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2018年6月16日 (土)

米中貿易戦争が中国発世界経済危機の引き金となる可能性

 アメリカのトランプ政権が昨日(2018年6月15日)知的財産権侵害を理由とする中国産品への制裁関税発動品目リストを発表し(一部については7月6日から発動)、直ちに中国側もアメリカ産品に対する制裁関税を発動する(中国側も一部について7月6日から発動)旨を発表して、にわかに米中貿易戦争勃発の様相が鮮明になってきています。トランプ大統領の様々なやり方については、マーケットもだいぶ慣れてきているようで、今のところの市場の反応は思ったより冷静のようです(6月15日のニューヨーク・ダウは、一時対前日比280ドル以上下げたが、結局は対前日比83.83ドル安で引けた)。ただ、私はこれは「市場のトランプ慣れの行き過ぎ」で、実際はコトは深刻だと思っています。

 というのは、これまでの中国の反応は、当然反発はしてきましたが、予想よりもかなり「大人の反応」だったという印象があったからです。中国が「大人の反応」なのは、沈着冷静なのではなく、むしろ実態経済に実際に相当の影響があるためコトを大きくしないようにするために中国側があえて慎重に対応してきたからだと思うからです。中国側がアメリカ産品の輸入拡大や自動車への関税の引き下げ、外国企業の中国への投資に関する規制緩和等を相次いで発表し、一定程度トランプ政権に対する「譲歩」の姿勢を示してきた中での今回のトランプ政権の制裁関税発動なので、完全に「中国側のメンツ潰し」になったわけで、実態経済に悪い影響が心配される以上、中国側は今後「本気モードで反攻してくる」可能性があります。世界の二大経済大国の関係がそうなると、世界経済に大きなブレーキを掛け、このことが十年ごとに起きているという世界経済危機の「2018年バージョン」の引き金になる可能性になることを私は危惧しています。

 中国では、これまで例えば日本の尖閣諸島の国有化や韓国へのTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)配備について明確に反発し、中国のメディアにも反発する論評が多数掲載されました。このため、中国の人々は、そのつど反日、反韓の運動を起こし、日本製品、韓国製品の不買運動なども起こして、日中間、日韓間の経済にも少なくない影響を与えていました。これは、日本の尖閣問題や韓国のTHAAD問題は、中国の人々が騒いでも、中国経済全体に対する実際の影響は軽微であると中国政府が見ていたからだと思います。しかし、今回のトランプ政権の様々な施策に対するこれまでの中国政府の対応は異様なほど冷静です。例えば、通信機器大手ZTEに対するアメリカによる制裁措置についても、報道の数自体が非常に少ないものになっています。アメリカとの関係においては、中国のメディアが強い批判の論評を掲載して中国の人々が騒ぎ出すと、それが結果的に中国経済に対して深刻な実態的影響を与えることになることを中国政府自身がわかっているからだと思います。

 前にも書きましたが(このブログの2018年4月28日 (土)付け記事「アメリカによる中国のZTEに対する制裁は結構『おおごと』だ」参照)、ZTEの問題は、中国にとって非常に深刻な問題です。ZTEの件は、罰金を支払う等中国側がほとんど全面的に「折れた」形で制裁解除の合意に至りましたが、中国のメディアではZTEの制裁解除についてはほとんど報じられていません。中国のメディアが報じないことで、むしろ私はこの件の深刻さが相当なものであると感じました。

 制裁解除の合意に伴い、一時的に取引停止になっていたZTEの株は6月13日から取引が再開されましたが、ZTEの株価は取引開始後3日間連続でストップ安となり、再開前に2兆1,200億円あったZTEの時価総額は、取引再開後の3日間だけで6,300億円相当が吹き飛んだ、とのことです(今日(2018年6月16日(土))付け日本経済新聞夕刊3面記事「ZTE時価総額 6,000億円以上減 罰金・巨額赤字に懸念」による)。ZTEはもともと国有企業ですので、今回の株価下落の局面では、相当の数の株を政府系ファンド等(いわゆる「国家隊(ナショナル・チーム)」)が買い支えたのだろうと想像されますが、そういった国家レベルの買い支えを吹き飛ばすくらいに株価が暴落している現状は、ZTE問題の深刻さを表していると思います。

 今回のトランプ政権による対中国制裁関税品目リスト発表に対して、今日(2018年6月16日)付け「人民日報」は3面に「アメリカ側の一方的な行為は必ずや自分に損害を与えることになる」と題する論評を掲載しています。アメリカによる品目リスト発表が日本時間の昨日(6月15日)22時過ぎだったことを考えると、検閲を必要とする「人民日報」の論評としては異例のスピードの反論掲載であると言えます(アメリカ側は「15日に発表する」と前から言っていたので、反論の論評も事前に検閲を済ませていたのだろうと思いますが)。この論評では、今回のアメリカの行為は「自らの国家の信頼を損なうばかかりでなく、トランプ政権に対する『蛮横無理、自私任性的面目』という中国側の認識をさらに一歩ハッキリさせることになるだろう。」と指摘しています。わざと『 』内に中国語そのままを書いたのは、こういった文言が中国側の「怒り」を示していると思ったからです。

 この論評では、「アメリカ側の目には、国際貿易規則はきれいな上着としか映っておらず、必要な時には着て、必要がなくなったら脱ぎ捨てるものであるらしい。」と述べています。このあたりは、私も「人民日報の論評は正論だ!」と思ってしまいますね。また、論評では「強権的な者による今回の貿易攻撃に対しては、中国は一度始めたら後退することは選択せず、針のように真っ向から対決し、理詰めで大いに争い、国家と人民の利益を断固として守り、経済のグローバル化と多国間貿易体制を断固として守る。」とも宣言しています。こういった論評が「人民日報」に載るようになったことを見れば、中国の人々はアメリカ製品ボイコットだの反米デモだのに動き出す可能性があります。コトはもはや「簡単には収まらない段階」に入ったと言わざるを得ないと思います。

