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2017年2月 4日 (土)

中国における最恵国待遇・内国民待遇の歴史

 アメリカのトランプ大統領は声高に「アメリカ人を雇え!」と叫んでいます。私は1990年代末にアメリカ駐在をしていますが、アメリカでは、全ての企業は人を雇う場合、「性別、年齢、人種、宗教、国籍で差別してはならない」ということに細心の注意を払っていました。採用試験を受けに来て落ちた人が「差別で就職を断られた」と裁判に訴えるリスクを常に意識しているからです。そのアメリカの大統領に「雇用に当たってはアメリカ国籍の人を優先しろ!」と主張されると、私は「わけわからん」状態になってしまいます。

 そもそも現代国際社会においては、その国の法律を遵守する限りにおいて、外国人や外国企業であっても自国民や自国企業と同様に適切な保護が与えられることが大原則になっています。また、状況において外国人や外国企業に対して一定の規制を掛けることもあり得ますが、その際も国によって差別しないことが大原則です(例えばA国人やA国の企業はOKだけど、B国人やB国企業はダメ、といった恣意的な規制を掛けてはならない)。これらの原則は「内国民待遇」(内外無差別:原則としてその国の国民と外国人とを差別しない)と「最恵国待遇」(ある国に対しては原則として他の最も優遇された国に与えられたのと同様の待遇を与える(=国によって差別しない))と呼ばれます。

 「最恵国待遇」と「内国民待遇」は、基本的に国と国との間の条約で決められますが、日本の場合は、19世紀半ば、幕末に欧米列強各国と結んだ「和親条約」と「修好通商条約」がこれらを定めた条約の「はしり」でした。

 「最恵国待遇」は「国によって差別しない」ことなので、発展初期の段階の国においても比較的受け入れられやすいのですが、「内国民待遇」の方は、遅れた自国民が進んだ外国人より不利な立場に置かれやすい、という理由で、当初は認められないことが多いようです。幕末の修好通商条約でも外国人の通行できる範囲は開港された港の周辺に限られ、外国人は日本人と同じようには行動できませんでした。

 日本と中華人民共和国とは1972年に国交が樹立しましたが、当初は日本人は中国人と同じようには中国国内を移動することはできませんでした。私が最初に訪中した1983年2月の時点では、外国人が自由に移動できる範囲(外国人開放区)は、例えば北京においては北京の市街地部分だけでした。盧溝橋(北京の西南にある)の西詰めの場所には「ここから先は外国人は立ち入り禁止」という立て札が立てられていて、人民解放軍の兵士が銃剣を持って見張っていました(その脇を中国の人たちは、立て札の下を全く気に掛けずに行き来していました)。

 1980年代は、中国では、経済活動でも明確な「内外差別」がありました。外国人は、中国人が使う貨幣の「人民元」は持つことは原則認められず、外貨から兌換した「外貨兌換券」しか持つことが許されませんでした。「外貨兌換券」は外国人専用の商店やホテルでしか使えませんでしたから、外国人は買い物をする場所も限られていました。(もっとも、「外貨兌換券」の方が「輸入品が買える」というメリットがあったので、中国人用の商店でもむしろ喜んで受け取ってくれたので実際には中国人用の商店でも買い物はできたんですけどね。またそうした中国人用の店で高額の「外貨兌換券」で買い物をすると、おつりは通常の「人民元」で返ってくるので、実際は外国人の手元にも「人民元」は入って来ました)。

 北京市内の外国人専用の商店「友誼商店」に行くと、入口に係の人が立っていて、中国人が店の中に入らないように見張っていました。私の場合は顔を見ただけでは中国人か日本人か区別が付かないらしく、「友誼商店」の入口の係の人からよく「何しにきた」という目でじジロリを見られたことがありました。そういう時は、日本のパスポートを見せると、途端に「いらっしゃいませ」というニコニコした顔になって入れてくれたのを覚えています。「外国人排撃」とは全く逆の現象なんですけど、中国人と外国人とで差別する、っていうのは、よくないよなぁ、とその時感じたことを覚えています。

 また、1980年代には中国には「外国人値段」というのがあり、例えば一羽30元の北京ダックを買おうとしてこちらが外国人だとわかると「50元だ。30元では外国人には売れない。」と言われることもありました(外国人は金持ちだから、外国人からはお金はたくさん取れるはずだ、という発想です)。

 2007年に二回目の北京駐在を始めた時には、個人レベルの活動における「内外差別」は基本的には消えていました。軍事施設周辺など特殊な場所を除けば「外国人が行ってはいけない場所」はなくなっていましたし、「外貨兌換券」は1995年に廃止されていました。100元札を持って行けば、外国人だろうと中国人だろうと全く同じように扱ってくれるようになっていたのです。(ただし、それは個人の生活上の話であって、外国企業による投資や営業活動などに対する制限は現在の中国でもまだまだ多いのが現状です。だいたいフェース・ブックやツィッターが中国では認められていない(それに代わる中国系企業のSNSが発達している)ことを見てもわかるように、企業経済活動の面での「内外差別」は現在の中国には厳然と存在しています)。

 なお、1986~1988年と2007~2009年の二回の北京駐在を通して、「最恵国待遇」になっていなかった事例(例えば、アメリカならOKだけど、日本だからダメといったケース)は、思い浮かびません(逆の例として、1980年代、対共産圏輸出統制(いわゆる「ココム」)のため、日本からアメリカへの輸出は自由だけれど、日本から中国への輸出には制限が掛かる、といった品目があり、中国側が日本に不満を述べる例はありました(特に1987年に発生した「東芝機械ココム事件」は、対ソ連輸出で問題が起きたのに、対中国輸出でも輸出審査が厳しくなって事件に無関係な中国が迷惑を被った、という事例でした))。

 こういった私の経験からすると、ある国が「内外差別」を実施するのは、その国の発達が初期段階であるからであるので、「内外差別の存在」はその国の後進性を意味する、という印象があります。ですので、世界で最も進んだ国であるはずのアメリカの大統領が堂々と「(実質的に)内外差別をするぞ!」と叫んでいることには、無茶苦茶違和感を感じます。

 さらに「最恵国待遇」は、日本では江戸幕府が当時の国際社会から教えられた「近代国際社会の大原則」です。それなのにトランプ大統領は「メキシコや中国からの輸入には他の国とは異なる高い関税を掛けるぞ!」と主張しているわけで、これは日本で言えば江戸時代以前に戻るとんでもない時代錯誤であると言えます。(アメリカが「最恵国待遇」を無視するなら、仮に中国が政治的問題で日本だけをターゲットにした経済的規制を掛けてきたとしても文句が言えなくなってしまいます)。

 私はこのブログで、中国政府が採る様々な「国際的ルールとは異なるやり方」に対して批判的なことを書いてきましたが、もしトランプ大統領が主張していることを本当にアメリカが実行するならば、中国政府の政策の問題点など全く「取るに足らない小さな問題」ということになってしまいます。世界をリードするはずのアメリカが国際社会の土台となる大原則を破壊してしまうことがないよう、世界各国は協調して対応する必要があると思います。

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