« 2023年8月 | トップページ | 2023年10月 »

2023年9月

2023年9月30日 (土)

恒大集団の会長・許家印氏の拘束の次に起きること

 経営危機に陥っている中国の不動産大手の恒大集団の会長で創業者の許家印氏の動向については、9月に入ってから、中国のネット上では「許家印氏は広州の恒大集団の本社に出社しているようだが、彼のサインが必要な決済文書は担当者が彼のところに持って行って決済してもらっているようで、外部の人間は許家印氏には会っていない。許家印氏は実質的に中国当局の監視下に置かれているのではないか。」というウワサが流れていました。こうした中、9月27日、ブルームバーグ通信が「許家印氏は中国当局に拘束されいているようだ」と報じました。ここまでは「ウワサ」の類の話でしたが、9月28日、恒大集団は「当社の会長・許印家に犯罪行為があったとして当局が『強制措置』をとった」と発表しました。この恒大集団自身の発表により、許家印氏の拘束が「ウワサ」ではなく「事実」であることがハッキリしたので、中国国内には衝撃が走っているようです。許家印氏は、恒大集団をゼロから創ったワンマン経営者であり、彼がいなくなったら恒大集団は会社としては何もできなくなってしまうのではないか、と思われるからです。

 許家印氏の拘束との因果関係はわかりませんが、同じ9月28日、香港証券取引所は8月28日から再開されていた恒大集団の株の取引を再び停止しました。

 私が今日(2023年9月30日(土))の正午頃見たテンセント網・房産チャンネルには「国家はなぜ今のタイミングで手を動かして許家印を拘束したのか」と題する「解説動画」がアップされていました。アップされたのは日本時間の9月29日22:15で、私が見た時点ではまだ14時間も経過していませんでしたが、既に「43万人が視聴した」という表示が出ていました。この案件は、中国国内でも非常に関心が高いようです。

 この解説動画で解説している人は「国家はなぜ今のタイミングで手を動かして許家印を拘束したのか」という問に対して「答えは簡単だ。恒大を救って活かしておくことができなくなったからだ。」と説明していました。ほかにも許家印氏の拘束を受けて「何があったのか」「これからどうなるのか」についての「解説動画」が多数アップされていて、私も全部は見切れていないのですが、多くの「解説動画」で指摘しているのは、2021年に恒大がドル建て社債のデフォルト(債務不履行)を起こしていながら中国当局がこれまで強制措置を講じてこなかったのは、恒大に経営再建への努力をさせ、数多く発生させている「爛尾楼」(資金不足により建設途中で工事が停止して購入者に引き渡すことができないマンション)の工事を自力で再開させ、予約販売において既に資金を振り込んでいる購入者にきちんとマンションを引き渡すこと(中国語で「保交楼」)を実行させようとしてきたからだ、という見方です。

 9月16日、中国恒大集団の富裕層向け資産管理部門、恒大財富の責任者の杜亮氏が中国当局に拘束されました。また、9月25日、中国メディアの財新は、中国恒大集団の元CEO(最高経営責任者)の夏海鈞氏と元CFO(最高財務責任者)の潘大栄氏が中国当局に拘束されたと報じました。同日、恒大集団は支払い期限が来た人民元建て債券40億元の元利金を支払えませんでした。これら一連の動きを見ていると、中国当局は、恒大に「自助努力による『保交楼』の完了」をやらせることはもはや不可能になったと判断した可能性があります。

 一方、8月に発表された恒大集団の経営情報資料において、恒大集団の株の24.74%を保有する許家印氏の奥さんについて「当集団と独立した個人」と表現していたことから、中国のネット上では「許家印氏は奥さんと既に離婚しているということか」「この離婚は『技術的離婚』であって資産の一部を『元奥さん』に託して国外に移転しようとしているのではないか」といった見方が出ていました。今回、一部の報道によると恒大集団の関連子会社の幹部である許家印氏の次男も当局に拘束されたということで、許家印氏は「自助努力」と称して集めた資金を「爛尾楼」の建設工事再開に回さずに自分の資産として家族を通じて国外に退避させようとしているのではないか、という疑いがネット上で指摘されていました。こうした事情から、中国当局も恒大による「自助努力の経営再建」はもはや不可能だと判断したのかもしれません。

 そうなると中国の人たちにとって気になるのは「これから恒大集団はどうなるのか」「まだ大量に残っている『爛尾楼』はきちんと完成されるのか」ということです。ある「解説動画」によると、恒大が作り出した「爛尾楼」は620万戸にも上るのだそうです。中国当局が恒大の自助努力による経営再建はもはやムリだと判断しているのならば、社会の安定の観点から、中国当局は恒大集団の資産を接収するなどして、大量に残っている「爛尾楼」の完成を政府の力で実施するのではないか、という見方をする「解説動画」も複数ありました。「党と政府は一般庶民の方を向いているはずだ。私たちは党と政府を信頼している。」と言っている「解説動画」もありました。

 ただ、問題は、こうした巨大企業の経営危機の問題が発生した時、被害に遭った数多くの人たちを救済するために政府が介入することになったとしても、全ての人を100%救済することは不可能で、「一部または全部が救済対象外」に置かれる人たち(いわば「ババを引く人たち」)が必ず発生する、ということです。

 2008年に表面化したアメリカのサブ・プライム・ローンの問題に関しては、アメリカ政府とFRB(連邦制度理事会)はベアー・スターンズは救済しましたが、リーマン・ブラザーズは救済しませんでした。今年(2023年)3月、スイスの二大銀行の一つクレディ・スイスの経営危機の問題が発生した時、スイス政府とスイス国立銀行はクレディ・スイスの株主については持ち分の一部を保護しましたが、AT1債(劣後債の一種)の保有者に対しては全てを負担させました(この点については、銀行の経営破綻時の損失負担の優先順位の観点で問題だという裁判が現在提起されているようです)。

 中国の不動産企業の場合、「爛尾楼」の問題だけでなく、建設工事を請け負ったのに建設代金が支払われていない建設会社(それに関連して給与を支払われていない建設会社の労働者)やその他の恒大に対する「売掛金」を持つ多数の企業がありますから、誰を救済し、誰に損失をかぶってもらうか、は非常に難しい問題です。「誰をどの程度救済するか、誰に損失をかぶってもらうか」については、普通の(民主主義の)国では、国会で議論した法律に基づいて決定され、その決定に不満を持つ利害関係者は裁判を提起して争う方法がありますが、中国のように「政策も裁判も全ては中国共産党が決める」体制の場合は、「誰をどれだけ救済するか」については、決めるのは簡単ですが、決めた後が大変です。数多くの利害関係者に意見を言うチャンスがないからです。最後は人民解放軍を出動させて「黙れ!中国共産党が決めたことに従え!」と中国人民を抑え付けることになるのでしょうが、そうやって抑え込まれた中国14億人の人民の不満の矛先は、結局は中国共産党に向かうことになります。

 中国の不動産企業の経営危機の問題については、恒大集団というひとつの巨大企業が作り出した負債の問題だけに留まりません。恒大とトップを競っていた碧桂園やその他多数の中小不動産企業も大なり小なり同じような問題を抱えているからです。政府が介入するにしても「A社には政府が介入した」「B社に対しては政府は何もしなかった」という問題は必ず生じます(2008年のアメリカにおける「ベアー・スターンズは救済した」「リーマン・ブラザーズは救済しなかった」のように)。現実問題として、中国には数多くの不動産企業がありますから、政府が介入するとしても、対象はたぶん少数の「大手」だけであって、大多数の中小の不動産企業については中国政府は「潰れるがまま」にするしかないと思います。

