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2017年10月

2017年10月28日 (土)

「1980年代の改革開放」に決別した習近平氏

 一昨日(2017年10月26日(木))付けの「人民日報」を見て、私は「これは私が知っている『改革開放の中国』ではない」と思いました。1面のど真ん中にでかでかと習近平氏の顔写真(しかも天安門に掲げられている毛沢東主席の肖像のようにきれいに修正したもの)が掲げられていたからです(前日に行われた第19期中国共産党中央委員会第一回全体会議で新しい政治局常務委員が決まったことを伝える記事でした)。私は、間は空いていますが、「人民日報」は平日の紙面が8面だった1980年代から見ていますが(今の「人民日報」は平日は24面)、党のトップの顔写真がこれだけでかでかと出たのを見たのは初めてでした。この「人民日報」1面トップの習近平氏の顔写真については、日本の新聞各紙も報じていますが、産経新聞は「毛沢東より大きい」と報じていました。

 今回の党大会の中国国内の報道では、意図的に習近平氏に対する個人崇拝を盛り上げるような演出がなされていました。私の知る過去の中国共産党大会では、総書記が最前列の中央に座るのは当然としても、他の主要な幹部も二列目、三列目に並んで座るので、テレビカメラで総書記を映すと、後ろに座っている幹部の顔もフレームに入ってきます。しかし、習近平氏の時代になってからの党関連の大きな大会ではいつもそうなのですが、習近平氏の後ろはヒナ壇上の幹部が出入りするための階段になっており、習近平氏をテレビカメラで写すと後ろの党幹部は誰もフレームに入ってこないようになっています。習近平氏が演説する場面を映すテレビカメラも、少し低い位置から見上げるように習近平氏を映すので、習近平氏の後ろには飾ってある紅い旗しか映っておらず(壇上に座っている党幹部は映らない)、習近平氏は他の党幹部とは違う特別な存在であることを強調する演出がなされていました。

 私が一番印象的だったのは、党大会開会の前日(10月17日)に開かれた準備会議において党大会の議長団を決める場面でした。この準備会議は党大会の全体会議が開かれたのと同じ人民大会堂の大きな会議場で開かれたのですが、まだ議長団が決まっていない、つまり「ヒナ壇」に誰が上がるか決まっていない段階だったので、広い「ヒナ壇」の上には習近平氏一人が座り、李克強氏以下、その他の党幹部は全員壇下の「一般席」に座って「議長団」選出の議事が進んでいました。私は過去の「準備会議」の様子がテレビのニュースで流れたのを見た記憶はないのですが、あれだけ大きな大会議場の壇上に習近平氏一人だけが座っている情景は非常に「異様」に見えました。

 今回の党大会(中国共産党第19回全国代表大会)では、「習近平氏の新時代の中国の特色のある社会主義思想」が党規約に盛り込まれました。今まで「毛沢東思想」「トウ小平理論」「『三つの代表』重要思想」「科学的発展観」が盛り込まれていたので、日本の新聞では「実名が入ったのは毛沢東、トウ小平以来で、習近平氏は、毛沢東、トウ小平に次ぐ権威を手に入れた」と報道されています。この認識は、おそらく中国共産党宣伝部も同じであって、決定があった日の「人民日報」ホームページの1面トップには「『習近平氏の新時代の中国の特色のある社会主義思想』が党規約に盛り込まれた」と大々的に報じていました。

 しかし、私はこれで習近平氏は毛沢東とトウ小平と同じ権威を手に入れたということが中国共産党幹部の中でコンセンサスになったとは思っていません。というのは、「習近平氏の新時代の中国の特色のある社会主義思想」は中国語では「習近平新時代中国特色社会主義思想」ですが、この語において「習近平」は「新時代」を修飾するのであって「思想」を修飾する語ではないからです。

 「中国特色社会主義」は以前から使われている語であって習近平氏が初めて使った言葉ではありません。なので、「習近平新時代中国特色社会主義思想」をいじわるく日本語訳すれば「習近平氏が総書記をやっている新しい時代における中国の特色のある社会主義の思想」となり、この思想を誰が提唱したかは何も表現していない、ということになります。「毛沢東思想」は「毛沢東が唱えた思想」を意味し、「トウ小平理論」は「トウ小平が提唱した理論」を意味することは明らかだし、「三つの代表」の考え方を江沢民氏が初めて提唱したのは誰もが知っているし、「科学的発展観」を胡錦濤氏が言い始めたのはみんなが知っています。しかし、「習近平新時代中国特色社会主義思想」が党規約に入ったとしても、この思想を習近平氏が初めて提唱したのかどうかは、明示はされていません。

(注)「『習近平氏の新時代の中国の特色のある社会主義思想』って中身は何なの?」という話はまた別次元の話です。私は「『毛沢東思想とは何か』『トウ小平理論とは何か』」と問われれば、一言で表現するのは難しいとしても、説明はできます。また、私は「『三つの代表』重要思想」とは、企業家・資産家などプロレタリアート(無産階級)以外でも中国共産党員になれる、という意味で画期的な考え方である、と言うこともできます。「科学的発展観」については、「よくはわからないけど、たぶんGPD至上主義ではなく、貧富の格差をなくし、バランスの取れた経済発展が重要という意味なんだろう」と説明することはできます。しかし、「習近平氏の新時代の中国の特色のある社会主義思想」とは何なのか、私には全くわかりません。「腐敗撲滅」は習近平氏以前から言われてきたことですし、「一帯一路」は外交政策・経済政策ではあるけれども「思想」ではないでしょう。「習近平氏の新時代の中国の特色のある社会主義思想」とは、習近平氏に権力を集中させるべき、という「思想」に名称を付けたものだ、という理解が一番正しいのかもしれません。

