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2017年7月

2017年7月29日 (土)

今年「中国共産党大会前の経済の過熱」は許されるのか

 最近になって「現在の中国経済は『順調』という領域を超えて『過熱』しているのではないか」との見方が出ています。中国の今年(2017年)の経済成長目標は「6.5%前後」ですが、今年の第一四半期と第二四半期のGDP成長率は、ともに6.9%で目標を上回っています。中国政府が発表するGDPのデータは「信用できない」との見方も強いので、多くの人が外国との関係で「ゴマカシ」が難しい貿易統計や中国で実際にビジネスを展開している外国企業の決算発表における中国ビジネスの状況に注目しています。

 世界鉄鋼協会が発表したところによると、今年(2017年)1月~6月の中国の粗鋼生産高は対前年比4.6%増の4億1,975万トンで過去最高だった、とのことです(この時期の世界全体の粗鋼生産は対前年比4.5%増の8億3,603万トンなので、中国が粗鋼生産において世界全体の50.2%を占めたことになります)。この状況について、7月24日に記者会見した日本鉄鋼連盟の進藤孝生会長(新日鉄住金社長)は「中国経済がやや過熱している。ソフトランディングができるか関心を持って見ている」と語ったそうです(以上、2017年7月25日付け日本経済新聞朝刊3面記事「中国の粗鋼生産最高に 1~6月 鉄余りを市場警戒」による)。

 中国では去年(2016年)の全人代では、中国経済が高度成長経済期から「新常態」の時代に入っているとして、鉄鋼、石炭、セメント等の業界の過剰生産設備の削減が重要な課題として議論されました。その後確かに鉄スクラップを溶かして成形した品質の粗悪な「地条鋼」と呼ばれる鉄鋼の生産工場に対する取り締まりはかなり進んでいるようですが、全体として鉄鋼生産量が増え続けているのでは「過剰生産能力の解消」という去年の政策目標は達成されていないと批判されても仕方がないでしょう。まるで政府の政策に対して現場では「政府は『生産能力を削減せよ』と命じたけれども『生産量を削減せよ』とは言わなかったもんね」と舌を出しているように見えます。

 さらに今年(2017年)4~6月期の日本やアメリカの企業の中国におけるビジネスが極めて順調であることが各企業の決算報告で明らかになってきています。今朝(2017年7月29日(土)付け朝刊)の日本経済新聞7面には「中国復調、好決算の波 インフラ需要後押し 秋以降に失速懸念も」という記事が載っており、4~6月期、例えばコマツが中国事業で建機の売り上げが2倍になったことなどを紹介しています。7月28日(金)付け日経新聞17面の記事では、日立建機が2017年4~6月期の中国での売り上げ高が前年同期の2.2倍に上ったことを伝えています。また、7月26日(水)放送のテレビ東京「Newsモーニング・サテライト」では、アメリカの建機大手・キャタピラーが発表した4~6月期の決算でも中国の需要増加が牽引役だったことを伝えていました。

 習近平政権になってから中国は「新常態」を強調し、経済成長率はそれほど伸びない現状を中国の人々に納得させることに躍起になっていた感がありますが、ここに来てまるで「高度経済成長の再来」を思わせるような状況になっています。中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」では、習近平政権の「功績」を強調する一環として、高速鉄道や巨大な橋などのインフラ投資が進んでいることを盛んに伝えています。中央電視台は、中国経済がインフラ投資によって強力に進んでいることをむしろ肯定的に伝えようとしているようです。

 実際、上記に書いたように建設機械系の日米の会社の売り上げが順調に伸びていることから、インフラ投資が中国経済を牽引しているのは事実だと思います。ただ、強力に進められるインフラ・プロジェクトの資金は地方債の発行にしろ銀行借入にしろ「借金」でまかなわれているのでしょうから、結局のところ「中国共産党大会の勝利開催」のお題目の下、「『新常態』の成長率」「鉄鋼等の生産能力の調整」「むやみな債務拡大の抑制」といった政府の目標は、政府自らが消し飛ばしてしまっているように見えます。

 こうした経済の過熱は、十年前の党大会の直前にもありました。ちょうどほぼ10年前の2007年7月22日にこのブログに書いた記事「中国の経済成長はまだ過熱状態」を読み返すと、2007年における目標成長率は8%であったのに対し、2007年第一四半期は11.5%、第二四半期は11.9%の「過熱状態」であったことがわかります。「党大会を前にして中国経済が『過熱』するのはいつものこと」と見ることもできますが、2007年の時は中国はまだ高度経済成長のまっただ中におり、2008年の北京オリンピック、2010年の上海万博を前にして全速力で走っていた時期なので「過熱」も大目に見ることができたと思いますが、本来もっと「落ち着いた経済」であるべき2017年も「過熱」しているのはよくないと思います。特に10年前、2007年の党大会前には、まだ「理財商品」「影の銀行」の問題は起きていませんでしたし、地方政府の「融資平台」もありませんでしたし、リーマン・ショック後の「4兆元の経済対策」で膨れあがった過大な生産設備もありませんでした。