 さらに中国の不動産問題の場合にやっかいなのは、地方政府がその財政収入の多くを土地使用権売却収入に頼ってきたという事実です。不動産企業の破綻の問題は、すぐに中国の地方政府の財政破綻の問題に直結します。さらに、この問題は中国の地方政府が主体となって実施してきた各種のインフラ投資が今後どうなるかにも繋がっていきます。

 この国慶節連休を前にして、福建省の福州と厦門を結ぶ高速鉄道が開通しました。中国のテレビのニュースでは海の上に架かる長大な鉄道橋の上を走る高速列車の映像を放映していました。中国では「八縦八横」と呼ばれる縦横に走る高速鉄道網が建設中です。しかし経営的に黒字化できる高速鉄道路線は北京-上海線くらいだと言われており、これらの高速鉄道網が日本の旧国鉄と同じ運命をたどる可能性は小さくありません。中国各地で建設されている高速道路網や空港も同様です。

 借金体質の拡大にストップを掛け、過去の借金を整理するに際しては、どうしても誰かが一定程度の被害をかぶる「血の出る改革」が必要となります。日本の経験で言えば、1980年代の国鉄改革に際しては数多くの旧国鉄労働者が苦しい思いを強いられましたし、1990年代の平成バブル崩壊後の不良債権処理では、いろいろな人がいろいろな形で「血を流した」のでした。中国の人たちは、今の段階では「中国共産党が何とかしてくれる。私たちは党と政府を信頼している。」と言っていますが、おそらくは全員が「自分だけは『血を流す』ことはないはずだ」と考えていると思います。

 私は今、「借金を整理するに際しての『痛み』」について「血を流す」という比喩的な表現を使いましたが、中国に関してはこれは「言ってはならない比喩」だったかもしれません。1980年代の改革開放路線の軌道修正の過程の1989年6月に実際に数多くの中国の人々の「血が流れた」からです。

 既に今日(9月30日)あたりは街中で大きな旅行カバンを押しながら歩く中国人観光客らしき人たちを数多く見掛けました。この国慶節の連休中、この夏に打ち出されたマンション購入のための様々な制限緩和(頭金規制の緩和や住宅ローン金利に引き下げ)を受けてマンション見学をする中国の人たちも多いと思います。国慶節の連休が明けて、連休期間中の中国国内でのマンションの売れ行きぐあいがどうだったのか、というニュースが流れる頃には、「恒大を巡る次の動き」即ち恒大の清算や中国政府の介入による「保交楼」の促進といった話が出てくるかもしれません。逆にそういった「政府の介入」がもしこれから何もないのだとしたら、たぶんそれは今の時点では「我々は党と政府を信頼している」と言っている中国の人たちの期待を裏切ることになると思います。

 恒大集団の会長・創業者の許家印氏の拘束により、中国の不動産危機を巡る情勢は、明らかに「次のフェーズ」に進んだと言えると思います。

 

| | コメント (0)

2023年9月23日 (土)

台湾有事よりも中国共産党有事の方が心配なのかも

 中国の習近平政権の「ちょっと変な動き」が続いています。特に外交関係で打ち出されるメッセージが「方向性が統一されておらずバラバラ」で、中国共産党内部に組織的問題があるのではないか、と伺わせます。私が「ちょっと変だ」と感じている点は以下の諸点です。

○日本のALPS処理水の海洋放出に関して強烈な対日批判を展開している一方で、9月3日の「抗日戦争勝利記念日(日本の降伏文書署名の日を記念する日)」や9月18日の「(満州事件のきっかけとなった)柳条湖事件記念日」には特段の動きはなく、むしろ通常の年よりも平穏なくらいだった。

○ニューヨークでの国連総会に韓正国家副主席が出席し、9月18日に韓正氏がアメリカのブリンケン国務長官と会っている同じタイミングで、王毅外相はモスクワを訪問して中ロの緊密な関係を演出していた。このタイミングで人民日報は9月20日、一面トップで「習近平氏が抗日戦争中のアメリカ義勇軍航空隊を賞賛する返信の手紙を送った」と報じて米中関係改善を望む姿勢を打ち出した。

○9月21日、中国海事局が天然ガス掘削船を尖閣諸島付近の日中中間線より日本側に曳航する旨の発表を行ったが、翌22日に日本の松野官房長官が記者会見で中国側に申し入れを行った旨を述べた直後、中国側はこの発表を取り消した。報道によれば、中国側は日本政府に対して「入力ミスだった」と連絡してきた由。

 三番目の案件は、中国側が釈明していることを踏まえれば、純粋に「事務的ミス」だった可能性もありますが、「事務的ミス」だったとしても、海事局が外交上大問題となるような案件をホームページ上にアップするのを事前にチェックできなかった、という点で「組織上のたるみ」がある、と言われてもしかたがないと思います。特に海事局がこの発表を行った日は、習近平氏が杭州で開かれるアジア大会開会式に出席することの正式発表があったのと同じ日であり、意地悪く勘ぐれば、習近平氏に反対する勢力が、アジア大会開会式に出席してアジア諸国との友好関係をアピールしたいと考えている習近平氏に対する「当てつけ」の嫌がらせをしたという見方もできます。同じような指摘は今年(2023年)2月にアメリカのブリンケン国務長官が訪中する直前にアメリカ本土上空に偵察用と見られる中国の気球が出現した時にも言われました。

 二番目の「習近平氏が抗日戦争中のアメリカ義勇軍航空隊を賞賛する返信の手紙を送った」という案件もいささか意味不明です。この「アメリカ義勇航空隊」の案件とは1941年に当時のアメリカの退役軍人らが抗日戦争中の中国に対してフライング・タイガーズ(中国名「飛虎隊」)を組織して支援したことを指すのだそうです。これを記念して1998年に「中米航空遺産基金」という団体が設立され、今回は習近平氏がこの団体の関係者に返信の手紙を出した、ということなのだそうです。当時のアメリカは蒋介石の中華民国を支援したのであって中国共産党を支援したわけではない、といった細かい話は脇に置いて置くとしても、このタイミングで習近平氏が返信の手紙を出したことを「人民日報」の1面トップに掲載したことは、中国がアメリカに対して「関係改善の意思がある」というメッセージを出したかったからだということは明らかです。最近の中国による一連の「日本たたき」が日米韓の連携強化に対する反発なのだとしたら、今回の「アメリカとの関係改善の意思の表明」は、中国の外交姿勢に全く一貫性がないことを印象づけるものだと私は感じました。

 さらにこの「中米航空遺産基金」に対する習近平氏の手紙の件については、9月20日付けの「人民日報」の2面に「飛虎隊の精神を代々伝承させよう」という解説記事が載っていたのに、翌9月21日付け「人民日報」2面にも「飛虎隊精神を伝承して中米民間友好を推進させよう」という解説記事が掲載されていたのを見て私は「変だな」と感じました。私は最初に21日付けの紙面を見たとき「あれ?昨日と同じ記事が載っているぞ」と思ったからでした。よく読むとこの二つの記事は全く同じではなく、前者は新華社の記者が書いたもの、後者は人民日報の記者が書いたものでした。別人が書いた記事なので全く同じではないのですが、同じ案件に関する記事なので情報としては重複する部分が多く、二日にわたって記事を掲載する意味を全く感じないものでした。日本でも、同じ案件に対して共同通信と時事通信がそれぞれ記事を書くことは日常的になされていますが、同じ新聞が両通信社の記事を両方載せるようなことはしないでしょう。「人民日報」があまり違わない内容の記事を二日連続で掲載した意味は不明です。アメリカとの関係改善を呼びかけるような記事の掲載自体が唐突でしたが、同じような記事の二日連続での「人民日報」への掲載も意味不明でした。背景にアメリカに対する対応方針に関する派閥争いのようなものがあるのだろうか、と私は勘ぐってしまいました。

