« 2018年6月 | トップページ | 2018年8月 »

2018年7月

2018年7月28日 (土)

いよいよ中国のマンション・バブルは最終段階

 この水曜日(2018年7月25日)の中国国務院常務会議で打ち出された中国の経済政策は、以下の二つの点で、中国の方向転換という観点からひとつの節目だったと思います。

 一つは、米中貿易戦争を踏まえて、中国の経済成長の鈍化を下支えするため、従来から行ってきた当面の重要経済政策としてのデ・レバレッジ(超過債務対策)を一時棚上げにして、金融を緩和的に誘導するとともに公共投資支出の強化も図る方向に転換したことです。これを受けて、中国の株価は急速に上昇したのと同時に、中国の経済政策の転換を好感して、世界の株価も下げ止まり傾向が顕著でした。

 もう一つは、今回の政策変更が、習近平主席の中東アフリカ訪問の最中に李克強総理が主宰する定例の国務院常務会議で決められたことです。これは、当面の経済政策は習近平氏ではなく李克強氏が決めるぞ、という姿勢を内外に示したことを意味します。今回の経済政策の転換に対する中国国内の株式市場の反応を見ても、少なくとも株をやっている中国の投資家は、習近平主席がアフリカで諸外国の首脳とどういう話をしているかなどには全く関心がない反面、李克強氏が打ち出す経済政策には強い関心を持っていることを示しています。日本の報道に最近目立っているような「習近平降ろし」や「習近平隠し」といった雰囲気は「人民日報」や中国中央電視台のニュースを見ている限りにおいては全く感じないのですが、株式市場の動向を見ている限り中国国内における「習近平離れ」は確実に起きているような感じがします。

 問題は「米中貿易戦争」という「外圧」が原因だったとは言え、現在の中国の経済状況はデ・レバレッジを「一時棚上げ」できるような状態なのか、という点です。その答えはおそらくは「ノー」で、過剰債務問題は、今回の「一時棚上げ」によってさらに悪化し、「ソフト・ランディング」が難しい事態を招くことは確実だと思います。

 こうした中、中国の土地バブルの危険性を警告する記事が「人民日報」ホームページの財経チャンネルの房産(不動産資産)チャンネルに掲載されていました。2018年7月24日付けでアップされた「中国経済週刊」の記事で、タイトルは「全国土地売却収入は43%の激増 調整の大きな流れの中で誰が目がくらくらするほど狂走しているのか?」です。この記事は、財政部が7月13日に発表した今年(2018年)上半期の地方政府による土地売却収入が2兆6,941億元(約45兆円)で前年比43%増だったという事実に対する論評記事です。この記事では「誰が狂ったように土地を売却しているのか? 誰が目がくらむほど狂走しているのか? 誰がらんちき騒ぎの最後の片棒を担ぐのか?」と述べた後、下記の四つの段落に分けて解説しています。四つの段落の「見出し」はわかりやすいので中国語をそのまま日本語用の漢字に代えて示すとともに、各段落の内容を簡単に示すと以下のとおりです。

-------------------------

「暴増」

 大都市(中国語で「一線城市」)での不動産の「冷却期」の後、北京では土地売却収入は25%減少しているほか、上海、広州等の都市でも下降傾向にある。土地売却収入が増加している主力は中小都市(中国語で「三、四線城市」)で、例えば湖南省岳陽では今年上半期の土地売却収入は昨年同期比10倍に増えている。

「房企」
(「房」は日本語で言えば「部屋」。ここの「房企」は「房産企業」の略で、「マンション開発企業」の意味。)

 中小都市の土地を買っているのは、大手の不動産企業である。例えば、保利地産が2017年に新たに進出した24都市のうち90%超は中小都市である。一部のマンション開発企業にあっては、それまで空白地域だった小さな都市や鎮(日本の「村」に相当する)にも進出し、中小都市から小都市まで(中国語で「三、四、五線都市」)全部カバーする、と称しているところもある。

