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2016年12月 3日 (土)

「メンツ潰し」で始まったトランプ米次期大統領の対中政策

 昨日(2016年12月2日(金))、中国の習近平国家主席は北京を訪問中のアメリカのヘンリー・キッシンジャー元国務長官と会談しました。一方、日本時間今朝(12月3日(土)朝)、アメリカのトランプ次期大統領は台湾の蔡英文総統と電話会談を行いました。

 キッシンジャー氏はニクソン大統領(共和党)の時代に大統領補佐官・国務長官を務めました。1972年のニクソン大統領訪中へ向けての調整の立役者で、現在93歳です。習近平国家主席との会談は、通常ならば「米中関係のかつての功労者による表敬訪問」で済むでしょうが、今のタイミング(共和党候補だったトランプ氏が勝利した後の政権移行準備期間中)を考えたら、共和党におけるアメリカ外交の「レジェンド」的存在のキッシンジャー氏の訪中と習近平主席との会談は、トランプ次期大統領の中国へ向けてのメッセージだと捉えるのが普通でしょう。

 中国側もキッシンジャー氏の訪中をそのように重要なものと考えたからこそ、習近平主席との会談をセットし、かつ、会談の様子を当日(12月2日)の中央電視台の夜のニュース「新聞聯播」で大きく伝えると共に、翌日(12月3日)の「人民日報」1面に写真付きで大きく報道したのでしょう。

 ところがトランプ氏は、習近平-キッシンジャー会談の直後、台湾の蔡英文総統と電話会談を行いました。トランプ氏のツィッターによると蔡英文総統の方から電話が掛かってきた、とのことですが、このタイミングでの蔡英文総統との電話会談は、明らかに習近平-キッシンジャー会談を意識したものだと思います。「トランプ氏は北京と台湾とでバランスをとった」「アメリカの歴代政権の対中政策とは一線を画して既存の枠組みにとらわれないトランプ氏の独自性を示した」という評価もあるのでしょうが、私は「中国のメンツを潰した」という意味で大失策だったと思います。中国側はキッシンジャー氏を大歓迎することによってアメリカ次期政権に対して中国の好意を示したのに、その直後にトランプ氏が「『ひとつの中国』に対する認識」の問題で中国と一定の距離を置く蔡英文総統と電話会談を行ったことについては、中国側が「トランプ氏は中国の好意をあだで返した」と受け取ってもしかたがないからです。

 中国と仕事をしたことのある人なら誰でも知っていますが、「中国側のカウンターパートのメンツを潰さないようにすること」は対中ビジネスにおいて「イロハのイ」です。「最初はハッタリかますくらいの戦闘モードで始めた方が交渉はうまく行く」というのがトランプ流のビジネスのやり方なのかもしれませんが、そういうやり方で中国とうまく交渉をやりきった人の話を私は知りません。

 中国との関係において「中国側のメンツを潰す」のは、相当にしこって、回復には大きな努力が必要です(場合によっては回復不可能となる)。

 日本の例を上げれば、2012年9月、当時の野田総理がAPEC首脳会議の開かれていたウラジオストックで胡錦濤国家主席(当時)と会って話をした際、当時話が進んでいた尖閣諸島の国有化問題について胡錦濤主席から反対する旨の意向表明があったにも関わらず、その翌日に国有化を決定した例が挙げられます。島の国有化がいいか悪いかの問題を別にして、国家主席が反対の意向を示した翌日に国有化の決定を行ったことは、明らかに胡錦濤主席のメンツを潰しました(たぶん中国国内における胡錦濤主席の立場を悪くした)。この時の島の国有化決定のタイミングは、問題を必要以上にこじらせました。当時の野田総理は「中国側のメンツを潰すこと」がもたらすマイナスの影響を過小評価していたと思います。

 トランプ氏の今回の台湾の蔡英文総統との電話会談は、「あまり大陸側の反応を考慮せずに蔡英文総統から掛かってきた電話を受けた」のか「大陸側に牽制球を投げるためにあえて戦略的にこのタイミングで蔡英文総統との電話会談を行った」のか、どちらなのかわかりませんが、前者なら今後のトランプ氏の外交手腕に疑問を投げかけますし、後者だったとしても「中国のメンツを潰した」という点で戦略的には誤りだったと思います。