 秦剛外交部長の突然の退任とか、李尚福国防部長の三週間にもわたる所在不明とか、最近の習近平政権には「意味不明」の動きが目立ちすぎます。日本のマスコミではどこも取り上げていませんが、7月25日の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」は、スカパー!の大富チャンネルで日本国内向けに録画放送された時には冒頭のニュースが放送されませんでした(冒頭の部分だけ「中国風景」という風景動画が流されていた)。「新聞聯播」は、中国中央電視台のホームページで見ることができますので、ネットで確認すると、スカパー!の大富チャンネルで放送されなかったのは、同日開催された中国共産党政治局第七次集体学習において軍の強化に関する議論がなされたことを報じる部分でした。ちょうどこの頃ロケット軍の幹部の交代があった時期なので、映像を提供する中国中央電視台の側かあるいは日本国内で放映する大富チャンネルの側かどちらかが何らかの考えに基づいて「日本国内で放映するのはマズい」と考えてこの部分だけカットしたのだと思います。日本のNHK等の報道を中国国内での放映時に「検閲カット」することは私は何回も経験していますが、日本国内で放映される中国国内で製作されたニュースが「検閲カット」されたのを見たのは私は初めてでした。軍を含めた中国国内で「何かが起きている」ことを想像させるような案件でした。

 2024年1月の台湾での総統選挙をきっかけとした中国共産党による台湾の武力統一行動、いわゆる「台湾有事」が懸念されていますが、著名なエコノミストのリチャード・クー氏は週刊東洋経済2023年8月5号の記事で「『バランスシート不況』の中国に台湾に侵攻する余裕はない」と言っていますし、アメリカのバイデン大統領はベトナム訪問時の9月11日、中国について「厳しい経済問題を抱えていることが台湾への侵攻に向かわせることになるとは思わない。おそらくはむしろ逆で経済問題を抱えていることにより台湾への侵攻の意欲が弱くなるかもしれない。」と語っています。

 アメリカは、おそらくは中国の内部で「何かが起きている」という情報を持っているのだろうと私は想像しています。アメリカと中国は昨日(2023年9月22日)、経済と金融に関する作業部会を設置することを発表しました。私はここに「金融」が含まれていることがキーだと考えています。今年7月、ブリンケン国務長官に続いて訪中したのが商務長官ではなくイエレン財務長官だったことからもアメリカは中国との関係について「通商・貿易問題」よりも「金融問題」の方を重視していると私は見ています。日本に次ぐ金額の大量のアメリカ国債を中国が保有していることを考えた時、現在進行中の中国の不動産バブルの崩壊現象が金融危機にまで発展することは、アメリカにとっては「他人事」ではなく完全な「自分の問題」であることがわかっているからです。

 中国の不動産企業がドル建て社債を償還ができなくなりそうな時、中国人民銀行は緊急のドル融資をするかもしれませんが、そのためのドルを手当てするために中国が持っているアメリカ国債を売却するかもしれません。中国による急激なアメリカ国債の売却は、アメリカ国債金利の急騰をもたらし、アメリカ経済のみならず世界経済に大きな衝撃を与えます。ですから、アメリカはそういうことにならないように中国と情報を交換し、必要があれば中国を支援する(例えば今は米中間では通貨スワップ協定はありませんが、アメリカFRBが中国人民銀行が発行する人民元を担保として中国人民銀行に米ドルを緊急融資するなど)ことも考えているかもしません。

 上に書いたように、今、習近平政権内部では「何か変なこと」が起きているような気配がしているのですが、アメリカにとっては「台湾有事」が起きても困るが、一方で中国共産党内部で深刻な権力闘争が起きて中国政治が混乱して中国国内の不動産バブル崩壊が金融危機にまで発展しても困るのです。なので、アメリカは「台湾有事」が起きないように努力するとともに、中国共産党内部の危機的な権力闘争、いわば「中国共産党有事」が起きないように今最大限の努力を傾注しているのだと思います。全く変な話なのですが、おそらくアメリカは「習近平政権がコケないように陰ながら支える」という役割を果たそうとしているのだと思います。

 9月19日(火)の産経新聞9面の「田中秀男の経済正解」の欄「中国金融危機 米国は今度こそ放置するのか」の中で、筆者の同紙編集委員の田中秀男氏は、8月14日にアメリカ金融資本最大手のJPモルガン・チェースが香港株式市場で中国不動産最大手の碧桂園の株を買い増して株式の5%以上を保有したことを指摘しています。今、中国の不動産企業の株価は暴落して「紙くず同然」になっていますから、JPモルガン・チェースにとっては、碧桂園の株を買い増しすることの負担はそれほど大きくないと思いますが、田中氏はこの記事で「バイデン政権が習政権に助け船を送る構図が透けて見える」と書いています。

 問題は、こういう「アメリカのバイデン政権が国内の不動産危機で苦悩する習近平政権が倒れないように支えようとしている」ことが明らかになってくることが中国国内にどういう反応をもたらすか、です。中国国内には「習近平氏は対米強硬路線を行っているからこそ支持してきた」という人もいるだろうし、逆に「中国経済の活性化のためには毛沢東時代に戻るような習近平氏のやり方ではなく、トウ小平氏のように『対外開放と経済の市場化』を進めてアメリカとの関係も改善すべきだ」と考える人もいると思います。こうした中で「実はアメリカは習近平政権が倒れないように支えているのだ」ということがハッキリしたら、中国国内では外からは想像できない波紋が広がるかもしれません。

 昨日(2023年9月22日(金))、習近平氏は浙江省杭州市で、杭州アジア大会開会式に参加するために訪中しているシリアのアサド大統領と会談しました。習近平氏がどの国の首脳と会うかは習近平氏の勝手ですが、ロシアの支援を受けているアサド大統領と会うことが示す外交的メッセージは明白です。このことを見ても、私には「習近平氏が外交的にどの方向を目指しているのかサッパリわからない」と思えます。アメリカに対抗する姿勢を強く見せたいのであれば、9月20日の「人民日報」1面トップの「抗日戦争中のアメリカ義勇軍航空隊を賞賛する返信の手紙を送った」という記事は何だったのか、と思えるからです。

 今ネットを見たら、習近平氏は、同じく杭州を訪問している韓国のハン・ドクス首相と会談し、韓国が現議長国として年内開催を目指す「日中韓サミット」について「適切な時期の開催を歓迎する」と表明した、とのニュースが流れていました。韓国や日本との関係をあまり悪化させたくないと考えているのだったら、日本産水産物の全面輸入禁止を何とかして欲しいなぁ、と思いますね。

 中国の不動産市場に関しては、これから重要な数週間が始まります。9月25日(月)から既存の住宅ローンの低金利のものへの切り替えに関する住宅ローン設定者の銀行への申請が始まります。4,000万人と言われる住宅ローン設定者が銀行に殺到して混乱が起きないか、重要な収入源である住宅ローン金利を一斉に引き下げることにより各銀行の経営状況が悪化しないのか、など今後どうなるかを見極める必要があります。10月1日からの国慶節の連休は、中国のマンション業界にとっては一年中で最大の「かきいれ時」です。8月末~9月初の住宅ローンの頭金比率や金利の引き下げ、二件目購入の際の条件緩和などのマンション購入刺激策がどの程度効果があるかが連休を経過すればある程度わかってくると思います。