 これらのマンション開発企業による土地買収に関して、「中国経済週刊」の記者の取材に対し中小都市の担当者は「熱烈に歓迎する」旨コメントしている。

「誰買?」

 これらのマンションを買う人がいるならば問題ないが、2014年頃のようなマンション市場の地滑り状態に陥るおそれはないのか。

 5月の中小都市(「三、四線城市」)の新築マンション価格は1平方メートル当たり10,350元(約17万円)である。マンション価格上昇率の上位十都市のうち、西安以外は全て中小都市である。

 国家統計局によれば、今年(2018年)5月の社会消費品販売総額の増加率は8.5%であり、これは2003年以来の最低レベルになっている。この状態が悪化すれば、内需拡大について何を語っても消費拡大はおぼつかなくなる。

 マンション開発企業の負債率は極めて高い。上場している130社の不動産企業の負債率は79.42%に達しており、マンション開発企業のレバレッジ率は歴史的な最高水準にあり、国際的に公認されている企業債務の安全ラインを大きく超えている。

「警告」

 年初以来、全国協商会議常務委員の楊偉民氏は、様々な場で次のように絶え間なく警告している:「マンション資産の投機的な売り買いの被害を受けるのは実体経済と広範な人民大衆である。容易に破裂するリスクの時限爆弾は既に形成されている。」。

 中国人民銀行の前総裁の呉暁霊氏はこの7月次のように述べている:「バブルの中の狂った喜びの日々は長くは続かない。潮が引いた後に備えて滞りなく準備をしておくことは、それぞれの国家、それぞれの個人が直面する現実なのである。」

 数年前、当時中央財経領導小組弁公室主任だった劉鶴氏は経済学賞を取った名作論文「二つの地球規模の危機の比較研究」の中で、ガルブレイスが語った次の一節を引用している:「経済が過度に繁栄している時は、バブルが継続して膨張するのを信じない人はいない。人々は自分の理性を使う理由を見い出すことができず、かつ自分が信じている冒険の正確性を使う理由を探し出すのである。」。権威ある古典の中で引用されている権威ある古典についは、当然、熟読し深く考える必要がある。

-------------------------

 私が見たネットのページによると、この記事は「過去24時間で最もよく読まれた記事」の上位にランクインしていました。上記の記事を見てもわかるように中国国内においても「土地バブルは既に頂点に達している」という認識が広がっている中、今回、中国の経済政策が「デ・レバレッジを一時棚上げし、緩和的金融政策と財政出動の継続」へと転換したことは、一旦は「中国経済の停滞リスクの後退」の安心感をもたらすと思いますが、おそらくはそれは一時的(せいぜい1年程度の賞味期限しかない)で、結果的には事態をさらに悪化させることになると思います。理由は以下の通りです。

○土地売却収入により財政的に余裕の出た中小都市の地方政府は、中央政府による「財政出動方針」に従って、インフラ投資等を活発化させると思われるが、土地売却収入はあくまで一時的な臨時収入にしか過ぎないことから、来年(2019年)以降の地方政府の財政事情は悪化し、2019年以降の中国経済の下押し要因となる。

○(上記の記事でも懸念が表明されているとおり)マンション開発ブームの継続は、住宅価格の高騰を招き、その影響で賃貸物件の家賃も高止まりすることが考えることから、住宅のための支出の重荷により、家計消費が伸び悩み、中国全体で消費の減退が起きる。米中貿易戦争による輸出の停滞と中国国内での消費の伸び悩みにより、中国経済全体には想像以上のブレーキが掛かる可能性がある。

○上記の記事が中国国内でもよく読まれていることでわかるように「中国の土地バブルはそろそろ終わりだ」という認識が中国国内でもかなり浸透してきているため、投機目的でマンションを買う人が減り、中国のマンション価格は想定しているより早く下落に転じるおそれがある。「想定より早いマンション価格の下落の開始」は、中国の土地バブルを想定したより早く破裂させてしまうおそれがある。

