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2018年1月

2018年1月27日 (土)

農村宅地の「資格権」に見る中国経済の錬金術

 最近の中国の不動産関連のニュースの中で「農村宅地に関する資格権」「農村宅地に関する三権分離」といった言葉がよく出てきます。この話は、中国における「土地は公有という社会主義としての大原則の上に立った土地売買を正当化するための理屈」を象徴するような話なので、紹介してみたいと思います。

 中国は、社会主義国なので、全ての土地は公有です。都市部の土地については国有、農村部の土地(農地及び農民が住んでいる住居の宅地)は村や鎮などの地方行政組織の所有(中国語では「集団所有」)です。都市部でマンションの売買が行われているのは、都市部の土地の「所有権」は国にあるけれども、一定期間(通常は70年間)の「使用権」は売買できるので、マンションを買う人は建物とその土地の「使用権」を買えるのだ、というタテマエになっています。

 作物を耕作する農地については、所有権(村や鎮などの地方政府が持つ)のほかに「請負権」(農民が政府から作物の耕作を請け負っている権利)と「使用権」(実際にその土地を利用して作物を作ったり別の用途に使ったりする権利)が別にあり、「請負権」と「使用権」については売買したり、借金の担保にしたりできたりする、とされています。これを「農地の三権分離」と呼んでいます。

 農民が住んでいる住宅の宅地については、その土地で作物は作りませんから「請負権」はないので、従来「三権分離」の対象ではありませんでした。2000年代、都市近郊の農村部において、農民が自分の住んでいる宅地にマンションを建て、それを都市住民に売る行為が広く行われました(こうした農民用住宅地に建てられたマンション等の住宅は「小産権」と呼ばれています)。しかし、社会主義の原則上、農民用住宅地は、土地所有者(村や鎮などの地方政府)が農民に住むことを許可している土地であるのだから、マンションを買った都市住民にはその土地の上に居住する権利はなく、「小産権」は法律上認められないはずだ、という議論が起こり、裁判の結果、こうした「小産権」は認められない、という確定判決が出ています(このブログの2007年12月18日付け記事「都市住民の『小産権』購入は違法と確定判決」参照)。

 しかし、今年(2018年)1月15日、国土資源部の姜大明部長は、全国国土資源工作会議の席上、今後、農村宅地について「所有権」「資格権」「使用権」の三つを分離して考える政策を採ることを検討する、と表明しました。農村宅地の「所有権」は村・鎮などの地方政府にあり、「使用権」は実際に住んでいる農民にあるのは明かですが、これに「その土地に住む資格という権利」という意味で「資格権」をプラスして設定する、という考え方です。この考え方は、農村宅地について「所有権」は村・鎮等の地方政府に維持したままで、「資格権」「使用権」を土地開発業者に売却したり、借金の担保にしたりできるようにする、という考え方のようです。

 この考え方は、2007年に裁判所が出した「社会主義の法制度上、農村宅地に都市住民が住むことはできない」という判断を覆そう、という考え方ですが、中国では「中国共産党が全ての権力の上に立つ」ので、過去の判例だろうとなんだろうと、中国共産党が決定すれば、過去の裁判所の判例などいつでも覆せますので、こうした政策の設定は可能なんだと思います(正式には、中国共産党の会議で議論した後、全人代で法律にする必要があります)。

 こうした政策の案が出てきた背景には、「農民が都市部に長期間出稼ぎに出ており、農村に残っていた年老いた両親が亡くなったために空き家になっている農村の農民用住宅が多くなってきていること」があるのだと思います。空き家になっている農村の宅地を売却したり、借金の担保にしたりできれば、農民が資金を得られるようになる、というわけで、「農村の空き家対策」と「農民の資金源の多様化」を狙った一定の合理性を持った政策のように思えます。一方で、都市部に出稼ぎに出ていて、今後とも都市部で働き続けたいと考えている農民がまとまった資金を得られる道を開き、都市部で建設されているマンションをこれらの農民に買わせよう、という意図もあるように思われます。

