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2017年12月16日 (土)

中国のアキレス腱はトップと末端の問題意識の差

 最近の日本の報道によると、冬季の北京での大気汚染を改善させるため、中国政府は北京周辺においてエネルギー源の石炭から天然ガスへの転換を強力に進めているそうです。その際、石炭の使用を禁止する一方、天然ガス設備の普及が間に合わず、季節は既に冬に入っているのに十分な暖房を使えない住民から不満が出ている、とのことでした。「中国ならばありそうなこと」だとは言えますが、この話は現在の中国社会のアキレス腱と見られる部分を端的に表したものだと言えますので、今回取り上げてみました。

 過去にも北京地区の大気汚染を改善させるため、周辺地域での工場生産や工事の中止を行ったことは何回もありました。2008年の北京オリンピックの時もそうでしたし、2014年11月のAPEC首脳会談や2015年9月の「抗ファシスト戦勝利70周年記念軍事パレード」の時もそうでした。大気汚染で有名な北京もその時は一時的に青空がよみがえったのですが、そうした青空はAPECの時は「APECブルー」、軍事パレードの時は「閲兵ブルー」などとネットでは皮肉を込めて呼ばれたものでした。

 これらの強圧的な権力発動による工場や工事の休止は、そもそもこれらの「青空作り」の目的が北京で開かれる国際的イベントにおいて北京に青空を作り出して中国国家指導部のメンツを保つ、ということにあったのですから、これらの時は「一般人民から不満が出ても構わない」という姿勢でよかったと思います。しかし、この冬、第19回中国共産党大会が終わった後の冬において北京に青空をもたらそうとする中国共産党指導部の考えは「人民に共産党大会の成果を実感してもらい、政権に対する支持を盛り上げるため」であったはずです。しかし、結果的に強圧的に石炭から天然ガスへの切り替えを強行したため、多くの住民から反発を受けることになりました。これは、政策を実行する末端組織の行政執行者が今回の政策の目的が「人民からの支持を得るため」であることを全く理解しておらず、単に上から言われたことを忠実に実行することしか頭になかったことが原因であったと考えられます。

 政府機関にしろ会社にしろ、すべからく組織運営においては、トップダウンのやり方とボトムアップのやり方があります。トップダウン方式は、急激に変化する周辺情勢に迅速に対応する場合には有利ですし、時間を掛けることが許される状況においてはボトムアップ方式の方が組織がうまく機能するという考え方もあります。トップダウン方式とボトムアップ方式は、その組織の目的やその時に置かれた周辺状況(周囲の変化が速いかどうか等)によって有利な面と不利な面が異なってくるので、どちらがよいかは一概には言えません。

 会社組織におけるボトムアップ方式の例としては、よくトヨタの「カイゼン」や日本の新幹線での車内清掃チームが引き合いに出されます。自動車メーカーなら「コストダウンと生産性の向上」、新幹線の清掃チームなら「乗客の満足のいく清掃をした上での列車の定時運行」という最終目的を現場のチームがよく理解しており、具体的にどうやるかは現場に任され、現場レベルで様々な創意工夫がなされることが許されるシステムになっています。こういったボトムアップ方式においては、末端の作業員たちは会社が求める最終目的を自分たちでよく理解していて、それを実現して会社の業績を向上させている原動力は自分たちにあるのだ、という矜恃(ほこり)を持って仕事をしているので、おのずと士気は上がり、結果として会社の業績は向上します。給料を上げるだけが現場の従業員の士気を上げて会社の業績を上げる方法ではない、という一つの例として、こうした日本企業のやり方は外国の企業でも参考にしているところは多いと思います。

 トップダウン方式とボトムアップ方式の利害得失は、中国の人もよくわかっています。実際、中国の本屋さんでは、松下幸之助や土光敏夫といった日本の優れた経営者に関した本をよく見かけますし、そうした本を読んで非常に参考になった、と語る現在の中国企業のトップも数多くいます。そもそも1980年代のトウ小平氏の改革開放路線は、毛沢東時代のトップダウン方式の問題点と限界の反省の上に立ち、一定量の生産を越える部分については農家の自由裁量に任せるという「請負生産制」を基盤するボトムアップ方式を一部取り入れた路線だったと言えると思います。

 そもそも毛沢東の中国共産主義革命自体、一部の革命家が上から押しつける革命ではなく、一般の農民が下から積み上げて革命を成し遂げていく、というボトムアップ方式を基本とするものでした。しかし、中国共産党が権力を握り、カリスマ的なリーダーである毛沢東がトップに立って以降、いつしかトップダウン方式が中国共産党の中に染みついてしまったのです。

