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2023年11月

2023年11月25日 (土)

あれ?風向きが変わったのかな?

 11月15日、APEC首脳会談に参加するために訪米した中国の習近平主席は、サンフランシスコでアメリカのバイデン大統領と米中首脳会談を行いました。この米中首脳会談が行われたタイミングと前後して、中国に関して「風向きが変わったのか?」と思わせるような出来事がいくつかありました。今回はそれを列記してみたいと思います。

○「人民日報」等での反米キャンペーンが米中友好促進モードに急転換した

 習近平氏が各国の首脳と会談をする際には「いつものこと」なのですが、今回も、米中首脳会談に合わせるように、「人民日報」等の論調が「反米キャンペーン」から「米中友好促進モード」に急転換しました。「いつものこと」ではあるのですが、こうした論調の急転換を見せられる中国の人々はどう感じているのかなぁ、と思います。今回は「米中友好促進モード」の一つとして、第二次世界大戦中にアメリカが中国を支援するために派遣した空軍軍人による「フライング・タイガーズ」が話題に上りましたが、この時アメリカが支援したのは蒋介石の中華民国であって、中国共産党ではないのですよ、ということを考えると、この話題を取り上げること自体に「白々しさ」を感じた人も多いと思います。

 多くの人は、中国の現在の経済状況を考えると、アメリカとの経済関係をこれ以上悪化させることは避けたいという意図が中国側にもあるのだろうなぁ、と感じたと思います。

○李強氏による中央金融委員会の主宰

 11月20日に中国共産党の中央金融委員会が開催されましたが、この会議を主催したのは国務院総理の李強氏でした。この会議を伝える翌11月21日付けの「人民日報」1面記事では、李強氏は「中央金融委員会主任」として紹介されていました。私もこのブログで書いてきましたが、最近の中国国内の動きは「李強はずし」と思えるようなものがあり、特に金融関係については、国務院総理の李強氏をすっ飛ばして副総理の何立峰氏を重用する報道が目立っていました。それがここへ来て「李強氏が中央金融委員会の主任であり、その李強氏が主宰して中央金融委員会を開催した」ということは、何か「風向きが変わったのかなぁ」と思わせるものでした。

 なお、この11月20日の中央金融委員会の開催については、21日付けの「人民日報」では1面でトップ記事に次ぐ位置で報じられているのですが、中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」では報じられませんでした。基本的に「人民日報」と「新聞聯播」は、同じ案件を同じような順番で伝えるのが基本ですので、この報じ方の違いはウラに何かあるのかなぁ、と私は思ってしまいました。

○不動産開発企業に対する中国政府の支援の姿勢が明確になった

 11月17日、中国人民銀行等金融関係の三部門は共同で会議を開き、不動産企業の資金調達の支援を確実に行うこと、経済成長を支えるために金融機関は地方政府と協力して債務の返済期限延長や借り換えを促進するとの方針を決めたとのことです。また、別の報道によれば、現在、中国当局は、金融機関が支援すべき経営が比較的健全な不動産企業50社からなる「ホワイト・リスト」を作成中とのことです。11月23日付けのブルームバーグ通信の報道によれば、先頃米ドル建て債についてデフォルト(債務不履行)状態に入った碧桂園もこの「ホワイト・リスト」50社の中に含まれているとのことです(恒大は含まれていないようです)。

 中国当局は2020年8月に「三つのレッドライン」を出して、借金体質の不動産企業に対する融資を厳しく制限するようになったのですが、今回の会議の結果は、「三つのレッドライン」を事実上完全に撤廃し、不動産企業が倒れないように中国政府として支える姿勢を明らかにしたと言えます。

 ただし、この方針転換については、保交楼(建設途中で工事がストップしたマンションの建設工事を再開させ契約通りに購入者にマンションを引き渡すこと)を確実に進めて民生を安定させるために不動産企業を支援するものだと思われますが、マンション販売が低迷している現状を踏まえれば不動産企業の収益が今後改善する見込みはなく、銀行による不動産企業への融資は結局は銀行にリスクを背負わせることになる、という懸念が残ります。

○人民元の対米ドル相場が「人民元高・米ドル安」方向に急転換した

 中国経済の不振からここのところ人民元は対米ドルで人民元安の方向に圧力が掛かっていましたが、米中首脳会談直前の11月14日頃から急に人民元高の方向に動きました(11月13日の時点では1ドル=7.3人民元程度だったものが、11月21日には1ドル=7.15人民元程度になった)。これは11月14日に発表されたアメリカの消費者物価指数の伸びが市場予想よりも小さく、アメリカのインフレが収まる傾向が鮮明になり、FRBによる利上げはもうない(来年(2024年)に入れば利下げも視野に入る)という考え方が急速に台頭してドル安になったから、という面があります(そのため日本円についても急速に円高が進んだ)。また、11月15日に米中首脳会談が無事に行われたことにより、米中間の鋭い対立は当面は回避されるのではないか、という期待が膨らんだこともあったかもしれません。いずれにせよ、このまま人民元安が進むと、中国国内から国外への資金流出圧力が高まりますから、ここへ来て人民元が元高方向に戻ったことは中国当局をホッとさせているものと思われます。