 もともと存在していなかた「農村宅地の資格権」を認定することによって、それを売却や担保にして資金を得られるようにする、という政策は「何もなかったところから経済的価値を生み出す錬金術」のようなものですが、ある意味で、これは中国の経済政策の「お得意」の政策であると言えます。もともと所有権が公有であり、個人間で売買することができなかった土地について、「所有権と使用権は別」という考え方を導入し、使用権を売買することによりマンションの建設と売買を可能にした時点で、「土地の錬金術」は既にスタートしていたと言えます。今後、農村宅地について、新たに「資格権」なるものを設定してそれを売買や担保の対象にできるようにすることは、そういった中国における「土地の錬金術」の延長線上にある話なので、今後中国で何か新しい革命的なことが起こる、というわけではありません。

 ただ、こうした政策の方向性は、中国の経済政策が「バブル気味のマンション建設を抑制する」方向ではなく、セメントや鉄などの産業の雇用維持の意味もあり、今後ともマンション建設を継続・拡大させる方向にある、ということを示す意味で重要だと思います。

 中国の不動産関連の新聞記事で「農村宅地の資格権」に関する記事が注目されているのは、この政策がうまく行って、都市に出てきた「農民工」が農村の自分の家を処分して資金を得て都市部のマンションを買えるようになれば、都市部のマンション価格は維持される(あるいは上昇する)ので、そうなるかどうかを非常に気にしている既にマンションを持っている都市部住民が多いからだと思います。

 農村宅地の「資格権」については、まだ国土資源部長が「今後検討する」と言っている「政策案」の段階なので、実際に政策になるのかどうかはわかりませんが、「中国経済は今後も土地の錬金術の上に乗って発展していく」のかどうか、そうした「土地の錬金術」がどこまで破綻せずに進むことができるのか、を考える上で、今後とも注目すべき議論だと思います。

(注)「錬金術」と書くと否定的に聞こえますが、例えば、日米欧における中央銀行による国債購入も「政府が発行した『国債』という名前の借用証書を中央銀行が買い取って世の中に出回るお金を増やす」という意味では一種の「錬金術」ですし、「将来これを根拠にしてみんなが物を売買できるようになるだろう」という「想定」だけで数字の羅列のような電子情報に対してお金を積む仮想通貨も21世紀の「錬金術」と言えるかもしれません。

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2018年1月20日 (土)

「李克強氏は退場しない」ので「バブルつぶしは今はやらない」

 昨日(2018年1月19日)、中国共産党第19期中央委員会第二回全体会議(第19期二中全会)が終了しました。3月の全人代で議論する「憲法改正」と「政府人事」について議論されたと見られているのですが、人事については何の発表もありませんでした。

 「憲法改正」については、指導理念として、従来からの「毛沢東思想」「トウ小平理論」「『三つの代表』重要思想(江沢民元総書記が提唱した)」に加えて「科学的発展観(胡錦濤前総書記が提唱した)」と「習近平の新時代の中国の特色のある社会主義思想」が追加されることになるようです。

 「トウ小平理論」はトウ小平氏が亡くなった後で、「『三つの代表』重要思想」と今回の「科学的発展観」はいずれも提唱した総書記が退任した後で「後づけ」で憲法に追加された(される)のに対し、「習近平の新時代の中国の特色のある社会主義思想」は現役の総書記が提唱している「思想」を憲法に盛り込むことになる、という意味で、かなり重要だと思います。報道の中には「現役の指導者が提唱した考え方を憲法に盛り込むのは毛沢東以来」と指摘しているところもあります。

 憲法に書き込まれる「指導理念」は、あくまで「理念」なので、憲法に書かれたところで「権威付け」とはなるけれども、政策実行上、実体的な意味は大きくない、という見方もあります。一方、中国の法律の規定には「違法な行為を禁じる」といったトートロジー表現(同語反復で実質的には中身がないような表現)の規定も多いので、憲法に「習近平」という固有名詞の付いた「思想」が書き込まれると、習近平氏の政策に反対する意見を表明すること対して「憲法違反だから違法だ」として取り締まり対象にされる可能性があるので要注意だと私は思っています。

