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2017年7月15日 (土)

劉暁波氏死去を機に中国情報発信の「自主規制」を考える

 一昨日(2017年7月13日)、2010年にノーベル平和賞を受賞した中国の劉暁波氏が死去しました。劉暁波氏は、1989年の「六四天安門事件」の運動に参加したほか、2008年には「零八憲章」を中心となって発表しました。私は「零八憲章」がネット上で発表された2008年12月9日には、たまたまこの頃駐在していた北京を離れて日本に一時帰国していました(2008年12月11日には北京に戻りました)。そのため、「零八憲章」が発表された時のネット上での状況を日本からと北京からと両方から見ることができました。この数日間、中国人民は「零八憲章」を次々と極めて多くのサイトに転載しましたが、中国当局はそれを執拗に削除し続けました。最終的には中国当局の削除が勝って、中国国内からは「零八憲章」を見ることはできなくなりました。

 この間、中国の検索エンジンでは「零八憲章」と入力すると「関係法令に基づき検索結果は表示できません」と表示され、容易にネット上で「零八憲章」のありかを探すことはできませんでしたが、例えば「零八県長」(中国語で「県長」と「憲章」は同じ発音)などと「同音異義語」で検索すると探し当てることができる時期がありました。

 私は発表当日は日本にいた、という幸運もあって、この時期「零八憲章」の原文をネットで見ることができましたので、自分のパソコンにコピーすることができました(コピー元のサイトを翌日訪れると既に削除されていました)。そういった事情を基にして、このブログ内で下記の記事を書きました(左の「バックナンバーの目次」をクリックして、当時の日付を探せば、今でも読むことができます)。

○2008年12月14日付け記事「2008年12月前半のできごと」

 この記事の中で私は「零八憲章」のことを「例の文書」と書いた上で、下記のような説明書きを加えました。

「『例の文書』の正式名称は『零戦』『八方』『憲男』『章節』の前の文字を組み合わせたもの(四文字)です。」

 なぜこういう書き方をしたかというと、この記事は北京からアップしたのですが、「零八憲章」と明記すると、中国当局による「キーワード・スクリーニング」でブログへのアップができない、またはアップできたとしてもブログが閲覧できなくなる、といった事態になるおそれがあったからです。上に書いた「憲章」を「県長」と表現するやり方も「キーワード・スクリーニング」をかわす技法の一つですが、こういった「技法」は、中国の人はよく知っています。

 この日のタイトルを「最近の中国における民主化へ向けた動き」とはせずに「2008年12月前半のできごと」としたのも、わざと「なんだかわらかないタイトル」にしておいた方が目立たないので、アクセス制限されることもないだろうと考えたからでした。

 中国のネット上のアクセス制限は、日によって、状況によって刻々変化します。上の記事でも書いたのですが、「零八憲章」がネット上に流されるようになって、それまで中国国内からもアクセス可能だったBBCの中国語サイトは閲覧できなくなりました。

 私は、「零八憲章」が発表されてから8か月後の、2009年7月に日本に帰国しましたが、それまでの間、「零八憲章」の中国語の本文は持ってはいましたが、その日本語訳をこのブログにアップしようとは思いませんでした。なぜなら、私はZビザ(駐在員ビザ)をもらって北京に駐在していましたので、あからさまに中国当局に刃向かうような「零八憲章」の日本語訳のアップをすると、ヘタをするとZビザの失効命令を食らい、結果的に職場に迷惑を掛けることになると思ったからです。

 中国では、今回の劉暁波氏の死去に関するニュースでも報道されているように、中国当局に都合の悪い外国のテレビ放送(例えばNHK国際放送)に対しては「検閲ブラックアウト」(当該ニュースに関連する部分のみテレビの信号を遮断する)が行われます。たまに中国に出張に来る人がこの「NHKに対する『検閲ブラックアウト』」を見ると、相当ショックを受けるようですが、このテレビの「検閲ブラックアウト」は、中国に駐在している駐在員に対しても、やはり「中国当局は恐いところだ」という印象を与えるのに十分です。

 日本人と言えども、中国国内にいる限り、日本政府は中国政府を無視して助けに来てはくれません。日本のパスポートの裏表紙に「日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する。」と書いてあるように、日本人であっても中国国内にいる限り、保護する責任は中国政府にあります(日本政府は中国政府に「保護を要請」することができるだけ)。中国国内にいる以上、例え日本人であっても、中国政府の意向に反する行動に出れば、その人は中国政府から保護を受けることはできなくなってしまうのです。