○理財商品に対する管理の強化等の「影の銀行に対する取り締まり」は引き続き強化され続けていることから、理財商品の売れ行き不振等が新規マンション開発への投資資金の枯渇を招き、緩和姿勢に転じた金融当局が考えているより速いスピードで信用の収縮が起きてしまうおそれがある。

 そして、中国国内における習近平主席と李克強総理との協力関係がどうなっているのか、中国経済が急激に変化した場合にアメリカのトランプ政権が迅速かつ適切に政策の舵取り変更ができるのか、といった政治上の不安も相変わらず存在します。

 今日、上に紹介した記事は「マンション価格は今後上昇を続けるはずだ」という「マンション神話」が中国国内でも崩れかけている兆候と思われるので、私は非常に重要な記事だと思っています。それと同時に、米中貿易戦争の実体経済への影響の顕在化や習近平氏と李克強総理との力関係の微妙な変化もありますので、この夏は、中国経済とそれに起因する世界経済の変化を見る上で、非常に重要なタイミングになるかもしれません。

| | コメント (0)

2018年7月21日 (土)

突然の「習近平独裁体制に異変」報道のナゾ

 この火曜日と水曜日、産経新聞と朝日新聞(朝刊)に下記のような記事が載りました。

2018年7月17日(火)付け

産経新聞8面「『独裁』習体制に異変 反対派反撃か 個人崇拝歯止め 貿易摩擦『最大の試練』」

朝日新聞朝刊7面「『個人崇拝』に反発の動き拡大 習氏看板に墨 投稿の女性拘束か」

7月18日(水)付け

産経新聞15面「(矢板明夫の中国点描)ついに始まった習降ろし」

 これらの記事では、下記のようなことが報じられています。

○7月になって「人民日報」の1面の見出しに習近平氏の名前の入らない日が増えた。

○7月初旬、インターネット上で上海市内で習近平氏の写真に墨を掛ける女性の動画が公開された。

 このほか、昨日(2018年7月20日(金))付け日本経済新聞朝刊9面の「対米摩擦『習氏隠し』 露出控え責任論未然防止」と題する記事では、「共産党機関紙や国営中央テレビでも習氏の露出は明らかに以前より減り『習隠し』が進んでいる。」と報じています。

 私は毎日インターネットで中国国内版の「人民日報」に目を通しているし、スカパー!の大富チャンネルで毎日中国と同時放送している中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」を見ていますが、「習近平氏の露出が減った」「『習隠し』が進んでいる」という印象は全く受けません。私も、「人民日報」1面の見出しに「習近平」の名前があるかないか毎日チェックしているわけではないので、実際は名前が見出しに出る回数は実際に減っているのかもしれませんが、少なくとも「習近平氏の露出が減った」という印象は全くありません。「人民日報」のホームページを開くと、一番目立つところに習近平氏の顔写真が入った「習近平発言集」のページに飛ぶバナーが張ってあるので、「習隠し」などという報じ方をされると「フェイクニュースじゃん」とさえ思ってしまうほどです(私は別に中国当局の肩を持つつもりは全くありませんが)。

 中国中央電視台のニュースでは、むしろ一時期、改革開放40周年を振り返る記念報道の中で、福建省で党幹部をやっていた頃の若き日の習近平氏の写真を取り上げて、その後の福建省の経済発展ぶりを伝えて、あたかも改革開放の成果が習近平氏の成果であるかのような印象を与える報じ方をしていたことについて、「いくらなんでもこれでは個人崇拝のやり過ぎじゃないの」という印象を受けたことがあります。中国共産党内部でもこうした「やり過ぎ」に対する批判があって、最近は個人崇拝色を薄めるように報道に仕方に若干の軌道修正をしている可能性はあります(とは言え、ここ数日、習近平氏は中東訪問中ですが、「人民日報」も「新聞聯播」もいつものことながら派手派手しく習近平氏の「中華帝国皇帝」ぶりを報じており、とてもとても「習隠し」のような雰囲気は感じないのが正直な私の印象です)。