 このように「習近平氏への独裁的権力集中の方針」が目立つ今回の二中全会でしたが、それを伝える今日(2018年1月20日)付けの「人民日報」は、一面トップは当然この二中全会の公報(コミュニケ)を伝えているのですが、一面の下の方に「李克強氏がEUの委員長に『中国-EU観光年』の開幕式を祝する祝辞を送った」という記事が載っていました。EUには大変申し訳ないのですが、「この程度の軽い話」は、ハッキリ言って「人民日報」1面ネタの記事ではありません(普通は3面(国際面)に載るような案件)。私はこの記事の載せ方は「二中全会は習近平氏への権力集中へ向けた議論が行われたが、李克強氏も党中央の重要な位置から退場するわけではありませんぞ」というメッセージであると捉えました。

 今回、3月の全人代で決める政府人事(各省大臣クラスの人事)が発表されなかったのも、習近平氏と李克強氏の「権力闘争」がまだ決着していないため、まだ議論が必要だったからである可能性があります。

 一昨日(1月18日)、国家統計局は2017年10-12月期と2017年通年のGDPを発表しましたが、2017年通年のGDPについては先に李克強氏がカンボジアでの講演で述べたのと同じ6.9%増という数字が発表されました。通常、GDPの発表は北京時間午前10時に発表されるのですが、今回は前日に、15時(=株式市場が閉じる時刻)に発表される、と発表時刻の変更がありました。理由は、記者会見で発表する国家統計局長が二中全会に参加するため、とのことでしたが、事前に李克強氏が2017通年のGDPの数字を口にしていたため、実際にはそれと異なる数字なので株式市場にショックを与えないようにするために発表タイミングを変更したのではないのか、などといろいろ憶測を呼びました。結局は数字自体は事前に李克強氏が述べていたのと同じだったので、特段の驚きは与えませんでした。

 私は、李克強氏が2017年通年のGDPを正式発表の一週間以上前に外国で述べてしまったことや、そのGDPの正式発表時刻が前日になって変更になったことなどから、李克強氏の党内での位置付けが動揺しているのではないか、と見ることも可能だ、と考えていました。今日(1月20日)付けの「人民日報」の1面の下の方に「李克強氏がEUの委員長に『中国-EU観光年』の開幕式を祝する祝辞を送った」という記事を載せたのは、そうした見方を否定し、李克強氏は党内で今も健在であることを強調する意図があったように思います。

 一方で、上に書いたように2017年の中国のGDPが政府目標の6.5%を上回って堅調だったことや、同じく1月18日に発表された2017年12月の主要70都市の新築マンション価格が下がっていないことでわかるように、中国政府は2017年10月の党大会を通過してバブルの抑制に動いていると思われるにも係わらず、現時点でもあまり中国経済のスピードは減速してないように見えます。私は、これは、李克強氏が党中央の権力の真ん中から退場しようとしないので、習近平氏はさらに自らへの権力集中強化のため、地方の党幹部や産業関係者からの支持を集めるために現時点では痛みを伴う「バブルつぶし」のような政策運営を強く押し出すことができていないからだろうと考えています。

 もし、習近平氏が「経済のスピード・コントロールよりも自らへの権力集中を強化させることの方が重要だ」と考えているのだとしたら、今後中国経済は「制限速度」を超えて減速することなく突っ走っていくことになる可能性があります。

 一方、今、全く同じように、アメリカのトランプ大統領も今年(2018年)11月の中間選挙へ向けて「経済のスピードをコントロールするよりも自らへの支持を強固なものにすることの方が重要だ」と考えているように見えます。

