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2023年8月

2023年8月26日 (土)

マンション価格の下落容認は正しい対策なのか

 不動産企業の経営危機の問題に対して、中国政府はパンチのある有効な手立てを打ち出していません。7月24日に開かれた中国共産党政治局会議の後、各地方政府ベースで、住宅ローンを組む際の頭金比率の引き下げや住宅ローン金利の引き下げ、住み替えのためのマンション購入の際の規制の緩和、手続きに関連する税金の低減などが打ち出されていますが、人々のマンション購入意欲が上向いたというところまでは行っていないようです。

 むしろ8月に入ってから、不動産企業最大手の碧桂園が社債の利息が払えないといった話や業界二位の恒大集団がアメリカの裁判所にアメリカ連邦破産法第15条の適用申請をするなど、事態が悪化しているように見えるニュースが続いていて、人々のマンション購入に対する慎重な姿勢はむしろ強まってきているようにさえ見えます。

 こうした中、ここに来て「値下げ禁止令でマンション価格を値下げさせないようにする政策をやめて、不動産企業が自主的判断で値下げ販売をできるようにし、値下げしてマンションを販売して得られた資金で建設が中断したマンション(爛尾楼)の建設を再開させるなど、不動産企業が自らを救う努力ができるようにすべきではないか」という議論が活発になってきています。これまでは、マンションの供給が需要より多くなっている現状にもかかわらず、中国の多くの地方政府は「マンション値下げ禁止令」を出してマンション価格が下がらないようにしてきているからです(このブログの2023年5月13日付け記事「中国経済の失速と習近平氏の対応」参照)。

 「マンションの値下げ販売の容認」が議論されるようになった理由は、最近、北京大学国家発展研究院の姚洋院長が「不動産企業が値下げ販売をすることを容認して、資金回収の道を開いて不動産企業が自主救済をしやすくすべきだ」という意見を発表したことと、中国地産報も同じような意見の評論を掲載したからです。中国地産報は、不動産業界のトップ紙で中国政府の住宅都市農村建設部と密接な関係があると考えられていることから、「値下げ禁止令をやめてマンションの値下げ販売を容認する」という方法は中国政府の内部で検討されている方策なのだろう、と多くの人が考えているようです。

 実際、マンションの値上がりがひどかった広東省珠海市で一部の不動産企業がマンションの値下げ販売を開始し、珠海市当局もその値下げを容認しているようだということが伝えられています。このことから、マンションの値下げ販売容認が今後中国全土に広がるのではないか、という見方が出つつあるようです。

 問題は、こうした動きが出ると、現在「様子見」をしている中国の消費者が「もう少し待てば自分が買いたいと思っている地域のマンション価格も下がるかもしれない」と考えて、さらに「様子見」を続けてしまい、結局は相当程度マンション価格が下がるまでマンションが売れない、という状況になるかもしれないので、「マンション価格下落容認」が現在の中国のマンション市場の問題を解決することになるかどうかはわかりません。

 そもそもマンションの供給過剰が明らかになる中、多くの地方政府が「値下げ禁止令」を出して、値引き販売をした開発業者を処罰する例も出たりしているのはなぜか、と中国の多くの人は考えているようです。多くの人は「今のマンションは価格が高過ぎるから買えないのであって、値段が下がればマンションは売れるようになり、問題は解決するはずだ」と考えているからです。

 その「なぜ中国の地方政府はマンション値下げ禁止令を出すのか」という疑問に直接的に答える「解説動画」がテンセント網・房産チャンネルにアップされていたのでポイントをご紹介します。この動画で解説している「値下げ禁止令が出される理由」は以下の四つです。

(1)「群体性事件」を懸念しているため

 不動産企業がマンションの値下げ販売を開始すると、周辺で既にマンションを購入した既存所有者が自分たちが持っているマンションの価値が下がるとして反対し、「群体性事件」(集団でデモを行って不動産企業に値下げしないよう訴える事件)を起こす可能性がある。そのような「群体性事件」はこれまで多くの地区で実際に起きている。地方政府はこういう「群体性事件」が起こることを避けたいと考えているため。

(2)システミック金融危機が起こるリスクを避けるため

 保有しているマンションを担保にして銀行から資金を借りている個人や企業は、マンション価格が下がれば担保価値が下がるので、銀行から借金返済または追加担保の差し入れを要求される。また、マンション価格が下がれば、これから資金を借りようとする個人や企業に対して、銀行はマンションを担保にして貸し出す資金の金額を引き下げる(いわゆる「貸し渋り」)。これが全国に広がれば、資金ショートが広がり、システミック金融危機を引き起こすリスクがあるため。

(3)価格低下によるマンションの品質の低下を避けるため

 販売されるマンションの価格が低下すると、開発企業はコスト削減を行って、結果的に販売されるマンションの品質が低下する可能性がある、また開発企業によるメンテナンス等のアフターサービスの質も低下する可能性があるため。

(4)土地財政収入の減少を避けるため

 地方政府は、土地使用権をマンション開発業者に売ることにより得られる収入を重要な財政収入源としている。マンション価格が下がれば、その分、マンション建設用に販売する土地使用権の価格も下げなければ売却できなくなり、結果として地方政府の財政収入が減るため。

 この解説動画では、そもそも不動産業界が死んでしまっては上の四つの理由について議論する意味すらなくなってしまうのだから、一定程度の「痛み」は伴うにしても、マンションの値下げ販売を容認して開発企業の資金回収を容易にし、開発企業の自救努力を促すべきではないか、と主張していました。

 仮に今後、地方政府が「マンションの値引き販売禁止令」を解除して、開発企業による値引き販売を容認するようになると、上記の4つの「懸念事項」が現実のものとして表面化してくる可能性があります。特に(2)と(4)は中国全体にとってクリティカルに重要な問題です。(4)の地方政府の土地財政収入の減少は、地方政府及び地方政府の傘下にある融資平台の巨額の債務の返済を困難にし、(2)の民間部門の資金ショートと相まって、中国全体の「利用できる資金の欠如」、いわゆる「流動性危機」を引き起こす可能性があります。マンションの値引き販売を容認するにしても、この「流動性危機」に至るまで事態が進展しないようにコントロールしながら状況を改善していくことは至難の業だと思われます。