 習近平氏は「習近平思想」あるいは「習近平が提唱した思想」といった文言を党規約に入れたかったのかもしれませんが、もしそうなのであれば、「習近平新時代中国特色社会主義思想」という文言は「習近平思想」という表現に対する反対論との中を取った「妥協の産物」ということになり、この語が党規約に入ったとしても、それは習近平氏の主張が党内で通らなかったことを意味し、むしろ習近平氏は過去の党のトップに比べても党内での権威は高くないことを意味している可能性があります。

 「人民日報」への習近平氏の顔写真の掲載やテレビ・ニュースでの演出上の習近平氏の権威の強調は、逆に中国共産党宣伝部の内部にある「実際の党内では習近平氏の権威はそれほど高くない」という現状に対する「あせり」を表しているように私には思えます。

 中国共産党大会と言えば、私は30年前、1987年の第13回党大会のあるエピソードをよく覚えています。当時、私は北京に駐在していました。日本等世界のマスコミでも報道されたので、以下に紹介するエピソードは覚えておられる方も多いかもしれません。

 中国共産党では、党内における「改革開放」の一環として、この13回党大会からテレビでの生中継を始めました。外国報道陣による報道も認めらるようになりました。また、この党大会から「党大会関連での会議では禁煙とする」というルールも決まったのでした。

 当時の実質的な最高実力者であるトウ小平氏は、党軍事委員会主席ではありましたが、他の役職には就いていなかったので、形式的には党内の序列では特段高い地位にはいませんでした。なので、党大会では、ヒナ壇上の党幹部が並ぶ席では三列目くらいに着席していました。党大会が始まる直前、既に外国のテレビカメラはスタンバイしていた状態の時、トウ小平氏は早めにヒナ壇の自分の席に着いて、タバコに火を付け、机の上の書類に目を通し始めました。トウ小平氏が無類のヘビー・スモーカーであることは中国内外の多くの人が知っていました。そこに壇上の幹部席にお茶を配る係員が回ってきて、トウ小平氏に何事か耳打ちしました。それを聞いてトウ小平氏は苦笑いをしながらタバコの火を揉み消したのでした。声は聞こえませんが係員が「今回から禁煙になりましたよ」と耳打ちしたのは明らかでした。この光景を捉えていた外国のテレビ局は「ヒラの職員が『トウ小平批判』をした」などと面白おかしく伝えたのでした。

 たわいもない「こぼれ話」的エピソードなのですが、私は後で考えて、これはトウ小平氏が意図的に行った「演出」だったのではないかと思っています。「最高実力者」と言われる自分(トウ小平氏)ですら党のルールには従わなければならない、どんなにレベルの低い職員であっても間違ったことをしている高い地位の人に対して意見を言うことができる、ということを世界のテレビカメラの前で示して「毛沢東時代と異なり、中国共産党は変わったのだ」とアピールする狙いがあったのではないか、と思われるからです。

 当時、ソ連はゴルバチョフ書記長の下、改革を推進中でしたが、ソ連共産党の改革は遅々として進んでいませんでした。そうした中、トウ小平氏は中国共産党内部での改革の進展のスピードをアピールしたかったのだと思います。

 そうした30年前の第13回党大会と比べてみても、今回の第19回党大会における「習近平氏への権力集中を強調する演出」は、中国内外に全く逆の方向性をアピールした結果となりました。

 習近平氏が採ろうとしている方策がトウ小平氏が進めていた1980年代の「改革開放」の路線とは逆方向である点を以下に列記したいと思います。

○個人崇拝

 毛沢東に対する個人崇拝を利用して党の結束を図っていた文化大革命時代に対する反省として、トウ小平氏は、個人崇拝を厳しく禁じました。1980年代、大学などに残っていた毛沢東の像はかなりの数が撤去されました。このトウ小平氏の「個人崇拝禁止」は、1997年2月にトウ小平氏が亡くなった後、だんだん緩和されていきました。私は2007年4月に北京に二度目の駐在を開始した時、多くの場所で毛沢東像が復活していたのを見てびっくりしたことを覚えています。1997年秋の党大会で、当時の江沢民政権は党規約に「毛沢東思想」に並んで「トウ小平理論」を加えましたが、トウ小平氏の次女のトウ楠氏は「私の父は個人崇拝を否定していた。従って、父の考え方に対して父の固有名詞を付けることはやめて欲しい。」と述べたとのことです(「トウ小平秘録」(伊藤正著:扶桑社)による)。「人民日報」1面トップへの巨大な習近平氏の顔写真の掲載などは、こうした「個人崇拝禁止」の考え方に真っ向から逆行するものです。

 昨日(2017年10月27日)付けの「人民日報」の文芸欄では、ある大学教授が「習近平文芸思想」という言葉を使いながら、文芸作品においても習近平氏が唱える「社会主義の核心的価値観」を体現した文芸作品が作られなければならない、などと論じていました。こうした論文は、文化面でもまるで文化大革命時代のような習近平氏への「個人崇拝」を復活させようとしているように見えます。

○集団指導体制から一人への権力集中へ

 1980年代、国家主席、中国共産党総書記、中国共産党軍事委員会主席は別人物でした(例えば、1986年の時点では、国家主席は李先念、中国共産党総書記は胡耀邦、中国共産党軍事委員会主席はトウ小平)。これは全ての権力が毛沢東に集中していた文化大革命時代の反省として権力の分散を図ろうとしたからでした。しかし、この「権力分散体制」は危機が発生した時に迅速に意志決定ができないという弱点を内包しています。1989年の「第二次天安門事件」(六四天安門事件)の時、当時の指導部は結局はトウ小平氏に相談して最終決定の判断を仰ぐことになったのです。このため、「六四天安門事件」で失脚した趙紫陽氏の後を継いだ江沢民氏の時代以降は、国家主席、中国共産党総書記、中国共産党軍事委員会主席を一人の人物が兼任することになったのです(胡錦濤政権の最初の2年間は、党総書記と国家主席は胡錦濤氏、党軍事委員会主席は江沢民氏という二重権力体制だった)。

