« 全人代を経て経済政策の「調整」は進むか | トップページ | 中国不動産バブルと中国共産党大会のタイミング問題 »

2017年3月11日 (土)

中国経済と法的安定性との関係の問題

 今開かれている中国の全人代(第12期全国人民代表大会第五回会議)では「民法総則(草案)」の議論がなされています。報道によると中国は2020年をメドに民法典を制定する予定で、今回の「民法総則(草案)」はそれへ向けての議論の一つのステップだと考えられています。

 そもそも中華人民共和国は革命によってそれまでの社会制度を破壊した上に建国された国ですし、建国後も例えば文化大革命の時期(1966年~1976年)など法律を無視したような政治が行われてきた時期もあったので、他の国に比べて法律の体系的整備が遅れているのはやむを得ないことだと思います。

 例えば、住宅用マンションの売買などは1990年代から行われていましたが、土地の私有が認められていない中国において、購入したマンションに関する権利(土地については土地使用権)が法的に明示的に規定されたのは、2007年の全人代で制定された「物権法」によってでした。中国の場合、実態上のビジネスがまず先行し、それに合わせるように法律を後から制定する、ということがよくあります。その一環として、複雑な経済活動が発展する中、個人の財産権等を含め、様々な民事上の権利関係を整理するため、現在、包括的な民法典の制定を目指しているのだと思います。

 翻って日本を見てみると、日本で民法が制定されたのは1896年(明治29年)でした。その後、様々な具体的ケースに関する裁判の判例も積み重なっているので、日本における民法上の権利関係は社会の中で既に安定的に確立されていると言ってよいと思います(もちろん社会の変化に応じて、日本の民法も改正がなされてきていますが)。

 毎週土曜日のお昼過ぎにNHK総合テレビで「バラエティー生活笑百科」を放送しています。「笑百科」と銘打っていますが、中身は民法上のトラブルについて回答者が回答し最後に弁護士が解説する、という番組で、法律的には結構高度なものも含まれていると私は思っています。私はこの番組を見るたびに、こうした法律知識に関する案件を「バラエティー」と称して笑って勉強できるテレビ番組があることについて、「日本はテレビ番組の作り手も視聴者の側も法律問題に関するレベルが結構高いよなぁ」と感心するのでした。

 中国で暮らしたり中国の会社と仕事をしたことのある人なら誰でもわかると思いますが、中国においては、ある案件について法律上はどう判断されるのか、人によって言うことが違ったり、地域によって違ったり、時期によって違ったりします。「中国は急速に発展している最中の社会なので、法制度もどんどん変わっていくのだ」と言えばそれまでですが、中国でビジネスをやる際にはこの「法的安定性」の問題が日本と中国とでは全然違う、という点を念頭に置く必要があります。

 日本を含め、欧米型民主主義の政治体制を採る先進国にあっては、国民や会社の権利や義務に関する規定は、全て議会で議決された法律に基づきます(アメリカの大統領令など法律に基づいて大統領(行政府)に国民の権利義務に関する決定権限を委任しているケースもありますが、それは例外的なもの)。従って、個人や会社の権利義務に関する法律が変更されるためには、法律の改正案が議会に提案され、一定の時間を掛けて議会で議論がなされる必要があります。なので、権利義務に関する法律が変更される場合には、国民は一定の時間的余裕を持ってそれを前もって知ることができるので、何らかの準備をすることが可能です。

 中国もタテマエ上は法律に基づいて行政が行われ、法律は全人代が決めるのですが、国民や会社の権利義務に関する規定の多くは行政府に決定権限が委任されているほか、重要事項は全て中国共産党が決めるので、国民生活にとって重大な事項が突然中国共産党の会議で決まったりします。

(例1)日本の場合「国民の祝日」は国会の議決を経た法律で決められますが、中国の場合は行政府の一部である国務院が決めて発表します(毎年12月に翌年の祝日を発表します)。例えば、中国では、清明節、端午節、中秋節は2009年から休日になったのですが、この決定が発表されたのは2008年12月でした。なので、私の勤めていた事務所では職場の年間休日計画は毎年年末に決めていました(中国のカレンダー業者がどうしているのかは、私は知りません)。

(例2)中国の場合「議会の審議を経ないで突然決まる」ことはよくあります。例えば、2008年の北京オリンピック期間中、交通量を減らすため、ナンバープレート末尾の偶数奇数によって市内を走れる車を制限しましたが、この措置が発表されたのは実施される二週間前でした。その期間中仕事で使う車の確保に苦労したのを覚えています(中国でビジネスをやる際には、常にこうしたリスクがあることを認識する必要があります)。

(例3)日本でも報道されたとおり、「一人っ子政策の終了」(こどもは二人目までを持つことを認める)は2015年秋の中国共産党大会で決まりました(法律上は、2015年12月27日の全人代常務委員会で決まり、2016年1月1日から施行された。日本等では重要な法律の場合、一般国民が混乱しないように一定の期間「周知期間」を置いてから施行することが多いのですが、中国の場合は「決定してすぐに施行」という例が結構あるので、この点も中国でビジネスをやる際には要注意)。

(注)中国の全人代の全体会議は年一回(最近は通常3月に行われる)ですが、多くの法律は全人代常務委員会(通常偶数月の最終週に開かれる)に決定が委任されています。全人代常務委員会で決定された法律が翌年3月の全人代全体会議の前に施行されることもあるので、この点も要注意です。

 中国のこうした法律制定と施行のやり方は、「情勢の変化に迅速に対応することが可能」というメリットもあるのですが、中国でビジネスをやる観点からは「制度が予想もしていなかったように突然変更されてしまう」というリスクもあります。中国企業の経営判断の決定スピードが速いのは、こうした中国の政策決定の特性も背景にあると私は思っています。

 中国に限らず、経済・社会が発展途上にある国においては、このように「制度が突然変わってしまう」ことは結構あります(2016年11月にインドのモディ首相が突然高額紙幣の廃止を宣言したのはその一例)。発展途上にある国においてはやむを得ない面もあるのですが、やはりビジネスの観点から言ったら「法的安定性」は重要です。中国は既に世界第二位の経済規模を誇るほど大きな国になったのですから、法律を決める際には時間的余裕をもって広く告知することや、決めてから施行するまでの「周知期間」の重要性をもっと認識するようになって欲しいと思います。それも重要なビジネス上の環境整備の一環だと私は思います。

(参考)アメリカのトランプ大統領は「大統領令」を連発していますが、こうしたやり方は、アメリカ社会の「法的安定性」に疑問符を投げかけ、長期的に見れば、多くの企業に「アメリカはいつ法制度が変わるかわからないのでビジネスがやりにくい」と思わせることになり、アメリカ経済にはマイナスになると思います。

|

« 全人代を経て経済政策の「調整」は進むか | トップページ | 中国不動産バブルと中国共産党大会のタイミング問題 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 全人代を経て経済政策の「調整」は進むか | トップページ | 中国不動産バブルと中国共産党大会のタイミング問題 »