 キッシンジャー氏と言えば、1971年7月「忍者外交」で秘密裏にパキスタンから北京に入って毛沢東主席と会談して世界を驚かせたことで有名ですが、「NHK・BSドキュメンタリー『証言でつづる現代史~世紀の外交・米中接近~』」(2008年3月9日放送)の中のインタビューでキッシンジャー氏自身が語ったところによれば、ニクソン大統領は、1969年1月に大統領に就任した当初からキッシンジャー氏に対して中国と国交正常化への道を探るよう指示していた、とのことでした。

 ニクソン大統領の最大の政策課題は「ベトナム戦争からアメリカが名誉ある撤退をすること」でしたが、アメリカが当時ソ連と鋭く対立していた中国と接近することはベトナムを強く牽制することになるので、ベトナム戦争終結を有利に進めるためにニクソン大統領は中国との接近を計ろうとしたのでした(詳細は、このブログの画面の左側にある「中国現代史概説の目次」をクリックして、ブログ内にある「中国現代史概説」の中の「ニクソンによる米中接近への動き」を御覧ください)。

 ヘンリー・キッシンジャー氏と言えば、このようなニクソン大統領の「国際戦略」を実際に実行した人物として歴史に名を残しているのです。トランプ次期大統領も対中政策を始めるに当たってキッシンジャー氏という「米中関係における重要な顔」を利用したわけですが、ニクソン大統領のような深く考え抜かれた戦略をトランプ氏も持っているかどうかは、今のところはなはだ疑問であると言わざるを得ません。

 「メンツを潰す」ということは中国との関係においては、ほとんど致命的なので、トランプ氏が大統領を務めている間は、米中関係は修復できないかもしれません(逆にトランプ氏が大統領を退いた時点で、後任者が誰であろうと、手のヒラを返したように中国は米国との関係を修復させる可能性があります(1972年6月に佐藤栄作総理が辞めて田中角栄総理に代わった途端に関係が急転し、たった3か月で国交正常化まで持っていった日中関係の前例があります)。少なくともトランプ氏は2020年までアメリカの大統領をやることになるわけですので、その間、冷却状態が続く米中関係の中で日本はどういう立ち位置を採るべきか、今から考えておく必要がありそうです。

P.S.

 今年(2016年)、欅坂46が「サイレント・マジョリティー」という曲でデビューしました。この曲の作詞者の秋元康氏と私は同年代ですが、この年代の人なら「サイレント・マジョリティー」という言葉を「どこの国の大統領が、どういう場面で使ったか」は誰でも知っていると思います(「サイレント・マジョリティー」という言葉は、1969年11月、当時ベトナムからの即時撤退を主張するベトナム反戦運動のデモが激しく起こる中、ニクソン大統領が演説の中で「デモに参加していない『もの言わぬ多数派』(サイレント・マジョリティー)の皆さんに呼び掛ける」という文脈で使った言葉です)。

 ベトナムでの戦況やベトナムとの交渉が難航する中、1972年12月にはB52による大規模な「北爆」を実施するなど、ニクソン大統領のやり方には多くの批判がありますが、ニクソン氏が1968年の大統領選挙の期間中から訴えていた「ベトナムからの名誉ある撤退」を実際に1973年1月に実現したことについては、歴史家は一定の評価を与えるだろう、と私は思っています。キッシンジャー氏の「忍者外交」と米中接近は、このニクソン大統領の「ベトナムからの名誉ある撤退」の戦略の一環だったわけですが、2016年年末に至って、またまた93歳のキッシンジャー氏が現実の国際外交における役者として登場するとは私は思ってもみませんでした。

 秋元康氏が「サイレント・マジョリティー」という曲を作ったのは、今年7月の参議院選挙で選挙年齢が20歳から18歳に引き下げられたことを受けて、若い世代に「自分の政治的意見はきちんと表明しろ。サイレント・マジョリティーにはなるな。」というメッセージを伝えたかったからだと思います。そして今回、年末に至って、習近平-キッシンジャー会談とトランプ-蔡英文電話会談が再び米中関係を巡るニクソン大統領の戦略を思い起こさせることになったわけです。流行語大賞にはならなかったけれど、「サイレント・マジョリティー」は今年(2016年)のひとつのキーワードだったと言えるでしょう。秋元康氏が「現実の国際政治の舞台へのキッシンジャー氏の再登場」まで予想していたとは思えませんが、秋元康氏が持つ「時代を見る目の鋭い勘」には感心させられます。

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