 世界経済の一位と二位の国のトップがもし今後とも同じ方向に進んでいくのだとしたら、世界経済は本来ならば政策的コントロールの下で管理されるべき適切なスピードの範囲を大きく超えて加速して行ってしまう可能性があります。習近平氏もトランプ氏も回りの側近の忠告をあまり聞くようには見えないので(二人とも周囲は「イエスマン」ばかりになっているように見えるので)、世界の人々は今後大けがをしないようにシートベルトはしっかり締めておいた方がよさそうです。

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2018年1月13日 (土)

党大会を通過しても立ち位置の定まらない李克強氏

 先ほど、今日(2018年1月13日)閉幕した中国共産党第19期中央規律検査委員会第二回全体会議の公報が発表されました。中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」のトップ・ニュースもこの件でしたが、この映像を見て、私は強烈な「異常さ」を感じました。この会議の壇上には、中国共産党政治局常務委員7人のうち6人が並んで座っており、李克強氏だけがいなかったからです。

 今回の中央規律委員会第二回全体会議は1月11~13日まで開催されましたが、李克強氏は1月11日夜までカンボジア訪問中でしたので、李克強氏は、物理的にこの会議には参加できないスケジューリングだったのでした。政治局常務委員が参加する党の会議で、たまたまその会議が開かれた時に海外出張中だった政治局常務委員が欠席することは別に珍しいことではないのですが、中央規律検査委員会は、中国共産党の現在の最大の目玉政策である「反腐敗闘争」を統括する重要な会議であり、そもそもこの会議を李克強氏が出られない日程で開催すること自体不自然です。李克強氏は1月11日夜に北京に戻っており、1日ずらせば李克強氏も参加できたはずだからです(1月12~13日、李克強氏は北京にいたにも係わらず、この会議には参加していない)。

 昨年(2017年)の第19回中国共産党大会により、習近平氏への権力集中体制が一層強まった、と見るのが一般的ですが、その一方で中国共産党ナンバー2で国務院総理の李克強氏の「立ち位置」がいまだにハッキリしません。李克強氏は、習近平氏への権力集中を容認して習近平氏体制を支える立場に立つのか、習近平氏と一線を画して党内で習近平氏と張り合う立場を維持するのか、はたまた習近平氏への権力集中の進展に応じて李克強氏は徐々に実質的な権力の座から下りる方向へ向かうのか、その方向性が見えないのです。

 李克強氏は、中央規律委員会全体会議には参加しない一方で、1月10日、訪問先のカンボジアで講演し、2017年通年の実質経済成長率について「6.9%前後になる見通しだ」と述べました。中国の2017年のGDPについては1月18日に正式に発表される予定ですが、そうした正式発表を前にして総理が「見通し」を(しかも外国で)述べてしまうのは、あまり「普通」ではありません(こういう経済統計については、株式市場等に影響を与えるので、正式に発表されるまで政府要人はコメントしないのが普通)。こうした李克強氏の発言については「経済政策については自分が中心人物なのだ。習近平氏ではない。」と内外にアピールする意図があったのではないか、との憶測もあるようです。

 さらに、昨日(1月12日)には中国共産党政治局会議が開かれて、第19期中国共産党中央委員会第二回全体会議(第19期二中全会)を1月18~19日に開催することを決めました。この二中全会では、憲法改正について話合われる予定です(そのほか3月の全人代で決める政府の人事も議論されると思われる)。昨日は李克強氏は北京にいたので、政治局会議には出席していたと思われますが、政治局会議への出席者は通常公表されないので、実際に李克強氏がこの政治局会議に出席していたかどうかはわかりません(というか、もし仮に北京にいるのに出席していなかったとしたら、それは大問題)。

 今までもこのブログで何回も書いて来ましたが、党の重要な会議を李克強氏の外国訪問時や国際会議出席期間中に開催したり、党の政治局会議を李克強氏の出張終了日と重ねて、あたかも李克強氏が政治局会議に出ていないようなイメージを作るようなスケジューリングは今までも何回もあり、習近平体制においては珍しいことではありませんでした。しかし、こうしたスケジューリングは、党のナンバー2であり国務院総理でもある李克強氏が中国共産党の重要事項を決定する会議にあまり深く関わっていない、といったイメージを中国人民に意図的に与えようとしているのではないか、と私には見えてしまいます。今回の中央規律検査委員会全体会議を李克強氏の外国出張に重なる日程で開催したことは、その中でも最も強烈なものだったと私は思います。

