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2016年12月10日 (土)

来年(2017年)年初に人民元の急落はあるのか

 トランプ氏がアメリカ大統領選挙で勝利して以来、外国為替市場ではドル高が急速に進みました。中国の通貨人民元もかなり下落しました。しかし、ここのところの人民元安は「ドル高」が原因であって、人民元がドル以外の他の通貨に比べて特段安くなっているわけではありません。実際、日本円と人民元とを比較すると、日本円の方が下落スピードが速いので、トランプ氏当選以降で見れば、人民元高・日本円安の方向に動いています。

 こうした動きの中、2016年11月28日付けの「人民日報」は、18面に「為替レートの変動によって外貨に替える必要はあるのか~ここ一ヶ月強、外国為替市場の変動幅は大きくなっており、人民元の対米ドルの値は連続して下降している~」と題する解説記事を掲げています。

 この記事のポイントは以下のとおりです。

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○最近の人民元の下落の主な要因は米ドルが強くなっていることである。人民元は外貨バスケットの中では基本的に安定的に推移しており、長期的に人民元が下落する理由は存在しない。

○アメリカ大統領選挙の影響を受けて、米ドル・インデックスは短期間に最大6%上昇したが、米ドルは日本円に対しては10%程度高く、ユーロに対しては8~10%高くなっているのに対し、人民元の対ドル下落幅は4.5%程度に過ぎない。

○近年、日本円の対米ドル・レートは年率平均10%超変動しており、人民元の年間変動率はこれに比べれば非常に小さい。もし、年初1ドル=6.5人民元だったとして、それが年末に1ドル=7.0人民元になったとしても、変動率は7%程度であり、必要以上にパニックになる必要はない。

○足もと米ドル・インデックスが連続して100以上になっているのは、今年のFRB(アメリカ連邦準備理事会)の再利上げが念頭にあるからだが、もしこの12月に再利上げがなされても、米ドル・インデックスは上昇したとしてもしばらくすれば一段落すると考えられ、FRBによる再利上げの影響を市場が徐々に消化すれば、今後とも人民元の米ドル以外の通貨との関係は安定的に推移するだろう。

○それぞれの個人は、それぞれの外貨を必要とする度合いに応じて兌換すべきであり、風説によって闇雲に外貨に兌換するのはよくない。もし、短期的に必要性がないのならば、前もって外貨に替えておく必要はない。

○現在、国家外貨管理局は、各人毎年5万ドルを兌換限度額に設定しているが、5万ドルあれば足りないということにはまずならないことは簡単に理解していただけると思う。合理的合法的な必要性があれば、必要証明書類とともに申請すれば兌換することは可能だし、近年は国外でクレジットカードを使って消費した後で人民元で支払うことも可能で、大量の紙幣を持って外国に行く必要もなくなっている。

○外貨建て金融商品もあるが、銀行が元本を保証している人民元建て金融商品(訳注:金融商品は中国語では「理財産品」)の利率は3.5%前後であるのに対し、米ドル建て金融商品の利率は1.5~2%前後であり、外貨建て金融商品の方が利率は低い。また外貨買い・外貨売りの際の為替レートに差がある。従って、金融商品の利率の高低や為替変動による損失リスクを考えると、良質の人民建て金融商品の方を選択する方がよい。

○人民元建て金融商品の収益率は外貨建て金融商品の収益率より依然として高く、市場に出回っている外貨建て金融商品は相対的に少ないので、流動性の点で見ても収益率の点で見ても、人民元建て金融商品は外貨建て金融商品とは比べものにはならない。その上、人民元が大幅に下落する余地は少なく、人民元による投資の収益率が為替下落リスクを超える可能性は非常に大きいので、普通の投資者にとっては、やはり人民元建ての金融商品の方がよい。

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 この記事を読んで、善良なる中国人民は「はぁい。わかりました。『人民日報』が勧めるように、外貨建て金融商品はやめて、人民建て金融商品を買いまぁす。」と思うのでしょうか(この記事は、2013年6月頃、銀行預金より利率の高い「理財商品」がいろいろ問題になったことは全く無視しているようです。また、この記事にある「利率3.5%前後(=預金金利より高い)の銀行が元本を保証している人民建て金融商品」というのがいかなるものなのかは、私は知りません(預金より金利が高いのに銀行が元本を保証している、っていう理屈が私にはわかりません)。

 「どの金融商品を選ぶかは各個人の責任において判断するのが当然。新聞や政府が『投資のやり方として○○した方がよい』などと勧めることは絶対にあり得ない」という「自由主義経済」に慣れきっている世界の人たちからすると、この「解説記事」には「強烈な違和感」を感じると思います。