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 習近平氏は、自らの政治的基本方針を自分の口からは「何も言わない」という姿勢なので、上に掲げたような案件が習近平政権の方針に変更があったことを示すのかどうかはわかりません。しかし、習近平氏の「民間企業を厳しく規制し、国有企業を重視するような政策」は、結果的に中国経済の低迷を招き、社会に広く不満が広がっていることは確かなので、習近平氏が自らの基本方針をいくぶんか軌道修正した可能性はあります。

 特にマンションの売れ行き不振に伴う土地売却収入の減少による地方政府の財政困難は相当程度深刻なようです。昨日(2023年11月24日)私が見たテンセント網・房産チャンネルの解説動画では、以下のような地方政府の財政困難を示す事象を紹介していました。

○四川省楽山市の楽山大仏(ユネスコの世界遺産に登録されている)の30年間の経営権(入場料収入等)が17億元で売却された。

○河南省鄲城県では財政難から公共バスが運休している。

○黒竜江省鶴崗市ではこれから冬場に向かうのに地域暖房供給が停止される計画が示された。

○河北省、貴州省、甘粛省では地方公務員の給与が半年支払われていないところがある。

○黒竜江省ハルビン市や山西省、湖北省のいくつかの都市では20%を超える人員削減が行われた。

 テンセント網・房産チャンネルでは、このほか、地方財政が厳しい地区において地方が整備した道路を有料化した、などということも話題に上っています。全国で多数の爛尾楼(販売済みで購入者からは既に代金は受け取っているのに開発企業の資金難により建設工事が途中でストップしてしまったマンション)が発生して人々の不満が溜まっている中、地方政府の財政難により地方公務員の給与が満足に支払われなかったり、地方政府による生活に密着した行政サービスが滞ったりすることによって、人々の間の不満が現実問題として相当程度高まって来ているのではないかと思われます。

 一般庶民の間だけでなく、中国社会を支える経済活動の中枢を担う経済界の間にも相当程度の不満が高まっている可能性があります。11月22付けの現代ビジネスのネット上の記事「いくらバイデンと会っても、習近平独裁は中国人にとって『もう限界!』」(筆者は林愛華氏)では中国のメディアの財新網が11月4日に「改革が新たな突破をするべきだ」と題する社説を掲載したことを紹介しています。この社説では、「長江と黄河は逆流することはない」という李克強前首相の発言を引用して、李克強氏が首相になったばかりの2013年の党大会で指摘されていた様々な改革を進めるべきだと強調しているとのことです。

 週刊東洋経済2023年11月4日号には「法治主義を強化し、民間企業いじめをやめよ」と題する「財新周刊」10月16日号の社説が紹介されています(この社説が掲載されたのは李克強氏が亡くなる前です)。

 今日(11月25日)私が見たテンセント網・房産チャンネルの「解説動画」の中には、中国政府が不動産企業支援のための50社の「ホワイト・リスト」を作成中であり、この「ホワイト・リスト」の中に国有企業だけでなく民間の不動産企業も含まれることが見込まれることに関連して、「今まで不動産業界においても民間企業に対する締め付けを強化する傾向があったが、今までの中国経済は国有企業、民間企業、国と民間の資金が混じった混合企業が共存して発展してきたのであるから、その方針を今後も続けることが重要である。『長江と黄河は逆流することはない』のだ。」と主張しているものがありました。

 これら財新の主張やテンセント網・房産チャンネルの「解説動画」は、習近平氏がこれまで行ってきたネット企業や学習塾業界の規制に見られる「民間企業いじめ」や国有企業を重視するような政策を正面から批判するものになっています。こういう現政権が行う政策方針をかなり真正面から批判する論調がメディアやネットにアップされているということ自体、私にとって「あれ?風向きが変わったのかな?」と感じさせる状態です。

 これは私の推測ですが、民間企業に対する締め付け強化と2022年までの「ゼロコロナ政策」の強行とが相まって習近平氏の政策が中国経済の活力を失わせたことに対して、一般の人々だけではなく、これまで中国共産党政権を支えてきた経済界の主流派の中にも習近平氏に対する不満が蓄積してきており、その不満が10月27日の李克強氏の死去をきっかけとして一気に吹き出し、習近平氏としてもそれを力で抑え込むことは得策ではない、と考えるようになったのではないかと思います。そういった習近平政権を取り巻く環境の変化が上に掲げたような「風向きが変わった」と思わせるような様々な現象に現れているのではないかと思います。

 「死せる李克強氏、生ける習近平氏を走らす」とまでは言えないかもしれませんが、結果的に見て、李克強氏の死去がかたくなな習近平氏の政策を柔軟化させるきっかけになるのかもしれません。

 もうすぐ11月が終わりますが、結局は「通常党大会の翌年の秋に開かれて重要政策が議論される三中全会(中国共産党中央委員会第三回全体会議)」は開催されそうもありません。このことは、今の中国共産党の内部が三中全会を開催できるほどまとまっていないことを示すかもしれないので要注意です。