 今晩(2023年9月23日夜)、アジア大会杭州大会の開会式が行われました。何回も言いますが、習近平氏には、こういうセレモニーに出席するのもいいですが、それより外交・内政ともに具体的な政策の方向性について、明確に自分の考えを示して欲しいと思います。そうでないと、仮に習近平氏自身が具体的な政策を打ち出さない一方で「金融危機が起きないようにアメリカが習近平政権を陰ながら支えている」というような認識が中国国内に広まってしまっては、習近平氏にとって極めてよくないことになる、と私は思います。

 

| | コメント (0)

2023年9月16日 (土)

第20期三中全会はいつやるのだろうか

 9月も半ばを過ぎたので、今日のブログでは「党大会のあった翌年の10月頃には三中全会(第三回中央委員会全体会議)が開かれて重要政策について議論されます。通常、9月半ば頃には三中全会の日程が発表になります。今年はまだ日程が発表になっていませんが、今度の(「第20期の」=「第20回中国共産党大会で選出された中央委員による」)三中全会は、いつ開かれ、どのようなことが議題になるのでしょうか。」と書こうと思っていました。「党大会の翌年の秋には三中全会が開かれ重要政策が議論される」というのは、私はずっと「そういうもの」だと思っていたのですが、習近平政権になってからを振り返ってみると、必ずしも「そういうもの」ではないことに気が付きました。

 ここ二十年間の三中全会の日程と内容は以下の通りです。

第16期三中全会(胡錦濤政権一期目):2003年10月11日~14日、社会主義経済体制整備について議論された。

 前年の第16回党大会で、三つの代表論(江沢民氏が提唱したプロレタリアート以外の者(企業経営者等)も中国共産党員になれる、という考え方)が党規約に盛り込まれたことをきっかけとして、中国共産党が指導する経済体制の中で民間企業等の位置付けをどのようにするかが議論されました。

第17期三中全会(胡錦濤政権二期目):2008年10月9日~12日、土地制度改革について議論された。

 前年(2007年)の全人代で「物権法」が制定されて、都市住民がマンション等の住居として利用する土地使用権を保有することが正式に法的に認められたことなどにより土地制度を改めて議論する必要があったために土地制度改革が議論されました。特に、農民が農地使用権(耕作権)を担保として資金の融資を受けることを認め、農家の若い働き手が都会に出て「農民工」として働いているために発生する耕作放棄地の農地使用権を出資する形で「合作社」を組織し、(個々の農家ではなく)その「合作社」が農業経営を行う、などの新しい農業のあり方について議論されました(このブログの2008年10月28日付け記事「第17期三中全会決定のポイント」参照)。

第18期三中全会(習近平政権一期目):2013年11月9日~12日、不動産税立法、都市戸籍改革、計画生育の緩和(二人目以降のこどもを生むのを認める)などが議論された。

 習近平政権の発足に当たり、この時点で問題になっていた重要事項について議論されました。なお、不動産税立法については、この三中全会で実施が議論されたのですが、今もって(2023年9月の時点で)立法化はなされていません。不動産税の導入は、マンション市場のバブル化を防ぐための(かつ土地使用権売却収入に代わる地方政府の有力な収入源になる)強力な手段だと考えられているのですが、中国共産党員の多くがマンションを保有していて不動産税の導入には消極的、といった理由があるからか、今もって法制化がなされていません。不動産税の導入がなされなかったことが、その後のマンション市場のさらなるバブル化を招き、現在(2023年時点で)問題となっている不動産市況の状況を招く一因になったと考えることもできます。

第19期四中全会(習近平政権の二期目):2019年10月28~31日、中国の特色のある社会主義制度の堅持及び国家の統治体系と統治能力の現代化について議論された。

 「習近平総書記を党中央の核心として維持することを堅持する」「政軍民学、東西南北中、党が一切を指導することを堅持する」「『軍隊の非党化、非政治化』と『軍隊の国家化』という誤った政治観点に断固として反対する」などが議論さました(このブログの2019年11月9日付け記事「第19期四中全会の統治に関する決定のポイント」参照)。

 第19期だけが「三中全会」ではなく「四中全会」で、開催時期も党大会の翌年ではなく二年後だったのには理由があります。通常、党大会の直後に一中全会が開催されて政治局常務委員等の党の人事が決定され、翌年の全人代の直前に二中全会が開かれて全人代で議論される議題が中国共産党として議論されます。なので、通常、党大会の翌年秋に開かれる三中全会がその期(党大会で決まった体制が続く五年間)における具体的な重要政策について議論されるのが通例となっていました。しかし、2017年の第19回党大会の後は通常のケースに加えて全人代の前に国家主席の任期を二期に限定していた憲法の規定を改正して三期目以降も国家主席を継続できるようにする件を議論するための中央委員会全体会議が一回付け加わっているため、通常なら「三中全会」だったものが第19期だけは「四中全会」になっているのです。

 上の「概要」を御覧になっていただければすぐわかるように、通常の期の党大会の翌年秋の「三中全会」は「その時点で課題になっている具体的な政策事項」が議論になっているのに、第19期四中全会で議論されたのは「具体的な政策事項」ではなく「中国共産党が全てを指導すること」、別の言い方をすれば「習近平氏が全てをコントロールすること」を改めて議論したという形になっています。この時に行われたのは「四中全会」であって「三中全会」ではなかったので、具体的な政策内容は議論されなかったのだ、という考え方もあるのかもしれませんが、結果として第19回党大会から第20回党大会までの間には「具体的な政策課題」を議論する中央委員会全体会議は開催されなかったことになります。

 2020年10月には「第19期五中全会」が開かれましたが、これは五カ年計画に関する議論で、通常の「五中全会」と同じような内容でした(このブログの2020年10月31日付け記事「意外にソフトだった五中全会」参照)。2021年11月には「第19期六中全会」が開かれましたが、これは新しい「歴史決議」を決めた会議でした(このブログの2021年11月20日付け記事「2021年の『歴史決議』に対する見方」参照)。こうやって確認すると、第19期(習近平政権二期目)以降、「具体的な重要政策」について議論する中国共産党中央委員会全体会合は開催されなかったことは明白です。このことが「習近平氏は具体的な政策を何も打ち出していない」「習近平氏は具体的政策として何をやりたいのかサッパリわからない」といった印象を与えているのかもしれません。

 習近平氏が中国共産党総書記になってそろそろ11年になりますが、この11年間を振り返ってわかることは「習近平氏は自分が中国共産党の全てを仕切る体制を確立し、自分が三期目の総書記と国家主席になること」を目指して来ましたが、結局は「習近平氏がやりたい具体的な政策は何か」が今もってハッキリしない、ということです。もしかすると、習近平氏の目的は「自分の権力を確立し、三期目以降も中国共産党のトップでいること」だけであり、「中国共産党のトップに長く居てやりたいこと」は実は何もないのかもしれません。「三期目の総書記と国家主席になる」という目的を達成してしまったので、習近平氏にとってもはや何もやりたいことはないのかもしれません。そのためにジャーナリストの福島香織氏の言葉を借りれば「習近平氏はやる気を失った」ように見えるのかもしれません。

 私は個人的には「習近平氏が自分に対する権力集中を成し遂げた後に本当にやりたいと思っていることは台湾の武力解放なのである」ということではあって欲しくないと強く願っています。

 不動産市場の問題をはじめ、今の中国には非常に重要な政策課題がたくさんあります。是非とも、できるだけ早く「第20期三中全会」を開催して、中国共産党中央委員会全体でそれらの重要な政策課題についてしっかりと議論をして欲しいと思います。

