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2023年8月19日 (土)

中国版リーマン・ショックのプロセスが始まった模様

 米国時間の木曜日(2023年8月17日)、中国不動産企業大手の恒大(英語名:エバー・グランデ)がアメリカ連邦破産法第15条の適用をニューヨークの裁判所に申請しました。この案件自体は、かねてより経営危機が深刻化している恒大集団がアメリカにおける経営再建を図るための手段としてアメリカの法律を利用した、ということなのですが、「連邦破産法」という法律の名前が多くの人にショックを与えたようです。このニュースをきっかけにして日本のテレビでも中国の不動産企業の経営危機問題に関するニュースを集中して放送するようになっています。

 この一週間、中国経済の状況に関する懸念が一気に広がったのは、先に米ドル建て債券の利息の支払いができなかったことを発表した碧桂園(英語名:カントリー・ガーデン)や恒大の問題のほかに、中国の資産運用会社の中植企業集団関連の高利回りの投資商品の支払いが滞っていることが明らかになったからです。中植集団の件については、ブルームバーグが8月18日付けで「中国の隠れた金融リスク、影の銀行巡る急展開で露呈-安定試す試練に」と題する記事を配信しています。

 以前から懸念されていたことですが、複数の大手不動産企業の経営危機が金融関連にも影響を及ぼし始めているという点で、多くのマスコミ等では「中国版リーマン・ショック」のプロセスがいよいよ始まった、という捉え方をするようになっています。本当の「ショック」になるかどうかは、これからの中国政府の対応いかんに掛かっていると思います。

 複数の出来事がさみだれ式に報じられていますので、事実関係について、現在までのところの状況をまとめて列記しておきたいと思います。

【2023年】

8月9日(水):
 かつて中国不動産企業の最大手だった碧桂園が8月6日に支払い期限を迎えていた二つのドル建て債の利息の支払い(総額2,250万ドル)を履行できなかった、と発表した。2021年に業界二位の恒大集団においてドル建て社債の利息を支払えないことが明らかになったことが恒大集団の経営危機の問題が表面化するきっかけになったので、多くの人が「ついに碧桂園も恒大と同じ道を歩むことになった」と受け取った。

8月10日(木):
 碧桂園は、8月10日、今年(2023年)1~6月の最終利益が450~550億元(約9,000億円~1兆1,000億円)の赤字になる見通しだと発表した。

8月13日(日):
 碧桂園は、香港証券取引所に対し、14日(月)から同社と関連会社が発行する人民元建て社債11本の取引を停止する、と届け出た。14日(月)、ブルームバーグ通信は、碧桂園が9月2日に償還期限を迎える人民元建て債の支払い期限を延長し3年間にわたって分割で支払う案について、一部の債券保有者に打診していると報じたが、この件が社債取引停止の背景にあると思われる。

8月14日(月):
 中堅どころの中国不動産企業の遠洋集団(英語名:シノ・オーシャン)が2023年1~6月期の純損益が最大200億元(約4千億円)の赤字になる見通しだと発表した。また、利払いが滞っていた同社の米ドル建て社債の取引が停止となった。遠洋集団は中国政府系の不動産開発企業であり、民営か政府系かに関係なく不動産企業が苦境に陥っていることが改めて浮き彫りとなった。

8月15日(火):
 産経新聞が朝刊2面で「中国信託大手支払い遅延」との見出しで、香港メディアが14日、中国の信託大手である中融国際信託の顧客企業の一部が、期限を迎えた信託商品の支払いが滞っていることを明らかにしたと報じた、と書いた。この産経新聞の記事では「中融国際信託の主要株主は中国の資産運用大手、中植企業集団で、同社の流動性危機が支払い遅延と関連しているという憶測が広がっているという。」としている。また、この記事では「中植危機の根底には不動産バブル崩壊がある」と指摘している。

 同じく15日、中国人民銀行は事実上の政策金利であるLPR(ローン・プライム・レート)を計算するベースとなる市中銀行向け1年物金利(MLF:ミディアムターム・ファンディング・ファシリティ)を0.15%引き下げて2.50%にした。また、同じく15日、中国国家統計局が2023年7月の経済統計データを発表したが、その際、これまで発表してきた年齢層別失業率の発表を一時停止すると発表した。

