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2023年10月28日 (土)

李克強氏の死去と動き出した中国の経済対策

 昨日(2023年10月27日(金))未明、国務院前総理の李克強氏が心臓発作のため亡くなりました。中国の国営メディアがこのニュースを伝えたのは日本時間9時半頃でした。中国のテレビではどう伝えているのかなぁ、と思って、スカパー!の大富チャンネルで放送している日本時間13時(北京時間正午)からの中国中央電視台の「中国新聞」を見ました(このお昼の「中国新聞」は、中国国内と同時生放送です)。

 冒頭、「中国新聞」のロゴが流れた後、いつもどおり男女のキャスターが登場しましたが、男性キャスターは黒っぽいネクタイをしていました。女性キャスターが「中国共産党の第17期、18期、19期政治局常務委員で国務院前総理の李克強同志が、上海で静養中に突然の心臓発作を起こし、治療を受けたが2023年10月27日0時10分上海で死去しました。68歳でした。」と伝えた後、このキャスターは「fugao houfa」と言いました。そして再び「中国新聞」の冒頭のロゴが流れ、続いて「中国政府は防災等のために1兆元の国債を追加発行することになりました」という通常ニュースになりました。

 私は「えっ、李克強氏の死去についてのニュースはこれだけ?」と驚きました。女性キャスターが最後に言った「fugao houfa」は意味がわからなかったので電子辞書を引きました。そしたら、これは「訃告后発」(正式な訃報はあとで発表されます)ということでした。その後、日本時間の16時頃、ネットで「人民日報」ホームページや中国共産党のホームページを確認しましたが、この時点でも李克強氏の死去については、「中国新聞」でキャスターが伝えたのと同じ事実関係を短く伝える文章(これは日本時間9:30頃発表になった新華社電の文章)が載っているだけでした。

 夜になって日本時間20時に「新聞聯播」が放送された時点では、中国共産党中央委員会、全国人民代表大会常務委員会、国務院、中国全国政治協商会議が連名で出した「訃告」が出されていたので、「新聞聯播」ではアナウンサーが重々しい声でこの「訃告」を伝えていました。

 要するに、中国の公的機関では「正式な訃告」が出されるまでは、軽々しく「おくやみの言葉」を言ってはならない、ということだったようです。「おくやみの言葉」は、どの世界でも、どの場面でも、表現は非常に難しく、「挨拶文」の中でも最も神経を使うものですが、中国の場合は、「訃告」は極めて政治的にセンシティブな問題を含みますので、「正式な訃告」は、最終的には習近平氏のOKをもらうまで出せない、ということだったのだろうと思います。それにしても、例えば日本では午前11時頃に行われた松野官房長官の記者会見で李克強氏の死去に対する「おくやみのコメント」がなされたように、いくら政治的に難しいとは言っても、亡くなった方に対して即座に素直に「おくやみの言葉」を発することは、人間として当然のことだと思います。「おくやみの言葉」であっても、政治的な意味合いを含むので習近平氏の許可がなければ言えない、というような、そういう社会に私は住みたくないと改めて思いました。

 昨日(10月27日(金))の「新聞聯播」は、トップニュースはこの日に行われた中国共産党政治局会議についての報道、続いてキルギスタンで開かれた上海協力機構首脳(首相級)会議に出席していた李強氏に関するニュースで、三番目が李克強氏の死去に関する「訃告」でした。「訃告」の内容は、李克強氏の経歴を紹介し、業績を語った上で、最後は「李克強同志は永遠に不滅です!」で締めくくられたもので、李克強氏に対する敬意あふれるものだったのですが、このニュースがトップニュースじゃなくて、三番目のニュースなんですかねぇ、というのが私の率直な感想です。「新聞聯播」は、習近平氏関連のニュースが必ずトップで、国務院総理関連のニュースがあるならそれがその次、「その他のニュース」は三番目以降、というのが「お決まり」なのですが、李克強氏死去のニュースが「その他のニュース」なんですかねぇ、と私は思いました。たぶん中国の多くの人も同じような感想を持ったと思います。

 そうした人々の感想があったからかどうか知りませんが、今日(10月28日(土))付けの「人民日報」では、李克強氏の「訃告」が一面のトップでした。中国共産党政治局会議開催に関する記事は「人民日報」というタイトルの右側の位置(ニュースの順番としては「二番目」の扱い)でした。おそらく李克強氏の死去のニュースが「人民日報」の扱いでも「三番目以下」だったら、多くの人民からの反発を買う、と考えたからだろうと思います。