 習近平氏が一般の人々や経済関係者の不満を受けて、従来の路線の軌道修正を図るような柔軟性を持っているとしたら、それはそれで評価すべきなのですが、ハッキリ言って、現在の不動産企業の経営問題とそれに起因する地方財政の危機的状況は、ちょっとやそっとの政治的努力で解決できるほどの簡単な問題ではありません。習近平氏が周囲の不満を受けて軌道修正できる柔軟性を持っているのならば、「一人独裁」はやめて、中国共産党全体の「知恵」を活用できるようにトウ小平氏時代の「集団指導体制」を復活させてもらいたいものだと思います。(「集団指導体制」を復活させるとなると、中国共産党内部の各勢力が様々にうごめいて党内で揉めごとが起こるかもしれませんけどね。「一人独裁」でも「集団指導体制」でもダメなのだったら、それなら「中国共産党一党独裁体制」自体をやめて欲しい、というのが私のホンネです)。

 

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2023年11月18日 (土)

習近平氏を空港でイエレン財務長官が出迎えた意味

 習近平氏は11月14日から今日(2023年11月18日)まで、APEC首脳会義への出席とバイデン大統領との米中首脳会談等のためサンフランシスコを訪問していました。14日にサンフランシスコの空港で習近平氏を出迎えたのはイエレン財務長官でした。これまでもこのブログで何回も書いてきましたが、今年(2023年)の米中関係の進展の中での中心人物は第一はもちろんブリンケン国務長官だったわけですが、それに次いで回数多く登場したのはイエレン財務長官でした。アメリカの場合、通常、外国との経済関係については商務長官とか通商代表とかが出てくる場合が多いことを考えると、本来は国内業務が主に担当であるはずの財務長官が表立って中国との関係改善の場面で出てきたことには何か意味があるのだろうなぁ、と私は考えています。

 特に今の財務長官が通常の政治家ではなく、経済学者のジャネット・イエレン氏であるところがポイントだと私は考えています。私には、イエレン氏は「前のFRB(連邦準備制度理事会)の議長」というイメージが強く残っているからです。

 2008年のリーマン・ショックによってアメリカ経済が大きな打撃を受けた時、当時のFRB議長だったバーナンキ氏は、ゼロ金利政策を導入するとともに、三回にわたる量的緩和(QE)を実施してアメリカ経済を立て直そうとしたのでした。イエレン氏は2014年2月にバーナンキ氏のあとを引き継いでFRB議長に就任した後、量的緩和の終了とゼロ金利の終了を模索しました。2015年にはゼロ金利を終了して利上げを始めると思われていたのですが、その2015年8月、いわゆる「チャイナ・ショック」と呼ばれる中国発世界同時株安が起きました。FRB議長としてのイエレン氏は、「チャイナ・ショック」の状況を慎重に見極めた上で2015年12月にゼロ金利を終了して0.25%の利上げを行ったのですが、その後も続く中国発の経済不安の影響を見極めるため、その後の一年間は利上げをせず、じっと様子を見続けました。FRBが次の利上げを行ったのは1年後の2016年12月でした。なので、私にはイエレン氏は「チャイナ・ショックの状況をじっくりと見極めて、アメリカの利上げ政策を極めて慎重にコントロールしていた時のFRBの議長」という印象が強く残っています。

 なので、今回、バイデン大統領が中国との関係においてイエレン氏を前面に押し出して対応してきた背景には、アメリカとしては現在の中国の経済・金融関係を非常に高い関心を持って見ており、中国側との間で金融面での情報交換を密にし、必要があればアメリカとしても中国の金融政策がうまく行くように協力する用意がある、というメッセージを打ち出したい、という意図があるのではないかと私は考えています。これは、逆に言えば、例えば、中国が台湾へ武力侵攻するようなアメリカにとって認められない行為に出た場合、例えば香港ドルと米ドルとの交換を停止する、など金融面で中国を締め付けることも考えているぞ、という中国に対する「脅し」のメッセージの意味もある、と言えます。

 中国は日本に次ぐ世界第二位のアメリカ国債保有国なので、アメリカとしてはできれば中国との間でコトを起こしたくない、というのがホンネだと思います。なので、アメリカとしては「中国の金融面にアメリカは非常に強い関心を持って注視しているぞ」というメッセージを中国側に送りたいのだと思います。李克強氏が国務院総理を退任するまでは、中国の経済・金融政策は国務院のエコノミスト官僚たちがコントロールしており、彼らは経済学に精通していて、アメリカと同じ言葉で話ができるのでそれほど心配はしていなかったのに対し、習近平政権三期目に入って、習近平氏は金融政策も中国共産党の直轄にしようとしており、国際金融に関する共通の言葉で習近平政権の金融担当者と話ができるのかアメリカ側が不安に感じていることも背景にあると思います。

 このようにアメリカは意図的に「中国の金融面に関心を持っているぞ」というメッセージを出しているという見方は、おそらくは経済関係者の中では広く共有されているのではないでしょうか。昨日(2023年11月17日(金))付け日本経済新聞朝刊は、3面の紙面でサンフランシスコでの米中首脳会談の内容を伝えている一方、2面の「真相深層」の欄で「香港『米ドル連動』の正念場」と題して米ドル・ペッグ制を敷いている香港ドルについて書いています。この紙面構成を見て、私は、日本経済新聞は「これからの米中関係の一つの重要な課題は金融である。その一つの主戦場となるのが香港ドルである。」と認識しているんだろうなぁ、と感じました、