8月16日(水):
 日本経済新聞は朝刊1面トップで「世界景気、中国変調が影 7月の生産鈍化 若年失業率公表せず」という見出しの記事を掲げた。

 同じく16日、中国国家統計局は2023年7月の主要70都市の住宅価格を発表した。それによると、新築住宅価格は70都市中49都市で下落、中古住宅価格は70都市中63都市で下落した、とのことである。

8月17日(木)(米国時間):
 中国恒大集団は、アメリカにおいて外国企業が破産手続きを行うためのアメリカ連邦破産法第15条の適用をニューヨークの裁判所に申請した

8月19日(土)
 日本経済新聞は朝刊1面トップで「中国金融 膨らむ火種 不動産大手・恒大、米で破産法申請」という見出しの記事を掲げた。この記事の中で「17日の上海外国為替市場で一時1ドル=7.318元と22年11月に付けた安値(7.328元)に迫った」と報じた。

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 「主要70都市の住宅価格」などのような中国政府が発表する不動産市況に関するデータは意図的に「隔靴掻痒」(かっかそうよう)なものにしている(わざとわかりにくい数字を出している)ように見えますが、中国のネット上には結構詳細でストレートなデータがアップされています。このブログでもたびたび紹介しているテンセント網・房産チャンネルにアップされる不動産専門家の王波氏による「解説動画」では具体的な数字を掲げて解説しているので、参考までに最近の王波氏の「解説動画」で示された不動産市況に関連する具体的数字をご紹介したいと思います。

【2023年8月13日アップ「マンション市場で五大変化が発生 市場はどちらへ向かうのか」に出てきた数字】

○マンション市場の規模は2021年がピークだった。2021年上半期のマンション販売面積は8億平方メートルで、通年では18億平方メートル近く、販売金額は18兆元を超えていた。一方、2022年上半期の販売面積は6.8億平方メートル、2023年上半期の販売面積は5.9億平方メートルと明らかに減少している。販売金額は30%減少している。

○全国のマンション販売面積は2003年には3億平方メートルには達していなかったが、2021年に18億平方メートルになり、これがピークになると思われる。専門家の分析によると、都市人口の状況を踏まえれば、新規需要や住み替え需要等により毎年10億平方メートル程度の需要は今後も続くと思われる。

○マンションの全国平均販売価格は2021年までは上昇してきたがその後は下落傾向にある。2023年は5年前と同じ水準であり、全国平均価格で言えば一平方メートル当たり10,139元が9,433元に下落している。価格の下落傾向が厳しい四線、五線都市(地方の小規模都市)では、現在の価格は7~8年前の水準に戻っている。

○消費者の購買意欲は減退している。あるアンケート調査によると住宅購入を検討していた家庭の6割が購入計画の延期または取り消しをしており、3割が住宅購入自体を断念したとしている。

○投機目的の住宅購入者はマーケットから去った。このため中古市場における投げ売りが激増している。主要13都市(北京、上海、広州、深セン、重慶、成都、南京、天津、武漢、西安、瀋陽、杭州、合肥)では今199万戸の中古マンションが売りに出ている。2023年初には159万戸だったことを考えると25%の増加である。これに加えて、200万戸の法拍房(裁判所が差し押さえて競売に出しているマンション)があることを考慮する必要がある。

○投げ売り戸数が多いTOP3の都市は、重慶22万戸、上海20万戸、成都18万戸であり、増加スピードのトップ3は、上海+82%、武漢+72%、西安+40%である。

○現在「保交楼」(建設工事が停止したマンションの建設工事を再開して住宅購入者に確実にマンションを引き渡すこと)が最も重要な課題であるが、全国に1,100か所ある爛尾楼(建設工事が停止したマンション)プロジェクトのうち2023年5月の時点で「保交楼」が実現したのは34%である。政府は「保交楼」を促進するための政策を講じているがその効果は遅い。地域によってもばらつきがあり、華南では56%、華東では40%、華中では16%、西南では15%である。

