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2023年12月30日 (土)

「中国式現代化」は毛沢東路線からの離脱だ

 この火曜日(2023年12月26日)、中国では、習近平総書記をはじめとする政治局常務委員全員が参加した「毛沢東同志生誕130年記念座談会」が開催されました。この座談会で行われた習近平氏の演説は、習近平氏の考え方をまとめて表明したものとして私は重要だと思います。

 この「毛沢東同志生誕130年記念座談会」での習近平氏の演説については、ジャーナリストの福島香織氏が今日(2023年12月30日)11:02配信のJBPressに「中国・習近平が目論む『個人崇拝』、毛沢東の夢は『オレが実現』?」と題して分析する記事をアップしています。

 福島氏はこの記事で十年前の「毛沢東生誕120年記念座談会」での習近平氏の演説と比較して、毛沢東について「偉大なる国際主義者だ」という評価を追加していることを指摘していました。そして、習近平氏は、今回の生誕130周年の演説では「毛沢東同志を最もよく記念するには、彼が始めた事業を継続して前へと推進させることだ」と述べるとともに、「毛沢東同志を最もよく記念する方法は、彼が開始した事業を継承して前進することだ。中国式現代化を全面的に推進して強国を建設し、民族復興の偉大なる事業を進めることが、全党全国各民族人民の新時代の新たな道のりの中心任務だ。これは毛沢東ら先輩革命家がついになし得なかった事業で、いまの中国共産党人の圧倒的歴史的責任である。」と述べることによって、習近平氏が「毛沢東がなしえなかった夢を私(習近平氏)がかなえる」と強調しているように見えると指摘しています。「中国式現代化」とは、習近平氏が最近強調している言葉で、いわば習近平氏のキャッチ・フレーズだからです。

 しかし、たぶん多くの人も同じように感じていると思いますが、習近平氏が進めている路線は毛沢東とはかなり異なっています。私は、習近平氏が強調する「中国式現代化」はむしろ毛沢東路線から離脱するものだと考えています。

 今回の「毛沢東生誕130周年座談会」の演説の中の毛沢東の功績を述べる部分で、習近平氏は「マルクス主義の中国化(または中国化されたマルクス主義)」という言葉を7回使っています。一方、習近平氏が総書記になった第18回党大会以降に関する部分については「中国式現代化」という言葉を18回使っています。習近平氏は「毛沢東同志がマルクス主義の中国化を推し進めたことを受けて、私(習近平氏)は『中国式現代化』を進めるのだから、私(習近平氏)は毛沢東同志の後継者だ」と強調したい考えていることは明らかです。しかし私は「マルクス主義の中国化」と「中国式現代化」とは同一延長線上にはないと考えています。

 マルクス主義は、そもそも産業革命後のヨーロッパにおいて、機械を用いた大規模工場を経営する資本家がその工場で働く労働者の生み出した利益を搾取している、そのために大多数の労働者は苦しい生活を強いられている、という発想から出発しました。従って、マルクス主義による革命は、主に都市部で働く工場労働者たちが団結して立ち上がり、資本家たちが作り上げた政府を転覆させることをイメージしていました。しかし、辛亥革命で清朝が倒れた後の20世紀初頭の中国では資本主義はまだ十分には発達しておらず、苦しい生活を強いられていた大多数の中国人民は農民でした。そのため毛沢東は、都市部の工場労働者たちが立ち上がって革命を実現させたロシア革命とは異なり、まず大地主の下で苦しんでいた貧農(小作農)たちに働き掛けて解放区を作り「農村が都市を包囲する」という方法で中国における共産主義革命を進めました。中国の実情に合わせて革命のやり方を変えた、という意味で、これはまさしく「マルクス主義の中国化」でした。

 一方、習近平氏が主張する「中国式現代化」とは、周恩来が政府工作報告で使い始め、トウ小平が強力に推し進めた「四つの現代化」の延長線上にあるものだろうと私は考えています(農業・工業・国防・科学技術の近代化を進めるべきという考え方は、日本語では「四つの近代化」と言うのが普通ですが、中国語では「四個現代化」です)。「四つの現代化」は、文化大革命時代には「経済優先主義だ」として批判された考え方で、毛沢東の目指した理想像とは方向性が異なると私は考えています。毛沢東の考え方の基本は、全ての人が平等で落ちこぼれのない生産と生活が実現される理想的な共産主義社会を目指すことであり、経済を発展させ、近代装備を備えた国防力を強化することに関しては優先順位は高くなかったからです。

