するキャンペーンをやっているのに対し、具体的に出てきた政策は『預金準備率の引き下げ』という『いつもと同じ対策』だった(0.5%の引き下げ幅は『いつも』よりは大幅だったようですが)」「国有企業の資金を使って株価を下支えするというのは、露骨なPKO(Price Keeping Operation)であり、株価下落に対して何の根本対策にもなっていない」「こんなやり方では『中国政府は経済低迷に対して効果的な手段を打つつもりはありません』と内外に向けて宣伝しているようなものだ」というものです。

 もうすぐ春節(今年の旧暦元旦は2月10日)ですので、おそらくはこのまま春節の大型連休に突入していくのでしょう。1月29日(月)に行われる予定の香港の裁判所における恒大集団の清算審理がどのような結論を出すのか、それが中国経済にどのようなインパクトを与えるのかは私にはわかりません。ただ、上に書いた一連の動きを見ていると、これからも「人民日報等で『金融政策は大事だ』というキャンペーンが大々的に展開されたとしても、効果的な大きな具体策は出てこないだろう」ということが想像されます。経済の低迷に対して中国政府は具体的な対応策を出さないだろう、という見通しそのものが中国経済に対する不安を増長させるのではないか、と私は心配しています。

 もしかすると、これから金融に関する大物が反腐敗闘争の一環として摘発される、といった事態が起こるのかもしれませんが、そういった話は、政治的には意味があるのかもしれませんが、低迷する中国経済をプラスに持って行く、という観点では何の効果もありません。「習近平氏はそもそも低迷する中国経済を何とか上向かせようという意思があるのか」という根本的な部分に疑問を持つ人が中国の内外で増えて行くのではないかと私は考えています。

 最近、中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」では「3820戦略」に関するシリーズ報道をやりました。習近平氏が福建省福州市の党書記だった1990年代前半、習近平氏が「3年後、8年後、20年後を見据えて戦略を立てよ」と指導して、その結果福州市は発展した、という「報道」で、習近平氏の若い頃の功績を讃えるものでした。私は1980年代から断続的に「新聞聯播」を見ていますが、こういう「個人崇拝」を宣伝するような報道の仕方は習近平氏より前にはなかったことです(そもそも毛沢東時代の反省の上に立ってトウ小平氏は個人崇拝の傾向を強く否定していた)。

 「中国中央電視台では習近平氏に対する個人崇拝を煽るテレビニュースが流れ」「人民日報には空虚な(中身のない)金融に関する論文が大量に掲載され」「経済低迷に対する具体的で効果的な政策は全く出てこない」という三点セットを見せつけられると、ハッキリ言って私は「中国はこれで大丈夫だろうか」と感じてしまいます。「中国の人たちはどう感じているのかなぁ」というのが、現在のところ私が最も心配しているホンネです。

 

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2024年1月20日 (土)

ここへ来て中国で金融に関する動きが活発化

 先週土曜日(2024年1月13日)に行われた台湾での総統選挙で民進党の頼清徳氏が当選したことについて、中国がどのようなリアクションを示すのか世界が注目していましたが、私の感覚では「中国の反応は意外と抑制的だった」と感じます。総統選挙の翌日の1月14日付けの「人民日報」では、「民進党は台湾の民意を代表してない」「この選挙によって両岸関係(大陸と台湾の関係)が変わることはない」とコメントしています。「民進党は台湾の民意を代表してない」の部分は、総統選挙では三人の候補者に票が割れ頼清徳氏は40%の得票しか得られなかったことと、立法院(台湾の国会に相当)の選挙では民進党は議席を減らして過半数を維持できなかったことを背景にしていると思われます。ただ、このコメントは、中国共産党も「台湾で行われた選挙は正当に行われ、選挙結果は台湾の民意を反映しているものだ」と自ら認めたことになります。このことに関しては、今日(1月20日(土))付けの産経新聞9面のコラム「風を読む」で同紙論説員の榊原智氏が「独裁中国の滑稽な総統選批判」と題して皮肉っています。

