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2017年1月21日 (土)

中国経済はもはや「無視してよい『空気抵抗』」ではない

 斜面や空気中を移動する物体の運動に関する高校の物理の試験問題ではよく「斜面と物体との摩擦は無視する」「空気抵抗は無視するものとする」といった設定がなされます。これは試験問題は学生が力学の基本的原理を理解しているかどうかを問うものであって、複雑で中身がよくわからない摩擦現象や空気抵抗を考慮すると、問題が解けなくなってしまうからです。

 しかし、実際の物体の運動に関しては、「斜面と物体との摩擦」や「空気抵抗」は、大きな存在であり、時としてこれらは運動の状況を決める際に致命的な役割を果たすファクターだったりします。しかし、試験問題で「摩擦や空気抵抗は無視する」というものが多いためか、多くの人が「現実の摩擦や空気抵抗も無視して構わないほど物体の運動に与える影響は小さい」と誤解しているフシがあります。

 昨今、特にトランプ氏が大統領選挙で当選して以降、トランプ氏の政策を1980年代のレーガン政権と比較するなど、「世界経済における中国経済が与える影響」について無視した議論を多く見かけます。1980年代、1990年代、2000年代、2010年代のそれぞれのステージで、世界経済における中国経済の比重は急速に重くなってきており、1980年代には中国経済の影響を無視することは可能だったとしても、現在は中国経済を無視することは不可能です。中国経済を無視した議論は、たぶん、誤った結論を導きます。

 やっかいなことに、中国経済は「自由主義経済における常識的プレーヤーとは異なるルールで動くプレーヤーの集合体」です。中国の国有企業は「株主の利益を最大限にする」ことを目的としていない場合が多く、時として「企業としては損失を出してでも雇用の最大化を目指す」といった行動を取ります。また、各レベルの政府の政策の目的も「住民の福利を最大限にすること」ではなく「地方政府幹部の中国共産党内部における昇進」が最大の目的だったりします。

(注)欧米や日本等の「自由主義経済圏」の企業の行動の目的も、必ずしも「株主の利益を最大限にする」ことではなく、「当面の損失は覚悟しながら市場におけるシェア拡大を目指す」とか「社長の野望を実現する」だったりするので、そう単純でありません。また、民主主義国家の政治リーダーの目的は「選挙で勝つこと」であり、「住民の福利を最大限にすること」は、その手段に過ぎないことには留意する必要があります。

 「通常とは異なるルールでプレーするプレーヤーの集合体」である中国経済も、1980年代のように、その規模が非常に小さい時には無視することは可能だったと思います。でも、現在の中国のGDPは世界第二位であり、中国経済は「無視することができない」どころか「中国経済がどういうリアクションを起こすか」は、各国の経済政策を実行する上において、効果を左右する重要なファクターになったと言えるでしょう。

 ところが、中国経済は「統計が信用できない」「経済政策の目的が『国民の福利の向上』ではなく『中国共産党による政権の維持』であるためどういう政策を採るのか予測が難しい」といった外からはわかりにくいものになっているため、摩擦や空気抵抗ではないけれど「複雑で中身がよくわからないので影響は少ないだろうと勝手に推測して無視してしまう」ことがよくあります。

 昨年(2016年)11月8日のアメリカ大統領選挙でトランプ氏が当選して以来、アメリカ国債長期金利の上昇とドル高が続いています。このドル高により、人民元安を避けたい中国当局が外貨準備として持っているアメリカ国債を売っている、という議論があります。これは実は、中国からの資金流出による人民元安を避けたい中国当局が為替介入をする原資にするために手持ちのアメリカ国債を売却しており、そのためにアメリカ国債の金利が上がり、その結果としてドル高になっているのかもしれません。「中国当局の動きの影響は無視できるほど小さい」と考えれば、ドル高は中国の為替介入の原因と考えてよいのですが、「中国の影響が支配的である」と考えれば、ドル高は中国の為替介入の結果と考えるべきです。

 今年(2017年)に入って、10年ごとに繰り返す世界経済の危機についての議論をよく聞きます。1987年にはブラック・マンデーがあり、1997年~1998年には「アジア通貨危機」「ロシア危機」があり、2007年~2008年には「パリバ・ショック」「リーマン・ショック」がありました。それぞれの時点での中国経済の状況を考えると、「これらの10年ごとの世界経済の危機の原因のひとつに中国の状況がある」と考えるのは適当ではないと私も思います。しかし、西暦下一桁が7の年は「中国の政権中間期における中国共産党大会が開かれる年」であることが「単なる偶然の一致」なのかそれとも何らかの因果関係があるのかについて慎重に議論する必要があるのではないかと私は考えています(1980年代は胡耀邦・趙紫陽の政権、1990年代は江沢民政権、2000年代は胡錦濤政権、2010年代は習近平政権)。

 各政権の中間期において「7の付く年」に行われる中国共産党大会で各地方政府幹部の「中間評価」がなされてそれが中国共産党内部での人事に反映されることになります。中国の地方政府幹部は、経済実態とは関係なく、自らの任期中のイメージをアップするためのプロジェクトに投資する傾向がある、とよく言われます。それが中国経済において「7の付く年」に向けてバブルを膨らませるひとつの原動力になっている可能性があります。

 今年(2017年)後半には第19回中国共産党全国代表大会が開かれますが、その党大会へ向けて「今、中国は無理して経済を『ふかして』いないか?」という視点で注視することは重要だと思います。

 ちなみに、前回の「7の付く年」の2007年に私は北京に駐在していましたが、この年の第17回中国共産党全国代表大会は10月15日~21日に開かれました。上海株式市場の上海総合指数はこの党大会の期間中にピークを付け、リーマン・ショック前の2008年8月には約三分の一になりました。マンション価格は、私の記憶では2007年の年末頃がピークだったと思います。

 今回(2017年)の場合、上海総合指数の「バブル的ピーク」は2015年6月でしたし、マンション価格は既に去年(2016年)10~12月期にピークを打っている可能性があります。中国当局は、何が何でも党大会の開催までは「経済が下向きになった」というような状況は作りたくないと思うので、必死で様々な政策を講じると思いますが、状況は10年前の2007~2008年よりよくないと思います(10年前は2008年の北京オリンピックと2010年の上海万博という目標となるような「大イベント」があったのに対し、今はそのようなものはありません。反対に今中国経済は2008年にリーマン・ショック対策で発動した四兆元の大規模投資の負の遺産に苦しめられています。また、今年春には香港行政長官選挙があり、香港で政治的混乱が起こる可能性があります)。

 世界経済を議論するに当たっては、「中国経済の実態と中国の経済政策はよくわからないので、とりあえず無視する(あるいは「今までと同じであると仮定する」「中国共産党はうまくソフトランディングさせるはずであると考える」)ことはもはや許されないと思います。

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