 上に紹介した日本鉄鋼連盟の進藤孝生会長のコメントも今日(7月29日)付け日経新聞の記事の見出しも「中国共産党が開かれる秋以降の不安」に言及しています。

 それに加えて、実は私が一番気にしているのは、今の中国政府に「現在の経済の過熱状況を適切に抑制するつもりがあるのか」という懸念です。2007年~2008年の時期に私は北京に駐在していましたが、当時の中国政府は、明らかに2007年10月の党大会前に過熱した経済が特に北京オリンピック終了後に急速にしぼむことをかなり警戒していました。党大会前からマンション・バブルの抑制のための様々な施策を講じていました。一方で、2007年の党大会が終わり、上海株がピークを付け、不動産価格が下がり始めた時には、株を買い支えたり、マンション価格下落対策を打ったりすることはあえてしませんでした。私はその時この当時の中国政府の政策については「北京オリンピック終了後にバブルが大きくはじけることを避けるために、北京オリンピック前にはあえて『プチ・バブル』は潰しておこうとしているのだ」と感じました。

 この頃(2008年前半頃)の「プチ・バブル潰し政策」に対しては、中国国内からはかなり不満があったようです。当時、私の耳には、金融政策の中心人物である周小川中国人民銀行総裁の「更迭説」が入って来たのですが、実際は周小川氏は更迭されず、中国政府の政策はぶれませんでした(北京オリンピック終了直後、アメリカ発のリーマン・ショックによって中国の「プチ・バブル潰し政策」は「大型経済対策路線」に大逆転していくことになりますが、これは外的原因によるものであり、中国政府の責任ではありません)。

 それに対し、現在の習近平政権は、4月に新都市計画「雄安新区」の構想をぶち上げるなど、「バブルは小さなうちに潰す」どころか「バブルはもっと大きなバブルで解決する」という方向に向いているように見えます。国内外から信頼の厚い周小川中国人民銀行総裁についても、年齢を理由に来年(2018年)3月の全人代で退任、という観測も出ているようです(2017年7月7日(金)放送のテレビ東京「Newsモーニング・サテライト」内の「チャイナNowCast」のコーナーでのSMBC日興証券の平山広太氏の解説)。

 それと、今、中国には「人民元の先安感」があります。これも2007年と2017年の大きな違いです。

 重複しますが、まとめると以下の4点により、今年(2017年)の「中国共産党前の経済過熱」は2007年の時と比べて非常に危険である、と私は考えています。

○2007年の中国は「高度経済成長期」にあり、ある程度の「経済の過熱」は許された(「過熱」の反動による少々の下ブレがあっても経済成長のプラスは維持できた)が、2017年には中国は既に「新常態」期にあり、「過熱の反動の経済下押し」があると成長がマイナスになる危険性があり、そうなった場合には社会不安が引き起こされるおそれがある。

○2007年には「理財商品」「影の銀行」「地方政府の借金」は既に存在していたかもしれないが規模はそれほど大きくなく問題とはなっていなかったのに対し、2017年には「大きな債務の存在」は多くの人の懸念材料となっている。少なくとも2007年時点で中国政府は「金融リスク」についての懸念を公言していなかったが、2017年時点では中国政府自身が「金融リスク」の存在を認識しており、「金融システム・リスクを顕在化させないこと」が重要な政策課題であることを公言している(それほど2017年の「金融リスク」は2007年に比べて実際に大きいのだと考えられる)。

○現在の習近平政権には「少々苦しい場面があったとしてもバブルは小さいうちに潰しておくべきだ」という姿勢が見られない。(むしろ政府とは独立して金融政策を実行できる(と多くの人から信頼されいている)周小川中国人民銀行総裁に退任の観測がある。官僚機構を率いて経済政策をリードしてきた李克強総理にも国務院総理退任(全人代常務委員長就任?)の可能性すらある)。

○2007年の時点では2008年の北京オリンピック、2010年の上海万博等のビック・イベントを見据えて、将来の中国の経済成長を見込んだ資金の流入圧力(=人民元の先高感)があったが、2017年の時点では中国の経済成長の鈍化を見込んだ資金の流出圧力(=人民元の先安感)がある。このため、2017年の時点では、中国経済の先行き不安が起こると、急速な資金の国外流出を呼び、中国経済の下押し圧力がさらに強化される可能性がある。

 こうした問題点は、中国政府自身がわかっていると思います。なので本来は、今年は「中国共産党大会前の経済の過熱」はできるだけ小さく抑制したかったのだろうと思います。しかし実際には「党大会前の経済の過熱」は抑制できませんでした(政府発表は6.9%の成長ですが、これは「6.5%前後」という年間目標から見た「想定の範囲内」と見せるための「作られた数字」である可能性があり、実際はこの数字より過熱している可能性があります(中国でビジネスを展開している日米の企業の決算を見て私はそう感じました)。

 これから中国共産党大会での人事の「根回し」を行う「北戴河会議」が行われ、まだ開催時期は未公表ですが秋頃には中国共産党大会が開かれます。ちょうどこの頃、アメリカとヨーロッパの金融当局の政策転換もありそうです。少なくとも2007年~2008年の頃と比較して、2017年~2018年の中国経済と世界経済はより緊張感を持って見ていく必要性があると私は感じています。(と私が書いているように、今、世界の多くの関係者が2008年秋に起きたリーマン・ショックのことを思い返して、相当に慎重に身構えていることが唯一の救いでしょう。2007年~2008年の頃はほとんどの人は「無防備」で、そのためにリーマン・ショックで大きな痛手を負いましたから、その頃と今とではだいぶ違うと思います。ただ、日本時間今日(2017年7月29日)未明、北朝鮮が2回目のICBMの発射実験をやったのにも係わらず史上最高値を更新したニューヨーク・ダウに見られるように、今、世界の中に「慎重に身構えている」とは思えない部分もあることはちょっと心配です)。

