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2017年1月

2017年1月28日 (土)

春節の中国人訪日客と中国国内旅行者

 今日(2017年1月28日)は、春節(旧正月)の元旦です。中国は長期連休中なので、日本各地で中国人訪日客を目にする機会も多いと思います。円高是正に伴って、中国から日本への訪問客は急増していますけど、この機会に中国国内の中国人国内観光客の多さについても想像をたくましくしてみてはいかがかと思います。

 中国の観光地に行かれたことのある方はよく御存じだと思いますが、中国の観光地にはもちろん外国人観光客もいますけど、中国人国内観光客が相当数います。「どこも混雑しているなぁ」という感想を持った方も多いと思います。

 春節と言えば、私が一番最初に中国へ行ったのは1983年2月の春節の時期でした。仕事の出張で行ったのですが、なぜこの時期に出張するようなスケジュール調整になったのか記憶にないのですが、中国側は春節休みを返上して我々訪中チームのために対応してくれた記憶があります。春節は中国人にとって一年で最も重要な時期ですが、1980年代前半は、「外資系企業によって沿岸部に建設された工場で働く農民工」もまだいなかったし、「農民工が数多く働く都会のビル建設現場」もありませんでした。中国の人々は基本的に自分が住んでいるところで働いていたので、「大学生が帰郷する」「都会で働く人が田舎の両親の元に帰る」といったケースはもちろんありましたが、中国国内を億人単位の旅行者が大移動する、という雰囲気ではなかったように記憶しています。

 「中国人の国内旅行」として私が強烈に印象に残っているのは、2007年5月1日に北京の故宮博物館に行った時のことです。メーデー連休の最中なので、故宮博物館は大混雑でしたが、そのほとんどは中国人の国内旅行客でした。混雑ぶりは、ちょうど日本で言えば「大晦日の仲見世」とか「元日の初詣客でにぎわう明治神宮」といった雰囲気で、何かにつまづいて転ぶと後ろから押し寄せる人並みで押しつぶされそうな、生命の危険を感じるほどの混雑ぶりでした。この日はあまりに混雑がひどいので、故宮に入るのはあきらめたのでした。

 1980年代、私は北京駐在中に日本からの出張者へのつきあいなどで故宮博物館には40回近く行っていますが、「生命の危険を感じるほどの混雑」を経験したことはありませんでした。1980年代を通じて、中国人民は急速に豊かになりましたが、多くの人々は増えた収入でカラーテレビを買ったり冷蔵庫を買ったりしましたが、休みの期間に中国国内に旅行に出掛けるほど生活の余裕のある人はあまり多くはなかったのです。しかし、2000年代も後半になると、かなり内陸に住んでいる人でも一定以上の収入が得られるようになり、生活必需品や食べ物の不自由はなくなって、「今度の連休には北京に旅行しようか」と考える人が増えたのです。中国政府も旅行業の発展は各地方の経済発展にも繋がるので、観光業の発展は奨励していましたので、中国人の国内旅行客数は急速に増加しました。このため、私が駐在していた2007~2009年頃は、一定以上の収入のある人の中には「中国国内の観光地は、どこへ行ってもすごい混雑なので、ちょっとイヤだなぁ」と考える人が多かったようです。

 2013年以降、それまでの「超円高」が是正され始めると、「中国国内の観光地は混雑しているのでイヤだ」と考えている一定数の余裕のある中国の人々は日本を訪問するようになりました。彼らは「中国国内の観光客で混雑している中国国内の観光地から押し出されて日本に来た」と見ることもできます。従って、日本を訪問する観光客の数十倍(あるいは数百倍?)の人数の中国人観光客が中国国内の観光地を訪問していると考えることも可能です(ちなみに中国国家発展改革委員会の推計によると今年(2017年)の春節期間の旅客数(人数×回数)は29億7,800万人次だそうです。これは半端な数ではありません)。

 今年の春節に関しては、中国中央電視台の夜のニュース「新聞聯播」では各高速道路の渋滞の状況などを伝えていました。1983年の春節の北京を知っている私としては、隔世の感があります。

