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2017年12月30日 (土)

ポスト周小川の中国の金融政策

 今、年末なので、各新聞や雑誌で来年(2018年)の経済予測が盛んです。アメリカでは2月にFRB(連邦準備制度理事会)の議長がイエレン氏からパウエル氏に交代するので、新しいFRBの舵取りがどうなるか、がポイントとなっています。日本銀行についても、4月に現在の黒田総裁の任期が切れるので、後任人事がどうなるのか、黒田総裁が続投するのか、交代するとすると誰が新しい総裁になるのか、に注目が集まっています。

 中国の中央銀行である中国人民銀行総裁の周小川氏も3月の全人代で退任すると見られていますが、新聞や雑誌での「来年の予想」の記事では中国人民銀行総裁人事の交代についてはあまり記述がありません。周小川氏の後任が誰になるか現時点ではわからないし、後任になりそうな人のメドが立ってもその人がどのような考え方に立って中国の金融政策の舵取りをするのか情報が少なすぎるので、考えようがない、というのが実情なのでしょう。そもそも中国の場合、金融政策も「中国共産党の指導の下」にありますので、誰が中国人民銀行総裁になっても基本路線は変わらないはずだ、という考え方も「ポスト周小川」についてあまり議論にならない理由かもしれません。

 しかし私は周小川氏の交代は一般に考えられている以上に影響は大きいと考えています。というのは、周小川氏は、2003年3月の全人代で中国人民銀行総裁に就任していますが、英語が堪能で世界の金融政策関係者からも一目置かれ一定の評価を受けており、「中国の金融政策に対する信用」の点で周小川氏の交代は影響が大きいと考えるからです。

 周小川氏は、私が北京に二度目の駐在をしていた2007年4月~2009年7月の頃には既にその実績が高く評価されていました。周小川という名前は中国語読みでは「チョウ・シャオチュワン」、日本語読みすれば「シュウ・ショウセン」ですが、北京の駐在員達が話をするときは大体「シュウ・おがわ」で通じていました。この呼び方は親しみを込めていると同時に、一定の敬意を含んでいたと思います(テレビなどで見る「チャイナ・ウォッチャー」の中にも「シュウ・おがわ総裁」などと呼ぶ人がたまにいます)。

 重要なのは、周小川氏は、国内での実績と国際的な評判の下で、おそらく中国共産党内部でもそれなりに「一目置かれていた」と思われることです。上海株や不動産バブルが2007年10月の第17回党大会の後にピークを打った際には、バブルの拡大を警戒して株価やマンション価格を下支えしない引き締め気味の当時の金融政策に対してネット等ではかなりの反発があり、私の耳には「周小川更迭説」も入って来たのですが、結局は周小川氏は中国人民銀行総裁を続投し今日に至っています。

 今年(2017年)、周小川氏は、第19回党大会開催期間中の10月19日に「我々は(バブル崩壊のタイミングを示す)ミンスキー・モーメントを防がなければならない」と発言したり、中央経済工作会議を前にした11月22日に現在の中国の金融政策の課題を率直に指摘した文章を「人民日報」に寄稿したり、「敏感な政治の季節」の時期にズバッと本質を突いた発言をしたことは、周小川氏が中国共産党内部からも反論を許さないほどの発言力を持っていることを示していたと思います(もちろん、これらは「自分はもうすぐ辞める」ことを認識した上での周小川氏自身の「辞める前に必要なことは言っておきたい」という意図から発した発言だと思いますが)。

 中国には優秀なエコノミストがたくさんいるので、周小川氏の後任にも優秀な方が中国人民銀行総裁に就任すると思いますが、誰が後任になっても、世界の金融関係者から信頼を得るまでには一定の時間が必要でしょうし、何より最近の(退任直前の)周小川氏のように政治的に微妙な問題についてもズバッと発言することは難しいと思います。周小川氏の退任が習近平氏への権力集中の最終段階で行われた点もタイミング的に微妙です。習近平氏が更なるインフラ投資拡大と流動性供給を求める既得権益グループから圧力を受けた場合、新しい中国人民銀行総裁は、政権の意向から独立した立場で、バブル拡大を防止する方向での金融政策判断ができない可能性があるからです(中国の場合「中国共産党から独立した中央銀行の金融政策」などあり得ない、という意見もあるでしょうが、私は周小川氏は一定の独立性を確保しようと努力していたと思っています)。

