« 中国マンション市場に蔓延する不安の行方 | トップページ | 第20期三中全会はいつやるのだろうか »

2023年9月 9日 (土)

中国共産党は機能不全状態を自己修正できるか

 日本のALPS処理水の海洋放出に対する中国側の反応を見て、日本の多くの人(普段は中国にあまり関心を持っていない人も含めて)は「習近平政権の中国の反応は常識的に見てもちょっとおかしいんじゃないかなぁ?」と感じたと思います。最近の中国の政策は、結果的に中国自身にとってマイナスになっている部分があったり、打ち出される複数の政策の間に矛盾があったりすることが多いからです。例えば、処理水の海洋放出に反対する機運を盛り上げるのが「アメリカ寄りの日本に対する対抗措置のため」なのだしたら、8月に諸外国に対する団体旅行の解禁を行った時、日本も含めて解禁したのはなぜか、という疑問が生じます。日本に対する団体旅行解禁除外は、日本に打撃を与える有効な外交カードとして使えたはずだからです。

 このほかにも、最近の習近平政権の政策は、学習塾における営利活動の禁止やIT企業への締め付けの強化など、経済活動にマイナスの効果をもたらす政策が次々に打ち出されて、まるで自分で自分の首を絞めているようにさえ見えます。基本方針として「共同富裕」を掲げる一方で、この7月には中国共産党と国務院が「民営経済の発展強化を促進するための意見」を打ち出すなど、民間企業が営利目的で活動を活発化させることを奨励するのかしないのか中国政府が進める政策の方向性がサッパリわかりません。

 これは様々な分野を担当する中国政府の各担当部署を横串で貫いて総合調整を図るべき中国共産党が機能を果たしていないことを意味していると私は考えています。

 私は1986年~1988年にも北京に駐在していましたが、この頃の日中間では、尖閣諸島問題や日本の政治家の靖国神社参拝問題など今に続く問題があったほか、光華寮問題、東芝ココム問題、雲の上の人発言問題など(下記注参照)様々な問題がありました。しかし、これらの諸問題についてトウ小平氏は「中国も日本もれっきとした独立国だ。二つの独立国の間では二つや三つの問題が生じることは自然なことだ。全く問題のないことの方がおかしい。個々の問題については話し合いで解決する、それが外交というものだ。」と発言して、様々な個々の問題があるからといって日本との関係を悪化させてはならない、という方向性を明確に打ち出していました。この当時中国がこういう対日姿勢を示していたのは、1980年代の中国が経済発展のために日本の資金と技術を必要としていたからです。トウ小平氏の中国共産党は、このように中国の国益に立脚して全体を貫く大きな方向性を中国政府の各担当部署に明確に示していたのです。

(注)

光華寮問題:1972年の日中国交正常化前から京都にあった留学生の寮について日本の裁判所が1972年以降も台湾当局が所有権を持つことを認定した問題

東芝ココム問題:東芝機械が機微技術を含む製品を旧ソ連向け輸出した事件をきっかけとして日本政府が中国向け輸出管理も強化した問題

雲の上の人発言問題:日本の外務省幹部がトウ小平氏のことを「雲の上の人になったみたいだ」と発言したことに対して中国側が反発した問題

 昨今の様々な問題について多くの人が気付いているように、中国が抱える様々な問題について、習近平氏は何もコメントしないので、中国共産党及び中国政府の個々の担当者は、それぞれが抱える問題点に対して「習近平氏はこう考えているんじゃないかなぁ」と自分で推測して(習近平氏の意向を忖度(そんたく)して)対処しているように見えます。各担当者がそれぞれバラバラに「忖度」して対処しているので、中国政府が打ち出す様々な政策が統一性のないバラバラなものに見え、それぞれの政策が中国の国益にとってどういう目的を持つのかが全くわからないような状況になっているのだと思います。

 この点については、このブログの2023年7月8日付け記事「何も言わない皇帝を忖度(そんたく)する官僚たち」に書いたところです。最近、多くのチャイナ・ウォッチャーが同じように「習近平氏は何も言わない。各個別の担当者が習近平氏の意向を勝手に忖度してバラバラな政策を打ち出している」という認識について書くようになりました。7月8日の時点で書いた私の見方は、たぶん多くのチャイナ・ウォッチャーの間の共通認識として定着しつつあるのだろうと思います。

 中国共産党や中国政府の各担当者がそれぞれバラバラに習近平氏の意向を忖度して政策を進めることにより、中国共産党も中国政府も組織としての対応が全然できていない、ということを図らずも露呈させてしまったのが7月末に北京周辺を襲った大雨による洪水でした。

