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2023年7月 1日 (土)

人民元安と資産流出が続いているが対策は出ない

 中国の通貨・人民元の対米ドルレートがジリジリと人民元安の方向に動いています。日本円の円安も進行中ですが、人民元安のスピードの方がやや速く、日本円対人民元では、若干ながら「円高・人民元安」の方向に動いています。昨日(2023年6月30日(金))の時点では1ドル=7.27人民元となっており、2019-2020年の水準を超え、「ゼロコロナ」の最中だった2022年10月頃の人民元最安値(1ドル=7.375人民元)に迫っています。

 人民元安の理由は、基本的には、欧米各国がインフレ対応のために急速な利上げを行っている一方、中国では「ゼロコロナ」解除後の経済回復が進んでおらず、中国人民銀行が利下げの方向に金融政策を動かしているため、金利差拡大によって人民元が売られる傾向が強いからです。さらに、マンション・バブルの崩壊が明確となり、諸外国から中国に流入していた資金が流出するとともに、中国の富裕層なども中国経済の将来を悲観して資産を外国に移していることも原因のひとつと思われます。後者はキャピタル・フライト(資産流出)と呼ばれますが、将来的にも人民元安が続くという見方が定着すると、人民元を売って外貨を買って外国の資産を買おうとする動きが活発になるので、さらに人民元安圧力が強まる、という「負のスパイラル」に陥る危険性があります。

 ここのところ日本の株価が非常に高くなっていますが、これは諸外国の投資家がアジアに振り向けている資金のうち、中国に投資していた分を日本に振り向け直しているのもひとつの要因だ、という解説がなされています。また、ここのところ東京周辺でマンション価格が非常に高止まりしているのも、中国に投資していた外国人投資家や中国の富裕層が中国国内におけるマンション・バブル崩壊の状況を踏まえて、資金を日本に振り向けているからだ、という見方もなされています。

 6月18日(日)付けの経済投資専門週刊紙「日経ヴェリタス」30面に「不動産熱冷めぬシンガポール」と題する記事が載っていました。この記事によると、6月5日にシンガポール政府が突然180年を超える歴史を持つシンガポール唯一の競馬場「シンガポール・ターフ・クラブ」を閉鎖すると発表したとのことですが、これは、シンガポールでは不動産市場が過熱しているため、競馬場を閉鎖してできる120ヘクタールの跡地を不動産開発用地として活用する計画のためなのだそうです。

 この記事では、シンガポールの不動産市場の過熱は、投機によるものではなく、実需に基づくものなので、少々の不動産開発用地の供給増加では効果が出ないのでは、との見方を紹介しています。中国本土や香港の富裕層のシンガポールへの移住希望者が多いことが背景にあるようです。シンガポールは、中華系、マレイ系、インド系などの住民が入り混じった国際都市国家ですが、住民の9割は中華系だと言われています。私もシンガポールへ行ってタクシーに乗ったとき、タクシーの運転手さんに私の中国語が通じて感激したことを覚えています。中国の富裕層にとっては、おそらくシンガポールは非常に親近感のある住みやすい国だと感じるのでしょう。

 中国国内でマンション・バブルが拡大している間は中国国内に資産を増やすチャンスはたくさん転がっていたのだと思いますが、中国国内のマンション・バブル崩壊が明確になっている現状においては、中国の富裕層はシンガポールや日本やその他の諸外国に資産を移す動きを加速させているのだと思います。

 これらの状況に対して、習近平政権は、一向に対応策を打ち出す気配を見せていません。昨日(2023年6月30日(金))、中国共産党政治局会議が開催されたので、何か経済関係の政策が打ち出されるかなぁ、と期待してニュースを見ていたのですが、今回の会議で議題になったのは、現在進行中の雄安新区開発プロジェクトに関するものでした。私は「中国共産党政治局会議」とは政策の基本方針を議論する会議だと思っているのですが、そこでこういう個別プロジェクトに関する議論がなされた(=政策の基本方針に関する議論がなされなかった)ことにいささかがっかりしました(「中国共産党政治局会議」は、基本的に毎月一回月末に開催されるのですが、2023年の1月と5月は開催されなかった(あるいは開催されたけれども開催されたことが報道されなかった)こともあり、私は「習近平氏が三期目続投を決めてから、政治局会議の機能が低下したように見えるなぁ」と感じています)。

 先日、コロナ禍によりここ数年は開催が見送られていた世界経済フォーラム夏季会合(いわゆる「夏季ダボス会議」)が天津で開催されました。李強総理が出席してスピーチをしたので、ここで何か目新しい政策方針などが示されるのかなぁ、と期待していたのですが、この会議でも、李強総理は、3月の全人代で示された5%前後という今年(2023年)の経済成長を達成することに自信を示したものの、その根拠は明示せず、現在進行中のマンション・バブル崩壊に対する対応策も何も明らかにしませんでした。

