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2023年11月11日 (土)

中国共産党直轄による金融政策はうまくいくのか

 昨日(2023年11月10日(金))の中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」のトップニュースと今日(11月11日(土))付け「人民日報」1面トップ記事は、習近平氏による北京市と河北省の7月末~8月初の洪水被災地への視察の様子についてでした。習近平氏は、北京市の永定河流域及び河北省のタク州地区という洪水の最も被害のひどかった地域を訪れて、復興の様子などを視察したのでした。

 誰でもそう感じると思うのですが、私の第一印象は「なぜ今のタイミングで?」「いくらなんでも遅すぎるでしょ」というものでした。ニュース映像では、住民の人々が習近平氏に洪水当時の写真を見せて「こんなにひどかったんですよ」と説明する場面もありました。次の私の印象は「このニュースの政治的目的は何?」でした。政治家は、自分の活躍を人々にアピールするために視察を行いそれをテレビカメラで撮影させるものですが、習近平氏は、何の目的でこのタイミングでこういう映像を撮らせているのかわからないなぁ、というのが私の印象でした。洪水から3か月も経ってから現地へ入り、住民から3ヶ月前の被災時の写真を見せられて説明を受けているということは、「習近平氏は洪水被災地の現場の様子を知らなかった」ということをアピールする映像であり、それを中国全土に放送することは習近平氏に何のプラスになるのか?と思ったからでした。もしかすると、10月27日に李克強前総理が亡くなって「李克強氏は庶民の味方だった」といった追悼の言葉がネットを飛び交っているので、「自分も庶民のことを考えているぞ!」とアピールするために、時期を失したとは言え、今さらながら被災地へ行ったのかもしれません。

 習近平氏は、自分の政治的意図を言葉にして何も語らないので、何を目的にして行動しているのかサッパリわからない人物です。昨今の具体的政策で言えば、先の全人代において、金融政策を国務院から中国共産党直轄にし、最近になって中央金融工作会議を開催するなど、金融政策に関する動きについても「習近平氏が何をやろうとしているのか意図がわからない」ことのひとつです。

 先週、私がこのブログに書いた「現職総理李強氏はずし」の動きに関連して、11月9日(木)付け産経新聞9面に評論家の石平氏が「石平の China Watch」の欄に「始まった『李強首相はずし』」と題して書いています。石平氏は、ロイターとブルームバーグが報じた10月24日の習近平氏の中国人民銀行と国家外貨管理局の視察には何立峰政治局員・副首相が同行していたが李強総理が同行していなかったことを指摘して、国務院が担当してきた金融政策の実施機関への習近平氏の視察の場に李強総理がいない(外国訪問スケジュールの関係で李強氏が同行できない日に視察を行った)ことについて「李強総理はずし」ではないのか、と指摘しているのです。

 先月には、中国共産党の中央財経委員会弁公室の主任に何立峰副首相が就任したことが報じられ、今月になって中央金融委員会弁公室の主任に何立峰氏が就任したことが報じられました。10月30~31日には中央金融工作会議が開催されましたが、この会議において何立峰氏は中央金融委員会の書記という肩書きで登場しました。中央金融工作会議には李強氏も出席しましたが、これらの動きを見れば、金融政策は国務院ではなく中国共産党の直轄とすることが明確になり、経済政策の舵取りも国務院ではなく中国共産党が主導権を握ってコントロールする方向になったことは明らかです。金融政策・経済政策が実質的に中国共産党の直轄でその主要ポストに何立峰氏が就任したことを見れば、李強氏は国務院総理という肩書きは持っているものの、金融政策・経済政策をコントロールする実権は既に失ったと見るべきでしょう。中国人民銀行総裁から国務院総理になった朱鎔基氏の時代及び朱鎔基氏や李克強氏と関係が深かった周小川氏が中国人民銀行総裁だった時代(2018年まで)と比較すると、もはや国務院は中国の経済金融政策の司令塔ではなくなった、ということです。