 中国政府の政策にはいろいろな批判もありますが、多数の中国人民を「食べるのがやっと」の状態から、「テレビや冷蔵庫が買える状況」に変え、さらに「たまには国内旅行をしようか。」という人々を増やし、中には「国内は混雑しているので外国に観光旅行に行こう」と考える人々を大量に生み出した、という点では、それなりに評価されるのではないか、と思います。別の言い方をすれば、そういう「生活の向上」があるからこそ、中国人民は中国政府のやり方にいろいろ不満はあるけれども、それが爆発するところまでは圧力が高まっているわけではない、と言えます。

 昨今の中国からの資金流出懸念を踏まえて、中国当局は、年間一人当たり5万ドルの外貨兌換枠について、外貨購入手続きを厳格化はしましたが、5万ドルの金額枠自体を減額することはしませんでした。特に経済的に重要な役割を果たしている富裕層の人々が持っている「休みには日本など外国へ旅行がしたい」という願望を押しつぶすわけにはいかなかったからだと思います。

(注)日本では前の東京オリンピックがあった1964年に海外旅行が自由化されましたが、この時の外貨持ち出し制限は一人当たり500ドル(当時は1ドル=360円)でした。

 改革開放後の約40年間、中国の人々は「食べるのがやっと」→「電化製品を買えるようになった」→「時々(まずは国内へ、余裕が出れば外国へ)旅行に行けるようになった」という生活の向上を経験してきました。今、中国経済は、ひとつの「踊り場」に来ています。人々の生活が今までと同じようなスピードで向上し続けることができなくなった場合(そして例えば物価だけが上昇するようになった場合)、中国人民の大きなエネルギーはどこへ向かうのか、を考えることは、これからの中国を考える上での極めて重要になると思います。

 この春節期間中、日本におられる方々も中国人訪日客のエネルギーを感じる機会が多いと思いますが、その機会にそのエネルギーの数十倍(あるいは数百倍?)のエネルギーを持った旅行客が中国国内を移動していることを想像して、今後中国がどう動くのか、それに対して日本はどう対応していくべきなのか、考えてみるのもよろしいかと思います。

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2017年1月21日 (土)

中国経済はもはや「無視してよい『空気抵抗』」ではない

 斜面や空気中を移動する物体の運動に関する高校の物理の試験問題ではよく「斜面と物体との摩擦は無視する」「空気抵抗は無視するものとする」といった設定がなされます。これは試験問題は学生が力学の基本的原理を理解しているかどうかを問うものであって、複雑で中身がよくわからない摩擦現象や空気抵抗を考慮すると、問題が解けなくなってしまうからです。

 しかし、実際の物体の運動に関しては、「斜面と物体との摩擦」や「空気抵抗」は、大きな存在であり、時としてこれらは運動の状況を決める際に致命的な役割を果たすファクターだったりします。しかし、試験問題で「摩擦や空気抵抗は無視する」というものが多いためか、多くの人が「現実の摩擦や空気抵抗も無視して構わないほど物体の運動に与える影響は小さい」と誤解しているフシがあります。

 昨今、特にトランプ氏が大統領選挙で当選して以降、トランプ氏の政策を1980年代のレーガン政権と比較するなど、「世界経済における中国経済が与える影響」について無視した議論を多く見かけます。1980年代、1990年代、2000年代、2010年代のそれぞれのステージで、世界経済における中国経済の比重は急速に重くなってきており、1980年代には中国経済の影響を無視することは可能だったとしても、現在は中国経済を無視することは不可能です。中国経済を無視した議論は、たぶん、誤った結論を導きます。

 やっかいなことに、中国経済は「自由主義経済における常識的プレーヤーとは異なるルールで動くプレーヤーの集合体」です。中国の国有企業は「株主の利益を最大限にする」ことを目的としていない場合が多く、時として「企業としては損失を出してでも雇用の最大化を目指す」といった行動を取ります。また、各レベルの政府の政策の目的も「住民の福利を最大限にすること」ではなく「地方政府幹部の中国共産党内部における昇進」が最大の目的だったりします。

