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2017年6月10日 (土)

中国によるアメリカ国債購入と「コナンドラム」との関係

 6月6日(火)、10年物アメリカ国債の金利が低下しました。よくある日々の金利の上下動のひとつですが、これに関し、6月7日(水)にテレビ東京「Newsモーニング・サテライト」の中でニューヨーク証券取引所からレポートしていた大和証券キャピタル・マネジメント・アメリカのシュナイダー恵子氏は、「中国による米国国債の追加購入観測の報道により金利が下がった」と伝えていました。

 今、6月13~14日に開かれるアメリカのFOMC(連邦公開市場委員会)で追加利上げの実施が確実視される中、アメリカ国債の金利が上がらない(むしろ低下傾向にある)状況が生じています。2004~2006年の利上げ時にも同様の現象が起きましたが、この時、当時のFRB議長のグリーンスパン氏はこの現象を「コナンドラム(理解できないナゾ)」と表現しました。そのことを引き合いに出して、現在のFRB議長のイエレン氏にちなんで現在の状況を「イエレン・コナンドラム」と表現する人もいるようです。

 アメリカ長期国債の金利は、アメリカ経済の先行きの見通しはもちろん、国際情勢やアメリカ国内の政治情勢によっても上下しますので、単純に「謎解き」をすることは困難ですが、現在のアメリカ国債の最大の保有者が中国(日本が二番目)であることを考えると、中国によるアメリカ国債の購入動向がアメリカ国債の金利に大きな影響を与えていることは間違いないと思います。

 単純化すれば、「アメリカ経済で景気がよくなりつつある(FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)は利上げをしようとする)」→「アメリカの産業活動が活発になり『世界の工場』である中国から輸入する製品が増える」→「中国の貿易黒字が増える」→「貿易黒字によって増えた外貨準備を運用するため中国はアメリカ国債の購入を増やす」→「アメリカ国債の金利が下がる」という図式になります。もし本当にこういう図式が成り立つならば、FRBが利上げをする状況になった場合にアメリカ国債の金利が低下するのは、「コナンドラム(ナゾ)」でもなんでもなく「当然の帰結」ということになります。

 アメリカでトランプ氏が大統領選挙で当選して以降のここ7か月間のアメリカ10年物国債の金利動向と中国の動向を見ると大まかにいって以下のような状況になっています。

【2016年11月初~2017年第一四半期】

中国の人民元の対米ドル・レートは低下傾向にあり、中国当局は強力に「人民元買い・外貨売り」の為替介入を行っていた模様。その原資とするために中国は保有していたアメリカ国債を売っていた模様で、中国の外貨準備は減少した(3兆ドルギリギリまで減った)。この間、アメリカ国債10年物の金利は1.85%から2.60%まで上昇した。

【2017年第一四半期~現在(2017年6月初)】

中国は強力な資本管理を実施して人民元の国外流出を抑えることに成功し、人民元の対米ドル・レートは下げ止まった(むしろ人民元高がジリジリと進行)。このため中国当局による為替介入は減った模様。他方で中国の輸出は対前年度で大幅に回復しており、外貨準備にも余裕ができて、2017年2月~5月は四ヶ月連続で外貨準備は増加している。(たぶん中国によるアメリカ国債の売却は減少(場合によっては買い増している可能性あり))。アメリカでは、2015年12月に引き続いて2016年12月と2017年3月に追加利上げし、6月にも追加利上げすることが確実視されているのに、アメリカ国債10年物の金利は2.60%から2.15%程度にまで低下した。

 上に書いたようにアメリカ国債の金利は様々な要因で変動しますが、ここ7か月間の状況を鑑みれば、「中国がアメリカ国債を売却する傾向があるとアメリカ国債金利は上昇し、その逆だと低下する」という図式は、かなり単純に当てはまっているように見えます。

 アメリカ国債は、中国が最大の保有者であるとは言え、日本や世界各国の公的機関や機関投資家、企業・個人が持っていますので、中国による購入・売却だけを取り出して議論するのはおかしいと思いますが、私が気にしているのは、中国による購入・売却の「動機」が他のアメリカ国債保有者とは異なるのではないか、という点です。

