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2023年8月26日 (土)

マンション価格の下落容認は正しい対策なのか

 不動産企業の経営危機の問題に対して、中国政府はパンチのある有効な手立てを打ち出していません。7月24日に開かれた中国共産党政治局会議の後、各地方政府ベースで、住宅ローンを組む際の頭金比率の引き下げや住宅ローン金利の引き下げ、住み替えのためのマンション購入の際の規制の緩和、手続きに関連する税金の低減などが打ち出されていますが、人々のマンション購入意欲が上向いたというところまでは行っていないようです。

 むしろ8月に入ってから、不動産企業最大手の碧桂園が社債の利息が払えないといった話や業界二位の恒大集団がアメリカの裁判所にアメリカ連邦破産法第15条の適用申請をするなど、事態が悪化しているように見えるニュースが続いていて、人々のマンション購入に対する慎重な姿勢はむしろ強まってきているようにさえ見えます。

 こうした中、ここに来て「値下げ禁止令でマンション価格を値下げさせないようにする政策をやめて、不動産企業が自主的判断で値下げ販売をできるようにし、値下げしてマンションを販売して得られた資金で建設が中断したマンション(爛尾楼)の建設を再開させるなど、不動産企業が自らを救う努力ができるようにすべきではないか」という議論が活発になってきています。これまでは、マンションの供給が需要より多くなっている現状にもかかわらず、中国の多くの地方政府は「マンション値下げ禁止令」を出してマンション価格が下がらないようにしてきているからです(このブログの2023年5月13日付け記事「中国経済の失速と習近平氏の対応」参照)。

 「マンションの値下げ販売の容認」が議論されるようになった理由は、最近、北京大学国家発展研究院の姚洋院長が「不動産企業が値下げ販売をすることを容認して、資金回収の道を開いて不動産企業が自主救済をしやすくすべきだ」という意見を発表したことと、中国地産報も同じような意見の評論を掲載したからです。中国地産報は、不動産業界のトップ紙で中国政府の住宅都市農村建設部と密接な関係があると考えられていることから、「値下げ禁止令をやめてマンションの値下げ販売を容認する」という方法は中国政府の内部で検討されている方策なのだろう、と多くの人が考えているようです。

 実際、マンションの値上がりがひどかった広東省珠海市で一部の不動産企業がマンションの値下げ販売を開始し、珠海市当局もその値下げを容認しているようだということが伝えられています。このことから、マンションの値下げ販売容認が今後中国全土に広がるのではないか、という見方が出つつあるようです。

 問題は、こうした動きが出ると、現在「様子見」をしている中国の消費者が「もう少し待てば自分が買いたいと思っている地域のマンション価格も下がるかもしれない」と考えて、さらに「様子見」を続けてしまい、結局は相当程度マンション価格が下がるまでマンションが売れない、という状況になるかもしれないので、「マンション価格下落容認」が現在の中国のマンション市場の問題を解決することになるかどうかはわかりません。

 そもそもマンションの供給過剰が明らかになる中、多くの地方政府が「値下げ禁止令」を出して、値引き販売をした開発業者を処罰する例も出たりしているのはなぜか、と中国の多くの人は考えているようです。多くの人は「今のマンションは価格が高過ぎるから買えないのであって、値段が下がればマンションは売れるようになり、問題は解決するはずだ」と考えているからです。

 その「なぜ中国の地方政府はマンション値下げ禁止令を出すのか」という疑問に直接的に答える「解説動画」がテンセント網・房産チャンネルにアップされていたのでポイントをご紹介します。この動画で解説している「値下げ禁止令が出される理由」は以下の四つです。

(1)「群体性事件」を懸念しているため

 不動産企業がマンションの値下げ販売を開始すると、周辺で既にマンションを購入した既存所有者が自分たちが持っているマンションの価値が下がるとして反対し、「群体性事件」(集団でデモを行って不動産企業に値下げしないよう訴える事件)を起こす可能性がある。そのような「群体性事件」はこれまで多くの地区で実際に起きている。地方政府はこういう「群体性事件」が起こることを避けたいと考えているため。

(2)システミック金融危機が起こるリスクを避けるため

 保有しているマンションを担保にして銀行から資金を借りている個人や企業は、マンション価格が下がれば担保価値が下がるので、銀行から借金返済または追加担保の差し入れを要求される。また、マンション価格が下がれば、これから資金を借りようとする個人や企業に対して、銀行はマンションを担保にして貸し出す資金の金額を引き下げる(いわゆる「貸し渋り」)。これが全国に広がれば、資金ショートが広がり、システミック金融危機を引き起こすリスクがあるため。

(3)価格低下によるマンションの品質の低下を避けるため

 販売されるマンションの価格が低下すると、開発企業はコスト削減を行って、結果的に販売されるマンションの品質が低下する可能性がある、また開発企業によるメンテナンス等のアフターサービスの質も低下する可能性があるため。

(4)土地財政収入の減少を避けるため

 地方政府は、土地使用権をマンション開発業者に売ることにより得られる収入を重要な財政収入源としている。マンション価格が下がれば、その分、マンション建設用に販売する土地使用権の価格も下げなければ売却できなくなり、結果として地方政府の財政収入が減るため。