 むしろほとんど同じタイミングで日本の新聞に「習近平氏の個人崇拝に対する批判が表面化」とか「習降ろし」とか「習隠し」とかいう言葉が登場したのはなぜか、の方が問題でしょう。日本の新聞報道の情報源は、香港の大陸ウォッチャーだったり、中国国内の体制批判派だったりするのでしょうが、いずれにせよ米中貿易戦争に対して有効な反論ができていない習近平氏に対する批判が中国国内でも盛り上がってきていることが背景にあると考えるべきなのだと思います。

 上記の新聞記事でも指摘していますが、8月初旬には、中国共産党の新旧幹部が集まる「恒例の「北戴河会議」が開かれますので、それへ向けて、中国国内の「反習近平勢力」が「反習近平の機運」を盛り上げようとしているのではないかと思われます。

 昨年(2017年)10月の中国共産党大会以降、今年3月の全人代で、二期10年の任期の撤廃と習近平氏に非常に近いと言われる元政治局常務委員の王岐山氏の国家副主席就任を成し遂げた習近平氏ですが、その後の「習近平独裁体制」に対する私の印象は以下のとおりです。

○中央電視台や「人民日報」の報道では、「習近平氏は世界をリードするリーダーである」との「印象」を盛り上げているが、習近平氏自身が重要な政策について自分の口で演説することをしないので、「印象」はともかく、実態的に習近平氏が優れたリーダーなのかどうか中国人民にもさっぱりわからないのではないかと思われる。特に米中貿易戦争に際して(よい悪いは別にして)トランプ大統領が「しゃべりすぎ」なのに対して習近平氏が全く何も自分の口で述べない(反論どころかコメントすらしない)のは、有効な具体的反撃策を採れないからではないか、との印象を与えている。

○共産党大会と全人代を通じて「トップではない」ことが明確になった国務院総理の李克強氏は、むしろ気楽に諸外国訪問時などに自分の口から中国の政策について情報発信をしており、諸外国に対して、李克強氏の方が習近平氏よりも「ハッキリものを言う中国政府代表」という印象を与えている。

○王岐山氏は、外国要人との会談、植樹イベントや旧幹部のお葬式への献花などの際には、政治局常務委員と同列の扱いで、今だに権力を握っていることは顕示されているのだが、実際の政策決定にどの程度関与しているのか全く見えず、「形だけ権威ある地位にいるが政策決定過程での発言力は実際は大きくないのではないか」との疑いをぬぐい去ることができない。

 で、一番問題なのは、今、習近平政権は、国内の地方政府や企業における債務拡大をコントロールするため、金融管理の強化を進めている点です。従来より、緩い金融政策の下、いろいろな方策で銀行等から借金をして工業団地やマンション等への投資を行って金儲け三昧をしてきた企業家たちは「金儲けをさせてくれるからこそ現在の政権を支持する」という立場です。彼らは、もし政権が金融管理を強化して簡単にお金を借りて投資を行うことができなくなって「金儲け」が難しくなる政策を採るならば、たちまち「現政権に反対する勢力」に肩入れをし、政権トップすら追い落としに掛かるでしょう。彼ら「金儲け集団」にしてみれば、江沢民派だろうと胡錦濤派だろうと太子党派であろうと青共団派だろうと関係なく、「マンション投資等で金儲けさせてくれるリーダー」を支持し、リーダーがそういう政策をやめたら、クルッと方針を転換してそのリーダーの追い落としを計るのです。

 私の二回目の北京駐在中、2007年10月の中国共産党大会の期間中に株価がピークを付け、2007年末頃からマンション価格等も下落傾向が出始めました。北京オリンピック後に急激に経済が収縮するのを防ぐため、オリンピック前の過熱を冷やそうとする政策であることは容易に想像できました。そうすると「江沢民派が胡錦濤主席の追い落としを狙っている」などというウワサがささやかれ始めました。おそらくはマンション投資等で金儲けを続けたい連中が様々な政治グループと結託する形で「金融引き締め的政策」をやめさせようとしていたのだと思います。当時の金融政策を担っていたのは、周小川中国人民銀行総裁でしたが、周小川氏更迭論もささやかれました。

