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2016年11月19日 (土)

「トランプ相場」が中国経済に与える影響

 ドナルド・トランプ氏がアメリカの次期大統領になることが決まった日(日本時間2016年11月9日)以降、世界のマーケットは急激な変化を見せています。選挙以前は、トランプ氏が選挙で勝利すれば、経済政策や安全保障政策に対する不透明感から、投資家のリスク回避姿勢が強まり、各国の株価は暴落、外国為替市場では安全通貨の円が買われて急激な円高が進む、と言われていました。

 しかし、実際は全く異なる状況になっています。昨日(2016年11月18日(金))時点での状況は以下のとおりです。

○アメリカ国債の金利が急騰した(10年物国債金利が大統領選挙前日の1.8%から急騰し11月18日(金)は2.35%で引けた)。

○外国為替市場では、米ドルの独歩高が進み、メキシコ・ペソ、インドネシア・ルピア、マレーシア・リンギット、ブラジル・レアルなどの新興国通貨が急落した(日本円は、対米ドルでは急速な円安となった)。

○アメリカ、日本やヨーロッパ先進国の株価が急騰した。新興国の株式市場は急落したところが多い。中国の株価指数(上海総合指数)は、緩やかに上昇傾向にある。

○中国の人民元も下落したが、人民元は、米ドル、ユーロ、ポンド、日本円などのバスケットに対して基準値が定まるのであり、ドルが独歩高になれば、人民元は対ドルでは必然的に「ドル高・人民元安」になるので、人民元の下落は不自然ではない(新興国通貨に比べると、それほど急激な下げではない、とも言える)。

 市場が事前予想と異なる方向で動いている原因としては、「トランプ氏は実際に大統領になった後は選挙期間中とは異なり相当に『まともに』なるのではないか」「上下院を共に共和党が制したことにより、トランプ新大統領はビジネスに有利な政策を打ち出しやすくなるのではないか」「トランプ氏が主張してきた減税やインフラ投資拡大が実際の政策として実行されれば、アメリカ経済には非常にプラスに働くのではないか」といった期待が強まったからだ、と考えられています。

 アメリカ国債の金利が急騰し、米ドルが他の通貨と比較して急速に高くなると、新興国に投下されてきた資金がアメリカに還流するので、新興国経済が打撃を受けることになります。しかし、中国に関して言えば、上に書いたように、人民元は急速に下落はしていますが、「ドルが上がれば人民元はこの程度下がるのは必然」といった想定の範囲内に留まっています。また、中国の株式市場は下落していません。なので、今回のアメリカ大統領選挙後の急激な市場の変化(新聞等では「トランプ相場」と言っています)は、今のところ中国に対して大きなマイナスの影響は与えていないように見えます。

 しかし、私は、この「トランプ相場」は、今後(早ければ年内、おそらくは2017年前半)に中国経済に大きな影響を与え、場合によっては、それが「中国発の世界経済波乱」を巻き起こす可能性があるのではないかと思っています。

 ここで思い出すべきは、2013年5月~6月に起きた「バーナンキ・ショック」です。アメリカFRBの当時のバーナンキ議長が議会証言で量的金融緩和第三弾(QE3)の縮小(いわゆる「テーパリング」の開始)を示唆したことから、世界の金融界の動揺を招き、新興国からの急速な資金の引き上げが起きました。これが「バーナンキ・ショック」です。日本でも、2013年5月23日、当時「アベノミクス」で浮かれていた東証日経平均株価が一日で前日比1,143円28銭も下落したので、ご記憶の方も多いと思います。

 「バーナンキ・ショック」は、たまたま中国政府が「偽装輸出」による国内への不法な資金流入に対する取り締まりを強化していたタイミングと重なったことから、中国に対しては中国国内での流動性の急激な枯渇による金融の大変動をもたらしました。当時、中国当局が「影の銀行」や「理財商品」といった不透明な金融システムをコントロールしようとしていたことも背景にありました。この頃(2013年6月頃)、上海銀行取引金利(SHIBOR)が急騰したり、上海総合指数が急落したりしました。この時、中国人民銀行は、大量の流動性を市場に供給して、この事態を切り抜けました(「バーナンキ・ショック」直後の中国の状況については、このブログの2013年7月頃の記事を御覧ください)。

 「バーナンキ・ショック」は、結果的に中国に危機をもたらすことはありませんでしたが、この時(2013年6月頃)に垣間見せた中国の金融事情の脆弱性は、世界の市場関係者の記憶に残りました。それが、2015年8月の人民元切り下げや上海株急落を切っ掛けとした「中国発世界同時株安」の背景にあった、と私は認識しています。

 今回(2016年11月)の「トランプ相場」は、「バーナンキ・ショック」とは異なります(特に「トランプ相場」によるドル高や先進国での株高は「バーナンキ・ショック」時の反応とは全く逆)。ただ、12月のアメリカFRBによる再利上げ実施観測とも相まって、新興国からアメリカへの資金の還流、という点では、「バーナンキ・ショック」と似た側面もあります。

 中国に関しては、「バーナンキ・ショック」の時は中国国内では2008年のリーマン・ショック後の「四兆元の経済対策」の余韻がまだ残っていて投資の過熱状態が続いており、外国から中国国内への投機資金の流入が問題視されていました。また、当時は習近平-李克強体制が始まったばかりで(正式には2013年3月の全人代から新体制がスタートした)、改革に対する期待もありました(この頃、期待されていた改革に対して「リコノミクス」という言葉が生まれました)。

 しかし、今(2016年)は、来年(2017年)後半の中国共産党大会へ向けて、中央も地方も「無理をして経済を膨らませている状態」です(習近平主席と李克強総理の不仲が明白になったことから、「リコノミクス」という言葉も死語となってしまいました)。