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2017年7月22日 (土)

全国金融工作会議と中国の金融を巡る現在の状況

 先週(2017年7月14~15日)、習近平国家主席が出席して全国金融工作会議が開かれました。全国金融工作会議は、1997年から5年に一度、中国共産党大会を前にして開催されています。報道によると、昨年秋にも開かれる予定だった、という話もあるようですが、今回は党大会にかなり接近した時点で開かれました(前回の2012年の全国金融工作会議は1月に開かれている)。

 この会議で、前々から問題になっていた政府の金融関係の規制組織(証券、銀行、保険を監督する委員会がそれぞれ存在する)の縦割り問題を解決するため、国務院に金融安定発展委員会(中国語では「金融穏定発展委員会」)を設置することが決まりました。私は、現在ある証券、銀行、保険を監督する3つの委員会を廃止して「金融安定発展委員会」を新たに作るのかと思ったのですが、どうも従来の証券、銀行、保険の監督委員会はそのままにして、それらを調整する委員会を上に作る、という話のようです。「屋上屋」のような組織を作って、それでうまく機能するのかなぁ、と心配になります。

 それはともかく、この会議で、習近平主席は、以下のように発言し、地方政府の債務問題に対処する決意を示しました。

○金融は国家の重要な核心的競争力であり、金融安全は国家安全の重要な構成部分である。

○システミック金融リスクの発生を防止することは、金融行政の永遠のテーマである。

○国有企業のレバレッジ率の低下は重要な課題の中でも重要なものであり、「ゾンビ企業」の処理をうまく進めなければならない。

○各レベルの地方の党委員会と地方政府は、「政治上の成績」に対する正しい見方を確立し、地方政府債務が増えることを抑制しなければならない。地方政府幹部は(任期が終わったら終わりではなく)終身にわたって業務を調査され責任を問われる。

 これらの発言は、地方の党幹部と地方政府幹部が自らの「政治上の成績」(中国語では「政績」)を上げるために、リスクを顧みず、借金をしてプロジェクトを行うとともに、失業者を出すことを恐れて赤字を垂れ流す「ゾンビ企業」を借金をして生き長らえさせていることが、地方政府の債務を拡大している、という問題点を習近平主席自らちゃんと認識していることを意味しています。

 昨年末(2016年12月)の「中央経済工作会議」の主要議題の一つは「不動産バブルのリスクの防止」でした(このブログの2016年12月18日付け記事「中国不動産バブルに関する中央経済工作会議の議論」参照)。また、今年の全人代の主要なテーマの一つも「金融リスクの防止」でした(このブログの2017年2月11日付け記事「『金融リスクの防止』は2017年の中国のキーワード」参照)。中国共産党中央も金融安全を重視して対応を議論してきました(このブログの2017年4月29日付け記事「中国共産党政治局で金融安全について議論」参照)。

 しかしながら、現実問題として、スピードは鈍ったとは言え、マンション建設への投資は続いており、高速鉄道や地下鉄等のインフラ投資は高度なレベルを維持しています。全人代で議論された今年(2017年)の経済成長率の目標は「6.5%前後」でしたが、2017年第一四半期と第二四半期の経済成長率はともに6.9%でした。たぶんこれは、中国政府が年初に想定していたものより「スピードが出すぎている」のだと思います。おそらく中国政府の現在の状況は「問題の所在は認識しているが、必ずしもその問題にうまく対処できていない(適切な程度にブレーキを掛けることができていない)」といったところだと思います。

 先々週(2017年7月8日)このブログで「またぞろ『中国の理財商品は大丈夫なのか』という話」という記事を書きました。その中に出てくる「人民日報」ホームページの「財経」のページの中にある「人民信金融」のページにある理財商品のリストのうち「定期」というジャンルのものは、先々週、このブログを書いた時に募集されていたものが売り切れた後は、新しい理財商品は掲載されていません。私みたいな者が「党の機関紙たる人民日報という権威ある公的機関のホームページ内に『理財商品』を宣伝・販売するサイトがあっていいのかなぁ」と思うくらいですから、中国内部でも問題になっているのかもしれません。もしかすると、中国共産党中央は、直属の「人民日報」の内部すら適切にブレーキを掛けることができていないのかもしれません。

 また、私は、最近、中国の巨大企業を巡る動きになんだかよくわからないものが出てきているのが気になっています。一つが、「敵対的買収」の騒動を起こされた不動産最大手・万科集団の件です(「週刊東洋経済」最新号(2017年7月29日号)の中国動態「万科の王石薫事長去る 勝者なき買収戦の結末」参照)。もう一つは、中国当局から銀行に信用リスクを調べるよう指示が出されたため借入金返済のためホテルとテーマパークの大半を売却すると発表した大連万達集団(ワンダ・グループ)の件です(2017年7月21日(金)放送・テレビ東京「Newsモーニング・サテライト」の「中国NowCast」のコーナーなどで報道された)。