 さらに毛沢東を「国際主義者」と評価するのであれば、それは抑圧された人民が国境を越えて団結することにより共産主義運動を世界に広げたいと考えているという意味での「国際主義」であって、中国という国家の力を国際社会の中で強化したいと意味ではないと私は考えています。天安門の毛沢東の肖像の隣に書かれているスローガンは、一つは「中華人民共和国万歳!」ですが、もうひとつは「全世界人民大団結万歳!」です。今でも中国共産党の主要行事で演奏される曲「インターナショナル」は、日本語の歌詞では「立て飢えたる者よ」で始まることでわかるように、「国境を越えて人民は団結すべし」と呼びかける国際共産主義運動を象徴する曲です。国際共産主義運動の背景にある発想は「全世界の人民の大団結は『国家』という概念を超える」というものです。「中国という国家が国際社会の中でリーダー的存在になる」という考え方は「国家中心主義」であって、毛沢東の時代の革命家たちが目指した国際共産主義運動とは全く方向性が異なります。

 さらに言えば、習近平氏が唱える「中国式」とは、毛沢東が否定しようとしていた「中国古来の伝統的考え方」を含んでいるように私には見えます。毛沢東は、儒教に代表されるような「古い権威には従順に従うべきだ」とか「男尊女卑」とかいう中国古来の考え方から人民を解放し、社会の下層の人々や弱い立場の女性たちが自分たちの考えを主張して、古い社会システムを打破すべきだ、と主張していました。一方、習近平氏は「男女平等」は強調しているものの、例えば、今回の毛沢東生誕130周年座談会の演説の中では、「我々は、マルクス主義の基本原理を中国の具体的な実情と結合させることを堅持すると同時に、中華の優秀な伝統文化とも結合させ、中国式現代化建設規律を深く探索しなければならない」と述べるなど、「中国の伝統的な価値観」を重視することも強調しています。この点は、「中国の古い考え方を打破すべき」と考えていた毛沢東とは全く逆方向の発想です。

 ついでに言えば、例えば、昨日(2023年12月29日)付けの「人民日報」に掲載されていた「広く女性たちを組織的に動員して女性の能力を中国式現代化建設に貢献させるべき」と題する論文では、男女平等を強調するとともに、「広大な女性たちに中華民族の伝統的な美徳を高揚させるよう導くとともに、良好な家風の方面での独特の役割を樹立すること」も強調されています。このあたりは、従来から女性の地位向上に取り組んで来た人たちからは「考え方が古すぎるんじゃないの?」と批判される可能性があると思います。毛沢東だったら、こういった表現は絶対にしなかったと思います。

 私は、習近平氏が主張する「中国式」の考え方の中に、「広い中国を統治するには強力な権力が必要だ」と主張して自ら中華帝国皇帝になろうとした袁世凱(中華民国の初代大総統)のような発想が含まれているように感じています。古い中国的発想を徹底的に壊そうと考えていた毛沢東は、そんな考え方は絶対に許さなかったでしょう。

 習近平氏は、今回の毛沢東生誕130周年記念座談会における演説において、「毛沢東はマルクス主義の中国化を実現した。自分(習近平氏)は中国式現代化を進めようとしている。だから私(習近平氏)は毛沢東の後継者なのだ。」と主張したかったのだろうと思いますが、上に書いたように、私は習近平氏の「中国式現代化」の路線は、毛沢東の路線とは全く異なると受け止めています。毛沢東については、私などよりずっとずっとよく知っている中国の人たちはどのように考えているのでしょうか。

 今は「習近平批判」は許されない中国ですが、習近平氏が進める「中国式現代化」について、「それって違うと思うぞ」という中国の人々の感覚が水面下で広がっていく可能性はかなり大きいのではないかと私は考えています。

 

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