 この一週間、私は「台湾総統選挙に対する中国の反応が意外に抑制的だった」と感じた一方で、中国では金融に関するニュースがやたらに多かったなぁ、と感じました。この一週間の中国における金融に関するニュースは以下の二つです。

○国務院が「中国人民銀行金融政策委員会条例」を改正して、中国人民銀行の業務のやり方及び金融政策決定会合に関する規定を変えた(2024年1月13日決定。新華社がこの決定を伝えたのは1月18日。)

(注)中国語では「中国人民銀行貨幣政策委員会条例」ですが、日本銀行の例や他国の中央銀行の同様な会議に対して使っている日本のマスコミ用語を参考にすれば、日本語にすれば「金融政策委員会」と訳すのが適切だと思います。

○1月16日~1月19日に中央党校において省や部クラスの幹部に対する「金融の質の高い発展に関する研究会」が開かれ、16日の開講式には、ダボス会議のために海外出張中の李強総理を除く中国共産党政治局常務委員全員と国家副主席の韓正氏が出席し、習近平氏が重要講話を行った。

(注)いつものことですが、こういう金融に関する重要な会議をどうして李強総理が海外出張で出席できないタイミングで開催するのかなぁ、と疑問に思います。まるで、意図的に重要な経済・金融政策に関して「李強はずし」をしているように見えます。

 これらに関連して、ここ数日、「人民日報」は金融に関する論評を連日掲載しています。下記に列記します。

☆1月19日付け「人民日報」1面右側(一面トップに次ぐ重要性を示す場所)「金融の品質の高い発展を推進して、金融強国を建設しよう~習近平総書記の省部クラス幹部研究会における重要講話の学習貫徹を論ずる~」

☆1月20日付け「人民日報」1面右側「金融リスクの発生防止と解消に力を入れよう~習近平総書記の省部クラス幹部研究会における重要講話の学習貫徹を論ずる~」

☆1月20日付け「人民日報」1面右側の二番目「中国の特色のある金融の発展の道を迷うことなく確実に進めよう~省部クラス幹部に対する金融の質の高い発展に関する研究会に学んだ人たちは習近平総書記の重要講話を深く学習した~」

 これらの論評では、具体的な政策手段についての言及はなく、「中国の特色のある金融の発展」といった「わかったようなわからないような」用語を並べているだけなので、あんまり論ずる意味はないと思いますが、「金融リスクの発生防止と解消に力を入れる」ことに繰り返し言及しているところを見ると、不動産危機を受けて、中国国内で金融危機のリスクが現実問題として高まっていることを想像させます。

 上に書いた1月13日に決定され1月18日に公表された「中国人民銀行金融政策委員会条例」の改正については、今日(1月20日(土))付けの産経新聞が5面で「習政権、金融統制を強化 党指導徹底 中銀の存在感低下」という見出しで報じています。

 今回の「中国人民銀行金融政策委員会条例」の改正のポイントは以下の通りです。

・金融政策委員会の業務においては、中国共産党による指導を堅持し、健全な現代的な金融政策の枠組みを推進し、重要事項に関しては党中央と国務院に報告する。

・金融政策委員会のメンバーは以下の通りとする
「中国人民銀行総裁」「国務院副秘書長(一人)」「国家発展改革委員会副主任(一人)」「財政部副部長(一人)」「中国人民銀行副総裁(二人)」「国家金融監督管理委員会主席」「中国証券監督管理委員会主席」「国家統計局局長」「国家外国為替管理局局長」「中国銀行協会会長」「専門家委員(三人)」(金融策委員会を構成する機関と人員の調整は国務院が決定する)。

・金融政策委員会は定例会制度とし、三ヶ月に一度開催する。ただし、金融政策委員会の主席または1/3以上の委員の要求により臨時会議を開催することができる。

・中国人民銀行は、金融政策委員会の定例会が開催された後、様々な方法を用いて市場における将来予想と市場への情報提供を強化する。

 最後の「金融政策委員会を定例開催する」「定例会の後、中国人民銀行は市場への情報提供を強化する」という部分については、日米欧などの中央銀行の金融政策決定会合と同じようにやる、という意味ですので、これは評価してよいと思います。しかし、(今日付の産経新聞の記事でも指摘しているのですが)「中国人民銀行は中国共産党の指導を受け、重要事項は党中央と国務院に報告する」という部分と金融政策委員会のメンバーを見れば、先進国で担保されている「中央銀行の政府からの独立性」が中国人民銀行の場合は全くないことがわかります。