 これらの動きは、中国当局が巨大企業が行うリスクの高い買収等に対して監督を強化していることを示しているのであり、政府としての健全な対応だ、と見ることもできるでしょうし、今回の一連の当局の動きにより、今まで自由奔放に活動してきた不動産関連企業(及びそこに融資してきた銀行群)が慎重になって、不動産市況に変化が出る切っ掛けになるかもしれない、と見ることもできるのかもしれません。私は新聞やテレビ、雑誌で見る報道以上のことは知りませんが、上に書いた企業は、いずれも北京駐在時に見掛けた大きなビル上に看板が掲げられているような私でも知っている有名な大きな会社なので、今、中国で何かが変わりつつあるのかなぁ、と感じてしまうのでした。

 それと、昨日(2017年7月21日)、ネット上のニュースで「中国人民銀行が7月17~21日の週、定例の公開市場操作(オペ)を通じて5,100億元の資金を市場に供給したが、この規模は1月16~20日の週以来の大きさだった」というのが流れたのも私はちょっと気になっています。1月16~20日は春節直前の時期で、この時期、各企業は従業員に「春節手当(日本の年末ボーナスに相当)を支払わなければならないし、春節前に売掛金の回収をしようと思う企業も多いと思うので、この時期に中国人民銀行が市場に供給する資金の額が膨れあがるのは不自然ではありません。でも、今の時期(7月後半)は、なんで市場への資金供給を大きくする必要があるのかなぁ、というのが私の疑問です。もしかすると、8月上旬の「北戴河会議」、その後の中国共産党大会開催日程の公表、そして秋の中国共産党大会開催へ向けて、各企業が行っているプロジェクトの進捗や従業員への給与の支払いが滞らないように、という政治的な意図の下で中央銀行による市場への資金供給が増やされているのかなぁ、などと勘ぐったりしています。

 いずれにせよ、経済の動きが、経済の自然な流れではなく「秋の中国共産党大会が終わるまで、経済に変調を来してはならない」という政治的意図によってコントロールされているのだとしたら、よくないと思います。

 また、もし仮に中国の人々の多くが「今のマンション建設投資やインフラ建設投資は中国共産党大会前後がピークで、その後は減少する可能性がある」と思っているのだとすると、この秋(中国共産党大会の開催時期)の前に償還期限が来る「理財商品」なら買いたいと思うが、償還期限がこの秋の向こう側(年末ないし来年初以降)になっている「理財商品」は買うのはやめておこう、と思うのではないか、ということが私は気になっています。今、もし仮に、過去の理財商品の利子支払いが新規で理財商品を買う人が払い込む資金でまかなわれるいわゆる「自転車操業」状態になっているのだとしたら、こうした人々の「理財商品」購入の行動パターンは「自転車操業状態」を破綻させてしまうおそれがあるのではないか、と思うからです(中国人民銀行による資金供給の増大が「理財商品の償還請求に対処するため」という理由ではないと信じたいところです。もしそれが理由ならば「バブルの崩壊」が始まっていることを意味しますから)。

 今年も「北戴河会議」(通常、8月第一週に開催)の時期になりましたが、これから実際に中国共産党大会が開催され、終了していく過程で、中国経済がどういうパフォーマンスを示していくのか、かなり注意深く見ていく必要があると思います。

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2017年7月15日 (土)

劉暁波氏死去を機に中国情報発信の「自主規制」を考える

 一昨日(2017年7月13日)、2010年にノーベル平和賞を受賞した中国の劉暁波氏が死去しました。劉暁波氏は、1989年の「六四天安門事件」の運動に参加したほか、2008年には「零八憲章」を中心となって発表しました。私は「零八憲章」がネット上で発表された2008年12月9日には、たまたまこの頃駐在していた北京を離れて日本に一時帰国していました(2008年12月11日には北京に戻りました)。そのため、「零八憲章」が発表された時のネット上での状況を日本からと北京からと両方から見ることができました。この数日間、中国人民は「零八憲章」を次々と極めて多くのサイトに転載しましたが、中国当局はそれを執拗に削除し続けました。最終的には中国当局の削除が勝って、中国国内からは「零八憲章」を見ることはできなくなりました。

 この間、中国の検索エンジンでは「零八憲章」と入力すると「関係法令に基づき検索結果は表示できません」と表示され、容易にネット上で「零八憲章」のありかを探すことはできませんでしたが、例えば「零八県長」(中国語で「県長」と「憲章」は同じ発音)などと「同音異義語」で検索すると探し当てることができる時期がありました。

 私は発表当日は日本にいた、という幸運もあって、この時期「零八憲章」の原文をネットで見ることができましたので、自分のパソコンにコピーすることができました(コピー元のサイトを翌日訪れると既に削除されていました)。そういった事情を基にして、このブログ内で下記の記事を書きました(左の「バックナンバーの目次」をクリックして、当時の日付を探せば、今でも読むことができます)。

○2008年12月14日付け記事「2008年12月前半のできごと」

 この記事の中で私は「零八憲章」のことを「例の文書」と書いた上で、下記のような説明書きを加えました。

「『例の文書』の正式名称は『零戦』『八方』『憲男』『章節』の前の文字を組み合わせたもの(四文字)です。」

 なぜこういう書き方をしたかというと、この記事は北京からアップしたのですが、「零八憲章」と明記すると、中国当局による「キーワード・スクリーニング」でブログへのアップができない、またはアップできたとしてもブログが閲覧できなくなる、といった事態になるおそれがあったからです。上に書いた「憲章」を「県長」と表現するやり方も「キーワード・スクリーニング」をかわす技法の一つですが、こういった「技法」は、中国の人はよく知っています。

