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2023年6月 3日 (土)

習近平氏が戦争の準備をしている可能性

 習近平氏の三期目政権がスタートしてそろそろ三ヶ月になろうとしていますが、習近平氏が三期目政権でやろうとしている具体的な政策の動きはまだ見えていません。前にも書きましたが、十年前の2013年3月の全人代で習近平国家主席・李克強国務院総理の体制がスタートした時は、6月頃以降「海外からの投機マネー流入の抑制」「経済のバブル化の抑制」「政府による規制をできるだけ少なくした市場原理に基づく経済の活性化」という方向性の政策が打ち出されました。これらの政策は十年前、李克強氏の名前を借りて「リコノミクス」と呼ばれたものです。それに対応するような「習近平氏の三期目体制」の具体的な政策は少なくとも私にはまだ見えていません。

 「私にはまだ見えていません」と書きましたが、客観的に言っても、習近平政権三期目の方向性は不明確です。基本的に毎月月末に開催される中国共産党政治局会議で議論される内容を見ていれば、どういう方向に政策を持って行こうとしているのか、それなりにわかるのですが、この5月は「政治局会議が開催されてこれこれが議論された」という報道がありませんでした。2023年になってから1月も「政治局会議が開催された」という報道がなされなかったことを前に書いたことがあります。「政治局会議は開催されなかった」のかそれとも「政治局会議は開催されたけれどもその内容は報道されなかった」のかどちらなのかは定かではありませんが、2023年の1月と5月は政治局会議が開催されたとの報道がなされていないことは事実です。通常、政治局会議が開催された後、それに引き続いて「集体学習」が行われるのが通例なのですが、2023年の1月と5月は「集体学習」が行われたことが報じられているにも拘わらず「政治局会議」の報道がないのです。「集体学習」をやっているということは、政治局のメンバーが一堂に会していることは間違いないので、普通に考えれば「政治局会議は開催されたけれども、その会議の内容については報道されていない」というのが実情なのだろうと想像されます。

 今回(2023年5月)の場合は、5月29日に教育に関する政治局の「集体学習」が開催されていると報じられているので、おそらくは同じ5月29日に政治局会議も開催されたのではないかと思います。一方、翌5月30日には第20期中央国家安全委員会の第一回会議が開催されています。これを考えると、29日の政治局会議では翌日に開催される中央国家安全委員会で議論される内容が討議されたのかもしれません。「国家安全」に関する議論だったので、政治局会議でどういう議論が行われたかは報じられなかった、という可能性もあります。

 5月30日の中央国家安全委員会の内容は報道されていますが、それは以下のようなものです。

○総体的な国家安全観を堅持し絶え間なく発展させ、国家安全指導体制と法治体制を推進し、戦略体系と政策体系を絶え間なく完全なものにし、国家安全作業の協調システムを有効に働かせ、地方の党委員会の国家安全システムで全国を覆い尽くし、国家主権、安全、発展の利益及び国家安全を全面的に強化しなければならない。

○我々が直面する国家安全に関する問題の複雑さの程度や困難さの程度は明らかに増大している。

○国家安全戦線においては、戦略の自信を確立し、必勝の信念を確固たるものにし、自分自身の優勢と有利な条件をしっかりと見据えなければならない。

○最低限必要な思考と極限的な思考を堅持し、危険で恐ろしい重大な試練に対して備えなければならない。

○国家安全体系の推進と能力の現代化を加速させ、実戦・実用の方向性を明確に打ち出し、法治の思考、科学技術能力、基層の基礎基盤を効率よく注意深く協同させ、各方面の建設を有機的に結合して連動させなければならない。

 ここでいう「国家安全」とは何なのか明確にはわからないのですが、上記の内容を見ると、これは「外国からの軍事侵攻から国家を守る」ということではなく、「中国共産党に反対する勢力を一掃し、中国共産党による支配を完全なものにする」ことなのだろうと想像されます。これを中国共産党の思考回路で考えれば、台湾は中国の一部であるにも係わらず、中国共産党の支配を拒絶する勢力が実効支配しているわけですから、上に述べられている「国家安全」の延長線上に「台湾の武力統一」が確実に視野に入っていると言えると思います。それを考えれば「危険で恐ろしい重大な試練に対して備えなければならない」というフレーズも理解できると思います。