 特に中国側が発表した報復関税の品目リストに大豆が入っているのは大きいと思います。これは中国政府が「中国人民が飢えて騒ぎ出すことになっても、中国政府は断固としてアメリカに対抗する」という意志を示したものであると言えるからです。そういった中国政府の固い意志を中国の人々も感じることでしょう。これから世界の大豆相場は乱高下するかもしれません。

 中国はアメリカ国債の最大の保有者でもありますので、例えば、意図的に情報をリークして、アメリカのメディアに「中国政府はアメリカ国債を売る意図があるようだ」と書かせておいて中国政府当局者が公式には「そうした報道は事実ではない」と否定する、などといった情報戦も交わされることになるでしょう。そのたびにアメリカ国債をはじめとして世界の国債の金利が乱高下することになるかもしれません。

 中国は原油の国家備蓄量を公表していませんが、相当量の国家備蓄を持っていると言われており、中国が石油国家備蓄を放出するのしないのといった情報で今後世界の原油市場が混乱することもあるかもしれません。

 こうした「何が起こるかわからない」状況においては、「しばらく様子を見よう」ということで、企業家は投資を控え、多くの人々は住宅購入など大きな消費を控えるかもしれません。そうした投資や消費の手控えは世界経済にブレーキを掛ける可能性があります。

 中国経済自体、今、2017年秋の共産党大会へ向けて盛り上げてきた公共投資等をスローダウンさせようというフェーズに入りつつあります(一昨日(2018年6月15日(金))付け日本経済新聞9面記事「中国 投資・消費が減速 インフラ投資に一服感 『影の銀行』規制強化も響く」参照)。ちょうどピークを越えつつあった中国経済は、今回の「米中貿易戦争勃発」で予想外のダメージを受けることになり、それが長年にわたって膨らんできた「中国経済バブル」をはじけさせる針の一差しになる可能性があります。

 6月13日にアメリカFRB(連邦制度理事会)は今年二回目の利上げを決め、今年中の利上げペースを速める方向性を示しました。6月14日、ヨーロッパ中央銀行(ECB)は、今年いっぱいで量的緩和を終了する方針を示しました(一方で来年(2019年)夏までは利上げしない方針も示した)。世界の中央銀行がリーマン・ショック後の異次元の量的緩和状態から脱して、正常化・引き締めの方向に動こうとしています(日本銀行だけがまだ動く気配がありませんが)。中国経済が「バブル崩壊」状態にならないとしても、2019年には中国経済の減速傾向による実態経済への影響と米欧の中央銀行の引き締め傾向のタイミングが一致して、オーバーキル(中央銀行の引き締め政策が経済に思った以上の減速効果を与えてしまう)になる可能性は否定できません。

 このような「今のタイミング」を考えた場合、今回の「米中貿易戦争開始」は軽く考えてはいけないと思います(今までのトランプ大統領の行動を見えれば「これはハッタリに過ぎない。実際に制裁関税を発動することにはならないだろうから「貿易戦争開始」にはならないさ。」と考えてはいけないことは明らかです)。今まで「ブラック・スワンに注意しろ」とか「灰色のサイを警戒しなければならない」など外部環境の変化による危機の発生に注意が払われてきましたが、実際は最も警戒しなければならないのは「ドライバーによる運転ミス」という人為的要因です。あのときのトランプ大統領の判断さえなければ2018年に始まる世界経済危機はなかったのに、と後世の歴史家に言われないようになることを祈るばかりです。

 なお、こうした経済政策判断の結果が実態経済の指標の変化として表れるのは、すぐにではなく、半年とか1年とかの時間が経過した後であることも多いものです。今年(2018年)11月の中間選挙では、トランプ大統領は「中国に対してしっかりやってる」と評価されるかもしれませんが、2020年11月の次の大統領選挙の頃には、世界経済の変調がアメリカ自身をも襲っていて、トランプ大統領は「自業自得の苦しい選挙戦」を強いられることになっているのかもしれません。

 今(日本時間6月16日(土)20時から)放送された中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」では、まず「現在の中国経済は順調」という現状解説のニュースを流した後、アメリカによる制裁関税発動品目の発表、それに対する中国側の報復関税のニュース、「アメリカ側の一方的な行為は必ずや自分に損害を与えることになる」という「人民日報」の論評と同じタイトルのアメリカを批判する経済専門家のインタビューなどを報じていました。今回の件は、中国当局としても報道の仕方は相当に悩ましいと思います。今回の件は、中国の人々のデモがマクドナルド・ハンバーガーやスターバックスに押し掛けるのにどう対処するのかといったレベルを超えた深刻な問題です。中国政府があまりに「冷静・沈着な大人の対応」をしていると、中国政府自身が中国の人々や中国国内の企業家から突き上げを食う可能性があるからです。

 「北朝鮮問題に対して中国には影響力を発揮して欲しいので、トランプ大統領は中国に対して実際にはあまり強く当たることはないだろう」という見方もあったのですが、6月12日にシンガポールで米朝首脳会談が実現した場面をテレビで世界に放映することに成功した以上、トランプ大統領にとって北朝鮮問題は「終わった話」である可能性があります。今後、事態が深刻にならないように、本意ではないにしろ、アメリカ以外の世界各国が習近平主席と協力してトランプ大統領に対抗する、といったことをせざるを得なくなる場面も出てくるのかもしれません。

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