(注)欧米や日本等の「自由主義経済圏」の企業の行動の目的も、必ずしも「株主の利益を最大限にする」ことではなく、「当面の損失は覚悟しながら市場におけるシェア拡大を目指す」とか「社長の野望を実現する」だったりするので、そう単純でありません。また、民主主義国家の政治リーダーの目的は「選挙で勝つこと」であり、「住民の福利を最大限にすること」は、その手段に過ぎないことには留意する必要があります。

 「通常とは異なるルールでプレーするプレーヤーの集合体」である中国経済も、1980年代のように、その規模が非常に小さい時には無視することは可能だったと思います。でも、現在の中国のGDPは世界第二位であり、中国経済は「無視することができない」どころか「中国経済がどういうリアクションを起こすか」は、各国の経済政策を実行する上において、効果を左右する重要なファクターになったと言えるでしょう。

 ところが、中国経済は「統計が信用できない」「経済政策の目的が『国民の福利の向上』ではなく『中国共産党による政権の維持』であるためどういう政策を採るのか予測が難しい」といった外からはわかりにくいものになっているため、摩擦や空気抵抗ではないけれど「複雑で中身がよくわからないので影響は少ないだろうと勝手に推測して無視してしまう」ことがよくあります。

 昨年(2016年)11月8日のアメリカ大統領選挙でトランプ氏が当選して以来、アメリカ国債長期金利の上昇とドル高が続いています。このドル高により、人民元安を避けたい中国当局が外貨準備として持っているアメリカ国債を売っている、という議論があります。これは実は、中国からの資金流出による人民元安を避けたい中国当局が為替介入をする原資にするために手持ちのアメリカ国債を売却しており、そのためにアメリカ国債の金利が上がり、その結果としてドル高になっているのかもしれません。「中国当局の動きの影響は無視できるほど小さい」と考えれば、ドル高は中国の為替介入の原因と考えてよいのですが、「中国の影響が支配的である」と考えれば、ドル高は中国の為替介入の結果と考えるべきです。

 今年(2017年)に入って、10年ごとに繰り返す世界経済の危機についての議論をよく聞きます。1987年にはブラック・マンデーがあり、1997年~1998年には「アジア通貨危機」「ロシア危機」があり、2007年~2008年には「パリバ・ショック」「リーマン・ショック」がありました。それぞれの時点での中国経済の状況を考えると、「これらの10年ごとの世界経済の危機の原因のひとつに中国の状況がある」と考えるのは適当ではないと私も思います。しかし、西暦下一桁が7の年は「中国の政権中間期における中国共産党大会が開かれる年」であることが「単なる偶然の一致」なのかそれとも何らかの因果関係があるのかについて慎重に議論する必要があるのではないかと私は考えています(1980年代は胡耀邦・趙紫陽の政権、1990年代は江沢民政権、2000年代は胡錦濤政権、2010年代は習近平政権)。

 各政権の中間期において「7の付く年」に行われる中国共産党大会で各地方政府幹部の「中間評価」がなされてそれが中国共産党内部での人事に反映されることになります。中国の地方政府幹部は、経済実態とは関係なく、自らの任期中のイメージをアップするためのプロジェクトに投資する傾向がある、とよく言われます。それが中国経済において「7の付く年」に向けてバブルを膨らませるひとつの原動力になっている可能性があります。

 今年(2017年)後半には第19回中国共産党全国代表大会が開かれますが、その党大会へ向けて「今、中国は無理して経済を『ふかして』いないか?」という視点で注視することは重要だと思います。

 ちなみに、前回の「7の付く年」の2007年に私は北京に駐在していましたが、この年の第17回中国共産党全国代表大会は10月15日~21日に開かれました。上海株式市場の上海総合指数はこの党大会の期間中にピークを付け、リーマン・ショック前の2008年8月には約三分の一になりました。マンション価格は、私の記憶では2007年の年末頃がピークだったと思います。