 このブログで過去に何回も書いたことがありますが、中国人民銀行の総裁は、1993年からは朱鎔基氏だったし、その後、周小川氏のように西側でも一定の評価を得て信頼もされていたエコノミストが歴任していたので、制度上「中国共産党からの独立」は明記されていなかったとしても、金融政策は独立した立場で判断されてきました。私が北京に駐在していた2007年の10月頃をピークとして、北京オリンピックを前にして膨張していた株と不動産がバブル状態からやや「バブル破裂」のような様相を示した時、多くの中国の経済関係者は金融緩和を期待したのですが、時の中国人民銀行総裁の周小川氏は、あえて金融緩和を行わず「小さなバブルは潰す」という判断をしたのでした。その頃、ネット上等では「周小川総裁を更迭させるべきだ」といった動きがある、といったウワサすらありました。

 日米欧で中央銀行の政府からの独立性が規定されているのは、中央銀行が「増税をせずに財政支出を増やしたい」という誘惑に駆られがちな政府の言いなりになると、過度な金融緩和や国債の中央銀行による買い取り(財政ファイナンス)などを行うことにより、ハイパーインフレ等の破局的な金融情勢の混乱を招くことを各国とも過去の経験からよく知っているからです。世界各国におけるそうした経験を無視して、習近平氏が「中国の特色のある金融政策」と称して、中国人民銀行を中国共産党の「言いなり」の機関にしようとしているのは、ある意味では非常に「危険な賭」に出ていると言えます。

 この一週間「台湾問題よりも金融政策の方が目立った」という点については、上にも触れましたが、不動産危機に起因する中国内部における金融危機の萌芽が私たちが知っているよりももっとずっと深刻に進展していることの表れかもしれません。かねてより経営不振が伝えられていた中国の資産運用大手の中植企業集団が2024年1月5日、北京の裁判所に破産申請をしました。「政府が救済するのではないか」とも見られていたのですが、結局中国政府は何もしませんでした。

 中植企業集団はいわゆる「シャドーバンク」のひとつですが、このことに関連して、1月19日(金)に放送された日経CNBC「朝エクスプレス」の中の「2024年のチャイナ・リスク」と題する「ゲストトーク」のコーナーで東京財団政策研究所の柯隆氏は「大手不動産企業がデフォルト(債務不履行)を起こした昨年(2023年)までが金融危機の第一ステージとすれば、(シャドーバンクが破綻した)現在は第二ステージにある。来年(2025年)になればこれが中小の銀行にまで波及する第三ステージに進展する可能性がある」「1990年代の日本の平成バブル崩壊後の経過を見てもわかるように、金融危機はそれくらいの長い時間経過を経て進展するものだ」と解説していました。もしかすると、この一週間の金融に関する様々な動きを見ていると、中国共産党内部にも、柯隆氏と同じような「金融危機に対する危機感」が共有されているのかもしれません。

 もしかすると、現在の中国は「経済の低迷や金融危機に対する対処で目一杯であり、台湾を武力侵攻するような余裕はとてもない」というのが現状なのかもしれません。習近平氏が2024年「新年賀詞」において、台湾問題について「祖国統一は歴史的必然だ」と述べたことに関して、「必ず私がやる」と言っていないことを捉えて「むしろトーンは低くなった」と見る専門家もいるようです。

 中国共産党が現在の不動産危機に起因する金融危機に本気で対応しようとしているのは評価すべきなのですが、「中国人民銀行を中国共産党の『言いなり』にして適切な金融政策が採れるのか」「経済・金融政策の要となるべき李強総理をはずして重要会議を開いたしりて大丈夫なのか」という感じもします。やはりポイントは、習近平氏自身が「不動産危機を金融危機に発展させない」という危機感を持って対応する意思があるのか、という点に尽きると思います。