 現在、香港ドルは1ドル=7.75~7.85香港ドルの範囲内に収まるように管理されています。一定の変動幅の中で米ドルに「釘付け」されているという意味で「米ドル・ペッグ制」と呼ばれます。香港とアメリカで金利差が開くと金利の低い香港ドルは売られ、金利の高い米ドルは買われますから、香港では金利差による売買が強く起きないように基本的にアメリカの金利動向に合わせて香港での金利を上下させています。ここ1年半のアメリカの急速な利上げに合わせて、香港でも急速な利上げが行われているのですが、香港経済の実態と関係なく利上げが行われているため、例えば、香港域内での不動産販売の急激な減少などの現象が起きているのが現状です。上記の日本経済新聞の記事では、今後は香港ドルが米ドルにペッグ(釘付け)されている現在の制度を続けることが難しくなるのではないか、との懸念が出ていることを紹介しています。

 本来、中国大陸部が中国共産党統治下の経済にある一方、いわゆる「一国二制度」によって香港では自由な経済活動が行われているのであれば、米ドルと自由に交換できる香港ドルの存在は、中国にとって非常に使い勝手のよい「世界への窓口」である香港の存在価値を高めるものです。しかし、2020年6月30日から施行された香港国家安全維持法に基づき、香港での経済活動が中国大陸部と同じようになるのであれば、米ドルと自由に交換できる香港ドルはむしろ大陸内部の人民元を国外に流出させる「抜け穴」の役割が大きくなり、香港ドルの存在は中国共産党政権にとって「メリットよりデメリットの方が大きい存在」になる可能性があります。それが極端に進めば、中国共産党政権は、香港ドルの米ドル・ペッグ制の廃止、究極的には香港ドルを廃止して香港でも人民元を流通させるようにするかもしれません。

 香港ドルが廃止されれば、香港に存在する諸外国の企業の資産にどのような影響を与えることになるのかわかりませんし、国際経済にも大きな影響を与えることになると思います。ですから、アメリカとしては、中国共産党政権が香港ドルをどういう方向に持って行こうと考えているのかは、常に情報を把握しておきたいと考えているはずです。

 ここに来て、元FRB議長で経済学者のイエレン財務長官が中国との関係で前面に出てきているのは、そういったバイデン政権の考え方が背景にあるのだろうと私は思います(上の紙面構成を見る限り、日本経済新聞も同じように考えているのではないかと思います)。

 今、中国に関しては「台湾をどうするのか」が非常に注目されていますが、現実に変化が起こりそうな問題としては「香港をどうするのか」の方が重要かもしれません。仮に香港ドルが廃止されることになれば、国際経済にとって大きな衝撃になりますが、それ以上にひそかに自分の資産を香港ドルに換えて香港で保有している大勢の中国共産党幹部にとっても大きな衝撃になると思われます。従って、香港をどうするか、香港ドルをどうするか、は国際経済上の重要な問題であると同時に、中国共産党にとって党内の基盤を揺るがすおそれがある大問題なのです。

 最近、不動産関連情報が集まるテンセント網・房産チャンネルに香港の不動産に関する解説動画がアップされていました。この動画では、上に書いたように、アメリカの利上げに伴い、米ドル・ペッグ制を採用している香港ドルの宿命として香港での利上げも行われている結果、香港での不動産の売り上げが低迷していることについて解説していました。この解説の中では、「イナゴに食われるような香港経済の内部分裂が起きつつあり」「新型コロナの三年間で経済が低迷し」「香港国家安全維持法の制定で高度人材が香港から流出しており」「香港の国際金融上の橋頭堡としての地位はゆっくりと削り取られている」「香港からは人も逃げ、資金も逃げている」と極めて正直に説明していました。そしてこの動画は「1997年のアジア通貨危機の際には香港の回復に6年掛かったが、現在の香港の状況の回復には何年掛かると思いますか?」という問い掛けで終わっていました。

 「香港は今後どうなるのか」は、アメリカが関心を持っている以上に、中国の人々の関心も高いと思います。台湾については、習近平氏が周辺状況を無視して武力侵攻を始めない限り「現状維持」が継続する可能性は高いのですが、香港については、既に変化が始まっており、「香港の中国化(国際金融窓口としての地位の喪失)」や「香港ドルの廃止」など「現状が維持されない方向での動き」がゆっくりですが時間の経過とともに進展する可能性があると私は考えています。

 今回はサンフランシスコの空港での習近平氏の出迎えのためにイエレン財務長官が派遣されたことをきっかけにして、ちょっと「深読み」をしてみました。

 

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2023年11月11日 (土)

中国共産党直轄による金融政策はうまくいくのか

 昨日(2023年11月10日(金))の中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」のトップニュースと今日(11月11日(土))付け「人民日報」1面トップ記事は、習近平氏による北京市と河北省の7月末~8月初の洪水被災地への視察の様子についてでした。習近平氏は、北京市の永定河流域及び河北省のタク州地区という洪水の最も被害のひどかった地域を訪れて、復興の様子などを視察したのでした。