【2023年8月15日アップ「遠洋の『爆雷』はさらに不安を増大させるのか マンション市場は深みにはまった」に出てきた数字】
(タイトルの中国語原文は「遠洋爆雷更可強怕 楼市進入深水区」)

○8月14日早朝、遠洋集団が13日に支払い期限が来た2,094米ドルの社債の利息を支払えなかったと発表した。これまで碧桂園、恒大、融創などトップ30の不動産企業の中で20社が「期限通りに支払いができなかった」と発表している。

○2023年時点で、トップ3の不動産企業が抱えている負債は恒大2.4兆元、碧桂園1.4兆元、融創1兆元である。

○中国の不動産企業が「期限通りに支払いができなかった」米ドル建て債は、2021年には244.78億ドル、2022年には486.98億ドルだった。2023年には770億ドルが見込まれている。

 テンセント網・房産チャンネルには、王波氏によるもののほかにも数多くの「解説動画」がアップされていますが、ほとんどの「解説動画」でアドバイスされているのは「本当に住む必要がある方だけマンション購入を検討してください」ということです。また、多くの「解説動画」では「あわてずに政府の政策の効果がどのように出るかを慎重に見極めてください」とアドバイスしています。

 また、現在の中国のマンション市場の状況が中国経済全体にどのような影響を及ぼす可能性があるかを解説した「解説動画」も数多くあります。深刻な影響が出る可能性について率直に解説がなされており、中国経済の状況を知りたい日本の人にも参考になると思うので、そのいくつかを下記にご紹介します。

☆マンション開発企業の多くが負債を抱えて建設工事がストップしていることにより、建設業者への支払いが滞り、従って建設業者で働く労働者の賃金の支払いも滞っている。一方、代金を支払ったのにマンションを引き渡してもらえない購入者は引き続き住宅ローン返済に苦しんでいる。こうして、中国全体で数多くの人々が支出を控えざる得ない状況になっており、これが中国全体の消費の低迷を招いている。

☆「爛尾楼」の購入者の間に「マンションを引き渡してもらえないのだから、住宅ローンの返済をストップする」という人が増えているが、これは銀行の大きな収入源の一つである住宅ローン返済金が減ることであり、この傾向が広まると銀行の経営にも支障が生じることになる。

☆中古マンションの投げ売りが増えていることから、法拍楼(裁判所が差し押さえて競売に出しているマンション)も売れない。法拍楼は、銀行が借金の抵当として差し押さえたものであるから、法拍楼を売って現金化することができなければ銀行は借金の貸し倒れで蒙った損失の補填ができない。従って、法拍楼が現金化できない状態が続けば、銀行の経営にも問題が生じることになる。

 私は最後の指摘は非常に重要だと思います。そもそも現在の法拍楼200万戸の中には住宅ローンを返せなくなった個人がマンションを銀行に差し押さえられたケースもあると思いますが、企業が保有するマンションを担保として銀行から借金をし、それが返せなくなったために企業保有のマンションが裁判所によって差し押さえられたというケースも数多くあると思います。つまり、中国の企業では「業績がよくて余剰金がある時にマンションを購入しておき、資金が必要になった時には保有するマンションを担保として銀行から借金をする」ということが多く行われていたと思われます。「解説動画」の中でも「投機目的でマンションを購入しているのは個人というよりは企業の方が多い」と指摘している人もいました。企業が資産保有の一環としてマンションを数多く所有しているという状況は、マンション市況の低迷がマンション業界とは関係のない一般の業界においても「バランス・シート不況」を直接的に広めることになります。それを考えると、日本の平成バブル崩壊期にも話題になった、不動産市況の低迷に伴う「バランス・シート不況」は既に中国でも始まっていると考えるべきだと思います。

(参考)野村総合研究所主席研究員のリチャード・クー氏は「週刊東洋経済」(2023年8月5日号)の「台湾リスク」に関するインタビュー記事の中で「『バランスシート不況』の中国に台湾に侵攻する余裕はない」と発言しています。

