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2023年12月16日 (土)

習近平氏は中央経済工作会議に最後までは出ないのね

 今年(2023年)の中央経済工作会議は、12月11日、12日の二日間にわたって開催されました。私が最初に印象に残ったのは、そのスケジューリングでした。

 先週、12月8日に中国共産党政治局会議が開催されて、来年(2024年)の経済政策についても議論されたので、私も中央経済工作会議は近々開かれるだろうとは思っていました。しかし、習近平氏は12月12~13日にベトナムを訪問する予定だったので、私は中央経済工作会議は習近平氏のベトナム訪問の後に開催されるのだろうと思っていたのです。しかし、実際は、中央経済工作会議は11日から開催され、冒頭、習近平氏も出席して演説を行った一方、12日も引き続いて中央経済工作会議は開催されていたのに、習近平氏はこの日予定通りベトナムを訪問しました。習近平氏がハノイに到着したのは12日の正午頃だったので、習近平氏が中央経済工作会議の二日目に出席していないことは明らかでした。

 確かにこれまでの中央経済工作会議では「総書記・国家主席は最初から最後まで出席した」と明示的に報じられたことはなく、実際は、今までも総書記は冒頭の部分だけ出席して演説をして、後は国務院総理など関係者による議論に任せ、総書記は最後までは出席していなかったのかもしれません。しかし、今回のようにあからさまに「中央経済工作会議の二日目に習近平総書記は外国訪問のために出席していませんよ」と示すようなスケジュールだったことは記憶にないなぁ、と私は思ったのでした。

 しかも、今確認したら、十年前の2013年の中央経済工作会議は四日間の日程で行われたのに対し、今年(2023年)の中央経済工作会議は二日間だけの日程でした。こういうスケジューリングから見えることは、明らかに習近平政権が進むに従って、中央経済工作会議の位置付けが「軽いもの」に変化してきたのは間違いないと思います。

 さて、今回の会議の中身ですが、今年(2023年)の中央経済工作会議の内容で目に付くのは、やはり不動産市場、地方財政及び金融に関するリスクに対する対応でしょうか。今回の中央経済工作会議の内容を伝える12月13日付けの「人民日報」の記事では、「不動産産業、地方債務、中小金融機構等のリスクを統一的政策で解消させ、システミック・リスクを発生させないという基本線を断固として守る。」と表現しています。これまでのこの種の会議では「リスクの発生を防止し・・・」といった表現であったことを考えると、ここの表現は、中国共産党としても「不動産産業、地方債務及び中小金融機構においては、既にリスクが発生している」ことを自ら認めた内容になっていると読めます。

 ここの部分は、さらに「不動産産業のリスクを積極的かつ穏当に解消し、『一視同仁』で異なる所有制の不動産企業の合理的な融資の要求を満足させ、不動産産業の平穏かつ健康的な発展を促進させる。」としています。「一視同仁」とは「全てのものを平等に見る」という意味の四字成句で、国有企業も民営企業も区別なく合理的な資金要求には応えていく、という意味です。ここの部分は、最近報道されているように、国有企業であるか民営企業であるかに関係なく、比較的健全な不動産企業に対しては銀行からの融資により支援していくという方針を党と政府の方針として正式に決めた、と見ることができます。

 私としては、ここの部分は危機的状態とも言える現在の中国の不動産産業に対する中国政府の係わり方の観点で非常に重要な部分であり、こういう重要な方針を決めた中央経済工作会議には、習近平氏は最後まで出席して「この方針は私が決めた方針である」と内外に示して欲しかったなぁ、と思います。実際には、習近平氏は、一日目の冒頭で演説はしたものの「あとは李強総理以下担当の者に任せた」とばかり、二日目はベトナムへ行ってしまった、という事実により、「習近平氏は経済政策を軽視している」というメッセージを内外に発してしまった、と私は認識しています。

 12月12日の中国中央テレビ夜7時のニュース「新聞聯播」や翌13日の「人民日報」のトップニュースは中央経済工作会議について伝えていましたが、翌日からは「新聞聯播」も「人民日報」も習近平氏のベトナム訪問のニュース一色になってしまいました。イメージとしては、習近平氏は不動産危機対応等の重要な経済政策よりも、ベトナムで盛大な歓迎を受けて、ベトナムでの様々な外交イベントに参加することの方を重要視していると受け取られてしまっても仕方がないと思います。

 こうした一連のイベントのスケジューリングと報道の仕方を見ていると、習近平氏の本心は「私は自分で責任を持って中国の経済政策を決めたくない。ただ、皇帝のように他国での歓迎行事に参加したいのだ。」というものだと感じられてしまいます。