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 私の認識では、現在の中国における最も喫緊の重要な政策課題は、不動産バブル崩壊に対する対処のはずです。不動産バブル崩壊により、マンション建設投資に急ブレーキが掛かり、マンションを所有する都市住民が自分が持っている財産価値に不安を抱きはじめ(その結果「負の資産効果」で消費が伸び悩み)、地方政府の財政状況が危機的状況に陥っているからです。にも係わらず、習近平三期目政権は、これに対して何ら実効性のある政策を打ち出していません。「政策を打ち出さない」どころか、江蘇省昆山市で起きたような「地方政府がマンションの割引き販売をした不動産開発企業を処分した」という事例に対して、「適切ではない」などのコメントを全くしておらず、不動産バブル崩壊に対しては、現在、ほとんど「無策」の状態です。

 「無策」というのはちょっと言い過ぎですが、対処療法的な対応策は打ち出されているが効果は十分出ていない、ということです。

 昨年(2022年)6月に「爛尾楼(マンション開発企業の資金不足により建設工事が中断していつまで経っても完成しないマンション)」に対するマンション購入者の住宅ローン返済拒否の運動が起こったことに対し、中央政府は去年(2022年)8月、国有銀行からマンション開発業者に対してマンション建設工事を完了させて購入者に引き渡することを確保する(中国語で「保交楼」)ために総額2,000億元の無利子融資を行わせましたが、2023年5月現在、中国各地の1,114か所の建設中断プロジェクトのうち実際に購入者にマンションが引き渡されたのは34%に過ぎないのだそうです(2023年5月28日に閲覧したテンセント網・房産チャンネルにアップされていた「『保交楼』調査、資金なし人なし信用なし 交付率わずかに34%」と題する「財経」の記事による)。

 一方、今日(2023年6月3日(土))付けの「人民日報」の1面を埋め尽くしているのは、習近平氏が北京市で開かれた「文化伝承発展座談会」に出席し「中国の伝統文化を伝承し発展させることの重要性」について強調した、というニュースでした。今日付の「人民日報」には、昨日、二週間ぶりに開かれた李強総理が主宰する「国務院常務会議」のニュースも載っているのですが、昨日の「国務院常務会議」で議論されたのは「新エネルギー自動車産業の振興施策」と「就学前児童の教育」に関する事項でした。これらは確かに重要な政策課題だとは思うのですが、目の前にある緊急を要する政策課題と比べると「なんかピントがずれているんじゃない?」と私は強く感じてしまいます。

 最近の言動からすると、習近平氏は現在の中国経済の問題点を解決することにはあまり大きな関心を持っていないように見受けられます。習近平政権の最初の十年間は、三期目続投を決める党大会を乗り切るため、地方の中国共産党幹部の支持を得るために中国経済の活性化は必要な事項でしたが、三期目続投を決めてしまった以上、習近平氏にとっては中国経済を活性化することはもはや「どうでもよいこと」になっているようにさえ見えます。三期目続投を決めた習近平氏の最大の関心事項は、自らがトップを務める中国共産党の権力をさらに強化・拡大することでしょう。それが「中華民族の偉大な復興」であり、その精神的バックボーンになるのが「中国の伝統文化の伝承・発展」であると考えれば、最近の習近平氏の言動には一本の筋が通っているように見えます。

 多くの人が指摘しているように、中国は、ここ数年間、穀物等の食糧や原油等の備蓄を大きく増やしており、その動向が世界の穀物市場、原油市場の動向に大きな影響を与えています。食糧や原油の大量の備蓄が台湾の武力解放の行動に直接結びつくわけではありませんが、中国が「いつそういう事態になってもよいように準備をしておく」と考えているのはたぶん間違いないだろうと思います。

 三期目続投を決めて長期政権を確立した習近平氏が、長期政権を確立することに成功したロシアのプーチン氏と同じような思考回路を持つようになるだろうということは容易に想像できるところです(ただし、中国共産党政治局中央委員会のような「組織としての決定」という党内ルールを持つ中国においては習近平氏はプーチン氏と同じようには動けないと思いますが)。

 5月31日に失敗した北朝鮮による「偵察衛星」と称する飛翔体の打ち上げについて、国連安全保障理事会では、中国はロシアとともに北朝鮮を擁護する発言を行った、とのことです。中国は、ロシアとも北朝鮮とも一定の距離を置くことが可能であるにも係わらず、ほとんどロシアや北朝鮮と一体となった行動を取っているのは「自分たちはアメリカを中心とする国際勢力に追い詰められている」という現在の中国の認識の裏返しだと思われます。

 来年(2024年)1月の台湾での総統選挙が終わるまでは中国共産党による台湾への武力侵攻はないと思いますが、台湾での総統選挙が終わって以降の情勢次第によっては、中国共産党による台湾への武力侵攻は単なる「頭の体操」では済まない話だと私は思っています。「客観的に冷静に考えれば中国にとって何のプラスにもならない台湾への武力侵攻など習近平氏が合理的に判断すれれば選択するはずがない」というのが一般的な見方なのでしょうが、私たちは2022年2月24日以前にはロシアのプーチン大統領に対してもそのように考えていたことを忘れてはならないと思います。