 この解説動画では、そもそも不動産業界が死んでしまっては上の四つの理由について議論する意味すらなくなってしまうのだから、一定程度の「痛み」は伴うにしても、マンションの値下げ販売を容認して開発企業の資金回収を容易にし、開発企業の自救努力を促すべきではないか、と主張していました。

 仮に今後、地方政府が「マンションの値引き販売禁止令」を解除して、開発企業による値引き販売を容認するようになると、上記の4つの「懸念事項」が現実のものとして表面化してくる可能性があります。特に(2)と(4)は中国全体にとってクリティカルに重要な問題です。(4)の地方政府の土地財政収入の減少は、地方政府及び地方政府の傘下にある融資平台の巨額の債務の返済を困難にし、(2)の民間部門の資金ショートと相まって、中国全体の「利用できる資金の欠如」、いわゆる「流動性危機」を引き起こす可能性があります。マンションの値引き販売を容認するにしても、この「流動性危機」に至るまで事態が進展しないようにコントロールしながら状況を改善していくことは至難の業だと思われます。

 現在、おそらく中国内外の多くの企業や個人は、この不動産問題に端を発した中国における「流動性危機」の懸念を意識し始めていると思います。このため、資金を中国の国外に移すことができる企業や個人は、既に中国からの資金の退避を進めつつあるものと思われます。その状況は、外国為替市場において人民元レートに対する元安圧力として働きます。中国人民銀行は、かなりロコツに人民元安を食い止めるため、人民元を買い支えたり、(投機筋による人民元売り仕掛けをさせないようにするため)オフショアでの人民元の吸い上げを実施している模様です((参考)2023年8月21日19:17配信ロイター通信「中国国有銀、オフショア人民元の流動性吸収 人民元安阻止か」、2023年8月22日10:31配信ブルームバーグ通信「中国、人民元安への対応強化-調達コスト引き上げや中心レートで」)。

 毎度書いているのですが、私が一番心配しているのは、こうしたかなり厳しい状況にある中国の不動産市場の状況に対して、習近平主席や李強総理が「何もコメントしない」どころか、改善へ向けて動いている雰囲気すら感じられないことです。習近平氏は、8月になってからその姿を中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」に見せたのは(過去の視察等の録画を除けば)8月22日にBRICS首脳会義に出席するために南アフリカのヨハネスブルグに到着した時のものが最初でした。

 そもそも習近平氏や李強氏が中国が抱える重要な政策課題について「何もしない」姿勢はちょっとひどすぎると思います。

 日本のALPS処理水の海洋への放出に対する中国政府の対応は相当程度常軌を逸しており、日本産水産物の全面輸入禁止や日本産水産物の加工食品への使用禁止などの措置は「科学的根拠がない」どころか「理屈が立たない」と言えるほどだと私は思うのですが、これらについて李強氏も習近平氏も何もコメントしていません(コメントしているのは日本で言えば「官僚レベル」の外交部報道官)。そもそも日本が行った処理水の海洋放出に対して中国が対抗措置を出した8月24日、習近平氏は南アフリカにおり、李強氏は広東省を視察中で、二人とも北京にはいませんでした。

 8月初旬に北京・河北省や東北三省を襲った大規模な洪水被害についても、李強氏は8日に国務院常務会議を開催して洪水対応について議論し、習近平氏は8月17日に中国共産党政治局常務委員会を開催して洪水対応について議論していますが、二人とも何のコメントも出していないし、洪水の被災現場にも出向いていません。

 世界中の経済関係者が懸念している不動産市場の問題については、習近平氏も李強氏も何もコメントしないし、これらに対応する会議も開かれていません(政府関係部局の担当者の会議についてはいくつか報道されていますが、7月24日の政治局会議の後、習近平氏や李強氏が参加した会議で不動産企業の問題について議論されたという報道はありません)。

 上で紹介した「マンション価格の下落を容認する政策」についても、習近平氏や李強氏が検討の議論に参加しているという話は聞こえてきません。マンション市場への対処に関しては住宅都市農村建設部、人民元安と資金流出の件については中国人民銀行に任せ、これらの政策がうまくいかなかったらそれぞれの担当部署のせいだ、と主張するつもりなのでしょうか。様々な行政上の政策については国務院総理である李強氏が、その他も含めて全ての中国の行動については国家主席であり中国共産党総書記である習近平氏がトップとして全ての責任を取る、という姿勢を見せていないことが、今の中国の習近平体制の最も重大な問題であると私は考えています。

 習近平氏は、これまで「うまく行ったら自分の功績だ」「うまく行かなかったら担当した部下の責任だ」というふうに対処してきたように見えます。これからもそのように振る舞うのだろうと思いますが、それで中国の人々はついて行くのでしょうか。

 不動産企業の危機の問題は、最終的な中国経済全体の「流動性危機」にまで発展するのか、それともそれを防ぐことができるのか、結局はそれはトップとしての習近平氏の責任である、ということを是非とも内外に示して欲しいと思います。

 

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