 もし、今年(2023年=第20回党大会の翌年)のうちに「第20期三中全会」が開催されないのだとしたら、それは習近平氏が実現したいと思っている具体的な政策は何もないことを意味し、それはもしかすると習近平氏の「本当にやりたいこと」とは「台湾への武力侵攻」であることを意味するかもしれないので、警戒心を高める必要が出てくるのかもしれません。

 

| | コメント (0)

2023年9月 9日 (土)

中国共産党は機能不全状態を自己修正できるか

 日本のALPS処理水の海洋放出に対する中国側の反応を見て、日本の多くの人(普段は中国にあまり関心を持っていない人も含めて)は「習近平政権の中国の反応は常識的に見てもちょっとおかしいんじゃないかなぁ?」と感じたと思います。最近の中国の政策は、結果的に中国自身にとってマイナスになっている部分があったり、打ち出される複数の政策の間に矛盾があったりすることが多いからです。例えば、処理水の海洋放出に反対する機運を盛り上げるのが「アメリカ寄りの日本に対する対抗措置のため」なのだしたら、8月に諸外国に対する団体旅行の解禁を行った時、日本も含めて解禁したのはなぜか、という疑問が生じます。日本に対する団体旅行解禁除外は、日本に打撃を与える有効な外交カードとして使えたはずだからです。

 このほかにも、最近の習近平政権の政策は、学習塾における営利活動の禁止やIT企業への締め付けの強化など、経済活動にマイナスの効果をもたらす政策が次々に打ち出されて、まるで自分で自分の首を絞めているようにさえ見えます。基本方針として「共同富裕」を掲げる一方で、この7月には中国共産党と国務院が「民営経済の発展強化を促進するための意見」を打ち出すなど、民間企業が営利目的で活動を活発化させることを奨励するのかしないのか中国政府が進める政策の方向性がサッパリわかりません。

 これは様々な分野を担当する中国政府の各担当部署を横串で貫いて総合調整を図るべき中国共産党が機能を果たしていないことを意味していると私は考えています。

 私は1986年~1988年にも北京に駐在していましたが、この頃の日中間では、尖閣諸島問題や日本の政治家の靖国神社参拝問題など今に続く問題があったほか、光華寮問題、東芝ココム問題、雲の上の人発言問題など(下記注参照)様々な問題がありました。しかし、これらの諸問題についてトウ小平氏は「中国も日本もれっきとした独立国だ。二つの独立国の間では二つや三つの問題が生じることは自然なことだ。全く問題のないことの方がおかしい。個々の問題については話し合いで解決する、それが外交というものだ。」と発言して、様々な個々の問題があるからといって日本との関係を悪化させてはならない、という方向性を明確に打ち出していました。この当時中国がこういう対日姿勢を示していたのは、1980年代の中国が経済発展のために日本の資金と技術を必要としていたからです。トウ小平氏の中国共産党は、このように中国の国益に立脚して全体を貫く大きな方向性を中国政府の各担当部署に明確に示していたのです。

(注)

光華寮問題:1972年の日中国交正常化前から京都にあった留学生の寮について日本の裁判所が1972年以降も台湾当局が所有権を持つことを認定した問題

東芝ココム問題:東芝機械が機微技術を含む製品を旧ソ連向け輸出した事件をきっかけとして日本政府が中国向け輸出管理も強化した問題

雲の上の人発言問題:日本の外務省幹部がトウ小平氏のことを「雲の上の人になったみたいだ」と発言したことに対して中国側が反発した問題

 昨今の様々な問題について多くの人が気付いているように、中国が抱える様々な問題について、習近平氏は何もコメントしないので、中国共産党及び中国政府の個々の担当者は、それぞれが抱える問題点に対して「習近平氏はこう考えているんじゃないかなぁ」と自分で推測して(習近平氏の意向を忖度(そんたく)して)対処しているように見えます。各担当者がそれぞれバラバラに「忖度」して対処しているので、中国政府が打ち出す様々な政策が統一性のないバラバラなものに見え、それぞれの政策が中国の国益にとってどういう目的を持つのかが全くわからないような状況になっているのだと思います。

 この点については、このブログの2023年7月8日付け記事「何も言わない皇帝を忖度(そんたく)する官僚たち」に書いたところです。最近、多くのチャイナ・ウォッチャーが同じように「習近平氏は何も言わない。各個別の担当者が習近平氏の意向を勝手に忖度してバラバラな政策を打ち出している」という認識について書くようになりました。7月8日の時点で書いた私の見方は、たぶん多くのチャイナ・ウォッチャーの間の共通認識として定着しつつあるのだろうと思います。

 中国共産党や中国政府の各担当者がそれぞれバラバラに習近平氏の意向を忖度して政策を進めることにより、中国共産党も中国政府も組織としての対応が全然できていない、ということを図らずも露呈させてしまったのが7月末に北京周辺を襲った大雨による洪水でした。

 7月末の大雨によって、北京や河北省で洪水が発生し、特に河北省のタク州市(「たく」は「豚」の「月」を「さんずい」に替えた字)での浸水被害がひどかったことは日本でも報道されました。北京に隣接する河北省の平原地帯では、以前から、北京での浸水被害を防ぐため海抜の低い地域が「遊水区」として指定されて、大雨が降った時には「遊水区」に水を誘導するように河川の水門等が設置されていました。ところが2017年以降、以前は「遊水区」として設定されていた湿地帯周辺地域が習近平氏肝入りの副都心都市「雄安新区」として開発されてしまったため、今回の大雨ではタク州市周辺の住民に避難指示を出した上で、意図的にタク州市周辺に水が向かうように水門の開閉を行ったのだそうです。雨の量が想定外に多かったので、タク州市の浸水地域は想定より大きくなってしまった、というのが被害の実態だったようです。

 問題だったのは、洪水が起きた後で「雄安新区」を視察した河北省中国共産党委員会書記の倪岳峰(日本語読みで「げい・がくほう」)氏が「(河北省は)断固として北京を守る外堀となる」と発言したことです。この話は「週刊東洋経済」(2023年8月26日号)の「中国動態」のページでジャーナリストの田中信彦氏が「洪水の元凶『忖度政治』に怒り拡大」と題してレポートしています。同じ話は以下のネット上の二つの記事でも取り上げられています。

☆「北京を守るのに地方100万人を犠牲に、大洪水で露見した中国の非人道的な治水」
(2023年8月19日11:02アップ JBPress 福島香織氏)

☆「習近平主導プロジェクト『雄安新区』を守るため犠牲となって沈んだ町、北京の隣・タク州市水害の死者…実は数千人規模?」 (2023年8月30日 6:04アップ 現代ビジネス 北村豊氏)

 この事態から見えてくることは、中国共産党や中国政府の幹部は、「中国人民の生命・財産を守り生活を向上させること」、「中華人民共和国の国益にとってプラスになること」はもちろんのこと「中国共産党政権の維持強化のためにプラスになること」すらどうでもよく、ただひたすらに「習近平氏に気に入ってもらえるようなこと」のみを目指して行動している、ということです。なぜなら、河北省党書記の倪岳峰氏の「(河北省は)断固として北京を守る外堀となる」という発言は、人民の心を中国共産党から離反させ、中国共産党政権の維持強化のためにはマイナスであることは明らかだからです(河北省党書記がそのことを自分で気付いていないのだとしたら、既に中国共産党という組織の終わりが見えた、といっても過言ではないと思います)。

 この河北省の洪水を巡る一件は、おそらく中国共産党の内部でも問題になっただろうし、タイミングから言って、直後に行われた北戴河会議でも問題視された可能性があります。だからこそ、習近平氏も李強氏も河北省の洪水被災地に視察に行かなかったという想像もできます(視察に行ったら被災地の人たちから何を言われるかわかりませんからね)。