 しかし、当時の胡錦濤政権は、周小川氏をしっかり守り、「金儲け派」が力を拡大することはありませんでした。2008年5月の四川省大地震や2008年9月のリーマン・ショックの発生で「金儲け派」が胡錦濤政権を追い落とすタイミングは訪れなかった、といった方が正しいのかもしれません(逆に、リーマン・ショック後の「四兆元の超大型経済対策」というバラマキ政策によって「金儲け派」は「この世の春」を謳歌することができるようになったのです)。

 今、習近平政権は、金融リスクの防止を最重要政策課題のひとつとして位置付け、理財商品等の管理も強化しようとしています。そうした中、金儲けがしにくくなることを恐れる金儲け派(既得権益グループ)が「習近平氏追い落とし」に動いている可能性もあります。今後、もし米中貿易戦争によって、中国経済が実際に減速した場合、こうした流れは「怒濤の動き」に発展する可能性もあることには注意が必要でしょう。その際、今は「トップの座から外された」立場にある李克強氏がむしろ党内で指導力を回復していくことも考えられると思います(経済政策については、習近平氏よりも李克強氏の方が強いことは内外ともに認めるところだと思います)。

 7月下旬まで習近平主席は中東訪問中、その後、8月初旬は「北戴河会議」で幹部の動向が伝えられなくなることを考えると、これから8月中旬までの間、米中貿易戦争で何か新しい動きが出た場合、中国側は有効に対応できるのだろうか、というのがちょっと気になるところです。三年前の2015年、ちょうどそうした時期の8月上旬、中国人民銀行が突然人民元の切り下げを発表して「チャイナ・ショック」が世界を襲ったことが思い出されます。三年前と異なり「中国当局は経済をコントロールできないのではないか」という不安は今はありませんが、冒頭に書いた日本の報道に見られるような「反習近平氏の動き」が本当に中国国内にあるのだとしたら、事態は2015年より深刻である可能性も否定できないことは念頭においておくべきだと思います。

| | コメント (0)

2018年7月14日 (土)

米中貿易戦争で世界経済は予測不能になりつつある様相

 アメリカ時間の火曜日(2018年7月10日)、アメリカ政府は7月6日の制裁関税発動に引き続いて、中国側の報復関税に対する対抗措置として、さらに2,000億ドル相当の追加関税品目リストを公表し、9月にも発動する予定であることを発表しました。これに対して、中国側はアメリカ側を非難して中国としても反撃すると表明しましたが、今の時点では(7月14日(土)の時点では)、具体的にどのような「反撃」をするのかは表明していません。そもそも中国のアメリカからの輸入額は2,000億ドル未満であり、「アメリカが行った金額と税率と同等の関税引き上げを行う」ことは中国側にとっては物理的にできないため、「反撃」をするにしても、その規模や方法については、予想が難しいものになっています。

 7月6日にアメリカと中国が第一段階の340億ドル相当の品目に高関税を掛ける措置を発動して以降、「予定されていた措置の発動が予定されていたとおりに行われた」ことをもって、世界の株式市場は一旦上昇に転じましたが、7月10日にアメリカが2,000億ドル相当の品目の追加関税リストを発表すると「報復の応酬」が現実のものになったとして、世界の株価は急落しました。しかし、その後、中国側から具体的な「反撃」の内容が示されないので、事態は解決の方向に向かうのではないか、との「淡い期待」が広がっているようで、世界の株価はまた上昇しました。

 この状況について、テレビの解説者などの中には「米中貿易戦争の懸念が一旦一服したので、株価は持ち直した」などと言っている人たちがいますが、おそらくこの一週間、米中の追加関税発動に対する対応に追われた対象品目関連のビジネスをやっている人たちは「テレビの『経済評論家』はなんてまぬけなコメントをしているのか」と怒っていると思います。