 といった事情があるので、中国と関係する仕事をしている人は、例え、日本にいる時であっても、中国政府にあからさまに逆らうような言動はできません。ビジネス機会を失うかもしれないし、最悪の場合は、次回仕事で中国に行ったときに入国拒否されるかもしれないからです。

 なので、私は「零八憲章」の日本語訳は、日本に帰国した後、劉暁波氏がノーベル平和賞を受賞した機会である2010年10月16日にこのブログにアップしました(このブログの2010年10月16日付け記事「『08憲章(零八憲章)』全文の日本語訳」参照)。

 今、グーグルやヤフーで「08憲章」(または「零八憲章」)「日本語訳」と入力して検索しても、このブログの2010年10月16日付けでアップした文章をはじめとする個人がアップしたと思われる日本語訳が数件出てくるだけです。このブログの訳は常にトップかその次の位置でリストアップされます。私は日頃から、「零八憲章」は世界的にも有名なのに、なんで日本語訳の載っているサイトがこんなに少ないのかなぁ、と感じているのですが、たぶん、報道機関や中国研究者は、中国当局から「嫌がらせ」を受けるのがイヤなので、「零八憲章」全文の日本語訳の掲載といったあからさまに中国当局の意向に逆らうようなことはできないのでしょう。そういった中国当局のやり方はケシカラン、と思っていたとしても、例えば中国への駐在員ビザを出さない、(報道機関なら)記者会見の場に入れない、(研究者なら)シンポジウムなどに参加させない、といった「嫌がらせ」を受けたら、報道や研究といった「本来業務」ができないからです。なので、報道機関や研究者は、「自らの考え方は絶対に曲げない」という信念は持ちながら、中国当局による「嫌がらせ」によって自分の本来業務に支障が出ないように、常にギリギリの判断をしながら中国に関する情報発信をしているのだと思います。

 そういった報道機関や中国研究者の行動を「中国当局の意向を忖度するとはケシカラン」と批判することは容易ですが、中国の実情を正確に伝えようとしている報道機関や中国研究者が中国当局からの「締め付け」とそれをかいくぐってなんとか自らの主張を情報発信しようとする努力を日々必死に続けていることを、報道機関や中国研究者の中国情報に関するレポートを読む際、常に認識しておく必要があると思います。

 私は今、日本に帰国しており、中国と関係した仕事もしていませんので、フリーな立場でものが言えるので、今回、劉暁波氏の死去に関連して様々な報道がなされている中で、中国関連情報を発信する側が「やむを得ない自主規制」をやらざるを得ない状況があるのだ、ということを多くの人に知ってもらいたくて、今日の記事を書かせていただきました。こういった情報発信における「自主規制」がある、という実情を考えると、残念ながら中国当局が行っている「検閲」も一定の効果を発揮している、と言わざるを得ないと思います。

(注)私は今「フリーな立場」ではありますが、中国と今も仕事をしている後輩たちや一緒に仕事をしてきた人たち(日本人も中国人も)に迷惑を掛けてはならない、という観点から、例えば誰かに聞いた話であっても、誰から聞いたのかはわからないようにする、といった「自主規制」は私も今でもやっていることは御承知おきくださいませ。

 なお、そもそも中国の報道機関は、当局の意向に反する報道をすると「編集長の更迭」などがあるので、日常的に強力な「自主規制」をやっているのですが、そうした中で常に「認められる報道のギリギリの線」を追いかけながら報道をしているところもある点は改めて認識すべきだと思います。劉暁波氏のノーベル平和賞受賞の際、劉暁波氏が授賞式に出席できなかったことについて、「空の椅子」と「鶴」が写った写真を一面トップに掲載した「南方都市報」の件をここで改めて書いておきたいと思います。詳しくは、このブログの2010年12月19日付け記事「『南方都市報』の『空椅子』と『鶴』の写真」を御覧ください。劉暁波氏の名前は、中国当局の報道規制により、実際、中国の人々の間でも知らない人は多いとは思いますが、例えテレビのインタビューで聞かれて「私は知らない」と答えた人であっても、実際は知っている人はたぶん意外に多いのだ、ということは忘れてはならないと思います。

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