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2023年9月30日 (土)

恒大集団の会長・許家印氏の拘束の次に起きること

 経営危機に陥っている中国の不動産大手の恒大集団の会長で創業者の許家印氏の動向については、9月に入ってから、中国のネット上では「許家印氏は広州の恒大集団の本社に出社しているようだが、彼のサインが必要な決済文書は担当者が彼のところに持って行って決済してもらっているようで、外部の人間は許家印氏には会っていない。許家印氏は実質的に中国当局の監視下に置かれているのではないか。」というウワサが流れていました。こうした中、9月27日、ブルームバーグ通信が「許家印氏は中国当局に拘束されいているようだ」と報じました。ここまでは「ウワサ」の類の話でしたが、9月28日、恒大集団は「当社の会長・許印家に犯罪行為があったとして当局が『強制措置』をとった」と発表しました。この恒大集団自身の発表により、許家印氏の拘束が「ウワサ」ではなく「事実」であることがハッキリしたので、中国国内には衝撃が走っているようです。許家印氏は、恒大集団をゼロから創ったワンマン経営者であり、彼がいなくなったら恒大集団は会社としては何もできなくなってしまうのではないか、と思われるからです。

 許家印氏の拘束との因果関係はわかりませんが、同じ9月28日、香港証券取引所は8月28日から再開されていた恒大集団の株の取引を再び停止しました。

 私が今日(2023年9月30日(土))の正午頃見たテンセント網・房産チャンネルには「国家はなぜ今のタイミングで手を動かして許家印を拘束したのか」と題する「解説動画」がアップされていました。アップされたのは日本時間の9月29日22:15で、私が見た時点ではまだ14時間も経過していませんでしたが、既に「43万人が視聴した」という表示が出ていました。この案件は、中国国内でも非常に関心が高いようです。

 この解説動画で解説している人は「国家はなぜ今のタイミングで手を動かして許家印を拘束したのか」という問に対して「答えは簡単だ。恒大を救って活かしておくことができなくなったからだ。」と説明していました。ほかにも許家印氏の拘束を受けて「何があったのか」「これからどうなるのか」についての「解説動画」が多数アップされていて、私も全部は見切れていないのですが、多くの「解説動画」で指摘しているのは、2021年に恒大がドル建て社債のデフォルト(債務不履行)を起こしていながら中国当局がこれまで強制措置を講じてこなかったのは、恒大に経営再建への努力をさせ、数多く発生させている「爛尾楼」(資金不足により建設途中で工事が停止して購入者に引き渡すことができないマンション)の工事を自力で再開させ、予約販売において既に資金を振り込んでいる購入者にきちんとマンションを引き渡すこと(中国語で「保交楼」)を実行させようとしてきたからだ、という見方です。

 9月16日、中国恒大集団の富裕層向け資産管理部門、恒大財富の責任者の杜亮氏が中国当局に拘束されました。また、9月25日、中国メディアの財新は、中国恒大集団の元CEO(最高経営責任者)の夏海鈞氏と元CFO(最高財務責任者)の潘大栄氏が中国当局に拘束されたと報じました。同日、恒大集団は支払い期限が来た人民元建て債券40億元の元利金を支払えませんでした。これら一連の動きを見ていると、中国当局は、恒大に「自助努力による『保交楼』の完了」をやらせることはもはや不可能になったと判断した可能性があります。

 一方、8月に発表された恒大集団の経営情報資料において、恒大集団の株の24.74%を保有する許家印氏の奥さんについて「当集団と独立した個人」と表現していたことから、中国のネット上では「許家印氏は奥さんと既に離婚しているということか」「この離婚は『技術的離婚』であって資産の一部を『元奥さん』に託して国外に移転しようとしているのではないか」といった見方が出ていました。今回、一部の報道によると恒大集団の関連子会社の幹部である許家印氏の次男も当局に拘束されたということで、許家印氏は「自助努力」と称して集めた資金を「爛尾楼」の建設工事再開に回さずに自分の資産として家族を通じて国外に退避させようとしているのではないか、という疑いがネット上で指摘されていました。こうした事情から、中国当局も恒大による「自助努力の経営再建」はもはや不可能だと判断したのかもしれません。

 そうなると中国の人たちにとって気になるのは「これから恒大集団はどうなるのか」「まだ大量に残っている『爛尾楼』はきちんと完成されるのか」ということです。ある「解説動画」によると、恒大が作り出した「爛尾楼」は620万戸にも上るのだそうです。中国当局が恒大の自助努力による経営再建はもはやムリだと判断しているのならば、社会の安定の観点から、中国当局は恒大集団の資産を接収するなどして、大量に残っている「爛尾楼」の完成を政府の力で実施するのではないか、という見方をする「解説動画」も複数ありました。「党と政府は一般庶民の方を向いているはずだ。私たちは党と政府を信頼している。」と言っている「解説動画」もありました。

 ただ、問題は、こうした巨大企業の経営危機の問題が発生した時、被害に遭った数多くの人たちを救済するために政府が介入することになったとしても、全ての人を100%救済することは不可能で、「一部または全部が救済対象外」に置かれる人たち(いわば「ババを引く人たち」)が必ず発生する、ということです。

