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2023年11月18日 (土)

習近平氏を空港でイエレン財務長官が出迎えた意味

 習近平氏は11月14日から今日(2023年11月18日)まで、APEC首脳会義への出席とバイデン大統領との米中首脳会談等のためサンフランシスコを訪問していました。14日にサンフランシスコの空港で習近平氏を出迎えたのはイエレン財務長官でした。これまでもこのブログで何回も書いてきましたが、今年(2023年)の米中関係の進展の中での中心人物は第一はもちろんブリンケン国務長官だったわけですが、それに次いで回数多く登場したのはイエレン財務長官でした。アメリカの場合、通常、外国との経済関係については商務長官とか通商代表とかが出てくる場合が多いことを考えると、本来は国内業務が主に担当であるはずの財務長官が表立って中国との関係改善の場面で出てきたことには何か意味があるのだろうなぁ、と私は考えています。

 特に今の財務長官が通常の政治家ではなく、経済学者のジャネット・イエレン氏であるところがポイントだと私は考えています。私には、イエレン氏は「前のFRB(連邦準備制度理事会)の議長」というイメージが強く残っているからです。

 2008年のリーマン・ショックによってアメリカ経済が大きな打撃を受けた時、当時のFRB議長だったバーナンキ氏は、ゼロ金利政策を導入するとともに、三回にわたる量的緩和(QE)を実施してアメリカ経済を立て直そうとしたのでした。イエレン氏は2014年2月にバーナンキ氏のあとを引き継いでFRB議長に就任した後、量的緩和の終了とゼロ金利の終了を模索しました。2015年にはゼロ金利を終了して利上げを始めると思われていたのですが、その2015年8月、いわゆる「チャイナ・ショック」と呼ばれる中国発世界同時株安が起きました。FRB議長としてのイエレン氏は、「チャイナ・ショック」の状況を慎重に見極めた上で2015年12月にゼロ金利を終了して0.25%の利上げを行ったのですが、その後も続く中国発の経済不安の影響を見極めるため、その後の一年間は利上げをせず、じっと様子を見続けました。FRBが次の利上げを行ったのは1年後の2016年12月でした。なので、私にはイエレン氏は「チャイナ・ショックの状況をじっくりと見極めて、アメリカの利上げ政策を極めて慎重にコントロールしていた時のFRBの議長」という印象が強く残っています。

 なので、今回、バイデン大統領が中国との関係においてイエレン氏を前面に押し出して対応してきた背景には、アメリカとしては現在の中国の経済・金融関係を非常に高い関心を持って見ており、中国側との間で金融面での情報交換を密にし、必要があればアメリカとしても中国の金融政策がうまく行くように協力する用意がある、というメッセージを打ち出したい、という意図があるのではないかと私は考えています。これは、逆に言えば、例えば、中国が台湾へ武力侵攻するようなアメリカにとって認められない行為に出た場合、例えば香港ドルと米ドルとの交換を停止する、など金融面で中国を締め付けることも考えているぞ、という中国に対する「脅し」のメッセージの意味もある、と言えます。

 中国は日本に次ぐ世界第二位のアメリカ国債保有国なので、アメリカとしてはできれば中国との間でコトを起こしたくない、というのがホンネだと思います。なので、アメリカとしては「中国の金融面にアメリカは非常に強い関心を持って注視しているぞ」というメッセージを中国側に送りたいのだと思います。李克強氏が国務院総理を退任するまでは、中国の経済・金融政策は国務院のエコノミスト官僚たちがコントロールしており、彼らは経済学に精通していて、アメリカと同じ言葉で話ができるのでそれほど心配はしていなかったのに対し、習近平政権三期目に入って、習近平氏は金融政策も中国共産党の直轄にしようとしており、国際金融に関する共通の言葉で習近平政権の金融担当者と話ができるのかアメリカ側が不安に感じていることも背景にあると思います。

 このようにアメリカは意図的に「中国の金融面に関心を持っているぞ」というメッセージを出しているという見方は、おそらくは経済関係者の中では広く共有されているのではないでしょうか。昨日(2023年11月17日(金))付け日本経済新聞朝刊は、3面の紙面でサンフランシスコでの米中首脳会談の内容を伝えている一方、2面の「真相深層」の欄で「香港『米ドル連動』の正念場」と題して米ドル・ペッグ制を敷いている香港ドルについて書いています。この紙面構成を見て、私は、日本経済新聞は「これからの米中関係の一つの重要な課題は金融である。その一つの主戦場となるのが香港ドルである。」と認識しているんだろうなぁ、と感じました、

