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2016年12月

2016年12月24日 (土)

中国からの資金流出と財産保護に対する信頼感

 ここのところ、中国の通貨人民元の継続的な下落と外貨準備の減少、中国国債の金利上昇(価格の低下)を見て、マスコミでも複数の経済専門家が中国におけるトリプル安(株安、通貨安、債券安)や中国からの資金流出のリスクについて強く指摘しています(例:2016年12月20日(火)放送の日経CNBC「昼エクスプレス」における岡崎良介コメンテーター、12月22日(木)放送のテレビ東京「Newsモーニング・サテライト」におけるニッセイ基礎研究所の矢嶋康次氏)。

 一方、たまたまですが、昨日(2016年12月23日(金))付けの日本経済新聞朝刊には、以下の三つの記事が載っていました。

○1面「中国事業2300億円で売却 米マクドナルド CITICなどに」

○15面「農業・乳業 中国で売却 アサヒ、保有資産見直し 十数億円」

○11面「ソニー、工員ストを金銭解決 『供給維持へ現実策』 争議不可避・市場は魅力 中国法人トップに聞く」

 三番目のソニーの件は、広州にある工場を中国企業に売却するにあたって、雇用は守られるにもかかわらず従業員がストを起こしたのだが、それをどのように解決したのか、という話です。上記の三件とも、中国でのビジネスをやめるわけではなく、中国とのビジネス関係は維持しつつ、中国に投下した資本を中国の企業に売却するというものです。各企業の「中国でのビジネスは魅力的だが、中国に巨額の資本を置いておくというリスクは避けたい」という考え方が反映しているように思えます。

 私は、1986年10月~1988年9月と2007年4月~2009年7月の二回北京駐在を経験しています。一回目の駐在の頃、日本や欧米の各企業は、中国への投資開始を真剣に検討していました。またこの頃「話のネタ」として開店したばかりのケンタッキー・フライド・チキンの北京一号店(和平門店)に行った時のことを思い出します(この時点では、マクドナルド・ハンバーガーはまだ北京に進出していなかった)。また、二回目の駐在の時には、北京日本商工会の会議などで中国の拡大する中間所得層を狙った日本の食品メーカーの中国進出の話をよく聞きました。それを考えると、上記のような日米企業の中国からの「資本引き上げ」に関するニュースには時代の流れを強く感じます。たぶん今、中国経済の動く方向性を示す針が大きな音を立てて方向転換をしつつあるのだと思います。

 この「中国経済の方向性の大転換」については、中国企業や中国の人々自身が感じていると思います。昨今、中国企業による外国企業の買収案件をよく聞くのも、中国企業自身が資金を中国国内に置いておくより外国に持っていた方が安心だと考えているからでしょう。最近の報道によると、インターネット上の仮想通貨であるビットコインの取引が急増しており、その取引の9割を中国が占める、とのことです。中国は資本規制が厳しいので、あの手、この手で資金を海外に持ち出そうとしている人が多いようです。

 中国は一昨年(2015年)6月をピークにした「株バブル崩壊」を経験しました。日本では、1989年末をピークとする「株バブル崩壊」のあと、1991年頃をピークとする「土地バブルの崩壊」を経験しました。日本の経験を踏まえて、「上海株バブル崩壊」の二年後の来年(2017年)、中国で「不動産バブル崩壊」があるのではないか、と見る人もいるようです。しかし、日本のバブル崩壊時期においては「日本からの資金流出」といった状況は起きておらず、日本のバブル期を現在の中国の状況にそのまま当てはめて理解することには無理があると思います。

 そもそも中国においては、毛沢東時代の共産主義の理想社会においては「財産は公有」が原則でしたから、私有財産権に関する社会通念自体がまだ「建設途上」です。中国でもマンションの売買は行われていますが、土地について売買されているのは「土地使用権」です(土地の所有権は国または村などの集団にある)。また建物等の物件について法律上明記した「物件法」が制定されたのは2007年でした。中国共産党中央と国務院は、先月(2016年11月4日)、「財産権保護を確立し法に基づいて財産権を保護することに関する意見」を提出しています。個々人の権利関係の基本となる「民法総則草案」については、2016年12月現在、全人代常務委員会で議論中です。明治31年(1898年)に民法が施行され既に120年近くが経過して様々な判例も確立している日本と現在の中国とを単純に比較することはできないと思います。