 ボトムアップ方式は、末端の担当者自身がいろいろ作業の改善について創意工夫をし、それを上部組織に提案していく、という方式ですから、政治的場面に置き換えると民主主義制度の考え方です。今の中国の政治システムでも、中国共産党内部での党内民主主義が機能していれば、「党の指導」というトップダウン方式を基本としつつ、末端の意見で制度を変えることができるというボトムアップ方式の実行も可能だと思います。しかし、習近平政権は、「トップダウンの強化」のみを推し進めており、今の中国社会ではボトムアップ方式のシステムは機能しなくなりつつあるように思います。

 今回の「石炭から天然ガスへの切り替え」において住民を凍えさせる結果になっている現状は、それを端的に表しています。今の中国では「トップダウンの強化」のみが推し進められているため、末端が全体の問題がどこにあるのか認識しようとせず、単に上から言われたことを実行すればよい、とだけ考えているので、末端で生じた問題点が上部に報告されず、結果的に施策がうまく進まない状況を生み出しているように見えます。

 現在の中国の経済状況にこの問題点を当てはめてみると、党中央などのトップレベルにおいては、債務レバレッジが過大になっていることのリスクを認識し、それを改善しようという問題意識は強いのですが、地方政府や企業、一般人民にそうした意識は低く、単に「政府が決めた規則を守ればよい(規則に違反しないようにすれば借金を増やしても構わない)」という意識が蔓延しているのではないかと思います。そうであるならば、トップでいくら強力な債務レバレッジ抑制策を打ち出したとしても、あまり効果は上がらず、結局は中国全体でバブルがはじけるところまで突っ走っていってしまう危険性があります。

 以前からこのブログで指摘していますが、今、党中央では、理財商品のリスクについて相当慎重に対応しようとしているところだと思いますが、一方で「人民日報」のホームページ内には理財商品を売るサイトが存在しています。おそらくは中国共産党宣伝部の直下のお膝元の組織であるはずの人民日報社の内部ですら理財商品のリスクに関する問題意識が共有されていないからだと思います。であれば、地方政府などは「党中央の金融リスクに対する問題意識などどこ吹く風」の状態にあるのではないかと推測されます。

 今、日本の大企業で相次ぐ不祥事に関して、会社トップと末端の現場との風通しの悪さ、が指摘されています。おそらく中国共産党内部におけるトップと末端との風通しの悪さは、相当程度に深刻なのではないかと私は危惧しています。

 1987年2月、私は春節の休みを利用して海南島に旅行に行きました。海南島最南端の三亜では、当時開業したばかりの西欧式のホテルに泊まりましたが、ホテルの庭園やロビーには、ベトナムや中国南部でよく見られる三角帽を被った地元の人たちがウロウロと「見学」に来ていました。ホテルの利用料金は彼ら農民にはとても支払えないほど高額だったのですが、おそらくは「お金の払えない地元農民は立ち入り禁止」にすると、ホテルがまるで解放前の中国の「租界」のように外国人専用地域になってしまうので、それはまずい、という当時の地元政府の判断で「地元人民はホテル内の見学自由」にしたのだと思います。私はそこから「西欧式ホテルを建設して外国人観光客を誘致することは経済発展のために重要だが、それと同時に大多数の人民の不満を高めないようすることも非常に重要」と考える当時の地方政府の意図を感じたのでした。おそらくはこの考え方は党中央と合致してたと思います。

 2007年に二度目の北京駐在をした経験として感じたことは、中国は1980年代に比べて「トップダウン」が強化され下部からの意見を吸い上げる能力が衰えている一方で、下部組織は上部組織の目を盗んで勝手なことをやるようになった、というイメージです。2008年に訪れた寧夏回族自治区では、砂漠化防止のため、地元住民に対して羊の放牧が禁止されており、羊の放牧で暮らしていた人々には定住するための住宅が与えられ、黄河の水を汲み上げてトウモロコシの栽培を行う灌漑施設ができていました。砂漠化の防止と経済発展のためには必要な措置なのかもしれませんが、放牧民たちの意見を聞いたのか、非常に疑問の残る政策でした。

 上記の私の1987年と2008年の二つの経験は、毛沢東時代の「トップダウンと上からの政策の押しつけ」の反省の上に立って一般人民の不満を高めないように気を配っていた1980年代の中国と再び毛沢東時代に戻るかのように上から政策を押しつける(末端の意見を聞く耳を持たない)現代の中国の違いを象徴しているように思えます。

 イギリスのEU離脱やアメリカでのトランプ大統領など民主主義の危機とも思える現代ですが、別の見方をすれば、これらの動きは従来の政治が置き去りにしてきた人たちからの強烈なフィードバックだと言えます。民主主義の国々では、今後、従来置き去りにされてきた人々に対して配慮する政策が重要になるでしょう。中国の政治にはこうしたフィードバック・システムがないので、政治のトップと末端組織との問題意識のギャップは、是正されることなく、問題が解決されないまま蓄積していくことが、今の中国の最も深刻なリスクだと私は思います。

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