 先ほどちょうど十年前の2013年7月頃のこのブログの記事を読み返したのですが、十年前、即ち、習近平政権が正式に発足した年の夏には、実に様々な具体的政策が打ち出されていました。以下のような諸点です。

・経済のバブル化を避けるため、国外からの投機マネーの流入を抑制するために「偽装輸出」を厳しく取り締まる。

・銀行金利の自由化のためにそれまで設けていた銀行貸出金利の下限を撤廃する。

・上海自由貿易試験区を設立する。

・都市間鉄道、都市郊外鉄道、資源開発用鉄道について、地方政府と民間資本に開放し、これらの鉄道の所有権と経営権を認める。

 特に最後の鉄道改革は、解放前の中国が外国資本により主要鉄道を押さえられていた(例えば日本が南満州鉄道を掌握していた)という経験を踏まえて鉄道は国有とすることを原則としてきた中華人民共和国にとっては、画期的な改革だと私は考えていました。しかし、十年経過した今、民間資本が所有したり経営したりしている鉄道があるとは私は聞いていないので、この改革は結局は「掛け声倒れ」に終わったようです(別の言い方をすれば、この改革を主導した李克強氏は、巨大利権集団化している中国政府の鉄道部門という「岩盤の既得権益グループ」を突き崩すことができなかった、ということです)。

 その後順調に改革が進んだかどうかは別として、少なくとも習近平政権の一期目の初期段階である2013年7月頃には、世界の人々が驚くほど様々な改革メニューが次々と打ち出されていたことが思い出されます(だからこそ、世界の多くの人々は、当時の中国の経済政策を国務院総理の李克強氏の名を借りて「リコノミクス」ともてはやしたのでした)。

 それに比べると、国務院総理が李強氏に交代した習近平政権の三期目は、新しい政策が驚くほど何も出てきていません。マンション・バブル崩壊が始まってしまった、という点で、現在(2023年)の方が十年前(2013年)よりも経済を巡る状況が格段に悪いにも係わらず、です。

 十年前のこのブログの記事を読み返して思い出したのは、当時の国務院総理だった李克強氏や中国人民銀行総裁だった周小川氏は、上に書いたような様々な改革を実行に移していた一方、習近平氏の方は「ぜいたく禁止令」とか「人民解放軍の文芸関連部署の人員が地方のテレビ局の『のど自慢』の類の番組に出演するのを禁ずる」とかいうことでしか目立っていなかったので、当時の私は「実際の政策は李克強総理が取り仕切っている」というイメージを持っていた、ということです。この当時(2013年7月頃)は、元重慶市党書記の薄煕来氏に対する裁判が進行中で、習近平氏はこちらの方面で多忙だった、という面があったのかもしれません。ただ、改めて感じるのは、習近平三期目政権では、李克強元総理や周小川元中国人民銀行総裁のような国際的にも「切れ者」と思われるような経済政策の実行者が見当たらないなぁ、ということです。

 マンション・バブル崩壊が明確になっている現状において、具体的数字として対ドルでの人民元安がジリジリと進行し、どうやら中国の富裕層などによる中国からの資産流出が起きているらしい、と見られる状況に対して、習近平政権が何も対応策を打ち出していない(打ち出そうという気配すらない)というはかなりマズいと私は思います。特に、「中央政府での経験がなくて大丈夫か」と心配されていた李強総理については、うまくいくかどうかは別にして、何か対応策を打ち出さないと、「やっぱり経験不足で具体策は何もできないようだ」と内外から思われてしまいかねません。

 毎年、7月末の中国共産党政治局会議では、その年後半の経済政策について議論されることが多いので、今月末の政治局会議までには具体的な経済政策が打ち出されることに期待したいものです。データ面では、現在進行中の人民元安がこれからもジリジリと進むのかどうかに注目すべきだと思います。具体的に言えば、中国では「ゼロコロナ」による経済停滞の底、かつ、利上げ予想で米ドル高のピークだった(円安もピークだった)去年(2022年)10月の最安値1ドル=7.375人民元を超えて人民元安が進んでしまうようなら、中国からのキャピタル・フライト(資産流出)が本格的になると考えて警戒を強める必要があると思います。

 

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コメント

中国人民銀行のウェブサイトは6月30日付で、同行貨幣政策委員会2023年第2四半期例会の内容を掲載しました。その内容を第1四半期例会と比較すると、「為替レートの大幅上昇・大幅下落のリスクを断固防止しなければならない」という表現が新たに加わったことが分かります。これは今回の投稿の裏付けるものだと思います。

投稿: 孤独なペキノロジスト | 2023年7月 2日 (日) 07時35分

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