 現在、おそらく中国内外の多くの企業や個人は、この不動産問題に端を発した中国における「流動性危機」の懸念を意識し始めていると思います。このため、資金を中国の国外に移すことができる企業や個人は、既に中国からの資金の退避を進めつつあるものと思われます。その状況は、外国為替市場において人民元レートに対する元安圧力として働きます。中国人民銀行は、かなりロコツに人民元安を食い止めるため、人民元を買い支えたり、(投機筋による人民元売り仕掛けをさせないようにするため)オフショアでの人民元の吸い上げを実施している模様です((参考)2023年8月21日19:17配信ロイター通信「中国国有銀、オフショア人民元の流動性吸収 人民元安阻止か」、2023年8月22日10:31配信ブルームバーグ通信「中国、人民元安への対応強化-調達コスト引き上げや中心レートで」)。

 毎度書いているのですが、私が一番心配しているのは、こうしたかなり厳しい状況にある中国の不動産市場の状況に対して、習近平主席や李強総理が「何もコメントしない」どころか、改善へ向けて動いている雰囲気すら感じられないことです。習近平氏は、8月になってからその姿を中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」に見せたのは(過去の視察等の録画を除けば)8月22日にBRICS首脳会義に出席するために南アフリカのヨハネスブルグに到着した時のものが最初でした。

 そもそも習近平氏や李強氏が中国が抱える重要な政策課題について「何もしない」姿勢はちょっとひどすぎると思います。

 日本のALPS処理水の海洋への放出に対する中国政府の対応は相当程度常軌を逸しており、日本産水産物の全面輸入禁止や日本産水産物の加工食品への使用禁止などの措置は「科学的根拠がない」どころか「理屈が立たない」と言えるほどだと私は思うのですが、これらについて李強氏も習近平氏も何もコメントしていません(コメントしているのは日本で言えば「官僚レベル」の外交部報道官)。そもそも日本が行った処理水の海洋放出に対して中国が対抗措置を出した8月24日、習近平氏は南アフリカにおり、李強氏は広東省を視察中で、二人とも北京にはいませんでした。

 8月初旬に北京・河北省や東北三省を襲った大規模な洪水被害についても、李強氏は8日に国務院常務会議を開催して洪水対応について議論し、習近平氏は8月17日に中国共産党政治局常務委員会を開催して洪水対応について議論していますが、二人とも何のコメントも出していないし、洪水の被災現場にも出向いていません。

 世界中の経済関係者が懸念している不動産市場の問題については、習近平氏も李強氏も何もコメントしないし、これらに対応する会議も開かれていません(政府関係部局の担当者の会議についてはいくつか報道されていますが、7月24日の政治局会議の後、習近平氏や李強氏が参加した会議で不動産企業の問題について議論されたという報道はありません)。

 上で紹介した「マンション価格の下落を容認する政策」についても、習近平氏や李強氏が検討の議論に参加しているという話は聞こえてきません。マンション市場への対処に関しては住宅都市農村建設部、人民元安と資金流出の件については中国人民銀行に任せ、これらの政策がうまくいかなかったらそれぞれの担当部署のせいだ、と主張するつもりなのでしょうか。様々な行政上の政策については国務院総理である李強氏が、その他も含めて全ての中国の行動については国家主席であり中国共産党総書記である習近平氏がトップとして全ての責任を取る、という姿勢を見せていないことが、今の中国の習近平体制の最も重大な問題であると私は考えています。

 習近平氏は、これまで「うまく行ったら自分の功績だ」「うまく行かなかったら担当した部下の責任だ」というふうに対処してきたように見えます。これからもそのように振る舞うのだろうと思いますが、それで中国の人々はついて行くのでしょうか。

 不動産企業の危機の問題は、最終的な中国経済全体の「流動性危機」にまで発展するのか、それともそれを防ぐことができるのか、結局はそれはトップとしての習近平氏の責任である、ということを是非とも内外に示して欲しいと思います。

 

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2023年8月19日 (土)

中国版リーマン・ショックのプロセスが始まった模様

 米国時間の木曜日(2023年8月17日)、中国不動産企業大手の恒大(英語名:エバー・グランデ)がアメリカ連邦破産法第15条の適用をニューヨークの裁判所に申請しました。この案件自体は、かねてより経営危機が深刻化している恒大集団がアメリカにおける経営再建を図るための手段としてアメリカの法律を利用した、ということなのですが、「連邦破産法」という法律の名前が多くの人にショックを与えたようです。このニュースをきっかけにして日本のテレビでも中国の不動産企業の経営危機問題に関するニュースを集中して放送するようになっています。

 この一週間、中国経済の状況に関する懸念が一気に広がったのは、先に米ドル建て債券の利息の支払いができなかったことを発表した碧桂園(英語名:カントリー・ガーデン)や恒大の問題のほかに、中国の資産運用会社の中植企業集団関連の高利回りの投資商品の支払いが滞っていることが明らかになったからです。中植集団の件については、ブルームバーグが8月18日付けで「中国の隠れた金融リスク、影の銀行巡る急展開で露呈-安定試す試練に」と題する記事を配信しています。

 以前から懸念されていたことですが、複数の大手不動産企業の経営危機が金融関連にも影響を及ぼし始めているという点で、多くのマスコミ等では「中国版リーマン・ショック」のプロセスがいよいよ始まった、という捉え方をするようになっています。本当の「ショック」になるかどうかは、これからの中国政府の対応いかんに掛かっていると思います。

 複数の出来事がさみだれ式に報じられていますので、事実関係について、現在までのところの状況をまとめて列記しておきたいと思います。

【2023年】

8月9日(水):
 かつて中国不動産企業の最大手だった碧桂園が8月6日に支払い期限を迎えていた二つのドル建て債の利息の支払い(総額2,250万ドル)を履行できなかった、と発表した。2021年に業界二位の恒大集団においてドル建て社債の利息を支払えないことが明らかになったことが恒大集団の経営危機の問題が表面化するきっかけになったので、多くの人が「ついに碧桂園も恒大と同じ道を歩むことになった」と受け取った。

8月10日(木):
 碧桂園は、8月10日、今年(2023年)1~6月の最終利益が450~550億元(約9,000億円~1兆1,000億円)の赤字になる見通しだと発表した。

8月13日(日):
 碧桂園は、香港証券取引所に対し、14日(月)から同社と関連会社が発行する人民元建て社債11本の取引を停止する、と届け出た。14日(月)、ブルームバーグ通信は、碧桂園が9月2日に償還期限を迎える人民元建て債の支払い期限を延長し3年間にわたって分割で支払う案について、一部の債券保有者に打診していると報じたが、この件が社債取引停止の背景にあると思われる。