 周小川氏は、朱鎔基氏(1993年~1995年:中国人民銀行総裁、1998年~2003年:国務院総理)に抜擢された、と言われていますが、私は基本的に朱鎔基氏-周小川氏に代表される中国政府の経済系テクノクラート集団に一定の信頼を寄せています(私が1983年2月に最初に訪中した時の中国側の歓迎宴会を主催したのが朱鎔基氏(当時、国家経済委員会委員(次官級))だった、という個人的理由もあるのですが)。

 1976年の毛沢東の死後に党主席になった華国鋒氏は、中国の外貨準備等の状況を無視して経済発展促進のために外国からの工場プラント契約を結んで深刻な外貨不足を招いたのですが、1978年以降実質的に権力を握ったトウ小平氏は、経済系テクノクラート集団を活用して、実情に立脚した経済・金融政策を推進しました。トウ小平氏は、自らが先頭に立って「ソ連は覇権主義だ」という反ソ路線を標榜して日米・西欧諸国と接近し、これらの諸国から経済的・技術的支援を得るとともに、外貨兌換券(外貨からしか兌換できない特別の人民元)を発行して、徹底した外貨管理を実行して、その後の驚異的な中国経済発展の基礎を固めました。これはトウ小平氏の優れた国際戦略の感覚とともに、トウ小平氏の信任に応えた当時の中国政府の優れた経済系テクノクラートたち(朱鎔基氏もその中の一人だった)の努力のたまものだったと思います。

 私の1986年10月~1988年9月の一回目の北京駐在の頃、私たち外国人駐在員は外貨兌換券を使っていましたが、当時、「同じ中国の貨幣なのに中国人用の紙幣と外国人用の外貨兌換券の二種類流通しているなんて、どこかで矛盾が生じるのではないか」と私などは思っていました。しかし、中国は、自らの経済発展の過程で、1993年、見事に混乱なく外貨兌換券廃止に漕ぎ着けたのでした。1989年の六四天安門事件や2008年のリーマン・ショックなど様々な状況変化の中で、それなりに安定した経済・金融政策を採ってきた中国の経済系テクノクラート集団には、一定の評価が与えられてよいと私は思います。

 ハイパー・インフレが起きたベネズエラやジンバブエのような国はもちろん、トルコ、ブラジル、南アフリカ、インド等の新興国を見ていると、急速に発展する過程にある国の経済・金融政策の舵取りは非常に難しいものがあります。平成バブル期の日本やリーマン・ショック時のアメリカを見ても、先進国においても経済・金融政策に失敗したのではないか、と思える時もありました。そうした中で、中国の経済・金融政策は、今までのところそれなりの舵取りが行われてきたと思います。

 しかし、2015年~2016年年初に起きた中国経済の「ドタバタ」(上海株のバブル化を防げなかったこと、人民元の急激な切り下げによる混乱、上海株式市場のサーキット・ブレーカー制度の朝令暮改など)は中国の経済・金融政策の舵取りが相当難しくなってきている現状を暗示していたと思います。こうした中、これからの習近平政権にとっては、これまでと同じように経済系テクノクラート集団をうまく使えるかどうかがカギになると思います。周小川氏は、朱鎔基氏から連なる経済系テクノクラート集団のリーダー的存在だと思うので、周小川氏の退任により、経済系テクノクラート集団の機能不全が起きないかどうか、が私は気になっています。

 2013年に始まった習近平政権の初期においては、李克強総理と周小川氏がうまく経済系テクノクラート集団をリードしてきたと思うのですが、周小川氏の退任により、それがうまくいかなくなる可能性もあるからです。李克強氏については、今のところ当面国務院総理を続けるようですが、習近平氏との関係において、周小川氏の退任の後、李克強氏が政権内でどういう位置を占めることになるかも重要なカギだと思います。

 12月27日、中国共産党は政治局会議を開いて、来年1月に二中全会(中央委員会第二回全体会議)を開くことを決めました。二中全会は、通常、党大会の後、次の年の全人代の前に開催して全人代で決める政府機関の人事などを決める党の会議ですが、1月の開催は通常より早いタイミングでの開催です。2018年は春節(旧正月)元旦が2月16日なので、単に春節休みを避けるために1月に開催するだけなのかもしれませんが、おそらく二中全会は周小川氏の後任人事も含めて習近平政権第二期の中国政府の主要人事が決まる会議なので、非常に注目される会議になると思います。

 「ポスト周小川の人事」は、2018年の世界経済にとって、もしかするとアメリカFRBの人事や日銀総裁の人事より重要な意味を持つことになるかもしれません。

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