 7月末の大雨によって、北京や河北省で洪水が発生し、特に河北省のタク州市(「たく」は「豚」の「月」を「さんずい」に替えた字)での浸水被害がひどかったことは日本でも報道されました。北京に隣接する河北省の平原地帯では、以前から、北京での浸水被害を防ぐため海抜の低い地域が「遊水区」として指定されて、大雨が降った時には「遊水区」に水を誘導するように河川の水門等が設置されていました。ところが2017年以降、以前は「遊水区」として設定されていた湿地帯周辺地域が習近平氏肝入りの副都心都市「雄安新区」として開発されてしまったため、今回の大雨ではタク州市周辺の住民に避難指示を出した上で、意図的にタク州市周辺に水が向かうように水門の開閉を行ったのだそうです。雨の量が想定外に多かったので、タク州市の浸水地域は想定より大きくなってしまった、というのが被害の実態だったようです。

 問題だったのは、洪水が起きた後で「雄安新区」を視察した河北省中国共産党委員会書記の倪岳峰(日本語読みで「げい・がくほう」)氏が「(河北省は)断固として北京を守る外堀となる」と発言したことです。この話は「週刊東洋経済」(2023年8月26日号)の「中国動態」のページでジャーナリストの田中信彦氏が「洪水の元凶『忖度政治』に怒り拡大」と題してレポートしています。同じ話は以下のネット上の二つの記事でも取り上げられています。

☆「北京を守るのに地方100万人を犠牲に、大洪水で露見した中国の非人道的な治水」
(2023年8月19日11:02アップ JBPress 福島香織氏)

☆「習近平主導プロジェクト『雄安新区』を守るため犠牲となって沈んだ町、北京の隣・タク州市水害の死者…実は数千人規模?」 (2023年8月30日 6:04アップ 現代ビジネス 北村豊氏)

 この事態から見えてくることは、中国共産党や中国政府の幹部は、「中国人民の生命・財産を守り生活を向上させること」、「中華人民共和国の国益にとってプラスになること」はもちろんのこと「中国共産党政権の維持強化のためにプラスになること」すらどうでもよく、ただひたすらに「習近平氏に気に入ってもらえるようなこと」のみを目指して行動している、ということです。なぜなら、河北省党書記の倪岳峰氏の「(河北省は)断固として北京を守る外堀となる」という発言は、人民の心を中国共産党から離反させ、中国共産党政権の維持強化のためにはマイナスであることは明らかだからです(河北省党書記がそのことを自分で気付いていないのだとしたら、既に中国共産党という組織の終わりが見えた、といっても過言ではないと思います)。

 この河北省の洪水を巡る一件は、おそらく中国共産党の内部でも問題になっただろうし、タイミングから言って、直後に行われた北戴河会議でも問題視された可能性があります。だからこそ、習近平氏も李強氏も河北省の洪水被災地に視察に行かなかったという想像もできます(視察に行ったら被災地の人たちから何を言われるかわかりませんからね)。

 最近、習近平氏がテレビのニュースに登場する回数がめっきり減ったことや今インドで開催されているG20に習近平氏が欠席した(李強氏が代わりに出席している)ことの背景には、この洪水を巡って中国共産党内部で習近平氏に対する冷たい風が吹いていることがあるのかもしれません。

 上の記事でも紹介したジャーナリストの福島香織氏は、ネット上の JBPress の別の記事「中国・習近平が『やる気』喪失?BRICSでの弱々しい姿に憶測飛び交う」(2023年8月27日11:02アップ)で、消息筋の話として、様々な問題の発生について担当者を問い詰めた習近平氏が「誰ひとり、積極的な意見を言わず、責任ある態度もとろうとしないことに習近平は腹を据えかね、『君たちが何もしないなら、私も何もしたくない』」と「寝そべり宣言」をした、とまで書いています。

 この福島香織氏が書いている話が本当なのかどうかは私にはわかりませんが、まぁ、「自分が中国のリーダーとして世界を引っ張って行くのだ」という気力と気概があるのだったら、堂々とインドでのG20に出席しただろうなぁ、と私は思いますね。

 習近平氏は、昨日(2023年9月8日(金))の中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」に「習近平氏は黒竜江省を視察した」というトップニュースの中で登場していました。私が見る限り、特段外国出張に行けないような健康上の問題があるようには見えませんでした。

 今回の習近平氏の黒竜江省視察の内容は以下の通りでした。

・大興安嶺地区の自然森林地区で、森林管理や山火事防火・消防対策の状況について視察した

・中国最北端の村を訪れ、生態に密着した産業・観光業等の実情について視察した。

・洪水被害を受けた農村を訪れ、イネの被害状況や被災した住宅の復旧建築現場を視察した。

・ハルビン工業大学を視察して、国防科学技術に対する貢献についての状況を視察した。

 黒竜江省は、7月末~8月初旬の台風五号が変化した熱帯低気圧による洪水被害がひどかった地域の一つなのですが、「いつもの地方視察と同じようなニュース映像」でした。私の率直な感想は「洪水被害が中国国内でこれだけ問題になっている中、被災してから一ヶ月以上経過してから被災地を訪問するのはあまりにタイミングが遅すぎる」「ニュースでの報じ方においても洪水関係に全く重点が置かれていない」「『水をかぶったけれども何とか成長しているイネを見たり、住宅の復旧建築現場を見たりするだけで、洪水被害のひどさがわかるのか!』と感じる視聴者が多かったのじゃないかなぁ」というものでした。