 今回(2017年)の場合、上海総合指数の「バブル的ピーク」は2015年6月でしたし、マンション価格は既に去年(2016年)10~12月期にピークを打っている可能性があります。中国当局は、何が何でも党大会の開催までは「経済が下向きになった」というような状況は作りたくないと思うので、必死で様々な政策を講じると思いますが、状況は10年前の2007~2008年よりよくないと思います(10年前は2008年の北京オリンピックと2010年の上海万博という目標となるような「大イベント」があったのに対し、今はそのようなものはありません。反対に今中国経済は2008年にリーマン・ショック対策で発動した四兆元の大規模投資の負の遺産に苦しめられています。また、今年春には香港行政長官選挙があり、香港で政治的混乱が起こる可能性があります)。

 世界経済を議論するに当たっては、「中国経済の実態と中国の経済政策はよくわからないので、とりあえず無視する(あるいは「今までと同じであると仮定する」「中国共産党はうまくソフトランディングさせるはずであると考える」)ことはもはや許されないと思います。

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2017年1月14日 (土)

習近平国家主席の2017ダボス会議出席の意味

 毎年スイスのダボスで開かれる世界経済フォーラム(通称「ダボス会議」)は、今年は1月17日から開かれますが、中国からは今回は習近平主席が参加します。今までは国務院総理の李克強総理が参加していたので、今回初めて習近平主席が出席することについて、様々な憶測を呼んでいます。

 昨日(1月13(金))放送されたテレビ東京の「Newsモーニング・サテライト」の中の「中国 Now Cast」のコーナーでは、今回、習近平主席がダボス会議に出席することにした背景には次の二つがあると指摘していました。

(1)今回のダボス会議には就任直前のアメリカのトランプ新大統領は出席できないので、習近平主席が出席して自由貿易の重要性を主張することにより、世界経済における中国の存在感を世界にアピールすることができる。

(2)今年秋の中国共産党大会に向けて、中国国内向けに、習近平主席のリーダーシップをアピールする狙いがある。

 (1)については、「保護主義を掲げるアメリカのトランプ新大統領に対抗して、中国の習近平主席が自由貿易の重要性を世界にアピールする」というのは、ほとんど「あべこべの世界」のように思えますが、現状を考えれば、これは「あり」でしょうね。11日のトランプ次期大統領の記者会見の様子を見ていると、「アメリカのトランプ新大統領より中国の習近平主席の方が世界をリードしていく政治指導者として立派に見える」というのは客観的に言って事実だと思いますので。

 (2)については、テレビ東京はツィッター発信とは違って責任ある報道機関ですので、「ウラの取れないウワサの類は放送しない」という考え方に基づきハッキリは言わなかったのでしょうが、「習近平主席のリーダーシップをアピールする狙い」とは「毎年ダボス会議に出席していた李克強総理はもはや経済政策において中国を代表する人物ではありませんよ、とアピールする狙い」と言い換えても間違いないことは明らかだと思います。

 去年秋の六中全会以降、李克強総理が中国共産党の重要会議を欠席する、といったことはなくなりましたが、習近平主席と李克強総理が協調体制にない、という状況は続いています。昨年末、香港とマカオの行政長官が年末恒例の北京政府への状況報告を行いましたが、この時も、香港・マカオの行政長官は、習近平主席に報告した後、全く同じようなスタイルで李克強総理にも報告しています(その様子は中国中央テレビのニュースで伝えられました)。まるで「北京政府のトップ」が二人いるような雰囲気でした。

 一方、今中国を訪問中のベトナム共産党書記長との会談に関しては、一昨日、習近平氏が会った後、昨日には、李克強氏、張徳江氏、王岐山氏が会っています。このスケジューリングは習近平氏が他の政治局常務委員(李克強氏も含む)に比べて一段と「エライ」のだ、ということを強調しているように見えます。

(注)なお、李克強氏は国務院総理(党内序列二位)、張徳江氏は全人代常務委員長(党内序列三位)なので、ベトナム共産党書記長がこの二人に会うのは特段不自然ではないのですが、ここで序列第六位の王岐山氏が会っているのは、ちょっと「不自然」です。王岐山氏は腐敗撲滅運動の先頭に立っており、本来、この秋の党大会では年齢上は引退するはずなのですが、こういった扱いは王岐山氏が年齢に関する慣例を破って政治局常務委員として続投する「含み」があるのかもしれません。