8月14日(月):
 中堅どころの中国不動産企業の遠洋集団(英語名:シノ・オーシャン)が2023年1~6月期の純損益が最大200億元(約4千億円)の赤字になる見通しだと発表した。また、利払いが滞っていた同社の米ドル建て社債の取引が停止となった。遠洋集団は中国政府系の不動産開発企業であり、民営か政府系かに関係なく不動産企業が苦境に陥っていることが改めて浮き彫りとなった。

8月15日(火):
 産経新聞が朝刊2面で「中国信託大手支払い遅延」との見出しで、香港メディアが14日、中国の信託大手である中融国際信託の顧客企業の一部が、期限を迎えた信託商品の支払いが滞っていることを明らかにしたと報じた、と書いた。この産経新聞の記事では「中融国際信託の主要株主は中国の資産運用大手、中植企業集団で、同社の流動性危機が支払い遅延と関連しているという憶測が広がっているという。」としている。また、この記事では「中植危機の根底には不動産バブル崩壊がある」と指摘している。

 同じく15日、中国人民銀行は事実上の政策金利であるLPR(ローン・プライム・レート)を計算するベースとなる市中銀行向け1年物金利(MLF:ミディアムターム・ファンディング・ファシリティ)を0.15%引き下げて2.50%にした。また、同じく15日、中国国家統計局が2023年7月の経済統計データを発表したが、その際、これまで発表してきた年齢層別失業率の発表を一時停止すると発表した。

8月16日(水):
 日本経済新聞は朝刊1面トップで「世界景気、中国変調が影 7月の生産鈍化 若年失業率公表せず」という見出しの記事を掲げた。

 同じく16日、中国国家統計局は2023年7月の主要70都市の住宅価格を発表した。それによると、新築住宅価格は70都市中49都市で下落、中古住宅価格は70都市中63都市で下落した、とのことである。

8月17日(木)(米国時間):
 中国恒大集団は、アメリカにおいて外国企業が破産手続きを行うためのアメリカ連邦破産法第15条の適用をニューヨークの裁判所に申請した

8月19日(土)
 日本経済新聞は朝刊1面トップで「中国金融 膨らむ火種 不動産大手・恒大、米で破産法申請」という見出しの記事を掲げた。この記事の中で「17日の上海外国為替市場で一時1ドル=7.318元と22年11月に付けた安値(7.328元)に迫った」と報じた。

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 「主要70都市の住宅価格」などのような中国政府が発表する不動産市況に関するデータは意図的に「隔靴掻痒」(かっかそうよう)なものにしている(わざとわかりにくい数字を出している)ように見えますが、中国のネット上には結構詳細でストレートなデータがアップされています。このブログでもたびたび紹介しているテンセント網・房産チャンネルにアップされる不動産専門家の王波氏による「解説動画」では具体的な数字を掲げて解説しているので、参考までに最近の王波氏の「解説動画」で示された不動産市況に関連する具体的数字をご紹介したいと思います。

【2023年8月13日アップ「マンション市場で五大変化が発生 市場はどちらへ向かうのか」に出てきた数字】

○マンション市場の規模は2021年がピークだった。2021年上半期のマンション販売面積は8億平方メートルで、通年では18億平方メートル近く、販売金額は18兆元を超えていた。一方、2022年上半期の販売面積は6.8億平方メートル、2023年上半期の販売面積は5.9億平方メートルと明らかに減少している。販売金額は30%減少している。

○全国のマンション販売面積は2003年には3億平方メートルには達していなかったが、2021年に18億平方メートルになり、これがピークになると思われる。専門家の分析によると、都市人口の状況を踏まえれば、新規需要や住み替え需要等により毎年10億平方メートル程度の需要は今後も続くと思われる。

○マンションの全国平均販売価格は2021年までは上昇してきたがその後は下落傾向にある。2023年は5年前と同じ水準であり、全国平均価格で言えば一平方メートル当たり10,139元が9,433元に下落している。価格の下落傾向が厳しい四線、五線都市(地方の小規模都市)では、現在の価格は7~8年前の水準に戻っている。

○消費者の購買意欲は減退している。あるアンケート調査によると住宅購入を検討していた家庭の6割が購入計画の延期または取り消しをしており、3割が住宅購入自体を断念したとしている。

○投機目的の住宅購入者はマーケットから去った。このため中古市場における投げ売りが激増している。主要13都市(北京、上海、広州、深セン、重慶、成都、南京、天津、武漢、西安、瀋陽、杭州、合肥)では今199万戸の中古マンションが売りに出ている。2023年初には159万戸だったことを考えると25%の増加である。これに加えて、200万戸の法拍房(裁判所が差し押さえて競売に出しているマンション)があることを考慮する必要がある。

○投げ売り戸数が多いTOP3の都市は、重慶22万戸、上海20万戸、成都18万戸であり、増加スピードのトップ3は、上海+82%、武漢+72%、西安+40%である。

○現在「保交楼」(建設工事が停止したマンションの建設工事を再開して住宅購入者に確実にマンションを引き渡すこと)が最も重要な課題であるが、全国に1,100か所ある爛尾楼(建設工事が停止したマンション)プロジェクトのうち2023年5月の時点で「保交楼」が実現したのは34%である。政府は「保交楼」を促進するための政策を講じているがその効果は遅い。地域によってもばらつきがあり、華南では56%、華東では40%、華中では16%、西南では15%である。

【2023年8月15日アップ「遠洋の『爆雷』はさらに不安を増大させるのか マンション市場は深みにはまった」に出てきた数字】
(タイトルの中国語原文は「遠洋爆雷更可強怕 楼市進入深水区」)

○8月14日早朝、遠洋集団が13日に支払い期限が来た2,094米ドルの社債の利息を支払えなかったと発表した。これまで碧桂園、恒大、融創などトップ30の不動産企業の中で20社が「期限通りに支払いができなかった」と発表している。

○2023年時点で、トップ3の不動産企業が抱えている負債は恒大2.4兆元、碧桂園1.4兆元、融創1兆元である。

○中国の不動産企業が「期限通りに支払いができなかった」米ドル建て債は、2021年には244.78億ドル、2022年には486.98億ドルだった。2023年には770億ドルが見込まれている。