 この日のタイトルを「最近の中国における民主化へ向けた動き」とはせずに「2008年12月前半のできごと」としたのも、わざと「なんだかわらかないタイトル」にしておいた方が目立たないので、アクセス制限されることもないだろうと考えたからでした。

 中国のネット上のアクセス制限は、日によって、状況によって刻々変化します。上の記事でも書いたのですが、「零八憲章」がネット上に流されるようになって、それまで中国国内からもアクセス可能だったBBCの中国語サイトは閲覧できなくなりました。

 私は、「零八憲章」が発表されてから8か月後の、2009年7月に日本に帰国しましたが、それまでの間、「零八憲章」の中国語の本文は持ってはいましたが、その日本語訳をこのブログにアップしようとは思いませんでした。なぜなら、私はZビザ(駐在員ビザ)をもらって北京に駐在していましたので、あからさまに中国当局に刃向かうような「零八憲章」の日本語訳のアップをすると、ヘタをするとZビザの失効命令を食らい、結果的に職場に迷惑を掛けることになると思ったからです。

 中国では、今回の劉暁波氏の死去に関するニュースでも報道されているように、中国当局に都合の悪い外国のテレビ放送(例えばNHK国際放送)に対しては「検閲ブラックアウト」(当該ニュースに関連する部分のみテレビの信号を遮断する)が行われます。たまに中国に出張に来る人がこの「NHKに対する『検閲ブラックアウト』」を見ると、相当ショックを受けるようですが、このテレビの「検閲ブラックアウト」は、中国に駐在している駐在員に対しても、やはり「中国当局は恐いところだ」という印象を与えるのに十分です。

 日本人と言えども、中国国内にいる限り、日本政府は中国政府を無視して助けに来てはくれません。日本のパスポートの裏表紙に「日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する。」と書いてあるように、日本人であっても中国国内にいる限り、保護する責任は中国政府にあります(日本政府は中国政府に「保護を要請」することができるだけ)。中国国内にいる以上、例え日本人であっても、中国政府の意向に反する行動に出れば、その人は中国政府から保護を受けることはできなくなってしまうのです。

 といった事情があるので、中国と関係する仕事をしている人は、例え、日本にいる時であっても、中国政府にあからさまに逆らうような言動はできません。ビジネス機会を失うかもしれないし、最悪の場合は、次回仕事で中国に行ったときに入国拒否されるかもしれないからです。

 なので、私は「零八憲章」の日本語訳は、日本に帰国した後、劉暁波氏がノーベル平和賞を受賞した機会である2010年10月16日にこのブログにアップしました(このブログの2010年10月16日付け記事「『08憲章(零八憲章)』全文の日本語訳」参照)。

 今、グーグルやヤフーで「08憲章」(または「零八憲章」)「日本語訳」と入力して検索しても、このブログの2010年10月16日付けでアップした文章をはじめとする個人がアップしたと思われる日本語訳が数件出てくるだけです。このブログの訳は常にトップかその次の位置でリストアップされます。私は日頃から、「零八憲章」は世界的にも有名なのに、なんで日本語訳の載っているサイトがこんなに少ないのかなぁ、と感じているのですが、たぶん、報道機関や中国研究者は、中国当局から「嫌がらせ」を受けるのがイヤなので、「零八憲章」全文の日本語訳の掲載といったあからさまに中国当局の意向に逆らうようなことはできないのでしょう。そういった中国当局のやり方はケシカラン、と思っていたとしても、例えば中国への駐在員ビザを出さない、(報道機関なら)記者会見の場に入れない、(研究者なら)シンポジウムなどに参加させない、といった「嫌がらせ」を受けたら、報道や研究といった「本来業務」ができないからです。なので、報道機関や研究者は、「自らの考え方は絶対に曲げない」という信念は持ちながら、中国当局による「嫌がらせ」によって自分の本来業務に支障が出ないように、常にギリギリの判断をしながら中国に関する情報発信をしているのだと思います。

 そういった報道機関や中国研究者の行動を「中国当局の意向を忖度するとはケシカラン」と批判することは容易ですが、中国の実情を正確に伝えようとしている報道機関や中国研究者が中国当局からの「締め付け」とそれをかいくぐってなんとか自らの主張を情報発信しようとする努力を日々必死に続けていることを、報道機関や中国研究者の中国情報に関するレポートを読む際、常に認識しておく必要があると思います。

 私は今、日本に帰国しており、中国と関係した仕事もしていませんので、フリーな立場でものが言えるので、今回、劉暁波氏の死去に関連して様々な報道がなされている中で、中国関連情報を発信する側が「やむを得ない自主規制」をやらざるを得ない状況があるのだ、ということを多くの人に知ってもらいたくて、今日の記事を書かせていただきました。こういった情報発信における「自主規制」がある、という実情を考えると、残念ながら中国当局が行っている「検閲」も一定の効果を発揮している、と言わざるを得ないと思います。

(注)私は今「フリーな立場」ではありますが、中国と今も仕事をしている後輩たちや一緒に仕事をしてきた人たち(日本人も中国人も)に迷惑を掛けてはならない、という観点から、例えば誰かに聞いた話であっても、誰から聞いたのかはわからないようにする、といった「自主規制」は私も今でもやっていることは御承知おきくださいませ。