 ただし、「六四天安門事件」の後も重要事項を決定する党政治局常務委員会は「多数決」で決めることになっています。なので、党政治局常務委員の数は5人か7人か9人で常に奇数です(実際に党政治局常務委員会の会議で賛否が分かれて全員一致ではなく多数決でものごとが決まったことがあるのかどうかは私は知りません)。一部報道によると、今回の党大会で、習近平氏は党総書記を廃して党主席を復活させることをもくろんだ、とのことですが、党規約による党主席の位置付けにもよりますが、仮に最終決定は政治局常務委員会の多数決ではなく党主席の判断による、ということになれば、中国共産党内の意志決定方式は、毛沢東時代に逆戻りすることになります。

○企業に対する中国共産党のコントロール

 トウ小平氏による改革開放の過程で、中国の「国営企業」は「国有企業」に変化しました。これは「国有企業」とは、資産は国有だが企業の経営判断は各企業の経営陣に任されている、という考え方です。各企業に中国共産党組織はありましたが、1980年代当時、各企業の党組織は、従業員の厚生福利や労働条件について企業の経営陣に意見をする、いわば資本主義国における労働組合みたいなもの、などと説明されていました(実態は私は詳しくは知りません。2000年代になっても「部品は中国製のものを使え」「貨物輸送にはトラックではなく鉄道を使え(中国の鉄道は全て国有)」など純粋民間企業についてすら企業経営に対する「党の御指導」はいろいろあると聞いています)。それに対し、習近平政権は、「企業に対する中国共産党の指導」を明示的に強調しています。これは「企業経営は各企業の経営者の判断に任せ、各企業の創意工夫を促して、経済発展の原動力にする」という1980年代のトウ小平氏の改革開放の考え方とは逆方向のものです。

○企業分割か企業統合か

 1980年代は、大型国有企業の分割が進みました。当時、先進諸国で行われていた公営企業の分割民営化(日本で言えば国鉄のJR各社への分割民営化、電電公社の東西NTTへの分割民営化)を参考にしたものと言われています。それまでの中国の国有企業は、仕事をしてもしなくても倒産することはなく一定の給料はもらえるので「鉄飯碗」(鉄でできたご飯茶碗:落としても割れない。日本で言うところの「親方日の丸」)と言われてきました。そこで企業分割を行って各企業間で競争をさせ、競争の中でイノベーションを進めさせよう、というのが1980年代の政策でした。しかし、習近平政権になってからは、逆に大手国有企業の合併が相次いでいます(鉄道車輌製造の「中国北車」と「中国南車」の合併(2014年)、武漢製鉄と宝山製鉄の経営統合(2016年)など)。これは過剰生産設備の整理という意味もあるのですが、私は「中国共産党による指導」がなくならない現状においては、競争原理によるメリットが十分実現されなかったからだ、と考えています。

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 政策には常にプラスの面とマイナスの面がありますから、1980年代の改革開放政策の方がよかった、と言うつもりはありませんが、もし習近平氏が「個人崇拝の強化」「一人への権力集中の強化」「企業に対する中国共産党の指導の強化」「分割された企業の統合の推進」といった1980年代の改革開放政策とは全く逆の方向に政策を進めるのだとしたら、1980年代に回避しようとしていた課題が再び問題を起こすことになります。

 それより私が心配しているのは、中国の多くの人々の間に「時代が逆行してしまう」という無力感を広めてしまわないか、ということです。1980年代、まだ経済は発展途上で人々の生活は貧しいものでしたが、中国のテレビで日本の「紅い疑惑(山口百恵主演)」やアメリカのドラマ「大草原の小さな家」が放送され、企業経営に対する中国共産党の影響力を弱める方向での政策推進がなされている中、多くの人々の中には、ちょっと頑張れば自分の将来もいろいろな方向で開ける可能性がある、という一種の「明るさ」がありました。

 今、中国の各界では、こうした「活き活きとした気分の1980年代」に学生時代を過ごした人たちが幹部となって活躍しています。彼らのエネルギーの中心は「文化大革命時代に対する反発」と「改革開放の中国は自分たちが推し進める」という自負心です。もし習近平氏が「文化大革命時代への逆戻り」「1980年代の改革開放とは逆方向への政策推進」を進めるのだとしたら、おそらく現在の中国の各界のリーダーたちは反発するかやる気をなくしてしまうでしょう。党の指導の強化による企業経営の活力低下とこれら各界リーダー層の士気の低下により、今後、中国の社会は次第に活気を失っていく可能性があります。

 習近平氏は、沿岸部と内陸部との貧富の格差の緩和や市場原理に基づく景気の上下動を「党の指導」により力ずくで抑えようとして「1980年代の改革開放への決別」の政策を選択したのかもしれませんが、それはここ30年の間「改革開放の中国」が持っていた活力を失わせる結果になる可能性があることは認識しておくべきだと思います。

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2017年10月21日 (土)