 多くのビジネス関係者は、例えば工場における作業者の作業の様子をストップ・ウォッチで秒単位の時間を計りながら分析し、数%でも、1%以下でもコストダウンができないか、日々血のにじむような努力をしています。そうして作られた製品に、ある日突然、10%だの25%だのというレベルの追加関税が課せられることになったら、ビジネスのやり方は根本から変えなければなりません。「経済評論家」と称する人たちの中には「中国がアメリカ産大豆に高い関税を掛けても、他の国が安くなったアメリカ産大豆を多く輸入するようになるので、世界全体としては、それほど大きな影響は出ない。」などと気楽にコメントしている人がいます。しかし、現場のビジネスはそんな単純なものではないでしょう。

 多くの原材料は、原材料自体の価格だけでなく、品質、供給の安定性、納期、輸送コストなど様々な要素を加味して、最も最適なところから仕入れます。各社の各製品には、それぞれの製品の品質等に関して、原材料の調達先には「こだわり」がありますので、「関税が高くなったら別の国から買えばいい」などとすぐに切り替えられる性質のものではありません。例えば、アメリカ牛肉についてBSE問題が生じたときも、牛どんの吉野屋では「アメリカ産牛肉でなければウチが求める品質を確保できない」としてアメリカ産にこだわり続けました。コンビニやスーパーでよく見かける緑色のキッコーマンの豆乳には、原材料のところに「大豆(カナダ産)」と書かれていますので、おそらく中国が大豆の輸入をアメリカからカナダやブラジルに切り替えて、カナダ産やブラジル産の大豆の価格が上がったとしても、キッコーマンでは大豆の調達先を例えばすぐにカナダ産からアメリカ産に切り替えることはできないのだと思います。

 7月6日に既に発動された340億ドル分の高関税措置によって、既に対象分野を取り扱う会社の間では、調達先の切り替えをすべきかどうか緊急の対応を余儀なくされていると思います。現在リストは公表されているけれどもまだ発動されていない160億ドル分の対象品目についても、発動されたらどうするか、関係する会社の方々は必死の対応を続けているのだと思います(「今年は米中貿易戦争のせいで夏休みは返上だ」という人も多いのではないでしょうか)。

 もし仮にアメリカが発表した2,000億ドル相当の品目の追加関税が実際に発動されたら、たぶんアメリカのダラー・ショップ(日本の「100円ショップ」に相当する)の会社は、会社の存続に関わる重大な対応を迫られるのでしょう。

 そもそも経済は「膨大な数のプレーヤーが有機的に結び付いて平衡状態を保っている動的システム」です。「多数要素複雑有機結合平衡システム」という意味では、経済は例えば人間の体や地球環境と似たところがあります。人間の体の場合、例えば、「太りすぎだからカロリー制限のため三度の食事に際してご飯やパンは食べるのをやめよう」というダイエットを突然始めたら、最初の2~3日は「お腹が空いたなぁ」程度の影響しか出ないでしょうが、1週間、2週間続けていくと、体の栄養バランスが崩れ、体調が悪くなり、場合によっては重大な病気を引き起こすことになるかもしれません。米中の追加関税発動は、まだ発動されてから1週間しか経ってないので、テレビのコメンテーターが「米中貿易戦争の懸念も一服したので・・・」などと気楽にコメントしていられるのだと思いますが、時間の経過とともにいろいろな「変調」はこれからいろいろなところに出てくるのだと思います。遅くとも7月の統計データが出始める8月初旬頃には「あれ?これはおかしいぞ。もしかするとマジでヤバイかも知れない。」といったデータが出てくるかもしれません。

 既にこの一週間、株式相場が乱高下した他にも、為替相場では「意味不明」の円安が進み、原油相場は急落しました。いろいろな専門家が「後付け講釈」的に相場の変動を解説していますが、おそらくは何年か経過して、いろいろな統計データが揃った時点で「あの時のこの動きはどうやらこういう因果関係があったらしい」などと推定ができるのでしょうが、「世界の二大経済大国間の貿易戦争」という大きな衝撃は、今まで世界経済は経験したのとのないショックなので、どんな経済の専門家でも的確な分析と予測は不可能でしょう。