 なお、そもそも中国の報道機関は、当局の意向に反する報道をすると「編集長の更迭」などがあるので、日常的に強力な「自主規制」をやっているのですが、そうした中で常に「認められる報道のギリギリの線」を追いかけながら報道をしているところもある点は改めて認識すべきだと思います。劉暁波氏のノーベル平和賞受賞の際、劉暁波氏が授賞式に出席できなかったことについて、「空の椅子」と「鶴」が写った写真を一面トップに掲載した「南方都市報」の件をここで改めて書いておきたいと思います。詳しくは、このブログの2010年12月19日付け記事「『南方都市報』の『空椅子』と『鶴』の写真」を御覧ください。劉暁波氏の名前は、中国当局の報道規制により、実際、中国の人々の間でも知らない人は多いとは思いますが、例えテレビのインタビューで聞かれて「私は知らない」と答えた人であっても、実際は知っている人はたぶん意外に多いのだ、ということは忘れてはならないと思います。

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2017年7月 8日 (土)

またぞろ「中国の理財商品は大丈夫なのか」という話

 私は中国国内で販売されている「人民日報」の記事を読むために、毎日「人民日報」のホームページを見ています。「人民日報」を購読していなくても記事を読むことができるので便利なのですが、それと併せて「紙版」の人民日報をPDFで見られるページがあり、見出しや写真の位置や大きさもわかるので重宝しています。「人民日報」のホームページには、このほかにもいろいろな記事が掲載されています。

 他の国の様々なホームページと同様に、「人民日報」のホームページもしょちゅう「模様替え」をします。以前は、「人民日報」のホームページのトップから「理財」というページを開けるようになっていました。「理財」は、中国語で「資産運用」といった意味の言葉ですが、ここのページを開くと、上海株式市場の総合指数のリアルタイムのグラフが見られたり、金融関係の記事、マンション販売動向に関する記事などが見られたのでした。

 しかし、2015年に上海株式市場で「株バブル」がはじけたあたりから、上海総合指数のリアルタイム表示のグラフが見られなくなり、そのうち「理財ページ」自体がなくなりました。その後、「人民日報」ホームページのトップからは「財経」という名称のページに入れるようになり、そこに金融関係、不動産市況関係の記事が載るようになりました(上海総合指数のリアルタイム・グラフは復活しませんでしたが)。私は、2013年6月頃、中国の「理財商品」や「影の銀行」の問題がクローズアップされたこともあり、「理財」という単語のイメージがあまりよくない、との判断で「財経」というページ名に変えたのかなぁ、と思っていました。

 ところが最近、「人民日報」ホームページ・トップから入れる「財経」ページのトップに「理財」というページに入れる入口ができました。私はてっきり以前あった「理財」のページと同じように金融とか経済関係の記事をまとめたサイトかなぁ、と思っていたのですが、実際に入ってみると「理財商品」の宣伝サイトのような場所でした。このページに入ると、理財商品のリストが載っています。例えば、「○○○の××号:予定金利年率6.80% 期限:258日 最低募集価格10,000元 24.48%販売済み」などと書かれたすぐ右に「今すぐ購入する」というボタンが付いていたりします。

 私は「これって、経済ニュースのサイトじゃなくて、単なる『理財商品』の宣伝サイトじゃない」と思っていたのですが、今日(2017年7月8日)アクセスしてみたら、この「理財」サイトは、「人民信金融」というサイト名に変更になっていました。「人民日報」ホームページ内の「理財」サイトという名称では、以前あった記事を集めたサイトと誤解されるので、「記事を掲載するサイトではなく理財商品を紹介するサイトですよ」とわかるように名称変更をしたのかもしれません。

 それでもやはり私には「中国共産党の機関紙である『人民日報』のホームページ内に『理財商品』の宣伝サイトがあって、そこに『理財商品』のリストがあって『今すぐ購入する』というクリック・ボタンが付いたりしていていいのかなぁ」と思えます。

 この「人民信金融」のページのトップに「このページについて」というボタンがあったので見てみたら、「このページは『人民信金融資産平台』のサイトであり、人民日報社が主宰し、人民網(人民日報ホームページ)と中信資産管理有限公司の傘下にある中信恒達支付有限公司とが共同で運営管理しているものです」との説明がありました。私の感覚からしたら、人民日報社がこういう「商売」をやってもいいのかなぁ、という感じもするのですが、中国の公的機関では「予算が足りない分は自分で稼げ」とよく言われるようなので、こういうのも「あり」なのかもしれません。

 「理財商品」は、元本が保証されていないリスクのある金融商品ですが、人民日報ホームページのトップページから2クリックで入れて、しかも「ここは人民日報社が主宰している『人民信金融資産平台』のサイトです」と言われたら、中国人民は「そらなら安心だ」と思って「理財商品」を買うのではないかなぁ、と私は非常に心配になります。

 2013年6月頃に「理財商品」の問題がクローズアップされた頃にも散々言われたのですが、この「理財商品」って「期間が短すぎ」「利率が高すぎ」な印象を強く受けます。今日見たサイトには、上に書いた「期間258日、予定金利年率6.80%」のほかに「期間180日、予定金利年率6.50%」「期間90日、予定金利年率6.00%」というのもありました。実質GDP成長率6.5%前後、消費者物価指数上昇率が1.5%程度の現在の中国において、どういうところに投資するとこれだけ短期間でこれだけ高い利率が得られるのでしょうか。