 今、日本経済新聞朝刊の最終面の「私の履歴書」では、元財務省事務次官の武藤敏郎氏が執筆していますが、武藤氏の文章を読んで改めて感じるのは、1990年代の平成バブル崩壊後の日本社会の混乱は相当なものだったということです。民間では、数多くあった多くの銀行が現在の三メガバンクに集約されたり、政府機関では金融庁が大蔵省から独立し、霞が関の各省庁の大きな再編があった(大蔵省は財務省となった)ほか、1990年代には非自民連立政権による政権交代があるなど、日本の社会は大きく変わりました。2003年にあったりそな銀行への公的資金注入や足利銀行の一時国有化なども含めれば、日本の平成バブル崩壊への対応はそれこそ十数年以上の時間が掛かったと言えます。今年(2024)に入ってから日本の株価が「バブル崩壊後の最高値を更新」と浮かれた報道も多いのですが、この機会に日本が平成バブル崩壊後に辿った経緯をもういちど振り返って、中国においてこれから何が起こるかを考えることも重要だと思います。

 上に書いた東京財団政策研究所の柯隆氏は、おそらく「日本の平成バブルでは1989年末が株価のピークで、1990年には株価が下がりはじめ、1991年に入ると地価が下がり始めた」という事実を踏まえて、現在の中国は平成バブル期の日本の1991年頃のステージにある、と考えているのだろうと思います。日本で非自民連立政権の細川内閣が成立したのが1993年、霞が関の省庁の大幅改編があったのが2000年、現在の三メガバンクが成立するのは2001~2006年ですから、中国における「不動産バブル崩壊対応」も同じ程度の(あるいはそれ以上の)時間が掛かるかもしれません。問題は、中国共産党体制が日本のような政権交代を許さないシステムだ、ということです。中国の現在のシステム(=習近平氏が総書記をやっている中国共産党体制)は、平成バブル崩壊後の日本に比べて圧倒的に硬直的ですので、危機的状態に対して迅速に対応できるかどうか、私たちは今一度日本の平成バブル崩壊後の歩みを振り返りながら、注目していく必要があると思います。

 

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2024年1月13日 (土)

革命の輸出・低賃金の輸出・デフレの輸出

 最近の中国関連のニュースで目を引いたものに「2023年の中国の自動車の輸出台数は491万台だった。『自動車の輸出台数』で中国は日本を抜いて世界一になった」というものがありました。中国経済の世界経済の中に占める比重の大きさには改めて驚かされます。

 このニュースでもうひとつ「びっくり」だったのは、2023年の中国の自動車の輸出台数の491万台は、対前年比で57.9%の増加だった、ということです。輸出台数が伸びるのはいいとして、この増加率は大き過ぎませんかね。コロナ禍からの反動という側面はあるにせよ、世界の自動車の需要がそんなに急に増加するわけではありませんので、このことは、別の見方をすれば、中国の自動車生産能力が中国国内販売台数に比べて非常に大きい(つまり供給能力が余剰である)ことを示しています。

 同時に発表された数字によれば、2023年の中国国内での新車販売台数は3,009万台で、始めて3,000万台の大台を超えた、とのことです。決して中国国内の自動車需要が少ないというわけではないのですから、この中国の自動車輸出台数の急速な伸びは、中国国内の自動車製造能力があまりに大き過ぎることを示しています。

 中国はいまだにタテマエ上「社会主義経済」を標榜していますが、その実態は「計画経済」とは全く言えないものです。中国の過去の経済データを見てわかることは、「何か売れる商品があると、多くの企業が新規参入して同業の企業が雨後の竹の子のように増えるが、すぐに生産能力が過大になり過ぎて、多くの企業が倒産する」ということが繰り返されてきたことです。2010年代に嵐のように急増してすぐにバブルが破裂するように流行が去った「レンタル自転車」などがその典型例です。私は前に中国の農産品の生産量のグラフを見たことがあるのですが、1990年代から、多くの農産品で生産量が大きな波のように増減を繰り返していることがわかりました。少しでも「この商品は儲かる」という話があると、中国ではネコも杓子もその商品を作ろうとするので、あっという間に「生産能力過剰状態」になって、価格が下落し、結局は多くの人がその商品の生産から去って行くのです。