 土地に関する権利関係も中国においては「発展途上(つまりまだ揺れ動いていて定まっていない)」です。農地に関しては、1978年の改革開放政策の導入以降、所有権は村などの集団にあるのもの「農業生産請負権」は各農民にある、とされてきました。それに加えて、最近の「農業三権改革」により、「農業生産請負権」は「請負権」と「生産権」の二つに分離され、それぞれ別個に貸し出したり、譲渡したり、担保としたりすることができる、とされるようになりました。また、ごく最近、20年の期限付きの「土地使用権」について、手続きなし、延長費用なしで、期限延長が認められたことが中国の新聞で報じられました。マンションが高額で売買される一方で、土地に関する権利関係がその時の政策によっていろいろ変わることが現在の中国では起こりうるのです。中国共産党中央と国務院が先月「財産権保護を確立し法に基づいて財産権を保護することに関する意見」を出したのも、土地を含めた権利関係が今後揺れ動くのではないか、という中国人民の不安感を払拭する狙いがあったものと思われます。

 日本のバブル崩壊期には「日本からの資金流出懸念」はなかったのに、現在の中国において「中国からの資金流出懸念」があるのは、中国国内における「財産権の保護」に関して、外国企業や外国人のみならず中国企業や中国人自身が中国政府(=中国共産党)の政策に信頼を置いていないからだ、と見ることもできます。中国からの資金流出が中国の社会経済に大きな打撃を与えないようにするためには、適切な金融政策のほかにも「中国国内でも財産はきちんと保護されるという中国人・中国企業自身による信頼感が確立されること」が非常に重要だと思います。

(注)中国共産党が革命の過程で、大土地所有者から農地を没収し、資本家から工場や機械設備を没収し、都市部の中小商店から所有権を没収した(ただし営業継続は許可した)のは「共産主義革命」なのですから「当然」だとは言えます。しかし、大土地所有者から貧農に分け与えられた農地は、1949年の中華人民共和国建国後、「農業の社会主義化」の過程で再び農民から召し上げられ公有化されました。その後、1978年の改革開放後には「農業生産請負権は各農民にある」とされましたが、土地開発計画が持ち上がった地方では、一定の補償金を支払った上で農民は農地から追い出されました。「財産権の保護」に関して言えば、中国政府(=中国共産党)は、日本等他の国の政府に比べて自国民・自国企業に圧倒的に信頼されていない、というのが私の印象です(そしてそれこそが中国経済の最大の弱点だと私は思っています)。

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2016年12月18日 (日)

中国不動産バブルに関する中央経済工作会議の議論

 12月14日(水)~16日(金)、中国の中央経済工作会議が開かれました。中央経済工作会議は、毎年12月に翌年の経済政策について議論する重要な会議ですが、今年は「不動産バブルのリスクの防止」が大きな柱のひとつでした(12月17日(土)付け日本経済新聞朝刊8面記事「不動産バブル抑制 前面に 党大会にらみ安定優先 中国、来年の経済運営」参照)。

 中国の不動産バブルの危険性については、もう十年以上も言われ続けて来ていますが、今回経済政策を議論する中国の最高ランクの会議である「中央経済工作会議」で主要議題として議論されたことは、それだけ「不動産バブル」の問題が緊急を要する重要な問題だからでしょう。

 住宅の問題については、去年(2015年)暮の中央経済工作会議でも議論されました。この去年の中央経済工作会議では、2.5億人に上る都市部で働く農村戸籍の労働者(いわゆる「農民工」)を中小都市に誘導して都市戸籍を与えることにより、過剰な住宅不動産在庫を解消させよう、という方向性が議論されました(このブログの2015年12月26日付け記事「中国の『露骨』だけど『素直で正直な』新しい住宅政策」参照)。今年(2016年)の中央経済工作会議では、もっと露骨に「不動産バブルのリスクの防止」について議論されているわけですが、それは、去年の中央経済工作会議で議論した方策があまりうまく進んでいないことを意味していると言えます(今の中国のマンション価格と「農民工」の収入を考えたら、「農民工」にマンションを買わせること自体に無理があることは最初からわかっていることだと思うのですが)。

 現在の中国の不動産バブルの状況を大まかに言うと以下のとおりです。

○大量の「住宅在庫」が存在する(2015年末の段階で建設中のものも含めて21億平方メートル(約6,300万人分)の在庫があり、2016年11月末で(おそらく建設中のものは含まない数字で)6億9,095万平方メートル(約2,000万人分)の在庫がある(いずれも中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」での報道による)。

○大都市(北京、上海、広州、深センなど)での住宅価格は急騰している一方、中小都市(中国語では「三四線城市」)では在庫が積み上がっている。

※この問題については、今年10月30日に放送されたNHKスペシャル「巨龍中国 1億大移動 流転する農民工」で、河南省許昌市ではマンションは建っているものの、ほとんど人が住んでいない様子が紹介されていました(このブログの2016年11月6日付け記事「中国の新型都市化計画と農地三権改革」参照)。また、昨日(2016年12月17日)付け「人民日報」1面トップ記事として掲載されいている中央経済工作会議の内容について伝える記事でも「中小都市(中国語で「三四線城市」)の不動産在庫過多の問題を重点的に解決しなければならない」としています。