 私は「理財商品」を買う気はさらさらないので、上記のページのさらに奥に入って「運用方針」とか「目論見書」とかいったものを見たわけではないので、この「理財商品」のリスクについて判断する材料は持ち合わせていません。

 ただ、2013年7月に放送されていた日経CNBCの番組で紹介されていた「理財商品」の例では、運用方針として「(1)高流動性資産0~80%、(2)債権類資産0~80%、(3)その他資産・資産ポートフォリオ0~80%」としか書かれていませんでした。それを聞いて日経CNBCコメンテーターの岡村友哉氏が「衝撃的なざっくり感ですね」と言っていたのが印象に残っています。

 「理財商品」で集められた資金が最終的に何に投資されているのかは、実際はよくはわからないようですが、仮に、例えば最終的にマンション建設等に使われているのだとしたら、投資資金が回収されるまでには数年単位以上の長い期間が掛かることから、通常の感覚から言ったら短期間の理財商品でその資金を賄うのは適切ではありません。また、鉄道、地下鉄などのインフラ投資に使われているのだとしたら、資金回収に時間が掛かる上に、黒字経営になって投資資金がきちんと回収できるかどうかすらわからないことになります(前にも書きましたが、例えば、高速鉄道網は、北京-上海線以外は、今のところ赤字のようです)。ということは、期間が1年以内の「理財商品」の利息は新しく理財商品を買った人からもらった資金で払い戻されている可能性があります。これって、「普通の国」なら「出資法違反」になるような行為なのではないでしょうか。

 このブログで2013年7月頃にも書いたのですが、中国の経済学者ですら、「理財商品」の問題点を認識していました(参考:このブログの2013年7月10日付け記事「中国金融改革:『人民日報』に『正論』」)。しかしながら、こういった中国国内での問題意識にも係わらず、問題はあまり改善していないようです。それどころか、ここへ来て「人民日報」ホームページ内に「理財商品」を宣伝販売するようなサイトができたことは、中国当局が少なくとも今年秋の中国共産党大会の前に「理財商品」の問題が顕在化しないように、中国人民に新規の「理財商品」の購入を勧めるような動きをしていることを示しているのではないか、と私は疑っています。

 今日、私が2013年6月頃に話題に上った中国の「理財商品」を再び取り上げた理由は、上に書いたように「人民日報」ホームページ内に「理財商品」を扱うサイトを見つけたことと合わせて、今、これから、2013年6月頃に起きたことと同じようなことが起こる可能性があるからです。

 2013年5月22日、アメリカFRBのバーナンキ議長(当時)は、議会証言で当時行っていた量的緩和第三弾の規模を縮小させること(いわゆる「テーパリング」)の可能性を示唆する発言を行いました。当時「アベノミクス」により急ピッチで上昇を続けていた日本の日経平均株価は翌5月23日大暴落を起こしました。アメリカ国債の金利は上昇し、新興国からアメリカへの資金の回帰が起こって、世界の金融市場は混乱しました。そうした状況の中で、中国においては「理財商品」「影の銀行」のリスクがクローズアップされたのでした。この時の世界の金融市場の動揺は「バーナンキ・ショック」とか「テーパー・タントラム」とか呼ばれました(「タントラム」とは「かんしゃくを起こす」の「かんしゃく」)。

 今、先月(2017年6月14日)、アメリカFRBは四回目の利上げを決めるとともに「量的緩和」で積み上がった資産の縮小方針を示しました(縮小開始時期は未定)。また6月27日のECB(ヨーロッパ中央銀行)ドラギ総裁の発言が「量的緩和の縮小を示唆した」と受け取られ、イギリスやカナダの中央銀行からも利上げの可能性についての発言があったことから、各国の国債の金利が急上昇しました。つられて日本国債の金利も急上昇したことから、金利を低く抑えたい日本銀行は昨日(2017年7月7日(金))、日本国債買い入れの「指し値オペ」を実施し同時に国債購入増額を発表しました。これらの動きを見ると、今、世界の金融市場では、新たな「タントラム」の現象が起きつつある可能性があります(ここ数週間起きている株式市場の上げ下げの繰り返し、または同じ国の株式市場内での主要株と新興株の逆行現象について、要注意の現象だ、と指摘する人もいます)。

 私が心配しているのは、中国が「今年秋の中国共産党大会終了までは経済を混乱させられない」という事情の下、世界の金融市場で「タントラム現象」が起きた際に柔軟な対応をとることができずに「ちからずく」の対応を採るのではないか、そのことがよくない結果をもたらすことはないか、という点です。そうした中、「人民日報」ホームページ内に、中国人民に対して、「理財商品をもっと買いましょう」と宣伝するようなサイトがあることは、ちょっとマズイではないか、とも思っています。後で「理財商品」に何らかの問題が生じた時に、中国人民の怒りが「人民日報」に向かい、そして結果的には中国共産党に向かう可能性があるからです。

 2015年の「上海株バブル」の時は、中国当局は恥も外聞もなく「ちからずく」で「株価対策」を実施しました。それでなんとかなったのだから、例えば理財商品で何か問題が起きて、中国当局が「ちからずくで」それに対応しても、結局は何とかなるのではないか、と楽観的に考える人もいるようです。私はそれほど楽観的にはなれませんが、「結局なんとかなる」結果になって欲しいと思います。