 「訃告」の内容は、例えば「李克強同志は、経済体制改革を継続して推進し、政府と市場との関係をうまく処理し、資源配分における市場が果たす決定的作用を利用して政府の役割をうまく発揮させた」「李克強同志は、人民大衆に対する感情を抱いて、一般大衆の就業問題、教育、住宅、医療、養老等の分野の突出した課題にうまく対処し、民生のボトムラインを守り、絶え間なく一般人民大衆の獲得感、幸福感、安全感を向上させた」など率直に李克強氏の功績を讃えるものになっています。一方で、「(2023年3月に)指導者としての地位を退いて以降、李克強氏は習近平同志を核心とする党中央の指導を断固として守り、党と国家の事業の発展に関心を寄せ、党の清廉な政治建設と反腐敗闘争を断固として支持していた」とも述べています。(このほか、この「訃告」における李克強氏の業績や姿勢に関しては「習近平同志を核心とする党中央の強力な指導の下で」という表現が二回、「習近平同志を核心とする党中央の周囲に団結し」「習近平の新時代の中国の特色のある社会主義思想を全面的に貫徹し」といった表現がそれぞれ一回づつ出てきます)。

 この「訃告」の内容は、李克強氏の業績を高く評価したものになっていますので、1976年の「四五天安門事件」を引き起こした「(四人組が牛耳っていた)党中央は亡くなった周恩来前総理を邪険に扱っている」とか1989年に「六四天安門事件」の運動のきっかけとなった「党中央は亡くなった胡耀邦前総書記に対して冷たい」とかいうのと同じような感情は人々の間には出てこないと思います。ただ、これからの習近平政権の政権運営の行方によっては「李克強氏がもうちょっと長生きしてくれたらなぁ」という思いを多くの中国人民に抱かせることになるので、習近平氏は、一層心を引き締めて政権運営に当たる必要があると思います。

 特に現在は、不動産市場を巡る中国経済の状況がかなり深刻であり、中国の人々が習近平政権が適切に経済政策の舵取りを行うのかどうか注目しているタイミングです。例えば、10月26日、世界の主要金融機関が参加する「クレジット・デリバティブ決定委員会」が、不動産最大手の碧桂園が発行した一部のドル建て社債について、デフォルト(債務不履行)が生じたとする判断を示し、2021年にデフォルト状態に陥った恒大集団と合わせて、中国の不動産大手二社がいずれもデフォルト状態に陥ったことがハッキリしました。不動産市場の危機的状況にうまく対応できなければ「建設業等の不動産開発に関連する様々な産業分野が低迷して失業者が増加する」「不動産企業に対する融資が焦げ付いて金融危機が起こる」「爛尾楼(建設工事が途中でストップしたマンション)を購入した多数の人々が困窮する」「土地使用権の売却が進まない地方政府が財政危機に陥る」「格差が拡大し社会の中に不満が蓄積して社会的安定が損なわれる」といった様々な問題が生じることを中国の人々はよくわかっています。

 李克強氏が死去した今となっては、「仮に李克強氏がもう少し長く国務院総理を続けていれば」という「たられば」の気持ちを多くの中国の人々が持つようになる素地ができたと言えます。実際は、李克強氏が総理を続けていても、現在の中国経済の状況に適切に対処することは相当に難しかっただろうと思いますが、李克強氏が亡くなったことが結果的に「やっぱり習近平氏では経済政策はうまく行かない」という感覚を強める作用をもたらす可能性があります。

 従って、習近平政権は、現在の不動産危機に起因する経済情勢を何とか立て直さなければなりません。習近平氏もそのあたりは自覚していると思います。そのためか、これまでの習近平政権は経済政策についてはほとんど「何もしない」「何も言わない」という態度だったのですが、ここに来て少しずつ具体的政策が打ち出されるようになりました。

 そのうちのひとつが、昨日(10月27日)、李克強氏が亡くなったその日に開かれた中国共産党政治局会議で東北地方(黒竜江省、吉林省、遼寧省及び内モンゴル自治区)の振興を打ち出したことです。中国の東北地方は、「重厚長大」の国有企業が多く、広大な穀倉地帯を抱えていることから、「共和国の長子」と呼ばれてきました。中華人民共和国建国の初期段階で中国の経済建設に大きな役割を果たしてきたからです。一方で、大連などのほかは有力な港を持たない、21世紀に入ってからの電子産業化、ネット産業化の動きの中で産業構造の変革が進んでいない等の理由で、中国の東北地方のGDPは伸び悩み、人口流出も進んでいます。中国の東北地方の産業振興はこれからの中国経済発展の重要な課題ですので、そこに着目した今回の党政治局会議の議論は重要だと思います(ただし、今回の会議の内容からは、具体的な東北地方の産業振興策が見えてきません。こらから打ち出される具体的な産業振興策が機能するかどうかが問題だと思います)。