○マンションを自分が住むためではなく、投資目的で購入する人が多い。

※昨年12月26日付け記事「中国の『露骨』だけど『素直で正直な』新しい住宅政策」で書いたように、2015年12月25日の「新聞聯播」の報道によれば、中国社会科学院の「社会青書」では、都市部住民の91.2%は自分の住宅を所有しているが、一方で19.7%は二件以上の住宅を所有しているとのことです。この件に関し、今回の中央経済工作会議の内容を伝える「人民日報」の記事では、「『住宅は住むためのものであり、投機目的で売り買いするためのものではない』との考え方を堅持する必要がある」としています。

(参考)「住宅は住むためのものであり、投機目的で売り買いするためのものではない」の部分は、中国語では「房子是用来住的、不是用来炒的」です。中国語のわかる人なら、人民日報の超まじめな記事にこうした用語が出てくると「笑っちゃう」と思います。「炒(chao)」は、中華鍋で「炒飯」(chaofan:チャーハン)を炒めるように株やマンションを「売ったり買ったりする」意味の俗語的表現だからです。

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 「人民日報」の記事によれば、中央経済工作会議では、不動産市場について、「我が国の国情に符合し市場に適応した規律的基礎的制度と長期間有効なシステムを急いで検討して確立し、不動産バブルを抑制し、価格の暴騰や暴落の出現を防がなければならない」としています。私が北京に二度目の駐在をしていた2007~2009年頃にもマンション・バブルに対する懸念はありましたが、党や政府の公式な文書で露骨に「バブル」だの「崩壊」だのの文字を見ることはなかったのですが、今回の(2016年の)中央経済工作会議では、相当に「素直に」問題を表現しているようです。それだけ喫緊に対応せざるを得ない問題であると認識されているのでしょう。また「長期間有効なシステム」について言及していることは、今までの対策の多くは「短期間しか効かない」「場当たり的な」対策だったことを中国共産党自身が認めている、と読むことも可能でしょう。

 今回の中央経済工作会議で、不動産市場の安定的発展のために、対策として掲げられているのは以下のような点です。

○自分で住む住居の購入を支持する金融政策を採り、投資性・投機性住宅購入に対する貸出は厳格に制限する。

○人口流動状況に基づいた建設用地の分配を行う。

○地方政府の主体的責任において、不動産価格の上昇圧力の強い都市においては、都市の遊休土地を利用するなど、住宅用地の供給を増加させる。

○大都市の機能移転を促進し、周辺の中小都市の発展を促す。

○賃貸住宅市場に関する立法を加速し、住宅賃貸企業の発展を加速させる。

 これらの政策の一部は、私には「マンション価格が暴騰しないようにマンションをもっとたくさん作れ」と言っているように見えて、不動産バブル対策としては全然対策になっていないように思えます。

 そもそも中国には、日本の固定資産税や相続税に相当する制度がないので、多くの人が自分の資産保全の一環としてマンションを買います。なので、固定資産税、相続税導入の議論があってもよさそうですが、たぶんそれは無理でしょう。固定資産税や相続税の議論を始めた途端、多くの人がマンションを売ろうとして、それこそそれが切っ掛けとなってマンション・バブルが崩壊してしまうかもしれないからです(多くの人はマンションを売って、中国国外に資産を移すでしょう)。また、中国共産党の党員自身が多くの不動産を所有しているわけですが、固定資産税や相続税など中国共産党党員自身の負担を強いることになる制度を中国共産党が決めることはまずできないと思います。

 一方、12月15日付け日本経済新聞朝刊6面の記事「中国、不動産バブル抑制へ 人民銀、金融引き締め」によると、中国人民銀行は、不動産バブルを抑制するため、不動産向け融資の増加ペースを抑えるよう銀行に指導した、とのことです。最近の新規融資の7~8割が住宅ローンで、これが大都市の不動産バブルに繋がっているので、これを抑える狙いがある、とのことです。ただ、住宅ローンの貸出を絞ると、マンションの売れ行きが抑制され、在庫のマンションも減らなくなります。また、この方針は、上記に示すような中央経済工作会議で決まった「価格が高騰する都市では建設用地の供給を増やせ」との方針とは矛盾します。「全国ベースでは大量の在庫が存在する中で、一部の大都市では異常な値上がりが続く状態」である現在の中国の不動産市場をうまくコントロールすることは、既に相当に難しい状況になっているのだと思います。