 習近平主席は、もし自分の第二期政権(2018年の全人代(3月頃)~2023年の全人代(3月頃))まで李克強氏に国務院総理を続けてもらって経済政策を担当させるつもりならば、今年のダボス会議にも李克強氏を派遣したと思います(ダボス会議は「世界経済フォーラム」なんですから)。そうしなかった、ということは、習近平氏は自分の二期目の政権においては、李克強氏に国務院総理をやらせるつもりはない、と考えている可能性があります。というか、今回、ダボス会議に李克強氏ではなく習近平氏が参加することになったことを受けて、世界の多くの人がそう感じたと思います。

 今年(2017年)、中国経済は下記の二つの点で大きな試練を迎えます。

○アメリカにトランプ新大統領が誕生することにより、中国にとってはアメリカから厳しい貿易上の要求を突きつけられることになる可能性がある。

○今年秋の中国共産党大会を前にして、地方政府幹部が国有企業のリストラを嫌がり、むしろ公共事業を拡大することによって無理矢理経済の水準維持を図っていることから、党大会の前後にその「ツケ」が回って来る可能性がある。特に在庫が大量にあるのに建設が進められているマンション等不動産の価格は、おそらくは去年(2016年)10月~12月期がピークであり、今後は価格の低迷が進み、コントロールを誤ると不動産バブルの崩壊を招く可能性がある。

 こうした難しい経済政策が求められている中で、仮に国務院総理を李克強氏から別の人物に替えるとなると、中国は経済の難しい局面を乗り切れなくなる可能性があります。もっとも、に国務院総理が交代するとしても、今年秋の党大会での方針決定を受けて、毎年3月頃に開かれる来年(2018年)の全人代で正式決定することになるので、今から人事交代の準備をしておけば、それほど混乱なく国務院総理の交代は可能かもしれません。ただし、そのためには、国務院総理交代の方針を早めに示すとともに、李克強氏も納得ずくであることを内外に示して無用の混乱を避ける必要があると思います。

 もしかすると、今回のダボス会議の出席者が李克強氏ではなく習近平氏であるということ自体、「国務院総理のスムーズな交代」のひとつのプロセスである可能性があります。その意味で、今回のダボス会議に習近平氏が出席することの意味は、非常に大きいと考える必要があると思います。

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2017年1月 7日 (土)

中国資金流出阻止攻防戦:当局対人民・投機筋

 今年(2017年)の年初、中国からの資金流出が加速し、人民元安が急速に進む懸念がありました。このブログでもそのことを昨年末に書きましたが、中国当局も相当に懸念を持っていたようで、様々な準備を行っており、実際に様々な措置を講じた模様です。その結果、2017年の最初の一週間が終わった段階では、中国当局による資金流出阻止、人民元安阻止の「作戦」は功を奏しているようです。

 中国当局が資金流出加速の防止と人民元の急落を阻止するために行った一連の措置は以下のとおりです。

○個人の人民元売り・外貨買いの兌換措置の手続き厳格化(対中国人民)

 2017年1月6日付け日本経済新聞朝刊7面記事「中国、資本流出阻止に躍起」の中にある「政府、個人にも資本規制」の部分によれば、12月30日、中国上海のある大手銀行の企画担当者は、中国人民銀行から翌日行う個人による外貨購入に関する手続きの新ルールに関する説明会に出席するよう求められた、とのことです。新ルールでは、外貨購入を希望する個人は申請書の提出を義務付けられ、申請書には「海外で不動産や証券、保険を購入してはならない」と明記されている、とのことです。

 この「新ルール」に関して、1月3日に人民日報ホームページ「人民網」の財経チャンネルにアップされた「外国為替管理局が明らかにした:個人の外貨購入において境外(外国及び香港等)で不動産を購入することは認められない、というのは新しい政策ではない」というタイトルの解説記事によると、12月31日の夜、外国為替管理局は「国家外国為替管理局の責任者による個人外貨情報申請の管理に関する記者からの質問に対する答」を発表したのことです。この「答」では「5万米ドルという個人の年間外貨限度額に変化はない。個人が兌換した外貨は海外における不動産購入や投資等の許可されていない項目への使用は認められないことも改めて説明されているが、ここの部分は多くのメディアが誤って伝えているような今年新たに加わった『新しい制度』ではない」ことが説明されている、とのことです。

