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2023年6月10日 (土)

中国経済の低迷と日本の株高との相関性

 ここ一週間のニュースにおいても、最近の中国経済の低迷を示すものが多くありました。それらを掲げると以下の通りです。

○6月7日に中国税関総署が発表した2023年5月の中国の貿易統計によると、ドルベースの対前年同月比で輸出は7.5%減(4月の8.5%増から大幅に減少)、輸入は8.0%減(4月の7.9%減からはわずかに減少幅が縮小)だった。

○6月8日、中国の大手国有銀行は一斉に人民元建て預金金利を引き下げた。

○6月9日に中国国家統計局が発表した2023年5月の中国の物価指標は対前年同月比で、消費者物価指数がプラス0.2%(4月のプラス0.1%からわずかに上昇)、生産者物価指数はマイナス4.6%(4月のマイナス3.6%からマイナス幅が拡大)だった。

 この一週間、オーストラリアとカナダの中央銀行が政策金利を0.25%引き上げました。急速な利上げを続ける諸外国の中にあって、日本銀行が「異次元の量的質的金融緩和」を「維持」していることが目立っていますが、中国の場合は「維持」ではなく、金利引き下げの方向に動いています。消費者物価、生産者物価の動向を見ても、中国経済はデフレの一歩手前の「ディスインフレ状態」に入っていると言えます。特に比較対象となっている一年前の2022年5月はまだ上海が新型コロナによる「ロックダウン(都市封鎖)」の状態にあったことを考えると、この数字の低迷には深刻なものがあると言えます。

 中国経済の低迷の大きな要因の一つはマンション市場の落ち込みです。巨額な負債に苦しむ不動産開発企業の資金繰りは依然として厳しく、「保交楼」(停止したマンション建設工事を再開して購入代金を支払い済みの消費者に契約通りマンションを引き渡すことを確保すること)すら遅々として進んでいません。このため、新規にマンションを買おうと思っている人たちは「様子見」の姿勢に入り、投資用のマンションを持っている人たちの中には「売れる時に売っておこう」と手持ちのマンションを中古市場に売り出す人が増えて、「実態的な」マンション価格は低迷しています(一部の地域では地方政府が「値引き禁止令」を出しているので、表面上のマンション価格の統計数字は市場の実態を正確には表していません)。このため、マンションの新規建設が停滞する、家電など住宅用消費の販売が低迷する、マンション価値の下落を不安視する家計が消費全体を手控える、土地売却収入に頼る地方政府のプロジェクトが思うように進まない、といった形で中国経済を低迷させているのです。

 それに加えて気になるのは、上に掲げた貿易統計で中国の輸出が減少していることに見られるように、世界各国が利上げに走る中、世界経済の成長スピードも鈍化しつつあって、それに伴って「世界の工場」としての中国の経済活動も減速してきていることです。

 こうした中、日本の株価が理由不明の上昇を続けています。この火曜日(2023年6月6日(火))には日経平均株価とTOPIX(東証株価指数)がまた1990年以来のバブル崩壊後の高値を更新しました。日本でのここのところの株高については、「日銀の植田新総裁は思っていたよりハト派(利上げに慎重)だということがわかったから」とか「諸外国より少し遅れてコロナ後の経済回復が始まった日本経済はむしろこれからがよくなる時期だから」とかいろいろな解説がなされています。「諸外国の投資家がアジアにおける投資先について中国から日本に資金をシフトさせているようだ」という解説もなされるようになってきています。中国経済の低迷を示す経済データが相次いでいることから、「日本の景気がよいわけではないにしても、相対的に見れば中国よりは日本の方がよさそうだ」と考える外国の投資家が増えているのではないか、という見方です。

 6月9日(金)に放送された経済マーケット専門チャンネル日経CNBCの「昼エクスプレス」という番組の中では、「中国の個人投資家が投資している日経平均株価に連動するETF(上場投資信託)の時価総額が5月末時点で4月末時点の三倍に増えている」という6月7日付けのみずほ証券のレポートを紹介していました。これは、中国国内の個人投資家の中にも「中国より日本の方がよさそうだ」と考えている人が増えていることを示しているのかもしれません。

 短期的に見て「中国経済は低迷しており、日本経済は『よい』とは言えないにしても、中国経済よりは『まし』なので、同じアジアに投資するなら中国に振り向けてきた資金の一部を日本に振り向けよう」と考えている投資家が世界全体で多くなっているのかもしれません。ただ、この考え方はあくまで「短期的」な見方だと私は思います。なぜなら、日本企業の多くが中国に進出しており、中国市場でのビジネスに依存している日本企業も多いことから、中国経済の低迷が長く続けば、必ずやそのマイナスの影響は日本経済にも及ぶことになるだろうからです。