 ここの部分は、同じように「独裁者」と見られているロシアのプーチン大統領との大きな違いです。プーチン大統領は、今年も年末恒例の「長時間会見イベント」を開いて、自らの政策を説明するとともに、新聞記者や一般市民からの質問に答えています。報道によれば、ある女性から「生活者としては最近の卵の価格は高すぎて困る」と言われたプーチン大統領は「生産量が少ないからだ。その点は謝罪します。」と素直に述べたそうです。こういった話はあらかじめ事前に筋書きが決められた「茶番のお芝居」なのだと思いますが、少なくともプーチン大統領は「全ての政策を私が責任を持って決めている」ということを内外にアピールしたいからこそ、こうした「お芝居イベント」を開催しているのでしょう。

 それに比べると、習近平氏の言動からは「全ての政策を自分が責任を持って決めているのだ」とアピールしたいという意欲を全く感じません。逆に「個々の政策は部下の担当者に任せている」という姿勢が明確です。これは「個々の政策が失敗したらそれは担当した部下の責任だ」「一方、政策がうまく行ったらトップに立つ自分(習近平氏)の功績だ」と主張したいという意図がミエミエです。こういうリーダーに人々はついていくでしょうか。私ももちろん「ロシアのプーチン大統領はリーダーとして優秀だ」と言うつもりは毛頭ありませんが、ただ、メディアの発達した21世紀の現代においては、「自分を優れたリーダーだと人々に見せるテクニック」は、独裁国家だろうが民主主義国家だろうが政治家として重要でしょ、と私は言いたいのです。

 一連の政治イベントとその報道ぶりを見ていると、習近平氏は、権力基盤を強化した上で自らの信念に基づいて自らの判断で政策を決定し実行していった毛沢東やトウ小平のようなタイプのリーダーではなく、具体的な政策は宰相その他の「部下」に任せ、自らは中華帝国の威厳を体現することに専念した明や清の時代の皇帝のようになりたい、と考えていると誰が見ても見えてしまうと思います。でもそれって、中華民国の初代大総統でありながら、自ら本気で中華帝国の皇帝になろうとした袁世凱と同じじゃないですか。袁世凱は諸外国のみならず中国の人々からも見放されて失意のうちに病没したのですが、習近平氏はそうなりたいんでしょうかね。

 ところで、アメリカのイエレン財務長官は、12月14日にワシントンで開かれた米中ビジネス協議会のイベントで講演しました。NHKの報道によればイエレン氏は「中国が直面している不動産市場の低迷やそれに伴う地方政府の債務問題について言及し」「中国の経済政策は広い範囲に影響が及び、アメリカの政策立案にも極めて重要だとして、こうした課題や予期せぬ事態が起きたときに中国政府がどう対応しようとしているか説明を求めていく考えを示した」とのことです。このブログで前にも指摘しましたが、経済学者で前FRB議長のイエレン氏は、中国が巨額なアメリカ国債を保有していることから、中国の不動産危機や地方政府の債務問題について非常に懸念しているのだと思います。習近平氏は、こうした他国の経済閣僚までもが心配している不動産危機や地方政府の債務問題を議論している中央経済工作会議に最後まで出ないで外国訪問に行っちゃって、ほんとによかったんですかね(少なくとも中央経済工作会議よりもベトナム訪問を重視していると見られないようにスケジュール調整をすべきだったのではないのですかね)というのが私の率直な感想です。

 中央経済工作会議の翌日の上海と香港の株式市場では株価が下がりました。投資家たちが中央経済工作会議の結果に失望したからだ、というのが一般的な見方のようです。プーチン大統領のマネをしろ、というわけではありませんが、私は、習近平氏には、もっと「中国の困難な政策課題について(部下に任せるのではなく)自らの責任で取り組んでいるんだ」という姿勢をアピールして欲しいと思います。そうでないと、中国の人々から見放されてしまうのではないかと心配です。私は、別に習近平政権を応援するつもりはありませんが、隣国の日本としては、習近平氏が中国の人々から見放されて、中国国内の政治が混乱することが一番困る、と考えているからです。

 最近、日本をはじめ諸外国が中国におけるビジネスを見直そうという動きが強まっています。それに加えて、中国の経済界の人たちまでもが中国国内でビジネスを展開するよりも、諸外国でビジネス・チャンスを探す方がよい、と考えるようになったらどうするのでしょうか。党大会の翌年秋に開かれて重要政策を議論する「三中全会」も開催されないようですし、中央経済工作会議も以前と比べて「軽く」なり、極端に言えば実質的に形骸化してしまい、習近平氏自身は具体的な政策課題については興味がない、というのだったら、中国の政策は今後誰が責任を持って舵取りをしていくのでしょうか。私は最近だんだんそういう心配をするようになってきています。

 

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