 11月10日07:30アップのネット上の現代ビジネスの記事「習近平が金融まで完全掌握...そして中国経済が死んでいく!」の中で筆者のジャーナリストの林愛華氏は、これまでほぼ5年に一度開催されてきた「全国金融工作会議」が今回は「中央金融工作会議」という名称で開催されたことについて、中国では国務院主催の会議を「全国~~会議」と呼び、中国共産党主催の会議を「中央~~会議」と呼ぶのが通例であることから、今回の名称変更は金融政策をコントロールする主体が国務院から中国共産党直轄に変更になったことを端的に表していると指摘しています。

 10月24日の習近平氏の中国人民銀行・国家外貨管理局視察について、ロイターとブルームバーグは報じているものの、中国国内メディアが報じていないことには非常に奇妙な印象を受けます。習近平氏が自らこれらの機関を視察したことは、習近平氏が金融政策を重要視していることを示すものであり、国内的にもアピールしてよい話だと思うからです。もしかすると、金融政策を国務院からはずして中国共産党直轄にすることについて、中国国内にも異論があり、この問題は政治的にも微妙な問題なのかもしれません。

 ここに来て金融政策について動きが出てきているのは、不動産危機と関係していることは間違いないと思います。不動産危機は、土地使用権が今まで通りに売却できない、という意味で地方政府の財政危機に直結しているからです。今年1月~9月までの間における「法拍房」(裁判所が差し押さえて競売に出されているマンション)は58.4万戸で、これは前年同期比32.3%増なのだそうです。今、不動産市況は非常に冷え込んでいますから、差し押さえマンションを売却して現金化することも困難な状態になっていると思います。だとすると、借金の抵当として銀行が接収した差し押さえマンションが売れないとなると、借金の貸し倒れで損失を蒙った銀行の損失が補填されないことになります。つまり、中国の不動産危機は、建設業・家具家電産業等の住宅関連産業だけでなく、地方財政や銀行の経営の問題にも波及し、全国規模の金融・財政にも影響を及ぼしつつあるのです。従って、習近平政権がこのタイミングで金融政策について動き出したのはある意味当然のことだと言えると思います。

 日本ではあまり報道されていないようですが、11月7日(火)、中国人民銀行、中国住宅都市農村建設部、金融監督管理層局、中国証券監督管理委員会は合同で不動産企業を集めて融資座談会を開催しました。参加した不動産企業は、万科、保利、華潤、中海、金地、龍湖などで碧桂園、恒大、融創は呼ばれなかったようです。詳細はわかりませんが、この座談会は「まだ健全性を保っている不動産企業について政府や国有企業が共同で支援するから、なんとか不動産業界全体が破綻することは避けられるようにしよう」という趣旨で開かれたのかもしれません。

 この座談会の前日の11月6日(月)、万科は筆頭株主の深セン市地鉄集団(万科の株主の27.18%を保有する)から100億元を超える支援を受ける見通しだと発表しました。深セン市地鉄集団(「地鉄」は日本語で言えば地下鉄)は深セン市傘下の地方国有企業ですので、この発表は、国有企業が資本参加している不動産企業には国有企業が支援する姿勢を示したという意味で、翌日に開かれた不動産企業座談会も併せて考えれば、習近平政権は、まだ健全な(=再建可能な)不動産企業に対しては、国有企業の資金を投じる等の方法で支援をしていく姿勢を示したと言えます。

 これは私の勝手な推測なのですが、このタイミニングでのこうした動きは、習近平氏の訪米と米中首脳会談とも関係していると思います。習近平氏がサンフランシスコで開催されるAPEC首脳会談出席のために訪米しバイデン大統領と会談することについては、昨日(11月10日(金))に発表されました。この首脳会談に先立って、上に出てきた中国共産党の金融関連の機関のトップに就任したことが明らかになったばかりの何立峰副首相が訪米しイエレン財務長官と会談を行っています。米中首脳会談の「前さばき」の閣僚レベルの会談が通商関係者ではなく金融関係者だったことから、私は不動産危機とそれに対する中国の金融政策は米中首脳会談の重要な話題のひとつになるだろうと考えています(話し合われたとしてもその内容は公表されないと思いますが)。なぜなら、中国の金融政策は、不動産企業の米ドル建債返済問題、中国からの資金流出問題や米ドルと人民元の為替レートの問題に関連し、アメリカによる利上げに大きく影響を受け、中国は日本に次ぐ世界二番目のアメリカ国債の保有者ですので、金融問題に関する米中政府関係者の情報交換と意思疎通は両国にとって極めて重要な課題だからです。