 テンセント網・房産チャンネルには、王波氏によるもののほかにも数多くの「解説動画」がアップされていますが、ほとんどの「解説動画」でアドバイスされているのは「本当に住む必要がある方だけマンション購入を検討してください」ということです。また、多くの「解説動画」では「あわてずに政府の政策の効果がどのように出るかを慎重に見極めてください」とアドバイスしています。

 また、現在の中国のマンション市場の状況が中国経済全体にどのような影響を及ぼす可能性があるかを解説した「解説動画」も数多くあります。深刻な影響が出る可能性について率直に解説がなされており、中国経済の状況を知りたい日本の人にも参考になると思うので、そのいくつかを下記にご紹介します。

☆マンション開発企業の多くが負債を抱えて建設工事がストップしていることにより、建設業者への支払いが滞り、従って建設業者で働く労働者の賃金の支払いも滞っている。一方、代金を支払ったのにマンションを引き渡してもらえない購入者は引き続き住宅ローン返済に苦しんでいる。こうして、中国全体で数多くの人々が支出を控えざる得ない状況になっており、これが中国全体の消費の低迷を招いている。

☆「爛尾楼」の購入者の間に「マンションを引き渡してもらえないのだから、住宅ローンの返済をストップする」という人が増えているが、これは銀行の大きな収入源の一つである住宅ローン返済金が減ることであり、この傾向が広まると銀行の経営にも支障が生じることになる。

☆中古マンションの投げ売りが増えていることから、法拍楼(裁判所が差し押さえて競売に出しているマンション)も売れない。法拍楼は、銀行が借金の抵当として差し押さえたものであるから、法拍楼を売って現金化することができなければ銀行は借金の貸し倒れで蒙った損失の補填ができない。従って、法拍楼が現金化できない状態が続けば、銀行の経営にも問題が生じることになる。

 私は最後の指摘は非常に重要だと思います。そもそも現在の法拍楼200万戸の中には住宅ローンを返せなくなった個人がマンションを銀行に差し押さえられたケースもあると思いますが、企業が保有するマンションを担保として銀行から借金をし、それが返せなくなったために企業保有のマンションが裁判所によって差し押さえられたというケースも数多くあると思います。つまり、中国の企業では「業績がよくて余剰金がある時にマンションを購入しておき、資金が必要になった時には保有するマンションを担保として銀行から借金をする」ということが多く行われていたと思われます。「解説動画」の中でも「投機目的でマンションを購入しているのは個人というよりは企業の方が多い」と指摘している人もいました。企業が資産保有の一環としてマンションを数多く所有しているという状況は、マンション市況の低迷がマンション業界とは関係のない一般の業界においても「バランス・シート不況」を直接的に広めることになります。それを考えると、日本の平成バブル崩壊期にも話題になった、不動産市況の低迷に伴う「バランス・シート不況」は既に中国でも始まっていると考えるべきだと思います。

(参考)野村総合研究所主席研究員のリチャード・クー氏は「週刊東洋経済」(2023年8月5日号)の「台湾リスク」に関するインタビュー記事の中で「『バランスシート不況』の中国に台湾に侵攻する余裕はない」と発言しています。

 ある「解説動画」では、中国の著名なエコノミストの馬光遠氏と任沢平氏が恒大と碧桂園の救済を主張していることを紹介していました。巨大企業を政府が救うことには反対の意見があることを承知しつつ、彼らは巨大不動産企業の破綻によって金融危機が発生することにより多くの人々が苦しむことになるのは避けるべきだ、と主張しているのです。たぶん、経済学者なら誰でも知っている「2008年3月にアメリカ政府はベアー・スターンズは救済したが、同年9月にリーマン・ブラザーズは救済しなかったことがリーマン・ショックという金融危機を招いた」という事実を彼らが念頭に置いていることは間違いありません。

 こういう状況を踏まえれば、2023年の中国がリーマン・ショックの起きた2008年のアメリカと同じような状況にあることは間違いないと思います。

 問題は、冒頭に書いたように、こういう状態に対して、中国政府がどのような対応策を講じるか、です。「中国共産党は日本の平成バブル崩壊もアメリカのリーマン・ショックもその経験をよく学習している」と言われてきました。なので、何とか対処できるのではないか、と考える人もいるようです。ただ、私は「もし仮に中国共産党が日本の平成バブル崩壊やアメリカのリーマン・ショックの経験を本当によく学んでいるのだったら、中国の不動産バブルがここまで大きくなる前の段階で何らかのバブル防止策を講じたはずだ」と考えています。なので、中国政府が現在の状況に適切に対処できず、「中国版リーマン・ショック」が実際に起きてしまう可能性はかなり大きいと覚悟しておくべきだと私は考えています。

 なお、今日の文章では「中国版リーマン・ショック」という表現を使いましたが、実際は、中国のマンション・バブル崩壊に起因する経済危機の過程は、おそらく2008年のアメリカのリーマン・ショックよりも1990年以降長期にわたって事象が展開した日本の平成バブル崩壊に似たプロセスをたどることが予想されます。その理由は以下の通りです。

○「リーマン・ショック」は、健全だと思われていたリーマン・ブラザーズが突然経営破綻し、世界に衝撃が走った。一方、中国の不動産企業の経営危機は、かなり以前からそのリスクは認識されており、外国の関係者は相当程度の警戒感を持って中国の不動産企業との関係を築いていたものと思われるので、「リーマン・ショック」のような「驚きによる衝撃」は少なく、「危機」が拡散することになったとしても、そのスピードは急激なものではなく、一定の時間を掛けたものになるだろうと予想される。

○リーマン・ブラザーズは全世界の企業や投資家とビジネス関係を持つグローバルな会社であったことから、その破綻は世界全体に一気に拡散した。それに対し、中国の不動産企業や金融関連企業は、基本的に中国国内でのビジネスが中心であり、中国以外の国々との関係はそれほど深くない。この点、「バブル崩壊」の影響が基本的に日本国内に留まった日本の平成バブル崩壊の方に類似性がある(ただし、現在の中国の不動産危機が日本の平成バブル崩壊と同じようなプロセスをたどる場合は、その影響の規模は日本の平成バブル崩壊の影響を遙かに上回る大規模なものになることには注意が必要である。諸外国の企業や投資家が中国の不動産企業や金融関連企業と直接の関係を持っていなかったとしても、巨大な中国経済が深刻な低迷に陥ることにより、全く別の分野で中国と関係している諸外国の企業や投資家に対して通常のビジネスを通じた影響が及ぶ可能性があるからである)。