 最近の例では、豚の病気の蔓延で豚肉の生産量が激減して豚肉価格が高騰したことから、政府が音頭をとって豚肉生産施設の増設を図ったところ、今は生産過剰になって豚肉価格が急速に下落しています(中国の消費者物価指数がここのところマイナスが続いていることの背景には、食品価格のうち大きな比重を占める豚肉価格が下落していることが重要な要素として存在しています)。

 「儲かる」と見られた分野に多くの人が殺到して供給過剰状態になり、それが結局はバブル崩壊状態になる、という現象は、不動産業界に端的に表れていますが、中国では数多くの分野で同様の「バブルの形成と崩壊」が繰り返されてきました。政治の世界では、毛沢東時代の「極端な左」の政策がトウ小平時代になって「ほとんど自由経済の状態」にまで急旋回したように、振り子が短時間のうちに急激に両極端に振れてしまう、というのは、中国社会のひとつの特徴かもしれません。

 毛沢東の時代の中国共産党は「国際共産主義運動」を唱えていましたから「世界の人民を大団結させて、各国で革命を起こさせる」ことをひとつの理想としていました。中国共産党自身、ロシア革命の後、「革命の輸出」に熱心だったソ連共産党が中心になって設立されたコミンテルンの働きかけで立党されたという歴史的な経緯があります。ただ、中国の場合、国内での革命体制の確立に重点を置いたため、東欧諸国等に共産主義政権を樹立することに成功したソ連とは異なり、中国による「革命の輸出」は実際にはなされませんでした。中国が「中国の一部である」と自認する香港や台湾にすら革命を及ぼすことができなかったことがそれを端的に示しています。

 毛沢東の時代が終わって、トウ小平氏の「改革開放の時代」になると、中国は「革命の輸出」には関心を示さなくなった一方、西側諸国との関係を改善させて、多くの外資系企業を中国国内に進出させました。中国は中国人民の安い大量の労働力を活用して「労働集約・輸出型製造業」を大いに発展させて、「世界の工場」となりました。欧米や日本の製造業企業の多くが中国に製造拠点を移した結果、世界各国では賃金の上昇が抑制されるようになりました。各国である製品の製造のための賃金が高いならば、その製品の製造は中国に任せればよいからです。この現象については「中国が低賃金を世界に輸出した」と表現されました。

 2020年代に入って世界がコロナ禍から回復する過程で、サプライチェーンの分断や人の移動の制限により、部品や労働力の供給に制限が掛かったことから、世界でインフレが進行しました。2024年になったばかりの現時点では、日本を除く各国では中央銀行による利上げによってこのインフレに対抗しようとしつつあるところです。一方、中国では不動産危機による国内経済の低迷でデフレ基調が強まっています。中国では国内需要が伸びない中、生産能力の過剰感が目立ってきたからです。生産能力があるのに国内で売れないならば、中国企業は輸出に活路を見いだすことになります。インフレに悩む各国の消費者は、中国が安い製品を輸出してくれるなら歓迎するでしょう。2024年は、たぶん中国からの安い製品が大量に各国に輸出され、それが結果的に欧米や日本で進むインフレを中和することになるかもしれません。これが現在進行中の「中国によるデフレの輸出」です。

 アメリカを中心にして、ハイテク分野については、中国とのデカップリングが進んでいますが、安全保障にクリティカルに関係するわけではない分野においては、世界経済と中国との「デカップリング」は事実上無理です。一般家電やEV(高レベルの自動運転などの機能が付いたものは除く)など汎用技術を応用した製品においては、「中国からの輸出による各国インフレの中和」(別の言い方をすれば「中国からのデフレの輸出」)は2024年の世界経済を記述する上での重要なキーワードになると思います。