 今は、資金の流れに関しては、将来の人民元安観測が強いことから、中国国内から外国への資金流出の圧力が強い状態になっています。中国経済の先行きが明るいならば、投機資金は中国国内の成長が期待される部分に集まるはずですから、そうではなく資金の海外流出圧力が強い、ということは、とりもなおさず、中国の人々自身が「中国経済の今後は明るくない」と思っている証拠だと思います。

 現在のところ、中国のGDPは対前年比プラス6.7%のレベルであり、数字上は「巡航速度」のように見えますが、輸出が対前年比で10%も減少する状態が続いていることを考えれば、現在の中国経済は「不自然に無理して健全さを保っているかのように見せている状態」であるように思えます。それを示す具体的な例を日本経済新聞が最近連日のように報じています。いくつか掲げれば以下のとおりです。

○2016年11月18日(金)付け朝刊19面記事「最高水準に迫る原料炭 中国に投機資金、騰勢拍車 政府、取引規制を強化」

【解説】中国政府は過剰生産削減のために石炭の生産を削減しましたが、一方で、マンション建設等は進めていることから、マンション建設等に必要な鉄鋼は生産する必要があり、鉄鋼業の方では生産の削減は進みませんでした。このため、製鉄に必要な原料炭が不足し、今年(2016年)後半、原料炭価格が高騰しています。この記事では、このような実際の需給関係に加えて、中国の投機資金が原料炭先物市場に入っているため、更に原料炭価格を急騰させている、との見方を指摘しています。この原料炭価格を巡る一連の動きは、生産削減の実施が石炭業と鉄鋼業とでちぐはぐであることを示しており、中国政府の経済政策遂行能力に問題があることを示しているのではないか、と私は見ています。

○2016年11月19日(土)付け朝刊9面記事「中国の車市場 減税バブル 新車販売3,000万台目前に 需要先食い、地元勢に焦り」

【解説】中国での新車販売は現在好調だが、これは2015年10月に導入された小型車減税(2016年内に打ち切り予定)による「需要の先食い」による「バブル」ではないか、とこの記事では指摘しています。中国メーカーの10月の新車販売が浙江吉利控股集団では対前年同月比94%増、長城汽車では31%増となっているのは「異常ともいえる」とこの記事では指摘しています。

 一方、次の記事も気になります。

○2016年11月19日(土)付け朝刊6面記事「中国住宅価格 勢い鈍る 深セン・成都 下落に転じる 10月前月比 購入制限が影響」

【解説】日経新聞では「伸びが鈍った」ことを強調していますが、ロイターによれば住宅価格は対前年比で見れば深センが31.7%上昇、上海が31.1%上昇、北京が27.5%上昇だとのことです。昨年末の段階で「住宅は需要二年分の在庫がある」とされていながら、価格が高騰し続けているのは、住宅価格が実需とは関係なく、投機目的で売買されているからでしょう。「投機目的の売買」とは「値段が上がると思うから買う」という状態ですから、日経新聞が指摘しているように「住宅価格 勢い鈍る」状態になったのであれば、今のような「住宅に関するバブルのような状態」は近々終了するのかもしれません。

 中国の貿易統計を見る限り、今の中国経済が「好調」であるとはとても思えません。一方で、来年(2017年)後半の中国共産党大会へ向けて、党中央、地方政府、国有企業のいずれもが「今は無理をしてでも経済を活発な状態に維持していなければいけない状態」にあります。しかし、無理して底上げした経済の状況を長続きさせることは困難です。そのため、私は、来年の中国共産党大会が終わった時点で中国経済は失速してしまうのではないか、と懸念していました。しかし、今回、「トランプ相場」によって急激なドル高が進んでいる現状を考えると、人民元の先安感が強まり、資金の中国国内からの流出圧力が強まることにより、「中国経済の失速」は、2017年後半の中国共産党大会の後ではなく、2017年前半にも発生するのではないか、と思うようになりました。

 特に、中国当局が、人民元安を食い止めるために外貨準備を使って「ドル売り・人民元買い為替介入」を強化することになった場合、仮に外貨準備として持っていたアメリカ国債の売却を増やすようなことがあれば、それはアメリカ国債の価格低下(金利上昇)をもたらし、更なるドル高を加速する、という悪循環を招く可能性があります。

 この点について、今日(2016年11月19日(土))付け日本経済新聞夕刊2面の「ウォール街ラウンドアップ」の欄の記事「米金利上昇、中国はどう動く」の中では、米国駐在の日本の外交官が「今の中国には、米国債を買う動機はあっても売る動機はない」と言っていることを紹介しています。アメリカ国債の金利が上がる(価格が下がる)のであれば、豊富な外貨準備を有利に運用したいと考えている中国にとって、アメリカ国債は買った方が得だからです。もし、仮に「中国がアメリカ国債を売っている」という事実が判明したら、それは「中国当局が損得を考える以上に人民元安を食い止める為替介入の方が重要だと考えている(それだけ人民元安圧力(=資金流出圧力)が強い)」ことを示すことになるので、コトは重大だと思います。

 新聞等では「トランプ相場」は、1980年代前半の「レーガノミクス」や2012年暮以降の「アベノミクス」の再来だ、といった言い方をする人もいるようですが、私は「トランプ相場」は「レーガノミクス」や「アベノミクス」とは全く異なると思っています。それは世界第二位の経済大国である今の中国の状況が「レーガノミクス」や「アベノミクス」の頃とは全く異なるからです。今は、上に書いたように3年前の「バーナンキ・ショック」の時を思い出しながら、「トランプ相場」が中国経済にどのような影響を与えるのか、注意深く見ていく必要があると思っています。

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