中国人民銀行周小川総裁の口から「ミンスキー・モーメント」

 ブルームバーグが伝えるところによると、10月19日、党大会と平行して行われたイベントで中国人民銀行総裁の周小川氏が質問に答えて「過度に楽観的であれば緊張が高まり、それが急激な調整につながる可能性がある。ミンスキー・モーメントと呼ばれる状況で、我々はこれを防がなければならない」と述べた、とのことです。「ミンスキー・モーメント」とは、バブルの形成から調整(崩壊)に転じるタイミングを表す表現で、経済学者ハイマン・ミンスキーにちなんで名付けられたものです。

 この10月19日は、たまたま1987年10月19日のニューヨーク株の大暴落、いわゆる「ブラック・マンデー」の30年目の日に当たることから、「バブル崩壊」に関連する話の流れの中で出てきた言葉だと思います。中国指導部は最近「金融リスクを防ぐ」「システミック・リスクを発生させないという最低限のラインを断固として守る」といったことを繰り返し述べており、今回の周小川総裁の発言も基本的にそれと同じであって、何か新しいことを述べたわけではありません。しかし、私は、この日の周小川総裁の発言は以下の点で非常に重要であると考えています。

○周小川氏は、既に14年間中国の中央銀行である中国人民銀行の総裁を務めており、世界各国の中央銀行総裁の中で最も経験が長く、中央銀行の総裁として、自分の些細な言葉が市場にどういう影響を与えるかを熟知している。その周小川氏が「バブルが形成期から崩壊期に転換するポイント」を意味する「ミンスキー・モーメント」という言葉をあえて用いたことからは、周小川氏の「強力な警告メッセージを中国内外のマーケットに発したい」という意図が感じられること。

○バブルが存在しなければ「ミンスキー・モーメント」について議論する必要は生じないのであるから、周小川総裁が「ミンスキー・モーメントを防がなければならない」と述べたことは、周小川総裁自身が現在の中国経済について「バブル的状況」にあると認識していることを意味すること。

○年齢的な面で周小川総裁は来年3月の全人代で退任すると見られており、実際、周小川氏の後任人事について、いろいろと推測記事が流されているのが現状である。もうすぐ辞める周小川総裁は、「今は思い切って自分の考えを述べられる時期」であることを自覚していると思われることから、おそらくは今回の発言は自分の考えに基づいてあえて明確な表現で警告を発したものと思われること。

○この発言は、習近平総書記が三時間半にわたって「政治報告」を行った第19回党大会初日の翌日になされた。今、中国のメディアはこぞって習近平政権5年間の成果を礼賛する記事を連発しているし、党大会開催期間中は中国全土において人の集まるイベントが中止されたりするなど、中国国内の全ての活動が「党大会の平穏な終了のために」神経質なほどにコントロールされているのが現状である。そうした中、周小川氏が「ミンスキー・モーメント」という刺激的な用語を使ったことは、政治的にはかなりリスキーであったと思われるが、逆に言えば、周小川氏は、党大会での議論に対しても「現在の中国経済の状況はメディアで礼賛されているような楽観的な状況ではない」という一種の「異議申し立て」をしたかったとも捉えられる。周小川氏は、従来の言動から見ると、周囲には市場経済に基づく経済を重視する方向で経済改革を進めたいと考えている中国共産党の一部の幹部(李克強総理も含む)やエコノミスト、官僚たちがいると考えられることから、今回の発言は「習近平総書記への一点権力集中と経済に対する党の支配力の強化」に反対する意図があった可能性がある。

 このように私は周小川総裁による「ミンスキー・モーメント」という用語を用いた発言は非常に重要だと考えているのですが、ブルームバーク・ニュースが伝えているほか、CNBCアジアでは伝えていたものの、日本の新聞やテレビでは現時点では私が見た限り報道したものはありませんでした(ネットで検索してみると、一部、ネットのニュースでは伝えているようですが)。

 私は、周小川総裁の発言は、中国経済バブルに対する中国の中央銀行総裁の懸念を直接的に表現するものであるので、結構インパクトがあったと思うのですが、マーケットは全く「無反応」でした。周小川総裁の発言の翌日の10月20日(金)に上海株式市場が上昇したのは党大会開催期間中であり「国家隊」による買い支えがなされていると思われるので当然だとしても、東京株式市場では日経平均が57年ぶりの「14営業日続伸」を記録(10月20日終値:2万1,457円64銭)し、ニューヨーク・株式市場ではニューヨーク・ダウが5日連続史上最高値を更新(10月20日終値:2万3,163.04ドル)したのは、「何か変じゃない?」という感じがします。

 世界的な株の上昇傾向は私にはなんとなく変な感じ(特に「日本では大手企業の不祥事が相次いでいるのに株価が上がっていいの?」と思います)に思えるのですが、世界経済にとって大きなリスクのひとつである中国の不動産市場については、「人民日報」ホームページの「財経」サイト内の「房産(マンション資産)」のサイトに、以下のような記事が載っていました。

○2017年10月20日「経済参考報」の記事
「大都市(中国語で「一線城市」)での不動産の投機性需要は抑制されてきている」

○2017年10月21日「中国新聞網」の記事
「中国マンション市場は『降温』、不動産販売面積の増加スピードは持続的に下落」

 大まかに言うと、住宅、事務所スペース、商業用スペースの販売面積について「増加スピードが鈍った」、販売価格について「上昇スピードが鈍った」という話であって、「減少した」「価格が下がった」という話ではないので、別に現時点で「不動産バブルの崩壊が始まった」というわけではないのですが、不動産市場の過熱気味の状況にブレーキが掛かりつつあるのは確かだと思います。こういったニュースは今後とも注意深くフォローしていく必要があると思っています。