 今、米中貿易戦争については「現在の経済の状況や輸出依存度等を考えると中国はアメリカより弱い立場にある」という見方が一般的のようです。しかし、中国経済は「中国共産党が全てをコントロールできる特異な経済圏」です。その優位性を発揮して、米中貿易戦争でもしぶとい力を発揮する可能性があることには留意すべきです。私は、今回の米中貿易戦争においては、通常の(民主主義に則った自由経済主義で政府とは独立した裁判所が存在する)国とは異なる中国の特質を発揮して、例えば以下のような対抗措置も可能だと思っています。

○国有銀行に指示して多額の米ドルや人民元の売買をやらせ、中国人民銀行が何も実施しなくても、為替介入と同様の効果をもたらす。

○国有企業に指示して、原材料等の仕入れ先をアメリカから他の国に切り替える。

○アメリカ系外資企業について合弁契約の延長を拒否する。

○国有企業がアメリカ国内に持っている不動産を売却する。

○アメリカ製品に限って輸入手続きを厳格化する。

○アメリカ企業に限って中国国内への投資許可手続きを厳格化する。

○国有企業が保有しているアメリカ企業の社債を売却する。

○中国が保有するアメリカ国債を売却する(ただし、このオプションは、最強の武器だが金融システムへの影響が大きすぎて多額の債務を抱える中国自身にも跳ね返ってくるので、実際には中国は実行できないだろうと言われている)。

 アメリカ政府は法律で許された範囲でしか様々な「対中制裁措置」を取ることはできません。法律を変えて何かをするためには、法律改正のために時間が掛かります。中国では中国共産党は自分のしたいように法律や規則をいつでも変えられますので、基本的に何でも即座にできます。トランプ大統領が中国のこうした「性質」をどの程度理解しているかわからないところが悩ましいところです。

 なお、日本経済新聞の報道によると、アメリカのムニューシン財務長官は7月12日の議会証言で「中国が真剣に構造改革を進めるなら、いつでも話し合う用意がある」と述べたとのことです。この発言が市場関係者に「米中貿易戦争は話し合いの方向に向かうかもしれない」という「淡い期待」を抱かせた一面もあったようですが、私にはむしろこれは「宣戦布告」に聞こえます。中国に「真剣に構造改革を進めろ」と求めることは「中国共産党による経済支配をやめろ」と言うのと同じことでであり、中国共産党に対して真正面からケンカを売っているのに等しいからです。中国共産党の過去の行動を見る限り、中国共産党は軍隊を動かしてでも「中国共産党の支配をやめろ」という要求には反発します。大統領が中国の事情にうといのだとしても、アメリカ国内には中国の事情に詳しい方々がたくさんいるのですから、事態がさらに悪化しない前に、適切な対応が採られることを望みたいものです。

| | コメント (0)

2018年7月 7日 (土)

中国共産党下の中国経済と「公正な貿易」との関係

 昨日(2018年7月6日)、アメリカと中国は一部の品目についてお互いに「制裁関税」を発動し、ついに懸念されていた「貿易戦争」が始まってしまいました。特に私は中国側が「アメリカ産大豆」を制裁関税の対象にしていることを非常に懸念しています。例えば「ハーレーダビッドソンのオートバイ」とか「バーボン・ウィスキー」とかであれば「『いかにもアメリカ』と言える品目だけど、貿易量全体からみればそれほど大きくない言わば『見せ玉』的なもの」だと言えますが、アメリカ産大豆だと、実際の貿易量はかなり大きく、一般の中国人の日々の食生活に直接影響する品目ですので、もはや実体経済への影響や社会的影響は無視できない段階に入ったと言わざるを得ないからです。