 中国では、一人当たり年間5万米ドルの外貨への兌換が認められているので、毎年年が明けると限度はリセットされ、各個人は新しい年の分の5万ドル分を外貨に替えることができるようになります。資金流出懸念が強まっている中、多くの中国人民は「5万ドルの限度額が削減されるのではないか」との懸念を持っていたのではないかと思います。上記のように「人民網」に「解説記事」が掲載されたということは、そういった状況の中で年末ギリギリになって外貨購入の際の「手続きに関する新ルール」が示されたので、外貨兌換限度額が減額になったのではないか、という「誤解」が中国国内に広まったことを示唆しています。

○オフショア市場での人民元供給の絞り込み(対投機筋)

 昨年末、「年が明けたらたら人民元相場は急落する可能性がある」との見方があったことから、多くの投機筋が人民元の「空売りポジション」を持っていたようです。

【説明】手元に人民元を持っていない人がどこからか人民元を借りてきてそれを売って外貨を買っておくことを「人民元の空売りポジションを持つ」と言います。このポジションを持っている状態で人民元相場が下落すれば、持っていた外貨で安くなった人民元を買い戻して借りてきたところに返せば、売買の時の相場の差の分だけ外貨が手元に残って儲かることになります(相場が逆に動けば損をすることになる)。ただし、相場が予想したように「人民元安」に動いていたとしても、人民元を借りている期間の金利は払わなければならないので、人民元を借りている間の金利として支払う人民元より、売買で手元に残る外貨の額の方が大きいことが「儲かる」ための条件となります。

 一方、去年IMFのSDR(特別引き出し権)の対象通貨になった人民元ですが、まだまだ「国際通貨」としての地位は確立していませんので、大量の人民元を持っている銀行は香港に立地している中国の国立銀行くらいのものです。従って、中国人民銀行が中国の国立銀行を「指導」すれば、外国に存在する人民元の量をコントロールすることは実態的にできてしまいます(この点が、既に国際通貨としての地位を確立させていたイギリス・ポンドについて投機筋が「ポンドの空売り」でイングランド銀行を打ち負かした1992年のポンド危機の時のイギリス・ポンドと現在の人民元との「立ち位置」の違いです)。

 上記の日経新聞の記事によると、中国人民銀行の意向を受けた中国の国有銀行などが香港での人民元の供給を絞ったため、人民元の流通量が減り、香港銀行間取引金利(HIBOR)翌日物が1月5日、前日の16.9%から38.3%に急騰し、午後には100%を越える取引もあった、とのことです。金利が急騰すると、人民元を借りている投機筋は金利負担が膨らんでしまうので、あわてて損失覚悟で「人民元の空売りポジション」の解消(=外貨売り・人民元買い戻し)をした投機筋が多かったようです。このためオフショア(中国本土外)の人民元対ドル相場は1月4日と5日の二日間で2%上昇し、1月5日の香港外国為替市場の終値は1ドル=6.82元台となりました。

 中国当局は、急速な人民元安が進んだら外貨準備を取り崩してでも「人民元買い・ドル売り」の為替介入をやるつもりだったと思います。ただ、上記の日経新聞の記事によると、あわてた投機筋による「空売りの解消」によってむしろ人民元高になったことから、外国為替市場での中国当局による大規模な「人民元買い・ドル売り」の為替介入は見送られたようです。

○2016年12月末の外貨準備高のコントロール(対市場マインド)

 今日(2017年1月7日)中国人民銀行が発表したところによると、2016年12月末現在の中国の外貨準備高は前月比410億ドル減の3兆105億ドルだった、とのことです。節目の3兆ドルを下回ると、市場の「外貨準備が底をつく懸念」を強めてしまうので、中国当局は12月末の時点で3兆ドルを下回らないように慎重にコントロールした可能性があります。昨年11月9日にアメリカでトランプ氏が次期大統領になることが決まって以降、アメリカ国債の長期金利は継続して上昇傾向にありますが、12月に入ると「一服感」が出ました。もしかすると、12月に入ってから中国が為替介入の原資とするためのアメリカ国債の売却のスピードを緩めたからなのかもしれません(それが12月末時点で外貨準備高が3兆ドルを割らなかった理由かもしれません)。