 誰でもそう感じると思うのですが、私の第一印象は「なぜ今のタイミングで?」「いくらなんでも遅すぎるでしょ」というものでした。ニュース映像では、住民の人々が習近平氏に洪水当時の写真を見せて「こんなにひどかったんですよ」と説明する場面もありました。次の私の印象は「このニュースの政治的目的は何?」でした。政治家は、自分の活躍を人々にアピールするために視察を行いそれをテレビカメラで撮影させるものですが、習近平氏は、何の目的でこのタイミングでこういう映像を撮らせているのかわからないなぁ、というのが私の印象でした。洪水から3か月も経ってから現地へ入り、住民から3ヶ月前の被災時の写真を見せられて説明を受けているということは、「習近平氏は洪水被災地の現場の様子を知らなかった」ということをアピールする映像であり、それを中国全土に放送することは習近平氏に何のプラスになるのか?と思ったからでした。もしかすると、10月27日に李克強前総理が亡くなって「李克強氏は庶民の味方だった」といった追悼の言葉がネットを飛び交っているので、「自分も庶民のことを考えているぞ!」とアピールするために、時期を失したとは言え、今さらながら被災地へ行ったのかもしれません。

 習近平氏は、自分の政治的意図を言葉にして何も語らないので、何を目的にして行動しているのかサッパリわからない人物です。昨今の具体的政策で言えば、先の全人代において、金融政策を国務院から中国共産党直轄にし、最近になって中央金融工作会議を開催するなど、金融政策に関する動きについても「習近平氏が何をやろうとしているのか意図がわからない」ことのひとつです。

 先週、私がこのブログに書いた「現職総理李強氏はずし」の動きに関連して、11月9日(木)付け産経新聞9面に評論家の石平氏が「石平の China Watch」の欄に「始まった『李強首相はずし』」と題して書いています。石平氏は、ロイターとブルームバーグが報じた10月24日の習近平氏の中国人民銀行と国家外貨管理局の視察には何立峰政治局員・副首相が同行していたが李強総理が同行していなかったことを指摘して、国務院が担当してきた金融政策の実施機関への習近平氏の視察の場に李強総理がいない(外国訪問スケジュールの関係で李強氏が同行できない日に視察を行った)ことについて「李強総理はずし」ではないのか、と指摘しているのです。

 先月には、中国共産党の中央財経委員会弁公室の主任に何立峰副首相が就任したことが報じられ、今月になって中央金融委員会弁公室の主任に何立峰氏が就任したことが報じられました。10月30~31日には中央金融工作会議が開催されましたが、この会議において何立峰氏は中央金融委員会の書記という肩書きで登場しました。中央金融工作会議には李強氏も出席しましたが、これらの動きを見れば、金融政策は国務院ではなく中国共産党の直轄とすることが明確になり、経済政策の舵取りも国務院ではなく中国共産党が主導権を握ってコントロールする方向になったことは明らかです。金融政策・経済政策が実質的に中国共産党の直轄でその主要ポストに何立峰氏が就任したことを見れば、李強氏は国務院総理という肩書きは持っているものの、金融政策・経済政策をコントロールする実権は既に失ったと見るべきでしょう。中国人民銀行総裁から国務院総理になった朱鎔基氏の時代及び朱鎔基氏や李克強氏と関係が深かった周小川氏が中国人民銀行総裁だった時代(2018年まで)と比較すると、もはや国務院は中国の経済金融政策の司令塔ではなくなった、ということです。

 11月10日07:30アップのネット上の現代ビジネスの記事「習近平が金融まで完全掌握...そして中国経済が死んでいく!」の中で筆者のジャーナリストの林愛華氏は、これまでほぼ5年に一度開催されてきた「全国金融工作会議」が今回は「中央金融工作会議」という名称で開催されたことについて、中国では国務院主催の会議を「全国~~会議」と呼び、中国共産党主催の会議を「中央~~会議」と呼ぶのが通例であることから、今回の名称変更は金融政策をコントロールする主体が国務院から中国共産党直轄に変更になったことを端的に表していると指摘しています。

 10月24日の習近平氏の中国人民銀行・国家外貨管理局視察について、ロイターとブルームバーグは報じているものの、中国国内メディアが報じていないことには非常に奇妙な印象を受けます。習近平氏が自らこれらの機関を視察したことは、習近平氏が金融政策を重要視していることを示すものであり、国内的にもアピールしてよい話だと思うからです。もしかすると、金融政策を国務院からはずして中国共産党直轄にすることについて、中国国内にも異論があり、この問題は政治的にも微妙な問題なのかもしれません。

 ここに来て金融政策について動きが出てきているのは、不動産危機と関係していることは間違いないと思います。不動産危機は、土地使用権が今まで通りに売却できない、という意味で地方政府の財政危機に直結しているからです。今年1月~9月までの間における「法拍房」(裁判所が差し押さえて競売に出されているマンション)は58.4万戸で、これは前年同期比32.3%増なのだそうです。今、不動産市況は非常に冷え込んでいますから、差し押さえマンションを売却して現金化することも困難な状態になっていると思います。だとすると、借金の抵当として銀行が接収した差し押さえマンションが売れないとなると、借金の貸し倒れで損失を蒙った銀行の損失が補填されないことになります。つまり、中国の不動産危機は、建設業・家具家電産業等の住宅関連産業だけでなく、地方財政や銀行の経営の問題にも波及し、全国規模の金融・財政にも影響を及ぼしつつあるのです。従って、習近平政権がこのタイミングで金融政策について動き出したのはある意味当然のことだと言えると思います。