 なお、不動産バブルに関しては、非常に興味深い記事が12月12日付けの「人民日報」に掲載されていました。12月12日(月)付けの「人民日報」19面に掲載されていた「マンション市場には『崩壊』のリスクは存在しない」というタイトルの不動産企業最大手の万科の総裁である都亮氏に対するインタビュー記事です。「人民日報」では、党や政府で議論される重要な課題について、前もって記事にするケースがよくあるのですが、この記事も、14日~16日の中央経済工作会議で不動産バブル問題が議論されることに関して前もって記事にされたものだと思われます。

 この記事は、実際の不動産売買をやっている万科企業の総裁の発言だけに、現在の中国の不動産市場の状況の一面をよく表していると私は思いました。

 このインタビュー記事の中で、都亮総裁は「今後一年以内に、全国の住宅の契約量は大幅に減少する可能性がある。これまでマンション価格が上昇してきた都市においても、価格が下落する可能性がある」と述べる一方、市場が「崩壊」するリスクは我が国には存在しない、と述べています。

 さらに、都亮総裁は、この記事で以下のようにも言っています。

「人口の集まり方の変化に伴い、都市間のマンション市場の違いが加速している。北京、上海、広州、深セン以外にも、上昇傾向にある都市として合肥、鄭州、武漢など一部の高速鉄道が開通した省都(省政府がある都市)が出てきている。それに反して、長春、瀋陽、大連、唐山などの都市は、万科においても在庫圧力が比較的大きくなっている。一部の小都市(中国語で「四、五線城市」)では、売れない期間が3年~10年のマンションもある。金がないのではない。買う人がいないのだ。」

 この記事は中国共産党機関紙「人民日報」の記事(=中国政府にとって都合の悪いことは書かないはず)であり、この中で万科企業総裁の都亮氏は「マンション・バブル崩壊のリスクは存在しない」と言っているのにも関わらず、私はこの記事は「相当にコワイ」と感じました。「在庫が多くなっている都市」の具体名が出ているし、「10年売れていないマンション」なんて資産価値は相当下がっていると思われるからです。12月12日(月)の上海株式市場の上海総合指数は2%以上下落しましたが、この下落は、この記事にある万科の都亮総裁の発言によって不動産株が下落したのも一因、という見方を伝えた報道もありました。

 2017年後半には第19回中国共産党全国代表大会が開かれます。中国共産党は、党大会が開かれるまではなんとかして不動産バブルが崩壊することを避けるように様々な方策を採ってくると思いますが、逆に党大会までバブル崩壊を防げたとしても、党大会が終わった後どうなるか相当に心配です。2017年は、春に香港の行政長官選挙があって香港政治が混乱する可能性もあるし、アメリカのトランプ新大統領が中国に対してどう出てくるか全くわからないし、来年(2017年)の中国経済は相当に大変なことになることは覚悟しなければならないと私は思っています(それなのに今、日米の株式市場は「トランプ・ラリー」と称してユーフォリア(根拠のない幸福感)状態ですが、これはかなりヤバイと私は思っています)。

P.S.

 アメリカ財務省によると、今年(2016年)10月末時点のアメリカ国債の保有額は、中国が大幅に減って二位となり、減少額が少なかった日本が一位になったとのことです(2016年12月17日(土)付け日本経済新聞朝刊8面記事「米国債保有2位に 中国、為替介入で大幅減少」参照)。この記事では、中国が保有するアメリカ国債を減らしたのは外貨準備として保有していたアメリカ国債を売却してドル売り・人民元買いの為替介入をやったからだ、としています。11月末の中国の外貨準備は大幅に減少していることから、11月も中国はアメリカ国債を大量に売却した可能性があります。ということは、昨今のアメリカ国債の金利の上昇(それによってドル高・円安が進んでいる)の原因のひとつとして中国のアメリカ国債の売却がある可能性があります。そうだとすると、アメリカ国債の金利上昇(とそれに伴うドル高・円安)の一部は、経済の基礎条件(ファンダメンタルズ)に基づくわけではない可能性があります。それを考えても現在の「トランプ・ラリー」と称する現象は要注意だと思います。

 このブログの11月19日付け記事「『トランプ相場』が中国経済に与える影響」で以下のように書きました。

 「もし、仮に『中国がアメリカ国債を売っている』という事実が判明したら、それは『中国当局が損得を考える以上に人民元安を食い止める為替介入の方が重要だと考えている(それだけ人民元安圧力(=資金流出圧力)が強い)』ことを示すことになるので、コトは重大だと思います。」

 既に現時点で「コトは重大」になっているのかもしれません。

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2016年12月10日 (土)