 今日(2017年1月7日(土))付けの日本経済新聞朝刊7面の記事「人民元基準値0.9%高く 対ドル 中国、05年以来の上げ幅」では、2017年第一週の人民元の対ドル相場が人民元高に推移していることを伝えていますが、その中に「5日はドル全面安という幸運も重なり、香港市場で元が急騰」という記述があります。しかし、アメリカ国債の大量の保有者としての中国は、アメリカ国債を大量に売買することにより、アメリカ国債金利に影響を与えることが可能であり、アメリカ国債金利の上下を通じて、ある程度ドル相場に影響を与えることも可能なので、5日にドル全面安となったのは「幸運」ではなく、中国当局が意図的にドル安(=元高)に持って行きたかったのでアメリカ国債の売りを控えた(あるいはアメリカ国債を買った)からだ、と考えることも可能だと思います。

 もちろん、中国当局と言えども、ドル相場を全面的に、または、長期間にわたりにコントロールする力はありません。しかも、アメリカ国債を売り続けて外貨準備が減ってしまえばコントロールする力も衰えてしまいますので、中国当局も相当慎重に人民元相場と相対していると思います。ただ、1月20日にトランプ大統領が正式に就任して、対中国政策を明らかにするまでの間は、市場で急激な人民元安の状態が起きてしまったり、中国当局による為替介入の形跡が露骨に見えてしまうようなことになったりして、トランプ氏に中国攻撃の口実を与えるような事態はなんとしても避けたいと考えているはずです。

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 最初に書いたように、2017年の最初の一週間は、外国為替市場では人民元安にはならずにむしろ人民元は対ドルで高くなりました。その意味で「中国資金流出阻止攻防戦:当局対人民・投機筋」の第一ラウンドは、今のところ中国当局の「完勝状態」となっています(むしろ効果が「出過ぎた」くらい)。しかし、ここで問題なのは、中国当局が必死になって「人民元安・中国からの資金流出の阻止」の措置を多方面で行っている実態が表面化してしまったことです。「当局が必死になって対応している」ことは、即ち、中国当局自身が中国からの資金流出を真剣に懸念しており、今後の人民元安を恐れていることを示しています。

 多くの中国人民や中国企業は、中国当局自身が「将来安くなるかもしれない」と考えている人民元を持ち続けるのはイヤだと思うでしょうから、認められた限度額の範囲内で早めに外貨に替えておきたい、と考えるでしょう。特に、もし中国国内で不動産バブルが崩壊するかもしれないと考えるのであれば、資産保護のため、早急に中国国内の不動産を売って外貨に替えておきたいと考える中国人民や中国企業もいるでしょう。そうした状況の下で、中国当局の懸念や中国人民の気持ちを利用して一儲けしようと狙う投機筋は、まだまだ今後も機会を捉えて「人民元の空売り」を仕掛けてくるかもしれません。

 1月20日にトランプ氏が大統領に正式就任して対中国政策を明らかにするまでは、中国当局は「現行作戦」を継続すると思いますが、中国国内に「人民の先安懸念」が存在する限り、「人民元安」と「中国からの資金流出」の圧力は掛かり続けます。生産者物価指数がマイナスから急速にプラスに転換した最近の中国の国内経済状況やトランプ氏の当選以降急速に進む人民元安・ドル高による輸入物価の上昇で、今後中国国内でインフレが進む可能性がありますが、「将来のインフレ予想」は「人民元の先安感」を更に強化します。トランプ氏が正式に大統領に就任して以降、「中国資金流出阻止攻防戦」(と裏側で進む「急激な人民元安を避けたい一方外貨準備の急減も避けたい中国当局の神経戦」)は第二ラウンドに入り、まだしばらくは「熾烈な攻防戦」が継続するのだと思います。

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