(注)習近平氏の自然災害被災地の視察って、いつも「こんなもん」です。2020年8月の洪水被災地の訪問において、自ら長靴を履いて住宅から泥を掻き出す作業をしている住民と直接言葉を交わした李克強氏の洪水被災地視察との様子の違いについては、このブログの2020年8月22日付け記事「習近平氏の安徽省視察と李克強氏の重慶市視察」をご参照ください。

 G20の欠席や黒竜江省視察を含めて一連の習近平氏の言動から私が感じているのは以下の点です。

○習近平氏は重要な具体的政策課題について何も言わないのは、自分が責任を取りたくないからだ。外国首脳との原稿なしの直接対決となる会談(場合によってはそれをテレビカメラの前でやらざるを得ない)が避けられないG20には出たくない、と習近平氏は考えたのだ。

○中国共産党及び中国政府の各担当者が自分(習近平氏)に忖度してそれぞれがバラバラな判断をしているのだが、習近平氏はその状態を是正することができない(組織運営の改善について相談できる側近が周囲にいない)。

 「習近平氏は責任あるリーダーで、自分で責任を持って諸問題を解決しようとそれぞれの担当者たちと懸命に検討している」という「リーダー像」を中国人民の前に見せたいのだったら、そういうふうな地方視察スケジュールを組んで、そういうふうなテレビニュースの映像を編集するでしょ、それができていないのだから少なくとも「優れたPR担当の側近」が習近平氏の周囲にいないことは私にもわかります。

 最も大きな問題は、不動産企業の経営危機問題から出発して、金融危機の発生や地方政府の財政破綻の問題が懸念される中、迅速で大きな判断を必要とするこれらの問題に対処するための機能を習近平氏の中国共産党は持っているのだろうか、という懸念が中国国内でも広まっているのだろうと想像されることです。様々な危機を警告するサインが出ている中で、習近平政権は、タイムリーかつ有効な手段を打てていないからです。

 8月30日、中国人民銀行と中国金融監督管理総局が住宅ローンの頭金比率と金利の引き下げの方針を示し、9月1日までに北京、上海、広州、深センの四つの「一線都市」が一件目よりも条件が厳しくなる「二件目以降」の認定基準を緩和したことにより、この一週間、北京や上海では新築及び中古マンションの販売が急速に増えているそうです。ただし、多くの不動産の専門家は、この動きは短期的かつ住み替え需要が強い「一線都市」の範囲に留まると見ており、全国規模の不動産市場の危機的状況を根本的に変えることにはならないだろうと見ています。

 こうした中、今、外国企業や中国の富裕層による中国国外への資産の持ち出し(キャピタル・フライト)が現実化しているのではないかと懸念されています。中国人民銀行は人民元の対米ドルレートがあまり下がらないように様々な手段を講じていますが、人民元安の圧力は収まっていません(今日(2023年9月9日(土)付け日本経済新聞朝刊11面記事「人民元15年9ヵ月ぶり安値 対ドル、米との金利差拡大で 中国、過度な変動阻止へ」参照)。私はこうしたキャピタル・フライトの背景には「仮に金融危機のような状態が起きても習近平政権は適切に対応できないのではないか」という懸念が広まっていることがあるのではないかと見ています。

 1976年10月、中国共産党は自ら「四人組」を逮捕することによって文革派グループの支配による中国共産党の機能不全を阻止しました。トウ小平氏を復活させて、1981年6月に「文革」を批判する「歴史決議」を打ち出すまで、約5年の年月を掛けて、中国共産党は「文革体制」から「改革開放」の体制に自らを自己修正したのでした。仮に現在の習近平体制に中国共産党の組織としての機能不全をもたらす状況があるのだとしても、それを自ら修正する能力を中国共産党は持っていないのでしょうか。

 一番問題なのは、「文革」から「改革開放」までの中国共産党の自己修正には5年の年月が掛かったの対し、現在、目の前に存在している不動産企業の経営危機から金融危機・地方政府の財政破綻への移行の危機は、それだけの時間待ってはくれない、ということです。1990年の日本の平成バブル崩壊も2008年のアメリカのリーマン・ショックも、その対応は適切ではなかったかもしれませんが、少なくともこの時点で日本やアメリカの政府は「通常モード」で機能していました。現在の中国共産党の内実が「機能不全」の状態にあるのだとしたら、仮にそこに金融危機のような状態が発生したら世界は今まで経験したことのない混乱に陥ることになるのかもしれせん。

 人民元安に現れている中国国内からの資金流出(キャピタル・フライト)は、中国国内にいる企業や富裕層がそういう事態になることを懸念して起きているかもしれないことを私たちは軽く考えてはいけないと思います。

 

|

« 中国マンション市場に蔓延する不安の行方 | トップページ | 第20期三中全会はいつやるのだろうか »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 中国マンション市場に蔓延する不安の行方 | トップページ | 第20期三中全会はいつやるのだろうか »