 今、世界のマーケットではコンピューターによる取引がかなりの割合を占めており、要人の発言や突発的な出来事が瞬時にして市場に影響を与える状況なのですが、大きな流れを変えるような重要な発言や出来事に対しては、一定の「タイムラグ」を置いてから反応する場合があります(市場に参加している多くの人間が「ちょっと待て。さっきの発言(出来事)はもしかすると重要な意味があるんじゃないのか?」などと一定の時間を掛けて考えを巡らせるからだと思います)。

 2013年5月23日(日本時間)の「バーナンキ・ショック」の時は、FRBバーナンキ議長の議会証言は日本時間未明に終了していたにも係わらず、東京株式市場は通常と同じような雰囲気で9時から取引を開始し、10:45に中国の経済指標(PMI:購買担当者指数)が予想外に悪かったのがわかってもその時は即座には反応しなかったのですが、11時過ぎから「なんか変だな?」という感じになり、午後に入って「暴落状態」となり、結果的には午後3時の大引け時には対前日比1,143円安の大きな暴落となってしまったのでした。

 2015年8月の「チャイナ・ショック」(中国発世界同時株安)の時も、切っ掛けは8月11~13日の中国当局による人民元切り下げだったのですが、実際に世界の株価が下がり始めたのは10日後の8月21日(金)頃であり、その週明けの8月25日(月)のニューヨーク市場はショック的な株価の下落に見舞われたのでした。

 2013年の「バーナンキ・ショック」の時は、当初は「何でこんなに市場が乱高下するんでしょうね」といぶかる人が多かったのですが、後で時系列を整理してみると、「そういえば、バーナンキFRB議長の議会での証言を切っ掛けとしていろいろなマーケットで動きが出始めましたね」ということがわかったのでした。

 明日(2017年10月22日(日))には日本で総選挙があるし、10月26日(木)にはヨーロッパ中央銀行(ECB)が金融政策の変更を決めるかもしれません。トランプ大統領は近日中に来年2月で任期が切れるFRBのイエレン議長の後任を指名する、と言っています。これら様々な要因を受けて、今後世界のマーケットは動いていくのでしょうが、後になって考えると「そういえば2017年10月19日に周小川中国人民銀行総裁が『ミンスキー・モーメント』という単語を使って警告を発したのが、今思えば切っ掛けだったのかもしれませんね。」というようなことになるかもしれないので、あまり日本の新聞やテレビが取り上げないので、今日、このブログに記録しておこうと思って書いた次第です。

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2017年10月14日 (土)

狼少年「党大会後に中国バブルは崩壊」の今回の信憑性

 中国税関総署が昨日(2017年10月13日)発表した中国の貿易統計では、中国の輸出入は順調に推移していることがわかりました。私は、現在の中国経済は10月18日から始まる中国共産党大会の終了後は下落トレンドに入ると見ており、世界の多くの関係者の中にもそういう見方をする人が多いと思われるので、8月頃から中国経済には「ピーク到達感」が出てくると思っていました。しかし、実際は9月の時点でも、中国経済は比較的順調のようです。「中国経済は思っていた以上に好調を維持している」と感じた人も多いようで、そのためか世界の株価はかなり高いレベルを更新し続けています。

 しかし、例えばニューヨーク・ダウが連日のように史上最高値を更新したり(10月11日(水)の終値は史上最高値:2万2,872.89ドル)、日経平均が21年ぶりの最高値を更新したり(10月13日(金)の終値は2万1,155円18銭)しているのを見ると「恐いよう~」と感じている人もいるかもしれません。

 日経ヴェリタスの先週号(2017年10月8日号)の1面トップの特集は「危機に備える投資」でした。日経CNBCが10月10日(火)に放送した「日経ヴェリタス・トーク・スペシャル第二回投資戦略会議」の副題は「山一破綻から20年~危機対応はできているか」でした。一方、日本経済新聞は今月から毎週土曜日朝刊に「平成の30年 陶酔のさきに」という連載企画記事を掲載していますが、今日(10月14日(土))の記事は「バブル許した『国際協調』の金看板」でした。これらのまるで「バブルの崩壊に備えよ」と呼び掛けるような企画がなされたのは、「そろそろ『バブルに始まった平成』が終わろうとしている」「山一證券などの破綻から20年」「日経ヴェリタス発売500号記念」というタイミングが重なったためであり、別に今がバブル的状況であることを意味しているわけではないとは思いますが、先週までの株価の状況や来週10月18日(水)から中国共産党第19回全国代表大会が始まる、というこのタイミングを考えると「なかなか意味深」とも言えます。

 「中国共産党は5年に一度の党大会へ向けて経済状況の好調さを強調するため公共事業投資をはじめとする様々な政策手段を打つので、党大会終了後はそうした当局による下支えがなくなって中国経済は下落に転じ、それまで無理して押し上げられていた中国経済のバブル的状況は崩壊する」といった話は過去何回も語られてきており、その都度、「経済の減速」は確かにあるものの「バブルが崩壊」するところまでは行かないので、この手の話は既に「狼少年状態」となっています。なので、今回の党大会についても、「党大会後の中国経済が心配」と主張する人は少なくないのですが、多くの人は「また狼少年でしょ。多くは心配し過ぎであって『バブルが崩壊する』といったことにはならない。」と考えていると思います。

 そもそも私は十年前北京に駐在していた頃既に「中国経済はバブルではないのか」とこのブログなどでも散々書いてきました。「十年経ってもはじけないなら、そりゃバブルじゃなかったってことでしょ。」と言われれば、返す言葉はありません。

 ただ、「バブルが崩壊する」とまでは行かなくても、党大会後に中国経済が減速することは、ほぼ間違いなく毎回起きています。

 2002年の党大会の後の状況は、私は当時中国とは関係のない職場にいたので詳しくは知りませんが、中国は2002年暮から2003年夏にかけてSARS(重症急性呼吸器症候群)騒動に襲われて、経済的にも大きな影響が出た、と聞いています。