 問題は、「中国からのデフレの輸出」が「世界各国のインフレの中和」で終わるのか「世界各国をデフレに引っ張り込む」ところまで行くのかどうか、です。インフレに対抗するために歴史的にも非常に高い水準に金利を引き上げている各国(日本を除く)の中央銀行にとっては、これからが「金利の手綱さばき」の腕の見せ所になると思います。

 毛沢東時代の「中国による革命の輸出」は、理念としてはあったとしても実際は行われなかったので(「輸出」どころか香港や台湾にすら「革命」は及ばなかったので)、世界では何も問題は起きませんでした。

 トウ小平時代以降の「中国による低賃金の輸出」は、世界各国に「経済は成長するけれどもインフレは起きない」という安定した経済状況をもたらしました。一方で、各国の内部において、経済成長の恩恵を受ける一部の層と賃金が増えないために経済成長の恩恵から取り残される層とが二つに分断されるという「国内における分断」が定着しました。その分断状態に不満を持つ取り残された側の国民がもたらしたのがイギリスのEU離脱でありアメリカにおけるトランプ現象だと言えると思います。

 2024年年初の段階で明確になりつつある「中国によるデフレの輸出」が世界に何をもたらすかは、まだよくはわかりません。「中国によるデフレの輸出」を遮断するためには、中国との経済関係を絶つことが必要ですが、それは現実にはどの国にもできないでしょう。

 少なくとも言えることは、毛沢東時代から世界も中国も大きく状況が変化しているのに、習近平氏が毛沢東時代の「革命の輸出」の理念を引っ張り出してきて、中国共産党による台湾への影響力拡大をもくろむ可能性が非常に懸念されている、ということです。今日(2023年1月13日)行われた台湾での総統選挙の結果を受けて、習近平氏が時代錯誤の「革命の輸出」の論理を力尽くで押し出して来ないかどうか、世界が注目しています。

 「習近平氏が考える中国共産党による台湾の統一」は、一見して毛沢東時代の「革命の輸出」のように見えるものの、その実態は強大になった中国の王朝が周辺へその影響力を拡大してきた「中華帝国の拡大」にほかなりません。それを考えれば、「習近平氏は毛沢東時代に先祖返りした」という表現は適切ではなく、「習近平氏は、清の乾隆帝、明の永楽帝、さらに言えば前漢の武帝にまで時代を遡る『先祖返り』をしようとしている」と表現した方が適切なのかもしれません。

 「中国によるデフレの輸出」にどのように対処するか、「中国による革命の輸出」をいかにしてさせないようにするか、が世界と中国との関係における2024年のキーワードになると思います。

 

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2024年1月 6日 (土)

習近平氏の「皇帝気分」に中国の人々は耐えられるか

 昨年の大晦日(2023年12月31日)の晩、習近平氏は毎年恒例の「新年賀詞」を発表しました。今年の「新年賀詞」で私が着目したのは、現在の中国経済の困難な状況に関して語った以下の部分です。

「前途に『風あり雨あり』というのが常である。一部の企業は経営圧力に直面しており、一部の大衆は就業と生活の面で困難に直面している。一部の地方では、洪水や台風・地震等の自然災害が発生している。これらについて、私は全て気に掛け心に留めている。皆さんは、風雨を恐れず、希望を持って相互に助け合い、困難を克服するための戦いに挑んでおり、私は深く感動した。つらい労働に携わる農民、苦しい仕事に没頭する労働者、果敢に困難と立ち向かう創業者、我が国の防衛に従事する兵士たち、それぞれの分野で、それぞれの仕事で、人々は皆、汗水を流している。一人一人の平凡な人たちが、皆それぞれが、非凡な貢献を作り出しているのである! 人民こそが永遠に我々が一切の困難に対する挑戦に勝利するために最も大きく依存しているものなのである。」

 上記の様々な現在の中国の困難を列記した後の「私は全て気に掛け心に留めている」の中国語の原文は「我都牽挂在心」です。中国語の原文のニュアンスを理解するのは本当は難しいのでしょうが、この部分、私は以下のようにイメージしました。私の感覚で、勝手に( )付きで私のイメージを付け加えました。