 こうした李克強氏の党中央における立ち位置に関する不明朗さは2017年秋の党大会の後は一応の整理がなされるものと私は思っていました。まるで李克強氏を「軽く」扱っているようなやり方は、党中央が一枚岩で団結していないことを内外に示してしまうので、中国共産党自身にとって何のプラスにもならないからです。しかし、実際は2017年の党大会の後も事情は全く変わっておらず、表面上は「習近平氏への権力集中が強力に進められつつある」とされているにも係わらず、相変わらず李克強氏は党内で一定の力を持っており、かつ習近平氏への権力集中に賛同しているように見えない状態が続いています。

 報道によれば、今度の二中全会で改正される憲法の案としては、指導理念として、従来の「毛沢東思想、トウ小平理論、『三つの代表』重要思想(江沢民元総書記が提唱した)」に加えて「科学的発展観(胡錦濤前総書記が提唱した)」と「習近平の新時代の中国の特色のある社会主義思想」を追加することが議論されるようです。おそらくこれは、習近平氏への権力集中を憲法上も確認する一方で、前任の胡錦濤氏(とそれに同調する一派:李克強氏も含む)に対する配慮もした一種の「妥協の産物」なのでしょう。

 こうした状況を見ていると、表面上(及び「人民日報」や「新聞聯播」での報道のやり方)は習近平氏への権力集中の体制が完成しつつあるように見えるものの、実態は習近平氏とそれに対立するグループ(李克強氏がそのトップにいると思われる)が存在するという従来の中国共産党内部の権力構造はあまり変わっていないのかもしれません。一方、今回の中央規律委員会全体会議に政治局常務委員のうち李克強氏だけが参加しなかった、という現実は、私が以前想像していた「2018年3月の全人代で李克強氏は国務院総理を退任する」という路線が現実のものになる可能性を示しているのかもしれません。

 問題は、党中央の中がこのように「一本化されていない」のが外からミエミエになってしまうと、おそらくこれからの中国の現場での政策運営が一貫性のない中途半端なものになってしまうおそれがあることです。各政策担当者は、党中央の「エライ人たち」の顔色を見ながら仕事をするからです。実際、中央経済工作会議では「リスクの緩和・解消」が三つの柱の最初に掲げられて、例えばマンション・バブル対策が最重要課題と思われる一方で、あまり厳しい規制がなされては困るような地方政府においては、マンション市場規制を一部緩和する、といった例も出てきています(最近、甘粛省蘭州市の一部の地域でマンション販売規制が「緩和」されたことについては、1月12日に放送されたテレビ東京「Newsモーニング・サテライト」の中国ナウキャストのコーナーでSMBC日興證券の肖敏捷氏が指摘していました)。

 今日(2018年1月13日)付けの朝日新聞朝刊13面には「中国教科書『文革』項目削除へ 『歴史』新版?毛沢東の過ち認める表現消える 習氏の意向反映か」という中国の中学校の新しい歴史教科書に関する記事が載っていました。「文化大革命への反省」「毛沢東と言えども全てが正しかったわけではない」というのがトウ小平氏が始めた改革開放路線の出発点なわけですから、この朝日新聞の記事が事実とすれば、習近平氏はトウ小平氏の路線を否定しようとしているということになります。現在の中国の各界の指導的役割を担っている人たちは、1980年代にトウ小平氏の改革開放路線に胸を躍らせて学生時代を過ごした世代の人たちなので、もし習近平氏が「トウ小平氏の改革開放路線の終了」の方向に舵を切ろうとするならば、中国国内で相当の反発を呼ぶことになると思います。今、もしかすると李克強氏は、そうした習近平氏の路線に対して反発する人たちの中心的役割を果たしているのかもしれません。そうだとすると、李克強氏の今後の動きは、中国の今後の行く方向を見極める上で、非常に重要な意味を持つものになると思います。