 最近の「中国経済の低迷」と「日本の株高」との間に因果関係があるのかどうかは私にはわかりません。ただ、数字上の現象として思い起こすのは、1989年後半の中国経済と日本の株価との状況です。

 1989年6月4日に起きた「六四天安門事件」により、世界は中国における政治リスクを目の当たりにしました。現実問題として、この日を境にして西側諸国の中国におけるビジネスには大きなブレーキが掛かりました。しばらくしてから日本は西側諸国の中で最も早く対中経済関係を元に戻そうとしたのですが、それでも日中間の経済関係が元の軌道に戻り始めたのは1992年になってからでした。

 「六四天安門事件」によって日本企業の対中ビジネスは大打撃を受けたのですが、それでも「バブル的熱狂」の中にあった日本の株価は何事もなかったかのように上昇を続け、ついにこの年(1989年=平成元年)の暮れの大納会(12月29日)に日経平均株価は終値ベースの史上最高値3万8,915円87銭を付けたのでした。

 当時の日本の株価は「六四天安門事件」の運動が起こるずっと前から上昇を続けていましたから、株価における平成バブルと中国経済との因果関係はない(日本の平成バブルは中国とは関係のない要因で起きた)と考えてよいと思います。しかし、私がずっと以前から気になっていたのは、6月4日に中国であれだけ大きな事件が起きて日本企業の中国ビジネスが大打撃を受けたにもかかわらず、その後も半年間、日本の株価が脳天気に「我が世の春」を謳歌するように上昇し続けたのはなぜか、ということです。

 もちろん、当時の中国の経済規模は今とは比べものにならないほど小さく、日本経済全体における「中国ビジネス」の比重は非常に小さかったので、中国で何が起ころうとも日本経済や日本の株価に影響を与えるものではなかった、というのがたぶん正しい見方なのでしょう。しかし、「六四天安門事件」の8か月前まで北京に駐在していた私は「その時点での中国ビジネスの規模は小さいものだったとしても、中国の巨大な市場は日本経済の将来にとって『目の前にある約束された大きな希望の星』だったはずだ。その『大きな希望の星』が『六四天安門事件』でもろくも崩れ去ったのを見ながら、なぜその後の半年間、日本株は浮かれて上昇を続けたのか。」と疑問に感じているのです。

 「バブルなんてそういうもんさ。バブルの時にはマイナスの要因なんか誰の目にも入らないものなのさ。」ということなんだろうと思います。

 1990年になってバブルの崩壊に気が付いた日本経済は、その時になって初めて「六四天安門事件」によって中国市場という「大きな希望の星」が消えてしまったことを深刻に考えるようになったのでしょう。その後、欧米各国が中国に対して厳しい姿勢を続ける中、日本は「六四天安門事件」を不問に付すように、対中経済協力を再開させ、1992年4月には江沢民総書記の訪日、同年10月には天皇皇后両陛下(現上皇上皇后両陛下)の訪中を実現させて、中国との経済関係を正常化させていったのでした。

 1980年代以降を振り返ってみれば日本と中国との経済関係は基本的には「正の相関関係」にあったのです。即ち、日本経済と中国経済は片方がプラスになればもう一方もプラスになり、逆に片方が停滞すればもう一方も停滞する、という関係だったのです。そうした中で1989年後半の「中国経済が『六四天安門事件』で凍結状態に陥った一方で、日本の株価は史上最高値を目指して急上昇していった」という状況は、明らかに「一時的な異常な状態」だったと思います。

 それを考えると、2023年4月以降の「中国経済はマンション・バブル崩壊で低迷状態にある一方、日本では理由不明の株高現象が起きている」というのは、私には「一時的な異常な状態」のように見えます。今の日本の株価については、私にはバブルなのかどうかを判断する材料はありませんが、中国のマンション・バブル崩壊の影響が長期化するだろうと予想される中、既に1989年当時とは比べものにならないくらい中国経済に依存している日本の株価がどんどん高値を更新しているのは「正常な状態」とは私には思えません。

 1989年の「六四天安門事件」の後、中国国内でも様々な政治的思惑が交錯し、改革開放路線を続けるべきとの勢力と中国共産党の原理原則に立ち返るべきという保守派との間で論争が続きましたが、1992年春、トウ小平氏が「南巡講話」において「改革開放を続けるべき」との考えを打ち出して、中国は「政治的には中国共産党による支配を維持・強化するけれども、経済的には世界各国と結びついた改革開放路線を継続する」という路線を続けることになりました。つまり、「六四天安門事件」の後の一時的な中国経済の低迷は三年弱で終了することになったのです。日本は政府による対中経済協力や日本企業の中国への大量進出によってこの「六四天安門事件」による中国経済の低迷からの回復を後ろから強力に支援することになったのでした。