 最近、習近平氏がテレビのニュースに登場する回数がめっきり減ったことや今インドで開催されているG20に習近平氏が欠席した(李強氏が代わりに出席している)ことの背景には、この洪水を巡って中国共産党内部で習近平氏に対する冷たい風が吹いていることがあるのかもしれません。

 上の記事でも紹介したジャーナリストの福島香織氏は、ネット上の JBPress の別の記事「中国・習近平が『やる気』喪失?BRICSでの弱々しい姿に憶測飛び交う」(2023年8月27日11:02アップ)で、消息筋の話として、様々な問題の発生について担当者を問い詰めた習近平氏が「誰ひとり、積極的な意見を言わず、責任ある態度もとろうとしないことに習近平は腹を据えかね、『君たちが何もしないなら、私も何もしたくない』」と「寝そべり宣言」をした、とまで書いています。

 この福島香織氏が書いている話が本当なのかどうかは私にはわかりませんが、まぁ、「自分が中国のリーダーとして世界を引っ張って行くのだ」という気力と気概があるのだったら、堂々とインドでのG20に出席しただろうなぁ、と私は思いますね。

 習近平氏は、昨日(2023年9月8日(金))の中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」に「習近平氏は黒竜江省を視察した」というトップニュースの中で登場していました。私が見る限り、特段外国出張に行けないような健康上の問題があるようには見えませんでした。

 今回の習近平氏の黒竜江省視察の内容は以下の通りでした。

・大興安嶺地区の自然森林地区で、森林管理や山火事防火・消防対策の状況について視察した

・中国最北端の村を訪れ、生態に密着した産業・観光業等の実情について視察した。

・洪水被害を受けた農村を訪れ、イネの被害状況や被災した住宅の復旧建築現場を視察した。

・ハルビン工業大学を視察して、国防科学技術に対する貢献についての状況を視察した。

 黒竜江省は、7月末~8月初旬の台風五号が変化した熱帯低気圧による洪水被害がひどかった地域の一つなのですが、「いつもの地方視察と同じようなニュース映像」でした。私の率直な感想は「洪水被害が中国国内でこれだけ問題になっている中、被災してから一ヶ月以上経過してから被災地を訪問するのはあまりにタイミングが遅すぎる」「ニュースでの報じ方においても洪水関係に全く重点が置かれていない」「『水をかぶったけれども何とか成長しているイネを見たり、住宅の復旧建築現場を見たりするだけで、洪水被害のひどさがわかるのか!』と感じる視聴者が多かったのじゃないかなぁ」というものでした。

(注)習近平氏の自然災害被災地の視察って、いつも「こんなもん」です。2020年8月の洪水被災地の訪問において、自ら長靴を履いて住宅から泥を掻き出す作業をしている住民と直接言葉を交わした李克強氏の洪水被災地視察との様子の違いについては、このブログの2020年8月22日付け記事「習近平氏の安徽省視察と李克強氏の重慶市視察」をご参照ください。

 G20の欠席や黒竜江省視察を含めて一連の習近平氏の言動から私が感じているのは以下の点です。

○習近平氏は重要な具体的政策課題について何も言わないのは、自分が責任を取りたくないからだ。外国首脳との原稿なしの直接対決となる会談(場合によってはそれをテレビカメラの前でやらざるを得ない)が避けられないG20には出たくない、と習近平氏は考えたのだ。

○中国共産党及び中国政府の各担当者が自分(習近平氏)に忖度してそれぞれがバラバラな判断をしているのだが、習近平氏はその状態を是正することができない(組織運営の改善について相談できる側近が周囲にいない)。

 「習近平氏は責任あるリーダーで、自分で責任を持って諸問題を解決しようとそれぞれの担当者たちと懸命に検討している」という「リーダー像」を中国人民の前に見せたいのだったら、そういうふうな地方視察スケジュールを組んで、そういうふうなテレビニュースの映像を編集するでしょ、それができていないのだから少なくとも「優れたPR担当の側近」が習近平氏の周囲にいないことは私にもわかります。

 最も大きな問題は、不動産企業の経営危機問題から出発して、金融危機の発生や地方政府の財政破綻の問題が懸念される中、迅速で大きな判断を必要とするこれらの問題に対処するための機能を習近平氏の中国共産党は持っているのだろうか、という懸念が中国国内でも広まっているのだろうと想像されることです。様々な危機を警告するサインが出ている中で、習近平政権は、タイムリーかつ有効な手段を打てていないからです。

 8月30日、中国人民銀行と中国金融監督管理総局が住宅ローンの頭金比率と金利の引き下げの方針を示し、9月1日までに北京、上海、広州、深センの四つの「一線都市」が一件目よりも条件が厳しくなる「二件目以降」の認定基準を緩和したことにより、この一週間、北京や上海では新築及び中古マンションの販売が急速に増えているそうです。ただし、多くの不動産の専門家は、この動きは短期的かつ住み替え需要が強い「一線都市」の範囲に留まると見ており、全国規模の不動産市場の危機的状況を根本的に変えることにはならないだろうと見ています。

 こうした中、今、外国企業や中国の富裕層による中国国外への資産の持ち出し(キャピタル・フライト)が現実化しているのではないかと懸念されています。中国人民銀行は人民元の対米ドルレートがあまり下がらないように様々な手段を講じていますが、人民元安の圧力は収まっていません(今日(2023年9月9日(土)付け日本経済新聞朝刊11面記事「人民元15年9ヵ月ぶり安値 対ドル、米との金利差拡大で 中国、過度な変動阻止へ」参照)。私はこうしたキャピタル・フライトの背景には「仮に金融危機のような状態が起きても習近平政権は適切に対応できないのではないか」という懸念が広まっていることがあるのではないかと見ています。

 1976年10月、中国共産党は自ら「四人組」を逮捕することによって文革派グループの支配による中国共産党の機能不全を阻止しました。トウ小平氏を復活させて、1981年6月に「文革」を批判する「歴史決議」を打ち出すまで、約5年の年月を掛けて、中国共産党は「文革体制」から「改革開放」の体制に自らを自己修正したのでした。仮に現在の習近平体制に中国共産党の組織としての機能不全をもたらす状況があるのだとしても、それを自ら修正する能力を中国共産党は持っていないのでしょうか。

 一番問題なのは、「文革」から「改革開放」までの中国共産党の自己修正には5年の年月が掛かったの対し、現在、目の前に存在している不動産企業の経営危機から金融危機・地方政府の財政破綻への移行の危機は、それだけの時間待ってはくれない、ということです。1990年の日本の平成バブル崩壊も2008年のアメリカのリーマン・ショックも、その対応は適切ではなかったかもしれませんが、少なくともこの時点で日本やアメリカの政府は「通常モード」で機能していました。現在の中国共産党の内実が「機能不全」の状態にあるのだとしたら、仮にそこに金融危機のような状態が発生したら世界は今まで経験したことのない混乱に陥ることになるのかもしれせん。

 人民元安に現れている中国国内からの資金流出(キャピタル・フライト)は、中国国内にいる企業や富裕層がそういう事態になることを懸念して起きているかもしれないことを私たちは軽く考えてはいけないと思います。

 

| | コメント (0)

2023年9月 2日 (土)

中国マンション市場に蔓延する不安の行方

 ここのところ、私は毎日ネットでテンセント網・房産チャンネルをチェックしていますが、この一週間、以下の二つの「解説動画」が目に付きました。日本語としては適切な表現ではありませんが、中国のネットの雰囲気を知って頂くために、あえて中国語を直接的に日本語に置き換えたタイトルを下記に掲げます。

○日本の核排水の海洋放出は沿海地区のマンション市場に影響を及ぼすのか?(2023年8月28日アップ)