 なお、中国当局の対応を「ちからずく」と批判するのはよいとして、日本銀行の「指し値オペ」も「ちからずく」なのではないか、との批判があることも申し添えておきます。ただ、私は、個人的には、中国当局の「ちからずく」の中には、例えば「悪意ある株の空売りは犯罪と見なす」と言って犯罪取り締まり部署が出てくる部分もあるので、中国の「ちからずく」のレベルは日本銀行の「ちからずく」のレベルとでは全く次元が異なるものである、と考えております。

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2017年7月 1日 (土)

香港の「一国二制度」の歴史的意味

 今日(2017年7月1日)、香港はイギリスの植民地から中華人民共和国の一部として返還されてから20年目の節目の日を迎えました。北京から習近平主席が香港入りして、記念式典等が行われました。習近平主席は演説で香港における「一国二制度」を維持する考えを改めて示しました。

 香港における「一国二制度」(香港は中華人民共和国の一部ではあるけれども、高度な自治を認め、資本主義制度と集会、出版の自由等を認める)は、イギリスとの中英共同声明で合意したものですので、北京政府が中英共同声明でうたわれている2047年までは「一国二制度」を維持する考えであることは間違いないと思います。問題は、2047年以降も「一国二制度」が維持されるかどうか、ですが、私は現時点では、「2047年以降は香港での『一国二制度』は維持されないだろう」と考えています。その理由は以下のとおりです。

○中国経済にとっての香港の経済的重要性の低下

 1978年末に「改革開放政策」を始めて外国との経済活動をスタートさせた中国は、当初は外国企業(及び台湾の企業)とのパイプがほとんどなかったことから、中国大陸部の経済発展において、香港が果たした「仲介役」としての役割は非常に大きいものがありました。しかし、中国がGDP世界第二位の経済大国となった今日、中国の企業が直接外国企業と関係を持つことは既に一般的なことになっているし、台湾の企業の大陸での活躍も「ごく普通のこと」になっています。そうした現状において、香港の外の世界との「仲介役」としての役割の重要性は、ゼロにはなってはいませんが、香港返還が決まった1980年代に比べると相当に低下していると思われます。

○アジア経済におけるイギリスの遺産としての香港の地位低下

 (これは中国の問題ではなく元宗主国のイギリス側の問題なのですが)2016年のイギリスのEU離脱決定により、おそらくはロンドンのヨーロッパ経済の中心としての地位は低下するでしょう。香港はシンガポールとともに、大英帝国の植民地だった頃に築かれた「アジア経済におけるイギリス企業(特に金融業)の拠点」として大きな役割を継承して現在でもアジア経済において大きな役割を果たしていますが、今後、世界経済の中において果たすイギリス企業(特に金融業)の地位が低下するのであれば、香港がアジア経済において果たす役割も小さくなっていく可能性があります。

○香港における「一国二制度」が将来の台湾と大陸との統一に役立つ見通しが現時点では全く立っていないこと

 香港返還交渉時に中国の当時の最高実力者であったトウ小平氏が考えていたことは、香港において「一国二制度」がうまく機能するのであれば、台湾も香港の制度の延長線上に位置付けることにより、台湾と大陸との平和的な統一が実現できるのではないか、ということだったと思います。香港の「一国二制度」がうまく行く(=香港市民や香港に立地する企業が「一国二制度」をよい制度だと感じる)のであれば、おそらくは台湾の人々や台湾企業も同じような制度を受け入れることに抵抗しないのではないか、という考え方です。

 しかし、香港の人々はイギリスの植民地であった頃と比べて政治的な自由度が増えていない一方で、香港経済が中国大陸部の人や企業にコントロールされる度合いが強まった、という不満を募らせているようです。

 2014年の香港での「雨傘運動」は香港の現状を変えることはできませんでしたが、おそらくは台湾の人たちに「香港の『一国二制度』を台湾に適用されてはたまらない」という気持ちを強くさせたことは間違いないと思います。香港の「雨傘運動」の直後に台湾で行われた2014年の地方選挙で大陸との関係改善を目指す国民党は大敗し、結局は2016年の総統選挙では、大陸との関係では一線を画する方針の民進党の蔡英文氏が当選しました。現時点(2017年の時点)においては、「香港の『一国二制度』の現状はむしろ台湾と大陸との距離を縮めることを阻害している」と言った方が正しいかもしれません。

 「香港における『一国二制度』は台湾統一には役に立たない」と北京政府が考えるのであれば、北京政府が香港において「一国二制度」を維持するメリットの中の最も重要な部分は消滅することになります。

 そもそも現在の中国経済全体は「持続可能な状態」ではないように見えるので、2047年までの間には中国経済の大規模な変動は避けられないと思います。もしそうなれば、北京政府周辺で、政治的な大変動が起こるかもしれません。そうした経済的・政治的大変動の中において、香港が経済的な繁栄を維持し続けられるのか、そうではなく、台湾の人々が「やはり香港と違って台湾は大陸とは切り離された存在でよかった」と感じるような状態になるのか、がポイントになると思います。香港市民や香港の企業が「一国二制度」でよかったと感じられないのであれば、「一国二制度」は、香港市民からも、台湾の人々からも、そして結局は北京政府からも「結果的に役に立たなかった制度」として歴史の中でその役割を終了させられることになるのだと思います。

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