「(中国経済は現在困難な状態に直面しているが)困難に直面することはいつの時代でもある話である。経済的困難や自然災害について、私は全部気に掛け心に留めている(無視はしていない)。農民、労働者、起業家、兵士の皆さんは、皆それぞれ一生懸命頑張っている。そういう頑張っている皆さんこそが、我が国の発展のために最も頼りにしているものなのだ。」

 これは「現在中国は困難に直面しているが、中国人民皆さんのガンバリこそが最も重要なのだ」と中国人民を鼓舞しているようにも聞こえるのですが、一方で「人民の皆さんは頑張ってね。私は皆さんの努力を心に掛けていますからね。」と言っているようにも聞こえ、「自分がこの困難に何とか対処する」という習近平氏の意気込みが全く感じられないなぁ、と私は思いました。私にはここの部分の表現ぶりは、習近平氏が「国を引っ張って行くリーダーとしての政治家」ではなく「権威ある(しかし具体的な政策の執行は自分ではやらない)皇帝陛下のお言葉」のように聞こえました。

 私がイメージする「偉大な政治家」「一国のリーダー」は、「私はこの国を発展させるために先頭に立って尽力する決意だ。だから、国民の皆さんも一人一人がそれぞれの立場で最大限の力を発揮して欲しい。」と訴えかけるだろうと思います。

 有名なアメリカのケネディ大統領の就任演説(1961年)の有名な一節には以下のような部分があります。

「米国民の同胞の皆さん、あなたの国があなたのために何ができるかを問わないでほしい。 あなたがあなたの国のために何ができるかを問うてほしい。」(在日アメリカ大使館「アメリカンセンターJapan」のホームページより)

 習近平氏はもしかすると、これと同じようなことを中国の人々に言いたかったのかもしれません。しかしそれならば、習近平氏は、「この国の将来をどちらの方向に持って行くのかは、中国人民の皆さんの判断に掛かっているのです!」というフレーズを続けなければなりません。今の中国では「これから中国が歩んでいく方向は中国共産党が(ということは習近平氏が)決めるのであって、中国人民の皆さんが決めるわけではない」というのが実情ですから、習近平氏がケネディ大統領と同じ文脈で中国の人々に呼びかけることはあり得ないことです。

 私は、これまで、皇帝のように振る舞う習近平氏の言動をニュースで見るにつけ「中国共産党の宣伝部門が習近平氏を『皇帝のように権威のある者』に見せようとしているのだろうなぁ」と思っていました。しかし、上に紹介した「2024年新年賀詞」を聞いたら、私は習近平氏自身が本気で「皇帝気分」に浸っていることがわかりました。「新年賀詞」の文章は、スピーチライターが下書きを書いたのだとしても、習近平氏自身がじっくり読んで、自分の気に入るように筆を加えているはずですから、「新年賀詞」の表現は習近平氏自身の「ホンネ」だと言って差し支えないからです。

 私自身は、日本やアメリカなどの民主主義国家の政治家の演説を聞き慣れているので、それとは異なる習近平氏の「2024年新年賀詞」を聞いて、「習近平氏自身は完全に『皇帝気分』になっているなぁ」と感じました。中国語ネイティブで中国共産党幹部の演説に慣れている中国の人々が同じように受け取ったかどうかはわかりませんが、少なくとも私は毛沢東やトウ小平や江沢民氏や胡錦濤氏の演説を聴いていて、これらの過去の中国の指導者たちが「皇帝気分になっているなぁ」と感じたことは一度もありません。毛沢東のことを「皇帝のようだった」と言う人もいますが、毛沢東は全てを自分で判断し、自分が実際に行動を起こして中国を動かしてきましたから、具体的な政策について「何も言わない」「何もしない」習近平氏とは全く違います。