 日本ではあまり報道されていないようですが、11月7日(火)、中国人民銀行、中国住宅都市農村建設部、金融監督管理層局、中国証券監督管理委員会は合同で不動産企業を集めて融資座談会を開催しました。参加した不動産企業は、万科、保利、華潤、中海、金地、龍湖などで碧桂園、恒大、融創は呼ばれなかったようです。詳細はわかりませんが、この座談会は「まだ健全性を保っている不動産企業について政府や国有企業が共同で支援するから、なんとか不動産業界全体が破綻することは避けられるようにしよう」という趣旨で開かれたのかもしれません。

 この座談会の前日の11月6日(月)、万科は筆頭株主の深セン市地鉄集団(万科の株主の27.18%を保有する)から100億元を超える支援を受ける見通しだと発表しました。深セン市地鉄集団(「地鉄」は日本語で言えば地下鉄)は深セン市傘下の地方国有企業ですので、この発表は、国有企業が資本参加している不動産企業には国有企業が支援する姿勢を示したという意味で、翌日に開かれた不動産企業座談会も併せて考えれば、習近平政権は、まだ健全な(=再建可能な)不動産企業に対しては、国有企業の資金を投じる等の方法で支援をしていく姿勢を示したと言えます。

 これは私の勝手な推測なのですが、このタイミニングでのこうした動きは、習近平氏の訪米と米中首脳会談とも関係していると思います。習近平氏がサンフランシスコで開催されるAPEC首脳会談出席のために訪米しバイデン大統領と会談することについては、昨日(11月10日(金))に発表されました。この首脳会談に先立って、上に出てきた中国共産党の金融関連の機関のトップに就任したことが明らかになったばかりの何立峰副首相が訪米しイエレン財務長官と会談を行っています。米中首脳会談の「前さばき」の閣僚レベルの会談が通商関係者ではなく金融関係者だったことから、私は不動産危機とそれに対する中国の金融政策は米中首脳会談の重要な話題のひとつになるだろうと考えています(話し合われたとしてもその内容は公表されないと思いますが)。なぜなら、中国の金融政策は、不動産企業の米ドル建債返済問題、中国からの資金流出問題や米ドルと人民元の為替レートの問題に関連し、アメリカによる利上げに大きく影響を受け、中国は日本に次ぐ世界二番目のアメリカ国債の保有者ですので、金融問題に関する米中政府関係者の情報交換と意思疎通は両国にとって極めて重要な課題だからです。

 不動産危機やそれに起因する地方政府財政問題や金融危機防止対策に関連して、今まで「何も言わない」「何もしない」だった習近平政権が米中首脳会談を前にして動き出したのは、よい兆候だ、と期待したいところです。ただし、改革開放以来、朱鎔基氏(中国人民銀行総裁、国務院総理を歴任)や周小川氏(元中国人民銀行総裁)らのエコノミスト官僚らが国務院という組織を使ってコントロールしてきた金融政策を中国共産党直轄にしてうまく行くのか、という点が私にはちょっと不安です。これまでの経緯から、国務院内部には胡錦濤氏、李克強氏らの出身母体である中国共産主義青年団(共青団)関係者が多いから、という政治的な理由で習近平氏が金融政策の実権を国務院から取り上げて中国共産党直轄にしようとしているのだとしたら、それはうまく行かない可能性が高いと思われるからです。

 上に元国務院総理の朱鎔基氏の名前が何回も出てきましたが、朱鎔基氏は、今から四十年前の1983年2月に私が最初に訪中した時に歓迎の宴会を主催してくれた方です。この時朱鎔基氏は国家経済委員会副主任でした。朱鎔基氏はその後三十年間にわたって中国政府の中枢で金融・経済政策を担ってきたのです。トウ小平氏の改革開放によって始まった中国の経済成長が、その後、六四天安門事件という大きな事件があったにも係わらず留まることなく進展して、中国を世界第二位にまで押し上げたのは、多数の中国の人々の努力があったことはもちろんですが、国務院内部にいた多数のエコノミスト官僚たちが、継続的に諸外国との様々な交渉を繰り広げつつ、金融政策をはじめとする各種経済政策の舵取りを担ってきたからです。もし仮に、「共青団に近い人が多いから」という理由で習近平氏が国務院内部のエコノミスト官僚たちを金融政策から排除しようとするのであれば、これからは状況に応じた適時適切な金融政策を機動的に打つことができなくなり、中国経済は混乱の状態に入ってしまうと思います。

 「金融政策を国務院から引き剥がして中国共産党の直轄にする」というやり方は、客観的に言ってうまく行くようには思えません。中国の金融政策は、中国だけのものではなく、世界経済全体に影響を及ぼしますから、習近平氏には「政治の論理」ではなく、純粋に「経済にとってプラスかどうか」で判断して欲しいと思います。

 

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2023年11月 5日 (日)

習近平による「李強はずし」が意味するもの

 今回のタイトルは誤植ではありません。先日亡くなった前総理の「李克強はずし」ではなく、現職総理の「李強はずし」です。

 これまでこのブログで何回か書いてきたことですが、最近、李強総理の「影の薄さ」が気になります。李強氏は、ここ数ヶ月の間、インドで開かれたG20首脳会義やキルギスタンで開かれた上海条約機構首脳(首脳級)会合に出席するなど、外交面ではそれなりに目立っているのですが、内政面ではあまり「活躍の場」がありません。スケジュール的に見ても、習近平氏が意図的に「李強はずし」あるいは「李強氏軽視」をしているのではないかと思われる会合が相次いでいます。過去のこのブログの記述と一部だぶりますが列記すると以下の通りです。