 そして最も重要なのは、この危機の萌芽が明らかになっている現状に対して、中国政府が(ということは中国共産党が)どのように対応するか、ということです。世界中が中国経済の状況に対して懸念を持っているのに、習近平主席も李強総理も何もコメントしていません(コメントしないどころか、習近平氏は8月になってから録画のものを除いて一度もテレビのニュースにその姿を見せていません)。

 行政トップによるコメントがないどころか、中国国家統計局は、8月15日の月例の経済指標発表の席において、従来発表していた年齢別の失業率のデータの発表を一時取りやめると発表しました。これは世界に対して「中国政府は経済危機にまじめに対応するつもりはありません」と宣言しているのに等しい行為だと私は思っています。中国政府が(というよりそれを支える中国共産党が)経済危機に対してまじめに対応するつもりがない(ようにしか見えない)という点こそが、現在の中国の経済危機が日本の平成バブル崩壊やアメリカのリーマン・ショックを超える世界に対する最も重大な危機であると私は考えています。

 

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2023年8月12日 (土)

外から見えてしまう中国国内での習近平氏への不満

 台風5号とそれが変化した熱帯低気圧がもたらした北京・天津・河北省と東北三省(遼寧省、吉林省、黒竜江省)での大雨・洪水被害はかなりひどいもののようです。先週土曜日(2023年8月5日)の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」では、トップニュースとして、10分以上の時間を費やして、この洪水被害に対応する地方政府や人民解放軍などの活動を報じていました。

 大雨や洪水は、毎年、中国のどこかの地域で必ず起きる自然災害ですが、結構大きな被害が出ても「新聞聯播」のトップニュースで災害の状況の映像を流すことは滅多にありません。普通はトップでは「習近平氏は人命救助を最優先に災害に対応するよう関係機関に指示した」などと報じるだけで、現場の映像がトップニュースとして流れることはほとんどありません(通常は、トップで「習近平氏が対応を指示した」と伝えた後、その他のニュースを報じた後の中盤くらいで現場の状況を伝える映像が放送される)。一方、2008年の四川巨大地震のような「本当にとんでもない自然災害」の場合はトップニュースとして現場の映像が流れることもあるので、それを考えると今回の北京・天津・河北と東北三省の大雨・洪水被害は相当に「とんでもない自然災害」だったのだろうと想像されます。

 この大雨・洪水のニュースは翌8月6日(日)付けの「人民日報」の1面トップ記事としても伝えられたのですが、改めて「人民日報」の記事を読んで、私は「あれっ?」と思いました。というのは、この日の「人民日報」の記事では、「北京では7月29日20時頃から8月2日7時頃まで大雨が降り続き・・・」といった説明が書かれていたからでした。中国のテレビニュースや「人民日報」などの自然災害の報道は「どれだけの被害が出て、何人の死者・行方不明者が出たか」という事実関係の情報よりも、「中国共産党地方組織や地方政府、人民解放軍は災害復旧に全力を尽くしています」という内容が報道の中心なので、他国のマスコミよりも迅速性に欠けるのですが、それにしても8月2日朝まで降った大雨の被害のニュースを5日夜のテレビニュースと6日の「人民日報」で報じるのは、中国の自然災害の報道のタイミングに慣れている私の感覚から言っても「遅すぎる」と感じたのでした。

 もうひとつ気が付くのは、これだけ大きな自然災害なのに、国家主席の習近平氏や国務院総理の李強氏がテレビの画面に全く登場しない、ということです。現場での映像に登場したのは「習近平氏の委託により派遣された張国清副総理」でした。張国清氏は、政治局常務委員(いわゆる「チャイナ・セブン」)ではない中央政治局委員です。何か災害が起きた時に国家主席や国務院総理が現場に行かず、習近平氏の指示を受けた政治局常務委員ではない国務院副総理が現場に駆けつける、というのは、習近平政権になってからは「普通のパターン」なので、今回もそれに従っただけ、ということなのだと思います。ただ、2007年~2009年に北京に駐在していて、何か災害や事件が起きるとすぐに温家宝総理が現場に駆けつけた胡錦濤政権とはだいぶ違うなぁ、という印象を私は持っています(2008年5月の四川省巨大地震の時は、地震発生1時間後に四川省に向かった温家宝総理に代わって数日後に胡錦濤主席自身が四川省の現場に入りました)。

 今回、私が個人的に「これは災害対応時の初期報道としてはまずかったんじゃないかぁ」と思ったのは、8月3日夜の「新聞聯播」で政治局常務委員の蔡奇氏が河北省の北戴河にいる専門家を慰問したというニュースを流したことでした。北戴河は河北省の渤海湾沿いの避暑地で、毛沢東時代から、中国共産党の現役と引退した幹部が避暑のために北戴河に集まることが定例化していました。そこで自然発生的に新旧幹部の交流が行われ、重要な案件の「根回し」的なことも行われているのではないか、との推測に基づき、諸外国のマスコミは、中国共産党の新旧幹部が北戴河に集まることを「北戴河会議」と称して注目してきました。実態は形式ばった「会議」というようなものではないと思われるし、通常「北戴河会議」が開催されたというような報道発表もないのですが、毎年この時期(8月上旬)、「政治局常務委員が北戴河に集まった専門家たちを慰問した」というニュースが流れると、「あぁ、今年も『北戴河会議』が今開かれているんだなぁ」と内外にわかる、というのが通例です。

 今回のニュースに出てきた蔡奇氏は、中国共産党中央弁公庁主任という総書記の秘書官的な役割の人でもあるので、彼が北戴河にいるということは、総書記の習近平氏も北戴河にいるんだろうなぁ、と内外にすぐわかったのでした。私が「まずいんじゃないかなぁ」と思ったのは、首都北京を含めた地域で大雨・洪水の大きな被害が出ているのに、党と政府のトップの習近平氏が避暑地の北戴河にいる(ということは休暇中である)ことを内外に「宣伝」しちゃっていいのかなぁ、と思ったからでした。中国国内でも「これだけ大きな自然災害が起きているのに、習近平氏は北戴河で休暇中とはケシカラン」という不満が出たために、ちょっとタイミングは遅くなってしまったけれども、8月5日の「新聞聯播」と6日の「人民日報」のトップニュースとして、「党と政府は全力を挙げて洪水災害に対処している」と報じることになったのではないか、と私は想像しています。