(注)キルギスタンで開催されていた上海協力機構首脳会義(首相級)に出席していた李強総理が北京に戻ったのは27日午後でした。なので、李強総理はこの日開かれた政治局会議に出席していないものと思われます。重要な経済政策を議論する政治局会議に国務院総理が出席しないでいいんですかね、と思いますが、こういった会議開催のスケジューリングを見ても、習近平氏は李強氏をあまり重く扱ってはいないように感じます(というか、外部から「習近平氏は李強総理を軽く扱っているように見える」と思われてマズいと思わないんでしょうか)。

 二つ目は、10月24日に全人代常務委員会が承認した一兆元の国債追加発行です。これまでの中国の景気対策は、地方政府の資金でインフラ投資等を行うことが中心でしたが、土地使用権売却収入が減少して地方財政が苦しくなっている現状において、今回は中央政府自らが国債を発行して景気刺激を図ろうということのようです。一兆元の国債発行の名目は「洪水等の自然災害を蒙った地域の復興と今後の防災対策」であり、要するにロコツに言えば不動産投資の低迷で疲弊する「コンクリート産業」を支援するためのものだと言えるでしょう。一兆元という金額は、2008年にリーマン・ショック対策で打ち出された「四兆元の経済対策」よりは額は少ないものの、2008年の対策は「地方の資金を中心とした四兆元」であったの対し、今回は「中央政府が用意する一兆元」なので効果はかなり期待できる、という見方もあります。

 この一兆元の国債追加発行に関しては「コンクリート産業への投資に使っても経済成長への効果は一時的だ」「巨額な国債発行による財政出動は国家財政を圧迫し通貨価値の下落(=インフレ)をもたらす危険性がある」などの批判はありますが、これまで「何もしなかった」習近平政権としては前進だ、という見方をすることもできます。

 三つ目は、8月の国務院常務会議で決定された「保障性住宅の建設」が具体的に動き出したことです(最近、この政策を促進するよう指示する文書が地方政府に対して発出されたようです)。「保障性住宅の建設」とは、政府が主導して低所得者向けの住宅を建設することです。不動産不況により民間企業による不動産投資が停滞している中、「住宅が買えない」という多数の人々の不満を解消するため、これまでも実施してきた政府主導による「保障性住宅」の建設を一層促進しようというものです。これは「住宅が買えない人々の不満を解消する」ことを目的とすると同時に、民間企業による不動産投資の低迷で困窮する建設業やセメント・鉄鋼、家電・家具等の関連産業を活性化することによる景気刺激も目的としています。ただし、これは民間企業が建設したマンションが売れない(=供給過剰な)状況にあってさらに政府が住宅を供給することになりますから、民間部門のマンション価格(新築及び中古)をさらに引き下げることになり、不動産危機の問題を根本的に解決するものにはなりません。

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 1976年1月の周恩来首相の死去は同年4月の「四五天安門事件」を引き起こし、同年9月の毛沢東主席の死去は翌10月の四人組逮捕に結びつき、1989年4月の胡耀邦前総書記の死去は「六四天安門事件」の運動が始まるきっかけとなりました。なので、ここれまで中国当局は死去した過去の有力者に対する追悼の動きが人々の不満を表面化させるきっかけにならないよう細心の注意を払ってきました。そのため1997年のトウ小平氏、2008年の華国鋒氏(元党主席・総理)、2019年の李鵬氏(元総理)、2022年の江沢民氏(元総書記・国家主席)の死去の後は人々の不満が噴出するような動きはありませんでした。ただ、昨年(2022年)11月末の江沢民氏の死去の直後に「ゼロコロナ政策」の突然の解除があったように、「人々の不満を表面化させないように」という配慮に基づいて、有力者の死去がそれまでの硬直的な政策を変更するきっかけになることはあり得ると思います。今回、李克強氏が68歳という若さで亡くなったことは残念でしたが、李克強氏の死去をきっかけにして、習近平政権が「何も言わない」「何もしない」状態から脱却して、低迷する経済状況下の中国の人々の「息詰まる思い」を解消する方向で新しい政策が的確に打ち出されるようになればいいなぁ、と私は願っています。

 

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