 2008年に表面化したアメリカのサブ・プライム・ローンの問題に関しては、アメリカ政府とFRB(連邦制度理事会)はベアー・スターンズは救済しましたが、リーマン・ブラザーズは救済しませんでした。今年(2023年)3月、スイスの二大銀行の一つクレディ・スイスの経営危機の問題が発生した時、スイス政府とスイス国立銀行はクレディ・スイスの株主については持ち分の一部を保護しましたが、AT1債(劣後債の一種)の保有者に対しては全てを負担させました(この点については、銀行の経営破綻時の損失負担の優先順位の観点で問題だという裁判が現在提起されているようです)。

 中国の不動産企業の場合、「爛尾楼」の問題だけでなく、建設工事を請け負ったのに建設代金が支払われていない建設会社(それに関連して給与を支払われていない建設会社の労働者)やその他の恒大に対する「売掛金」を持つ多数の企業がありますから、誰を救済し、誰に損失をかぶってもらうか、は非常に難しい問題です。「誰をどの程度救済するか、誰に損失をかぶってもらうか」については、普通の(民主主義の)国では、国会で議論した法律に基づいて決定され、その決定に不満を持つ利害関係者は裁判を提起して争う方法がありますが、中国のように「政策も裁判も全ては中国共産党が決める」体制の場合は、「誰をどれだけ救済するか」については、決めるのは簡単ですが、決めた後が大変です。数多くの利害関係者に意見を言うチャンスがないからです。最後は人民解放軍を出動させて「黙れ!中国共産党が決めたことに従え!」と中国人民を抑え付けることになるのでしょうが、そうやって抑え込まれた中国14億人の人民の不満の矛先は、結局は中国共産党に向かうことになります。

 中国の不動産企業の経営危機の問題については、恒大集団というひとつの巨大企業が作り出した負債の問題だけに留まりません。恒大とトップを競っていた碧桂園やその他多数の中小不動産企業も大なり小なり同じような問題を抱えているからです。政府が介入するにしても「A社には政府が介入した」「B社に対しては政府は何もしなかった」という問題は必ず生じます(2008年のアメリカにおける「ベアー・スターンズは救済した」「リーマン・ブラザーズは救済しなかった」のように)。現実問題として、中国には数多くの不動産企業がありますから、政府が介入するとしても、対象はたぶん少数の「大手」だけであって、大多数の中小の不動産企業については中国政府は「潰れるがまま」にするしかないと思います。

 さらに中国の不動産問題の場合にやっかいなのは、地方政府がその財政収入の多くを土地使用権売却収入に頼ってきたという事実です。不動産企業の破綻の問題は、すぐに中国の地方政府の財政破綻の問題に直結します。さらに、この問題は中国の地方政府が主体となって実施してきた各種のインフラ投資が今後どうなるかにも繋がっていきます。

 この国慶節連休を前にして、福建省の福州と厦門を結ぶ高速鉄道が開通しました。中国のテレビのニュースでは海の上に架かる長大な鉄道橋の上を走る高速列車の映像を放映していました。中国では「八縦八横」と呼ばれる縦横に走る高速鉄道網が建設中です。しかし経営的に黒字化できる高速鉄道路線は北京-上海線くらいだと言われており、これらの高速鉄道網が日本の旧国鉄と同じ運命をたどる可能性は小さくありません。中国各地で建設されている高速道路網や空港も同様です。

 借金体質の拡大にストップを掛け、過去の借金を整理するに際しては、どうしても誰かが一定程度の被害をかぶる「血の出る改革」が必要となります。日本の経験で言えば、1980年代の国鉄改革に際しては数多くの旧国鉄労働者が苦しい思いを強いられましたし、1990年代の平成バブル崩壊後の不良債権処理では、いろいろな人がいろいろな形で「血を流した」のでした。中国の人たちは、今の段階では「中国共産党が何とかしてくれる。私たちは党と政府を信頼している。」と言っていますが、おそらくは全員が「自分だけは『血を流す』ことはないはずだ」と考えていると思います。

 私は今、「借金を整理するに際しての『痛み』」について「血を流す」という比喩的な表現を使いましたが、中国に関してはこれは「言ってはならない比喩」だったかもしれません。1980年代の改革開放路線の軌道修正の過程の1989年6月に実際に数多くの中国の人々の「血が流れた」からです。

 既に今日(9月30日)あたりは街中で大きな旅行カバンを押しながら歩く中国人観光客らしき人たちを数多く見掛けました。この国慶節の連休中、この夏に打ち出されたマンション購入のための様々な制限緩和(頭金規制の緩和や住宅ローン金利に引き下げ)を受けてマンション見学をする中国の人たちも多いと思います。国慶節の連休が明けて、連休期間中の中国国内でのマンションの売れ行きぐあいがどうだったのか、というニュースが流れる頃には、「恒大を巡る次の動き」即ち恒大の清算や中国政府の介入による「保交楼」の促進といった話が出てくるかもしれません。逆にそういった「政府の介入」がもしこれから何もないのだとしたら、たぶんそれは今の時点では「我々は党と政府を信頼している」と言っている中国の人たちの期待を裏切ることになると思います。

 恒大集団の会長・創業者の許家印氏の拘束により、中国の不動産危機を巡る情勢は、明らかに「次のフェーズ」に進んだと言えると思います。

 

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