 今日のタイトルは「習近平氏が戦争の準備をしている可能性」というちょっと刺激的なものにしましたが、私はアメリカがかなり真剣にその「可能性」について懸念しているのではないかと思っています。ネット上で流れている報道によると、アメリカのCIA長官がこの5月に極秘裏に訪中したとのことです。またシンガポールで開催されいている「アジア安全保障会議」における演説で今日(2023年6月3日)、アメリカのオースチン国防長官が「台湾海峡で紛争が起これば壊滅的だ」と指摘した上で米中両国の衝突を回避するための危機管理の仕組みの重要性を強調したとのことです。ロシアによるウクライナ侵攻直前の時もそうでしたが、アメリカは「武力侵攻の準備をしているようだ」という情報を得るとむしろそれを積極的に使って(時には自分が得た情報を公開して)相手に思い留まらせようとする方策を打つ傾向があるようです。

 私は中国ではロシアと違って、国家の存続にとって重要な判断は、習近平氏個人ではなく、中国共産党という集団によって決定されるので、「とんでもないこと」にはならないと信じたいと思っています。しかし、「集団によって決定する」というシステムになっていたとしても、その決定責任を持つ中国共産党幹部の全員が判断する重い責任を自分で背負うことに耐えられず、結果的に最高のトップの個人の決定にゆだねることも起こりうる、ということは常に想起しておく必要があります。(1989年6月4日の前に当時中国共産党のトップ(総書記)だった趙紫陽氏は辞任して中国共産党政治局はその判断機能を失ってしまい、結局は最終的に当時中国共産党中央軍事委員会主席だったトウ小平氏の判断で武力鎮圧が執行されたという歴史を私たちは決して忘れてはならないと思います)。

 北朝鮮による「偵察衛星」打ち上げ失敗に関して、国連安全保障理事会で中国とロシアが北朝鮮を擁護する発言をしていることに対して、たぶん多くの人が「嫌な予感」を感じたと思います。仮にロシアによるウクライナへの軍事侵攻が継続している間に中国が台湾への武力侵攻を開始すると、ほとんどそれは「第三次世界大戦」となります。中国の一般の人々はそんなことは絶対に望んでいないと思います。中国の大多数の人々の考えが中国指導部の判断に影響を与えるようになって欲しいと願うばかりです。

 

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コメント

私の記事に対して、2023年6月7日付けで「孤独なペキノロジスト」さんからコメントを頂きました。書き出しは以下の通りです。

「このブログは、中国当局の公式見解を丹念に読み込んだ上での分析を披露してくださり、大変参考になります。

さて5月30日の中央国家安全委員会の会議で出てきた『危険で恐ろしい重大な試練に対して備えなければならない』という表現ですが、中国語原文は『○○○○○』であり、既に第20回党大会における習近平総書記の報告で出ています。」

 「○○○○○」の部分はおそらくは簡体字の中国語の原文だと思いますが、私のシステムは簡体字には対応していていないので、この部分は文字化けしてしまいます。またこのコメントには参考としていくつかの中国のウェブサイトのURLが書かれているのですが、私の経験からすると、中国のウェブサイトには(それなりの公式サイトであっても)ウィルス検知ソフトが「警告」を発するところがあるので、読者の安全のため、最近は私のブログ中には中国のウェブサイトのURLは書かないようにしています。そのため「孤独なペキノロジスト」さんのコメントは非公開とさせていただきました。せっかくコメントをしていただいたのに申し訳ございません。

 なお、「孤独なペキノロジスト」さんのコメントによると、今回の(2023年5月30日の)習近平氏の発言は、昨年秋の党大会の発言に一部の言葉が加わったものになっており、この言葉に注目した華字メディアの論評がネット上にいくつか出ているが、その解釈は分かれているのだそうです。また、「中国の官製メディアの解説・論評としては、本日(6月7日付)の『学習時報』に『為什麼強調極限思維』という論文が掲載されました。」とのことでした。

残念ながら今回のコメントは「非公開」とさせていただきましたが、「孤独なペキノロジスト」さんにおかれましては、今後とも私のブログをお読み頂いて、何かお気づきのことがあればコメントをいただければ幸いです。

投稿: イヴァン・ウィル | 2023年6月 7日 (水) 15時47分

WSJの記事が、同じ会議の同じ部分の言葉遣いに注目しています。結論もイアンヴィルさんのと似ています。ご参考まで。

投稿: 孤独なペキノロジスト | 2023年6月14日 (水) 16時42分

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