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2018年1月 6日 (土)

新年早々習近平氏への権力集中をアピール

 中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」の年初のニュースは、習近平氏への権力集中をアピールするものが並びました。2018年1月3日~5日のトップ・ニュースを並べると以下のとおりです。

1月3日:中国共産党軍事委員会は全軍一斉の「訓練開始動員大会」を初めて実施し、習近平党軍事委員会主席が全軍に訓示をした。

1月4日:習近平主席が河北省にある人民解放軍の中部戦区を視察した。

1月5日:習近平主席が「習近平の新時代の中国の特色のある社会主義思想と党の第19回大会の精神を貫徹して学習する討論会」で重要講話を行った。

 「訓練開始動員大会」は、報道によると7,000人の兵士が参加したそうで、映像で見る限り、多数の兵士や戦車、海軍基地や空軍基地とも映像でつないで、かなり壮大な「大会」の様子でした。2015年9月の「対ファシスト戦勝利70周年軍事パレード」(北京の天安門前で実施)や去年(2017年)8月の人民解放軍健軍90周年記念閲兵式(内モンゴル自治区で実施)もありましたので、私の印象は、「なんでこんなに頻繁に大規模な閲兵行事をやらないといかんのかなぁ」というものでした。

 一般の報道では、これらの相次ぐ大規模閲兵行事は、習近平氏が中国政府内部のみならず人民解放軍に対しても完全に一手に権力を掌握していることをアピールするため、といった解説がなされていますが、これだけ何回も繰り返されると、私には「習近平氏は、実際には人民解放軍内部を完全に掌握している自信がないので、大規模な閲兵行事を繰り返さないと不安なのではないか」と思えてしまいます。

 というのは、私は1980年代の中国共産党軍事委員会主席がトウ小平氏だった時代に北京に駐在していましたが、トウ小平氏は、閲兵式もやらないしテレビにもほとんど登場しないのに、彼が人民解放軍を完全に掌握していることは、中国人民も世界の人々もよく理解していたので、当時の状況と現在とをどうしても比較してしまうからです。トウ小平氏をはじめ葉剣英、李先念、楊尚昆といった当時の中国共産党の幹部たちは、日中戦争期や国共内戦期に実際に戦闘現場で兵士を率いて戦った人たちであり、かつて戦場で生死を共にした彼らの部下たちが当時の人民解放軍の幹部に多数いたことから、トウ小平氏をトップとする人民解放軍の掌握の力は誰も疑う余地のないものだったのでした。

 それに対して、習近平氏は軍人としての経験はありません。おそらく習近平氏は大規模な閲兵式を繰り返して自分が軍の最高司令官であることをアピールしなければ自分の軍の統率力は維持できない、と考えているのでしょう。

 「習近平の新時代の中国の特色のある社会主義思想と党の第19回大会の精神を貫徹して学習する討論会」も、習近平氏が党内における自分の「特別な地位」をアピールしたいと考えて行ったのでしょう。

 これらの動きは、習近平氏がおそらくは次の党大会(2022年)で毛沢東と同じ「党主席」の制度を復活させて自分がそれに就任したいと考え、それを実現させるための運動の一環なのでしょう。

 こうした「習近平氏への権力集中をさらに進めるための動き」と「共産党大会が終わったのに中国経済が減速していない状態」が同時進行していることは重要だと思います。習近平氏は、貧困対策等基層の人々に対する配慮にたびたび言及しています。2018年の年頭の辞においても中国人民の「獲得感」「幸福感」「安全感」に言及していました。この習近平氏の発想は、実際の政策の実行を担当する政府部門に一部に痛みを伴う可能性のある改革を実行するのをためらわせるのに十分だと思います。