○日本の核排水は5日間で既に千トンを超えているが、これは沿海都市のマンション価格に影響を及ぼす可能性はあるのか?(2023年8月29日アップ)

 タイトルは刺激的ですが、この「解説動画」で解説されている内容は極めて「まとも」です。これらの「解説動画」でなされている解説のポイントは以下の通りです。

・沿海都市部における海産物を扱う飲食業、観光業、養殖業等に影響が出る可能性はあるが、居住環境に直接影響するわけではないので、沿海地区におけるマンション市場に与える影響は小さいと考えられる。

・沿海部のマンションを買う人の中には「おいしい海産物を食べたいから」という人もいるだろうが、多くは「海の見える家で落ち着いた気分で住みたい」と考えて沿海部にマンションを買っているのだろうから、日本の「核排水」の海洋放出が沿海部のマンション市場に影響を及ぼすとは思えない。

・多くの場合、時間の経過によって、今回の海洋放出のような案件に対する懸念は段々に薄れてくるので、直近はある程度の影響があったとしても、将来的には影響は小さくなっていくだろう。

・沿海部の海の見えるマンションを購入している人の多くは投機目的であり、実際に住みたいと考えてマンションを買う人は必ずしも海が見える沿海部のマンションにはこだわらない。大連等においては、投機目的の購入者が減ったことにより、沿海部のマンションの売れ行きは既に落ちているので、日本の「核排水」の問題がこれから沿海部のマンション市場に直接の影響を及ぼすとは考えられない。

・政府による最近のマンション市場に対する政策の動向の方が最も着目すべき重要な事項である。

 上記の二つ目の動画は、最初の部分で「日本の核排水は5日間で既に千トンを超えているが、これは沿海都市のマンション価格に影響を及ぼす可能性はあるのか?」というタイトルが表示された後、その表示の上に「×」印が表示されて、タイトルのような問いを否定する立場であることを明示していました。

 「解説動画」は「まとも」なのだとしても、どうしてこういう解説動画がアップされるのか、という点がポイントだと私は思います。おそらくはネット上には日本のALPS処理水の海洋放出が中国の沿岸部のマンション価格の暴落を招くのではないか、と本気で心配している中国の人々がたくさんいるからこそ、それに対する答えとして、上記のような解説動画がアップされているのでしょう。私が感じたことを率直に言わせてもらえば、これは、中国のマンション市場に関心のある人の間には、昨今の中国のマンション市場の状況を踏まえて、相当程度に「戦々恐々たる不安心理」が既に蔓延していたことが背景にあるのだろうなぁ、ということです。

 中国政府がどういう目的意識で日本によるALPS処理水の海洋放出に対する反対気運を煽っているのか私には理解できていません。こういった中国政府のやり方は、中国社会の中の様々な方面において人々の不安心理を高めているように見えますが、それが中国政府にとってプラスであるとはとても思えないからです。「日本を不安・不満のはけ口にしようとしているのだ」と考えている人もいるようですが、塩が買い占められたり、中国産の海産物も売れなくなったり、沿岸部のマンション価格が下落するのを心配するような人が増えたりすれば、中国政府にとってプラスになることは何もないと思います。

 中国の巨大不動産企業のトップ2である碧桂園と恒大がともに経営破綻するかもしれない、という厳しい状況にある中、この問題に対する中国政府の対応が鈍いことが中国の人々が抱く不安の根本的な原因だと私は思っています。普通の国では、こうした人々が不安を抱くような経済低迷が起こった時、人々を落ち着かせるために政府のトップ政治家はテレビカメラの前で演説し「断固としてこの危機的な状況に対応していく決意だ」と人々に訴えかけるものだと思います。それは、どの国でも(ロシアのプーチン大統領でさえ)同じでしょう。しかし、中国の習近平氏は、そういう訴えかけを全くしません。「訴えかけをしない」どころか、そもそもテレビのニュースに登場しません。

 私は毎日スカパー!の「大富チャンネル」で中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」を見ています。「新聞聯播」のトップニュースは毎日ほとんど必ず「習近平氏は・・・」で始まるのですが、これらは過去の視察時の映像等を使って「習近平氏の指示によりこれだけよくなった」といったたぐいの話がほとんどです。「新聞」(ニュース)という意味では、2023年8月は習近平氏は(過去の視察時の録画映像等を除けば)「新聞聯播」にその姿を見せたのは三つの場面しかありませんでした。8月22日からの南アフリカでのBRICS首脳会義関連の会議に出席した時、8月26日に南アフリカからの帰途に新疆ウィグル自治区に立ち寄って視察した時、8月31日に北京で開かれた第11回全国帰国華僑・華僑家族代表大会に出席した時の三つです。この8月は洪水被災地の視察もありませんでした。

 7月24日の中国共産党政治局会議の後、結局、習近平氏は、不動産市場が直面する危機的状況については何もコメントしないまま時間が経過しています。

 こうした中、8月31日、中国人民銀行と金融監督管理総局は連名で、住宅ローンの頭金比率の引き下げ、住宅ローン金利の引き下げ及び既存の住宅ローンの返済者が新しい低い金利のローンに借り換えできるように銀行と交渉できるようにすることを発表しました。さらに、先に方針が示されていた「一件目の購入か二件目以降の購入かを判定する基準」を緩和し、例えば、他の都市で住宅を持っていた人が大都市に住み替える場合、またはよい条件の住宅に住み替える場合には「二件目」(条件が厳しい)ではなく「一件目」(条件が緩い)として判断するようにする、といった政策変更も実行に移されることになりました。

 これらの新しい政策について、テンセント網・房産チャンネルの解説動画では「過去の中で最も有利な条件が示された」と評価しています。これまでは、投機目的のマンション購入を抑制するため、二件目以降の購入については非常に厳しい条件が課されていたからです。ただ、今回の政策変更がマンション販売の大幅な促進に繋がるかどうかは評価が分かれています。「住み替え需要は大きいので今回の政策変更は明らかにマンション市場にとってプラスだ」という見方がある一方、「マンション市場に対する信頼感が失われたのが最大の原因なのだから、今回の政策変更によってはマンション市場の難局を打開するのは難しい」とする見方もあります。

 いずれにせよ、国慶節の大型連休を挟む9月と10月は、中国のマンション業界では「金九銀十」と言われるように、マンション販売の「かきいれ時」なので、これから二ヶ月の中国のマンションの販売動向がどうなるのかに注目する必要があると思います。

 ただ、私が一番気になっているのは、今回のような「頭金比率や金利の引き下げなどの住宅ローンにおける条件の緩和」は個人の住宅購入には影響を与えるだろうが、これまで多くの企業が行ってきた「企業資産としてのマンション購入」には今回の政策変更は影響しない、ということです。これまでマンションの資産価値は一貫して上昇してきたので、中国の多くの企業では、業績が好調で資金に余裕がある時にマンションを購入しておき、資金が必要になった時には保有しているマンションを担保にして銀行から資金を借りる、というのを日常的な企業経理活動の一環として行ってきたと思われます。私は、このブログの2023年3月4日付け記事「習近平政権三期目の喫緊の課題は不動産市場対応」の中で、中国のネット上の記事に以下のような部分があったことを紹介しました。

「これまでの住宅市場の活況の中では、企業が最大の『炒房』(投機目的のマンションの売買)の主体だった。新華ネットのデータによると、2017年のA株を上場している企業3,582社のうち1,656社(46.23%)が投資用マンションを保有しておりその時価総額は9,904億6,600万元だったが、2019年第三四半期末には、上場企業3,743社のうち1,826社(48%)が投資用マンションを保有しておりその時価総額は1兆3,340億元に増加していた。多くの上場企業は本来業務ではなく投資用マンションの売買で利益を上げ、上場企業としての地位を保っていた。」