来年(2017年)年初に人民元の急落はあるのか

 トランプ氏がアメリカ大統領選挙で勝利して以来、外国為替市場ではドル高が急速に進みました。中国の通貨人民元もかなり下落しました。しかし、ここのところの人民元安は「ドル高」が原因であって、人民元がドル以外の他の通貨に比べて特段安くなっているわけではありません。実際、日本円と人民元とを比較すると、日本円の方が下落スピードが速いので、トランプ氏当選以降で見れば、人民元高・日本円安の方向に動いています。

 こうした動きの中、2016年11月28日付けの「人民日報」は、18面に「為替レートの変動によって外貨に替える必要はあるのか~ここ一ヶ月強、外国為替市場の変動幅は大きくなっており、人民元の対米ドルの値は連続して下降している~」と題する解説記事を掲げています。

 この記事のポイントは以下のとおりです。

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○最近の人民元の下落の主な要因は米ドルが強くなっていることである。人民元は外貨バスケットの中では基本的に安定的に推移しており、長期的に人民元が下落する理由は存在しない。

○アメリカ大統領選挙の影響を受けて、米ドル・インデックスは短期間に最大6%上昇したが、米ドルは日本円に対しては10%程度高く、ユーロに対しては8~10%高くなっているのに対し、人民元の対ドル下落幅は4.5%程度に過ぎない。

○近年、日本円の対米ドル・レートは年率平均10%超変動しており、人民元の年間変動率はこれに比べれば非常に小さい。もし、年初1ドル=6.5人民元だったとして、それが年末に1ドル=7.0人民元になったとしても、変動率は7%程度であり、必要以上にパニックになる必要はない。

○足もと米ドル・インデックスが連続して100以上になっているのは、今年のFRB(アメリカ連邦準備理事会)の再利上げが念頭にあるからだが、もしこの12月に再利上げがなされても、米ドル・インデックスは上昇したとしてもしばらくすれば一段落すると考えられ、FRBによる再利上げの影響を市場が徐々に消化すれば、今後とも人民元の米ドル以外の通貨との関係は安定的に推移するだろう。

○それぞれの個人は、それぞれの外貨を必要とする度合いに応じて兌換すべきであり、風説によって闇雲に外貨に兌換するのはよくない。もし、短期的に必要性がないのならば、前もって外貨に替えておく必要はない。

○現在、国家外貨管理局は、各人毎年5万ドルを兌換限度額に設定しているが、5万ドルあれば足りないということにはまずならないことは簡単に理解していただけると思う。合理的合法的な必要性があれば、必要証明書類とともに申請すれば兌換することは可能だし、近年は国外でクレジットカードを使って消費した後で人民元で支払うことも可能で、大量の紙幣を持って外国に行く必要もなくなっている。

○外貨建て金融商品もあるが、銀行が元本を保証している人民元建て金融商品(訳注:金融商品は中国語では「理財産品」)の利率は3.5%前後であるのに対し、米ドル建て金融商品の利率は1.5~2%前後であり、外貨建て金融商品の方が利率は低い。また外貨買い・外貨売りの際の為替レートに差がある。従って、金融商品の利率の高低や為替変動による損失リスクを考えると、良質の人民建て金融商品の方を選択する方がよい。

○人民元建て金融商品の収益率は外貨建て金融商品の収益率より依然として高く、市場に出回っている外貨建て金融商品は相対的に少ないので、流動性の点で見ても収益率の点で見ても、人民元建て金融商品は外貨建て金融商品とは比べものにはならない。その上、人民元が大幅に下落する余地は少なく、人民元による投資の収益率が為替下落リスクを超える可能性は非常に大きいので、普通の投資者にとっては、やはり人民元建ての金融商品の方がよい。

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 この記事を読んで、善良なる中国人民は「はぁい。わかりました。『人民日報』が勧めるように、外貨建て金融商品はやめて、人民建て金融商品を買いまぁす。」と思うのでしょうか(この記事は、2013年6月頃、銀行預金より利率の高い「理財商品」がいろいろ問題になったことは全く無視しているようです。また、この記事にある「利率3.5%前後(=預金金利より高い)の銀行が元本を保証している人民建て金融商品」というのがいかなるものなのかは、私は知りません(預金より金利が高いのに銀行が元本を保証している、っていう理屈が私にはわかりません)。

 「どの金融商品を選ぶかは各個人の責任において判断するのが当然。新聞や政府が『投資のやり方として○○した方がよい』などと勧めることは絶対にあり得ない」という「自由主義経済」に慣れきっている世界の人たちからすると、この「解説記事」には「強烈な違和感」を感じると思います。