 アメリカのトランプ大統領は「知的財産権や貿易における中国による不公正な行為」を非難していますが、中国共産党に管理されている中国のビジネス行為が自由経済主義を原則とする現在の世界経済の中で「異質なもの」であること、言い方を変えれば「不公正」と言われてもしかたのない部分があることは避けられません。1978年の中国による改革開放の開始以来、世界は「中国共産党の管理下にある」という中国経済の特異な点には目をつぶって中国経済が世界経済の中に参入することを認め、2001年にはWTO(世界貿易機関)に加わることも承認してきたのです。これは世界が、初期においては中国の安い労働力を使うことによって、次の段階では中国を巨大なマーケットとして利用することによって世界経済全体にとってプラスになるのだから「中国共産党の管理下にある」という「異質な部分」には目をつぶりプラスの面を享受しよう、と考えたからでした。労働コストが上昇し、技術的にも他国と対等に競合できるレベルにまで発展した現在の中国経済に対して、中国共産党の管理下にあることをもって今更「不公正である」と称して拒否しようとする立場は、中国側から見れば「あまりに身勝手だ」と思えるでしょう。

 1989年6月の「六四天安門事件」の後、西側諸国は中国に経済制裁を掛けましたが、同年12月には、早くも日本が制裁解除の方向性を見せ、経済協力再開への動きを見せました。私は、「中国政府は六四天安門事件で中国共産党政権に反対する動きに対しては自国民に銃口を見せるような政権なのだから、そうした国を世界経済の『仲間』として引き入れちゃダメでしょう」と思っており、こうした日本の動きには反対でした。2001年、WTO(世界貿易機構)は、江沢民政権下の中国の加入を認めましたが、この時も私は「中国は中国共産党による支配をやめる方向性には全く動いておらず、WTOが求める自由貿易主義に向かう可能性はないのだから、この段階で中国をWTOに加盟させるべきではない。」と思っていました。中国の政権の性質が全く変わらないのに(変わる可能性を全く示さないのに)世界各国が世界経済の中に中国が参加することを段階的に認めて行ったのは、自由経済主義に基づきべきだという原則よりも中国の労働力と市場を活用したいという世界各国の側の欲望の方が強かったからにほかなりません。

 今、トランプ大統領は「中国の不公正な行為」をただすために貿易戦争を仕掛けましたが、中国が「(自由経済の基準から見た)不公正な行為」を完全にやめるためには、中国共産党による経済支配をやめなければなりません。これは現時点ではあり得ない話です。なのであれば、知的財産権や貿易赤字の点で問題があるのならば、関税引き上げ合戦をするのではなく、問題になっている各点を一つ一つ交渉して、必要に応じてアメリカが世界各国と協調して中国と対峙して解決していくしか方法はないはずです。

 今回、中国がアメリカ産大豆も含めて制裁関税合戦に対応していますが、これは「中国国内に食料品価格の上昇による社会不安が起きてもアメリカとの貿易戦争は戦う」という中国側の意思表示だと見るべきです。

 トランプ大統領は、関税引き上げ合戦という誤った手段を採ったために、「中国経済を中国共産党の管理下から解放する」という世界経済が望んでいた最終目的地を返って遠のかせてしまったと私は思います。第一に、今、世界各国のみならずアメリカ国内の経済界すらトランプ大統領のやり方を批判しており、中国政府(=中国共産党)は国際世論を味方に付けてしまったからです。第二に、今後、中国が経済政策のコントロールに失敗し、中国経済バブルの崩壊から世界経済危機が起こったとしても、中国に「これは中国共産党の経済政策の失敗ではない。トランプ大統領が貿易戦争を仕掛けたからだ。」という言い訳を与えることになるからです。

 残念ながら「第一次世界大戦におけるサラエボの銃弾」「日中戦争における盧溝橋での銃弾」は発射されてしまいました。関係国がこの「一発目の銃弾という切っ掛け」をエスカレートさせないで、早期に事態を収拾させる方向に動くことを祈るのみです。

| | コメント (0)

« 2018年6月 | トップページ | 2018年8月 »