 2007年10月の第17回党大会後の中国経済の状況については、私は北京に駐在していたのでよく記憶しています。当時、党大会後の中国経済の変調を示していると思われる当時の私がこのブログに書いた文章を掲げると以下のとおりです。

・2007年12月22日付け記事「中国の不動産ブームはピークを越えたのか?」

・2008年1月22日付け記事「中国の不動産を巡る報道に『崩壊』の文字」

・2008年3月31日付け記事「不動産や株のバブルの終わりが明確になった」

・2008年6月23日付け記事「中国国内航空:便によっては激安?」

・2008年7月6日付け記事「『中国の不動産市場:急を告げる』との記事」

・2008年7月28日付け記事「中国経済は既に『オリンピック後』に突入」

 これらの2007年暮~2008年夏にかけての中国経済の「変調」が2007年10月までの中国共産党大会へ向けて無理をした中国経済への当局の「押し上げ政策」の反動なのか、あるいは2008年9月にリーマン・ショックとして顕在化する世界経済の変調を受けたものなのか峻別は困難ですが、中国経済は2007年10月の党大会をピークとして、その後「変調」を来していったことは事実です。

 2012年の第18回党大会の時は、2008年秋にリーマン・ショック対策として打ち出さされた「四兆元の超大型経済対策」がまだ効いていたためかすぐには「党大会終了」の影響は出ませんでしたが、翌2013年3月の全人代で中国政府の「習近平国家主席・李克強国務院総理」の体制が固まり「経済改革」が本格化したことで、中国経済は「変調」をきたし始めました。「変調」が最初に明らかになったのは、2013年6月8日に発表された中国の貿易統計で2013年5月の中国の輸出に急ブレーキが掛かった(4月は対前年比+14.7%だった伸びが5月は+1.0%に急減速した(いずれも米ドル・ベース))ことでした。これについて当時の報道では投機マネーを中国国内に流入させるために行われていた香港への「偽装輸出」(実際の価格より高い価格で中国大陸部から香港に商品を輸出し、輸出代金の形で投機マネーを外国から中国大陸部に流入させる手法)が取り締まり強化によって急減したからだ、と言われました。

 この中国当局による「偽装輸出取り締まり」による「投機マネー流入抑制」の措置と5月に起きた「バーナンキ・ショック」により、中国国内の流動性枯渇が起き、上海銀行間短期金利は乱高下しました。その後中国経済は落ち着きましたが、2014年秋にマンション価格がピークを打ち、その後投機資金は株式市場に流れ込んで、2015年前半の上海株バブルが起きました。2015年の上海株バブル崩壊に対する中国当局の右往左往と同年8月の突然の人民元切り下げにより、2015年8月と2016年年初に「中国発世界同時株安(いわゆるチャイナ・ショック)」が起きたことは記憶に新しいところです。

 2003年のSARS騒動が2002年の党大会の直後だったのは単なる「偶然」だと思いますが、2007年の党大会以降は、中国経済が世界経済の中の重要なプレーヤーとして成長したこともあり、党大会へ向けた当局の意図(及び中国企業・人民の期待)による中国経済の押し上げと世界経済の変化から受ける影響が共鳴して、だいたいは中国経済は党大会直後の年末から翌年夏に掛けての変調を来すのが「通例」になったと言っていいと思います。

 中国共産党トップが代わる党大会(2002年と2012年)は、政府側のトップ(国家主席・国務院総理)が交代するのは翌年3月の全人代なので、習近平政権の「中間期」に当たる今回(2017年)の党大会後の影響については、党トップの交代がなかった2007年の党大会後の状況が参考になると思います。ただし、今回の党大会で李克強氏が党政治局常務委員のナンバー2として残るとしても、来年3月の全人代で全人代常務委員長になり、国務院総理が交代する見通しが打ち出されるのであれば、具体的な政策の実施は来年3月の全人代以降になるので、その場合は2012年の党大会後の状況の方が参考になるかもしれません。

 いずれにしても、中国人民自身が「党大会がひとつのピークだ」という認識を持っていますから、私はこの10月第一週の国慶節の連休中のマンション販売は低調になるだろうと予想していました。先週、このブログに「もし仮に『マンション市場での売れ行きが意外に低調だった』ことが事実だったとしても、党大会が終わるまでは、そうしたことは報道されないと思いますけどね。」と書きましたが、これは私の「勘ぐりのしすぎ」でしたね。実際、この国慶節休み期間中のマンション販売は低調だったようで、そのことは中国でもきちんと報道されていました。

 マンション市場の動向は、多くの中国人民にとって関心事項ですから、「人民日報」ホームページ内にある「財経」チャンネルには「房産(マンション資産)」と題する専用のページがあり、マンション市場の動向に関するニュースをまとめて見られるようになっています。この「房産」のページに2017年10月9日付けで「国慶節連休中のマンション市場はひっそり:ホットな大都市(中国語で「一、二銭城市」)でのマンション成約は低調 マンション市場は早々と冬に突入か?」という記事が載っていました。この記事によれば、国慶節の連休期間中、中国指数研究院がモニターしている19の重点都市では、一日の契約成立面積が前年比51.4%の下落だった、とのことです。このうち大都市(中国語で「一線城市」)の下落幅は7割に達し、中都市(中国語で「三線城市」)でも下落幅は5割を超えている、とのことです。また、中原地産研究センターの統計データによると、重点的にモニターしている30都市のネットを使った契約は大幅に減っており、平均下落幅は8割に達し、契約量は2014年以来最低だった、とのことです。