 私は、最初に北京に駐在していた1988年、ちょうど中国で急激な物価上昇があった頃、「人民日報」に「我が国経済において鉄道輸送の重要性が増してきている」という記事が出てしばらくすると鉄道運賃が値上げされ、「鶏肉の生産が順調!」という称賛記事が出てしばらくしたら豚肉が足りなくなって豚肉が値上げになった(この年、豚肉について配給制が復活した)、という状況を経験しています。そのため、どうしても「人民日報」に記事が出ると、中国共産党宣伝部は、なぜ、今、このタイミングでこの記事を書かせたのだろうか、と「記事の裏側」について思いを巡らせるクセがついています。なので、上の解説記事を読んで「きっと、中国人民の間で人民元の先安観測がかなり強くなっており、人民元を外貨に兌換したり、外貨建て金融商品を買ったりしたいと思う人が増えているのだろうなぁ」と私は思いました。

 そもそも今の急激なドル高は、アメリカのトランプ次期大統領の政策に対する「期待」に基づくものであり、トランプ氏がツィッターにドル高を牽制する発言を書いただけで急激にしぼんでしまうような性質のものである可能性が高いので、上記「人民日報」の解説記事が指摘しているように、人民元が対米ドルで大きく下落するような条件は存在していない、というのは事実かもしれません。ただ、仮に中国人民が「2017年は人民元レートは大幅に下がる可能性がある」と考えているのだとしたら、年が明けて2017年になったら、2017年分の一人5万ドルの外貨兌換枠を使えるようになるので、多くの中国人民が一斉に人民元を外貨に替えようとするかもしれません。上記の「人民日報」の「解説記事」は、そういうことにならないように事前に予防線を張ろうとして書かれたのだ、と考えることも可能だと私は思います。

 なお、ネットで見た12月9日付けのロイター電によると、「中国国家外為管理局は9日、外国企業の利益の『通常の』海外送金は制限しないとの方針を示した。」とのことです。こうした方針が示されたのは、中国国内からの資金流出の拡大を防止するため今後中国当局が外国への送金を制限することになるのではないか、との懸念が外国企業の間で広がっているので、それを打ち消そうとしたことが理由かもしれません。

 また、12月7日に中国人民銀行が発表したところによると、中国の2016年11月末の外貨準備高は3兆516億ドルで、前月末より691億ドル減少し、5年8か月ぶりの低水準となった、とのことです。この外貨準備高の減少は、市場の人民元先安懸念に対抗するため、中国人民銀行が外貨準備を使って「人民元買い・外貨売り」の為替介入を行っているためと考えられます。それだけ、現時点でも、人民元の先安懸念は強いのだと思います。(人民元の先安懸念が強いと、人民元を持っていると損をしてしまうので、中国国内に資産を持っている企業や個人は、早めに人民元を外貨に替えようとするため、市場では人民元売り・外貨買いが活発になり、人民元に下落圧力が掛かります。中国当局が人民元の先安感を払拭するために急激な人民元安を防止しようと考える場合には、この市場の動きに対抗するため、「人民元買い・外貨売り」の為替介入をすることになるのです)。

 日本時間12月15日(木)未明にアメリカのFRBがFOMC(連邦公開市場委員会)の結果を発表します。上記「人民日報」の解説記事で述べているように、仮にFRBが再利上げを決めたとして、年内にドル高傾向の動きが落ち着けばいいのですが、年を越えても「今後もドルがどんどん高くなる」といった雰囲気が残っている場合には、来年(2017年)年が明けたら外貨兌換枠がリセットされた多くの中国人民による人民元売り・外貨買いの動きが強まり、年初に人民元安が急速に進む可能性があります(この場合、米ドルとともに日本円も買われるので、日本円については円高方向に動く可能性がある)。

 中国では、年末までの間、来年(2017年)の経済政策を議論する中央経済工作会議が開かれると見込まれていますが、中国当局には、これから年末・年始に掛けて、現在のトランプ相場による急激なドル高、FRBによる再利上げを通過して、中国人民による年初の外貨兌換請求が急速に強まらないように、うまくコントロールして欲しいと思います。

 それにしても、中国当局が人民元の急落な下落を避けるため「人民元買い・外貨売り」の為替介入をやっている一方で、選挙期間中はいざしらず、当選後の今になっても「中国は為替操作をやってケシカラン」と言っているトランプ氏は、大統領になったらちゃんと経済政策をコントロールできるのかどうか不安ではあります。

(注)「中国の為替操作がケシカラン」という論理は、中国が人民元を市場で決まるレートより不当に安くなるように為替介入をやっているので、中国製品が不当に安くアメリカ市場に入ってきてアメリカの労働者の職が奪われるからケシカラン、という意味です。「中国当局が意図的に人民元を安くしようとしていた」のは改革開放初期(1980年代からせいぜい1990年代)の話であって、今は中国当局はむしろ人民元が急速に安くならないように買い支えしているのが実情だと思います。トランプ氏が「事情はよく知っているが大衆の受け狙いのためにテレビのバラエティー番組のようなノリで『中国の為替操作はケシカラン』と言っている」のならいいのですが、もしこれから大統領になる方が「実は国際経済の現在の実情をよく知らない」のだったら、これは相当にコワイ話だと思います。

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