 私は、最初に北京に駐在していた1988年、ちょうど中国で急激な物価上昇があった頃、「人民日報」に「我が国経済において鉄道輸送の重要性が増してきている」という記事が出てしばらくすると鉄道運賃が値上げされ、「鶏肉の生産が順調!」という称賛記事が出てしばらくしたら豚肉が足りなくなって豚肉が値上げになった(この年、豚肉について配給制が復活した)、という状況を経験しています。そのため、どうしても「人民日報」に記事が出ると、中国共産党宣伝部は、なぜ、今、このタイミングでこの記事を書かせたのだろうか、と「記事の裏側」について思いを巡らせるクセがついています。なので、上の解説記事を読んで「きっと、中国人民の間で人民元の先安観測がかなり強くなっており、人民元を外貨に兌換したり、外貨建て金融商品を買ったりしたいと思う人が増えているのだろうなぁ」と私は思いました。

 そもそも今の急激なドル高は、アメリカのトランプ次期大統領の政策に対する「期待」に基づくものであり、トランプ氏がツィッターにドル高を牽制する発言を書いただけで急激にしぼんでしまうような性質のものである可能性が高いので、上記「人民日報」の解説記事が指摘しているように、人民元が対米ドルで大きく下落するような条件は存在していない、というのは事実かもしれません。ただ、仮に中国人民が「2017年は人民元レートは大幅に下がる可能性がある」と考えているのだとしたら、年が明けて2017年になったら、2017年分の一人5万ドルの外貨兌換枠を使えるようになるので、多くの中国人民が一斉に人民元を外貨に替えようとするかもしれません。上記の「人民日報」の「解説記事」は、そういうことにならないように事前に予防線を張ろうとして書かれたのだ、と考えることも可能だと私は思います。

 なお、ネットで見た12月9日付けのロイター電によると、「中国国家外為管理局は9日、外国企業の利益の『通常の』海外送金は制限しないとの方針を示した。」とのことです。こうした方針が示されたのは、中国国内からの資金流出の拡大を防止するため今後中国当局が外国への送金を制限することになるのではないか、との懸念が外国企業の間で広がっているので、それを打ち消そうとしたことが理由かもしれません。

 また、12月7日に中国人民銀行が発表したところによると、中国の2016年11月末の外貨準備高は3兆516億ドルで、前月末より691億ドル減少し、5年8か月ぶりの低水準となった、とのことです。この外貨準備高の減少は、市場の人民元先安懸念に対抗するため、中国人民銀行が外貨準備を使って「人民元買い・外貨売り」の為替介入を行っているためと考えられます。それだけ、現時点でも、人民元の先安懸念は強いのだと思います。(人民元の先安懸念が強いと、人民元を持っていると損をしてしまうので、中国国内に資産を持っている企業や個人は、早めに人民元を外貨に替えようとするため、市場では人民元売り・外貨買いが活発になり、人民元に下落圧力が掛かります。中国当局が人民元の先安感を払拭するために急激な人民元安を防止しようと考える場合には、この市場の動きに対抗するため、「人民元買い・外貨売り」の為替介入をすることになるのです)。

 日本時間12月15日(木)未明にアメリカのFRBがFOMC(連邦公開市場委員会)の結果を発表します。上記「人民日報」の解説記事で述べているように、仮にFRBが再利上げを決めたとして、年内にドル高傾向の動きが落ち着けばいいのですが、年を越えても「今後もドルがどんどん高くなる」といった雰囲気が残っている場合には、来年(2017年)年が明けたら外貨兌換枠がリセットされた多くの中国人民による人民元売り・外貨買いの動きが強まり、年初に人民元安が急速に進む可能性があります(この場合、米ドルとともに日本円も買われるので、日本円については円高方向に動く可能性がある)。

 中国では、年末までの間、来年(2017年)の経済政策を議論する中央経済工作会議が開かれると見込まれていますが、中国当局には、これから年末・年始に掛けて、現在のトランプ相場による急激なドル高、FRBによる再利上げを通過して、中国人民による年初の外貨兌換請求が急速に強まらないように、うまくコントロールして欲しいと思います。

 それにしても、中国当局が人民元の急落な下落を避けるため「人民元買い・外貨売り」の為替介入をやっている一方で、選挙期間中はいざしらず、当選後の今になっても「中国は為替操作をやってケシカラン」と言っているトランプ氏は、大統領になったらちゃんと経済政策をコントロールできるのかどうか不安ではあります。