 2014年秋のマンション市場の低調により、マンション市場に流入できなかった資金が株式市場に流入して2014年暮れから2015年6月に掛けての「上海株バブル」に繋がったわけですが、今回はこの「国慶節期間中のマンション成約の低調」は、どのような形で中国経済の中で表面化してくることになるのでしょうか。

 この「人民日報」ホームページ内「財経チャンネル」の中の「房産」チャンネルでもう一つ興味深い記事を見つけました。10月12日付けの「経済参考報」に載っていた記事で「マンション市場の調整政策においては市場の理性は有限である点を考慮すべきだ」というタイトルのものです。この記事は2017年のノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー教授が研究している行動経済学(実際の経済活動に携わる人間は、必ずしも常に経済合理性に基づいて行動するわけではないことを考慮すべきとの考え方)を念頭においたものです。この記事では、近年、マンション市場に出現している「頭金ローン」「超短期ローン(中国語では「過橋貸」)」「消費者金融の異常な増加」「偽装離婚」「深夜の隊列」など「理性的とは思えない現象」を指摘しています。

 最初の三つは、中国当局が投資目的のマンション購入を抑制するため、既に住宅を持っている人がマンションを買う場合には一定の割合以上の頭金を用意しなければならない、との規制を導入したところ、頭金を作るための資金貸しが横行していることを指摘しているものです。「偽装離婚」とは、一世帯で二件以上のマンションを購入する行為を規制する当局の政策に対して、夫婦が離婚して二世帯であると偽装してマンションを買う行為を指します。「深夜の隊列」は、マンションを買うために発売日に深夜から並ぶ人たちが現れる現象を指します。この記事は、こうした「理性的ではないマンション購入行為」がある以上、そういう現状を念頭においた政策を採るべきだ、と提言しているのです。

 日本でも、高度経済成長期には深夜に並んで良い条件のマンションを買おうとした人たちはいましたが、それはあくまで「自分が住むためのマンション購入」でした。この記事は、現在の中国では「自分が住むためではない投機のためのマンション購入」が日常的な光景になっている現状を表していると思います。

 「中国のマンション・バブルは崩壊する」という警告に対して、「また狼少年でしょ」と軽くいなす人も多いと思いますが、私は、今でも「中国のマンション・バブルは『いつか』必ず崩壊する」と考えています。ただ、その「崩壊」は、今回(2017年の)中国共産党大会の終了がひとつの切っ掛けになるのか、もっと先の話になるのか、は私にはわかりません。ただ、去年(2016年)12月の中央経済工作会議で「不動産バブルのリスクの防止」が議題の一つとして議論され、今年(2017年)4月の中国共産党中央政治局会議の際に開かれた「集団学習会」において「金融安全の維持」が議論されたことは軽く考えるべきではないと思います。これらの会議は中国共産党中央自身がマンション・バブルの崩壊の危険性を重要視していることを示しているからです。

 今、アメリカ、ヨーロッパ、日本ともに政治面でのリスクを抱えているし、北朝鮮の動向には全く読めないものがあるので、現在の中国経済の状況については相対的に楽観視している人も多いようですが、「中国のマンション・バブル」の問題については「また狼少年だ」と考えずに慎重にウォッチしていく必要があると思います。

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2017年10月 7日 (土)

中国が「暗黙の保証」の問題に対処できていない現状

 今週も「中国バブルはなぜつぶれないのか」(朱寧著、森山文那生訳。日本経済新聞出版社)で述べられている「暗黙の保証」に関する問題点についてです。「訳者あとがき」によれば、この本の中国語版は2016年3月に初版が出版されて以降、中国でもベストセラー経済書上位50冊にランクインするほど売れたのだそうです。「中国では、政府による『暗黙の保証』の認識の下、リスクの実態とは関係なく多くの借金がなされて投資に使われている」と警告しているこの書が中国国内でもよく売れている、という事実は非常に重要だと思います。

 経済学者がこうした「警告」を鳴らし、そうした「警告」を鳴らす本がよく売れていることは、中国社会のひとつの「健全性」を示していますが、一方で、政策面ではこうした「警告」に対して適切な対応が採られているとは言い難い、という点が、中国経済のたぶん最も重大なリスクだと私は思います。中国共産党中央は、こうした「警告」を真剣に受け止めていると思いますが、「現場」では「よくわかっていない人たちによる適切ではない対応」がなされているように見えるからです。

 私がこのブログ内に書いてきたいくつかの点をここで改めてピックアップしておきたいと思います。

○2016年11月26日付け記事:中国の「地方政府の債務リスク応急処置事前対策」

 私はこの記事で、国務院弁公庁が出した「地方政府の債務リスク応急処置事前対策」において「地方政府の債券は、地方政府が法に基づいてその全ての償還責任を負う」とされていることを指摘しました。この部分は国務院が地方政府が持っている「暗黙の保証」意識の問題点を認識していることを示していますが、逆に言えば、現実問題として地方政府はややもすると「最後は中央政府が尻拭いしてくれるさ」と考えてしまう現状があることを示しています。

○2017年4月29日付け記事:中国共産党政治局で金融安全について議論

 この記事で述べたように、習近平総書記自身が、「中国の金融リスクはコントロール可能である」としながらも、外国からの国際金融上の衝撃(具体的には、アメリカFRBにより利上げや資産の縮小、ヨーロッパ中央銀行(ECB)による量的緩和の縮小など)を切っ掛けとした金融リスクに対する対応を考えるべき、と指摘している点は重要です。「暗黙の保証」で膨れあがった経済は、何かの切っ掛けでその信頼の一部が崩れると、雪崩を打って崩壊する可能性があることを、中国共産党中央もよく認識しているわけです。