 李強総理は、テレビの画面には登場しないのですが、8月8日に国務院常務会議を開いて大雨・洪水災害に対処について議論したことが報じられました。8月初めから8月15日くらいまでは夏季休暇期間なので、国務院常務会議は開催しないのが通例だと思うので、この8月8日の国務院常務会議は、通常とは異なる形で臨時に開いた会議だったのではないかと思います。このことも、「習近平主席と李強総理の体制は洪水対応が遅い」という批判が中国国内で起きたことに対するリアクションなのではないかと私は想像しています。

 大きな事故や自然災害が起きた時に中央政府のトップが現場に駆けつけるのがいいか悪いかは議論のあるところです。日本を含めて多くの国のトップの政治家は政治的パフォーマンスとして事故や災害の現場に迅速に駆け付けてテレビでその姿を全国に放送させる方が政治的にはプラスだと考えていると思いますが、習近平氏にはそういう発想は全くないようです。このことは「習近平氏は政治家というより皇帝のようだ」というイメージを内外に植え付けることに大いに寄与していると思います。

 さらに、昨日(8月11日(金))の「新聞聯播」のトップニュースは「習近平氏は砂漠化防止・緑化対策に尽力してきた」というニュースでした。その次のニュースが「大雨・洪水被害の復旧作業に関する続報」だったので、「なんで現在の洪水のニュースの前が過去の習近平氏の砂漠化防止のニュースなんだ。違和感あるなぁ。」と私は感じたのでした。それで思ったのは、これは習近平氏が食糧増産を目的とした「退林還耕」(胡錦濤政権までの砂漠化防止のために傾斜地の耕地を森林に戻す「退耕還林」政策を逆回転させる政策)を進めているので、これに対して「習近平氏も砂漠化防止・緑化対策には尽力してきましたよ」という言い訳をする意味があるのだろう、と私は想像したのでした。こうした「言い訳」を放送しているということは、中国国内に「習近平氏は『退林還耕』を進めて洪水対策を怠った」という批判が出ていることの裏返しだと私は想像したのです。

 こういうふうに「中国国内で習近平氏に対する批判や不満が高まっているようだ」ということが外から見て簡単にわかってしまう、というのが習近平政権の特徴かなぁ、と私は感じました(それに対し、私の経験からすれば、毛沢東政権末期に文革グループ(四人組)が進める路線に対する不満が中国国内の人々の間に高まっていたことは、少なくとも私の目には全く見えていませんでした)。「白紙運動」が起きてすぐに「ゼロコロナ政策」をスパッとやめたように、「人々が習近平氏に対する不満を高めている」ことを感じ取って、結構柔軟にスパッと路線を転換することが習近平政権の特徴なのかもしれません。

 そう考えると一昨日(2023年8月10日)、中国政府がコロナ感染対策として停止していた日本を含む諸外国への団体旅行を解禁したのも、人々の不満に対する対応策だったのかもしれません。現在中国はアメリカや日本に対して「戦狼外交」とも言える強硬路線を採っていますし、経済政策上も、資金の国外流出と人民元安を助長し、低迷する国内消費にとってはマイナスの効果がある外国への団体旅行解禁は、中国政府は本当は今はやりたくないはずです。それでも他の政策の方向性と一貫性のない国外団体旅行の解禁に踏み切ったのは、経済低迷で鬱積する中国国内の人々の不満を少しでも発散させる目的があったのではないか、と私は勘ぐっています。

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 大きな自然災害に対する対応は、習近平氏だけでなく、どの国でもどの政権でも国民から批判を受けやすいものですが、それに加えて、習近平氏が経済政策において「失敗」と思われるような政策を採っている(あるいは有効な政策を採ることができていない)ことが中国国内において習近平氏に対する不満が高まる最も大きな原因になっていると思います。

 8月8日、中国の不動産大手の碧桂園(英語名:カントリー・ガーデン)が8月6日に支払い期限を迎えていた二つのドル建て債の利息の支払い(総額2,250万ドル)を履行できなかった、と発表しました。30日間の支払い猶予期間があるので、すぐにはデフォルト(債務不履行)の宣言は出ませんが、「利息が払えない」のだったら元本を返せるはずはないだろう、とすぐに想像できます。2021年に恒大集団(英語名:エバー・グランデ)の問題が起きた時も、最初は「ドル建て債務の利息が払えない」ということから始まったので、碧桂園も恒大と同じような状態になるのだろう、と多くの人が想像しています。

 2021年に恒大集団の問題が起きたとき「中国の不動産大手(販売実績で二位)の恒大集団が・・・」と報じられました。この時点で販売実績で一位だったのが碧桂園です。恒大の問題が起きた時、碧桂園は恒大よりは財務体質が健全な方だと考えられていました。遅かれ早かれ、恒大以外の不動産企業でも同様の問題が生じるだろうと多くの人が想像していましたが、かつて業界トップだった碧桂園も恒大と同じ道を歩むことになりそうだ、という状況になって、テンセント網・房産チャンネルでは、碧桂園に関する話題が多く報じられています。

 碧桂園が実際にデフォルト(債務不履行)と認定されることになれば、それは恒大の時よりも衝撃は大きいと考える人もいるようです。というのは、碧桂園は、現在、中国全土で3,127件のプロジェクトを抱えているなど手がけているマンションの数が非常に多く、特に三線都市、四線都市と呼ばれるマンションの販売状況が芳しくない中小都市の案件を多く手掛けていること、三線都市、四線都市のマンション購入者は北京や上海のような大都市に比べると収入があまり多くないという観点で、碧桂園の経営困難が引き起こす社会的インパクトは恒大より大きいものになるかもしれない、と考えられるからです。

 2021年に恒大の問題が表面化し、その後、去年(2022年)には爛尾楼(工事中断により完成しないマンション)を購入した人が住宅ローンの返済を拒否する運動を起こし、それに対処するために中国政府が不動産企業に対する無利子融資等の方策を実施したにもかかわらず碧桂園の問題を解決できなかった、という事実は、習近平政権の不動産市場の問題に対する対策が有効ではなかったことを明らかにしてしまいました。今、多くの中国の人々は、不動産企業のトップの二つの企業が問題を起こしているのだから、他の企業も同じような状態になることは避けられないだろうと感じていると思います。

 今日(2023年8月12日)見たテンセント網・房産チャンネルにアップされていた「解説動画」は、恒大集団が経営困難に至るまでの経緯を解説しているものなのですが、その中に次のようなフレーズがありました。