 今(2023年6月)、中国経済はマンション・バブル崩壊による低迷の状況にあります。このブログで私が縷々書いてきたように、マンションと土地に係わるバブルは、中国共産党の支配体制の根本をなすシステムに起因するものであり、マンション・バブル崩壊からの経済の立ち直りのためには、中国共産党による支配体制を根本的に改革する必要があると私は考えています。従って、中国経済が今のマンション・バブル崩壊による低迷状況から脱するために要する時間は、数年では足りず、十年単位の時間が必要だと思います。それは日本で平成バブル崩壊後「失われた十年」「失われた二十年」などと言われたことでもわかります。

 株価というものは、中央銀行の利上げとか利下げとか、場合によっては解散総選挙があるとかないとかといった材料で上がったり下がったりするものであって、その時々の経済の状況を正確に反映するようなものではありませんので、株価の上下についてはいちいち気にしないようにするのが一番なのかもしれません。それにしても、中国経済の低迷を示すニュースが連日のように流れる中で日本の株価が連日のようにバブル崩壊後の最高値を更新している様子を見ていて、「六四天安門事件」で中国が大変なことになっている一方で、バブル最高値へ向けて陶酔状態の中で日本の株価が上昇し続けていた1989年後半の感じと似てるんじゃないかなぁ、と私には思えてきたので、今日は「中国経済の低迷と日本の株高との相関性」というタイトルで書かせていただきました。

P.S.

 昨日(2023年6月9日(金))も金曜日だけれども国務院常務会議は開かれませんでした。李強総理は、7日、8日と遼寧省へ地方視察に行っていたようですが、9日には北京に戻っていたはずなんですけどね。やはり李強氏の代になってからは国務院常務会議は「二週間に一度」の開催にしたようです(李克強総理の頃には一週間に一度開催が原則だった)。

 「人民日報」や中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」は、習近平氏の内モンゴル自治区視察や先週土曜日に開催された「文化伝承発展座談会」に関連する「中国文化の伝承」に関するニュースばかりを流していて、習近平三期目政権がどういう方向に経済政策を持って行こうとしているのか、今もってさっぱりわかりません。私がわからないだけならよいのですが、おそらくは中国国内の企業家の方々にも習近平政権の経済政策の方向性が見えていないと思います。マンション・バブル崩壊で経済が低迷していることが各種経済データで明らかなのに、具体的な経済政策が何も出てこない、経済政策の方向性も全く示されない、という状態が長く続くようだと、外国企業だけでなく中国国内の経済人たちも習近平政権に対して愛想を尽かすことになるのではないかと心配です。

 上に紹介しましたが、中国の個人投資家たちがETF(上場投資信託)を通して日本の株への投資を増やしているということを中国の政治家は真剣に考える必要があると思います。

 今年(2023年)に入ってから人民元の対ドル相場はジリジリと人民元安の方向に進んでいます。急速に利上げを進めているという米ドル側の理由もあるのですが、中国国内からの資金の逃避(キャピタル・フライト)を示している可能性もありますので、人民元の対ドルレートの動きには今後とも注意が必要です。

 

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コメント

今年3月に「国務院工作規則」が変更され、「国務院常務会議は通常毎月2~3回開催し、必要があれば随時開催する」と明記されているのはご存じでしょうか。

投稿: 孤独なぺキノロジスト | 2023年6月11日 (日) 09時38分

--->孤独なぺキノロジストさん

 おっと、それは知りませんでした。

 私のように中国に住んでおらず、中国の新聞などを読む機会のない者にとっては、毎週一度開かれる「国務院常務会議」は、その内容が必ず「人民日報」に掲載されるので、中国政府が今中国国内のどういう問題について関心を持って対応しているのかがわかる貴重な情報源だったんですけどね。その頻度が減るとなると中国政府が何をやろうとしているかについての情報量が減ってしまうことになります。

 習近平氏は「中国政府(中国共産党)がどういう政策を採ろうとしているのかを細かく人民に示す必要はない」と考えているのでしょうね。習近平氏が記者会見等の場で自分の考えを直接人民に語りかける場面が極端に少ないことでもそれはわかります。

 ただ、私は(いい悪いは別にして)「どういう政策を採ろうとしているかを国民にどのように『見せる』か」はどのような政治形態であっても重要だと考えています。ロシアのプーチン大統領ですら、自分の政策をどのように「見せる」かを常に腐心していることを考えると、メディア戦略の巧拙が政治家自身の運命を左右する21世紀の政治家の中で習近平氏は特異な存在だと思います。

投稿: イヴァン・ウィル | 2023年6月11日 (日) 14時18分

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