 現在、香港ドルは1ドル=7.75~7.85香港ドルの範囲内に収まるように管理されています。一定の変動幅の中で米ドルに「釘付け」されているという意味で「米ドル・ペッグ制」と呼ばれます。香港とアメリカで金利差が開くと金利の低い香港ドルは売られ、金利の高い米ドルは買われますから、香港では金利差による売買が強く起きないように基本的にアメリカの金利動向に合わせて香港での金利を上下させています。ここ1年半のアメリカの急速な利上げに合わせて、香港でも急速な利上げが行われているのですが、香港経済の実態と関係なく利上げが行われているため、例えば、香港域内での不動産販売の急激な減少などの現象が起きているのが現状です。上記の日本経済新聞の記事では、今後は香港ドルが米ドルにペッグ(釘付け)されている現在の制度を続けることが難しくなるのではないか、との懸念が出ていることを紹介しています。

 本来、中国大陸部が中国共産党統治下の経済にある一方、いわゆる「一国二制度」によって香港では自由な経済活動が行われているのであれば、米ドルと自由に交換できる香港ドルの存在は、中国にとって非常に使い勝手のよい「世界への窓口」である香港の存在価値を高めるものです。しかし、2020年6月30日から施行された香港国家安全維持法に基づき、香港での経済活動が中国大陸部と同じようになるのであれば、米ドルと自由に交換できる香港ドルはむしろ大陸内部の人民元を国外に流出させる「抜け穴」の役割が大きくなり、香港ドルの存在は中国共産党政権にとって「メリットよりデメリットの方が大きい存在」になる可能性があります。それが極端に進めば、中国共産党政権は、香港ドルの米ドル・ペッグ制の廃止、究極的には香港ドルを廃止して香港でも人民元を流通させるようにするかもしれません。

 香港ドルが廃止されれば、香港に存在する諸外国の企業の資産にどのような影響を与えることになるのかわかりませんし、国際経済にも大きな影響を与えることになると思います。ですから、アメリカとしては、中国共産党政権が香港ドルをどういう方向に持って行こうと考えているのかは、常に情報を把握しておきたいと考えているはずです。

 ここに来て、元FRB議長で経済学者のイエレン財務長官が中国との関係で前面に出てきているのは、そういったバイデン政権の考え方が背景にあるのだろうと私は思います(上の紙面構成を見る限り、日本経済新聞も同じように考えているのではないかと思います)。

 今、中国に関しては「台湾をどうするのか」が非常に注目されていますが、現実に変化が起こりそうな問題としては「香港をどうするのか」の方が重要かもしれません。仮に香港ドルが廃止されることになれば、国際経済にとって大きな衝撃になりますが、それ以上にひそかに自分の資産を香港ドルに換えて香港で保有している大勢の中国共産党幹部にとっても大きな衝撃になると思われます。従って、香港をどうするか、香港ドルをどうするか、は国際経済上の重要な問題であると同時に、中国共産党にとって党内の基盤を揺るがすおそれがある大問題なのです。

 最近、不動産関連情報が集まるテンセント網・房産チャンネルに香港の不動産に関する解説動画がアップされていました。この動画では、上に書いたように、アメリカの利上げに伴い、米ドル・ペッグ制を採用している香港ドルの宿命として香港での利上げも行われている結果、香港での不動産の売り上げが低迷していることについて解説していました。この解説の中では、「イナゴに食われるような香港経済の内部分裂が起きつつあり」「新型コロナの三年間で経済が低迷し」「香港国家安全維持法の制定で高度人材が香港から流出しており」「香港の国際金融上の橋頭堡としての地位はゆっくりと削り取られている」「香港からは人も逃げ、資金も逃げている」と極めて正直に説明していました。そしてこの動画は「1997年のアジア通貨危機の際には香港の回復に6年掛かったが、現在の香港の状況の回復には何年掛かると思いますか?」という問い掛けで終わっていました。

 「香港は今後どうなるのか」は、アメリカが関心を持っている以上に、中国の人々の関心も高いと思います。台湾については、習近平氏が周辺状況を無視して武力侵攻を始めない限り「現状維持」が継続する可能性は高いのですが、香港については、既に変化が始まっており、「香港の中国化(国際金融窓口としての地位の喪失)」や「香港ドルの廃止」など「現状が維持されない方向での動き」がゆっくりですが時間の経過とともに進展する可能性があると私は考えています。

 今回はサンフランシスコの空港での習近平氏の出迎えのためにイエレン財務長官が派遣されたことをきっかけにして、ちょっと「深読み」をしてみました。

 

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