 ある「解説動画」では、中国の著名なエコノミストの馬光遠氏と任沢平氏が恒大と碧桂園の救済を主張していることを紹介していました。巨大企業を政府が救うことには反対の意見があることを承知しつつ、彼らは巨大不動産企業の破綻によって金融危機が発生することにより多くの人々が苦しむことになるのは避けるべきだ、と主張しているのです。たぶん、経済学者なら誰でも知っている「2008年3月にアメリカ政府はベアー・スターンズは救済したが、同年9月にリーマン・ブラザーズは救済しなかったことがリーマン・ショックという金融危機を招いた」という事実を彼らが念頭に置いていることは間違いありません。

 こういう状況を踏まえれば、2023年の中国がリーマン・ショックの起きた2008年のアメリカと同じような状況にあることは間違いないと思います。

 問題は、冒頭に書いたように、こういう状態に対して、中国政府がどのような対応策を講じるか、です。「中国共産党は日本の平成バブル崩壊もアメリカのリーマン・ショックもその経験をよく学習している」と言われてきました。なので、何とか対処できるのではないか、と考える人もいるようです。ただ、私は「もし仮に中国共産党が日本の平成バブル崩壊やアメリカのリーマン・ショックの経験を本当によく学んでいるのだったら、中国の不動産バブルがここまで大きくなる前の段階で何らかのバブル防止策を講じたはずだ」と考えています。なので、中国政府が現在の状況に適切に対処できず、「中国版リーマン・ショック」が実際に起きてしまう可能性はかなり大きいと覚悟しておくべきだと私は考えています。

 なお、今日の文章では「中国版リーマン・ショック」という表現を使いましたが、実際は、中国のマンション・バブル崩壊に起因する経済危機の過程は、おそらく2008年のアメリカのリーマン・ショックよりも1990年以降長期にわたって事象が展開した日本の平成バブル崩壊に似たプロセスをたどることが予想されます。その理由は以下の通りです。

○「リーマン・ショック」は、健全だと思われていたリーマン・ブラザーズが突然経営破綻し、世界に衝撃が走った。一方、中国の不動産企業の経営危機は、かなり以前からそのリスクは認識されており、外国の関係者は相当程度の警戒感を持って中国の不動産企業との関係を築いていたものと思われるので、「リーマン・ショック」のような「驚きによる衝撃」は少なく、「危機」が拡散することになったとしても、そのスピードは急激なものではなく、一定の時間を掛けたものになるだろうと予想される。

○リーマン・ブラザーズは全世界の企業や投資家とビジネス関係を持つグローバルな会社であったことから、その破綻は世界全体に一気に拡散した。それに対し、中国の不動産企業や金融関連企業は、基本的に中国国内でのビジネスが中心であり、中国以外の国々との関係はそれほど深くない。この点、「バブル崩壊」の影響が基本的に日本国内に留まった日本の平成バブル崩壊の方に類似性がある(ただし、現在の中国の不動産危機が日本の平成バブル崩壊と同じようなプロセスをたどる場合は、その影響の規模は日本の平成バブル崩壊の影響を遙かに上回る大規模なものになることには注意が必要である。諸外国の企業や投資家が中国の不動産企業や金融関連企業と直接の関係を持っていなかったとしても、巨大な中国経済が深刻な低迷に陥ることにより、全く別の分野で中国と関係している諸外国の企業や投資家に対して通常のビジネスを通じた影響が及ぶ可能性があるからである)。

 そして最も重要なのは、この危機の萌芽が明らかになっている現状に対して、中国政府が(ということは中国共産党が)どのように対応するか、ということです。世界中が中国経済の状況に対して懸念を持っているのに、習近平主席も李強総理も何もコメントしていません(コメントしないどころか、習近平氏は8月になってから録画のものを除いて一度もテレビのニュースにその姿を見せていません)。

 行政トップによるコメントがないどころか、中国国家統計局は、8月15日の月例の経済指標発表の席において、従来発表していた年齢別の失業率のデータの発表を一時取りやめると発表しました。これは世界に対して「中国政府は経済危機にまじめに対応するつもりはありません」と宣言しているのに等しい行為だと私は思っています。中国政府が(というよりそれを支える中国共産党が)経済危機に対してまじめに対応するつもりがない(ようにしか見えない)という点こそが、現在の中国の経済危機が日本の平成バブル崩壊やアメリカのリーマン・ショックを超える世界に対する最も重大な危機であると私は考えています。

 

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