 不動産危機やそれに起因する地方政府財政問題や金融危機防止対策に関連して、今まで「何も言わない」「何もしない」だった習近平政権が米中首脳会談を前にして動き出したのは、よい兆候だ、と期待したいところです。ただし、改革開放以来、朱鎔基氏(中国人民銀行総裁、国務院総理を歴任)や周小川氏(元中国人民銀行総裁)らのエコノミスト官僚らが国務院という組織を使ってコントロールしてきた金融政策を中国共産党直轄にしてうまく行くのか、という点が私にはちょっと不安です。これまでの経緯から、国務院内部には胡錦濤氏、李克強氏らの出身母体である中国共産主義青年団(共青団)関係者が多いから、という政治的な理由で習近平氏が金融政策の実権を国務院から取り上げて中国共産党直轄にしようとしているのだとしたら、それはうまく行かない可能性が高いと思われるからです。

 上に元国務院総理の朱鎔基氏の名前が何回も出てきましたが、朱鎔基氏は、今から四十年前の1983年2月に私が最初に訪中した時に歓迎の宴会を主催してくれた方です。この時朱鎔基氏は国家経済委員会副主任でした。朱鎔基氏はその後三十年間にわたって中国政府の中枢で金融・経済政策を担ってきたのです。トウ小平氏の改革開放によって始まった中国の経済成長が、その後、六四天安門事件という大きな事件があったにも係わらず留まることなく進展して、中国を世界第二位にまで押し上げたのは、多数の中国の人々の努力があったことはもちろんですが、国務院内部にいた多数のエコノミスト官僚たちが、継続的に諸外国との様々な交渉を繰り広げつつ、金融政策をはじめとする各種経済政策の舵取りを担ってきたからです。もし仮に、「共青団に近い人が多いから」という理由で習近平氏が国務院内部のエコノミスト官僚たちを金融政策から排除しようとするのであれば、これからは状況に応じた適時適切な金融政策を機動的に打つことができなくなり、中国経済は混乱の状態に入ってしまうと思います。

 「金融政策を国務院から引き剥がして中国共産党の直轄にする」というやり方は、客観的に言ってうまく行くようには思えません。中国の金融政策は、中国だけのものではなく、世界経済全体に影響を及ぼしますから、習近平氏には「政治の論理」ではなく、純粋に「経済にとってプラスかどうか」で判断して欲しいと思います。

 

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コメント

事実誤認があるようですので、指摘させていただきます。
「10月30~31日には中央金融工作会議が開催されましたが、この会議において何立峰氏は中央金融委員会の書記という肩書きで登場しました」という部分です。
この会議の段階では、何立峰氏の「中央金融委員会書記」という肩書は判明していませんでした。
11月3日に開催された中央金融工作委員会の会議において、「中央金融委員会弁公室主任」「中央金融工作委員会書記」という肩書が明らかになりました。
なお、「中央金融委員会」に「書記」というポストは存在しません。

投稿: 孤独なペキノロジスト | 2023年11月12日 (日) 01時03分

--->孤独なペキノロジストさん

 事実関係の御指摘ありがとうございます。

 「中央金融工作会議」だの「中央金融委員会」だの「中央金融工作委員会」だの「会議の名前」とか「組織の名前」とかが頭の中をぐるぐる回っていまだにうまく整理ができていません。中国共産党の皆さんは、クリアカットに整理できてるんでしょうかね(^^;)。

投稿: イヴァン・ウィル | 2023年11月12日 (日) 15時21分

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