「恒大は次から次へと巨大なプロジェクトを開始し『戦無不勝』(戦って負けることがない)の状況を生み出した。」

「こうした恒大が今死にかけているのはなぜか。それはひとことで言えば『強人崇拝』だからだ。」

 中国人の方々はどう受け取るのかは私にはわからないのですが、少なくとも私は「戦無不勝」と言えば、中国共産党本部がある中南海の長安街に面した正門「新華門」に大きく書かれたスローガン「戦無不勝的毛沢東思想万歳」を思い出してしまいます。また、この解説動画の人は恒大集団のトップのワンマン経営を批判しているのですが、そうは言っても「強人崇拝」と言えば私はやっぱりどうしても習近平氏を思い出してしまいます。

 この手のネット上の解説動画は、閲覧数を伸ばすために「ウケ狙い」の表現をすることもあります。仮にこうした表現が中国の人々の間で「ウケる」のであれば、それは中国の人々の間に習近平氏に対する不満が鬱積していることを示しているのだと思います。

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 アメリカのバイデン大統領は8月10日にユタ州で行われた集会で、中国経済について「時限爆弾だ」と表現したそうです。私は、このニュースを聞いて「大統領は情報機関から聞いた中国経済の現状をそのまま素直に表現したんだろうな」と思いました。もっとも、ハッキリ言って、CIAでなくても「現在の中国経済は時限爆弾だ」というのは誰にでもすぐわかると思いますけどね(ただし、ニューズウィーク日本語版が2012年10月18日付けで「不良債権 中国金融が抱える時限爆弾」という記事を配信していたことでわかるように、「時限爆弾」と言ってもすぐに破裂するのかどうかは誰にもわからないということには注意する必要があります。)

 人によって捉え方はいろいろだと思いますが、少なくとも私の経験からすれば、1986~1988年に最初の北京駐在をしていた時は「中国国内にトウ小平氏に対する不満が高まっていた」という状況ではなかったし、2007年~2009年に二回目の北京駐在をしていた時は「中国国内に胡錦濤氏に対する不満が高まっていた」という状況ではなかったと私は思っています。なので、外から見ているだけの今の私が「中国国内に習近平氏に対する不満が高まっているように見える」という今の状況は、たぶんこれまでとは異なる状況に今の中国はあるのだろうと私は想像しています。

 

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2023年8月 5日 (土)

「根本的な対策にはなっていない」という認識

 このブログの先週(2023年7月29日)の記事「中国共産党政治局会議の経済政策対応方針」では、7月24日の中国共産党政治局会議で打ち出された今年後半の経済政策対応方針が中国国内では私の予想よりかなりポジティブに受け取られたことを書きました。

 先週書いたように、7月24日の政治局会議の後、7月27日に住宅都市農村建設相が「住み替え」のためのマンション購入を促進させるための方策を発表しました。その後、7月29日(土)夜9時に北京市当局が住宅ローンを組む際の頭金比率やローン金利の引き下げの方針を発表しました。8月1日には中国人民銀行(中国の中央銀行)が不動産企業への支援と商業銀行に対して住宅ローン金利引き下げを引き続き指導する旨を表明しました。夏休みの時期なのに、これだけ矢継ぎ早に(しかも北京市当局は勤務時間外に)こうした具体的政策を次々打ち出していることは、ある意味では中国政府側の「あせり」を感じさせるものとも言えます。

 時間が経過するにつれ、中国政策当局の「あせり」にも似た矢継ぎ早のマンション販売促進策打ち出しを受けて、中国国内ではむしろ「従来と同じようなマンション販売促進策では現在の中国のマンション市場の状況に対応できないのではないか」という認識が高まってきているようにも見えます。

 その背景のひとつに中国のマンション市場の状況が思っている以上に深刻なことを示すデータが出てきたことが挙げられます。中国の不動産関連データの分析を行っている中指研究院の最近の発表によると、2023年7月の中国のマンション市場関連のデータは以下の通りなのだそうです。

○2023年7月のマンション販売成約量(新築及び中古:面積ベース)

一線都市:前月比-14.5%、対前年同月比-18.4%

二線都市:前月比-55.4%、対前年同月比-47.6%

三線都市:前月比-59.2%、対前年同月比-86.4%

○2023年7月のトップ100の不動産企業の販売額は対前月比-33.8%

 このデータを伝える記事の中には「TOP30房企的銷售業績,清一色環比下跌!」(TOP30のマンション企業の販売業績は、全てが対前月比下落だった!)と表現しているものもありました(「環比」は「対前月比」、これに対して「同比」は「対前年同月比」)。

(注)ヤボを承知でマージャンを知らない人のために解説すると「清一色(チンイーソー)」とは同じ種類の数字のパイだけを集めて「あがり」にするもので、「役満貫」ではない通常の「役」では最も点数の倍率が高い「役」です。

 マンション販売成約量は「対前年同月比」も大幅にマイナスになっていますが、去年(2022年)の今頃はまだ「ゼロコロナ政策」を厳格に運用していた頃ですから、それと比べて大幅にマイナスになっていることを考えると、現在の状況がいかに悪いかがわかります。これらの数字を見れば「中国ではマンション・バブルが崩壊した」と表現することが全く間違っていないことが理解できると思います。特に三線都市(地方の中小都市)の下落率が顕著になっています。大きな産業がなく、将来の人口の増加が見込めない地方の中小都市にまで大量のマンションを建設したツケが今になって回ってきていることは明らかです。

 これら中国のマンション市場を巡る厳しい数字や中国政府の様々な政策対応に対して、「マンション価格はまた上昇基調に戻るかもしれない」と思っている人も一部にはいるようですが、テンセント網・房産チャンネルにアップされる様々な「解説動画」は概ね冷静です。今年(2023年)後半から来年(2024年)前半くらいまで政府によるマンション購入促進策がどの程度効果を上げるかを冷静に見ていく必要がある、という論調が多くなっているように私には思えます。

 私が見た「解説動画」の中には、中国政府のやり方にかなり批判的な目を向けるものもあります。マンションへの投機が過熱するとマンション購入抑制策を強化するのに、景気が悪くなってくるとマンション関連産業の活性化によって経済の浮揚を図ろうとしてマンション購入促進策に転じる、という政策の「ご都合主義」を皮肉るものもあります。現在の中国のマンション市場の状況をもっと深刻に捉えて、「恒大集団で表面化した不動産企業の資金繰りの苦境は氷山の一角に過ぎず、警戒すべきは流動性危機である」と警告を発する「解説動画」もあります。