(注)「中国の為替操作がケシカラン」という論理は、中国が人民元を市場で決まるレートより不当に安くなるように為替介入をやっているので、中国製品が不当に安くアメリカ市場に入ってきてアメリカの労働者の職が奪われるからケシカラン、という意味です。「中国当局が意図的に人民元を安くしようとしていた」のは改革開放初期(1980年代からせいぜい1990年代)の話であって、今は中国当局はむしろ人民元が急速に安くならないように買い支えしているのが実情だと思います。トランプ氏が「事情はよく知っているが大衆の受け狙いのためにテレビのバラエティー番組のようなノリで『中国の為替操作はケシカラン』と言っている」のならいいのですが、もしこれから大統領になる方が「実は国際経済の現在の実情をよく知らない」のだったら、これは相当にコワイ話だと思います。

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2016年12月 3日 (土)

「メンツ潰し」で始まったトランプ米次期大統領の対中政策

 昨日(2016年12月2日(金))、中国の習近平国家主席は北京を訪問中のアメリカのヘンリー・キッシンジャー元国務長官と会談しました。一方、日本時間今朝(12月3日(土)朝)、アメリカのトランプ次期大統領は台湾の蔡英文総統と電話会談を行いました。

 キッシンジャー氏はニクソン大統領(共和党)の時代に大統領補佐官・国務長官を務めました。1972年のニクソン大統領訪中へ向けての調整の立役者で、現在93歳です。習近平国家主席との会談は、通常ならば「米中関係のかつての功労者による表敬訪問」で済むでしょうが、今のタイミング(共和党候補だったトランプ氏が勝利した後の政権移行準備期間中)を考えたら、共和党におけるアメリカ外交の「レジェンド」的存在のキッシンジャー氏の訪中と習近平主席との会談は、トランプ次期大統領の中国へ向けてのメッセージだと捉えるのが普通でしょう。

 中国側もキッシンジャー氏の訪中をそのように重要なものと考えたからこそ、習近平主席との会談をセットし、かつ、会談の様子を当日(12月2日)の中央電視台の夜のニュース「新聞聯播」で大きく伝えると共に、翌日(12月3日)の「人民日報」1面に写真付きで大きく報道したのでしょう。

 ところがトランプ氏は、習近平-キッシンジャー会談の直後、台湾の蔡英文総統と電話会談を行いました。トランプ氏のツィッターによると蔡英文総統の方から電話が掛かってきた、とのことですが、このタイミングでの蔡英文総統との電話会談は、明らかに習近平-キッシンジャー会談を意識したものだと思います。「トランプ氏は北京と台湾とでバランスをとった」「アメリカの歴代政権の対中政策とは一線を画して既存の枠組みにとらわれないトランプ氏の独自性を示した」という評価もあるのでしょうが、私は「中国のメンツを潰した」という意味で大失策だったと思います。中国側はキッシンジャー氏を大歓迎することによってアメリカ次期政権に対して中国の好意を示したのに、その直後にトランプ氏が「『ひとつの中国』に対する認識」の問題で中国と一定の距離を置く蔡英文総統と電話会談を行ったことについては、中国側が「トランプ氏は中国の好意をあだで返した」と受け取ってもしかたがないからです。

 中国と仕事をしたことのある人なら誰でも知っていますが、「中国側のカウンターパートのメンツを潰さないようにすること」は対中ビジネスにおいて「イロハのイ」です。「最初はハッタリかますくらいの戦闘モードで始めた方が交渉はうまく行く」というのがトランプ流のビジネスのやり方なのかもしれませんが、そういうやり方で中国とうまく交渉をやりきった人の話を私は知りません。

 中国との関係において「中国側のメンツを潰す」のは、相当にしこって、回復には大きな努力が必要です(場合によっては回復不可能となる)。

 日本の例を上げれば、2012年9月、当時の野田総理がAPEC首脳会議の開かれていたウラジオストックで胡錦濤国家主席(当時)と会って話をした際、当時話が進んでいた尖閣諸島の国有化問題について胡錦濤主席から反対する旨の意向表明があったにも関わらず、その翌日に国有化を決定した例が挙げられます。島の国有化がいいか悪いかの問題を別にして、国家主席が反対の意向を示した翌日に国有化の決定を行ったことは、明らかに胡錦濤主席のメンツを潰しました(たぶん中国国内における胡錦濤主席の立場を悪くした)。この時の島の国有化決定のタイミングは、問題を必要以上にこじらせました。当時の野田総理は「中国側のメンツを潰すこと」がもたらすマイナスの影響を過小評価していたと思います。

 トランプ氏の今回の台湾の蔡英文総統との電話会談は、「あまり大陸側の反応を考慮せずに蔡英文総統から掛かってきた電話を受けた」のか「大陸側に牽制球を投げるためにあえて戦略的にこのタイミングで蔡英文総統との電話会談を行った」のか、どちらなのかわかりませんが、前者なら今後のトランプ氏の外交手腕に疑問を投げかけますし、後者だったとしても「中国のメンツを潰した」という点で戦略的には誤りだったと思います。