○5月10日、習近平氏の雄安新区(河北省内にある「新副都心」計画が進められている地区)への視察に李強氏も同行した(胡錦濤政権、習近平政権を通じて、国家主席と国務院総理が同時に同じ地方を視察することはなかった(2008年5月の四川省巨大地震対応の際を除く)ので、この同行は李強氏が習近平氏の「子分」であることを強く印象づけた)。

○10月9日に開催された中国工会第18回全国代表大会の開会式に李強氏は出席しなかった(他の政治局常務委員は全員出席した。この日、李強氏は浙江省杭州市で開かれていたアジア大会の閉会式に参加し、ついでに浙江省を視察していたので北京にいなかった)。

○10月12日、習近平氏が江西省視察の途中に南昌で開催した「長江経済ベルトの質の高い発展のさらなる推進に関する座談会」に李強氏も出席した(前週、李強氏は江西省の東隣の浙江省を視察していたが、この週は、南昌で開催されたこの座談会に参加するだけのためにわざわざ北京から南昌まで出張している)。

○10月27日(李克強前総理が死去した日)に開催された中国共産党政治局会議(東北地方の振興策について議論した)に李強氏は出席しなかった(李強氏はキルギスタンを訪問しており、この日の午後に北京に戻ったため。政治局会議の日程を一日ずらせば李強氏も出席できたはずなのに、そうしなかった)。

 前にも書きましたが、今中国政府のホームページに行っても、出てくるのは国家主席の習近平氏の写真ばかりで、国務院総理の李強氏の写真が見つからない、など、中国の一般人民に対する宣伝方法としても、意図的に李強氏の存在を軽く見せるようにしているように見えます(李克強氏が国務院総理だった頃は中国政府のホームページ内に「国務院総理」というページがあって、李克強氏の活動が詳細に掲載されていた)。

 毎日の中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」を見ていても「李強氏は軽く扱われている」という印象を受けます。例えば11月3日(金)の「新聞聯播」が伝えたニュースの順番は以下の通りです。

(1) 習近平氏が訪中したギリシャの首相と会談した。

(2) 習近平氏がドイツ首相とオンライン会談を行った。

(3) 習近平氏が中米友好都市大会を祝する手紙を送った。

(4) 李強氏が国務院常務会議を開催した。

(5) 李強氏がギリシャ首相の歓迎式典を行った。

(6) 李強氏がギリシャ首相と会談した。

(7) 全人代常務委員長の趙楽際氏(政治局常務委員序列第三位)がギリシャ首相と会談した。

 ギリシャには大統領がいるので、ギリシャについては外交儀礼上の習近平国家主席のカウンターパートは大統領であり、ギリシャ首相の中国側のカウンターパートは李強総理になるので、歓迎式典は李強総理が行ったのでした。とは言え、名誉職的な大統領がいるけれども実際の政治は首相がとりまとめているギリシャやドイツのような国については、首相が国家主席の習近平氏と会談することはよくあることです。また、訪中した外国要人が(一応形式的には「立法機関の代表」という意味で)全人代常務委員長と会談することもよくあることです。なので、昨日のニュースは何ら不自然なところはないのですが、こういうニュースを毎日見せられると「李強氏は国務院総理ではあるけれども、所詮は『習近平氏ではない政治局常務委員の一人』に過ぎない」という印象を強く受けます。

 李克強氏が国務院総理だった頃は「李克強氏の権限をなるべく限定したい習近平氏が李克強氏の存在をできるだけ小さく見せようとしている」ということで、それなりに「納得」していたのですが、李強氏については「習近平氏に近い側近」であることは誰もが知っているので、あえて「小さく見せよう」とする必要はないはずです。だとすれば、考えられるのは、習近平氏は「国務院総理という個人を小さく見せよう」としているのではなく、そもそも国務院の役割を小さくしようと意図しているのだろうということです。

 習近平氏は、最初の二期の政権担当期間中、中央財政委員会、中央国家安全委員会、中央外事工作委員会などの中国共産党内部の組織を立ち上げて、本来は国務院が担当すべき中国政府の政策決定を中国共産党が直接担う体制を築き上げてきました。私は、これは習近平氏が李克強前国務院総理の権限を弱めようとする意図で行ってきたのだろうと思っていたのですが、どうやらそうではないようです。自分の意のままに動く李強氏を国務院総理に据えることに成功して以降も李強総理の存在感を弱めようという動きをしているところを見ると、習近平氏は、国務院が中核となっている中華人民共和国政府自体の役割を弱め、極端に言えば中国政府を形骸化させようとすらしているのだと思います。

 実際、現在、解任された秦剛外相と李尚福国防相の後任はまだ決まっていません。外交については王毅政治局員が外相を兼務していますし、軍事については中国共産党軍事委員会が統括していますから、国務院の外相や国防相はいなくたってよいのでしょう。