 上の記事で言っている企業による「炒房」(投機目的のマンションの売買)は個人向け住宅ローンの対象ではありませんから、今回の政策変更では何の影響も受けません。従って、今回の政策変更によっては企業による投機目的のマンション購入は復活しないでしょう。だとすると、今後、「値下げ禁止令」を緩和すれば、やはりマンション価格は下落するでしょう。そうなると、企業が保有しているマンションの資産価値は下落し、バランス・シートの悪化によりその企業の経営は難しいものになるでしょう。これが中国全体に広がれば、いわゆる「バランス・シート不況」になります。

 この「バランス・シートの問題」については、日本経済新聞は非常に重要視しているようです。昨日(2023年9月1日(金))付け日本経済新聞朝刊1面には「中国主要不動産 債務超過リスク 11社、開発用地3割評価減なら」と題する記事が掲載されています。現在、経営危機に陥っている中国の主な不動産企業11社の資産のうち「開発用不動産」が6兆3,495億元あるが、この「開発用不動産」の評価額が3割下がるならばこれらの不動産企業は債務超過に転落する、とこの記事は書いています。

 中国の土地は公有であり、「土地使用権」を地方政府が不動産企業に売却し、現時点では地方政府がその土地に建てられたマンションの価格を下げないよう「値下げ禁止令」を出している、というのが現状です。つまり、中国の場合、土地の自由な売買は行われていませんから、土地の資産評価額は実際の経済上の価値を表しておらず、極端なことを言えば、土地の評価額は「単に帳簿の上に適当に置いただけの数字」に過ぎません。現在、マンションがなかなか売れない状況の中、「値下げ禁止令」を解除すれば、マンション価格や土地の評価額はすぐにでも3割程度は下落するかもしれません。そうなれば、日経新聞が書いている11社の大手不動産企業は全て債務超過状態になる、ということです。

 この話は「不動産業界」だけに留まりません。上に書いたようにA株を上場している企業の半分近くが投資用マンションを保有しているという現在の中国経済の状況を踏まえれば、マンション価格が何割か下落すれば、バランス・シートが悪化する企業は、不動産業界以外の多くの分野で出現する可能性があります。

 日本経済新聞が一面の記事で中国不動産企業のバランス・シート問題について取り上げているのは、この問題は、中国経済の根幹を揺るがす極めて大きな問題であると認識しているからこそ、日本の経済関係者に警鐘を鳴らしたいと考えたからだと思います。

 一方、8月31日に打ち出された上に書いた住宅ローンの金利引き下げ等の政策は、もうひとつ別のインパクトをもたらします。それは中国の銀行の経営環境の悪化の問題です。テンセント網・房産チャンネルにアップされている解説動画によると、現在、中国で住宅ローンを抱えている家庭は4,000万戸超あり、そのローン残高総計は38.6兆元にも上るのだそうです。単純計算すれば、住宅ローン金利が1%引き下げられれば銀行収入が約4,000億元(約8兆円)減ることになります。今回の住宅ローン金利引き下げ等に併せて、銀行の預金金利も引き下げられるようですが、それにしても中国の銀行の経営には相当のプレッシャーが掛かると思います。銀行貸し出しの担保として差し入れられていた住宅200万戸が裁判所によって競売に出されている、という現状も気になるところです。マンション市況の低迷により、差し押さえた住宅が競売で売れなければ銀行は貸し倒れの損失をそのままかぶってしまうことになるからです。

 9月1日(金)、上海の株式市場では、最近の中国政府による株価押し上げ策に加えて、8月31日に打ち出された住宅ローン金利引き下げ等のマンション市場活性化策を好感して株価が上昇しました。私は銀行株に敏感な香港株式市場はどう反応するかなぁ、と思っていたのですが、9月1日(金)の香港株式市場は台風接近のため臨時の休場でした。海外投資家が多い香港株式市場が週明けの9月4日(月)にどういう反応を示すのか注目して見てみたいと思います。

 金融危機を引き起こさないようにするためには政府は非常に難しい舵取りが求められるのですが、最も重要なことは、政府が断固とした姿勢を示して危機を起こさないという決意を示し、素早く対応することです。1990年の平成バブル崩壊時の日本政府や2008年のリーマン・ショック時のアメリカ政府の対応は成功と言えるものではありませんでしたが、ごく最近、「小さな危機の芽」を何とか乗り切った事例がありました。以下の二つです。

★2022年10月、イギリスのトラス政権が「バラマキ政策」を発表した際、国際マーケットはイギリスの財政破綻を懸念して、イギリス国債売り、イギリス・ポンド売りが急速に進んだ。これを受けて、イングランド銀行は緊急の国債買い入れを行うとともにトラス首相は辞任して後任のスナク首相は前任者による「バラマキ政策」の撤回を決定した。このため、ポンドの急落、イギリス国債金利の急騰というパニック的状況は収まった。

★2023年3月、スイスの二大銀行の一つであるクレディ・スイスが経営破綻の危機に陥った時、スイス国立銀行が緊急融資を行うとともに、スイス政府が仲介してスイス最大の銀行UBSによるクレディ・スイスの買収を成立させた。これにより、クレディ・スイスの破綻による金融危機の発生は回避された(その過程で、クレディ・スイスのAT1債を保有していた投資家は損失を蒙った(結果的にAT1債保有者を犠牲にすることによって、金融危機への発展を防いだ))。

 いずれも、一週間程度の短い期間における素早い決断と実行でした。

 国際会議とか外国要人との会見とか、ほとんど「皇帝による儀式のような場面」でしかテレビのニュースに登場しない習近平氏にこの種の「金融危機に対する対応」ができるのだろうか、という感覚が、たぶん中国の不動産市場を見ている人が抱いている不安の最も大きな根本原因だと私は思っています。

 経済政策のプロだった朱鎔基氏が中国人民銀行総裁や国務院総理をやっていた頃、あるいは世界のエコノミストからも一目置かれていた周小川氏が中国人民銀行総裁であり李克強氏が国務院総理をやっていた頃には、私自身はこの種の不安感を持ったことはありませんでした(この頃は中国経済が順調に成長していたからでもありますが)。現在の中国人民銀行の幹部や現国務院総理の李強氏の「本当の実力」を私はよく知らないのですが、現在の習近平政権の体制で、今膨らみつつある「不動産問題に起因する金融危機の萌芽」にうまく対処できるのかなぁ、という不安を私は持っています。その不安感は、おそらくは中国の不動産市場に蔓延している不安感と共通のものだと思います。

 今回打ち出された住宅ローン金利引き下げ等の政策が効果を上げるのには半年とか1年とかの時間が掛かると思います。一方、恒大も碧桂園も次から次へと債券の償還期限を迎えます。何を目的にして政策を打っているのかよくわからない現在の中国政府ですが、中国の人々のためだけでなく、世界経済への影響を与えないようにするためにも、現在見え隠れする「金融危機の萌芽」を本物の「危機」にしないように何とかうまく対応して欲しいものだと思います。「本物の危機」になってしまったら、それは習近平体制自体の「危機」になるでしょう。問題は、それを認識して「金融危機の萌芽を本物の危機にしないための方策」を考え実行して習近平体制の「危機」を救うために働く側近が習近平氏の周辺にいるのか、ということです。もしいないのだとしたら、それは危機の時に体制を救うための人材を自ら切り捨ててしまった習近平氏自身の責任、ということになると思います。

 

| | コメント (0)

« 2023年8月 | トップページ | 2023年10月 »