 キッシンジャー氏と言えば、1971年7月「忍者外交」で秘密裏にパキスタンから北京に入って毛沢東主席と会談して世界を驚かせたことで有名ですが、「NHK・BSドキュメンタリー『証言でつづる現代史~世紀の外交・米中接近~』」(2008年3月9日放送)の中のインタビューでキッシンジャー氏自身が語ったところによれば、ニクソン大統領は、1969年1月に大統領に就任した当初からキッシンジャー氏に対して中国と国交正常化への道を探るよう指示していた、とのことでした。

 ニクソン大統領の最大の政策課題は「ベトナム戦争からアメリカが名誉ある撤退をすること」でしたが、アメリカが当時ソ連と鋭く対立していた中国と接近することはベトナムを強く牽制することになるので、ベトナム戦争終結を有利に進めるためにニクソン大統領は中国との接近を計ろうとしたのでした(詳細は、このブログの画面の左側にある「中国現代史概説の目次」をクリックして、ブログ内にある「中国現代史概説」の中の「ニクソンによる米中接近への動き」を御覧ください)。

 ヘンリー・キッシンジャー氏と言えば、このようなニクソン大統領の「国際戦略」を実際に実行した人物として歴史に名を残しているのです。トランプ次期大統領も対中政策を始めるに当たってキッシンジャー氏という「米中関係における重要な顔」を利用したわけですが、ニクソン大統領のような深く考え抜かれた戦略をトランプ氏も持っているかどうかは、今のところはなはだ疑問であると言わざるを得ません。

 「メンツを潰す」ということは中国との関係においては、ほとんど致命的なので、トランプ氏が大統領を務めている間は、米中関係は修復できないかもしれません(逆にトランプ氏が大統領を退いた時点で、後任者が誰であろうと、手のヒラを返したように中国は米国との関係を修復させる可能性があります(1972年6月に佐藤栄作総理が辞めて田中角栄総理に代わった途端に関係が急転し、たった3か月で国交正常化まで持っていった日中関係の前例があります)。少なくともトランプ氏は2020年までアメリカの大統領をやることになるわけですので、その間、冷却状態が続く米中関係の中で日本はどういう立ち位置を採るべきか、今から考えておく必要がありそうです。

P.S.

 今年(2016年)、欅坂46が「サイレント・マジョリティー」という曲でデビューしました。この曲の作詞者の秋元康氏と私は同年代ですが、この年代の人なら「サイレント・マジョリティー」という言葉を「どこの国の大統領が、どういう場面で使ったか」は誰でも知っていると思います(「サイレント・マジョリティー」という言葉は、1969年11月、当時ベトナムからの即時撤退を主張するベトナム反戦運動のデモが激しく起こる中、ニクソン大統領が演説の中で「デモに参加していない『もの言わぬ多数派』(サイレント・マジョリティー)の皆さんに呼び掛ける」という文脈で使った言葉です)。

 ベトナムでの戦況やベトナムとの交渉が難航する中、1972年12月にはB52による大規模な「北爆」を実施するなど、ニクソン大統領のやり方には多くの批判がありますが、ニクソン氏が1968年の大統領選挙の期間中から訴えていた「ベトナムからの名誉ある撤退」を実際に1973年1月に実現したことについては、歴史家は一定の評価を与えるだろう、と私は思っています。キッシンジャー氏の「忍者外交」と米中接近は、このニクソン大統領の「ベトナムからの名誉ある撤退」の戦略の一環だったわけですが、2016年年末に至って、またまた93歳のキッシンジャー氏が現実の国際外交における役者として登場するとは私は思ってもみませんでした。

 秋元康氏が「サイレント・マジョリティー」という曲を作ったのは、今年7月の参議院選挙で選挙年齢が20歳から18歳に引き下げられたことを受けて、若い世代に「自分の政治的意見はきちんと表明しろ。サイレント・マジョリティーにはなるな。」というメッセージを伝えたかったからだと思います。そして今回、年末に至って、習近平-キッシンジャー会談とトランプ-蔡英文電話会談が再び米中関係を巡るニクソン大統領の戦略を思い起こさせることになったわけです。流行語大賞にはならなかったけれど、「サイレント・マジョリティー」は今年(2016年)のひとつのキーワードだったと言えるでしょう。秋元康氏が「現実の国際政治の舞台へのキッシンジャー氏の再登場」まで予想していたとは思えませんが、秋元康氏が持つ「時代を見る目の鋭い勘」には感心させられます。

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