(注)2008年のアメリカの「リーマン・ショック」はまさに「雪崩を打って」という表現にふさわしい急激なバブルの崩壊でしたが、日本の「平成バブル」は、1989年末の株価のピークの後、1990~1991年頃をピークとした地価の下落、1997年の北海道拓殖銀行と山一證券の破綻、2003年のりそな銀行への公的資金注入と足利銀行の破綻あたりまでを考えると、十年単位の長期間にわたるゆっくりとした地滑りのような「崩れ」でした(りそな銀行と足利銀行はその後の関係者の努力により現在は復活しています)。

○2017年7月8日付け記事:またぞろ「中国の理財商品は大丈夫なのか」という話

 私はこの記事で「人民日報」ホームページ内にある特定の会社と人民日報社が共同で運営管理する「理財商品」を販売する「人民信金融」という名前のサイトを紹介しました。私は、中国共産党中央が本当に真剣に「暗黙の保証」を問題だと考えているならば、こんなサイトは作らせなかっただろうと思っています。というのは、多くの中国人民は、中国共産党の機関紙である「人民日報」を発行する人民日報社が共同運営するサイトで売っている「理財商品」ならばデフォルト(債務不履行)を起こすことはないだろう、と思うはずであって、このサイト自身が「暗黙の保証」の感覚に基づく「理財商品」の販売拡大を助長する役割を果たしているからです。中国の一般人民は、この「人民日報」ホームページ上の「理財商品」販売サイトを見て、このサイトで売っている「理財商品」だけでなく、広く中国全土で売られている「理財商品」全体について、「最後は中国共産党がなんとかしてくれるはずだから、デフォルトするはずはない」と感じているかもしれません(私は、この「人民信金融」サイトについては、今度の中国共産党大会での議論の中で問題視され、共産党大会終了後にはサイトが閉鎖されてしまうのではないか、とすら考えています)。

○2017年8月19日付け記事:中国のインフラ投資とPPPと社債との関係

 この記事の中で、私は中国国家発展改革委員会が「経済参考報」の取材に対して「デフォルト(債務不履行)リスクのある債券については、事前に介入し、市場を使い、法的手段を用い、企業を指導し、仲介機関に償還方法を制定させ、システミック金融リスクを発生させない、という最低ラインを断固として守る」と述べたことを紹介しました。この中国国家発展改革委員会の発言は、「中国政府はデフォルトしそうな社債は事前に介入してデフォルトさせないようにする」と言っているようにも読めます。これは「中国バブルはなぜつぶれないのか」の中で著者の朱寧氏が述べている「デフォルトと破産を容認せよ」という主張とは真逆のものです。

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 以上を比べてみると、中国においては「経済学者や中国共産党中央は『暗黙の保証』の問題点についてはよく理解しており、その対処も必要だと考えているが、現場(経済主体や政策執行部局)においては対処できていない」ことを示していると思います。別の言葉で言えば「頭ではわかっているが、バブルに踊る企業や人民からの反発を恐れて対処できない」のかもしれません。

 なお、経済主体や経済政策執行の現場では「バブルに踊る企業や人民からの反発を恐れて対処できない」のではなく、「全ては市場が決めるべき」という自由主義経済の大原則を理解しておらず、「デフォルトを出さないことが金融リスクを防ぐことに繋がる」と誤って理解している人が多くいる可能性があるのが気掛かりです(そもそも1978年暮に改革開放経済が始まって40年弱、「六四天安門事件」の後、トウ小平氏による「南巡講話」(1992年)で市場経済の重要性を再認識してから25年しか経過していないので、特にそれ以前に教育を受けた人の中には、そもそも「自由主義経済」がどういうものかをわかっていない人が意外に多い、というのが、二回の北京駐在を通じて得た私の中国の人々に対する素直な印象です)。

 この一週間、国慶節の連休中、中国全土のマンション市場でマンションがどれだけ売れたか(順調に売れたか、意外に売れ行きがよくなかったか)が気になるところです。もっとも、もし仮に「マンション市場での売れ行きが意外に低調だった」ことが事実だったとしても、党大会が終わるまでは、そうしたことは報道されないと思いますけどね。

 マンション市場の動向は、中国の新聞等では報道されないとしても、国際的な商品市況(鉄鉱石、原料炭、スクラップ、銅、アルミなど)に現れて来ますし、中国市場でビジネスを行う諸外国の企業のビジネスに必ず影響が出てきますから、そういった国際商品市況や中国でビジネスを行う外国企業からの情報発信には注意深くアンテナを張っておく必要があると思います(今、上海株式市場は「国家隊」(政府系ファンドなど)による買い支え等でコントロールされているので、上海の株価を見ていても、おそらく現状はよくわからないと思います)。

(注)人民元の対米ドル相場と「アメリカ国債の金利が不自然に上昇していないか」を見るのも、ひとつの「手」かもしれません。アメリカ国債の最大の保有者は中国ですが、「マンション価格の下落=資本の外国への流出圧力の増大」により人民元安圧力が強まった場合、人民元安を防ぐために中国当局が「米ドル売り・人民元買い」の為替介入を行おうとすれば、手持ちのアメリカ国債を売却して米ドル資金を得る必要があるからです(中国が米国国債を大量に売却すれば、米国国債の価格は下落(金利は上昇)します(結果としてドル高になる))。2017年10月2日(月)にテレビ東京で放送された「Newsモーニング・サテライト」でソシエテ・ジェネラル銀行の鈴木恭輔氏は、去年(2016年)後半のドル高局面で中国の米国国債保有額が大きく減少していることを指摘した上で「9月ドル高の影に北京あり」と述べていました。

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