 そもそも日本のマスコミが「中国軍」と称している人民解放軍は中国共産党の軍隊であって中華人民共和国という国家の軍隊ではありません。現在の中国では「中国共産党が全てであって、中華人民共和国という国家も中華人民共和国政府も中国共産党が中国を統治するための道具に過ぎない」というが現実なのです。習近平氏は、もしかすると、中華人民共和国政府の機能をその「現実」に合わせるように改めて、全ての政策決定を中国共産党の直轄にしようとしているのかもしれません。

 通常は党大会の翌年の秋には開催されることが通例となっている重要政策を議論する三中全会(中国共産党中央委員会第三回全体会議)は今のところ開催される気配がありませんが、憶測をもう一歩進めると、習近平氏は、中国共産党の中央委員会も形骸化しようとしているのかもしれません。中国の全ての政策を中国共産党の直轄にした上で、中国共産党内部の決定を全て自分(習近平氏)の直轄にしようとしている、というわけです。よく習近平氏について「皇帝のようだ」と言われますが、この表現は、習近平氏が意図していることを正確に表現している言葉なのかもしれません。

 しかし、中国に限らず世界の歴史が示しているように、「全てを一人の直轄にする」というやり方は成功しません(一時的に成功したとしても短期間で終了します)。今では中国の独裁者のように言われることが多い毛沢東自身は、そのこと(一人独裁は長続きしないこと)をよく自覚していたと私は考えています。思想的には自分とは全く異なる周恩来を常に側に置いていましたし、文革後期(林彪が失脚した後)には「四人組」に代表される文革派と考え方が全く異なるトウ小平氏を副首相に登用していました。1976年1月に周恩来が死去した後も、後任の総理を自分の考えに近い「四人組」の中から選ばずに、公安畑出身の(思想的には無色透明の)華国鋒氏を指名しました。毛沢東は、自分の考えに沿った党運営を望んでいた一方、自分と同じ考えの者が党の全ての権力を握ったのでは様々な考え方を持つ多数の人間からなる中国共産党という集団がまとまらないことをよく理解していたのだと思います。

 この考え方はトウ小平氏も引き継ぎました。自分の考えに近い改革派の胡耀邦氏と趙紫陽氏を党総書記と国務院総理にする一方、保守派の重鎮の陳雲氏らとは論争はしましたが決して保守派を排撃することはしませんでした。1986年末に安徽省合肥から始まった学生運動が上海などへの広がった事態に対して、トウ小平氏は胡耀邦氏の責任を問うて辞任させましたが、これは学生らの動きを放任していては党内保守派が反発して党が分裂状態になることを危惧したからだと私は考えています。

 以後、中国共産党は、党内の分裂を避けるため、様々な考え方を持つ党内勢力それぞれに配慮した一定程度バランスが取れた体制を続けてきました。1998年まで国務院総理だった李鵬氏は保守派に分類される人でしたが李鵬氏の後任の国務院総理になった朱鎔基氏は改革思想を実践する経済エコノミストでした。2002年からスタートした胡錦濤体制の政治局常務委員は、胡錦濤氏に近い人の数は少なく、むしろ江沢民氏の息の掛かった人が多数を占めていました。

 李克強氏が国務院総理を務めていた2023年3月までの習近平体制も形の上では「バランスの取れた配置」になっていました。しかし、2022年10月の党大会で決まった党内体制と2023年3月に決まった中国政府の体制は「習近平一色」となり、文革後期の毛沢東時代から続いてきた「党内勢力のバランスに配慮した体制」は崩壊しました。

 上に書いたような「影の薄い李強総理」の姿を見ていると、習近平氏にとっては国務院総理は「自分に強く反対する人でなければ誰でもよかった」のかもしれません。問題は、そういう習近平氏の姿勢を感じて、李強氏自身がやる気を失わないか、ということです。同じように「党内勢力のバランスを無視した一人への権限集中体制」は、おそらくは中国共産党内部の活力を失わせると思います。

 10月27日の李克強氏の死去の後、若い頃に彼が過ごした合肥の住居に多くの追悼の花束等が捧げられているのを見て、日本のマスコミでは胡耀邦氏の死去に対する追悼の動きが大きな運動に発展した1989年の「六四天安門事件」が再来するのではないか、という見方が報じられています。私は1988年9月まで北京に駐在していましたが、当時の中国と現在の中国とでは状況が全く違いますから「六四の再現」は私はないと思います。しかし、李克強氏の突然の死去は多くの人々(特に中国共産党内部の人々)に「中国共産党の党内勢力のバランスを無視して一人への権限集中を図ろうとしている習近平氏」を改めて意識させることになったと思います。

 毛沢東にしろトウ小平氏にしろ彼らは「自分の考えを強力に進めること」と同時に「党内バランスを重視して中国共産党のまとまりを維持すること」を重視していました。それは中国共産党による統治をできるだけ長く継続させたいという思いがあったからでしょう。文化大革命の混乱期以降の中国共産党トップには、習近平氏のように「党内バランスを無視してでも自分一人への権力集中を進める」ことを目指した人はいませんでした(よく日本のマスコミでは「習近平氏は毛沢東になることを目指している」と表現することがありますが、文革後期の毛沢東は上に書いたように党内の統一も重要視していましたから、この表現は正しくないと私は思います)。その意味で、李克強氏の死去は「六四の再現」はないとしても、後から見て「歴史の大きな転換点」になる可能性はあると私は思っています。

 

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