 基本的に、民間の機関投資家や企業・個人は、運用目的でアメリカ国債を保有していますので、金利動向やその時点での価格を考慮して、運用成績(=儲け)が最大になるようにアメリカ国債を売ったり買ったりすると思います。各国の公的機関は、「運用成績がよくなるように」という発想に加えて、自国経済や世界経済の安定化のために必要と考える場合にアメリカ国債を売ったり買ったりします。

 どの国の公的機関も時々の自国政権の都合を「忖度」することもあるかもしれませんが、公的機関の資産は基本的にはその国の国民の財産であり、公的機関が運用成績や経済へのインパクトを無視してその時の政権を利するような「御都合主義」の運用を行う場合には、世論の反発が起こります。

 一方で、中国の場合、経済や金融を担当する部署は(中国人民銀行も含めて)全て中国共産党の指導下にあります。中国当局及び中国の公的機関が世界経済の流れに反して、中国共産党政権に都合のよい政策を採ったとしても、当局や公的機関に対する反対世論は起こりません(というか、そうした世論を起こすことは許されていない)。

 中国経済や世界経済にとってよくない政策を採れば、結局は中国経済が悪化し、中国共産党政権に対する中国人民の反発が強まりますので、長期的視点から見れば、中国当局と言えども中国共産党政権にとって都合のよい「恣意的な」政策ばかりを採用することは困難です。しかし、短期的視点で見れば、中国当局は、「中国経済や世界経済にとってはマイナスだけれども、中国共産党政権にとってプラスになる政策」を採ることはありえます。人民元をIMFによるSDR(特別引き出し権)対象通貨に採用させるため、人民元レートの基準値を市場に合わせる形で変更した2015年8月の政策変更の例はその典型例です。「人民元をIMFのSDR対象通貨にする」という政治目的のためのこの変更は、「世界同時株安」という形で世界経済を揺るがせました。2015年夏、上海株バブルがはじけた時、中国共産党政権に対する人民の反発を避けるために実施された強力な(強引な)「株価下支え対策」もその典型例のひとつだと言えます。

 今の中国当局の喫緊の(短期的な)目的は、中国経済の改革でも、世界経済への貢献でもなく、今年(2017年)秋に開かれる中国共産党大会を順調に開催させるため、なんとしても中国共産党大会終了までは経済を下押しさせるような事態にはしないこと、です。「2017年秋まで中国経済を下押しさせないこと」は一見世界経済全体にとってもプラスとなる目的のように見えますが、「現在の経済の状況如何に関係なく『とにかく経済を減速さないようにすること』」という目的達成のため、例えば必要以上に公共投資という「カンフル剤」を打ち続ける、とか、国有企業や政府系ファンドの総力を結集して株価が下がらないように買い支える、とか「中国共産党大会終了後になるとツケが回って来るような政策」が党大会までは実施が継続されることになる可能性があります。

 「中国によるアメリカ国債購入」について見ると、秋の中国共産党大会終了までは、「資本管理強化による人民元の海外流出を阻止する」「アメリカの利上げに対抗してアメリカ国債を購入することによってアメリカの金利上昇を阻止する(=アメリカの利上げ継続により人民元が対ドルで安値方向に動いて人民元の先安感が出ることを阻止する)」政策が続く可能性があります。逆に言うと、秋の中国共産党大会が終わると、これらの政策が終了して「人民元の対ドル・レートが急落する」「中国によるアメリカ国債の購入が減るのでアメリカ国債金利が急騰する」可能性があります。また、公共事業が縮小されて中国の景気が一気に冷え込み、結果としてそれが世界経済によくないインパクトを与える可能性があります。

 中国当局の関係者には優秀なエコノミストがたくさんいるので、経済の実情に逆らった無理な経済政策は採りたくない、と思っている人もたくさんいると思います。しかし、中国当局の担当者にとっては「長期的観点で中国経済の改革を進めること」よりも「とにかく中国共産党大会開催の前に経済の下押しは起こせない」というプレッシャーの方が強いと思うので、「後からツケが回って来ることはわかっているが、中国共産党大会までの期間は無理してでも経済を減速させない経済運営を続けてしまう」のではないか、というのが今私が最も心配している点です。

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