 私は、習近平氏の「皇帝気分」のような発言に関して、中国の一般の人々のみならず中国共産党内部にも違和感を持つ人が多いのではないか、と想像しています。

 一昨日(2023年1月4日(木))の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」と昨日(1月5日(金))の「人民日報」はトップニュースとして、1月4日に開催された中国共産党政治局常務委員会が全人代常務委員会、国務院、全国政治協商会議、最高人民法院、最高人民検察院の中国共産党組織から活動報告を受け、中国共産党中央書記処から活動報告を聴取したことを報じていました。これらの組織からの活動報告聴取は、第18回党大会(習近平氏が総書記になった党大会)以来、原則として年初に行われる恒例行事ですが、これらの活動報告では「習近平の新時代の中国の特色のある社会主義思想を指導理念とし、党中央の権威と統一的な指導を堅持している」かどうかが報告されます。つまり、言葉を換えれば、この会議での報告は中国の立法と行政と司法のトップ機関が習近平氏に忠誠を誓って活動してきたかを報告するものであると言えます。こういうある意味では「内輪の会議」をトップニュースとして報じているのは、中国の全人民に「中国の立法と行政と司法のトップ組織は習近平氏に忠誠を誓って活動しているのだぞ」と声高に示す意図があるためだと言えます。逆に言えば、そういうことを声高に宣伝しないと、「中国の立法や行政や司法の中には習近平氏に忠誠を誓わない人がいるかもしれない」という疑いを多くの人が持ってしまうからだろうと私は考えています。

 私は三年前の年初にこのブログに以下のように書きました(このブログの2021年1月2付け記事「人民共和国が中国共産党帝国になった日」参照)。

「(前略)実態に合わせて国名を表現すれば、現在の中国は『中国共産党帝国』と呼ぶことが適切だ、と言えます。」

 今、習近平氏自身が「皇帝気分」になっており、中国共産党内部が習近平氏への忠誠を誓うことが求められる(忠誠を誓わない者は排除される)のであれば、上記の言葉は、もっとハッキリ言えば「現在の中国は『習近平帝国』と呼ぶことが適切だ、と言えます。」ということになるのでしょう。

 太平洋の反対側の国では「現在のアメリカの共和党は『トランプ党』と呼ぶことが適切だ、と言えます」という状態なので、「どっちもどっち」だとは思うのですが、アメリカではアメリカ国民が選挙で「『トランプ党』はイヤだ」と判断すれば、アメリカは「トランプ帝国」にはなりません。人々が決めることができない中国においては、中国人民の多くが「習近平帝国はイヤだ」と考えた時には何が起こるのか、が問題になります。

 中国経済が順調であれば、中国が習近平氏が「皇帝気分」に浸っていたとしても中国の人々は多分我慢するでしょう。しかし、仮に中国経済が現在よりも悪化していくようであれば、中国の人々は習近平氏の「皇帝気分」にいつまでも耐えていることができるのでしょうか。

 「2024年新年賀詞」を聞いて、私は習近平氏自身は、自分の「皇帝気分」に中国の人々が耐えられなくなるかもしれないという危機感を現時点では全く持っていない、と感じました。ひとつのポイントは、中国共産党内部にそうした危機感を感じる人が増え、何らかの形で習近平氏の「皇帝気分」を修正する動きを中国共産党内部でできるか、という点だと思います。

 毛沢東が亡くなった1976年頃には、中国人民の間には「文革路線」に対する不満が高まっていました。その不満が噴出したのが1976年4月の「四五天安門事件」(第一次天安門事件)でした。中国共産党は毛沢東が亡くなった直後の1976年10月に「文革派」と呼ばれたいわゆる「四人組」を逮捕し、その後、トウ小平氏を復活させて1978年末に「改革開放路線」に方向転換しました。中国共産党は人々が不満を持っている危機感を察知して、党自身が路線を変更したのです。中国共産党が今後も長期にわたり政権を維持していくためには、1970年代後半に持っていたこのような危機察知能力と自己修正能力を現在も持っているかどうかがカギとなります。経済が悪化し、中国の人々の不満が高まるであろう2024年は、そうした中国共産党の自己修正能力が試される年になるだろうと思います。

 

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