 今日(8月5日)見た「解説動画」では、「今後5年間、半分以上の人は誤ったマンション購入により新たに貧困への道を歩くことになるだろう」とまで忠告していました。この「解説動画」では、「マンションの価格が今後上がるか下がるかも重要だが、それ以上に、これまでの中国のインフレ環境においては住宅ローンの負担は時間の経過とともに軽減してきたが、これからデフレの時代になるのだとしたら、借金は時間の経過とともにその返済圧力が増加することを考える必要がある」と指摘していました。2023年6月の中国の消費者物価指数は対前年同月比0.0%にまで低下しており、今後はデフレになる可能性もかなりあることから、この指摘は非常に重いと私は感じました。

 上に紹介したように「解説動画」で解説されている中身は極めて「まとも」です。経済学的に正しい議論なので、少しくらい政府の方針を皮肉ったからと言って、中国の検閲当局も削除はできないと思います。これらの「解説動画」の多くは「以上が私の考えです。皆さんはどうお考えですか? 皆さんの御意見をお寄せください。」と視聴者からの意見を募る形で終わっています。おそらくはこれら「解説動画」を見た中国の人々の様々な意見が「解説動画」の作者のもとには集まっていることでしょう。

 ある「解説動画」では、寄せられた意見を使って「網友(ネットユーザー)の中には、政府の対応策は『頭痛医頭, 脚痛医脚』(根本的な病気の原因を治療しない対症療法)だ、と言っている人がいます」などと紹介していました。「バブル崩壊」の様相を呈している現在の中国のマンション市場に対して、頭金規制の緩和やローン金利の低減などといった従来からのマンション購入促進策ではなく、もっと抜本的な対応策が必要だ、と感じる中国の人たちも増えているのだろうと思います。

 中国のマンション市場の現状には厳しいものがあるのは事実である一方、上に紹介したネット上にアップされている「解説動画」や「解説動画」の作者に様々な意見を送っている中国の人々の状況を見ていると、現在の中国の社会はそれなりの健全さを維持しているように感じます。私が最初に北京に赴任していた1980年代には、中国の人々が自分の意見を表明する方法としては「壁新聞」しかありませんでしたからね(もちろん許可なく「壁新聞」を張り出すことは許されていなかった)。

 私が「解説動画」を見ているテンセント網・房産チャンネルは、トップページは6月末の時点で更新がストップしていますが、中のページへの「解説動画」のアップや最新の記事の掲載は続けられています。中国の検閲当局も、さすがにこれらのページの完全凍結や閉鎖はインパクトが大きすぎてできないのでしょう。政府が打ち出す政策に対する「まともな解説動画」がきちんとアップされ、それに対して中国の人々が意見を寄せることができるネット空間が維持できている現状は、あるいはマンション・バブル崩壊で行き詰まってしまった中国の社会を変える大きな原点になる可能性があります。

 問題は、この「マンション・バブル崩壊」が次のステップに移行したらどうなるか、です。「次のステップ」とは、中国の企業が保有するマンションの資産価値の減少による企業資産の毀損に対応せざるを得なくなる状況(いわゆる「バランス・シート不況」)になることです。「バランス・シート不況」になると、企業は得られた収入は借金の返済に回し、新たな設備投資や研究開発投資等には回さないので、経済全体の成長が停滞する、日本で言う「失われた三十年」の段階に入ります。

 このブログの2023年3月4日付け記事「習近平政権三期目の喫緊の課題は不動産市場対応」の中で紹介したネット上の評論には以下のような記述がありました。

「新華ネットのデータによると、2017年のA株を上場している企業3,582社のうち1,656社(46.23%)が投資用マンションを保有しておりその時価総額は9,904億6,600億元だったが、2019年第三四半期末には、上場企業3,743社のうち1,826社(48%)が投資用マンションを保有しておりその時価総額は1兆3,340億元に増加していた。多くの上場企業は本来業務ではなく投資用マンションの売買で利益を上げ、上場企業としての地位を保っていた。」

 仮にこれらの企業が保有しているマンションの資産価値が下落したら、中国経済は間違いなく「バランス・シート不況」の段階に進みます。今「マンションの資産価値が下落したら」と書きましたが、現在はまだ中国の地方政府による「値下げ禁止令」が効いているので、表面上の価格はそれほど下がっていませんが、現実的には多くの中国の企業が保有しているマンションの資産価値は実質的には既に下がっていることでしょう(「値下げ禁止令」によって現在はまだそれが表面化していないだけ)。

 おそらく今週は習近平氏は河北省の北戴河にいて、多くの中国共産党の引退した老幹部から様々な「忠告」を受けているのだろうと思います(そうではなく、習近平氏が、そうした老幹部からの「忠告」には一切耳を貸さない、という態度を取るのだったら、それはそれで大問題だと思います)。

 中国は現在、アメリカとの関係で難しい立場に立たされていますが、それ以上に、ネット上で不満を募らせる中国の人々、「バランス・シート不況」に陥る直前まで追い詰められている多くの中国の企業を前にして、国内をどうやってまとめて行くか、習近平氏は苦しい立場に置かれていると思います(私は、アメリカにはそれがわかっているからこそ、中国に対して強硬な態度を示しているのだろう、と想像しています)。

 7月28日、日本の産業用機械のトップメーカーであるファナックが決算発表を行いました。日本経済新聞の報道によると「2024年3月期の連結純利益が前期比34%減の1131億円になる見通しだと発表した。従来予想から240億円下方修正した。景気減速が続く中国で設備投資需要が鈍り、主力の工場自動化(FA)部門が失速する。」なのだそうです。日本としても、中国経済の厳しい状況を正確に把握して、それぞれの立場で、これから中国で起こるであろう様々なことを想定しながら、対応策を考えていく必要があると思います。

(注)ファナックは、日本を代表する工業用ロボット等の産業用機械のメーカーです。四十年前、私が通産省通商政策局北アジア課にいた頃、中国から来る経済関係訪日団の多くはファナック訪問を希望していました。ファナックは、当時、中国が最も必要としていたNC(Numerical Control:数値制御の)工作機械のトップメーカーですし、工場が山梨県の富士山麓にあるので、中国の経済関係者は非常に強い訪問希望を示していたのでした(今でもそうだと思います)。私が毎回このブログで中国の状況を書いているのは、中国ではこれから大きな変化が起こる可能性があるし、その変化する中国にどのように対応していけるかが日本にとってクリティカルに重要だと考えるからです。

 

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