 私の感覚から言っても、2007年の党大会後の経済に掛かったブレーキと「経済成長のスピードにブレーキが掛かかることを心配するよりも、バブルは小さなうちに潰しておくことを重視すべき」と考えていた当時の政策と、現在の2017年の党大会後の中国経済の状況と中国の経済成長の方向性とは、明らかに異なります。

 もっとも懸念されるのは、昨年(2017年)12月の中央経済工作会議で三つの課題のうちの最初の柱として「重大なリスクの緩和・解消」が打ち出された一方で、習近平氏の方針に伴う現場レベルでの「痛みを伴った改革の実施への躊躇(ちゅうちょ)」が結局は中国の経済改革を中途半端なものにしてしまわないか、ということです。

 既に報道されているように、中国の当局は、採算性の悪い地方のインフラ・プロジェクトを中止させたり、大手企業の借金体質の改善を迫ったりしています。中国当局から銀行に対する信用リスクの調査を指示されたことに起因して大連万達集団(ワンダ・グループ)が借金縮小のためにホテルやテーマパークの大半を売却すると発表した件については、このブログの2017年7月22日付けの記事「全国金融工作会議と中国の金融を巡る現在の状況」で書きました。また、各報道によると、借金による海外資産の買収を当局から問題視された海航集団が資産の売却に動いているとされています。こうした類の債務レバレッジ縮小のための大企業による不動産などの資産を売却する動きは、それなりに活発化しているようです。これらの動きは、「重大なリスクの緩和・解消」のための方策の一環だと見ることができます。

 一方、こうした動きは、マンション資産を持っている一般の人の間に「大企業は、不動産市場が冷え込む前に資産を売却しようとしているのではないか」との疑念を引き起こしているようです。「人民日報」ホームページの「財経チャンネル」にある「房産(不動産資産)チャンネル」には、2018年1月5日付の「証券日報」の記事「中央国有企業が頻繁に不動産資産を売却していることについて、専門家は、これは不動産市場からの事前撤退ではない、と述べている」と題する記事が載っていました。この記事では、最近大手企業の不動産資産売却が多いのは、借金体質の改善のためと、2016年は不動産価格が低迷していたので不動産の売却が難しかったことの反動があるためであって、これらの企業が不動産価格が今後下がると見て早めに売却しているのではない、との専門家の見方を紹介していました。

 やはり「債務レバレッジの緩和・解消」の様々な施策を講じると、どうしても「この先経済は冷える」との見方が出てしまうので、このあたりのバランスは難しいようです。もし、習近平氏の「権力集中」への動きを邪魔してはならない、と政策担当者が「忖度」するのであれば、「リスクの緩和・解消」のための施策の実行にはどうしてもブレーキが掛かってしまい、党中央が考えるほど「リスクの緩和・解消」の効果が上がらない結果になるのではないかと私は思います。

 すくなくとも、2018年第一週の「新聞聯播」を見ている限り、「習近平氏は、中央経済工作会議で議論された『リスクの緩和・解消』の推進よりも、自分自身への権力集中の方を重視しているようだ」と私は受け取ったので、2018年の中国経済は去年「党大会後に経済は減速する」と考えていたほどには減速しない、と見た方がよいのかもしれません。もちろんその代わり「リスクの緩和・解消」は進まないので、「バブルが崩壊するリスク」はより高まる、という点には注意する必要があります。

 2018年の第一週の日米をはじめとする世界の株価は「これでいいの?」と思えるほどの急騰で「ロケット・スタート」などと言われています。理由は「アメリカでの減税法案の可決」「北朝鮮がピョンチャン・オリンピック・パラリンピックを前にして対話路線に出てきている」などいろいろあると思いますが、「中国経済が党大会を通過しても意外に減速していない」ことも理由の一つだと思います。しかし、中国経済については、「減速していない」ことは「バブルが崩壊するリスクは高まっている」ことの裏返しであることは常に意識しておく必要があると思います。

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